これは、サイタマが一輝に助言(?)をした時の話だ。
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合宿1日目 夕食前
息を切らしながら、草木が全て吹き飛んだ地面に大の字で寝ている少年がいた。
「はぁはぁ……。」
《落第騎士》黒鉄一輝だ。
その隣にはサイタマが座っている。
一輝はサイタマと手合わせした後であった。ただし一分間限定で。
その一分と言う時間が、一輝がサイタマとまともに戦う事が許されると断じた最長時間だった。
「ありがとう…ございました。」
一輝は起き上がってサイタマを見る。
「先生。僕は強くなったと思いますか?」
「……さぁ。初めて会った時よりは強くなったんじゃねーの?」
手合わせの結果は一輝の惨敗だった。
だからと言って心が折れたわけではない。
一輝は今すぐサイタマに勝てるなどとは思い上がっていない。
今後何年、何十年と鍛錬したその先でようやくサイタマと対等に対峙できるものだと考えている。
「……確かに自分でも強くなっているという実感はあります。
でもステラは七星剣舞祭までに、まだまだレベルアップしてくると思います。どれくらい強くなるかは分かりませんが、僕はステラとの約束を果たさなければなりません。
そこで先生に相談………と言うよりお聞きしたい事があります。」
来るべき七星剣舞祭。
一輝はステラと七星の頂を巡る戦いをするのだと約束していた。
それに相応しくない実力しかなかったら…一輝はそれだけは嫌だった。
もちろん負ける気は微塵もない。
だが今現在、一気に頂を巡る戦いにふさわしい実力があればと聞かれれば……一輝は冷静に「否」と答えるだろう。
だからこそ自分より遥か高次元の領域に住まうサイタマに、手合わせやサイタマが見に来た刀華との選抜戦最終試合の感想を聞けたら、と一輝は思っていた。
そこから自分を高める糸口を今からでも見つけたかった。
「先生。僕と東堂さんとの試合、そしてこの手合わせの感想をぜひ教えてください。」
「………(なんだ、一輝悩んでんのか? ならここは師匠らしくビシッと決めるか……)
…………一輝、お前の剣は速くて、まぁなんだ。他にも1分だけ光るあれ、とにかく、青く光ってて最高に眩しかったぜ。(ダメだ何も思いつかねぇ。)」
「ッッ‼︎」
サイタマの言葉に一輝はハッとしたような顔をする。
(え?何⁉︎なんかヤベー事言っちゃった⁉︎)
一輝は顎に手を添えてブツブツ何か言っている。
そして立ち上がり、─────サイタマに礼をした。
「サイタマ先生‼︎」
「え?」
「ありがとうございました‼︎ これからもご指導 ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」
「……お、おう。」
そうして一輝は踵を返し、軽い足どりで宿舎へ戻った。
まるでこれから待つ何かが楽しみな子供のような、そんな足取りで。
「……そんなに夕食が楽しみだったのか?」
困惑したサイタマを一人置き去りにして。
○
(そうか。僕がここから改善できるのは剣技じゃなくて魔力の方だったんだ。僕の視野が狭くなっていた証だ。僕もまだまだだ。)
代表選抜戦、そして今回の手合わせ。
サイタマは一輝の戦いを二度しか見ていない。合計してもその時間は65秒にも満たないだろう。
にも関わらず、一輝に修正すべき方向性を示した。
(流石はサイタマ先生だ。まったく……遠い背中だよ。)
サイタマへの畏敬の念を漏らすと同時に心からサイタマに感謝する。
サイタマの一言により《落第騎士》は七星剣舞祭までに自分がさらに強くなる確かなビジョンをつかんだ。
─────《一刀修羅》はもう一段階進化する。
その事実を前に一輝は子供のように喜んでいた。
彼は拳を握りしめ、思わず笑みをこぼした。