「お前が…お前さえいなければ!」
「なんで、なんでよりによってこの子なの」
「あなたのせいで!」
誰かの声がする。誰かは忘れた、性別も人数もよく分からない。ただぼんやりと、実感の伴っていない声が鳴り響くだけ。だがなぜかそれを聞いてはいられなかった。
耳を塞いで、口で叫んで泣きわめきたかった。でもそんな感情には実感がない。まるで感情移入しきれない映画を見ているような。
分からないなぁ。なんでそんなに
怖がってるの?
ーーーー
「うっ…」
小さな呻き声と共に百々月は目を覚ます。
「気がついたぞ」
「おい、大丈夫か?」
「え、えぇ」
百々月が目覚めたことにより安堵の声が上がり、彼女はそちらの方に顔を向ける。するとそこには小五郎、阿笠博士、コナンと…見知らぬ子供たち。
小五郎は安堵した表情で百々月の肩を持つと大丈夫か近くで確認する。
「お姉さん、コナンくんを助けてくれてありがとう」
「あ、あぁ」
歩美が彼女の手を取り感謝すると後ろに控えていた二人の男子も大袈裟に頷く。
「君たちは?」
「よくぞ聞いてくれました。僕たちは少年探偵団です。僕は円谷光彦、そっちの太っているのが小嶋元太くんで彼女は吉田歩美ちゃんです」
「よろしくね」
「コナンは俺たち少年探偵団の見習いだ」
「そうか、よろしく。私は羽部百々月だ、コナンくんのお目付け役と言ったところかな」
元気よく自己紹介をする三人に笑顔で答えた彼女は三人と握手を交わす。そうしていると阿笠博士に呼ばれた担当医が部屋に入り彼女の簡易的な検査を行う。
「特に異常はありませんね。これなら大丈夫です」
「そうですか」
「良かったのお」
「はい、ありがとうございます」
「お大事に」
診断を終えて部屋を出る担当医と入れ替わるようにして目暮警部と初めてみる刑事が部屋に入ってくる。
「羽部くん。爆破事件の被害者が君だと知って驚いたぞ。よくぞ無事でいてくれた」
「ありがとうございます。そのお方は?」
目暮が彼女の無事を喜んでいるその脇に青いスーツを着た男性が控えていた。始めてみる人物に彼女は思わず疑問をぶつける。
「あぁ、最近うちの課に配属された白鳥くんだ。彼は優秀でね、これからも会うかもしれないな」
「白鳥です」
「羽部百々月です」
互いに挨拶を交わすと話は戻る。
「阿笠博士から話は聞いた。よく犯人の予告から爆弾を見つけてくれた。あのまま米花駅に爆弾があればどれ程の被害になっていたか見当もつかん」
「え、あ、はい」
なんか全く知らないうちに自分自身が行動していたのだが、それを聞いて阿笠博士とたんこぶを作ってるコナンを見つめると二人とも静かに手を合わせて謝っていた。
「ん、どうしたのかね?」
「いえ、少し混乱していまして」
「起きたばかりなのにすまないね。爆弾犯の狙いが分からん以上、君たちに話を聞かねばならないのだよ」
「いえ、私が分かっていることは恐らく、博士たちと変わらないでしょう」
「そうか…」
残念そうに呟く目暮を横目にコナンの様子見と百々月へのお礼を済ませた。少年探偵団の三人は帰り支度を済ませていた。
「よし、コナンの様子も見れたし。お姉ちゃんにお礼もいったし帰るか」
「そうですね。僕たちがいてもなにも出来ませんし」
「ももお姉さん。ありがとう、今度会ったら遊んでね」
「あぁ、気を付けて帰るんだぞ」
「「「はーい」」」
元気よく返事をしながら帰る三人の姿を見届けた百々月は目暮に視線を戻す。
「にしても新一はどうしたんだ。その男は新一に電話してきたんだろう」
「じゃから新一くんは別の用があって、だからももくんに頼んだんじゃ」
「何てやつだ、今度会ったらただじゃおかねぇ」
まぁ、実力があるとはいえ、危険な事件に女性を巻き込んでおいてなにも言ってこない新一に腹をたてた小五郎だが、事情を知る百々月は複雑そうな顔をする。確かに、なにも説明を受けずに事態が進んでいることは気に入らないが、結果的に多くの人が助かったのだからなにもいえない。
「コナンくんが壊したラジコンの爆弾も羽部くんが運んだ時限爆弾もどちらもプラスチック爆弾だった。おそらく、東洋火薬の火薬庫から盗まれたものだろう」
(東洋火薬の火薬庫…。そんな事件があったのか)
朝から特に目的もなく町の中をブラブラしていた百々月はその盗難事件について知らなかった。
「ラジコンの爆弾は雷菅を着けて衝撃爆弾に、キャリーケースの爆弾はタイマーに接続して時限爆弾にしてありました」
一言で爆弾と言っても種類は様々なものがある。今回の相手はいくつもの種類の爆弾を作れる知識を持った人物、わざわざ用途に合わせて種類を変えてくるなんて、爆弾を作る余裕がある犯人だという可能性が高い。
「そのタイマーが一時の16秒前に止まったっていうのが気になるな」
「あぁ、そのことについてなんだが一つはタイマーが壊れてしまった場合。犯人がなんらかの理由でタイマーを止めたと二つが考えられる。犯人がわざわざ新一くんに電話してきたことを見て高校生探偵、工藤新一の噂を聞いて挑んできたか、あとは個人的に恨みのある人物だな」
どちらにせよ相手はかなりの自信家だ。新一の力を知ってもなお挑んでくる。たちの悪いことにただの自信家ではない、行動力と高い実力を兼ね備えた犯人だ。
「調べましたが工藤新一くんの関わった事件の犯人は現在、全員が服役しているんです」
「となると、犯人の家族や恋人」
「現在警察では先程までいた子供たちが描いた似顔絵で捜索しているところだ」
「警部さん、新一くんが担当した事件の中で一番世間の注目を浴びたのはなんじゃったかの?」
「それはやはり、西多摩市の岡本市長の事件でしょうな」
ベッドに座る百々月を中心に捜査会議を行う一同。そんな中、阿笠の質問に対し、目暮が出した答えがその事件であった。
その内容は西多摩市に済む女性が市長の車に撥ねられたという事件であった。当初は息子が運転を行っていた際の事故とされていたが、その事件に新一が疑問を抱き、シガーライターについていた指紋を根拠に実は市長、本人が運転していたということが分かったのだ。
「その事件が原因で岡本市長は失脚。彼が進めていた西多摩の新しい町の計画も一から見直しになったんだ」
「目暮警部、私が言うのもなんですが、部外者に首を突っ込ませすぎでは?」
「うむぅ、確かに。工藤くんが優秀でつい頼ってしまうのだよ」
結果だけ見れば良かったが新一も新一で事件に首を突っ込みすぎだ。自分から事件に突っ込んでいたせいで今度は向こうから来てくれているのではないかと思ってしまう。
阿笠博士の作った話の流れで白鳥は岡本市長の息子が怪しいとにらみ、病室を後にする。するとコナンの持っていた電話が鳴る。
「よく爆弾の場所が分かったな、誉めてやる。だがもう子供の時間は終わりだ、工藤を出せ!」
「そうだな、これからは大人の時間だ」
「誰だお前は、工藤はどうした」
「工藤はいない。俺が相手になってやる、俺は名探偵毛利小五郎だ」
小五郎の宣戦布告、それを面白そうに受けてたった犯人が放った言葉は、その場にいるもの全てを凍りつかせるものだった。
「東都環状線に五つの爆弾をしかけた」
犯人の電話を聞いていた一同はその爆弾についての説明を聞いていた。電車の速度が時速60㎞を切ると止まる仕掛け、さらに日没になっても爆発するという悪質きわまりない爆弾だった。与えられたヒントは(××の×)という暗号。×には一時ずつ漢字が入るという。
「じゃあ、頑張ってな。毛利名探偵」
「なるほど、さしずめノンストップ爆弾と言ったところか」
そんな百々月の言葉に目暮は息を呑み、本庁に連絡を入れる。
「ギリギリ間に合いましたね」
「今日はついてる日なのよ」
その頃、歩や光彦たち少年探偵団が東都鉄道に乗り込んでいたのだった。
ーー
「そうですか、ありがとうございます。取り敢えず爆発した電車はなかったそうだ」
本庁と連絡を取っていた目暮は東都線の現状を知るとひとまずひと安心してこちらに報告を寄越してくる。
「分かりましたよ目暮警部」
「なにが分かったのかね」
「星の言っていた××の×は座席の下かあるいは網棚の上ですよ。そこに仕掛けてあるんです」
「車体の下ということも考えられるぞ」
小五郎と目暮の会話の中、阿笠はふっと思い出す。
「そういえば、歩美くんたち。米花町に戻るのに緑台駅から環状線に乗っているんじゃないのか?」
「まさか…」
阿笠の心配は的中し、先ほど出会った少年探偵団たちが巻き込まれているというのが分かってしまった。そして病室内で本庁と連絡を取り続ける目暮、呻き声を上げる小五郎。
何でもいいが、病室なので静かにして欲しいし捜査会議はよそでやって欲しいです。
ーー
「警視庁に合同捜査本部が出来た。私は東都鉄道の指令室に行く、毛利くん君もいくか?」
「はっ、お供します」
「じゃあ、おとなしくするんだぞ」
「はい」
一通りの会話を終えた目暮は百々月に声を掛け、小五郎を伴って部屋を出た。誰もいなくなったのを確認したコナンはやっと百々月に対して口を開き彼女に話しかける。
「もも、すまねぇ。俺は」
「気にするな。確かに突然ではあったがな。付いていくんだろ。行ってこい」
「あぁ」
「おい、待て新一」
そういって先に行った小五郎たちを追いかけるコナン。その後を阿笠も付いていき部屋を後にする。やっと一人になった百々月は人知れずに一息つくのだった。
「博士、百々月の様子を見ていてやってくれ」
「それは分かったが。少々、彼女に頼りすぎなんじゃないか?」
「…俺も悪いと思ってるよ」
確かに今回の件は彼女に頼りすぎている。現在、新一の正体を知っているのは阿笠博士と百々月の二人なうえ、同い年である彼女に無意識的に頼ってしまった。
「あの子は強い子じゃが、新一と違ってただの女子高生じゃぞ」
そうだ。彼女は頭が切れるが新一と違って場馴れしてない。人の死、そして前回の事件を含む二件で自身が死にかけている。気丈に振る舞っているが心の中ではどうなっているか分からない。
「分かった。気に掛けるようにするよ」
この時はまだ心の中では彼女なら大丈夫だと高を括っていたのだろう。
その後、こっそり東都鉄道の指令室に向かったコナンを見送った阿笠は飲み物を買って病室に戻る。
「なっ!」
その時の病室には彼女の姿はなかった。
ーー
「痛っつ…」
病室になんかいては余計に気が滅入りそうな気がした百々月は徒歩で抜けだしていた。
「ちょっと休憩しよう」
近場にあった公園。近場と言ってもかなりの距離を歩いていたようであの爆弾を回収した辺りの公園に来ていた。そこのベンチに腰かける百々月。
「ここはガス灯があったのか」
「おや、これは羽部さんではありませんか」
「これは、森谷氏。先日ぶりですね」
「えぇ、どうかされたのですか?」
その公園に現れたのは森谷帝二、彼は頭や体の数ヵ所に巻かれた包帯を見て質問をする。
「えぇ、少し爆破事件に巻き込まれて」
「あぁ、大変でしたね」
「森谷氏はどうしてここに?」
「ガス灯を見に来ていたのですよ。このガス灯は私が設計したものの一部でしてね。時々、見に行くのですよ」
「なるほど」
確か森谷氏は幼い頃から英国に居たらしいから英国風のガス灯は故郷を思い出させるアイテムのような物なのかもしれない。
「その様子ですと病院に戻りたくないのではないですかな。もしよろしければ私の家で一服していきませんか?」
「え?」
「実は貴方にもギャラリーを見せたいと思ってましてね」
突然の誘いに驚く百々月。せっかくのお誘いを断るのも気が引けるし少し、ギャラリーというのにも興味はある。
「お邪魔でなければ」
「それは良かった。では、行きましょうか」
彼女の返事を聞いて笑みを浮かべる森谷。彼はそう言うと近くに止めてあった車に百々月を乗せて邸宅に向かうのだった。