アグニカ・カイエル バエルゼロズ   作:ヨフカシACBZ

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いやー、原作4話と5話をまとめたらえっらい長さに……
途中で区切ろうかとも思ったのですが、今回のテーマである「瞳」の主要人物の一人、マクギリスに主点を当てたかったため、彼とアグニカの戦闘が起こる5話もくっつけたまま作りました。
それに一話に一回は戦闘シーンを入れたいという作者のわがままです。
もともとバエルTUEEEEEEE!を書きたくて始めた作品ですからね。仕方ないね。
それに加えてオリジナル展開も入れようとするから、もう視点が飛んでしっちゃかめっちゃかな構成に。……まあいいか(適当)

さて、今回のマクギリスですが、農場の「!?」は

「!!!!!!!!????!!???!!??!???!???!!!!!!?!!!!?!!!!!!?!!!!!!!!!!!!!!!???!!!!!!!??!?!?!???!?!?!?!?!?!?!?!?」

に匹敵するものなので、脳内翻訳していただくと楽しいかもしれません(笑)

この作品において、
第0話がアグニカ・カイエルが動き出した話
第1話が鉄華団が動き出した話
第2話がバエルゼロズが動き出した話だとすれば、今回の第3話は『世界が動き出した話』だと言えます。
正直序盤のストーリー展開で最も重要な回だと思っています。

アグニカの存在が様々な『瞳』に映り、それを通して世界が動く。
それぐらいアグニカ・カイエルとバエルゼロズの力は強力で、否応なく世界の変化を促すということです。
そして、異変の予兆はほんの僅かなもの。とても静かなものです。
誰もそうだと気付かないほどに。

この『瞳』を誰に設定するかで、アグニカ・カイエル バエルゼロズの楽しみ方も変わる、という演出にしたかったんですよ。原作も群衆劇ですしね。
さて、あなたはこの『瞳』を誰に置き換えて読みますか?


お前はこの話を読み終えた後、「あ、悪魔たん……」と言う!!


3話 その瞳にはどう映る

純白の機体、ガンダム・バエルは、ドス黒く燃え落ちた、大きな屋敷の前に着地した。

骨組みまで焼き落ち、炭化した残骸が広がるのみの、ただっぴろい場所。

その中心に、一人の男が座り込んでいた。

短い茶髪の若い男だ。

顔は炎に炙られ、赤く腫れている。

全身灰まみれで、ひどい状態だ。

そして、その腕には、炭化した人間が抱えられていた。

 

『遅かったか……』

 

アグニカは消沈する。

モビルアーマーによる襲撃、その被害が出た。

膨大な死と破壊。この屋敷はほんの一部に過ぎない。

そんな中、絶望的と思えた生存者が一人見つかった。アグニカは拡声機能で話し掛ける。

 

『おい、無事か?すぐに救護班がくる。お前の他に生存者はいるか?』

 

いないだろうとは思う。

あの茶髪の若者の周りには、おびただしい数の、炭化した遺体があった。

恐らく、彼を炎から身を呈して守ったのだろう。

ビーム兵器の直撃さえ当たらなければ、衝撃も炎も肉壁で防げる。そう考えたのだろう。

自分達の命を度外視して、若者を守った。

彼は恐らく……

 

『ファリド、聞こえるか?返事をしろ』

 

「……してよ」

 

ファリドと呼ばれた若者は、ぽつりと呟いた。

 

「あいつら、殺してよ……」

 

その表情は、憎悪に染まりきっていた。

 

「あいつらを殺してよおおおおお!!!!ガンダムなんでしょおおおおお!!?あの化物を殺してよおおお!!殺せよおおおおお!!!なあああああ!!早くううううう!!!」

 

その場でビタンビタンと跳ね、泣き叫ぶ若者。

 

「やだああああああ!!!あいつら生きてたらやだああああああああ!!!!

殺してえ!!!殺してよおおおおおおお!!!!

あいつら生きてるの許せないいいいいいい!!!!殺してえええええええええっえええっえええええ!!!」

 

『うるせえっ!!!』

 

バエルが地を踏みつけ、地響きが鳴り響く。

ファリドは身体が飛び上がり、尻餅をつく。

その衝撃で、抱えていた遺体が崩れ落ち、炭の塊になった。

 

「あっ…………あ、ああ、……あああああああああああああああああああぁああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ファリドは飛び上がり、バエルの足元に殴りかかる。

勢いが強すぎて拳が潰れるが、構わず殴り続ける。

骨がぶつかり、血管が裂け、血を叩きつけていると言っても過言ではない状態だ。

 

バエルはもう一度地面を踏みつける。

衝撃で転がったファリドだが、今度は立ち上がることはなかった。

目からは滝のように涙を流し、号泣している。

 

『ガキか、お前は』

 

アグニカは吐き捨てる。

しかし、潰してしまう事はなかった。

決して、見捨てる事もしなかった。

 

『そんなに殺したいんなら、自分で殺せ』

 

俺は今、そのための人材を探している。

 

『力を求めろ。力を信じろ。その力で、自分のやりたい事をやれ』

 

「自分の……やりたい事……」

 

ファリドは駄々をこねるのを辞め、ゆっくりと立ち上がる。

 

「仇を、とりたい……」

 

家族を殺した、天使達に。

 

『とればいい。俺の所に来れば、機会はいくらでもある』

 

「行きたい……俺を、連れていってくれ!あいつらを殺せる場所に!!」

 

『いいよ。乗れ』

 

アグニカは手を差し伸べる。

バエルの掌に上ったファリドは、そのまま、アグニカの仲間達のもとに運ばれていった。

これが、最も頼りになる七人の部下のうち、最初の一人との出会いだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

薄暗い部屋の中、牢屋の前に、オルガや三日月、ビスケット達、鉄華団の主要人物達が集まっていた。

 

「ここに木の棒があるだろ?これはだいたい人間の首と同じくらいの太さだ」

 

アグニカが木の棒を持ってきて、机の上に置いた。

続けて、おもむろに白いチョーカーを取り出す。

装飾具の一種だが、まるで首輪のような見た目だ。

それを木の棒に巻き付ける。

 

「で、このスイッチを押すと」

 

パパパパパンッ、と火薬が破裂したような音がして、木の棒がバラバラに吹き飛んだ。

 

それを見ていたオルガ達は、あの白いチョーカーに爆弾が詰め込まれていると理解した。

 

「こいつは拳銃の弾丸を内部に並べた物でな。電波を受信して、回路に電気が流れれば、この通り弾丸が首側に発射され、死に至るというわけだ」

 

白いチョーカーをもう一つ、ポケットから取り出す。

 

「こいつを首にはめて欲しい」

 

視線の先には、包帯で腹部や頭部を巻いた、クランク・ゼントがいた。

簡易ベットの上に座っている状態だ。

あのバエルゼロズとグレイズの戦いから、まだ一時間しか経っていない。

 

鉄華団の面々は警戒し、遠巻きに眺めるだけだったが、アグニカの唐突な要求に、皆どうなるのかと注目している。

 

「もちろん、俺が『命令』することもできる。だが、お前の忠誠心と、害意が無いことを証明するために、自分の手で、はめて欲しい」

 

クランクは無言でアグニカの顔を見ていたが、やがて大きな溜め息をついた。

 

「俺の命は貴様の物だ。その誓いに嘘はない。だから、こうして目に見える形で保証をつけるのも、文句はない」

 

そう言うと、チョーカーを受け取り、迷いなく自身の首に取り付けた。

カチリ、と首の後ろで音がした。

 

「……まるでドッグカラー(犬の首輪)だな」

 

クランクが冗談めいた口調で言う。

アグニカもニヤリと笑う。

 

「忠義の証だ。飼い主の私腹を肥やす駄犬は卒業しろ」

 

「そうだな。これからは、主に尽くす猟犬であろう」

 

この『首輪』は裏切り防止というよりも、対外的なポーズという意味合いが強い。

実際に戦って決着をつけた二人には、お互いの上下関係について理解しているが、第三者の鉄華団の面々は納得がいかない所もあるだろう。

元々敵だったのだ。自分達の命を狙う組織、その兵隊の一人だ。

不信感を抱いて当然。だからこそ、こちらに害を及ぼせば即座に始末するという宣誓が必要だった。

 

捕虜の虐待や不当な扱いは、戦場ではままある事。

鉄華団にそんな人間はいないが、クランクの自衛の意味もある。

立場をはっきりさせた方が、この先鉄華団に馴染みやすいというのが、アグニカの考えであった。

 

「このチョーカーは特別でな。俺の手作りだ。昔の知識をうろ覚えで作ったから、無理に外そうとなんかしたら、故障して誤爆するかもしれんぞ」

 

チョーカーが確実な品であることも説明。

あとは出てきそうな疑問と、これをつける利点を伝えれば、特に反対意見もないだろう。

 

「それと、通信機能もつけておいた。横のボタンを押すと、通話モードになる仕組みだ。録音もできる。それと探知機も入ってるから、どこに居ても分かるぞ」

 

オルガの方を見る。

それでいいか?と視線で問いかける。

オルガは片目を閉じた。

 

「じゃあ、俺はこれからクランクに事情聴取する。情報が入り次第、また連絡する」

 

「分かった。また明日の会議で聞かせてくれ」

 

最初はアグニカだけで尋問する。

大勢で矢継ぎ早に質問攻めするのは効率がいいとは言えないし、クランクもアグニカだけの方が気が楽だろう。

情報提供とはつまり、古巣を売るような真似なのだから。

オルガ達は部屋を出て、扉を閉めた。

 

「怪我をしている所に悪いが、早速ギャラルホルンの内情について教えろ。特に、今回の襲撃について詳しくな」

 

「…今回の件は、ギャラルホルンの総意ではない」

 

開口一番、クランクは断言した。

 

「火星支部長のコーラル・コンラッドの独断。我々はその命令に従って、クーデリア・藍那・バーンスタインの命を狙った」

 

この情報は鉄華団にとって非常に大きいものだ。

ギャラルホルン全体を敵に回したとなれば、本当に勝ち目は無い。

 

「コーラルは誰に言われた?」

 

ギャラルホルン火星支部の人間単体が、クーデリアが死んで得られるものなどないだろう。

つまり、何者かの指示があったはず。

 

「誰かまでは分からない。だが、相当の報酬が約束されていたはずだ。でなければ防衛班からエースを引き抜いたりはしないだろう」

 

「ほお?あの6機は防衛班だったのか。で、元々の戦力は、お前と、あのやかましい二人だけだったのか」

 

オーリスとアイン。もう二度と会えないと覚悟を決めていたが、クランクの顔が悲痛に歪む。

 

「彼らは、コーラルの命令に従っただけだ。クーデリアに恨みがあったわけではない」

 

「どうだろうな。戦場では恩義も恨みも簡単に裏返る。人が人では無くなるのだ」

 

「……そうかもしれんな」

 

クランクは改めて、アグニカの外見に見合わない、戦場に生きた老練な精神を感じ取った。

 

「で、本当にコーラルの独断だと言い切れるのか?地球本部からのお達しがあった可能性もあるぞ」

 

「いや、それはないだろう。本部から監査官が来る直前だった。今ごろ宇宙の火星支部に到着した頃だろうな」

 

「ほお、監査官。地球からの監査が来る前に、極秘に暗殺を終わらせ、何事も無かったかのように出迎える、か。ははは、面白いじゃないか」

 

当の本人は今ごろ、激情に身を任せ、壁に額をぶつけまくっているが。

 

「ただまあ、残念な事にその作戦は失敗だ」

 

「ああ。貴様が全て撃退してしまったのだからな」

 

「いや、それは決定打じゃない。お前という、最後の戦力を失った。誰も責任を取る人間がいなくなったんだ」

 

「……」

 

クランクのように、責任を取るために動ける人間は貴重だ。その上、部下や上司、敵への配慮を忘れず、自分を犠牲にする覚悟も持った人材。

筋を通す、という事を、クランクは実行しようとした。

ただ、それは自己満足による視野狭窄に陥っていたため、盛大に撃墜されたが。

 

「それより、コーラルに指示を出した人間だな。情報をリークした人間は、クーデリア曰く、自分の父親が怪しいとのことだが」

 

「む、父親が……?クリュセ代表首相の、ノーマン・バーンスタインか?何故、父親が娘の居場所をギャラルホルンに……まあ、殺されるとは思いもしなかったのだろうな」

 

「いや、話を聞く限り、殺されるのは承知の上らしいぞ」

 

「なんだと!?何故そんな!」

 

「クーデリアの火星独立運動は、地球と繋がりのあるバーンスタイン家からすれば面白くない…というか危険だ。今まで築いてきたものを根本から覆すほどに」

 

「だからといって!自分の娘を売るとは!!それでも親か!?」

 

クランクは激昂する。

己の保身のために、他人だけではなく実の娘を差し出す根性に、拒絶感を抱いているのだろう。

 

「腑抜けた男もいたものだ……」

 

クランクはそう吐き捨てる。

 

「だな。で、クーデリアが死ぬことで利益を得るのは、父親以外だと誰が考えられる?」

 

「……」

 

クランクは沈黙する。

クーデリアが特別なのは、その「火星独立運動」の一言に尽きる。

彼女を殺すということは、火星独立運動を止めるという事。

それは、火星と地球の軋轢を強めるという結果をもたらす。

そして、その先の未来はとてもシンプルだ。

クーデター。さらなる火種。争い。

それを歓迎する人間ならば、クーデリアを殺す理由として成り立つ。

 

アグニカがニコニコと笑う。クランクの出す答えを待っているのだ。

試されている、ということはクランクも分かっている。

慎重に、かつ素早く、今までの情報から推察される答えは……

 

「武器商人」

 

「ご明察!」

 

パン、と手を叩くアグニカ。

その顔は年相応の、嬉しそうな笑顔であった。

 

「いやー、流石だな。よくそこまで考え付いた。で、これが俺の調べた武器商人のリスト」

 

携帯端末を見せる。そこには武器商人の名前、取り扱い商品、所属する組織、その規模、経営方針や財政情報など、こと細かな情報がずらりとリストアップされていた。

 

そこで、一人の名前が目についた。

 

 

『ノブリス・ゴルドン』

 

 

「どうした?」

 

アグニカが問い掛ける。

 

「いや、このノブリスという男、火星支部でも黒い噂が聞こえてきてな。財界や政界の要人とコネクションを持って、使えそうな人間には融資をするとか。まさかコーラルもその一人だったのか、とな。証拠などないが」

 

「なるほどね」

 

ニコニコと笑顔を崩さないアグニカ。

クランクの話を聞いて、何かを確信したように頷く。

 

「実はな、クーデリアの火星独立運動のスポンサーが、そのノブリス・ゴルドンなんだ」

 

「なんだと?」

 

クーデリアが鉄華団への依頼続行を申し出た時、報酬については、スポンサーであるノブリス・ゴルドンからの資金援助があると語っていた。

 

「クーデリアを独立運動の旗頭に祭り上げ、それを殺すことで、地球への憎しみを増幅させる。要は当て馬にさせる訳だ。資金援助など、ノブリスにとっては些細な先行投資にすぎない。その何百倍、何千倍もの利益が、この先約束されているんだからな」

 

「……その下手人として、軍部のコネクションであるコーラルが選ばれた。その実働部隊が、我々だったという事か……」

 

クランクはがっくりと肩を落とす。

決して正義のためと思っていた訳ではないが、ここまで腐敗と汚職にまみれ、後も先も決められた八百長試合に加担させられていたなど。

 

アグニカは一人の顔写真を見せる。

そこには、クーデリアの侍女である、フミタン・アドモスが写っていた。

 

「彼女、スパイの可能性が高い」

 

クランクは写真をちらりと見ると、何故そう言い切れるのか視線で問い掛けてきた。

 

「まあ、俺の勘だな」

 

「そうか」

 

アグニカという人間が分かってきたのか、それ以上の詮索は無意味と悟り、聞くのはやめた。

 

「スパイによる情報で、ノブリスにこちらの動きはほぼバレている状態だ。だが、それでこそ覆す楽しみが増える」

 

結局そこか、とクランクは溜め息をつく。

楽しいか楽しくないか。アグニカはその基準で作戦を考えている。

そして覆す方法というのは、圧倒的暴力による蹂躙だ。

 

全ての事柄を戦争に持っていく、嵐のような男。

それがアグニカ・カイエルなのだと、この短い会話の中でも充分に理解できた。

 

 

「で、今のギャラルホルンの体制についても聞きたいんだが、身体は大丈夫か?」

 

「ふ、心配するな。傷は塞がっているし、輸血もしてもらった。頭と口は動くさ」

 

「そうか。なら色々聞かせて貰おう」

 

アグニカとクランクの密談は、その日の深夜まで続いた。

 

 

 

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翌日、社長室にて、今後の打ち合わせの会議が行われていた。

オルガ、ビスケット、ユージンがいて、ソファにはクーデリアとフミタンが座っている。

その向かい側のソファには、指に包帯を巻いたトドが座っていて、社長椅子にはアグニカが座っている。

 

ビスケットがモニターに映った図を元に説明をしている。

 

「まず、低軌道ステーションまで上がり、案内役の船を待ちます。その後、静止軌道上でうちの船に乗り換え、地球に向かいます」

 

「案内役というのは?」

 

地球への渡航に対し、詳しい知識を持っていないクーデリアは、素直に質問する。

 

「通常地球への航路は、全てギャラルホルンの管理下にあります。けど今回の積み荷は、そのギャラルホルンに狙われているクーデリアさんなので……それら全てに引っ掛からない、いわゆる、裏ルートを行く必要があるんですが、航路は複雑で、俺達も地球への旅は始めてです」

 

「その上この裏ルートには、民間業者間の縄張りってもんもある」

 

ただ真っ直ぐ地球に向かって進めばいい訳ではない。

渡航ルートの厳選と、その案内役は、長旅において必須の存在だ。

生半可な組織には勤まらない。

そのため、テイワズの下部組織であるタービンズとの接触を、マルバに任せた。

どうやらタービンズ代表の名瀬・タービンが丁度火星にいるそうなので、直接会いに行くそうだ。

保険として、マルバにも『首輪』を付けておいたが。

 

「オルクス商会に連絡いれたぜ。仕事、請け負ってくれるとよ」

 

トドもオルクス商会に依頼をしてくれたようだが、アグニカはそこが信じられないそうで、裏切れば船を奪って売却するとまで言っていた。発想が飛躍しすぎだと誰もが思っていた。

 

トドとマルバによる、仕事の取り合いのような形になっているが、トド本人の胡散臭さもあり、あまり信用されていない。

 

「なぁに、下手を打ちゃどうなるか嫌ってほど分かってるさ。なあトド」

 

「ぅぇえ、おっしゃる通りで、団長さん」

 

オルガも釘を刺す。トドは手を揉みながら胡麻すりをした。

 

「船はあるのですね」

 

クーデリアの凛とした声が通る。

 

「はい。方舟にCGSの船、ウィルオーザウィスプがあります」

 

「方舟……確か、民間の協同宇宙港でしたね」

 

「はい。でも、この船を使うには、正式に鉄華団のものにしないといけないんです」

 

「そっちの方は昭弘とデクスターに任せてある」

 

船の所有者変更と、名称も変更する。

 

「MWとモビルスーツの整備は、三日月と雪之丞さん達が始めています。アグニカがフレームの知識をまとめてくれたから、作業が捗っているそうです。

正式な出発日時は、そのオルクスとの交渉次第ですが、そうのんびりとはしてられないでしょうね」

 

アグニカの予想では、宇宙に出た瞬間に戦闘になる。

気を引き締めて掛からねば、未来はない。

 

「ここからが本番だな」

 

「鉄華団の初仕事だもんね」

 

オルガとビスケットは決意を新たにする。

 

トドは顔を伏せ、にやりと笑う。

 

だが、それを横目にアグニカも、ニコニコと笑うのであった。

 

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CGSから名前を改め、鉄華団と名乗りだしたオルガ達。

一軍の大人達がほぼ全員死亡した後、大幅な人事異動があった。

つまり、子供達だけでやっていく組織になったという事だ。

 

そんな中、昭弘・アルトランドは、基地から離れた岩場にオルガ達を呼びつけていた。

夕日に照らされ、岩場は赤く染まっている。

 

「なんの用だ?昭弘」

 

オルガが気さくに話しかける。

 

「こいつはお前が?」

 

手に持っているのは、機密情報の入ったUSBだ。

 

「ああ。お前らの契約に関するデータなんだろ?アグニカが見つけてよ」

 

「これを俺に渡すってのが、どういう意味か分かってんのか」

 

鉄屑同然の値段で売られた、掃いて捨てるような粗悪品。ヒューマンデブリ。

奴隷よりも価値が低い、人ですらない、文字通り屑であるという証明書。

これがある限り、彼らが「人間」になることは許されない。

 

「ヒューマンデブリ……お前達がマルバの持ち物だって証。そいつが無くなれば自由になれるんだろ」

 

「だからそれがどういう意味かって……」

 

「お前達はもう誰のもんでもねえって事だ。恩を売る気もねえし、どこへ行くのも好きにしな。けどよ、残るってんなら俺が守る」

 

「守る?ゴミ屑同然の俺らをか?」

 

ふっと笑い、片目閉じる。

そして、彼らに手を差し伸べた。

 

「一緒によ、でっけえ花火打ち上げようぜ」

 

 

 

「花火ねえ……」

 

一足先に方舟に向かう昭弘は、オルガの言葉を思い出す。自然と頬は緩み、決意は固くなる。

初めて、自分を必要としてくれた男の頼みだ。

気を引き締めていく。

昭弘は後ろにいた仲間達に渇を入れたのだった。

 

 

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基地の外では、少年兵達が自己鍛練やランニングに勤しんでいた。

クランクとアグニカが横に並んで歩いている。

クランクは上に一枚羽織っただけで、腹部に包帯を巻いているのがよく見えた。

捕虜というより、怪我人という認識が強くなる見た目だ。

だがアグニカは怪我人だろうが病人だろうが、使える人間はとことん使う。

 

「じゃ、クランクの記念すべき初仕事は、これだ」

 

手渡された端末を見ると、そこには応急処置のやり方をまとめた指南書があった。

 

「うちには医者がいない。宇宙での長旅に応急処置の仕方も知らずにいくのは無謀だ。そこで、ギャラルホルンの徹底された教育を、鉄華団のメンバーにも教えてやってほしい」

 

クランクを治療したのはアグニカだ。

それ以外のメンバーは、血の止め方も知らない者が大半だろう。

 

「俺も一通りは出来るが、最前線に出てるからな。手が回らない。だから一から教える必要があるんだが、やっぱり軍の実用的な方法があいつらも覚えやすいだろう」

 

「教えるのは構わんが…俺は捕虜という扱いだろう?首輪がついているとはいえ、彼らが信用するのか?」

 

「するさ。彼らは生きるために働いている。そのための知識や技術なら、盗んででも吸い取るだろう」

 

「むう……」

 

「あ、それと応急処置だけじゃなくて、他にも教えといてほしい事がある」

 

兵隊教育プログラム

体力増強プログラム

近接格闘術

銃の使い方

特殊戦闘術

戦術、戦略学

モビルスーツ運用学

モビルスーツ操縦学

モビルスーツ整備、点検学

 

「こ、これだけやるのか……」

 

「まあ今はそれだけ。やり方と教え方はリストにまとめておいたから。あとはそれぞれ生徒の適性や進行具合、他の仕事との兼ね合いを見て、訓練プログラムを組んでやってくれ」

 

「む、うむ……」

 

 

 

「はい注目!!!」

 

 

少年兵達の視線が一斉にアグニカに向いた。

全員ピタリと動きを止め、アグニカの言葉に神経を傾けている。

まるで魔法で石にされたかのようで、クランクも固まってしまう。

 

「今日から特別講師になった、クランク・ゼント先生だ。この人はギャラルホルンでベテランの兵士だったから、色んなことを知っているぞ。この人に分からない事はなんでも聞くように!」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

「んじゃ、あとはヨロシク」

 

「な、ちょ、俺は何をどうすれば……」

 

アグニカはそのままスタスタと歩いていってしまう。

クランクが狼狽していると、子供達が無邪気に話しかけてきた。

 

「クランク先生!でっかいね!」

 

「あ、ああ……」

 

「クランク先生ー、アグニカさんにボコボコにされたんでしょー」

 

「むう、あれは全力を出しきった結果だ。悔いはな」

 

「クランク先生!モビルスーツの乗り方教えてよ!」

 

「む!いかんぞ。そんな子供がモビルスーツに乗るなど、危険すぎ…」

 

「クランク先生!字は読める?」

 

「あ、ああ、字なら読めるぞ」

 

「すげー!俺たち誰も読めないもん!」

 

「な!?字の勉強も出来なかったのか……そうか、生きるのに必死だったのだな…」

 

「先生はどんな仕事してたのー?」

 

「俺か?俺は……そうだな、モビルスーツに乗って、悪い奴らと戦って……」

 

「すげー!かっこいい!」

 

「ヒーローみたいだ!」

 

「いや、そんなものじゃない。俺は……」

 

「えー?じゃあさ、クランク先生と戦った俺らは悪い奴らってことなのー?」

 

「な!違う!そうじゃない!お前たちに罪などない!悪いのはお前たちを酷使した大人達だ!」

 

「でも大人はアグニカさんがおっぱらってくれたよー」

 

「そうそう!そのおかげで殴られる事も無くなったし、ご飯も一杯食べられるんだー!」

 

「むう、そうか。アグニカがな……」

 

子供達に囲まれ、わちゃわちゃしていたクランクだったが、一人、クランクのように包帯に巻かれた少年を見つけた。

黒い髪にソバカスが特徴的な少年だ。

雰囲気からして、少年組のリーダー格だろう。

クランクは話しかける。

 

「その傷は、前の戦いで?」

 

「ん?ああこれですか?MWで突っ込んだら、モビルスーツに蹴り飛ばされそうになったんです!でもアグニカさんが助けてくれて!」

 

誇らしげに語る少年。

周りにいた少年達も、目をキラキラさせている。

まるで英雄の伝説でも聞いているかのようだ。

 

「すまなかった」

 

クランクはその少年に頭を下げる。

 

「え?なんでクランク先生が謝るの?」

 

「そのモビルスーツに乗っていたのは、俺の元教え子だ。俺が奴を御しきれていれば、あんな愚行をさせたりしなかった。俺の責任だ」

 

「でもクランク先生がやった訳じゃないんでしょ?」

 

「そ、それはそうだが、しかし」

 

「ならいいじゃん!俺も生きてるし!クランク先生が謝ることなんてないですよ!」

 

「そうそう!」

 

「その教え子がバカなんでしょ!」

 

「言えてるー!」

 

「アハハハハッ」

 

子供達は無邪気に笑う。

その瞳に、憎しみや差別などの感情は一切無い。

生死感が違うのだ。

戦場に生きる者として、限りなく順応力を持っている。

 

「いや、そんなはずはない。お前達はまだ、子供だ」

 

膨大な矛盾と葛藤を胸に押し込め続けて、その先にあるのは破滅だけだ。

そんな子供達の行く末に、未来などあるのだろうか?

 

誰も、彼らを導いてやる大人は居なかったのか?

親は?親戚は?親代わりの大人は?兄は?隣人は?近所の大人は?政府は?会社の上司は?

 

誰も、彼らに、何も与えなかったのか?

 

ここにいる全員は、オルフェンズなのだ。

 

それに気付いた時、目の前の子供達が、とても遠くに感じられた。

 

彼らのために何かしてやりたい。

生きるために必要な技能を授けてやりたい。

こんな生き方があるのだと、良い例も、悪い例も教えてやりたい。

色んな経験を積ませてやりたい。

 

「オレの名は、クランク・ゼント。君の名前はなんという?」

 

クランク・ゼントは、彼らととことん向き合う覚悟を決めた。

 

「俺?ダンジ・エイレイ!よろしくクランク先生!」

 

「ああ。よろしく、ダンジ」

 

 

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再び社長室では、鉄華団のメンバーだけでの話し合いが行われていた。

主にオルガ、ビスケット、ユージンの三人が話を進めている。

トドは黙って話を聞いていて、時々にやにやと笑う。

三日月は話を聞いているのかいないのか、火星ヤシをもぐもぐと食べている。

アグニカは例の如く携帯端末を弄っている。

 

「地球に行くメンバーも選ばないとね」

 

ビスケットは今後の計画について語る。

 

「残る奴等はどうすんだよ」

 

「オルガと話したんだけど、この間の戦利品の売却と、この時期なら、いつも通り農園の手伝いを……」

 

「みみっちい事言いやがって。しけてるぜ」

 

ユージンは並の仕事が気に入らないらしく、口を尖らせている。

そこでアグニカが話に割って入った。

 

「この基地の構造を調べたんだけど、どうも地下にトンネルがあるみたいなんだ」

 

「はあ?トンネル?」

 

「そんなの聞いた事もないけど…」

 

ユージンとビスケットが困惑している。

 

「こんな地形の建物じゃ、地下に期待するしかないからな。調べてみたらドンピシャだった。ここ、残ってる奴等でちょっとずつ掘り進めておいてくれ」

 

「はあ?んな事して何の意味があるんだよ」

 

「まあ、備えあれば憂い無しだからな。いざって時は脱出経路にもなる」

 

「んだよそれ。なんの儲けにもならねえじゃねえか!今の仕事に関係ねえし!地味なのばっかか!」

 

「デカイ仕事には危険が付きまとう。マトモな仕事ってのは地味なもんだろ」

 

オルガが諌めるが、ユージンの不満は止まらない。

 

「じゃあお嬢様の護衛は危なくねえってのかよ?ただでさえ、アグニカの作戦じゃ戦闘になるってのによ」

 

珍しくユージンが正論を言う。

 

「クーデリアさんは良くも悪くも有名人だ。そんな人を無事地球まで送り届ければ、鉄華団の名前は一気に知れ渡る」

 

三日月はもぐもぐと口を動かし、他所を向く。そもそも話を聞いていない。

 

「そうなりゃ仕事もドンドン入って、少しでもマトモな生活が送れるようになるかもしれねえ」

 

「リスクはあるけどそれだけの価値はある」

 

オルガは拳を握りしめる。

そこには決意、緊張、意気込み、様々な感情が渦巻いていた。

 

「この仕事の目的は金だけじゃねえ。俺達の将来がかかってんだ」

 

「将来ねえ……」

 

ぱっとしないのか、ユージンの返事は芳しくない。

 

トドはニヤリと笑う。

 

(へっ……お前らの思い通りにいくかよ)

 

アグニカは携帯端末を持ったまま立ち上がり、ぽつりと呟いた。

 

「病院行ってくる」

 

全員言葉の意図が分からず、黙ってアグニカの背中を見送った。

 

 

----------

 

食堂では、食費に経費を惜しみ無くつぎ込んだ結果、豪華なメニュー料理が食卓を彩っていた。

 

それらをばくばく喰うシノ。

口から食べカスを飛ばしながら、しきりに叫んでいる。

 

「うんめえぇーー!」

 

「シノさん汚いですよ!」

 

「んん?おおワリいワリい!ははっ!」

 

その横で、ライドが携帯端末で何かを描いていた。

それをタカキとダンジが覗きこむ。

 

「ん?何書いてんの?」

 

「へへっ、ちょっとなー」

 

「なんだよ気になるじゃん!」

 

「見せろよほら!」

 

「ちょ待てよ!秘密秘密!」

 

クランクが座る場所の周りには、少年兵達が固まって座っており、質問攻めをしている。10人の言葉を一度に聞き取る才能でもない限り、全てを認識することは不可能だろう。

 

「うんめうんめ!うんめえええーーー!!んほっ、んほほ!たまんねーー!!」

 

シノは満面の笑顔で舌鼓を打っていた。

それらを少し離れた場所から見ていたクーデリアは、ぽつりと呟いた。

 

「弱い人間ですね、私は」

 

少し前の、ノブリスとの会話を思い返す。

 

 

『資金の方は指定の口座に振り込ませていただきました。ご確認ください』

 

「ありがとうございます」

 

クーデリアの表情が明るくなる。これで鉄華団への報酬が支払えて、彼らの財政もなんとかなるからだ。

 

『いやいや。しかし今回の決断、貴方は、本当に高潔で勇ましいお方だ』

 

「そのようなこと……」

 

『若き勇者達と共に死地に赴く戦の女神が、彼らの屍の上に永遠の楽園を築く』

 

クーデリアはっとする。

アグニカに言われた言葉がフラッシュバックしたのだ。

 

(世界を変えてみせろ、お嬢様。俺達はそのための力になれる)

 

彼らの力と犠牲を踏み台に、クーデリアは駆け上がろうとしている。

だが、アグニカに言われるのとノブリスに言われるのとでは、全く印象が違ったのだ。

 

『まるで、神話の英雄譚のようではありませんか。流石は私の見込んだお方だ……』

 

ノブリスの言葉が、へばりつくように耳に残っている。

 

「私は、彼らからあんな笑顔を奪ってしまうかもしれない。それが分かっているはずなのに……」

 

クーデリアはまたも思考の渦に飲み込まれようとしていた。

それを引き上げたのは、三日月の声だ。

 

「また難しい顔してんね」

 

はっと顔をあげる。

 

「三日月……その」

 

「あのさ、昼飯食ったら出掛けるんだけど、良かったらアンタも来ないか?」

 

「え?」

 

唐突な誘いに、クーデリアもフミタンも、きょとんとした顔をしたのだった。

 

-----------

 

アグニカが唐突に声をかけてきた。

 

「病院に行くぞ」

 

クランクは短いながらも、アグニカという人間の性質は理解していた。

だから、その病院に行くという事が、自分を心配しての言葉だとは微塵も思わなかった。

だから、即座に問いかける。

 

「医療器具を揃えるのか?」

 

「それは前に予約しておいた。明日にでも届くだろう。他に欲しいものがある」

 

手回しのいい事だ、と溜め息をつく。

だが、医療器具ではない、病院にある欲しいものとは何だ?

だが、それを聞く前にアグニカが命じる。

 

「車を出せ」

 

そこで少年兵達の不満が噴出する。

 

「ええー!先生どっか行っちゃうのー!?」

 

「まだ半日しか教えてもらってないよー?」

 

「先生は俺らに色々教えるのが仕事でしょー?」

 

それらを片手でいさめ、アグニカがピシャリと言い放つ。

 

「こいつはお前らの教師である以前に、俺の部下だ。俺の命令の方が優先度は上だ」

 

「「「ええーー!!」」」

 

少年達は渋々といった風に散っていく。

クランクはもう一度溜め息をつき、アグニカについていく。

 

それを見ていた鉄華団のメンバー、シノやヤマギ、ビスケットなどからは、先程まで教師役を押し付けられていたにも関わらず、アグニカの都合で運転手までやらされるクランクの苦労を察し、同情していた。

クランクが怪我人という事は周知の事実なので、もはやクランクには、不信感以上に同情する気持ちが強くなっていた。

 

そんな心証を知らないクランクは、周囲の何とも言えない視線に困惑しながらも、アグニカの乗るジープの運転席に乗り込む。

 

アグニカは携帯端末を弄っている。

 

そこで、後ろから三日月の乗るMW(運搬用)が通りがかった。

 

「あれ、アグニカと……捕虜の人。出掛けんの?」

 

三日月が話し掛けてくる。

 

「ああ、ちょっと病院にな。三日月達は?」

 

「桜ちゃんの農場に手伝いに行ってくるよ」

 

「農場か……」

 

アグニカは腕を組んで考える。

 

「そういえば、農業はしたことが無かったんだよな。知識としてはあるんだが……」

 

ぽん、と手を叩くアグニカ。

 

「よし!俺もその手伝いに行くぞ!」

 

「む!?病院に行くのではなかったのか!?」

 

「ああ、それは夜でいいや」

 

クランクが唐突な予定変更に戸惑うが、三日月はマイペースに答える。

 

「いいんじゃない。人数は多い方が楽だし」

 

「よし、決まりだな。クランク、お前も手伝え」

 

「はぁ……分かった」

 

こうして、三日月とクランクの運転する車とMWは、ビスケットの祖母が運営する農場に向かって出発した。

 

 

----------

 

見渡す限りの緑、そこを吹き抜けてくる風に、アグニカは目を細めた。

クランクも、こんなに雄大な景色ななかなか見る機会が無かったようで、珍しそうにしている。

クーデリアはここがどういう場所かも聞かされていなかったようである。

 

「あの、ここは?」

 

「桜ちゃんの畑」

 

三日月が珍しくちゃん付けして呼ぶ人物とは。

 

「桜ちゃん?」

 

「うちのばあちゃんです」

 

ビスケットがスッと現れる。

 

「それで、何故私をこんな所に?」

 

「三日月ー!」

 

アトラがこちらに走ってくる。

その姿がちんちくりんで、可愛さとシュールさが入り交じり、アグニカは吹き出してしまう。

 

「お兄ちゃーん!」

 

「三日月ー!お兄!」

 

その後ろからビスケットの双子の妹、クッキーとクラッカが駆けてくる。

その後、髪を短く切った老婆が歩いてきた。

 

「来たね」

 

「桜ちゃん」

 

桜ちゃんは男衆をじろりと見回す。

 

「今日は多いね。これで全部かい?」

 

「うん」

 

「よし。じゃ始めるよ。準備しな」

 

「うん!」

 

三日月の目がキラキラしているのを見て、農業が好きなのかと、アグニカは推測した。

クーデリア、フミタンと共に、アグニカ、クランクにも農業用の着替えが用意されていた。

 

アグニカがふと後ろを見ると、三日月が腕につけたお守りを見せ、アトラにお礼を言っていた。なにやらいい感じである。

あの時おやっさんに渡していたものか、と思い出す。

 

「さて、生まれて初めての農業だ。ワクワクするな、クランク」

 

「うむ、俺も本格的な事はしたことがないな。大丈夫だろうか」

 

「さっさと着替えな!」

 

桜ちゃんに叱られ、いそいそと作業服に着替える二人であった。

 

 

-----------

 

「クランク二尉……」

 

暗闇の中、アイン・ダルトンは目を覚ます。

身体の感覚が無い。

妙にふわふわとした浮遊感と、芯が痺れるような感覚。

それでも、内側から溶岩のように溢れ出す感情が、徐々に意識を覚醒させる。

憎悪。

 

「クランク二尉……」

 

上官と同じ組織の仲間を殺され、自身もまたズタズタに引き裂かれた。

あの、角のついたモビルスーツ達。

あの、白い、羽のついた機体……

 

バエル。

ガンダム・バエル。

 

あいつさえいなければ、こんな事にはならなかった。

 

バエル、お前さえいなければ……

憎悪。

 

「クランク二尉……」

 

まるで流し込まれた記憶のように、クランクの言葉が思い出される。

罪も無い子供達、彼らに手を差しのべる。

そのために、一人で行く。

お前は連れていけない……

憎悪。

 

「クランク二尉……」

 

彼は未だ帰ってこない。

憎悪。

それはつまり、奴らに討たれたという事だ。

憎悪。

彼の好意を足蹴にし、手にかけるという、悪魔のような子供達。

憎悪。

俺は絶対に許さない。

憎悪。

俺をこんな身体にした、あの子供達。

憎悪。

絶対に許さない。

憎悪。

バエル。

憎悪。

ガンダム。

憎悪。

子供、憎悪。罪、憎悪。裏切り、憎悪。踏みにじる、憎悪。CGS、憎悪。クーデリア、憎悪。命令、憎悪。殺害、憎悪。子供達、憎悪。メイス、憎悪。地面、憎悪。圧殺、憎悪。

白、憎悪。翼、憎悪。剣、憎悪。片目、憎悪。コックピット、憎悪。子供、憎悪。

バエル、憎悪。ガンダム、憎悪。バエル、憎悪。バエル、憎悪。バエル、憎悪。バエル、憎悪。バエル、憎悪。バエル、憎悪。バエル、憎悪。バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル憎悪バエル「クラン…………ッッックッニィィィぃぃぃィぃィィいイぃィいッッっッっッ」憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪

 

殻を破る。

ボタボタと水滴が滴り、チューブを引きずるが、関係ない。

ドボドボと漏れ出すが、問題ない。

地に足をつき、自らの手で壁を除くのであれば、それは獣でなく、人間だ。

俺は、俺こそが人間だ。

 

扉を開く。

俺を止める奴はいない。

薄暗い部屋も、長い廊下も、我が行く手を阻むものにはなりはしない。

 

 

----------

 

 

火星での独自の調査を進めるため、ギャラルホルン火星支部、火星基地に降り立った男が二人。

さらさらの金髪が特徴的な、柔らかな笑みを浮かべる優男。

マクギリス・ファリド。

 

珍しい青い髪が特徴的な、少し軽い雰囲気のある男。

ガエリオ・ボードウィン。

 

ギャラルホルン地球支部からの監査官として派遣された二人。

彼らを歓迎する火星基地の兵士達は、皆額に冷や汗をかいていた。

 

常に慌ただしく動き、しきりに基地内部の物を動かしている。

 

「よ、ようこそいらっしゃいました。コーラル司令から伺っております。独自の調査だとか」

 

「ああ。車を一台貸してほしい」

 

マクギリスが緩やかに返事をする。

 

「は、かしこまりました。それでは、車庫まで案内しますので、こちらへ」

 

火星基地の代表に案内され、廊下を歩いていく。

すると廊下の曲がり角から、一人の男が這いつくばってきた。

その顔は幽鬼のように生気がなく、腹部からは大量の血が流れている。

うわごとのようにブツブツと呟く。

血を壁になすりつけるようにしながら、前へ前へと進もうとする。

 

「なっ!アイン!?どうして!?」

 

火星基地の代表が声をあげる。

どうやらこの男、アインというらしい。

 

「おいおい、どうした、何があったんだ!?」

 

ガエリオも狼狽している。明らかに異常事態だからだ。

マクギリスは「その言葉」を聞き逃さず、素早くアインを助け起こす。

そして、彼の言葉をもう一度確かめた。

 

「バエルを……殺す……」

 

「…………ほう」

 

マクギリスが食い入るように、アインの顔と唇を凝視している。

 

「バ……エ、ル……………ころ、す……せい、ぎ……の、……クラ、ン、……クニィ…………」

 

それだけ言い残すと、がくりと力尽きたアイン。

それを見た火星基地の代表は、急いで衛生兵を呼んだ。

 

「おい!どうなってる!何故アインが病室から出ているんだ!!」

 

アインが極秘任務について口走りでもしたら大事だ。自分にも責任が回ってくる。

そもそも何故、動けるはずもないアインが、こうして廊下を這いずり回っていたのか?

それが何故、監査官と鉢合わせになどなるのか?

己の不運を呪いすらした。

 

「………………」

 

マクギリスはアインを抱き抱えたまま、微動だにしなかった。

その魂の抜けた脱け殻のような男に、溢れんばかりの希望が詰め込まれているかのように。

その瞳は、キラキラと輝いていた。

 

 

----------

 

「なあマクギリス、そう思うだろ?」

 

バエルを殺す。

それは、暗号のような物だろうか?

 

バエル。ガンダム・バエル。

ギャラルホルンの創設者である、アグニカ・カイエルが乗っていたとされる、伝説の機体だ。

それはまさに力の象徴。

バエルにはアグニカの魂が籠るとされ、バエルに認められた者は、ギャラルホルンの全権を手に入れることが出来ると言われる。

 

「おい、マクギリス、聞いてるのか?」

 

バエルを殺すというのは、ギャラルホルンへの翻意があるという表れだろうか?

いや、しかし、あの口ぶり。

まるで本当に、バエルを見たかのようではないか。

 

「寝てるのか?おい、俺の声が聞こえるか?届いてるか?」

 

まさか、バエルと戦い、敗北し、その憎悪に身を焼かれているのだとしたら。

バエルへの復讐のため、正義と悪の矛盾した感情の渦の中、人智を越えた力を求め、地を這いずり回っていたのだとしたら?

 

「マークーギーリースー!おーい、いい加減怒るぞ、マクギリス!……おいマクギリス!」

 

その力を与えてやるのも、また一興ではないか?

だから、俺は、彼に「協力」してやった。

ここからどうなるかは、彼の運命力次第だ。

 

しかし、バエルに滅茶苦茶にされて破れ去るなど、ある意味一番美味しい役所かもしれないな。

あるいは、俺も……

 

「マクギリスっ!!!」

 

「はっ!」

 

びくり、と腰を浮かせる。

どうやら運転していたガエリオが話しかけていたようだ。

 

「すまない、少し考え事をしていた」

 

「大丈夫か?働き詰めで疲れが溜まってるんじゃないのか?」

 

「大丈夫だ。心配をかけてすまない」

 

「いや、それは構わんが……ところで、さっきはどこに電話してた?」

 

「ああ、あの倒れていた兵士について、火星支部にな」

 

「ああ、部下に調べさせたのか?確かに、あれは戦場に出た者の傷だもんな」

 

「ああ、そんな所だ」

 

 

マクギリスは影のある笑顔で、にこりと笑ったのだった。

 

 

----------

 

桜ちゃんの農場、皆はトウモロコシの収穫を手伝っていた。

 

アグニカは最初は見ているだけだったが、双子やアトラ、桜ちゃんの動きを完全にコピーし、てきぱきと働いていた。

クランクは未だ慣れないらしく、桜ちゃんにどやされながら作業している。

ゆっくりとではあるが確実に進めていくタイプのようだ。

そんな中、三日月はクーデリアに頭を下げていた。

 

「アンタのお陰で、俺たちは首の皮一枚繋がったんだ。本当に、ありがとう」

 

クーデリアの依頼があってこそ、鉄華団の財政難は乗り越えられ、未来への希望は繋がった。

それが無ければジリ貧で、ゆるやかに死に向かうしかなかったのだ。

しかしクーデリアは目をそらす。

 

そんな方法でしか生きられない彼ら。

彼らの未来を血に染めて、自分は前を向いて歩けるだろうか。

そんな自問自答。

 

双子は新しいカゴ取りに行った。

穏やかに作業をしていたアグニカ達だが、そこで車が急ブレーキを踏む音と、クッキーとクラッカの悲鳴が聞こえた。

三日月は即座に駆け出す。

アグニカも続いて駆け出した。

 

 

畑の横の道路では、道の横にそれた車と、その前に倒れる双子の姿があった。

車から青い髪の青年が出てくる。

その顔は双子を本気で心配している表情だ。

 

「お、おい、お前達、大丈……ごあ!?」

 

突如現れた三日月に首を閉められ、車に後頭部を叩き付けられる。

 

「かっ!?ちょっ、お前……ぅは、何を……あ、あああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ あ゛あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛  あ゛  あ゛ !!!!」

 

ぎりぎりと締め付ける音と、切羽詰まった男の悲鳴が鳴り響く。

 

その青い髪の男を見たアグニカは、ほお、と珍しそうな顔をする。

 

「似てるな」

 

「たす……け……」

 

アグニカに向かって助けを求めてくるが、アグニカは全く動かない。

 

青年の顔が土気色になり始めたところで、桜ちゃんが三日月の頭をこずく。

そこで、双子も三日月に言い寄る。

 

「私達が飛び出しちゃって!」

 

「あの車が避けてくれたの!」

 

「え?」

 

きょとんとした顔をする三日月。

そこで初めて青年を解放する。

 

「こちらも不注意だった。謝罪しよう」

 

助手席に座っていた男が、絶妙なタイミングで出てきた。

そこで、ビスケットとアトラも走って来る。

しかし車にギャラルホルンのマークがあるのを見て、ビスケットの顔が引き締める。

フミタンはクーデリアを止めて草影へ。

クランクも一瞬迷ったようだが、やはり草影へ身を潜めた。

そこでフミタンと肩がぶつかってしまう。

 

「あ、す、すまん」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「むう……」

 

草影にクーデリア、フミタン、クランクが縮こまって隠れている。

なんとも言えない気まずい空気が漂っていた。

特にクランクは、フミタンがスパイであると聞かされたばかりなので、余計に気になってしまう。

 

青い髪の青年は、首を押さえて咳き込んでいた。

よく見れば痣ができている。

 

「ぅおっほ!ぅぅおっ、げほっ!はぁー、はぁー……」

 

「えっと、じゃあ俺……」

 

三日月が棒読みの謝罪をするが、逆に激昂した青髪の男は殴りかかる。

 

「なにがすいませんだ、この!」

 

「ガエリオ!」

 

三日月はするりと避け、背中の阿頼耶識の突起部が見える。

アグニカはガエリオの足を引っかけ、盛大に転ばせた。

 

ビスケットは口をあんぐりと開き、双子は目をふさいでいる。

ガエリオは顔を真っ赤にしながらも、三日月に問いかける。

その顔は嫌悪感に満ちていた。

 

「おい、貴様……その背中のはなんだ?」

 

「阿頼耶識システム……」

 

「あらやし?」

 

マクギリスの放った聞き覚えの無い言葉に、ガエリオは困惑する。

 

「人の身体に埋め込むタイプの、有機デバイスシステムだったか。未だに使われていると聞いた事はあったが」

 

「身体に異物を埋め込むなんて……うっぷ」

 

ガエリオが吐き気に口を押さえたところで、アグニカが腹部を思いっきりぶん殴った。

 

「ぅぼえっっ!!?ぅ、うぼろろろろろおぼろろろげぉえあぉぼぉぉおおおおおお、おおおっおおっお、ぼお!!!」

 

べちゃべちゃと吐瀉物を撒き散らすガエリオ。

その顔と醜態はとても貴族のエリートとは思えない、酷いものであった。

 

「吐くなよ、ゴミ」

 

アグニカが冷たく吐き捨てる。

鬼のようである。

 

ここまでくると、いっそ吐いてしまった方が楽になれる。

這うように車の裏に逃げ込むガエリオ。

マクギリスはその背中を擦ろうと手を伸ばしたが、一瞬躊躇し、結局手を出すことはなかった。

そして、アグニカとは目を合わさず、双子の方に歩いていく。

 

「怖い思いをさせて、すまなかったね。こんなものしか無いが、お詫びの印に、受け取ってもらえないだろうか」

 

マクギリスは完全に撤退モードである。

当事者のみと話をつけることで、早急に事を納めるつもりだろう。

賢いやり方だ。

 

双子はなかなか手に入らない、豪華なチョコレートに顔をほころばせた。

 

「ありがとう!」

 

「ございます!」

 

「どうも」

 

アトラは控えめにお礼を言う。

 

「念のため、医者に見せるといい。何かあれば、ギャラルホルン火星支部まで連絡をくれたまえ。

私の名は、マクギリス・ファリドだ」

 

「アグニカ・カイエルだ」

 

「!?」

 

首をぐるりと回し、アグニカを凝視するマクギリス。

その目は限界まで見開かれていた。

異様な空気が流れる。

時間が止まったような、重苦しい圧力を感じる。

三日月もビスケットも、何事かと見つめている。

 

「まさか……いや、まさか…………」

 

マクギリスはブツブツと呟く。

奇しくも、先程のアインと同じような状態である。

 

「青い瞳……ウェーブのかかった黒髪……勝ち気な笑み……堂々たる雰囲気……まさか、君は」

 

ふらり、とアグニカに歩み寄るが、一歩で踏み留まる。

 

「うっ……」

 

隙がない。

改めて観察してみると、アグニカの気の張り巡らせた方は尋常ではない。

とても近付けない。これではガエリオの二の舞だろう。

 

「君は……本当に……私の、いや、『俺』の……」

 

「また会えるさ」

 

アグニカの言葉に、マクギリスは脳が痺れるような感覚に陥った。

夢の中にいるかのように、ふわふわと現実感がなくなる。

アグニカが歩み寄ってきてくれて、耳元で囁いてくれる。

 

「今日はもう帰りな」

 

「今日はもう……帰る……」

 

ぼぅっとした頭で、アグニカの言葉を復唱する。

大丈夫。また会える。何故ならアグニカがそう言ったからだ。

 

「では、これで失礼する」

 

催眠術にでもかかったように、ふらふらと車に戻るマクギリス。

助手席にはガエリオ、運転席にはマクギリスが座り、車が走り出す。

 

それを呆然と見送っていた三日月達だったが、三日月がぽつりと呟いた。

 

「なんだったの?あれ」

 

「さあ……」

 

ギャラルホルンの関係者であることは間違いなさそうだが、アグニカと話した途端、まるで操られているかのように言うことを聞いた。

 

にやにやと笑うアグニカ。

改めて、アグニカという男が分からなくなった面々だったが、桜ちゃんがアグニカの後頭部を叩く。

 

「ぁいて」

 

「なんでもかんでも暴力で片付けようとすんじゃないよ、この馬鹿者が」

 

「ははっ、ごめんよ桜ちゃん」

 

アグニカの年相応の笑顔を見て、桜ちゃんは薄く笑って溜め息を吐く。

 

「ったく。しょうがない子だね。三日月!あんたもだよ!」

 

「ご、ごめん桜ちゃん」

 

「クッキー、クラッカ!アンタ達も、道には飛び出すなと言っただろう!」

 

「「ごめんなさい……」」

 

「ふん。次から気をつけるんだよ」

 

「「はーい」」

 

「んじゃ、とっとと続きだよ」

 

「うん!」

 

「「はーい!」」

 

三日月もクッキー、クラッカも元気よく返事をする。

それを見たビスケットは、脱力したように、安心の溜め息を吐くのだった。

 

 

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火星共同宇宙港

方舟

 

「登録名称は、これでいいんですね」

 

デクスターは昭弘に確認した。

 

「ああ。団長の命名だ。CGS時代の名前は嫌なんだと」

 

オルガが珍しくこだわっていた。

おそらく、今までの不自由な思い出を呼び起こすような、辛気臭いものは全て一掃したいのだろう。

 

「ウィルオーザウィスプ改め、イサリビ」

 

強襲装甲艦

イサリビ

 

これが、鉄華団を、希望を運ぶ船となる。

 

 

-----------

 

アグニカ達と別れた三日月は、鉄華団の本拠地に帰ってくると、なにやら皆が集まっているのが見えた。

CGSのマークがあった場所に、新しいマークが描かれていた。

 

「これが鉄華団のマーク」

 

オルガが胸を張って言う。

 

「これから俺たちで守っていくんだ」

 

その瞳は希望に満ちていた。

 

「上手いもんだなー」

 

「へへっ」

 

シノが褒め称え、描いたライドは嬉しそうにしている。

 

「魚かぁ」

 

「はあ!?花だよ花!」

 

しかしシノには花ではなく、魚に見えていたようで、意見が衝突している。

 

「えー?花ぁ!?魚だろぉ」

 

「魚なんて鉄華団に関係ねえだろ!」

 

「バカ!」

 

「バーカ!!」

 

「バーーーカ!!」

 

不毛な争いへと発展していた。

 

三日月は鉄華団のマークを、瞳に焼き付けるように見つめていた。

 

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薄暗い通路で、トドはなにやら電話をしていた。

受話器を置き、にやりと笑う。

 

(思い出させてやるぜ。大人の怖さってやつをな)

 

アグニカの力を目の当たりにしながら、まだ反逆の意思が残っているという、なかなか珍しい男。

それが、トド・ミルコンネンという男である。

それが知略故なのか、愚かさ故なのかは、この時は誰も知り得なかった。

 

 

----------

 

窓ガラスをぶち破り、アグニカは外へ飛び出した。

そこはビル12階の高さである。

 

「あはははははははははっ!!」

 

その後ろからクランクが絶叫しながら追いかけて、彼もまた飛ぶ。

 

「うおおおおおおおおお!!!??」

 

アグニカはバールのようなものを窓に叩きつけ、ガリガリと削りながら勢いを殺す。

設置してあったマットに飛び移り、衝撃を殺して転がり、車に乗り込む。

その手にはアタッシュケースが握られていた。

クランクも消防用のワイヤーで器用に降りてきて、這う這うの体で車に飛び乗った瞬間、アグニカはアクセルを全力で踏み、車が高速で走り出す。

クランクは衝撃で頭を何度も打って、腹部の包帯からはうっすらと手血が出ていた。

相当無理をして走ったらしい。

 

「ぜぇ……ぜぇ……お、俺は…いや、貴様は何故、病院を襲撃などしたんだ……!?」

 

「ん?だから、これが欲しかったんだよ。見つかって良かった」

 

アグニカはアタッシュケースをばしばしと叩く。

 

 

三日月達と別れた後、アグニカとクランクはクリュセの町に向かった。

日が暮れ、夜になると、アグニカは病院を襲撃。

医療器具が管理されている部屋まで突き進み、「それ」を盗むや否や、もはや用無しとばかりに窓ガラスを銃撃して割り、逃走したのだ。

夜なので人は少なかった上、途中防犯カメラの類いは全て破壊していたので、アグニカの顔がバレる心配はないだろう。

 

「そんなもの、一体何に使うんだ……?」

 

「あれば色々と使えるから。ま、俺の道楽ってことで、置いていてくれよ」

 

「むう……しかしだな、これも医療機関の所有物である以上、使われる人間が……」

 

「ああ、病院のデータバンクに入ってみたんだが、どうも金持ち専用のものだったよ。どうせ、善良な一般市民などには使われない」

 

「……そうか」

 

 

しばらく沈黙が流れる。

すると、高級酒場が多い町の一角で車を止めた。

ネオンライトの光がキラキラして、クランクは目が眩むようだった。

横を見ると、アグニカは誰かを待っているようだ。

しばらくすると、一人の女が歩いてくるのが見えた。

仕事帰りか、白いスーツ姿の女性で、褐色肌と丸眼鏡が特徴的だ。長い茶髪を片方にくるくると巻いて纏めている。雰囲気から仕事はできそうだと思った。

遅い晩御飯のついでに酒も飲み、一日の疲れを忘れようといったところか。

 

アグニカが携帯端末を確認する。

 

「あいつだな」

 

「誰だ?知り合いか?」

 

「ノブリス・ゴルドンの秘書さん」

 

それだけ言うと、ドアを開けて車を出た。

 

「おい!どうする気だ!?」

 

「ん?ちょっと飲みに誘って、「仲良く」なっておくんだよ。あの女が美形の子供好きなのは調べがついてる。あとは男娼を装って近づけばイチコロよ」

 

ノブリスの秘書と連絡を取り合うようになれば、そこから情報を吸い取れるという事。つまり彼女を懐柔し、自らのスパイにしてしまおうというのか。

理由を問いかけても、こっちにだけスパイがいるのは不公平だろ?などと適当な答えしか返ってこないと予想できたので、聞きはしなかった。

 

「むう……しかし、俺を放りっぱなしでいいのか?俺は捕虜だぞ?」

 

「ああ、今日はもう好きにしていいぞ。飲みにでも行ったらどうだ?」

 

「の、飲み……?」

 

「あ、アタッシュケース無くしたら殺すから。じゃあな」

 

「ちょ、まっ……!」

 

 

相変わらず言うだけ言って、さっさと歩いていってしまった。

一人残されたクランクは、背もたれに寄りかかり、深い溜め息を吐く。

このまま車中で一晩を過ごすのもありだが、折角主が休暇をくれたのだ。それを無下にするのもどうかと思う。

それに、逃げたりギャラルホルンに連絡したりという、「普通」の事をして、簡単にアグニカに捕捉されるよりも、言われた通り飲みに行って休暇を満喫するくらいの方が、「我が主」は面白がるだろう。

 

「まあ、その辺をぶらつくか……」

 

アタッシュケースを持ったまま、手頃な店がないか探し、ふらふらと歩き出した。

 

 

 

----------

 

 

クランクは歓楽街の端にある小さな店に入った。

黒を基調としたシックで落ち着いた雰囲気だ。

BGMとして演奏されるピアノの音色が、この空間が満ち足りたものであると教えてくれる。

これはいい店を見つけたかもしれない。

そう思いながらカウンターの席に腰掛けた。

燕尾服を着た老人のマスターが、静かに前に立つ。

 

「ビールをくれ」

 

「かしこまりました」

 

注文し、ちらりと横を見ると、カウンターには二人の男が座っていた。

そのうち、くたびれたシャツの肥満体型の男は、クランクが首につけているチョーカーと同じものをつけていて、彼もアグニカに脅されているのかと考えた。

 

(いや、まさか……な)

 

「お待たせしました」

 

マスターがジョッキをカウンターに置く。

ついでにつまみを注文し、ちびちびとビールを飲むクランク。

一度意識してしまうと、自然と耳が隣の会話を拾ってしまう。

 

「正直言うと俺ぁ、アンタの事をつまらねえ男だと思ってた」

 

カウンターの奥にいる、白いスーツに白い帽子、長いストレートヘアーを後ろでくくった男。どこか浮世離れした雰囲気を持つ。

 

「俺は……名瀬さんの言う通り、つまらねえ男ですよ。つまらねえもんに固執して、つまらねえ理由で意地になって……結局、暴力で滅茶苦茶にされちまいました」

 

「けど、どっかすっきりしたようにも見えるぜ?」

 

「……まあ、会社だか利益だかを考えなくなると、なんであんなもんに拘ってたのか分からなくなっちまうんです。俺は本当に、何をやってたんですかね」

 

「さあなぁ。やっちまった事はどうにもならねえ。どうやっても、時間は巻き戻らねえんだからな」

 

「時間は巻き戻らない」

 

肥満体型の男は、ぽつりと呟く。

まるで、その男の中の何かがこぼれ落ちるように。

 

「けど、そのケジメを付けたいって話、俺は気に入ったぜ。まさか、俺に直談判に来て土下座までするたぁな」

 

名瀬と呼ばれた男が膝を叩いて笑う。

肥満体型の男は目頭を押さえる。

 

「名瀬さん、頼みますからその話は他言無用でお願いしますよ。これは俺だけの問題だ。誰にも聞かれたくないし、見られたくもない。俺はただ、過去の清算のために、ひっそりと姿を消したいだけなんです」

 

「まあそう言うなって、マルバよお。自分のやってきた事から逃げねえで、行き着く先まで行くってのは、筋を通すって事だ。俺はその真っ直ぐさが気に入った。真っ直ぐどこに行くかは関係ねえ。ただ曲がったり目を閉じて進むような馬鹿はしねえ所がな」

 

その言葉を聞いたクランクは、アグニカに言われた言葉を思い出す。

怪我人を車に乗せて、病院を目指して走る。

だがその道のりを、目を閉じてアクセルを踏む。踏み抜く。それがクランクの正義だと。

その行き着く先が、アグニカという大きな壁。そこに衝突し、クランク・ゼントは滅茶苦茶になった。

 

「目を閉じて……」

 

「お?聞いてたのか、オッサン」

 

名瀬がこちらに気付いて声をかけてくる。

 

「む、すまん。たまたま聞こえてきただけなんだ。邪魔をして悪かった」

 

クランクは早々に切り上げようとする。

絡まれたりしたら面倒だと思ったからだ。

それに今は、アグニカからアタッシュケースを預かっている。

妙なトラブルに巻き込まれるのは避けたい。

 

「邪魔なんてしてねーよ。ただ、こっちのマルバって奴の恥ずかしいエピソードの一部を聞いちまったっつー、問題が生じた訳だな」

 

「い、いや、全部を聞いていた訳ではない。たまたま知り合いから言われた言葉と被って、そこだけ聞こえてきただけなんだ」

 

嘘だ。全部聞いていた。

それを知ってか知らずか、名瀬はゴホンと咳払いをする。

 

「そこで、マルバはアンタを買収したい。そうだろ?マルバよ」

 

「ええ!?どうして俺が」

 

突然話題を振られたマルバが狼狽する。

 

「アンタの恥ずかしい話を聞かれちまったんだぜ?口止め料を払わなくていいのかよ」

 

「うぐ……」

 

マルバが額を押さえる。どうやら土下座したという話は、相当恥ずかしいと思っているらしい。

名瀬はにこやかに、クランクにグラスを向ける。

 

「てな訳で、アンタの飲み代は、このマルバが持つ。それで口外しないと約束してくれねえか?」

 

「あ、ああ。分かった。絶対に守ろう。約束する」

 

見ず知らずの中年男の秘密を握ったところで、何の得にもなりはしない。

そんな事はクランクも名瀬自身も分かっている。

ただ、名瀬はマルバを弄って楽しみたいだけだ。クランクをダシに使ったというだけで。

 

そういう所は、少しだけ、アグニカに似ていると思った。

何というか、限界がないと、そう感じさせる。

器の問題だろうか?と思っていると、マスターが赤ワインのボトルをカウンターに置く。

コルクを抜くいい音がして、3つのグラスに注いだ。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は名瀬・タービン。仕事は輸送会社を経営してる。で、こっちがマルバ・アーケイ。元、警備会社社長だ」

 

マルバが渇いた笑みを浮かべている。

クランクはその名前に覚えがあった。

つい先日襲った、CGSの社長だ。作戦の資料で読んだ覚えがある。

アグニカはクーデターを起こして会社を乗っ取ったと言っていたが、嘘ではなかったらしい。

それで、ギャラルホルンからも追われ、古巣を追いやられ、見るからにヤクザなタービンに目をつけられた、という流れだろうか?とクランクは邪推する。

そう思うとマルバが憐れに思えてきた。

 

「で、アンタはどこの誰なんだ?」

 

いざ聞かれると困ってしまう。

ギャラルホルン所属と言うのは危険過ぎる。この辺りはギャラルホルンを目の敵にしている輩が多い。故に、この辺りに飲みにくるギャラルホルンの兵はいない。

馬鹿正直に名乗るのは危険だ。

それに信じられはしないだろう。

かといって、鉄華団なる少年兵の組織に決闘を挑み、敗北し、捕虜となっているなど、誰が信じるというのか。

そもそも捕虜が何故一人で飲みに来ているのか、クランク自身にも分からないのだ。他人に分かるはずがない。

そこでクランクの答えとは

 

「教師だ。子供達の……」

 

「へえ、意外だな。てっきり軍隊か、傭兵かと思ったぜ」

 

「おお、先生ですかい。そりゃ立派な職業じゃないですか」

 

名瀬もマルバも反応がいい。

クランクは困ったような顔をする。

教師というのはアグニカに任命された職だ。

それも半日しか働いていないが、嘘はついていない。嘘は。

 

「んじゃまあ、この奇妙な縁に」

 

「奇縁に」

 

名瀬とマルバがグラスを差し出す。

クランクもそこにグラスを近づける。

 

「……奇縁に」

 

乾杯。

グラスが軽くぶつかる、いい音がして、それぞれワインを口に含む。

 

名瀬は陽気な男だった。元々輸送業をやっていたが、生涯の伴侶となる女との出会い、その暴れ馬の手綱を握る苦労、それを楽しげに語っていた。

聞けば数多くの女を嫁に取り、自身のハーレムを構築しているのだという。

 

「子供は27人いる」

 

「ほぉ……」

 

自分とは住む世界が違う。価値観も違う。今まで歩んできた道が、並みの人間には成しえない事である。そして、それを支えるのは、度量と才覚。

つまり、器の大きさだ。

アグニカと似ているのは、そこかもしれない。

嵐のような男。それがアグニカとの戦闘で感じた印象だ。

クランクは名瀬とアグニカを重ね合わせる。

 

「で、先生には女はいないのかよ?カミさんとか、子供とか」

 

「むう。俺は、そういった事は無縁だったな。良くしてくれた人はいたが……俺は、常に一緒にいられる訳ではなかった。幸せにしてやると、約束が出来なかったんだ。それでは、責任が取れない」

 

「離れちゃいけねえのか?」

 

名瀬がグラスを揺らしながら聞く。

 

「いや、俺は……いつ死ぬかも分からない職場だったのでな」

 

「先生なのにか?どこで教えてたんだ?」

 

しまった、と冷や汗をかくクランク。

子供の教師という話で通していたのに、常に死と隣り合わせなど辻褄が合わない。

そこでマルバが口を挟む。

 

「いや、こんな御時世ですからねぇ。ガキどもも素行が悪くてしょうがねぇ。なんでも暴力で解決すると思ってやがる。そんな奴らに道理を分からせるってのは、死ぬか生きるかって事なんでしょう」

 

しみじみと語るマルバ。

謎のフォローが入り、一先ず窮地を脱するクランク。

 

「俺も、ガキどもに色んな仕事をさせたもんです。……何かしてやれねえか、何か出来ることを探してやれねえか、って思ってたんですがねえ……いつの間にか、何かに使えねえか、何をさせても儲けを出させるって、考えが変わっちまって」

 

マルバの表情に影を落とす。

それは、自身の過ちを思い返し、弱気になった本音の吐露だった。

 

「おいおい、いつからここは懺悔室になったんだ?」

 

名瀬が茶々を入れる。

 

「湿っぽい話は無しにしようぜ。アンタはもう、ケジメのつけ方を決めた。なら、今は俺と先生の思い出話に花添えるくらいしろ。もしくはそこで腹太鼓でもしろ」

 

「ッハハ」

 

マルバが吹っ切れたように笑う。

その表情を見て、クランクは考えを改めた。

どうやらマルバという男、CGSの少年兵を酷使していたらしい。そして、恐らくだがアグニカによるクーデターで、全てを失った。だが、そのおかけで彼を縛り付けていた強欲や猜疑心の類いも吹き飛んでしまった。それぐらい、滅茶苦茶な目に合わされたのだろう。

 

そして、己の罪と向き合う覚悟を決めた。

その贖罪の場を、名瀬・タービンに求めた。そういう事だろう。

 

「子供が厄介というのは、大いに賛成だ」

 

「でしょう!?」

 

マルバが食いつき、クランクは唇を緩める。

 

「特に、こちらの話を全く聞かない奴などはな」

 

「分かります分かります!先生も経験がおありのようで」

 

「しかも自分の要求を一方的に押し付ける」

 

「ええ!ええ!」

 

「気に入らないとすぐ暴力だ」

 

「全くもってその通り!」

 

「おまけに考えることが滅茶苦茶。やることはもっと滅茶苦茶。周りの被害など勘定にも入らない」

 

「よっっっくご存知で!いやはや、先生の言う通りですなあ!」

 

餅つきのように、テンポ良く息のあった会話だ。

恐ろしく共感出来るのだろう。

アグニカ・カイエル。

まさか、クランクも同じ人物を思い浮かべているとは微塵も思っていない。

 

「で、奴等を一言で表すなら」

 

「「悪魔」」

 

吹き出す二人の男。

名瀬は完全に置いてきぼりだ。

 

「おいおい、二人して何の話してんだぁ?気持ちわりいなぁ」

 

「ふっふふ……いや、すまん。知っている子供に、そういう奴がいてな」

 

「俺もですよ。ま、どこにでも居るんですなあ」

 

その後、態度が柔らかくなったマルバ、酔いがほんのり回ってきたクランク、そんな二人を見て気を良くした名瀬の三人は、夜がふけるまで語り合った。

 

 

-----------

 

「ふー、飲んだ飲んだぁ」

 

店を出たのは深夜四時過ぎだ。早朝と呼ぶ人もいる。

名瀬が背を伸ばして欠伸をする。

マルバは顔が赤くなり、千鳥足だ。

クランクも酒は弱くないが、普段飲まない分、だいぶ頭がクラクラする。

飲みすぎた、と自重する。

しかし、決して悪い気分ではない。有意義で、楽しい時間だった。

 

「んじゃあ、俺はホテルに戻るぜ。マルバも、明後日のシャトルの時間に遅れるなよ」

 

「うへへ、わかっへまふっへ!らいりょうぶれふっへ!」

 

マルバはもはや呂律が回っていない。

 

「じゃ、先生も達者でな」

 

「ああ。いい酒が飲めた。礼を言う」

 

「ははっ、お堅いねえ。ま、俺も楽しかったぜ。また会えるといいな」

 

クランクと名瀬が話していると、ふらついたマルバが人にぶつかった。

見れば、青い髪が特徴的な、若い男とぶつかったようだ。

相手も酔ってふらついており、どうも具合が悪そうだ。

などと思っていると、顔を真っ青にして、その場で嘔吐した。

マルバも釣られて吐く。

道路は一変して地獄になった。

 

「おいおいおい、しっかりしろよマルバ」

 

名瀬がマルバの背中をさすり、介抱する。

青い髪の青年も、同伴した者に介抱されていた。

 

「ガエリオ、大丈夫か」

 

「うおっほ、ぅごぇ、っぽ」

 

クランクはぎょっとする。

そこに居たのは、ギャラルホルン地球支部から遣わされた監査官、マクギリス・ファリドと、ガエリオ・ボードウィンだったからだ。

何故一日に二度も会う。

そもそもギャラルホルン関係者がこんな所で酒を飲むなどあり得ない。

クランクのアルコールの入った脳内は、疑問符で溢れかえっていた。

 

「飲みすぎだな。無理はするな、ガエリオ」

 

「げほ、そう言って飲ませたのはお前だろぉ……あれだけ飲んで、なんでお前はピンピンしてるんだぁ……」

 

「ふふ、今の俺は、探していたものが見つかり、求めていたものが与えられ、全ての疑問には答えが出た状態だからだ」

 

「ああ、クソ。こいつ、悪酔いするとこうなるのか……全然知らなかった……げほっ」

 

「世界は変わる」

 

「なんでお前が絶好調なのが世界に繋がるんだ!話が飛躍しすぎだろ!!」

 

「いや、そのどちらも、同じものによってもたらされるからだ」

 

「くそぉ……今日ずっとお前のツッコミをしてたせいで、喉が……げほ、ズタズタだ……」

 

「ところでガエリオ、吐いたのなら、また入るな?もう一軒行くぞ」

 

「さっきと言ってること違うぞ!!」

 

マクギリスとガエリオの掛け合いを見て、名瀬が話しかける。

 

「おいおい、あんま無茶はさせてやるなよ」

 

「む、そうだな。御忠告痛み入る。そちらの人も、俺の親友(とも)がすまなかった」

 

「ひにすんなっへ!おれぁこんぐあいじゃどってこたあねへよ!」

 

「そちらの人も、気分を害したのなら謝罪しましょう」

 

クランクの表情が険しかったのを見たのだろう。マクギリスが話しかけてきた。

 

「い、いや。大丈夫だ。俺も飲みすぎただけなんだ」

 

「そうですか。それでは、失礼しますよ。行くぞガエリオ」

 

「ぅぅうー……頭が痛いいー……喉が痛いいいー……気持ち悪いいいいーー……」

 

「ガエリオ、君はこれからも、俺の親友(とも)だよ」

 

「今言われてもなあ!!」

 

 

肩を組んだ二人が遠ざかっていくのを見て、クランクは一息つく。

まさか、ギャラルホルンの代表である彼らが、こんな所で酒を飲んでいるなど、悪い冗談だ。

何故あそこまで舞い上がっているのか検討もつかないが、とにかく、自分の正体がバレなくて良かった。

 

「ったく、世話の焼けるやつだぜ……」

 

名瀬がマルバを担ぐようにして立ち上がる。

 

「んじゃ、達者でな、先生。ガキをマトモに育てたいなら、男の背中と、女の懐が揃わなきゃ厳しいぜ?」

 

じゃあな。

そう言って、名瀬とマルバは去っていった。

残されたクランクも、夜が薄れ始めた町を歩いていく。

ちゃんと、預かったアタッシュケースも持っている。

 

これほど楽しかったのはいつぶりだろうか。

部下や教え子、アインやオーリスとも、こんな風に語り合えていたら、また違った関係だったのかもしれないと、ふと感傷的になりながら、宿である車を止めてある方へ、歩いていくのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

ギャラルホルン火星支部長、コーラル・コンラッドは、深く椅子に腰掛け、大きな溜め息を吐いた。

 

(世界には……様々な人間がいるのだな)

 

オルクス商会の代表から連絡が入った。

CGSの少年兵達が、クーデリアを連れて地球への案内役を依頼してきた。その情報を横流しすることで、見返りとして商会への融通を効かせることを取引として持ち掛けてきた。

それはいい。こちらとしても是非とも欲しい情報だったからだ。

 

しかし、その前日、オルクスの他にもコーラルに取引を持ちかけてきた人物がいた。

 

モンタークと名乗る男だ。

音声のみで、肉声ではない合成音声での通話であったが、なんとも不気味な男であった。

何故なら、こちらの現状や思惑をほぼ全て見透した上で、取引を持ちかけてきたからだ。

前日の昼間の会話を思い出す。

 

モンタークは自身をこう名乗った。

 

『ファリドの名を冠する者を破滅させたいと望む者です』

 

マクギリス・ファリド特務三佐

 

あのクソ生意気な監査官が、他所でも嫌われていると思うと、少しだけ胸がすくようだったが、すぐに気持ちを入れ換えた。

 

「ギャラルホルンの代表の一人である、ファリド家をか?お前は、私が誰なのか知っているか?間違い電話ではなかろうな?」

 

『存じております。コーラル・コンラッド三佐。ご心配なく、貴方が彼を疎んじている事も知っています』

 

「なに?貴様、何者だ?」

 

『セブンスターズの活動に少なからず関わる者、という認識で結構です。そして私は、彼らを破滅させるために、彼らの行動を知っているのです』

 

(探る、ではなく、知っているときたか。

それほどまでに情報収集能力には自信があると?)

 

「しかしだな、私もギャラルホルンに属する者の一人。セブンスターズに害する者の話など聞けんぞ」

 

『表面上の建前の話は省きましょう。コーラル支部長、貴方はクーデリア暗殺のため、非正規に部隊を動かし、結果敗北した』

 

「むぐぅ!?」

 

『……ふっ。そして、運悪く時期がかぶる監査。いやはや、踏んだり蹴ったりとはこの事ですな』

 

「貴様……一体何者なのだ?何が望みだ!」

 

『取引がしたいのです。私の目的も達せられ、貴方の目的も達せられる。そのために必要な取引をね』

 

「……それは、なんだ?」

 

この時、コーラルは相手のペースに嵌められている事を自覚した。しかし、もはや引き返せない所まで引きずり込まれた後だ。

 

『取引をすると約束していただかなくては、詳しい事は教えられませんが……ギャラルホルン内部に、違法な行為をしている集団がいます』

 

「……それがなんだ?」

 

『その集団の中に、マクギリス・ファリドも加担しているのです。それをギャラルホルンに告発する』

 

「あの若造が違法行為……ふん、散々見透かしたような態度をとっておきながら、自分も影でこそこそやっていたとはな」

 

『ふっ。そして、その証拠を『作る』手伝いをしてもらいたいのです。貴方が持っているものを頂ければ、それだけで取引は完了します。勿論、相応の金額もお支払する準備が整っております』

 

「ふむ……いいだろう。取引に応じよう。何が欲しいのだ?」

 

『ギャラルホルン内部にて、人を悪魔に変える実験が行われています』

 

「まさか、人体実験か!?」

 

『その通り。そして、その計画を指示、支援しているのが……』

 

「あの若造……!マクギリス・ファリドという訳か!!」

 

『ふっ。その証拠として、人体サンプルの取引があったとすれば、彼を破滅させることも容易い』

 

「じ、人体サンプル!?遺体を渡せというのか?」

 

『いえ、遺体ではやや弱い。生きた人間……そうですね、軍務で傷付き、再起不能になった人物などが最適でしょう』

 

「そ、そんな非人道的な事が……」

 

『あくまで、証拠として扱います。そこで取引なのですが、火星支部にいる意識不明の重症な兵士を、いるだけこちらに渡してもらえないでしょうか。勿論、こちらにも医療設備は整っております。

失礼ながら、そちらは証拠隠滅のために、彼らに満足な治療を行えていないのでは?』

 

「ぐ、」

 

『こちらならば、彼らの意思を『尊重』して差し上げる事も出来ます。さて、いかがでしょうか』

 

「……確認するぞ」

 

『ええ』

 

「貴様は、マクギリス・ファリドの失墜のため、奴が行っている実験の証拠を『つくる』ために、我が軍から意識不明の兵士を貰い受けたい。そこでは治療も受けられ、私の失態の証拠を隠すことにも繋がる」

 

『ええ。そういう事です』

 

「しかし、私はファリド家への敵対行為に手を貸したという汚名が残る。しかも、貴様のような正体の分からん奴と手を組むという、不安の種が残るわけだ」

 

『貴方は訓練中に負傷した兵士を、専門の医療施設へ移送する。それだけですよ。

そして、『相手の力を否定せず、それを包み込む力で黙らせろ』。アグニカ・カイエルの言葉です。ギャラルホルンに属する者ならば、知っていて当然ですよね?』

 

「……こちらも反抗すると分かっていて、それでも敵わない力を持っていると、そう言いたいのか?」

 

『貴方の力を過小評価するわけではありません。しかし、それでも私には届かないという事です』

 

「……ふん。確かに、貴様の情報網は不気味だ。ここは、従っておくのが利口か」

 

『聡明な判断です』

 

「こちらには一人、意識不明の兵士がいる。アイン・ダルトンという男だ」

 

『ふっ。では、その男を引き渡して頂ければ、貴方の憎む者は、目の前で醜態を晒すでしょう』

 

「ふふふっ……その告発をするのが私でもいいな。監査しに来たつもりが、逆に罪を暴露されたとなれば、地球支部からの監査も当分無いだろうからな」

 

『そして、報酬もお支払いたします。貴方が援助される金額に比べれば、いささか寂しい金額ですが』

 

「ふん。分かった。ではそのように取り計らう」

 

『良い商談でした。またお会いできる日を、心待ちにしております』

 

そこで通信は切れた。

 

「何がまた会う日だ。音声のみの通話ではないか。気取りおって」

 

クランクも独断先行でいなくなり、いよいよ後が無くなってきたところに、その監査官を倒すカードが手に入るとは。

やはり私は運がいい。

 

しかし、世の中には様々な人間がいる。

マクギリス・ファリドのように、人を見透かしたようでいて、自身も汚れた事をしていた人間もいれば、その人間を追いかけ、そいつを疎ましく思う者(今回は私)を見つけては、すり寄ってきて利用する人間もいる。

アイン・ダルトンのような、愚直で熱意を持った人間もいれば、それを中途半端に死なせた挙げ句、訳の分からない組織に売り渡す上官もいる。

そんな上官の命令を無視して、一人で事を起こしたクランクのような人間もいる。

 

「様々な人間が……いるのだな」

 

コーラルは床から見下ろす広い宇宙の、どこか遠くを見つめる。

昔は、色んな人間と接するのが楽しかった。

優秀なモビルスーツパイロットとして、功績を重ねるにつれ、立場が変わり、性格も変わり、人間関係も変わった。

色んな人間と接するのが、苦痛になっていった。

どうしてこう変わってしまったのかと、自問自答する日がある。

だが決まって、その答えは出ないのだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

オルガとビスケットは、地球までの航路の案内役として、オルクス商会に交渉に来ていた。

ソファに向かい合って座っている、オルガとオルクスは、携帯端末で契約内容を記入していた。

それをお互いの部下に見せあう。

 

「確認しました」

 

「こちらも確認しました」

 

ビスケットの声を聞いて、オルガはフッと笑った。そしてお互い立ち上がり、握手をする。

 

「契約は成立だ」

 

「代表自ら顔を出してくれたこと、感謝するよオルクスさん」

 

オルガは敬意を払い礼節は弁えているが、敬語は使わない。

あくまで対等という姿勢を崩さないためだ。

 

「商売ってのは信用が売り物だ」

 

「同感だ。地球までよろしく頼む」

 

アグニカの予想では、こいつらは鉄華団との契約成立の後、その足でギャラルホルンへ情報提供に行くらしい。

裏で蠢く分、表では小綺麗に振る舞っている。

そういう固定観念があると、どうしても目の前の男が胡散臭く見えてしまう。

 

「こちらこそ、CG……じゃなくて、えぇーっと?『鉄華団』」

 

にやりと笑うオルガ。

それでも、罠を掻い潜り、敵を喰らい、前へ進む。

鉄華団の戦いは、すでに始まっているのだ。

 

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穏やかに時間は過ぎていった。

鉄華団は地球出発への準備を進め、緊張はあるものの、しばしの休息を得られた。

今は昼時で、食堂で大勢の子供達が昼食をとっている。

クランクはこの数日でかなり馴染んだようで、周りには年少組を主とした人だかりができていた。

行動範囲も格段に広がり、今や重要な場所以外ならどこでも自由に動けるようになっていた。もはや捕虜であると気にかけているのはほぼ本人のみという状況である。

クランクは「これでいいのか」と戸惑っている。

 

アグニカはご飯を食べている時は比較的静かなので、クランクを含め、皆落ち着いて食事が出来る。

そんな時、少女の声が食堂に木霊した。

 

「私を!炊事係として!鉄華団で雇ってください!!」

 

見れば、アトラが荷物をまとめて立っていた。

どこかに引っ越すような格好である。

突然のことに、皆唖然としている

 

「女将さんには事情を話して、お店はやめてきました!」

 

そう言うと、オルガの方を見つめてジーッとしてる。だが瞳は心情を語り、ドキドキと鼓動に合わせて震えている。

 

「ふっ。いいんじゃねーの?なあ?」

 

「アトラのごはんは美味しいからね」

 

オルガと三日月が快諾し、アトラの鉄華団入りが決定した。

 

「あ、ありがとうございます!一生懸命がんばります!」

 

クランク、早くも新入りの座を抜け、後輩が出来る。本人の知らない間に、どんどん立場が変わっていく。

 

「よーしお前ら!地球行きは鉄華団初の大仕事だ!気ぃ引き締めていくぞー!!」

 

「「「おおー!!」」」

 

オルガが気合いを入れ直し、皆が雄叫びを上げる。

士気の高さは充分だ。

アグニカもにやりと笑い、あつあつのスープを美味しそうに飲む。

 

「ったく、浮かれやがって。俺達はギャラルホルンを敵に回してるんだぞ」

 

ユージンは少しぼやいているが、周りはお気楽なものだった。

特に隣のシノは上機嫌で、ヤマギと話をしている。

 

「なんか楽しいな!こういうの」

 

「シノは女の子が好きだもんね」

 

「あったりめえだろお!女の子にはさあ、夢がいっっっぱい詰まってんもんなー!分かるヤマギ?分かるー?」

 

「……知らない」

 

「なんだよ連れねえなー!」

 

アトラは三日月に袋を渡していた。

 

「そうだ、桜さんから三日月とアグニカさんにって、預かってきたの」

 

「ああ、火星ヤシ。良かった、丁度無くなりそうだったんだ。アグニカにも渡しとくよ」

 

ふと、アトラとクーデリアの目が合う。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「へ?あ、はい」

 

アトラは何故かクーデリアに対抗心を燃やしているが、当のクーデリアは知らず、軽い返事をした。

オルガは食べ終わったお盆を、几帳面に返却棚に返していた。

 

そんな鉄華団の面々を見たトドは、にやりと唇を歪める。

 

「最後の晩餐だ。大いに楽しめよ」

 

「む?晩餐と言ったか?」

 

近くに座っていたクランクが聞き付け、問いかける。

 

「うえっ!?な、お、俺は言ってねえっスよ!そんな事!」

 

年上のクランクには一応敬語だ。

鉄華団内では立場よりも心証と評価で負けている。見下す要因がないのだ。

 

「ねー先生!晩餐ってどういう意味ー?」

 

「バンサーだろ?俺知ってるぜ!地球の町の名前だよ!」

 

ダンジが意外な知識を披露する。これから行く地球について、情報源は謎だが勉強したようだ。

 

「いや、晩餐とは豪華な食事という意味だ。つまり御馳走だな。しかし夕食にしか使えない言葉だが」

 

クランクが正しい知識を教える。

 

「へー!じゃあ鉄華団の夕食は晩餐だね!」

 

「いえーい!晩餐晩餐!」

 

「ばーんさん!ばーんさん!」

 

子供のコミュニティ間での情報伝達速度というのは侮れないものがある。

現に、食堂内ではトドの言った晩餐という言葉がほぼ全域に広がっていた。

 

「っ…………」

 

トドはなんとも言えない顔をして、気まずそうにそそくさと盆を返し、食堂を後にした。

それを横目に見たアグニカは穏やかに笑ったのだった。

 

-----------

 

「急な話とは?」

 

マクギリス・ファリド特務三佐と、ガエリオ・ボードウィン特務三佐は、火星支部に戻るや否や、コーラルの支部長室に呼び出されていた。

ガエリオは少し体調が悪そうである。

口元にほのかな吐瀉物の香りが残っている気がして、口の中を何度も舐める。

コーラルは落ち着き払って、マクギリスにニヤニヤと侮蔑の視線を送るが、当のマクギリスはさらりとしたものだった。

 

「是非とも、監査官殿に御同道願いたい作戦があってねえ」

 

「作戦?」

 

ガエリオが疑問符を浮かべる。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインが調停のため地球へ旅立つのは、君達の望むところではなかろう?」

 

まるで練習でもしたかのように、すらすらと語るコーラル。

掌を重ねて目をつぶって喋る姿は、いかにも何か企んでますと言っているようなものだ。

その余裕綽々な態度を見て、マクギリスに少し唇を釣り上げる。

 

「この手柄を君達に……」

 

(くれてやろう)

 

「譲ろうと言っているのだよ」

 

あくまで上からの物言いに、ガエリオはむっとする。意味深な間の取り方といい、馬鹿にしているのかと怒鳴りたくなる。

だからこそ、この間、コーラルの賄賂をきっぱりと断った時のように、マクギリスが綺麗に撥ね付けると信じていた。

しかし、マクギリスは簡単な礼と、作戦に参加する旨を伝え、退室した。

ガエリオはそれを信じられないという目で見つめ、急いで後を追う。

振り返ると、勝ち誇ったような顔のコーラルが見え、憎たらしさに歯を食い縛った。

 

----------

 

「お前が睨んだ通り、クーデリア失踪の件、コーラルが絡んでいたようだな」

 

ガエリオとマクギリスは通路を浮遊して移動する。

ガエリオはむすっとした顔で、不機嫌そうだ。

 

「そのコーラルのゲスな申し出を、お前が受けるとは思わなかったよ」

 

皮肉を言うような口振りだ。

しかし、マクギリスはさらりと受け止める。

 

「ゲスか。確かにな」

 

ガエリオは溜め息を吐く。

そして、コーラルの面の厚さを改めて称賛した。

 

「一度は自らの手柄にしようと中隊まで動かしたくせに、「手柄を譲る」とはよく言えたものだな」

 

「失態の穴埋めに必死なのだろう。笑ってやるな」

 

「お前、何を考えている?」

 

ガエリオは直接聞いてみた。

本当に分からないからだ。

コーラルの企みなど、まるで興味が無いようにも見える。

これ以外に関心がある事柄があって、同時思考をしている?

そして、そっちの方がはるかに優先度が高い?

 

「今や、クーデリア・藍那・バーンスタインは、火星独立運動の象徴だ。その小娘一人を飼い慣らすだけで、火星の市民を黙らせることが出来るのなら、利用価値はあると思わないか?」

 

ごまかされた。

そう感じた。尤もらしい事を言っているが、今のマクギリスにとって、クーデリアは重要人物なれど中心人物ではない。

ではなんだ?何を待っている?何を求めている?

 

「なるほど、我々の掌で囀ずってもらうわけか」

 

マクギリス、お前のその瞳には、一体何が映っている?

 

 

-----------

 

星の光がまばらに見える、寒空の下、フミタン・アドモスは管制塔最上部の灯りを見上げていた。

つい先程、クーデリアが入っていくのを確認したからだ。

寝床から出てきてそのままの格好なので、髪もセットしていない。服装も薄いパジャマだけだ。

今くらいしか、お嬢様の目をすり抜けられる時間がない。

明日の朝には火星を発つ。最後に「状況報告」をしておかねばと、通信端末がある建物に向かって歩いていた。

 

「よお」

 

「ーーー!?」

 

背後から声をかけられ、びくりと肩を震わせるフミタン。

 

「……なにか?アグニカさん」

 

「いいや?その服じゃ寒そうだと思ってな」

 

後ろにいたのは、黒いコートを着た少年、アグニカだ。

一度目のギャラルホルンの襲撃を事前に察知し、まるで来ると分かっていたかのように迅速に対応した結果、子供達だけの戦力でありながら、死者を出さなかったという、伝説になりそうなエピソードを持つ男。

それが歴戦の名将というなら分かるが、目の前にいるのは年下の子供だ。

 

コートを脱ぎ、フミタンの肩にかける。

動きが全く読めず、されるがままだった。

 

「……ありがとうございます」

 

「いやいや?俺は下にもう一枚着てるし」

 

コートの下には、また厚手の服が着込んであった。防寒装備はばっちりのようだ。

 

「髪下ろすと印象変わるな」

 

「どうも」

 

「こんな夜中にどっか行くのか?」

 

「……いえ、お嬢様のお父様に、定期連絡をと思いまして」

 

嘘をついても見破られる。

直感的にそう感じたフミタンは、嘘ではない嘘をつく事にした。

 

「ふーん。大変だな、メイドさんも」

 

「いえ」

 

案の定、微妙な返事をするアグニカ。

ここ数日の観察で、フミタンはアグニカ・カイエルという男をある程度理解していた。

 

ずばり、アグニカは自分が楽しむ事にしか興味が無い。

そのためにどんな困難な状況も受け入れるし、周到な準備だってする。

自分から不利な状況にも足を踏み入れるし、罠と分かっていても突き進む。

それらを蹂躙するのだ。

気に入らない相手は力で捩じ伏せるし、言いたい事は言うし、やりたい事はやる。

そして、アグニカは笑っている。

そんな人間だからこそ、楽しくないこと、興味が無いことについては対応が雑になる。

 

だが奇妙な事もある。

アグニカは仲間を大切にしているのだ。

仲間を第一に考えて行動している。そう思えてならない事が多々あった。

現に、鉄華団のために暗躍と根回しを怠らない。

犠牲者を出さなかった事だって、結果論とはいえ、アグニカのおかげだ。

 

矛盾している。

第一に考える事が、2つもあるのだ。

それでは道理に合わない。

 

自分が楽しむ事を優先し、仲間を守ることも優先する。

そんなこと、一人の人間には不可能だ。

心は2つ身は1つ。

何故か、アグニカの行動は、アグニカ自身を楽しませ、鉄華団を守ることに繋がる。

 

これは一体何なのだろうか?

この、矛盾の塊のような子供は……

 

 

「なんだ?そんなに見つめて」

 

「……いえ、失礼しました」

 

「いや別に失礼ではないけど」

 

フミタンがふと見上げた方向は、管制塔の最上部。そこでは、三日月とクーデリアが空を見上げて話をしていた。

それをじっと見詰めるフミタン。

 

「…………」

 

「クーデリアとは長いのか?」

 

アグニカが質問をしてきた。

意外だった。アグニカは他人の人間関係など、気にもしないと思っていたのだが。

 

「ええ。昔から、お嬢様にお仕えさせていただいています」

 

「妹みたいなもの?」

 

「……いえ、お嬢様は」

 

クーデリアは、私にとって……

その先の言葉が出てこない。

 

「クーデリアがフミタンと話してる時は、なんか普通の女の子って顔してるからさ、実の姉みたいに思ってるんだなって思ってよ」

 

「私は……」

 

クーデリアの横顔からも、アグニカからも目をそらす。

目をそらし続けた先に、何もない荒野が目に入った。

 

「私は、お嬢様とは生まれも育ちも違います。家族になど……なれるはずがありません」

 

人は皆、違う。そんな事は分かっている。

だが、アグニカ・カイエルは『違いすぎる』。

だから、距離感が狂うように、フミタンの中の境界も歪んでいく。内側のものが、溢れてくる。

 

「誰が産んだかも分からない……どこで何を食べていたかも、何をして寝床を確保していたかも、誰に教えを乞うてきたかも、何を見てきたかも……何もかも違う。私とお嬢様では、何もかもが違う」

 

「だから、分かりあえないと?けど、家族ってのは、何もかもを理解するのとは違うぜ?それは分かってるんだろ?」

 

「相手を愛していて、相手を受け入れられるのなら、それは家族といえるでしょう。今の……そうですね、今の貴方達のように。

正直、貴方達が羨ましくも思います。

けれど、憎くも思います。憐れだとも」

 

きらきらと輝いているからこそ、それが汚れ、踏み潰された時の残骸が脳裏に浮かぶ。

 

「けど貴方達は、挫折や絶望を知って尚、立ち上がる。……お嬢様には、それは、それだけは絶対に不可能だと思っていました」

 

あの愚直なまでの真っ直ぐな瞳が、いつか濁る日がくる。

その時が、ようやくフミタンと『分かりあえる』瞬間であり、同時に、「クーデリア」が死ぬ瞬間でもある。

 

「嫉妬しました。貴方に。私が、こんなにも溜め込んできた事……あの子を滅茶苦茶にして、変えて、自分みたいに作り直してしまいたかった。それを貴方は、先を越すような事をして……」

 

あの日、ギャラルホルンの襲撃を撃退した日、クーデリアとアグニカの会話を思い出す。

 

「だからこそ、貴方という怪物を前にして、あの子が折れなかったのが信じられなかった。私みたいに汚れれば、あの子も壊れると思ってましたから」

 

「怪物とはなんだ」

 

アグニカがぷんすか怒る。

それを見てフミタンはくすりと笑った。

 

「汚れてしまえばいいと……思います。あんな小娘、滅茶苦茶にされればいい。私と同じように、汚れてしまえばいい。そうでないと、私はあの子を、受け入れられない」

 

だから、家族にはなれない。

 

「そんなに、汚れてるのか?」

 

「……ええ。おぞましいほどに」

 

長年溜め込んだ思いを吐き出し、フミタンはどこか達観したような顔をする。

もう、どうにでもなれと思っているのかもしれない。

だがアグニカは優しく笑う。

 

「アンタはちょっと誉められすぎたな」

 

「……はい?」

 

誉められる?

全く脈絡の無い言葉に、フミタンは思考が止まる。

 

「女の人はさ、「綺麗ですね」と言われる以外は、馬鹿にした言葉だと受け取る権利があるんだよ」

 

「……そうですか?普通に手先が器用とか、誉め言葉になると思いますが」

 

「いやいや。手先が器用ですね、『ただし綺麗ではないけど』と暗に言われていると思っていいのさ。それぐらい、女は綺麗好きだって話」

 

頭がいいんですね、ただし綺麗ではないけど。

君は必要な人材だ。ただし綺麗ではないけど。

君の事が好きです。ただし綺麗ではないけど。

 

そんな風に考えるのが、女というものだ。

アグニカはそう言いたいらしい

 

「随分、女性に詳しいのですね」

 

「さあ?そこそこじゃないか?」

 

アグニカは肩をすくめる。

 

「で、アンタは色んな人間から誉められすぎた。特に、クーデリアからな」

 

クーデリアの親愛と信頼、尊敬の眼差しは、フミタンの心に影をさした。

いや、光がさすからこそ、フミタンの隠してきた恥部、汚れた箇所が晒される気がして、本能的に拒絶したのだ。

 

アグニカの言うことは、そういう事。そして、そこから繋がる言葉は……

 

アグニカがフミタンの頬を撫でる。

びくりと肩を震わせるが、固まって動けないフミタン。

アグニカは勝手に頬を撫で続ける。

フミタンは身体の全神経が頬に集中したような錯覚に陥る。

その神経が抜かれた身体の、わずかに残った力をかき集め、なんとか口を開く。

 

「あ、あの……これは……」

 

「綺麗だよ、フミタンは」

 

「!?」

 

顔が真っ赤になり、火照るように熱い。

神経が導火線となり、発火したイメージ。

焼かれながらもがくように、アグニカの手を払いのけた。

 

「あれ?もしかして、初めてだったか?」

 

フミタンは荒い息で、アグニカを睨み付ける。

形だけの言葉としては何度も言われている。

しかし、本当の意味で言われたのは、これが人生初だ。

 

「かっ……からかわないでください」

 

「からかってなんかいないさ」

 

「むぐ……で、ではそろそろ失礼します。お休みなさい」

 

フミタンは話を打ち切り、この場を離れようとする。

アグニカはそれを追うことはない。

 

「月が綺麗ですね、ってのはさ」

 

「……はい?」

 

フミタンが振り返る。聞いた事も無い言葉だったからだ。

 

「ん?この時代には伝わってないのか?」

 

「月が綺麗ですね……何か、意味が込められているのですか?」

 

「さっきの話の続きだよ。この世界で君以外に綺麗な存在があるとしたら、それはもうお空のお月さまくらいしか見当たらない、ってな」

 

「それは……なんというかまた、口説き文句に使えそうな言葉ですね」

 

「愛してるって意味だからな」

 

「……ふふ、なるほど」

 

フミタンはアグニカの前で初めて、柔らかい笑顔を見せた。

 

「一度は言われてみたい言葉ですね。それなら、私のような女でも、自信を取り戻すかもしれません」

 

「月を見たことはあるか?」

 

アグニカが少し寂しげな顔をする。

フミタンにはその理由が分からず、少し困惑する。

 

「い、いえ……直接見たことは」

 

「そっか。じゃあ、地球に行ったら、一緒に月を見ようぜ」

 

「…!」

 

いつの間にかまた近付いていたアグニカの、その綺麗な顔が、本当にすぐ近くにある。

 

「だいぶデコボコになっちまったけどな」

 

ニコリと笑う表情は、どこか影のある笑顔だった。

その笑顔が、フミタンは強く心に残った。

 

やはり、フミタンから見たアグニカ・カイエルは、矛盾の塊だ。

嬉しそうな顔と辛そうな顔、その2つを一度に表現する。

 

「んじゃあ、おやすみ。定期連絡、忘れずにな」

 

そう言うと、アグニカはガンダムバエルの方に歩いていった。

残されたフミタンは、ただその後ろ姿が、闇夜に溶け込むまで見つめていた。

 

 

----------

 

「いよいよ明日だね」

 

ビスケットはコーヒーの入ったマグカップを机に置く。

湯気とコーヒーの独特の匂いを、オルガは楽しんだ。

 

「俺達鉄華団の門出だ」

 

「出た先でいきなり歓迎会があるみたいだけどね」

 

アグニカから最終の打ち合わせがあった。

どうも、アグニカの仕入れてきた情報では、ギャラルホルン火星支部のコーラル司令という男がクーデリア抹殺のために待ち伏せしているらしい。

それを指示したのが、クーデリアの活動を資金援助している、ノブリス・ゴルドンだという。

オルクス商会からの情報リークを受け、シャトルが宇宙に出てきた瞬間に襲ってくると、アグニカは断言した。

そして、それらを撃退し、奪い取るとも。

 

「この作戦、お前は反対か?」

 

「……危険だけど、どの道ギャラルホルンとの衝突は避けられない。それに、戦う事で手に入るものもある……って、アグニカは言ってるんだよね」

 

アグニカはギャラルホルン火星支部からの攻撃部隊を返り討ちにし、壊滅させ、戦力を奪おうと考えている。

普通に考えて無理だ。滅茶苦茶だ。

 

「ああ。けど、アグニカならそれが出来る。あいつの力は、お前も見ただろう」

 

ギャラルホルンによるCGS襲撃の際、グレイズ六機の破壊と、残りの二機の撃退という大立ち回りをやってのけた。

そして、次のグレイズとの一騎討ちでは、ベテランパイロットのクランクを蹂躙する、規格外の力を見せた。

 

「……オルガは、アグニカの事をどう思ってる?正直に聞かせてくれ」

 

ビスケットが真面目な顔で問いかける。

オルガは片目を閉じ、ゆっくりと口を開く。

 

「頼もしいよ。本当に」

 

先頭を切って走ってると思っていたら、実はそのはるか先に誰かいた。

それが、アグニカ・カイエルだった。

 

「アグニカの言うことに従ってりゃ、何とかなるんじゃねえかって、そう思う」

 

「オルガ!それは……」

 

思考停止だ。

ただ闇雲に突き進むだけより、もっと質が悪い。

盲目的に、アグニカの背中のみを見つめて走っていく。

アグニカがどこを見て、どこに向かって走っているかを理解すらしない。

そんな事は絶対にあってはいけない。

それは、オルガを信じてついてくる鉄華団の皆に対する裏切りだ。

 

「アグニカがさあ、見てんだよ。振り向いて、見てくるんだよ」

 

「え?」

 

比喩の話だ。それはすぐに理解できた。

だが、アグニカがオルガを見つめているという事に、ビスケットは気付いていなかった。

 

「さあ、ついてきてるか?ついてこれるか?まさか、そんな所で止まらねえよな?……ってよ」

 

「……」

 

アグニカはオルガに言っているのだ。

お前も来い、と。

 

「突き進んだ先に、道があるっては、アグニカが証明してくれた。先陣切って走る存在ってものを見させてくれた。

だから、俺は進むぜ。アグニカの進む先に」

 

「そっか。なら、俺もついていくよ」

 

「わりいな、ビスケット」

 

「うん。じゃあ、これを飲んだらもう休もう。明日に響くよ」

 

「だな」

 

オルガとビスケットは、マグカップで乾杯した。

 

-----------

 

オルクス商会の代表、オルクスは、モニターの前でにんまり笑顔を作っていた。

ギャラルホルン火星支部のコーラルと話をしている。

その声は普段の野太いものから一転、猫撫で声で話している。

 

「御手を煩わせずとも、わが社の船が、クーデリアを捕らえましたものを。実働部隊なら、傭兵を雇いましたので」

 

コーラルが手柄欲しさに自ら出張っている事は理解している。だが知っていて尚、愚者の道化を演じているのだ。

 

「これは政治的な問題だ。手順に意味がある。結果だけの話ではないのだ」

 

「浅学故の発言、御容赦を」

 

手をもみ、顔は緩みきっている。

完全に接待モードだ。

 

「いい。情報提供には、感謝している」

 

「今後も、我がオルクス商会を輸送航路をご贔屓にお願いいたします」

 

「分かっている。来期は任せる」

 

オルクスはぺこりと頭下げる。

通信はコーラルの方から切られた。

 

「ふう……損得勘定もできん軍人の相手など、疲れるだけだなぁ」

 

通信が切れた途端、態度を一変させるオルクス。

部下に用意させたソーダをストローで飲む。

 

「あとはクーデリアとかいうのを始末するだけか……相手はガキばかりの寄せ集め集団。傭兵のモビルスーツ隊も雇っているし、楽勝だろう。

トド・ミルコネンも、コーラルも、我々の商売のための足掛かりにさせてもらうぞ」

 

オルクスはにんまりと邪悪な笑みを浮かべた。

 

-----------

 

いよいよ地球出発の日。

鉄華団の地球行きメンバー達は、民間宇宙港にシャトルを手配し、軌道上行きのシャトルに乗り込む。

クーデリアの制服姿は新鮮で、男性陣もチラチラと視線を投げ掛けていた。

 

宇宙港では、居残り組の子供達とデクスターが見送りにきていた。

鉄華団のメンバーを乗せたシャトルと、 鹵獲したグレイズを乗せた運搬用シャトルの二機が発射される。

 

年少組は奥の、窓の無い席で、そこではライドとダンジ達が楽しそうに話をしていた。

クランクもここに座っており、興奮が抑えられない子供達の諌め役として振る舞っていた。

事前に説明されたアグニカの作戦では、この後大変な仕事が待っているのだが。

 

窓のある席には重要人物達が座る。

座り順はバラバラ、おそらく適当だろう。

 

フミタンはクーデリアの横顔を見て、昨晩のアグニカとの会話を思い出す。

クーデリアと、本当の意味で心を通わせる事の出来る日が、いつか来ると思いたい。

この旅の先に、一体何が待つのか、フミタンは心の昂りを自覚した。

 

「いよいよですね。お嬢様」

 

「ええ」

 

クーデリアも、この旅に全てを賭けている。

 

(行って参ります。御母様、御父様)

 

シャトルが発射した。一本の煙を残し、上空を飛んでいく。

 

青い空に残した一本の白い雲。

それを様々な人が、それぞれの思いで見送っていた。

 

 

これが、全ての始まり。

伝説を作る、鉄華団の旅の、第一歩だ。

 

 

----------

 

あっという間に大気圏を抜け、シャトルは宇宙空間に出た。

 

「この後、低軌道ステーションに入港して、迎えの船を待つ手筈でしたよね」

 

「はい。オルクスが裏切っていなければ、の話ですけどね」

 

「あ、あれがオルクスの船じゃないですか!?」

 

タカキの声が聞こえ、皆が窓の外を見る。

 

「ほら、あそこあそこ」

 

そこには、薄い緑色の船がいた。

しかし、その船から3つの光が飛び出す。

 

「あれは……」

 

遠目に見ても分かる。あれはモビルスーツの光だ。

 

「ギャラルホルンのモビルスーツ!?」

 

「お、おい、その奥にもまだ居るぞ!」

 

ユージンが叫ぶ。アグニカの予告があったとは言え、ギャラルホルンの待ち伏せをくらったのには動揺しているらしい。

 

「クソ!奥のもギャラルホルンか!!」

 

シノが憤慨する。

オルガはアグニカとの打ち合わせ通り、逃げの一手に専念する。

 

「入港はいい!加速して振り切れ!」

 

どうせギャラルホルンの歩兵部隊が待ち構えている。袋の鼠になってしまう。

しかし、そこでモビルスーツに捕まり、ワイヤーが打ち込まれる。

オルガはにやりと笑った。

この作戦の最初の賭け、それは、敵が問答無用で攻撃してきて、シャトルを撃墜しないかどうかだ。

シャトルにクーデリアが乗っている保証がないため、最初の攻撃は控えるだろうという読みだったが、どうやら当たりのようだ。

ちなみに、もし攻撃してきた場合、その瞬間にアグニカが気付いて防御する、との事だったが、アグニカなら敵の殺意を感じ取って反応するくらい、簡単にやってしまいそうだ。

 

「モビルスーツから有線通信!クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せとか言ってますけどお!?」

 

シャトルの操縦士が情けない声をあげる。

 

「やるんだな!?オルガ!!」

 

シノが問い掛ける。こうなってしまった以上、やるしかないのだ。

 

「ああ!ビスケット!」

 

「了解!行くよ、三日月!アグニカ!」

 

「「三日月?」」

 

アトラとクーデリアの声が重なる。

 

「アグニカ……」

 

フミタンの声は、騒動の中に小さく消えていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

シャトルの背のハッチが開き、煙が吹き出す。煙幕だ。

 

「小細工を……」

 

シャトルにワイヤーを打ち込んだグレイズは、頭部の装甲を開き、索敵モードに入る。

その時、大きな筒がグレイズのコックピットの装甲を打ち付け、同時に射撃した。

戦車の砲を改良した、滑腔砲のゼロ距離砲撃である。

凄まじい威力。

ナノラミネートアーマーもブチ破るほど。

大きな衝撃と風圧がして、グレイズのコックピットには大穴が空いた。

 

煙が晴れ、一体のモビルスーツが姿を現す。

黄色い角のついた、白を基調としたボディの、スマートな機体。中世の騎士を思わせるその機体の名は、

 

ガンダム・バルバトス。

それを駆るのは、三日月・オーガスだ。

 

「なんだ!?モビルスーツだと!?」

 

二機のグレイズが距離を取る。

それを、黄金の剣が追撃し、それぞれメインカメラに突き刺さる。

 

「なっ!?なんだ!?」

 

煙を完全に吹き飛ばし、青い羽を生やした、純白の悪魔がその姿を現した。

 

ガンダム・バエルゼロズ

 

アグニカ・カイエルだ。

 

「遅い遅い遅い!!」

 

バエルゼロズはスラスターを吹きグレイズに急接近。

飛び蹴りを食らわせ、剣を引き抜く。そして流れるようにコックピットを突き刺した。

そして、その剣でもう一体のグレイズに斬りかかる。

グレイズもライフルを撃つが、まるで当たらない。

バエルゼロズが弾道すれすれを通り抜け、またコックピットを突き刺す。

沈黙したグレイズから折れた方の剣を引き抜き、両の手に持つ。

 

「駄目だコイツら!甘すぎる!!」

 

アグニカのプランでは、シャトルに射撃してきたところをバエルゼロズが飛び出し、弾丸を全て弾きながら、三体のグレイズを同時に相手取らなくてはならないという超難易度ミッションを想定していたのだが、結果はまるで歯応えが無かった。

 

「さあて、バエルゼロズ初の宇宙戦だ。ギャラルホルン火星支部諸君、せいぜい派手に散ってくれよ!!」

 

アグニカは嬉々として叫ぶ。

バルバトスは拾ったバトルアックスでワイヤーを叩き斬る。

淡々とした作業だ。

 

そして、シャトルに向かってくるモビルスーツ隊に向かって飛び出す。

 

「あいつらは俺がやるよ」

 

三日月は滑腔砲で牽制射撃をしながら、シャトルを背に防御態勢を取る。

 

「ようし。昭弘達と合流するまでモビルスーツを引き付けろ。俺は……」

 

アグニカはオルクス商会の船を見詰める。

 

「裏切り者には死を。古今東西、鉄則だ」

 

「うん。じゃあ、行くか」

 

バルバトスとバエルゼロズは、一気に加速していった。

 

 

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BAEL

 

バエル

 

 

バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル! バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!バエル!

 

…………

 

アグニカ  カイエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「目標の確保、失敗したようです」

 

「クーデリアがそこに居るならそれでいい」

 

コーラルは直々に戦場に出ていた。

自身もグレイズに搭乗し、指揮官として戦う。

シャトルを守ったという事は、クーデリアはそこにいるということだ。自分の歴戦の勘がそう言っている。

 

(監査官自らが参加している作戦中の事故ならば、いくらでも言い訳は立つ。後はノブリスとの契約だ)

 

「華々しく散ってもらうぞクーデリア!!」

 

シャトルに向かって射撃する。

しかしそこで部下達が声を上げた。

 

「あ、あれは!バエル!?まさか、ガンダム・バエル!?」

 

「な、なあ!?バエルだと!?」

 

「バエルって、あのアグニカ・カイエルの!?」

 

「ギャラルホルンの象徴……!あらゆる力の頂点!」

 

「バエルが何故ここに!?」

 

部下達はバエルの威光に気圧されているが、コーラルが奮起させる。

 

「あれは偽装だ!外装をそれっぽくした模造品!!擬態と同じだ!恐れるな!!」

 

「「「は……はっ!!」」」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「くそぉ!撃ってきやがった!」

 

シノが操縦を変わり、全速で逃走している。

オルガは操縦士に指示を出す。

 

「進路はこのままだ!このままでいい!」

 

コーラルはシャトルを狙うが、機体の脇に衝撃を受け、バランスを崩す。

 

「ぅはぁ!?」

 

見れば、見たこともない機体が、滑腔砲をガンガン射撃していた。

 

「くっ!あいつから始末しろ!」

 

「よし、こっちに来い」

 

三日月はコーラル率いるモビルスーツ隊を誘き寄せ、シャトルから離れる。

それを見たオルクスはにやりと笑う。

 

「モビルスーツ隊は敵に釣られたか。よし、こちらで船を沈めるぞ。コーラルに恩を売るいい機会だ」

 

船の主砲二門でドンドン砲撃する。民間用シャトルを落とすにはオーバーキル気味である。

 

「引導を渡してや……なぁっ!?」

 

しかし、その砲弾をバエルゼロズが全弾弾き落とす。

いや、斬り落としたと言った方が正しい。

 

「な、なんだあれは!?化物か!!??」

 

「て、敵モビルスーツ、急接近!!」

 

「なにぃ!?」

 

バエルゼロズがスラスターを全力で稼働させ、青い流れ星のように加速する。

 

「も、モビルスーツ隊を出せ!対モビルスーツミサイル、全門……」

 

『お そ す ぎ る』

 

バエルゼロズが目の前にいた。ほんの一瞬で距離を詰めてきたのだ。

黄金の剣をブリッジに突き刺し、オルクスの腹部に剣先が突き刺さる。

 

「がぼえええええええああああああああっ!!!!」

 

ゲボゲボと吐血し、剣を汚す。

ガラスが破壊されたブリッジからは、操縦士達が宇宙空間に投げ出されていた。

真空空間では呼吸もままならない。緩やかに死ぬのみだ。

バエルゼロズはオルクスを刺したまま、剣を後ろに振るう。

その衝撃でオルクスの身体は高速で飛んでいった。

グルグルと回る身体は、凄まじい衝撃に耐えきれず、全身の骨という骨が砕けていた。

腹部からはドス黒い血が吹き出す。

オルクスは刺し傷と骨折と衝撃と窒息の苦しみを味わい、存分に苦しみながら、火星に向かって飛んでいく。

いずれ、火星の重力に捕まり、大気圏に落ちていくだろう。

もはや視覚も聴覚も平衡感覚もなくなり、何が起こったかも分からない状態で、オルクスの姿は見えなくなった。

 

「さあて、何が出るかな?」

 

アグニカはエイハブリアクターを感知する能力を持っている。

そのため、オルクスの船の援護に、12体のモビルスーツが来ている事を知っていた。

 

出てきたのは、血のようにドス黒い赤色のボディのモビルスーツ。

その機体は手足が短く、胴が太く、ずんぐりしている。

武装は大きな灰色の斧と、火縄銃のような形態の単発式ライフル。

 

「『オーガ・フレーム』か」

 

オーガ・フレーム

厄祭戦初期から開発された機体で、まだ潤沢な資金と材料、設備と技術があった時代。

本当に初期の初期。前期の前期に大量生産された、量産型モビルスーツの一つ。

エイハブリアクターの量産、安上がりで短期で製造できる環境が前提の機体で、その強みはなんといっても数が多いこと。

そこから繰り出される人海戦術ならぬ物量作戦は恐ろしいものがあった。

その中で最も数が多く、オーガ・フレーム全体で最も働いたのが、この『小鬼』達だ。

 

この機体達は三百年前の生き残りだろう。

 

オルクス商会が雇ったオーガ・フレーム12機に加え、ギャラルホルン火星支部の二個小隊、グレイズ8機がバエルゼロズに襲い掛かる。

それを見たアグニカは、唇が限界までつり上がっていた。

 

 

コーラルは一個小隊、グレイズ4機を率い、バルバトスに射撃戦を仕掛けていた。

しかしそのトリッキーな動きに翻弄され、全くダメージを与えられずにいた。

 

「ちぃ、オルクスは死んだか……大口を叩いておいて、一瞬で死におってからに……」

 

部下のグレイズが肩を撃たれ、バランスを崩した。もう一体のグレイズは、ライフルを撃ち抜かれ、爆発から退避していた。

少しずつ削られている状態だ。

コーラルはジリジリとした焦燥感を募らせる。

そんな時、上部からの砲撃をモロに喰らった。

 

「ぐあぁっ!?」

 

「コーラル三佐!!」

 

上部から強襲装甲艦が突っ込んでくる。

グレイズ達は散開し、それをやり過ごす。

 

オルガはそれを見てにやりと笑った。

鉄華団を引っ張っていく、希望の船だ。

そこには頼りになる仲間達が乗っている。

 

「迎えに来たぜ、大将」

 

「時間通り、いい仕事だぜ昭弘!」

 

 

シャトルはイサリビに回収され、オルガ達は司令部であるブリッジに移動する。

 

「状況は!?」

 

「後方からギャラルホルンの船が、まだついて来やがる」

 

「ガンガン撃ってきてるぞ!」

 

「こっちからも撃ち返せ!」

 

オルガは司令官の椅子に堂々と座る。

ここからが本番だ。

 

「クーデリアさんは危ないから奥に居てください!アトラも!」

 

ビスケットが避難するように言うが、クーデリアは彼らと共に戦う意思を決めている。

 

「私はこの目で、全てを見届けたいんです」

 

「あ、三日月が!」

 

アトラが悲鳴をあげる。

 

「遠距離で撃ち合ってるうちは大丈夫。モビルスーツのナノラミネートアーマーは撃ち抜けない。アグニカは乱戦だけどアグニカだから大丈夫だ!」

 

「捕虜の奴はどうなってる!?」

 

「クランクさんの事だね、アグニカの指示通り、すでにグレイズに乗ってセッティングを始めてるよ!」

 

「ヤマギにあれも準備させろ!」

 

「あれって……売り物を使う気!?」

 

「ここで死んだら商売どころじゃねえ。昭弘!頼めるか?」

 

昭弘は無言で頷いた。

 

 

----------

 

バルバトス軽やかな動きに、コーラルと部下の4機は追い付けない。

しかし三日月の滑腔砲での砲撃は、必ず命中し、吹っ飛ぶ。

目標のシャトルも強襲装甲艦に回収されてしまった。

もたもたしていては状況が悪くなるばかりだ。

 

「くっそぉ、ちょこまかと!」

 

痺れを切らしたコーラルは、射撃武器を部下に投げ渡す。

これが運命の瀬戸際とも知らずに。

 

「援護しろ!接近戦をやる!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

バトルアックスを抜き、高速で接近。バルバトスのバトルアックスとぶつかり、はね飛ばす。

衝撃に苦しむ三日月。

 

「ぐっ……」

 

グレイズはさらに急接近。

 

「私の……邪魔をするなぁーーーー!!!!」

 

「ーーーーー」

 

三日月はアグニカの言葉を思い出す。

 

『強くなれ、三日月

お前とバルバトスは、もっともっと強くなれる』

 

(もっとーーーー)

 

「強く!!」

 

バルバトスは後退するのをやめ、突撃する。バトルアックスの斬撃など眼中に無いかのように。

滑腔砲を槍のようにして、銃剣突撃のような突進攻撃だ。

 

「なっ、相討ち覚悟か!?」

 

コーラルは一瞬動きが止まる。

滑腔砲のゼロ距離砲撃を喰らえば、ナノラミネートアーマーですら風穴が空く。それをつい先ほど見ていたのだ。

近距離からの砲撃。すんでの所で回避する。

だが攻撃のチャンスを逃してしまったコーラルは、横に逃げるしかない。

 

三日月は意識で勝った。闘志、意思の強さで勝利したのだ。

 

「ふぅ……危なかった」

 

「ちぃ!この私がこんな……ぐぉあ!?」

 

コーラルは射撃をモロに喰らい、バランスを崩す。

見れば、一機のグレイズがこちらにライフルを向けていた。

 

「グレイズだと!?」

 

「三日月ぃ!!」

 

昭弘のグレイズは、バルバトス専用武器であるメイスを投げ渡す。

それをコーラルは回避するが、昭弘機に目が釘付けになっている。

 

「まさか、あのグレイズは……オーリスの機体!?」

 

「コーラル三佐!!」

 

「はっ!?しまっ……」

 

バルバトスのメイスがコックピットに突き刺さり、とどめに釘が打ち込まれる。

コーラルは痛みを感じる間もなく死亡した。

己の失態が己の命を奪ったのだ。

因果応報とはこの事だ。

 

「そんな……司令が……」

 

コーラルの部下達は呆然としている。

三日月は昭弘に滑腔砲を渡し、淡々と語る。

 

「足の止まったのからやろう。援護頼む」

 

「待てよ!俺はまだこれに慣れてねえのに!」

 

昭弘はぼやくが、三日月は気にせず突撃していった。

 

ーーーーーーーーーー

 

オーガ・フレーム『小鬼』の部隊と、ギャラルホルンの二個小隊は連携している訳ではない。

しかし、20機ものモビルスーツを、たった一体で相手にしている、人知を越えた機体。

それが、バエルゼロズとアグニカ・カイエルである。

 

青い閃光が煌めく。

バエルゼロズを包囲しようと散開した小鬼達。お互いに距離をとって孤立した所に、超高速で近づいて各個撃破するアグニカ。

小鬼の装甲は硬いが、首の部分の装甲がやや薄い。そこを狙って首を跳ね、脊髄に添うように刃を通す。それでやっと心臓部を潰すことができる。

まるで鬼の首狩りだ。

 

四方八方から降り注ぐ弾丸を、まるで見えているかのように避けるバエルゼロズ。

そして、また次の小鬼に近付き、首を跳ねる。

その後ろからもう一体の小鬼が、双刃の斧を振りかぶる。

首を跳ねられた小鬼はバエルゼロズに組み付こうと飛び掛かるが、ひらりと身をかわし、後ろの小鬼に斧を叩きつけさせる。

同士討ちをしてしまった小鬼が動きを止め、その隙に首を跳ね、コックピットを突き刺す。

小鬼三体による同時斬撃。それらを後ろに下がって回避すると、同時に射撃がスラスター部を狙う。

先ずは羽を折り、機動力を削ぐつもりだろう。

 

「おそすぎる」

 

バエルゼロズは回転しながら、弾丸を剣で弾き落とす。

そして射撃隊列で固まっている小鬼達に突撃。

そのカバーに入った小鬼三体、それらが持つ双刃の斧と、バエルソードがぶつかり、大きな火花を散らす。

 

「軽すぎる!!それで押しているつもりか!!」

 

バエルゼロズに押し負け、小鬼三体は固まったまま、射撃部隊の小鬼達に突っ込まされた。

硬い衝突音が何度も鳴り響く。

そして、連続で首をかっ斬る無慈悲な音も。

それはまるで死神の断罪場だ。

 

瞬く間に9機の小鬼を破壊したバエルゼロズ。そこにグレイズの集中砲火が来る。

しかし高速で飛び上がったバエルゼロズは、一気に小隊の懐に潜り込んだ。

 

バエルゼロズが剣を振りかぶる。

それに反応した回避プログラムに従い、グレイズは横にスラスターを吹かして回避するのだが、それを知っていたかのように剣の軌道をずらし、コックピットを的確に刺す。

バエルゼロズの背後を取ったグレイズは、攻撃プログラムに従い、バックパックのスラスターウィングを狙う。

しかし、羽を少し動かし、僅かな差で攻撃が当たらない。

もはや回避などではなく、ちょっと動いたら当たらなかったという、冗談のような回避能力。

 

「くそっ!こいつ、こっちのプログラムを知ってやがるのか!?」

 

「最小限の動きで対応される!なんなんだよコイツは!?」

 

頼りきっていたプログラム操縦が通用しない。

そうなると、バエルゼロズの動き全てが、こちらの動きに反応し、反撃してくる装置のように思えてくる。

自然と、攻撃が消極的になるグレイズ達。

しかし、それは戦場でハイになっているアグニカに対して、最もしてはいけない行動だった。

 

「なんだ貴様らぁ!!まさかこの程度で怖じ気付いたのかぁっ!!」

 

阿修羅の如く怒り狂うアグニカ。

部隊が壊走するのならいい。それを追いかけるのが楽しいからだ。

だが戦場のど真ん中で動きが止まり、ただの人形になってしまう兵士には、憎悪すら抱くのがアグニカ・カイエルだ。

 

「貴様らそれでも兵士か!!!貴様らのような粗大ゴミどもは!!モビルアーマーにくれてやる餌にしかならんのだぞ!!!」

 

バエルゼロズの隻眼が赤く光る。

 

「天使を肥え太らせる肉の詰め物どもが……俺に残飯処理をさせるつもりかぁ!!」

 

グレイズのパイロット達はたじろぎ、冷や汗を流す。

完全にアグニカの異常性に気圧されていた。

 

「死ね」

 

アグニカは短く吐き捨てると、グレイズの部隊に再び突撃する。

そして、逃げまとうグレイズを背後から真っ二つに両断する。

 

「なっ!?モビルスーツのフレームを切り落とすなんて!?」

 

「胴体のフレームだぞ!?不可能だ!!」

 

「化物……ばけものぉ!!」

 

グレイズ達は一心不乱に射撃する。しかしそれらは散発的なもので、連携の取れたものではない。

 

戦場は何が起こるか分からないから、怖い。

だから、アグニカ・カイエルも怖い。

何を起こすか分からないからだ。

 

「戦場」というものを具現化したものが、アグニカ・カイエルなのかもしれない。

 

しかしその恐怖の理由を知らないグレイズのパイロット達は、ただひたすら「恐怖」から逃げまとうだけだった。

それは、もはやバエルゼロズの「力」すら見えていない。理解していない。

バエルゼロズの形をした恐怖から逃げていた。

それは、何もない暗闇に恐怖し、逃げていく弱者の姿だ。

 

「うわっ……うわあああああ!!!」

 

上半身と下半身が両断される。

コックピットを斬られ、パイロットも胴体が切断され、血が吹き出し、臓物が溢れ出す。

 

「ぅぼろ、おぶぼおお、おぉおっおおおおろろぶろおおおろろろっごぉっ……げぇっ……ごぉぉぉ!!!!」

 

一機、二機、三機。

四機、五機、六機。

処刑は続く。

 

真っ二つにされたグレイズは、幽鬼のように宇宙空間を浮遊する。

生き残った最後の一機は、狂乱しながら滅茶苦茶に射撃していた。

もはやどこを撃っているのか自分でも分かっていないだろう。

顔を悲痛に歪め、涙とよだれが浮遊している。

 

「くそぉ!どうして墜ちない!!どうして壊れない!!どうして消えない!!」

 

青い閃光は宇宙空間を切り裂くように高速機動して、生き残りに突撃する。

 

「くそ!くそ!くそ!偽物のくせに!!張りぼてのくせにいいいい!!!」

 

「ああ?」

 

アグニカが小首を傾げる。

ついでにコックピットを突き刺し、勢い余って、オルクスの船に叩きつけ、磔にした。

あまりの衝撃に、オルクスの船が揺れる。

 

「げほぉ!!」

 

「偽物ってのはどういう事だコラ」

 

「ぐはっ……貴様のような……悪魔が、バエルの、ハズがない……」

 

「はあ?」

 

アグニカが眉をひそめる。

グレイズのパイロットは、自身を貫く黄金の剣を掴み、血を塗りたくる。

 

「ごふ……アグニカ・カイエルは、我ら、ギャラルホルンの始祖……偉大なる、指導者……げほっ、人々を、導く……えい、ゆう……なのだ……!」

 

「はあ」

 

アグニカが気の抜けた声を出す。

 

「貴様のそれは……悪魔だ。外見を取り繕っても……分かるのだ。きさまは、ごほっ!げほ!……偽物!!我らがバエルとは!!アグニカ・カイエルとは!!違うものだあああああああ!!!……ぐぼああっ!?」

 

アグニカはコックピットを踏み潰した。

そしてポリポリと頭を掻く。

 

「どんな伝説が伝わってるかは知らないが」

 

バエルゼロズは剣を引き抜き、血を振るい落とす。

 

「俺に妙な幻想を抱いてる奴は殺す」

 

アグニカはギャラルホルンの戦艦を視界に捉えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「その動きはなんだぁ!?」

 

コーラルが率いていた小隊は、依然としてバルバトスと交戦していた。

しかしバルバトスの生身のように滑らかな動きに、こちらはついていけない。

小隊長のグレイズが、スラスター部を撃ち抜かれ、バランスを崩す。

 

「ぐっ!?機体の制御が!?」

 

バルバトスが突撃し、トドメ刺そうとする。

グレイズが援護のため、後ろからバトルアックスを振りかぶる。

 

「貴様ぁ!」

 

三日月は振り向きざまにバトルアックスを薙ぎ、コックピットにめり込ませる。

 

「ぅおあああ!!」

 

グレイズは爆発し撃沈する。

残り三機しか残っていない。

バエルの偽装機と交戦していた二個小隊から通信が途絶えた。

まさか、もう全滅している可能性もあるか、と絶望的な気持ちになる。

 

バルバトスに上部から被弾、横にそれて回避する。

三日月は上を見る。

 

「新手!?」

 

そこには紫色の、ボディの各部に追加スラスターを取り付けた機体がいた。

右腕は大きな槍で武装している。

 

「コーラルめ、我々を出し抜こうとしてこのザマか」

 

吐き捨てるように言い放つ。

シュヴァルベ・グレイズに搭乗した、ガエリオ・ボードウィンが到着した。

 

「グレイズをすでに四機……見てくれよりは出来るようだな!」

 

槍をぶん、と振り、突撃していく。

バルバトスは強力な新手に意識を切り替え、全力で応戦すべく、自身も突撃する。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ボードウィン特務三佐、会敵しました!」

 

マクギリス・ファリドは歓喜に身を震わせていた。

そして、内から溢れ出す激情を、一つの言葉に乗せて吐き出す。

 

「バエルだ!!!」

 

「はっ!?」

 

部下達は困惑している。いつもは冷静沈着な上官が、今は遠足前の子供のようだからだ。

困惑しつつも、仕事は全うする。

 

「敵モビルスーツ、エイハブリアクターの固有周波数は拾えています。波形解析、データベース照合中……出ました!ガンダム・フレーム、個体コードはバルバトス、なっ……バエル!?マ、マッチングエラーでしょうか!?」

 

ガンダム・バエル。

それは、ギャラルホルンの象徴として、ギャラルホルン本部の地下深く、バエル宮殿にて安置されているはずなのだ。

 

しかし、今まさに圧倒的暴力でもって、グレイズのモビルスーツ二個小隊を壊滅させた。

それを見たマクギリスは、全身に電気が流れたような感覚に酔いしれていた。

 

「ファリド特務三佐!いかがいたしま」

 

「俺も出る!!!」

 

「はっ!?」

 

マクギリスは司令部を飛び出す。

 

「船の事は任せ」

 

言い終わる前に、バシュン、と扉が閉まった。

 

愛用モビルスーツ、シュヴァルベ・グレイズに乗り込み、発進準備を整える。

 

「やはり、やはり本物!まさかとは思ったが、いや、あの機体が!あの力こそが証明!!

アグニカ・カイエルは再誕した!!!

ふっ、全く、予兆も何も無しの、突然の出現だが……いや、それでこそ、アグニカか…………必然かもしれんな。ガンダム・フレーム……その名を冠する機体は、幾度となく歴史の節目に姿を現し、人類史に多大な影響を与えてきた……火星の独立を謳う、クーデリア・藍那・バーンスタインが、その威光と力に寄り添っているのか」

 

ハッチが開き、出撃準備が完了する。

 

(この瞬間を……夢にまで見た)

 

「マクギリス・ファリド、シュヴァルベ・グレイズ。出るぞ!!」

 

勢いよく飛び出すシュヴァルベ・グレイズ。その衝撃と重力すら、心地よいそよ風に思えた。

 

ーーーーーーーーーー

 

三日月は直感的に、新手の気配を感じた。

 

「!?また増えた……けど、アグニカの方に行ったな」

 

「余所見をおお!!するなああああああ!!」

 

ガエリオの駆るシュヴァルベ・グレイズがランスユニットで刺突攻撃を仕掛けてくる。

その速さと真っ直ぐに急降下するような姿は、「燕」の名に違わぬ性能だった。

 

それを回避し、グレイズにメイスを叩きつける三日月。激戦は続く。

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「姿勢制御プログラム特有の回避パターンは出ない……素晴らしい……やはりパイロットの技量か……

まるで生身のような重心制御が、回避動作を最小限に留めている……

空間認識能力の拡大を謳ったものだったか……阿頼耶識システムとは」

 

ブツブツと呟くのはマクギリス・ファリド。

モニターにはアップされたバエルゼロズが映されていた。

バエルゼロズの稼働範囲、つまり瞬殺の間合いから少し離れた場所で止まる。

改めて、バエルゼロズを見つめた。

 

20体のモビルスーツは、全て機能を停止していた。

その残骸が無惨にも散らばり、行く宛もなく浮遊している。

死の庭に佇むのは、純白の悪魔。

赤い隻眼がマクギリスのシュヴァルベ・グレイズを捉える。

 

『この中で一番強いのは……』

 

オープンチャンネルの通信で語りかけてくる。

その声は、やはり火星の農場であった少年の声だ。

鼓膜が拾った空気の振動が、神経を伝って増幅され、脳を揺らす。

マクギリスは鳥肌が立つのが止められなかった。

 

『お前か?』

 

歓喜。

身体が風船のように膨らんだような感覚。鼓動が大袈裟なまでに大きく、流れる血液が肌を押し上げる。呼吸をいくらしても足りない。頭がクラクラして、手足の感覚がフワフワする。

 

だが駄目だ。考えろ。

考えろ、考えろ、考えろ。

 

アグニカ・カイエルが喜ぶ返事を、切り返しを考えろ!

この戦場で最も強い敵として認めたくれた!!

その光栄と恩義に、最大限応えるため!!

考えるのだ!!!

 

いや、ここはやはり、シンプルに答えるべきだ。

 

「そうだ!『俺』が一番強い!!」

 

アグニカがにやりと笑うのが見えた気がする。

喜んでいると確信する。

 

「アグニカ・カイエル……かかってこい!!俺が相手になってやる!!!」

 

俺の信じる力は、その頂点であるアグニカは、どれほどのものか!?

俺の力は、どこまで届くか!?

どこまで喰らいつけるか!?

どこまで辿り着けるか!?

 

それを今、確かめる!!!

 

 

シュヴァルベ・グレイズの全スラスターを稼働させ、全速で突撃する。

バエルゼロズも同じく全速で突撃してきた。

交わるまであとほんの僅か。

 

 

 

ーーーー俺の力は、あなたの瞳にどう映る?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

スラスターウィングを全開にし、青い炎の羽を展開、高速で突撃したバエルゼロズ。

各部に搭載された大型スラスターを全開にし、急降下する燕の如く飛来したシュヴァルベ・グレイズ。

剣と斧がぶつかり合い、大きな火花を散らす。凄まじい轟音と衝撃で、周りのモビルスーツの残骸が吹き飛ぶ。

超高速ですれちがい、らせんを描くようにぶつかり合う二つの線。

目にも止まらぬ斬撃戦は、重なりあった流れ星のような軌道を残し、幾千もの火花を散らした。

 

シュヴァルベ・グレイズの武装はバトルアックスのみ。

その他の武装は余計だと、途中で放棄してきた。

近接武器による、速さと的確さ、認識能力と操縦技術の戦い。

全ての攻撃をかわし、攻めに転じる。

マクギリスはそんな戦いを所望しているのだ。

それを見たアグニカは、唇を限界まで釣り上げる。

 

「その意気や良し」

 

アグニカ、この勝負を受ける。

折れた剣を仕舞い、バエルソード一本のみで斬り結ぶ。

マクギリスは感情のタカが外れ、全力で笑いだした。

 

「ふはっ……ははは、はははははははははははははははははははははははははは!!!!!」

 

一瞬でも気を緩めれば、即座に狩られる。

コンマ一秒でも油断は許されない、ほんの少しのミスが命取りになる。

そんなギリギリの戦い。

普段のマクギリスを知る者からすれば、こんな戦い方は信じられないだろう。

しかし、己の力の行き着く先を知るため、全てを出しきったマクギリス。

彼の本性、本当の戦い方はこれなのだ。

 

人間の認識能力を越える速度での戦い。

その最中、マクギリスはバエルソードの中程、「一点のみ」を集中して狙い続けていた。

この速度戦の中で、その精密さと集中力。

アグニカもこれを称賛する。

 

「素晴らしい!バエルソードを折るつもりでいるのか!!」

 

ダメージ蓄積による、一点突破。

針の穴を突くような精密な攻撃を、この風のような速度で連発する。その技量は確かなものだ。

勝機に向かってただひたすら突き進む。

アグニカが最も好む戦い方だ。

 

「ははは」

 

「はは」

 

アグニカが笑う。マクギリスも笑う。

 

「アハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

「はははははははははははははは!!!!!」

 

二人とも心からの笑顔だ。

胸がすくような爽快感、最高の戦い。

 

しかし長くは持たない。

 

最後の剣と斧の交わり、シュヴァルベ・グレイズのバトルアックスにヒビが入る。

 

「っっっぐぅ!!!」

 

そこからは一方的だ。

バトルアックスを粉々に破壊され、腕を、足を、拡張スラスターを破壊される。

 

「ここまで、か……」

 

やはり、強いな。

 

目の前のバエルは、本物。

それが分かっただけで、マクギリスは満足だ。

 

『マクギリス・ファリド』

 

アグニカが自分の名を呼んだ。

それだけで、生まれてきて良かったと、これまでの人生は有意義なものだったと、そう思えてしまう。まるで魔法だ。

 

『楽しかったぞ』

 

それだけ言うと、バエルゼロズは飛び立っていった。

 

「ア……アグニカ…………アグニカ・カイエル!!」

 

マクギリスは涙を流す。

歓喜の涙だ。

アグニカが自分を認めた。アグニカが楽しかったと言った。アグニカを満足させた。アグニカと渡り合った。

 

幸せな夢。子供の頃の夢だ。

幸せな希望の光、その暖かさに抱かれながら、マクギリスはゆっくりと目を閉じた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「いいや!ユージンはやるさ!!」

 

「てめえのそういう所が、最高にムカつくんだよお!!」

 

ユージンの乗るMWが、小惑星に刺さったアンカーの先端を銃撃。燃料タンクを分離して射撃、爆発させることで、アンカーを外すことに成功した。

 

ユージンのMWを、クランクの操縦するグレイズが回収し、イサリビに飛び移る。

イサリビを追跡していた、ギャラルホルンの戦艦は大混乱だ。

 

「敵艦回頭!来ます!!」

 

「なにぃ!?」

 

「敵艦、なおも接近!!」

 

「衝撃に備えろ!!」

 

ギャラルホルンの船の横すれすれを、イサリビは通り抜けていく。

 

「主砲斉射!!」

 

オルガが叫ぶ。

すれちがいざまに全力でぶん殴り、追撃の余裕を無くすためだ。

 

「続けて閃光弾!」

 

ビスケットの号令と共に、まばゆい閃光弾が発射され、ギャラルホルンの戦艦のブリッジは視界が真っ白になる。

 

「照準戻せ!急げえ!!」

 

「間に合いません!!」

 

ついに振りきることに成功したイサリビ。

そのブリッジでは歓声があがっていた。

 

「いよっしゃああああーー!!」

 

「かましてやったぜ!!」

 

「やりゃできんじゃねえか!ユージンも!」

 

操縦席は盛り上っているが、オルガは仲間の安否確認をする。

 

「ミカと昭弘とアグニカは!?」

 

「昭弘機は捕捉、アグニカも。三日月は……」

 

「あ、あそこ!」

 

「あの光……」

 

アトラとクーデリアが見つめる先には、バルバトスとシュヴァルベ・グレイズが一騎討ちをしていた。

 

高速の刺突を避けた瞬間、ワイヤークローを巻き付けられるバルバトス。

ギチギチと締め付ける音がする。

拘束に成功したガエリオは、得意げに語りかけた。

 

「大人しく投降すれば、然るべき手段で貴様を処罰してやるぞ!」

 

「投降はしない。する理由がない」

 

「!?その糞生意気な声、あの時のガキかぁ!」

 

有線通信から聞こえてきたのは、なんと火星の農場で首を閉めてきた子供の声だった。

忌々しい記憶が甦る。

 

「そういうアンタはゲボの人!」

 

「ゲボ!?ガエリオ・ボードウィンだ!あの暴力ガキも一緒かあ!?」

 

スラスターを全開にし引っ張る。その表情は憤怒の形相で、相当根に持つ性格のようだ。

 

「火星人はああああ……火星に、帰れええええーーーーー!!」

 

「はぁ……」

 

三日月が溜め息を吐く。

バルバトスを引っ張る事に固執した結果、ガエリオの動きは固定されている。

戦場では何が起こるか分からない。だから怖い。

よって、何をするか分かっているガエリオは、もはや怖くもなんとも無いのだ。

それに、そんな所で動かなければ、「的」にされるのは分かりきっているのに。

 

シュヴァルベ・グレイズに衝撃が走る。

遠距離から狙撃されたようだ。

 

「がっ!?」

 

見れば、一体のグレイズが滑腔砲をこちらに構えていた。

ガエリオの隙を見逃さず、バルバトスはワイヤーをほどいてシュヴァルベに突撃する。

 

「気でも触れたか!?宇宙ネズミが!!」

 

そんな直線的な攻撃では、ランスユニットの餌食になるだけ。

ガエリオはにやりと笑い、バランスを崩した体勢から加速し、バルバトスを貫こうと突撃する。

バルバトスはメイスを振りかぶる。

 

「遅い!!」

 

ガエリオがランスを突く。

しかし、バルバトスは右腕の装甲を犠牲に、ランスの軌道をずらし、致命傷を避ける。

 

「なにぃ!?……があっ!!?」

 

メイスが直撃、シュヴァルベ・グレイズは大ダメージを受ける。

パイロットが危険になると発動する、コックピット脱出装置で、ガエリオは致命傷を避ける。

三日月は浮遊するコックピットを握り潰そうとするが、イサリビが急速離脱するのを見て、それにしがみつくために飛んでいった。

 

移動するイサリビに掴まり、戦線を離脱するバルバトス。

後ろを振り返り、もう一体のシュヴァルベ・グレイズをモニターに捉える。

 

「そうか、あっちはチョコレートの人か……アグニカ相手に生き延びるなんて、すごいな」

 

ぽつりと呟くと、バルバトスはモビルスーツ格納ゲージまで移動していった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

イサリビの内部に無事入った三日月に、アトラとクーデリアが駆け寄ってきた。

 

「三日月!」

 

「お怪我はありませんか?」

 

「俺は平気。他の皆は?」

 

戦いに必死で、他の戦線の状況をまるで聞いていなかった。

オルガが無事なのは分かるが、それ以外は分からない。

 

「私達は無事だよ。でも……」

 

「ほらモタモタすんなぁー!」

 

おやっさんの喝が飛ぶ。

見れば、負傷したユージンのMWを、大勢の整備班が囲んでいた。

クランクの姿もある。彼が的確に解体作業と救出作業を指示していた。

ヤマギが急いで近寄る。

 

「解除コード分かりました!」

 

無事、ユージンが出てくる。

オルガが一息つき、手を差し伸べる。

 

「はらはらさせやがって」

 

「糞みてえな作戦立てたお前が言うな。……ふっ」

 

悪態をつきながらも、オルガの手を取り、上がる。

オルガは冗談ぶった様子で言った。

 

「次もこの調子で頼むぜ?」

 

「ふっざけんな!」

 

周りの皆の笑い声が響く。

無事、作戦は終了だ。

グレイズの中から出てこない昭弘は、清々しいまでの疲労感に、溜め息を吐くように呟いた。

 

「疲れた……」

 

整備班達が、バエルゼロズが戻っていない事に気付く。

 

「あれ?そういやアグニカは?」

 

「ねえ、クランク先生知らない?」

 

「むう、俺も知らん。だが、心配することはないだろう」

 

クランクがそう言うと、皆も納得したように頷く。

 

「確かに!アグニカだもんな!」

 

「あの人なら大丈夫だろ!」

 

「うんうん!」

 

オルガはにやりと笑う。

実際その通りだからだ。

アグニカは今ごろ、敗残兵達に追い討ちをかけている事だろう。

 

本当に、アグニカはおっかない。

敵でなくて良かったと、心から思うのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

ギャラルホルンのハーフビーク級戦艦艦長は、何故「こんなもの」を敵に回してしまったのかと、自分達の上官を呪いすらした。

 

バエルゼロズ、その純白の機体は、今まさに目の前にいる。

つまり、ブリッジの目の前、戦艦の上に乗っている状態だ。

ただ突っ立っているのではない。剣をブリッジに向け、剣先で艦長の心臓を指差している。

 

『一時間やる。全員船から降りろ』

 

滅茶苦茶な要求だ。だが、少しでも反抗すれば船ごと沈めるだろう。

ブリッジと動力炉、船員室などを蹂躙し、乗員百数十人の命を奪う。

そのことに躊躇はないだろう。

 

なんとか交渉して時間を稼ぐ手もあるが、一時間程度で火星本部から増援は望めない。

助けは、来ない。

 

ならば取れる行動は一つだ。

 

「降伏する……そちらの指示に従おう。だから殺さないでくれ」

 

『降りろってのが分かんねえのか』

 

「はい……すみません」

 

作業は粛々と行われ、乗員全員が、脱出用シャトルや救命ポッドにぎちぎちに乗り込み、脱出した。

その作業の間に、アグニカはオルクス商会の船、その生き残り達に命令を下していた。

 

「その辺に浮いてるモビルスーツ、全部船に詰め込め。んでこの船をギャラルホルンの船にワイヤーで連結させろ。それが終わったら出てけ」

 

これもまた粛々と行われた。

オルクスの船はブリッジが破壊されたため、ギャラルホルンの船で牽引する形で持っていくことにした。

誰もいなくなったギャラルホルンの船にバエルを乗せ、誰もいなくなったブリッジの、艦長椅子に座る。

 

「いやー、大漁大漁。 いつの時代も、鹵獲は楽しいなあ!あっはっはっは!!」

 

略奪のスペシャリスト、アグニカ・カイエルは、船のコントロールを自動化するプログラム(あらかじめ組んでおいた)を作動させ、遅ればせながら、鉄華団のイサリビの航路を追いかけた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

今回の戦闘でアグニカが鹵獲したもの

 

オルクス商会の船(ブリッジ破損)一隻

ギャラルホルンのハーフビーク級戦艦一隻

二隻の内部の設備、情報、物資を全て

 

グレイズ16機(一個小隊、一個中隊まるまる+コーラル機)

(うちコックピット破損7機、胴体フレーム両断7機)

オーガ・フレーム「小鬼」12機

シュヴァルベ・グレイズ(ガエリオ機)、コックピット取り外し

 




ノブリスの秘書さんは名無しのモブキャラにしておくには惜しいほど可愛いので、アグニカとにゃんにゃんさせちゃいました。
正直、ショタ好きからすればアグニカの見た目で「にゃん、にゃん♪」とかされたら完オチしない人はいないんですよ。
そしてクランク先生、孤独のグルメ。
部下がお前の事を思って人間をやめたんだぞ?なんとも思わねえのかよお!!(理不尽)
本来関わるハズのない大人達の飲み会は個人的に一番好きなシーン。ここは書いていて楽しかったです。
あとはガエリオが腹パンされてリバースするシーンも自信作。初代ボードウィンでやろうと思っていたネタでしたが、原作アニメを見返していると丁度口を押さえているシーンがあったので、ついついやってしまいました(テヘペロ)

フミタンを口説くシーンも好きです。アグニカの遠ざかったり急接近したりする距離感に戸惑う女性は書いていてキュンキュンするので、フミタンはもっとヒロインしてほしい。

バエル無双最高おおおおおおおおお!!!!
ンギモヂイイイイイイイイイイイ!!!らめえええええええ!!!イグウウウウウウウウウウ!!!!

ギャラルホルン火星支部のモビルスーツ数が40機として、CGS襲撃で7機、クランク機も合わせて8機、アインの大破したのを入れれば9機、つまり31機の戦力が残っています。
そのうち約半分の16機を投入し、ガエリオとマクギリスにも参加してもらったにも関わらず、バエルにかすり傷一つ付けられず、全部奪われた挙げ句戦艦までかっぱらわれたコーラル三佐。
いっそ死ねて良かったかもね。こんだけ大損害出しちゃったらもう隠蔽とかいう次元を越えちゃってるから。再起の方法もないし。
トドの情報から、オーガ・フレーム12機を手配していたオルクス商会も、真っ先にくたばってしまいました(笑)
腹を刺して宇宙空間に放り出すシーンはかなり好きです。
出来るだけスッとする殺し方をしてほしかったので、あんな事になっちゃいました。

マッキー、アグニカにエロ光線を撃たれ催眠術にかかるわ、アグニカ再誕に舞い上がって飲み明かすわ、モンターク仮面無しで凄い自作自演するわ、アグニカ相手に斧一本でタイマン仕掛けるわ、色々とファインプレー。
今回のMVPですね。
今後に大いに期待です。
あ、ちなみにガエリオは生きてます。シュヴァルベ奪われちゃいましたが(笑)
まあアインもいないし、いいよね!(笑)

バエルという文字が並ぶシーンですが、アルファベットの所はlainというアニメのオープニングをモデルにしました。

さて、長くなりましたが、いかがでしたでしょうか。
この先、どれだけ間が空いたとしても、この作品は完結したいと思っていますので、エターナルフォーエバーはしないつもりです。
なので気長に待っていてください(^_^)
ではでは、また次回で(^-^)


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