これは刀華と珠雫が部屋に戻り、一輝がサイタマを正門まで見送りに来た時の話だ。
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サイタマは王馬との戦いについて一輝と話していた。
「なぁ、一輝。あいつって……」
「…サイタマ先生と戦ったのは確かに僕の兄です」
「あーやっぱりな。顔、なんか似てたもんな」
「そ、そうですか?」
兄と顔を似ていると言われて少し嬉しがる一輝。
一輝は黒鉄家から飛び出し、王馬もまた此方との関係を断ち切ったと言っていたものの、兄と似ていると言われれば何かと照れるのだろう。心のどこかで"家族との繋がり"を求めていた一輝なら尚更のこと。
「お前の兄さんも七星剣舞祭出るんだろ?」
「えぇ。『暁学園』代表として恐らく」
「……あいつ。一輝とステラよりも強いかもな」
王馬が2人と手合わせしたところは見ていない。だが、王馬と戦った感覚を思い出す。
────"少し本気で行くぞ"
一輝とステラは耐えきれないような攻撃を二度受けて尚、王馬は戦意をむき出しに立ち上がった。そして王馬の剣を受けた時。その一撃は膂力を自慢とするステラよりも強烈だった。
サイタマが思うに、耐久力も攻撃力も一輝達のそれを遥かに凌駕していた。故に一輝を心配するように『王馬の方が恐らく強い』とサイタマは言ったのだ。
「そう、ですね。僕は王馬兄さんより《伐刀者》として劣っていると思います」
(……珍しい。一輝が負けを認めた)
確かにそれは一輝も認める。
自分はFランク。方や兄である王馬は日本人学生騎士で唯一のAランク。《伐刀者》として一輝の方が格上だったならば、何ともおかしな話だ。
敗北を認めたともとれるその発言に、一輝"らしく無い"と違和感を感じたサイタマ。
だが、続く言葉からそれはあくまで譲歩の一言だったのだと気づく。
「────けれど。騎士として。剣士としてならば、僕だって王馬兄さんにだって譲れませんよ」
《伐刀者》としてのみの強さを議論するならば、それは架空の話だ。現にFランクの一輝はステラに勝っているのだ。勝敗を決定付けるのは《伐刀者》としての強さだけでは無いのだから。
一輝のことだ。例え王馬と戦うとしても負ける気などある筈もない。魔術の粗さを調整する期間だってまだまだある。
「……はは。一輝らしいぜ」
一輝は────無論、ステラも王馬も刀華も、誰だってそうだが─────いわば、死ぬほど負けず嫌いなのだ。
だからこそ。一輝は自分の半生をかけて磨き続けてきた『剣術』において、誰だろうと並び立つことを快く思わない。
それだけは絶対に譲れない。『剣の道』こそが黒鉄一輝の魂。────そう思えるように彼は努力を続けてきたのだ。
「あと一週間か……。あ。そーいや、特訓とかしなくていいのか?付き合うぞ?」
心強い申し出だが……一輝はそれを断った。
「いえ…この一週間は未熟な部分をひたすらに追い込もうかと考えています」
即ち、荒削りな魔術運用。あと一週間でどれほど仕上がるか分からないがやれる事は徹底してやるのだ。
サイタマと戦うのなら《一刀修羅》の使用は必要不可欠だ。本気のサイタマ相手にそれを使わないのならば戦いにすらならない。何しろサイタマは《比翼》と同格かそれ以上なのだ。
そんな状態で魔術の訓練をするならば中途半端になる。逆に魔術の訓練をしながらサイタマと戦うならば、逆にその特訓が中途半端になることもあるだろう。
だから一輝はサイタマの提案を断ったのだ。
加えて───
確かに受け取った『贈り物』をより完璧なものに近づけなければならないのだ。彼は『剣術』に……いや、正しく言うのなら『体術』に対して短期間での急成長の可能性を見出した──のだが。
それが如何なるものかは七星剣舞祭にて明らかになるだろう。
まだ誰も知らない。一輝しか知らない。よもや"彼女"と同じ剣技を扱える学生騎士がこの世にいようなどと。そんなこと、誰も思うはずがあるまい─────
「そうか。この一週間はお前と特訓すると思って予定空けてたんだけどな」
「うっ…すいません」
……この一週間のスケジュールが初めから白紙だったのか否かについての議論はこの際置いておこう。
「……ステラはどこにいるんだっけか」
「恐らく奥多摩で特訓していると思います」
「奥多摩か……確か東京の西の方だったよな?」
「そうです……よ……」
一輝はそこでサイタマが何を考えているか見抜いた。
「……ってまさかサイタマ先生、ステラの特訓に付き合ってくれるんですか⁉︎」
「あ、あぁ。…まぁ暇だしな」
(……西京先生に加えてサイタマ先生までステラに……)
寧音とサイタマという世界最強格の2人が付きっ切りで特訓するのだ。はっきり言おう。ステラの覚醒まで待った無しだ。
ステラはまだ自身の才能の『一合目』にも満たない。ならば世界レベルの刺激を受けたならば、『一合目』から駆け上ることだってできる。
(これは僕も相当追い込まないといけないな…)
ステラという最愛のライバルが、自らを更に高みへ連れて行ってくれることを改めて確信した一輝。彼は負けたく無いのだ。特にステラにだけは。
(……ッ!まさか、サイタマ先生……まさか僕のためでもあるのか⁉︎)
そこで察する。
一輝に特訓を断られたサイタマが何故ステラの特訓に付き合うと言い始めたのかを。
ステラが、強くなる環境にいることで一輝もまた、彼女の影響から相乗効果が期待できる。
恐らくサイタマはそう考えているのだ。
(なんという人なんだ…この人は)
サイタマの思慮深さに感激する一輝。ステラというライバルを強くし、さらに一輝も強くなるようにけしかける。師の鑑だ。
……ただ残念なことにが一つ。
一輝の深読みだったのだ。サイタマとてそこまで考えてはいなかった。
○
そこから少しだけ話しこんだ。一輝としては、やはり師であるサイタマとの時間は大切だ。
「今日は助けに来ていただき本当にありがとうございました」
「おう。ま、礼はいいって」
礼をした一輝が頭をあげるのを待ち、闘志を燃やす彼を見てサイタマは言う。
「七星剣舞祭……期待してるぜ?」
またそれに答えるように一輝も真剣な眼差しで。
「はい。────必ず七星の頂に立ちます」
確固たる誓い。決意に満ちた宣言。
そんな一輝の顔を見て安心したサイタマは踵を返した。
「じゃあ帰るわ。あと一週間、がんばれよ」
「……はいッ!」
サイタマは正門から外へ出た。
今日、サイタマがいなければ『破軍』の七星剣舞祭出場は無かったかもしれない。だからこそ一輝は彼への心からの感謝を込めて背中を見つめた。
そこで─────ふと。
「……そういや一輝」
「なんですか?」
サイタマは、ステラから一輝宛ての『私がいないからって珠雫を部屋に入れないこと』という伝言を思い出し、足を止めた。
「お前まさか妹と"そういう"関係って訳じゃ無いよな?」
「っっそ、そそ、そ、そそそそんな訳無いじゃ無いですかッ!!」
「まあやっぱそうだよな。一輝みてぇなやつがそんなことする訳ねぇよな」
「あははは……(言えない!僕のファーストキスが珠雫だったなんて言えない!)」
帰り際に不意をつかれたようなことを言われた一輝は、滝のように汗を流しながらサイタマを見送った。
サイタマが生んだ勘違いが一輝を強くさせる。
*2017.10.28 現在
お陰様で日刊ランキング一位になりました。
今後とも「落第騎士と一撃男」をよろしくお願いします。