「ど、どうしよう。またあの人が襲ってきたら」
「へっ、戸締まりをしっかりとしていれば大丈夫さ。あんな時間にフラフラ外に出て行った知佳子が不注意なんだよ」
知佳子が殺されたという事実を突き付けられた園子は思わず不安を口にするが、太田はあくまで普通の態度を貫いていた。
「確かに、包帯男が橋を落としてまでして暴れ回っているのに普通は外に行かないだろうな」
「もも姉ちゃん?」
「なにか外に出なきゃいけない何かがあったのか?」
(その考えは同意だ。なんで知佳子さんはこんな時に外に)
百々月の言葉にコナンは確かにと疑問を持つ。包帯男に対して気が向いていたが知佳子の行動にも疑問の残る点はいくつかある。
「みんなで1度、戸締まりの確認をして休みましょう。朝になったら下山してこの事を警察に」
「そうだな」
家の鍵さえしっかりしていれば相手が入ってくる可能性は低い、それに無理やり突き破ってきても音で察知できる。綾子の提案で家中の鍵を閉める一同。
「スリッパ…」
その中、家の裏の方の鍵を確認していた百々月は裏口の方の戸締まりも確認する時、スリッパがあるのに気づいた。
「知佳子さんのか?」
もしそうだとしたら知佳子は表の玄関から靴を運び裏口から去って行ったという事になる。
(外出をだれにも悟られたくなかった?)
「もも、そっちは終わった?」
「あぁ、どうした?」
知佳子の不思議な行動に彼女が頭をひねらせていると後ろから園子たちがやって来た。
「コナン君が知佳子さんのスリッパを捜してて」
「知佳子さんのかは知らないがここにあったぞ」
「これよ、人数分しか出してないから知佳子さんのに間違いないわ」
園子の言葉にコナンは考え込む動作をするがこんな所に居ても仕方がない。
「コナン君、行くよ」
「あ、うん」
百々月に促されしぶしぶその場を後にするコナン、だが彼女も彼と同じく後ろ髪をひかれる思いだったが仕方がないと割り切るのだった。
「しっかし参ったわね。せっかくの旅行が」
「コレばかりは仕方ないな」
「早く寝て明日を待ちましょう」
各自割り当てられた部屋に向かった後。百々月は園子と綾子と共に話していた。3人は同じ部屋で寝る支度をしているのだ。
「園子、少し済ませてくる」
「分かったわ。気をつけて」
寝る前に済ませようと一人、暗い廊下を歩く百々月。若干、不安だったが無事に用を済ませ部屋に戻ろうとした時。知佳子がいた部屋の扉がゆっくりと開いた。
「誰か居るのか?」
「……」
その部屋から姿を現したのは包帯男、それを見た百々月は言葉を失ってしまった。
振りかざされる斧、それを見た彼女は腰に差してあった警棒で目に止まらぬ勢いで斧を弾く。
「くっ!」
軌道を逸らされた斧は廊下に置いてあった小棚を破壊し派手な音をたてる。
ーー
「ねぇ、蘭姉ちゃん。もも姉ちゃん誰かに恨まれてるって事ない?」
「え?」
包帯男にはただの殺人鬼にしては不審な点が多すぎる気がする。百々月を狙うのも何かしらの目的があってのことかもしれない。
「そうねぇ。羽部さんの両親は殺されたって聞いたけど。彼女はとてもいい人だし人と喧嘩してるところなんて見たことないわ」
(だよなぁ)
蘭の話を聞きながらコナンも心の中で同意する。彼女は人と争うよりそれの仲裁の方がお似合いだ。
「なんで狙われたんだろう」
「誰でも良いんじゃない。ああいう人は」
ガッシャーン!
コナンが思考の海に浸ろうとした時。廊下で派手に物が壊れた音が響く。
「まさか!」
「なによ!」
派手な音を聞いたコナンは再び百々月が狙われたと悟り慌てて部屋を飛び出すとそこには包帯男と対峙する彼女の姿が。
「もも!」
コナンが飛び出したことで他の人たちに気づかれたと察した包帯男は腰に飛びついてきたコナンを振り払う。
「うわぁ!」
「コナン君!」
飛んできたコナンを受け止め倒れる百々月、二人が倒れ込むのを尻目に包帯男は逃げていった。
「羽部さん、大丈夫!?」
「何があった!」
派手な物音と声に全員が部屋から飛び出してくるのだった。
ーー
「また襲われた!?」
「あ、あの包帯男に?」
「でもちゃんと鍵は掛けてあったんだろ?」
犯人がまた侵入してきた事に驚きを隠せない角谷と高橋。知佳子の部屋から出てきたという百々月の意見を元に部屋を探索した一同は窓ガラスが切られているのを発見した。
「きっとあの木を上ってこのベランダに飛び移ったんだな」
「とんでもない野郎だな」
鍵を開けるために窓を切られたのなら外から来たのは必然。このベランダまで登るには大きな木を伝って行くしかない。犯人の執念的な行動に全員が息を飲む。
「とにかく奴は俺たちを狙ってる!バラバラでいるのは危険だ。食堂に集まって朝を待とう」
「そ、そうだな」
角谷の提案に太田が頷き一同は着替えて食堂に集まることになった。
「うわぁ!」
着替えを取りに部屋に戻った時、角谷の部屋から小さな悲鳴が聞こえた。
「大丈夫ですか!?」
角谷の悲鳴に百々月は彼の部屋に飛び込むと座り込んでいる彼の姿があった。
「今度はなんだ!」
ある程度、着替えが終わった太田たちが再び駆けつけると、角谷は自分の部屋の窓を指差す。そこは知佳子の部屋の窓と同じく切られていたのだ。
「早く行こう。このままじゃ全員がやられちまうぜ」
ーー
食堂の明かりをつけ下に降りていく一同。そんな時、コナンは綾子の服のポケットからはみ出しているある物を見つけていた。
「それ確か、知佳子さんが首につけていた」
「そうよ、これ知佳子のチョーカーよ。コナン君たちが知佳子を抱えた包帯男を追いかけていった直後に玄関に落ちているのを見つけたのよ」
包帯男に抱えられていた時点で知佳子の首にはチョーカーがあったはず。しかしそのチョーカーは玄関に落ちていた。
それは森に逃げたはずの包帯男が1度、別荘の玄関を訪れているという事になる。
(まさか、包帯男の正体って…)
ーー
コナンがある考えに到った時、百々月も1つの結果に辿り着いていた。盗み聞きに近い形になったがチョーカーの件を聞いた彼女も身内の犯行では無いかと思い至ったのだ。
(ならなぜ私を狙う?そしてどうやって知佳子さんの首を…)
「そういう事か…」
大まかな推理だが辻褄が合う。だが今1つ決め手に欠ける、今思い返してみて私の目に狂いがなければ《あの人》はあんな体型ではなかった。
(さてどうしたものか…)
「ねぇ、もも姉ちゃん。蘭姉ちゃん。確かこの別荘に来たときに皆の部屋に間違えて入ったよね。その時、なにか見なかった?」
「なにかって?」
「包帯とかマントとか?」
どう展開しようかと百々月は思いを巡らせている時、コナンから質問を投げかけてきた。それは明らかに犯人を追いつめるための材料集めという事だろう。
「見られるわけないでしょ。みんな着替えててすぐドアを閉めちゃったもの。羽部さんは?」
彼の質問をパスしてくる蘭。そんな時、百々月は真剣な眼差しの彼を見てすぐに悟る。こっちが本命なのだと、正直に言おうと思った矢先、ある彼女の中で芽生えた。
(ちょっとからかってみよう)
「いや、特にこれといったものは…。だが少しだけ違和感があるのだがそれがなんだか…」
チラリと横目である人物を見る百々月、平静を装っているが内心は焦っているだろう。
「その違和感って、なに!?」
「うーむ」
考え込むような仕草をし始めた百々月と同時に電気が落ち食堂が暗闇に包まれる。
「て、停電よ!」
「今の雷でどこかの電線が切れたんだ!」
停電により恐怖を露わにする園子。
「わ、私。キッチンからロウソクを取って来る」
「私も行きます」
「僕も」
「私も行こう」
暗闇の中では何も出来ない、とにかく明かりを手に入れるために綾子がキッチンに向かう。それに追随したのは蘭、コナン、百々月の三人だ。
「これでしばらくなんとかなるわ」
「光源がこれじゃ不安ですね」
「ないよりマシよ」
(いつ来る…来たら私の勝ちだ)
音も無く警棒を用意する百々月、黙って周囲を警戒する。
ガシャン!バリン!
食堂の方から激しい物音が響き渡る。
「なに、今の音?」
「みんなのいる食堂の方からよ」
「まさかあの包帯男が」
暗闇の中、背後の暗闇が鈍く光る。それに気づいたのは蘭と百々月、蘭はそれに向かって鋭い蹴りを入れ百々月は警棒でその奥を攻撃するが手応えがない。
ドス…
そして反撃した二人の間に落ちたのは折れた斧。
「これは斧じゃない?」
(やっぱり包帯男はももを狙ってる…)
(やっぱり狙ってきた…これで)
暗闇の中でよく見えないが興奮し笑っている百々月の顔は実に良い顔をしていた。
それから一拍を置いて電気が復旧し家の中の明かりが取り戻される。
「きゃぁぁ!」
それと同時に家に響いた園子の悲鳴、それに対し駆けつけた4人は破壊された窓を発見した。
「もも姉ちゃんこれ…」
割れた窓を検分していた百々月はベランダの手すりに細い跡が残っていた。
「これは…」
「ピアノ線で細工した跡だよ。糸の存在を隠したかったからピアノ線を使ったんだ」
「じゃあ、つまり犯人は包帯男ではなく」
「間違いない、あのメンバーの中に犯人はいる」
確信を持って言い放ったコナンを見て百々月は目を細めるが何も言わない。せっかく面白そうな存在が居るのだ。使わない手はないだろう。
「ねえ、もも姉ちゃん。お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「今回の犯人をあばいて欲しいんだ」
彼女なら麻酔時計もいらない。今回の探偵役にはぴったりだ。
「もも姉ちゃんは犯人の目星はついてるんでしょう?」
「だが細かいところは…」
「僕がフォローするから」
「しかし…」
少し予想外の事態に戸惑う百々月の手を握り、コナンは静かに一言を放った。
「俺を信じろ…」
(新一…)
強い眼差しと自信を持った言い方に失踪した友人を思い出させた。
「…分かった」
「ありがとう!」
しぶしぶ了承する彼女を見てコナンは歓喜の声を上げる。意図せずして羽部百々月による推理ショーが幕を上げようとしていた。
ーーーー
食堂に集まり皆が不安そうに言葉を交わす中、百々月が静かに皆を見渡す。
「大丈夫なのか?」
「少し気取った方が良いときもあるんだよ」
小声で話していた2人だが百々月は大きくため息をつき声を上げた。
「さて、この狂った殺人劇に幕を下ろしましょうか」
「羽部さん?」
「どうしたの、もも?」
「知佳子さんを殺し私を亡き者にしようとした犯人が分かった」
彼女の言葉に思わず注目する一同。しかし当然ながら反対の声が上がる。
「何言ってるんだよ。百々月ちゃん、犯人は包帯男に決まっているだろう?」
「そうだよ、森の中で俺たちを狙っている殺人鬼だよ」
「そんな殺し好きの犯罪者がドラマの如く颯爽と登場するかな。何事にもそこには理由があり行動原理がある」
彼女の堂々とした物言いに全員が飲まれ話に耳を傾ける。
(随分と様になってるなぁ。任せて正解だったな)
それを食堂の机の下で隠れていたコナンは感心しながらいつでもフォロー出来るように変声機を持ちながら待機していた。
「私が襲われたとき、包帯男は知佳子さんの部屋から侵入してきた。その後でみんなが彼女を調べて何があって何がなかったかな?」
「なにって、あったのは切られた窓ガラスぐらいしか」
百々月の言葉に対し考えながら答えた蘭、彼女の言葉に満足した百々月は話を続ける。
「みんなの仮説通りなら犯人は外からこの雨の中、襲撃してきたなら多少部屋が泥や雨水で汚れても良い筈なんだ」
「なるほど…」
「ないということは、犯人は知佳子さんの部屋で伏せ、私を襲おうとしていた。外から来たように偽装してな、そして犯人は一度ベランダに逃げ私の様子を見に来たていで戻ってきたんだ」
「ならどうやって戻ってきたんだ?知佳子の部屋以外、部屋に全員いたんだぞ」
角谷の言葉に全員が頷く、犯人が一度戻ってきたというのなら知佳子の部屋を通るしかない。だがその部屋は逃走ルートに使ってしまい使えない。
「コナン君を除けば一番最初に駆けつけてくれたのは角谷さんでしたね」
「そうだな、凄い物音だったから」
「角谷さんの部屋にはなにか異変がありましたよね」
「そうだ、窓の鍵が…まさか!」
彼女の言わんとしている事が分かり驚く角谷。
「犯人は堂々と角谷さんの部屋から私達に合流した。消去法で言った方が分かりやすい。」
彼女は人数分の数だけ指を立てて8本の指が立つ。
「つまり角谷さんは自動的に白、真っ先に駆けつけたコナン君と蘭は白、知佳子さんの部屋の向かい側に居た園子たちも白、そんなに部屋が近ければ誰もがそこから出てこないと疑問に思うからな」
つまり自動的に太田と高橋の2人が残ることになる。
「太田さん、なにか言いたげですね」
「あぁ、俺たちは全員いるときに知佳子を抱えて逃げていった殺人鬼を見たんだぜ。その時の説明はどうするんだよ」
「全員ですか?」
「あぁ…」
「みなさん思い出してください。あの時、
彼女の言葉を皮切りに全員が高橋を見つめ、高橋本人は言葉をつまらせながら反論する。
「ば、バカな。僕はちゃんと二階にいたじゃないか」
「二階の手すりにピアノ線の跡を見つけた」(で、合っているか?)
そのトリックだけはどうしても分からなかった彼女はみんなにバレないよう机を小さく蹴る。
(完璧だぜ)《ピアノ線の両端は問題の窓の上の手すりにくくりつける。みんなの視線を窓に集中させた後、ピアノ線を切断、窓の外を通過させ窓を開けられる前に回収したんだ》
変声機を使い百々月の声となったコナンは上手く話を繋げて推理ショーを続行する。
《そんな事が出来たのは屋根の修理と称してベランダにいた貴方しか出来ないんですよ。高橋さん》
「か、勘弁してくれよ。じゃあ、僕はどうしたっていうの?あの後、僕はみんなと一緒に森の中へ行ってバラバラ死体を見つけたんだよ」
《綾子さんが玄関で知佳子さんのチョーカーを見つけました。それは犯人が知佳子を抱えて玄関を通っていった証拠です》
「だから僕はあの時、手ぶらだったし…。それに死体って重いんだろう?それを誰にも気づかれずに運べるわけが」
まだ言い逃れを続ける高橋を百々月は口パクをしながら興味深そうな目で見つめる。
《首だけなら問題ないんじゃないんですか?あの時、私たちが見たのは知佳子さんの首だけ、可能性は十分にあります》
「バカバカしい!首だって同じ事だ。僕はあの時何も持っていなかったんだよ。それになんで僕が知佳子を殺さなきゃいけないんだよ…それに……それに」
「確かに、貴方と包帯男には決定的な違いがある。それは体型だ、マント越しといえどその大きな体は目立ってしまう」
彼女が自ら放った言葉に全員が安堵の声を漏らし始めるがそれは尚早だった。
「本当は太ってないだろう?証拠はその体型を見てしまった私自身、そしてそれが私の命を狙った動機だ」
「お前、まさか…」
これほどのものを積み上げられたら百々月とコナン以外にも死体を運んだ手段、その方法が頭に浮かんだ。
「随分と面白い発想だな。まさか腹の中に首を入れて運ぶなんて、常人なら思いつかない」
少しだけ楽しそうに笑いながら百々月は話を続ける。
「そして貴方は知佳子さんを森に呼び出して惨殺したわけだ。動機は2年前の敦子さんが自殺した件か?」
「そうだ!みんな敦子の為にやったことだ!」
そして高橋は話し始めた。敦子が当時書いていた空色の国が知佳子に盗作され自殺したという事を。それを話し終えたと思えばナイフを取り出し自身に突き付けたのだ。
「僕は敦子と暮らすんだ。あの世で敦子の仇を取った正義の使者として…」
《ざっけんなよてめぇ!死にたきゃ勝手に死にやがれバーロォ!》
自殺を図ろうとした高橋に対し百々月の怒号が食堂に響き渡った。
《確かにお前は敦子さんのために罪を犯したかもしれねーよ。だがな、その後おまえがももを襲ったのは彼女のためでもなんでもねぇ。お前は恐かったんだ、犯罪者になってしまう自分が怖くてももを襲ったんだ!》
完全にコナンが百々月の声で暴走している。当の本人は完全に諦めて口パクを続行する。
《今のお前は正義の使者なんかじゃない。ただの醜い血に餓えた殺人鬼なんだよ!》
百々月(コナン)の言葉に泣きながらひれ伏す高橋。
様々な波乱はあったがなんとか事態は終息し別荘に日差しが零れ始める。
無事に事件を解決した2人は目を合わせて微笑む。コイツとは良い相棒になれそうだとそう思いながらコナンは彼女を見つめるのだった。
―最大の敵は最大の味方かもしれない―