大変長らくお待たせしました。
色々、ガバいかもしれませんがなんとか書き終わりました。まもちゃん最初の単独解決事件。一体どのような結末を迎えるのか…生暖かい目で見ていただければ幸いです。
「死因は窒息死で間違いないな」
トメさんの粗方の検査によって景子の死因は首が絞まったことによる窒息死という結論が出た。
「しかしこれは凄いな。タンスが粉々だ」
現場を見回していた目暮はリビングにあった木製のタンスを見て驚く。一部だがなにかハンマーのようなもので破壊された痕跡があったのだ。
「最中さんには目立った外傷は無いし。犯人がハンマーのようなもので殺そうとして失敗したのか?」
「いえ、恐らくこれをしたのは景子さん本人でしょう」
「なに?」
「彼女はムエタイの実力者です。恐らくここで犯人と争いか、それとも警告。その際に壊したのかと…」
他の部分は綺麗に片付け、自殺に見せかけたかったようだが流石に壊れたタンスは直せなかったようだ。まさか、景子さんがタンスを破壊するなんて犯人も想定外だったのだろう。
「しかしそんな実力者がなぜ…」
「これは…」
景子の体を調べていた百々月。彼女の綺麗な肌がタンスの破片で傷ついている。そんな傷の中、肌が一部、赤くなっているのに気づく。
(アレルギー反応か…やはり……)
「本当は景子さんと協力して事件を解決したかったのですが。仕方ありませんね」
「始めるのか?羽部くん」
「えぇ、新一なら景子さんを死なせずに済んだかもしれないな」
「羽部くん、なにか言ったかね?」
「いえ、ただの無い物ねだりですよ」
やはり場馴れ?をしていないとすぐには事件を解決できない。今までも彼の補助ありきで行動してきたからか事件の全容把握が上手くいかなかった。
「目暮警部。全員を屋敷に集めてください」
ーー
その後、矢上邸。目暮警部の指示のもと、この事件に関わった人物たちが集められた。
「羽部さん!」
「スグリ…」
スグリは百々月の姿を見るや否や、飛び付いて泣き始める。百々月はそれを優しく受け止めて頭を撫でてやる。その瞬間、犯人に対して強い殺意を抱いたがすぐに納める。
「景子さんまで…」
「スグリ、すぐ犯人を吊るし上げてやるからな」
「はい…」
兄に加え、姉となる筈だった景子まで死んでしまったのだ。どれほど悲しいか…。優しい口調でスグリを離すと父親の藤五郎の元に預ける。
「村田さん」
「なんだ?」
「一つ、お貸しねがいたいものがあります」
「ん?」
この場にはスグリ、藤五郎、メイドの神無月カナ、執事の遠山渚、シェフの村田登、主治医の藤木正嗣が顔を出していた。
「それでは皆さん。今回の連続殺人事件、定兼さんと景子さんを殺した犯人は二人居ます」
「ん?それでは連続殺人事件とは言えないのではないか?」
百々月の言葉に反応した目暮警部の疑問は尤もだ。二つの事件に犯人は二人なら連続殺人事件とは言わない。
「いえ、言えます。なぜなら片方の犯人はなにも知らずに利用されていただけなのですから。それも善意の行動です」
「善意の行動で人を殺したと言うのかね?」
「はい」
百々月はみんなに目線を合わせながら話を進める。
「まず第一の事件。定兼さん殺人事件ですが、犯人は予告状通りの人物です」
「というと?」
藤五郎は身を乗り出しながら彼女の話に耳を傾ける。
「予告状の文言は《32番目の悪魔に気を付けろ。さもなくば命はない》です。32番目の悪魔とは恐らく、ソロモン72柱の第32位」
「まさかアスモデウス」
「はい、アスモデウスは色欲の悪魔です」
アスモデウスはサラという少女に取り憑き、彼女が結婚するたびに夫を殺していた。
更にアスモデウスはソロモン王を無力化し、一時期そこの悪魔の王として君臨したという二つの逸話を持っている。
アスモデウスの正体を知っていた藤五郎はその事を思いだし自分の息子を殺した犯人に辿り着く。
「まさか…」
「羽部くん。その悪魔がなんだと言うのだね?」
「アスモデウスは自らの主の裏切り。そして少女に取り憑き夫を殺している逸話を持つ悪魔。我々のメンバーの中でそれが該当するのは最中景子さんだけです」
「「っ!」」
羽部の言葉に一同は騒然とする。一番、定兼に近しい存在が彼を殺したというのは衝撃的だったからだ。
「そして定兼さんの死因は窒息死ではありません」
「え、でも鑑識さんが窒息死だって」
カナの言葉に百々月が小さく頷くと話を続ける。
「あくまで死後の症状が似ていただけですトメさん」
「あぁ、百々月ちゃんに言われて首の索状痕を精密検査してみたんだが。不審な点が見つかってね。索状痕の筋が少し歪だったんだ」
「つまりどういうことですか?」
意味が分からずに再度、問う渚に対して待ってましたとばかりに二枚の写真が出てくる。
「これが、通常の絞められた際に出来る索状痕でこちらが今回の索状痕です」
二枚の写真を見比べるとなんとなく違和感が残る。
「定兼さんの首に出来た痕は首を絞められた際に発生したのではなく、紐を首に押し付けられ意図的に作られた痕だからです。これでは人は死ねません」
「じゃあ、兄さんはなにで死んだんですか?」
「感電だよ。スグリ…」
「か、感電?」
「家庭用家電での感電の場合、窒息死に非常に近い症状が出る。定兼さんは足にあった愛用のホットカーペットの感電によって死んだんです。ホットカーペットの配線が剥き出しになっていました、そこにワインなどの液体でもかけてしまえば、簡単に感電します。索状痕は偽装ですよ」
「なるほど、これで突然の停電にも死亡が異常に早かったのも頷けるな」
目暮警部は手を叩いてそのことについて納得する。
「つまり、彼女は定兼さんを殺した主犯でその配線を弄ったのが不運な協力者というわけですね」
藤木正嗣はため息を吐きながら残念そうに呟く。
「そんな、景子さんがなんで…」
「スグリ…まだ話は終わってないぞ」
「え?」
スグリの肩を優しく叩いた百々月は話を続ける。
「こうして景子さんは犯人に騙されてまんまと定兼さんを殺してしまったんですよ」
「彼女が犯人ではないのかね?」
「えぇ…。警部もご存じの通り、景子さんの自宅の状況では彼女の自殺とは思えない。景子さんの犯行を知った者の復讐と言うのには明らかに準備が良すぎる」
景子さんの部屋は明らかに謎の第三者が存在していることを指し示している。
「スグリ、景子さんはそこら辺の男などに遅れを取る女性か?」
「いえ、景子さんは並みの男性より遥かに強いです」
「そんな彼女がなぜ殺されたのか?仮に利用されている事が分かっていたならその犯人から差し出されたものなど絶対に口にしない筈です」
相手が油断している状態ならともかく、警戒しているような状況で毒を飲ませるなど不可能に近いだろう。
「その答えは犯人が仕組んだ巧妙な罠に掛かってしまったからです」
百々月はゆっくりと歩を進めながら集まった一同の周りを練り歩く。
「景子さんを卑劣な罠に嵌めて、定兼さんと景子さんを殺したのは…お前だな藤木正嗣」
「っ!」
矢上家の主治医。藤木正嗣は後ろにまわっていた百々月の顔を見ながら驚く。
「失礼な、なぜ私が?」
「ひっそりと隠れていれば逃げられると思うなよ。景子さんが自宅に帰って口に入れた物はなんだと思いますか?村田さん」
「あぁ?そりゃ。ケーキだろう、定兼さまと景子用に用意した俺のケーキだ」
「村田さんのケーキしか景子さんは食べないんですよ。景子さん甘いもの好きなんですがね」
村田の言葉にカナは思ったことを口にする。それは彼女が長年、思っていた疑問だ。
「なぜですかね、藤木さん」
「それは彼のケーキが特別だからだよ。米粉を使ったケーキでカロリーが抑えられているんだ。女性には嬉しいケーキだろ」
「へぇ、そうなんですか。村田さん、米粉使ってるんですね」
「知らなかったのかい?」
「知ってるわけないだろ。知ってるのは俺と景子の二人だけだよ」
なんか、話が噛み合わなくなってきたのを百々月は少し楽しそうに眺める。
「あぁ、前の検診の時に作ってるのを見かけたんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
カナのナチュラルトークはどうやら上手く動いてくれるようだ。その時、目暮警部の携帯が鳴り響き、連絡を受けとる。
「もしもし、目暮だが。あぁ、羽部くんに代わるよ」
「どうも警部」
百々月は目暮から携帯を受けとるとスピーカーモードにして話を聞く。
「羽部さんから貰った米粉ですが成分調査の結果、小麦粉でしたよ」
「間違いありませんか?」
「間違いないですね」
「どうもありがとうございます」
満足な報告を受けて満足げな彼女は電話を切って警部に返す。
「おかしいですね。村田さん、間違えましたか?」
「バカ野郎。俺が間違えるかよ…まさか」
「えぇ、なら中身が入れ換えられたのでしょうね」
村田は藤木を見るが彼は何も知らないとばかりに手を振る。
「藤木さん、貴方は村田さんのケーキが米粉だと景子さんから聞いたのではありませんか?」
「なに?」
「景子さんのアレルギーは小麦粉なのではないですか?」
「っ!」
「あ、アレルギー?」
「私の予想が正しければ食物依存性運動誘発アナフィラキシー」
彼女は藤木を睨み付けながら話を続ける。その間に目暮はちょっとだけペースについていけなくなっているがすぐに分かるだろう。
食物依存性運動誘発アナフィラキシーとは、特定の食べ物を食べてから数時間以内に運動をすると症状が現れるもので、特定の食べ物を食べただけでは症状はおきず、特定の食べ物を食べたあとに運動をすると症状が出るのが特徴のアレルギー症状だ。
「貴方はそれを知っていた。カナさんの発言を聞く限り、この事を知っていたのは少ないでしょう。景子さんの肌が赤くなっていたのもアレルギー症状のせいですね。貴方の診療所のカルテでも見ましょうか?」
「確かに彼女は食物依存性運動誘発アナフィラキシーだった。だがそれでなぜ犯人が私になるんだ」
ケーキの下りでカロリーがどうのこうのと誤魔化していた奴が言っても説得力は小さいが言っていることは正しいしちゃんと説明してやらねばかわいそうだ。
「藤五郎さん。アレルギーのことは知っていましたか?」
「いや、知らなかったな。彼女は弱味は見せたくない性格だからね」
「藤五郎さんすら知らないとなると知っていたのは定兼さんぐらいですね。つまり、このような細工をしようと出来たのは貴方ぐらいなんですよ藤木さん」
「それだけで…」
「まだありますよ」
反論しようとする藤木に対して百々月は声を遮る。
「景子さんに聞きましたが定兼さんは一度、襲撃されています」
《定兼さまもとても不用心でこの前、悪漢に襲われそうになったのです。その時は私が裏で叩きのめしました…心配だったのですが》
景子は身体検査の際にその様なことを話していた。つまり定兼の周りは決して安心できる状況ではなかったのが分かる。
「その悪漢ですが。ある男に依頼されて彼を付け狙うように言われていたそうです。名前は知りませんでしたが写真を見せたところ貴方でしたよ。藤木さん」
「くっ…」
「貴方は景子さんが定兼さんを心配する気持ちを利用して第一の殺人を行った。実際に身の危険を感じさせれば定兼さんとてそれ相応の行動をするでしょう。景子さんからしてみれば少し痺れさせて身の危険を感じさせる程度の事だったのに」
ホットカーペットを調べたところ、電圧を弱めるコネクターが回路に着いていた痕跡があったらしい。取り外されていたが、それをしたのは恐らく彼だ。
百々月の言葉に全員が静まり返り藤木を見つめる。すると彼は顔をあげて清々しい顔で話始める。
「見た目は完璧だが、バカな女だったよ。昨日の夜だって小麦粉のケーキを食べた後に暴れるからあんなことになるんだ」
藤木の犯行に気づいた景子は自分の手で藤木を罰したかった。たとえ自分が捕まることになろうとも、だが藤木を取り押さえようと暴れていた時。食物依存性運動誘発アナフィラキシーショックが発生。
彼女は呼吸困難などの症状が現れ、血圧が低下してショック症状を引き起こし身動きが取れなくなったのを彼に殺されたのだ。
「私がお聞きしたいのはただ一つ。なぜこの様なことを。貴方と定兼さんとの接点は余りないはず」
トリックはともかく動機には辿り着けなかった百々月は問いただす。それは恐らく、誰にもたどり着けないものだった。
「特に恨みはない」
「なに?」
「僕は医者だからね。実験と臨床が本望さ、心から愛している男を自らの手で殺してしまった時、どうなるのか。少しつついてみたら簡単に動くんだ、こんなに面白い事があるか…」
「黙れ」
百々月の容赦のない肘打ち、それを受けた藤木は堪らずに気を失ってしまう。
「羽部さん…」
「………」
スグリが百々月に駆け寄る中、彼女はただ黙って立ち尽くすのだった。