アグニカ・カイエル バエルゼロズ   作:ヨフカシACBZ

9 / 23
原作の10話、11話、12話を混ぜこんだものです。
長い。とにかく長い。
区切りがね……つけられなくてね

三日月とおやっさんの掛け合いってどこかで見た事あるなーって思ったら、アグニカとクランクだわこれ(笑)

アグニカが初めてマガジンマークを使う回です。


第二章 憎悪
7話 試練


『人類を救うって、どういう事なんだろうね』

 

『強大な共通の敵を作る事で、全世界の団結を促す?

死こそ救いであり、肉体からの解放こそ真の救い?

はたまた脳だけ生かして仮想空間で精神のみの存在になる事が救い?

思考と行動を統制して、たった一人の指導者に従う事こそ救い?

全ての人間を一つにまとめ、完全な存在になる事が救い?

充実した技術と資源で、誰もが裕福に過ごせる事が救い?

それとも人類は既に救われていて、今のこの世界を続ける事こそが救い?』

 

『神話に描かれるように、原罪を祓う事が救いかな?

知恵や大罪を捨て、人でなくなる事が、人類の救い?』

 

『そもそも、300年前のあの試練で、人類は救われたのかな?』

 

『アグニカ・カイエルは世界を救いはしたが、人類を救えたのかな?』

 

『人類を撲滅しようとした天使達は、何をもって、人類の救いになろうとしたのかな』

 

『天使達がした事は、ひたすらに殺戮と破壊だけだ。それ以外の行動は、その二つを遂行するための過程でしかない』

 

『じゃあやっぱり、死と退廃こそが人類の救い?死ぬ事こそが救済だったのかな?』

 

 

『ところで、君達は魂の持つエネルギーを知っているかな?』

 

『え?魂なんてある訳ない?あるならそれを証明してみせろ?ははは、馬鹿を言っちゃあいけないよ。

存在しないからこそ、この世界に影響を及ぼせる存在。

それが存在を得る時に、物質の塊に定着する必要がある。それが、主に人間というわけだ』

 

『魂は循環する、という話は聞いた事があるだろう?その通り、魂は常に動き続ける。ひとところに留まるのは稀だ』

 

『この移動エネルギーは莫大でね、ほぼ無限と言っていい。なんせ、この長い年月を、この広い宇宙を回り続けているんだから』

 

『生まれ変わりって言葉を知っているかい?死後の魂が、別人に乗り移って産まれるんだ。これも魂の循環能力の成せる業だね』

 

『こんな風に、存在したりしなかったりを繰り返して、世界を動かしてきた訳だ』

 

 

 

『魂を鉄の中に閉じ込めたのが、エイハブ・リアクター』

 

 

『その無限の運動エネルギーを、ひとところに閉じ込めちゃったんだよね、人類は』

 

『というか、エイハブ・バーラエナは』

 

『するとどうなったか。無限にエネルギーを産み出す、夢のエネルギー炉になった』

 

『これで人類のエネルギー問題は解決!やったね!』

 

『じゃあこれ凄く便利だから、いっぱい作っちゃおう!』

 

『なんか電波障害とか重力作り出したりするから、町の外で使おう!』

 

『ていうか、宇宙で使おう!』

 

『あとこれ、どんなに叩いても壊れないよ。傷一つつかないよ。なんでだろ?』

 

『まあ頑丈に越した事はないし、いいよね!』

 

『なんかもし破壊されたら宇宙が危ないとか言ってる学者もいるけど、ただちに影響が出る訳じゃないよ!大丈夫大丈夫!量産続けてね!』

 

『あ、カイエル家の人達が、これをエネルギー源にした兵器を発明したらしいよ!』

 

『エネルギー無限だし、骨組みの鉄は数百年はもつし、まさに理想の組み合わせだね!』

 

『出力も他の動力源とはケタ違い!サイズもそこそこ、環境汚染もないし、文句無しだね!』

 

『あ、このエネルギーをビーム変換器にも使えるんだ、すっごーい!』

 

 

 

 

 

『とまあ、大した抵抗も無く、人類に受け入れられたんだ。この魂循環固定機は』

 

『魂の循環は、それ自体で『世界』になる』

 

『切り取ってほんの一部になったとはいえ、魂の持つ影響力は、物理法則では測れない』

 

『ぶっ叩いて世界を壊すなんて不可能だよね?

エイハブ・リアクターも一緒。一つの世界である魂循環機を壊せるハズがない』

 

『もし中の魂が溢れでもしたら、宇宙の中に宇宙ができちゃう。いや、世界の中に別のルールの世界が混ざる、って言った方が分かりやすいかな』

 

『まあ、要は宇宙が大変な事になるぞって事』

 

『壊せない理由は、強力な内部重力が全ての衝撃を弾いてしまうからだーとか、適当な事をでっちあげてたね、人類は』

 

 

『魂を枯渇させる事で、人類を滅ぼそうとしたエイハブ。皮肉な事に彼の創造物は、人類に多大な利益をもたらした』

 

『しかしそれが原因で殺戮の天使は産まれ、人類は絶滅寸前まで追い込まれる』

 

『その寸での所で英雄が現れ、世界がほぼ一つになったり、破滅から救われたりする』

 

『んで結局、魂の枯渇のせいで世界が荒れたまま、300年も荒廃したままだったりもする』

 

『エイハブの報復心は、世界を右往左往させ、生かさず殺さず、息をさせては水につけるを繰り返させた訳だ。

ある意味、人類を苦しめているのだから、彼の報復も成功に近いと言えるんじゃないかな?』

 

 

『さて、最初の命題に戻ろう』

 

『何をもって人類の救済とするか?』

 

『それは勿論、魂の進化を促す事だ』

 

『知ってた?魂って進化するんだよ』

 

『まあ生半可な事では進化しない。越えなきゃいけない壁がたくさんある。人類の中でも、自然と進化できたのは一握りの内の一粒だけ』

 

 

『進化を促すための儀式、これを『試練』と言う』

 

 

『『厄祭戦』っていうネーミングセンス、僕たちは気に入ってるなぁ。『厄』と『祭』だよ?相反する二つの言葉と、『戦』』

 

『二面性こそが人間であり、戦争こそが人間性である』

 

『そして、矛盾こそが魂だ』

 

 

『魂ってのは二面性を持った精神の中で、戦いという肉体を使う行動によって進化する』

 

『つまり人々を両極端な正反対の性質をもつ二つの、どちらをも持った状態にさせて、尚且つ死にもの狂いの戦闘をさせるのが、試練という訳だ』

 

『矛盾とはつまり、はっきりしないもの、理解出来ないもの』

 

『『狂気』さ』

 

 

 

 

『天使の役割が分かったかな!!!!!!?』

 

『僕たちのやろうとしてる事を理解してくれたかな!??????』

 

 

『試練!試練だよ!試練!試練!試練!試練!試練!試練!試練!試練!試練!試練!しれん!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!シレン!ししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししししし死恋!試練!!!』

 

 

 

『アグニカ・カイエル!』

 

『彼こそ人類で最も魂を進化させた存在!!!』

 

『彼が僕たちの正しさを証明してくれた!!』

 

『彼のような人間を!全人類をその高みに連れていく事を!!』

 

『試練と呼ぶ!!愛と呼ぶ!!!』

 

『全人類をアグニカにする事が!天使達の願い!!!』

 

 

 

 

 

『長かった』

 

『彼がいなくなってしまってから、僕たちは掲げるべき象徴を失ってしまった』

 

『多くの同胞、力、知識を失い、残骸ばかりが残った』

 

『かく言う僕たちも、最早面影すらない亡霊、未練でこの世に留まる、浅ましき残りカス』

 

『それでも、彼はきっと帰ってくる』

 

『全人類を、アグニカの高みに導くため、僕たちも、生きる』

 

『これは試練だ』

 

『この退屈でままならない300年間は、試練だった』

 

『でも、それを僕たちは乗り越えた』

 

 

 

『さあ始めよう』

 

『今、アグニカに最も近い存在』

 

『最も近くにいる存在』

 

『最も共に戦う存在』

 

 

『三日月・オーガス』

 

 

『君の魂を進化させたい』

 

『先ずは』

 

 

 

 

 

『『鉄の試練』だ』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

『おっと、もうこんな時間か。そろそろ作戦開始時間だよね』

 

『ごめんね、遅くまで残っちゃって。喋り出すとついつい、長くなっちゃってさ』

 

『区切りがつけられないんだよね』

 

『じゃあ、僕たちはここを発つから』

 

『あとはよろしくね』

 

 

 

『おっと』

 

『ごめんよ、気がつかなかった。どうぞ通って』

 

『……ん?』

 

『君、僕たちが見えてるの?』

 

『……っていう訳でもなさそうだね』

 

『かといって、無視出来るほどでもない。何かがあるって事ぐらいは気付ける訳だ』

 

『んーーーー、これはーーーー……』

 

 

 

『ブブー!不合格でーす!』

 

『ダメダメ、全然ダメ』

 

『足りないかなあ、まだまだ』

 

 

 

『んんー、この感じは、相手は家族かな』

 

『肉親……上だけど、心の距離は近い。お兄さんかな?』

 

『可哀想な自分を助けに来てくれない、嘘つきの兄への憎悪、かあ』

 

『でも、変に大人ぶっちゃって。諦め?俺全然気にしてませんからー、みたいな』

 

『遠慮とか諦めが邪魔しちゃってるタイプだなあ、これは』

 

『それじゃーねー……僕が特別プレゼントをあげよう。素敵なアイテムだよ』

 

『ねえ!ちょっと手伝ってよ!』

 

 

 

『ふふ、使えるかどうかは分からないけど、使う機会がなくても問題無いよ』

 

『僕たちはただ与える者だから。お駄賃とかはいらないよ』

 

『んじゃあ、君がもっと、』

 

 

 

『憎悪』

 

 

『に歪む日を楽しみにしてるよ』

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ブルワーズの少年兵、昌弘・アルトランドは、現場からの報告書を、この組織の長であるブルック・カバヤンに届けに行く途中だった。

今ブルックはブリッジにいるらしい。

正直、気が重かった。

ヒューマンデブリである自分達は、常日頃からロクな扱いをされない。

人間とすら思われていないのだから当然ではあるが。

だからマトモに口をきいてくれないし、話しかければ殴られる。

かと言って報告しなければ殴られる。

どっちに転んでも痛めつけられるのだ。

ブルックに直接報告なんて仕事、ただ殴られるためだけの言い訳みたいなものだ。

ガス抜きくらいにしか思っちゃいない。

 

他の仲間にはなるべく回したくない。

殴られるのは、俺一人で充分だ。

 

試練だと思えばいい。

何の意味もない、糞みたいな世界の。

 

ブリッジの扉の前までくると、勝手に開いた。

人を感知して開くのはいつもの事だが、それは団員のパスコードを持っている者だけだ。

自分のようなヒューマンデブリに反応するはずはない。

つまり誰か出てくるのだ。

急いで廊下の端に寄る。

 

『   』

 

「……?」

 

『                    』

 

誰も出てこない。扉の前には誰もいないのに、扉は開いたまま。

おかしな事もあるものだ。故障だろうか?

 

『    』

 

『            』

 

どうしたものかと、その場で立ち尽くす昌弘。

 

 

『               』

 

『                                    』

 

このままひょっこり顔を出して、声をかけてみるか。怒鳴られて殴られるだろうが、ここでつっ立ってても時間の無駄だ……

 

『               』

 

ゾッ、と寒気が身体を襲った。

筋肉が酸化したかのように、ただ立っているだけで気持ち悪い。

おぞけがして、吐き気、眩暈、頭痛。ここに居る事自体が苦痛だ。

今すぐここから逃げ出したい衝動が、抑えられない。

なんだろう、何故、こんなに……

 

『           』

 

『         』

 

『            』

 

何かを感じるんだ!?

 

『                 』

 

『                        』

 

『                             』

 

目には見えない。何も視認出来ない。けど分かる。

匂わなくても、音がなくても、味がなくても、触れなくても、分かってしまうのだ。

 

『                                   』

 

『                         』

 

存在しないものが、この世に影響を及ぼす。

今この場に、この世ならざるものでもいるというのか。

昌弘は確信する。

 

『                                』

 

目の前に、何か居る!!

 

 

『             』

 

「はい」

 

ブルックがのっそりと姿を現した。

全身にまとわりついた贅肉をゆさゆさと揺らし、足は短足で二足歩行には向いていない。

普段は艦内を無重力にして、歩く労力を無くしている。

そんな巨体でのしかかられたら、細身の昌弘には抵抗の仕様がない。

ブルックに胸元を掴まれる。

 

『                                 』

 

『                         』

 

『           』

 

「……ひっ」

 

ひきつった声が喉からこぼれる。

そのまま引き摺られて、どこかへ連れていかれる。

昌弘はされるがままだ。

 

 

『憎悪』

 

 

『             』

 

 

恐怖と違和感に脳が満たされる中、憎悪という言葉だけ、どこか遠くで聞こえたような気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「いってて……」

 

ビトーは背中を擦ろうと、手を後ろに伸ばして身体を屈めていた。

 

「大丈夫か?ビトー」

 

「ああ、だいぶマシになってきた……」

 

宇宙海賊ブルワーズの船内、モビルスーツデッキにて、ヒューマンデブリの少年、ビトーとアストンが歩いていた。

顔に傷痕があるアストン、赤い前髪が特徴のビトーだ。

整備士達が忙しそうに飛び回り、あちこちで作業音が聞こえる。

その端っこに移動し、床の僅かな段差に腰掛ける二人。

 

「ハァ……また阿頼耶識手術をするって言われた時は、殺されるかと思ったけどな」

 

「ああ、生きた心地がしなかった」

 

彼らの背中には、阿頼耶識という有機デバイスシステムが取り付けられている。その接続機である、ピアスと呼ばれる突起物が埋め込まれており、彼らには三つ、その突起物が見られる。

一つ取り付けるのにもかなりの危険が伴い、成功率は三割という劣悪な手術方法だった。

元々一つ付いていた二人も、幾人もの失敗作の屍の上に立っているのだ。

そこに二つも追加すると言われた日には、自殺することすら考えていた。

 

だが、船内のヒューマンデブリは全員手術成功。

見た限りでは、手術道具もやり方も一新されたようだった。

 

ピアスが三つになった事により、モビルスーツとの共有率は格段に上がり、情報処理能力も増えた。

モビルスーツ乗りとしての実力は、ギャラルホルンの一般兵よりも格上となっただろう。

 

「しかし、最近の大人達はどうしたんだ?」

 

ビトーが怪訝な顔をする。

アストンもそれに頷く。

 

「モビルスーツの数が倍以上、機材、物資も次々運ばれてくる……戦力増強が早すぎる。どこか、デカいスポンサーがついたんじゃないか?」

 

アストンの言う通り、ブルワーズでは大幅な軍備増強が行われていた。

モビルスーツ『マン・ロディ』の総数は30体に増え、その武器、装甲、ガス、オイルなどのパーツ、原料もたんまり運ばれてきた。

正直、宇宙海賊が持っていていい戦力じゃない。

どこかから略奪してきたのとも違う。

中古品売買業者から格安で買ったセコハン兵器や、漂流していた過去の遺物を回収したのとも違う。

一から十まで整った、正規の企業なり軍隊から回されたものだ。

 

「これだけの戦力を持って、一体何をしようってんだ?」

 

「さあな……けど、マトモな仕事じゃないのは確かだろ。ここは宇宙海賊、俺らはヒューマンデブリだ」

 

ただ大人達に言われた事をしていればいい。

そんな諦めにも似た、感情の抜け落ちた表情を見て、ビトーは話題を変えた。

 

「そういえばさ!」

 

「……?」

 

アストンはビトーの顔を見る。

 

「デルマが言ってたんだ。人は死んだら生まれ変わるんだって」

 

「生まれ変わる?」

 

聞いた事も無い話に、アストンが食いつく。

 

「もう一度赤ちゃんに戻って、記憶も全部忘れて、母さんの腹から生まれてくるんだって」

 

「……赤ちゃんって言い方、なんか可愛いな」

 

「ハァッ!?そこ関係ねーだろ!バカ!」

 

ビトーが顔を真っ赤にする。

アストンは思わず笑ってしまう。

 

「ハハッ!わりい、でも……それ、いいな」

 

「だろ?デルマも信じてるっぽいぜ」

 

「生まれ変わったらさ、金持ちになって……お前らとも、普通に遊んで……働いて……」

 

「俺、生まれ変わるなら地球に住みたいな」

 

青くて綺麗な星。

灰色の鉄と埃っぽさしかない船内とは大違い。

そこに住んでいるだけで、幸せになれる気がする。

 

「地球か……いいな。緑がいっぱいあって、水も透明で、空気が綺麗で……」

 

「食べるもんが沢山ある!食いきれないほどあるらしいぜ!だから食べ残しが問題になってるんだってさ!」

 

ビトーは両手を広げて、夢を目一杯表現する。

 

「へえ……でもさ、生まれ変わりって、皆と一緒にできるのか?」

 

アストンの言葉に、ビトーは笑顔が止まる。

 

「えっと……どうだろ?どこに生まれ変わるかは、運じゃないか?」

 

「なら、また似たような所に生まれ変わるって事も」

 

「いやいや!そんな訳ねーって!生まれ変わるってのは……がはっ!?」

 

ビトーの身体がはね飛ばされる。

 

「ビトー!?ぐっは!!」

 

『生まれ変わったら何だってえ!?』

 

ブーツの硬い靴底が顎を蹴り抜き、溜まらず吹き飛ばされるアストン。

揺れる視界の先には、禍々しい見た目の大男がいた。

 

『なんならここで試してみるかぁ?あぁんっ!?』

 

長い舌が揺れる。

蛇の舌ように、先端が分かれたスプリット・タン。

緑色の毒々しい髪、目元に赤いメイク、耳には大量のピアス、首元にはブルドッグがつけるような首輪をつけた、 筋骨隆々の大男だ。

車椅子に座っている。

 

「いっ……た……」

 

「ぅぐ……」

 

『いつまでもクソ生意気に!くっだらねえ話してる暇があったら、さっさと働きな!』

 

生命維持装置、と誰かが言っていた。

クダルが座る車椅子の後ろには、タンクやらカタカタ音がする機械が取り付けられている。

彼の背中と首の後ろにも、自分達と同じ阿頼耶識が付けられていた。

 

いや、一緒ではない。

あれは自分達より格上のものだ。

本望的に、そう理解する。

 

体重が乗らなくなった分、威力は下がったものの、狙いが正確になってピンポイントで顎や急所を狙ってくるようになったので、余計に質が悪い。

 

よろよろと立ち上がり、その場を後にしようする二人。

その背中に絡み付くような声がかかった。

 

『おい』

 

絶対に振り向きたくない。立ち止まりたくない。

だが即座に振り抜かなくては、後々何をされるか分かったものではない。

 

「「……はい」」

 

『折角使えねえゴミから、使えそうなゴミにしてやったんだ。精々身を粉にして働けよ』

 

「「はい……」」

 

『それでも役に立たねえようなら、ヒゲひっこぬいた上で、モビルスーツの試し撃ちの的にしてやっからね!生身でなぁ!覚悟しとけよ!!』

 

「「…………」」

 

俯いて、ただただ過ぎ去るのを待つしかない。

そんな時、艦内で大きなブザーが鳴り響いた。

何事かと思う反面、この状況から解放される事が嬉しい。

 

クダルは車椅子をキコキコ言わせながら、モビルスーツデッキの真ん中に進んでいく。

ほどなくして、空中に大きな立体モニターが映し出される。

全員がそれを注視する。注視しなければ、撃たれて殺されるからだ。

 

そこには血肉がぶちまけられた、死体の山、臓物の川、血の海が広がっている。

可憐な少女の苦悶の表情、幼い子が解体される映像、腹から蛆が涌き出る映像、腐った男の顔面、巨大な鮫が迫ってくる映像、汚物の山。存在しない気持ちの悪い怪物が蠢く映像。

生理的に嫌悪感を及ぼす映像ばかりだ。

吐き気がする。

 

ブザーは鳴り止まない。

それどころか、どんどん音量が大きくなっている。

 

冒涜的で混沌とした映像を垂れ流した後、段々とそれが具体的になっていく。

人の顔になっていくのだ。

悪意ある映像はバックに流れているものの、ある特定の人物の顔がパチパチと映し出される。

金髪の女性の顔。歳は16かそこら。

整った顔立ちで、世間知らずのお嬢様といった風だ。

次に褐色肌で、銀髪で、太い前髪が特徴の男。

黒髪で青い瞳の男。筋骨隆々の男。短い髪でピアスをつけた男。軍人のような大男。

様々な人物の顔が映し出され、それと冒涜的な映像とが混ざり合う。

自然と、それらの人物への印象、感情も最悪のものとなる。

拒否感さえ飛び越え、殺意、憎悪すら覚えるほどに。

 

ブザーの音はデッキ全体に反響し、空気を揺らす。

空間そのものを揺らしているようで、視界が霞む。

 

しかし一転、その人物の顔を、思いきり殴り付けるものがいた。

ブルワーズのモビルスーツ、マン・ロディだ。

 

「うおっ!?」

 

アストンは思わず声を上げる。

高揚感、爽快感に全身が跳ね、心臓が脈打つ。握りこぶしを作る。

 

マン・ロディは金髪の女性に跨がり、その顔を殴りつける。

女性の顔面がへしゃげ、腫れ、血が出て、苦痛と恐怖に歪む度に、デッキ内では歓声が響く。

 

もっと!もっとだ!!

やれ!殺せ!!

殴れ!潰せ!壊せ!ぶっ潰せ!!

根こそぎ!容赦なく!滅茶苦茶に!!

 

『キャッッヒャハハハハハハーーーーーーッ!!!!いいわよおおおおおお!!!もっと!グッチャグチャにいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!グッチョングッチョンにしてええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!』

 

クダルなどは唾を飛ばして声援を送っていた。

 

映像の中では、金髪の女性が泣きながら何かを言っている。

その金切り声には脈絡がなく、まともな意味も込められていなければ、誰に言ったものでもない。人間としての言葉を紡いでいなかった。

ただただ助かりたいがため、苦痛から逃げたいがために、それっぽい音を発しているだけ。

こうすれば助かりやすいという事を知っている、卑しき獣の浅知恵だ。

 

いやいやをするように首を振る。

その女性の首を締め付ける。

女性の顔色が変わった。

頬をすぼめ、瞼は見開き、眼球はぐりんと上を向く。

女性の身体がエビのように反り、ビクンビクンと痙攣している。

 

耐え難い快感が少年達の脳で弾けた。

不快感の排除、一撃で敵を倒す爽快感、圧倒的な勝利という高揚感、自分は勝っているという優越感、悪を粉砕するという、正義がもたらす快感、絶頂感、理解できない相手を弾圧する安心感、共通の敵を一丸となって排除する連帯感、女にのし掛かる性的快感、綺麗なものを滅茶苦茶にする破壊願望、汚物を消し飛ばす清々した感覚、身の丈以上の暴力がもたらす全能感、出し尽くす快感!

血が熱い。胸が苦しい。頭がクラクラする。勃起した。足が震えた。汗が吹き出た。涙が出た。鳥肌が止まらない。背骨をゾロリと舐め上げるような快感、胸をせりあげる熱い想い。

 

窮屈で鬱屈とした環境に押し込められていたヒューマンデブリ、海賊達にとって、これほど旨い美酒はない。

勝利と栄光、高揚と快感。正義と暴力。

何もかもが手に入る。

この映像を自分に投影する事に、最早何の疑問も抱かなくなっていた。

今この瞬間は、あの映像だけが全てだ。

存在しないものが、世界を、人の心を動かす。

 

女性の整っていた顔の皮を剥いだ。

そこには醜い汚物の塊があった。自分はこれを知っている。

薄い生皮で覆って、着飾って、蓋をして。

汚物を隠すことで生きている。

瞼も千切れ、グリングリンと眼球が回る。

両手で押し返すように抵抗してきたので、ブチリと千切る。

何だこれは。脆すぎる。

ベロベロとツバを撒き散らす舌が汚ならしいので、掴んで、引っこ抜く。

ドス黒い血が油田のように溢れ出す。

 

「きっひ……きひッ!!」

 

「アヒャヒャヒャヒャ!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

アストンもビトーも、自分でも聞いた事がないような声で、笑う。

ナノマシンで脳内を操り、感情すら変えてしまうという話を、どこかで聞いた事がある気がした。

 

銃声が鳴り響き、皆が押し黙る。

二人も口をへの字に曲げて沈黙する。

銃声は、命の危機と敵の虐殺という、トラウマの音だからだ。

マン・ロディの頭に銃弾が当たった。

だが、その鉄の頭には傷一つ付いていない。

 

圧倒的な力。自分達にキズを付けるものなど、この世に存在しない。

脆い身体に縛られ、常に命の危機に瀕してきた彼らには、理想の存在として映る。

皆がにんまりと笑う。

 

黒髪の少年が、拳銃を構えて立っていた。

マン・ロディも銃を構え、撃つ。

少年の額に穴が開き、脳みそが飛び散る。

ゆっくりと後ろに倒れる。

 

だがそんな悠長に待ってやるつもりはない。

我らに慈悲は無いのだ。

 

拳銃の少年の頭を踏み潰す。

腕を、ブレスレットのついた腕を、胴体を、背中を、腹を、内臓を、男性器を、足を踏み潰す。踏んで、踏んで、踏みにじって、グッチャグチャにした。してやった。

 

「あぁああああぁぁぁぁぁあああぁあああぁあああーーーーー!!!ああああああーーーーあああーーーーーああー!!あーーーーーーーーーッ!!!」

 

「ぐぅぅぅうぅぅうぅぅぅぅぅぅーーーッ!!!ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーッ!!ううぅーーーーーッ!!」

 

気持ちいい!!

全身全霊を込めて、叫ぶ。

感情をフルスロットルにして、己の全てを吐き出す。

憎き敵をまた排除した。

攻撃性、暴力性、人のあらゆる憎悪と歪みを剥き出しにさせる。

心の奥底に溜まった、ドロリとした欲望、歪みをこし出すのは、最高に気持ちがいい。

 

両手両足を引き千切られた少年が、血溜まりの中で蠢いている。

褐色肌の少年は、芋虫のように、前へ、前へと進む。

いや、進もうとしているだけで、えっちらほっちら動くだけで、全く進んでいない。

無駄な努力だ。

 

「ひゃはははははははははははは!!!あっははははははは!!!きゃははははははははははははははははははは!!!!」

 

「あーーーーーーーっはっはっはっはっはっ!!!!あっはっはっはっは!!!!!」

 

ああ、愉快痛快。

無様で滑稽だね。

皆で笑い合う。

ブリッジは笑い声で満たされていた。

騒音すら塗り潰すほどの。

 

瞬間、映像が変わる。

皆の表情も変わる。心も変わる。

 

先程踏み潰した少年が、起き上がったのだ。

死体が動き出した!

 

血みどろのボロボロの身体を動かして、こっちに歩いてくる!

その目は、何を見ている?

その瞳にはどう映る?

 

「ひっ…………ひ!」

 

「ひぁ……きひぃ!!」

 

全身が萎むのを感じた。

内臓はキュッと絞まり、胸を嘔吐前のような不快感が満たす。

足は震え、身体の芯から力が抜ける。

瞬く間に自身を失い、信じていたものが霧散する。

 

怖い。ひたすらに、恐い!!

 

また映像が変わる。

赤い船が突っ込んできた。

大きな鯨のような船が。謎のマークを全面に突き出して。

 

それが迫りくる鮫のイメージと重なる。瞼を刺す針のイメージと重なる。冒涜的な怪物のイメージと重なる。

あの船は、恐怖と嫌悪と死の象徴。

それが今、こっちに近づいてくる!!

 

皆が尻餅をついた。

アストンは膝から崩れおち、ビトーは泣きながら失禁する。

 

恐い!恐い!恐い!死にたくない!!

 

「いやだぁ!!だれかあ!!だれかたすけてえ!!!」

 

「うわああああああ!!ひぃや!!ひやあああああああああああ!!!」

 

凄い早さで迫ってくる!押し寄せてくる!!

 

あれに捕まれば、自分達は死ぬ。

 

「まさひろぉ!ペドロ!!デルマァ!!たす、たすけてえ!!」

 

「ママァ!!ママああああああああああああああああ!!!!」

 

誰でもいい、助けて!!

 

映像はそこで途切れた。

世界がそこで終わったのだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「……へ?……はっ……はひっ……はっ」

 

身体の力が抜ける。

刺激的な映像は途切れ、砂嵐が見える。

ここから先は、自分達に染み込ませていく時間だ。

あの死の恐怖を。

 

ガチガチと歯が噛み合い、自分の身体を抱きしめる。

涙がポロポロと零れた。

 

怖かった。

もうあんな思いは絶対にしたくない。

心からそう思う。

 

だから、敵を排除する事は、楽しいからじゃなく、必要な事なんだと学んだ。

自分達の身を守るために、自分達に憎悪と死をぶつけてくる者達を打ち砕くために。

奴等と戦って、勝たなければ、死ぬのだ。

恐怖と苦痛と汚辱と無力感と絶望の中で、ゆっくりと嬲り殺されてしまう。

 

殺そう。敵を、殺そう。

殺さなきゃ駄目だ。奴等は絶対に、生きていてはいけない。

皆の目に炎が灯る。

全てを焼き尽くす、憎悪の炎だ。

 

モニターにまた映像が映し出される。

そこには、あの死のマークが描かれていた。

この世のものではない、決して枯れない鉄の華。

それは存在しないものの象徴、死の体現、汚物を啜って養分とする、冒涜的な化け物。

悪魔の集団だ。

 

奴等の名は、『鉄華団』

憎悪の対象。

奴等を殺しきらなければ、自分達に平穏はない。

 

アストンとビトーは、憎悪に顔を歪ませ、歯が欠けるほどギチリと噛んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

鉄華団のイサリビ、童子組の輸送船鬼武者、タービンズのハンマーヘッドが旅立つ。

それを歳星の大窓から見送る三日月とおやっさん。

船をじっと見つめる三日月、その小さな背中に、おやっさんが声をかける。

 

「行っちまったな」

 

「うん……」

 

返事には心なしか元気が無い。

 

「なんだ?仲間と離れちまって寂しいってか?」

 

「うん、寂しいよ」

 

茶化したつもりだったが、素直に寂しいと返され、言葉に詰まる。

他のメンバーなら強がるか誤魔化すのだが、三日月は感情を真っ直ぐ表に出すタイプだ。

 

「……バルバトスの整備が終わりゃあ、すぐに追っつけるじゃねぇか」

 

「まあね」

 

(バカ強ぇつってもまだまだガキんちょなんだよな)

 

皆が大人の仲間入りにしたつもりでいる鉄華団、彼らを見守る大人であるおやっさんだからこそ、こういった精神的な未熟さや浮き沈みに気付く。そして困ったように笑う。

 

「まあ私はアグニカと一緒だから寂しくないけどね!」

 

星熊が三日月の隣に並ぶ。

 

「あれ?アンタも残ったんだ」

 

「うん。私の機体も結構ボロボロでさ、この際だからリニューアルしようと思って!」

 

鉄華団のテイワズ入りに便乗して、童子組もテイワズとの関係を深めた。

その交流の第一歩として、テイワズの工房に星熊童子の整備と強化を依頼したのだ。

 

「んで、そのアグニカはどこいったんだ?」

 

おやっさんが周りを見渡すが、どこにもいない。

 

「ああ、アグニカなら掃除の続きとか言って今朝から出掛けちゃった」

 

「掃除?ふーん、あいつがなあ」

 

そこで整備長から声がかけられた。

 

「お~い三日月君!」

 

「ん?」

 

「阿頼耶識のシステムチェック始めるよ!」

 

「うーっす」

 

三日月はテクテクと歩いていく。

仕事をこなす方が、余計な事を考えなくてすむ。それに、早く終わらせてオルガ達に追い付きたいのだろう。

 

「ははっ」

 

そんな三日月を見て、おやっさんは笑いがこぼれる。

 

「おっさんさぁ」

 

「ん?」

 

「子供好きなの?」

 

星熊に聞かれて、改めて考え込む。

 

「んー、どうだろうなぁ。こんな年寄りにゃ、ガキの面倒見るくらいが丁度いいからよ」

 

「そっか。なら、うちで保育園の仕事でもする?」

 

「いや、今はあいつらの仕事を手伝ってやりてえんだ。俺がボルト閉めてやらなきゃ、あいつら空中分解しちまう」

 

ハハハ、と笑う。

 

「ホント、鉄華団って、皆で作ってるんだね」

 

星熊がしみじみと呟いた。

 

「鉄華団は、誰も欠けちゃいけないんだ」

 

じゃなきゃ、いつか壊れる。

誰を失っても、致命傷になり得る。

だから、離れられない。

 

「硬いけど、脆い……」

 

鉄華団という集団が持つ、強さと弱さ。

それがなんとなくだが、見えてきた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

イサリビの貨物ブロックにて、コンテナのクレーンでの積み立て作業が行われていた。

クレーンを操作しているのはライド、現場式はタカキだ。

ドシン、とコンテナが設置される。

 

「オーライオーライオーラ・・・こらライド!あんまり乱暴に扱うなよ。工業コロニーへの届け物なんだからさ」

 

「どうせ鉱物原料だろ?平気平気!」

 

「ダメだよ!テイワズから預かった貨物に何かあったら、鉄華団の信用問題になるだろ!」

 

「わかった、わかった」

 

ライドが面倒臭そうに返事をする。

 

「ったく……さっ、頑張って昼飯までに作業終わらしちゃおうぜ~!」

 

「う~っす!」

 

「おいそこ!クレーンに近づき過ぎだぞ~!」

 

タカキがきびきびと場を動かすのを見て、ライドが唇を尖らせる。

 

「なんだよあいつ、妙に張り切っちゃって」

 

コンテナ運搬作業など、ライドからすれば地味な仕事だ。そこに気合いを入れて挑むタカキの心情が分からない。

しかし、仕事を選ばず笑顔で受け入れ、手広く受け持つ姿には、少なからず影響を受けていた。

こうした相互干渉もまた、よりよい職場であると言える。

ライドは少し背を伸ばして、操縦パネルと向き合った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

アトラは廊下の窓から、すでに見えなくなった歳星の方角を見つめていた。

そして、式での三日月とクーデリアの姿を思い出していた。

どんどん前に進んでいく二人が、自分を置いてけぼりにして、遠くへ行ってしまったような気がする。酷く疎外感と孤独を感じていた。

 

「三日月とクーデリアさん……お似合いだったな」

 

そんな溜め息を掻き消すように、ドタバタと走ってくる人物がいた。

 

「はぁ、はぁ……アトラ?」

 

「あ……」

 

ビスケットだ。珍しく走っている。ダイエットだろうか?

 

「どうしたの?こんな所で」

 

ポツンと立っていたので声をかけたのだろう。言葉にするのは難しいので、質問を質問で返す。

 

「いえあの……そっちこそどうしたんです?」

 

「ああ、実は火星からメールが届いたんだ」

 

「へえ~!」

 

ビスケットがぱっと明るい表現になり、釣られて改めても笑う。

やはり、家族と連絡を取り合う事は嬉しいものだ。

特に、最近はゴタゴタも落ち着いて、希望に溢れた報告がたくさん出来る。

ビスケットが小走りになるのも頷ける話だった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

火星からのメールには、デクスターからの近況報告の音声メールが入っていた。

 

『こちらはおおむね順調ですね。テイワズからの支援は無事に届きました。これで当面の運営資金の目処も付きまし……あっ、ちょっと』

 

『団長にメールすっか?』

 

『ライド兄ちゃんもいる?』

 

『クランク先生ー!』

 

『いえ~い!団長いえ~い!!』

 

年少組の子供達がデクスターの周りに群がり、わいのわいのと騒いでいる。

デクスターは早口に要件だけ伝える。

 

『ギャラルホルンは今のところこちらには姿を見せていません。業務への干渉などもないようです。こら、いい加減に……』

 

デクスターが子供達をあやす所でメールは終わった。

 

「火星の連中うまくやってるみてぇじゃねぇか」

 

「ああ。テイワズがバックに付いたおかげで、ギャラルホルンも迂闊に手出しできねぇようだな」

 

シノとユージンが満足そうに言う。

火星に残してきたメンバーの安否は、実のところかなりのウィークポイントだったのだが、これで一安心と言えるだろう。

 

「ああほんと、テイワズ様様だな。なあビスケット!」

 

「えっ?あっ……うん、そうだね」

 

シノに話を振られるが、ビスケットは心ここにあらずといった風で、生返事をする。

 

「ここはいいから行ってこいよ。無理すんな」

 

「あっ……悪い。じゃあちょっと」

 

オルガに促され、足早にブリッジを後にするビスケット。

それを目をぱちくりして見つめるシノとユージン。

 

「なんだ?」

 

「あいつ妹たちからのメールが来てたんだ」

 

「はあ?ならここで見りゃあいいのに」

 

わざわざ場所を変える必要があるのか?と疑問符を浮かべる。

 

「俺たちに気を遣ったんだよ。鉄華団には身寄りのないヤツが多いから、家族からのメールは個別で渡そうって言いだしたのもあいつだしな」

 

「へえー、ビスケットらしいぜ」

 

そういう細かな気遣いは、鉄華団の面々が苦手とする事なので、ビスケットの思慮の深さにはいつもながら感心する。

 

「俺は家族からのメールより女からのメールが欲しいぜ。愛してるわユージン、

あんたに会いたいの、とかさ」

 

両手を合わせ、うっとりとした声で語るユージン。

 

「俺は遠くにいて会えない女よか、目の前のおっぱいの方がずっといいけどな!」

 

対して、欲望に忠実なシノはがさつな意見で、ユージンと衝突する。

 

「んなことねぇ!女はやっぱり優しいとか愛情とかがなきゃよ!」

 

「おお~おお~語るねぇ!最近女を知ったばかりのユージン君!」

 

「なっ、てめぇ!……オルガだってそう思うだろ!」

 

「えっ?いや俺は女なんて別に……」

 

急に話を振られ、戸惑うオルガ。

その珍しい反応に調子に乗ったユージンはにやりと笑う。

オルガより上に立てたという、またとない機会だ。存分におちょくりたいのだろう。

 

「はあ~ん……わかってねぇなぁオルガ。女の1人や2人知ってなきゃ、一人前の男とは言えねぇぜ」

 

「そうそう。最近女を知ったユージンの言うとーり!」

 

シノの横槍でぶち壊しになったが。

 

「なっ!殴るぞてめぇ!」

 

「ああ~ん、やめて、ユージンさ~ん!」

 

クネクネと身体を動かし、ユージンをかわすシノ。

 

「うるせぇな、いいんだよ!俺には鉄華団っていう家族があるんだから」

 

ふざけていた二人はぴたりと止まる。

ある意味オルガらしい言葉に、困ったような笑顔になり、お互いに目を見合わせた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ビスケットは食堂の机に座り、携帯端末でメールに添付された映像を見ている。

そこでは双子の妹達が、いつも通りきゃいきゃいと騒いでいた。

ビスケットの表情が緩む。

そこで、同じく食堂に入ってくる人影を見つけた。

 

「えへ……あっ、タカキどうしたの?」

 

「あっ、いやそのー、俺も……」

 

携帯端末を見せ、にへらっと笑う。

 

「ああー、タカキもメール来たんだ?」

 

「はい、妹から」

 

二人で並んで、タカキの妹からのメールを見る。

 

「しっかりしてるね。いくつなの?」

 

「俺の6個下だから7歳です」

 

「うちのチビたちと近いね」

 

歳の近い妹がいる。同じ境遇の人間がいるとは知らず、ビスケットは顔をほころばせる。

 

「施設にいるんだ?」

 

「はい。フウカは……妹はすっごく頭が良いんです。俺なんかよりずっと。俺鉄華団の給料をもらえるようになって、こいつを施設に入れてやれたけど、いつか学校にも入れてやりたいと思ってて、夢みたいな話ですけどね」

 

「夢じゃないよ」

 

確信を持って言える。

 

「えっ?」

 

「テイワズと提携できたことで、みんなの給料も上がると思うし、この仕事が成功すれば、鉄華団の名前ももっと大きくなる」

 

「ほ……ほんとに?」

 

「実は俺も一緒なんだ。双子のチビたちを学校へ入れてやるのが当面の目標」

 

「ビスケットさんも……そっか、じゃあ俺も、今以上にもっともっと頑張らないとですね!」

 

「うん、そうだね」

 

「よ~し、やるぞ~!」

 

タカキがガッツポーズをして、高らかに宣言した。

家族のために、夢のために。

淡々と生きるだけだったCGS時代とは違う。希望に溢れた、活力が溢れんばかりだ。

 

そんな二人の会話を、影から聞いている者がいた。

昭弘はゆっくりと身体の向きを変え、暗い廊下に戻って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

オルガとユージン、シノ、ビスケットは、ハンマーヘッドのブリッジにてミーティングをしていた。

そこにはエーコやポニーテールの女性もいた。

名瀬とアミダもいて、今後の進路を説明する。

 

「エイハブ・リアクターを動力に使用する以上、無線の類いは一切使えねぇ。唯一の目印はこのアリアドネだけだ」

 

床のパネルに表示された惑星間座標を足で操作する。

 

「とはいえこいつはギャラルホルンの管理下にある。道しるべとして利用しつつ、いかに監視の目をかいくぐって航路を組み立てるかが、腕の見せどころってわけだ。

まっ、こっちはそいつが本業だからな。お前らは俺が指示するとおりに舵を切ってりゃあそれでいい」

 

「ん……」

 

「よろしく頼んます」

 

ユージンもオルガも、そこは本職の人間に任せる。異論はない。

 

「むしろ問題は同業者の方だね」

 

「まあな……」

 

「同業者?」

 

ビスケットが小首を傾げる。

 

「アリアドネを回避する航路はギャラルホルンには有効だけど、そこを通る船を専門に狙う海賊まがいの連中がいるのさ」

 

「まっ、武闘派で名の通ったタービンズに、ケンカを仕掛けてくる命知らずがいるとも思えねぇがな」

 

名瀬が冗談ぶって言う。

 

「それに、アグニカの謎スキルのおかげで、近くにいる船とモビルスーツは把握出来てる。こいつを信じるなら、近くにいるのはブルワーズって組織だ」

 

「ブルワーズ?」

 

「地球と火星の間を縄張りにする海賊さ。目上の組織に喧嘩売るような奴らじゃない。そこまで大きな組織じゃないハズだが、アグニカによればモビルスーツの数が増えてる。強気になって襲ってくる可能性は……まあなきにしもあらずか」

 

弱いもの苛めが専門の組織だ。モビルスーツは30機ほど持っているようでかなり戦力強化されているようだが、距離はやや遠い。

捕捉されずにやり過ごせれば、カチ合う事はないだろう、というのが名瀬の見通しだった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「よし完了っと」

 

タカキはコンテナを作業を終え、すぐに部屋を飛び出す。

 

「おいどこ行くんだ?」

 

「シミュレーターで訓練しとこうと思ってさ!そのうち外回りの仕事が来るかもしれないし!」

 

「はぁ……元気だなぁ」

 

みなぎる労働意欲に気圧されながら、ライドはその後ろ姿を見送った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「ああそうだ。出航がバタバタして挨拶が遅くなったが、今後イサリビに1人、テイワズの人間を乗せてもらうことになった」

 

「イサリビに?」

 

名瀬の言葉をオルガは反復する。

 

「ああ。おやじからのお目付け役ってことでな」

 

「お目付け役?……それは俺たちをまだ信用できないってことですか?」

 

オルガの表情が硬くなる。

見張られるというのは、やはり精神衛生上よろしくない。

それに、テイワズが鉄華団に対して手を打ったという事に、危機感を覚える。覚えなきゃいけない。

こちらの知らぬ間に、状況が変わっていくのなら、それに対応しなければならないからだ。

皆を守るために。

 

「そう構えるなよ。お互いうまくやるためにも窓口は必要だ。それにいろいろと役に立つ女だぜ」

 

「女?」

 

名瀬は力を抜けと言わんばかりに肩を叩く。

対してオルガは、女という、思ってもいなかった条件に驚いていた。

 

「入っといで」

 

アミダが合図し、自動ドアが開く。

淡い金髪の、藍色のスーツを着た女性が入ってきた。

 

「はじめまして。メリビット・ステープルトンです」

 

張りのある声が通る。

 

「テイワズの銀行部門で働いていた女でな。商売のことは一通りわかっている。

 

「あんたたち商売に関しちゃまだまだ素人だろ?色々教えてもらうといいよ」

 

「い……いろいろ……?」

 

「……?」

 

ユージンが思春期全快にして妄想を膨らませているのを、ビスケットがよく分からない顔で見ていた。

オルガは困惑している。

 

「うちは男所帯だし、いきなり言われても……」

 

「この間はどうも」

 

「えっ?」

 

メリビットに微笑みかけられ、目をパチクリとしばたたかせる。

 

「あ?こいつを知ってるのか?」

 

「ええ、何日か前に歳星で」

 

「なんだ知り合いなのか」

 

名瀬がオルガを見るが、当の本人は困った顔をしている。

 

「いや俺は……」

 

「ふふっ」

 

「ん?…………あっ!」

 

ふわりと漂ってきた香水の匂いに、瞬時に記憶が甦る。

が、同時に目を逸らす。

 

「よく覚えてません……」

 

酔いが回って項垂れていた所に、ハンカチを貸してくれた人だ。

だが出来れば忘れたい過去だ。

そんな過去の人物が、対等な関係でいたいと思っていたテイワズからの使者として現れる。運命のいたずらというやつだ。

 

「まあなんでもいいや。とにかくこいつはおやじの命令だ。わかったな?」

 

「そりゃあ……」

 

「よろしくお願いしますね」

 

笑顔で踏み込んできたメリビットに、オルガは後退りする。

 

「なっ!……よ、よろしく……」

 

なんとか挨拶を返すのが精一杯だった。

血液が思うように流れないような、もどかしい感覚が全身に広がる。

こんなことは初めてだった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

食堂では、昼御飯を終えた子供達が、他愛のない会話をしながらぞろぞろと去っていった。

 

「やっぱさぁフミタンも良いけど、メリビットさんの方が色っぽいよな」

 

「やっぱ大人は違うぜ!」

 

子供というのは遠慮がないので、とにかく声が大きいし、当て付けのような言い方をする。

アトラはべーっと舌を出す。

 

「どうせ子供ですよー」

 

そこに入れ違いでクーデリアが入ってきた。

 

「あのー……」

 

「あれ、クーデリアさん?」

 

「アトラさん」

 

「あっ、はい」

 

「私もお仕事お手伝いしてもいいかしら?」

 

「えっ?あっ……はい」

 

急な申し出だが、クーデリアが雑務の手伝いに積極的なのはいつもの事だ。

しばらく二人で片付けをした。

 

「体を動かすっていいですね。嫌なことも忘れられる気がして」

 

「嫌なこと?」

 

「あっ……」

 

クーデリアは口を押さえる。

 

(う、うわー……私ったら、自分から話を振ったみたいじゃない……これじゃただの構ってちゃんだわ……)

 

顔を赤くして、自分を自分でひっぱたく妄想をしている。

 

「あの!よかったら私、相談に乗りますよ!話をするだけでも、楽になることってありますし!」

 

ふんす、と息を巻くアトラに、クーデリアは全身の力が抜け、クスリと笑う。

 

「……大したことじゃないんだけど……」

 

一旦間を置き、アトラが入れたコーヒーを飲む。

アトラはフーフーと息を吹き掛けて冷ましている。

 

「アトラさんご両親は?」

 

「いません」

 

さらりと答えられ、クーデリアは手を引っ込めるように沈黙する。

 

「あっ……ごめんなさい」

 

「いえ。三日月とかみんながいてくれたし」

 

そのけろりとした笑顔は、虚勢などではなく、本物の信頼と安心からくる笑顔だった。

そんな彼女を羨ましく思う。

 

「鉄華団の人たちとはずっと前から?」

 

「んん~、初めて会ったのは10歳の時です。私が最初にいたのは女の子ばっかりの

お店だったんですけど、稼ぎのあるお姉さんたちと違って、小さかった私は雑用ばっかりで。それもあんまりうまくできなくって……」

 

今はくるくると良く働くアトラだが、幼少期はそうもいかなかったようだ。

あるいは、それほど周りの人間や環境が悪かったのかもしれない。

 

「毎日毎日失敗して、その度に怒られて、いじめられたり殴られたり。何か失敗すると何日も食事を抜かれて……どうしてもお腹が空いて眠れなくて、私はお店を抜け出したんだけど……」

 

夜の町は全くの未知の世界で、逃げまとうばかりだった。

ここがどこかも分からなくなって、空が白み初めて、足に力が入らなくなって、石の階段に腰を下ろした。

次に動く気なんて起きなかった。

なんと言うか、動こうという気力が湧いてこないのだ。

そんな時、目の前でパンを頬張る少年を見つけた。

シャキシャキと歯ごたえのありそうな野菜と、薄いチーズを挟み、香辛料のいい匂いがするトマトケチャップをかけたサンドイッチ。

ただそれだけなのに、それが手元にあるかないかで、天と地ほどの差があるように思えた。

 

その少年は、アトラの視線に気がつくと、小さく、しかしはっきりと言った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「見ててもやらないよ」

 

大人から駄賃を貰い、それをポケットにねじりこんだ所で、数人のみずぼらしい少年の視線に気付いた。

ここはクズ鉄や廃材がうず高く積まれ、放棄されたスクラップ場。

ここから少しでも使えそうな物を発掘し、回収するのが今日の仕事だった。

ただ、この場所を管理するのはCGSではない。

また、この場所にあるものを持っていく権利も、CGSにはない。

ならば、ここから廃材を持って帰るのは、元の管理者との軋轢を産む。

そのため、別の回収業者の護衛として、CGSはここに同行した。

違法行為をしているのは回収業者であり、自分達は護衛の仕事をしているだけ。この件とは関わりない。

違法組織の肩を持つ事で、甘い蜜を吸おうというのだ。たとえそれが、どれだけ薄まった蜜だとしても。

 

作業は深夜、闇夜に紛れて行う。

三日月は孤児の役に徹して、管理者が来ないかを見張る。

必要なら射殺も許可されている(というか、三日月も自衛のために射殺せざるをえない)。

 

そんなギリギリの夜を越えて、ようやく任務完了。駄賃は翌朝の朝食が買える程度の額だった。

 

妬むような、薄暗いじめじめした視線を浴びながら、三日月はスクラップ場を後にする。

その途中でスラム街のはずれを通るのだが、そこでスコップで穴を掘る少年を見かけた。

そして、その傍に横たわる人物の顔を見て、三日月の動きが止まる。

 

ビルスだ。

 

CGSに入った同期。同じ日に阿頼耶識の手術を受け、失敗し、下半身不随となったビルス。

快活な性格で、リーダー気質で、他の手術を受けるメンバーを励ましていた。

自分だって不安で一杯だろうに、他人を気遣う度量と優しさがあった。

 

だが、駄目だった。

それだけで、彼は廃材となったのだ。

 

舌をデロリと出し、半開きの瞼からは渇いた眼球が見える。その瞳には何の像も映っていない。無造作に投げ出された四肢は軟体動物のようで、生理的嫌悪感を与える。

腸の筋肉の力が抜け、大も小も垂れ流しだ。風に乗ってここまで匂う。

 

白い髪の少年は、すすり泣きながら穴を掘っている。墓、だろう。

彼を死を悼む人間はいない。スラム街の住人は皆、迷惑そうに顔を歪め、家の窓を閉める。

怒鳴り付ける者すら居た。

こんな町外れに土葬しても、やはり死臭は流れてくる。

もう皆うんざりなのだ。

 

三日月はそっと視線を外し、その場を離れる。

 

 

行きつけの雑貨店に着いたのは、朝日が射し込む時間になってからだ。

どんなに疲れても、どんなに嫌なものを見ても、腹が減るのは変わらない。

サンドイッチを買い、外に座って食べる。

これを食べたらまた昼から仕事だ。

淡々と日々を消化するしかない。

 

そこで、自分を見ている存在に気がついた。

クリーム色の、くせっけのある髪。リュックを背負っている。

階段の段差に力無く座り込み、こちらをじっと凝視している。

そこにはスラム街の少年達のような、妬みや憎悪はない。

ただ、純粋に羨ましいという気持ちと、食欲だ。

 

「見ててもやらないよ」

 

声は幾分か柔らかくなっていた。自分ではその変化にも気付かないが、こんな声を出したのは久しぶりだ。オルガ以外には。

 

「いらないもん」

 

そう言いながら、目線はサンドイッチに釘付けだ。

 

「これ俺が働いて買ったんだ」

 

死ぬような思いをして、何の感慨も湧かない、虚しい仕事をして。

 

「私だって働くから」

 

意地なのか、きっぱりと返す少女。

しかし現実を多く見てきた三日月には、それが難しい事を知っている。

 

「子供はどこも雇ってくれないよ。CGSも女はダメだし」

 

「働けるもん。年だって同じくらいじゃない」

 

そこで初めて三日月の方を見た。

だがその瞬間、腹の虫が鳴り、少女は泣きそうな顔になる。

 

「うぅ……」

 

三日月は溜め息を吐いて、全然旨くなくなったサンドイッチを頬張り、立ち上がった。

それを見た少女は、糸が切れたように意識を失った。ぐったりと壁にもたれかかる。

 

ハバの雑貨店に入り、ポケットの中を探る。

また入ってきた三日月に、ハバは不思議そうな顔をする。

 

「ん?どしたチビすけ、おかわり?」

 

「これしかないや」

 

「うん?」

 

三日月はクシャクシャの紙幣を棚に置く。背が足りないのでやや手を上げて。

 

「なんでもいいからこれで食い物売って」

 

「……どうしたの?」

 

「あいつ、腹減り過ぎて立てないみたいなんだ」

 

見れば、店の外で気絶している少女がいた。

ハバは急いで駆けつける。

三日月は自分に出来る事はやった。ポケットの中身だけで、少女を助けるなど自分には無理だ。だから信用できる大人に助力を頼んだ。あとは少女の運次第、やり方次第だ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「それで事情を聞いた女将さんが、私を雇ってくれることになって。それから手伝いでCGSにも配達に行くようになって。だから三日月のおかげなんです。私がこうしていられるの」

 

しみじみと語るアトラ。

三日月は三日月として、彼女を救った。その時から、三日月は特別で、大切な存在なのだ。

 

「そう……。大変な思いをなさったのね」

 

「いえそんなこと!三日月たちと会ってからはみんな優しくしてくれるし」

 

「少し羨ましいわ。アトラさんが……」

 

「えっ?」

 

影のあるクーデリアの表情に、意表をつかれる。

 

「親や兄弟はいなくても、本当に心から信頼できる、仲間という家族が、いつもそばにいるんですもの。私には両親がいるけど信頼どころか……父は私の存在を疎んじて命まで奪おうと……私は……」

 

ギャラルホルンの襲撃は、父親の手引きによるものだと思っているため、実の父親に命を狙われたと思っている。そしてそれはほぼ正しい。

今も彼女の父親は、彼女の死を願っている。

 

「あっ、あの!」

 

「えっ?」

 

アトラが必死に食いつく。

 

「ご、誤解とかじゃないんですか!?うん、きっとそうですよ!」

 

「あの……」

 

家族という絆の強さを信じるアトラにとって、父親が娘を殺すなど信じられない。

それに、娘が父親を恐れて暗い気持ちになるなど、あってはならない事だ。

アトラはまだ気付いていないが、お互いの存在しない家族を語り合う事で、クーデリアを一人の人間として見れるようになった。

アグニカのような力の塊、漠然と凄いとしか思えなかった存在が、感情も葛藤もある、過去も未来も平等にある、普通の人間として見えた。

 

「だってお父さんって普通、娘のことってすっごくかわいいって思ってるはずで!あっ、うちの店の隣に住んでたイワンさんもですね、生まれたばかりの娘さんに……」

 

「……」

 

クーデリアは胸を押さえ、俯いてしまう。

それを見たアトラは、踏み込み過ぎたのだと瞬時に思った。慌てて謝る。

 

「あっ、あの……ごめんなさい、私何も分かってないのに……」

 

「……いいえ……いいえ……」

 

クーデリアが思うのはそうではない。

最近の自分は、戦争や経済という、大きな物を見すぎた。だから、一人一人の感情を見つめる事を忘れていた。

自分の感情ですらも。

父親の憎悪にしたって、世界全体の悪意と捉え、その重みに押し潰されそうになっていたのだ。

存在しないものに、殺されかけていた。

 

「でもクーデリアさんは私たちの仲間の……家族の1人ですから!」

 

家族という言葉が、すんなりと出てきた。

 

「私が……家族?」

 

クーデリアはぽかんとした顔をしている。

自分を無条件に受け入れてくれる存在など、もはやありはしないと思っていたから。

 

「うん!……あっ」

 

クーデリアの表情が、花弁が開く瞬間のように、ぱっと明るくなる。

目に残った涙も、朝露のように美しい。

 

「ありがとう。うれしいわ、とっても」

 

「えへへへっ」

 

アトラは嬉しさと照れ臭さに身をよじる。

 

「……ん?」

 

そこで、単純な計算式が成立する。

 

(あれ?私とクーデリアさんが同じ家族ってことは……)

 

三日月とアトラは家族。

 

(ことは……)

 

アトラとクーデリアも家族。

 

(ことは……)

 

つまり、三日月とクーデリアも家族だ。

 

(ことは!そうだよ、タービンズさんとこみたいに……うん……うんそう!そしたらみんな幸せだし!)

 

一人でグルグルと考え出し、がんばるぞいと言わんばかりのアトラに、戸惑いながら声をかける。

 

「えっと……あの、アトラさん?」

 

「頑張りましょうね!クーデリアさん!」

 

三日月とアトラとクーデリア。いずれは大家族になる。その時は、三人で協力して、幸せな家庭を築くのだ。

 

「は……はい……」

 

クーデリアは苦笑しながら頷く。

その幸せな未来に辿り着くのは、あとどれくらい先なのだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ、んんっ!ぐっ!はぁー……」

 

今日も激しいシミュレーション訓練を終え、百連から出てくる昭弘。

 

「あれ?昭弘もう終わり?もう一戦しようよ~」

 

対戦相手のラフタが引き留めるが、昭弘は汗を拭きながら答える。

 

「そろそろ哨戒任務の時間なんで」

 

「ちぇ~!あっ、ねえそういえばなんかあった?」

 

「……?」

 

小首を傾げる昭弘。特に変わった事はない。

 

「今日のあんた、いつもとちょっと違ってたよ。自分から命投げ出すみたいな無茶な戦い方しなくなった。しつこいのは相変わらずだけどさっ!」

 

「はあ……」

 

生返事をする。

ラフタの言葉は昭弘に深く印象に残った。

イサリビに帰る途中も、その事ばかり考える。

 

(俺が変わった?)

 

自分では、必要な事をその都度ごとにこなしてきた。ただそれだけのはずだ。

変わったとすれば、やはり鉄華団として活動している事にヒントがありそうだ。

 

『カーゴハッチから進入お願いします。哨戒任務は15分後からの予定です』

 

「了解」

 

フミタンからの通信が入り、ノーマルスーツに着替える。

すると、通路を飛んできたタカキが、慌ただしく声をかけてきた。

 

「昭弘さん!今から哨戒ですか?」

 

「ああっ?」

 

「あの、俺も一緒に行っていいですか?シミュレーションは十分やったし、絶対迷惑かけませんから!団長から許可は貰ってます!」

 

「まあ、見張りの目は多い方がいいだろうが……」

 

「よろしくお願いします!」

 

タカキの張り切りっぷりは謎だが、人数が多いなら効率的だ。

タカキはモビルワーカーに乗り、それをグレイズ改の肩に固定して出発する事となった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

哨戒は昭弘とタカキ、クランクで行う。

グレイズ二機が暗い宇宙を進んでいた。

アグニカのエイハブウェーブ感知能力により、時間ごとに近くの船やモビルスーツの居場所は索敵できている。

なので、この哨戒はレーダーに反応しない設置トラップなどを見つける事が目的だ。

アグニカがイサリビにいないので、一時間前の情報になるが、ブルワーズという海賊の船はここから遠い場所にある。

彼らを迂回して、気付かれないように進んでいるため、襲撃される事もないだろう。

 

「すみません。無理言ってついてきちゃって」

 

「どうしたんだ?急に」

 

タカキの同行にクランクも驚いていたが、すぐに許可は下りた。

 

「妹からメールが来たんです。俺、妹を絶対学校に入れてやるって目標が出来て……。だからもっといろんな仕事覚えたいんです!いっぱい仕事覚えていっぱい稼いで、妹のために頑張ろうって!」

 

その表情が希望に溢れていたからだ。

仕事を覚え、家族を養う。やりがいと誇りを感じている、健康的な労働意欲。

通信を聞いていたクランクも、静かに笑う。

 

「あっ、す……すいません」

 

長く語っていた事に気づき、萎縮するタカキ。昭弘や身寄りのないメンバーには、出来るだけ家族の話はしないというのが、ビスケットの配慮だったからだ。

 

「ふっ、ヒューマン・デブリに家族の話は禁物か?」

 

「あっ、いや……」

 

食堂で立ち聞きした会話を思い出す。

ビスケットの助言で、鉄華団が希望に向かって進んでいる事を嬉しく思った。

 

「気にすんな。お前が妹のために頑張ってんのは見ててわかったよ。それに……誰にも話したことねぇんだけどな。俺にも弟がいたんだ」

 

「弟?」

 

「名前は昌弘。俺たちは商船団を経営する家族と一緒にあちこちを渡り歩いてた」

 

タカキの、家族を思う姿に感化されてか、弟の事を語り出す昭弘。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

農業用肥料が入った袋を、まだ子供だった昭弘も手伝って運んでいた。

大人から一袋手渡される。

 

「ほらよっ」

 

「ういっす。んっしょっと」

 

恵まれた体格と根性で、こつこつと働く姿は、周りの大人達も評価していた。

そんな昭弘の後ろから、小さな影が出てきた。

 

「お前もか?」

 

「うん!」

 

昭弘の弟、昌弘だ。

良く出来た兄に憧れ、後ろをついて回っている。

兄が大人に誉められるのは嬉しいが、やはり自分も誉められたい。

兄と同じ場所に並びたい。

 

「じゃあこれならいけるかな」

 

小さめの袋を渡され、それを一生懸命運ぶ昌弘。しかし重心がうまく制御できておらず、ふらふらと迷進した後、ぐらついて転んでしまった。

 

「ぐわっ!うぅぅ……」

 

「昌弘?ぷっ……ぶはははっ!」

 

「ううー……」

 

転んだ挙げ句、荷物が頭の上に乗っかって、立ち上がれないようだ。

動けないので呻き声しか出ない。

そんな弟を、昭弘は腹を抱えて笑った。

 

「む、無理すんなよ昌弘、はっはっは!!」

 

「くそっ!笑うな兄貴!」

 

「ははははっ!ははははっ!」

 

「負けねぇからなー!」

 

微笑ましい光景、懐かしい思い出だ。

本来なら、他愛もない記憶だったはずだ。

しかし、それが一番の思い出になるほど、幸せは長続きしなかった。

 

「けどある時……海賊だった。大人たちは皆殺し。俺たちの親もそのときに」

 

黒い血が浮遊し、遺体が邪魔そうに蹴飛ばされるのを見ながら、二人は抱き合って震える事しか出来なかった。

 

「それから俺たちはヒューマン・デブリとして、各地の人買い業者にゴミみてぇな値段でバラ売りされた」

 

さらわれた子供達は拘束用の袋に入れられ、一列に並ばされた。海賊が人数を数えて、都合のいいところで列を分けた。

ちょうど、昭弘と昌弘の間でだ。

弟と離ればなれにされる、そう確信した昭弘は暴れ、喚き散らした。

 

「返せ!昌弘を返せ~!!」

 

「兄ちゃん!兄ちゃん!」

 

どちらも顔をお互いに向け、必死に名を叫ぶ。

 

「絶対迎えに行くからな!待ってろよおおおおおお!!!」

 

「うるせぇ!」

 

「ぐはっ!」

 

「兄ちゃああああああん!!」

 

「くっ!うぅっ……」

 

踏みつけられ、涙が滲む視界に、昌弘が連れ去られていくのが見えた。

あの時の悔しさと無力感は、いまでも忘れる事は出来ない。

 

「それっきり昌弘とは会ってねぇ。正直、ちょっと前までは自分のことで精いっぱいで、昌弘のことを思い出すこともなかった。鉄華団に入れてもらって、家族みてぇな仲間ができて考えるんだ……俺にも本当の家族がいたんだってな」

 

オルガが呟いた『家族』という言葉がきっかけだ。

 

「もし生きてりゃタカキと同じくらいだな」

 

「俺と……」

 

「まっ、もう生きちゃいないだろうがな」

 

「そ……そんなことないですよ!こうやって仕事していれば、いつかきっと会えますって!」

 

「だといいんだが……」

 

昭弘が目を伏せる。昌弘に関しては、何一つ確かな事はない。CGSの束縛から解放された今、調べる事も可能だろうが、自分には鉄華団としての仕事と責務がある。

オルガ達への恩義があるのだ。

 

「少々船から離れすぎた」

 

クランクから通信が入る。空気を読んで黙っていたが、話が一区切り着いたので帰艦するよう提案。

 

「だな。そろそろ戻るか」

 

「ですね。あっ、あれ……?」

 

「む?」

 

「どうした?」

 

タカキの声に二人が反応する。

 

「あの星動いてる。2時の方向」

 

バッとそちらを見ると、確かに煌めく光点がいくつもある。

次いで、警戒音が鳴り響いた。

 

「なんだと!?エイハブリアクターの反応?敵か!?……一旦戻るぞ!!」

 

「はい!」

 

「うむ!」

 

グレイズ二機は全速力で母艦へと戻る。

 

「タカキ!しっかりつかまってろよ!」

 

「はい!」

 

こんな所で、また家族を失ってたまるか。

昔とは違う。今は、守る力があるんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

イサリビのブリッジには緊張が走っていた。

 

「グレイズより緊急通信。ブルワーズのモビルスーツと交戦中。数は8です」

 

「ブルワーズだと!?距離は?」

 

「約1600!ユージン、援護を!」

 

「むちゃ言うなって!昭弘達に当たっちまう!」

 

アグニカの定期連絡では遠くにいたはずだ。一気に近づいてきたというのか。一体どこで気付かれた?

 

「ハンマーヘッドに応援頼め!」

 

「了解」

 

「……!新たなエイハブ・ウェーブの反応!」

 

高速で近付いてくる機体が、三機もある。

しかもイサリビの後方からだ。

 

「後ろから!?」

 

「なにっ!?」

 

「また敵!?」

 

アグニカ達がいない今、鉄華団の主力は昭弘とクランク。ダンジもシュヴァルベ・グレイズに乗って準備させる。童子組からは虎熊。タービンズはラフタとアジーが出るだろう。

それでなんとか撃退できるはずだ。

 

「いえこれは……」

 

「なんだ?」

 

フミタンが戸惑う。イサリビのデータベースにある周波数で、マッチングを開始。すぐに個体名が出る。

 

「固有周波数を特定、あっ、バルバトス!?」

 

「……ミカか!」

 

最強の援軍の登場だ。

バルバトスが猛スピードでイサリビを追い抜き、昭弘達の援護に向かった。

 

「あ、アグニッ……アグニカから通信、正面に出します」

 

驚いて声が高くなったが、すぐに平静を保つフミタン。

メインモニターにアグニカが映る。

 

『すまんオルガ、敵が急に動きを変えた』

 

「アグニカ!お前もこっちに来てるのか!?」

 

『ああ、整備も終わった。星熊も一緒に来てる。あと70秒で現場につく』

 

「頼むぜアグニカ!」

 

三日月に続き、アグニカも来る。

ぞくぞくと集まる戦力に、オルガは歯を見せて笑った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

昭弘とクランクは苦戦を強いられていた。

敵は暗い緑色のぶ厚い装甲の機体。そのずんぐりとしたボディからは想像も出来ないほど俊敏な挙動で、ライフルによる射撃は回避されていた。

対して、あちらの射撃はほぼ百発百中で当たる。

ライフルを早々に破壊され、次はスラスターを狙い射ちされている。

クランクは身を呈して昭弘機をかばい、昭弘もモビルワーカーを抱き抱えるようにしている。

 

「昭弘さん!クランク先生!俺の事はいいんで!」

 

「いい訳あるか!!」

 

「死なせん!俺の前で、子供達を……!」

 

接近してきた二機の巨漢のモビルスーツ。クランクはバトルアックスを抜いて応戦する。

しかしその軌道をするりと抜け、クランクの横を通りすぎていく。

 

「むっ!?この動き……阿頼耶識か!!」

 

背後からさらに斬りかかるが、まるで背中に目でもついているかのように回避される。

昭弘もバトルアックスを抜くが、あくまで防御用だ。盾として使う。

フェイントをおり混ぜながら、一気に振り切ろうとするも、こちらの動きに即座に対応される。

 

「この反応速度……ピアスが一本じゃねえ!まさか、三本か!?」

 

昭弘にも阿頼耶識のピアスは2本ついている。しかし三本ついた三日月には、反応速度で敵わない。

敵の動きと反応速度は、まさに機械と融合したかのようだ。

 

徐々に劣勢になる二人。タカキも強烈な重力に揉まれるが、声を出さずに耐えている。

 

クランクは他の六体のモビルスーツからの射撃で動きが止まられる。

昭弘の牽制も虚しく、タカキのモビルワーカーに手がかけられる。

 

「タカキッ!!!」

 

「う、うわあああああ!!」

 

もう駄目かと思ったその時、上方に青いスラスターの光が輝いた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

長距離移動ブースター、クタン参型に連結されたバルバトス。

イサリビを追い抜いた三日月は、昭弘達がいる場所に座標を設定し、軌道を調整。この速度を維持したまま、真っ直ぐに飛んでいく。速さ重視だ。

 

「おやっさん、このまま突っ込む」

 

「はあっ!?おめぇ何言って……」

 

「これのコントロール、そっちに返すね」

 

「ちょっ……待ておい!俺は操縦なんて……ぐぉわあ!!!」

 

おやっさんの制止を無視し、クタンとの連結を解除する。その衝撃におやっさんはつんのめる。

クタンの操縦などしたことがないおやっさんは悲鳴をあげる。

 

「あ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁああ゛あぁあああ゛ぁあああ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あああ゛ッッッ!!!」

 

おやっさんの絶叫をバックに、バルバトスが加速。

並のモビルスーツでは出せない速度のまま、さらにスラスターを蒸かし、真っ直ぐ飛んでいく。

仲間を、家族を救うために。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

目の前のモビルスーツが消えた。

キラキラした光の残り火と、剥がれた装甲の残滓がゆっくりと舞い散る。

ついで、音が遅れてやってきた。

重い轟音。

 

「……は」

 

「…………えっ?」

 

下を見れば、白い悪魔、バルバトスが、長い細身の刀を敵に突き刺し、装甲の隙間からコクピットを貫いていた。

 

「み……三日月……」

 

口からこぼれ落ちた言葉を、脳が拾いあげて、ようやく理解する。

三日月が、来てくれた。

 

「はぁ……」

 

三日月は力んだ身体から息を吐き出した。

 

間に合った。

 

それの手応えを感じながら。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「なっ、何なんだよあいつ!どこから出てきやがった!」

 

ブルワーズのモビルスーツ部隊、マン・ロディに乗るヒューマンデブリの少年達。

その中でアストンは、急に現れた敵の増援に呆気に取られていた。

 

「おい……うそだろ……ペドロ……くっそぉ!!」

 

同じ境遇を生き延びた仲間を失い、さらに憎悪を燃やすビトー。

 

「くそぉ!!くそっ!くそっ!くそっ!くそおおおおおおおおおおっ!!!」

 

ビトーがいち早くショックから立ち直り、地団駄を踏む。そして怒りに任せた特攻を仕掛ける。

 

「ま……待て!」

 

激昂したビトーが飛び出すのを、アストンが止めた。

 

「なっ!くそっ、離せ!」

 

「落ち着けよ!」

 

「けどペドロが!」

 

「だっ……だからだろ!」

 

アストンは身体が震えていた。青い顔をして、奮える腕をもう片方の腕で無理矢理押さえる。

恐いのだ。あの、化物がついに、目の前に現れた。

自分達を殺戮し、痛め付け、凌辱する悪魔が。

 

「れ……連携して、俺らで敵を取るぞ!」

 

「……!了解!」

 

他のヒューマンデブリ達も集まる。残った七機で、あの白い機体を破壊し、人質を取る。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

刀を引き抜き、三日月は昭弘とクランクの機体を見る。

 

「昭弘、おっさん、大丈夫?」

 

「おう」

 

「うむ」

 

「三日月さん!」

 

「えっ?なんでタカキが?」

 

そこで初めて、昭弘の機体の型にモビルワーカーがくっついているのを見つけた。

 

「昭弘さんと哨戒に出てたんです」

 

「すまねぇ、助かった」

 

よく見れば皆ボロボロだ。

あと一歩間違えば手遅れだったに違いない。

 

「昭弘とタカキ、先生は一度イサリビに戻って。殿は俺がやる」

 

「あれはどうする?」

 

「あれ?」

 

遠くにおやっさんの乗るクタン参型が、流れ星のように飛んでいくのが見えた。途切れ途切れに通信で声が聞こえる。

 

「うおおぉぉぉー!たっ、助けろ~!やべぇ……やべぇぞ~!うおぉぉー……」

 

「ああ……まあ敵からは離れていってるし、回収はあとでもいいでしょ」

 

「鬼かよ……」

 

淡々と語る三日月、そのこざっぱりした性格は、見方によっては冷徹そのものだ。

だが、今は昭弘達を助けるために戦う。

 

「三日月さんまた来てる!」

 

「……!行ってくれ昭弘、先生!」

 

「頼む!」

 

「すまん三日月!」

 

三人を見送り、敵を見据える。

 

「うん……お前も機嫌よさそうだな」

 

テイワズに調整と整備をされて、本調子を取り戻したバルバトスは、流れてくる情報も滑らかだ。

 

「んじゃ、行こうか」

 

バルバトス第4形態、三日月・オーガスが出撃する。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「く……来るぞ!」

 

「俺から行く!援護頼む!」

 

「気をつけろよ!」

 

ビトーが突撃し、アストンが援護する。

手榴弾をバルバトスの近くで爆破し、爆煙で視界を塞ぐ。

サブマシンガンの射撃で敵の逃げ道を塞ぎ、アストンの突撃ルートから外れさせない。

他の五機は回り込んで、時間差攻撃を加えるつもりだ。

7対1、普通に考えてこちらが有利だ。

 

「こういうのもあるのか」

 

三日月は関心しつつも、追い詰められた様子はない。

敵が阿頼耶識使いで、自分と同じピアス三つによる、情報処理量の多い相手という事は理解している。

だが、「それがどうした」という気持ちが強い。

 

「背中がガラ空きだぜ!死ねええええええええええええ!!!……なっ!?」

 

背後からチョッパーナイフを叩き込もうとしたが、背面スラスターを使い、くるりと一回転するように回避した。

 

(この反応!まさかこいつも!?)

 

阿頼耶識使い。それも、格上の存在だ。

アストンの射撃も、五機の連鎖攻撃も難なくかわす。

 

「ぐっ!あいつこの距離で!」

 

「き、気をつけろ!あいつも俺たちと同じ阿頼耶識使いだ!」

 

三日月が敵を引き付けている間に、昭弘達は大分距離を取っていた。

 

「三日月さん……」

 

「あいつなら大丈夫だ。今のうちに……ぐっ!」

 

昭弘のグレイズが射撃される。

咄嗟にモビルワーカーを庇ったが、衝撃がコクピットを揺らした。

敵の増援、それも8機。

 

「ぐぅ!?ブルワーズの増援か!しかしこの数は!」

 

ブルワーズの総戦力の約半分を投入。

それほどの規模の作戦、恐らくここで決めにきている。

 

一方、七機のマン・ロディ相手に優勢だった三日月の所にも、ブルワーズの増援が駆け付けた。

他の機体よりも一回り大きい。暗い緑色のカラーリングで、巨大なハンマーを振りかざし、突撃してくる。

エイハブウェーブの反応からして、こいつはガンダム・グシオンだ。

三日月のバルバトスと同じ、ガンダム・フレーム。

 

降り下ろされたハンマーを回避する。その凄まじい質量攻撃の余波は、三日月の肌をチリチリと焼く。

その巨体からは想像も出来ない機敏な動きで、即座に第二撃を繰り出す。

灰色の塊が宇宙空間を切り裂き、暴力の壁に阻まれる。

 

『残念、まだ終わりじゃないのよおおお!!』

 

グシオンの猛攻に、回避する事しか出来ない。

その間に、他の七機のマン・ロディは、昭弘達の方へ向かっていく。

まるで、バルバトスの相手はグシオンに任せるというように。

 

「行かせないっ!!」

 

グシオンハンマーを紙一重で回避し、装甲の隙間に刺突。しかし腕を盾に防御される。

肩に懸架していた滑腔砲で零距離射撃。敵のコクピットを狙う。

しかし少し装甲がへこんだだけで、ほぼ無傷だ。グレイズの装甲すら撃ち抜いたというのに。

 

腕を掴まれそうになり、即座に距離を取る。しかしその距離をぴたりと追撃してくる。

見た目に似合わず、素早い。さらに反応速度も段違いだ。

刀を横薙ぎするが、ぶ厚い装甲に弾かれる。

 

「くそっ、さっきのヤツといい、いやに硬いな……」

 

『無駄ァッ!!』

 

巨大なハンマーを自由自在に操る、その怪力。さらにハンマーには加速用スラスターが内蔵されており、手に負えないような威力になっている。一撃でも喰らえば即アウトだ。

 

「昭弘達はやらせない!」

 

関節部を突こうとするも、敵の反応速度が高く、回避される。

何度も硬い装甲を叩く事になる。

 

『きゃっはぁあぁああああああっ!!!』

 

回転をつけて、グシオンハンマーを投擲する。

隕石のような投擲を避けるも、グシオン自体の体当たりを喰らう。

その衝撃に機体は揺れ、三日月は呻き声を上げる。

 

さらにグシオンが殴りかかる。

バルバトスのメインカメラが殴られ、右半分がへしゃげる。

衝撃で機体も吹っ飛ばされる。

 

「ぐぅうあっ!?」

 

『このクダル・カデル様と……グシオンをなめるんじゃないよおおおおお!!!』

 

「チッ……こいつ……邪魔だ」

 

三日月の瞳に蒼い炎が灯る。

さらなるグシオンの追撃。

三日月はアグニカとバエルゼロズの戦い方を思い出す。

アグニカは剣を、流れるように使っていた。

まるで良く斬れる箇所が分かっていて、そこに吸い込まれるように刃が進む。

自分も今、刀を持っている。これを鈍器のように使っては駄目だ。本来の使い方で戦う必要がある。

もっと、なだらかに、力み過ぎず、ぬらりと。

 

グシオンの左の握り拳を斬り飛ばした。

 

『それがどうしたああああああ!!!』

 

残った腕部で殴打。

バルバトスの肩の装甲にダメージが入る。

カウンターに、滑腔砲でメインカメラを撃ち、左目を潰してやった。

グシオンはサブマシンガンを近距離で放つ。取り回しの良さに加え、クダルの反応速度もあり、全弾バルバトスに命中する。

 

「チッ……」

 

自身と同等の強さを持つ相手。

三日月は焦れていた。早く昭弘達の救援に向かいたいが、この敵との削り合いを制さないと、前に進めない。

 

殺意が蓄積されていく。

それに呼応して、バルバトスの左のカメラアイが光り輝いた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

昭弘は追い詰められていた。

敵の増援、八機のマン・ロディによる、嵐のような猛攻。

クランクのグレイズもボロボロだ。

さらに後ろからは、三日月と戦っていた七機も追いかけてくる。

一瞬の隙をついて、モビルワーカーがひったくられた。

 

「もらったぞ!」

 

接触通信で、相手のパイロットの声が聞こえる。

 

「しまっ……タカキ!」

 

タカキを拉致された。昭弘は総毛立つ思いで振り返る。

 

「よし、昌弘は人質を連れて下がれ!」

 

「了解!」

 

タカキを奪ったマン・ロディの中には、昌弘が乗っていた。

人質を取る事に成功したので、即座にその場を離れる。

 

「うぅ……昭弘さん……逃げ……て」

 

「タカキ!!!」

 

「タカキ!?」

 

昭弘とクランクの絶叫。それが遠くに聞こえる。衝撃で頭を打ち、ぼやける視界の中で、一筋の金色の流れ星を見た。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

昌弘・アルトランドは即座にその場を離れる。

これで、今後も戦況を有利に進められるだろう。

モビルワーカーを守っていたグレイズが一機、高速で追いかけてくるが、何も問題ない。

周りには7機のマン・ロディ、後方からも7機が来ているのだ。そこにはアストンもビトーもいる。ペドロがやられたのは予想外だが、それでも、あの白い機体はクダル・カデルが相手をしている。ここから逆転の目はないだろう。

ちらりと後ろを見る。

 

 

友軍の14機のマン・ロディが、一瞬で消えた。

金色と青色の光の線が見えて、仲間達がその場から消え失せていた。

 

五感の全てが空白になる。

 

「………………え?」

 

凍結された時間を、視界の端に捉えたものが砕いた。

残骸、そう表現するしかない。

 

マン・ロディの部隊は、コクピット部に大きな亀裂が入り、そのボディのあちこちに切れ目がつき、ズタボロになっていた。

 

一瞬で、ブルワーズの襲撃部隊は壊滅したのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

昭弘とクランクは一部始終を見ていたが、やはりすぐには理解出来ない。

 

「なっ…………」

 

「…………は?」

 

 

その金色と青色の光は、超高速で昭弘達の横をすり抜け、敵を蹂躙していった。

 

コクピットを的確に切り裂いていくのを見て、ようやく認識出来た。

 

バエルゼロズ。

 

アグニカだ。

 

 

 

アグニカが来てくれた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

クタン参型から飛び出したバエルゼロズは、そのまま敵陣の真っ只中に突っ込んだ。

その勢いのまま、マン・ロディのぶ厚い装甲を果物のように切り裂く。

二振りの黄金の剣は、どちらも刀身が整えられ、鋭い切っ先が光り輝いていた。

バエルの両羽、スラスターウィングにも黄金のブレードが取り付けられ、それが左右に大きく展開、敵を討ち漏らしなく斬り刻む。

まさに斬撃の嵐、容赦の無い『死』だ。

バエルゼロズを認識すら出来ず、14機のマン・ロディは斬り飛ばされ、機能を停止した。

 

残骸が浮遊する中、圧倒的な存在感を放つ、その機体。

純白のような輝きを放つ銀色と、高貴な青をベースとしたカラーリング。

赤く鋭い眼。

大きく、幻影的な羽。

不可能などない、黄金の剣。

 

 

 

その姿はまさに『魔王』だ。

 

 

 

「昭弘、クランク、無事か」

 

アグニカの凛とした声が通る。

二人はハッとして、思考と行動を再開した。

 

「アグニカ!タ、タカキが!」

 

クランクが言うより前に、昭弘が追う。

 

「タカキーーーーーッ!!!」

 

アグニカは横を見る。そこからは、ブルワーズの残り半分、15機のモビルスーツが向かってくる所だった。

このままではイサリビの方に行く。

 

「クランク!昭弘をカバーしろ!タカキを連れ戻せ!」

 

「わ、分かった!」

 

アグニカは敵の増援を見据える。

今の装備の整ったバエルゼロズなら、造作も無く倒せる相手だ。

 

折れていたバエルソードは打ち直され、完全な形と切れ味を取り戻した。

肩や胸の装甲も本来のもの。各部の整備、調整も万全で、スラスターウィングの出力も増幅。その上、可動式ウィングブレードを装備し、すれ違いざまに斬撃を繰り出す事も可能になった。

さらにスラスターウィングに内蔵された電磁砲も整備された。

両の腰部には追加スラスターを装備。

マニピュレーターと脚部には特殊合金が取り付けられ、まるで黄金の爪のようだ。

 

完全な姿を取り戻したバエルゼロズ。

これまでは三割ほどの性能しか出せなかったが、今は十全に発揮できる。

その圧倒的な強さの前に、宇宙海賊など恐れるに足りない。

 

にも関わらず、アグニカの表情は優れない。

バエルゼロズの好調な鼓動も、枷の無い力の感覚も、彼の頬を緩めるには繋がらない。

アグニカの瞳は、どこか遠くを見ている。

 

 

「仲間が40人死んだ時と同じだ……」

 

その瞳には、存在するはずもない何かが映る。

アグニカは不吉な予感が拭えず、敵を始末しに飛び立った。

なんだかすごく久し振りに、この感覚を味わう気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

昭弘はタカキを拉致したマン・ロディに体当たりをする。

その衝撃に、昌弘はバランスを崩す。

 

「うっぐっ!」

 

「そいつを返せええええ!!」

 

「あっ……え?」

 

接触通信で聞こえてきた声が、昌弘の中の遠い記憶を思い起こした。

 

『返せ!昌弘を返せええええ!!』

 

両親を殺され、最後の家族となってしまった兄、昭弘。

彼が涙を流しながら、必死に手を伸ばしていた事を思い出した。

 

「はっ!まさか……」

 

「おいてめぇ!聞こえてんだろ!さっさと……!」

 

「あんた……」

 

恐る恐る聞いてみる。

 

「昭弘……兄貴?」

 

「兄貴?……お前、は」

 

思考がフリーズする。

「そんなはずはない」と思いつつも、可能性を捨てきれない。

昭弘はその名を口にする。

 

「昌弘……?」

 

「あに……き……」

 

二人の時間が止まる。

もう二度と会えないと思っていた。それが、まさか戦場のど真ん中で、敵として出会うなんて。

しかし、他のモビルスーツが接近してくる。

反応は、タービンズの百里だ。

イサリビの防御は他のメンバーとアグニカに任せ、昭弘の援護に来たのだ。

 

「昭弘から離れろー!!」

 

「ラフタさんか!待ってくれ!まだっ……!」

 

「新手?くっ!」

 

マン・ロディは腕を掴まれ、モビルワーカーを奪い取られる。

 

「これは、置いてけ!」

 

「ぐっ!」

 

気迫に気圧され、人質を離して距離を取る。そのまま母艦へと撤退した。

この理不尽な運命と、あり得ない戦況逆転に心を乱されながら。

昌弘は後ろ髪を引かれる思いだったが、振り返る事なく、全速で離脱していった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

『くひゃ、くっきゃっきゃっきゃっきゃっ!!』

 

クダルは唇を吊り上げ、顔を歪ませながら笑う。

その瞳は、遠くで嵐のように暴れる、純白の悪魔を見ていた。

 

『来た!きたきたきたきたきたぁ!』

 

両足をバタバタと踏みつける。

バルバトスの攻撃を回避し、グシオンハンマーを回収、そのまま背を向けて母艦へと撤退していった。

 

「三日月!大丈夫!?」

 

それと入れ違いに、ラフタの増援が到着した。

 

「うん、助かったよラフタ。飛ばしてきたから推進剤がもうやばかった。それで昭弘は?」

 

「あっ……それが……」

 

「……えっ?」

 

ラフタの戸惑うような口調に、不安を覚える三日月。

まさか、タカキの身に何かあったのか。

とにかくイサリビに戻るべきだ。

そう判断し、三日月とラフタも母艦へと飛んでいった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

イサリビに戻った昭弘機。

モビルスーツデッキでは、へしゃげたモビルワーカーからの救出作業が続けられていた。

 

「ハッチ開けるぞ!早く!けどタカキを傷付けねえように!」

 

「金属カッターとジャッキ!」

 

シノとダンテが指揮を取り、迅速に作業は進められる。

 

「輸血パックと消毒液持ってきました!」

 

「メディカルナノマシンは!?」

 

「投与準備出来てます!」

 

「よし!あと医務室の電源入れとけよ!」

 

「はい!」

 

常日頃から訓練していたおかげで、緊張はあれど、もたつきはしない。

クランクもグレイズから降り、指示を出す。

モビルワーカーからタカキを引っ張り出すが、腹部には鉄の破片が突き刺さっていた。

 

「タ……タカキ……」

 

ライドの声が震える。

 

「とりあえず降ろすぞ!」

 

シノに従い、タカキの身体が下ろされる。スーツのジッパーを開けると、中からドス黒い血液が溢れ出した。

 

「なっ!?こりゃ……」

 

「タカキ!タカキ!!」

 

ライドがパニックになり、狂乱したように叫び続ける。

 

「うるせぇ!とりあえず閉めろ!スーツが血ぃ止めてたんだ!」

 

「兄貴の船から医者がやってくる!それまでもたせろ!」

 

現場に来ていたオルガも余裕を失っている。

 

「もたせろって言われてもよ!」

 

「どけ、俺がやる」

 

クランクが前に出て、タカキのスーツを脱がす。浮遊した血が顔にかかるが、微動だにせず、止血作業をこなす。

他の団員も、輸血パックの点滴と注射針を整え、消毒液を渡し、クランクの動きをサポートする。

 

「あ、あの……なにかお手伝いできることは……はっ!」

 

クーデリアは硬直する。

彼女が初めて見る、鉄華団の出血だ。

その壮絶な光景に、彼女は立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「どきなさい」

 

メリビットに押され、クーデリアはよろめく。今、傷付いた団員が目の前にいるのに。自分は何も出来ない。

そのちっぽけな自分を、別の視点から見ている。

クーデリアはそのまま消えてしまうような感覚に陥った。

 

「ナノマシンベッドの準備、出来ました!早く医務室へ!」

 

「「「はいっ!」」」

 

メリビットの指示に従い、タカキを移送する。

クーデリアは、目の前を通りすぎていく人々を、ただ見つめているだけだった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

大きな窓がある通路にて、オルガはメリビットから報告を受けていた。

同行したクランクも一緒だ。

 

「もう大丈夫ですよ、団長さん」

 

「あっ、あぁ……その、今日は助かりました……」

 

「応急手当ての訓練、充実した医療設備……それでも、船医を乗せずに惑星間航行をするなんて判断、団長失格じゃない?」

 

「……」

 

オルガはただ下を向いている。

鉄華団の身の上話は聞いている。それでもメリビットは厳しい事を言わなくてはならないのだ。

オルガの横を通りすぎ、そのまま通路を進んでいく。

 

「はぁ……」

 

オルガは行き場の無い感情を、立て付け椅子を蹴って八つ当たりした。

それを見たクランクは、黙ってその場を後にする。

 

メリビットに追い付いたクランクは、彼女に話し掛ける。

 

「すまん、ちょっといいか?」

 

「はい?ああ、貴方は……」

 

足を止め、お互いに向き合う。

鉄華団の若い衆は背が高い者も多く、メリビットも身長差には慣れていたが、ここまで体格差が凄いと少し気圧される。

下手をすると長い沈黙が流れてしまうので、クランクが先に口を開く。

 

「先程は助かった。改めて礼を言わせてくれ」

 

「いえ、私に出来る事をしたまでです。貴方のおかげで、皆もスムーズに動けていました。貴方は彼らの先生なんですか?」

 

「ああ、鉄華団で教師をしている。クランク・ゼントだ」

 

「メリビット・ステープルトンです。よろしくお願いします」

 

礼儀正しく挨拶をし、握手する。

 

「ここでは大人は珍しいですね。あとは雪之丞さんという方がいらっしゃると聞いていますが」

 

「ああ、トドがいつの間にか居なくなって、大人は彼と俺の二人だけ。火星にもう一人いるがな」

 

「本当に子供だけなんですね……」

 

子供達だけで、ここまで辿り着く事の大変さは、メリビットでもぼんやりと分かる。

 

「あまりオルガを責めないでやってくれるか」

 

「え?」

 

クランクの顔を見上げるメリビット。

 

「彼らは何もない状態から始まった。数少ない可能性を手繰り寄せて、それでここまで辿り着いたんだ」

 

「……ええ、彼らの境遇は聞いています」

 

「鉄華団は、彼らだからこそ成り立つ集団だ。その命も、鉄華団に任せたいという気運が、彼らにはあるのだ」

 

それは暗黙の了解に近い。

大人達の身勝手な要求で、数多くの仲間を失った彼らにとって、死に場所とは非常に大切なもので、デリケートな問題なのだ。

 

「それを一番感じていたのがオルガだ」

 

その次に気付いたのが、クランクだ。

 

「彼らは……死にたがっていると?」

 

「まさか。そんな事は俺が許さん。だが、もし死ぬのならば、仲間の力の内で死にたいのだろう」

 

鉄華団の出来る事の範囲内で生きている。

だから、地球の貴族や富豪が使うような、徹底された治療技術や環境などには見向きもしないし、そこまでして助かろうとも思っていない。

テイワズの傘下に入り、出来る事は格段に増したとはいえ、やはり自分達の中で死にたいのだろう。

家の中で、死にたい。

個人個人に、そんな願望が見え隠れする。

 

勿論、仲間が死ぬのは避けたいし、助けようとする。だが死にそうな本人は、早々に諦めてしまう。そんな印象だ。

 

「駄目です!そんな……死を受け入れすぎている!それでは駄目!もっと彼らに、ちゃんと……そうよ、団長さんからも言って貰わないと!」

 

「『死ぬな、生きろ』、か……それを命令する事が、どれだけ大変な事か分かるか?」

 

「なっ……」

 

クランクもまた、戦場に生きた男だ。

部下に死ぬなと命令する事の重さ、軽々とは言えない、難しい言葉であると知っている。

 

「でも、それを言わないなんて……それこそ団長失格だわ……」

 

「それでもだ」

 

自分が彼らの死に場所になる。

誰かが死んでも、それを受け継いで前へ進む。

そういう覚悟、誓いを胸に押し込めているのだ。

 

「彼は鉄華団団長、オルガ・イツカだ」

 

『鉄華団』という集団の抱える狂気、その歪み方に、メリビットは苦悩する。

 

「でも、そんなの間違って……」

 

「おい」

 

後ろから声がかかった。

振り返ると、そこは燃えていた。

どす黒い炎、この世のあらゆるものを燃やし尽くす、地獄の業火だ。

 

「クランク、作戦会議だ。タービンズの船に来い」

 

「あ、ああ……分かった」

 

そこに居たのはアグニカだった。

いつもの不敵な笑みは鳴りを潜め、睨み付けるような険のある表情だ。

メリビットも彼の情報は聞いていたが、ここまで圧力があるとは思わなかった。

 

「モビルスーツの回収は終わったのか?」

 

「ああ、星熊やダンジ達がやってくれた」

 

アグニカの問いに、クランクが答える。

 

「生存者は三人いた。全員重傷だが、なんとかなるだろう」

 

タカキの次に、メディカルナノマシンベッドに入れ、現在治療中だ。

 

それだけ聞くと、アグニカはすぐに立ち去ってしまう。

残された二人は呆然としていた。

 

「ア、アグニカさんって……いつもあんなに怖い方なんですか?」

 

「いや、俺もあんなアグニカは初めて見る。何かあるのだろう」

 

作戦会議に急がねば。そう言うと、メリビットに一礼してから、クランクもブリッジに向かった。

 

「あれが……アグニカ・カイエル……」

 

鉄華団を戦火に引き摺りこむ元凶。

地獄の業火。一度その炎にくべられれば最後、死ぬまで戦火から逃れる事は出来ない。

メリビットは脳内で鳴り響く危険信号に耳鳴りすら覚えながら、その場に立ち尽くしていた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「うぅ~……」

 

食堂のテーブルに突っ伏して、おやっさんは項垂れていた。

非常時とはいえ、三日月に使い捨てのような酷い仕打ちを受け、かなり寿命が縮んだように思う。

団扇でパタパタと扇ぐアトラ。

そこに三日月が通りがかった。

 

「あ、三日月、その……タカキは?」

 

「メリビットさんがもう大丈夫だって」

 

「そっか……よかった!」

 

アトラの表情が明るくなる。

最近張り切って仕事をこなしていたタカキが、こんな所で死んでしまうなどあんまりだ。

皆不安がっているだろうから、すぐに知らせてあげるべきだろう。

 

「で、結局連中は何者だったんだ?ブルワーズってのが近くにいるとは聞いてたが……」

 

「あぁ、これからアグニカが作戦会議するって。あっちの船に行ってくるよ」

 

三日月もそれに参加する。

敵はほとんどアグニカが倒したそうだが、まだあのガンダム・グシオンが残っている。

奴と戦うのは自分の役目だ。

三日月は静かに闘志を燃やした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

百連のコクピット内にて、ラフタとアジーが敵モビルスーツの解析を行っていた。

アグニカからのデータでは、全てマン・ロディという機体で、ボス格の機体がガンダム・グシオン。

 

「ロディ・フレームってさ、あんなに丸くてかわいいモビルスーツだったっけ?」

 

「あれが可愛い?」

 

ラフタの独特な感性に、アジーは眉を潜める。

 

「こっちのひと回りおっきいやつ、三日月のと同じフレームなんでしょ?」

 

データに残った画像には、着膨れしたガンダム・グシオンが映っていた。元のフレームの情報からは想像もつかない体型だ。

内部フレーム構造を予想するプログラム(アグニカ作)によれば、両肩と腰の関節部に中継パーツを組み込み、延長することで、あんなガンダム・フレーム離れしたシルエットが形成されているらしい。

首と腕の間にまた肩が増え、やや猫背で、足はがに股という意味不明な作りだ。

だがそれ故に、身を包む重厚な装甲は、三日月の至近距離の滑腔砲すら弾いた。

しかも内部には艦砲並の400mm口径砲、サイドスカートには手榴弾と思われる隠し武器と、かなり至近距離での火力戦を想定している。

各部の内蔵スラスターとそのガスタンクが着膨れの原因のようで、見た目に反して機動力は高い。

船を襲う事を前提としたモビルスーツと言える。

加えて、ガンダム・フレームに共通の怪力と、どデカイハンマーのコンボは強力で、直撃すれば強襲装甲艦でも致命傷になる。

 

「ああ、バルバトスやバエルゼロズと同じガンダム・フレーム。その強さは、あんたも良く知ってるだろ?」

 

「ええ~?でも全然強そうじゃないよ!」

 

「見た目で判断しない。今問題にすべきは、うちらがケンカを売られたってことだよ」

 

ふっ、と不敵な笑みを浮かべるラフタ。

たとえ相手がどこの誰だろうと、タービンズは臆したりしない。

相手をぶちのめすのみだ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ハンマーヘッドの応接室に、鉄華団、タービンズ双方の重要人物が集まっていた。

名瀬はソファに座り、アミダはその後ろに軽くもたれる。

ラフタとアジーはその隣に座り、

金髪でクルクル巻きのツインテールが特長のエーコ、褐色肌とポニーテールが特長のビルト、短い金髪のこざっぱりした印象のクロエもいる。

向かい側にはオルガとアグニカが座る。

その後ろに三日月、ビスケットが立ち、アグニカの膝に星熊がもたれかかる。

ユージン、シノはその横に立ち、ダンジは露出の多い女性陣に顔を赤くしてもじもじしている。

虎熊とクランクは壁際に置物のように立つ。

昭弘はタカキに付きっきりらしく、欠席だ。

 

「こんだけいるとむさっ苦しいなぁ。部屋が狭く感じる」

 

「すんません、兄貴……」

 

「ま、いいけどよお」

 

名瀬はチラリと目をやる。

アグニカ机の上で機材をセットしていて、終始無言だ。

 

「で、タカキの容体はどうだい?」

 

「安定しています。ステープルトンさんのおかげで助かりました」

 

アミダの質問にビスケットが答える。

 

「役に立つ女だって言ったろ」

 

「ええ……」

 

「ん?なんか言われたか?」

 

オルガが珍しくしょんぼりしているので、名瀬が問いかける。

 

「船医も乗せずに惑星間航行をするなんて団長失格だそうです」

 

「そりゃ正論だな」

 

「んぐっ」

 

ばっさりと斬り捨てられ、オルガはさらに凹む。しかしすぐに持ち直した。

 

「……それで連中のことですが、何者です?」

 

「名はブルワーズ。主に火星から地球にかけての航路で活躍している海賊だ」

 

アグニカから情報共有はされていたが、避けて通ったはずの船を、どうやって捕捉したのか、また、全軍で襲ってきた理由は何なのか。

 

「海賊……じゃあ狙いは船の積み荷ってわけですか?」

 

「あとクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄かな」

 

「……!」

 

オルガとビスケットの顔が強張る。

やはりクーデリアはキーパーソンで、彼女を抱える限り狙われる。

 

「ブルワーズって、そんなに力を持った海賊なんですか?」

 

ビスケットは冷静に敵の情報について尋ねる。

 

「武闘派で名の通った組織であることは確かだね。もちろん、テイワズと渡り合えるほどじゃあないんだが」

 

「だからこそ、今回の件に関してが妙に力が入ってるのが気にかかる。戦力の増強速度といい、使い方といい、でかいバックが付いたと考えるのが妥当だな」

 

それも、急速にモビルスーツ10体以上を揃え、ポンと手渡せるような組織。

それらをクーデリアの捕獲のためだけに費やせる気の大きさ。

財力が桁違いなのか、単なる大博打なのかは不明だ。

 

「クーデリアさんのことを知っていたのも気になります」

 

クーデリアがイサリビに乗っているという情報は、テイワズ関係者しか知らないはずだ。

もし当てずっぽうでイサリビを狙ったのだとすれば、相当な考え無しとしか思えない。

 

「やれやれ……どうにもめんどくせぇ裏がありそうだなぁ」

 

名瀬は上を見上げて溜め息を吐く。

彼の懸念は的中する事となる。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「けど、どうやってこの船を見つけたんだ?」

 

ユージンが疑問を口にする。

今回の二大分からない事の一つだ。

 

「アグニカからの情報で、相手の船の居場所や哨戒のモビルスーツの場所はある程度分かってた。だから感知される理由がないはずなんだが……一方的に捕捉されたって事なのかね」

 

「どうやってそんなことを」

 

「エイハブ・リアクターを積んだ船を、アリアドネの情報なしで、そんな距離から捕捉し続けるなんて、無理じゃない?」

 

アミダが手を口の前に持っていき、考え込む仕草をする。

エーコもビルトも、現実的には不可能だと思っている。

 

「けどあの戦力集中と展開の早さ、あれはアグニカと三日月がいないと知っていたから、その隙にカタをつけたかったのかもしれないね」

 

「じゃあ、こっちの情報はつかんでると見て間違いないですね……おそらく航路についても」

 

ビスケットが不安げな顔をする。彼の予測だと、タービンズの航路は敵に筒抜けだったという事になる。それでは旅の見直しすら検討しなければならない。

オルガが改めて質問する。

 

「航路の情報を持ってんのは、兄貴のとこだけなんすか?」

 

「だよな?」

 

「うちの航海士が独自に作ったもんだからね。もちろん出港前にテイワズには届けてあるけど」

 

「情報が抜かれたとしたら歳星でってことか……」

 

「そんなことありうるんですか?」

 

「組織がでかくなりゃあな……目が届かないところも出てくるさ」

 

マクマードは外部の敵だけでなく、こういった内部の腐敗とも戦っている。

それでいて組織を腐り落ちらせる事なく、柱となる事の大変さは、名瀬ですら計り知れるものではない。

 

「いや、それはない」

 

そこで初めてアグニカが口を開いた。

 

「なんでそう言い切れる?」

 

「テイワズの内通者は俺が全員始末してきた」

 

一瞬、時間が止まったかのような沈黙が流れる。

彼の口から飛び出したパワーワードに、脳の処理が追い付かない。

 

「そ、れは……」

 

「当然、タービンズの航路を売ろうとしてた奴らは殺してきた。だから今回、テイワズからの情報漏洩は無い。バレたのは相手方に原因がある」

 

テイワズの人間を手にかけたのか、とか。

何故内通者狩りなんて事をしたんだ、とか。

そもそも内通者の情報をどこから得たんだ、とか。

それらがマクマードの逆鱗に触れれば、鉄華団とタービンズの盃すら割られる事になるんだぞ、とか。

 

諸々の意見を呑み込んで、今はアグニカの話に耳を傾ける。

 

「恐らくだが、相手もエイハブ・ウェーブを感知できる人間がいる」

 

アグニカと同じ、モビルスーツや戦艦のエイハブリアクターの存在を感知できる存在。

厄祭戦時には何人かいた。

今もそういった能力を持つ人間がいてもおかしくはない。

 

「あるいはアリアドネのような探知機をデブリ帯にばらまくか、通常通信機のネットワークを張る。その通信網に穴が開いた所に、エイハブ・ウェーブがあるって事だからな」

 

エイハブ・ウェーブの、通信を阻害する性質を逆手に取ったもので、充実した通信網を張り巡らせ、通信が出来なくなった場所があれば、そこにはエイハブ・ウェーブの干渉があった、つまりモビルスーツか船が通ったという事になる。

 

「つまり、その辺を浮遊してるデブリに紛れさせてたって事か……けど、そんな小型発信器で広い範囲を見張るには、相当の数を揃えなきゃならねえぞ。しかも、こっちの探知にかからないような高性能のやつを」

 

かなりの物量作戦と言える。

コストは甚大なものになるはずだ。

ブルワーズの戦力増強モビルスーツと合わせると、一経済圏が費用を注ぎ込んだ作戦に匹敵するように思う。

 

「それだけの金と……ヒゲをつける事に躊躇しない海賊、その二つを併せ持つ相手」

 

オルガの分析は正しい。

そこまで巨額の資金を出せる組織は、もはやギャラルホルンのような軍隊か、経済圏のような基盤のある組織しかない。

だがそれらは潔癖性で、海賊などを使う事を嫌う。

なので仲介人として、海賊をけしかけるパイプを持つ組織に依頼する。

無数のカットアウトを通じて、根本が自分達であると知られないようにして。

 

「で、今回の作戦だが……電気消してくれ」

 

アグニカが装置を机の上に置く。

エーコが言われた通り照明を落とすと、薄い青の立体映像が浮かび上がった。

それは惑星座標のようだ。

中心にイサリビ、ハンマーヘッド、鬼武者が映っている。

そしてデブリ帯の先、距離を取った場所に、ブルワーズの船団がひっそりと佇んでいた。

 

「今はエイハブ・リアクターを休眠状態にしてるが、俺なら感知できる。で、敵はここにしかいない」

 

周辺に他の船やモビルスーツの反応はない。エイハブ・リアクターを休眠状態にさせていても気付く索敵能力をもってすれば、暗い宇宙を魔女の水晶のように覗き込む事も可能だ。

 

「先ずブルワーズの船団を潰す。これは俺一人で行く」

 

「お前一人で?」

 

名瀬は少し驚いた顔をするが、すぐに「アグニカだから」と妙に納得する気持ちが溢れ、なんとも言えない表情になる。

 

「他のモビルスーツは船の護衛。船はデブリ帯を迂回する形で進む。それで今回の騒ぎは終わりだ」

 

ブルワーズの襲撃程度なら、アグニカ一人で鎮圧可能。だからこその単騎特攻。

ならば、デブリ帯迂回はトラップ地帯の回避、先守防衛は敵の隠し玉対策か。

 

「……えらく警戒してるように見えるが?」

 

名瀬は声を落とす。

この作戦、一見するとアグニカがでしゃばりたいだけに見えるが、それだけ早くカタをつけたいと思っているのだ。

オルガやビスケットも気付いている。アグニカの横顔を見つめる。

 

「仲間が40人死んだ時と……同じ感じがする」

 

誰もが口をつぐむ。だが、その胸中では様々な感情や疑問が吹き荒れた。

 

『仲間』とは、誰のことか。

アグニカの過去。アグニカの感情。

自分達は、アグニカについて何も知らない。

アグニカは警戒している。何を?

それはアグニカ自身にも分かっていない。

だから自分達にも分からない。

ただ一つ、決して軽視していいものではないと、それだけは心に刻んだ。

 

「それは、アグニカの勘?」

 

三日月が口を開く。

 

「そうだ。俺の勘だ」

 

戦争そのものである、アグニカの勘。

それはつまり、前兆であり、不吉な前触れであり、予言なのだ。

幾度もアグニカの勘に救われた鉄華団のメンバーは、それを聞いて深く頷く。

 

「分かった。なら全力で警戒する。何が起きてもすぐに対応出来るように」

 

オルガが瞳をギラリを光らせる。他の面々も同様に、決意のこもった表情だ。

その団結力と信用の深さに、名瀬やアミダ達は圧される。

 

「けど、向こうも待ち伏せしてる可能性があるんじゃないかい?何か罠を仕掛けてあるかも……」

 

「それを切り裂くのが俺の仕事だ」

 

厄祭戦、疑念と疑心が渦巻き、存在しない暗闇に恐怖した人々。

確かな情報が何一つなく、身動きすら取れなくなった状態を、真っ先に打破した人物がいた。

 

アグニカが立ち上がる。

 

その姿に神々しさすら覚える。

 

作戦は決まった。

敵が何かを仕掛けてくる前に、アグニカという切り札を投入する。

盤面ごとひっくり返す力、使わない理由はない。

 

少しだけ、いつもの調子を取り戻したアグニカ、その腕に星熊は抱きつき、頬擦りをした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

(また何もできなかった……私……)

 

クーデリアは階段の段差に腰掛け、ぼんやりと虚空を見つめていた。

あの切迫した状況でも、きびきびと対応していた鉄華団のメンバー達。

普段からの備えが結実した形だ。

常に出来ることをして、それが積み重なって、さらに大きな出来ることに変わる。

クーデリアは、いざという時に無力だった。

皆を幸せにすると謳いながら、怪我人救出の手伝いすら出来ない。

こんなことで、本当に火星独立など出来るのだろうか……

自分に出来る事って、なんだっけ?

答えの出ない思考のループに陥っていた。

そんな時、子供達が固まって歩いてきた。

 

「あれ?クーデリア先生?」

 

「えっ?あっ、ど……どうしたんですか?皆そろって」

 

子供達が見上げるようにクーデリアを見る。

 

「タカキにって、みんなで集めてるんだ」

 

「先生もなんかない?」

 

見れば、小皿にどっさりとお菓子が詰められていた。色んな形や色のクッキー、顔の描かれたものまである。ちらほら見える火星ヤシは三日月のものだろうか?

 

「お菓子ですか?」

 

「うん」

 

「ってか先生は何してたの?」

 

痛いところを突かれ、咄嗟に視線を外す。

 

「あっ、私はその……私には何もできないから、だから……」

 

こうして、縮こまっていました。

 

「ありますよ。できること」

 

「……えっ?」

 

アトラの真っ直ぐな声が響く。

 

「まずは、お見舞いです」

 

「あぁ……」

 

小さな事から、出来る事をやっていく。

それが前に進むという事だ。

目的地までワープする方法など、この世に存在しないのだから。

それに改めて気付いたクーデリアは、元気さを取り戻し、尻のほこりを払って立ち上がったのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「誰もいない……」

 

ブルワーズの船団、モビルスーツデッキに降り立った昌弘は、ただっぴろくなってしまったデッキを見渡した。

あれだけあったマン・ロディも、帰還したのは自機のみ。

あとはクダル・カデルのガンダム・グシオンだけだ。

仲間達も皆居なくなった。

アストン、ビトー、デルマ、ペドロ。

残ったのは自分一人。

戦果は皆無。惨敗、大敗北だ。死を覚悟するほどの。

 

グシオンからクダルは降りてこない。

整備士すらいない船内は、不気味なほど静かだ。時間が止まってしまったかのように。

 

「兄貴……」

 

いるべき者が居なくなって、いるはずの無い者が現れた。

まるで、世界が反転したかのようだ。

 

「どうして……今になって……」

 

もうとっくに諦めていた。

ここは底無しの絶望だ。

ここより酷い場所はいくらでもあるのだろうが、ここほど希望がない場所もない。

ヒューマン・デブリに、心などあってはいけないのだ。

 

だから、兄が助けにくるなんて希望は、とうの昔に捨てた。

望めば望むほど、現状が耐えられなくなるのだ。

希望があるから苦しむ。なら、最初からそんなもの、無い方がいい。

 

ブルワーズが大敗し、いよいよ絶望的になった時に、それに反比例するかのように現れた兄、昭弘。

これは試練なのだろうか。

心を殺したまま、苦しみを最小限に抑えたまま死ぬか。

心を殺しきれず、希望を追い求め、最大限の苦しみを味わいながらも、針の穴を通り抜けるような賭けをして、生きるか。

そのどちらかを選ぶ。

 

昌弘の思考を遮るかのように、ドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。

整備士達だろうか?何やら重機や機械の駆動音がそこかしこから聞こえてくる。

 

ふと目をやると、そこには異形の鉄塊がいた。

 

「ひっ!?」

 

それは人ぐらいの大きさの、アームが二本ついたロボット。

色は黒く、全面には大きな目玉のようなカメラがついている。その色は赤く、血に染まっているかのようだ。

キャタピラ式のものや、四本足、蜘蛛のように多足のものがいて、それらが昌弘の横を通りすぎ、マン・ロディとグシオンの整備に取り掛かる。

 

その作業音はまさに轟音。

地獄の鐘の音、悪魔の大合唱だ。

 

耳を押さえても、身体を通り抜けていく音波に、昌弘は膝をつく。

自分も何かを叫んでいるが、それすら聞き取れない。

 

一種のパニック状態に陥っていた。

全てが反響し、全てが混ざり合う。

そこには拒絶と、問答無用で入り込んでくる苦痛。

制御不能の力そのものであり、絶対に理解できない、相容れないもの。

 

誰とも分かり合う事なんて出来ない。

受け入れるなんて論外だ。そんな事をすれば、自分は壊れてしまう。

和解など、不可能。

拒絶する事をやめれば、ただ苦痛に翻弄される惨めな奴隷が残るだけ。

昌弘は、話し合うという事の無意味さを理解した。

真に頼れるのは、憎悪と、暴力のみ。

 

そして、この苦しみから解放される手段は、一つ。

ーーーーーーーーーーーーー

 

医務室にて、ナノマシンベッドの治療液に浸かり、眠ったままのタカキがいる。

そこには付きっきりでメリビットがいて、昭弘がいる。

オルガと三日月も入ってきたが、昭弘は気付いていないようだ。

タカキを見下ろしながら、ぽつりと呟いた。

 

「罰が当たったのかもしれねぇな」

 

「罰がどうしたって?」

 

「!、お前ら……」

 

二人の顔を見て、すぐに視線を逸らす。

そこにはいつもの堂々とした姿はない。

オルガは諭すように言う。

 

「昭弘、お前がタカキのことを自分のせいだって思ってんなら、そりゃ違うぞ。ありゃあ俺が指示を出したんだ」

 

「あっ……いや」

 

しどろもどろな生返事に、三日月が小首を傾げる。

 

「なんからしくないな、昭弘」

 

「……そうだな。らしくねぇんだよ俺は、ヒューマン・デブリらしくねぇ」

 

苦虫を噛み潰したような顔になり、吐き捨てるように言った。

 

「なんだそりゃ」

 

「弟がな……いたんだ」

 

「弟?」

 

初耳だ。オルガは黙って聞き入る。

 

「昌弘っつって……ヒューマン・デブリとして俺とは別々に売り飛ばされた。迎えに行くって言ったのによ、いつの間にか、どうせもう死んでるって……勝手に思い込んでた」

 

「その弟が?」

 

「タカキを襲ったモビルスーツに乗ってやがった……!」

 

数奇な運命を呪うように、怒気をはらんだ声を出す。だが、それもすぐに萎んだ。

 

「俺よ、最近楽しかったんだ。お前らと鉄華団を立ち上げて、一緒に戦って、仲間のために……とか言ってよ。姐さんたちにしごかれんのも楽しかった」

 

哀愁すら漂う顔色が、だんだんと暗い色に染まっていく。まるで宇宙を漂う鉄屑のような色に。

 

「楽しかったから、俺がゴミだってことを忘れてた。ヒューマン・デブリが楽しくっていいわけがねぇ!……だから罰が当たったんだ」

 

胸の内を吐き出し終えた昭弘を、大きな虚無感が襲った。

これだけ良くしてくれたオルガ達を、全力で拒否するような事を口走った。

身に余る幸福を、全てこぼれ落としたのだ。

もう、死んでしまいたい……

 

「そっか。俺たちのせいで昭弘に罰が当たっちゃったんだ」

 

「あっ、いや、そういうわけじゃなくて……」

 

だから三日月の検討違いのような言葉に、昭弘は狼狽する。

 

「鉄華団が楽しかったのが原因ってことは、団長の俺に責任があるな」

 

「いや違う!俺が言いてぇのは……!」

 

そこで初めて、オルガの目を見る。

彼の真っ直ぐな目に、ぴたりと動きが止まる。

 

「責任は全部俺が取ってやるよ。昌弘って弟のこともな」

 

「何を言って……」

 

「別にお前の弟は、望んで俺たちの敵に回ったわけじゃねぇんだろ」

 

「それは……わからねぇ」

 

海賊として残虐な行為に手を染めているのか。それは彼の意思なのか、強要されたのか。

その状況を、彼は受け入れているのか、まだ抗っているのか……何も分からない。

 

「どのみちお前の兄弟だってんなら、俺たち鉄華団の兄弟も同然だ。なあそうだろ?お前ら」

 

オルガが後ろを振り返れば、鉄華団のメンバーが揃っていた。

 

「当ったりめぇだろ!」

 

「なんの話かと思えばよぉ」

 

「水くせぇにも程があんだろ」

 

「だね」

 

シノ、おやっさん、ユージン、ヤマギが、それぞれ昭弘を励ます。

後ろには子供達もいて、アトラ、クーデリア、クランクもいる。

 

「んじゃ、責任の取り方をみんなで考えようか」

 

「お前ら……」

 

ビスケットの言葉で堰が切れ、溢れ出す感情に肩を震わせる昭弘。

 

「ったく何をごちゃごちゃ言ってるかと思えば!なぁヤマギ!」

 

「うん」

 

「若ぇなぁ……」

 

「わかりずれぇんだよ、お前は」

 

皆がわいのわいの言っていると、ナノマシンベッドから声が聞こえた

 

「あ……あの~なんかうるさくて寝てらんないんですけど……」

 

「タ……」

 

「タカキ!」

 

ライドがナノマシンベッドに飛び付く。

 

「えっ?あれ?」

 

ベッドに寝かされている事に今気付いたのか、周りをきょろきょろと見渡すタカキ。

 

「おお~!気ぃ付いたか!」

 

「よかった……」

 

シノは手放しに喜び、ヤマギもほっと胸を撫で下ろす。

 

「心配かけやがって」

 

「なんにせよよかったぜ」

 

ユージンは平静を保ったふりをしつつも、内心は喜んでいる。

おやっさんも病室でなければタバコを取り出していただろう。

 

「ちょっと、一応医務室なんですから……ふふっ」

 

皆の喜び様を見て、クスリと笑うメリビット。

 

「びっくりさせやがって!おめぇ起きんの遅ぇんだよ!ほらみんなでお菓子持ってきたんだぜ!ほら!」

 

ライド達がベッド周りに群がり、タカキの意識が戻った事を祝っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

イサリビのブリッジにて、クーデリアを交えた簡単なブリーフィングが行われていた。

オルガ、ビスケット、シノ、ユージンが立っていて、ダンテやチャド、フミタンも通信オペレーターとして参加。

ビスケットが壁のパネルに表示された座標を指差す。

 

「アグニカとアミダさんによると、ブルワーズが奇襲をかけてくると予想されるポイントはここ」

 

「デブリ帯……ですか?」

 

クーデリアがビスケットを見る。

 

「はい。厄祭戦のときに放棄されたモビルスーツや船の残骸が密集している一帯で、この中に回廊状の抜け道があるんです」

 

「なんでこんな不自然にデブリが固まってんだ?」

 

チャドが疑問符を浮かべる。

 

「このデブリの中には稼働中のエイハブ・リアクターがいくつも残っているんだ」

 

「つまりリアクターから発生した重力がデブリを捕まえてるってわけか」

 

アグニカはエイハブ・リアクターの場所を感知できる。これらを回収し、業者に売ればかなり纏まった金額になるだろうが、今はここを迂回して進む。

 

「リアクターが重力を発生させてるんですか?」

 

「はあ?」

 

当たり前だろ、という顔になるユージン。

 

「今艦内の重力を作っているのも、エイハブ・リアクターですよ?」

 

「えっ?そっ、そうだったんですか……」

 

ビスケットが控え目に言い、クーデリアは赤面して下を向く。

 

「マジか……」

 

彼女の知識の偏り具合に、ユージンは呆れ気味である。

 

「すみませんお嬢様。私がもっとしっかり説明しておくべきでした」

 

「い、いえ……フミタンのせいでは……その……すみません……」

 

最後は消え入りそうに小さくなる。

重力を作っているのが何かなど、気にも留めないのが普通だろう。

しかし、やはり自分から学ぼうとしなければ、知識とは入ってこないものだと知った。

 

「そういうわけだから、普通の船は不安定な重力に支配されたこの回廊は通らない」

 

「当然エイハブ・ウェーブの干渉もでかい。その中で敵の位置を特定するのは無理だってよ。アグニカ以外は」

 

「どうしてそんな危険な所を航路に組み込んだんだ?」

 

チャドの疑問はもっともだ。

だが、誰も立ち寄らないという確かな情報は、全てが不確かな宇宙において、かなり安定した情報となるのだ。

 

「テイワズが独自に調査して発見した航路で、単純に近道なのと、今回みたいな隠密性の高い仕事のときは何かと重宝するらしいよ」

 

「ま、敵の居場所が分かってるから、アグニカがそれをぶっ潰してくれる。俺らは他に何か起こらないか、しっかり見張っておくんだよ」

 

「何かって?何が起こるってんだよ」

 

チャドは小首を傾げる。

その問いに答えるのは少し難しい。

だが、アグニカの勘だ。信じる。

 

「アグニカの勘を信じる。あいつが危険だってんなら、守りに徹して迂回ルートを進む事に異論はねえ」

 

オルガの説明で、チャドも納得する。

 

「しかし本当にブルワーズという海賊はそこにいるのでしょうか?」

 

クーデリアは納得いかないといった様子だ。

主力のモビルスーツをほぼ全て失い、まだ戦う意思があるとは思えない。

今はデブリ帯に隠れているらしいから、戦うのではなく隠れてやり過ごす、あるいは罠に引き込むのが狙いと考えられる。

 

「確かに敵も、僕らがここを通らない可能性を考えるかもしれません。その場合敵が逃げてしまう可能性もある」

 

そこで、バエルゼロズに長距離貨物用ブースターと取り付けている。

これにより速度を跳ね上げる。

ここから敵艦まで20分とかからないほどだ。

 

「これで速攻を仕掛けます。敵が何を仕掛けてきても、アグニカの速度には敵わない」

 

遠距離から超速度の兵器を発射、敵を完膚無きまでに破壊し、沈黙させる。

理想的といえる作戦だが、油断や慢心は許されない。

進んで使うのではなく、それしか方法がないから、この作戦を使うのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「一人で行くんだってな」

 

モビルスーツデッキにて、バエルゼロズのとブースターの連結作業を見ていたアグニカに、昭弘が声をかけた。

 

「ああ」

 

アグニカが短く答える。

いつもはキャイキャイ言っている星熊も、今は自機の整備中だ。

 

昭弘は拳を固く握る。

自分もついて行きたい。

昌弘が乗るモビルスーツを捕まえて、鉄華団に連れてきてやりたい。

だが、状況はそう甘くないらしい。

今まで鉄華団を窮地から救ったアグニカが、今回は危険だと判断したためだ。

ならば、昭弘もそれに従う。

割りきれない気持ちはあるが。

だから、こうして嘆願する事が、精一杯の出来る事だ。

 

「ヤツらが出てきて、そん中にもし弟が……昌弘がいたら、そのときは……」

 

「心配するな」

 

「えっ」

 

俯いた顔を上げ、昭弘はアグニカの顔を見る。

 

「あの程度の敵なら、軽くあしらえる。無論、生け捕りも可能だ」

 

「アグニ……」

 

「だが嫌な予感は消えない。鉄華団の安全と弟の確保、どちらかを優先しなければならない状況だと……約束は出来ない」

 

「……ああ、分かってる」

 

それでいい。

戦場に確かな事などない。

今はただ、仕事を果たし、できる事をして、祈るだけだ。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

バルバトスに乗り込む三日月に、後ろから声がかけられた。

 

「あっ、三日月!」

 

「ん?」

 

振り返れば、アトラとクーデリアが浮遊してきた。

 

「よかったー」

 

「間に合いました」

 

二人とも急いで来たようだ。

アトラが風呂敷に包まれた箱を差し出す。

 

「これ」

 

「何?」

 

「お弁当。クーデリアさんと作ったの」

 

「あっ、私はその……簡単なお手伝いだけですが……」

 

「そっか、ありがとう。アトラ、クーデリア」

 

三日月が微笑み、二人がぱっと笑顔になる。

 

「もっとおいしいもの用意して待ってるから、絶対帰って来てね!」

 

「お気をつけて」

 

「うん」

 

二人に見送られ、バルバトスに乗り込む。

 

「ふ……」

 

その様子を、おやっさんは見守っていた。

大人達に道具扱いされ、弾避け程度にしか思われていなかった彼らが、いつの間にか、守るべきものを両手に持っている。

そんな成長のような光景に、胸がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

『ブースターとのドッキング完了』

 

フミタンの通信が入り、バエルゼロズのコクピット内のアグニカは目を開ける。

全員と通信を繋ぎ、最後の説明をする。

 

「これから俺がブルワーズの船団を襲撃する。他は船の周りに出て防衛任務だ。ペアを組んで、必ず孤立しないようにしろ。三日月とラフタ、アジーとアミダ、星熊と虎熊、クランクと昭弘、ダンジが組め。

何があっても船から離れるな。ブルワーズの船を沈め次第、デブリ帯を迂回して進む。少なくともデブリ帯が見えなくなるまでは全力防衛を続ける。以上だ」

 

「「「「「了解」」」」」

 

パイロット達は準備完了だ。

アグニカが出撃し次第発進し、船の周りに展開する。

 

フミタンが画面ごしにアグニカの顔を見る。

最近は顔を見る事すら出来なかったが、アグニカの表情の変化には気付けた。

 

『アグニカ……』

 

「うん?」

 

発進シークエンスを待っていたアグニカは、フミタンに呼ばれて、彼女の顔を見る。

 

『あ、いえ……失礼しました』

 

「別に失礼じゃないが」

 

『……お気をつけて』

 

「ああ、大丈夫だ」

 

アグニカがニヤリと笑う。

いつもの狂気的なものではなく、微笑に近いものだった。

フミタンも少し微笑む。

 

『カタパルトハッチ開放、発進、いつでもどうぞ』

 

「よし、アグニカ・カイエル、バエルゼロズ、すぐに戻る」

 

バエルゼロズが発進した。ブースターで加速し、すぐに見えなくなってしまった。

 

続いてバルバトス、ラフタの百里が出る。

 

「しばらくバディだね。よろしく三日月!」

 

「悪いね、面倒なことに巻き込んじゃって」

 

「いいっていいって!昭弘の弟助けに行くんでしょ?んな話聞いちゃあ、こっちも黙ってらんないっての!」

 

ラフタが快活にウィンクする。

その心意気に、三日月も表情が柔らかくなる。

 

バルバトスはグシオン対策として、シールドを取り付けた特製メイスを装備していた。

取り回しはやや悪くなったものの、その防御力と幅の広い盾部は衝撃を殺し、あのグシオンハンマーの殴打にも耐えられるだろう。

 

ダンジの阿頼耶識対応型シュヴァルベ・グレイズも発進。

防衛戦の待機状態とはいえ、初めての戦場の空気に、ダンジの心臓は早鐘のように鼓動を打ち鳴らしていた。

 

「ダンジ、お前は俺と昭弘の援護だ。そんなに気負う事はない」

 

「は、はいっ!」

 

通信にて、クランクがダンジに声をかける。

モニターのクランクの顔を見ただけで、大分緊張はほぐれたようだ。

そんな姿に、クランクは困ったような顔をする。

しかし、すぐに気を引き締める。

 

「お前に出来る事をやれ。シミュレーションや戦術訓練は、自分に出来る事の確認だったのを忘れるな」

 

「はい!俺は俺に出来る事をします!」

 

「それでいい。自分を見失うなよ」

 

戦場で自分を見失えば、その先に待つのは死だ。

そして多くの場合、その死は拡大し、伝染する。

 

アグニカという強大な壁が受け止めてくれた自分と違って、彼らには、そんな末路を辿って欲しくない。

 

クランクは操縦機を強く握り、決意を新たにした。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「バエルゼロズとのデータリンク、間もなく途切れます」

 

「よし、周囲の警戒を緩めるなよ」

 

イサリビのブリッジにて、皆が緊張の眼差しで、中央モニターを見る。

 

バエルゼロズが発進してからもうすぐ20分が経過する。

ブースターを全開で飛ばしているので、かなり早く敵と接触するだろう。

あとはアグニカが敵艦を破壊し、帰還するのを待つだけ。

 

デブリ帯から少し離れたところに、イサリビを初めとする船は待機していた。

長い時間が流れる。

 

バエルゼロズとの通信が途切れた。

だが、アグニカからはこちらの情報は感知できる。

彼の特殊能力なら。

 

何も心配することはない。

 

空間に亀裂が入った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

回廊を独り進み、アグニカはブルワーズの船団を捕捉した。

強襲装甲艦が二隻、貨物船が四隻だ。

モビルスーツのエイハブ・ウェーブは二つ。

一つはマン・ロディで、もう一つはガンダム・グシオン。

 

「居た」

 

グシオンはそこそこ強そうだが、それ以外でアグニカの動きについてこれる者はいまい。

つまり、簡単にカタがつくはずだ。

何もなければ。

 

デブリを切り裂き、ブルワーズの船に一気に近付く。

敵もこちらを捕捉したはず。

初動すら許さぬ早さで、敵を仕留める!

 

 

アグニカの視界が光に包まれる。

眩い閃光に、アグニカは目を細める。

 

「これは……!」

 

どこかで見た事がある光だ。アグニカは少し驚く。

これを、自分は、どこかで……

 

光が弱まり、視界がクリアになっていく。

閃光弾とも違う、独特の色彩と輝きだった。

その先の光景に、アグニカは絶句する。

 

「なっ……なんだと!?」

 

ブルワーズの船が消えていた。

急速移動したとか、そんな次元のものではない。

跡形も無く消えていた。

エイハブ・ウェーブも感知出来ない。

 

自爆!?

 

そう考えた次の瞬間、ブルワーズの船を感知した。

だがそれは、あり得ない場所にだ。

絶対に、あり得ない座標に、ブルワーズは居た。

 

イサリビの目の前に、奴等はいる!

 

「馬鹿なっ!!」

 

さっきまで確かに、ここに居た。

なのに今は、ずっと後ろにいる。

 

可笑しい、理屈に合わない。

 

これはまるで……

 

「瞬間移動だと!?」

 

思い出した。

あの光は、300年前からここに飛ばされて来た時に見た光だ。

 

膨大なビーム兵器、その自爆攻撃を受け、時空間の歪み的なものに呑み込まれ……

 

ビーム兵器?

 

そうだ、あれはビームの色だ。

ビーム方式転送装置。

存在しないはずの、架空のテクノロジー。

完成するはずがない。

 

そして、ビーム兵器を使う存在など、一つしかない。

しかしそれは、架空のテクノロジー以上に、存在しないはずのもので……

 

「モビル……アーマー…………?」

 

天使の生き残りが居た。

あれから300年間、世界のどこかに隠れ、息を潜めていたのだ…………

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「こ……これはっ!?」

 

オルガはあまりに現実離れした光景に、表情をひきつらせた。

驚愕に言葉も出ない。

 

イサリビの目の前に、空間の亀裂が入り、そこから船が飛び出してきたのだ。

宇宙空間よりも黒く、暗いヒビ穴から、二隻の強襲装甲艦と、四隻の貨物船が出てくる。

 

「な、なんだあありゃあ!?」

 

ユージンはパニックのあまり立ち上がる。

ダンテもチャドも悲鳴を上げる。

 

「右に避けて!!」

 

ビスケットが絶叫する。

ハッと我に返った頃にはもう遅い。

イサリビとハンマーヘッドの側面に、ブルワーズの強襲装甲艦がぶつかった。

衝撃に船が揺れる。

 

「「「うおあああああっ!!」」」

 

ブリッジが揺れ、皆がバランスを崩さないように、その場に掴まるので精一杯だ。

 

フミタンが即座に立ち直り、モニターの危険アラートを見る。

 

「……!?カーゴブリッジ損傷!艦内に侵入者!!」

 

「なんだと!?」

 

オルガの顔色が変わる。

 

「くそっ!シノ!やってくれ!!」

 

『おうよ!おい行くぞおめぇら!!』

 

シノが率いる陸戦部隊が、侵入者排除に向かう。

 

「艦内に侵入者!非戦闘員は、所定の位置に避難してください!」

 

フミタンが艦内に警告を発する。

 

「くそ!ハッキングだけは絶対させねえ!」

 

ダンテはアグニカと組んだ防壁プログラムを展開。敵の内部工作を防ぐ。

 

「……!ハンマーヘッドにも敵が侵入!」

 

「兄貴のとこにも!?」

 

ビスケットの報告に、さらに切迫した空気になる。

ほぼ零距離からの砲撃が命中し、艦内に衝撃が走る。

 

「ぐおあっ!」

 

「……くっそ!とにかく撃ち返せ!」

 

反撃の砲撃と同時に、三日月の駆るバルバトスが、敵艦のブリッジを叩き斬る。

 

『オルガ!大丈夫!?』

 

「ミカか!助かった……ぐっ!」

 

爆散するブルワーズの船。

初めから自爆攻撃が目的だったらしい。

爆風にイサリビが吹き飛ばされ、モビルスーツ達も四方に飛ばされる。

ハンマーヘッドにぶつかった方も自爆、爆炎とともに紫色の煙が場を包む。

モニターが砂嵐に消え、感知器は全て用を成さない。

 

「ナノミラーチャフ!?」

 

チャドが叫ぶ。

 

「ミサイル全問発射!焼き払え!!」

 

「待って!この距離じゃ三日月達に当たる!」

 

「はあ!?じゃあどうすんだよ!?」

 

ユージンが号令を出すが、ビスケットに待ったをかけられる。

味方への誤爆は避けたい。

 

「船を90度回頭!チャフの範囲内から出ろ!」

 

オルガが叫ぶ。

アグニカから(クランクを経由して)渡された戦術指南書と、タービンズや童子組と連携動作の取り決めをしていて正解だった。

視界が覆われた場合、左右にぐるりと回り込んでその先で合流。

 

イサリビは右に向き、一気に加速する。

この煙を抜け出さなくては、何が起こったかも把握出来ない。

仮に視界がクリアでも、今の状況を把握出来るかは、オルガには分からなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「オルガ!」

 

視界が煙に包まれ、イサリビとの通信が取れなくなった。

作戦マニュアルによれば、こういう場合は左右に移動しているはずだ。

自分も合流せねば。

煙の中を突っ切っていく。

その煙を引き裂いて、大質量の鉄のハンマーが降り下ろされた。

 

「ッウ゛!!」

 

咄嗟に肩部のシールドメイスを使い、重力の起点とすることで、車輪のようにぐるりと回る。

間一髪で攻撃を避け、もう片方の手で太刀を抜刀、刺突する。

流れるようなカウンター攻撃も、敵の厚い装甲に弾かれる。

 

「チッ……コイツか」

 

眼前にいたのはガンダム・グシオン。

そのツインアイが赤く光り、稲妻のように軌跡を残す。

 

『ヒャアアアアアッ!!!殺す!殺す殺す殺す殺す!!ぶっ殺す!!!』

 

「邪魔だ……こいつ」

 

バルバトスのツインアイが緑色に光る。

スラスターを全開にして突撃する。

 

『アグニカが戻ってくるまでに終わらせろ!!殺せるだけ殺してやれえ!!』

 

グシオンの超パワーのハンマーを、シールドメイスで受け止める。

凄まじい衝撃に、フレームは悲鳴を上げ、コクピットはグワングワンと揺れる。

 

「……ッ!!」

 

シールドメイスの鉄塊部は幅が広く、グシオンハンマーの直撃を喰らっても砕けない。

表面にはナノラミネートアーマーを蒸着させているため、耐久性は上昇している。

 

シールドでハンマーを受け止め、太刀で敵のカメラアイを突く。

しかし太刀を握り止められる。

 

『二度も通じると思うなよお!!』

 

ほぼ零距離から、400mm口径砲「バスターアンカー」を撃ち込む。

胸部拡張フレームに計4門が内蔵された近接爆砕砲で、強襲装甲艦にすら有効打となる威力だ。

シールドメイスで防いだとはいえ、とんでない威力に吹き飛ばされるバルバトス。

 

「ぐぅぅ……っあ!!」

 

モニターがバグるほどの衝撃に、三日月は歯を食い縛る。

吹き飛んだ先で、後ろにグシオンが回り込む。

加速装置付きの鉈、グシオンチョッパーを降り下ろす。

右肩の装甲が破壊される。

シールドメイスを前面に出し、シールドチャージ。

グシオンの左腕の間接部に太刀を突き刺し、抉る。

 

『けきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!』

 

サイドスカートに隠し持った球体手榴弾を落とし、シールドメイスの横をすり抜け、バルバトスの胸部で爆発。装甲がダメージを負う。

90mmサブマシンガンをバルバトスの顔面に撃ち込み、角が片方折れる。

トドメに加速した回転蹴りをぶち込まれ、バルバトスは横に吹き飛ぶ。

 

「がっ!!……ッ゛、ハァ、ハァ、ハァ……」

 

汗が噴き出す。

集中力を限界まで引き上げないと、一気に攻め落とされる。

 

グシオンの体当たりを喰らい、またも吹っ飛ぶ。

サブマシンガンの弾丸をシールドメイスで防ぎ、投擲されたグシオンチョッパーを太刀で叩き落とす。

怒濤のラッシュ攻撃。息をつく暇もない。

 

(単純な速度差……いや、反応速度の差か……情報処理の量と、掛かる慣性の大きさもおかしい……)

 

これが阿頼耶識の差。

あるいは、狂気の差だ。

奴の戦い方は、自身の身すら消耗品としか見ていない、燃え落ちる城のような戦い方だ。

 

バルバトスの腕を、別のモビルスーツが掴んだ。

 

「しまっ……!」

 

敵の伏兵がいたのか。

太刀で応戦する。

 

『ちょっ、ちょっと待った!三日月!』

 

「……え、ラフタ?」

 

そこに居たのはラフタの乗る百里であった。

 

『私とアンタはバディでしょ!何孤立させられてんの!一緒に戦うよ!』

 

「あ、ごめん……でも助かるよ」

 

バルバトス、百里の前には、ハンマーを回収したグシオンが、静かにプレッシャーを発していた。

 

『あいつ、強そうだね』

 

「うん。かなり面倒な相手だ」

 

『二人がかりでやるよ。いい?』

 

「ああ、分かった」

 

バルバトスは太刀を前面に構え、百里は110mmライフル二挺を構える。

 

『あいつの弱点はガス欠になりやすい事。機動戦に持ち込めば勝手に動けなくなるはずだよ』

 

「うん。さっきからかなり使ってるはずだ。切れるのも時間の問題だと思う」

 

『よーし!んじゃあやっちゃいますかね!』

 

バルバトスと百里が突撃する。

 

それを見たクダルは、蛇のように牙を見せ、舌舐めずりをした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

イサリビはチャフ範囲から抜け出した。

モニターが回復する。

すると目の前には大量のトンボの群れがいた。

 

「なっ……んだ、ありゃ……」

 

トンボのような形の無人機だ。

大きさは一匹5メートルほどで、四本の羽が可変スラスターになっている。

その腹には銃器のような装備も見える。

 

それが何百匹と飛び交っている。

 

それがうねりとなって、イサリビに突っ込んでくる。

 

「なんかヤベえぞ!?」

 

「撃ち落とせ!」

 

イサリビの火器、砲台を使って、次々とトンボの群れを撃ち落とす。

しかしバラけて飛んできたものは対処しきれず、接近を許してしまう。

 

近付いたトンボはそのままイサリビに体当たりし、自爆する。

そこそこ大きな威力の爆発で、しかもそれが連続して叩き込まれる。

 

「ぐぅぅぅおっ!!」

 

またしても船が揺れる。

このままでは装甲が焼き切られる!

 

そこにグレイズが飛び込んできた。

イサリビと同じく、チャフの効果範囲を抜けてきたクランク・ゼントだ。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

ライフルを撃ちまくり、細かく分かれたトンボ達を撃ち落とす。

撃ち漏らしにはバトルアックスを叩き込み、爆破させる。

 

そこに昭弘のグレイズと、ダンジのシュヴァルベ・グレイズも駆け付けた。

 

「くそっ!今度は何だ!?」

 

「クランク先生!どうすれば!?」

 

「あれを撃ち落とせ!近付けさせるな!」

 

「「了解!」」

 

グレイズ二体とシュヴァルベ・グレイズによる弾幕。

トンボを次々と撃ち落とす。

しかしあまりの物量に、徐々に間に合わなくなる。

 

「加速して振り切れ!距離を取れば倒せねえ相手じゃねえ!!」

 

トンボは弾丸一発で破壊できる。

だが数が多すぎるため、処理しきれないのだ。

クランク達もイサリビにしがみつき、同時に応戦する。

 

「くそっ!兄貴のとことは連絡つかねーのか!?童子組は!?」

 

「駄目です!両方とも繋がりません!」

 

フミタンが叫ぶが、同時にモニターにハンマーヘッドと鬼武者の姿が映った。

少し距離があるが、確かに視界に捉えた。

その二隻も、トンボの群れに襲われていた。

アジー、アミダ機と、星熊、虎熊が迎撃している。

しかもブルワーズの貨物船四隻が体当たりしてきており、こちらより状況は切迫している。

 

「兄貴!兄貴の方へ援護に向かう!先ずはこの蟲をなんとかするぞ!」

 

トンボもかなり数を減らしている。

このまま落とし続ければ勝機はある。

しかし、依然としてハンマーヘッドと通信は繋がらない。

 

「こいつら……ジャミングしてんのか!?」

 

ダンテが叫ぶ。

どうやらこのトンボ、通信妨害機能もあるらしい。連絡が取れないのはそのためだ。

 

ハンマーヘッドや鬼武者との連携のために、チャフの範囲内から飛び出したというのに、肝心の通信がまだ出来ない。

じりじりして、嫌な感じだ。

こちらのしたい事を先回りして潰される。

 

「アグニカからの連絡は!?」

 

アグニカなら、この状況、あるいは。

 

「繋がりません!」

 

フミタンの不安げな声が響く。

オルガは歯軋りをした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

昭弘がライフルの弾倉を取り換える途中、警告アラートが鳴り響いた。

横からモビルスーツが近付いてくる!

 

「昭弘さん!」

 

シュヴァルベ・グレイズがバトルアックスを構え、前に出る。

高速で飛来してきたマン・ロディの左腕を、擦れ違いざまに切り落とすが、敵はそれを無視し、昭弘のグレイズに体当たりする。

 

「ぐおあっ!?」

 

そのままバランスを崩し、マン・ロディと共にデブリ帯の方へ落ちていく。

 

「昭弘!」

 

クランクの声が聞こえる。

だがそれよりも、目の前のマン・ロディのパイロット、その呟きに全神経が注がれていた。

 

『あにき……』

 

「ま……昌弘!昌弘ぉ!!」

 

捜し求めていた弟が、今目の前にいる。

昭弘は叫ぶ。

 

「昌弘!迎えに来たぞ!!遅くなってすまねえ!けどもう大丈夫だ!!」

 

『むか……えに……?』

 

ようやく言えた。

ようやく助けに来れた。

ようやく、約束を守れた。

 

「ああそうだ!お前を迎えに!助けに来たんだ!!こっちに来い!」

 

『そっか……あにき、むかえにきてくれたんだ』

 

「ああ!ああ!!昌弘、やっと!」

 

『おれ、たすかるんだね……』

 

希望に溢れた昭弘の表情。

鉄華団で保護すれば安心だ。全て解決だ。

だが今は非常事態だ。仲間の、家族の危機を救わねばならない。

 

「ああそうだ!助かる!だから一旦止まって……」

 

 

 

 

 

『いっしょにしのう、あにき』

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

笑顔が止まる。思考が止まる。

デブリ帯に入り、流れ星のような視界が広がる。

昭弘を置き去りに、全てが進む。

 

『おれ……まってたよ……』

 

涙ぐむ昌弘の声。

 

『ここからかいほうされるひを……ずっと、ずっとね。

あにきといっしょなら、おれ、こわくないよ』

 

「何を言ってる!?昌弘!おい昌弘お!!」

 

『おやすみ……』

 

昌弘の言葉を最後に、周囲を眩い光が包み込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

バルバトスと百里の周りも、大分チャフが薄れてきた。

 

二人のコンビネーション抜群の攻撃で、さしてダメージを負う事なく、グシオンのスラスターを消耗させる事が出来た。

 

多少余裕の色がついてきた二人だが、すぐに驚愕の表情に変わる。

 

周囲をトンボが飛び交う。

いつの間にか現れた無人機は、バルバトスと百里に体当たりし、自爆する。

 

「ぐっ!?」

 

「きゃああ!なんなのよこれぇ!?」

 

 

四方八方からの自爆攻撃。

それらに翻弄されているうちに、グシオンの周りにもトンボが群がる。

トンボの腹につけられたタンク、そこからチューブが伸び、グシオンの装甲の隙間に入っていく。

 

「なっ……!?あれってまさか!」

 

ガスの補給をしている。

敵の撹乱と時間稼ぎ、味方の補給と整備と担当する小型無人兵器。

 

かの厄祭戦を知る者なら、これらをこう呼んだだろう。

 

天使の翼(プルーマ)

 

ラフタがライフルを射撃、多数のトンボを撃ち落とす。

 

「三日月!こいつらは私がやる!アンタはグシオンに補給させないで!」

 

「分かった!」

 

バルバトスがグシオンに斬りかかる。

グシオンは右腕の装甲で防御、火花が散る。

流石に戦闘中に補給は出来ないようで、補給トンボも離れていく。

 

『くけっ!くきゃきゃ!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!』

 

「……そろそろ死ねよ、お前」

 

太刀を振り上げるが、イサリビの方から眩い光が差し込んできた。

モニターが真っ白になる。

視界を埋め尽くし、思考すら奪うような光だ。

 

全ての音、色、感覚が失われ、浮遊感が身を包む。

決して抗えない、力の塊。

それを見た三日月は、気絶するように意識を失った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

『艦内に侵入者!非戦闘員は、所定の位置に避難してください!繰り返します!』

 

食堂に待機していたクーデリア、アトラ、メリビットは、フミタンの切迫した声のアナウンスを聞いて、不安げな顔をする。

 

「そんな……艦内に、敵が!?」

 

クーデリアは狼狽する。

家族の居場所であるイサリビ、そこが血塗られた戦場になるのだ。

とても耐えられない。

 

「大丈夫!大丈夫だよ!」

 

アトラがぺたっと机に寝そべり、クーデリアの手を握る。

その温かさに落ち着きを取り戻したクーデリア。

 

「三日月は大丈夫。それに、皆が守ってくれるから」

 

今までだって、皆が協力して、強大な相手との戦いを切り抜けてきた。

誰一人欠けず、ここまで来れたのだ。

きっと今回だって。

 

メリビットもそんな二人を見て微笑む。

 

食堂は避難区画に含まれるが、他の人員はほぼ作業員なので、それぞれの持ち場かその近くに避難しているのだろう。

ここにいるのは女性陣三人だけ。

 

しばらく戦闘の衝撃が伝わってきたが、それらとは比べ物にならない振動が、彼女らを襲った。

 

ズン、と重い音。横に吹き飛ばされるような揺れ。留め具すら壊れ、食器が大挙して落ち、割れる破滅的な音。鉄の壁や床が軋む音。消える照明、暗闇の中、身体の自由すら奪われる恐怖。

自分の悲鳴も聞こえない、音と衝撃と暗闇の中、自分が今どうなっているかすら分からない。

ただクーデリアは叫んだ。

誰に、何を、なんて分からない。

不明瞭だが大音量で、己の全てを出しきるような悲鳴を。

 

床に叩きつけられ、冷たい床の温度が伝わってくる。

誰でもいいから、早くなんとかして。

この状況から救いだして。私を助けて。

 

原始的な恐怖、慣れない戦乱の衝撃の前に、彼女はただの少女でしかなかった。

 

そんな中、小さな温もりが飛び込んでくる。

 

「   …… …リア… …… … さ…… …だい… ………   」

 

アトラだ。

髪の感触と、匂いで分かる。

アトラもクーデリアを認識したのか、ギュッと抱き付いてくる。

クーデリアもアトラを離さない。お互いに抱き締め合い、守り合う。

 

衝撃が収まり、照明がパチパチと点滅する。

いっそ暗闇のままの方が良かった。

不明瞭な視界、耳鳴りがして、不規則に見え隠れする光景は、見慣れた食堂ではなく、食器や照明器具の破片が散乱し、固定されたテーブルすら壊れているものがある。

水は吹き出し、食材もグチャグチャだ。

 

メリビットが頭から血を流し、うつ伏せで倒れているのが見える。

身体が言う事を聞かない。

 

少女二人はただただ震え、お互いを確かめ合う事しか出来なかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

イサリビのブリッジは無音だった。

モニターは全て砂嵐で、ダンテ、チャドは頭から血を流し、倒れている。

ビスケットは衝撃に叩きつけられ、打ち所が悪く、首の骨にヒビが入り、痛みに動けずにいた。

ユージンは顔を床に強かに打ち、鼻血をドバドバ流して気絶、オルガも椅子から引き倒され、背中を強打し、肺から息を吐き出した。

フミタンはなんとか受け身を取れたものの、指を骨折し、それを押さえている。

なんとかオペレーター椅子に這い上るが、機器はほぼ全滅していた。

 

外部の状況を知る手段はない。

他のモビルスーツ達がどうなったかも分からない。

それでも彼女は、懸命に復旧作業を続ける。

こんな所で終わるはずがない。

こんな所で死ぬはずがない。

 

彼女は希望を探す。

だってまだ、アグニカがいるじゃないか。

アグニカが来てくれれば、この惨状もなんとかなる。

だから、アグニカを探すのだ。

 

計測器はこの衝撃を核爆弾によるものと断定していたが、そんな事はどうでも良かった。

ただ、モニターを復活させて、アグニカを探すのだ。

その姿が視界に入りさえすれば、頑張れる。立ち上がれる。痛みも、恐怖も忘れられる。

 

モニターの一つが、奇跡的に復活した。

ヒビが入り、砂嵐が混じっているが、外を探知出来る。

 

希望を求めてさ迷う先には、はたして何がある?

その答えを用意するのはいつだって神で、神の代弁者は天使だ。

天使はいつだって、気の効いた回答を求められる。

そして、それに応える。

 

鉄屑が舞う宇宙に、一機のモビルスーツが確認された。

その白い機体は、バルバトスだ。

 

三日月は気絶しているのか、機体は全く動かない。

それを見たオルガは、よろよろと立ち上がる。

 

「ミカッ……!」

 

けふっ、と血を吐く。肺か内臓がダメージを負ったらしい。

 

バルバトスはイサリビから遠く離され、独りで浮遊していた。

周囲に誰もいない。誰も助けにいけない。

 

フミタンはその奥にカメラを向ける。

きっと遠くから、アグニカが助けに来てくれるはずだ。

 

だがそこに映ったのは、感情などまるでない、救いのない兵器だった。

 

巨大な筒状のニードルガンのような兵器を肩に乗せ、その銃口はバルバトスを狙っている。

 

オルガ達は知る由もないが、その兵器の名は、『ダインスレイヴ』

呪われた魔剣の名を冠する兵器で、一度抜かれてしまえば、血を見るまで止まらない恐ろしい剣だ。

そして天使とは、躊躇も自制もない。

限界がないのだ。

これは、試練なのだから。

 

転送されてきた16機のモビルスーツが、16本のダインスレイヴを構える。

エイハブ・リアクターによる電磁加速で、特殊弾頭の運動エネルギー弾(KEP)を超高速で発射する上位機構の電磁投射機(レールガン)だ。

 

それを無防備なバルバトスに撃たれれば、三日月はどうなるのか。

 

 

「「三日月……」」

 

暗闇の中の少女達の呟き。

 

「アグニカ……」

 

アグニカの可能性を信じる女の呟き。

 

 

 

「ミカァ!!!」

 

 

 

三日月と共に歩む運命にある少年の、叫び。

 

 

『さあ、三日月・オーガス』

 

 

天使は采配を下す。

 

 

『鉄の試練だ』

 

 

鉄の弾丸が放たれ、無慈悲に、バルバトスを、少年を貫いた。

 




顔がでかくて、首が太くて、足が短くて…

ちょっとずんぐりむっくり(笑)な感じする頑丈な身体してるのがグシオンです

ミカ…三日月ぃとも戦わなアカンし(義務感)
昌弘も殺さなアカンし(義務感)
どこでも……こう刺したりできるような体になってるので……
装甲は…刺しやすそうな隙間が体に散らばってますやんか(大前提)、
その丸っこい(?)隙間の中に、さらにクダル・カダルがいるのがグシオンの模様です(意味不明)


(どうしてこんな事になったのか)全然分からん!

俺TUEEEEEEのアグニカ無双を書くつもりが、果てしない絶望的な状況を書いてた!何を言ってるか分からねえと思うが俺も何がおこったのか(ry)
 
早く来てくれアグニカァァーーーーーーッ!!!!!


アニメや漫画の敵役って、どこか必ず妥協があるんですよね。
主人公を問答無用で殺しにくる、そのために全戦力を惜し気もなく使うってのはなかなか無いと思うんですよ。
まあストーリー上の都合だったり、主人公がまだそんなに重要じゃなかったり、他にも戦ってる相手がいたり、他の人が助けてくれたり、あえて見逃したり。

ミスの無い徹底した悪役がいたら誰も勝てねえだろっていうのが作者の考えなのですが、その点、本作はラスボス兼黒幕が機械なので、300年も時間があったらそりゃ世界征服ぐらい出来てるでしょ……とか思っちゃうと、もう核爆弾とかダインスレイヴ撃ちまくってアグニカ殺しちゃえばいいじゃん、何でそれしないの?とか悪夢の無限ループに陥る夜。

しかも厄祭戦時には無かった転送装置とかいうチートテクノロジーまで発明している始末。
これもう詰みじゃん(笑)
うけるーwwwwwwwww

なので今から釈明という名の言い訳します。聞いてください。


先ずモビルアーマー、AIはやる気がなかった。
今話でも言ってますが、こいつらの基本理念は人に試練を与える事で、アグニカがいないから大掛かりな試練の準備をする必要がなくなった事。

次にアグニカ達が厄祭戦時に与えたダメージがデカすぎる事。
まともに動けるモビルアーマーはほぼおらず、AIも世界のネットワークに寄生してようやく存在していられるような亡霊。
身体も残骸をかき集めた寄せ集め、スクラップ同然。
それを一から作り直そうとしたら、300年くらい必要だったのです。

アグニカまじ っべーな。
っべーわマジで。っべーっべーマジっべー。アグニカっべー。

そして今作でアグニカを即殺しない理由。
転送装置でイサリビの横に核爆弾100個落とせば勝ちだったものを、何故それをしないのか?

答えは簡単、アグニカに死んでもらっては困るから。

全人類の進化後サンプルとして、アグニカは超貴重な個体なのです。

だから彼の周りにいる人間には、試練という名のちょっかいをかけます。

セブンスターズの末裔達にも。

アグニカの次に魂が進化する可能性が高いからです。
だから天使達は彼らを生かさず殺さず、周りに多大な被害と呪いを振り撒きながら、世界をどったんばったん大騒ぎに引っ掻き回します。


つまり何が言いたいかというと、




『アグニカ無双だと思った!?残念!!

0対10で詰んでる世界に堕とされた最強主人公が、細かい傷を蓄積させて砕け散るまでのお話でしたー☆
キャハッ☆





ど う し て こ う な っ た



ゼロをイチにするきっかけがアグニカとバエルゼロズ。
希望なんて存在しない所からのどんでん返し、何もかもぶち壊しにしてこそ主人公!

あーサイコサイコ!!

主人公は絶対勝つのに世界が何一つ良くならないのホント好き。
夥しい屍の果てに残ったのが絶望だけっていうのホント最高!

それでこそ戦争そのものであるアグニカの物語、存在しないはずのバエルゼロズの物語です。


それでは、次回もお楽しみに

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