落第騎士と一撃男【旧版】   作:N瓦

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8.東雲

その頃動きを見せていたのは『破軍』『暁』、そしてサイタマだけでは無い。能力を駆使して線路を駆け抜ける影が二つ。

 

「くっそー、ついてねぇなあ。こんな日に限って飛行機止まるなんてな!」

「ああ。全くだ」

 

KoK世界ランク三位《夜叉姫》こと西京寧音と、元三位《世界時計》新宮寺黒乃だ。彼女らはそれぞれ臨時講師、そして理事長として『破軍学園』に勤務していた。2人はそれぞれの用事で大阪に居たのだが、つい先程『破軍』襲撃の一報を受け、急いでとんぼ返りしているところなのだ。

本来、飛行機を使えたならそれが最速だったのだが、滑走路の異常を理由に運休。止むを得ず線路を"走って"移動しているところだった。

 

「飛行機が止まったのもこんな日だから、かもしれんがな」

 

彼女らは襲撃について何の情報ももっていなかった。しかし直感で分かってた。この襲撃の裏に"巨大な力"があることを。

その力が作用して飛行機を運休に追い込んだのでは────?

彼女達はそう思えて仕方がなかった。

 

「ま、どっちにしてもウチらが着けば分かることさね」

「ああ、そうだな。そのためにも─────」

 

一刻も早く。そう言おうとした瞬間。

 

「「──────────ッッ!」」

 

2人はまるで突風に殴りつけられたかのように立ち止まった。

 

「お、おいおいおい。今の、マジかよ‼︎」

「ああ……とんでもない奴が1人混じっているぞ………ッ!」

 

彼女らの足を止めたのは風ではなく───"剣気"。世界トップクラスの実力を持つ2人だから感じ取れたのだ。彼方にいるはずの《比翼》が放つ剣気を。喉に突きつけられたようなプレッシャーを。

結果、2人の額には尋常でないほどの冷や汗が滲み、足が震え、顔が蒼白になった。

2人は知らない事だが、この剣気とは《落第騎士》との開戦の証だ。

 

「不味い……彼女が興味を示すとしたら───黒鉄か!!……不味いぞ寧音‼︎」

「わ、分かってるって!」

 

顔を青くしながら再び走り出す2人。

 

───その途中で、《比翼》の剣気とは違う"圧"を一つ感じる。

 

「おい、くーちゃん。感じるか?」

「……ああ」

「もう1人、『怪物』がいるぜ……っ!」

 

《比翼》の他にも『怪物』と称するに相応しい男が混ざっていたのだ。

彼女の剣気が刺し殺すような鋭さならば、"彼"の場合は押し潰すような圧。

 

「恐らく敵では無いだろうが……万が一のことも覚悟はした方がいいだろうな」

 

《比翼》だけならまだ話は単純だった。しかし、どうやらその場に一輝が『最強の師匠』と呼ぶ"彼"─────即ち、サイタマが居合わせているようだ。

 

「黒鉄が呼んだのか……或いは」

「………それ以上先は想像したくねぇな」

 

《比翼》、それにサイタマが居合わせたのなら、何が起きているか全く予測がつかない。

 

もし、紛れもなく『世界最強』の剣士である彼女と、照魔鏡の如き洞察力を有する一輝に『最強』と言わせた彼が東京の地で激突したのなら。東京は確実に崩壊するだろう。

もし、サイタマが『暁学園』の1人だったならば。『破軍学園』襲撃は盤石なものになるだろう。寧音と黒乃が揃ったとしてもエーデルワイスを相手取ってかなり分の悪い闘いになるのに、そこにサイタマが敵として立ちはだかった時のことは考えたくはなかった。

 

想定しうる"最悪"は無数にあった。

 

「やはり急ぐ他あるまい」

 

黒乃と寧音は身体にかかる負担すら無視し、出しうる最高速にて東京へ向かった。

 

 

 

 

───少し、『黒鉄王馬』という男について話そう。

 

彼はAランクとしてこの星に生を受けた。

幼い時から周りの子供より強かった彼だが、ただAランクだったからという訳ではなかった。

皆が稽古を終えて道場から出ても、彼だけは1人、剣を振り続けていた。誰よりも『剣』を愛していた。

その動機は極めて純粋なものだった。

小さな大会で王馬が優勝したときに彼は褒められ、讃えられた。そのことが、1番を取れたことがただただ嬉しかった。『黒鉄王馬』の原点はそこにあるのだ。

そして思った。

 

この世界で自分が1番強くなれたのなら、それはどれほどのものなんだろう?────と。

 

小学生の時に日本一に輝いてから王馬は、日本は世界一を目指すにはあまりに狭すぎると感じた。故に世界へと飛び出し、自分が求めたものはそこにあった。

そこにあるのは純粋な『闘争』。

時には死と隣り合わせの戦場、時にはならず者の溜まり場である地下闘技場、時には強者が犇く剣術大会─────。

彼は楽しかった。当然だが負けることもあった。それでも闘いの中に身を置き、自らの成長を確かに感じられたのだ。

 

 

 

─────だが、王馬は出会ってしまった。『絶望』と呼べる存在に。王座に君臨する『暴君』に。

 

何をしても全く効かない。死にものぐるいの抵抗も無意味。文字通り"目の前の虫を屠る"程度にあしらわれ、幾ら泣き叫ぼうと手を緩めない。そんな存在。

《比翼》の助けがあったから良かったものの、もし彼女が来なかったら王馬の命はそこで果てていただろう。

 

王馬が真に強さを目指し始めたのはそこからだった。常識外れな圧力で体を押しつぶし続けたのだ。初めのうちは骨は砕け、内臓や筋肉は押し潰され、軋み、王馬の身体は崩壊を始めていた。

しかし────実に1500日に及ぶ日々が身を結び。黒鉄王馬は『異形』を手に入れた。彼の身体は『進化』したのだ。

 

 

そして今現在。王馬が相対するは、奇しくも同じく"人間の進化の可能性"を信じて1日も欠かさずトレーニングに励んだ男であった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

王馬とサイタマが向かい合って静止すること数秒。

 

 

先に動いたのは───王馬だ。

一切の溜めをせずに《龍爪》を振るい、サイタマの胴を薙ごうとする。王馬の絶大な膂力と、彼の魔術により空気抵抗が0になった《龍爪》。ノーモーションから、その二つが組み合わさって放たれた太刀筋は常人の目には捉えられないだろう。

 

 

 

刹那の後に鳴り響く轟音。

それは、王馬の怪力にサイタマが吹き飛ばされたために出た音

 

 

 

 

ではなく。

 

 

 

 

むしろ、カウンターとして叩き込まれたサイタマの拳により王馬が吹き飛び、校舎に突っ込んだために鳴った音

 

 

 

 

でもなく。

 

 

 

 

「舐めるなよ、『ヒーロー』」

「おお……!(これはなんか、期待できそう‼︎)」

 

─────それはカウンターとして繰り出したサイタマのパンチと、王馬の剣戟。両者の攻撃が、同時に互いの身体に直撃したために鳴った音だった。

 

 

 

 

王馬が先に《龍爪》を振り始めて、後出しで動き始めたにも関わらずサイタマは王馬に攻撃───とは言っても、それは本当に軽く突き出した拳ではあったが───をした。《龍爪》が動き出してからサイタマに当たるまで、一瞬にも思えるようなこの短い時間で反応し、攻撃に転じたサイタマは流石である。

 

─────しかしここで評価するべきなのは、寧ろ王馬の方だ。王馬は"サイタマの拳を受けて尚、身体を残してサイタマに攻撃した"のだ。

確かにサイタマは一輝に頼まれている様に、かなり手を抜いてた。本気で拳を振り抜けば被害は敵だけでは済まない。

それでも。だとしてもサイタマの攻撃を耐えることが出来たのは偏に王馬の『異形』が為した結果なのだ。

 

もしかすると、現時点ではサイタマが今まで対峙した中でも王馬は最も強いかもしれない。"今の"ステラが耐えきれないような攻撃でも、王馬なら耐えられる。サイタマは手の抜き方が分からず、初手は余りに力を込めなさすぎたのだった。

 

そして王馬が耐えたことに期待を隠せないサイタマだった。

 

 

 

 

 

(こいつ……)

 

自らの一撃を何事もないかのように耐えたサイタマに王馬は驚愕を覚えたが、すぐにそれを忘れる。あくまで相手は怪物。Fランクにして、明らかに場違いな存在感をもつ相手なのだ。

 

「手を抜くな。そんな軽い拳が俺に効くものか」

「ああ、そうっぽいな」

「わかったら本気で来い。そうで無ければ何の意味もないのでな」

 

ここは野太刀が有利な距離。それを分かっているからこそ王馬は攻める。

 

「ゼアァァアアア!!!」

 

首、肩、胴────サイタマの各所を切り落とす勢いで斬りかかる。初撃を体で受けたサイタマに王馬は反撃の隙すら与えない。

この猛攻は、例え一輝ですら捌ききるのは至難の業だろう。それもそのはず。

これこそが侍局の時代から代々黒鉄家へ伝わってきた剣技の一つ、旭日一心流・烈の極み《天津風》。全百八撃から成るそれは思考過程を撤廃し、刀身を打ち込む角度・力の入れ具合・タイミングまでの全てを計算された上で放つ連続攻撃。

 

(力出しすぎると一輝に怒られるしなぁ……。

でも、そうしないとこいつはこいつで諦めなさそうだし)

 

だがサイタマは考え事をしながら《天津風》を受け続けてた。

本気を出せと言う王馬の望みを叶えなければ面倒臭そうだと感じたのだ。その一方で王馬との戦いは楽しいものになるだろうと予感していた。

だからサイタマは王馬の要望に応えることにした。

 

「まぁいいか」

「─────ッッ⁉︎」

「少し本気で行くぞ」

 

視界の揺れと同時に連撃は強制中断させられ、王馬は身動ぎながら数メートル後退した。

理由は明白。サイタマが《天津風》を体一つで受け止めながら王馬に拳を一つ叩き込んだのだ。反撃の余地のないはずの完璧な型だった《天津風》を退けて。

先ほどとは訳が違うその一撃は、まるで生命機能そのものが一時停止するような。そんな衝撃だった。

 

「………っぐぅっ(ま、不味い……追撃を避けなければ─────)」

 

だが目の前には────サイタマ。

間髪入れず王馬に追撃の拳が突き刺さり、

 

「─────ッ!!!!」

 

学園の校舎を大破させる勢いで校舎まで吹き飛んだ。

 

 

 

 

崩れた瓦礫に埋もれ、王馬は思う。

 

─────あの怪物は一体なんなんだ、と。

技術の介入を許さないような『純粋な強さ』を是とする王馬から見ても、サイタマは議論の余地がないほどに『本物』だった。

 

「…ぐッ…………ゲフッ……

(……だった2発でこのザマか………)」

 

王馬は血を吐き、そして自らの状況を考える。サイタマが少し本気を出しただけで、王馬の骨は数カ所砕け、もしかしたら内臓も損傷しているかも知れない。彼の『異形』を以ってしてもサイタマの一撃は身体をここまで破壊するのだ。

 

(まさかこれほどまでとはな……。)

 

相当強いとは思っていた。トラウマ克服の手助けにはなると思っていた。

だが、予想を遥かに超えて規格外すぎた。今まで戦ってきた強き伐刀者とは全くベクトルが違う強さ。武術と魔術、その他の全てが"無意味に思える"ほど圧倒的な強さをもつ存在。

 

─────それはまさに王馬が求めていた存在。

 

 

(ありがたい─────ッッ!!!)

 

 

王馬は過去を乗り越える為に、瓦礫を押しのけて立ち上がった。周りには未だ砂塵が舞う中で、王馬は自らの『覚悟』を解き放つ。

 

サイタマに勝つ為に─────

 

 

「《天龍具足》、解除」

 

 

 

 

「大丈夫?手を貸そうか?」

「っせぇ。別にいらねェよ」

 

王馬とサイタマが戦っている間に天音たちは気絶していた多々良を起こしていた。

 

「《不転》よ。デコピン二発程度で気を失うとは。白目を剥いた貴様の顔は……ククッ…なかなかに面白かったぞ?」

「アァ⁉︎うっせェな!」

 

頭を振り、文句を言いながら立ち上がる。

 

「どーなってんだ、あのハゲ。馬鹿力にも程があんぞ‼︎」

 

確かに《完全反射》を破る方法はある。ただ、それを行えば例外なく攻撃した手はへし折れ、使い物にならなくなるはず。しかしサイタマの指にはなんの損傷も見られない。

 

「まさかお兄さんがあんなに強いなんてね。

でもこのままだとステラちゃんに逃げられちゃいそうだから、王馬さんがお兄さんと戦ってる間に僕たちだけで捕まえに行こっか」

 

任務遂行のために、この場は王馬に任せて自分たちで逃げた日暮姉妹とステラを追いかけようという考えだ。

 

「うむ。それもまた一興。我が魔眼も共鳴しておる」

「お嬢様は『うん、それがいいと思うよー』とおっしゃっております」

 

なら、行こうか。天音がそう言おうとした瞬間。

 

─────ドゴォッ!!!

 

鳴動が聞こえ、彼らが振り向くと『破軍』の校舎の一つがガラガラと崩れ落ちていた。

 

「え…………?」

 

 

殴り飛ばしたであろうサイタマは舞う土煙を静観している。つまり吹き飛ばされたのは─────

 

「王馬さん……?」

 

瓦礫の山は未だ動かず。

 

あの《風の剣帝》がこうも容易くやられるはずがない。だが瓦礫は動かない。埋もれている王馬は負ったダメージから身動きが取れないのだろうか?

まさかの1発K.O.かと思われた矢先───

ガチャリ、と土煙の中の影が立ち上がった。

 

そして

 

『《天龍具足》、解除。』

 

王馬の声と共に土煙が"消えた"。

王馬を中心に引き起こった爆風と共に文字通り掻き消えたのだ。

いや爆風と表現することすら生温く、それはまさに空と共鳴する衝撃波だった。その衝撃は土煙を消し飛ばすだけに留まらず、校舎の窓ガラスや王馬の周りの瓦礫すら粉々に砕く。

 

「ん?なんだこれ」

 

サイタマは涼しい顔で耐えている。しかし見るからに強烈な威力を持つ衝撃波は『暁』へも襲いかかる。

その衝撃に対応するために、凛奈がシャルロットに命令をする。

 

「シャルロット!」

「了解いたしました、お嬢様。では皆様、私の後ろへ─────咲き乱れなさい《千弁楯花》ッッ‼︎」

 

凛奈の合図と共にメイドであるシャルロットが霊装を顕現させる。それは───1枚1枚が鉄をはるかに凌ぐ硬度を持つ『花弁』だ。それらが壁を形作るように舞い、そして衝撃波を見事防いだ。

 

「見事!」

「へー!凛奈ちゃんのメイドちゃん凄いね!」

「そうだろう?我が真なる盾であり矛こそシャルロットであるのだ!」

「……お嬢様、照れますよ」

 

立ち上がった王馬と、彼の視線の先に立つサイタマ。向かい合う龍と────神?

2人の戦いが気になり、つい目が向かってしまうが、彼らが今すべきなのはステラ達の追跡。

 

「捕まえにいかなくてイイのかよ?」

「うん。そうだね、行こっか」

 

そして彼らは逃げた代表生を捕まえに行こうと振り向いた。

 

すぐ後ろに立っていた夜叉に気付かずに。

 

 

 

 

『《天龍具足》解除』─────即ち、今の今まで肉体を拘束していた『枷』から自らを解放したのだ。

 

「今のはなかなか良かったぜ?」

「ほざけ、『ヒーロー』。それに、今のは攻撃ではない」

 

サイタマは拳を握りしめ、王馬は《龍爪》を構え直す。そして両者、刹那のうちに間合いを詰める。

 

サイタマ 対 《風の剣帝》 第二ラウンドが始まった。

 

「《風神結界》」

 

《風神結界》とは暴風の壁。近づくだけで皮膚が裂けるその結界だが───

 

「なんだそr………うおおお‼︎服が!」

 

サイタマはマントと上半身の服が破けただけで、彼の肉体は一切の傷を負っていない。

王馬のこの技だけで敗れた者も過去にはいた。それもそうだ。埒外な上昇気流により体の自由がきかなくなる上に、牙を持つその風は骨肉すらを抉る。

 

両者の間合いが交わり、そしてサイタマの拳が飛ぶ。

しかしその攻撃は先ほどまでの王馬を想定した速度。枷を外した王馬は、単純な身体能力だけで先ほどの数倍以上の速さで動くことができるのだ。それにより、王馬はサイタマの攻撃を掠めるように辛うじて躱す。

 

「チィッ……‼︎」

 

そのまま王馬は、一瞬だけ身体を大きく捻る。

 

「旭日一刀流・迅の極み───」

 

まるで背中を相手に見せるようなこの『溜め』から放たれる一撃は、速度のみならば《比翼》の領域に踏み込んだ剣技。

 

「────《天照》ッッ‼︎」

 

一度は避けたものの、サイタマの追撃を嫌った王馬は《天照》の溜めがベストよりも少し短かった。それでも速度は限りなく《比翼》の剣に近いものだったはずだ。

 

「なんだと…………っ⁉︎」

 

だがその剣はサイタマに打ち込まれることはなく。

 

「なかなか速ぇな」

 

初めてステラと手合わせした時のように、サイタマは指の力だけで剣の動きを押さえ込んだ。

 

(ありえ、ない………ッ、)

 

目の前の現実を見て、こんな事あり得ないと思えた。

 

一度受けると対処が相当困難な《天津風》を"身体で受けながら"カウンターの一撃を打ち込み。最速の一撃である《天照》すら、刀身を指だけで掴み取り。王馬の実力はサイタマという男に少しとして届いていなかったのだ。

 

サイタマが拳を振り上げ、逃げることができない王馬にパンチが突き刺さるのかと思われた。

 

 

だが。

 

「は…?」

 

サイタマは唐突に動きを止めて、横を見る。

すると天音達がそこにいた。

 

 

 

 

「うおっ、こいつら落ちてきた!」

 

「……ッッ!」

「うわぁあああ‼︎」

 

天音、サラ、凛奈、シャルロット、そして多々良が"地面と平行に落ちてきていた"。

即ち彼らにかかるのは横方向の重力。彼らを見たサイタマは《龍爪》を離した。

王馬とサイタマに向かって"落ちてきた"彼らは、2人の近くで横の重力が消える。すると地面に落ち、慣性からコンクリートをゴロゴロと転がった。

 

「ぐえっ!………いてて」

「お嬢様、お怪我は無いですか?」

「大丈夫だ、シャルロットよ」

 

突然落ちてきた彼らだが、何故『地面と平行に落下する』などという常識外れなことが現実に起きたのか。その理由は彼らが落ちてきた方向を見たら分かる。

 

「《夜叉姫》……次から次へと……ッ」

 

多々良が睨んだその先に《夜叉姫》と呼ばれた彼女────西京寧々と、その後ろに逃げたはずのステラを担いだ葉暮姉妹がいた。ここに駆けつける道中で保護したのだろう。

 

「……貴様か」

「おやおや。ずいぶん血だらけだねぇ、王馬ちゃん。大丈夫かい?」

「大きなお世話だ」

「なんだお前ら。知り合いなのか?」

「ん?………ああ、なるほど。(サイタマってのはこのハゲか。こりゃ確かに手に余る『化け物』だね)」

 

纏う風格から目の前のハゲをサイタマだと断定した寧々。サイタマが王馬をここまで負傷させたのだと理解し、その彼女に───敵意が突き刺さった。

 

「……どうしたよ、王馬ちゃん。そんなに戦意を剥き出しにして」

 

敵意を発していたのは《風の剣帝》黒鉄王馬。

 

「邪魔をするな《夜叉姫》」

「邪魔っつーのは、この馬鹿騒ぎのことかい?」

「いや、"そんなこと"では無い」

「?」

 

そう。強さの追求を第一とする王馬にとって、目の前の男に比べれば『暁』の任務など二の次だ。

 

「この男────」王馬はサイタマに《龍爪》の切っ先を突きつけ、「─────との闘いを邪魔するな、という事だ」

 

王馬にとってはいよいよ本気でサイタマと剣を交えようとしていた途端、寧々の邪魔が入ったのだ。憤りを覚えるのも仕方ない。

だが、寧々にとってそれは到底許可できるものではない。

 

「ダメさね。王馬ちゃんがそいつと闘い続けたら、どう考えてもここの校舎、ぶっ壊れんだろ?この学園の"先生"としちゃ、そりゃ見逃せないね」

「……そうか」

 

王馬は一度目を瞑り、そして見開くと寧々へさらに鋭い剣気をぶつける。

 

「ならば貴様が先だ、《夜叉姫》。

どうやら追おうとしていた奴らのことも連れてきてくれたらしい」

 

先に寧々を打ち倒せばサイタマとの戦いに邪魔が入らない上に、同時に代表生を捕まえる事ができる。

だが、寧々は現世界三位。王馬のその発言は彼女の勘に触るものがあった。

 

「‼︎………ははっ。ウチが先、ねぇ」

 

寧々が扇子で口元を隠し、瞬間────ピキリと空気が張り詰める。

 

「舐めんなよ、クソガキ」

「─────」

 

王馬を中心に彼女の伐刀絶技『地縛弾』がのしかかる。

 

「別に全員の遊び相手をしてやってもいいんだぜ?王馬ちゃん」

 

王馬にかかる重力がさらに強まり、彼の足首ほどまでが地面にめり込む。が、それで尚王馬は寧々へ敵意を放ち続けている。

《風の剣帝》と《夜叉姫》の衝突が免れることは出来ない─────

 

そう思った矢先、軽快な声が介入してきた。

 

「ストップストッーープ!待ってください!」

 

声の主は《道化師》平賀冷泉である。有栖院を《隻腕の剣聖》へ送り届けた後、伝令をするためにとんぼ返りで学園に戻ってきたのだ。

 

「みなさん、撤退してください」

「……なんだと?」

 

その言葉に王馬が怪訝な顔で反応する。サイタマとの闘いを邪魔する要因が次から次へと出てきたからだ。

だが、王馬がこの場に『暁』の一員として参加している以上、遵守しなければいけないものがある。

 

「この撤退はスポンサーの意向です」

「チッ……」

 

遵守すべきものとはスポンサーの考えであり、この撤退はスポンサーの意志。ならばそれに背く事は許されない。

王馬もそれは分かっている。そのため舌打を一つして、それ以上は何も言わずに《龍爪》を仕舞った。

 

「《夜叉姫》の方もそれで構いませんよね?」

 

平賀は寧々に一応確認を取る。

教師たる彼女が選んだ最適解は、もちろん彼らの撤退を認める事だった。

 

「……ウチが先生だったことに感謝しな、くそガキ共」

「ご理解感謝いたします。ではみなさん行きましょうか」

 

平賀は天音らを連れて門の方へ歩いていく。だが、王馬は1人その場から動かなかった。

 

「どうしました、王馬クン?」

「………『ヒーロー』」

「あ、なんだ?」

「貴様の名前を教えろ」

「サイタマだ」

「そうか。……サイタマ、か……。サイタマ」

「なんだよ、気持ち悪りぃな」

 

サイタマの名を噛みしめるように呼びかけた王馬は一度目を瞑り、彼に告げた。

 

「───いつか必ず、もう一度。本気で俺と戦え‼︎」

 

それはサイタマへの挑戦状。即ち止むを得ず中断した今日の続き。自分を超えるための試練。

だが未だ見たことの無い自らの本気が、どれほどのものかを分かっているサイタマは、それを誰彼かまわず出していいものではないと自覚している。

だから王馬との再戦にかなり厳しい条件をつけた。期待を込めて。

 

「おお。ただ、次戦う時まで、"一回も負けなかったら"いいぜ。そん時は本気で相手してやる」

「‼︎……フッ。分かった」

 

そして王馬は承諾する。

サイタマにとっても王馬との戦いは────少しの間だけだったが────かなり楽しかった。

 

「いいですか?王馬クン」

「ああ。(………俺の剣はあいつに届きすらしなかった。いつか必ず……貴様を超える)」

 

決意と共に待つ平賀達に追いつく王馬。

そして去っていく『暁学園』を見て、やっと過ぎ去る脅威に安堵から崩れ落ちる葉暮姉妹。

 

「あ、あああ……。やっと終わったのか?」

「そうさね。よく頑張ったよ」

「先生!……怖かったの……うわあああ」

 

泣きついてきた2人を抱きしめ、頭を撫でる寧々。いつ『暁』が追撃してくるかわからないまま逃げ続けた恐怖は想像を絶するものだったろう。寧々が彼女達を見つけ、声をかけた時に今と同じように泣き崩れた事は言うまでも無い。

 

(………俺はここにいていいのか?)

 

そんな生徒と教師のドラマが目の前で起きてるサイタマは場違い感を否めなかった。

 

 

 

 

 

 

─────余談ではあるがそう遠くない未来に起こる《風の剣帝》とサイタマの戦いにより、王馬は運命の最果てに至るのだが……それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

『暁学園』本校舎。

珠雫がヴァレンシュタインを撃破した頃、地上では銃を構えた《世界時計》と《比翼》が対峙していた。

 

「エーデルワイス……貴様ァァ─────!!」

 

《比翼》が放つプレッシャーを頼りに、最高速で『暁学園』本校舎に黒乃は辿り着いた。そして────既に黒鉄は全身から血を流し、彼女の近くに横たわっていた。それを見た黒乃が怒りのままに銃口をエーデルワイスに向けたところだった。

 

「────落ち着きなさい、《世界時計》」

「ッッ‼︎」

 

が、《比翼》の言葉と共に黒乃は心臓が握りつぶされたかのように身動きが取れなくなった。

エーデルワイスは《魔人》であり、黒乃は違う。故にエーデルワイスの剣気が現実のものとなり、黒乃は霊装を構えたまま動かさなかったのだ。黒乃もまたエーデルワイスには勝てないと、始まる前から理解しているから動けなかった。

 

「バケモノめ……」

「久しぶりにあったというのに大層なご挨拶ですね。安心しなさい。彼を殺してはいません」

「ほ、本当か⁉︎」

 

黒乃はその言葉を受けて黒鉄の元へ駆け寄り、しゃがみこんで息があることを確認する。確かに結果的に一輝は生きていたが、エーデルワイスはそのつもりは無かったようだ。

 

「生かすつもりは無かったんですけどね。彼には驚かされましたよ」

「どういう────ッ!!?」

 

真意を問おうとしゃがみながらエーデルワイスの顔を見ると、たった一筋の刀傷が薄くついていた。

 

「まさかそれはッ⁉︎」

「えぇ。これは彼に付けられたものですよ」

 

エーデルワイスは少し苦笑いを浮かべながら傷を指でなぞった。

 

「黒鉄がやったのか…………信じられん……」

 

たった一太刀。たった一つの傷だが、その価値は余りにもでかい。相手は有象無象とは訳が違う『世界最強』。そんな相手に元服してそこそこの少年の刃が届いたのだ。

 

もう一つ、エーデルワイスには気になったことがあった。

 

(それに……おそらく彼には私の剣が見えていた)

 

《比翼》の剣とは、即ち音の発生さえも置き去りにする神速の剣。それを対処しきるのは無理だったとしても、一輝は確かにその目で捉え、そして反応していた。

つまり彼女の剣と同等かそれ以上の速度の攻撃を以って、その動体視力を養っていたという事に他ならない。言いかえるのなら一輝を鍛えていたであろう彼の師匠の攻撃速度は、真実世界最速である《比翼》の領域に至っているという事。

 

(……一体どれほどの強さなのでしょうね)

 

そんな一輝の師匠へ興味を抱くエーデルワイス。一度手合わせしてみたいとも思いながら。───奇しくも彼らが巡り会うはわずか2週間程度後のことであるのだが。

 

「さて……」

 

エーデルワイスは音を立てずに校舎の屋上に飛び乗った。

 

「どこへ行く⁉︎」

「帰るのですよ。私は初めからこの一件の関係者ではありませんから。

─────ああ、それと。《世界時計》。クロガネが目を覚ましたら伝えて欲しいことがあります」

 

七星剣舞祭で待ち受けるであろう『天宮紫音』という試練を思って。

或いは黒鉄一輝という男の今後の成長を願って。

 

「『いつか好敵手として相見えることを望んでいます』と」

 

そう言って音も無く夕焼けの空に『世界最強の剣士』は消えていった。

 

 

 

 

こうして『破軍』襲撃事件は幕を下ろした。

 

 

だがこれは始まりに過ぎなかった─────

 

 

その日の夜には燃え上がる『破軍』の校舎の映像と共に、襲撃事件は大ニュースとして取り上げられた。この未曾有のテロ行為に、七星剣舞祭運営委員会は彼らの学生騎士資格剥奪も視野に入れた強力な追求を開始。誰もが、彼らは厳罰に処分されるものだと思っていた。

 

だが『暁学園』の理事長を名乗る男の登場により状況は一変する。

 

「素晴らしいだろう?驚いただろう?

これこそが連盟の犬である七星に変わって、日本の未来を担う新生『暁学園』‼︎」

 

その男の名前は───月影獏牙。日本国の最高責任者である現職の総理大臣。

 

「彼らは見事、『破軍学園』に対して強さを示してくれた」

 

そんな男は、日本国民が注目する責任追求の場で悪びれることもせずに言い放ったのだ。

『破軍学園』を襲撃した彼らは、実力を以って東堂刀華すら追い詰めた。代表生はもはや逃げ回ることしか選択肢が残っていなかった。サイタマという邪魔が入ったものの、当初の目的は八割方果たしたと言えるだろう。

だからこそ月影は彼らの強さを語った。

 

そして『暁学園』創設の目的を告げた。

まさに「暁」という名に相応しいその目的は。

 

「『暁学園』による七星剣舞祭制覇を以って、我々は国際魔導騎士連盟の支配から脱却し、────私は強き日本を取り戻す」

 


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