「と言うことで…」
「なるほど…だが次、同じこと私にしたらボコボコにするからな」
「ハイ…」
「ちょっと何してるんですか!」
持ち上げられたまま説教されるコナン。それを見つけた蘭が慌てて駆け寄ると百々月の姿を見つけて驚く。
「あれ、羽部さん!」
「蘭、まさかこんな所で会うなんてな」
「正体バラすの?」
「まぁ、この二人ならさして問題はない」
百々月の大胆な言動に驚くスグリだが彼女も観念した様子でサングラスを外す。
「あれ、ごめんなさい。初めてだよね」
「はい、毛利蘭さん。私は矢上スグリ、弓道部のマネージャーをしています」
典型的な元気な女子高生である蘭と控えめなスグリは対照的な存在。同じ学校で学年と言っても全く交流のない二人であった。
「それで、なんでそんな格好でこんな所に?」
「まぁ、端的に言えば探偵の依頼だ。依頼主は金城氏…」
その後はスグリの家で起きた事件を除いた理由をしっかりと話して落ち着く。
「つまり今回はお父さんと羽部さんは敵同士って訳ね」
「そうだな、推理対決という奴だろう」
(ももと勝負か…確かに面白そうだな)
突き落とされた件は気になるがももが犯人ではないことは分かった。つまり犯人は分からないと言うのが事実だが。
(ももも居るしなんとかなるだろ)
相手も脅かし程度の筈だ。そうそう大きな事は起こらないだろう。そうして話もそこそこにして四人は百々月の正体を隠す事を約束して別れる。
ーー
「本当にバラして良かったの?私は蘭さんとか知らない人たちだから信用できるか…」
「一応は信用できるさ。それに私たちの依頼は変わらない。闇の男爵を見つけ出してこのバカンスを楽しむ」
まぁ、本当に正体がバレようがやることは変わらない。このミステリーツアーを終わらせるだけの話だ。
「でもなんか一癖も二癖もある人ばっかだね」
「そうだなぁ…整理するか」
銅像の側で今回のミステリーツアーのメンバーたちを解析していると後ろから変な音が鳴り百々月は頭から液体を被る。
「は、は羽部さん…」
「なんだ…生暖かい…」
震えるスグリが後ろを指差すと後ろには銅像の剣で串刺しになった闇の男爵が血反吐を吐きながらこちらを見つめていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
こうして百々月の事件がまた始まるのだった。
ーーーー
「で、どうだった?」
「うん、ネクタイとベルトの付け方が不自然だから殺人の方面で捜査するみたい」
「なるほどな」
自室のシャワーを浴びていた百々月は現在の状況を確認する。あのやけに声のデカイ刑事、確か横溝警部と言ったかな。彼のご厚意で取り調べの前にシャワーと着替えをさせてもらっていた百々月はスグリに捜査状況を聞いていた。
「でもあの子供…コナン君は異常だよ。人が死んでるのに…」
「慣れてるのさ…色々とな」
「子供なのに?」
「あぁ…」
まぁ、端から見ればコナンの冷静すぎる行動は不自然極まりないだろうな。
「教育的に悪そうね」
「なんとも言えん!」
うん、スグリの懸念がまともだがコナンは他の子供とはだいぶ違うから心配ない。というよりこっちを巻き込んでくるから余計にたちが悪い。
「羽部さん、そろそろ良いですか!」
「はい!」
横溝警部の言葉に元気良く返事をした百々月は私服に着替えて部屋を出るのだった。
「なるほど、それで各部屋の捜査を…」
「はい、いやぁ!優秀な探偵が二人も揃うなんてなんて運がいい!改めて横溝参悟です、よろしく!」
「よろしくお願いいたします…」
とても気の良い人だがこの音量だけはなんとかならんのか…。
ーー
「にしても風が強いな…」
「測る?」
取り調べを待つ間に現場を軽く見せてもらった二人は被害者である江原さんが落ちたと思われるベランダを調べていた。
「なんかいつの間にか浸透してるよな、スグリ?」
「まぁ、羽部さんを手伝いたいから」
「助かるよ」
なんか場に溶け込んでこっちについてきたスグリは風速計を持って来る。弓道の練習とかでたまに測るらしい。
カラカラカラカラ…
なんか屋根に着いてる回る感じの奴だがこれでおおよその風速を測れるようだ。
「だいたい10~12かな…」
「強いな…」
風速10はやや強い風とされているがそれでも傘がさせなくなる程の風だ…決して弱くはない。
「風に煽られやすいマントを着けた状態で真下に堕ちるのか?」
「分からない、実際にやってみないと…。事件発生当時の風向きも調べなきゃ」
「そうか、横溝警部に頼んで気象台に聞いてみるのが一番か…」
百々月の髪が激しく揺れる中、スグリも冷静な判断で助言をしていく。
(だれか知らねぇけど。相棒って感じだな)
その様子をこっそり見ていたコナンも静かに感心していた。
「しかし…銅像に突き刺さった死体は芸術だったな」
「え?」
「あれが本物ではなく絵であったら良い構図だと思うんだがなぁ」
「そ、そうだね」
若干、驚くスグリを横目に次の部屋に移動する百々月。それを見送るとスグリはあの光景を思い出す。
「断罪…かな」
「制裁でも面白いかもな」
ふとタイトルを思いつき呟く彼女も百々月と同類なのかもしれない。
ーーーー
「まぁ、羽部さんと友達の矢上さんは確実に候補から離れますね。それと酔いつぶれていた毛利さんもそれは同様です」
これが殺人事件だとしたら犯人は被害者を突き落としたと言うことになるのだが。被害者から飛び散った血を被った百々月は確実に無理だろうしその隣にいたスグリも容疑者から外れる。
「まぁ、あの名高き女子高生探偵が犯人な訳がないですけどね!」
大声で笑う横溝警部と共に部屋を移動していると耳が痛くなる。
「いえ、今回は違いますが探偵が殺人犯である可能性は十分あります。探偵と言っても人間、人に恨みを持つこともある」
「そ、そうですね。流石は噂の女子高生探偵だ!」
まぁ、横溝警部の事は置いておいて気になるのは蘭たちだ。
「で、闇の男爵を見たそうだな?」
「う、うん…」
佐山と蘭は取り調べの後、エレベーターで闇の男爵と接触したと言う。その時は現場を見ていた百々月たちとコナンは見ていないが取り逃がしたらしい。
「どうだった?」
「うん…」
「?」
完全に上の空な蘭を見て百々月は疑問に思うがあえて問い詰めない事にした。
(まぁ、この闇の男爵は別物だろうな)
妄想に過ぎないが犯人の目星は付いた。後はどうやって証拠を集めるかだな。
「犯人分かった?」
「あぁ、後は証拠集めだな…」
闇の男爵が現れた状況を聞いたらある程度の察しはつく。
「犯人は佐山明子と前田聡だよ。前田聡の方は分からんが佐山明子は確定だろうな」
わざわざ警察官の見張りを倒すと言うリスキーな事をしてまで姿を現したのはそのリスク以上に重要な目的があったからだ。蘭たちとの遭遇がアクシデントだったとしたら衣装を目立つところに捨てたりしない…なら。
「蘭と佐山、その場に居た容疑者は佐山だけだ。この件は佐山が犯人ではないと思わせるための偽装工作である可能性が高い。そして中身は前田聡だろうよ」
「なるほど…」
「共犯か…それとも恋人を思っての独断か…どちらにせよ調べる価値はある」
スグリは彼女の推理を聞くと深く頷く。
「やっぱり羽部さんは凄いね」
「よせ、それに私たちは親友だろ?ももで良いよ」
「え…じゃあ。もも?」
「よし、いくぞ!」
「えぇ、少し恥ずかしいよぉ!」
こうしてスグリが元気になったのを見た百々月は各部屋を調べているコナンたちと合流するのだった。
ーー
1901号室、問題の佐山と前田が泊まっているホテルに到着した二人は部屋を調べる警官たちを眺めながら二人の様子を窺う。
「特に怪しいものはなさそうですな。念のためにポケットの中の物も出してもらいましょうか?」
「あ、はい…」
「うぇ?」
前田が小五郎に連れられ警官による身体検査が行われた瞬間。百々月はスグリの肩を掴んで向かい合わせる。
「は…もも?」
「ちょっと協力してくれ…」
すると百々月はスグリのスーツのネクタイを静かに緩めると声を出す。
「おい、スグリ。ネクタイがよれてるぞ」
「え……あぁ。本当だ、直してくれる?私は出来なくて」
「仕方ないな…」
少しの間。ネクタイと格闘するが変な感じに整ってしまうネクタイに嫌気が差したようにする。
「あれ、自分のは出来るのにな…他人のは上手くいかん…」
「そう言うことあるよね」
「大丈夫?私がやってあげるよ」
「佐山さん、申し訳ない」
すぐそばでネクタイと格闘していたのを見かねて佐山がスグリのネクタイを直してくれる。すると綺麗に整ったネクタイが姿を現した。
「おぉ、綺麗になったなぁ」
「凄い、慣れてるんですね」
「まぁ、聡のネクタイを着けてあげてるから。それで慣れたのかな」
スグリのネクタイを注意深げに見つめながら百々月は笑顔でからかう。
「お熱いことで…」
「からかわないでよ!」
3人は和やかに笑うが百々月は視線はスグリのネクタイに向けられていた。
「羽部さん。気象台からの返答がありました」
「ありがとうございます。それで?」
笑っていると近くの警官が気象台からの報告を持ってやって来た。その報告によるとここら一帯は姫風と呼ばれる強風が常に吹いているらしい。事件の時刻もかなりキツイ風が吹いていたようだ。
「そうだとすると落ちたらかなり流されると思う…」
「なるほど、だとすると銅像の真上にある部屋で落としても遺体は刺さらなくなるな」
「え?じゃあ、江原さんの部屋から落ちたら刺さらないんじゃ…」
スグリの言葉で百々月はある可能性に気づく。
「犯行現場は江原さんの部屋じゃない…」
「え?」
「この部屋が犯行現場で転落現場だとしたら?」
「うそ…」
百々月の言葉にスグリは周囲を慌てて見渡す。
「でもそれを証明する証拠が…」
「そうだね…風は時間によって方向も強さも違うし。風の抜け穴でもあれば別だけど…」
「抜け穴か…ん?」
頭を悩ませながら周囲を見た百々月はあるものを見つける。それは窓を開けながらメモを書くコナンの姿だった。
「それか!」
「おぉ、どうした急に!?」
コナンの開けていた窓から顔を出すとそこの空間だけ風がなかった。
「このホテルの構造に感謝だな…」
「もも?」
「犯人が分かったよ…だが密室の謎が解けない。分かるか?」
「密室の謎は解けたが…本当にやるのか?」
「間違っているなら恥をかくだけだ」
「分かった…」
そう言うと百々月は姿勢を正して全員に向かい合う。
「分かりましたよ。横溝警部、この事件の犯人がね!」
「え?おぉ、そうですか!それならツアーの参加者を全員」
「その必要はありません。ここに居るメンバーで十分です」
「え、と言うことは…」
横溝警部は百々月の言葉で察したのは佐山と前田を見る。二人が犯人であったのかと驚いた表情を見せるがなにも言わずに百々月に話を続けられるように黙る。
「まずは闇の男爵がエレベーターに現れた件について。犯人は前田さんですね?」
「なぜ?」
「簡単ですよ、佐山さんを庇うためにあんな演出をした。駄目ですね、目的を果たしたらすぐに衣装を捨てるのは。闇の男爵と佐山さんが無関係であると思わせたかったのでしょうがあからさますぎです。だから私は佐山に目星をつけた」
「た、確かに遺体を見張っていたのは三沢くん。彼は空手の達人でした!」
横溝警部の言葉に反論しようとした前田は押し黙る。
「そうでしたか、いくら隙を突いたとはいえ空手の達人の意識を奪うのは並の人では出来ないでしょう?」
「そ、そうだ。犯人は俺だ!」
「いや違う!貴方だけではない!」
前田の言葉を遮り百々月は話を続ける。
「そして本命の殺人事件。我々は江原さんの部屋で彼が突き落とされたと思っていましたが違った。現場はここです」
「えぇ!」
「銅像の真上の部屋は江原さんと金城さんの部屋だけだぞ。ここは真上じゃない」
「ええ、小五郎さんの言う通り、通常なら真上の部屋が一番怪しい。しかしここはそれが通じない。ですよね?」
そうすると百々月は先程、報告してくれた警官に聞き直す。
「あ、はい。確かに気象台からの報告ではここは常に強い横風が吹いているそうで転落した遺体は間違いなく流されるかと」
「当時の風向きから考えると怪しいのは佐山さん、上條さん、紺野さんの部屋だが。この現場で当時の風の強さなどは再現できない。つまり立証は不可能…」
「なら私じゃなくても紺野さんと上條さんの可能性だってあるじゃない!」
佐山の意見は尤もだが話はまだ終わってない。
「いや、あるじゃないですか?容疑者の中で唯一。風などの外的要因に全く左右されない窓が」
「え?」
百々月の言葉に横溝警部は彼女の示した窓を開けて真下を見る。すると真下には見事に剣を掲げる銅像が立っていた。
「本当だ…銅像がある!」
「でもそれで本当に落ちるかなんて…」
「じゃあ、実験でもしてみますか?例えば布団を丸めて人代わりに、シーツをマント代わりに着ければおおよその検証ができる」
「違う!やったのは俺だ!」
必死になって自身が犯人だと言い張る前田の言葉に百々月はしっかり返す。
「前田さん。コナンによると貴方は部屋から追い出されていたそうですね。しかもこの状況下で彼女が何も知らずに犯罪に荷担していないなんて、無理がある…」
それにまだ調べきれていないだけで、このホテルの宿泊客の証言や監視カメラの映像などを調べればいずれ分かる。
追い討ちをかけるように百々月はスグリのネクタイを捲り上げる。
「それにこのネクタイの結び目。基本はウインザーノットですが癖がありますね。写真で見た江原さんのネクタイと酷似しています。これは簡単に調べられますがどうしますか?」
(まぁ、探偵としては赤点だろうがな)
まだ推理としてはかなり甘い。密室の謎だって聞かれなかったが結局コナンに頼ってしまった。
(だが犯人を特定しある程度の証拠を揃えた。民間の探偵としては充分だろうな…)
探偵といっても民間人に過ぎない。あくまで犯人の逮捕などの行為は警察の管轄。必要最低限の行為はできたと言えばそれで良かったのだろう。
完璧とはほど遠い推理だったが大人しく佐山さんは自白。これでミステリーツアーの殺人事件は幕を下ろすことになるのだった。
ーー
「結局、前田さんのアリバイもサインを受けていたファンの証言で明らかになった訳だ」
「そうだな、だがなもも。あんな綱渡りみたいな推理でよく披露したな」
事件の事後処理の為にゴタゴタしている隙に抜け出した百々月とコナンは真っ暗な海岸で密かに話していた。
「かなり賭けだったが仕方ない。私はスグリの慰安の為にここに来たんだ。事件を長引かせたくなかった…」
「お前が解決した事件の被害者だったよな」
「あぁ…」
己の未熟さのせいで二人も犠牲者を出してしまった。後悔の念だけが強く残る。
「あまり気にするなよ」
「いや、これは糧にする。なにか犯罪を抑止するものが必要なんだ。犯罪を防止させる抑止が…」
「俺たちは神じゃない。犯罪を防ぐなんて早々できるもんじゃない。だから俺たちはせめて被害者が報われるようにするしかねぇんだ」
「……」
強く吹き荒れる姫風の中。二人の探偵の悲痛な思いが誰にも届くことなく消えていくのだった。