うしろのしょうめんだぁれ   作:砂岩改(やや復活)

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更新間隔は長めになると思いますがご了承ください。




第一章 種まき
山荘包帯男殺人事件 (前編)


「何故だ、何故お前がこんな事を…」

 

「ほんまやで、工藤と俺が考えても動機が全く分からへん。悪いけど教えて貰えるか?」

 

 とある場所、とある日、とある時間。東と西の名探偵に対峙するのは1人の女、美しい黒髪を纏めたポニーテールが風で揺れる中。

 

「……」

 

 彼女は高笑いするわけでもなく、泣くこともなくただ冷静に、静かに…笑いかけるだけだ。

 

 悔しがるように相手を睨み付ける江戸川コナン、目の前で静かに笑う羽部百々月。

 

 工藤新一が江戸川コナンとして彼女に初めて出会ったのは後に《山荘包帯男殺人事件》と呼ばれる事件だった。

 

ーーーー

 

 

「ねぇ、ねぇもも。週末暇?」

 

「なんだ藪から棒に」

 

 教室で本を読んでいた百々月は若干、疑いの目で園子を見つめる。

 こういった高いテンションの時の園子は絶対になにかやらかすか、周囲で何かが起きるかのどちらかだ。

 そんな疑り深い目で彼女を見つめていた百々月に対し園子は彼女の持っていた本を取り上げてタイトルを見る。

 

―日本の裏歴史、武士道の生誕と繁栄を紐解く―

 

 ページ数が4桁近くある分厚い本を見つめ園子は大きなため息をつく。

 

「こんなん読んでるから男が近づかないのよ。もう少し青春を謳歌したらどうなの?」

 

「勝手なお世話だ。それに私は私なりの青春を謳歌している。それで、週末は暇だがどうした?」

 

「よくぞ聞いてくれた。実は姉キがうちの別荘で昔の友達と泊まるんだけどどうせなら蘭たちも呼んで遊ぼうと思って」

 

 どうせ毎度の如く男目的で同窓会に割り込んでいったのだろうが山奥の別荘というのは一種の憧れがある。せっかくの誘って貰ったのだ、行かない手はないだろう。

 

「別荘か…楽しそうだな」

 

「でしょでしょ、行こうよもも」

 

「分かった」

 

 彼女は剣道部に所属しているが週末の稽古は自由練習、別に行かなくても問題はない。

 

「やった!もも大好き!」

 

「ええい!暑苦しい!」

 

 抱きつく園子を鬱陶しそうに解こうとする百々月、これが2年B組の日常の1つであり彼女達の習慣のようなものであった。

 

――

 

 園子は先に別荘に向かったらしく週末になると最寄りの駅で蘭たちと百々月は合流した。百々月はバイクの免許を持っているので電車ではなくバイクで最寄りまで来たのだ。

 

「あ、羽部さん!」

 

「遅かったな…」

 

 バイクを厳重にロックしたのちに駅員に数日の間なら駐車して良い許可を貰った彼女は駅の出入り口でお茶を飲みながら待っていると電車から降りてきた蘭が彼女に気づき声をかける。

 

「ごめん、ごめん。コナン君も行くって言うから支度してて」

 

「その子が?」

 

「うん、羽部さんは初めて会うよね。江戸川コナン君、うちで世話しているの」

 

「こんにちは」

 

「この年で居候か…」

 

「あはは…」(もうちょっと言い方があるだろ)

 

 百々月の言葉に若干の不満を抱きながらもコナンは子供らしく可愛らしく笑う。

 学校で蘭の話は聞いていたが本当に小学1年生なのだと知った彼女はコナンと名乗った少年の顔を覗き込む。

 

「どこかで見たような顔なんだよな」

 

 可愛らしく笑うコナンを見て顔をしかめるが今考えても仕方ないので取り敢えず諦める。

 

「まぁいいか。園子も待っているだろうしその別荘に向かおう」

 

 山の道のりも決して短くはない、話なら歩きながらも出来るし早めに行った方が良いだろう。

 

ーーーー

 

「あれ、おかしいな。確かこの辺に別荘があるはずなんだけど」

 

「ねぇ、もしかして僕たち道に迷ったの」

 

 順調に山道を進んでいた筈の一行だが蘭が地図を見ながら四苦八苦していた。そんな彼女を見かねたのかコナンは彼女に質問を投げかける。

 

「そ、そんな事ないわよ。ちょっと寄り道しているだけ…ねぇ羽部さん」

 

 残念ながら予想通りのようで蘭は慌てながら周囲を見渡す。

 

「安心しろ、私がしっかりと把握している。もうすぐ見えてくるはずだ」

 

「よかったぁ」(ももは相変わらずだな)

 

 百々月の言葉に思わず安心するコナン、蘭と園子はおっちょこちょい気質があり、なんだかんだで小さなハプニングを起こす。

 そんな2人をちょうど良い感じでフォローしているのが百々月だ。頭も回るし冷静沈着、コナンとしても信頼できる友人の1人だ。

 

「あの別荘だな」

 

 百々月が指を指した先には二階建ての大きな別荘がありその前の崖には吊り橋が架けられている。

 

「あれ、誰か歩いてる。あの人も別荘に行くのかな?」

 

「随分と変な格好だな」

 

 真っ黒のコートを身に纏い顔も帽子も深くかぶっているせいでよく分からない。

 そんな人物が後ろにいた自分たちに気づいたのか後ろを振り向いてくる。そこから見えたのは顔に包帯を巻きつけた姿だった。

 

「「「っ!」」」

 

 あまりにも不気味な姿に3人全員が言葉を失う。それを見た包帯の人は別荘の方へと駆けて姿を消すのだった。

 

「あ、あの人も別荘に行くのかな」

 

「違うんじゃない」

 

「違うといいな」

 

 まあ、思わぬ出来事もあったがこれから別荘で思いっきり楽しむのだ忘れてしまおう。

 

「遅いよ蘭、もも。せっかくの私の別荘に招待してあげたのに遅れて来るなんてもう」

 

 窓から見たのか知らないが3人の到着を知った園子は玄関から顔を出し、向かい入れる。

 

「あら、この子ね。蘭の家で預かっているコナン君って、結構かわいいじゃん」

 

「あはは…」

 

「こんなコブ付きじゃあ。恋愛どころじゃなくなっちゃうわよ」

 

「恋愛?」

 

「私たちは素敵な男性に巡り会うためにここにやって来たのよ。そして、その男性と大自然の中、夢のようなロマンスをしちゃう訳よ」

 

 呆気に取られている蘭に対し百々月はやっぱりっと言った感じで園子を見つめる。

 

「私は別荘と大自然だけで充分だがな」

 

「まったく、これだから剣道バカは困るのよ。華の女子高生なんだから盛大に咲かないと損でしょ?」

 

「私はヒマワリよりすずらん派だ」

 

「まぁ、ももにも剣道以外で熱中することが出来るわよ」

 

 玄関先で談義をしていた蘭たちだったがせっかく来たので中に上がることにした。

 話の途中で包帯を巻いた人物についての話をしたが園子自身は特に知らないようなのでそのままお流れとなった。

 

「3人とも、部屋は二階よ。ももは私と同じ部屋だからすぐに分かるわ」

 

「分かった」

 

 10分以上山道を歩いてきたのだ少しだけ疲れた。荷物だけ置いてさっさと軽くなってしまおうと3人は二階に上がるがそこには部屋がたくさんありどれがどれだか分からなかった。

 

「どれが私達の部屋だか分からないじゃない」

 

「言わなかったという事は一番、分かりやすい部屋だろう」

 

「適当に開けてみましょうか」

 

 分からないと言って立ち往生しているわけにも行かないため蘭は扉を開けるとそこには少し色黒の男性が着替えていた。

 

「間違えました、すいません!」

 

 それと同じタイミングで向かいの部屋の扉を開けていた百々月は顔がぽっちゃりしている眼鏡を掛けた男性と目が合う。

 

「あ、すいません」

 

 慌てて扉を閉めた蘭とは対照的に百々月は静かに扉を閉める。その後もイケメンな男性の部屋と間違えるが何とか自分たちの部屋に辿り着いたのだった。

 

ーーーー

 

「皆さん、同じサークルだったんですか」

 

「そうよ。みんな姉キの大学時代の映研仲間。特に仲の良かった5人が2年ぶりに集まったってわけ」

 

 それぞれ支度を終えリビングに集まった一同は用意された洋菓子と紅茶を飲みながら談話をしていた。

 そんな中、百々月は難しそうな顔でフロートレモンティーを見つめてるのをコナンが発見した。

 

「もも姉ちゃん、それはそのままで飲むんだよ」

 

「あ、そうなのか?ありがとうコナン君」

 

 レモンティーに浮かべてあるレモンは確かに初めての人からすればどう扱って良いのか分からない。

 他人様の前で聞くわけにもいかない彼女を的確にフォローしてくれたコナンに対し百々月は頭を優しく撫でることで感謝を伝えた。

 

(こいつ根っからの日本人だったからな。いつも緑茶を飲んでたっけ)

 

 紅茶を飲みながら横目で百々月を見るコナン。小さくなってしまってから、それほど時間は経っていないが懐かしく思えてくる。

 

「男性方はこんな感じで…」

 

 園子の紹介に預かったのは映研の主役を張っていた太田勝、カメラマンだった角谷弘樹、大道具の高橋良一の3人。

 

「さ、さっきは皆さん失礼しました」

 

「高橋さん、すいませんでした」

 

「いえいえ」

 

「気にしなくて良いよ百々月ちゃん」

 

 随分と豊かな体型の彼に対し申し訳なさそうに謝った百々月を見て事情を知らない園子は頭に ? を浮かべる。

 そして紹介は進み園子の姉である鈴木綾子、そして現在、有名脚本家として知られている池田知佳子。

 

「もしかして今、上映中の《青の王国》の脚本を書いている池田知佳子さん?」

 

「そうよ、確かあれ知佳子が大学時代に書いた脚本で、デビューのきっかけになったのよね」

 

「やめてよ、そんな昔の話」

 

 現在上映中の《青の王国》はよくテレビや雑誌などで取り上げられる人気作でかなり評判も良いらしい。

 

「なんか次の映画の話も来ているそうじゃねえか」

 

「池田先生、ファンの方々になにか一言」

 

「やめてってば…」

 

「相変わらず角谷の撮影好きは変わってないようだな」

 

「こればっかりは止められないぜ」

 

 流石は映研のメンバーで撮影担当だけあって百々月たちと会ってからずっとカメラをまわしている。

 

「それにしても高橋、また太ったんじゃないか?」

 

「100㎏ぐらいかなぁ」

 

「それじゃブタだよ。ブタ」

 

「ひどいなぁ」

 

 太田の言葉で男3人で笑い場に和やかな空気が流れる。昔の話に花を咲かせるサークル仲間たちは2年も会っていないとは思えないぐらいに仲が良かった。

 

「ほんと、皆と居ると大学時代を思い出すわね…」

 

 笑みをもらしながら話す綾子だったが何かを思い出したように静かになり小さな声で言葉を漏らす。

 

「敦子も、敦子もあんな事がなきゃ。きっとここに来ていたのに」

 

「止めなさいよ、敦子の話は!」

 

 綾子の言葉に現場が凍り付き知佳子の大声でさらに場が静まり返る。

 

「………」

 

 ただ事ではない様子の一同を見て百々月は眉を顰めるがなにも言わずに紅茶を飲むのだった。

 

 その後、メンバーは気まずくなったのかそれぞれ分かれて行動してしまう。知佳子と角谷は外に散歩、高橋は屋根の修理、綾子は夕飯の準備に取り掛かった。

 

「なにか気になってるの?もも姉ちゃん」

 

「まぁ、みんなの反応が過敏すぎた気がしてな」

 

 緑豊かな別荘に来たというのに雨が降り始めどんよりとした空が広がる。

 

「なんでそこが気になるの?」

 

「2年前と近い時期とは言え触れたくもないと言った風にするのがな…。自殺だったりしてな」

 

「やっぱりもも姉ちゃんは鋭いね」

 

「やっぱり?」

 

「なんでもない!」

 

 百々月は元から鋭い観察眼の持ち主だ。それにその観察眼を充分に扱える思考も兼ね備えている。

 

(それだけボロを出さないようにしないと、ももにバレるかもしれねぇな。気をつけねぇと)

 

ーーーー

 

 百々月が特に目的もなく窓を眺めているとイケメンの太田が蘭と一緒に相合い傘をしながら森の中に入っていくのが見えた。その後ろを追跡する園子とコナンの姿もだ。

 

「はぁ…。本当に好きだな」

 

 なぜコナンまで着いていったかは分からないが園子は太田さんを狙っての事だろう。どうせ太田が言い寄って蘭が逃げるか太田が撃退されるのがオチだろう。

 

「あら、百々月さん。あなたも散歩に行くの?」

 

「えぇ、こういう所はあまり来られないですから」

 

 綾子さんに見送られながら外に出た百々月は傘を差しコナンたちをゆったりと追いかける。

 

「おい、出歯亀ども」

 

「「げ、もも…」」

 

「人の色恋沙汰を盗み見るとはな」

 

 バツの悪そうな感じで百々月を見る園子とコナン、すると次の瞬間、強烈な光と共に雷の轟音が鳴り響いた。

 

「び、びっくりした。近かったわね、今のカミナリ」

 

「ちょ、コナン君!」

 

「待ちなさいよ!」

 

 園子が雷に気を取られている隙にコナンは雨の中を走りだし森の中へと向かっていく。

 それを追いかける百々月と園子だったが百々月だけふとした拍子にはぐれてしまった。

 

「しまった…。皆どこに行ったんだろう」

 

 雨で視界が悪い中、1人だけになってしまい辺りを見渡す。そんな彼女の背後に黒い影が静かに、確実に近づいていたのだった。

 

 




―彼女は普通の女子校生―

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