勇者「服など無粋、真の勇者は全裸で戦う!」魔王「いいから服着なさいよ、この変態っ!」   作:トマトルテ

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1話:裸の勇者

 その男は無敵の勇者だ。邪悪なる魔王を倒すべく女神より選ばれた者だ。

 

 暴虐の限りを尽くさんとする悪を討ち、守るべき弱者のために戦い続ける戦士。

 誰よりも強く、誰よりも高潔な精神性を持ち、誰よりも美しい。

 ただの1つも見返りを求めず、その服装は貧者のそれにしか見えない。

 

 されど、男の姿を見れば敵は皆、男の正体を理解する。

 彼が前に立てば、如何なる敵もその威容を前に体を固くし一刀のもとに切り伏せられるのを待つしかない。

 

 そして、それは敵だけではない。守るべき民もまた彼の姿を見れば噂の勇者だと悟る。

 彼らも敵と同じように体を固くし、その戦いぶりに恐れを持って勇者から目を逸らす。

 そして口々に言うのだ。

 

 勇者は人にあらず、と。

 

 

 

 

 

「ふふふ……これが今まさに私の魔王城に攻め込んでいる噂の勇者か。なかなか面白そうじゃない。今まで挑んできた雑魚とは違い楽しめそうだわ」

 

 昼間であるというのに光1つ差し込まぬ魔王城、玉座の間。

 そこで玉座に座り妖艶な笑みを浮かべるのはこの城の主、魔王。

 禍々しいまでの赤く長い髪に男ならば誰しもが虜になるプロポーションを持つ絶世の美女。

 

 されど、勇者との出会いを待ちわび、浮かべる表情は魔王のそれ。

 常人であればそれだけで死を直観するほどのもの。

 そんな超越者たる魔王の下に近づいてくるのは勇者。

 

 何百年と続く宿命の戦いだ。

 

「さあ、すぐそこにまで来ているのは分かっているのよ。入ってきなさい」

「…………」

 

 玉座の間へと続く扉の前で、男が悩む気配が伝わってくる。

 恐らくは罠の可能性を疑っているのだろう。

 しかし、それもすぐに終わり、ゆっくりと巨大な扉が開かれる。

 それと同時に魔王も立ち上がり、勇者を迎え入れる。

 

「よくぞここまで来ることが出来たわね、勇者…て、え……?」

 

 魔王はここに勇者が来るまでに考えておいたセリフを、途中まで言ったところで固まる。

 何故か? それは勇者の姿が想像の範囲外のものだったからだ。

 

 噂のようにその強さは本物らしく、男の体にはかすり傷一つない。

 強い意志を持った瞳はその魂の清廉さを如実に表している。

 そして、超越者である魔王ですら美しいと思ってしまう、美貌と体つきをしていた。

 

 だが、そこまでは驚くことではない。では、何が魔王から言葉を奪ったのか。

 それは―――

 

「魔王城城主、ルシフェリア殿とお見受けする。

 人と魔族、長きにわたる因縁を今ここに終わらせる!」

 

「なんで鎧どころか服すら着てないのよ、あなたは!?」

 

「服など無粋、真の勇者は全裸で戦う!」

「いいから服着なさいよ、この変態っ!!」

 

 ―――勇者が全裸だったからである。

 

 相手も最終決戦に相応しい口上を読み上げ聖剣をかざしているのだが、全く耳に入らない。

 魔王も今まで多くの勇者を相手にしてきたが、こんな者は前代未聞だ。

 普通は伝説の鎧とか兜とか身につけてくるだろう。

 なのになんで、全裸に聖剣なのだ。下半身の聖剣も合わせて二刀流とでも言うつもりか。

 

「うむ? そもそも拙者が裸であることに何の不都合があるのだ?」

「あるわよ!? 大ありよ! おかしいでしょ常識的に考えて!?」

「ふ、魔王から常識を説かれるとは……拙者も耄碌したものでござるな」

「はっ倒すわよ、あなた?」

 

 やれやれとばかりに肩を落とされ、額に青筋が入る魔王。

 しかし、伊達に長年魔王を務めているわけではない。

 思考は常に冷静に考えを巡らせる。そして、これは作戦に違いないという解に到着し、落ち着きを取り戻す。

 

「ふぅ……でも、考えたわね。確かにあなたの行動は私の意表を突くものだったわ。でも、動揺した程度やられるほど私は弱くはないわ」

「いや、拙者は常日頃からこの格好でござるが?」

「………マジで?」

「大マジでござる」

 

 真顔で頷かれて再び頭が混乱する。

 勇者には嘘をついている様子は見られない。

 いや、だっておかしいだろう。

 

 仮にも勇者なのだ。人間の代表としてここまで来ているのだ。

 もしも自分が全裸で相手と対決したら、間違いなく魔族総出でバッシングされるだろう。

 魔王だって自分達の代表が全裸とか死んでも嫌だ。というか死ぬ。

 

「いや、でも、こんな情報初めて聞いたんだけど、私」

「百聞は一見に如かずとは、まさにこのことでござるな」

「あんたの情報だけは知りたくなかったわ!」

 

 無駄に口が上手い勇者に苛立ちながら、魔王は過去の情報を思い出していく。

 

「勇者の服装は貧者のそれっていうのはつまり……」

「無駄な武具はつけぬ主義なのでな」

 

 どう考えても必要必須なものだろう、それは。主に下半身部分に関しては。

 

「そう言えば勇者の姿を見た者は皆体を固くするって……」

「うむ。何故か初動を遅らせてくれることが多いな。不思議だ」

 

 そりゃ、いきなり全裸の男が目の前に現れたら誰だって固まるだろう。

 そう心の中で思いっきり毒づきながら、魔王はさらに情報を整理していく。

 

「その戦いぶりに恐れを持って勇者から目を逸らすのは……ああ、うん、そういうことね」

「仕方のないことだ。凄惨なる戦いは民草には辛かろう。特に子供は親に目を塞がれるほどだ」

「どう考えても、あなたの格好を見せないようにしているんでしょうが!?」

「……確かに血に染まったこの身は軽蔑されてもおかしくはないな」

「まずは服を着ろって言ってんのよ!」

 

 これだけツッコミを入れているというのに相手はまるで理解しない。

 こっちは久々のツッコミで息が上がっているというのに不平等だ。

 そう思って魔王が睨みつけるが相手はどこ吹く風だ。正直ムカつく。

 

「いや、流石に戦う時以外は着ているぞ?」

「あ、よかった。てっきり普段の生活も裸なのかって」

「まあ、マント一枚しか身にまとっていないが」

「余計に変態度が上がっているじゃない!?」

 

 この男、よく今まで衛兵に通報されなかったな、と思ってしまうのも無理はない。

 変態でないにしても、変態という名の勇者であることには変わりはないのだから。

 

「そもそもなんで裸なのよ、この露出狂!」

「む、露出狂とは失礼な。この格好にはれっきとした理由があるのだ」

「理由…?」

 

 真面目顔で言われて面食らう魔王。

 そんな様子に、勇者は話しても問題はないだろうと判断し語り始める。

 自らの出生に隠された秘密を。

 

「そもそも拙者は王家の生まれだ」

「人間の国、大丈夫かしら……」

 

 魔王、敵国を本気で心配する。

 

「茶々を入れないでもらうか。とにかく拙者は王家として生を受け、女神からの守護を強く受けた。そして、我が母は拙者に不死の加護を与えるべく聖水に私を浸けた。その結果私の肉体は無敵となり鎧を必要とせぬようになったのだ。重い鎧がなければそれだけ早く動けるからな、女神と母上には感謝してもしきれぬ。……もっとも、この力のせいか父上には勘当されてしまったがな」

 

「なるほどね、鎧を必要としないのは分かったわ。後、勘当されたのは全裸になったからだと思うわ。まあ、それと、これだけは言わせてもらうわ。―――パンツぐらい履きなさいよ!!」

 

 パンツ1つで動きが阻害されるわけがないのだ。

 だから、パンツぐらい履いて欲しいと魔王は切に願う。自分と世界のために。

 

「ふぅ、話はまだ終わっておらぬぞ。魔王ともあろうものがせっかちでは品格を疑われるぞ?」

「勇者の癖に変態なあなただけには言われたくないんだけど?」

 

 やれやれ感を出す勇者に今すぐ消してやろうかと、顔を引くつかせる魔王。

 だが、敵の情報を引き出すために我慢をする。魔王は意外と我慢強いのだ。

 

「母上は聡明だが、聖水に拙者を浸かす際に体の一部分だけは失念していた」

「浸かす際に掴んでいた(かかと)かしら?」

 

 

「否―――私のおいなりさんだ」

 

 

「滅びろ、人間!!」

 

 真顔で言い切る勇者に、魔王はかつてない程に人間への殺意を抱く。

 いくら赤ん坊の時に浸かしたからといって、なんでその部分を持つのだ。

 生殖器とか普通に考えて弱点にしかならないだろう。

 

「というか、それなら尚更パンツを履くべきでしょうが! 弱点を晒す方がおかしいでしょ!?」

「弱点を隠すなど誇り高き騎士のすることではなかろう」

「騎士は全裸になんてならない!」

 

 まるで子供が、中の人なんていないと叫ぶような声を出す魔王。

 正直、精神的に限界に近付きつつあるのだ。

 

「考えが甘いでござるよ、魔王殿。

 古来より堅牢なる城には常に一か所だけ弱点というものが存在する。

 それは設計ミスではなく、そこを狙ってくる敵を一網打尽にするための罠。

 すなわち弱点を晒すという行為は合理的な判断の上。さらに、常に背水の陣であることが全身の感覚を冴えわたらせ、通常以上に力を発揮することが可能となるのでござる。

 すなわち、全裸とは伝説の鎧にも勝る究極の防具!」

 

「黙れ変態!!」

 

 無駄に合理的な説明をされても納得できない。

 というか、魔族とか人とかの誇りにかけて認めたくない。

 

「もういいわ、あなたとの話にも飽きた。というか、もう聞きたくない」

「ふっ、それもそうか。もとよりここに来たのは戦うため」

 

 魔王は髑髏がついた杖を振るい、勇者は聖剣を構える。

 今までの話は何の意味もない。結局は勝った方が正義なのだ。

 魔族だろうと、人間だろうと、変態だろうと勝ちさえすればいいのだ。

 それがこの世の絶対的な摂理。幾度も繰り返される人と魔族の運命(さだめ)

 

「我が名は、勇者マクシミリアン。魔族の王よ―――」

「我の名は、魔王ルシフェリア。人間の勇者よ―――」

 

 二人同時に地面を蹴り、爆音を打ち鳴らす。

 

『いざ尋常に勝負ッ!』

 

 人類と魔族の未来を賭けた最後の戦いが今始まった。

 

 

 

 

 

「くっ…殺せ…ッ!」

「意外と早く終わってしまったな、魔王殿」

 

 そして10分後には決着がついていた。

 勝利し地に立つは勇者。敗北し地に伏すは魔王。

 勇者は変態であるが実力は本物であったのである。

 歴代最強の勇者と言っても過言ではない程に。同時に歴代最狂の変態であるが。

 

「しかし……魔王殿よ、やけに動きに精細を欠いておられたな?」

「う…っ」

「何というべきか、これでは勝った気がしないのだ。理由だけでも教えてくださらぬか?」

 

 勇者の実力は本物だった。しかし、魔王の実力もまた本物であったはずなのだ。

 であるのに結果は圧勝。勇者でなくとも何かがおかしいと思うだろう。

 そんな勇者の問いかけに対して、魔王は顔を赤らめて勇者の体から顔を逸らす。

 

「………からよ」

「うむ? すまない、もう少し大きな声で」

「あなたの下半身が気になって仕方がなかったからよ!」

 

 何故かやけっぱちのような声で叫ぶ魔王。

 対する勇者は何のことか分からないとでも言うようにポカンと口を開ける。

 

「……なぜ? 少なくとも戦闘が始まれば気にならないと思うのだが。というか、ここに来るまでの敵は、始めはともかく戦闘中に気にとられたことはなかったが?」

「それは幹部が全員男だったからでしょ!? 私は女なのよ! 乙女なのよ!?」

 

 言われて初めて気づいたとばかりに目を丸くする勇者。

 この男、全力でセクハラを働いている認識が全くなかったのである。

 

「あなたが弱点とか言うから嫌でも見ちゃうでしょ!?

 しかもあなたが飛んだり跳ねたりする度に

 下の聖剣までブルンブルン振るわれたら集中できるわけないでしょ!

 この変態! 変態ッ! へんたいッ!!」

 

 涙目になって変態と叫び続ける魔王は、見た目と裏腹に少女にしか見えない。

 そんな姿を見て勇者はある可能性に気づく。

 

「魔王殿……そなたまさか―――生娘か?」

 

「殺せ! ころせ! ころせっ! 一思いに、ころしなさいよぉおおッ!」

 

 顔を真っ赤にして涙目になりながら半狂乱に陥る魔王。

 そんな姿にやってしまったと勇者は顔を手で覆う。

 

「ああ、いや、すまなんだ。決して馬鹿にしたつもりではない」

「なによ、『魔王のくせに処女だとかウケる(笑)』とか言いふらすんでしょ!?」

「いや、そのようなことはするつもりはないのだが……」

「じゃあなに!? 『俺が大人の階段を上らせてやるよ、へっへっへ』とか言って私を犯すつもり!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」

「少し落ち着きなされ」

 

 何やら一人で興奮している魔王の頭を小突く勇者。

 なんかもう色々と台無しである。

 

「何か勘違いしているが……拙者はそなたを殺すつもりもないし酷いことをするつもりもない」

「へ…? 後半はともかく前半は勇者の務めでしょ?」

「うむ、もっともだな。しかし、考えてみてほしい。そなたを殺した場合、配下の魔物達の管理は誰がやるのだ? 仮にそなたを殺して魔物を力で押さえつけようとすれば、今以上の全面戦争となり被害の拡大は免れん」

「せ、正論だけど、なんだか悔しい……変態のくせに、変態のくせに」

 

 魔王の今の心情を表すと『悔しい、でも理解できちゃう、ビクンビクン』という所だろう。

 

「そこでだ、拙者が望むのは和平だ。拙者が生きている間だけでいい。お主が統括して魔物が人を襲うのを止めさせて欲しい」

「……完璧には無理よ? それに私が生きていると知ったら人間は許さないんじゃないの?」

「できる限りで十分。それにそなたは封印したことにでもしておけばよい。そなたの顔を見て、生きて帰った者が拙者しかおらん以上はバレることもなかろう」

「……あなた本当に人間の味方なの?」

 

 信じられないものを見るような目で勇者を見つめる魔王。

 それに対して勇者は柔らかな微笑みを浮かべる。

 

「そもそも拙者が勇者となったのは、父上に勘当を取りやめさせてもらうため。そなたの首が欲しかったわけではない。それに―――」

 

 一度言葉を切り、魔王に手を差し伸べる勇者。

 そして、殺し文句を言う。

 

 

「―――そなた、そこまで悪い奴でもなかろう」

 

 

 その言葉に魔王は今までとは別の意味で顔を赤くし下を向く。

 だが、返事だけはしっかりと返すのは魔王としての最後の意地か。

 

「……ふん、後で後悔しないことね」

「そうならんことを女神に祈っておこう」

 

 仮に何度反旗を翻してもこいつは同じことをするだろう。

 そんな予感に溜息を吐き、赤く染まった頬を隠すために顔を背けて手を差し出す。

 そのせいで―――柔らかく弾力のあるものを掴んでしまう。

 

 

「すまない、それは私のおいなりさんだ」

 

 

「この変態勇者がぁああッ!?」

 

 魔王、XXX歳。花も恥じらう乙女である。

 

 




リハビリ完了。ただ二次創作のネタが思いつかない。

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