うしろのしょうめんだぁれ   作:砂岩改(やや復活)

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山荘包帯男殺人事件 (中編)

 

 

「園子、コナン君…。どこに行ったんだ?」

 

 辺りを見渡しても草と木ばかり、天候も悪くなんだか不気味だ。こうなれば1度、別荘に戻って園子たちが蘭を連れ帰るのを待つしかない。

 

「仕方がない…」

 

 別荘に引き返す為に後ろを振り返った瞬間、百々月は自身に向けて斧を振りかぶっている包帯人間を見てしまった。

 

「は?」

 

 突然の出来事に理解が追いつかない百々月、だが体が勝手に対応し顔を腕で庇いながら大きく後退する。避けきれずに腕が少し切れるが問題ない。

 

「フゥー」

 

 包帯人間は大きな息を吐くと斧を構えて彼女に近づき百々月は傘を畳んで構える。剣道の正眼ではなくより実践型な構えだ。

 

ーー

 

「あ、いた!蘭姉ちゃん」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

「園子、コナン君」

 

 その頃、雷を境に見失った蘭を発見した2人。

 

「急に居なくなっちゃったからビックリしたよ」

 

「ごめん。あれ、羽部さんは?」

 

「さっきまで一緒にいたのに」

 

 なんとか見つかって一安心だと思った矢先、蘭の言葉で百々月とはぐれたことに気づく。

 

(まさかこの嫌な感じは。ももが危ない!)

 

 頭に過ぎる嫌な予感に対しコナンは再び来た道を走り出す。

 

ーー

 

「くそっ!」

 

 頼りにしていた傘は1合でへし折れてしまい百々月は思わず悪態をつく。息も切れ切れに逃げる彼女を包帯人間はしっかりと追いかけてくる。

 

「もも姉ちゃん!」

 

「コナン君!」

 

「一体なによ?」

 

 そんな時に草むらから姿を現したのはコナン、その後ろを追いかけてきた園子と蘭の登場に包帯人間は不利だと思ったのか身を翻し森へと消えていった。

 

 包帯人間が消えた後、気が抜けたのか座り込む百々月。

 

「大丈夫、もも姉ちゃん」

 

「あぁ…」

 

 静かに返事をする彼女は少し疲れたように右手で表情を隠し心臓に左手を当てる。それを見たコナンは思わず同情の視線を彼女に送った。

 

(なんの前触れもなく命を狙われたんだ。動揺するのも仕方ない)

 

 友人の珍しい態度を見たコナンはそう判断し慰めるように背中をさする。

 

「ふふふっ…」

 

 自身が生きているのを改めて実感したのか彼女の口からは笑いが漏れる。表情こそ見えないが、彼女が生きていて良かったと素直にコナンは喜ぶのだった。

 

ーー

 

(さっきのは一体…)

 

 森の中で突然、包帯人間に襲われ生命の危機に立たされた。抵抗を試みたが傘はへし折れてしまいコナン君たちが来なければ死んでいたかもしれない。

 

「ふふふっ…」

 

 思わず笑いが込み上げてくる。今、生きている事への歓喜?それもあるだろう。

 

 常人ならそれだけで充分だ、だって殺されかけそれに対して抗い勝ったのだ。でも彼女の中で小さくだが違う感情が存在していた。

 

(興奮した…)

 

 自身の死に対して抱いた感情は恐れではなく興奮、どちらかと言えば喜の感情だ。

 なぜこんな感情が湧き出てきたのかは分からないが確かに感じた感覚、それを彼女は噛みしめた。

 

 

ーーーー

 

「包帯男?」

 

「そうよ、森の中でももが襲われたのよ!」

 

 取り敢えず別荘に戻った4人はサークルメンバーと合流し森で出会った包帯男の話を進める。

 全身をマントで包み顔を包帯で隠していた人物を男と判断するのは軽率だと思うが訂正するのも面倒なので百々月は黙っておく。

 

「でもなんで羽部さんが襲われたんだろう」

 

「女が1人で森を彷徨いていたら格好の的だろうからな。仕方ない」

 

 冷静ないつもの状態に戻った百々月は蘭の疑問に自分なりの答えを提示する。

 そんな中、些細なことで角谷と知佳子が言い争いを始めたがすぐに綾子が割って入り仲裁する。

 

「でも妙な感じの人なら見かけたな。顔はよく見えなかったけど黒いマントにチューリップハットを被った不気味な人」

 

「黒いマントの男なら俺が来たときも別荘のそばで見かけたぜ」

 

「俺も…。顔はよく見えなかったけど。でも俺はてっきり近くに住んでいる人かと」

 

「そんな訳ないわよ。この辺りに家は橋を渡ってずっと行ったところに二、三軒あるだけでこっち側は山を1つ越えないと」

 

 怪しい人物は近所に住んでいる人間と全員が思っていたがそれを綾子によって完全に否定される。

 

「じゃあ、なんなんだよ。その男は」

 

「とにかく警察に連絡だ」

 

「う、うん」

 

 楽しいはずの別荘宿泊が早々から怪しい雲行きになってきた。険しい雰囲気の中、なぜか園子だけは現実味を感じていないようで変な妄想に浸っていた。

 

「うふふ、ワクワクしちゃう」

 

「え?」

 

「だって映画みたいじゃない?」

 

 園子の予想外の言葉に思わず疑問の声を上げる蘭、それに対して彼女はお構いなしにその妄想を繰り広げる。

 

「筋書きはきっとこうよ。別荘に閉じこめられた9人が森に潜む殺人鬼に次々と殺されていく。そして生き残った美男美女が殺人鬼を倒しめでたく結ばれるわけよ」

 

「私たち死ぬことが前提なの?」

 

 どこかの海外パニック系映画のノリでよくあるパターンだが今回ばかりは少しだけシャレになっていないかもしれない。

 現に百々月が襲われているのだ、笑って過ごせる状況ではないだろう。

 

「まだ殺人鬼になって人殺してる方が楽しそうだけどな。襲われるよりそっちの方がマシだ」

 

「まぁ、何事も仕掛ける方が楽しいのは分かるけどね」

 

 百々月の言葉に蘭は笑って答える。彼女なりの気を利かしたジョークだろうと思ったからだ。

 まぁ、少なくとも現時点では本当に気を利かしたジョークだったのだが。

 

「電話が通じない?」

 

「ええ、昼間は通じてたのに。さっきの雷で電話線が切れたのかしら」

 

「あ、あいつだ。あの包帯男が切ったんだ。あいつが…あいつが……うわぁぁぁ!」

 

 本当に笑っていられなくなってきた状態に我慢の限界が来たのか高橋が叫びながら暗い夜道を吊り橋に向かって駆けていく。それをあわてて太田と角谷が追いかけていく。

 

「1人は危ない。私たちも行こう」

 

「そうね」

 

 このまま高橋を見失えば包帯男が殺しにやってくる可能性だってある。こう言ったときの単独行動は非常に危険だ。

 

「あれ、どうしたんだろう。すぐ止まったのかしら」

 

「いや…」

 

 先に高橋を追いかけた太田たちは崖の辺りで止まり呆然としている。彼らが先に高橋を捕まえたのかと思ったがそうではないようだ。

 

「橋が落ちている」

 

 その原因は角谷のその一言で表されていた。崖の底に伸びる吊り橋だったもの、それは明らかに何者かによって破壊された跡がありそれを見た全員が戦々恐々とする。

 

「何が包帯男よ、バカバカしい。森の中で女の子を襲ったのも電話線を切ったのも橋を落としたのも皆を驚かせるため。きっとその人は私たちが驚いてるのを見て楽しんでいるだけよ!」

 

 知佳子は戦々恐々とする人たちを見て苛ついたのか、それとも自分の恐怖心を取り除くためか大声で怒鳴ると1人で別荘に戻っていく。

 

「とにかくここに居てもなにも始まらない。私たちも別荘に行こう」

 

 百々月の提案に全員が頷き取り敢えず別荘に戻っていく。

 

「さぁ、ご飯を食べて1度落ち着きましょう。夕飯の支度をするわ」

 

「私、手伝います」

 

「じゃあ、私も」

 

「園子」

 

 知佳子を見送った綾子は軽く手を叩きながら夕飯の支度を始める。それを見て手伝おうとした女性陣だが園子だけ百々月に止められる。

 

「なに?」

 

「なにか小さな棒のような物があるか?頑丈な奴」

 

「奥の方の物置になにかあると思うけど捜してみたら、勝手に漁ってていいから」

 

「ありがとう」

 

 犯人が殺人鬼なら1度目をつけられている自分がもう狙われないという確証はない。その時の為に彼女は何かしらの得物が欲しかったのだ。

 

「少し探せばこんなにあるなんて…」

 

「もも、ご飯よ!」

 

「分かった!」

 

 園子が教えてくれた物置には率直に言えばなんでもあった。

 《緊急時》と書かれたボロボロのダンボールを探してみれば遭難したとき用の物に紛れて特殊警棒が埋もれていた。それを腰にしまった彼女は皆の待つ食堂に行くのだった。

 

「だからその事はもう聞かないでねコナン君」

 

「う、うん…」

 

 彼女がリビングに到着するとしんみりとした蘭と園子の姿が、どうやら敦子という女性の話をしていたのだろう。

 

「お、凄え、凄え」

 

「美味そうだな」

 

 他の人たちも集まったようで太田と角谷が喜々としてリビングに入ってくる。

 

「あれ、知佳子は?」

 

「疲れたから先に休むって」

 

「1人にして大丈夫なのですか?」

 

「流石に家の中は安全だろ。早く降りて来いよ高橋、料理冷めちまうぞ」

 

 たった1人で部屋で休んでいる知佳子を心配する百々月だが太田が笑いながら答える。

 

「だ、誰だお前は!誰か居るんだよ下の窓のそばに」

 

「窓のそば?」

 

 高橋の言葉に全員が窓を注視する。角谷はビデオカメラを回しながらそっちの方を見ていると来た…。

 全身に包帯を巻いた男が知佳子を連れ去る瞬間を…。

 

「「「っ!」」」

 

 衝撃の事態に全員が絶句する中、真っ先に追跡を開始したのはコナンと百々月、2人は懐中電灯をひっさげて素早く追跡を開始する。

 

「危ないぞ」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 百々月の忠告に生意気に返すコナン、そんな彼の言い方に彼女は親近感を覚えるが今はそんな事を考えている場合ではない。

 先行した2人を追いかけるように太田、角谷、高橋は懐中電灯を手にして走る。

 

「足だ!」

 

「こっちには手が」

 

 そんな中、見つかったのは連れ去られた知佳子の足、そして手。

 

「凄いな…」

 

「もも姉ちゃんは僕から離れないでね」

 

「あぁ…」

 

  暗い森の中は懐中電灯の明かりだけが頼りな状況でしかも振り続ける雨の影響で足元も不安定だ。好ましい状況ではない。

 百々月は1度、包帯男に狙われている。また狙われる可能性がある以上、コナンは傍から離れるわけにはいかなかった。

 

「おい、しっかりしろ知佳子」

 

 そんな中、森の中で倒れる知佳子を発見した角谷、慌てて抱きかかえると彼女の頭が体から離れ地面にゆっくりと落ちる。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 彼女の遺体を見た角谷の叫び声が暗い森の中で響き渡るのだった。

 

ーー

 

「な、なんてこった…」

 

「やっぱりあの包帯男は殺人鬼だったんだ」

 

 知佳子の無残な姿を目にした太田と高橋はそれぞれ恐怖を口にする。その一方、百々月とコナンは遺体に駆け寄り検分をしていた。

 

 胴体と切り離された顔は恐怖に歪んだ表情で固まっている。恐らく殺される前に自身の死を悟ったのだろう。

 

(どんな事を考えながら死んだんだろう…)

 

 懺悔、後悔、それとも走馬灯でも見ていたのだろうか。何十年と積み上げてきた物が全て灰燼に帰す気分はどんな気分だろうか。

 

「もも姉ちゃん。大丈夫?」

 

「あぁ、私は大丈夫だ」

 

 ぼーっとしていた彼女を心配するようにコナンは話し掛ける。それに対し百々月も笑顔で答える。

 

(動揺するのも無理ないか…)

 

 殺されかけた後に顔見知りが殺されたのだ。思うところは多々あるだろうと彼は判断し知佳子の遺体の検分を続けるのだった。

 

「骨ごと切られてるって事は男だな。女の人じゃこんな事、出来ない」

 

「殺し方で男か女か分かるのか?」

 

「あくまで目安だけどな。やっぱり力が違うから」

 

「なるほどな」

 

「もう良いだろう。ここは危ないから別荘に戻ろう」

 

 検分をしていた2人に反し角谷は自身の上着を亡くなった知佳子に被せる。

 

「ごめんな、知佳子。犯人は絶対に捕まえさせるからな」

 

 悲しげに言葉を放った角谷を横目にその場に居た全員がその場を後にするのだった。

 

 

 





―探究心は全ての根源である―


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