「此度はお招きいただきありがとうございます」
「おぉ、ようこそお越しくださいました。活躍は聞いています、あの工藤新一君とはお知り合いだそうで」
招待状に書かれた場所に訪れ、しばらくティータイムを楽しんでいる風に見せているが紅茶が苦手な百々月には結構キツい時間であった。そこに森谷が現れ挨拶を交わしていた。
「はい、数少ない学友です」
「そうですか、実は彼も招待しているのですよ。来ていただけると嬉しいのですが」
「彼は放浪癖があるようで、現在は私にも連絡が…」
「そうですか、それは残念ですな」
顎に手を当てて少しだけ拍子抜けしたような様子を見せると百々月が手にしていた紅茶を見やる。
「おや、もしかして紅茶は苦手でしたかな?」
「すいません。何分、緑茶しか飲んでないもので」
「緑茶ですか、ならこれならどうでしょう」
彼女の言葉になにか思い付いたようにした森谷は他のテーブルからポットを持ってきてそれを新しいカップに注ぎ、それを渡す。
「飲んでみてください」
「は、はぁ」
勧められるがまま飲んでみる百々月は注がれた紅茶を飲んで驚く。紅茶らしい爽やかな香りのなかになんとも言えぬ渋味。この渋味はまるで緑茶のような。
「香りが強いですが渋味は緑茶に似ています。他の紅茶よりは少しはマシかと」
「いいえ、ありがとうございます。すごく飲みやすいです」
「それは良かった。ではしばらくお楽しみください」
その場を離れる森谷にお礼をして、離れたのを確認すると渡されたダージリンを再び口にする。
「おいしいな…」
「あれ、羽部さん!」
「ん、蘭か…。なぜこんなところに?」
遅ながらも紅茶デビューを果たした百々月は見知った声が耳に届き、彼女はその声のした方向に顔を向けると予想通りの人物がいた。
「招待された新一の代わりに私たちが来たのよ」
「私たち?」
蘭の言葉に顔をずらす百々月は少し離れたところにいたコナンと小五郎の姿を見つける。
「コナン君に小五郎さん。お久しぶりです」
「おぉ、元気になってなによりだな」
「はい、お陰さまでこのとおり元気になりました」
百々月の無事に元気な姿を見た小五郎は心から喜び、彼女の肩を叩く。
「もも姉ちゃんはなんでここに?」
「招待状を戴いてな。こうして来させて頂いたんだ」
何度も言うが百々月の本家も中々の家柄だったため彼女自身、パーティー慣れはしている。だが百々月個人に対して送られた招待状はこれが初めてで改めて周囲の環境が変わったと感じさせられる。
「珍しい、スカートを履いてるなんて」
「あまり好きじゃないんだ。袴なら良いんだけどな」
百々月はそういうと彼女にしては短めのスカートを揺らす。寒いからとなんとも女子高生とは思えない理由でスカートを履かない彼女だが今回はスカートの正装をしてきている。
「なんでスカートを履いてるの?」
「森谷氏のパーティーといえば、西洋英国風のアフタヌーンパーティーだろう。そんなところで和服なんて着られるか」
パーティーにもそれぞれコンセプトというものがある。それを察してそれに応じた服装をするのも招待客の礼儀というものだ。
「それにしても綺麗な料理ね。全部、手作りなのかしら」
「そうですよ。ティーパーティーでは全て手作りのものを出すのが正式なのですよ。どうぞ、お召し上がりください」
話をしていると蘭がテーブルに並べられたお菓子の数々を見て感動する。これほどのものを作れるのは中々、貴重だ。それにこの数、かなりの手間隙がかかっているのだろう。
「おいしい」
「何度食べてもおいしいな」
「うん、おいしい!」
主催者である森谷の前でお菓子を食べる蘭、百々月、コナン。それをみた彼は嬉しそうする。
「あぁ、それは良かった。夕べから手間掛けて作ったかいがありましたよ」
「あら、先生。お料理なさるのですか?」
「こう見えても独身ですからな。ここに出ているものは全て、スコーンもサンドイッチもクッキーもみんな、私の手作りです。なんでも自分でやらないと気がすまないたちなんですよ」
「なるほど、その精神がいくつもの美しい建築を産み出すんですね」
「私は美しくなければ建築とは認めません。今の若い建築家の多くは美意識が欠けています。もっと自分の作品に責任を持たないといけないのです!」
「ところで毛利さん。クイズを一つ出してもよろしいですか?」
「クイズですか?」
「はい、三人の人物が経営するパソコンのキーワードを推理する問題で、名探偵の毛利小五郎さんならすぐにお分かりになると思うのですが」
「いいでしょう」
あの有名な毛布小五郎だと周囲の者たちが気づくと期待の声を上げる。それを聞いた彼は襟を正して自信満々に答えるのだった。
答えは平仮名5文字。こういうお題の場合は答えは世間一般的に知られている人物や物の場合が多い。
小山田 力(A型)
昭和31年、10月生まれ
趣味、温泉巡り
空飛 佐助(B型)
昭和32年、8月生まれ
趣味、ハンググライダー
此堀 二(O型)
昭和33年、1月生まれ
趣味、散歩
渡された紙をコナンと一緒に見る百々月。一見すればなにも共通点が見受けられない。統一性が見いだせない場合は他の側面、例えば連続性だとか法則性を見つけるのが常道だが。
「あれ、生まれた年が」
「なるほど、ももたろうだぁ!」
参加者が諦め、他の者たちの回答を待っていようとした頃。コナンは可愛らしい声で答えを叫ぶ。
どうやら三人の干支が申、酉、戌年と並んでおりこれは桃太郎に登場する動物たちという関連性が発見できたと言うわけだ。
「正解だよ坊や。たいしたものだ」
「えへへ」
周囲の喝采を浴びて嬉しそうに喜ぶコナン。どうせ、たまには恥をかかなくっちゃね☆って思ってるんだろうなと百々月はジト目でコナンを見つめる。その態度は先に答えを奪われたちいさな仕返しも入っていたと思う。たぶん…。
少しコナンを睨み付ける百々月の姿を森谷は横目で観察し興味深そうに彼女を見続けるのだった。
ーー
森谷のクイズの正解を導きだしたコナンと付き添いで蘭は彼のギャラリーを見せにもらいに姿を消し、庭には悔しそうにする小五郎の姿が残った。
「子供の発想は豊かですからね。こんな遊びの時ぐらい譲って上げてもいいんじゃないですか」
「まぁ、そうだな」
紅茶を片手にコナンと蘭の二人が帰ってくるまで二人はのんびりと話していたのだった。
こうして、人生初のアフタヌーンパーティーを終わらせた百々月、何事もなくホッと胸を撫で下ろした彼女だったがこれからが本番だということを彼女はまだ知らない。
ーーーー
そのパーティーの翌日。百々月は米花町の大型書店に足を運んで書物を物食していた。いつもなら日本史に関する本を手にしているのだが今回は趣向を変えてミステリー系のコーナーに足を運んでいた。
「こんなにあるのか」
ミステリーと一区切りにしてもこんに細かい種類があるとは思わなかった。そのミステリーコーナーの中央、一番目立つところには一つの作品が大量に置かれている。
《工藤優作
とデカデカと書かれたエリアには人が多く見られ人気作品だというのが一目で分かる。そういえば新一のお父さんは世界的に有名なミステリー作家だった。新一の書斎の本棚は本当に凄かったなぁ、一度だけ家に訪れたことがあるがあの家はすごかった。
「せっかくだし読んでみるか」
リアルミステリー小説のような状況に置かれているのも何かの因果、多くの人が愛して止まない闇の男爵シリーズの一作目を購入するとバイクの座席の下にしまい家へと向かおうとする。
「そういえば…」
確か、蘭と園子が買い物をしてカフェに行くと言っていたな。来てくれと言っていたし、折角だから顔を出しておくか。彼女、お目当ての新一は諸事情でいけないが、少しは慰めになるだろう。そう思って彼女はバイクを走らせるのだった。
特に何も考えずにバイクを走らせる。バイクを走らせている間は気持ちが落ち着く。自分が停止していながら辺りの町だけが動き始める、まるで時の流れを見ているかのような不思議な感覚。そして誰にも破られない自分だけの世界。
(気持ち悪い…)
あの時、殺されかけたときに何かが見えた気がした。あの山荘での出来事から体の中で何かが蠢いているような妙な感覚。それを殺されかけた時にやっと目の前に出てきたような。
やっぱり、少しの間だけでもゆっくりする時間が欲しい。このまま人の死や感情の渦に呑まれていたら何かが変わりそうで怖い。それが率直な感想だった。
(やはり一度、京都に顔を出して…っ!)
そんな時、百々月が米花駅に差し掛かった時に横断歩道の信号を無視して飛び出す人影、それはよく知るコナンの姿だった。慌ててブレーキを全開にして彼の直前で停車させるとヘルメットのバイザーを上げて話しかける。
「コナン、何をしてるんだ。そんなに慌てて」
「もも!」
「ど、どうした?」
必死の形相で駆け寄るコナンに気圧されながら百々月が答えると勝手に予備のヘルメットを取り出して装着する。
「あのタクシーを追ってくれ!」
「なん…」
「早く!!」
「わかったよ!」
反対斜線で去っていったタクシーをコナンの指示通りにスロットル全開で追いかけ始める百々月。
「いったい、何があったんだ?」
「あのタクシーに爆弾が乗ってるんだよ。それを回収しねぇと」
「どこがどうなったらそんな状況が発生するんだ!?」
全く、こいつは死神か。なんでいっつもいっつも明らかにヤバそうな事案に首を突っ込まねばならないのか。だが人命がかかっている一大事、先程の悩みもすっぽ抜けてとにかく追いかける。
「やばっ、赤だ」
「こっから俺が追いかける!」
「お、おい!」
運悪く、信号に引っ掛かった百々月。それを見たコナンはヘルメットをしながらターボ付きスケボに乗り込むと歩道を爆走する。完全に置いていかれたが追い掛けないわけにもいかずに信号を待ち次第、追跡する。
「新一!」
「もも!」
すると途中で止まっていたコナンを発見し止まらずに彼の手を握り後部座席に放り込む。一瞬だけバランスを崩して横転し掛けるがなんとか持ち直して追いかける。
「あのタクシーをなんとか止めてくれ!」
「ここまで来たならやってやるさ」
渋滞に引っ掛かっていたタクシーに追い付いた百々月はバイクを横に着けて運転手に窓を開けさせる。
「すまんが、失礼するぞ!」
「え、なんだい君たち!?」
窓を開けさせた直後に車内に手を入れて扉を開ける百々月、それと同時にコナンが車内に侵入、後部座席のおばあちゃんからケージを奪い取ると中身を確認する。
「もも、爆弾だ!」
「ば、爆弾!?」
「早く持ってこい!」
驚く運転手を他所にピンク色のケージを手に入れた百々月はバイクを急発進させて車の間をすり抜けながら速度を上げる。
「もも、カウントダウンが止まった!」
「なに?」
「また、動いた!」
「どっちなんだ!」
児童公園に差し掛かったとき、爆弾のタイマーが止まるがまたすぐに動き出す。
「どこかで爆発させねぇと」
「ここは町のど真ん中だぞ!」
「この先、空き地!」
「任せろ!」
裏路地を通って河川敷に出た百々月はコナンから爆弾を奪い取り時間を確認する。あと5秒、もう時間がない。
「新一、両手を胸の前に!」
「あ、ああ!」
百々月の怒号にコナンは驚きながら実行、するとバイクが急カーブしてバイクから放り出される。
「まさか、もも!」
彼女の思惑に気づいたときにはもう遅い。すでに地面を転がったコナンは川にバイクごと突っ込む百々月の姿を見続けるしかなかった。
「まぁ、これはこれで貴重な体験かな」
水に身を投げた彼女は水中で爆弾が爆発する光景を間近で見つめる。その衝撃で川底まで吹き飛ばされヘルメット越しだが岩で頭を強打する。
「ガバッ!」
爆発による水流の乱れに揉まれそのまま川岸まで運ばれたのだった。
ーー
「もも!」
巨大な水柱と共に彼女の姿を見失ったコナンは酷く狼狽しながら名を叫ぶ。そのとき、気を失った彼女が水に運ばれて姿を見せる。
「おい、しっかりしろ!」
「……」
「おい、もも!」
百々月の着けていたヘルメットを外し、気を失う彼女を見てコナンが叫ぶ。そんな彼の声が虚しく、空き地に響き渡るのだった。
と言うことでまたもや犠牲となったももちゃん。
不安定になりつつある彼女を事件が追いたてる。この事件が彼女に何をもたらすのか、それは誰にも分からない。