「アンタ、その格好で私と闘うつもり?」
制服姿のステラと対峙しているの男は「エーミンTシャツ」に半ズボン、そしてビーサン履きのサイタマだ。
サイタマがステラに強引に連れてこられたのは森に隣接した第1訓練場。
サイタマは念のため、卵パックは自宅に置いてからここに来た。
因みに、事前に話を聞きつけて観戦しに来たものはいない。
そもそも一輝とステラは誰にもこの話をしていない上に、サイタマが面倒だから人はいない方が良いと言っていた。いくら加賀美であっても、事後の情報収集が関の山だろう。
「別に特売も終わって暇になったからいいんだけどよ。ここって俺も使っていいのか?ここの学生でもOBでも何でもないぞ?」
「大丈夫よ。ここに在籍している私と闘うのなら、受付で許可さえ取れば問題無いわ。」
『破軍学園』の規則により、第1訓練場に限って受付さえすれば在校生と外部の伐刀者の模擬戦は可能なのだ。
別に市街地にある伐刀者専用のジムにも訓練場のようなものはあるのだが、そこは狭いのだ。
加えて使用料金も発生するため『破軍学園』に所属するステラにはあまりメリットは無い。
そのような理由で彼らは舞台に第1訓練場を選んだ。
「…本当に今日はめんどくせぇことに巻き込まれる1日だ。さっきはテロリストに巻き込まれるわ、今度は血気盛んな皇女様に絡まれるわ。」
「え、もしかして、さっきニュースで取り上げられてたテロを解決したのってアンタなの⁉︎」
「まぁな。」
ステラは先程、生徒手帳の携帯ニュースで見たのだ。
そのテロは大きく取り上げられていた。
「怪我人すら出さないで制圧した後、颯爽と立ち去った
「颯爽……ってか、服も汚れてたしスーパーの特売に間に合わなそうだったから急いで家に着替えに行っただけだぞ…。話を誇張し過ぎだろ……。」
サイタマが右手をスッと上げて構える。
「てか、早く始めようぜ。」
一輝はサイタマの言葉に頷き、試合をはじめるように促す。
「それでは模擬戦を始めます。ステラとサイタマ先生は開始線についてください。」
両者ともに数m離れたところに引かれている開始線に立って向かい合い、それを確認して一輝が開始を宣言する──
「Let's GO AHEAD.」
同時に、
「傅きなさい───《妃竜の罪剣》!!」
だがサイタマは何もしない。
「…………どうしたの?霊装を展開しないのかしら?」
「俺は別にこのままでいいぜ。」
ステラは「剣士ではない」事しか情報を一輝から聞いていないため、その霊装が槍なのか銃なのか分からない。
ステラは相手の情報を事前に聞くことを良しとしない質だったからどんな霊装か分からないのは問題ではない。
問題なのは試合が始まっても霊装を展開する気配もない上に、ふざけたTシャツにビーチサンダルというサイタマの格好だ。
ステラは完全に舐められていると勘違いしたのだ。
「……いいわ。アンタがその気なら叩きのめしてやろうじゃないの‼︎」
(…あ、ステラが切れてる。)
「───ハァァァ!!!!」
魔力放出により身体能力を10倍にまではね上げてサイタマとの距離を一瞬で詰め、斬りかかる。
一度は頭に血が上ったものの、流石は一流の騎士であるステラだ。
沸騰した頭は瞬時に冷まして、刹那の間でもサイタマの次の動作を見極められるようにも集中する。
だが彼は直撃の瞬間まで《妃竜の罪剣》を見つめるのみで回避行動を取らずに──────
(もらった!)
ステラが強烈なダメージヒットを確信した瞬間、ステラの剣戟は回避をされた。
「なッ‼︎ (このタイミングで避けるっての⁉︎)」
それは常人の反射速度では有り得ない事であった。
サイタマが回避のために動き始めたのはそれこそ直撃の寸前。文字通り、まさに紙一重の瞬間。
その時になってからようやく全身の筋肉を稼働させ、《妃竜の罪剣》を避けたのだ。
それはあの《剣士殺し》が足元に及ばないほどの反射速度だった。
またステラは一輝の師匠であるサイタマの強さは全く把握していないが、何かしら規格外の能力を持っていると考えていた。
だからこそステラは短期決戦を理想とし、長期戦は危険が大きいと考えていた。
返す太刀でサイタマの胴をなぎ払おうと、下半身の伸び上がりも利用して剣を振るう。
この一撃を正面からまともに受けると、普通ならば余裕で十数m以上後ろへ吹き飛ばせるほどの威力だ。
一輝ならば圧倒的『技』を以って受け流す事ができるだろう。
しかしながらサイタマの辞書に"受け流す"という言葉は載っていないのだ。
サイタマがとった対応は単純にして究極。
「───なっ!?」
圧倒的『力』を以って、親指・人差し指・中指で刀身を掴んで、剣の速度を0にする。
それだけである。
もちろん《妃竜の罪剣》の熱や、ステラの圧倒的怪力など総合的に考えると普通ならばそんなことはできない。
ただ、残念ながらサイタマは普通ではないのだ。
(〜〜〜ッッッ!! 全く動かない!? 私が完璧にパワー負けしてる!?)
当然ながら単純なパワー勝負でもステラの圧倒的上を行く。
《妃竜の罪剣》を完全に固定され、進むも退くも出来なくなったステラ。
だが、彼女は剣士であると同時に伐刀者なのだ。
《妃竜の息吹》から摂氏3000度の炎を吹き出す。
サイタマに捕えられてから《妃竜の息吹》を発動させるまでわずか0.6秒。
彼の追撃は許さない算段だ。
「うわ、熱っ」
マグマよりも高熱のその火炎のために、サイタマはバックステップをして十数m下がる。
もちろんステラも同様に距離をとる。ここで勝負を決めに行くつもりなのだ。
(反射速度もパワーも規格外……か。イッキが弟子入りした理由も大体見えてきたわね。)
「危ねぇ…。着替えたばっかりの服がまーた燃えるところだった。今日は服を燃やす奴らと闘う災難な日だな。」
「……ピキピキッ(そしてアタシを煽る才能も規格外って訳ね!?)」
うっかりサイタマの本音が漏れてしまう。
だからこそ、ステラは今度こそ完全に切れた。
死ぬ思いで努力し、やっと手にしたこの能力が「服を燃やす能力」だと斬り捨てられれば頭に来るのは当然だ。
「……私のこの力が"服を燃やす能力"ですって?……いいわよ。本当に服を燃やすだけかどうか確かめてみればいいわ!!!!」
(あ。怒らせてしまった。)
「───蒼天を穿て、煉獄の焔。焼き尽せ!!《天壌焼き焦がす竜王の焔》────ッッッ!!!!」
ステラが叫ぶと同時に、《妃竜の罪剣》に全長50mにもなるだろう炎竜が宿る。
竜は訓練場の天井すら破壊して立ち昇る。
これこそがステラが持つ伐刀絶技で最も強力な範囲攻撃。
「おお。すげぇ。竜だ。」
だがサイタマが漏らした言葉はただの感嘆。
つまりは目の前まで迫った竜に警戒などしていない。
一方で当たってしまえば服は焼けてしまうし、サイタマは不用意な発言でステラを怒らせた事に若干の──────あくまでスズメの涙程度の申し訳なさも持っていた。
それに何より、今日は特価で卵を3パックも買えて気分が良かった。
(んー……流石に手を抜きすぎるのは一輝にもステラにも悪いか。)
────だから少しだけ
「 普通のパンチ 」
サイタマは向かってくる焔の竜に向かってただただ普通に拳を振るう。
本当に普通のパンチ。
素人が放つようなフォームから繰り出された、ただのパンチ。
「!?」
だが、そのパンチによる風圧だけで膨大な魔力により形成された焔の竜は消滅する──────。
ステラは驚愕の中、サイタマがいたところを視界に入れるも
「いない!?」
すでに遅かった。
サイタマはそこにはいなかった。
先程まで立っていた場所は
同時に自身の真横をナニかが通り抜け、ステラの後ろに回り込む。
魔力放出などは一切検知できない、つまりただの身体能力頼りの高速移動。
にも関わらず、ステラはおろか審判である一輝ですら辛うじて視認できる速度。
もちろん彼らの動体視力を置き去りにして、ステラに回り込んだのはサイタマである。
ここでステラの本能は警笛を大音量で鳴らし始める。
"おまえ ヨケナケレバ シヌゾ" と。
だが無情にもステラの足は動かなかった。
その理由は若しかするとステラも人間という生物だからなのかもしれない。
人間は自身が直面したことの無い圧倒的かつ本物の恐怖を前にすると叫ぶでも逃げるでもなく、ただ立ち尽くしてしまう。
ステラもまた例外では、無い。
更には─────
星の巡る運命の外側。その領域に住まう魔人と対峙したならば、その者は自らの『死』を具体的にイメージしてしまうという。
(───ヤバいッッッッ!?)
明確にステラの頭をよぎった『死』。
何とか振り向くとそこには拳を振り上げたサイタマの姿があった。
照明の逆光で顔は良く見えない。
ステラは確信した。
先ほどの本能の警告は完璧に正しかった。
そして理解する。
一輝の「手合わせすればすべて分かる」という言葉は的を得ていた。
サイタマが少しでも本気を出した上で自分と闘ったからこそステラはサイタマの異常性を理解した。
眼前に迫る
直撃すれば間違いなくステラは死ぬ。
(あ、お母様と…お父様…だ……。)
過去の記憶がステラの脳内を駆け廻る。
(イッキ………………!!)
それはまさに走馬灯。
相対する事さえ許されない圧倒的な力を前に、ステラは己が生きてきた16年を一瞬のうちに回想する。
森羅万象を飲み込む『神の拳』が、スローモーションのように、コマ送りのようにステラに迫ってくる。
等しく人外。
才能の塊であるステラが、今後何年も何年も研鑽に努めてようやく到達できるような高みに巣食う怪物。
如何に魔力量が世界一、即ち『世界への干渉力』がこの世で最も大きな者だとしてもサイタマには届かない。
何年も先に、もしもステラが《覚醒》を経て《魔人》の領域に踏み込んだとしてもサイタマに触れることは許されないだろう。
サイタマは、分類上は確かに《魔人》だった。
しかしそんな生温い存在では無い。
───────言うなれば、《神》そのもの。
初めから『魔』を極めた『人間』程度が叶う相手では無いのだ。
それがサイタマ。
───────そのサイタマの拳をステラの眼前で停止し、パンチの余波で爆風が起きた。
「あ……。」
1度は確信してしまった自分に迫った死の運命が急速に遠ざかる。それがどれほどの安堵に繋がることだろうか。
《妃竜の罪剣》はステラの手から滑り落ち、へなりとその場に座り込んだ。
対してサイタマはステラの背後を見つめて焦った様子で叫ぶ。
「うわっやべぇ!!これはバレると不味いんじゃ……。……ここは逃げるか。」
「え?」
「ごめん、一輝。帰る!! 俺がやったって事は秘密にしておいてくれ!」
「さ、サイタマ先生!?」
「あ、後で稽古つけてやるから(棒)! じゃあな!」
実に清々しい笑みを浮かべ、後処理を一輝達に全てを丸投げしたサイタマは、大跳躍をして"空いた穴"から外へ消える。
何故そんなにサイタマは焦って帰ったかと言うと
「なによ………、これ。」
ステラの後方に答えがあった。
広がる光景にはステラは目を剥いて、震えた声でつぶやくしか無かった。
訓練場の壁にはまるで最初から壁がなかったかのような大穴が空いている。観客席ごと吹き飛んでいるのだ。さらに拳を振るった軌道上のその先にあったはずの森が消滅している。
残ったのは砂地。
これは全て、サイタマのパンチの風圧のみでこうなったものだ。
───────一体どれほどの速度で拳を振るえばこうなるのだろうか。
一輝は言った。ステラとサイタマは強さの方向性が近い、と。
その真意は恐らく絶対的強者として、暴力で相手を制圧する戦闘スタイル。
そして今なら一輝が弟子入りした意味も理解できる。
サイタマが保有する埒外の身体能力。
パンチの風圧だけで訓練場の壁を消し飛ばし、隣接する森が消滅するほどの「膂力」。
サンダル履きにも関わらず魔力放出もしないで、刹那の間に神速を以て後ろに回り込むほどの「脚力」。
一輝が騎士として戦う上で最も重きを置くのはやはり身体能力だ。
彼ほどの膂力などは不要だが、やはり規格外の身体能力の源を一輝は知りたかったのだろう。
審判をしていた一輝が歩み寄ってくる。
「……サイタマに殴られそうになった時……生まれて初めて走馬灯を見たわ……。」
「はは。僕も初めて相手された時は死を覚悟したよ。」
「…………イッキのお師匠さんって相当ヤバいわね。」
「うん。僕の目標の1人だよ。僕たちが突き進む騎士道、その強さの
一輝は笑顔でステラに言い、手を差し伸べてくる。
ステラはその手を掴んで立ち上がり、改めてやる気を出す。
「ふふふ。そうね。
やってやろうじゃ無いの、サイ───────」
だがステラの言葉は最後まで続くことはなかった。
「おい、貴様等!!!!これは一体どういう事だ!!!!!」
別に訓練場にて模擬戦をした事はなにも悪くない。
しかしこれほどまでに広範囲に及ぶ破壊が行われれば、怒りを体現した新宮寺黒乃理事長が飛んでくるわけで。
「………黒鉄、ヴァーミリオン。貴様等、しっかりと説明してくれるんだろうな?」
こめかみに青筋をピキピキさせながら、極上の笑みを浮かべた元世界ランク3位を相手に言い逃れ出来るはずもなく。
「「…は、はい。もちろんです。」」
エーミンTシャツはググれば出てきます。僕の超好きなシャツです。