翌日。七星剣舞祭は開会式を終え、学生騎士の祭典が遂に開幕。観客は興奮の中、初戦の開始を今か今かと待ち望んでいる。
『第62回七星剣舞祭がいよいよ始まります!!』
今年の七星剣舞祭初戦は例年より注目されているのだ。それもそのはず。
対戦カードが対戦カードなのだから。
『解説は私飯田、解説は牟呂渡プロでお届けします!』
『よろしくお願いします』
実況アナウンサーの飯田と、解説には国内KoKのA級リーグにて活躍する牟呂渡プロの挨拶だ。
『初戦開始を目の前に控え、会場の興奮は既に最高潮に達しているようです!!この一戦、牟呂渡プロはどう考えますか!?』
『……なんとも言えませんね』
『それは一体、どう言うことですか?』
今から始まる試合についてのコメントは難しいと牟呂渡は言ったため、飯田は不思議そうに聞き返す。
ただ牟呂渡がそう言ったのは確かな理由があるのだ。
『リトルの時、幾度も死闘を演じた二人ですが、方や昨年度ベスト8という実績を残してから一年が経ち、あれから更に強くなったでしょう。方や世界大会優勝の後に5年もの間、姿を消していたのです』
『…つまり両者の実力は共に未知数であると!?』
『えぇそうです。…しかし、確かに言えることがひとつあります。この一戦、初戦とは思えないようなレベルの高い試合になるでしょう』
『なるほど。それは楽しみです!!』
プロである牟呂渡ですらこの一戦の行方は分からないという。
すると、選手入場の準備が整ったと合図があった。
『ここで二人の騎士が準備を整えたようです!
日本が注目する七星剣舞祭。その初戦を務める選手達に登場していただいきましょう!!』
まずは青ゲートに巨大な影が見える。
『まずは青ゲートより……前年度ベスト8《鋼鉄の荒熊》加我恋司選手だァァ!』
「うおぉおおお!!!」
《鋼鉄の荒熊》で知られる北の名門『禄存学園』三年加我恋司だ。彼がリングに上ると観客から歓声が湧く。
『やっぱ加我でけぇぇ!!』
『そらそうや!マジもんの熊と同じくらいらしいからな!』
『押し潰せー!加我ーーー!!』
────すると加我は雄叫びと共に制服をを引きちぎって脱ぎ捨てた。
「うおぉおおおおお!!!!!」
『おぉーっと!?加我選手、これはどういうパフォーマンスだァ!?』
『恐らくやる気の表れかと。《固有霊装》はしばしば武器以外の形態を取りますが、彼の場合は腰に身につける───『廻し』です』
つまりあえて服を脱ぎ捨て、廻し一丁で試合に望むことが、気合いの表れなのだという。
すると、加我は左足を天高く上げ、深く四股を踏み───地が揺れた。
『すげぇ揺れ!!』
『うおっっ!リングが斜めに沈みおった!!』
一度は傾いたリングも、加我が左右の足で2度にわたり地面を叩きつけたことで水辺に戻った。だがリングは目測10cmは沈降しているようだ。
そして、彼の足元を見ると爆撃にもすら耐えうる特殊な材質で作られたリングに彼の足跡が。
『指の形がくっきり分かるほど、加我選手の足跡が刻まれている!牟呂渡プロ、これは一体!?』
それは力が集約されていたという証拠である。
『加我選手はただのパワー型ではないということですね。力が綺麗に集約されているのが見て取れます』
加我の気合の入ったパフォーマンスにより、会場はさらに盛り上がる。
─────ただそのパフォーマンスとは裏腹に、加我は真剣な瞳で赤ゲートのみを見つめていた。
『それでは赤ゲートからも登場していただきましょう!赤ゲートより入場するのは───』
飯田の言葉と共に赤ゲートにスポットライトに照らされ、和装の剣士が歩み出てくる。
「……………」
無言でリングに登るその男は、在り方だけで他者に圧力を与える。
世界大会優勝を成し遂げたにも関わらず、渇き故にその舞台から姿を消したのだ。その男の名は。
『────《風の剣帝》黒鉄王馬選手だぁぁ!!』
『なんやこの…剣気だけで人を切り裂きそうな…』
『これが日本の学生騎士唯一のAランク騎士……!!』
加我は自身に喝を入れるとともに、パフォーマンスのように四股を踏んだ。反対に王馬は静かに開始戦に向かって歩くだけ。
にも関わらず、その姿に観客は戦慄する。
『凄まじい闘気ですね、牟呂渡プロ!』
『えぇ。未知数とは言え、前評判通りのAランクに相応しい実力を持っていると思いますよ』
『さぁ期待が高まる中、両者が開始戦につきました!!』
七星剣舞祭初戦を飾るのは前年度ベスト8の《鋼鉄の荒熊》と。今まで姿を見せることは無かったAランク《風の剣帝》。
七星剣舞祭という場にふさわしいであろうこの二人の戦いは、決して見逃すことはできない。
「王馬ァ。久しぶりだべ。こうして向かい合うのは六年ぶりだべ」
王馬が開始戦に立つと、小学生の頃からの好敵手である彼に声をかけた。
「オラは嬉しいど!リトル優勝を最後に姿を消したもんだから、なかなかリベンジの機会が無ぐてそれが心残りだったがらよぉ」
「………」
一方、王馬は無言で返す。
「んだからオラはこの五年、オメェに勝つ為に積んできたど。再戦を待ち望んどった!───覚悟するべよ!」
「……そうか」
「がははは!相変わらず愛想のねぇ男だ!まあいいべ。すぐにでも、オメェの本気を引き出してやるど」
「できるといいな、恋司」
実に興味無さそうに王馬は加我を見つめる。それは王馬は彼のことを脅威とすら考えていなかったからだ。
今、彼の頭にあることはただ一つ。
───絶対に誰にも負けないという覚悟のみ。『最強』との再戦を果たすために。
『さて両者、出揃いました。二人は小学生の時以来の再戦です!大注目のこの一戦、一体どちらに軍配が上がるのか!?』
実況がさらに会場を盛り上げる中、審判は二人に霊装の権限を指示する。
「さぁ二人とも、固有霊装を展開して」
「がはは!オラはこの《廻し》こそ霊装だべ!オラは準備万端だぁ、審判さん!」
「来い《龍爪》」
瞬間、王馬の周りに暴風が吹き荒れ───そして王馬の手元に野太刀が現れた。
二人が霊装を展開したのを審判は確認して、実況席の飯田に合図をした。
『加我選手と黒鉄選手の準備も終わったようです!さぁ皆さんご唱和くださいッッ!!!』
飯田の言葉に揃えて、観客の全員が開始の言葉を叫んだ。
『─────Let's GO AHEAD!!!』
○
「やっぱお前の兄さんが勝つのか?」
「試合はまだ始まっていませんからなんとも言えませんが……恐らくは」
一輝とサイタマの二人が観客席前列に座っていた。
本来、珠雫達も隣に座る予定だったのだが、最前席近辺は有料座席。運良く買えたのが二枚分しかなかったのだ。(寧音に口利きしてもらったなんてことは無い)
それに一輝は初戦をサイタマと観戦するつもりだった。故に珠雫達には無理を言って、最前列を諦めてもらったのだ。
今頃『お兄様と2人っきり……羨ましい』などと宣っているだろう。
「あいつと戦う相手のことは良くわかんねぇんだけどよ、そいつが弱いって事なのか?」
「いえ、そういう訳では。ただ、王馬兄さんは────」
理由を説明しようとした時、飯田が試合開始の時を告げた。
『加我選手と黒鉄選手の準備が終わったようです!!』
「…っと。試合が始まるな。その話は試合中に聞かせてくれ」
「分かりました」
『それでは─────Let's GO AHEAD!!!』
一体化した会場が揺れるほど声を一つに皆が叫ぶ──
『うぉぉおおおぉぉぉ!!』
開始するや否や加我は、王馬へ走り込んだ。対して、王馬はその場から一切動かず仁王立ち。
『おぉーっと加我選手、開幕速攻だァァ!!!』
走りながら──彼の肌は光沢を持つ鋼に変化する。
《鉄塊変化》は、彼の巨体とそこから生まれる力強さを活かした戦闘スタイルにマッチする能力。《鋼鉄の荒熊》が魔術でも武術でも無い、"純粋な力"を持つと言われる由縁だ。
ただ、今年の加我は、去年よりもさらに手札を増やしてきた。
「なんかアイツ背中から生えてきてねぇか?」
「あれは……腕……ですか?」
サイタマが気づいたのは彼の背中の変化だ。肩甲骨付近に四つの盛り上がりが出来て───
「おぉすげぇ」
『こ、これはぁぁぁ!?』
『ガァァァアァァアアァァァ!!!!』
『なんとぉぉ!!加我選手に新たな腕が!?』
左右合計四本の腕が背中から生えてきたのだ。加我の変化に声を上げた実況と観客達。サイタマでさえ感嘆の声を上げる。
『なるほど……ただ硬化するのみならず、『鋼』の特性を活かして新たに腕を作り出したわけですね。これにより攻撃力、防御力共に"三倍以上"に跳ね上がるでしょう』
冷静な牟呂渡の解説を加我は肯定した。
『そうだべ、解説さん!!これは王馬を倒すために五年かけて編み出したオラの取っておき────《鉄塊・阿修羅像》!!』
彼の霊装《電電》の能力は肉体の鋼鉄化。加我は五年の努力は、自らの硬化のみならず、身体の整形すら可能にしたのだ。まるで鋼を溶接し、形作るように。
『王馬受け取れぇ!!これがオラの本気だべ!!』
未だ微塵も動かない王馬に向かって突進をする。それは相撲において『ぶちかまし』と呼ばれる類のものに近い。
また、その衝突音は人と人がぶつかる音ではなかった。
『────んんん痛烈ぅぅぅ!!!王馬選手、堪らず仰け反ったァ!』
『……そもそもの加我選手の体重、鋼鉄による強化された硬さ、そして巨体からは想像出来ない速度。それらから繰り出された今の一撃は、いくらAランク騎士と言えど、ダメージが大きいかと』
『なるほど!王馬選手がその場から動かなかったことは愚策であると!?』
『その通りです。見てください。その結果───王馬選手は追撃することが出来ていません』
リング中央を見ると王馬の体制は崩れ、加我の張り手に圧倒されているように見えた。
『ウォォオオオォ!!!オラオラオラオラオラァァアアァァ!!!!』
『凄いぞ、加我選手!!!ラッシュ、ラッシュ、ラッシュだァァァ!!!』
観客もその手数に驚いている。六本の腕から繰り出される張り手はあの《風の剣帝》ですら防ぎきるのは容易でないのだ───と。
ただ分かる者には違うように見えていた。
「なぁ一輝。お前の兄さんってやる気ねぇのか?」
サイタマのその言葉に一輝は苦笑いで返した。
「サイタマ先生にはそう見えましたか」
「いや、だってそうとしか見えねぇし…」
「目の前で起きていることこそ、僕が思う王馬兄さんの強みそのものです」
実は昨日、サイタマ達と別れてから王馬の襲撃にあったのだ。偶然忘れ物を届けに来た諸星の介入により、王馬に一太刀しか浴びせられなかったが───
「王馬兄さんの身体は『異形』なんです」
「あーなるほど (……異形?あいつの身体そんなに気持ち悪かったっけ)」
「防御力は人間が本来持つものとは乖離していました」
その身体一つで《雷切》を防ぎきり、そしてサイタマの拳を三度耐えたのだから。異常な防御力だと言われても納得が行く。
一輝が推測するに、"外部から何らかの力を加えることで"変質させたのだと言う。つまり副産物として埒外の膂力すら、彼は手に入れたと考えるのが自然である。
加圧の結果として生じた過剰な筋力も骨の強度も、何もかもが人外なのだから。
「確かに加我さんも純粋に強いです。───ただ、王馬兄さんは『人間』のそれを超えています」
○
加我の猛ラッシュを受けながら───黒鉄王馬は退屈さすら感じていた。
(……やはりこんなものか……)
加我の張り手は王馬にとって、"蚊"と同じようなもの。何一つとして決定打に至ることは有り得ないし、目障りでしかない。
サイタマと戦っていた時に感じた「高揚感」は微塵もない。加我の攻撃は、不敗を貫く覚悟を刺激することすらできない。
「……あの男の拳はこんなものでは無かった」
「───ッッ!?」
王馬が呟くと加我の顔は一瞬にして絶望に染まる。
開幕のぶちかましに始まり、雨あられのように王馬に降り注いだ超重力の張り手も完璧に決まっていたはず。間違いなく王馬の身体はリングへ崩れ落ちるものだと確信していた。
ただその一言はあまりに素っ気なさすぎた。
───── 一閃。
「───ッッッ!?!?」
気づけば───刹那の内に加我の三本の左腕は、胴体と泣き別れていた。
張り手をものともせずに低い大勢から振るわれた龍の大爪は、いとも容易く阿修羅の腕を斬り落とす。
そして《龍爪》が振るわれた衝撃により、加我はノックバックしてしまった。
だが加我は根っからのファイターであり、彼が制すべき距離はクロスレンジだ。
故に離れた事で生じた距離を保つなどという考えは無かった。
王馬から感じた寒気を雄叫びで振り払い、残る三本の右腕にて決死の猛攻を試みた。
「ガァアアァアアァアオオォォォォオオオォォ!!!」
だが─────。
急に王馬を中心に吹き荒れる暴風。
「──ヴッっ!!(……いぎが、……でぎねぇっっ!?)」
同時に酸素の強奪。
リング内の空気が王馬に向かって動く。
空気が奪われ、王馬に向かって吹き荒れる風に抗う手段もない加我。
彼はなんの抵抗もできず、無防備のまま王馬に引き寄せられる。
それはさながら風が生んだ『引力』。
「恋司……実に無駄な5年間だったな」
目の前の敵を確実に下すためなら、例えそれが過剰な一撃だったとしてもそれを辞さない。
王馬は周囲の空気を《龍爪》に結集させ、纏わせ、そして圧縮した。圧縮された空気は解放された時、それは爆弾にもなりうる。
───ならば、《竜爪》の込められた空気は、どれほどの"爆発"を生むのだろう?
それを察した牟呂渡が会場の魔道騎士に警告した。
『っっ!……衝撃に備えて魔力障壁の展開をしてください!!!!』
《風の剣帝》黒鉄王馬。
その手に握られた《龍爪》から放たれたその一撃の名は。
「《天崩す龍神の咆哮/ヤサカニノマガタマ》」
瞬間、まるで龍の咆哮が鳴り響いたかのように。
それが空と共鳴し、天が崩れ落ちてきたかのように。
世界が激震した────。
草薙があるんだから八尺瓊勾玉があってもいいじゃないか!
…サイタマと比較された加我さんかわいそ。