アグニカ・カイエル バエルゼロズ   作:ヨフカシACBZ

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19話 業火 4

「ジィィィィ゛ィィ゛ィ゛ィィイィィィク!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

アグニカアアアアアアァアアアァアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

狂気の雄叫びが地割れのように響く。

全装甲が金色に輝くモビルスーツ

『ガンダム・オセ・ライトニングヒーロー・ジーク・アグニカ』が、上空を高速移動して飛来してきた。

 

ガンダム・オセが四肢を伸ばし、大の字に機体を仰け反らせる。

オセのエイハブリアクターに取り付けられた装置『黄金の衣』は、リアクターから得られたエネルギーを「光」に変える能力を持つ。

オセの心臓であるツインリアクターの強力なエネルギーを黄金の輝きに変え、機体を塗り潰すほどの光量となった。

 

まるで小さな太陽。

黄金の光の波はアグニカの乗るガンダム・アスモデウスを呑み込む。

コックピットのカメラも黄金の光で塗り潰されるが、アグニカは魂を感知する目で見透す。

 

「ソロモン!!!」

 

アグニカの瞳に映るのは、紛れもなく厄祭戦を共に戦った仲間、ソロモン・カルネシエルの魂だった。

 

アスモデウスは黄金剣「シャミール」を振るい、スラスターを全開噴出させて上空へと飛び上がり、オセへと襲いかかる。

 

オセのバックパックに装備した巨大な金色飛行ユニットが分離され、多数の『鏡』が射出される。

それはモビルスーツ用の「盾」ほどの大きさがある。

透き通るような『銀色』の鏡で、空の色や雲の形を鮮明に写し出している。

 

『幻踊魔鏡』(ミラージュ・ファンネル)と名付けられた遠隔操縦兵器。

 

光を増幅して反射させる特殊なプリズム効果を持たせたミラージュ・ファンネルを、オセとアスモデウスを取り囲むように展開する。

合計で100枚のミラージュ・ファンネルが空中に整然と並んだ。

 

オセから放出される光を、ミラージュ・ファンネルが内側へと圧縮する。

地上から見れば、空中に黄金の球体が出現したようにしか見えない。

二機のガンダムは光の中に呑み込まれた。

 

黄金の光のドームは、アグニカとソロモンだけの空間を作り出した。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り49時間

 

「あの化け物を封じ込めた!?」

 

ガエリオ・ボードウィンはファリド家の工房から外に出て、目視でこの異常現象を見上げていた。

工房のカメラでは光で塗り潰されてしまい、何が起こっているか分からなかったからだ。

 

「『英雄投光領域(アグニカ・フラッド)だと!?」

 

振り返ると、マクギリスがサングラスを付けて走ってきた。

ガエリオは面食らう。

 

「うわ何だお前それ」

 

「特殊遮光眼鏡だよ」

 

厄祭戦時代からファリド家に伝わる物の一つ。

 

「セブンスターズなら全家に遺されているはずだろう?」

 

「初耳だぞそれ!?」

 

ソロモンの発する強力な光への対策として、アグニカ直属の部下であるセブンスターズの面々はサングラスを持ち物に入れていた。

 

マクギリスはガエリオに予備のサングラスを手渡す。

 

「ほら」

 

「お…すまん」

 

サングラスをかけたガエリオとマクギリスが横並びで上空を見上げている。

 

「で、あれは一体何なんだ?」

 

「アグニカを崇拝する者を束ねる頂点、至高の存在……『ソロモン・カルネシエル』が現世に甦ったのだよ」

 

浮き立つような表情のマクギリス。

ガエリオは怪訝な表情。

 

「『厄祭戦の英雄アグニカ』の元へ、その戦友達が馳せ参じる……素晴らしい」

 

アグニカの巻き起こした風が、時を越えてソロモン・カルネシエルを呼び寄せた。

これほど心躍る物語があるだろうか?

ガエリオは思考が追い付いていない。

 

「ソロモン…300年前の人間だろう?機体は本物だろうが、何故ソロモンだと分かる?」

 

「ミラージュ・ファンネルさ」

 

あの鏡は、『ミラージュシステム』と呼ばれる隠密隠蔽用の展開兵器の派生系。

光を操ることでモビルスーツや基地を透明にして隠したり、存在しない障害物を映し出して敵を撹乱する。

 

現代では失われた技術である。

 

「圧縮した光を鏡から鏡へと通すことで、鉄すら切断する光の刃を作り出し、縄のように周囲を覆い、包囲する。

いわば『光の結界』。

自らの特性で満たした固有の「結界」内部に、自分だけが有利な空間を作り出す」

 

あらゆる光を感知する共感覚を持つソロモン。

さらに「光を操る」という特殊能力まで持っているソロモンが、それをガンダムに乗って発動しているのだ。

 

「モビルアーマーの中ですら、「固有の結界」が使えたのは『四大天使』だけだったと聞く」

 

厄祭戦時代、四大天使の一角『ミカエル』と遭遇した際、「ピーコック・ファンネル」による殺戮斬撃の結界を、アグニカは「この宙域そのものがミカエルだ」と表現したことはアグニ会の間で有名。

 

「ソロモンはミラージュ・ファンネルを『アグニカを照らしつける』という運用方法にしか使わなかった。

『英雄投光領域』内に居る者は、アグニカ以外を見ることが出来なくなる」

 

アグニカを照らすスポットライトのようなもの。

 

強制的に注目をアグニカに集中させる特殊演出。

 

英雄譚に必要なのは、やはり『視覚的』に強烈なインパクト。

光という手段を使って、アグニカを彩って広めようとしたソロモン。

ガンダム・バエルが映えることは、軍勢全ての士気向上に繋がった。

 

モビルアーマーがアグニカしか見えなくなることによるメリットは、他のモビルスーツによる援護が当たり易くなることや、一般人へのビーム兵器ロックオンを防げるといったものが考えられるが、ソロモン本人は純粋に、敵にアグニカの勇姿を焼き付けさせながら死んで欲しかっただけである。

 

「その結界は破壊できないのか?」

 

「鏡同士で光を反射し合い、超高熱になっていて、物理攻撃すら弾く。100枚の鏡を全て同時に破壊するか、光の発生源であるガンダム・オセを破壊するしか、あの結界から出る方法はない。

そしてアスモデウスの武装は、七本の黄金剣しか装備していなかった」

 

七本の剣だけで100枚の鏡を同時破壊することは不可能。

 

「ソロモンと一騎討ち…」

 

「それがあの人の目的だろうな」

 

ガエリオはアグニカと一騎討ちしていた存在を思い浮かべる。

先ず、隣にいるマクギリス・ファリド。

シュヴァルベ・グレイズを駆り、高速機動戦を繰り広げていた。

 

次にグレイズ・アイン。正に悪魔のような力と邪悪な意思を持つ化け物。

 

そしてガンダム・ルキフグス。

幾千幾万もの武器を射出する特殊能力と、巨大な黄金剣でバエルゼロズを地球に叩き落とした正真正銘の化け物。

 

あのソロモン・カルネシエルも、それらの化け物に匹敵する存在なのだと理解し、背中に嫌な汗が流れた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「アグにゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

オセは漆黒の剣を鞘から抜いた。

銘は「アグニカ・ソード」。

「太陽」から鉄を採取するという人類最高難度の奇跡を成し遂げた。

その戦利品を買収し、ソロモンがアグニカへの想いを込めながら自身で打った剣。

その剣の刃を長時間見つめた者は失明するという。

陽鉄剣アグニカ・ソード。

 

縦に振り下ろす斬撃を、アスモデウスは黄金剣で受け止める。

陽鉄剣「アグニカ・ソード」と合体剣「シャミール」が刃をぶつけ合う。

飛び散る火花ですら、この光の結界内では霞んで見える。

 

胴を両断しようとするアスモデウスの斬撃を、オセは後方に飛んで回避。

 

光の中で消えては現れ、姿を認識しにくい。オセによる連続斬撃を、アグニカは超反応で防ぎきっている。

 

オセの剣の軌道には、ガンダム・バエルの幻影が映し出される。

それは『魔光炉』と呼ばれる射光器によって浮かび上がった、バエルの太刀筋そのもの。

ソロモンが極める剣術はアグニカの剣術。

オセの剣撃の動きには、バエルの幻影がエフェクトのように映し出される。

まるでイメージ映像のように!!

その名も

 

無限の英雄機』(エンスフォール・バエル)!!!!!

 

「合いッ変わらず!!気色わりぃ剣技だなぁソロモン!!」

 

「おおおおおあああああああ!!!!

アグにゃんが余に話しかけてくれたぁああああァアアァアアァア!!!!

余を見てくれたあああああァああアアア!!!

余と触れ合ってくれたァあァあぁああぁあああああああああああ!!!!!!」

 

感激にむせび泣くソロモン。

オセのマニピュレーターが剣の柄を強く握る。

黄金の光が剣に投射され、刀身が漆黒から黄金へと変色していく!!

それはまるで英雄神話の1ページ。

 

ソロモンの成し遂げた奇跡。

それは鉄の性質すら変えてしまう特異な現象。

太陽産の鋼鉄剣を、バエルソードと同じ超硬合金へと変性させてしまった。

 

凄まじい斬り合い。衝撃と閃光が散らされる。

 

アスモデウスによる斬り払いを、オセは上空に飛んで回避。

アグニカを相手にして即死しないソロモンの剣術の技能。

三百年ぶりの戦闘だが、腕は鈍っていないようだ。

コンマ一秒の気の弛みが死に繋がる緊張感。ソロモンの汗が金色に光って飛び散る。

 

「素晴らしい!!やはり、やはりアグにゃんは強い!!!!昔よりもさらに洗練された強さだ!!!!!」

 

スラスタージェットの燃焼炎すらも黄金色。

黄金の機動で目まぐるしく高速移動するオセ。

 

アグニカを襲うのはオセの斬撃だけではない。

『魔光炉』によって圧縮された光が、レーザー光線のように撃ち出される。

『魔光炉』単体では装甲を焦がす程度の威力だが、ミラージュ・ファンネルによる増幅効果により、「結界」内においてのみ、フレームを切断するほどの威力を生み出せる!!

 

ガンダム・オセの戦術的特異点を挙げるならば、それは「まぶしい」という事である。

強力な光でモビルアーマーの視覚センサーを塗り潰し、味方の位置を隠蔽する。

 

「魂が宿っていない物質は感知できない」というアグニカの弱点。

認識できない黄金の光の向こう側から縦横無尽に迫ってくるレーザー光線を、アグニカは歴戦の勘で予測し、回避する。

常人には到底真似できない神業。

 

夕陽に照らされるススキの草原のように、黄金の光が波打つ空間。

最早オセの剣は、その黄金の輝きが濃縮され、剣として具現化しているようにしか見えない。

そこにバエルの幻影が幾千と埋め尽くしていく、アグニカ自身も気が狂いそうになる空間だ。

 

狂気の空間を作り出している元凶ソロモンは、口を限界まで開いて叫んだ。

 

「オセェエエェエエエエエエ!!!!

余は三百年振りにいいいいい!!!

本気を出すぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

鎖を千切り、限界を取り払うスイッチを押す。

 

『リミッター解除』

 

バエルと同じ、鐘が鳴り響くようなツインリアクターの限界起動音が響く!!

 

ソロモンの背中に繋がれた阿頼耶識システムにより、オセとの完全なシンクロを成し遂げる。

ミラージュ・ファンネルの操作性能も飛躍的に上がった!

オセのツインアイが赤い光を放つ!!

覚醒したガンダム・オセが、まさに悪魔の形相で襲い掛かる!!!

残像を生み出すほどの高速移動!!!

光が風となり、オセの背を後押ししているかのように!!

 

全方面から、黄金の光線が撃ち込まれる。

『魔光炉』から打ち出された光線が、『ミラージュ・ファンネル』に反射し、あらゆる角度から発射される必殺奥義。

結界内を埋め尽くす濃密な斬撃光線の波!!!!

 

光速と化したソロモンはこの世の全てを追い越し、背を向けて、振り返る。

オセに、ミラージュ・ファンネルに、光に、アグニカに、そして自分自身に投げ掛けた。

 

「つ い て こ れ る かアあああああぁあああああぁぁああぁああああぁああああぁあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

光の速さと強さを支配した、ソロモンの奥義!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

英雄万華鏡威光斬撃』(アグニカ・カレイドスコープ・レイサーベル)!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

黄金の刃の分厚い斬撃!!!

幾重に降り下ろされる光の攻撃がアグニカに迫る!!!

 

「くっ……!!」

 

アグニカも本気だ。

 

ガンダム・アスモデウスが『リミッター解除』!!!

 

アスモデウスのツインアイが赤い稲妻を放ち、両肩の牛と羊を象る補助カメラからも同様の赤い閃光が流れる。

メインカメラ三つ分の膨大な視覚情報を、アグニカは脳内で瞬時に処理し、全身全霊を回避と防御に費やす!!

 

『乱戦』を最も得意としたアスモデウスの真骨頂!!

 

僅かな隙間を縫うように、レーザー光線の斬撃を回避する。

黄金剣で防御しても、何発かはアスモデウスの装甲に切れ目を入れた。

あのアグニカですら回避しきれない濃密な射撃。

人類最高峰の実力を持つアグニカが回避できないのだから、この攻撃を回避できる人間は居ないということになる。

 

この『アグニカ・カレイドスコープ・レイサーベル』によって、何体ものモビルアーマーをサイコロステーキのようにバラバラにしてきた。

 

両目から血涙を流すソロモンが、歯茎を剥き出して叫んだ。

 

「『豹ノ王冠』(レオパルトクローネ)開放!!!!!」

 

オセのフェイス部の装甲に亀裂が入り、パズルのように回転し、変形していく。

それは『王冠』のようにオセの頭部で形を変えた。

 

オセの全身の装甲が形を変える。

ガンダム・フラウロスが「フレーム」に変形機能を持たせた機体とすれば、ガンダム・オセは「装甲」に変形機能を持たせた機体である。

 

オセは全身の装甲を輝く水晶のように突起させ、上方向を向いた。

 

豹ノ王冠(レオパルトクローネ)」開放時には、オセはその場から全く動けなくなる。

モビルスーツとしての全ての戦闘能力と機動力を失う代わりに、ツインリアクターのエネルギー全てを光に変えることができる。

オセが光の剣そのものになるのだ。

 

ミラージュ・ファンネルが一斉に上を向いた。

オセから発せられた全ての光が、上空の魔光炉へと集められ、束ねられていく。

 

凄まじい光エネルギーが上空に溜まる。

その下に居る者は全て、強力な光に照らされて影が落ちる。

束ねられた光は球体となり、世界そのものを照らし、熱を与える。

あまりの高エネルギー反応に、空気や地面が揺れている。

 

まるで太陽のような光の塊。

 

超高度な光の演算を、阿頼耶識の処理能力とソロモンの特殊能力で代行する。

 

ソロモンは聖剣を振り下ろす!!!!!!!!!!

 

ガンダム・オセとは、装備さえ整えば

 

『単騎でコロニーレーザーに匹敵する火力光線を持つ』機体なのである!!!!

 

「ジィイイィイイィイイィイイク!!!

アグニカアアアアアァァァアアァアアアアアアァアアア!!!!!!!

キャ↑ノ→オ↑オオオオォォォオオオォ↑↑オ↓オォ↑オオォ↓↓↓オオオオオオオ↑↑↑↑オオンンッッッ!!!!!!!!!!!」

 

撃った。

上から下へと撃ち放った!

小さなコロニーレーザーとも言える光の塊を、アグニカに向けて撃った!!

熱の暴風と、時間すら歪んで見える光線の軌跡。

 

『ジーク・アグニカ・キャノン』

 

太陽槍『ブリューナク』で捨て身の特攻を仕掛けてきた満身創痍の四大天使ウリエルに対し、『ジーク・アグニカ・キャノン』がとどめを刺し、そのボディを跡形も無く消し飛ばした大技。

 

対 外宇宙知性生命体殲滅用 最終兵器として造られた『四大天使』の一機を殲滅したのだ。

まさに超惑星クラスの弩級技!!

 

対宙兵器『ジーク・アグニカ・キャノン』

 

最早スラスターを全開にしても逃げ切れる攻撃範囲ではない。

アスモデウスが塵と消えるのもコンマ数秒後のこと。

 

それでもアグニカは不敵に笑った。

 

地上から見ているガエリオは、絶望の表情をし、喉からカラカラの声を出していた。

 

「コッ……」

 

マクギリスは最高の笑顔。

 

「これがアグニ会会長の『純粋な力』か……」

 

ウリエル殲滅時に比べれば出力は落ちているが、直撃すれば大陸がフッ飛ぶ!!

 

空気を揺らす衝撃音。

時空がひび割れて歪むような音と共に、さらなる異常現象が眼前に広がった。

 

アスモデウスの背後に、守護霊のようにガンダム・バエルゼロズが出現した。

 

「「バエル!!!!!」」

 

ソロモンとマクギリスが同時に叫んだ。

 

奇跡の悪魔バエルゼロズ。

 

この世の理を歪める魔法!!!

 

アスモデウスとバエルゼロズの上に、黒い空間の穴が出現する。

落ちてきた膨大な光線は、そのブラックホールのような穴に吸い込まれていく。

大洪水の濁流が、地割れで裂けた奈落の底へと流されていく。

光を矢を防ぐ闇の盾にも見える。

 

「何をした!!!!!???」

 

ソロモンが驚愕の声をあげる。

ジーク・アグニカ・キャノンを防ぎきる奇跡。それは人智を越えた力。ソロモンにも理解が及ばない。

厄祭戦時代のモビルアーマー『ゼルエル』による「ブラックホール生成装置」が最も近いか。

 

「光を『転送』してんだよ」

 

アグニカは事も無げに言った。

自身に降り注ぐはずだった光エネルギーを、別の場所へと転送して無効化した。

膨大なエネルギーを全ていなしてしまう、転送という力。

 

「フフ↓……フハハッ↑!フ↑ハ↑ハ↑ハ↑ハ↑ハ↑ハ↑ハ↑ハ↑ハ↑↑↑!!!

素晴らしい!!無敵じゃないかアグにゃんは!!!!やはりアグにゃんは最高だ!!!!!!!」

 

エイハブ粒子が付与していない物質なら何でも転送できる。

それはつまり、光のようなエネルギーですら転送可能ということなのだ。

 

そしてソロモンが注目したのは、後方のバエルゼロズ。

 

「まさか………」

 

マクギリスも遅ればせながら気付く。

 

「「ガンダム二機 同時操縦だとぉ!?」」

 

アスモデウスのコクピット内に居ながら、ニュータイプ能力によってバエルゼロズを操っている。

アグニカ・カイエルとバエルゼロズ両方が揃ってこそ、転送装置は全力で発揮できる。

 

人類でガンダム二機同時操縦を成し遂げた者は居ない。

 

アグニカ・カイエルは怪物。

悪魔を同時に使役する魔王そのものだ。

 

豹ノ王冠(レオパルトクローネ)解脱(フルパージ)!!!」

 

オセの黄金の装甲が弾け飛んだ。

パッッッキャアアアアアアン!!!!と水晶が割れるように小気味良い音が響く。

防御と特殊技能を捨て、アグニカ・ソード一本のみで斬りかかる。

 

「アグにゃああぁああぁぁあああああぁあああぁあああああぁあああぁああ!!!!!!!!!」

 

アグニカは限界まで研ぎ澄ました感覚の中で、飛びかかってくるオセを眺めていた。

数百年の時を越え、かつての友、ソロモン・カルネシエルは姿を現したのだ。

生身の人間が生きているはずがない。

マステマに操られ、アグニカを殺すように言われてきたのだろう。

それでも、ここまで強く、当時の輝きを失わないソロモンの魂を見て、アグニカは笑った。

 

「俺も、今ある全ての力を使って

 

お前を殺すよ」

 

アグニカからの純粋な殺意。

それすらもソロモンにとっては身震いするほど嬉しいこと。

 

アスモデウスの背後のバエルゼロズが剣を振るった。

その瞬間、オセの右腕の肘から先が切断され、宙を舞った。

 

「がっ」

 

ソロモンは阿頼耶識から伝わる情報の喪失感に、痛みに似た不快感を味わう。

 

「があああぁああああぁああぁああああああああああああ!!!???」

 

フレームの切断面から流血のようにオイルが滴り、苦悶するようにオセは退いた。

ソロモンは滝のように汗をかいている。

 

「斬られた!?馬鹿な!!余がバエルソードの間合いを見誤るはずがない!!

何だ!?今度こそ何をしたアグにゃん!!!!!」

 

バエルゼロズは回転しながらバエルソードを斬り払った。

一瞬の煌めきが見えたかと思うと、100枚のミラージュ・ファンネル全てが斬り落とされ、粉々に砕かれていく。

 

鏡の割れる音が大音声で鳴り響く。

 

銀色の鏡の破片が雪のように舞い落ちていく。

幻想的な光景だ。

ソロモンとオセの「結界」は破壊された。

 

ソロモンは目を限界まで見開いていた。

今見た光景を、脳内で必死に処理している。

 

バエルゼロズが剣を振るった瞬間、その軌道上に、黄金の煌めきが幾つも見えた。

あれはただの光ではない。

質量を持った物質だ。

 

ソロモンの黄金の脳内に電流が走る!!

 

「バエルソード!!!!!」

 

バエルソードの斬撃の軌道上に、高速回転するバエルソードを「転送」していたのだ。

 

バエルソードにエイハブ粒子を塗布し、斬撃によって粒子を飛ばす。

その粒子からバエルソードを一瞬だけ出現させ、対象を斬り裂いた。

 

「正解だ」

 

バエルゼロズがバエルソードを地に突き刺すように下に構えると、その背後に、墓標のように大量のバエルソードが出現した。

 

バエルゼロズの二刀流の戦闘力は、おそらく人類が辿り着ける最高峰のレベルだろう。

しかしそれでも、ルキフグスの刀剣射出の能力には遅れを取った。

これ以上強くなるにはどうすればいいか。

アグニカの出した答えは。

 

「『斬撃』の数を増やせばいいんだよ」

 

バエルソードを多数同時転送することによって、大量の斬撃を広範囲に及ぼせる能力を手に入れた。

ファリド家に保管されていた超硬合金の剣を全て使って成し遂げられる奇跡。

『ガンダム・ルキフグス』の「刀剣射出装置」と「固有の結界」を破壊するために産み出した技!!!

 

100枚のミラージュ・ファンネルに100本のバエルソードをぶつけた!!!

最高に贅沢できらびやかな対決だった!!!!!

 

「はハはははハハハはははっはははハははははははあハはははハハはハ!!!!!」

 

狂ったように笑うソロモン。

 

「素晴らしいいいいいいいいい!!!!

この世の理さえもねじ曲げて!!!さらなる力を得るか!!!アグにゃん!!!!!」

 

オセは丸腰のまま、残った左腕で握り拳を作り、アグニカに殴りかかった。

正体不明の超能力を使われて尚、攻撃を仕掛けようという気概。

アグニカは称賛するように笑った。

 

「その意気や良し。だが」

 

バエルゼロズがとどめの斬撃を放った!!

斬撃上に無数のバエルソードが舞い、黄金の閃光が煌めく!!

銀色の破砕鏡と黄金のバエルソード!!

まばゆい光の点滅!!

 

「お そ す ぎ る」

 

対ルキフグス用戦闘術

 

転剣・魔王狩り(バエル・スパーダ)』!!!!

 

バエルソードの暴風がオセを襲う!!

黄金の斬撃に呑み込まれ、オセはズタズタに斬り刻まれていく!!!

響き渡るソロモンの断末魔!!!!

 

「ぎゃああああああ゛ああああ゛ああああああああああああああああああああああああああああ゛ああああああ゛あああ゛ああああ゛あああああああああああああああああああああああ゛ああああ゛あああ゛あああああああ゛゛ああああ゛ああああ゛あああああ゛あああああああああああああ゛あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ソロモン・カルネシエル

大 敗 北!!!!!!

 

 

「うぼおえあ゛アあぁああぁあああがああああぁああアああぁああ゛ぁぁぁぁあ!!!!!!!」

 

乱回転するコクピット内で、あまりの衝撃にソロモンは

 

嘔吐した!!!!!!!!!

 

アグニ会初代会長

ソロモン・カルネシエルが嘔吐!!!!

 

黄金の吐瀉物がコクピット内を舞う!!

 

機体は大爆発を起こしながら、オセは地上へと墜落していった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り48時間

 

上空から光の球体は消え、地には巨大鏡の破片が茨の道のように刺さっている。

 

撃墜されたガンダム・オセは地面が陥没したクレーターの中に横たわっている。

地に落ちた悪魔の姿は凄惨ながらも神々しく、美しさを感じさせた。

 

墜落したガンダム・オセの前に、ガンダム・アスモデウスが着地した。

背後のバエルゼロズは消えている。

膝をついたアスモデウスのコックピットから飛び降り、アグニカが早足でオセへと近付く。

その右手には拳銃が握られている。

 

倒れたオセのコックピットが自然に開いた。

アグニカは軽々とオセを登り、コックピットの前に到達した。

 

自分の手で、ソロモンを殺す覚悟だ。

その魂を喰らい、自分のものとする。

それ以外に、三百年前に途中退席したアグニカには、贖罪の方法が無い。

 

暗い操縦席の中から、僅かな金色の光が見えた。

 

ゆらりと、長い金髪を揺らしながら、長身の男が出てきた。

 

「なっ……」

 

アグニカは銃口を向けるも、予想外に原型を保った肉体に驚いていた。

マステマに捕まったセブンスターズ達は、魂がドロドロに腐敗するほど無惨な姿になっていた。

だが目の前の男は、生前と変わらぬ姿、そして魂の輝きを保っている!!

 

撃つタイミングを見失ったまま、その赤い目と視線が合う。

その瞬間、ソロモンのパイロットスーツが胸から縦に引き裂かれるように千切れ飛んだ。

 

「生アグにゃんと目が合ったああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

ビリバリビリバリバリベリバリィッ!!!

 

頑丈なパイロットスーツが破れ、切れ端が紙吹雪のように宙を舞う。

階段を下るように、コックピットの入り口の段差から足を下ろすソロモン。

その佇まいは王の如く。

その身体は一糸纏わぬ裸体。生まれたままの姿。

要するに全裸だった。

局部には「光を操る」という特殊能力を無駄に活用した、黄金の光が輝いている。

 

「なんで……」

 

言葉を失う。

アグニカの記憶にある通りの姿。

厄祭戦時代のソロモン・カルネシエルの姿がそこにあった。

 

「何故だと?異な事を問うではないか、アグにゃん」

 

十字架のように両手を広げて直立する姿は聖人のようにも見える。

無駄のない引き締まった身体、そして、アグニカを追い求めるが故に、顔の骨格までもがアグニカに似通ってしまったという重度のサイコパス。

 

アグニカのためならば限界なんて無いという類いの人間。

 

「逆に問おう」

 

ソロモンはアグニカを見下ろし、その魂に問い掛ける!

 

「汝は何ぞや!?」

 

何者かという問いなど、幾度と無く投げ掛けられてきた。

アグニカを理解不能の化物と貶す言葉だ。

だがソロモンのそれは、アグニカの使命を問う言葉。

彼を内側から奮い立たせる激励の言葉。

 

「俺はアグニカ・カイエル!!」

 

両親から貰った、今のアグニカに残った唯一の財産。

アグニカがアグニカを認識する最後にして最大の指標。

そして、天使を狩る者としての称号。

 

「ならばアグニカ、汝に問う。汝と契約交わした悪魔は何か?」

 

人間の全てを奪い、幸福を与えるのが『天使』

人間の一部を奪い、力を与えるのが『悪魔』

 

「悪魔の王『バエルゼロズ』」

 

零から伝説を創り直すという覚悟。

ソロモンは新しいバエルの名称に、ゾクゾクと鳥肌を立てながら唇を吊り上げた。

 

72柱の悪魔と配下の魔物を率いて、天意に抗う者。

それがアグニカの姿。

 

「ならばアグニカ・カイエルとバエルゼロズ!!

汝らの悲願とは何ぞや!?」

 

「カラクリ仕掛けの天使どもを鏖殺することだ!!!」

 

モビルアーマーの死骸に、天使の面影など存在しない。ただ醜悪な殺戮兵器が焼け焦げ、ひしゃげた鉄クズとなるだけ。

そんな紛い物どもが天使を自称できるのは、圧倒的な力を行使する時のみ。

天使をスクラップに変えられるのは、圧倒的な暴力を持つ悪魔だけ。

天使を天使で無くすために必要なのは対話でも降伏でも恭順でも生け贄でも進化でもない。

 

『暴力』

 

アグニカ・カイエルこそ暴力の筆頭であり、暴力こそアグニカ・カイエルの筆頭。

 

天使を自称するモビルアーマーも、正義を掲げるアグニカ・カイエルとその仲間も、自らの存在意義を正当化するための手段が『暴力』なのだ。

そこはどちらも変わらない。

 

暴力で相手を粉砕し、屈服させ、この世から塵一つ残さず、名前すら永遠に消し去ってしまうこと。

 

アグニカの暴力の結果が、たまたま人類のためになるというだけ。

「人類の進化」という視点で見れば、モビルアーマーの暴力の結果が、たまたま人類のためになるというだけ。

 

前提も過程も結果も同じのアグニカとモビルアーマー。

ならば、両者の違いとは何か?

ソロモンの問おうとするのはその点だ。

 

「ならばアグニカ、我らは何ぞや?」

 

アグニカの集めた人間の集団とは何か?

問う立場にありながら我慢できず、ソロモンは目を見開いて叫んだ。

 

「我らは悪魔にして悪魔にあらず!魔人にして魔人にあらず!人にして人にあらず!!

我らは『聖杯』!!

流れ落ちた血を掬い、溜め込む器!!

我らはこの聖杯の中で一つになる!!全ての死と流血と破壊は喪失ではなく、還元と融合!!

アグニカの元で一つとなり!!我らが悲願成就の礎となる!!!」

 

厄祭戦時代にアグニカが築き上げた組織

現代のギャラルホルンの前身組織の名は

 

血受聖杯(ブラッド・グレイル)

 

知恵の泉の水を汲む角杯ギャラルホルン。

だがアグニカの『聖杯』を満たすのは水ではなく血と魂。

 

厄祭戦で命を落とした者達の魂を。

流れた膨大な血を、聖杯にて受け止める。

その『器』となるのがアグニカ・カイエル。

アグニカが彼らの死を見届け、意味を持たせ、吸収し、記憶する。

何色の血であろうも。何者の魂であろうと。

アグニカという聖杯の中で混ざり合い、一つになり、その力の源となる。

そのドス黒い血を飲む吸血鬼のような存在こそ、魔王アグニカ・カイエル。

 

厄祭戦という狂気の渦中で、それでも正気を保とうとしたアグニカ達の狂気の答え。

 

「俺自身が『聖杯』になることだ」

 

オセの元へとたどり着いたガエリオは、顔を真っ青にして呟いた。

 

「何を…言ってるんだ……?」

 

マクギリスは神聖な奇跡を目の当たりにした信者のような表情。

 

「ギャラルホルンの真理」

 

「そんな…馬鹿な」

 

ガエリオの記憶しているギャラルホルンの真理は、『聖杯』の理念を現代向けに意訳したものだ。

 

『聖杯』には願望を実現する力がある。

人類の願望とは「平和」であり、厄祭戦を終わらせ人類の平和へと手を伸ばす者達が集った、誇り高き結束の組織。

「人類願望が平和である」という事実が、人類の性善説を前提とし、アグニカ・カイエルの良心と英雄性を拡大して伝える。

勝利した後、一つしかない『聖杯』の奪い合いが起こることは予測されていた。

戦争とは「平和」の奪い合いだと解釈する。

無垢で善性ゆえの人々の混乱を防ぐため、『聖杯』そのものが危機を知らせる角笛となり、世界秩序の守り手となる。

永遠に手の届かない願望であり、願望を叶える神秘だからこそ、この時代にその名は必要ない。

聖杯は目指すべき終着点であり、手段ではないという自戒。

だから『角笛』へと名を変えた。

武力の威光で平和を保つ、孤高な必要悪こそが必要なのだ。

平和を叫ぶ暴力とならぬ限り……

 

そんな「正常」理念を是としてきたガエリオにとって、アグニカの理念は地獄の狂気。

死ぬこと、狂うこと、強くあることを前提にしたルールだ。

ガエリオの生きた時代とは何もかもが違う。

 

それほどまでに死んだのだ。人が。

 

アグニカとモビルアーマーの違いはたった一つ。

 

死者に意味を持たせるか否か。

 

モビルアーマーは死者に意味を持たせない。

大殺戮を生き延びた者達が、生存本能でニュータイプ能力を発現することを期待して人を殺す。

生きている者達の可能性こそが実在する数値。

死者は失われたものであり、存在しない数値。虚空だ。エラーやバグと同じ。

 

アグニカは死者に大きな意味を持たせる。

 

既に存在しない者達を力の糧とし、さらなる団結と力を生み出す集団は、モビルアーマーからすればあり得ない計算式であり、魔術と変わらない。バグの塊だ。

 

存在する正当なものを積み上げて新しい人類の形を目指す「天使」の理念

 

存在しない不当なものを積み上げて旧人類の形を保とうとする「悪魔」の理念

 

最早アグニカだけが覚えている、厄祭戦時代の空気を吸った者しか分からない理念を、ソロモンは暗唱してみせた。

ソロモンは目をギラギラと輝かせながら叫ぶ!!!

 

「されば我ら七十二柱と徒党を組んで地獄から天上へと上り、隊伍を組みて方陣を布き、四大天使率いる七百四十万五千九百二十六の天界の天使と合戦所望するなり!!!!!!」

 

その背後には、死んでいったアグニカの狂気を是とする同志達の幻影が浮かび上がっていた。

 

己の全てを戦争に注ぎ込む狂気

それは無駄死にではなく、聖杯に注がれる血であるという帰属意識。

これが「滅私奉公」を是とした、「他者を優先する集団」という異常な存在の自己確立を可能とした。

 

「本当に……ソロモンなのか」

 

アグニカは銃を下ろした。

間違いない。目の前にいるのは、本物のソロモンだ。

生きているソロモン・カルネシエルだ。

 

アグニカの仲間だ。

 

「何故生きている?」

 

ソロモンもアグニカと同じく、時空を飛ばされて来たのだろうか?

 

「コールドスリープだよ」

 

身体を凍結させることで生命活動を止め、寿命を消費せずに時を過ごした。

 

「それなら……いや、だが」

 

ソロモンに未来を見通す力はない。

ならば何故、300年後にアグニカが飛ばされてくることを知っていたのだろうか?

 

「いつかアグにゃんが帰ってくると信じていたから!!!!それまで寝て待つことにしたのだ!!!!」

 

知らなくとも、ただ盲信していた。

アグニカはいつか帰ってくる。そんな夢想を抱いて自ら凍り漬けになった。

狂気の沙汰だ。

300年ともなれば、木の種が芽を出し、モビルスーツを越える大木となり、老木となって倒れ、また若葉が芽吹いてもまだ時間がある。

それほど長い年月なのだ。

 

「お前らがよく……じっとしてられたな」

 

アグニカを信仰する者達は、とにかく行動力の塊で、エネルギーが暴れまわっている連中だった。

それが大人しく棺桶に入る姿は想像できない。

 

「暴れたとも。理不尽を嘆いた。死のうと何度も思った」

 

「だったら何故」

 

あのソロモンですら、涙を流して喚き散らし、部屋の中をぐちゃぐちゃにして暴れた。

うずくまって震えていた。

無力感で何も出来なくなった。

 

「アグにゃんが消えてしまって、余は生まれて初めて後悔した。

伝えておけば良かったと。知らぬままでいることがどれほど残酷かと」

 

「何をだ?」

 

ソロモンを死への誘惑から断ち切った理由とは何か?

 

「アグにゃんの母、プリティヴィーのことだ」

 

アグニカの表情が固まる。

マステマから語られた情報では、彼女は「本物のアグニカ」の魂を閉じ込めるエイハブリアクターに改造された。

つまり、今のアグニカが殺したようなもの。

アグニカという化け物が抱える、最初の罪だ。

 

「余は彼女を知っている」

 

当時の年齢的に、面識が合ってもおかしくはない。

 

「彼女は『火』を信仰する者だった。

人々の心の炎を肯定的に見る者。

自分の息子に火神「アグニ」の名をつけたのもそのため」

 

拝火教に属していたプリティヴィー・カイエル。

アグニカの名付け親はプリティヴィー。

 

「彼女は余命僅かだった」

 

アグニカにとっては初耳の情報だ。

プリティヴィーは常人よりも寿命が短く、息子を産めるかどうかも賭けだったという。

 

「自分を『薪』として、炎の源にすることを信条にしていた」

 

次代に繋ぐ自己犠牲。

自分の命の火が潰えようとも、我が子に命の火を灯せれば、その生涯には価値があったと考えていた。

 

「ディヤウスの目的は、彼女をエイハブリアクターにすることで、彼女の魂を永遠に留めることだった。そして自分も彼女と寄り添うツインリアクターとなりたかった」

 

父であるディヤウス・カイエルの優先順位は、何よりもプリティヴィーの命だった。

妻と永遠に添い遂げたい。

自分もプリティヴィーもエイハブリアクターという永久機関になり、融合することに希望を見出だした。

エイハブ・バーラエナが提唱する、最高の人類共存の形。

 

ディヤウスは子よりも妻を一番に愛していた。

それでも、子を二番目に愛していたのだ。彼の人生の全てで、二番目に守りたいと思っていた。

 

「しかし彼女はリアクターの器そのものになってしまった。器の中にあるのは人間のアグニカの魂で、プリティヴィーの魂は、地球外へと旅立った」

 

ディヤウスの悲願は潰えた。

これにより、ディヤウスは狂い、息子の姿をしたアグニカを恐れ、憎むようになった。

今のアグニカは人間のアグニカではなく、その肉体に入り込んだ正体不明のエネルギーの塊。

 

「アグニカ。結果はどうしようもなく残酷だ。

だが、プリティヴィーはアグニカを愛していた。

たとえアグニカを模したエネルギーの塊だとしても、彼女には関係がない。

彼女が生きていれば、間違いなくアグニカを抱き締めたであろうよ」

 

そう言うと、ソロモンは一歩前に踏み出した。

大きく広げた腕で、アグニカを包むように抱き締めた。

 

「プリティヴィーは「犠牲にされた」などと思わない。次代にアグニカという英雄を産み落とせて、「幸せだった」と、胸を張って言う女だ」

 

アグニカは母親を知らない。

プリティヴィーの思考も性格も知らない。

だから結果だけを見て、彼女が抱くであろう感情を想像するしかない。

しかしソロモンはプリティヴィーを知っている。

生身の彼女の言葉を聞いている。

本物のソロモンだからこそ、本物のプリティヴィーの言葉を、意思を伝えることができた。

 

アグニカは涙を流す。

 

自分は否定された訳ではなかった。

母親殺しの罪を背負っても、母親からの恨みを背負った訳じゃなかった。

 

「自分を偽物だと思うのはもうやめろ。どんな形でも、この世に産まれ落ち、影響を与えた時点で……アグにゃんはアグにゃんだ」

 

ソロモンはプリティヴィーの生前と死後を知っていた。

それをアグニカに伝えなかったのは、アグニカが自分を否定してしまうと思ったから。

だが、それを乗り越えた先にこそ、本当のアグニカの人生が始まると確信していた。

 

厄祭戦が終わり、アグニカが自分のための人生を歩み始めた時、伝えようと思っていた。

 

結果は、ルシファーと相討ち、行方不明になってしまったことで、アグニカに打ち明ける機会を失ってしまった。

 

「自分で自分を狭めるな。アグにゃんに限界なんて無い。自分から可能性を捨ててはならん」

 

それを今、ここで伝える。

ソロモンは身体を離し、アグニカを見据える。

 

「思うように生きろ。

それが母親の願いだ」

 

幸せで正常だった頃の、ディヤウスとプリティヴィーの願い。

彼らの本当の言葉を、ソロモンは伝えた。

 

「自分を責めることはない」

 

ソロモンはアグニカを元気づけようとする。

アグニカにとって、最古の罪の意識は母親を殺したこと。

最新の罪の意識は、間違いなく、仲間である初代セブンスターズを助けられなかったことだ。

 

「ナギサ、イシュタル、ロジャー、ジョンドゥ、アビド、モーゼス、そしてヴェノム。彼らの魂は消えてはいない」

 

アグニカの胸をトンと指差す。

 

「アグにゃんの中で生き続けている」

 

アグニカは殺した相手の魂を取り込む力がある。

マステマに操られていた六人を殺し、自分の魂に取り込んだ。それはソロモンにも分かるようだ。

 

「例え一度は光を失っても、アグにゃんの中で、再び輝きを取り戻す!!」

 

輝きを取り戻す。

考えたこともない言葉に、アグニカは面食らう。

 

「アグにゃんにしか出来ないのだ!彼らがまた輝くためには、アグにゃんが輝くことを止めないことだ!!」

 

初代セブンスターズの六名は、アグニカの魂の一部となった。

アグニカが魂を燃やし、その力を振るえば、彼らの魂の力もまた、現世に影響を及ぼすということ。

彼らの魂を無駄にするかどうかは、アグニカにかかっている。

 

アグニカはそれを振り払い、ごねるように叫んだ。

 

「だったらヴェノムはどうなる!?あいつの魂は喰えなかった!!あいつは無駄死にか!?ただ無意味に消滅しただけかよ!?」

 

ヴェノム・エリオンは自らが殺害したのではなく、ルキフグスによって殺害された。

だからヴェノムの魂は取り込めなかった。

 

「ヴェノムの魂の返り血だ。アグにゃん、この血を元に、ヴェノムの魂を形作ればいい」

 

「魂を……作る?」

 

またも予想外の発想。

 

「魂が死んで、消滅して、無価値になるというのは、あの憎きマステマが定めた勝手な法則だ。

この世界にエネルギーを産み出せなくなったから、居ないのと同じなどと。なんとも傲慢で偏狭な見方よ」

 

「いや、けど…」

 

いつの間にか、マステマの尺度で物事を見ていたアグニカ。

知らず知らずのうちに、限界を定めてしまっていたのだ。

 

「アグニカの中にあるのは、『世界』だ。

別の法則を持った循環機関だ!

そこから産み出した力で、この世界に影響を与えろ!!

「エイハブリアクター」と同じだ!!

アグニカは、アグニカだけの法則で動いていいのだ!!!」

 

ソロモンはアグニカの背中を力強く押す。

 

「余はそれを、全力で応援するぞ!!!」

 

光り輝く笑顔。アグニカに似た顔で、アグニカには到底できないような笑い方をする。

その笑顔を見て、アグニカは心の強張りが解けた。

 

ソロモンの視点で無ければ、アグニカが「限界を定めている」などとは認識できなかっただろう。

プリティヴィーと会話した過去がなければ、アグニカに母親の愛情を語ることもできなかった。

魂に関しての知識と希望がなければ、ヴェノムの死に再起の芽を見出だすことも無かった。

マステマと口論しなければ、奴の歪み方を知ることもできなかった。

 

他の誰にも出来ない。

ソロモン・カルネシエルにだけ、出来ることだった。

 

「この戦いの全ての死を受け止めるのだろう?その血の渦の中で、新たな魂を作ればいい!!」

 

あくまで精神論だった『血受けの聖杯』の理論を、本気でアグニカの生き方として落とし込んでいた。

心から信じていたのだ。

提唱したアグニカ以上に。

 

アグニカの性格では、そこまで狂気的なポジティブ思想は出来ない。

だから問うてみた。

 

「どうしてそんなに…明るく物事が見えるんだ……?」

 

だって、と明るいトーンに声を戻して、ソロモンはアグニカの目を見る。

 

「だってアグにゃんが生きてるから!!!!!」

 

その瞳の輝きは、どんな星々の光よりも煌めいて見えた。

 

「アグにゃんが生きてるから!!余は生きていける!!!

再起万歳!復活万歳!!創造万歳!!希望万歳!!!

人類万歳!!!!

アグニカの中にあるあらゆる可能性に!感謝し!!敬意と!!祝福を込めて!!!

 

ジイイイィイイイィイィィイイク!!!

アグニカアアアアアァァアアァアアァアアアアアアアァアアアアァアアア!!!!!!!!!!!!!!」

 

「滅茶苦茶だ」

 

天を仰いで絶叫するソロモン。

アグニカですら荒唐無稽と思えるほどの、飛躍した思想。

しかしそれは、アグニカにとって新しい考え方で、現状を打破する希望となり得る。

 

アグニカが世界に受け入れられた理由と同じ。

ソロモンがアグニカに受け入れられる理由は。

 

たまたま、その「狂気」が、役に立ったから。

需要の空白に組み合わさったから。

 

必要とされなければ、ただの怪物として無価値に葬られる異物が、必要とされる状態だったから。

輝く存在と認められたから。

 

アグニカにとって、ソロモンが正に、空白を埋めるピースになった。

 

「けど、救われるよ。お前の馬鹿さ加減には」

 

アグニカは吹っ切れたように笑った。

損得勘定抜きでアグニカの明るい未来を見るソロモン。

彼を見て、暗い未来を考えるのが、馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 

「アグにゃんがデレたあああああぁぁぁぁあああああぁあああぁあああぁあああああ!!!!!!!!!」

 

「うるせえ」

 

身体が軽い。

10日ほど眠っていないが、アグニカの体調は快調で、清々しい気分だった。

 

ソロモンはアグニカの笑顔を見て、さらに狂笑する。

ソロモンが笑い、アグニカが笑い、それを見てソロモンが笑う…と無限上昇狂笑が繰り広げられていた。

 

ふと、アグニカが真顔に戻った。

 

「ソロモン、お前はなんで、マステマの事を知ってた?

昔から奴のことを知ってたのか?」

 

マステマの歪み方を知っている話し振りだった。

あれはマステマ本人を見なければ出てこない感情だろう。

 

「うむ!マステマの根城にハッキング侵入したのだ!!」

 

「は?」

 

SAUに建設されている魔王城『ヴァラスキャルヴ』のシステムに侵入。

その最奥にいるモーガン、マステマに啖呵を切ってきた。

 

「奴ら、影でコソコソとアグにゃんの悪口を言っていたのでな!言い返してきてやったわ!!

「バーーーーカ」となぁ!!

フゥ↑ハハハハハハハハハハ↑ハハハ↑ハハハ↑ハハハ↑ハハハハ↑↑↑ハハハハハハハハハハハハハ↑↑↑↑

アッ↑ハッ↑ハハッ↑↑ハハハハッッ↑↑↑↑↑

ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!

ハ↑↑↑↑

ハハ↑↑↑↑↑

ハハハハ↑↑↑↑↑↑↑↑ハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!」

 

笑いながらテンションが上がって声のトーンを上げながら笑う。

絶好調の時のソロモンの笑い方だ。

両手を広げて仰け反りながら笑う姿は、まさに悪魔の笑い方。

 

アグニカのように、全世界に目を向けながら余裕のない行動をしていた訳ではなく。

アグニカの事しか考えずに、余裕たっぷりに行動していたから。

 

マステマに言い返しに行くという大胆な発想が出来たのだ。

 

「何でもありかよお前…」

 

くたびれたように肩を落とすアグニカ。

しかし、収穫もあった。

 

マステマは『ヴァラスキャルヴ』に居る。

何体かに分かれたマステマの思考AIの本体は、マステマの肉体の中に隠されている。

 

奴を肉片残さず殺し尽くす。

 

SAU、アーブラウ防衛戦での目標が増えた。

モチベーションは自然と高まる。

 

会話が落ち着いてきた頃、破片を飛び越えながら、マクギリスとガエリオがここまでやってきた。

 

倒れたオセを登ってくるマクギリスが、アグニカの横に立つ全裸の男を見た。

 

運命の邂逅。

 

『ソロモン・カルネシエル』と『マクギリス・ファリド』。

 

「300年前のアグニカ狂信者」と「現代のアグニカ狂信者」が、ついに出会ってしまった。

新旧揃い踏みの奇跡。

 

ソロモンはマクギリスのことを知らない。

しかし、その魂の渇望、アグニカへの畏敬、そして歪んだ愛を感じ取り、全てを理解した。

駆けるようにマクギリスに近づく。

 

一方マクギリスはソロモンをよく知っている。

アグニカ聖書に頻繁に登場する人物で、彼を愛し、彼を愛する者達を束ねた偉大なる人物。

こうして実物の本人と会えるとは夢のような光景だ。

腕を広げ、マクギリスは受け入れ体勢。

 

二人は抱き合った。

まるで旧知の親友が久方ぶりに会ったかのように。

一言とて交わしていなくとも、互いを『同志』と理解し、受け入れたのだ。

 

背中に手を回し、満足げに目を閉じ、互いの人生を感じ合う。

貴重な、志を共にする同類。

 

マクギリスは、自分より深い愛と長い実績のあるソロモンを尊敬し。

ソロモンは、信仰尽き果てた現代にも、これほどまでに瑞々しい信仰心を持つ同志がいることに感激し。

 

((ーーー自分は、独りじゃない))

 

その自身は、相手を愛する余裕として育まれる。

 

((貴方は、独りじゃない))

 

二人は抱き合った。

ただただ、抱き合っていた。

 

 

キラキラと輝く同好会空間に、ガエリオは顔を真っ青にして表情をひきつらせている。

 

「えぇ…」

 

マクギリスに対して、アグニカ崇拝の度が越していることは分かっていたつもりだ。

しかしこれは常軌を逸している。

 

空中輸送機のエンジン音が響いた。

モビルスーツの運搬能力を備えた飛行船、その操縦席には、カルネシエル家現当主、アドルフ・カルネシエルが乗っている。

操縦補佐席にはメイドのビビアンが座る。

 

「向かえに来ましたよー、ご先祖様(アンセスター)……うわ」

 

地上を拡大したモニターには、裸のソロモンと謎のギャラルホルン士官が抱き合っている姿が映し出されていた。

 

アドルフは顔を青くし、表情をひきつらせる。

奇しくもガエリオと全く同じ表情であった。

 

空輸機が着陸する風に吹かれて、抱き合ったマクギリスとソロモンの金髪が揺れている。

アグニカはその二人の頭を掴み、左右に離れさせる。

 

「マステマの根城にハッキングしたっつったよな?」

 

間に入ったアグニカは、単刀直入に問う。

 

「うむ!」

 

「どうやったんだ?」

 

ドヤ顔で頷くソロモン。

マステマとて、そう易々と侵入されるような防御体制は敷くまい。

 

「光の情報を舐めてもらっては困るな!

これにはまだまだ、無限の可能性が秘められているのだ!!!!」

 

『光の悪魔』ガンダム・オセの心臓。

「黄金の衣」による光転換機能を使って、通常のコンピューターでは処理できない情報の塊を作り、無理矢理侵入した。

 

「奴ら、外部の情報を目敏く見ている!その血走った眼球に、超光量の光線をお見舞いしてやっただけのことよ!!!」

 

生々しい喩えである。

 

「光情報と魂対話能力は相性がいいのか」

 

アグニカは口元を押さえて熟考に沈む。

 

普通の人間の生活でも、光情報が占める割合は非常に大きい。

物事の本質を見抜くには足りないくせに、あまりにも多くの情報を、手早く、印象的に与えることが出来る。

 

『ソロモン』

 

アグニカは口を押さえたまま、「魂の対話」で彼の魂に語りかける。

 

「うッ!?アグにゃんの声が…余の頭の中に!!???

うぅあはっ!!!」

 

心底幸せそうな表情になるソロモン。

愛してやまないアグニカの声が、耳元も越えた脳元で囁いてくるのだ。

 

『俺の声を……魂の対話を、

『光情報』に変換できるか?』

 

データの変換と同じ要領で、アグニカの『声』を、『光』に変えることは可能だろうか。

アグニカには一つの打開策が浮かんでいた。

もし可能であれば…

 

「可能だ!!!!!!」

 

ソロモンは高らかに宣言した。

 

「できる!できるよ!!!余はそのためにここに居る!!

それだけが余の楽しみで!!生きる理由なのだからな!!!!!!!!」

 

アグニカの全てを『光』にして空に映し出す。

戦略的にも思想的にも価値が無いと思っていた、ソロモンのニュータイプ能力と、兵装が。

 

世界を救うかもしれない!!!!

 

 

「全人類を洗脳する」

 

 

魔王アグニカの編み出した答えは、魂の対話による全人類への洗脳。

 

飛行船から降りたアドルフ・カルネシエルは、そこだけを聞いて、戦慄した。

 

(何を言っているんだ…?あの悪魔みたいな人……)

 

ガエリオ・ボードウィンは拒絶反応にも似た答えを出す。

 

(無理だ、そんなこと)

 

マクギリス・ファリドは、静かに、そして大きく頷いた。

 

(漸く…アグニカが世界を手に入れる!!)

 

ソロモン・カルネシエルは、顎に手を当てて思案した。

 

「傀儡にするのは無理だぞ」

 

いくらアグニカの力が強大で、ソロモンの光情報が広範囲だとしても。

全人類を意のままに操るというのは不可能だ。

そして何より、それでは『マステマ』と変わらない。

 

「マステマと同じことするつもりはねえ。傀儡なんて願い下げだ。

俺は人間の活躍が見たいんだからよ」

 

マステマは全人類の脳内にナノマシンを見た埋め込み、それらに寄生する形で世界を操ってきた。

それが『蟲』の正体。

おそらく電子ドラッグ『エンジェル・ボイス』は、音と光情報で脳内ナノマシンに新たな指令を送り、行動を操るように促していたのだろう。

 

そのマステマですら、全人類を傀儡には出来ていない。

魂の進化を促したいのなら、全人類を完全に操って養殖した方が効率的だ。

 

つまり、マステマと同じやり方ではアグニカの目的は達成されないし、奴に勝つことは出来ない。

 

「先ずは脳内ナノマシンを焼く」

 

アグニカのニュータイプ能力があれば、脳内ナノマシンだけを不活性化させることも可能だ。

マクギリスで試したから実証されている。

 

 

寄生虫を焼き殺す『業火』

 

 

アグニカの怒りの炎が、マステマの細胞を燃やし尽くしてくれる。

憎悪の天使による支配から、解放される。

 

それは鎖を砕いて解き放つ事。

人類の夜明けであり、正当なスタートを切れるのだ。

 

「では、マステマを殺す業火の情報を、光に変換すれば良いのだな?」

 

「頼む」

 

ソロモンはオセのコクピットの中に戻った。

機体はボロボロだが、「黄金の衣」はまだ機能している。

 

光情報として携帯端末に保存できれば、いつでもどこにでも、マステマを殺す業火がバラ撒けるということだ。

 

さらに、アグニカには光すらも転送する力がある。

つい先程実践してみせた、異常現象。

全人類の居場所を特定し、その『業火』の光を見せることが出来れば。

 

「勿論、負担の軽減のために、自動放送にも頼るけどな」

 

全人類の居場所と目線を把握して光を転送するとなれば、アグニカとて相当の集中力と時間を使う。

今は『地獄の門』開門への対策に追われている。

集中力も時間も、節約できるのなら甘えたい所だ。

 

「災害放送のニュース映像で、『魂の対話』の力を流すということですね?」

 

「その通り」

 

マクギリスは思考を止めず、アグニカの狙いを言い当てた。

コロニー外壁墜落という未曾有の災害。

その被害情報を得るために、人々はテレビを見る機会も増えるだろう。

 

「幸い、全人類がシェルターや避難所に固まってる。テレビ放送も見るだろうし、一斉に洗脳するのも楽ではある。

この状況を利用するしかねえ」

 

ニヤリと笑うアグニカ。

オセのコクピットに向けて、『業火』の情報を送る。

ソロモンは阿頼耶識でオセと同調し、『業火』の情報を光に変え、携帯端末に保存した。

アグニカはそれを『業火(ヒプノタイズ)』と名付けた。

 

「マクギリス、てめぇは俺が洗脳した奴等に、この映像を見せて回れ。それで遅れた分はチャラにしてやる」

 

「ありがとうございます」

 

マクギリスは深々と頭を下げた。

つい先程まで殺されかけていたのだ。

マステマとの繋がりが発覚して、裏切者を許さないアグニカからの殺意を向けられていた。

だが、ソロモンが来てくれたおかげで解決策が見つかり、マクギリスの罪は一旦保留となる。

計画の遅延の責任も、マクギリス自身に処理させることで無罪放免とした。

アグニカはソロモンと目を合わせる。

 

「そんで俺たちは………」

 

アグニカとソロモンがペアを組んで、最初に取り組むことは。

 

「「テレビ局を占拠するか!」」

 

嬉々として言い放った。

 

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『地獄の門』開門まで残り46時間

 

「SAUお昼のニュースといえばこれ!

『マレーアンドジョーカー』のお時間です!」

 

「今日は予定を変更して、コロニー落としについてのニュースだ」

 

パチパチパチパチと拍手から始まる。

 

ニュースを取り扱った人気トーク番組。

まるでリビングのようなセット、ソファに座るのは二人の男。

司会進行でツッコミ役の「マレー・デ・ニーロ」

髪をかき上げたスーツ姿のロマンスグレー紳士。

 

もう一人は質問、リアクション、話題変換を担当してボケ役もこなすピエロ顔の男「アーサー・JK・フェニックス」

派手な化粧とマシンガントーク、落ち着きの無い貧乏揺すりが特徴の皮肉屋な男。

 

「いい時代になったね」

 

ジョーカーが藪から棒に語りだす。

 

「ええ?そうですか?今は大変な時じゃないですか。皆パニックになっているし」

 

マレーの落ち着いた返答。

 

「宇宙旅行はお高い旅行だろ?庶民には手が出せない。コロニー見学できるのなんて名家のお坊ちゃん学校だけさ。

でも今はコロニーの方から地球に来てくれるんだからね!」

 

「お手軽な時代!」

 

「「HAHAHAHAHA!!」」

 

その時、黄金のタキシードを着たソロモン・カルネシエルが会場に歩いてきた。

予期せぬ来訪者に、マレーとジョーカーは面喰らった表情。

 

「ん?誰です?」

 

「スペシャルゲストかな?」

 

ソロモンは画面に映って僅か2秒で服を破り捨てた。

 

「ジィィィイク!!!!アグニカアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

ビリバリバリビリリリビィィッビリリバリッッ!!!

 

全裸となったソロモンが全世界に放映される。局部はモザイクを入れるまでもなく、黄金の輝きで塗り潰されていた。

 

「おいおいおい冗談でしょう!?」

 

「スーツ着るのが嫌いな奴の脱ぎ方だったな」

 

リハーサルと違う場合にも対応できる二人だが、存在が放送事故クラスのソロモン相手には、流石に動揺している。

股間を編集で黒塗りするのは知っているが、目の前の人物は股間が輝いていた。

 

「股間にライトを挟んでるのか?」

 

「クレイジー……」

 

血雨旅団、ギャラルホルンと二つの勢力からテレビ局は占拠されている。

混乱を極める中でスタートした生放送が、早くも立ち行かなくなっている。

監督にチラリと視線を送るが、監督や警備員達は全員、アグニカに洗脳されて無力化されていた。

 

ソロモンはマレーからマイクを引ったくると、カメラ目線で視聴者を指差した。

 

「皆の頭の中に!!天使が巣食っている!!!!」

 

人々の注目を集めるテクニック。

いくつかある基本的な戦法に、「不安につけこむ」というものがある。

人々の不安を助長し、その解決策を教えるというマッチポンプ方式だ。

 

技術が未発達な時代では常套句と化していた、「あなたは悪魔に取り憑かれている」と不安を煽る。

ほとんどは虚言だった。

だがソロモンの言うことは、少なくとも嘘ではない。

 

「だがそれを瞬時に解決する方法がある!!!」

 

突然の宣言に、視聴率は高まり、テレビに意識を向ける人物も増える。

司会役のマレーは堪らず、この異常者の肩を掴みに行った。

 

「きみ、先ずは服を着たまえよ……」

 

アグニカはマレーとジョーカーの後頭部を掴み、軽く洗脳をかける。

口を開いて固まる二人。

元の番組の配役は沈黙し、乱入者二人がステージに居座る。

 

「それが「これ」だあああああああああ!!!!!!

見ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

ソロモンが取り出したのはペン型のライト。

先端部が開いて、緑色の光が放たれる。

ピカッと強烈な光が瞬いた。

 

たったそれだけで、四大経済圏のほぼ全員の脳内に作用し、ナノマシンを不活性化させた。

 

「結構です。ありがとう」

 

スン、とテンションを落とすソロモン。

アグニカ布教活動として活きこんでいたソロモンだったが、よくよく考えるとマステマを焼き殺しているだけの作業だと気付き、真顔に戻ってしまったのだ。

 

この映像を見た人類にかけられた洗脳は二つ。

先ず今の映像を忘れること。

そして二つ目は、脳内のナノマシンを焼き殺し、不活性化させる能力。

 

たった数分に満たない映像で、詰みだった状況が解決した。

 

「ところでアグにゃん」

 

「ん?」

 

ソロモンが話題を切り替える。

 

「あのシュッと消えてバッと出るやつ、あれはなんというのだ?」

 

「ああ、転送装置か」

 

ソロモンにエイハブ粒子を使った転送能力は無い。

見るのもコールドスリープから目覚めて初めてのことだろう。

 

「なんとも堅い呼び名だな!アグにゃんだけが使えるのだから、アグにゃんが命名したらどうだ!?」

 

「呼び名ねえ…」

 

転送装置自体はマステマも持っているが、個人の力で転送能力を持っているのはアグニカだけである。

 

「確かに転送装置は長いか。マステマが言ってた言葉ってのも癪だし」

 

「そうだろうそうだろう!」

 

アグニカは熟考に沈む。

 

そもそも転送装置とは、距離を無視して、場所と場所を繋ぐ奇跡だ。

一瞬で大量の大重量物を送ることができる。予備動作も準備もなしに。

距離が一つの基準となっているこの世界で、転送装置は画期的な力だ。

 

転送装置があれば、宇宙の果てに飛ばされた仲間を救えただろう。

距離を操ることは、時間を操ることと同義だと言う者もいる。

 

アグニカは思う。

距離とは、人と人を繋ぐために、絶対に必要な要素だ。

人が生きていく上で、密接に関係している。

 

何かを得ることも、癒すことも、愛し合うことも、距離がそれを決める。

 

距離を操るということは、その者の人生を操ることと同じだ。

 

Fate(フェイト)

 

本質を表す名前にしたい。

転送装置は、この世界全ての『運命』を操る力。

 

 

「この力の名は『運命(フェイト)』だ」

 

 

 

転送装置『運命(フェイト)

洗脳能力『業火(ヒプノタイト)

角笛前身組織『血受聖杯(ブラッドグレイル)

 

この世の最深部の謎が解き明かされる様が全国放映されているが、皆は放心状態のために頭に入ってこない。

やがてアグニカとソロモンは姿を消した。

 

マレーとジョーカーも記憶をなくし、しばし呆然とした後、思い出したように番組を再開した。

 

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『地獄の門』開門まで残り45時間

 

全人類の脳内からナノマシンを焼き払ったアグニカ、ソロモン。

二人はマクギリスと合流し、彼を正座させ、彼の知っているマステマの情報を洗いざらい吐かせた。

 

その中で、マステマが地球上で活動するための最大拠点と予想される場所を特定した。

 

拠点名は『タルタロス』。

奈落を意味する言葉。

 

アフリカンユニオン、ギリシャに存在する。

古代の都市構造を残した、歴史的価値のある中央ギリシャ。

その中心に、官僚や観光客の接待用に無理矢理作られた娯楽施設がある。

その地下、つまり中央ギリシャの地下そのものが、マステマの拠点に改造されているらしい。

アグニカ達はギリシャへ飛んだ。

 

荘厳なオリンポス山も、美しいエーゲ海も無視して、娯楽施設の中へと入る。

 

アグニカが選んだのは「白兵戦」による拠点制圧。

本来ならばギャラルホルンの特殊部隊を数十人連れてくるべき案件だが、それではトラップの餌食となり、不要な死傷者が続出するだろう。

アグニカ曰く「兵が哀れだ」とのこと。

 

急遽、アグニカ、ソロモン、マクギリスの三人、少数精鋭による速攻制圧突撃作戦が遂行されることとなった。

 

モビルスーツ戦ではない、銃火器を使った銃撃戦!!!

 

 

地下深くへの唯一の移動手段であるエレベーターが、重苦しい音を立てながら降下していく。

四角形の中にはアグニカ、ソロモン、マクギリスが並んでいる。

 

ギリシャに来る前、ギャラルホルンの対人武器庫から拝借してきた銃を、アグニカは暗い照明に晒しながら眺めている。

 

一丁は、454カスール弾の改造型弾頭を装填したオートマチックリボルバー。

詰め込まれた装薬の多さから、その反動は大の男の腕でも扱いきれない。

 

もう一丁は、マクギリスがアグニカ専用に開発させていた特注品。

対マステマ戦闘用13mm拳銃「ジャッカル」である。

ナノマシン破壊効果を付与した特殊儀礼済み水銀弾頭を発射する専用弾銃。

重さはおよそ16キロ。

片手で持てる重量ではない。

しかしアグニカは鼻歌混じりに、片手で握り具合を確かめている。

 

 

マクギリスは両手の銃を同時に点検しながら、宿敵「マステマ」の施設の説明をする。

 

「表向きはダンスクラブになっています。武器は持ち込めません。入り口には荷物係の女と護衛の男がいます。運が良ければ男は一人か二人」

 

最下層に近づき、エレベーターが減速。

苦しい重圧と振動が襲う。

アグニカは微笑んで口を開いた。

 

「運が悪ければ?」

 

どちらかといえば、悪い方を望むような口ぶり。

 

「男はたくさん居ます」

 

乱暴な振動。チーンとノイズのような到着音。

エレベーターの扉が左右に開く。

開く僅かな扉の隙間から見ると、丸机が3つ置かれ、そこに数十人の男が酒とカードを並べてたむろしているのが見えた。

扉が開ききり、緑色の悪趣味なバニーガール衣装を着た少女が、笑顔で前に出てきた。

マクギリスは上に戻るボタンを押した。

 

「お荷物をお預かりしま……」

 

両手に銃を持って歩み出す三人の男を見て、荷物係少女の表情が固まる。

 

「レディ、下がって」

 

マクギリスは少女の腕を掴み、エレベーターの中に放り込むと、閉まるボタンを押した。

男達が一斉にアグニカ達を見る。

 

アグニカ、ソロモン、少し遅れてマクギリスが、両手の銃を構え、容赦無く引き金を引いた。

連続で鳴り響く銃声と発射炎。

血飛沫をあげて護衛の男達がバタバタと殺されていく。

 

驚くべきことに、アグニカの不意討ちという即死級の災害に見舞われても、男達は26人しか死ななかった。

残りの15人の男達は武器を取り、左右の石柱の影へと飛び、銃弾を回避していた。

アグニカの初弾の排薬莢が床に落ちる頃には、トランプのカードが宙を舞うのみで、武器預かりカウンターの前は静まり返っていた。

人間を越えた反応速度と運動神経。

 

アグニカは首を傾けてチラリとソロモンと目を合わせて頷き合い、チラリとマクギリスを見て微笑み合った。

 

石柱の影に隠れた、リーダー格とおぼしきスキンヘッドの男が、銃の撃鉄を起こしながら笑った。

 

(カチコミかぁ!?どこのどいつか知らねえが、丁度いい!強化骨格とナノマシン手術の腕試しをしたくてウズウズしてたんだ!!)

 

「ブチ殺せえ!!!」

 

男の号令と共に、柱の影から一斉に男達が飛び出し、銃を乱射してきた。

ソロモンとマクギリスは左右に走り、アグニカは身を屈めて真っ直ぐに走り出した。

銃弾が横殴りの雨のように飛び交う。

背後のエレベーターの扉に無数の穴が開く。

コンクリートの壁や柱が銃弾で破壊され、粉々の石煙と破片が飛び散る。

 

「シィィ」

 

アグニカは吊り上がった口、牙のような歯の間から空気が漏れる。

銃弾の吹き荒れる中を突っ切り、地を滑るようにスライディングしながら、両手を広げて柱の影の男達の頭を撃ち抜いていく。

 

一気に五人の頭を撃った。

しかし頭部に大穴が開いた男達は、仰け反った体勢からヌルリと立ち直り、またしても銃を射撃してきた。

狂った化け物のような笑い声をあげる。

 

「ゲァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

「ほう」

 

アグニカは興味深そうに眉をつり上げる。

勢いのまま車輪のように回転し、カウンターの上に乗る。

頭を撃たれても死なない男達は叫ぶ!

 

「不死身ぃ!!不老不死ィィ!!」

 

一斉射撃の的になるアグニカは、天井に飛び移り、逆さまになりながら走る。

天井に銃撃が集中し、瓦礫と砕けた電灯が舞い落ちる。

アグニカは斜めに飛び蹴りを放ち、リーダー格の男の顔面を柱に叩きつけて潰した。

りんごが潰れるように血が柱を染める。

 

身体を横向きにしながら周囲に居た男の胴体を撃ち抜いていく。

通常なら一発で死に至る銃弾を、一人当たり十発以上叩き込む。

銃を射撃しながら、苦悶の表情で死の舞踏を踊る男達。

アグニカは銃を片方腰に仕舞い、首を叩き潰した男の断面に手を突っ込んだ。

そして背骨を思い切り良く引き抜く。

 

それは機械の芋虫のような、人工強化骨格『リジェネレーター』であった。

 

「あー成る程、そういうことね」

 

背骨の代わりに神経伝達を飛躍的に向上させる人工強化骨格を埋め込んでいたのだ。

痛覚の遮断や身体能力上昇、驚異的な再生力を発揮する。

不死身を自称するのも頷ける。

それがアグニカ相手に即死しない強さの正体。

対人戦闘なら敵無しの強さを発揮できるだろう。

 

「残念だったな」

 

あくまで人間相手ならば。

人工骨格を握り潰す。ブチュリと異音と弾ける血汁。

点滅する電灯の不安定な明かりが、アグニカの笑顔を妖しく照らした。

 

胴体の傷を治癒した男達が、アグニカに銃口を向ける頃には、アグニカは彼らの懐に潜り込んでいた。

 

「遅すぎる」

 

心臓、脳幹、首、肺、内臓、両腕、両脚。

一人につき九発の弾丸を的確に命中させ、確実に人としての機能を奪う。

不死身だろうが何だろうが、戦えなければ意味がない。

血飛沫と発砲炎に照らされるアグニカは、まるで舞い踊っているかのようだった。

 

彼らが遅いのではない。アグニカが速すぎるのだ。

 

不死身の男5人を完全殺害。

 

その頃ソロモンは一斉射撃を受けていた。

数百発の弾丸がソロモンの身体に吸い込まれていく。

ソロモンは仁王立ちで笑顔のまま、銃撃などどこ吹く風といった様子。

ポンポンと衣服の埃を払う。

 

赤外線視覚装置をつけた男が叫ぶ。

 

「ホログラムだ!!」

 

立体光学映像によるデコイ。

床に置かれた立体映像装置を撃って破壊する。

身代わりが撃たれている間に、ソロモンは柱から柱へと近付いていた。

男の一人が巨大なニードルガンを取り出す。

対人間用ダインスレイヴ。

強烈な射撃音と共に、石の柱を貫通した。

ソロモンは後方回転しながら飛び出し、射撃。

胴体を撃たれても倒れない男達。

重厚なガトリング砲を抱えた恰幅のいい男が、聴覚を埋め尽くすような射撃音と共にソロモンを撃つ。

着弾した壁や床が爆散して、土煙を間欠泉のように噴き出した。

破片と土煙が嵐のように吹き荒れる!

ソロモンは黄金銃で射撃しながら、黄金の閃光手榴弾を投げた。

男達の頭上で爆発したそれは、太陽光を直接見たのと同じ光量で男達の目を焼く。

 

「がああああァああぁああアあ!!!!」

 

苦悶する男達の悲鳴!

ソロモンはガトリング砲を持った男の頭上にフワリと飛び上がり、頭上から股まで貫通するように垂直に黄金銃を撃った。

ぐらりと揺れる男の首をボキリと折り、ガトリング砲のコントロールを奪う。

そのまま他の男達を蜂の巣にしていく。

数発撃たれただけでは死なない男達も、これには紙吹雪のように揺れ、吹き飛び、四肢を散らしていく。

 

ソロモンの背後から男が現れ、彼を背中から撃った。

 

「がっ!」

 

その瞬間、ソロモンの防弾服が弾け飛んだ。

服を全て失う代わりに、一度だけ致命傷を相殺できる裏技。

全裸となったソロモンが黄金銃を撃ち、後方の男の頭を撃ち抜いた。

戦闘服の切れ端が宙を舞う。

さらに手首に巻き付けていた腕輪を起動。

腕輪から圧縮された光の斬撃が放たれ、柱ごと斜めに斬り上げた。

柱の影に隠れていた男達は、胴体を斜めに斬られ、ズルリと肉のずれる音と共に倒れた。

 

「ぎぃいぃいいいっいぃ!?」

 

歯軋りと悲鳴。

その頭部を、ソロモンの黄金銃が撃ち抜いていく。

 

「死ねないというのも難儀だな」

 

余が言えたことではないが、と独り言つ。

 

不死身の男7人、完全殺害。

 

 

マクギリスは特殊能力や人間離れした身体能力を持たない。

だが異常なまでの精密射撃と、敵の弱点を分析する目を持っている。

不死身と言える男達も、四肢や頭部の「欠損」は回復していない。

首を繋げ合わせることは出来ても、首から上を再生することなど出来はしないのだ。

 

(狙うは指か眼球!)

 

マクギリスは柱を背中で滑るように身を出し、瞬時に三人の男を撃った。

全員の手に命中。指がほとんど吹き飛び、銃を取り落とす男達。

 

「ぎゃあああァああアあぁあああッッ!!!???」

 

「いてェ糞!畜生!!畜生!!チクショオオオオオ!!!」

 

マクギリスの援護射撃で出来た隙を、アグニカが見逃すはずもなく。

 

後ろから口を押さえるように拘束し、背中越しに銃弾を撃つ!

 

「ぐぇぶ!!!」

 

乱暴に何発も、何発も弾丸を体内に貫通させる。

 

「げィあっぎぃいおおぉいぎぃぃいあばばばばばべべべぉごぎぎぃいいぃいい!!!!??」

 

パッと手を離され、膝をついた不死身の男は、銃弾に蹂躙された内臓、その血と肉片を盛大に嘔吐した。

 

「ぅおぼええ゛ええぇ゛ぇぇええ゛゛ぇ゛ぇえええ゛ええげ゛えええ゛ええエエ゛エエエ゛エぇええ゛えぇ゛え」

 

腹のものを全て吐き出したのだから、これは吐血というより嘔吐である。

 

とっくに心が折れた男は、首だけ動かしてアグニカを見上げた。

 

「許し…」

 

「何を?」

 

瞬間、頭部を踏み潰される。

ビクビクと身体が痙攣している。

敵に容赦の無いアグニカは、懺悔の時間すら与えない。

降伏の猶予さえ許さず、頭部破壊によって不死身の男は死んだ。

 

残った二人の男も、ソロモンとマクギリスに銃弾をこれでもかと撃ち込まれ、苦悶の表情のまま絶命した。

 

これで不意討ちを生き延びた15人の不死身の男は全員死んだことになる。

 

大部屋は硝煙と土煙と血飛沫がモウモウと立ち込めている。

マクギリスはゲホッとハンカチ越しに咳をした。

戦闘中は楽しそうだったアグニカも、死体には何の興味も無いらしく、切り替えたように言った。

 

「じゃあ行くか」

 

「うむ!」

 

ソロモンもケロリとした表情で、死体を大股に踏み越えて歩いていく。

その様子にゾクリと畏敬の鳥肌を立てながらも、アグニカと生身の銃撃戦を共に戦えた喜びを胸に、マクギリスは小走りで彼らの背を追った。

 

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地下カジノ施設を洗脳によって占拠し、奥の隠し扉を開いて進んでいく。

薄暗い通路を通っていくと、開けた場所に出た。

まるで地下駐車場のような、灰色の空間。

頭上の蛍光灯が急に光り、人工の白い光が照らしつける。

蛍光灯が一つずつ点灯していき、広場の先まで照らされると、そこには一人の男が立っていた。

 

茶色のスリーピース・スーツを着た紳士的な男。

カチッと革靴を合わせ、ズァ…と音がするほど大袈裟に、子洒落たダンスのように頭を下げた。

ツツ、と帽子のつばを指を擦る。

 

『いやはや全くもってお見事な暴れぶり。

さすがはさすがは、かのご高名なアグニカ氏でありますなァ!!』

 

アグニカはどんなリアクションをしていいか分からない渋い表情。

 

『はじめましてアグニカ。

私はトバルカイン・アルハンブラ。

仲間からは『伊達男』のコードネームで呼ばれております』

 

「何だぁテメェ?」

 

芝居がかった言動が気に喰わず、アグニカは額に青筋を浮かべた。

「伊達男」と呼ばれる男、アグニカを苛立たせる才能はあるらしい。

 

「お前人間じゃねえだろ」

 

『その通りでございます』

 

胸に手を当てて、ニヤリと微笑む伊達男。

マクギリスは内心驚いていた。

一見すると普通の人間にしか見えない。

アグニカの「目」には、彼の正体が見えているのだろうか。

 

ソロモンはアグニカに耳打ちする。

 

(左右に居るぞ)

 

「そうか」

 

ソロモンの「光を感知する」というニュータイプ能力によって、伊達男の左右に光学迷彩で隠れている者がいることを見抜いていた。

 

伊達男は煙草に火をつける。

ライターをカチンと鳴らして懐に仕舞う。

 

『貴方の弱点は知っていますよ』

 

「あ゛?」

 

煙草をふかしながら、伊達男は勝ち誇ったように笑う。

アグニカという地雷源の上で踊るタップダンスは見事なものだった。

現にアグニカの額には青筋が数本浮かんでいる。

 

『貴方は魂の宿っていないものを感知できない。

私は自立思考AIを搭載した戦闘人形です。

魂のない『私達』の攻撃を、貴方は予測できますかな?』

 

トバルカインの正体は、精巧に造られた自動人形。

暴徒鎮圧用の警備ロボットとは一線を画する。

戦う事を目的に造られた特殊兵器。

厄祭戦時代にも居なかった存在。

 

「お人形さんか」

 

人間が相手ならば、強化骨格を持っていようと、魂感知能力で思考と動きを先読みできる。

しかし魂の宿らない機械人形は、アグニカの有利な点が活かせない。

 

『対アグニカ用戦闘人形』(エンジェル・オートマトン)

 

アグニカを倒すためだけに巨額と技術力の粋を集結して用意されたもの。

トバルカインは勝ち誇った表情。

 

『マステマ様は君を特別扱いするがね、所詮300年前の英雄のなれの果て。もはや時代遅れ。

君は我々の取るに足らないサンプルの一ツとして列挙される時がきたんだよ』

 

天敵と呼べる存在を前に、アグニカは邪悪な笑顔を浮かべた。

 

「ペトルーシュカ」

 

丹念にこさえられた名前で呼ばず、アグニカは嘲笑するように、彼らを『ペトルーシュカ』と呼んだ。

木屑の詰められた操り人形、ペトルーシュカは、人形であるにも関わらず人の心と恋を知る。

決して叶うはずのない恋情に走り、最後は火炙りにされて破壊される。

 

「いいだろうペトルーシュカ……

ダシェラ祭にしよう!!」

 

忌み物となった人形を燃やして清浄する儀式。

アグニカがその『業火』の役をやる!!

 

『フフフ……まぁだ分かっていないんだね。おめでたいね。

頭までおめでたくなったんですかねェ!

さァ準備はいいですかなアグニカくん!!

故郷に帰りたまえ!うるわしの地獄の底へ!!

皆、出てきなさい!!!』

 

パチンと指を鳴らすと、光学迷彩を外し、六人の戦闘人形が姿を現す。

 

アグニカは超硬合金で造られた、人間用の西洋剣を転送した。

鞘から抜く時、シャリリリリリ、と黄金の光と美しい音が響く。

 

「アグニカ」

 

「いい。手出し無用だ」

 

ソロモンは口を挟むが、アグニカは加勢は不要と告げた。

 

黄金剣を振るい、単身で歩いていく。

相性の悪い相手に、1対7。

しかしこんなもの、初代セブンスターズを相手にした時に比べれば。

 

「止まって見えるな」

 

トバルカインは激昂し、トランプ型のスラスター手裏剣を大量に取り出した。

 

『馬鹿が!!!!お前は絶対に勝てないんだよ!!!!なぜなら!!!!』

 

トバルカインが投げたトランプを、アグニカは目にも止まらぬ剣速で斬り落としていく。

トバルカインが思っていた何倍もの速さで間合いを詰められ、アグニカが拳を振り上げているのが見えた。

剣を持っていながら、拳を繰り出そうというのだ。

トバルカインはトランプによる斬撃で迎え撃つ。

トランプとアグニカと拳がぶつかり合い、衝撃波が発生する。

トランプは紙クズのように破れ去り、トバルカインの腕はズブ濡れの新聞紙のようにズタボロに引き千切れ、拳を突き抜けて腕の根元まで裂けた。

 

『ピギイィイイィイイイイイイイイイイイイイイイイイィイイイイィイイイッイイイイィイイイイイイイイイイイイイィッッ!!!!!!!!!!!!!!』

 

消費期限切れで何の意味もなく屠殺される養豚場の豚のように悲しげで無駄に元気一杯な悲鳴が響き渡る!!

 

トバルカインは信じられないという表情で自分の腕(の残骸)とアグニカの顔を見た。

アグニカの目は極限まで見開かれており、唇も頬の端までつり上がっていた。

斜めの笑顔は闇そのもの。

 

アグニカパンチの勢いは止まらず、トバルカインは独楽のようにグルグルと回り、肋骨が破砕してナノマシン血液が噴き出す。

人間の痛覚は持っていないが、ナノマシンを焼き殺される痛みが彼を襲った!

 

アグニカの背後から、大剣を持ったエンジェル・オートマトンが迫る!

アグニカは背に剣を回し、振り向かずに斬撃を防御。

 

アグニカの肩口に大きな斬り傷が開く!!

大量出血するアグニカ。

 

あらゆる剣豪の戦闘データを組み込んだ『ソード・オートマトン』。

マステマからの刺客の中で、初めてアグニカに流血させた!!

 

アグニカの横から、赤と金色のボディを持ったロボットが襲いかかる!

重厚な鉄で覆われた拳によるアイアンパンチ!!

それを片手で受け止めるアグニカ。

ガン、と交通事故のような音がして、アグニカの足元のコンクリートが凹む。

 

『アイアン・オートマトン』の胸部から小型ミサイルが打ち込まれ、アグニカが爆発する。

 

もうもうと黒煙が立ち込める中へ、茶髪の筋肉質な大男の姿をした『ターミネート・オートマトン』が、両手を大量のアサルトライフルとガトリングとロケット砲に変え、凄まじい発砲音と共に闇雲に乱射した。

 

銃弾の嵐の中、アグニカと『ソード・オートマトン』が激しい剣撃の応酬を繰り広げる!!

 

重力場を形成し、宙に浮いている『ゴッドアーミー・オートマトン』。

白髪のオールバックの老人であり、宙に膝を折って座るような体勢の彼は、唇から可燃性の不可視ナノマシンをアグニカに吹き付ける。

まるで投げキッスのように手を投げかけ、くるりと後ろを向いた。

 

その瞬間にアグニカの全身が炎上した。

魔王が燃える瞬間。

芸術品といっていい神々しく魔性の魅力がある光景だ。

 

そこに追い討ちのように、神父服を来た『デーモンナイト・オートマトン』が、自身の「血」をアグニカに吹き掛けた。

 

あらゆる生物を死滅させる殺戮ナノマシン。

アグニカの生体データ、DNAデータだけを覚えさせ、確実に破壊するナノマシンウィルス。

魔王殺しの兵器。

その名も「聖者の血」

 

じゅうじゅうと肉の溶ける音がする炎の中へ、とどめとばかりに六体目のオートマトンが胸の内側を開く。

『アトミック・オートマトン』が人体致死量の56000倍の放射線を照射する!!!!

 

死の風に吹かれながら、全身火だるまのアグニカが、ゆっくりと歩き出した。

 

『なん……だと……?』

 

トバルカインは息も絶えだえに、目の前の不死身の魔王の姿を見ていた。

 

アグニカは笑っていた。

これだけの総攻撃を受けながら、全く死ぬ気配を見せず、愉しそうに笑っていた。

 

 

アグニカの反撃が始まった。

 

 

アグニカといい勝負をしていた『ソード・オートマトン』の前に、300本の黄金西洋剣の刃が回転しながら出現し、そのボディにズタズタに切り裂いた。

よろめいた『ソード・オートマトン』に飛び蹴りを打ち込み、壁に叩きつける。

そのまま首を引きちぎり、武器だった西洋剣を奪う。

 

これによりアグニカ、二刀流。

 

流れるような速さで、『ゴッドアーミー・オートマトン』の横をすり抜けた。

 

重力無視の『ゴッドアーミー・オートマトン』に物理攻撃は効かない。

しかし衣を斬るように静かな斬撃が、そのボディを輪切りにして瞬殺した。

 

止血したトバルカインが再度、トランプ全包囲攻撃による復讐を狙う!

 

『なァァァァめェェェェエrrrrrrrrrるぅぅぅぅなぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

アグニカの回し蹴りがトバルカインの膝を破壊!!!!

右足だけでなく左足までへしゃげ、堪らず千切れ飛んでいく。

まるで虫の足を千切って遊ぶ、無邪気な悪行のように。

 

サッカーボールのように転がっていくトバルカインと擦れ違いながら、『ターミネート・オートマトン』と『アイアン・オートマトン』がそれぞれの武器を持って走る!!

 

アグニカはニュータイプ能力によって「見えない手」を作り出し、

『ターミネート・オートマトン』

『アイアン・オートマトン』

『デーモンナイト・オートマトン』

『アトミック・オートマトン』

 

それら四体の首を掴み、空中に浮かび上がらせる。

 

アグニカの西洋剣が黄金の輝きを見せたかと思うと、部屋中に黄金の斬撃が満ち溢れる!!!

 

人間サイズの『転剣・魔王狩り(バエル・スパーダ)』!!!!!

 

 

エンジェル・オートマトン達は粉々に切り裂かれ、無言のまま床に叩きつけられていった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『ぐボぇ……ぁぐおボ、ゴゲぁえァ……ッッ』

 

トバルカインは喉元に牙を刺され、アグニカに吸血されていた。

達磨と化した肉体はナキンナゲットのように顎で持ち上げられ、頭はガクンガクンと揺れている。

 

トバルカインのナノマシンから、マステマへの情報を引き出そうとしている。

情報防衛のためのシステムは組んでいるが、おそらく簡単に消化されてしまうだろう。

 

想像を絶する苦痛の中、血の混じった咳をするトバルカイン。

その目には、勝利を確信していた頼もしい仲間達の死骸があった。

 

エンジェル・オートマトン。

ボロ雑巾のようなスクラップにされた六体の戦闘人形の残骸が、広い部屋の片隅に無造作に放り捨てられていた。

 

結局、圧倒的な戦闘力を持つアグニカには敵わず、先ほどの強化人間達と同じく屠殺される養豚場の豚よろしく無意味に破壊された。

 

全く無駄だったのだ。

彼らの存在も。

彼らを作る労力も、時間も。

戦闘データだとか魂の相性だとか、機械の計算尽くしの完璧なアグニカ暗殺計画など、ゴミに等しい。

 

誰一人、アグニカに勝てる者などいない。

 

ペッ、とトバルカインを吐き捨てた。

いつの間にか胴体も破壊され、首だけになってある。

トバルカインは無言で涙を流した。

 

『バケモノ……』

 

「そうだな、良く言われる」

 

宣言通り、彼らの残骸に火をつけようとしたアグニカだったが、ふと、彼らの再利用について考えた。

 

魂が無いのだから、彼らに人権は適応されない。

どんな過酷で悲惨な任務にだって就いてもらえる。

簡単な喩えで言うなら、自爆特攻などだ。

 

トバルカイン達の倒れた床に、『運命(フェイト)』で転送の穴を広げる。

まるで蟲の蟻地獄。影の沼に沈むように、トバルカイン達はズブズブと呑み込まれていった。

 

 

奥の部屋を守る分厚い壁も、アグニカが転送した掘削機によって破壊され、易々と大穴を開けた。

 

マステマ側が用意した現代最高の人形戦闘ロボットと強化人間。

多額の予算と手間を費やしたであろう防衛戦力も、アグニカの歩みを止めることは出来ない。

 

生身のマクギリス一人では絶対に突破できなかったであろう施設の守りを、アグニカは易々と破っていく。

 

ーーーーーーーーーー

『地獄の門』開門まで残り42時間

 

『タルタロス』最奥に潜ったアグニカ達は、そのデータベースを解析していた。

 

そこにはこの300年間、マステマが世界の影から人類を蝕み、生き血を啜っていた悪行が残さず記されていた。

 

アグニカは無言でそれらの記録を見ていた。

モニターの白い光に照らされ、その背中は真っ黒に影を落としている。

表情は伺い知れない。

 

モニターにびっしりと羅列されるのは、マクギリスが知らない名前。

ソロモンが悲痛な表情を浮かべる所を見ると、厄祭戦時代の仲間なのだろうと察しがつく。

 

カチ、カチ、とマウスを操作する音だけが響く。

子細な説明欄を見ると、目を覆いたくなるような凄惨で惨い、非人道的な人体実験が記されている。

 

阿頼耶識の改造手術

神経や脳を増やした人体改造

苦痛や負の感情が魂に及ぼす影響

 

これらの実験を元に、マステマは目当ての「成果」を得たのだろう。

残された研究データは、既に用済みとなった物ばかり。

それでも、アグニカにとっては、自分の失敗が招いた結果であり、贖罪すべき現実。

アグニカにこれを見せるために、わざと残したということも考えられる。

 

犠牲になった人々の遺体、まだ生きている者が幽閉されている場所。

それらのデータを引き出し、アグニカは『運命(フェイト)』の力で皆を回収する。

 

「場所を移そうか」

 

アグニカは振り返り、三人を転送しようとする。

 

「どちらへ?」

 

マクギリスの問いに、「火葬」とだけ答え、アグニカ達はタルタロスを後にした。

 

ーーーーーーーーーー

 

地平線の彼方にまで、十字架の墓標が並べられた土地。

厄祭戦での死者を埋葬する共同墓地、その中央にある広場に、アグニカ達は居た。

 

それを「人間」と呼べる者がいるだろうか。

変わり果てた肉塊、怪物に改造された人々の亡骸と、まだ生きている者達を『運命(フェイト)』によって丁寧に寝かせていく。

 

積み上げた薪が、犠牲者の遺体と細胞、生き地獄を今も味わう者達を取り囲んでいく。

アグニカは聖油を垂らし、篝火を近付けた。

ホウ、と優しく炎が移る。

 

アグニカが一歩下がった。

その後ろにソロモンとマクギリスが立っている。

 

火はあっという間に全体に広がり、全てを包んだ。

 

5億7384万5107人

 

マステマがこの世界で手にかけてきた者達の総数。

 

巨大な広場全体に配置してもまだスペースが足りない。

その大量の犠牲者達を荼毘に伏す。

火の力は生半可なものでは足りない。

半端に焼いて死者の苦痛を増すようなことはしない。

仲間の火葬は、最大限の火力で行う。

それは『業火』と呼べるほどの炎。

 

瞬く間に聖なる炎は、苦痛と汚辱を祓ってくれる。

やはり炎の明るさには力がある。人工の光とは、目に焼き付く力が違う。

業火の赤い輝きと、篝火を持ったまま、その火中を見つめるアグニカの背中。

その背はどこまでも暗く、黒く、怒りを形取っていた。

 

「アグニ…」

 

声をかけようとしたマクギリスを、ソロモンがポンと肩を掴む。

ソロモンは首を降った。

 

これはアグニカが背負うべきもの。

 

アグニカは今、解放された五億人以上の魂と同化していた。喰っているのだ。彼らの魂を。無念と苦痛の記憶を。

 

マクギリスは狼狽して叫ぶ。

 

「死にますよ!?いくらアグニカでも!!」

 

数億の魂と同化すれば、自己を保てずに精神崩壊を起こすだろう。並みの人間ならば。

 

「アグにゃんは溶けたりしないさ。絶対に消えない。信じて待つのだ」

 

「……ッ」

 

アグニカを信仰する者として熟練の者からのアドバイス。

マクギリスは噛み締めるように頷き、じっとアグニカの背を見つめていた。

 

「それよりもマクギリス殿、君はアグニカに頼まれたことがあるだろう」

 

アグニカは火葬をする前、マクギリスに仕事を与えていた。

ギャラルホルン兵士達に、SAUでの戦闘の説明をすること。

マクギリスは自らの役割を全うする。

この三人の中で唯一、現代のギャラルホルンと正式な繋がりを持つ者として、表から働きかける力となる。

 

アグニカがマクギリスを転送させ、一旦アグニカ達と別行動になった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り41時間

 

『ルキフグス討伐作戦』の具体的な布陣と作戦を説明する重要な会議。

『ヘイムダル』継承者イズナリオ・ファリドを始め、画面越しにセブンスターズの面々、ファリド家配下の四家、その他ギャラルホルンの各家が大勢注目しているオンライン会議。

その司会進行にマクギリスが抜擢された。

 

「作戦説明について、マクギリス・ファリドが務めさせていただきます」

 

これほど大規模の作戦概要。

本来なら前もって数ヵ月ほどはプレゼンの準備期間を必要とするが、マクギリスはアグニカの洗脳によって作戦概要を脳内に流し込まれており、綿密に理解できていた。

 

映像によるオンライン会議なので、あらかじめ資料データを送信して読んでもらうことも可能であり、ギャラルホルン高官達も基礎知識は持っている。

 

「先ず、この戦いの勝敗条件について、認識を共有したいと思います」

 

そもそもが「ドルトコロニー」の労働者達の武装蜂起に始まる一連の騒動。

ドルトコロニー内の鎮圧に失敗した責任は、ドルトコロニーに駐留している部隊の失態。

宇宙、圏外圏でのコロニー侵攻を止められなかったのは「ラスタル・エリオン」率いる『アリアンロッド艦隊』の責任。

コロニー外壁が地球に落ちるのを止められなかったのは「カルタ・イシュー」率いる『地球外縁軌道統制統合艦隊』の責任。

 

今のところ、地球本土に駐留しているギャラルホルン部隊に落ち度は無い。

世界、特に地球圏は混乱しているが、地球駐留部隊はSAU駐留部隊を除いてほぼ無傷。体面も汚れてはいない。

だからこそ四大経済圏からの信用も失われていないし、『ヘイムダル召喚』発動の威光も保たれ、スムーズに実行された。

 

「ルキフグスの傘下『赤雨旅団』が「二首都同時殲滅」を宣言している以上、敵側の勝利条件は「ワシントン」と「エドモントン」を壊滅させること。

逆に言えば、この二首都が壊滅しない限り、敵側の勝利はありません」

 

「ふむ……」

 

高官達は顎を擦る。

勝負事の鉄則、自分が勝利条件を掴み、相手に勝利条件を掴ませない。

 

「我々の勝利条件は「ルキフグス」を討伐すること。そのために、SAU北米大陸、カンザスシティに建設された、ルキフグスの根城『魔城ヴァラスキャルヴ』を取り囲むように防御陣地を構築します」

 

「取り囲む?」

 

不意にざわつく会議室とモニター画面。

ルキフグスと赤雨旅団は、SAU首都とアーブラウ首都を同時に攻撃すると宣言した。

ならば、その侵攻ルートのみに防御陣地を引けば良いのではないか、というのが彼らの考えだ。

マクギリスは詳しく説明する。

 

「敵の侵攻を食い止める『防衛ライン』であり、後々「魔城」を包囲し攻め落とすための『攻城線』にも利用できます」

 

防御と攻撃を兼用できる戦線となる。

相手の勝利を妨害し、自分の勝利を助ける。

 

「敵の侵攻ルートを『最短』『迂回』『包囲』の三つのルートに分けて予測、対策を練ります」

 

①「魔城ヴァラスキャルヴ」から二首都へ真っ直ぐ侵攻する『最短』ルート。

 

②最短ルート上にはギャラルホルン防御陣地が構成されている可能性が高いため、そこを包囲して撃破しようとする『包囲』ルート。

 

③首都とは違う方角へ進み、ぐるりと大きく遠回りする『迂回』ルート。

 

これら3つが予想される。

 

「「魔城ヴァラスキャルヴ」を時計の中心として、円状に12種類の防衛ラインを構築します」

 

「魔城ヴァラスキャルヴ」から北方向を12時の方向として、

北東方向 1時2時

東方向  3時

東南方向 4時5時

南方向  6時

南西方向 7時8時

西方向  9時

北西方向 10時11時

 

「魔城ヴァラスキャルヴ」を時計の中心とすれば、SAU首都は3時の方向。

 

「つまり『最短ルート』とは、SAU方向は3時、アーブラウは12時の方向へと進軍してくると考えられます」

 

多くのギャラルホルン高官が考える、真っ直ぐ突っ込んでくるルートがこの二つ。

そこに防御陣地を築くとすれば、どの地点が有効か。

 

「「魔城ヴァラスキャルヴ」から東へ250キロ先、「ジェファーソンシティ」が最適な地形となっていました」

 

地図と画像データが浮かび上がる。

そこにはアグニカが既に作った塹壕線が存在している。

 

「コロニー外壁の落下により地表が穴だらけになり、モビルスーツほどの大きさでも隠密行動が可能です」

 

あくまでアグニカが作ったとは言わず、自然とこうなったのだと主張する。

高官達は手を前に出し、待ったと声を上げる。

 

「「魔城」から距離250キロと言ったな?円のように包囲するのなら、半径250キロの防衛ラインを築くと?」

 

「その通りです」

 

ざわつきが増す会議の音声。

直径500キロメートル、円周の長さは1500キロメートル以上にもなる、超広大な防衛ラインとなる。

 

いくら十二の方面に分けるとは言え、戦線を維持するための戦力、物資、労力は膨大なものになるだろう。

高官達は難しい顔になる。

 

「一番問題なのは「時間」だろう。いくら地球の全戦力を集結するとはいえ、現地に辿り着くのに数ヵ月、いや半年はかかる」

 

投入する物量、戦力の規模が大きすぎる。

戦線として十全に機能を発揮できるほど物資を送るには、どう見積もっても半年はかかるし、何かトラブルがあれば一年に延びるかもしれない。

 

「問題はありません。おそらくこの戦い、一年は膠着するものと予想されますので」

 

「膠着……?」

 

予想していなかった言葉に、またもざわつきが増した。

 

「『一年戦争』とでも呼びましょうか。

三日後に「赤雨旅団」総攻撃というのは嘘であり、四大経済圏との交渉を進めるためのブラフであると考えられます」

 

政治的な駆け引きのカードとして、「三日後」という期限を明言しただけだと言う。

 

マクギリスはそれらしい根拠をあげ、高官達を納得させていく。

 

実際には三日後に総攻撃が実施される。

残された時間は少ない。

だがアグニカの洗脳による「体感時間」の操作と世界標準時間の改竄によって、一年の空白を高官達の脳内に差し込み、『運命(フェイト)』によって軍隊が一瞬で転送されることによる混乱を防ぐ。

 

本来、部隊の到着日時が分からないまま防衛線の場所だけ決めるというのはあり得ないのだが、アグニカの特殊能力がある今回に限り、この方法が成り立つ。

 

「とはいえ、最低限の戦力は配備せねばなるまい?SAU駐留部隊から捻出できるのかね?」

 

本隊が到着するまでの代替品。

間に合わせの即応部隊として選ばれたのは、

 

「エリオン家配下の戦力を配備させていただきます」

 

ーーーエリオン家といえば、奴隷。

 

ファリド家直属の配下、「カーラ・ネメシス」が提唱するスローガン。

SAU北米大陸に本家を置くエリオン家とその配下。

「北米を守護する名家ならば、率先して前線に赴いてくれることを期待する」

このような世論と体面の圧力で後押しし、死地にて矢面に立たせる。

 

一言で表すなら貧乏くじだ。

 

「元々大陸内に居ますので戦力集結も迅速。そのまま防衛ラインを細部調整していただきたいと思っております」

 

なし崩し的に、本隊が到着した後も、そのまま最前線に居続けてもらう。

条件1を承諾したのなら条件2も承諾したものとみなす、悪質な取引。

 

「仮設の防衛ラインを、集結した戦力で段階的に強化していく。この形式に意義はありませんでしょうか」

 

敵と味方の内情、外聞を考慮した現実的な作戦に見えた。

高官達は飲み込むように頷く。

 

「それではSAU首都、『最短ルート』の説明に戻ります」

 

魔城ヴァラスキャルヴから3時の方向に進み、最初に接触するのは「ジェファーソンシティ」。

 

「撤退しながらの迎撃が前提となっていますので、ジェファーソンシティを第一防衛ラインとします」

 

青いギャラルホルンの旗印が立てられ、壁のアイコンが表示される。

 

「そしてその後方、ここが大本命。

『セントルイス』に重厚な防衛ラインを構築します」

 

ジェファーソンシティからおよそ200キロ東に離れた地点。

 

『セントルイス』の地形で特筆すべきは、起伏の激しい「ミシシッピ川」の存在。

石灰石の断崖絶壁があり、塹壕線と繋げやすい。

人も、風も、「魔」でさえも寄せ付けない神聖なる川の横断。

それでいて人町の営みを諦めず、整った舗装と建築に精を出してきた、住民達の努力の結晶。偉大な町セントルイス。

 

ビームの掃射や、土を転送しても地崩れを起こさない強固な地層岩盤。

川と崖を盾にして、射撃陣地を構築する。

モビルアーマーもプルーマも、この規模の川を渡るには多少手間取る。

移動中に隙が出来た所を、標準を構えた銃器で狙い打ちにする。

障害を敵の眼前で対処せねばならない、モビルアーマー側に苦戦を強いる地形である。

 

「魔城ヴァラスキャルヴ」から真っ直ぐにSAU首都を目指すなら、必ず通ることになる要地。

 

「ここに戦力を集中させます」

 

ドルトコロニー外壁落下の被害、深刻さを色で表したハザードマップでは、魔城ヴァラスキャルヴが『外壁墜落地域』の深紅色、その周囲100キロが『倒壊地域』の赤色、周囲300キロが『半壊地域』のオレンジ色である。

第一防衛ラインの「ジェファーソンシティ」がオレンジ色の領内にあり、第二防衛ラインの「セントルイス」は、その領内から出た場所にある。

外壁墜落のダメージによる遅延の恐れがない場所にて、戦力の集中を行う。

堅実的かつ先見的な判断であると、高官達の一部をうならせた。

 

「セントルイス」の背後、「セントラリア」を補給物資貯蔵基地とし、鉄道を接続線とする。

 

補給基地「セントラリア」もまた、絶妙な位置取りと言える。

北米に墜落した外壁はカンザスシティだけではない。ジョージア州のアトランタ、そしてミシガン州デトロイトにも落ちている。

地図で見ると、上側のデトロイト、右下のアトランタが深紅色の『墜落地点』であり、この墜落地点からオレンジ色の『半壊地域』の二つの円内にギリギリ入らない、細い安全地帯を選んでいる。

被害の少ない『軽微地域』だ。

ここなら補給物資を安心して置いておける。

 

「物資貯蔵基地セントラリア」より後方に、「ヴィンセンス」、「テレホート」の二つの町を要塞化し、連結させ、防衛ラインとする。

「セントルイス」からは250キロほど東の地点だ。

 

つまり

第一防衛ライン「ジェファーソンシティ」

第二防衛ライン「セントルイス」

第三防衛ライン「ヴィンセンス・テレホート」

 

三つの防衛ラインを構築し、仮に第一防衛ラインが突破されようとも、即座に後退し、第二防衛ラインで戦力再編と迎撃が可能になるのだ。

 

 

アグニカの見立てでは、第一、第二防衛ラインは突破される。

だからこそ第三、第四とさらに後方の防衛ラインを用意する必要があると考えているのだが、高官達は第二防衛ラインこそ不動の要塞として認識していた。

この解釈の違いは、今は言及しない。説得する材料が無い上、真実を話すメリットが無い。

 

第三防衛ラインから東は、前線へ援軍や物資を送るための後方基地として認識されていく。

そのため戦術的価値の説明は省く。

 

第三防衛ライン「ヴィンセンス」からおよそ300キロ東

第四防衛ライン「シンシナティ」

 

そこから470キロ東

ウェストバージニア州を横断する「アパラチア山脈」をフルに使った防衛戦

第五防衛ライン「アパラチア」

 

さらに120キロ東、ほぼ首都ワシントンの目先

第六防衛ライン「ウィンチェスター」

 

SAU首都までに、六つの防衛ラインを引ける理屈だ。

 

「第六防衛ラインを突破されれば、いよいよ首都での『決戦』となります」

 

「不吉なことを言うのは止めたまえよ」

 

本土強襲だけでなく、首都を戦場にされたとなれば、SAUの存続が危うい。

炎に沈むSAU首都、自由を象徴する女神像。想像するだけで眩暈がしそうだ。

 

「『幻の第七防衛ライン』。これはもう計画的な軍事作戦などではなく、意地と言いますか、無駄死にするよりは抵抗を選ぶという類いの悪足掻きですね」

 

ギャラルホルンSAU駐留軍ノーフォーク基地と、SAU首都が業火に包まれながら、最後までもがき苦しむ餓鬼のような光景となるだろう。

 

「よく分かった」

 

首都陥落の悲惨さ。

それを阻止するために、幾つもの防衛ラインを構築する必要があること。

重要度の認識に関しては、高官達の間でも個人差が分かれた。

深刻に被害を想像し、表情を険しくする者。

「まさかそんな」「ハハハ」と楽観視する者。

マクギリスはさりげなく、素質のある高官達の顔を覚え、アイコンにチェックを入れていく。

少し間を置いて、マクギリスは説明の区切りの雰囲気を作る。

 

「本作戦の勝敗条件確認と、防衛ライン構築の意義、

そしてSAU方向の『最短ルート』の説明は以上となります。

一旦休憩を挟みましょうか?」

 

ここまでの説明で、既に一時間近くが経過している。

プレゼンテーションとは意外と時間を使うものだ。

高官達は首を振る。

 

「いや、必要ない。時間は有限だ」

 

マクギリスはニコリと笑う。

時は金なり。今は一刻を争う状況。ここで高官達が緊張感を持っていることは、作戦説明がスムーズに進みやすくなるため、ありがたいことだった。

 

「続いてアーブラウ方面『最短ルート』防衛ラインについてです」

 

カンザスシティを中心として、12時の方向。

 

「アーブラウ方面の第一防衛ラインは「セントジョーゼフ」。

カンザスシティからおよそ100キロ北の地点」

 

「セントジョーゼフ」はカンザス州とミズーリ州の州境にある町。

ミズーリ川が北から南へと横断しており、町を左右に分けている。

 

「ミズーリ川の増水を利用し、敵の侵攻を阻害できます」

 

「水攻めか」

 

「セントジョーゼフ」の特筆すべて点は、上流から下流へと水が流れる優位性があること。

上ってくる敵を川の濁流によって押し戻すことが可能なのだ。

 

「その後方は平坦で小さな町しかなく、セントジョーゼフの後方のメアリービルと合わせて「第一防衛ライン」とします」

 

皆が暗黙の了解として、これらの町は水位の上昇と川の氾濫によって流されるということは黙殺された。

これはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない。

軍事目的を行うための、致し方ない犠牲だ。

 

実際にはアグニカの『運命(フェイト)』によって町ごと一時的に避難させるため、戦後復興はまあなんとかなるだろう。

 

「本命となる第二防衛ラインは、オマハ、デモインの二つの町を要塞化します」

 

ミズーリ川とブラッド川に挟まれた水の両盾を持つ町、「オマハ」。

デモイン川の北にある町「デモイン」。

 

この二つの町が「ハ」の字状に防衛ラインを敷き、中央を通過しようとする敵を射撃する。

 

「その後方ですと戦域が広大となり、全ての敵を迎撃するのは難しくなります」

 

個別に走り抜けられ、防衛ラインを突破されてしまう。

 

マーシャルタウン、スーシティ、シーターラピッズの三つの町を統合して第三防衛ラインとするが、迂回されてしまう可能性が高い。

 

「それより北となりますと、防衛と索敵を同時に行いつつ、部隊を展開することになります」

 

機動部隊を使う運動戦となる。

陣地に居座るSAU防衛ラインとは違った、激しいサーチアンドデストロイの血戦となる。

 

「こちらもアーブラウとの国境までに、6つの強固な防衛ラインを構築できます」

 

SAU防衛ラインを先に説明したことが効いたか、アーブラウ防衛ラインでも、第三防衛ライン以北は「補給基地」「後方基地」という見方が強まる。

 

状況が複雑化し、予想のしにくい運動戦を嫌ったか、本命の第二防衛ラインを主眼とする意見が増えていく。

 

案件1が失敗すれば案件2を行うが、案件2は難しくて嫌なので、自然と案件1に期待が高まる。そんな心理状態だ。

 

 

広大な平地で射撃武器と近接武器を逢わせ持った、高速移動のできるモビルスーツ。

活躍できるとすれば、それは

 

『ガンダム・キマリス』が適任だろう。

 

マクギリスは人知れず頬を緩めた。

 

第四防衛ライン「スーフォールズ」

第五防衛ライン「レッドウィング・セントポール・ラクロス統合地」

第六防衛ライン「デビルズレイク」

 

そして第七防衛ラインは、ギャラルホルンの国境警備基地。

 

『アリアロール基地』での大血戦となるだろう。

ここが陥落し突破されれば、予測通り「磁気浮上式鉄道」があるウィニペグを奪われ、そこを機転にアーブラウ首都エドモントンへと高速で敵が雪崩れ込んでくる。

 

「最重要の二つの防衛ラインはご理解いただけたでしょうか」

 

3時の方向、SAU防衛の6ライン

12時の方向、アーブラウ防衛の7ライン

 

『最短ルート』の場所の選定と説明は終わった。

 

「さて、これらは『最短』コースです。

敵が防衛線を包囲、迂回してくることも考えねばなりません」

 

整えた防衛ラインを横切り、逆に包囲してくることも予想される。

 

「むぅ………」

 

四当主や高官達が難しい顔をする。

「そのルート」の過酷な状況に気づいたのだ。

 

SAU防衛ラインと、アーブラウ防衛ライン。

この二つを包囲しようとすれば、敵の侵攻ルートが『重なる』部分がある。

 

3時の方向のSAU防衛ラインを包囲するために、2時と4時の方向。

 

12時のアーブラウ防衛ラインを包囲するために、11時と1時の方向。

 

敵の出発点「魔城ヴァラスキャルヴ」から1時と2時の方向は、両防衛ラインを包囲しようとする侵攻が同時に来る。

 

「北東に敵が集中する、か」

 

「ええ。敵部隊との衝突で受ける威力を例えますと、『最短ルート』の防衛ラインは、正に強襲装甲艦同士の正面衝突。

鋼鉄を破壊する威力です」

 

モビルアーマーの軍勢が真っ直ぐに全速力でぶつかってくるのだから、その『衝撃』も凄まじいものになるだろう。

 

「対して『包囲ルート』の防衛ラインは、少しずつ押し込まれていく力の圧迫。

土砂の重みで鉄がひしゃげる、金属疲労のようなイメージでしょうか」

 

『最短ルート』で押し合い、拮抗した後、じりじりと広がっていく『包囲ルート』への圧力。

こちらは『衝撃』としては弱いが、人混みに押されて窒息するような圧迫感のある押され方をするだろう。

 

「『包囲ルート』の防衛拠点は?」

 

高官達の問いに、マクギリスはマップに青い壁のアイコンを表示させる。

 

「ウォーソウとクィンシー、二つの町です」

 

どちらともミシシッピ川の太い水脈に守られ、どっしりとした防衛線を張れる要所。

魔城ヴァラスキャルヴからの距離はおよそ800キロメートル。

 

特筆すべき点として、

「ウォーソウ」には厄祭戦時代に建造した軍事要塞の名残で、強化した地盤設備がある。

軍事要塞そのものはビーム砲によって灰塵と化したが、要塞建築の土台となる地下は無事だ。

ここに重厚な壁と要塞を構築する。

 

「クィンシー」は河の交通の要として南北と流通網があり、要塞化の補給経路は問題ない。

 

「「ウォーソウ・クィンシー」を北東の本命、第二防衛ラインとします。

第一防衛ラインはそれより前方の塹壕地帯。

「ウォーソウ・クィンシー」が喰い破られれば『最短ルート』の防衛線が横から攻撃を受け、呑み込まれる。

つまり「死」を意味します」

 

「『最短ルート』の次に重要という訳か」

 

只でさえ敵の戦力は未知数なのだ。

包囲されて位置取りが不利になり、満足に反撃も出来ないとなれば、壊滅するのは一瞬のことだろう。

『包囲ルート』を守る、「ウォーソウ・クィンシー第ニ防衛ライン」は正に命綱。

第一防衛ラインは捨てる前提の防衛ラインだ。

 

「もし「ウォーソウ・クィンシー」が突破された場合、その後方のイリノイ川を壁にして「ピオリア」に第三防衛ラインを張ります。

『セントルイス』が包囲されないよう、SAU側「スプリングフィールド」とアーブラウ側「フルトン」を射撃陣地にします」

 

「防衛線を守る防衛線か」

 

「ええ。いかに頑丈な防衛線も、横合いから殴りつけられては一堪りもありません」

 

1時2時の方角に進出されれば、花が開くように左右に敵が分かれ、3時と12時方角の『最短ルート』防衛ラインが横撃を受ける。

 

「さらに真っ直ぐ直進されたらどうする?それこそミシガン湖の方まで」

 

「ミシガン湖に接する「シカゴ」に砲撃陣地を引きます。

第三防衛ライン、「ピオリア」「スプリングフィールド」「フルトン」のいずれか一つでも突破された場合、即座に陣地ごと砲撃します」

 

「自陣を砲撃するのか……」

 

由緒正しき正攻法しか経験していない高官達には、味方の陣地を砲撃して火の海にするという発想がなく、困惑している。

 

「ミシガン湖を渡ることは考え難いですが、その場合は迎撃が困難になります。ミシガン州デトロイトには外壁墜落地点がありますので、防衛ラインを敷くには不安要素があります。

そのため『最短ルート』の後方基地から戦力を捻出することになります」

 

「後方基地」には戦力が温存されているという固定観念があるため、高官達も一応の納得をする。

実際には、ここまで突破された場合は「要塞」そのものを数個転送してくるしかない。

運命(フェイト)』の力で、要塞をユニット化することが出来たのは革命的だ。

それにアグニカのことだから、突破、占拠された防衛ラインを、もう一度奪い返す方法も考えているだろう。

 

SAU、アーブラウ両『包囲ルート』である北東は、4つの防衛ラインを構築する。

 

「続いてSAU側の『包囲ルート』および、『迂回ルート』についてですが…」

 

SAU側のもう一つの『包囲ルート』、魔城ヴァラスキャルヴから4時の方向と、

それらを大きく回り込む『迂回ルート』、5時、6時の方向についてである。

 

北米大陸の南部の地質として、メキシコ湾に沿った低地は土壌が粘着質な沼地となっており、鉄道の線路も引くことが出来ず、交通機関の発展の妨げとなっている。

また、ミシシッピ川の氾濫が続いた歴史があるため、地盤もやや緩い。

防衛する側としては、敵がぬかるみに足を取られた所を狙い撃ちにできるメリットがあるため、防衛ラインを構築してしまえば悪くない条件と言える。

 

「4時、5時、6時の方角を説明する前に、こちらをご覧ください」

 

そこには、北米大陸の最南下、「ニューオーリンズ」に外壁が墜落し、巨大なクレーターが形成されている様子が映っていた。

それだけではない。

ミシシッピ川がメキシコ湾へと流れ出る沿岸部に大きな穴を開けている。

 

「ここから船を入れれば、ミシシッピ川を上り、『艦艇戦力』を内陸にまで展開できます」

 

内陸部に海上戦力を持ち込めるというメリット。

活かせる状況を作り上げれば、非常に強力な火力となるだろう。

 

「艦隊?上陸用舟艇のようなものかね?」

 

「はい。モビルスーツの輸送ルートとしても期待できますが、それ以上に、『砲艦』を展開することで砲撃陣地を構築できます」

 

「『砲艦』……」

 

砲艦(ガンボート)とは河川を進む軍艦のことである。

海上の軍艦では進めない、細く浅い河川を進めるよう、船底から甲板までの距離を低くし、小型化した船。

そしてサイズに見合わぬ巨砲を搭載しており、対地砲撃を行う水上移動砲台として運用され、地上部隊への火力支援を行う。

 

「確かに、ミシシッピ川は西暦の時代から、船による戦闘が多く起こっていた…」

 

南北戦争におけるメンフィスの戦いが有名だ。

 

「ふむ、ではミシシッピ川を上り、砲艦を配置できたとしよう。すると防衛線はどう補強される?」

 

「先程説明した、ミシシッピ川を挟んだ防衛線全てに、砲艦戦力を配置できます。これは味方の火力を強化してくれます」

 

河川を上って砲艦を配備することを認めさせれば、転送による『要塞砲』の配備が違和感なく受け入れられるのだ。

河川運搬という言い訳を作れば、どれだけ大型の設備を転送させても、ギリギリ説明はつくというもの。

 

「そしてこちらをご覧ください」

 

9時の方角であるコロラド州から、5時の方角であるミシシッピ州まで斜めに伸びている川がある

コロラド州に発する「アーカンザス川」

ロッキー山脈の急激な勾配を流れ落ち、カンザス州、オクラホマ州、アーカンソー州を通り、ミシシッピ州との州境でミシシッピ川へと合流する。

 

「ミシシッピ川と繋がっている訳か」

 

「その通りです」

 

川の水流に沿って砲艦を並べれば、それだけで砲撃陣地を作ることができる。

 

「外壁墜落の影響により、川の水が増水。これなら砲艦二隻が横並びすることもでき、渋滞は起こりません。そしてミシシッピ川が通れるなら、アーカンザス川も通れるということ訳です」

 

偉大なるミシシッピ川とアーカンザス川が、輸送と防衛戦に使えるとなれば、カンザスシティに居を置く魔城ヴァラスキャルヴを、12時から9時の方向までぐるりと包囲できている事になる。

 

雄大な自然の力。母なる地球の特性を最大限活用する。

 

「SAU側『包囲ルート』は、ミズーリ州「オザークス湖」を盾とした第一防衛ラインを敷きます」

 

「オザークス湖」は人工の貯水湖である。

オーセージ川から大量の水を引き入れ、幅150キロの巨大な面積を誇る。

SAUで最も大きな貯水湖だ。

 

第二防衛ライン、本命となる「ケープジラード」。

ここもミシシッピ川を盾にして射撃陣地を構築する。

「ケープジラード」は「薔薇の町」の異名を持ち、南北戦争時代にはミシシッピ川を上る砲艦による戦いも起こった。

「セントルイス」とテネシー州「メンフィス」との間で最重要港町として栄え、その栄華は現代にも残っている。

 

第三防衛ラインはイリノイ州「カーボンデール」、デネシー州「ジャクソン」の二つを射撃陣地に挟撃。

 

第四防衛ラインはケンタッキー州「レキシントン」に敷き、『最短ルート』の防衛ラインを覆うようにして守る。

 

「『迂回ルート』を通る敵に対しては、先程説明した砲艦の砲撃によって対処します。

地上戦力として、5時の方向「リトルロック」

6時の方向「フォートスミス」に射撃陣地を構築。

7時、8時の方向「オタワ・エンポリオ」を第一防衛ラインとし、その後方に第ニ防衛ライン「オクラホマシティ」を構築します」

 

この方角の先にはメキシコに繋がる陸路があるため、そこまで行けば別の防衛基地での戦闘ができる。

そのため後退する防衛ラインの数は少なめ。

 

「9時の方向、距離は離れますが、ロッキー山脈が縦に伸びており、ここを突破するのは難しいでしょう。逆に防衛する側としては、高所から撃ち下ろしが可能ですので、利用すべきかと」

 

「幾らなんでも離れすぎだろう?カンザスシティから1000キロ以上ある。まさか山の中にまで艦砲を持ち込む訳ではあるまい?」

 

9時方向は平原が広がっており、防衛に適しているとは言えない。

山岳部になるのはずっと西に行ったロッキー山脈であり、高官の言う通り、距離が開きすぎる。

 

「『ダインスレイヴ』を配備します」

 

「「「!?」」」

 

禁止兵器ダインスレイヴ。

戦艦の装甲に突き刺さるほどの超威力を持ったレールガン。

地球上で使うような代物ではない。

高官達からも否定の意見が上がるが、マクギリスはそれを諫める。

 

「あくまで配備するだけです。実際に使うかは状況に依ります」

 

配備することは必須なので、「最悪の場合にのみ使う」と条件付けすれば、ある程度は批判を軽減できる。

 

「ロッキー山脈の防衛陣には、主力として『アーチャー・フレーム』を配備します」

 

弓兵のモビルスーツ『アーチャー・フレーム』。

 

質量のある弓矢を射撃できる強みは大きい。

単機で戦える機体は少ないが、数を揃えて配備することで強力な布陣になり、頼もしい。

 

「10時、11時の方向は、「ノース・ブラッド」まで下がった場所に第一防衛線。

「ウンデットニー」に本命の広範囲第二防衛線を引きます。

これでアーブラウ側の『包囲ルート』も守られます」

 

 

大まかな戦力の特色で言えば、

 

北は『水攻め』

東は『塹壕戦』

南は『艦砲射撃』

西は『弓兵』

 

これを基本の戦い方として防衛を行う。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで37時間

 

アグニカは魂の消化を終えた。

完全に彼らの魂を我が物としたのだ。

 

放心していた間の、全人類の動向を調べる。

世論にもかなりの変化があった。

 

マステマによる脳内ナノマシンを焼き払ってから、人々は『ルキフグス』を恐れるようになった。

より詳しく言うなら、人類の敵を恐れる気持ちが強くなった。

 

それと比例して、敵を倒してくれる『英雄』への願望が強くなった。

 

クーデリアを味方に引き入れようとする声、バエルゼロズを擁護する声、ドルトコロニー消滅を奇跡と呼ぶ声が大きくなる。

そして皆が「ルキフグス討伐」を声高に叫ぶようになっていた。

 

アグニカ、ソロモン、そして一大会議のプレゼンを終えてきたマクギリスが一同に会する。

マステマの『蟲』から解放された人々の変化について話し合う。

 

「アグニカポイントだな」

 

「は?」

 

ソロモンは得心したように頷いた。

アグニカは理解が及ばず、口を開いて聞き返した。

 

「説明しよう!アグニカポイントとは!!」

 

嬉しそうに解説を始めるソロモン。

世よ聞け我を見よとばかりに声を張り上げる。

 

「その者がどれほど英雄的思想、才能、実績を持っているかを数値化したもの!!!!

アグニカポイントが高い者ほど!!!

真の英雄としてふさわしい人間なのだ!!!!!!!」

 

「素晴らしい」

 

マクギリスは腑に落ちたといった表情。

自分の中の「アグニカらしさの強弱」という度合いはあったが、どこか漠然としており、具体的に表す言葉も数値も持っていなかった。

そこに先輩崇拝者であるソロモンから、天啓と言っていい教えを受けた。

 

「そうか……この気持ちは、「アグニカポイント」と言うのか」

 

グッと拳を握り締めるマクギリス。

 

「で、この状況と何の関係がある?」

 

アグニカが諦めたように本題に戻す。

 

「皆がルキフグスを倒すという意思の元、立ち向かう気力を沸き上がらせている」

 

「魂の進化を促すって訳か」

 

強烈なストレスと、それを克服しようと奮起する精神が、ニュータイプ化への第一歩だとマステマは語った。

 

「ルキフグスという人類共通の敵を作ることで、人類の団結を促し、大戦争へとスムーズに進ませる狙いか……」

 

「くだらねえ」

 

アグニカは吐き捨てる。

 

「敷かれたレールの上を走れってか?舐めるのも大概にしろ」

 

ストーリーを盛り上げるための敵役を、ルキフグスが担うというのだ。

それを倒すために全人類が英雄を求め、自らも英雄になろうとする。

 

「厄祭戦は仕組まれたものだった。当時は知る由も無かったが…視点が変わると茶番そのものだな」

 

人類の養殖だ。

生かさず殺さず刺激を与え、強大な魂を持つ人間が育つのを待つ。

 

「人類に分かりやすい絶望を与え、その裏でどうしようもなく質の悪い絶望が蠢いていた」

 

ソロモンはマステマのどす黒い憎悪を思い出す。

 

「乗ってやるさ。だが連中の思い通りになんざさせねえ」

 

アグニカは力強く笑う。

 

「利用できるなら利用する。この状況、世論が徹底抗戦に染まるなら、経済圏代表を口説くのも楽だろう」

 

使えるものは全て使う。

たとえお膳立てされた脚本だとしても、舞台に上がってやろう。

アドリブを効かせ、大番狂わせを見せてやろう。

 

「んじゃ、仲間集めを続けるか」

 

世界征服のための洗脳巡りの旅を再開した。

 

ーーーーーーーーーー

 

アフリカンユニオン代表『デイビット・クラウチ』は、SAUから要求された途方も無い金額の賠償金に頭を抱えていた。

 

「一体どうすれば……」

 

ドルトコロニーの外壁が落ちたのは、アフリカンユニオンによる圧政が、労働者達にテロを起こさせたのが原因であるという声が大きい。

 

四つの経済圏の中で、最も発言権が低いと思われても仕方がない。

直接的な被害を受けたSAUは国力こそ低下しているものの、「被害者」という立場の有利性は大きい。

公の場では責任追求と自国民を悼むだけで良く、自分から動く必要はない。

対して「加害者」であるアフリカンユニオンは、あちこち走り回って頭を下げねばならない立場。

 

「ふざけるな…代表者がへこへこ頭を下げていては、経済圏の全員が惨めな思いをすることになる」

 

デイビットは拳を握りしめる。

自分の圏内の民を守る。経済圏の尊厳を保つ。

そういった「自分だけの正義」を再構築し、折れた心を立て直す。

開き直りといってもいい。

 

「ババロア・ルアを生け贄にする」

 

暴力で言うことを聞かせる支配。

敗者に責任を押し付ける『生け贄』。

まさにアグニカ・カイエルが好きそうな言葉を呟いたのが運の尽き。

まるで引き寄せられたように、ガチャっと扉を開いてアグニカ・カイエルが部屋に入ってきた。

 

「誰だ!?……いや、貴方でしたか」

 

ドアノブに手を触れた瞬間には洗脳を始めていたので、デイビットはアグニカを旧知の仲で頼りになる相談役と認識していた。

 

「お久しぶりですねデイビット代表」(初対面)

 

「ああ、アグニカくん。いつぶりだったかな……?」

 

はて、と首を傾げるデイビットを置いて、アグニカは本題に入る。

 

「SAUのドナルド・ポーカー代表の行動は目に余る」

 

声高に責任追求とテロリストの打倒を叫ぶドナルド代表。

情報を集めて整理し、今後の対策を話し合うべき状況であるにも関わらず、混乱を助長するような主張を繰り返している。

偏った情報ばかりを拾い、それを過大で過剰に広めている。

SAUの行動が他の経済圏の行動を決める指針になる。

ドナルドが不穏な動きを見せれば、他経済圏も最悪の未来に備えて行動するしかない。

自然と緊張は高まり、経済圏同士の協調も取り難くなる。

 

「SAU、つまりドナルドの態度を改めさせなければ、この世界から混乱を取り除くことはできません」

 

「うん……それは分かっているのだが、しかし」

 

ドナルドの強硬的な態度を改めさせるなど、不可能なことのように思う。

 

「ドナルド代表を如何に操るか。ここが世界の行く末を操る第一歩」

 

人の心を欺き騙す、アグニカによる欺瞞話術が始まった。

アグニカは洗脳によって、とっくにドナルド代表を操っている。

しかしデイビットがその事を知っているはずもない。

 

「アーブラウ、オセアニア連邦と協力し、SAUを牽引していくしかない」

 

「そう…だな。確かにその通りだ。ドナルド本人の機嫌取りよりも、他圏と共同で圧力をかけた方が、奴も折れるだろう」

 

経済圏同士の強力関係を結ばせるために、ドナルドの存在をダシに使う。

 

「幸い、割りを喰うのはSAUです。他二圏の代表は、そこまで意固地な態度にはならないでしょう」

 

被害を受けたのはSAU北米大陸。

アーブラウやオセアニア連邦の人間が死んだ訳ではない。

 

「ドナルド代表の敵は多い」

 

畳み掛けるように魔王は語る。

 

「南米大陸を冷遇してきたツケですね。反ドナルド勢力が、この機に動き出している。

その勢力と繋がりを持てば、SAUの内側から圧力をかけられるでしょう」

 

SAUは北米大陸と南米大陸から成り立つ。

北米大陸はアーブラウと南北に半分ずつ取り合っている状態で、南米大陸は全てSAUが取り込んでいる。

市街地として栄えてきたのは北米大陸の方であり、南米大陸は植民地という見方が根強く残っている。

首都のある北米大陸こそがSAUの本当の姿だという主張と、SAU経済の原動力である資源を生み出す南米大陸こそが主力であるという主張。

ドナルド代表は経済圏代表指名選挙に勝つために、票を得ようと「北米至上主義」を徹底し、南米大陸を露骨に冷遇していた。

 

経済圏内でのすれ違い、歪みは溜まっていたのだ。

 

その歪みは「エルネスト」と呼ばれる南米で台頭する組織が生まれる理由となった。

表向きはSAU南米大陸を取り仕切る多企業組織。

裏では麻薬密売から人身売買をこなす無法者達を抱え込んでいる。

革命の名の元に、ドナルドを代表から引きずり下ろそうと企む者達だ。

 

「特に、南北アメリカを分断するキューバを傘下に収めれば、SAUの首根っこを掴んだも同然」

 

南米の資源、物資などを北米へと送る流通の要点。SAUの経済を回すパイプ。母から子へ栄養を送るヘソの緒のようなものだ。

そこを他の経済圏が支配したとなれば、SAUの生き死には他経済圏が決められる。

 

「特にアーブラウはここを狙っているはずです。西暦の時代から、キューバを取り込み、南北アメリカを軍事的に分断、支配したいと考えていましたから」

 

「よく知っているな」

 

デイビットは感心したように頷く。

 

「では先ず、SAU支援の名目で、南米の有力者達とコンタクトを取るとしよう」

 

「それが良いでしょう」

 

「次に北米大陸の後処理ですが、前提として、ここはもう元に戻らないと見た方がいいでしょう」

 

「どういうことだね?」

 

アグニカの言う意味が良く分からず、デイビットは首を傾げる。

 

「『厄祭戦の舞台になる』その悲惨さ。

月を二度と元に戻らぬ惨状に変えた。

赤雨旅団が「第二次厄祭戦」を唱えているなら、北米の地は荒れる」

 

厄祭戦は地獄だ。

ありとあらゆる兵器、力と力のぶつかりが生み出すエネルギーは、岩盤をブチ抜き、命を消し炭にし、景色を変えるだろう。

死と破壊の舞台、主戦場となるSAUは、最早回復の見込みが無い。

 

地球の唯一最大の魅力は、

『環境が整っている』という点だ。

 

完璧に整備された環境など、宇宙には無い。

巨額の投資を受けて作られたコロニー内で、ようやく作り出される空間も、地球には当たり前のように無数に存在する。

 

やはり地球という母星の豊かさ、安定性は桁違いだ。

厄祭戦の主戦場になるということは、それらが消えて無くなるということ。

国土が荒れ、炎に満ち満ちて朽ち果てるというのなら、SAUの凋落は目に見えている。

デイビットは目から鱗という表情で、ポツリと呟いた。

 

「SAU…恐るるに足らず?」

 

「その通り」

 

彼は光明が差したかのように、自分の顔を撫でた。

 

「ドナルドが吠えるのも無理はない。最悪の未来が視界にチラつくのです。国土の荒廃。経済の回らぬ経済圏など、血の巡らない人体と同じ。腐り落ちるだけの生ごみです」

 

「私は…張り子の虎を恐れていたのか……ハハハハハ」

 

アグニカは肩をポンと叩く。

そして頭に残るスローガンを刻み込む。

 

「勝てる!SAUに!!」

 

アフリカンユニオン対SAU、勝負は目に見えている!

SAUの持つ財産を如何に上手く喰らい尽くしてやるか。旨味を吸い、食べられない部位は他者に押し付ける。

 

戦勝国名物、敗戦国代表の居ない所で敗戦国の分配を決める会議。

 

「ならば今からすることは、南米大陸の支配者への接触と、他の二経済圏への手回し」

 

アーブラウ暫定代表、アンリ・フリュウ。

オセアニア連邦代表、スィーリ・メッレーナ・シソーファツゲン。

 

特にアーブラウには注目しなければならない。

アーブラウの元代表、蒔苗東護ノ介は、革命の乙女であるクーデリア・藍那・バーンスタインと繋がっている。

 

「コロニー落としという軍事的な威圧に関係なく、火星や圏外圏との和解を模索していた者達です。彼らを使えば、経済圏の面子を保ったまま、平和的な解決…つまり労せず利得だけを得られる終わり方が作れるのです」

 

「ズルいな。何故アーブラウだけが」

 

前々からコロニー落としの事を知っていて、予め用意していたのではないかと勘ぐりたくなるほど。

 

「仮にテロリストとクーデリアが繋がっていたとしても、責任はアーブラウに押し付けることが出来ます。率先して行動することは、アーブラウに任せた方が良いでしょう」

 

SAUと国境で繋がっているアーブラウは、この騒動でも動かざるを得ない。

動き回らなければならないのは、アフリカンユニオンではなくアーブラウの方だったのだ。

 

「寧ろアフリカンユニオンの軍事力をSAUに送り込み、支配下に置くのも手です」

 

「なるほど……」

 

大西洋を越えて、北米、南米大陸に介入することも可能だ。

ドナルド代表とて、そのことは分かっているだろう。

 

「ただ、SAUの利権は、既に狙われているのです」

 

「ん?誰にだ?」

 

「セブンスターズの一席、ファリド家とその配下達です」

 

エリオン家の地球での影響力を奪おうとするファリド家の思惑が動いている。

 

「SAUはエリオン家の総本山がありました。

その配下の家や領土を、統合の名の元に押収する」

 

「つまりこれは…経済圏同士の戦いだけでなく、セブンスターズ同士の戦いでもあったと……?」

 

「まさに」

 

赤雨旅団という外敵の出現に際して、内輪揉めと利権の奪い合いが活発化したのだ。

エリオン家総本山にガンダム・ルキフグスが直撃し、エリオン家が弱みを見せたことが、地球圏のバランスを崩したのだ。

 

「そもそも月に本拠を置くラスタル陣営も、いつ圏外圏に寝返るか分からない」

 

「そんな!?」

 

地球圏からの支援が無くなれば、「転送装置」という得体の知れない技術を持つ火星や赤雨旅団と手を組むかもしれない。

デイビットは意を決し、アグニカに言った。

 

「エリオン家の情報なら、君たちに売ることができる」

 

「素晴らしい」

 

ラスタル・エリオンのアリアンロッド艦隊と手を組み、ドルトコロニー暴動を裏から操っていたが、それは宇宙での話だ。

地球にまでラスタルが助けに来てくれる訳ではない。

現実的な保身が、デイビットに「裏切り」という選択肢を選ばせた。

 

「君たちと手を組もう」

 

「ありがとうございます」

 

アグニカとデイビットが、熱く握手を交わす。

アフリカンユニオンとの協力を取り付けた。

SAUとアフリカンユニオンの戦争こそが最大の危機とされる中で、真っ先にこの二人の代表を味方に引き入れたのだ。

 

どうせ洗脳するのだから、こういった手の込んだ策謀は無駄なのではないかと、不安に思った時もあったが、むしろ逆だ。

心を弱らせ、隙間に入り込み、その奥へと浸透することで、より強く、その人の可能性を活かしたまま洗脳できることに気がついた。

 

無駄ではなかったのだ。

趣味が実益に繋がる嬉しさ。

やはり暗躍策謀はやめられない。

 

アグニカはにっこりと笑った。

 

「この同盟に加えていただきたい人が」

 

「誰かな?」

 

アグニカは扉の方を向く。

 

「入ってください」

 

ガチャリと扉を開いて、蒔苗東護ノ介がのっそりと入ってきた。

 

「んなっ……」

 

驚愕するデイビット・クラウチ。

 

「な、何故貴方がここに!?」

 

アーブラウから贈収賄疑惑をかけられ、オセアニア連邦に亡命したと聞いていた。

何より、この大混乱の中、暇な平時にふらりと遊びに来たかのような感覚で現れたのが理解できない。

 

「真っ先に仲間に加えるべきだと思ったからじゃよ。お主を」

 

「え……?」

 

デイビットを持ち上げる言葉に、一瞬気を良くしてしまう。

蒔苗の話術と雰囲気が成せる技か。

 

「この騒ぎを見て、最初にアフリカンユニオンと手を組むべきじゃと、飛行機を手配したんじゃ」

 

大嘘である。

蒔苗が最初に会いに行ったのはアンリ・フリュウであり、もっと正しく言えば、最初に話をしたのはアグニカとクーデリアである。

 

だがアグニカが蒔苗を転送したことを知らないデイビットからすれば、蒔苗が真っ直ぐここに向かっていたとすれば、ギリギリ辻褄の合う時間帯として理解できる。

実際にこの場にいるのだから、信じるしかない。

 

「あの夢見がちな小娘は、儂のことを信じきっておる」

 

「彼女は、生きているのですか!?」

 

蒔苗による説得が始まった。

クーデリアは降下船に乗って脱出しており、蒔苗と連絡を取った。

彼女はテロに巻き込まれた被害者であり、平和的解決に注力したいこと。

アーブラウ政権は混乱しており、アンリを蹴落とすことも、傀儡として操ることも容易いこと。

アーブラウはSAUからの飛び火を嫌い、アフリカンユニオンを擁護するつもりでいること。

 

蒔苗の話術によって、デイビットの信用を勝ち取る。

 

「模索していこうではないか。戦争の「終わり方」を」

 

「おお……心強い!」

 

地球圏の「仲直り」の仕方。

そして圏外圏との「仲直り」の仕方。

 

この二つは、四つの経済圏が力を合わせなければ不可能なことだろう。

それを成し遂げた上で、誰が一番上に立つか。

水面下で勢力争いは続く。

 

それを差し置いて、アグニカは次の標的の場所へと消えていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り35時間

 

「テロリストを生み出したアフリカンユニオン。

テロリストに国民を殺され、基地を作られたSAU。

テロリストと交渉しようとするアーブラウ…」

 

オセアニア連邦代表、スィーリ・メッレーナ・シソーファツゲンは、自室で酒を飲んでいた。

全国の情報が表示される画面を見ながら、穏やかに笑っている。

 

「三つの経済圏は終わりだな。哀れなことだ」

 

問題が山積みの三つの経済圏と違い、オセアニア連邦は此度のコロニー落とし事件に関与していない。

被害も受けていない。

 

「オセアニア連邦だけが、この混乱とは無縁だ。なんにも悪くないんだよ。我々は。関係がない。馬鹿どもが何億人死のうが知ったことじゃあない」

 

『何もせず正義でありたい』

 

それこそが、スィーリの根本的な欲求であった。

この世界に不幸や不具合があるのは、そもそもこの世界に責任があるのであって、自分には関係がない。

何故こちらが悪いと言われるのか理解できない。

 

「まるでノアの方舟だな。世間は大洪水。汚ならしく堕落したガラクタどもを、綺麗に掃除してもらうといい。

我々は常に正しく、潔癖だ。オセアニア連邦だけは生き延び、理性を保ち、この混沌の世界に新たなる秩序をもたらす」

 

そもそも、300年前の厄祭戦で、オセアニア連邦以外が滅びなかったこと自体が間違いなのだ。

SAUも、アーブラウも、アフリカンユニオンも。

惨めに這いつくばり、オセアニア連邦の庇護下に入ればいいものを。

見栄を張って「自主自立」を掲げるものだから、期待半分、不安半分で見守っていてあげたのに。

結果はこのザマ。

 

「少しでも、あの馬鹿どもが成長すると考えた私の落ち度だ。反省しなければ」

 

世界は、オセアニア連邦の「平和を愛する気持ち」と「他経済圏の成長を信じる気持ち」を裏切ったのだ。

コロニー落としという最悪の形で。

 

こうなってしまっては、地球という最上の宝が傷物になってしまう。

地球の全てはオセアニア連邦のもの。

今は一時的に他経済圏に貸しているだけ。

いつかは貸出料を乗せて返して貰う。

それがスィーリの自然な思想だった。

心の底からそう思う。

 

政治家とは底無しの欲望と自信を持つべき者だ。それが政治力に繋がる。

スィーリは産まれついてのサイコパスであり、他者を敬うという感情を理解出来なかった。政治家としても異常なほどの自尊心、選民思想、傲慢。

対外的なマナーは、怨みを買わないために必要なことだと理解し、徹底してきた。

だが他者を押し退けて勝ち上がることに容赦は無かった。

 

アグニカはスィーリの後頭部を掴み、机に叩きつけた。

ゴアッシャァァァアァァンッッッ!!!!と凄まじい音が部屋に響き渡る。

 

「飲んでる場合か」

 

グラスが割れて顔面に突き刺さりまくっている。

額が割れて出血し、白目を剥いているものの、既に洗脳は終わっているため、騒ぐようなことはしない。

 

「まとまりがねぇんだよオセアニア連邦は」

 

西暦時代の呼び名で言えば、中華人民共和国、インド、オーストラリア、そして日本が集まって出来たのが今のオセアニア連邦。

しかし、それらの歴史や人種が抱える問題を解決できた訳ではない。

 

そもそもオセアニア連邦は、他の三つの経済圏が自然と構成されていく中で、取り残された集団が集まって出来たものだ。

4つの経済圏の中で唯一、消極的に統合された。

仲間外れにされて孤立したのでは立場がないし、時代に取り残されては対外的な交渉にも勝てない。

 

元より集団行動に向いていない国々の寄り合い所帯。

四つの経済圏の中で、最も杜撰な政治体制なのだ。

他の三つも潔白とは言い難いが、それでもオセアニア連邦に比べれば可愛いものである。

 

「全部清算してやるよ。俺が『業火』でな」

 

窓が開かれ、スィーリの書庫、事務所にある積み上げられた偽装書類、何の意味もない改竄のためだけの書類の束が、風に乗って飛んでいく。

それらが火によって洗われ、空に数億の火の粉が舞うのを、窓の内からぼんやりと見つめる。

 

「あぁ……」

 

「洗脳して記憶改竄しちまえば、汚職の記憶も、負い目すらも無しだ」

 

杜撰な偽装がバレないはずがない。

お互いに目を瞑り合い、隠し合い、傷を舐め合う。

汚職が汚職を呼ぶ泥沼の経済界。

それはズルをした負い目の裏返し。

ミスを隠すためにミスをする、傷を隠すために傷付く不器用の典型。

 

つまり、経済界の汚職は人の心に問題がある。

 

その心を操り、変えることが出来るアグニカが、オセアニア連邦最大の欠点である汚職をゼロにする。

 

汚職書類が全て燃え、灰が僅かに舞い降る光景。

 

「まっさらに生まれ変わった気分は?」

 

洗脳と言えば汚職のために使われるイメージがあるだろう。

しかし逆に、汚職を全て消し去ることにも使えるのだ。

オセアニア連邦経済の重鎮達に、自らの汚職を認めさせる。

それでいて、必要以上の糾弾と混乱を抑制する。

 

オセアニア連邦の成長を邪魔している汚職と自尊心を取り除く。

 

ポン、と肩を叩くアグニカ。

その笑顔は相変わらず魔王のようだった。

 

そもそも汚職を無かったことにするという事自体が汚職なのだが、そこは巨悪が悪を善とするように、より深い黒が黒を白に変える理屈だ。

 

「お前が言った通り、オセアニア連邦だけが「無傷」だ」

 

コロニー落とし騒動に直接的な接点が無い

それだけ『混乱』が少ない利点がある。

 

「SAUの下落した株を買い漁れ。コロニー落としの被害者を全面的に援助しろ」

 

「え……」

 

洗脳されたとはいえ、流石に難色を示すスィーリ。

それほどまでに、他経済圏に援助することが嫌らしい。

 

アグニカは腕を肩に回す。

 

「心配するなぁ。SAUの経済は復興事業で回復する。戦場のド真ん中になるから物資と投資もうなぎ登り。すぐに潤って、投資した数倍の利益が得られるさ」

 

アグニカが言うのは、西暦時代の世界規模戦争時のアメリカのような、戦争当事者となった他国に支援をこぎつけ、多額の借金を作らせて巨額の利益を得たやり方に近い。

 

余裕のある経済圏から、余裕のない経済圏へと金を回す。

地球の全戦力を集つめたいアグニカにとって、オセアニア連邦を遊ばせておく訳にはいかない。

 

「分かった……」

 

スィーリの説得に成功。

 

アグニカが指を鳴らすと、ガチャリと扉を開き、蒔苗東護ノ介が入ってきた。

 

「なっ……!蒔苗氏!?無事だったのですか!?」

 

「ホッホッホ。亡命を手助けしてくれた、そなたのおかげでのぉ」

 

デイビット・クラウチを口説き落としたその足で、スィーリの自室前まで転送されてきた。

そこから先はデイビットの時の焼き回し。

アグニカには早送り映像で見えていた。

 

これにて、四大経済圏代表全員を味方に引き入れた。

 

「四大経済圏代表の緊急会議を開きましょうか」

 

アグニカ主催による代表会議。

緊急時に代表が自国を離れるリスクや、混乱時の移動には危険が伴うという問題も、アグニカが転送してくれるのだから全て解決。移動費はゼロである。

 

会議開催の事前通告は洗脳で記憶を作り出し、時間に関しては体感時間を操って丁度いい塩梅に調整。

なんの問題もない。

代表達にも準備があるだろうから、開催は数時間後に決定した。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り34時間

 

地球外縁軌道統制統合艦隊が管理する宇宙ステーションに停留するイサリビ。

その自室にて、クーデリアとフミタンは薄地のパジャマを着て、抱き合って眠っていた。

 

二人の体温が混じり合うベッドの中。

 

やはり人肌が一番落ち着くのだろう。

お互い気心の知れた仲。家族と言ってもいい。

金髪を梳くように撫でる。

 

フミタンは浅く眠って少し起きてを繰り返していたが、クーデリアは谷に落ちるように深く眠りについていた。

 

無理もない。

一度に色々なことが起こりすぎた。

 

宇宙海賊ブルワーズの襲撃に始まり、ドルトコロニーへの転送誘拐、労働者達の武装蜂起と虐殺、狂気のモビルスーツの襲撃、アグニカの死闘、地球圏への演説、コロニー落とし、そして地球への『転送』。

 

頭がパンクしそうになる。

 

こうしてフミタンの胸に顔を埋めて眠っているのを見ると、昔スラム街にわざと置き去りにした時を思い出す。

 

一人で無力感と恐怖を味わえば、あの綺麗な目も汚れると思っていた。

革命などという夢も覚めると。

 

しかし、今はそれ以上の困難を前に、輝きを保ちながら立ち向かおうとしている。

 

ぎゅっとクーデリアを抱き締めた。

 

「私もそれを見たい」

 

クーデリアの温もりを感じられるのも、命があるからだ。

自分は本来、ドルトコロニーで死んでいたんじゃないかとすら思う。

 

辛くも拾った命。

命ある限り、自分はクーデリアに添い遂げ、守る。そしてその行く末を見届けたい。

 

 

ふと気配を感じて、扉の方を見る。

インターホンは鳴っていないが、扉の向こうに人がいることが分かった。

名残惜しそうにクーデリアの腕を離し、ベッドから起き上がる。

クーデリアが目尻に涙を浮かべるのを見て心が揺らぎかけるが、すぐ戻ると心の中で呟いて立ち上がった。

 

髪を後ろで纏め、上着を羽織ってから、開閉ボタンを押した。

 

扉が開いた先に居たのは、黒い服を着た少年

アグニカ・カイエルだった。

 

「おはよう」

 

柔和な笑顔を浮かべるアグニカを、フミタンは抱き締めた。

 

目が覚めてからアグニカと会うのは初めてだ。

安堵と愛しさが溢れ出す。

 

「よかった……生きていてくれて」

 

アグニカも腕を回し、フミタンの背中を撫でる。

 

「俺は死なないさ」

 

フミタンの香りを肺に満たすように、深く息を吸った。

ぐりぐりと身体を押し付けあって、感触を確かめ合う。

 

アグニカが顔をあげて、一度顎に口づけしてから、そっとキスをした。

 

通路は静かだった。

世界の混乱も、業火にくべられる悲鳴も、ここには聞こえない。

二人だけの空間があった。

 

やがてアグニカが腰を掴んで、唇を離した。

額をくっつけて、じっとフミタンの瞳を見つめる。

 

ずっとこうして居たいのだが、迫り来る時間が許してくれない。

 

「クーデリアを起こしてくれ」

 

フミタンを労い、励まし、愛し合う言葉を伝えたい。

そんな人並みの願望とは裏腹に、口は無情な言葉を紡ぐ。

 

「あと三、四時間で経済圏の代表会議がある。そこにクーデリアも来てもらいたい」

 

「畏まりました」

 

フミタンの頬を撫でると、アグニカは身体を離す。

 

寂しさと名残惜しさがどっと押し寄せ、アグニカの表情に哀愁を帯びさせる。

 

フミタンが生きていることこそが、アグニカの戦いに意味があったと思わせてくれる。

彼女の命はアグニカにとって希望だ。

 

「生きてくれよ」

 

今はそれだけしか言えない。

アグニカはとびきりの笑顔を残して、陽炎のように姿を消した。

 

ーーーーーーーーーー

 

アグニカは地球外縁軌道統制統合艦隊司令、カルタ・イシューの元へと姿を現した。

 

カルタは残存兵力集結の指示を出していたが、手を止めてアグニカの方へと歩いてきた。

アグニカはカルタを気に入っているので、比較的温厚な態度で話しかける。

 

「カルタ・イシュー。進捗は?」

 

「回収は全て終わった。点呼と被害状況の確認もほぼ終わり。修復を完了している部隊まであるわ。…信じがたいことだけど」

 

カルタは少し悔しそうに、部隊集結の報告をした。

アグニカの『運命(フェイト)』による転送のおかげで、コロニー落としでの戦闘で被害を負った部隊は、十数時間で再編成をほぼ終えていた。

あれほどの大部隊が敗北したのだ。その被害は甚大で広範囲に散らばっていた。

本来なら数週間から数ヵ月をかけて行う作業。

 

「礼を言う。アグニカ・カイエル」

 

「構わねぇよ。次の戦果で返してくれ」

 

自分の部下を救えたのはアグニカのおかげ。

そこはキチンと礼を入れた。

アグニカはカルタ・イシューの成長を誰より楽しみにしているので、なんだかんだで甘い所もある。

 

カルタの部下である親衛隊や、艦隊の副官、イシュー家の配下の者がズラリと並んでいる。

 

アグニカはぐるりと彼らを見渡す。

 

カルタは赤い鉢巻を頭に結んでいる。

神妙な面持ちで告げた。

 

「貴様に『決闘』を申し込む」

 

カルタは上下関係を明確にせず、なあなあの関係で協力を取り付けることを嫌う。

どちらが上か、従うか従わせるかを決めたいのだ。

 

「受けて立つ」

 

アグニカはニヤリと笑った。

その意気や良し、という表情だ。

 

ソロモンとマクギリスもこの場に呼ぶ。

マクギリスの視線を感じながらも、カルタは心の平静が崩れることはなかった。

 

「真剣でやる」

 

カルタは部下に刀を持たせ、イシュー家初代当主が使っていた日本刀を鞘から抜いた。

ズシリと確かな重量感。

漆黒の刀身、まるで濡れているかのような霞仕上げ。

研ぎ澄まされている。

 

『悪天滅殺』と彫られた漆黒の刀。

 

間違いなく、厄祭戦時代にナギサ・イシューが持っていた刀だ。

 

それを現代の刀鍛冶師が研ぎ直したのだろう。

 

アグニカはバエルソードと同じ材質の西洋剣を転送し、鞘から抜いた。

 

カルタは刀身を目線の高さに掲げると、アグニカに問い掛けた。

 

「これが何か分かるか」

 

「イシュー家の家宝だろう」

 

「そうだ。私の、私の心の柱だ」

 

イシュー家に伝わる矜持。脈々と受け継がれてきた技術。

その全てを体現する刀。

サイ・イシューから直々に渡された訳ではない。

カルタは正当継承者にはなれなかったのだ。

だからこそ、この刀で戦果を上げ、実力を証明しなければならない。

 

カルタは刀を鞘に仕舞う。

 

そして腰を落とし、居合いの構えを取った。

一分の隙も無い。

 

アグニカはピリピリと肌が焼ける空気、緊張感を味わう。

 

「『居合い斬り(イアイギリ)』……」

 

あえて攻撃方法を明かすことで、覚悟の現れとしたのだろう。

この技、この一撃でアグニカを倒すと。

 

開始の合図は無い。

あれほど格式にこだわるカルタ・イシューが、己の抜刀が勝負の開始だと、無言で示した。

 

殺意が極限まで高められている。

 

アグニカは西洋剣を片手に、半身を前にする構えを取る。

 

「来い」

 

張り詰めた静寂が場を支配する。

静止画のように動かない二人。

 

突如、カルタの口から雷のような呼吸音が響いた。

弾かれるように、カルタの身体が消える。

刮目していた親衛隊ですら、カルタの動きを目で追えなかった。

彼女の最高記録を遥かに上回る速度!

 

漆黒の刀身がアグニカの首に斬りかかる!

 

鮮血が床に飛び散った。

 

金属がぶつかる音が響いて、ようやく皆は決着がついた事を理解した。

 

カルタの放った居合い斬り、その刀はアグニカの首に刺さり、半分以上進んでいた。

頸動脈が切れ、赤い血が噴水のように噴き出す。

だが、首を斬り落とすには至らなかった。

 

アグニカは西洋剣ではなく、鞘を刀に当て、その刀身の動きを止めていた。

 

剣ではなく鞘で止めたのは、その重量の違いだ。

 

カルタの居合い斬りは速すぎた。

アグニカでも防御が間に合わないほど。

 

重い剣を動かすのでは、コンマ数秒遅れてしまう。

剣よりも軽い鞘で、ようやく刀を止めることが出来た。

 

「見事だ」

 

血を口から一杯吐きながら、笑顔で称賛するアグニカ。

 

刀身を掴み、ズルリと首から抜いた。

ここぞとばかりに血が流れ、司令部の床を血溜まりにしていく。

 

カルタはその場にへたりこんだ。

限界を超えた肉体の行使。

その衝撃が身体の芯を震わせている。

 

自身の最高威力、最高速度、最高精度の技だった。

 

それを防がれた。

 

アグニカは首を撫でると、血の痕すら転送されて消え、傷は完治していた。

 

アグニカは不死身なので首を斬られたぐらいでは死なない。

 

カルタの腕を掴んで立ち上がらせる。

彼女は忌々しげに、しかし敬意を持った目でアグニカを見た。

 

「完敗だ」

 

アグニカ・カイエルという存在は、カルタ・イシューの常識の遥か先を行っている。

カルタは刀を両手で持ち、それを捧げるように膝をついた。

 

「我々地球外縁軌道統制統合艦隊は、貴方の軍門に下る」

 

「頼もしい限りだ」

 

最高に嬉しそうな笑顔を浮かべるアグニカ。

カルタ親衛隊、艦隊副官、イシュー家の配下達もまた、それに倣って膝をつく。

 

組織の代表に一対一で『決闘』させ、その勝敗で全てを決める。

 

まさに厄祭戦時代の、手早く物事を決めるために必要な心構えだった。

 

アグニカは刀を受け取り、カルタの首元に刃をかざす。

 

「共に悪を斬ろう。カルタ・イシュー」

 

ソロモンとマクギリスは満足げな笑顔で拍手を贈る。

セブンスターズ筆頭、イシュー家もアグニカの配下に加わった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り33時間

 

武力と政治の力は順調に集まりつつある。

経済圏の代表を押さえたことで、戦争に必要な経済を回す流れは良くなっている。

それでも尚、組織的行動を阻害する混乱要素は何が残っているだろうか。

人類が抱える、戦争と混乱が産み出す問題。

 

アグニカは思考を巡らせる。

 

「あとは……」

 

世界規模の問題でありながら、経済を回す一環になってしまっているもの。

 

「麻薬か……」

 

薬物中毒者による世界の闇は、圏外圏では蔓延っているし、地球にも下層に潜り込んで生き延びている。

戦争は麻薬の蔓延を引き起こす。

 

「麻薬撲滅よりも、悪影響のない新薬を流行らせた方がいいかもな。経済も回せるし」

 

「既存の麻薬流通網を荒らすことになります。麻薬カルテルとの衝突に…」

 

と、そこまで言いかけて、マクギリスは言葉の必要性を感じなくなった。

 

アグニカの笑顔には、望むところだと書いている気がした。

 

「しかし、新薬を開発する時間はありますか?」

 

設備やスタッフは洗脳と転送で賄うとして、人体に悪影響のないハイレベルな新薬の開発となると、アグニカの頭脳でもすぐには難しいはず。

 

「俺のニュータイプ能力とナノマシンを掛け合わせれば、洗脳ナノマシンドラッグを作れるはずだ」

 

注射器で洗脳ナノマシンを打ち込み、多幸感を味わいながらアグニカの駒になる。

麻薬問題解決、クリーンな経済の活発化、アグニカの駒も揃う。

まさに一石三鳥の妙案。

 

「なんと幸せなことだろうな!!!」

 

ソロモンの高笑い。

 

「名前はそうだな…ニュータイプ能力のドラッグだから」

 

アグニカが顎を擦りながら考える。

 

 

「『NT-D』だ」

 

 

ニュータイプ・ドラッグ。

なんとも物騒で直接的な禍々しい名称で決定。

早速設備とスタッフを支配下に置くため、アグニカ達はアフリカンユニオンへと飛んだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

ファルク家が管理するナノマシン開発研究センター

通称『果樹園』

 

機械で作られた造花の中庭に、機械骨格と人工羽の蝶が舞っている。

それを指に乗せ、いとおしそうに眺めている女がいた。

もう片方の手は、もの凄い速さでノートパソコンに打ち込みをしている。

ディスプレイも見ずに、研究概要をまとめているのだ。

 

『イズン・アップルツリーマン』

 

現代ナノマシン研究の最先端。

老化抑制ナノマシン、『黄金の林檎』の開発者でもある。

 

容姿は整っているが装いは簡素。

林檎をあしらった髪飾りで、黒髪を後ろにまとめている。

紫色の瞳と人形のような笑顔は、研究内容以外、この世の全てがどうでもいいという表情だった。

 

「蝶々がいるでしょ?」

 

完全に気配を消したアグニカに、イズンは振り向くことなく話しかけた。

 

「ほお?」

 

アグニカは眉をつり上がらせる。

また後頭部を掴んで洗脳するパターンかと思いきや、意外にもアグニカの存在に気づいたのだ。

 

「羽から鱗粉みたいにね、ナノマシンを散布してるの」

 

機械蝶の羽から散布されるナノマシンがこの空間を満たしている。

ナノマシン間の通信によって、この空間にある全てのものを把握している。

これがイズン・アップルツリーマンによる空間支配。

 

対人用固有結界『鱗粉庭園』

 

 

「ごはっ」

 

アグニカは口から大量の血を吐き出す。

目はドロドロに溶けて失明した。

 

「私、心臓が動いてる人って苦手なの」

 

アグニカの背後から、大量の蝶が羽ばたいた。

羽ばたきの嵐、鱗粉の土砂崩れ。

アグニカは膝を突く。

 

イズンは手を上げ、指先の蝶の羽を光に透かした。

 

「うるさいから……」

 

速効性のナノマシン毒が、アグニカの体内をドロドロに溶かして殺した。

その場から一歩も動くことなく、アグニカを殺してしまう怪物。

それが現代のナノマシン技術者代表。

神々の不老を担保する『黄金の林檎』の育手者。

 

羽ばたきと鱗粉が舞う幻想的な光景。

 

その蝶の群れが一瞬にして燃え上がった。

 

「えっ!!??」

 

『業火』が美しい蝶の群れを焼き落とす。

イズンの指に乗っていた制御用リモコン蝶も、花火のように燃え裂けた。

 

「きゃっ!」

 

思わず目を閉じるイズン。

瞳を開くと、目の前には死んだはずのアグニカが平然と立っていた。

全身が総毛立つ、死の予感。

次の瞬間には首を締め上げられ、爪先が宙に浮く。

 

「うぐっ……ぁっ!!」

 

ギリギリと首を絞める音がして、抵抗する気力も起きない。

絶望が彼女の心を支配する。

 

「俺に毒は効かねえよ。特にナノマシンはな」

 

アグニカは不死身なので全身がドロドロに溶けたぐらいでは死なない。

一度自分を殺させて相手の技を見切る「後の先」戦法。

 

「あ、ら…や、識」

 

イズンは体内のナノマシンが透けて見える。

アグニカの体内に流れる阿頼耶識の情報も知っているようだ。

アグニカはニコリと笑みを向けた。

 

「阿頼耶識も協力してもらいたいが、今手伝って欲しいのはNT-Dの方だ」

 

「NT…? ッあぁあぁあああぁあ!!!」

 

初耳の単語に眉を潜めたのも一瞬。

電流を流されるように体が痙攣し、『業火(ヒプノタイズ)』によって洗脳が完了した。

だらりと四肢の動きが止まるイズン。

アグニカは一段落した所でイズンを下ろし、持って帰ろうとした。

 

「よし、これで」

 

油断したアグニカの後頭部に、ショットガンの銃口が向けられ、即座に火を吹いた。

 

ズドン。

 

太い銃声。

 

アグニカは吹っ飛んで花壇に突っ込む。

 

現れたのはイズンを配下に置くファルク家、その最奥に陣取る巨女

 

『リナリー・ファルク』であった。

 

「アンタだねっ!うちの旦那をたぶらかしたのはっ!!」

 

パジャマの上に防弾チョッキと弾倉ベルトを巻きつけた姿。

自宅シェルターに引きこもっていた彼女が、どうして果樹園にまで姿を現したのだろうか?

それは、旦那であるエレク・ファルクをアグニカが洗脳したことにより、彼の言動が僅かに変わったことを見抜き、自身の利益の元であるイズンを奪われないために、直々に『果樹園』まで出向いて来たのだ。

巨体に見合わぬフットワークの軽さである。

 

花壇へと射撃を続ける。

射った後は片手でショットガンを回し、次弾を装填するスピンコックリロードをやってのける。

 

牽制射撃しながら、もう片方の手は地をポンポンとさ迷わせ、倒れたイズンの襟首を掴む。

 

「こいつは渡さないよっ!あと旦那も返しな!!そうすりゃ殺さないでいてやるよ!!」

 

軽々とイズンを肩に乗せ、米俵のように担いで逃げる。

 

そのすぐ隣に、アグニカは笑顔で立っていた。

アグニカは不死身なので後頭部をショットガンで撃たれたぐらいでは死なない。

 

「……ッッ!」

 

リナリーは驚愕に身を震わせるが、即座に零距離でショットガンを向ける。

その銃身を叩き、くるりと回転させ、アグニカはショットガンを奪い取った。

無刀取りの要領だ。

だがリナリーも黙っていない。

即座に銃身を掴み、渾身の力で引っ張った。

 

「ぬぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

魂の叫び!!!!

片手とはいえ、血管を浮かび上がらせながら全力で引っ張る!!

しかしアグニカの斥力は山脈と同じ。

全く動かせずビクともしない。

 

ショットガンを諦め、刃渡りの大きな剣に武装を変える。

その瞬間、肩に担いでいたはずのイズンが、アグニカの足元に転がっているのを見て、思考が固まる。

 

(な、に……?)

 

その一瞬の隙に、アグニカに顔面を掴まれ、地面へ叩き落とされた。

 

「ぐあば!!!」

 

目を飛び出させる。痛みに悶絶する暇もなく、アグニカによる洗脳が始まる。

 

「お前の嫌いなものは知っているぞ」

 

頭を押さえ込み、アグニカは片手に「ある物」を転送する。

 

「そっ、それは……!!」

 

リナリーが目を見開く先には、分厚い「紙の本」があった。

 

「『聖なる書』かッ!!!」

 

神の祝福を記した書物。

 

リナリー・ファルクの魂は汚れきっていて醜悪に過ぎる。

マステマの手を借りず、自然にここまで邪悪になれる者も珍しい。

そんな魔女だからこそ、主への祈り、人の正しさを語る書物が何よりも嫌いだった。

 

魂の強い者を洗脳しようとすると、弾かれるように抵抗力を示す場合がある。

記憶の書き換えが飛んでいたり、洗脳が不完全になる恐れがある上、時間の効率も良くない。

 

そこで、ある程度その者を弱らせてから洗脳を打ち込む必要がある。

 

パラパラとページが風でめくられ、ピタリと止まる。

 

アグニカは黒い祭服に着替え、聖誓を告げる神父のように、良い声で唱え始めた。

 

《幸いなるかな、

背きを赦された者、

罪を主の血で洗われた者は》

 

「ぐぎぃぃぃ!!やべろおぉおおおおおぉお!!!!!!」

 

悪しき魂のリナリーがもがき苦しむ!!

魔女はその文章を聞くだけで拒絶反応を示した。

 

アグニカによる『罪赦』聖句詠唱!!!

 

《幸いなるかな、その人、アダム。

主が彼を罪と認めず、

また彼の魂には偽りが無い》

 

清らかなアグニカの声が、リナリーの邪悪な魂に染み込んでいく。

 

《私が罪をひた隠してきた時、

刻々と苛む苦痛に私はおののき、

私の骨は疲れ果てた》

 

天啓のように光が、アグニカの頭上から差し込む。

 

《なぜなら、昼も夜も、私の上にのしかかる、あなたの眼差しが重かったゆえに。

私の骨は、魂は、夏の日照りの中で、枯れ果てた》

 

当然、ソロモンのニュータイプ能力による過剰演出である。

マクギリスは膝をついて祈りの体勢を取った。

 

《私は罪を、あなたに知らせ、私の咎を、隠すことをしなかった。

「私の背きを、主に告白しよう」

その時、あなたは私の痛みを、取り除かれた》

 

しかしリナリーの精神への追い討ちとしては非常に効果的で、彼女は白目を剥いて痙攣している。

 

「やべで、ぐれぇぇぇぇ……」

 

《このゆえに、全ての敬虔な者は、あなたに祈る。

ただ会える時まで。

洪水であろうと、大水が触れることはない》

 

精神の最奥まで洗脳が触れ、彼女の魂がしゅうしゅうと白煙をあげ始めた。

 

《あなたは私の隠れ家。

苦難から私を守り、

救いをもって私を満たす》

 

邪悪さが取り払われる聖句。

洗脳を改心のために使った実験第一号となる。

 

《私はあなたを悟らせ、あなたを教える

あなたが歩く、その道の中で、

私はあなたに助言をし、私の目をあなたの上に置こう》

 

物理的な拷問をどれだけ受けようと、リナリーは改心しなかっただろう。

精神的な洗脳も、彼女の図太さを考えれば難易度が高い。

 

《悪しき者には多くの痛み、

主を信じる者は、恵みで満たされる》

 

しかしアグニカの『暴力』は、肉体的にも精神的にも並み外れている。

 

《主にあって喜べ、また楽しめ、清き者たちよ。

高く喜びの声を上げよ、全ての心正しき者たちよ》

 

リナリーのドス黒い魂に救済をもたらす。

 

 

貴方の罪は赦される(アポルトロシス)

 

 

ささやくような祝言によって終了。

心の邪悪さならマクギリスにも勝るリナリーが、すっかり清らかな人種になっていた。

太った体躯はそのままに、つぶらな瞳が輝いていて、非常に不気味だった。

 

キラキラと輝く光の粒子が舞う中、アグニカが立ち上がる。

 

「ナノマシン関係者は落とした。これで医療分野と麻薬分野は大丈夫だろう」

 

アグニカはパンパンと手を叩く。

 

早速、リナリーとイズンには『NT-D』の大量生産のために働いてもらう。

また、彼女らが独占しようとした医療技術、資材に関しても、世界平和のために利用させてもらう。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り31時間

 

長い白色の髭と眉が特徴的な老人『ネモ・バクラザン』

セブンスターズの一席「バクラザン家」当主である。

 

大きな窓から海が見える部屋で、ネモは地球の艦隊戦力に指示を出していた。

 

その背後から、アグニカがゆっくりと姿を現す。

そっと、影のように音もなく、ネモの後頭部へと手を伸ばし、洗脳しようとする。

 

アグニカの指先が、ネモに触れそうになった瞬間、ネモは弾けるようにその場から飛び退いた。

 

「何奴!!??」

 

アグニカから距離を取った場所にフワリと着地した。

小柄な老躰からは考えられない、俊敏で優雅な動き。

アグニカは頬を吊り上げて笑った。

 

「ジョンドゥの子孫…『暗殺者』の血は薄れていないか」

 

アグニカによる背後からの接近に気付いた。

それだけで、ネモの気配察知能力の高さが伺える。

 

「この情勢じゃからな……「気」を充実させておいて正解じゃったわい」

 

ネモは警戒を解かず、アグニカをじっと観察する。

子供の姿をしているが、その血塗られた威圧感は地獄を連想させる。

歴代のバクラザン家当主が語っていた、『蟲』による刺客なのだろうか。

 

アグニカは黒いコートを脱ぎ、横に放り捨てた。

その下にはピッチリとした黒のシャツを着ており、鍛え抜かれた身体のラインは一種の芸術品のようだ。

 

彼の纏う闘気を見た時、ネモは彼の望みを察した。

自分との一対一で、肉弾戦。

 

ネモはスッと気持ちを落ち着かせると、バクラザン家に代々伝わる中国拳法

 

『八極拳』の構えを取った。

 

アグニカは牙を見せて笑った。

ネモの姿が消えたように見えた。

実際にネモは目の前に居るのに、その気配の消し方は尋常ではない。

アグニカの魂感知能力と戦闘経験が無ければ、一瞬でネモを見失っていただろう。

 

アグニカは拳を握り、構える。

 

「我流でいいかな?」

 

「一向に構わんよ」

 

必要最低限の動きで、ネモはアグニカとの距離を詰めてきた。

ほんの僅かに身体がブレたように見えたが、予備動作はまるで無かった。

ネモの虚空を見るような瞳と、アグニカの青い瞳が視線を交わす。

 

ネモの拳が突き出された。

 

無音で延びてきた拳を、アグニカは横に払って軌道をずらす。

遅れてきた打撃音が、パンッ、と空気を揺らした。

音を置き去りにした「突き」の威力は凄まじく、アグニカの腕にすら、骨がじんわりと痺れるような痛みを残した。

 

アグニカはネモの腕をガッチリと掴んだ。

しかし、その悪魔の握力からスルリと抜け、横に回り込む。

力を受け流す不可思議な歩法。

布のように揺らめき、捉え所がない。

まるで陽炎のように動きが揺らめいて見える。

 

アグニカは出鱈目に拳を突き出し続けた。

衝撃波が全方位に飛び、床は爆裂し窓は砕け散る。

 

その拳撃の嵐を抜け、ネモはアグニカの背後に回り込んだ。

 

その動きを読んでいたアグニカによる、振り向き様の拳!!

 

しかしその拳は虚空を斬った。

 

先程の数倍の速さになったネモが、再度アグニカの背後に回り込んだのだ。

 

(三倍速で動いた……!)

 

ジョンドゥ・バクラザン固有の技法。

ガンダムの移動速度を瞬間的に倍に加速させる兵装。

それをネモは、対人戦闘にまで昇華させていた!!!!

 

ネモの必殺の拳が打たれる!!!

しかし、軸足から回転したアグニカが、両手を重ねて防御した!!!

岩盤を撃ち抜くような重い音が響き、アグニカは足を滑らせながら後ろに下がる。

 

ミシミシと骨が痛む。

アグニカの超人的な肉体に、打撃でダメージを与える強さ。

 

コオォォォ、と吐息音を響かせる老人、ネモ・バクラザン。

アグニカは高揚した様子で賞賛する。

 

「やるな」

 

ネモは冷酷な声で宣言した。

 

「次で殺る」

 

ネモは人体の限界、四倍速にてアグニカの背後に回る。

最早瞬間移動だ。

 

しかし、アグニカのとった対策もまた、人外。

 

(倍速で来ると分かっているならーーー

こちらも同じ土俵に上がる!!!!)

 

アグニカは全身の血流を四倍に加速させ、身体能力を向上させた。

血涙を流しながら、アグニカが振り向きながら拳を振り上げる!!!

 

これを喰らって生きていた者はいない。

 

 

『アグニカパンチ』!!!!!!!!

 

 

ネモもまた暗殺八極拳最終奥義

 

 

『明鏡止水』を繰り出す!!

 

 

お互いの拳が、お互いの心臓に当たった。

 

静かに固まり、微動だにしない二人。

 

アグニカの唇から、ポタリと血滴が落ちる。

 

アグニカの心臓は破壊されていた。

 

ネモの奥義『明鏡止水』は、相手の心音に合わせて打撃を打ち込み、その鼓動を停止させるというもの。

外傷は一切なく、解剖しても持病としか判断できない。

 

暗殺拳の最高峰。

 

その技と同時に、ネモは自身の心臓を止めていた。

アグニカの強力なパンチは、ネモの肉体に死ぬほどのダメージを与えた。

事実、ネモの体内の筋繊維はズタズタに切り裂かれている。

回復にどれだけかかるか分からない。

 

だが、心臓だけは再び動き出していた。

 

マイナスとマイナスを掛け合わせてプラスにするように、自ら心臓を止めていたことで、致死の打撃が蘇生のきっかけとなったのだ。

 

「ゲホッ……儂の……勝ちじゃな」

 

ゆっくりと拳を引いていく。

アグニカは白目を剥いたまま固まっている。

そっとその場を離れようとしたネモは、信じられないものを見た。

 

パチクリと瞬きをして、アグニカの目が元に戻った。

それどころか、身体のダメージが消えている。

アグニカは不死身なので心臓を破壊された程度では死なない。

 

「は」

 

放心するネモに、アグニカは拳をさらに突き出して攻撃。

先程の打撃速度のままでだ。

ネモは堪らず後ろに吹き飛ばされる。

キュキュッ、と靴が床を滑る音。

 

ネモが顔を上げるとアグニカの姿はなく、代わりにマクギリスとガエリオ、ソロモンが転送されていたことに気づいた。

 

その横から、アグニカが助走をつけて飛び上がり、両足を屈め、思いっきり両の足で蹴りを入れた。

渾身のドロップキック!!!

 

ザクリと刺す音が聞こえるほど、鋭い蹴りがネモの脇腹にめり込んだ。

 

「かはっ!!!」

 

ネモは水平に飛んでいき、壁に叩きつけられた。

 

ガエリオは顔を真っ青にしている。

 

「老人に打つ技じゃないだろ!!??」

 

真剣勝負に年齢も技種も関係ない。

アグニカの次なる手は、全体重を乗せた体当たり!!

ゴッ!!!!とコンクリート壁に老体が叩きつけられる音!!

勢いを殺しきれず、ネモは吐血した!!

本来なら嘔吐する所であるが、宗教上の理由で断食していたネモは嘔吐というこの世界の法則から逃れた。

 

「ぐぼぉえあ!!」

 

血まみれになろうと殴り合いは止まらない!!!

上にマウントを取ったアグニカによる、拳を降り下ろす攻撃!!!

すぐにネモの顔面は血痕と痣だらけになる!

鼻血と額が裂けた傷が痛々しい。

 

良心のガエリオは「老人虐待だろ」と止めようとするも、マクギリスに制止される。

 

この状況からでも逆転する技法があるが、ネモはダメージを受けすぎていて意識が朦朧としている。アグニカの拳の軌道をズラすのが精一杯だ。

それでも、決して諦めない精神力!!

 

「素晴らしい」

 

言いながら、アグニカはネモの顔面を掴み、最大出力で『業火(ヒプノタイズ)』をかけ、彼を洗脳した。

 

短い悲鳴の後、だらりと老いた腕が倒れた。

あまりにも無情な光景である。

 

アグニカは立ち上がり、満足げに唇の血を拭った。

そして手についた血を見て、ふと思い付いたかのように言った。

 

「マクギリス」

 

「はい」

 

マクギリスがスライディングのようにアグニカの足元に移動し、膝をついて平服した。

 

「俺の血にニュータイプ能力を込めて飲ませたら、そいつが操れるか実験したい」

 

そう言うと、手首から血を流し、小瓶に注いでいく。

 

「これをイズナリオ・ファリドに飲ませてこい」

 

「畏まりました」

 

小瓶をマクギリスに手渡す。

 

「身体に入ればなんでもいい」

 

洗脳血液を飲ませるために義父でありギャラルホルン地球全戦力を委任された重要人物イズナリオに近付けるのは、息子であるマクギリス以外にいない。

 

「それに成功したら阿頼耶識手術をしてやるよ」

 

「……!全力で務めさせていただきます!!!!」

 

マクギリスは小瓶を握り締める。

ガエリオと問答するのがセットになっているので、会話省略のためにマクギリスとガエリオの二人をまとめてウィーンゴールヴに転送した。

 

「ソロモンは南米の反ドナルド体制の組織と麻薬カルテルを洗脳しといてくれ」

 

「うむ!了解した!!」

 

ソロモンにも大きめの小瓶を手渡す。

 

「邪魔する奴は殺していいから」

 

「アグにゃんの素晴らしさを布教して余の仲間にするぞ!!」

 

「まあ任せるわ」

 

ソロモンが転送されて姿を消す。

部下に仕事を回し、アグニカは超重要な仕事に取り掛かる。

すなわち、四大経済圏の足並みを揃えること。

個々の経済圏を操るのではまだ足りない。

その4つの意思を調整し、同じ方向に動くように誘導する。

個々の自我を認めつつ、アグニカの思うように行動を操るというのは、300年前も現代も変わらない、アグニカの『統合と統治』のやり方であった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り30時間

 

アフリカンユニオン首都『ロンドン』

 

四大経済の代表達が集まり、今後の世界の行く末を議論し、決定付ける会議が始まる。

 

円卓のように四陣営が向かい合って座れる大きな机。

その中心に会議進行を担当する議長の空間がある。

四方に座るのは各経済圏を取りまとめる代表達。

 

SAU代表

『ドナルド・ポーカー』

その隣には『ヒラーリ・クリントン副代表』

 

アーブラウ代表

『アンリ・フリュウ』

その隣には『蒔苗東護ノ介』名誉顧問

 

アフリカンユニオン代表

『デイビット・クラウチ』

その隣には『クリストファー・エクルストン』前代表

 

オセアニア連邦代表

『スィーリ・メッレーナ・シソーファツゲン』

その隣には『フォアブロ・ワイン』副代表

 

会議室の扉を開いて、進行役を務めるアグニカが入室する。

 

「全員揃われたようですので、少し早いですが、始めましょう」

 

白と紫で構成された議長服を着たアグニカが、朝にホームルームを始める担任教師のような軽快さで、議長の中央テーブルの前に歩いていく。

この場にいる全員には洗脳か洗脳者から話を通すことで、アグニカが正式な議長であると認識させている。

 

地球圏の衝突の火種は、アフリカンユニオンとSAUが戦争を起こすことだ。

四人の代表のうち二人がいがみ合っているのでは、集合議論もおぼつかない。

先ずはそれ以外の二つの経済圏が、仲裁するように間を受け持つ。

スィーリが神妙な面持ちで口を開いた。

 

「SAUの受けた被害は甚大だ。

だが、それゆえアフリカンユニオンに過剰な賠償を求めるのはよろしくない」

 

アンリも頷く。

 

「そうですね…援助は当然続けるとして、両経済圏の関係悪化は、さらなる混乱が懸念されます」

 

デイビットとドナルドへの牽制。

ここがこの会議の大事な第一歩だ。

 

「ここは地球規模での行く末を案じ、協調の意思を世界に示し、混乱収束の一助とするべきでは」

 

スィーリの仲介に、被害者であるSAU、加害者であるアフリカンユニオンの代表へと視線が向く。

 

デイビットが痩せこけた顔で、ややしゃがれた声で発言した。

 

「ドルトコロニー内の我が「市民」にも犠牲者は多く出ている。

領内の建造物がテロに使われたことは重く受け止め、SAUへの支援も全力で取り組もう」

 

SAU側の犠牲者へも追悼の意を示すが、アフリカンユニオンにも犠牲者が出ているからお互い様だよね?というのがデイビットの主張だった。

 

(謝らないのね…)

 

アンリは冷や汗をかく。

この場で唯一の女性であるアンリからすれば、素直に謝罪の言葉を使わない点が気になった。

しかし政治の世界では仕方の無いこと。

どこまで下手に出るか、言葉使いや声のトーンに至るまで、慎重に「下限」を模索している。

0.00010%か、 0.00011%か

そのぐらいの誤差レベルで競り合っているのだ。

 

政治はパワーゲーム。

そのバランスが国家レベルにまで浸透し、0.00001%の誤差でさえ、末端価格は数百万ドルの額になる。

 

デイビット代表は殴り合いではなく、SAUの拳を受け流し、冷静になってもらうのを待つ戦法だ。

 

ドナルド・ポーカーの唱える強硬論、これだけの犠牲者が出たのだからアフリカンユニオンは黙って我々を介護しろ、という内容。

それをデイビットは、SAU領内一般人の死という柔らかい鈍器で殴りつける攻撃を、同じくドルトコロニーの犠牲者という柔らかい防具で防御した。

 

理屈的には拮抗している。

優劣を決めるとすれば人数の多さと人権レベルの高低だが、それを公の場で言うにはあまりにも不謹慎。

差別発言と指摘されれば発言権を失う。

 

そこはドナルドにも分かっている。

 

フーーー、とわざとらしく鼻息を吐く。

 

「アフリカンユニオンだけを攻めるのは良くないと」

 

全員が無言。

ドナルドが喋ること自体が苦痛であるかのように、痛い静観の沈黙が流れる。

 

「私が口を開くと皆が怖がるので、あえて黙っていたのだが」

 

その状況でも気を引かず、むしろ強者として振る舞うドナルドの態度は、一周回って大物のように見えた。

全員が表情をひきつらせるが、黙って聞いている。

 

「地球全土を視野に入れねばならん時代か。他の諸君は既に団結しておるようだしな?」

 

SAU以外の三経済圏が、包囲網を組んでSAUを御そうとしている状況。

それをドナルドは、「皆がSAUを恐れ、結託して見栄を張っている」と見なす。

「怒られるのを怖がっている子供アフリカンユニオンと、ただ傍観している子供アーブラウ、オセアニア連邦、そしてそれをどう説教したものかと困る大人SAU」という構図で解釈した。

 

「反省は結果で示してくれ」

 

デイビットは額に青筋がビキキと走るが、ここは乗り切るべきだと理性が諭す。

 

(何が!地球全土の!視野だ……!地球全土を!敵に!回してるのは!SAUだろ!!!)

 

ドナルド・ポーカーに敵は多い。

南はSAU南米大陸、北はアーブラウ、東はアフリカンユニオン、西はオセアニア連邦だ。

これら全てに見放され、敵対すれば、SAUは終わる。

 

首が絞まっているのはドナルド自身であるにも関わらず、ここまで傲慢な態度を取れるのは凄い。

 

「解決を約束いたします」

 

デイビットは雑巾を呑み込むような顔をして、ドナルドの言葉を受け入れた。

それでも相手が使った「結果」という言葉を使わず「解決」と言い直す辺り、意地の張り合いになっている。

 

これにて、SAUとアフリカンユニオンは仲直りした事になる。

冷えきった両経済圏の関係は改善の兆しを見せた。

春の雪解けである。

 

SAUは「大人(強者)として子供(弱者)の過ちと反省のチャンスを認める」という姿勢を示すことで、その面子を保った。

 

アフリカンユニオンは「自国の犠牲者を蔑ろにしない」「自分達も犠牲者」という清廉潔白さを主張することで、その面子を保った。

 

結局は面子、プライドを守る自己愛の言い合いだった。

国を守るためといえば仕方の無いこと。

 

一般人がこの場にいれば胃腸が捻れるほど面倒臭い。

一流役者による三流脚本の熱演は、シュールで重苦しい茶番と化していた。

 

「市民は、分かりやすさを求めています」

 

そこで初めてアグニカが口を挟む。

 

一応は「和解した」ということになったのだから、それを分かりやすく伝える必要がある。

必要なのは視覚的分かりやすさ。

 

ドナルドとデイビットが立ち上がる。

歩み寄り、肩をポンポンと励まし合い、硬く握手をした。

 

パシャパシャと写真が撮られ、その光景が世界に伝えられていく。

息苦しい冷戦に終止符を打つ。

二人が手を繋いで歩み出す姿を後ろから撮った写真は、世界のこれからを明るく見せる傑作として、『春はゆく』というタイトルで有名になった。

美しい題目とは裏腹に、あまりにも汚ない政治的欺瞞と皮算用の集大成である。

 

二人は小さい呟く。

 

「繋がったな」

 

「釣り合わんぞ」

 

デイビットはドナルドに「首の皮一枚繋がって良かったな間抜け」と嗤い、

ドナルドはデイビットに「アフリカンユニオンのゴミどもが何億人死のうとSAU市民一人の命の重さには釣り合わないんだよボケ覚えとけ必ず復讐してやる」と睨み付けた。

 

アグニカは洗脳技術が無かった頃の癖で、その問題発言を超高性能マイクで拾って録音していたのだが、「別にもう使わないか」と押し入れの奥へ転送した。

 

 

二人が席に戻る。

 

「歴史に残る英断です」

 

「胸にくる光景でしたわ」

 

スィーリとアンリの中身ゼロの祝辞。

 

これにて、四つの経済圏の和解、仲直りは完了した。

足並みが揃った訳だ。

 

「次の議題に移りたいと思います」

 

アグニカは議題を切り換える。

内が結束したのなら、次は外に視線を向ける。

 

「ギャラルホルンは信用に足る存在か、ということです」

 

コロニー落としを阻止出来なかった防衛組織に、最早信用などあるはずもない。

汚職と暴力が蔓延っていたものの、その軍事力の強大さだけは証明されていたギャラルホルンであったが、戦力でさえも「最強」の称号が揺らぐ有り様。

 

政治的、経済的、戦力的な信用度が暴落していた。

 

「急ぎ、『ルキフグス討伐作戦』を実行するために、ファリド氏へ『ヘイムダル召喚』の儀を行ったが……あの時は混乱していて先走った感も否めん」

 

スィーリは額を押さえながら言う。

時間が経つと、本当にギャラルホルンに全権を任せて良いものかと不安になってきたのだ。

 

「『ドルトコロニー墜落は誰が悪かったのか?』

『本当にルキフグスは討伐できるのか?』

この二つについて議論しましょう」

 

過去と未来に結論を出そうということ。

 

アグニカは飛び切りの笑顔で言った。

 

「それについて、各経済圏代表から、「見識者」を呼んでもらい、助言をいただくというのはどうでしょう」

 

「「「「…………」」」」

 

ギャラルホルンに詳しい知り合いがいたら、内情について説明してもらおうよということ。

もしギャラルホルンも内側に問題を抱えているのだとすれば、やはり内側で解決してもらった方が良い。

外側から下手に圧力をかければ、どんな暴走をするか分からない。

かつて西暦の時代、SAUの前身アメリカ合衆国が、他国の内戦に武力介入した時のように。

 

ギャラルホルン内情に詳しい人材。

 

それはつまり、各経済圏が密かに繋がっていた、セブンスターズや高官達のことだ。

ギャラルホルンとの癒着や汚職は犯罪なので、手の内を晒す訳にはいかないが、ギャラルホルンの行く末が自経済圏の未来を決めるため、自国に有利になるように立ち回らなければならない。

ここで手札を使うべきと皆が考える。

 

「ギャラルホルンの内輪揉めに、結論をつけてもらうと?」

 

アンリは開き直ったのか、やや強めの口調で言った。

 

ギャラルホルン内で「誰が悪かったのか」を決めてもらい、経済圏もそれに寄り添う形で話を進めていく。

 

先ずはオセアニア連邦から、領内に本家を置くセブンスターズ、「バクラザン家」当主と繋いで、通信にて話を聞かせてもらう。

 

先程アグニカに殴られた顔のへこみは、そのアグニカによる献身的な治療によって回復し、顔を見せても不自然でない程度に整っていた。

 

「我々バクラザン家と、ファルク家は予備戦力を貸し出した。

宇宙で実際に防衛を担当したのはイシュー家であり、エリオン公は担当宙域の問題で手出ししなかった」

 

セブンスターズは三つの派閥に分かれていると言う。

つまり、バクラザン家、ファルク家の「中立派」

イシュー家、ファリド家、その味方であるボードウィン家の「実行派」

エリオン家、その味方であるクジャン家の「静観派」である。

 

実際に戦い、失敗の汚名を被ったのはカルタ・イシュー率いる地球外縁軌道統制統合艦隊である。

 

ラスタル・エリオン率いるアリアンロッド艦隊は、ドルトコロニー内の鎮圧に失敗したという汚点があるものの、クーデリア・藍那・バーンスタインの演説でうやむやにできるし、内部だけの問題なら、コロニー落としという外部の大問題には発展しなかった。

つまり、戦犯としての罪の重さは軽そうに見える。

 

素知らぬ顔で責任を押し付けようとするエリオン家一派と、大口を叩いて失敗したイシュー家一派。

どちらにも手を貸し中立を保つバクラザン家、ファルク家。

 

誰が悪いかと聞かれれば、一言で表すなら「イシュー家」と答えが出る。

少なくとも対外的には。

 

ラスタル・エリオンが周到に仕込んだ裏工作の効果。

 

「では、内部の力関係はどうでしょう?

特に地球圏での影響力は?」

 

アフリカンユニオン代表デイビットは、そのラスタル・エリオンと密約を交わしてドルトコロニー内の自国民粛清にGOサインを出した張本人なので、内心油汗ダラダラなのだが、迫真の演技で苦境を乗り切る。

 

「我が領内にはファルク家とボードウィン家の本家がある。意見を聞こう」

 

あくまでご近所さん付き合いとして話を伺う姿勢。

 

ボードウィン家当主、ガルス・ボードウィンは熱演する。

 

「このような悪行を許すことは出来ない。皆が同じ想いだ。今は一致団結し、SAUの問題を取り払うべき」

 

まさかの正義感100%のセブンスターズ当主がいた。

裏表も打算もなく、正義の意思を信じる者。

経済圏の代表達は「正義の意思」を信じる訳ではないが、彼の持つカリスマ性と求心力が組織の秩序化を促す材料として好印象を受けた。

つまり、イシュー家一派への評価が上がった。まだ捨てたものではないと。

 

ファルク家当主、エレク・ファルクは汗を拭きながら言う。

 

「やはり地球圏の秩序回復が最優先でしょう。月は月で何とかする。

地球圏に医療と復興事業の充実を」

 

ギャラルホルンも地球圏を優先する構え。

これは経済圏もホッと胸を撫でおろす。

ここで「宇宙へ反撃に打って出る」などと言われた日には戦費の捻出に喘ぐことになるし、地球を守る防衛組織としてのあり方を疑うばかりになる。

 

そしてエリオン家を突き放すような発言も印象的だった。

思えばギャラルホルン内には、エリオン家とコンタクトを取ろうとする動きがあまり無い。

通信網が混乱していると言われればそれまでだが、それを言い訳にして動かない部分もある。

 

星間距離という問題が、三つの派閥を二つに寄り分けさせていた。

 

地球に残る「中立派」と「実行派」

宇宙に退いた「静観派」

 

つまり、エリオン家一派が孤立している。

 

地球圏での影響力は、エリオン家配下の家も窮地に立たされているだろう。

なにせラスタル本人と通信が繋がらない。

 

SAU代表ドナルド・ポーカーは、領内のエリオン家配下の代表と連絡を繋ぐ。

 

「ラスタル様のお話と状況が違ってきています……我々はどうすればいいのか……」

 

エリオン家総本山にピンポイントでルキフグスが降ってくるなど、誰が予想出来ただろうか。

忠誠心の高い配下の家ですら、エリオン家衰退の暗雲を感じていた。

 

ドナルドははっきりとした口調で言い放つ。

 

「私はラスタル・エリオンに騙された」

 

「「「!?」」」

 

驚愕する他の三代表。

 

「奴が「転送装置」とやらの存在をちらつかせ、アフリカンユニオンとの戦争を勧めてきた」

 

「なんということだ!!」

 

ドンッ!と机を叩くデイビット。

唇を舐めて湿らせてから、早口で捲し立てた。

 

「やはりラスタル!諸悪の根源はラスタル・エリオン!!奴だけは絶対に許してはならない!!」

 

「ど、どうしたのかねデイビット氏……?ちょっと落ち着いて……」

 

デイビットの豹変ぶりに皆がドン引きしている。

 

彼にとってはラスタルを悪人認定できる千載一遇のチャンス。

ここを逃す手はない。

 

「ギャラルホルンの腐敗!!!

ドルトコロニーの騒乱を自作自演し、挙げ句制御に失敗!その責任をイシュー家に押し付ける!汚いやり方だ!流石ラスタル・エリオン汚い!!

さらに金銭的援助を取り付けるためにSAU代表にまで甘言を放っていたとは!!

許ぜん!!!!!!!」

 

拳を握り締めて熱演するデイビット。

警備兵が彼の肩を掴むと、「触るなゴミども!」と腕を払っていた。

 

そこへアグニカが救いの手を差し伸べる。

 

「たった今、ドルトコロニー代表「ババロア・ルア」氏と通信が繋がりました」

 

「ああ!そうか!そりゃ偶然だな!こりゃあいい!丁度いいから彼にも証言してもらおう!!」

 

会議室のモニターに、責任の生け贄、ババロア・ルアの青白い顔が浮かび上がった。

 

「ラスタル・エリオンに命令されました……」

 

開口一番、亡霊のような声で言う。

 

ここでデイビットに逆らえば家族もろとも断罪と罵声の中で処刑される。

そもそもドルトコロニーはもう無いのだ。

 

ドルト2は転送されて『力の世界』を漂っているものの、世間的には謎の発光と共に消えた(爆発したと解釈する声が多い)。

残りのドルト1から6は改造されたジュリエッタの駆る「バルバロイ」が住民を皆殺しにしてコロニーにも穴を開け、最早廃墟と化している。

 

事実上、ドルトコロニー群は壊滅した。

 

僅かな生き残り、それもコロニーを代表する人間がおめおめと逃げ延び、この惨劇は自分が招いたものですなどと言えば。

生きたまま身を焼かれるぐらいの拷問は覚悟しなければならない。

断罪の業火。

 

だから必死なのだ。

ババロア「元」代表。賠償責任だけを被されたスケープゴートくんは。

 

「アリアンロッド艦隊の必要性を世に知らしめるために…!労働者が蜂起するように仕向けろと言われましたァ……!

家族を人質に取られでェ…!妻と息子に銃を向けられている写真だけを渡されましたァァァァ!!!!!」

 

泣き崩れるババロア・ルア。感情がぐちゃぐちゃになってしまったのだろう。

 

未来も過去も最低な男の、泣きながら土下座する姿。

あまりにも惨めで凄惨だった。

 

ピ、とモニターを閉じるアグニカ。

 

「との事で」

 

平然と話を進める悪魔。

 

「ドルトコロニー騒乱は一から百までラスタル・エリオンの策略だった。

この認識でギャラルホルン内部は通っています」

 

とどめにアーブラウ代表アンリ・フリュウが、助言者としてファリド家当主、イズナリオ・ファリドと連絡を取り付ける。

 

「全ての罪状をエリオン公に突き付ける」

 

イズナリオ『特務』大将

彼の第一声は、ラスタル断罪宣言だった。

 

「地球圏のエリオン家配下も被害者だ。だが知らずのうちに陰謀に荷担させられていた可能性もある。家内の厳密な検査を行う」

 

つまり戦力の没収、最前線への投入。

 

経済圏代表達は呆気に取られた。

 

もうとっくに決まっていたのだ。

誰を悪者にして、誰を喰いものにするのか。

 

ラスタル・エリオンの地球圏での影響力をメインディッシュに、あらゆる飢えた狼が肩を並べている。

 

アグニカという魔王が介入した部分もあれば、介入せずとも自然と構築された包囲網でもあった。

 

「結論を言いましょう。

ドルトコロニー騒乱において、原因は全てラスタル!!!

悪逆非道ラスタル・エリオン!!!!!」

 

エリオン家といえば、奴隷!!!

 

死刑執行!!!!!!!!!!!

 

ラスタルという共通敵を作ることで、ギャラルホルン内、そして経済圏の結束は固められた。

 

「では未来の話をしましょう」

 

陰蟲王『ルキフグス』は討伐できるのか?

 

 

「地球の全戦力を投入すれば可能です」

 

アグニカは自信満々に言い放った。

 

「それは…ギャラルホルンの戦力を集中させるということかね?」

 

「勿論それもあります。ですが、人類の持てる全ての力を束ねなければ、打開は難しいでしょう」

 

アンリは不安そうな表情。

 

「資金や物資の提供は、『ヘイムダル召喚』の儀で約束しました。政治的な制限もつけていない。これ以上何を提供すればいいのです?人民を皆兵役に駆り立てるのですか?」

 

国民総動員法という最終形態を恐れているのだろう。

アグニカの狂気の笑顔には「靴屋だろうが教師だろうが銃を持ち竹槍を持ち、国家を歌いながら皆で遮二無二突っ込むンだ楽しいぞ?」と書いてある。警戒するのも無理はない。

 

だが、アグニカの言葉はそれ以上に荒唐無稽なものだった。

 

「『核兵器(エウアンゲリオン)』を渡していただきたい」

 

 

「「「「なっ……!」」」」

 

 

モビルアーマーによって旧時代の文明破壊兵器。

モビルアーマーの目的は人類撲滅ではなく「人類滅亡寸前まで追い詰めてストレスを与えて魂の進化を促す」ことであり、本当に人類を滅ぼしてしまう核兵器など邪魔なだけであった。

『核兵器』を悪魔として神格化。

それを打ち破る『天使』として活躍させる自作自演は、『セフィロト』が大々的にやってくれた。

おかげでこの世界に『核兵器の悪魔(エウアンゲリオン)』は16体しか残っていない。

 

EVA Mark1 ディエス・イレ 

EVA Mark2 ミッドサマーナイツドリーム

EVA Mark3 シティーアットワールドエンド

EVA Mark4 ノイズィーウッド

EVA Mark5 アフターゴールドラッシュ

EVA Mark6 アフターロンドン

EVA Mark7 カリ・ユガ

EVA Mark8 レクイエム

EVA Mark9 ラスト・ジャッジメント

EVA Mark10 毒麦

EVA Mark11 レイディオフォビア

EVA Mark12 ハルマゲドン

EVA Mark13 ギガントマキアー

EVA Mark14 ストレンジラブ

EVA Mark15 ロードオブザフライ

EVA Mark16 イヴオブデイストラクション

 

デイビット代表は形だけでもとぼけようとする。

 

「なんのことだかさっぱりで」

 

「各経済圏が隠し持っているのは知っています。その所在も。

必要なのは、使用を許可する権限です」

 

 

核兵器使用権限の移譲。

普通では考えられない要求。

 

困惑した表情の四人の代表。

そう、表情だ。

 

内心は何一つ困惑などしていなかった。

 

あらかじめアグニカから打診されていたのだ。

洗脳の中に核兵器への処遇についても伝えられていた。

 

核兵器が安全への抑止力になる時代は終わった。

経済圏が持っていても、無用の長物と化していた。

 

SAU以外の経済圏は、自分の領地で起爆しないのならば、放射能による影響がSAUを苦しめようと知ったことではない。

 

SAUの思惑は、核兵器を全てSAUに集中できるということ。

つまり、ドナルドが独占することを狙っていた。

 

「相談のために八時間ほど間を置きましょう。

置きました」

 

転送して部下と会わせ、洗脳して会話を誘導し、体感時間を操って「八時間後にまた集まった」と認識させる。

実際には三分も経っていない。

 

「答えを聞きましょう」

 

各経済圏の代表達は、それぞれ副代表と視線を合わせて頷き合い、ジャラリと鎖のついたスイッチケースを中央に置く。

 

「「「平和を」」」

 

ルキフグスを討伐し、地球に平穏を取り戻すため。

一人だけ不安そうだったアンリだけが遅れ、

 

「……平和を」

 

小さく呟いた。

 

アグニカは宣誓を告げる。

 

「力に酔わず、力に仕えず、悪を滅ぼすためにその力を振るうと約束する」

 

腕を振り上げ、ダン!と机を腕で叩き、カジノでコインを独り占めするかのように、アグニカがスイッチケース16個全てを抱き締めた。

 

アグニカ・カイエルの、総取り。

 

この上なく分かりやすい光景。

核兵器のスイッチだけではない。

最高機密のスイッチを手にしたということは、各経済圏のあらゆる分野に影響を及ぼす存在になったということだ。

 

 

アグニカ・カイエルが地球経済圏を乗っ取った瞬間だった。

 

16の『核兵器の悪魔(エウアンゲリオン)』を手にするという形で、それは宣言された。

 

 

「最後に、圏外圏への処遇についてです」

 

コロニー落としを実行する圏外圏の人間の憎悪は尋常ではない。

 

どこまで彼らを信じていいか分からない。

恐怖が地球の経済圏を満たしていた。

 

「圏外圏の母性と目される火星。

そこから来た代弁者に、堂々とその想いを語っていただきましょう」

 

皆の視線が入口の扉に集まる。

アグニカが扉を開ければ、予め転送されてスタンバイしていた「革命の乙女」

クーデリア・藍那・バーンスタインが姿を現した。

 

会議室にざわめきが起こる。

 

生死不明だったクーデリアが五体満足で生きていて、しかもこの場に現れる。

 

「誰の差し金ですかな?」

 

デイビット代表はアーブラウ陣営の席を睨み付ける。

クーデリアの動向を把握している人物と言えば一人しか思い至らない。

 

ガタッと席を立つ蒔苗東護ノ介。

 

「儂が呼んだのじゃよ」

 

蒔苗が手招きして、クーデリアは彼の近くへ歩み寄る。

クーデリアが演説する立ち位置はどこでもいいのだが、やはりアーブラウ領内で居てくれた方が、アーブラウの管理下にいることをアピールできるので好都合。

他の三経済圏は、他圏が優位に立つ状況に歯噛みしながら睨みつけてくる。

ピリピリした空気が会議場を覆う。

 

クーデリアはゴクリと生唾を飲み込む。

四大経済圏の代表が集う場。

代表達の目は経済圏の人々全ての目であり、彼らの声は全ての声である。

 

代表個人個人の反応ではなく、背景の権威に圧されそうになる。

 

それでも、歩みを止める理由にはならない。

 

「私はクーデリア・藍那・バーンスタインです」

 

凛々しい声が通る。

 

「この場を御借りして、私が見てきたこと、感じたことをお伝えしたいと思います」

 

デイビット代表が腰を浮かす。

自分に都合の悪い証言をされては堪らないからだ。

 

「きみ…」

 

それをアグニカが手を出して制止する。

 

「色々言いたいことはあるでしょうが、省略しましょう。大切なことだけを聞きたい」

 

「洗脳」によって雑多な「納得」を植え付ける。

不必要な会話はスキップした。

 

「私は…この世界の歪みを目の当たりにしました」

 

クーデリアは語った。

今までの旅で見てきたこと、感じたこと。

火星の逼迫した状況、独立を求める声。

『マステマ』という悪の権化が暗躍し、人々の暗い感情を煽動していること。

その尖兵たる『グレイズ・アイン』の恐怖。

自制心と理性なき暴力は、あのような怪物を産み出すこと。

 

「あんな惨劇を…!地球の人々が望んだものでは無いはずです!」

 

火星や圏外圏の貧困は、地球圏本位の経済政策が産み出したもの。

下地を作り、コロニー落としという大災禍を引き起こしたのは、地球圏の「自業自得」とも言える。

 

それこそが地球圏の心の底にある「弱み」。

特に立場が上の者ほど、「搾取し過ぎたこと」が今回の原因だと、薄々気付いてしまっている。

 

本当に悪いのは自分達だと。

 

だが守りに回れば攻められ続けるのが政治の世界。

虚栄だろうが意地だろうが、自分達の正義を見出だし、産み出していかねばならない。

 

つまり、圏外圏を悪に仕立てあげるしかない。

 

「星間全面戦争」に歩むしか道はないのだ。

ここまでが人類の愚かさを基準とした、文章重複による誤植かと疑いたくなるほど繰り返された歴史。

 

そこに一石を投じることが出来るのは、「革命」の乙女であるクーデリアのみ。

 

「地球圏との関係の見直し。そして煽動する真の悪を倒すことが!この『混乱』を収める唯一の手段です!」

 

クーデリアが言う二つの事柄こそ、世界が抱えた問題の源泉。

 

地球圏とて、圏外圏と泥沼の中で血味泥の殺し合いをしたい訳ではない。

だが支配者としての意地がそれを許さない。

 

今講和を申し込めば、地球圏はコロニー落としという「軍事的行動」の圧力に屈したことになる。

軍事的にも政治的にも敗北。

地球圏に大敗北時代が訪れるだろう。

 

「コロニー落としで脅せば地球圏は言う事を聞く」などと思われたらお仕舞いだ。

 

そもそもコロニーという存在は宇宙にある。

コロニーを根絶やしにしない限りその脅威は存在し続けるため、圏外圏が位置的に有利になる。

戦力も経済力も地球圏が上だったために問題視されなかったが、今回の大判狂わせが発生して立場が逆転した。

 

平和を戦争の準備期間と仮定すれば、「復興」もまた戦争の恣意的行為。

同じ宙域座標にドルトコロニーを再建するなどと言われた日には、「兵器」として併用可能な超質量を領内に建造することになる。

軍事兵器の建築を、指をくわえて見ていることしか出来ない代表など、最早不要の存在。

各代表は圏外圏との不利な講和を認めない。

 

だからこそ、クーデリアという存在は特別だ。

 

彼女だけが、地球圏も圏外圏も認める「正義の心」を主軸に行動していた。

それはコロニー落とし前も後も変わらない。

 

世界が変わっても主義主張を変えなかった唯一の存在。

 

「正しき選択を」

 

彼女の「正義の心」に胸打たれて講和を望んだ、という形にするのが、地球圏のプライドを守れる最大最良の道。

 

威厳を守ることは、今後の復興や講話の持つ意味が違ってくる。

 

クーデリア・藍那・バーンスタインという理想主義者が、外聞と実利を併せ持つという稀有な事例。

 

各経済圏代表は、それぞれ副代表と話をして、頷く。

スィーリは輝かしい笑顔で言った。

 

「我々の望みは変わらんよ」

 

4つの経済圏代表達が、全員立ち上がる。

 

「「「「平和を」」」」

 

そしてクーデリアへ惜しみ無い拍手を送った。

 

外聞と実利を併せ持った平和的な講和案。

地球圏から圏外圏への関係改良と、講和の申し出を出すことで決定した。

 

アグニカの洗脳による会話スキップがあったとはいえ、これほど迅速に対応が決定したのは、クーデリアの持つカリスマと、決して折れない心があったから。

そして、人々が心のどこかで望んでいた、清廉潔白な英雄でありたいという願望。

それをクーデリアに投影することで、時代を動かしたのだ。

 

万雷の拍手が鳴り響く会議室。

 

アグニカは憑きものが落ちたような、清々しい笑顔で彼女を見守る。

 

(素晴らしい)

 

彼女こそ、この時代が求めた『英雄』。

 

大多数の善人が選んだ「正解」だ。

 

この世界を、厄祭戦時代のような狂った世界にはしない。

そのためには、アグニカ以外の英雄が必要だった。

 

四大経済圏とクーデリアが手を組んだ以上、経済圏の下僕であるギャラルホルンもまた、クーデリアを味方であると認識するだろう。

 

アグニカが「武力」をかき集め、クーデリアが「人心」を集めたことにより、地球圏のほぼ全ての力が集まった。

 

アグニカはクーデリアと肩を叩き、そっとその場を離れた。

 

「あとは頼んだぞ」

 

詳しい講和の流れや、クーデリアと代表達の積もる話もあるだろう。

足りない所は蒔苗がうまくバックアップしてくれる。

 

アグニカは次にやることがある。

 

扉に触れることなく、アグニカは会議室から退室した。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り26時間

 

マクギリスはファリド家邸宅の門前に立った。

思えば、火星監査の任以来帰っておらず、数ヵ月ぶりの訪問である。

それ以前、イズナリオに拾われてから士官学校の宿舎に入るまで、ここで養われていたために馴染み深く、そして忌むべき場所でもあった。

 

「よく来たな、マクギリス。待っていたぞ」

 

急な訪問にも関わらず、イズナリオは呼び鈴に応じてすぐさま玄関に出迎えに現れた。

ヘイムダル召喚から一睡もしていないのだろう。

服は部屋着であるものの、肩の『ヘイムダルのマフラー』は外さずに身につけていた。

 

兵士としての礼に則って、マクギリスは深々と頭を垂れた。

 

「SAU前線に向かう前に、一言、ご挨拶に上がりました」

 

「そうか……お前には責務ばかり与えて、ろくな引き継ぎも出来ず、済まないと思っている」

 

マクギリスに与えられた権限は全てアグニカのために捧げられているのだが、イズナリオはその事を知らない。

 

「いいえ。十分な便宜はいただいております。

昼の便でSAUに発ち、先ずは本部に作戦室を作ります。しばらくはウィーンゴールヴに戻ることもないかと」

 

「そうか……まぁ、立ち話もなんだ。上がって、少し話をしていく時間はあるかね?」

 

「ええ。問題ありません」

 

マクギリスは胸の内の感情を一切覗かせることなく、ファリド家邸宅を敷居を跨いだ。

 

邸宅の通路を並んで歩くマクギリスとイズナリオ。

コロニー落としで世界が混乱に陥る中、邸宅は通路から窓に至るまで、埃ひとつなく清潔に保たれていた。

イズナリオの采配で女人禁制であり、男性の使用人が常にしっかりと清掃している。

戦時に於いてもこの余裕ある気配りは、さすがイズナリオといったところか。

 

その使用人達も下がらせている。

イズナリオはマクギリスとの時間を誰にも邪魔されたくなかった。

 

そのマクギリスはアグニカによって派兵された、イズナリオを洗脳するために自室を訪ねた刺客である。

そんな事情は露知らず、ほんの僅かな時間でも自分を訪ねに来てくれる愛らしい息子に対し、イズナリオは父性たっぷりの笑顔で入室を促した。

 

手土産のお茶を振る舞うと言って紅茶に一服盛るつもりでいたのだが、どういう訳かイズナリオは妙に張り切り、自分で紅茶を淹れ始めた。

マクギリスはソファに座り、じっとしているしかない。

茶に『アグニカの血』を入れるのが一番手っ取り早い方法だったが、機を逸してしまった。

 

カチャ、と優雅な手つきでコップを置くイズナリオ。

いつもの真顔のまま、熱を込めた真摯さで語りかけた。

 

「私はお前という息子を得たことを、今でも誇りに思っている」

 

唐突に語り始める。

自室の照明は最小限にしており、全てが暗い藍色に染まっている。

窓からはシャトル打ち上げ用の坂道が見えた。

 

「どうか今後、正式にファリド家の当主として、家紋を引き継いで欲しいと思うのだが……どうだろう?」

 

なんと、イズナリオからファリド家の所有権の委譲を持ちかけられた。

 

「願ってもないお言葉です」

 

マクギリスは謙虚に受け答えする。

仄かな笑みさえ見せて頷いた。

イズナリオを政治的に追いやってでも奪うつもりでしたとは言わない。

 

「まさにお前は、鑑となるべき人格の持ち主だ。ぜひカルタにも見習わせたい。

今回の『ルキフグス討伐作戦』が終わった後も、マクギリス。お前には亡きサイ・イシュー殿に代わり、カルタの後見人として、あやつの指導に当たって欲しいのだ」

 

そう言って、かねてからテーブルの片隅に用意してあった書簡を差し出した。

この世界では珍しい「手紙」である。

マクギリスはそれを受け取る。

 

「まぁ……簡略ではあるが、遺言状のようなものだ」

 

そう言ってからイズナリオは、まるで柄にもないことを口にしてしまったかのように、決まり悪げな苦笑を浮かべた。

 

「『万が一』、ということも考えておくべきだと思ってね」

 

なにせコロニーが落ちてくる時代だ。

何があっても不思議ではない。入念な事前準備こそ、イズナリオの人生を磐石にしてきた方法だ。

 

「お前にファリド家の家督を譲る旨の署名と、それからアレの後見人として、お前を指名しておいた。

これがあれば、あの暴れ馬もお前の言うことには逆らえん」

 

「お任せを」

 

マクギリスにしてみれば、そのどちらも朝飯前のことだ。

 

「カルタを御すことは簡単です。

それよりも、ファリド家の家紋については、責任をもって守らせていただきます」

 

イズナリオはじんわりと沁みるように目を閉じ、爽やかな笑顔で顔を上げた。

 

「ありがとう。マクギリス」

 

安心しきった様子で、短い言葉に重い謝意を込める。

さらにイズナリオは、机の上に置いてあった黒檀の細長い木箱を手に取り、マクギリスに渡した。

 

「……これは?」

 

マクギリスにも心当たりがなく、やや上擦った様子で聞く。

 

「お前個人に対して、私からの贈り物だ」

 

マクギリスは木箱を両手で受け取る。

ずしりと重みを感じる。

じっと観察するマクギリスに、プレゼントをあげた父親のような笑顔で、イズナリオは「開けてみたまえ」と促した。

 

天鵞絨(ビードロ)の内張りの中に、一振りの瀟洒な短剣が収められていた。

 

「……」

 

じっと見つめて固まるマクギリス。

 

「『アゾート剣』だ」

 

イズナリオは困ったように笑う。

 

「我が一族の当主は、代々その……奔放でな。跡継ぎの問題が絶えなかった」

 

隠し子や不義の子が絶えず現れては消えていくドロドロの家系。

 

「そこで正統継承者に、正式な手順で家紋を継がせる場合にのみ、その『アゾート剣』を与える風習が作られたのだ」

 

「それは知りませんでした」

 

マクギリスも初耳である。

もし謀略の果てにイズナリオを蹴り落としたとしても、マクギリスは正統継承者になれなかったのだろう。

 

「お前がファリド家当主として、その資質を認められた証の品だ」

 

よく見れば、短剣の刃には印字が彫られており、隠すべきデータをこの剣に秘蔵しているのだろう。

文字通りファリド家の全てを手に入れたマクギリス。

その鋭利に研ぎ上げられた切っ先を、じっくりと時間をかけて眺めた。

全ての感情をうち消した面持ちも、イズナリオの目には、父からのプレゼントに感激極まっているものと映った。

 

「至らぬこの身に、重ね重ねのご厚情…感謝の言葉もありません。父上」

 

アゾート剣を両手に持ちながら、真っ直ぐ目を見て礼を言う。

 

「お前にこそ感謝だ。マクギリス」

 

ようやく心を通わせた息子との、なんと知的で理性的で優雅な会話か。

これこそが本物の親子愛だと、イズナリオは確信した。

 

「これで私は、エリオン公との因縁の戦いに専念できる」

 

たとえ自分が失脚したとしても、後継者であるマクギリスが、ファリド家を、ひいてはギャラルホルン全体をより良くしてくれるだろう。

無垢なほどに澄んだ笑顔。

 

ふと時計を見れば、思った以上に針が進んでいる。

 

「もうこんな時間か」

 

名残惜しそうに、しかし優雅に、話の区切りをつけるイズナリオ。

 

「長く引き留めてしまってすまないね」

 

自らドアを開けて送り出そうと、立ち上がり、入口へと向かうイズナリオ。

 

マクギリスも立ち上がる。

ヒュン、とアゾート剣で素振りする。

その刃には『アグニカの血』が塗られていた。

 

「飛行機の時間に間に合うといいのだが……」

 

マクギリスはゆっくりと後を追う。

 

「いいえ……」

 

あまりにも無防備すぎる背中を眼前にさらけ出す、父親の後を。

 

「心配は無用です。父上」

 

「んん?フフ……」

 

ちゃんと時間配分も計算している不肖の息子に、笑みが溢れるイズナリオ。

 

その背中に、少しずつ歩みを早めて近づいていく。

 

トン……トン……と床が軋む音が耳に入る。

その音の間隔が狭まり、イズナリオの背中が近付く。

それだけ刺す場所は広くなり、命中させるのはあまりにも容易になる。

 

トン!と足音が弾むのを聞いた。

マクギリスは朗らかに笑った。

こんなにも胸が躍り、心から笑顔になれるのだと事実に驚いた。

 

ドスッ、という生々しい音がした。

 

「……あ?」

 

イズナリオはカハッと息を吐き出した。

 

「ア  ア  ァ……ァァ?」

 

瞼は見開かれ、瞳は小さく収縮している。

 

目線から先に、後ろにいるはずの愛息子を振り返ろうとする。

 

親愛と信任の証たるアゾート剣の切っ先は、肋骨の隙間から滑らかに侵入し、心臓の真ん中を突き破っていた。

兵士として修練を積み、幼少よりスラムで他者を殺し続けたマクギリスならではの、正確無比な刺突であった。

殺意も、何の予兆もなく、刺されたイズナリオでさえも、胸の激痛が何を意味するのか咄嗟に理解できなかった。

 

ポタポタポタ……と血が溢れ出る。

 

マクギリスは暗がりに隠れ、目元が見えない。

だが、確実に笑顔で、決定的な台詞を口にした。

 

 

「元より飛行機の予約など

 

して

 

おりませんので」

 

 

その眼差しに理解の色が宿ることは無かった。

 

「えはぁ……」

 

イズナリオの視界が回る。

部屋をぐるりと一周し、自分とマクギリスの姿を想像する。

まるで第三者の視点のように、鮮明に、それゆえに凄惨に、マクギリスがイズナリオの心臓を刺した光景が見えてしまった。

 

「ぅぐ……グぉ  アアア」

 

やがて力尽き、膝から折れて前のめりに倒れた。

 

ドサッ、と荷物を投げたような音がする。

人の身体とは、意思の力が無ければ肉の塊。

その無情さを現す、哀れな死に顔と背中だった。

 

アグニカの血が体内を暴れ回り、不要な血は喀血のように吐き出され、上質なカーペットを血の池にしていく。

破壊された心臓の役割も果たすアグニカの血。

治療用ナノマシンよりも遥かに優れた延命装置と言えた。

 

「父上…」

 

自らの生きる道を疑い、石橋を叩いて渡るような慎重な人間が、親愛などという幻惑の霧に騙され、足許に口を開けた陥落に、ついぞ目を遣ることが出来なかった。

 

「貴方も本当の我が父と同じ、最後の最後まで、俺という人間を理解できなかったのですよ」

 

愉悦を味わう笑顔で見下ろしていた。

 

空間が歪み、アグニカが姿を現した。

議長服を着るのに疲れたのか、服装はラフな黒いシャツとジーパンであった。

 

「終わったか?」

 

「たった今」

 

アグニカはイズナリオの変形した顔を見た。

 

「随分呆気なく死んだな」

 

「まだ死んではいないと思いますが」

 

侮蔑も露に、アグニカはイズナリオの頭を爪先で小突いた。

首が玩具のように揺れるだけで、仮死状態のイズナリオは無反応だった。

 

「ラスタルがイズナリオと個人的に連絡を取り付けていたようです」

 

「ほお?」

 

先程イズナリオが漏らした言葉。

おそらく、正統な当主にしかアクセスできない秘密の連絡チャンネルがあるのだろう。

 

「なら、ちょっとした余興をやるか」

 

「どのような?」

 

フフ、とアグニカは笑う。

 

「それよりもマクギリス。これでお前は、疑いを晴らした訳だ」

 

マクギリスはマステマと協力関係にあったが、それでもアグニカに忠義を通すということ。

 

イズナリオを刺したその短剣で、改めて星屑の儀式を行う。

アグニカはマクギリスの首元にアゾート剣を構える。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。『聖杯』のよるべに従い、この意、この理に従うのならーーー」

 

「誓います」

 

マクギリスは待ちきれないとばかりに答える。

 

「貴方の力を、我が血肉と成します。我が永遠の主よ」

 

契約は完了し、今ここに、現世において最強最悪の一組が誕生した。

 

「お前に新たな『力』を与える」

 

アグニカの手による『阿頼耶識手術』が始まる。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り25時間

 

アグニカ・カイエルの手による、マクギリス・ファリドへの阿頼耶識手術。

 

最高峰の設備が整う病院。

その施設ごと洗脳し、準備は万全だ。

 

アグニカは髪をキュッと縛り、手術帽とマスクをつけた。

白い手術衣に着替えており、清潔な手袋をはめている。

 

主術者はアグニカ・カイエル

助手にソロモン・カルネシエル

 

補助にナノマシン技術者イズン・アップルツリーマン

監督医師にハザマ・ブラックマン(ガエリオがつけたボードウィン家専属医)

 

 

アグニカは両手を掲げる。

 

「これより」

 

アグニカが行うのは人類史上初となる、

 

転送技術と阿頼耶識手術を掛け合わせた

 

 

「『運命阿頼耶識手術(フェイト・アーラヤ・オペレーション)』を開始する」

 

 

フェイト(F)アーラヤ(A)オペレーション(O)

人体内部にナノマシンを転送することで移植手術を行うという前代未聞の試み。

 

異物が体内に入る拒絶反応や、スペースが圧迫されて内部出血などで死に至ることは容易に想像できる。

 

致死率の高い手術、その第一実験体に志願したのは他でもない。

 

アグニカを崇拝し、その領域に近付くためならどんな狂気的行動も成し遂げる怪物

 

マクギリス・ファリドである。

 

手術が開始される。

 

失敗すれば『ハエ男』になる恐怖。

 

しかしマクギリスの表情は穏やかだ。

 

アグニカとて、成功させるために最大限の努力をする。

極限まで意識を研ぎ澄ます。

ナノマシンの転送入と血液の転送出を同時に行うこと奇跡を可能にした。

 

阿頼耶識手術の欠点である、ナノマシンの体内流通を血流任せにすることも、転送すれば適した場所に適した量を行き届けさせられる。

 

マクギリスの生体データは遺伝子レベルで脳内にインプットしている。

そのうえで細胞や遺伝子にまで『洗脳』をかけて拒絶反応を中和するという強硬策に出た。

これが寿命や子孫にどんな影響を及ぼすのかはアグニカにも分からないが、アグニカに追い付けるのなら未来をなげうってもいいマクギリスにはリスクですらない。

 

阿頼耶識の本質は、脳内に空間認識を司る部位を人為的に作り出すことにある。

 

脳細胞から作り替える勢いで、アグニカによる手術は進む。

マクギリスが元に戻ることはないだろう。

 

モビルスーツとの神経接合をスムーズにするため、全身を変えていく。

 

ただナノマシンとピアスを打ち込むだけの圏外圏式手術とは違う。

 

マクギリスという肉体をゼロから作り直すための手術だ。

 

 

 

 

 

無人の廊下は無機質で冷たい空気が流れている。

薄暗い照明の下、緑色の硬いベンチソファーに座るのは、ガエリオ・ボードウィンである。

頭を抱え、髪をくしゃくしゃと掻きむしる。

 

(止められなかった……)

 

結局、身体に異物を埋め込むという禁忌を犯そうとするマクギリスを、ガエリオは説得することが出来なかった。

 

親友が遠くに行ってしまう。

 

マクギリスにどんな過去があろうと、ガエリオは受け入れるつもりでいた。

心の違いも、一応は分かり合えた。

だが身体の違いは決定的だ。

 

悪魔の領域に片足を突っ込むのだ。

いつ悪魔の側に呑み込まれるか分からない。

グレイズ・アインという化け物のように。

ガエリオはそれが怖い。

 

手術室の扉から、中の声が聞こえてくる。

 

(ーーー50切ってます!)

 

(クソッ、低いな……ーーーフィリン投与!)

 

(とにかくこのままーーー)

 

 

ピーーーーーーーーーーー

 

 

(駄目です!!ーーーません!)

 

(もう一度だ!打て!!ーーーを!)

 

 

白熱するアグニカ達の声。

 

「オゴォォォエボォォォガアァィアアァアァア!!!!!!!!!!!!!」

 

マクギリス・ファリドが嘔吐する声が、ここまで鮮明に聞こえてくる。

 

思い出すのは、心身共に健康だった子供時代のこと。

より一層、あの頃が煌めいて、輝いて見える。

もう帰れない、全てが純粋だったあの頃。

 

あの思い出の延長線上がここなのか。

いくら自問しても答えは出ない。

 

あの時の自分が、ただ震えて待つしか出来ない自分を見たら、なんと言うだろう?

分からない。

僕を睨む僕がここにいる。

 

アグニカ・カイエルは時間感覚さえ操るという。

ならば、こんな辛いだけの時間は、取り払ってくれないだろうか。

そんな弱気な考えを投げ捨てる。

 

この苦しく、悔しい時間さえ、人として自分が抱えるべきものだと、ガエリオは自分に言い聞かせた。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り24時間

 

気付けば人類に残された時間はあと一日だ。

 

地獄の改造手術が終わり、安定したマクギリスをガエリオとボードウィン家の医者に託した。

 

アグニカとソロモンは手術服を脱ぎ、新たな戦場へと向かう。

 

黒いスーツを着た二人は、次なるセブンスターズの家へと飛んだ。

 

 

ボードウィン家当主、ガルス・ボードウィンとアグニカは、ガッチリと熱い握手を交わした。

 

「アグニカ殿が参戦してくれれば百人力だ」

 

「正義の御旗の下、戦いましょう」

 

アグニカのやっていることは『悪』であるものの、その根底にあるのは『正義』と言えるものであり、そこを前面に押し出して洗脳をかければ、ガルスのような正義感が強く仲間意識に厚い人物は容易に記憶改竄できる。

 

それを映像で見たガエリオの驚愕と怒りと絶望と諦感の混じり合った表情は筆舌に尽くしがたい。

 

これによってセブンスターズは五家の当主を洗脳し、配下に加えたことになる。

残るはエリオン家とクジャン家。

 

そのクジャン家の若き当主、イオク・クジャンが驚くべき発表をしたと言う。

 

「ついさっきか。手短に説明してくれ」

 

マクギリスの手術中のことらしい。

アグニカはセブンスターズ会議用の資料を作りながら、ソロモンに説明を求めた。

 

「地球圏、ギャラルホルンは圏外圏を敵とみなし、全面戦争を仕掛けるつもりである。

アリアンロッドはそれに異を唱え、圏外圏の秩序回復、講和を目指して援助するものである、と声明を出した」

 

ソロモンが簡潔に説明する。

 

「先を越されたな」

 

アグニカがニヤリと笑う。

ラスタル・エリオンは先手を打ってきた。

地球圏はやっと経済圏代表達の意見が纏まった所で、まだ報道をしていない。

圏外圏への講和の意思があることを伝えられていないのだ。

そこでラスタルは、「まだ発表していない」という事実を悪意を持って解釈し、「講和の意思がない」と報道した。

 

おそらく表現としては「未だに結論出ず」「講和の道は険しい」などとグレーな言葉選びを多用し、マイナスイメージを植え付けた。

 

すかさず畳み掛けるように「それでもアリアンロッド艦隊は圏外圏の味方です」と伝えることで、ラスタルが正義、地球が悪という図式を成り立たせた。

地球圏との断絶も覚悟で、圏外圏を自陣営に取り込みにきた。

 

地球環境での影響力が下がっていることを、ラスタルも理解しているのだろう。

そこで圏外圏を統合し、反乱を抑える役割だけでもこなしておけば、地球に帰還した際にも顔が立つ。

実利と外聞を得るために、節操なく迅速に動いた。

おそらくラスタルの想定した状況の一つなのだろう。

対応策を大筋でマニュアル化していたに違いない。

先見の明と抜かりない事前準備。

 

「悪くない」

 

アグニカが着目したのは、通信の断絶を利用した情報戦、人心操作の妙策。

地球圏と圏外圏の通信は未だに途切れ途切れだ。

ギャラルホルン側もラスタルとの確執から、宇宙との連絡を密にすることを避けていたが、それは宇宙にいるラスタル側も同じだったのだ。

 

お互いの状況と話の進み具合が分からない中、地球圏ではなく圏外圏にだけ声明を発する。

そんなことをすれば火星や圏外圏を刺激する、という地球側の意見も、連絡が取れなかったのだから仕方が無いと真顔で答えるだろう。

 

「なら、地球圏に残って国際チャンネルを閉ざしている「何者か」が居るはずだ」

 

ギャラルホルンでも政治関係者でもない第三者。おそらくラスタル・エリオンの私兵。

アグニカは国際チャンネルの通信設備が集う、SAUバージニア州にある「ラングレーリサーチセンター」に飛んだ。

 

宇宙との交信を目的とした施設。

多数のモニターで埋め尽くされた、首脳部である司令室に現れ、全員を洗脳して動きを止めさせた。

 

アグニカは一つの席が空席であることを見つける。

匂いや体温など、人が残す痕跡の他に、アグニカは残留思念や魂の温度の残りを見分け、つい先程まで「何者か」が居たことを察した。

 

ぐっと右腕を差し出す。

 

宙を待っているのはエイハブ粒子。

おそらく「何者か」はエイハブ粒子を利用した「転送装置」でこの場から脱出したのだろう。

基地への潜入にも役立つが、脱出にも大いに役立つ。

 

アグニカが試みているのは、残留エイハブ粒子から移動先の座標を突き止めることと、なんとか「引き戻す」ことが可能かを確かめている。

 

目を閉じて意識を集中。

電流ケーブルを光が流れるようなイメージ。

転送された先は、月。

アリアンロッド艦隊が駐留する月面基地だ。

 

爪をたてるように指に力を入れる。

メキメキと部屋が揺れ、建物自体が震えている。まるで地震のようだ。

なんとか転送された人物を呼び戻そうとするも、吸引力が足りないようで、引き戻すことは出来なかった。

 

アグニカは腕を下ろす。

 

「やはり制御下にないエイハブ粒子は操り難いか」

 

アグニカが支配するエイハブリアクターから生成されたエイハブ粒子でない限り、そのエイハブ粒子が起こす転送技能を全て制御することは出来ない。

 

アグニカが産み出すエイハブ粒子は緑色。

マステマが操るエイハブ粒子は赤色だった。

 

残留エイハブ粒子はそのどちらでもないオレンジ色。

おそらくラスタルは、アグニカからもマステマからも支配されないオリジナル色のエイハブ粒子の抽出に成功したのだろう。

 

万能に思えた『運命(フェイト)』の転送能力の制限。

敵側のエイハブ粒子が濃密散布された場所には転送できない。

アグニカが転送できるのは敵のエイハブ粒子が存在しない場所。

あるいは存在しても自分側のエイハブ粒子がある程度散布されている場所だけだ。

 

そしてラスタル陣営の月面基地には、超濃度のエイハブ粒子が散布されている。

 

つまりアグニカは、ラスタルがいる場所に直接転送することは出来ないという訳だ。

他のセブンスターズを軍門に下した、背後に転送で現れて洗脳という必勝パターンが使えない。

転送に気付いて洗脳に抗う者も、アグニカの圧倒的暴力で屈服させた。

 

バエルゼロズを月面基地の近くに転送し、直接殴り込みをかけて司令部に乗り込み、ラスタル本人を撃つという血みどろの方法を取る必要がある。

というより、それこそが本来の戦争であり手段である。

 

蛍の光に手をかざすように、アグニカはオレンジ色の残留粒子を撫でた。

 

ラスタルの尖兵は、圏外圏との通信断絶を遂行し、尚且つアグニカからも逃げ切った。

 

「やるな」

 

監視カメラの映像も削除されている。

アグニカが魂の残り香で朧気な姿を映し出させる。

髭と眉の濃い体格の良い男。

 

「ティーチに似てる」

 

アグニカは厄祭戦時代の部下と容姿を重ねる。

300年も経っているので血は遠くなっているかもしれないが、不思議と容姿が似ている者が多いため、ついつい昔と重ねてしまう。

厄祭戦時代のティーチ家はエリオン家とも親交があったはず。

片手間に調べさせることにした。

 

「『跳ぶ者(ジャンパー)』か。マステマ以外にも、ここまで早く実戦投入する奴がいるとは」

 

転送の力で世界中を飛び回り、軍事作戦を行う工作員を、アグニカはジャンパーと呼んだ。

 

もう同じ手は使えないとはいえ、圏外圏への先んじた報道を成し遂げたラスタルの勝利だ。

ソロモンが新しい情報を仕入れる。

 

「クジャン家がまた声明を出したぞ」

 

ラングレーリサーチセンター司令室のモニターで映像を見れば、イオク・クジャンが圏外圏にある武器類の回収を宣言していた。

また、禁止兵器の回収と使用も手段の一つであると強弁。

 

奇しくも、アグニカとラスタルのやり方は同じ。

 

人心掌握と権利の集中、戦力の独り占めである。

 

それが地球圏か圏外圏かの違い。

 

「『先に手を出したのはあっち』だ。

これは利用できるぞ」

 

アグニカは邪悪な笑顔を浮かべた。

 

相手が徒党を組むから、こちらも団結しよう、というのは昔からある敵味方の区別と組織化を図る決め台詞。

 

地球圏の団結はクーデリアの決意に感化された「善意と理性」がストーリー付けされているので、

圏外圏の団結は「悪意と混乱」という表現で通せる。

 

自分達を称賛して相手を貶す。

これは組織化の団結力を強めるために必要不可欠。

 

ラスタルを悪者に仕立てあげる理由も、「出る杭は打たれる」という常識から作っていけばいい。

最初から悪者として扱うのではなく、孤独の道を行くラスタルを気遣う「ラスタルさん大丈夫?ちょっと調べさせてもらうね?」という善意から調査を始めた結果、汚職と悪行がボロボロ出てきた、という流れで対外的には通用するだろう。

 

ラスタルはわざわざ目立つ行動を起こして口実を与えた。

そのリスクを差し引いてでも、圏外圏の戦力を掻き集めたかったのだろう。

地球圏の支配力を最初から諦めている判断の早さも気持ちがいい。

 

そしてアグニカが注目したのは、イオク・クジャンの「禁止兵器を含めた兵器の使用」という発言だ。

 

法律で禁じられている破壊兵器。

アグニカからすればモビルアーマーを倒すために必要な強力アイテムなのだが、この三百年の平和が築いた法律を無視する訳にもいかない。

経済圏の代表とセブンスターズを洗脳して無理矢理使用するつもりでいたが、考えが変わった。

 

「合法ダインスレイヴ……」

 

「なんだって?」

 

アグニカの呟きに、ソロモンが耳ざとく反応した。

危険な言葉に「合法」と付けると余計に怪しく聞こえる。

 

「『法律改正』だよ」

 

戦時政権が成立するのだから、戦時法律改正が起こるのは当たり前。

禁止兵器を定めた国際法を、根本から変える。

 

兵器の使用を定める法律は、大きく分けて二つの観点から審議される。

 

「必要性」と「人道性」

 

「そこまでする必要があるのか?」

「人が死にすぎて残酷じゃないか?」

 

という非難に対する反論、言いくるめが必要になる。

 

対モビルアーマー戦では、「奴らは無駄に頑丈だから破壊のために必要」「無人兵器だから人道なんて無いです」と簡単に説明できる。

 

圏外圏の人達の人権を尊重するとは言ったが、地球に侵攻してきた『ルキフグス』に情け容赦は無用、という言い訳も立つ。

 

そのための第一歩として、アグニカは

 

「イオク・クジャンを『ダインスレイヴ合法化の神様』として祭り上げよう」

 

邪神崇拝を地球規模で催すと宣言した。

 

 

世界は「英雄」を求めている。

マステマのナノマシンを焼き払い、恐怖心の抑えを外してしまった反動だ。

 

その流れに乗って、イオク・クジャンの英断

「武器を取れ」と民衆に訴えかけるイメージ映像は、瞬く間に世界に浸透した。

クジャン家、そしてエリオン家はこんなプロモーションビデオを製作した覚えなどない。

 

アグニカの洗脳光をフル活用した映像を、ソロモンが編集してテレビ局から流している。

 

「俺が全人類を洗脳して戦わせるんじゃ意味がない。裏側からやる気を出すように盛り上げるだけさ」

 

アグニカはあくまで裏方から出ることはない。

全ての社会的運動、その矢面に立つのは「現世の人間」だ。

今回、ダインスレイヴを始めとする禁止兵器の使用に踏み切ったのも、イオク・クジャンが世界の人心を動かしたという脚本に仕立てる。

 

ギャラルホルン内でも

 

「「「イオク様アァァァアーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」

 

という声援が送られている。

 

イオク・クジャンの愚かさ、クズさを知っている者からすれば拷問のような光景だが、アグニカはイオクにも使い道はあると言う。

 

邪神イオク・クジャン。

 

初代クジャン家当主にも、異教の邪神のような一面はあった。

アグニカは懐かしむように目を細めた。

 

「どんなクズが相手だろうと全力で使い潰す。それがアビドの口癖だったなァ……」

 

微妙に違う気もするが、アビド・クジャンの遺した言葉は、廻り廻って、子孫であるイオク・クジャンに降りかかろうとしていた。

 

赤い雨のように……

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り22時間

 

月面基地の最奥にある司令室。

 

ラスタル・エリオンはクリーニングした制服をきっちりと着こなし、襟を絞め直した。

地球圏との最重要な対談。

イズナリオ・ファリドとの一対一での対話だ。

 

おそらくイズナリオは、この状況をラスタル崩しの好機と見ている。

地球圏での影響力を奪い取った後、アリアンロッド艦隊の戦力も吸収する腹だろう。

 

その状況を打破するべく、ラスタルは交渉を取り付けた。

 

通信が繋がった。

 

モニターに暗い部屋が映し出される。

教会内のような広い部屋。

礼拝堂を柔らかく照らし出す燭台の灯とは裏腹に、静謐すぎる空気はまるで凍えたようき静止している。

どこか墓所じみたその気配に些細な違和感を感じたラスタルではあったが、それも薄ぼんやりと浮かび上がるイズナリオの後頭部を見た瞬間、即座に頭を切り替えた。

 

モニターに背を向けるように、イズナリオは座っていた。

 

「ようやく会えましたな、ファリド公」

 

ラスタルの気さくな挨拶にも無反応。

完璧な黙殺を、イズナリオなりの傲岸な態度と理解して、やや気分を害するラスタル。

 

「実家が消し飛ばされ、エリオン家は終わりと思っているかもしれないが、甘かったですな。仕事と私情は分けているのでね」

 

ラスタルが苦境から甦る「悲劇の英雄」を演じる可能性を、イズナリオは想定していただろうか。

地球圏での信用を取り返す方法など幾らでもある。

総本山にコロニーが落ちるなどという劇的な状況を、涙ながらに語るラスタルの言葉に、人々は共感するだろう。

特に被害者であるSAU市民は。

柄にもない熱演で茶番を催してみせる。

 

とはいえ、ここまで話してもイズナリオは無言だった。

身じろぎ一つしない。

まるで死後硬直か、あるいは仮死状態のように。

 

「ファリド公…?」

 

ラスタルに悪い予感がよぎった直後、暗い部屋に強烈な光が差し込んだ。

その場にいないラスタルですら反応してしまう強い輝き。

 

礼拝堂の通路の先。

 

扉が大きく開かれ、アグニカ・カイエルが光の中に立っていた。

 

ズカズカと教会内の通路を歩く。

その一歩後ろの左右には、「ソロモン・カルネシエル」、そして「マクギリス・ファリド」がいる。

その後方には『革命の乙女』「クーデリア・藍那・バーンスタイン」

『鉄華団』団長「オルガ・イツカ」

『童子組』の「虎熊童子」

『アスカロン傭兵団』の「エウロパ」、「チクタク」。

 

さらにその後方には『セブンスターズ』の当主

「カルタ・イシュー」

「ガルス・ボードウィン」

「ネモ・バクラザン」

「エレク・ファルク」

いつの間にか「イズナリオ・ファリド」もそこに並んでいる。

 

その後方には『四大経済圏』代表

「ドナルド・ポーカー」

「デイビット・クラウチ」

「スィーリ・メッレーナ・シソーファツゲン」

「アンリ・フリュウ」

その背後に「蒔苗東護ノ介」

 

そのさらに背後にはギャラルホルンの有力な『家』の当主達

 

イズナリオ・ファリドの配下の家

北の「テーレー・パーフィケーション」

東の「カーラ・ネメシス」

南の「カリス・タリスマン」

西の「ロン・マルタ」が十字軍の甲冑を装備して軍靴の行進音を鳴らす。

 

ガルス・ボードウィンの私兵

「ジークフリート」部隊と、その隊長である老兵「シグルス」が宣誓用の儀礼槍を構えている。

 

カルタ・イシュー直属の部下である

カルタ親衛隊8人が寸分狂わず完璧な行進をし、イシュー家配下の家である「シマズ家」、「ツシマ家」、「殺生院家」が並ぶ。

 

エレク・ファルクの妻であり医療業界の裏支配者とまで呼ばれた女「リナリー・ファルク」

ナノマシン研究権威「イズン・アップルツリーマン」

ファルク家配下の「エスクド家」、「ニコラウス家」が並ぶ。

 

ネモ・バクラザン配下の家

「リッパー家」、「ソルト家」、「刑部家」が並び、地球海洋艦隊の艦長達が整然と並んでいる。

 

クジャン家配下の家

「ベイル家」も既に洗脳され、地球に居ない「リジー・ボーデン社」と「ゾディアック社」の社長も列に加わっている。

 

とどめにエリオン家配下の家。

ラスタルに忠誠を誓ったはずの当主達

「デューク家」

「スコーピオン家」

「オリオン家」

「阿修羅家」

「クロウリー家」

「アンダーソン家」までもがアグニカの軍門に下っている。

 

その他重鎮政治家や企業人、著名人が続き、軍隊のパレードのようだった。

 

視覚的に強烈なインパクト。

 

アグニカがやりたかった「余興」というのは、ハーメルンの笛吹きのことだった。

 

アグニカがモニター前に辿り着き、歩みを止める。

それに合わせて、魔王軍の行進がピタリと止まった。

礼拝堂に響いていた軍靴の残響がやみ、鼓膜を痺れさせる静寂が訪れる。

 

アグニカは手を前に差し出し、笑顔で言い放った。

 

「お前も部下にならないか?」

 

「ならない」

 

アグニカの勧誘に対し、ラスタルは即座の拒否した。

アグニカは通信妨害の見事な手腕を踏まえ、ラスタルを高く評価していた。

 

「見れば分かる。お前は転送装置を使った新しい戦争に適応しようとしている。

部隊への適応も済ませているな。実戦部隊において完璧の領域に近い」

 

転送装置の力が戦争の形態を大きく変える。

ラスタルは早くから転送装置の脅威に気付き、対策を取っていたのだ。

 

「この世で唯一、ゼロから転送装置部隊を作り出した人間の集団だ。

俺でも、マステマでもない。どちらの協力もなしに、独自でだ。素晴らしい。

俺とお前は対等だ」

 

「なら、貴様の軍門に下る必要は無いな?」

 

先見の利でいえば、アグニカとラスタルの予想と行動は似通っている。

 

「転送装置は戦争の『消費』という性質を飛躍的に加速させた。

材料となる鉄資源が豊富な宇宙空間よりも、「生産設備」が整っている地球圏の方が、長期的に見て有利なんだよ」

 

今はまだ対等かもしれない。

お互いに不干渉を貫ける間柄だ。

しかし将来は?戦争が進み、長期化した場合は?

 

「なにより、俺にはお前に無い『知識』を持っている」

 

額をトンと指差すアグニカ。

 

「転送装置は無から有を産み出す技術じゃない。あるものを持ってくるだけ。どこに兵器があるかを知っていなければ、転送装置の価値は半減だ」

 

「魅力には感じない。何故なら「信用」が欠けている」

 

アグニカによる交渉を、ラスタルは「信用出来ない」と切り捨てる。

当然といえば当然の話。ラスタルは言葉を続ける。

 

「私は貴様を『蟲』の一種ではないかと疑っている。

奴らと敵対しているのも、自作自演の類いではないかとな」

 

そもそも厄祭戦だって、どこまで事実でどこまで自作自演かを疑って読むタイプの人間だ。

 

「俺が降伏し、全てを差し出せば、信用してくれると?

代わりにアリアンロッド艦隊がマステマを倒してくれるか?」

 

アグニカは両手を広げてみせる。

ラスタルは鼻を鳴らす。

 

「それは我々が決めることだ。奪った技術にも精査が必要。どれを喰らいどれを捨てるか、強者のみが決める」

 

「海賊みたいなこと言ってるな」

 

この世界では敵の兵器の鹵獲が有効である上、転送装置の技術は奪えば奪うほど有利だ。

方法が海賊に似通うのも無理はない。

 

「だが地球圏は俺が掌握した。火星圏もクーデリアがいるから、人心はこっちが掴むぞ。月面基地とコロニーだけでやっていけるか?」

 

「自分の心配をした方がいいな。自称アグニカ・カイエル」

 

冷たい鉄仮面を外さないラスタル。

喰うか喰われるかの舌戦だ。隙を見せる訳にはいかない。

 

「それまで地球が青い星でいられる保証もない。革命の乙女がヒロインでいられる保証もな」

 

「事実だけが信用できるってことだな」

 

アグニカが積み立ててきた戦力の基盤を信じられないという。

 

ラスタルの心を動かすのが外聞でも実利でもなく「事実」だけならば、彼を取り込むために必要なのは……

 

来たる『地獄の門』開門の時、正義の御旗を掲げ続けられるかどうか。

 

「俺たちは地球圏戦力で『ルキフグス』を倒す。それが達成され、「事実」に昇華した時、もう一度、俺と手を組むことを考えて欲しい」

 

「おお、考えてやろう」

 

あくまで上から目線のラスタル。

次の交渉の約束を取り付ける。これは大きな意味を持つだろう。

 

「そしてそれまでの間、「協力」せずとも、俺たちの妨害に回ることはしないと約束してくれ」

 

アグニカの軍門に下らなくてもいいが、マステマの味方になることも止めて欲しい。

 

これに対し、ラスタルは不遜な態度で胸を張った。

 

「我々の利益に反しない限りはな」

 

これまで通りアリアンロッド艦隊の利益追求は行うが、それが確保される範囲で、アグニカに悪意ある行動はしないと約束した。

あくまで口約束なので強制力はないと、ラスタルは軽い認識をしていた。

 

「これは『契約』だ」

 

ラスタルはビクリと身体を震わせる。

アグニカの目には、妖しい光が灯されていた。

 

「お互いが契約守る限り、どちらも生き残る。ただし契約を守れなかった者は魂が砕けて死ぬ。

そういう『契約』を……呪いをかけた」

 

「馬鹿な」

 

ラスタルの頬に冷や汗が伝う。

『蟲』による洗脳を防ぐため、モニターには特殊な遮光効果、音声には解析プログラムをつけている。

備えは万全だったはずだ。

 

「お前は『魂の対話』について理解していないだろう。魂に刻まれる絶対遵守の契約については?」

 

「……」

 

嘘か本当か分からない。

アグニカの言葉を否定する材料がない。

戯れ言だと切り捨てることも出来ない。

何故なら相手はアグニカ・カイエルだからだ。

 

交渉を成立させるのは『暴力』。

肉体的、精神的、どちらであろうとも、やはり『暴力』が全てを解決する。

今回の場合、アグニカの精神的暴力が、ラスタルに甘い考えを許さなくなった。

 

「最後に、この新しい戦争の戦い方を教えよう」

 

アグニカによる情報提供。

ラスタルの持っていない情報とやらの真偽を確定させるためだろう。

 

「転送装置も万全じゃない。エイハブ粒子散布環境下でなければ能力を発揮できない。

つまりエイハブ粒子をばら蒔く『陣取りゲーム』の様相を呈する」

 

エリアを自分色に染め、その陣地内だけ行軍できるゲーム。

 

エイハブ粒子散布装置を御旗のように掲げ、戦争に配置する。

 

物理的な領地の奪い合いだけでなく、エイハブ粒子の散布濃度を争うなくてはならない。

 

「エイハブ粒子を可視化した映像を作ってくれた」

 

ソロモンが光学映像技術の粋を凝らし、不可視な程度の少ないエイハブ粒子でさえ見ることができるシステムを作り上げた。

 

アグニカが新しいモニターを転送する。

そこに映っているのは、『ルキフグス』の住み処、『魔王城ヴァラスキャルヴ』である。

 

その光景に息を飲むラスタル。

 

ヴァラスキャルヴからは、とんでもない量のエイハブ粒子が溢れ出し、天と昇る勢いだった。

 

その映像に色をつけると。

 

赤い炎が、ヴァラスキャルヴから沸き立っているように見えた。

 

「『業火』…!」

 

ラスタルの口から漏れた言葉こそ正解。

 

ヴァラスキャルヴ周辺に展開される超大量のエイハブ粒子。

あれほどの粒子散布量ならば、さぞ大量の物量が「転送」できるだろう。

 

『地獄の門』開門とは、ヴァラスキャルヴから大量のモビルアーマーが転送されて姿を現すこと。

モビルアーマーはそこからしか出てこない。

 

 

地獄の業火がそこにはあった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り20時間

 

モニターが閉じられ、礼拝堂には暗闇と沈黙が戻っていた。

 

アグニカはくるりと列の方を振り返る。

 

「ラスタルは『不可侵条約』を結んでくれた。

地球での戦いに「中立」で居てくれる」

 

敵か味方かも分からなかった数時間前よりは、遥かにマシになったと言える。

 

「急に呼び出してすまなかった。皆、持ち場に戻ってくれ」

 

パチンと指を鳴らすと、軍列を形成していた者達の姿は、陽炎のように揺らめいて消えた。

あれほどの大人数が居なくなり、耳鳴りがするような静寂と空気圧の変化が起こる。

 

皆が居なくなると、マクギリスはフラリと身体を倒した。

それをソロモンが受け止める。

 

「大丈夫か、同志マクギリス」

 

「すみません、ソロモン会長」

 

全身麻酔をした全身改造手術から数時間。

意識があること自体が奇跡であるし、そもそも立っているのは理外の現象だった。

 

マクギリスの服の中には、「強化外部骨格」が装着されていた。

歩けない障害者を支えるパワードアシスト機能を拡張したもの。

 

初代セブンスターズ達でさえ、阿頼耶識手術の後は丸一日安静にして、その後数日も検査のための入院が必要だった。

 

マクギリスは入院を拒否。

 

マクギリスは汗をかきながらも、出来るだけアグニカの起こす奇跡を見たいという願望だけで意識を保っていた。

 

「立ち止まってなど……いられませんよ」

 

ただ突き進むだけのマクギリス。

ソロモンは畏敬を持ってマクギリスを認めた。

 

アグニカはセブンスターズの当主達だけをこの場に残す。

 

「エリオン家とクジャン家は消極的に俺たちを認めてくれた。これでセブンスターズ七家の「許可」を得たことになる」

 

その場にいなくても、エリオン家とクジャン家は承諾の判子を押した扱いになる。

 

「セブンスターズ会議を始めよう」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

ギャラルホルン地球本部ウィーンゴールヴ。

上質な大理石で作られた長机と、セブンスターズの家紋の旗が下ろされた椅子が設置されている。

 

そこに五人の七星騎士達が出席していた。

 

セブンスターズ第一席

カルタ・イシュー

 

セブンスターズ第二席

エレク・ファルク

 

セブンスターズ第三席

ネモ・バクラザン

 

セブンスターズ第四席

ガルス・ボードウィン

 

セブンスターズ第六席

イズナリオ・ファリド

 

ネモがチラリとイズナリオを見る。

 

「何故エリオン公とクジャン公が欠席なのですかな?ファリド公」

 

「問題ありますまい。始めましょう」

 

地球支部長であり、『ヘイムダル召喚』の儀を受けたイズナリオは、セブンスターズの中でも特別な存在となっている。

席次は六番目であるものの、現在の力はどの家よりも上の存在である。

 

かといって第一席のカルタ・イシューを引きずり下ろしたりはしない。

 

従来の価値観を破壊し、混乱を生むよつな真似はしなくない、というのがイズナリオの持論であった。

他のセブンスターズの立場を尊重し、あくまで対等な仲間として接する。

 

そのご高説を事前に聞いていたからこそ、

何故「大切な仲間」の席にエリオン家とクジャン家が座っていないのか。

ここまで露骨に仲間外れ扱いするとは思わず、ネモも困惑したのだろう。

逆に言えば、これは中立派への牽制とも言える。

 

なんとも言えない沈黙が流れる中、バンと扉が開かれ、アグニカ・カイエルが入室した。

 

「おおー」

 

歳相応の少年のような声をあげる。

 

「懐かしいな、これ」

 

セブンスターズ当主が集まる会議場。

細部は一新されているが、造りは変わらないようだ。

およそ三百年ぶりにアグニカが入室する。

 

この場にいる全員は洗脳しているので、アグニカの存在は議会の進行役として自然に認識していた。

 

アグニカはマクギリスの設えたギャラルホルンの制服に袖を通していた。

 

アグニカは適当にエリオン家の席に腰を下ろす。

三百年前から、会議場での議論と決定はセブンスターズに任せきりで、自分が会議に口を出すことはなかった。

アグニカの席がない理由はそのためである。

 

「今回は『戦時国際法』の改案について話し合いたい」

 

アグニカは単刀直入に切り出した。

 

「『禁止兵器』の使用を、条件付きで認めることにする」

 

ギャラルホルンの厳重な管理運用の元、ルキフグスを倒すためだけに使用する。

 

「それはつまり、クジャン公の行動を認めるか否か、ということですな」

 

エレク・ファルクが確認を入れた。

事前に食い止めるのではなく、起こってしまった事件を承認するか否かを決める。

実にエレクの性格らしい考え方だ。

 

「その通り。イオク・クジャンに便乗する形で、地球圏も規制緩和を実行する」

 

最初に禁止兵器を認め、無断で使用したのはイオク・クジャンとラスタル率いるアリアンロッド艦隊。

もし問題が起こったとしても、責任追及はエリオン家陣営に押し付けられる。

 

「改正案を経済圏会議に提出します。すぐに返事が来るでしょう」

 

承認を取り付ける会議。

無茶な改正案でも、幾つかの条件をつければ政治家は安心する。

ズルズル引き伸ばして結論を出さずに済むからだ。

 

例えば「結論を出すまでの期限」「得票率」「責任の所在」を政治家に優しいものにしておけば、彼らは首を縦に振るだろう。

 

アグニカは禁止兵器使用の改正案を、「結論を出すまでに10年」「賛成が95パーセント以上であること」「責任は全てラスタル・エリオンに」という滅茶苦茶な内容で飲ませる。

こんな条件では会議で通ったとしても、実現すること事態が不可能だ。

 

だがアグニカ・カイエルには『洗脳』の力がある!!!!!!!!!!!!!!!

 

体感時間を操って十年の条件をクリアし!

賛成の票を入れさせ!

口裏を合わせてラスタルを悪者にする!

 

そんな人外の方法が可能なので、実質的に条件など無意味。

 

可決。

 

禁止兵器限定使用許可法(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)

 

ものの10分と掛からなかった。

 

結果としてダインスレイヴ使い放題。

 

「次に地球圏の全防衛基地を前線に送りたい」

 

アグニカは巨大な設備ごと防衛基地を転送させられるため、移動不可能な基地をユニット化して部隊のように運用できる。

 

ならば世界中の基地をかき集めた方がいいに決まっている。

 

しかし『運命(フェイト)』の存在を民衆に知られるとパニックを起こすだろう。

 

もともとあった場所に無いのも困るし、無かった場所に基地があることも混乱を招く。

 

「そこで技術提供と特許に関する法律

 

技術投影許可法(トレース・オン)』を通したい」

 

最前線に送られた基地は全て、そっくりに作られた『贋作』であると説明するのである。

 

「例えば日本にある軍事砲撃要塞『姫路城』、あれを「最短ルート」のセントルイスに配置するとしよう。対外的にその『姫路城』は本物ではなく、技術提供で精巧に作り上げた偽物、『偽・姫路城』ということになる」

 

本物を偽物と偽る矛盾。

 

「無論、強化工事は済ませるからオリジナルと外見が違うようにする。

だが『贋作』が『本物』に勝ってはならないなんて決まりも無いからな」

 

カルタは噛み砕くように頷く。

 

「ふむ、そうか……そうか?

ん???

いや待ちなさい、前線にあるのはいいとして、もともとあった場所はどうするの!?

無いのでしょう?ここにも偽物を置くというの!?」

 

「製造コストを無駄にしたくない。

ソロモンの立体映像で誤魔化す」

 

無いものをあるように偽る。

精巧なホログラムの光情報が、ただそこにあるという事実を人々に伝えてくれるだろう。

 

「いや……いやいやいや!そんなことで!?中身はどうするのよ!?人が入れないでしょう!?」

 

「『外出禁止令』!!!!!!!」

 

「なっ!?」

 

アグニカの叫びに面食らうカルタ。

 

「緊急事態宣言!!!!!!

観光施設の閉鎖!!!!!!

外出自粛要請!!!!!!!

 

張りぼてだと気付かせないために、触れること入ることを禁止すればいいんだよ!

そのための状況は整ってる!!

『混乱』が世を支配する今だからこそ可能なんだ!!!!」

 

西暦時代にもクォロナ・ウィルスという流行り病が発生した際に緊急対応装置が取られていたことを、アグニカは知識として知っていた。

今回はその知識を参考にさせてもらった形だ。

 

コロニー落としで外は危険だから外出は控えてください。

観光地(特に軍事転用が可能な施設)には出掛けないでください。

 

その二文を各経済圏に徹底させれば、バレる可能性はグッと減らせるだろう。

 

軍事施設ごと転送するのだから管理維持のために出入りするスタッフもついでに洗脳できるし、騒ぎ立てる者は居ないはずだ。

 

「そんな滅茶苦茶な……」

 

カルタはずるりと肩を滑らせた。

 

技術投影許可法(トレース・オン)

 

可決。

 

「最後に、セブンスターズ七席の合意が無ければ発動しない、『武器庫全開放(アポカリプス・ナウ)』を承認して欲しい」

 

強力すぎる武力を抑える、自己拘束術式。

対人用に使うには余りにも強すぎる、多すぎる兵器達を保管している。

これに関してはセブンスターズ当主達も賛成。

 

「「「「「許可する」」」」」

 

満場一致で可決!!!!!!!

エリオン家とクジャン家も承認したものとみなす。

 

「「「「「 武器庫全開放(アポカリプス・ナウ)」」」」」

 

ギャラルホルンの全戦力をアグニカの手に。

 

具体的には、ギャラルホルンの『武器庫(アポカリプス)』を全てアグニカが『運命(フェイト)』で転送して回収する。

 

アグニカによる武器狩りが始まった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り18時間

 

アグニカは黒い羊毛で作られた特注服を着ていた。

いつもより見た目がモコモコしている。

 

「その服は?アグニカ」

 

マクギリスが興味深そうに問う。

 

「『黒羊』の儀礼装だよ。全身から生体データを照合してるんだ。チクチクする」

 

これから開ける武器庫には、それぞれ主であるアグニカの生体データが必要だった。

 

 

アフリカンユニオン領内。

元はイタリアと呼ばれた場所に、聖カタリナ協会の寺院がある。

火災で亡くなった者の魂を癒す、紫色のバラを持った聖女の像がアグニカ達を見下ろす。

管理している「ベニンカーサ家」の婦人が、アグニカ達を扉の奥へと遠し、深々と頭を下げる。

地下の長い通路を通り、隣の大きな施設、

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『壱』番があった。

 

庫名は『勝利と支配』。

 

庫内の統一カラーは『白』

 

ギャラルホルンが運営する『博物館』でもある。

一般人向けの武器展覧会場の遥か下に、アグニカ達はいる。

 

まっ平らな天井に、コンクリートビルがせり上がったり下がったりしている。

植物の成長を早送りで見ているかのような光景。

高層ビルのような構造物は、まるでコンテナのようにモビルスーツ用の銃器、近接武器が収納されていた。

そのコンテナごとにレールを上らせ、整理整頓されている。

 

「ズルして勝ちましたなんて言う軍隊は居ない」

 

人間同士の戦争に勝利した軍隊、国家などの集団は、勝利の理由を「通常戦力の差」と宣伝したがる。

個人の英雄の力で組織全体が救われたのではなく、組織全体の総力で上回ったのだと。

その理屈なら、自分達の集団の構成員全てが、敵の構成員よりも優性だと思えるからだ。

 

自分達の我が儘を押し付けるための戦争で、相手より上の立場にならねばならない勝利の条件。優位性を確固足るものにするために、筋の通った論理は必ず必要。

 

卑怯な手を使って勝った戦争など、民衆は納得しない。すぐに反乱分子が現れる。

 

そこで基準となるのが、「通常戦力」の数と質。

正々堂々と既存の武器で戦い、勝利することこそが、相手に反論を許さない、完膚なきまでに敵を叩き折る論理だ。

 

通常戦力の誇示。

これは戦争に勝った後、勝利を永続的で誰も文句を言えないものにするために必要なこと。

武器庫『壱』番は、世界の治安維持を掲げるギャラルホルンにとって、必要不可欠なものだ。

 

「武器庫を博物館にして小銭稼ぎするのは終わりだ」

 

見渡す限りの、モビルスーツ用通常兵器。

この世界に存在する全てのモビルスーツに武器を分配しても、まだ余りあるほどの量。

その維持費だけで小国は潰れる。

モビルスーツほどの大きさになると、経済圏という大きな集まりでなければ資金が足りない。

 

「全て前線に回す」

 

転送装置の力があれば、移動費を省いて最前線へ送れる。

在庫を抱えて場所を圧迫する心配も無い。

状況に応じた武器をたっぷりと装備させるため、アグニカは武器庫の中身を全て回収した。

 

ーーーーーーーーーー

 

オセアニア連邦領内

かつて大韓民国と呼ばれた地、南山と呼ばれる山岳に次の目的地がある。

高い山から見下ろすソウルの町並み。

殺伐とした風がアグニカの頬を撫でる。

岩と同化したゲートを潜る。

 

「朴」家当主 朴正毅が管理している。

 

チャイナ服を着た男が深々と礼をする。

 

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『弐』番

 

庫名は『戦争』

 

庫内統一カラーは『赤』

 

『壱』番が表向きの小綺麗で分かりやすい武器なら、『弐』番は実戦の泥臭く、血生臭い、殺意剥き出しの武器が収納されている。

綺麗事ではなく、「本当の戦争」で使われた兵器。

三日月とバルバトスが好きそうな鈍器「メイス」など。

重量で相手を殺す武器が大量に掲げられていた。

錆び付いた壁や柱が痛々しい。

まるで中世の武器庫のような光景だ。

 

「全部もらう」

 

全部運び出すと重量は数千トンになるが、『運命(フェイト)』の力は大きさや重さに関係なく、武器を転送させていく。

 

モビルアーマーとの近接戦になった場合に大いに役立ってくれるだろう。

 

 

 

アーブラウ領内

雪が残るモスクワの地

中央クレムリンから円状に広がる町並みが美しい。

歴史的建造物が並ぶ広場はアーブラウを代表する都市であり、世界に誇る遺産だった。

そこから少し離れた場所に、雪の積もった軍事施設がある。

 

「スターリ家」が管理する領域。

当主であるヨサフ・スターリが深々と頭を下げる。

 

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『参』番

 

庫名は『飢餓』。

 

庫内統一カラーは『黒』

 

上質な漆喰の庫内は静寂に満ちている。

ここにある兵器は、地球経済を傾けるほどの莫大な費用、エネルギー、資源を必要とする大飯喰らい。

性能は段違いだが、コストパフォーマンスが悪すぎて運用方法が限られ、大量生産など夢のまた夢だという類いの兵器達だ。

 

速射性や威力は最高レベルだが、弾丸消費量が激しすぎることから運用が難しくなったガトリング砲「ビーハイブメーカー」など。

 

他にも超巨大な列車砲『800センチ列車砲テオ・グスタフ』

四大経済圏の消費電力一ヶ月分の電力で放たれる陽電子砲

モビルアーマーのビーム砲を防ぐための空輸防壁『ウォールマリア』

フレーム金属を原子一つ一つナノサイズ単位で組み立てる製造ナノマシン

果ては一つの都市ほどの大きさの牽引車を要塞化した『移動要塞モータルエンジン』など。

 

「今なら何だってできる」

 

 

技術力最高峰の厄祭戦時代にも出来なかったことが、『運命(フェイト)』の力があれば可能だ。

 

コスト度外視の時代にすら使用不可能だった兵器を実戦投入する。

一機ごとに莫大なコストをかけて生産するモビルアーマーには、こちらもコスト度外視の超兵器を使うことが有効となるだろう。

 

 

 

 

アフリカンユニオン領内

「シオン主義」が今も聖典として祀られるイスラエルの地。

神託の丘の地下に作られた超巨大武器庫。

「ザイオン家」が管理している。

砂漠の地を踏むアグニカ。

 

「アンソニー・Z・ザイオン」が頭に防砂用の布を被せ、深々と頭を下げた。

 

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『肆』番

 

庫名は『死』

 

庫内統一カラーは『青』

 

大量破壊兵器、禁止兵器、環境に不可逆的なダメージを与えるほどの兵器。

 

「ダインスレイヴ」もここに収納されている。

殺人ウィルス、生物兵器、毒ガス、洗脳電波。

主に対人間用に使うには余りにも危険と判断された兵器ばかり。

 

対モビルアーマー戦に慈悲は無い。

問答無用で全て回収した。

 

 

 

 

アフリカンユニオン領海内

イギリス近海の北大西洋に設置された海洋温度差発電研究用の洋上プラントに偽装された研究施設「タイタニック」

 

代々「ディオン家」が管理しており、現当主セリーヌ・ディオンが深々と頭を下げる。

 

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『伍』番

 

庫名は『復讐』

 

庫内統一カラーは『赤黒』

 

近年まで続けられていた「阿頼耶識」の研究データもここに収納されている。

グレイズと阿頼耶識を組み合わせた機体がズラリと並ぶ。

 

「鉄華団に回す」

 

阿頼耶識に精通した戦闘集団。

鉄華団以上の適任もいないだろう。

武器や医薬品、器具に至るまで全てを回収した。

 

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『陸』番

 

庫名は『刻印と天災』

 

庫内統一カラーは『銀』

 

オセアニア連邦領内

日本国 神奈川県 芦ノ湖の地下が丸々武器庫に改造されている。

 

代々「産屋敷」家が管理しており、当主である産屋敷キリヤが深々と頭を下げる。

 

 

『肆』番が対人用の禁止兵器だとすれば、『陸』番は環境破壊が著しい対星用の禁止兵器である。

 

星の公転軸を変更するほどの落下兵器。

岩盤掘削榴弾。

海を人為的に作るための隕石氷塊弾。

アステロイドベルトを吹き飛ばす宇宙爆弾

 

宇宙の険しい環境を打破するための力技、テラフォーミングのための環境変化の大いなる技術が元になっている。

 

モビルアーマーを破壊するためというより、『運命(フェイト)』による地形変化に納得のいく説明をするために必要。

勿論、モビルアーマーを破壊するためにも非常に役立つ。

 

「あと一つか……」

 

アグニカは一度武器庫巡りを中断し、前線の準備に力を入れることにした。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り17時間

 

東の防衛線

魔王城から3時の方角、最短ルート

SAU防衛線の第一防衛ライン

「コロンビア」「ジェファーソンシティ」に構築された塹壕。

 

『サルマーンアル=ファーリスィー』

 

人類史で最初期に起こった「塹壕戦」であるハンダクの戦い。

敗戦濃厚の劣勢を強いられたメディナ側が、地面に穴を掘り、通路にすることで、騎兵の大軍が通れない防衛線を構築した。

この土木工事を指揮したのがサルマーンアル=ファーリスィーという人物であり、人物初の工兵と呼ばれている英雄。

イスラム教アラウィー派では、ムハンマドに並ぶ英雄として崇拝される人物である。

 

その名を拝借して作られる塹壕は、これまた人物史上初の試みをふんだんに使用している。

 

まずモビルスーツがすっぽりと収まるような深さの塹壕を掘り、数キロから数十キロ先までの広範囲に通路壕を繋ぐというのだ。

 

制限となる費用や時間は、アグニカの転送装置の力によって無理矢理解決。

 

塹壕側面の土を補強するために鉄の壁を挟み込む。

さらに最前線や要所の補強壁にはナノラミネート装甲を付与し、地中を貫通してきた斜角射撃のビームを防いでくれる。

 

さらに足元の敷き板は、水平型エスカレーターのベルトコンベアを使用し、モビルスーツの迅速な移動、移送を可能とする。

電力供給は当然エイハブリアクター。

 

 

塹壕戦という泥臭く危険が伴う戦いに、ギャラルホルンの兵士達は忌避感を示した。

そこで配置されるのは身分が低い者達、あるいは無理を圧してでも戦うという意欲の高い者。

 

 

『革命の乙女』クーデリア・藍那・バーンスタインが四大経済圏と手を組んだことにより、ギャラルホルンとの共同戦線が実現した。

 

『鉄華団』が塹壕戦に陣取る。

彼らにはギャラルホルン兵士に無いものを二つ持っている。

 

一つは、「塹壕戦」や「撤退戦」への抵抗が無いことである。

火星で土煙に晒されながら戦ってきた鉄華団にとって、塹壕戦の泥臭さは寧ろ好意的に受け取られた。

そして敵に背中を見せる後退に対して、名誉や戦歴を重んじるギャラルホルン兵士は恥だと考えている部分があるが、ただ生きるために戦う鉄華団にとって、そんなものは関係がない。

 

塹壕戦と鉄華団の相性はいい。

 

そしてもう一つの理由が、「阿頼耶識」の存在である。

乱戦となる塹壕戦において、機体へのスムーズな操縦技術が確立した阿頼耶識は、魚水の交わりと言えるだろう。

 

只でさえモビルスーツの塹壕戦は前例がない。

つまり元となるデータがないため、情報の蓄積でバージョンアップしてきたグレイズなどのOSでは、性能を発揮できないと判断された。

 

徹底したヒットアンドアウェイ。撤退を前提とした、死傷者を極力出さず、それでいて敵には最大限の損害を出させる戦い方。

 

鉄華団にとってお誂え向きだ。

 

急遽、阿頼耶識対応型のモビルスーツが集められた。

 

阿頼耶識を搭載したグレイズの戦闘力は破格の高さである。

それはドルトコロニーで暴れ回った『グレイズ・アイン』や「デモン・グレイズ」が実証してくれた。

 

しかし乗り手が存在せず、御蔵入りされるはずだった戦力。

 

鉄華団のパイロット達に、それらを任せる。

 

グレイズの装甲をそのまま使用することは避け、砂漠戦を想定した茶色のカラーリングの装甲に換装する。

 

その先頭に立つのは、クリーム色の装甲に身を包んだガンダム・フレーム

 

『ガンダム・グシオン・ファントムペイン』

 

昭弘・アルトランドの強化された空間認識能力と、グシオンの阿修羅のような四本腕が、正確かつ多数の射撃武器の装備を可能にした。

 

ノルバ・シノの乗る鹵獲グレイズ『流星号』は、砂漠使用のカラーリングにすることを拒否し、ショッキングピンクのままで出陣することになった。

 

三日月・オーガスはまだ療養中のため不参加。

ガンダム・バルバトスも修理中なので初戦には間に合わない。

 

ヒューマンデブリ組であるチャド・チャダーン、ダンテ・モグロも『阿頼耶識搭載グレイズ』に乗り込む。

 

比較的低年組であるタカキ・ウノ、ライド・マッスまでもが『阿頼耶識搭載グレイズ』に乗って戦闘に参加する。

それほどまでに阿頼耶識に適合したパイロットは少ない。

 

団員の指揮と、撤退の見極めをする指揮官として、鉄華団団長オルガ・イツカも『阿頼耶識搭載グレイズ』に乗って戦場に出ることになった。

それを補助する目的で、ビスケット・グリフォンも出撃する。

 

他にも砂漠戦闘用に細部をカバーした『百里』『百練』によって、タービンズからラフタとアジーが参戦する。

童子組からは『虎熊童子』が戦列に加わる。

 

鉄華団以外の戦力では、エリオン家配下の家、『アンダーソン家』から「ブッシュ・フレーム」が五体参戦した。

地に伏せて射撃、腰を落として素早く動くことに長けており、塹壕戦との相性はいい。

当主であるトーマス・B・アンダーソンが同フレームの代表機である『ハンター』に乗って他の五体を指揮する。

 

さらに『スコーピオン家』から稀少な「ヴァルキュリア・フレーム」の一機、「ソグン」が舞い降りた。

巨大な対モビルアーマー用スナイパーライフルを装備しており、近遠両方に対応可能な狙撃手となる。

 

また『クロウリー家』は「アーチャー・フレーム」を採用した『ダビデ』を駆って参戦した。

中世の投石機を巨大化したような装備と、フレームの腕部分を巨大なバネ仕掛けの投石機にしてしまう機構を持っている。

 

そしてセブンスターズの一門、

ファリド家から『ガンダム・アスモデウス・ベンジェンス』が戦列に加わってくれた。

 

配置されたモビルスーツ戦力は19機。

 

武器弾薬は豊富に支給されている。

 

塹壕内でガンダム・グシオンが待機する大きめのスペースには、バルバトスが愛用していた「300ミリ滑腔砲」が20門もズラリと立て掛けられている。

砲弾弾倉は塹壕の壁にセットされ、いくらでも補充可能。

脚部を固定する射撃用の踏み込み台、肘を構える位置調整土嚢など非常に充実しており、数日で作ったとは思えないほどのクオリティであった。

 

その他のライフルと弾薬も多数取り揃えている。

 

割り当てられたスペース以外にも、移動途中の連絡壕通路にもガトリング砲や迫撃砲が設置されており、即座に反撃に転じることができる。

 

横並びにされているライフルをグレイズ達が手に取り、マガジンを装填してコッキングレバーを引く。

ガシャンと重厚なスライド音がコックピットに響く。

 

手榴弾などの爆発物も過剰なほどに支給。

とんでもないラインナップである。

 

グレイズ達がそれぞれの場所から射撃を始めた。

塹壕より前方には、一定の距離ごとに旗が立てられ、銃撃の照準を合わせる訓練に使われている。

阿頼耶識によって射撃の感覚を身体で覚えられる鉄華団の少年兵達には、短期間で有効的な射撃を行える最善策。

塹壕のどの場所からどう撃てばどこに当たるか、きっちりとデータに残しておく。

それが乱戦時の咄嗟の判断に役立つだろう。

 

それぞれの個室スペースを繋ぐ通路はジグザグに構築され、爆撃の衝撃の拡散を防止し、ビーム兵器による横薙ぎで武器類が全滅することを避ける。

 

個々のスペースは横一列ではなく、お互いを援護できるように計算されている。

また、敵が侵入した場合に包囲して孤立させることもできる。

 

全体図としては迷路のようになっており、綿密なマップ情報が無ければ突破は困難となる。

 

射撃用や移動用だけでなく、なんと塹壕内にも簡易的なモビルスーツデッキを設置し、装甲の換装やフレームの接続も行える。

転送して後方に下がるよりも、時間を惜しんで攻撃したい場合に使える。

 

塹壕は後退しながら戦う戦略上、後方に伸びて構築されている。

 

鉄華団やエリオン家が配置された最前線は第一塹壕、その後方に第二塹壕、さらに後方に第三塹壕が作られ、装備の充実ぶりも同じという大判振舞い。

製造コストが莫大なものになっている。

 

第二、第三塹壕にはミサイルポッドを積んだモビルワーカーや無人砲台が設置され、それらも照準合わせの訓練砲撃を行っている。

 

塹壕より前方は、計測射撃が終わり次第、アグニカによって地雷が所狭しと敷き詰められる。

いかにモビルアーマーであろうと脚部がズタズタになるだろう。

仮にビーム兵器で一掃されたとしても、地雷は非常に安上がりな兵器であり、ほとんど損害はない。

 

アグニカが追加で転送した要塞ユニットとして、巨大な戦車型要塞『シェセプ・アンク』がある。

見た目は古代エジプト王ファラオの顔とライオンの体を持つ怪物。

「スフィンクス」と呼ぶのが相応しい。

 

形状としては「列車砲」に近い。

縦に長い前足と胴体でバランスを取り、頭をセンサーにして巨大なバルカン砲や大砲を背負っている。

モビルスーツを縦に三機寝かせても余裕があるほどの縦幅。

 

塹壕内に縦長の通路を作ってやらば、後退しながらの射撃で援護してくれるだろう。

この撤退通路は後方の第二防衛ライン、大本命の『セントルイス』に繋がっているので、即座に合流することが出来る。

 

そもそもスフィンクスのような建造物は、直立した銅像を作ることが難しい環境文化で形成され易い。

座っている体勢にこそ価値があるのだと教化するのだ。

最前線での塹壕戦では、そういった文化と技術の名残が非常にマッチする。

 

塹壕内移動列車砲『スフィンクス』は

 

「アテム」「ニトクリス」「オジマンディアス」「クレオパトラ」「ツタンカーメン」「セティ1世」の七機。

 

これらの戦力で、最短ルート第一防衛ライン「ジェファーソンシティ」は構成される。

 

少年兵集団の『鉄華団』

落ち目の『エリオン家配下』(奴隷)

進んで志願した狂人『マクギリス・ファリド』

 

泥を被る最前線に回されるのは、いつだって立場の弱い者達。

それは革命が起ころうと変わらない残酷な真実。

それでも、撤退を前提にした戦闘ゆえに死傷率は低いはず。

そう信じるしかない。

 

 

第一防衛ラインから東へ200キロ。

 

SAU防衛ラインの要、最短ルートを守護する『セントルイス』の地に、続々とモビルスーツが転送され、配備されていく。

 

ミシシッピ川の分厚い水壁を前にして、銃器を装備したモビルスーツ達が横並びに陣取る。

 

タンクフレーム特有のキャタピラ音が鳴り響く。

その重量に地面はめり込み、踏みならされていく。

土煙をあげ、地面に幾つもの移動跡を残す。

 

敵からの射撃を防ぐため、分厚い鉄の壁が等間隔に配置された射撃陣地へ、タンクフレームが腰を据える。

 

『ビーハイブ・メーカー』

 

両腕がガトリング砲と融合しており、さらに背中からもう二本のアームが伸び、これにもガトリング砲が取り付けられている。

 

四門のガトリング砲。

一門のガトリング砲は6砲身が円状に連なり、砲身は120mm25口径の多砲身機関銃である。

 

つまり片手だけでグレイズの主武装120mm25口径ライフルの六倍の威力を撃ち出せるという代物。

 

さらに、砲弾供給システムを異常なまでに強化した結果、毎秒70発、毎分4200発の砲弾を撃てるという狂気的な性能を発揮する。

発射数でいえば、グレイズのライフルの六倍では追い付かない。

もし残弾数を気にせずに最大火力で発射したならば、グレイズの30倍の火力を叩き出してくれる。

そのために必要な大量の電力は、状態の良いエイハブリアクターから供給される。

 

片手だけでこれなのだ。

この六砲身ガトリングを、両手と両のサイドアームに装備し、四門を装備している。

 

四門同時最大火力は、毎分16000発。

 

グレイズライフル100丁分の火力をたった一機で担おうという頭のイカレた悪魔的機体。

 

『蜂の巣製造機』の異名を持つモビルスーツ。

 

当然、それほど強力な能力には制限がある。

砲弾消費量が桁違いであるため、すぐに残弾を撃ち尽くしてしまう。

消耗度外視の最終戦か、戦況を大きく動かしたい時にしか使われない奥の手だった。

 

しかしアグニカの「転送」と「洗脳」が、その制限を取り払った。

 

鉄鋼製造会社リジー・ボーデン社が溜め込んでいた純度の高い鉄をゾディアック社に流し、モビルスーツ用弾丸製造会社ゾディアック社が、ほぼ無尽蔵に砲弾を製造し続けている。

 

アグニカとビーハイブ・メーカー、夢のコラボ。

 

『セントルイス』に配置されたビーハイブ・メーカーは16機。

 

グレイズライフル1600丁分の火力が揃ったのだ。

大本命の防衛ラインに相応しい戦力。

 

給弾要員として、「ヴァッフ・フレーム」が待機している。

 

ガトリングの銃身からブラ下がる長い弾帯。

砲弾を銃弾と同じ要領でリンクに繋ぎ、ベルトのように連結したものだ。

機関砲を装備するグレイズなどにも見られる装備だが、ビーハイブ・メーカーのガトリング砲は消費段数が桁違いなため、弾帯の長さも随一となる。

 

特殊弾帯『火蛇(サラマンダー)

 

じゃらりと伸びた弾帯は、正に蛇のようにしなやかに伸びて見える。

 

弾を剥き出しにしておくと、ビーム兵器の熱量で暴発してしまうため、ナノラミネート加工したドラムマガジンに巻いて仕舞い込む。

 

『サラマンダーの壺』だ。

 

ビーハイブ・メーカーの背後には、サラマンダーの壺がいくつも用意されている。

 

さらに量産型タンクフレーム『ガンタンク』にギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『参』番から取り寄せた巨大ガトリング砲、ミサイル砲などを装備させる。

 

タンクフレームはビーハイブ・メーカーやガンタンクを含めて42機。

ほぼ地球上に存在するタンクフレームを全て集結させた。

 

ミシシッピ川は上流から水を流して増水されたことと、補強工事を行って水位と幅を底上げしているため、立派な大河と化している。

 

川の水には粒子を分散させてビームの威力を分散させる、微小な金属塗料を大量に流している。

太陽光に反射して、川はかつてないほどに輝いていた。

 

業火の行進を止める水門の壁。

対ビーム装甲の亜種と化したミシシッピ川。

ナノミキシング流体装甲壁『ネイト・ウォール』である。

 

射撃陣地より後方にはビームが流れないように壁が斜面状に建設されており、一種の城壁のように見える。

 

その城壁の上に組み込まれているのは、日本の砲撃要塞『姫路城』である。

 

射撃能力はビーハイブ・メーカー三機分。

 

その頂点、東の防衛線を見渡すことの出来る高さに、SAU東方面の守護を任された『カーラ・ネメシス』が搭乗する『カーラ・ミスト』が仁王立ちしていた。

武器である日本刀『霧斬』を帯刀している。

 

ガンダム・フレームと同時期に開発されたヴァルキュリア・フレームの一機。

かつては初代ファリド家、ガンダム・アスモデウス・ベンジェンスと共に戦った機体。

 

東の防衛ラインは、この姫路城を首脳部として指揮系統と連絡網を構築する。

 

|最短ルート防衛ライン司令部白城壁砲撃要塞『姫路城』《アルティメット・ヒメジ・キャッスル》。

 

カーラ・ネメシスの率いる「ネメシス軍団」が抱える「ミスト中隊」に属するグレイズ11体と、

「ムスペル・フレーム」4機と「チャーコイル」10機を合わせた「チャーコイル中隊」が、ビーハイブ・メーカーの射撃陣地の隙間を埋めるように射撃体勢を敷いている。

そしてビーハイブ・メーカーの給弾係の「ヴァッフ中隊」13機。

 

合計で80機という大軍勢。

カーラ・ネメシスは大軍勢となったネメシス軍団を、誇らしげに見詰めるのであった。

 

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『地獄の門』開門まで残り15時間

 

 

場所は北、12時の方向に移る。

 

アーブラウ防衛線第一防衛ライン

『セントジョーゼフ』

 

眼前に広がる荒野には三本の鉄棒を重ねた対戦車用の障害物が大量に置かれている。

 

海岸に置かれる消波ブロック、テトラポッドのような見た目である。

 

まるで遠くから見ると、あちこちに鎮座している様子は丸まった針鼠のようだ。

これは爆発物で吹き飛ばされても、その場でまた障害物として機能を失わないという思考から作られている。

 

これはモビルアーマーのような巨大兵器にすら有効で、ある程度の行動制限が期待できる。

プルーマのようなユニットにも特に有効だ。

 

そして、塹壕の先にあるセントジョーゼフの防壁は。

 

大量に突き出された『槍』で出来ていた。

 

一言で表すなら「槍衾」。

モビルスーツの頭上高よりも長い。

まるで対騎士兵器「パイク」と呼ばれた長槍とその密集陣形。

それがカンザスシティから北を見つめた方角にずらりと横並びしている。

 

槍の山の迫力は地獄景色の一角。

色とりどりのナノラミネートを塗布された、輝く切っ先の数々。

 

その形は様々で、拒否、敵意、殺意をありありと剥き出しにした防衛線である。

 

串刺し防壁(スキューアルウォール)

 

 

「禍々しいな……」

 

この地に派遣されたギャラルホルン士官は、その威圧感に眉を潜めた。

 

「これはギャラルホルンの思想を疑われるのでは?」

 

部下も過剰なまでの殺傷力に引いてしまっている。

 

「いや…逆にこれぐらいの方がいいのかもしれん。

今の世論はルキフグス討伐一色だ。

これぐらい刺々しいなら市民も納得するだろう」

 

「パフォーマンスってことですか?」

 

「張りぼてではないはずだ。この先に陣を張っているのはボードウィン家だからな」

 

戦略的な優位性から、ボードウィン家のガンダム・フレームが配置された。

 

『槍の悪魔』

 

ガンダム・キマリスが最奥に控えている。

 

ボードウィン家との提携を取り付けたのは南のタリスマン家だが、ガルス・ボードウィンの子息ガエリオ・ボードウィンを借り受ける形で、北のパーフィケーション家が指揮下に置くこととなった。

 

「セントジョーゼフ」は水攻めを前提とした作りになっている。

 

ジェームズ川の増水という形で、「転送」してきた水を一斉に押し流す。

この水流の中に小型爆弾と「魚雷型の槍(ソードフィッシュ)を放つ濁流と爆殺と貫通の超攻撃を仕掛ける。

 

攻撃名は

 

『ポセイドン・マーディーストリーム』

 

 

「セントルイス」のような塹壕と射撃陣地を構築しない代わりに、絶えず濁流でモビルアーマーを押し返してしまう戦法だ。

 

これにより地上用の射撃武器だけでなく、水中兵器の利用が可能になり、水中用モビルスーツを配置することすら可能となった。

 

環境要因を大きく変化させる『運命(フェイト)』ならではの戦法である。

 

今はまだ水が引いているものの、戦闘が始まれば水位は大幅に上がる。

水中兵器達が陸の上にゾロゾロと集結している光景は異常だった

まるで造船場が水抜をしたような光景だ。

 

「ポセイドン・フレーム」の多岐に渡るモビルスーツ達が、内陸での水中戦闘という特殊な戦場に配置されていた。

 

フレームを対水製装甲ですっぽりと包んだ「クラブズゴック」。

近接戦闘用に巨大な爪を装備し、ナノラミネートアーマーを軽々と切り裂く。

もともとモビルアーマーにも採用されていた武装である。

グレイズと同じく単眼モニターが円柱状の頭部をぐるりと回る。

 

バクラザン家の配下や、ネモ・バクラザンが指揮する地球海洋艦隊に属する潜水艦、水中輸送艦などが続々と転送され、あまり日の目を見ることがなかった水中戦用モビルスーツ達が装備を整えている。

 

そこからさらに北へ進んだ先に、アーブラウ方面最短ルートの大本命、第二防衛ライン「デモイン・オマハ」の町がある。

 

信じがたいことに、この町は『運命(フェイト)』の力によって要塞化されていた。

水没すること前提の、海中要塞を陸上に予め構築したのである。

 

転送したのは海中都市『アトランティス』の海中砲撃要塞と、アフリカンユニオンをモビルアーマーの脅威から守った海上メガフロート『アルビオン』の外壁を回収して作った『ロード・キャメロット』。

 

そこを拠点として水中用モビルスーツで迎え撃つ。

 

水流による過酷な進軍を強制する環境構築。

アグニカはこれを限定的な固有の結界

 

水流苦難の道(アクア・ヴィア・ドロローサ)』と名付けた。

 

その水流の中を突撃する要塞ユニットまでも用意している。

独楽のように回転しながら斬撃と砲撃を繰り返し、最後は自爆することを前提として作られた、強襲装甲艦並みの強度と突撃力を備えた

 

水中強襲装甲艦『備中高松城』

 

内部には自爆用の核爆弾EVA Mark6『アフターロンドン』が内蔵され、水中不消火炎塗料『ノブナガ・オーダー』が敵を水中業火に巻き込んで殺し尽くすだろう。

 

 

むろん水中だけに戦力を傾注したりはしない。

水上ホバー部隊も、ガンダム・キマリスを先頭とした「ジークフリート」部隊のシュヴァルベ・グレイズ達が守護する。

 

水上にせり上がるほどの高さに計算された「人工島」を既に構築している。

アグニカの転送によって土砂を積み上げ、装甲で補強した砲撃要塞島『フェイト・ポート・アイランド』を急造した。

 

北東の方角

1時と2時の防衛ラインは攻撃よりも防御に力を入れた造りになっている。

 

SAU防衛線、アーブラウ防衛線において、その『包囲ルート』として予想されるのがウォーソウ・クィンシーの町。

 

塹壕の上からコロニーの外壁を突き刺し、障害物の多い防衛線を作り上げた。

 

そして、ミシシッピ川を越えた先には、銀色の兜、赤い鶏冠、白いツインアイの機体が仁王立ちしていた。

 

スパルター・フレームの上位機であり、その象徴ともされる機体

 

『レオニダス・ガードナー』

 

ナノラミネートアーマーの強化版、ナノラミネートコートを蒸着させた「盾」は、自身を覆い隠せるほどに巨大な円状のシールドだ。

赤と銀の色合いの盾。

その内部にはスラスターが装備されており、敵を弾き返すための奮進剤として活用される。

 

『不滅の盾(インモータリティー・シールド)』

 

 

その背後には、同じくスパルター・フレームの同胞が30機、整然と並んでいる。

各地に散らばった、厄祭戦を生き延びた重厚装盾兵の英雄達。

彼らが動く盾陣地、『盾の戦列』となり、敵の侵攻を押し止める。

身体を張った戦い方だ。

 

コロニー外壁で狭所を作り出し、そこを重点的に守る。

 

盾の戦列の前方に、ナノラミネートアーマーを塗布した巨大な壁が用意されている。

この壁は下部にキャタピラがついており、前進することができる。

 

蠢く城壁(ウォール・マリア)

 

移動要塞『モータル・エンジン』の派生型。

その前進する力を、後ろからモビルスーツが押すことで補佐する。

城壁をひたすら押し続けるという脳まで筋肉で出来ているような戦術。

 

つまり、『蠢く城壁』のキャタピラのパワーと、スパルター・フレーム達が後ろから押す力を合わせたものが、第二防衛ライン「ウォーソウ・クィンシー」の基本戦術。

 

そして、密集した敵へと爆弾を投下する『サンタクロース』。

 

赤い装甲を身に纏い、やや着膨れした見た目の機体『赤のサンタクロース』が、特殊ネット製の袋に小型爆弾を詰め込んでいる。

 

赤のサンタクロースの頭部は上に長い円錐状の赤色ナイトキャップ。

ぶら下がる白い丸が可愛らしい。

メインカメラは小さな丸いものであり、つぶらな瞳に見えなくもない。

口元を覆っている白い髭のようなものは、風向を感知する繊維型センサーである。

 

その後ろでは、サンタクロースに使える妖精のように、ブギーマン・フレームの機体達が、袋の中に爆弾という名のプレゼントを詰め込む作業に熱中している。

 

ウォーソウの町にある厄祭戦時代の軍事要塞の基盤を元に、壁を越えて偏射射撃する砲弾陣地を構築。

 

ほぼ「ファルク家」配下の戦力だけで構成されているが、戦力としては十分。

 

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『地獄の門』開門まで残り14時間

 

南の4時から8時の方角は、援護射撃の側面が強い。

 

ミシシッピ川を最初に上っていくのは、エイハブリアクターを搭載した『砲艦サンパブロ』である。

全長50メートルほどで、鉄華団が保有するイサリビの全長300メートルと比べると6分の1の大きさということになる。

 

続けて「砲艦アッシュビル」など、副装速射砲を装備した船が進んでいく。

 

河川上を武装した船が続々と進む光景は圧巻だ。

 

各防衛ラインを、河の軌道上から援護する砲艦隊。

川辺に作られた停留所と連結し、固定砲台と化していく。

それらが等間隔に並べられ、防衛線を構築していく。

 

南の防衛ライン「フォートスミス」には、地球圏のありとあらゆる場所から集められた艦砲、要塞砲が配備されていた。

 

戦争が終わって艦隊の砲が必要なくなると、多くの場合は沿岸部の防衛施設に移植され、要塞砲と化すのが一般的である。

 

アグニカはそれを転送や力で実現した。

 

戦艦金剛に搭載された「35.6センチ連装砲」や、戦艦大和の「45口径九四式46センチ3連装砲」、また開発不可能に思われた「51センチ連装砲」を転送し、次々と要塞砲に転用していく。

 

それらよりサイズは落ちるものの速射性の高い艦砲、重巡洋艦に乗せられていた「15.5センチ三連装砲」なども副砲として配備。

 

それより後方には線路が幾層にも走り、その上に巨砲を背負った列車が並んでいる。

 

列車砲として有名な「80センチ列車砲 グスタフ・ドーラ」は、総重量1500トン、全長42メートルという代物で、射程はおよそ40キロメートル。

 

このサイズを基本として多数製造されたため、「グスタフ規格」として標準化された。

列車砲にはアメリカの作った世界最大の迫撃砲「リトル・デーヴィッド」を標準化した口径91.4センチのものが多数乗せられている。

 

列車砲と平行して、「多薬室砲」が多数配置されていた。

南方面へと伸びた長いレールと、一面のコンクリートが広がる灰色の景色。

そこに鎮座した長い長い砲身内には、多数の薬室が左右に生え揃い、砲身内を通る砲弾に合わせて装薬が炸裂。

これにより砲弾を押し出す力が飛躍的に高まり、高威力と高射程、高砲速を可能とした。

左右に突き出した薬室が、百足の足にそっくりなため、『恐怖のムカデ砲』と呼ばれる。

 

その大掛かりな設定ゆえに生産コストや運用コストの問題が生じて『肆』番へお蔵入りしていた。

巨大で大重量な兵器の持つ、移動の問題と狙われ易さの問題も、アグニカの転送の力が全て解決した。

 

代表されるのはバビロン規格『恐怖のパリ砲』

 

口径が100センチ、つまり1メートルを越える砲は「バビロン規格」と呼ばれる。

ちょうど口径100センチのバビロン砲が現存しており、砲撃陣地内に次々と配備されていく。

着弾した威力は一都市を壊滅させて更地にしてしまうほどで、ドルトコロニー外壁の小サイズのものの墜落威力と同等という化け物のような砲台。

別名「コロニー落とし砲」と呼ばれる日も近いだろう。

 

その先駆けとなった「恐怖のパリ砲」には人々からの恐怖と忌避が塗りたくられており、まるで恐怖を力に変える悪魔のように、その性能と威力は増大していった。

 

岩盤内に補強材を転送して無理矢理地盤を強化した上で、コンクリートをまんべんなく転送して道を補強。

艦砲陣地の後方にあるのは、巨大な『マスドライバー』施設である。

モビルスーツや物資を積んだシャトルを宇宙空間に打ち上げる、長い線路とカーブを描きながら上を向く発射レールが特徴的。

マスドライバー自体は火星にも存在し、鉄華団が宇宙に飛び立つ際に利用している。

本来は重力の弱い月や火星から打ち上げることに特化した構造物だが、エイハブリアクターによる加速度圧力の緩和、高推力のスラスターガスのおかげで問題は解決している。

 

民間が運用している施設も多くあり、宇宙との繋がりが当たり前になったこの世界では、比較的多く作られた施設である。

 

それをアグニカは「砲台」として転用した。

 

原理はモビルスーツを発進させるカタパルトと同じだ。

レール上を走らせて加速させ、前方に打ち出す。

この打ち出すものを砲弾や爆弾に変じ、尚且つ「曲射砲」として運用することで、射程距離や弾体のサイズを大きく引き上げた怪物砲台として転生させてしまった。

 

軌道計算さえ完了すれば月や火星へ砲弾を飛ばし、砲撃することすら可能。

地球圏内で撃てば広範囲の掘削作業にも使用でき、地形を大きく変化させることも可能。

 

人々が宇宙交通面の要として、技術と理性と善意で稼働させ続けてきた尊い施設を、アグニカは悪魔の砲撃陣地へと改造したのである。

マスドライバーの運用整備担当の技術者達は全員洗脳済み。

 

これらを総称して『コロンビヤード砲』と呼ぶことにした。

 

使用する電気量はエイハブリアクターを大量にフル稼働させて漸く追い付けるほどであり、怪物のような電力消費量であった。

 

砲撃陣より前方は、薔薇の棘のように有刺鉄線が大量に並べられている。

その鉄線には超高圧電流が流れており、ここに飛び込めばモビルアーマーとて無傷では済まない。

 

アスカロン傭兵団から派遣されたエウロパが、『ガンダム・アガレス・ショコラーデ』によって磁力の亜空間を作り上げている。

 

アスカロン傭兵団が持ってきてくれた球体型の補助ロボット『ハロ』は、めでたくアグニカによる改造と洗脳とついでに自爆装置まで取り付けられ、立派なアシスト機となって各方面に配備された。

 

西の方角、9時から11時の防衛線は、魔王城ヴァラスキュルヴから遠く離れた山岳上に構築されている。

艦砲でも届かない長距離であり、マスドライバーを作るには地形が険しい。

この高い標高の山脈を活かし、なおかつ長距離の射程の問題を解決するためにアグニカが用意したものは。

 

山脈に吹く山越え風を発生、強化する『気流発生装置』である。

簡単に言えば『風』を起こして敵を押し返す。

アグニカはここに『アーチャー・フレーム』を配備した。

アーチャー・フレームの強みは、弾薬を消費しない鉄の『矢』を撃つこと。

山脈から押し出される『風』によってアーチャー・フレームの『矢』を強化し、風に乗せて矢の雨を届かせようという試みである。

原理としては飛行機に近い。

大質量のものが上空を飛ぶのは、飛んでいるから飛べるのだ。

一度空に上がってしまえば、その質量とスピードによって勝手に進んでくれるという狂気の戦法。

 

砲撃には及ばないと言われたアーチャー・フレームの屈辱を挽回させる、アグニカによる名アシスト。

環境要員による補助強化!!!!

 

これによってアーチャー・フレームは!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

西方面全域の防衛を担うことができ、その上敵陣地への攻撃すらも可能とした守護英雄と化した!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

アーチャー・フレームが存在することによる圧倒的な安心感。

その存在はギャラルホルン兵士達の士気を大きく引き上げる。

 

アーチャー・フレームと気流発生装置だけで磐石となった防衛線に、さらに投入される禁止兵器

 

『ダインスレイヴ』

 

高硬度レアアロイから作られた細長い鉄針のような弾を打ち出すレールガン。

その過剰な威力ゆえに対人、対民間設備への被害が予想され禁止兵器となったが、イオク・クジャンを神に祀りあげることで規制緩和され、大量に配備された。

西の防衛線に配置されたのもクジャン家配下の家であり、彼らのもつアーチャー・フレームとそのパイロット達の士気練度は高い。

 

空気抵抗を緩和する特殊な粒子を含んだガス兵器『サブエーテル』を風に乗せて魔王城までの射線に通し、滑らかな空気を作ることによって、ダインスレイヴの威力と速度をさらに引き上げてしまった。

『サブエーテル』も『陸』番に封印されていた禁止兵器であり、そもそもコストや技術面もろもろの問題があったがアグニカが解決した。

 

ほぼ完成した防衛線を眺めながら、アグニカはふと気付いたことがあった。

 

「面白いな。五属性か」

 

中央の魔王城ヴァラスキュルヴは業火を生み出す『火』。

北は濁流迎撃の『水』

東は塹壕と岩壁の『土』

南は電流領域の『雷』

西は加速気流の『風』

 

四属性が『火』を囲むように攻める形。

 

『業火包囲網』

 

この戦場のイメージを簡単に現せる図式である。

 

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『地獄の門』開門まで残り13時間

 

ガエリオは眼前に広がる、充実した多数の戦力と防衛線を見渡した。

 

「本当に三日で……防衛線を作ったのか」

 

アグニカがクレーターだらけのSAUの地に立って、三日で防衛線を完成させると叫んだあの日は、ほんの数十時間前のことである。

地球圏の支配者達を配下に加え、存在するあらゆる戦力を掌握し、集結させた。

 

「前回は40年かかったことを、今回は三日でやらなきゃいけなかったからな。ズルするのも、まぁ多少はな?」

 

アグニカは親指と人差し指で小さなスペースを作るジェスチャー。

ウインクしてとぼける表情が少年らしくて可愛らしい。

やっていることは洗脳と転送と暴力による支配と詐術による人心掌握術のオンパレードであったが。

 

地球圏の全戦力と全分野と全人材を集結させ、まさに『厄祭戦時代』並みの体制を整える。

300年前にアグニカが生きていた時は、彼の40年の人生を使って漸く組織が完成した。

 

移動、説得、法律改案、待機、戦力の強化、無駄や失敗、裏切り、戦死。

 

あらゆる成功と失敗の記憶が甦る。

 

それらの経験があったからこそ、アグニカは転送や洗脳という外道の技を使いこなし、平然としていられたのかもしれない。

 

「二回目は誰でも上手くやるさ」

 

そう、これは『第二次』厄祭戦。

人類史上二度目となる狂気の大戦争である。

 

『聖杯』が『角笛』に名を変えたように、二度目の厄祭戦は変更点がたくさん存在する。

 

戦力集中が可能になった転送装置。

魂の対話による洗脳。

 

マステマという、人類の歴史の影に潜んでいた『蟲』の存在。

厄祭戦の真の目的は「人類の魂の進化」という事実。

セカンドシーズンのガンダム・フレーム『ルキフグス』

 

厄祭戦と共にゼロから成長したアグニカ。

しかし今回は、中身が成熟したアグニカが居る。

アグニカは人間であることを辞めてしまった。

 

また、厄祭戦時代には居なかった、人々の理性と正義の心を訴えかける英雄、『革命の乙女』。

クーデリアの存在は、アグニカが用意する最高の切り札でもある。

 

「今度こそ……」

 

アグニカは決戦を前に、胸の内の決意を新たにした。

 

「奴らの好きにはさせない」

 

マステマの悪行を成就させる訳にはいかない。

 

「ぶち殺してやる」

 

アグニカは牙を見せて笑った。

 

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アグニカの魂対話能力によって、味方のモビルスーツのエイハブリアクター内の魂に干渉し、その出力を向上させることに成功した。

 

アグニカによるリアクター出力上昇バフ。

 

アグニカの率いる全部隊に永続的にかけられ続ける。

 

これを見た整備班、研究班は咽び泣き、歓声をあげて帽子や書類を宙に投げていた。

 

これによって全モビルスーツが正規採用機並みの出力と精度を実現できるようになり、もともと質の高かったリアクターはさらに出力が増し、重厚な武器と装甲を持てるようになった。

 

 

さらにアグニカは、『運命(フェイト)』による転送と、ソロモンの光を操る力を混ぜ合わせた使い方を試してみた。

 

空間が歪み、光の中からモビルスーツが登場するのである。

なんとも神々しい光景であった。

これは視覚的な効果が期待できる。

 

「ソロモンあれやってくれよ。あれ……バエルのシジルが出るやつ」

 

「畏まった!!!!」

 

 

ソロモンは光を操るニュータイプ能力と特殊兵装で、バエルを象徴する『印章』、シジルを空中に映し出すことがあった。

 

今回はそれと『運命(フェイト)』のコラボ。

 

アグニカは空中からバエルゼロズを出現させる。

それに合わせて空間の歪みから光を照射し、バエルのシジルを浮かび上がらせた。

 

まるで悪魔の印章から、本物の悪魔が召喚されたかのように。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ソロモンは感極まって絶叫。

 

「これはいいな。格好いい」

 

アグニカですら楽しそうな笑顔で満足げだ。

 

「……」

 

マクギリスは美し過ぎる光景に無言で拍手を送り、静かに涙を流していた。

 

「ふつくしい……」

 

鼻声で滑舌が悪くなり、発音ができていないマクギリス。

 

アグニカ、ソロモン、マクギリスが見守る中でバエルゼロズがシジルから召喚される、幻想的な空間が広がっていた。

シジル転送による悪魔の召喚。

 

 

悪魔召喚陣光(ゴエティア)』と名付けられた。

 

これは神聖な光景を好むギャラルホルン兵士や、宗教的な色合いが強い民間人にすら強烈な視覚的インパクトを与えるだろう。

 

「『ガンダム・フレーム』登場時の限定演出にするか」

 

ガンダムを勝利の象徴として持ち上げるために、『悪魔召喚陣光(ゴエティア)』は特別な場合のみに使用することに決定した。

 

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『地獄の門』開門まで残り12時間。

あと半日で、第二次厄祭戦、初の地球上戦闘が行われる。

 

「地球上を確認したけど、やっぱり魔王城以外に敵のエイハブ粒子は存在してない」

 

つまり、敵が出現するのは魔王城のみ。

そこを取り囲むようにエイハブ粒子を散布していけば、全く別の場所からモビルアーマーが飛び出してくることもない。

 

防衛線を構築する上で、エイハブ粒子散布用のリアクターを大量に設置した。

まるで自軍の存在を主張する旗のように、各所に配備されている。

 

これは転送による兵器の移動、迅速な撤退に使うためであるが、それ以外にも、「自陣地内で倒した敵」の回収にも役立つ。

 

モビルアーマーの武装を回収して再利用したり、解析したりと目的は多くあるが、アグニカが注目したのは「プルーマ」だった。

 

「プルーマを「地雷」に再利用したい」

 

プルーマはモビルアーマーの子機であり、母体から送信されるマイクロウェーブをエネルギー源にしている。

そのマイクロウェーブを受信し吸収するエネルギーパックの冷却装置を外し、あえて過熱化させることで暴発させる。

そこに爆薬を追加して地雷に改造しようというのだ。

 

通常の地雷と違い、モビルアーマーから発射されるマイクロウェーブに反応するため、モビルアーマーのみを狙った対天使地雷に転用できる。

鋭利なクローや後方ドリルは爆風に乗せた炸裂弾に使う。プルーマに捨てる箇所無しである。

 

ただ大量に湧いてくるプルーマだが、破壊した後でも再利用は可能なのだ。

その回収の難しささえ転送でクリアしてしまえば、お手軽な地雷製造原料に早変わり。

 

プルーマを倒した際には、そのまま自軍の素材ボックスに転送されると思ってもらっていいだろう。

 

四大経済圏が保有する最大規模のモビルスーツ製造工場の工場長四人を転送し、色とりどりの作業服を着た彼らを横に並べる。

 

「前線で戦う者も誉れある。しかし、それを後方から支える者達こそが、戦場を支えると俺は思う」

 

工場長達は感極まった様子で敬礼する。

 

「諸君らの奮闘を忘れたことはない」

 

それぞれの肩に触れ、目線を合わせて激励の言葉を送り、手厚くもてなすアグニカ。

報酬は経済圏から幾らでも支給する。

 

「だから戦いが始まったら全工場をフル稼働しろ。再生力こそがこの戦いのカギだ」

 

「「「「はっ!!!」」」」

 

敬礼する工場長達を転送して帰す。

 

後方の備えもほぼ完了している。

 

マクギリスは次なるアグニカの行動は何かとワクワクしていた。

 

「アグニカ、次はどこを落としますか?」

 

「いや、地球圏の大きい所は全部引き入れた。あとは細かい所を調整するのに時間を使うだろうな」

 

急速に大筋が完成し、これといったトラブルもないが、やはり細々とした問題は起こるはずなので、残りの時間はそれの消化に費やす。

 

「重力発生装置の用意をしておいてくれ」

 

マクギリスとソロモンに謎の準備を言い渡した後、アグニカは最後のギャラルホルン武器庫、『漆』番の在処へと一人で飛んだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

南大西洋の亜南極に浮かぶ氷の孤島。

『ブーヴェ島』は地球上で最も人界から隔絶された地であり、極寒の環境では全ての命は凍りつく。

 

気温マイナス90℃が当たり前の白い地獄。

 

その島の中央に、発見されないように偽装された『氷の城』があった。

 

ギャラルホルン武器庫(アポカリプス)『漆』番

 

庫名は『天使のラッパ』

 

統一カラーは氷に塗り潰されて見えない。

 

『漆』番の守護を任されていた初代『ヨハネ』の白骨遺体が壁に埋め込まれていた。

 

アグニカは『黒羊』の儀礼装の上に、暖かそうな毛皮のコートを着ている。

それでもこの極寒の地の装備としては薄着すぎるのだが、アグニカは吐息を白く染める程度で、震えることも身を屈めることもしていなかった。

アグニカは不死身なので極寒の地で薄着でいるぐらいでは死なない。

 

ヨハネの骨が壁からずれ落ち、頭を垂れるように落下し、床に叩きつけられて粉々に砕け散った。

 

死して尚も聖地を守る使命感と、アグニカへの一礼を欠かさなかった忠誠心。

その骨の欠片を握り締め、アグニカは前へと進んだ。

 

地下へと進む階段を、靴音を響かせて降りていく。

無限に続くかのような闇の底へ、一歩、また一歩と進む。

庫へと続くその闇の名は

 

『天国への階段』

 

天井には特殊な空流機構が施され、極寒の風の音を旋律に変え、天国への階段には常に、『G線上のアリア』が流れるようになっていた。

その曲は300年間途絶えることなく演奏されていた。

 

天国への階段の壁面には、階段を降りる者の記憶を強く引き出す特殊な精神作用が施されており、アグニカの中にある『厄祭戦』の記憶が、まるで巨大なスクリーンのように映し出されていた。

 

暗い夜道を一人で歩く時のように、思案に浸りながら、足元だけを見て歩くアグニカ。

戦争と混乱に追われ、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりに思えた。

常に戦争準備のことを考えていた脳内、その思考は凪いでいて、今だけは穏やかだった。

 

氷の城の最奥、分厚い鉄の壁。

 

『天国への扉』の前に辿り着く。

 

たとえこの世の誰であろうと、この場に辿りついた所で、その扉を開けることは出来ない。

アグニカ・カイエル以外には。

 

左右の壁画が、凍り付いて尚も存在感を放ち、アグニカを見下ろしている。

 

『神の人』ガブリエル

『神の如し』ミカエル

『神の癒し』ラファエル

『神の炎』ウリエル

 

四大天使の壁画が、それぞれの固有結界を背景にして飾られている。

 

「死んでてくれよ」

 

アグニカは天使への扉を開いた。

その重い扉の先にあったものは。

 

ーーーーーーーーーー

 

『地獄の門』開門まで残り10時間

 

防衛線の後方に、重力発生装置のセッティングを指示したアグニカ。

ギャラルホルンの科学班が忙しそうに走り回っている。

 

広野の真ん中に、藍色の鳥居のような巨大な装置が、円状に並んで立っている。

 

重力発生装置はギャラルホルン武器庫『陸』番の技術。

 

真ん中に立つのはアグニカ・カイエル。

 

マクギリスがそれとなく問い掛けた。

 

「アグニカ、『漆』番は如何でしたか?」

 

ギャラルホルン武器庫、最後の封印。

その中に入ったのはアグニカだけだ。

 

アグニカは帰ってくるなり、この重力発生装置の魔術陣を作り始めた。

 

「あまり悠長なことは言ってられなくなったからな…使えるものは何でも使う」

 

科学班が装置を起動し、周囲を強風と紫電が舞う。

 

アグニカは腕を前に突き出し、『ある物』を転送した。

 

陣の真ん中に、大量の巨大な物体が出現する。

漏斗のような細長い形で、先端は鋭い刃に見える。

まるで孔雀の羽のような輝きと、中央部にある禍々しい赤いセンサーは眼球の形をしていた。

 

マクギリスは息を呑む。

 

「『ピーコック・ファンネル』!?」

 

四大天使ミカエルの羽。

宇宙空間を自らの思うがままに操れる、そんな殺傷力を持った無人兵器。

 

ジュリエッタ・ジュリスが操る形で、ドルトコロニー宙域でアグニカと戦闘した後、宇宙の彼方へと転送されたはずのピーコック・ファンネル。

 

『ギ!?』

 

スリープモードから即座に起動し、最重要標的であるアグニカ・カイエルをひび割れたモニターで視認する。

 

その瞬間、宇宙空間から地上に変化したにも関わらず、一瞬でスラスターを噴出し、百体ほどの羽が宙に浮かんだ。

 

全ては魔王アグニカ・カイエルを殺すため、彼の心臓に刃を突撃させる。

アグニカは冷たく言い放つ。

 

「頭を垂れて這いつくばえ」

 

紫電と共に空間が揺らぎ、重力発生装置の効果で刃は地面へと叩きつけられた。

 

地面に亀裂が走る。

空気の塊がのし掛かるように、ピーコック・ファンネルを地面に押さえつけている。

最初からピーコック・ファンネルを封じるために重力発生装置を用意していたのだ。

 

それでも尚、殺戮天使の羽はもがくことを止めず、ジリジリとアグニカに近付こうとする。

 

アグニカはさらにその上から、ニュータイプ能力で見えない手を作り出し、ピーコック・ファンネルに叩き付けた。

凄まじい轟音が響く。

ファンネルの巨体が地面にめり込んでいる。

 

『ギギギギギ……』

 

流石のミカエルの羽といえど、度重なる戦闘による消耗、アグニカによる完璧な下準備での待ち伏せで封印されれば手も足も出ない。

 

「俺に従え」

 

アグニカがピーコック・ファンネルを召喚したのは他でもない、これらを操って利用するためである。

 

ファンネルは人語を解していない。

だがアグニカはピーコック・ファンネル内の制御機構の設計図を理解している。

そこにニュータイプ能力で干渉し、プログラムを書き換えようとしているのだ。

 

「お前はもう死んだんだ。平伏しろ。俺に従え」

 

『ギ……ギ、ギギ』

 

嫌々と首を振るように、ピーコック・ファンネルは僅かに暴れ続けた。

 

詳細な設計図を知っていることと、ここまで接近してニュータイプ能力をかけられるという好条件。

 

モビルアーマーをニュータイプ能力で逆操作して操るという発想。

アグニカは牙を見せて叫んだ。

 

「言うことを聞け!!!!!!!!!!」

 

電流が走ったかのように、ビクンと痙攣するピーコック・ファンネル。

その赤いセンサー光が消滅していき、上を向いた刃も地に落ちた。

 

アグニカはピーコック・ファンネル内のシステムを書き換え、プログラム名を『ブレード・ランナー』に変更した。

 

抵抗をやめた天使の羽、その刃を踏みつけ、靴底でゾリゾリと撫でる。

 

「ボロ雑巾になるまで使ってやる」

 

アグニカはいつもの「やりたいこと」があって、それにピーコック・ファンネルを再利用するつもりでいるのだ。

 

魔王のような笑顔を見せる。

 

「機械天使は地獄の業火の悪夢を見るのか?」

 

 

『地獄の門』開門まで、残り9時間




Q.前書きのガンダム00のopっぽい謎ポエムは?

A.久し振りに本作を読みに来てくださった読者様の脳みそを開幕ソロモンの絶叫で殴りつけたかったのでカットです

Q.前回の投稿から8ヶ月以上経ってることに対して何か言うことは?

A.勝手に8ヶ月も経ってる世界が悪い

Q.文字数は?

A.えへっ

Q.Q.言えよ

A.A.あの…あのね?怒らないで聞…

Q.Q.Q.言えッつってんだろッッッ!!!!!!!!!!

A.A.Aピギィィィィィィ!!!!11万9000文字でしゅううううううううううう!!!!

Q.分割しろっつってんだろ!!!!!!

A.切り時がぁ……区切り所が分からないんでじゅうううううう……ぷぇぇ

Q.せめて五万文字ずつくらいで分割とか…なさらないんですか?

A.5月くらいにですねぇ…?
残り時間が8時間くらいになった所で区切ろうとは思ってたんでしゅう…

Q.おお。で?

A.戦争を生きるキャラと、戦争を知らない作者の心の違いをぉ、端的に表す意味もあってぇ、「あと残り八時間なら私は寝ます。なんとかなるでしょ、おやすみなさい」って書こうって思ってたんですぅ

Q.おお。  で?(威圧)

A.それでぇぇぇ……
そればっかりが頭に残っててぇ…それに引っ張られてぇ……考えが固まっちゃってェ……切り上げ時が分かんにゃくなっちゃったんでしゅううううううう!!!!

Q.あ ほ く さ

A.まあ、大切なのは『投稿しようとする意思』だと私は思っている。
投稿しようとする「意思さえあれば」
今回は投稿が遅れたとしても、いつかは投稿できるだろう?
書いているわけだからな
……違うかい?

撃たれまくったオルガ団長「そうだな」


という訳で皆様お久しぶりです!
前回から間が空いた&要領がデカすぎて読みにくい仕様で「ごめんなさいゲージ」がフルマックス飛び越えてゲージ二つ目が現れるほどに申し訳ない気持ちで一杯ですよ私は。
ところで明けましておめでとうございます(唐突な新年の挨拶)

年内に投稿したかった……(届かぬ想い)

まっ!少し遅めのお年玉ということでね!
2021年もどうぞよろしくお願いいたします!!!!!!!!!!!!!!!!!

早速まとめの方、始めさせていただきますので!!


ソロモン・カルネシエル=『光』属性

「光の悪魔」ガンダム・オセを駆り、空から舞い降りるソロモンとの戦闘シーン。

ソロモンの設定は2年くらい前にはできていたのですが、世に出す機会が回ってこないままでいたところ、ついに明かされるその能力!

ソロモンさん『固有結界』使えるんですね……強い。強すぎませんかこれ?

宙域そのものを呑み込める規模の『固有結界』が使えるのは四大天使とソロモンだけ☆
性能ブッ壊れの怪物。実は吸血鬼とかじゃないですよねソロモンさん
流石は初代アグニ会会長といったところですか。

アグニカが強くなりすぎて、アグニカを苦戦させるような強敵を出すのが難しくなってきた本作において、その圧倒的な力と狂気でアグニカを(精神的に)追い詰める強さ。
書いていて非常に楽しいキャラです。
他のキャラが冷静だったり追い詰められてたりしてテンション低めの中、ソロモンだけは我が道を走ってくれるので書きやすいですね。

光と鏡の結界内、ビームの包囲網を打ち破るのはアグニカの新技

バエル・スパーダ。

バエルソードの刃を転送して敵を切り裂くという反則技。

どこからどう見ても『月の呼吸』で草バエルwwwwww

鉄血のオルフェンズ×オリジナル設定×鬼滅の刃

「バエル」が「転送装置」で「月の呼吸」!!!!!

これこそ二次創作の真骨頂!!
最高やな!!!!!!!!!!!

この新技を映えさせるためにソロモンさんに来ていただいたので、開幕の戦闘シーンは大好きなベストシーンとなりました。

アグニカの歪な精神構造を割れた鏡で表現したいとは前から思っていたので、ここで鏡の銀色とバエルソードの金色のコラボレーションきらきらエフェクト乱舞は最高に格好いいですね。好き。

ソロモンが遅いんじゃなくてアグニカが早すぎる時の決め台詞「おそすぎる」が言えたのは本当に嬉しい。
初期から使ってる決め台詞はどんなに唐突に差し込んでもOKなのでタイミングとしては最高でしたね。大好き。

そしてバエルゼロズ名物『嘔吐』も漏れ無く御披露目!!
今回はなんとアグニ会会長ソロモンさんに嘔吐していただきましたぁ!!パチパチパチパチパチ(拍手)!!!!!!!

黄金の吐瀉物とかいう生命に対して極めて冒涜的な忌み物だいしゅき。

撃墜されたオセはガンダムもののedに良くある、倒れてるガンダムが映し出される悲しくも神々しい存在感のあるイメージですね。

そして全裸王ソロモン登場☆

頑丈な作りのパイロットスーツを北斗の拳オープニングみたいに縦に引き裂いて破り散らすソロモンだいちゅき。
全裸だけど局部は黄金の輝きで照らされているので全年齢対象。
これならバエルゼロズも夕方5時に放送できるね。
チェンソーマンアニメ化も決まったんだからバエルゼロズだってアニメ化できるだろ
アニメ化しろ(脅迫)

リメイクでもいいよ!(支離滅裂な発言思想)

さて、いざアグニカとソロモンが対面し、何を話すか迷って筆が止まってしまった所に、ヘルシング名言で肉体強化魔術をかけてやる気ブーストさせて展開を進める戦法が非常に役立つ場面でした。

ソロモンから語られる母親の意思。
まだ狂ってない頃の両親の、本物の愛があったこと、そしてアグニカはアグニカとして生きていいことを告げられ、涙を流すアグニカ。

ソロモンを書くうえでのテーマに、「アグニカを抱きしめられる懐の広さ」の持ち主であることを意識していたので、(全裸とはいえ)アグニカを抱きしめてあげられる数少ない人物としてストーリーに入り込んでくれたことは凄く嬉しい。


そしてバエルゼロズ界における、ギャラルホルンの前身組織。

他の二次創作作者様による様々な名称が魅力的な輝きを放つ中、ヨフカシは『天秤』か『聖杯』か悩みに悩んだ結果、

やはりFateをパクることに決めたんだから、本作はこの設定と共に進もう!!!!

ということで『聖杯』に決定。

北欧神話における角笛も、知恵の湖から水を組む角杯としての役割を持っていたとされ、原典とも相違無しの設定なので、すんなりとストーリーに落とし込むことが出来ました。

まあ本作の聖杯は死者の魂を注ぐ血の聖杯であり、それを飲み干す吸血鬼アグニカという設定なので、より禍々しさが増してしまっている状況。

マクギリスはこんなのに憧れてクーデター起こしたのか……あ、いや本作はまだクーデター起こしてないからセーフ。
アグニカもマクギリスも悪くない。

マクギリスとソロモンの絡みは絶対に避けて通れない、いわば運命の邂逅として決められていた筋書き。

言葉を交わすことなく無言で抱き合う変態同士、最高に面白いですね(笑)
お互いを理解して受け入れ合って00映画版のラストをやってるのホント笑えますねwwwwww

苦労人であるガエリオとアドルフくん(ソロモンの子孫)が同じような境遇で親近感湧いてそう。

さて、前回のラストで明かされたマステマの正体、脳内に寄生するナノマシンという割りと笑えないキモさの『蟲』であることが判明。
脳みそスキャンしたら黒いプツプツが入ってるの地獄じゃないですか?気持ち悪すぎる……
そんな蟲を焼き殺すニュータイプ能力『業火』でしたが、いかんせん試したのがマクギリス一人だけだったので、まるで全人類を一人一人訪問して治療してあげなきゃいけないんじゃないかという途方もない作業量の前に絶望していたアグニカ達。

あのアグニカが空を仰いで悪態を付くほどにはしんどい状況。

そこにソロモンの「光を操る」というニュータイプ能力と掛け合わせることで、「その光を見た者の脳内ナノマシンを焼き払う」という超便利なアイテムが完成。

アグニカとソロモンの初めての共同作業で作り上げるものなので、やはり特別なものにしたいという気持ちもあり、人類が抱える問題を一気に解決できる夢のようなアイテムに仕上がりました。

やはりアグニ会大先輩であるソロモン会長が、現代暫定会長であるマクギリスのミスをササッと解決してくれるのは格好いいですね。年季が違うということでしょうか。

足を使った作業をマクギリスに任せ、早速テレビ局を占拠しに行く二人。
この世界のテレビ局は重要な軍事拠点か何かなんですかね?
凄い襲われまくって占拠されまくってると思うんですけど……怖いな~戸締まりしとこ

SAUの人気番組マレーアンドジョーカー。
司会のマレーさんは銀行強盗して昼下がりのロサンゼルスの大通りのド真ん中で銃撃戦したりゴッドファーザーの若き頃の回想だったりアルカポネの役をしてそうな見た目のロマンスグレー。

ボケ担当のジョーカーさんは偽の母親を枕で呼吸困難にして殺害したりしてそう。

ソロモンによる光情報化したニュータイプ能力ですが、当初はソロモンの局部から強烈な光が放たれて全人類が洗脳されるという最低すぎる筋書きでした。
直前になってほぼ全削除してメンインブラックの「ピカッ」とする記憶消去装置を参考にしたペン型光線機に変更。これで良かったと思ってます(笑)

そして転送装置の正式名称をアグニカが決めるという超重要なシーン。

その名も『Fate』!!!!!!!!!

これによって転送装置を主軸にした作戦名をFate○○にすることが可能。

ゼロズとフェイトを掛け合わせた
『Fate/Zeroes』という大作戦が敢行される日も近い。
うん!!!!美味しい!!!!!!!!!

ヒャア!!!これだから二次創作はやめられねえ!!!!!!!!!!!!


ちなみに今回のテーマは『アグニカ無双』、並びにアグニ会無双。

人類が抱える問題をバッサバッサと暴力で斬り伏せるアグニカは書いてて最高に気持ち良かったですね!

その最たるものがアグニカ達による生身の銃撃戦シーン。
2丁拳銃が最高に似合う男アグニカ。
なにせモデルは最強の吸血鬼であり吸血鬼ハンター『アーカード様』!
超デカ拳銃ジャッカルとリボルバーで十字のポーズを取ってガン=カタするアグニカ最高に格好いいですね。大好き。

敵のアジトに乗り込んで扉開けた瞬間に銃をドカドカ撃ちまくる快感は全人類共通の胸熱&スカッと爽やかの笑いが止まらねーぜッ!な展開。これは遺伝子レベルで刻まれたここすきシーンですね。

アグニカ、ソロモン、マクギリスが横並びになって二丁拳銃撃つシーン、格好いいけど、それとは別に超展開すぎて笑ってしまう迷シーンでもありますね(笑)
私としては大好きなシーンです(笑)

前から撮って良し、後ろから撮って良し、下からのローアングル(薬莢が落ちてきて格好いい)なんかもベネ!ですね!!

ガンカタシリーズ、強化人間は出るけど人口脊髄を挿入して神経伝達と身体能力をパワーアップさせた強化骨格人間は出てきていないんじゃないでしょうか?
まあ日5時に放送できる内容ではなくなりますが(笑)

という訳で強化骨格によって人外レベルの力を手にした人造吸血鬼集団対アグニカとアグニ会会長コンビ。

アグニカは弾丸を弾倉に転送してリロードできるので、本当に「リロードは気分」で銃をドカドカ撃ちまくれるのが魅力的。
しゃがみ走り、バーのカウンターに飛び移るやつ、天井走り、モツ抜きの要領で脊髄を引っこ抜くなど殺りたい放題。

ソロモンは光で立体映像を浮かび上がらせて総攻撃に対する囮にする作戦。
老いたルーク・スカイウォーカーみたいなことしてて草バエルwwwwww

何気に生身でも強いことが判明したソロモン。これはあれですね、性格以外完璧な秀才パターンですね。
背中から一撃喰らってしまうものの、服を全て失う代わりにダメージを帳消しに出来る特殊な服を着ていたおかげで死を免れる。
……いやソロモンは全裸がデフォなんだから実質的にノーリスクで致命傷を一回無効化できるのズルすぎませんか?

全裸のソロモンが局部光らせながら宙返りして銃をぶっぱなすシーン、どこからともなく「ヤンマーニ♪ヤンマーニ♪ヤンマーニ♪ヤーイヤ♪」が聞こえる聞こえる。

二人の化け物が無双する中、あくまで人間としての技量レベルの範囲で化け物を倒すマクギリス。まっとうな吸血鬼ハンターっぽくて好きです。
それでも原作と同じく超精度の狙撃技能と推察能力を見せつけ、やはり人外レベルの戦闘力を持つことを証明してくれたので嬉しい。
人造吸血鬼が防弾マスクをつけていたら危なかったですが、幸いにも敵は己の力に慢心していたので、マクギリスの「ガエリオオオオオオッ!!!」が通用して良かった良かった。

最近のアグニカって人を殺していないんですよね。
人を殺さないアグニカってアグニカなの?という疑念がよぎり、ついには「本当に自分はアグニカ・カイエルを書いているのか」とアイデンティティ崩壊しかけていたので、こうして紛いなりにも人間っぽい悪い奴を殺せたのはスッキリしましたね。


マステマの施設を守る敵キャラを登場させようとは思っていたのですが、程々に強く、能力も映えて面白く、アグニカもちょっとピンチに追い詰められて、尚且つスピーディーに死んでくれる。
そんな好条件のオリジナルキャラ製作に苦戦していた頃、「なんか無いかなー」とヘルシングをパラパラとめくり、「なァァァめェェェるゥゥゥなァァァァァ!!!」のシーンを見つけ、「居たぁ……」(ニチャア…)と笑みを浮かべ、即採用という運びに。

魂感知能力が効かず、戦闘能力も高い人形『オートマトン』で戦うという作戦、アイデア自体は悪くないと思うんですがね。

アグニカが強すぎて勝てなかっただけなので、まあしょうがない。切り替えていこっ。

奇しくも初代セブンスターズとの戦闘と同じ1対7の苦境なのに、アグニカが追い詰められてる感じがしないのは、やはりその不死身の再生力ゆえでしょう。

前話の「捕まった」や「衝撃」を読み返してもその辺が分かりづらかったので、簡単に説明しますと、

アグニカが不死身の再生力を持っているのは生まれつき。人間じゃない怪物だから。
しかし人間の仲間になりたい寂しがり屋のアグニカは、自分を人間だと思い込むために「人間のフリ」をする、つまり不死身の再生力を封印した訳です。
その上、致命傷を避けるように心掛けたり、死ぬほど身体を酷使しない「リミッター」を取り付けました。

一方、バエルのリミッターを外して『代償』を払ったはずなのに身体に障害を抱えていないのは、この不死身の再生力を一時的に解放して『代償』を払い、即座に回復するというチートを平然と行っていたからです。

そんなガバガバの縛りじゃあリミッターの意味ないじゃんと思われるかもしれませんが、そもそもリミッターを作ったのは「人間のフリをしたいから」であり、いざ戦闘となった時は「天使を殺したい」が最優先になるため、ここで『代償』を全額支払いして再生する無限循環チートを使うことは、アグニカの信念に矛盾しない訳です。

アグニカがそう言うからには正しいんでしょう。
アグニカの中ではねえ!!

他のガンダムパイロットからすれば代償払うのが馬鹿馬鹿しく思えるチートですが、当のアグニカは無意識だから理由が分からないという純粋な悪質さ。
こんなんチートやチーターや!!!

しかしドルトコロニー宙域にて初代セブンスターズと戦い、「人間のフリ」をしたままでは勝つことが出来ず、今すぐ彼らを殺してあげるためにリミッターと「不死身の再生力」の封印を解除。
怪物として初めてバエルゼロズで戦います。
結果がどうなったかはウフフフフ!

そして地球に降りた後もリミッターは外してあるので、怪物としての能力を遺憾無く発揮するアグニカ。

まあ「人間のフリ」をしたままでは地球統一に40年かかるので、三日で終わらせるというブラックなノルマ達成のために禁忌を通常手段化。
これはアグニカにしか出来ないと思うので、貴方が主人公で良かったと思える瞬間でもあります(笑)

アグニカによる『月の呼吸』でオートマトン全滅。
屠殺されるトバルカインの流れは書いてて最高に楽しかったですね。
所詮トランプ遊戯ではアグニカの足止めすら出来ない。
海馬社長なら銃の撃鉄にトランプを挟ませて発砲を止めるぐらいはするというのに、この伊達男は本当に伊達でしか無かったの失笑を禁じ得ませんよwwwwww

生首だけになって吸血されるトバルカイン大好き。
ナノマシン吸収して情報を引き出すの強すぎる。
モーガン博士のリモコンポチーからの発火させて自死という流れでも良かったのですが、犬のクソにはもったいないくらいには再利用の余地があるので、取り敢えずアグニカの影の中に収納。今後の活躍を大いに期待しているよ。

さて、この空白の300年間にマステマの犠牲になった人々のデータと魂を吸収するアグニカ。

ドンパチ楽しい先程までとは違い、暗い感じの無言シーンが続きます。

全ての犠牲者の魂を吸収するという、ヘルシング最終話近くのような展開。
この中にシュレディンガーの猫でも混じっていたら一発で終わりでしたが、幸いそんな異物は混入しておらず、時間をかけて消化に成功。

犠牲者の遺体を荼毘に伏すアグニカ。
死者を火葬する『業火』というのもタイトル回収ポイントで好きです。

親しい仲間の遺体を火にくべるシーンはやはり胸に来ますね。
業火と影になったアグニカの後ろ姿がグッドです。
一番好きな火葬シーンはダースベイダーの服を息子ルークが一人で焼いて見送る所ですね。

場面は変わって『ルキフグス討伐作戦』の大会議。
この世界でもオンライン会議してて草バエまくりですよwwwwww

SAU北米大陸にて、時計のようにグルリと四方を囲む防衛線。

先ずはステージだけ完成させて、そこに五枚のモビルスーツカードと要塞カードと補助カードで構成されたパーティを配置するアプリゲームみたいな事するの、一度やりだすと止まらない辞められない。
パーティ構成のモビルスーツをどうするか、低レア縛りや遠距離縛り、育成状況や装備に至るまでやりこみ要素満載。
要塞ユニットや補助カードによって戦い方は無限大。
君だけのパーティで防衛線を守護せよ!!みたいな感じの自己セールストークで自己催眠にかかって無限の時を消費するヨフカシ。実際にこれは楽しい。
スマホアプリとしてバエルゼロズ実装されないかな……利益は百パーセント還元するから見返りに劇場版バエルゼロズ作ってください。
Web限定アニメでもいいよ!

十二方面の防衛線、説明するべきことは膨大にある癖に文字にすると分かりづらく、しかも常に「これいる?」という疑念がちらつく心の天秤ガタガタ震えて命乞いする心の準備はオーケー?みたいな面持ちで書いていたので、後半にパーティ編成した時に五属性でイメージ出来ると気付いた時には胸を撫で下ろしましたね。

やはり視覚的イメージは強い。
色合いで個性分けするのは古来より伝わる優秀な演出だったんだなって。


マステマによる脳内ナノマシンの呪縛が解け、全人類に英雄願望と英雄讃歌の気運が生まれる。
マステマが『業火』によるナノマシン一掃を止めようとしなかった所を見ると、ナノマシン有りで操るのも良し、ナノマシンが無効化されてその反動が起こっても良しという風に、二段構えで洗脳していたのでしょう。

モビルアーマー側とて数十年かけて「人類を滅ぼす敵」というイメージを確固たるものにしたので、それを数日で人々に受け入れさせるには洗脳解除による副作用で強制的に植え付けるしかない。

マステマ側も結構無茶してるのかもしれませんね。

そして再スタートするアグニカによる洗脳巡りの旅。
突撃隣の経済圏代表、先ずはデイビットさんの自室にお邪魔します。
3つのオリジナル経済圏代表キャラの中では一番好きな、アフリカンユニオン代表デイビット・クラウチ。

SAU対アフリカンユニオン。
西暦の時代で言えばイギリス率いるヨーロッパ諸国VS北米アンド南米大陸の戦争。
かつての植民地と主が戦うのは見てて本当に面白いですねwwwwww殺し合え殺し合え。地獄を見せろこの私に。

天文学的な賠償金を要求されて伊藤カイジのようにグネグネしていたデイビットさんですが、「身代わりを立てる」というアグニカ好みな事を口走ったことで、その言葉が触媒になってアグニカを招き寄せてしまったの本当に笑えますね(笑)

アグニカによる洗脳と口説き文句、一番好きなのは「厄祭戦の舞台になった場所は荒れる」ということ。
月でさえボコボコになる全面戦争。
特に第二次厄祭戦はお互いの戦力をオールインした局地戦で総力戦という意味不明な形態を取るので、SAU北米大陸が元通りにならないかもと予想するのは流石アグニカ賢い。この辺も「厄祭戦知識」という特典が活かされてて好きですね。

転送装置による瞬間移動を「貴方だけに会いに来ました」という面会トリックに使うの大好き。
この時間は誰それの部屋にいたので時間的に別の部屋での犯行は不可能だよねという類いのトリックを滅茶苦茶にするアグニカと蒔苗のコンビ。

世界を飛び回る中川家もびっくりな面会スケジュールだ草バエますwww
蒔苗のお爺ちゃん24時間働けますかの基本が出来るのだろうか。
まあ政治家って緊急時には眠らない夜を過ごしてそうなイメージがあるので、たぶん出来るんでしょう。
アグニカは十日ほど寝てないんですけどね……ほんと人間じゃねえ!!!!


クーデリアとフミタンの同衾レズベッドの暖かさ大好き。尊い。尊いよこれは。
ほとんど下着の寝巻きで抱き合って眠る美女二人。ずっとこの光景だけ見ていたいですね。戦争なんてやめよう皆!終わり!閉廷!!

遅くなったけどフミタンお疲れ様。
フミタンの死亡フラグが飛び交うドルトコロニー編は終わったので、もう彼女達に命の危機が及ぶことは無いんじゃないかな?
アグニカが全力で守ってくれるし。

原作二期で三日月とクーデリアのお互い仕事が忙しい中で僅かな時間を見つけてイチャつく関係大好き。
アグニカにも採用。

一分一秒が人類の逝く末を決める大事な期間に逢瀬を遂げるアグフミ大好きすぎて泣けますね。

やはり「抱き締める」というのは愛情表現の視覚的インパクトとしては最上位に位置するのではないでしょうか。
愛し合っているのが一目で分かり、短い描写で多くを伝えられるのが素晴らしい。
男女間の愛情表現としてもソフトな部類に入るので、全年齢対象でも放送できて良いですね。

当初はクーデリアとフミタンが寝ている部屋に転送して現れ、女性陣が悲鳴をあげて枕を投げるというお決まりの展開にしようとしたのですが、三日月ならともかく、アグニカがやると「何やってんだコイツ…」みたいになる可能性があるため、フミタンの簡単メイク直し描写や上着を羽織る描写を入れたいという欲求もあり、部屋の外で大人しく待つアグニカという構図に変更。

場所から場所へ転送する最中に目的地を変えられるのかという実験描写も入れたかったのですが情報過多の恐れがあったのでカット。
そもそも転送されるのは一瞬なので、アグニカ並みの超速思考と反応速度が無ければ不可能なうえ、「分かりづらい」という今回最大の問題点を解決できず、割愛ということに。


フミタンと抱き合ったその足でカルタの様子を見に行くアグニカ。
ポケモントレーナー感覚で決闘を申し込まれる。おい、部隊を指揮しろよ。

ナギサ・イシューさん『柱』だった説が浮上するイシュー家家宝の刀。

部下が円を組んで族長の決闘を見守るの大好き。
ザ・戦闘民族って感じします!
意図的に背景を人で埋め尽くすことで、決闘者以外の情報を廃する構図好きですよ。

向かい合うアグニカとカルタ。
ピリピリとした緊張感大好き。

何気にガエリオの語った「アグニカと一対一したヤベー奴」のリストにカルタが加わったの本当に大好きですね。

雷ばりの『イアイギリ』を放ち、アグニカの首を両断しようとする。
ちゃんと鞘まで活用する剣士は強いと私は思いますね。使えるものは何でも使う姿勢が大好きです。

「人間のフリ」をやめているので首を半分斬られても即座に回復するアグニカだいちゅき。

決闘に破れ、本作では珍しくちゃんと「自分の意思」でアグニカの配下に加わったカルタ。
カルタ親衛隊もカルタ様の覚悟を優先するのでアグニカの軍門に下る。
これにて地球外縁軌道統制統合艦隊をマルっと吸収。これは美味しい。
古き良きギャラルホルンって感じですね。

アグニカは本当にカルタの事を贔屓にしているので、最後まで洗脳という手段を取らなかったのもここすきポイントです。
ガエリオも好きだけど嫌われちゃった☆テヘペロ☆

戦争孤児が麻薬に手を染めないはずが無いので、やはり地球の問題を解決しようとするアグニカなら着手してくれると信じてました。
流石は正義の英雄アグニカ・カイエル。
まあ実際には粉末状ニュータイプデストロイヤーという恐ろしい新薬を開発して市場にバラ撒くという悪魔の所業を行う。

川澄綾子さんボイスで「お前の正体が分かったぞ!
『外道』!!!!!!!!!!!」とか言って欲しいくらいの外道畜生っぷり。

そのナノマシンを開発するためにちょっと前から名前だけ登場していた『果樹園』のイズン・アプルツリーマンの所へ飛ぶアグニカ。

イズンちゃんは蝶屋敷関係者の女の子の可愛いところを全部引っくるめて、その上で鬼になったようなイメージで書いてます。
庭園サイズとはいえ『固有結界』も使えるし、やっぱりこの世界の強キャラの能力は強すぎる。

アグニカの無限残機の一つを消滅させる大金星をあげるも、即座に復活したアグニカによる蝶々の群れ大炎上パフォーマンスで心を揺さぶられた直後に首絞め洗脳というハードな連続攻撃で倒されてしまう。
アグニカが強すぎふのであっさり負けてしまいましたが、イズンちゃんも相当の化け物だったと思うので、やはりアグニカ以外では誰も勝てなかったと思う。
お疲れ様でした。

イズンちゃんを倒して安心した所に乱入イベントが発生、まさかの連続ボス戦に突入。
現れたのはバエルゼロズ界のビッグマムことリナリーファルクさん。
アグニカに不意打ち先制攻撃を加えるという超人じみた戦闘力を見せつける。
片手でショットガンクルクルリロードというターミネーター2のバイク戦でシュワちゃんがやってた奴まで簡単になしとげていたり、ほんとお前何者だよいう強さを持つ巨女。
ファルク家の女だけ強すぎじゃありませんかねえ……

しかしバクラザン家も負けてはいない。
あのアグニカの気配に気付いた上、まさかの一対一での肉弾戦。
暗殺拳法を使う達人お爺ちゃんとアグニカの暴力がぶつかり合う熱い展開に。
アグニカがピッチリした黒シャツ戦闘服を着ているのがここすきポイントですね。

時間操作魔術みたいな身体能力を持つネモさんとガチバトル。
アグニカと殴りあって生きてる人ってそうそう居ないと思うので、ネモさんはセブンスターズ当主の名に恥じぬ強さを持っていたと思います。

モビルスーツに乗っても滅茶苦茶強いと思うのですが、いかんせん高齢ゆえに長期戦に向かず、阿頼耶識手術にも耐えられないのが残念ですね。
ネモさんの敗因は老いですよ。

そしてついに、皆大好き腹黒経済圏代表会議。

私も『十国会議』並の多数の大物達による濃密な会議を書きたいという気炎により、それぞれ経済圏の副代表を交えた8人構成で会議を始めたものの、代表達四人しか喋ってなくて構成力の低さが だめだね~♪だめよ♪だめ♪なのよ~♪♪♪

自国のために腹芸と深慮遠望を繰り返す会議。
奥の手として悪魔アグニカと契約した気でいる各代表達ですが、皆が同じ悪魔と契約しててしかもその悪魔が司会進行を務めて操っているのホント笑えますねwww

バエルゼロズ世界に核爆弾が存在することは確定していたのですが、どのくらいの数が存在するかまでは決めていなかったので、少量だけ存在するのか大量に存在するのか決めかねていた所、ガンダム史上最も核爆発が活躍する作品と名高いSEEDを参考に見ていたのですが、あの「キュパッ☆」という軽い発射音から繰り出される大量の核爆発には戦慄を覚えましたね。
「荒廃した世界観なのに一丁前に核爆発だけ大量生産してるのはおかしいだろお前コラァ!」と思ってしまったので、本作の核爆発の数は16発に限定することに。

丁度いいのでエヴァンゲリオンの設定をパクりました。
核爆発の名前は核に関係する私が知っているものから手当たり次第に採用。
Mark4のノイズィーウッドはざわざわ森のがんこちゃんですね。
Mark14は「博士の異常な愛情」からいただきました。核爆発と共に投下されるコング少佐大好き。

アグニカによる洗脳での「会話スキップ」が便利すぎて笑いが止まりませんね(笑)
普通ならこんな状況では騒ぎまくって余計なことや無意味なことを言って時間を浪費してしまうのですが、小説特有の「必要なセリフ」のみのスタイリッシュな会話であることへの説明として、アグニカが会話スキップボタンを連打しているからと言えるのが愉快痛快。

久し振りのラスタル様に苦しんでもらおうキャンペーン第4段
『地球圏満場一致でラスタル断罪』

終始ラスタル様に罪を擦り付ける話し合いしてて草バエ散らかしますよwwwwww

ここまであからさまに特定の個人を名指しで悪者扱いするのはあり得ないのですが、ま、そこはアグニカの会話スキップと洗脳と暗躍によって促されたのだから仕方がないね!

ついに皆の前に姿を現した革命の乙女。
クーデリアが四大経済圏会議に出席。
超クライマックスですやん!!!

クーデリアの語る真実と、彼女が求める正義の心。
確かに代表達の心を動かしたものの、それだけでは経済は動かない。
そこで重要になるのがクーデリアの政治的価値。
思想家として世間に与える影響力、その膨大な『力』に価値を見出だした代表達が、クーデリアの言葉に乗るという形で演説は成功。

見た目が綺麗で中身も充実してるとかいう欲張りセット乙女クーデリア。

走る速さが遅かったというだけで、その足取りは自分を越えると確信していたアグニカ。
ついにクーデリアが「アグニカにすら辿り着けなかった理想の果て」の道を歩み出したのを見て、優しい笑顔を浮かべる。
ああ、安心した……

目をかけているが故に厳しく接したこともありましたが、その「芽」が出たことに心の底から安堵し、祝福するアグニカの姿も大好きです。
ここだけ「前作の主人公」感あります。

「1」で辿り着けなかったハッピーエンドに「2」で辿り着くのは嫌いじゃないわ!

あとはアグニカがモビルアーマーマステマという粗大ゴミを片付けるだけ。


一方その頃、ファリド家邸宅でいとも容易く行われるえげつない行為。
遠坂時臣(イズナリオ様)を刺殺する言峰綺礼(マクギリス)。

イズナリオ様の口から繰り出される迷言の数々大好き。
「待っていたよ」(自殺願望)
「遺言状のようなものだ」(生放送)
「万が一」(数分後)
「アゾート剣だ」(武器提供)
「もうこんな時間か」(死期)などなど。

心臓を刺されたものの、アグニカの血には傷をふさぐ作用があるので、イズナリオ様はまだ死んでいないです。生きてます。
まあ「二度と元に戻らない」という意味では死んだも同然なんですけどね!ハハッ!!

イズナリオ様を誅殺したご褒美に死ぬほどキツい改造手術を施されるマクギリス。
ハードな責め苦に喜ぶ修行僧プレイに見えなくもない。
嬉しい?ホントに?嫌ならそう言ってくれていいんだよ?そう?なら「人間やめさせていただいてありがとうございます」って言ってごらん?
うわ…ホントに言うんだ……キモ……
という感じ。

今回だけでソロモンとマクギリスの二人が嘔吐するのホントに大好きだし書けて幸せです。至福のひととき。
このためにバエルゼロズ書いてると言っても過言じゃないですからねぇ(うっとり)

地球上で暗躍するアグニカとラスタル勢力。
ラスタルの私兵であるガラン・モッサさんがいい仕事をしたようですね。
確実に結果を出し、迅速に撤退。証拠も残さない。
流石は髭のおじさま!

転送して各国で犯罪しまくるのは映画ジャンパーと似た部分もあるので、パクリ疑惑を指摘されるぐらいならこちらからパクってしまおうという粋な計らい。

ラスタル様は情報戦が強い印象があるので、やはり情報の止め方、集め方、広げ方、解釈の仕方をマスターしていて優秀な人材だと思い知らされます。

しかしアグニカも黙ってはいない。

日曜日のたわけことイオク・クジャンを出汁に、ダインスレイヴの合法化を目論む。
ダインスレイヴは武力としてメチャ強なのに政治としてメチャ弱なの愛らしいですね。
マクマードのおじきもダインスレイヴ使用を揺さぶりのカードに利用していましたが、アグニカはイオク様そのものを利用しようとする悪魔の発想。

原作でイオク様が「どんな弱者にも全力で当たるのがクジャン家の教えだヨ!」と言っていたのは今見てもイーライーラポイントですが、まあ過去の解釈は個人によるんだなぁと考えさせられるシーンでもありました。

解釈を変更すれば使い方も変えられるというのが法律の世界。恐いなー……


そして運命の邂逅、イズナリオ様とラスタル様のオンライン面談。

実質的に地球と月を支配する二大勢力のボス同士が話し合う重要な会議。

しかしそこにもアグニカの魔の手が…!


アグニカによる世界征服について、作者の中では順調に進んでいるつもりでいたのですが、いざ読み返してみると個々人をボコボコにしているだけで、集団として運用できているのか?という点が分かりづらかったので、『視覚的インパクト』をドカンと一発ブチ込むことで解決することを目論みます。

軍隊が武力を誇示する際には、やはり『隊列パレード』が一番効果的だと思ったので、アグニカにも洗脳した人を全員集めて礼拝堂の通路を歩くシーンを挿入。

「白い巨塔」の総回診シーンかな?

原作ではガエリオがマクギリスへ侮蔑の意味を込めて放った「ハーメルンの笛吹き」という言葉を、本作では一捻りして取り入れてみました。

この隊列行進は前から撮って良し、横から撮って良し、上から撮って良しのド迫力シーン。
これを書いてる時は本当に楽しかった。
今までコツコツ洗脳してきた努力が報われた気までしましたね。

一番のお気に入りは小説では表現しきれない「ザッザッザッザッ」という軍靴の音。
靴だけ映して無限に流れる川のように行進が歩む不気味さも最高に気持ちいいです。大好き。

記念すべきアグニカとラスタルの対話。
第一声がまさかの猗窩座殿嘘字幕コラというのが笑えますねwwwwww

ラスタルほど思慮の深い人材でもおそらくマステマには敵わず死んでしまうので、アグニカはそんな結末を望まず「部下になれ」と促すのですが、ラスタル様は「信用できない」と突っぱねる。

何気に現実世界でも信用問題は解決がかなり難しい。
こればっかりは時間をかけて積み立てていくしかないので、洗脳が届かない以上、アグニカとラスタルの間に信頼関係は築けない。
むしろ信頼関係とか度外視で経済圏代表やセブンスターズ当主を洗脳して手駒にしてきたのがイレギュラーすぎるのであって、こういう会話こそが正常なんですよ。
なんか本作だとラスタル様がごねて不遜な態度を崩さない悪漢みたいになってて草バエルスパーダwwwwwwwwwwww

ともあれ、原作バクラザン家のように『中立』の立場を宣言してくれたのは大きい。
防衛戦の前に仲間であるはずのラスタル様の月面基地に殴り込みかけるシーンなんて書きたくないよ私は。これ以上タスクを増やすな。やめてくれカカシその仕事量は私に効く止めてくれ

マッキーならここで半ギレになりながら「バエルを持つ私に逆らうとか殺されてぇかお前!?」と恫喝する所でしょうが、アグニカは中立でオッケーというベストな落とし所を作る。

そして中立ということは反対をしないということなので、自動的にセブンスターズ会議では賛成票を入れた扱いになるの理不尽すぎて大好き。

一定時間内に操作しなければ選択肢1で決定しちゃう仕様ですねこれは。

知らず知らずとはいえ、イオク様に責任を押し付ける議決に賛成票を入れちゃうラスタル様、流石にアグニカ相手では分が悪いとしか言い様がない。
ラスタル様は原作以上に優秀なのにアグニカはそのさらに上を行ってるのが伝えられたので好きな話の流れでした。

法律改案の名前ですが、漢字だけだと味気なかったので、私の好きなワードの中からそれっぽく融和するものをルビとして使用することに。

世界中の軍事施設を転送してユニット化するのはいいのですが、スッカラカンになった跡地はどうやって誤魔化そうか考えた結果、まあソロモンの立体映像でなんとかなるだろうという甘い算段をたてていたヨフカシ。
そこに現実世界の混乱状況を参考にさせていただき、外出自粛令=国家総動員法説というとんでもない陰謀論に辿り着いた訳です(支離滅裂な発言思想)

さて、いよいよアグニカがギャラルホルン地球支部の全戦力を掌握。
実際にブツを回収して回るブドウ狩りならぬ刀狩りの季節。
たわわに実った刀を収穫して鍋に煮込んで食べましょうね~。

武器庫に関しては四番にダインスレイヴがあること、四番と聞いてマッキーが「四番…?」という程度には、庫の番号によってランクがあることが伺えたので、本作では

『ヨハネの黙示録』の七つの封印を参考に……というか全パクリさせていただきました。

ヨハネの黙示録とはつまり、世界の終わり、終末にどれくらい酷いことが起こるかを書いている本。

この中で『支配』『戦争』『飢餓』『死』は騎士の姿をして人々の前に現れるとされる。

この武器庫を全て解放する時のセブンスターズの掛け声には悩んだのですが、ここはやはりヘルシングからパクろうと思い立ち、イスカリオテ大行進☆のシーンで覚悟ガン決まり影絵の迫力キレッキレの「アポカリプス・ナウ!!!!!!」を取り入れて完成。

武器図鑑を最初から全部埋めるチートを使用するアグニカ。

それを前線へとオールイン。
「三日で防衛線を完成させる」を有言実行どころかちょっと速く納品しちゃうアグニカは化け物。はっきり分かんだね。

ところで鉄華団もバリバリ最前線で戦うことになったて草バエルwww

ヨフカシ「急に呼び出してごめんね。クーデリアの思い、確かに聞き届けました。
鉄華団は作戦に参加しなくてオーケーだよ」

クーデリア「ほっ」

ヨフカシ「でもオルガ達には戦ってもらうね」(上げ落とし)

クーデリア「ファッ!?」

ヨフカシ「そもそもバエルゼロズという作品を書き始めたのは、原作二期の消化不良が原因なんだよね。
その一つがやっぱり獅電オルガ機にオルガが乗らなかったことなんだよ」

クーデリア「でもあれは!オルガ団長が前線に出るような事態はあってはならないと!」

ヨフカシ「そうだね。その辺の事情はハシュマル戦でも説明されていたね。でも三日月が過保護なまでにオルガを後方に留めたことは、ビスケットの死の影響が大きいと思うんだ」

クーデリア「それは……」

ヨフカシ「それ以前は三日月、オルガに前線に出るなとは言ってないんだよ」

クーデリア「ですが!それとこれでは話が違う!!」

ヨフカシ「本作ではそのビスケットの死が回避されている!!!!!!
つまりオルガ達鉄華団は前線を舐めている!!!!!!!!!!
死の恐怖を舐めてんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

クーデリア「ひええ」

ヨフカシ「だからこそ大した違和感も抱かずに最前線に出る!!!!!!!!
ここが鉄華団の名を上げる好機と見ているから!!!!!!!!!!!!!」

クーデリア「だからって!」

ヨフカシ「ある程度理屈が通っていればそれでいいんだよ!!!!!!!!!!!
重要なのはああああああ!!!!!!
私がオルガ達のMS戦闘シーンを書きたいからだああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

クーデリア「人間のクズがこの野郎」


という訳で鉄華団の少年兵達も防衛線に参加。
鉄華団とギャラルホルンが轡を並べて戦うのは胸熱展開ですね!

正真正銘「地球の危機」なので、ここで手柄を立てられれば鉄華団の名は一気に上がる。
ハイリスクハイパーテラアルティメットリターンな作戦。


アグニカのニュータイプ能力がエイハブリアクターにまで影響を及ぼすのチートすぎて本当に大丈夫なのかと思えるほど便利。
アグニカさん強化要員としても使えるんですね……バエルゼロズ界のマーリンと呼ばれる日も近いのではなかろうか。

さらに空中にシジルを浮かびあがらせてガンダムを出現させる演出を思い付くエンターテイナーとしての一面も併せ持つアグニカ大好き。

そんなアグニカが最後に召喚していたのが「ピーコック・ファンネル」。
最後の台詞の元ネタはSF小説の代表作の一つ「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」を参考にしました。
精巧に作られたアンドロイドを、人と区別することは出来るのかという題材。

クスッ、でも不思議よねぇ……
その問いはいつも人間にばかり投げかけられるんですもの……(女王様風)


という訳でまとめ終了!!
解説できてないシーンもある気がするけど気にしない気にしない!!

次回は地獄の門が開いて皆が「ひえ こわっ」ってリアクションをした所で区切る予定ですので、そこまで膨大な文字数にはならないはず。

最低限必要な量の爆薬は積み終えたので、後は丁寧に着火して大爆発させるだけ!
フゥ!楽しみだぜえ!!

今回はアグニカに色んな衣装を着せられたのも好きなポイントですね。
水着はまだ実装されていませんが、まあルキフグスを討伐した後の日常回にでも挟みましょうか。
というか蒔苗さんの孤島で何故クーデリア達女性陣は水着に着替えなかったんですかねぇ……?今でも理解できない。

さて、地獄の門のタイムリミットも、なんだかんだで残り9時間。
イズナリオ「もうこんな時間か」

時が経つのは速いねえ(さっさと投稿しろ)

いよいよ地球を舞台にした全面戦争、第二次厄祭戦が始まる!

残り9時間なら私は寝ますね。なんとかなるでしょうたぶん。おやすみなさい。

次回もどうぞお楽しみに!(^ω^)

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