申し訳ありません。
日曜日、蘭と園子に引っ張られるような感じで参加した百々月は、目の前でビールを飲んで談笑しているバンドメンバーを見ながら注文した飲み物を飲んでいた。
「あんまり飲みすぎちゃダメよ。この後、トーク番組が控えてるんだから」
「……」
「……」
談笑しているメンバーに対し先程まで元気一杯だった2人たちはすっかり静まりかえってしまい微動だにしない。
「あら、どうしたの貴方たち?せっかく来たのだから気軽に話しかけて良いのよ」
そんな2人を見て話しかけてくれたのはレックスのマネージャーである寺原麻理。大人の気品を感じさせる雰囲気を纏う美人マネージャーだ。
「そうだぞ、せっかく来たんだからな。コナン君」
「うん!」
ぶっちゃけ名前も知らなかった有名人などただの他人である。そういう点で全く緊張していない百々月はコナンと仲良く話す。
「じゃあ、達也さんに1つ質問を」
「女優の小泉裕美子と付き合ってるって本当なんですか!?」
「心配すんな、あれはただのデマだよ」
「「良かったぁ!」」
先程の固まり具合から一変、元気良く2人で喜ぶのを見てコナンと百々月は苦笑いする。
(なんだこいつら…)
「ゴシップとかそういうのが本当に好きだなぁ…」
(お前はもう少し女子高生らしく生きろよ)
自分には全く理解できんとばかりの百々月、彼は思わず心の中で突っ込んでしまうがそれも彼女らしさといえば彼女らしさだ。まぁ、仕方がないだろう。
「……」
そんな中、レックスのギター担当の芝崎美江子がただならぬ表情を浮かべていたのを百々月が見かけたが何も言わない。有名バンド集団といっても人間の集まりトラブルの2、3個もあるだろう。
「さぁ、パーッと盛り上がろうぜ!」
場を盛り上げる為に立ち上がり愉快そうに声を上げた男性はドラム担当の山田克己。そんな彼の掛け声と共にカラオケ大会が幕を上げるのだった。
ーー
「私とあなた 射掛ければ、そう朧月夜が きれいね …」
百々月は基本的に演歌や民謡しか歌わない。だが彼女の凛々しい風格と透き通るような歌声はかなり高いレベルで仕上げられておりプロ顔負けの出来だ。
「はぁ、凄いなぁ」
「素敵な歌声ね」
そんな彼女の歌声を聞き終えたバンドメンバーはその歌声を絶賛し拍手を送る。そんな中、彼女はいつも通りに振る舞っているが少し恥ずかしいのか顔がほんわりと紅くなっている。
「確かにそうだ。どっかのヘタなバンドよりよっぽどマシだぜ」
百々月を褒めるメンバー。そんな中、達也はタバコに火をつけながら吐いた言葉はメンバーの表情を一変させるのには十分だった。
「ちょっと達也、飲み過ぎよ。いったでしょ、この後トーク番組があるって」
「うるせぇどブス!引っ込んでろ!」
マネージャーである真理の忠告に対し彼は怒号を上げる。彼自身、かなりの量の酒を摂取しているのか言動が粗くなっている。
「あ、この曲…」
先程の空気とは打って変わって重い空気になる中、国民的ネコ型ロボットアニメの歌が部屋に鳴り響く。
「ほら、歌えよ克己。俺がリクエストしたオメーの曲だ」
明らかに相手をバカにした選曲に克己もかなりのご立腹だったようで、掛けているサングラス越しでも睨んでいるのが分かる。
「おまたせしました」
「お、待ってたぜ。隅井さん」
そんな時に部屋に入ってきてのはこのカラオケボックスの店長である隅井豪だった。小さなカラオケボックスとはいえ店長がわざわざ料理を運んでくるのも珍しい気がする。
「俺がマネージャーにいってあんたの店を予約したんだぜ」
「いつもお前には感謝しているよ」
「昔のバンドのリーダーがこんなしけた店をやってるとは悲しいね」
「うるせー、ガタガタ抜かすと料理下げちまうぞ」
「それが客に対する態度かよ」
(なるほど、昔馴染みか…)
軽口を叩き合って笑う2人を見て百々月は納得する。すると今度は次の曲が流れ出す。
「あれ、これも知ってる曲」
「確か、赤い鼻のトナカイ…」
おそらく、ほとんどの人が知っているである曲。これをリクエストしたのも…。
「これも俺がリクエストした曲だ。マネージャーさん、あんたにな。中学の頃までサンタを信じてたっていうアンタにはお似合いの曲だ。そうだろ、いつも気取ってる美人マネージャーさんよ」
「分かったわよ、歌えば良いんでしょ」
明らかに場の空気が悪化しているのを見て頭痛がしてきた彼女は
「少し席を外す…」
「あ、うん…」
蘭にそう告げると部屋から出た。ほんの1週間前に殺されかけて持ち直そうとした時にこれだ、少しは勘弁して欲しい。
「ふぅ…」
とにかく、あんな事なんて滅多にない事だし。ゆっくりと折り合いをつけていこう。
殺されかけた事、死体を見た事、心の中で渦巻いた何か、1週間という時間の中で触れてはいけないものだと本能で察し始めた彼女はあの件を封印することを決めた。
(嫌な予感しかしない…)
「ええっ、達也が倒れた!?」
「は、はい。突然、苦しそうにしてその後、死んだように全然動かないんです」
「どうした!」
そんな事を考えていた百々月の耳に入ったのは蘭の悲鳴に近い声と麻里が驚く声。ただならぬものを感じた彼女は急いで駆け寄り状況を聞いた。
「達也さんが血を吐いて倒れて…」
「そんな…」
こうして彼女は第二の事件へと強制的に引きずり込まれる事となった。
ーー
「つまりこういう事ですな。被害者の木村達也は自分の歌を歌い終えて席に戻り、オニギリを食べている最中に
突然、苦しみだして倒れ、死に到った」
「は、はい」
常軌を逸した状況に呆然としながらも駆けつけた目暮警部の言葉に頷く一同。
「それにしてもまた君と会うとはな。その推理力を使って助けてくれたら幸いだが」
「お力になれれば喜んで協力させていただきます」
「うむ…」
「羽部さんって警察関係者なの?」
「いえ、まぁ探偵のようなものです」
「探偵…」
目暮警部と百々月のやり取りを見ていた麻里はそう聞くと、興味を持ったように視線を彼女に向けるのだった。
「詳しくは分からんが恐らくは青酸カリによる殺害。つまり誰かが毒を仕込み達也さんを殺害した。というのが現在の推測だよ」
「私は現場にいなかったので何ともいえませんが。食べ物を食べた後に血を吐いて倒れたのなら誰かが仕込んだ事になりますね」
現状を簡単に整理すると容疑者は八名、バンドメンバーの芝崎美江子、山田克己、マネージャーの寺原真理、カラオケ店の店長の隅井豪、そして園子、蘭、コナン、百々月。
「なにをやっとるんだ君は」
「ちょっと探し物」
軽く現場を見渡した目暮はそこらでうろちょろしているコナンを見て呆れるが、彼はそんな事を気にせず何かを探し続ける。
「あ…」
「こ、こら。勝手にものに触っちゃいかん」
「大人しくしてなさい」
そんな彼は達也が着ていた上着を見つけるとそこに駆け寄り触ろうと手を伸ばす。流石に見かねた目暮は注意するが聞き入れない、それを見かねた百々月はコナンを抱き上げる。
「すまんな、羽部くん」
「いえ…」(気になったら私に言え、お前はあまり目立つな)
「ごめんなさい…」
抱き上げられたコナンは小声で話す彼女の声に対し頷き表面上は怒られた子供として振る舞う。
「達也さんのライターが見あたらないんだ」
「ライター?確かにタバコは吸っていたが今確認することか?」
「ちょっと気になって」
「分かった」
仕方ないといわんばかりにコナンを蘭に預けるとマイクの傍に落ちていた上着の元へと歩み寄る。
「この上着は確認しても?」
「あぁ、構わんよ」
一度、事件を解決したといっても一般人に現場を自由にさせるのはどうかと思ったが拘束されるよりマシだ。
(ない…)
ジャケットのポケットは外も中のポケットにも何も入っていない。達也が持っていたのは安売りしているようなライターではなくジッポと呼ばれるオイルライターだった。
物によれば高い物もあるしそう乱雑に置いたりしないはずだが…。正直、もう少し詳しく調べたいがこれも貴重な証拠品だ。大人しく置いておこう。
「目暮警部!」
その時、この店の店員にでも聞き込みをしていたのだろう警官が駆け寄り目暮に耳打ちをする。
「なに、店長が?」
「どうされましたか?」
「あぁ。殺された木村達也は昔、店長とバンドを組んでいたらしい。人気バンドのボーカルと雇われ店長、嫉妬による殺害だ。動機も十分だしあらかじめ料理に毒を仕込んで…」
確かに筋は通ってるし十分あり得る話だ。
「しかし目暮警部、それではあまりにも大胆ではありませんか?」
「大胆とは?」
「達也さんが食べるかどうか分からない料理に毒を仕込んで殺そうとするなんて、確率で言えば達也さん以外の人が先に食べる可能性の方が高いですし。それに私たちは普通に食べていました」
「確かに」
疑いようのない真実だと思い込んでいたが、百々月の冷静な言葉に思わずうなり声を上げる。これでは手詰まりだ。
「とりあえず鑑識と司法解剖の詳細な結果を聞くまで待った方が」
「そうだな、それまでに状況を更に整理して明確にせんといかんな」
とにかくカラオケボックスでは少々、場が悪いので警察に移動することとなった。
「もも」
「ライターはジャケットにはなかった。部屋も見渡したがない」
部屋から人が出て行く中、百々月は名を呼ばれた、山荘の事件からコナンからの呼び方がももに固定されたのは気にしないことにして彼女は結果を報告する。
「ももはどう思う?」
「ライターがないのは不自然だ。何かしらのタイミングでライターに毒を塗り、手に毒を付けさせたのかもしれないが」
それならタバコに火をつけるタイミングで手に毒を塗れるがイマイチ説得力に欠ける気がする。
「とにかく、私達も警察署に行こう」
「あぁ」
ーー
警察署に着き、暫くすると目暮が姿を現し検査の結果が通知される。
死因は青酸カリで確定。毒は彼の右手、衣服から検出されたが料理や食器からは検出されなかったという。
つまり彼の手に直接、毒を塗り込まれたという事になる。
彼が血を吐いたときにその場に居なかったのは百々月、寺原真理、隅井豪の3人。動機がないのは園子、蘭、コナンの3人。つまり犯人は残りの山田克己と芝崎美江子の2人ということになる。
これはパトカーの中で目暮と百々月が話し合った結果であり文句など無い。
「実は毒はマイクからも検出されたんだよ。つまりそこから導き出される犯人は芝崎美江子さん、貴方だということになる」
冷静な現状確認と毒が検出された所から推察して目暮が出した答えは美江子による殺害だった。
「マイクに毒を塗り、その後にそれを握った手に間接的に毒を付けたんだ。リクエストされた別れの歌も泣きながら歌っていたそうじゃないか、もしかしてあなたと達也さんの間には何かあったんじゃないのかね?例えば、彼に捨てられたとか」
痴情のもつれ、よくある犯行動機だし手口もかなり現実的だ。
「いい加減にしてください警部さん!」
「わ、わたし達也に捨てられたわけじゃないわ。私が勝手に振られただけなのよ!」
追いつめられる美江子を見かねてか助け船を出す麻里だったが彼女が口にした真実に全員が驚く。
大粒の涙を流しながら振られた経緯を話す彼女の姿は百々月には心の叫びに聞こえた。
「ねぇ、達也さんが歌っていた
「え?」
「ほら、歌う前にいってたじゃない。『あ、俺の曲じゃねーか。誰がリクエストしたんだ?』って」
美江子が歌をリクエストされたのは突然であった等と目暮の推理が怪しくなってきた時、コナンの言葉に全員が首をかしげる。
「さ、さぁ…」
「達也が自分で入れたんじゃねーか?アイツ、相当酔ってたし忘れてたんだよきっと」
克己の言葉に疑問を持った一同は納得する。確かに彼の酔い方は異常だった、少しばかり惚けていても仕方がないかもしれない。
「警部、カラオケボックスの傍に止めてあった被害者の車の中からこんな物が!」
達也の車から発見されたのは青酸カリをハンドクリームに混ぜた物。
「まさか…自殺!?被害者の家、事務所、全て調べて遺書のような物がないか捜すんだ!」
「はっ!」
犯行に使われたと思われる物が被害者の車から出てきた以上、自殺と断定するには十分だ。自殺の線で事を運び始めた目暮を見て納得できないとばかりに考え込むコナン。
「もも、やっぱりおかしい。なぜ皆の前で自殺しなきゃならなかったんだ、それに直接食べるのではなくクリームを塗ってまで、それにライターの件も気になる」
「自殺じゃないってことか?」
「少なくともそう考えてる」
状況証拠としては自殺で決まりだが、どうやらそれでは黙りそうもない彼を見て百々月は小さくため息をつく。
「分かった、付き合う。ただし、タイムリミットは目暮警部が自殺と断言するまでだ」
「ありがとう」
少しだけホッとしたように笑うコナンを見てどこかに消えてしまったクラスメイトの事を思い出す。
(まさかな…)
1つの可能性が浮上したが、それを彼女は表情に一切出さずに否定し思考を切り替える。
「まずは達也さんの手にどうやってクリームを塗らせるかだが」
「それなら分かってるぜ」
「ほう…」
そういった発想は一体どこから生まれてくるのかかなり気になるが、彼の態度から見てはったりなどではないだろう。
「だが肝心の犯人が分からねぇ」
「なぜ、その方法が分かったんだ?」
「達也さんが最後に歌った血まみれの女神は決まった動作があるんだ。曲の最初に上着を脱ぎ、両手を両手肘に添えながら歌う。犯人はこれを利用して毒を手につけさせた」
「つまり達也さんの肘に青酸カリが塗られていた」
「そういうことだ。それにその上着を犯人はまだ着ている可能性が高い」
「なるほど」
コナンの推理に納得する百々月、彼はそう言うと誰が犯人か確証を得るために山田克己の元へと駆け寄っていく。どうやら芝崎美江子の事を疑っているようだ。
「さて、私はどうするか」
推理に長けているコナンに任せてばかりというのも性にあわない。現場で鑑識が撮った写真を見ながら彼女も思案する。
「隅井さん」
「ん、なんだい?」
「注文された料理っておにぎり、ピザ、サンドイッチに野菜スティックで全部ですよね」
「あぁ、俺が注文を受けたから間違いないよ」
カラオケボックスの机に置かれた料理を映した写真を持って店長の隅井に聞くと予想通りの答えが返ってくる。
「注文はいつも同じ方がするのですか?」
「あぁ、マネージャーの麻里がいつもしているけど」
「今回も?」
「あぁ…」
「なるほど」
隅井からの話が全て本当ならば犯人は確定した。しかし気になるのは現場がカラオケボックスだったという点だ、犯人は最初は殺すつもりはなかったとも取れる箇所がいくつかある。
「やはり動機か…」
自殺に見せたかったのなら確実で自然に見せる方法などいくらでもある。ならなぜそうしなかったのかがこの事件の鍵になってくるだろう。
「おもしろい…」
前の時とは違い、高度に考えられた計画性、そしてそれを成し遂げた結果。実に素晴らしいという言葉に尽きる。
目の前が真っ暗な未知の世界、それに対する興味が湧き上がってくる。
「目暮警部!木村達也の事務所のロッカーから遺書らしき物が見つかりました」
「なに!?」
「ワープロでただ一言、疲れた…と」
「おぉ、彼の遺書に間違いない」
「他にも譜面とか写真とかも見つかりましたが」
「そんなものはどうでもいい。マスコミには彼の自殺を発表するぞ」
ついに遺書まで発見され自殺の方面で決定してしまう。慌てて視線をコナンに向ける百々月、すると彼は時間を稼ぐようにジェスチャーをする。
だがまだ推理は完璧に整っていない。これでは逃げられる可能性もある。
(大丈夫だ、俺を信じろ…)
(…分かった)
なにか写真を持っていた彼を信じ百々月は口を開いた。
「目暮警部、ご期待通りに推理を披露いたしましょう」
「なに?これは単なる自殺ではないのか?」
「いえ、これは高度に計算された殺人事件です」
百々月の放った言葉に全員が驚愕し彼女に視線を集める。
「まずは分かり易いように犯人を教えましょうか。犯人はマネージャーの寺原さん、貴方ですね」
「ま、マネージャーが達也を」
「そんなまさか」
思わず否定するバンドメンバーに対し彼女は表情を崩さずに話を続ける。山荘の際は緊張して思わずタメ口で話していたが今回は心理的余裕があるためか敬語で話している。
「達也さんの衣服には青酸カリがついていた。しかしその場所が問題なのです」
「場所だと、確か毒は左肘についてはいたが」
「達也さんが最後に歌った血まみれの女神は決まった動作が存在します。貴方はその動作を利用して達也さんの右手に毒を塗った」
達也と組んでいたメンバーならすぐに分かる。上着を脱ぎ捨て両手を組むように肘に手を添えるのはお決まりだからだ。
「だからなんだっていうの、達也の上着には毒はついていなかったのでしょう?ならそれはただの妄想よ!」
「確かに彼女の言う通りだよ羽部くん。上着には青酸カリが付着している痕跡はなかったぞ」
麻里の言葉に目暮も同意する。しかしその程度の反論はこちらにとっては何も問題は無い。
「そうなんです、それが私が貴方を怪しんだ大きな理由なんです。達也さんが着ていた上着はレックスのメンバーしか着られない特注品。全くデザインが同じなら入れ替えてもバレませんよね」
「っ!」
「なるほど」
「それにボックス内に運ばれた料理は全て素手で食べるものしかない。それを注文したのは貴方だと聞いた時、犯人は貴方だと思ったわけです」
彼女の言葉に納得する目暮、それを聞いていた蘭や園子も麻里に対して疑惑の目を向け始めた。
「貴方の上着を見せてくれませんか?」
「良いわよ、でもなぜ私だと思ったの?この上着が入れ換えられたというのなら他の2人にも…」
「いえ、貴方だけですよ」
「なぜ?」
「コナン君に聞きました。あの場で上着を脱いだのは達也と貴方だけだとね」
現状の細やかな事はコナンが全て把握している。本当に不思議な少年だ。
「そうね、でも私は死んだ達也を触っているのよ。上着に毒が検出されても証拠には…」
「山田さん」
「お、おう」
突然、百々月に話しかけられた克己は若干驚きながらも返事をする。
「達也さんはタバコは良くお吸いになられますか?」
「あぁ、暇があればしょっちゅう吸ってるよ」
「ならライターは当然、愛用されていますよね」
「もちろんだ」
「目暮警部、ハンカチを貸してください」
「あ、あぁ」
克己から証言をとった彼女は目暮からハンカチを受け取るとそれを持ちながら麻里から受け取った上着のポケットを調べる。
「寺原さん、タバコは吸ったことは?」
「無いわね」
「おかしいですね。ならなぜ貴方の上着にライターが入っているのですか?」
「あれは達也の!?」
美江子の悲鳴に近い声が部屋に響き、全員が麻里を見つめる。
「目暮警部、指紋を照合してください。達也の指紋が出てくるはずです」
「分かった」
「でもなんで?どうして彼女が達也を殺さなきゃならなかったの?」
完全に黒だと断定された麻里、だが美江子は納得いかなかった。なぜ彼女がこんな事をしてしまうに到ったのかが。
「それは…『それはこの写真を見て頂ければ分かります。コナン君』」
「はぁい!」
自分で言って置いてあざとく出現するコナン、皆にバレないようにジト目で見つめると半笑いしながら目暮に写真を渡す。
「この写真は?」
『達也さんが昔、店長さんのバンドにいた頃の写真ですよ。この写真の中央には達也さんと一緒に彼女も写っています』
写真に写っていた中央の女性は綺麗なマネージャーとはかけ離れた素朴な女性。最初は目暮も疑問を持つばかりだったが頭を働かせある結果に辿り着いた。
「ま、まさか…」
「そうよ、整形したのよ。達也のためにね」
その事実に驚き言葉を失う一同。そうして彼女は静かに語り出した。
全ては愛する達也のため。彼が引き抜かれる際に彼女も誘われ、そんな彼に相応しい女になるために顔を整形した。だがそれから彼の態度は一変、罵倒される日々だったという。
「彼を信じていたから、許せなかったのよ!」
『違いますよ。達也さんは貴方のことを愛していたんですよ』
「バカな事をいわないで!」
「麻里、彼女のいっていることは本当だよ」
そう言って隅井はバンドメンバーが写された写真の裏を見せる。
「これは達也がずっと好きだったお前に向けたラブソングだよ」
酷い態度は彼の愛から来る心からの叫びだった。それが暴言という幕に包まれて見えなかっただけだったのだ。
互いが互いを深く愛していたのにそれがすれ違い、複雑に絡み合ってついに切れてしまった。とても悲しい結末となってしまった。
(心から愛していたのに殺してしまう。人の心というのは実に複雑で様々な色を魅せてくれる。犯罪というのはそれを良く見せてくれるものだな)
―奥の深い洞窟の入り口―