伊豆のミステリーツアーを終えた百々月は着々と知名度を上げていた。殺人事件に関わらず様々な事件を解決していった。
スグリも相棒としてその才覚を発現し平成の女ホームズ、女ワトソンとして有名になっていた。
「もも!」
「どうした?」
すっかり元気になったスグリは百々月の家に入り浸るようになり合鍵すら持っているような程であった。
「羽部さん!」
「蘭もか…どうしたんだいったい?」
《緋色の研究》と書かれた本を熟読していた百々月は突然の来客に驚く。スグリは馴れた手つきで蘭と自分の分のお茶を用意しテーブルに並べる。
「実は相談があって…」
「うん?」
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「つまりコナンのお守りを?」
「うん、お父さんが行きたくないって駄々をこねて…」
「まぁ、行きたくないだろうな」
蘭の話の内容は簡単に言えばコナンのお守り。コナンが勝手に送った《ホームズ・フリークツアー》とやらに見事当選したようでホームズのホの字も知らない小五郎は行くのを渋っているらしい。
そんな時、最近ホームズを読んでいる百々月に白羽の矢が立った訳だ。
「読んでるって言っても…私はまだ緋色の研究。しかも途中までしか読んでないが…」
「大丈夫、私は一応。全部読んでるから」
「…うーん」
正直、行きたくない。だがスグリもなんか行きたそうにしてるし味方はここには誰もいなさそうだ。
「分かった、引き受けるよ。礼は期待しておく」
「ありがとう、羽部さん!」
「ありがとう、もも!」
「はぁ…」
こうしてホームズ・フリークに百々月は参加することとなったのだった。
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「ほぉ、緋色の研究ですか。それはホームズが登場する記念すべき第一作ですからな」
「自分は赤毛組合が大好きなんですが!」
「はいはいはい!僕、四つの署名!」
「あれは世界的にも評価が高い作品!」
「偉いな坊や。漢字がよめるのかい」
「へへ、まぁね!」
ホームズ・フリークツアー参加のために乗り込んだ車のなかでは予想通りホームズ話に華を咲かせていた。
「私は瀕死の探偵です!」
「いいですねぇ、ホームズとワトソンの友情が強く印象に残る作品ですよね!」
「……」
そんな中、百々月は最高に居心地が悪かった。一通りは読んだものの熟読には至らずこの日のために知識を詰め込んだだけのこと。こんなシャーロキアンに囲まれては居心地が悪くなるのも仕方がない。
(スグリに任せて行かなければ良かった…)
「貴方はどんな話をご贔屓に?」
「わ、私ですか?」
「「はい」」
「私はバスカヴィル家の犬ですかね」
「なるほど、あれもいい作品だ!」
どうやら地雷は踏み抜かなかったようで安心する百々月は車で揺られながら静かに到着を待つのだった。
「なるほど、本の価値を考えれば当然の対応と言えるな」
無事にペンションに到着した一同は違う車で来ていたメンバーたちと合流し1000問に及ぶ《ホームズカルトクイズ》を渡された。
「ほう、工藤がおると思ったらまさかこんな所で会うとはな。百々月!」
「ん、服部か!」
「え、知り合いなのか?」
二人の反応に思わず聞くコナン。
「なんやガキンチョ。知らんかったのか?こいつ剣道がごっつう強くて知らん奴はおらんで!」
「剣道業界では平成の巴御前って言われてるもんね。ももは…」
服部とスグリの言葉に感心するコナン。
(強いって聞いてたけどそんなに強かったのか…)
「中高ともに公式試合は全戦全勝。まさに最強無敵の女剣士がももなのよ」
「へぇ~」
推理とサッカーにしか頭になかった彼にとっては新情報だったようで素直に感心する。
「まぁ、直接話したのは男女混合選抜試合の時やけどな。俺が戦いたかったやけどな」
「まぁ、あの時は同じチームだから仕方ないだろう」
非公式の男女混合選抜試合では彼女は大将として出場し服部のライバルである沖田総司と壮絶な試合を繰り広げた。西の沖田vs東の巴の戦いは最早伝説と化している。
「武道をやってる人なら噂ぐらいは来るよ。修羅の帝丹高校って」
「あははは…マジか」
空手では蘭、剣道では百々月。なにげにレジェンド級が勢揃いである。
「本当にももって凄いからねぇ」
スグリ←《去年、弓道全国大会 個人の部 第三位》
なんなんだこの面子は…。
「工藤が居ると思って来たんやけど外れやったな。その妙なガキンチョは居るみたいやが、百々月と会えたからヨシとしとくか」
「あははは」
工藤と言うワードに焦るコナン。それを横目で見ていた百々月は少し楽しそうにしていたが次の言葉で表情を固くした。
「そう言えば義宗は元気にしとるんか?」
「……いや。最近は会っていないからな」
「そうか、アイツとはあれ以来やからな。またよろしゅう言うといてや」
「あぁ…」
一瞬だけ眼光が鋭くなった百々月だがすぐに笑みを浮かべて手を差し出す。
「なにより、再会は喜ばしいことだ」
「せやな、まさか探偵としても名を上げるとは思わんかったが」
お互いに握手と挨拶を交わす服部と百々月。そうしている間にもホームズフリークツアーの説明は続いていた。
(もも?)
ももの反応。あれは明らかに良い感情を持っていない人物に対する反応だった。そんな彼女の反応は気になるが。あまり深入り出来なさそうなので黙ることにした。
「ほら、説明を聞いておけよ」
「あ、あぁ」
百々月に促されコナンはホームズフリークツアーの主催者である。金谷裕之の話に集中するのだった。
「あまり緋色の研究に興味は無さそうだな」
「まぁな、さっきも言うたけど工藤を探して来しだけや。それに俺はコナン・ドイルより…エラリー・クイーンの方が…」
「ここではあまり言わない方が良いかもな…」
「…せやな」
周りは生粋のシャーロキアンたちだ。こんな所で変なことを言えば何を言われるか分かったもんじゃない。
(それに私はホームズよりモリアーティの方が興味をそそられるな)
まぁ、せっかくのホームズ問題だ。出きるところまでやってみよう。
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「なんだ、思ったより簡単じゃねぇか」
「問題が多いと問題の質が落ちるのは仕方ないことだよね」
(元気だな…)
真夜中になっても寝ずに問題を解き続けるスグリとコナンを見ていた百々月。一通り読んだとはいえ、まだ読み込めていない百々月は前半の問題で諦めた。明日の問題を解く時間も仲良くなった服部と平和に談笑する予定だ。
(まぁ、新一と対決した奴がいるとは思わなかったな)
少し面白そうではある。新一と本気で戦ったらどうなるのか。興味もあるしやってみたいと言う気持ちはある。
(まぁ、私と新一は協力関係だしな)
推理と言う点では新一に遠く及ばないことは分かっている。少しでも近づけるように経験を重ね、知識を蓄えているが。
(私がとびっきりの犯罪を起こせば対決になるのか?)
まぁ、バカな考えが浮かんだがすぐに消す。そんなことあり得ない、外道に堕ちる理由などないしするつもりもない。
だがほんの少しだけ興味と言う好奇心はそれはかなり面白そうだと呟いたのは心の中に秘めておく。
(アホらし…寝よ…)
頑張って問題を解く二人を横目に百々月は静かに就寝するのだった。
「なるほど、二重にトリックを張りダミーの証拠を残しておくか…」
「あの時は工藤に完敗やったわ。それは認める、やからもう一度会えやんかと思ってここに来たんやけどなぁ」
次の日、服部から外交官殺人事件などの多くの関わってきた犯罪の話を聞いていた百々月。彼女の聞き上手もあって二人は談話室で一日中話し合っていた。
「美味しかったな」
「そうだね。正直、そこまで期待してなかったけど良かった…」
「にしても全然、姿を現さないなオーナー」
「早くオーナーを読んでテストの採点をしてちょうだいよ!」
長い時間、待たされしびれを切らし始めた参加者たちを横目に百々月は静かにお茶を飲む。
(まぁ、私はもう満足だが)
色々と服部からの話はかなり有意義だったし個人的には満足だった。付き合いとはいえここまで来た成果は得た。
「くそっ、もう我慢ならん。部屋で休ませてもらう!」
「お、お客様!?」
「こりゃかなわんわ。俺も休もうかな、どうする百々月?」
「……」
服部の言葉に無言を貫く百々月。よく見ると目を閉じて呼吸も一定の穏やかなペースだ。
「も、もしかして…」
「寝てる…」
教科書に書いてありそうな素晴らしい直立姿勢で椅子に座り寝ていたのだった。