アグニカ・カイエル バエルゼロズ   作:ヨフカシACBZ

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慈しむように ただ 分かち合って 分かり合って


18話 業火 3

二大首都同時殲滅

『地獄の門』開門まで

残り59時間59分

 

 

「てかバエルゼロズ修理しなきゃな……」

 

アグニカはふと思い出したかのように呟いた。

右手を前に掲げると、ボロボロのバエルゼロズが姿を現す。

腕も脚も千切れ飛び、コクピットすら風穴が開いている。

姿勢を保つことすら出来ず、地面に倒れ込んでいる。

 

半分になったフェイスも、心なしかぐったりして見える。

 

「あらら……日の当たるとこで見ると、また酷いな」

 

マクギリスは名誉の負傷に彩られるバエルゼロズを、畏敬を含んだ目で眺め、一歩前に進み出た。

 

「それならば、ファリド家専属の工房をお使いください」

 

バエルゼロズを癒す重要な役割を、ファリド家が担当できれば、セブンスターズとして最高のステータスになるだろう。

 

「いいね。丁度ファリド家の蟲掃除もしたかったし」

 

アグニカも承認した。

 

セブンスターズにマステマの息がかかっている以上、全ての人員や資源が『白』とはいえない。

そこでアグニカ自身が視察と駆除に出向くというのだ。

 

「ガンダム・フレームの情報も揃っています。フレームから作り直すことも可能です」

 

マクギリスの勘が、このままバエルゼロズを元の状態に戻すのではなく、何か劇的な改造を施すのではと告げていた。

『ガンダム・ルキフグス』を倒すため、アグニカがどのようにバエルゼロズを強化するのか。

楽しみでならないのだ。

 

「いや、五体満足に戻すには時間が足りないだろう。

羽と腕だけ直してくれればいい」

 

フレームの修理は中途半端では済まされない。

地上での戦闘がメインになるため、機体の重量バランスまで考えなければならないのだ。

 

そこで、アグニカは大幅な修理箇所のカットと、新しい運用方法を考えていた。

 

「人型での運用はしないのですか……?」

 

少なくとも、直立二足歩行ではないのかもしれないと予想する。

 

「ああ。それでも成果を出せる形にする」

 

モビルスーツの上半身だけを修理し、スラスターで無理矢理動かすということなのだろうか。

マクギリスは半分サイズになったバエルが想像できず、首を傾げている。

 

「『バエルソード』と『転送装置』でやりたいことあるから」

 

アグニカの脳裏には、ガンダム・ルキフグスが使っていた『武器投擲』があった。

転送装置の力を応用し、何もない空間から高速で武器を射出する技。

 

その真似と対策。

 

バエルソードと聞いて、マクギリスがニコリと笑う。

 

「バエルソードでしたら心配御無用。『特殊金属』を大量入荷しております」

 

仕事が早いマクギリス。

バエルゼロズが地球に向かっていると歳星で知った時から、ファリド家の金でバエルゼロズのための武器装備一式は買い揃えている。

あえてマクギリス個人の資産ではなく、ファリド家の金を(無断で)使ったのには訳がある。

ファリド家が腐敗に満ちた方法で稼いだ資金と権利を、アグニカのためだけに使う。

アグニカの役に立つことが、セブンスターズとして最高の名誉。

汚れた金を、名誉で洗い流す。

 

それこそがマクギリスの考える、最高の親孝行なのである。

 

アグニカはクーデリアを見る。

 

「クーデリアは少し休め」

 

「え?」

 

意外な言葉に困惑するクーデリア。

 

「蒔苗がアンリを口説いて、アーブラウ側に受け入れ体勢ができないと、お前の登場は混乱を招くだけだ。

その間に時間がある。八時間ほど寝ておけ」

 

今すぐにクーデリアが動ける状態ではない。

少し時間を置いてから登場した方が、効果的に人心を動かせるという判断だった。

 

「休める時に休むのも仕事だぞ」

 

すぐに寝る暇も無くなる。

ドルトコロニーでの争乱を、脳内で処理しきれていないだろう。

気づかずに疲労が溜まっているはずだ。

 

「あと、フミタンと一緒にいてやってくれ」

 

「フミタン……」

 

フミタンもクーデリアも、ドルトコロニーで命を落としていてもおかしくなかった。

アグニカを好きだと言ってくれたフミタンと、アグニカに代わる、世界中が求める希望になれるクーデリア。

この二人を失えば、本当にアグニカの精神が壊れていただろう。

戦う理由が大きく失われるほどに。

 

「分かりました。少し、休ませていただきます」

 

「おう。起きたらバリバリ働いてもらうからな」

 

「はい、勿論!」

 

アグニカが四大経済圏を掌握できるかどうかは、クーデリアがアーブラウ政府に受け入れられるかに掛かっている。

そのためにクーデリアには万全の状態で居てもらわねば。

 

オルガとビスケットを見る。

 

「鉄華団には、転送装置を使った戦い方を訓練してもらう」

 

アーブラウ防衛軍の指導を受け持つ。

そのために、アグニカが作った仮想訓練を積んでもらう。

 

「訓練って、たった三日でか?」

 

「一日の差が数年分の差になる状況だ」

 

混乱した世界情勢。

誰もが余裕を無くした状況で、訓練だけに専念できるのは異例なことだ。

鉄華団が特別な理由になり得る。

 

アグニカはなにかと鉄華団を贔屓するが、それは身内贔屓ではない。

彼らが持つ潜在的な強みを活かしたいと思っているのだ。

 

小回りが効き、雑多な仕事内容にも対応できる鉄華団の強みは、『即応部隊』の下地として理想的だ。

 

アーブラウ防衛軍は、必要なものだけを揃えた「間に合わせ部隊」としてのスタートだから、軍隊や組織として格式がなくてもいい。

良くも悪くも「実力主義」で、「とにかくやってみる」という側面が強い鉄華団の真骨頂である。

 

それに、とアグニカは思考を変える。

『子供』というのは、常識に染まりきっていない。

だからこそ、『転送装置』という荒唐無稽な存在にも、すんなり適応してしまうかもしれない。

常識にこり固まった大人にはできないことだ。

 

「ビスケット、お前は『赤雨旅団』の情報をまとめてくれ」

 

「うん……サヴァラン兄さんのことも知りたいし」

 

慎重なビスケットが、この大騒ぎの渦中に飛び込む決意をした理由。

それは実兄であるサヴァランの存在が大きい。

 

アグニカは『赤雨旅団』の存在意義を分析する。

 

「どう考えても『赤雨旅団』は客寄せパンダだ。

分かりやすいお題目で人心を引き付ける。

だが圏外圏の人間はそれに従うだろう。

必然、クーデリアとぶつかる時が来る」

 

「機械人形」(マステマ)に従えと言うよりも、「持たざる者の蜂起」という形にした方が、人民には受け入れられやすい。

常識で判断できるように、マステマ側が用意した「受け入れ窓口」だ。

お飾りではあるが、無知の人間を引き込む入り口でもある。

 

「奴等が言葉で人を集める以上、こちらも言葉で対抗する。

つまり、クーデリアとの会談が実現するはずだ」

 

『赤雨旅団』とクーデリアが言葉をぶつけ合う。

それを人々は望んでいる。

世界中の人々が、ドルトコロニー内でのクーデリアの声を聞いたからだ。

あの続きをやる時が来る。

 

だが、今度は途中でお開きになったりはしない。

どちらが正しいか、白黒はっきり決着をつける。

お互いが、名分も戦力も充実した状態でぶつかり合うのだ。

相手を滅ぼすまで終わらない。

 

「そのための交渉材料や、糸口を見つけて欲しい」

 

「でも、俺でいいの……?もっと専門の人が、ギャラルホルンにいるんじゃあ?」

 

ビスケットは自分の兄の真意を知りたい。

そのために、情報収集に感情が紛れ込み、邪魔をするかもしれない。

甘さが命取りになることを、ビスケットは自覚していた。

 

「家族として奴らを見るなら、それは正常なことだ。相手は機械じゃなく、人間なんだからな。

むしろ、ビスケット以外、誰にも出来ないことだろ。奴らはコロニー落としの実行犯。人類の敵って扱いだろ?

俺だってどうしても駄目だ。モビルアーマーの味方だと思うと、殺してしまおうって思考が固まる。

仲直りする前提で物事が見える、ビスケットが適任なんだよ」

 

一度でも敵に手を貸した人間が許せない。

厄祭戦時代のアグニカの方が、まだ心の余裕があったかもしれない。

 

今のアグニカは、初代セブンスターズの魂を呑み込んでいる。

彼らの味わった苦痛が、怨念が、アグニカを内側から焼くのだ。

 

その痛みのせいで、敵対した人間への気配りが出来なくなってきている。

 

頭を振るう。

気持ちを切り替え、今度はカルタ・イシューの方を見る。

 

「カルタ・イシュー。お前も防衛線で戦え。お前は前線の、業火の中で戦ってこそ強くなれる」

 

「言われずとも、私も地球で戦う!」

 

カルタは威勢良く叫ぶ。

どれだけ負けても、自らを奮起して立ち上がる。

イシュー家に受け継がれる血の強さ。

アグニカはニヤリと笑う。

 

「部下を現地で引っ張る力がある。

利権か洗脳で動かされる奴ばかりの戦場で、お前達のような「まとも」な奴等は貴重だ。

お前達がいるだけで、組織全体が良くなる」

 

カルタが指揮官として君臨することに意義がある。

部下の士気を上げる存在は貴重。

 

手放しで褒めちぎるアグニカ。

やはり昔の馴染みある関係者には愛着が湧くのか、現世のセブンスターズへの評価もかなり好意的である。

 

とはいえ、現実は問題が山積みだ。

英雄譚のように、善意と正義の心だけで戦える世界ではない。

カルタは職業としての軍隊、役割としての地位なのだから、果たすべき仕事を最優先で終わらせなければ。

 

その「どうにもならない現実」を、アグニカが受け持つ。

 

「残存兵力の集結だが、俺が転送装置を遠隔で使う。

座標を指定しろ」

 

カルタが抱える最大の問題。

それはルキフグスに大損害を与えられた、宇宙艦隊の再編成である。

あれほどの大部隊。他セブンスターズからの増援も加えた混成部隊だったため、被害の正確な報告が必要。

やることが多すぎる。

この報告書を作成する作業に、数ヵ月はかかるだろう。

 

「座標を……?」

 

カルタは転送装置の応用にまで思考が回らない。

 

「宇宙でバラけたものをかき集めるのは大変だが……」

 

厄祭戦規模の戦いで散らばったものは、三百年経過した今でも、まだまだ鉄屑として宇宙をさ迷っているほどだ。

それほどまでに宇宙は広い。

そして、無重力の空間を、戦闘の勢いのまま飛んでいった物体の行き先など、見当もつかない。

 

人が宇宙に進出して以来、どれだけ技術力が高まろうとも、常に直面してきた問題だ。

宇宙の闇の中に落ちていけば、回収することは不可能に近い。

 

その宇宙での活動の「基本」を突いてきたのが四大天使『ウリエル』の最終兵装備『銀河鉄道』だった。

高速で回収不能宙域にまで叩き飛ばす。

これをされると手も足も出ない。

 

「転送装置があれば、それらを拾い集めることも簡単だ。普通にやるより早いし安い」

 

その宙域に存在するもの全てを、艦隊の近くに転送すればいい。

まるで掃除機で吸いとるように。

 

ばらけた物さえ集めてしまえば、正確な被害調査と報告、再編成も楽になる。

戦後、最も時間がかかるものが「被害調査」だ。

それが『転送装置』という反則技のおかげで、一日あれば終わりそうなイメージまで湧いてくる。

 

「戦力を集結したら、地球に降りてこい」

 

宇宙(そら)からの援軍は非常に頼もしい。

上からの攻撃は、たとえモビルアーマーが相手だろうと有効だ。

味方の士気も上がる。

助太刀がセブンスターズの末裔となれば尚更だ。

 

 

「期待しているぞ」

 

アグニカの次にモビルアーマーを討ち取った、ナギサ・イシューの末裔。

カルタ・イシュー。

自然と期待が高まる。

アグニカは知らず知らずのうちに微笑んでいた。

 

マクギリスは嫉妬半分、カルタが認められた嬉しさ半分という表情で、カルタの肩をポンと叩く。

カルタは急なボディタッチに顔を赤くする。

 

「な、なんだ」

 

「カルタ、ガンダムに乗れ」

 

唐突な提案。

カルタの脳裏に浮かぶのは、

イシュー家保有の『ガンダム・モロクス』

 

「君はガンダムに乗るべきだ」

 

「はあ………?」

 

それはマクギリスにとって、最大の賛辞。

伝説のガンダム・フレームに乗る資格があると認めたのだ。

アグニカが現世に存在する今、ガンダム・フレームの持つ価値と存在感は跳ね上がっている。

 

マクギリスにとって、アグニカの居ない世界のガンダム・フレームと、アグニカが居る世界のガンダム・フレームでは、輝きが違うのだ。

 

アグニカは少し考え込む。

こことは別の世界、『力の世界』にクーデリア達を送りたいが、あの世界ではアグニカ以外は気を失ってしまう。

魂が休眠状態に陥ってしまうのだと予想している。

クーデリアには、ちゃんと睡眠をとってもらいたいし、オルガ達には作業をしてもらいたい。

ならばこの世界のどこかで居てもらわなければならないのだが………

 

「オルガ、ビスケット」

 

「ん?」

 

再びオルガ達と向き合う。

 

「この世界に安全な場所が無い。だからいつでも俺が助けやすいように、一ヶ所にまとまっていて欲しいんだ」

 

「おお、分かった」

 

「クーデリアさんの側から離れないよ」

 

オルガとビスケットは頷く。

問題点として、どこに身を置くかを考えなければならない。

 

「そこで、ギャラルホルンと一緒に行動してもらいたいんだ」

 

予想外の言葉だった。

アグニカの提案に少し驚くも、ビスケットは理解を示した。

 

「今はもう、ギャラルホルンと争ってる暇も無いもんね」

 

「そういうことだ」

 

オルガとビスケットはマクギリスを見る。

アグニカと親しく話していた、マクギリス・ファリドという男の下に身を置くのだろうかと予想した。

ビスケットは火星の畑で、マクギリスとガエリオに会っている。

 

マクギリスはビスケットに微笑みかける。

ビスケットは気まずそうに帽子を取って会釈する。

 

アグニカはまたカルタの方を向く。

 

「悪いけどカルタ・イシュー、そっちで匿ってくれないか?」

 

「はあ!?」

 

カルタがすっとんきょうな声をあげる。

ガエリオも抗議を挟んだ。

 

「何故宇宙ネズミどもを匿わなきゃならない!?」

 

「ネズミはネズミでも、値千金、金のネズミだぞ」

 

アグニカが冗談めかして返す。

 

「ギャラルホルンとしても、クーデリアを手元に置いた方が安心だろ?どこにも逃げやしないさ」

 

元はと言えば、クーデリアをギャラルホルンが確保しようとした所から始まった騒動だ。

それが、こんな形で収束するとは思いもしなかった。

 

地球外縁軌道統制統合艦隊が、クーデリアの身柄を押さえる。

そうなれば、カルタは後見人であるイズナリオ・ファリドに報告し、護送する必要があるのだが。

 

つい先程、カルタは刀をイズナリオに向けるという蛮行を働いてしまった。

敗北したカルタの傷口に、ネチネチと塩を塗ってくるイズナリオを振り払ってしまった。

両者の関係は冷えきっている。

ここでまた連絡を入れるというのも、気まずい。

他人からすれば馬鹿馬鹿しく、下らないと思えるかもしれないが、カルタにとっては胸が腐り落ちるほど耐えられないことだった。

連絡するという選択肢が消える。

 

そもそもイズナリオから信用されていないかもしれない。

目的を見失い、沈黙するカルタ。

 

マクギリスがフォローに入る。

 

「我が父、イズナリオ・ファリドには、俺から報告を入れておこう。心配はいらないさ」

 

実はマクギリス、イズナリオに対して「クーデリアと接触した」と報告を入れている。

そして「あえて泳がせる」という方針に話を持っていっている。

既に解決している問題を、あたかも今から解決するから安心しろとアピールしている。

事情を知らない人間からすれば、マクギリスは非常に頼もしい好青年である。

 

それでも腑に落ちないという表情のカルタ、ガエリオの間に入り、ポンポンと背中を叩く。

やたら距離が近い。

 

「受け入れられないのは分かる。

だが今は非常事態だ。使えるものは、利益になるように利用しなければならない。選り好みはしていられない。

手元に置くだけでいいんだ。

どうか、二人の力を貸してもらえないだろうか」

 

あくまで、マクギリスに力を貸すという形に落ち着かせる。

先に落ちたのはガエリオだ。

 

「ふん!俺は所詮、関わりのない話だ。そっちの内輪揉めは、そっちで解決しろ」

 

付き合ってられない、という体で、マクギリスの要請を承諾するガエリオ。

 

「ありがとう、ガエリオ」

 

感謝の気持ちを忘れない、という姿勢を公然と示していくマクギリス。

その姿にカルタも落ちた。

 

「全てこちらの指示に従ってもらう」

 

マクギリスがくるりとカルタの顔を見る。

彼が口を開こうとするのを遮るように、矢継ぎ早にまくしたてるカルタ。

 

「口答えも!抵抗も!一切認めない!!私の指示には100パーセント従うこと!!それが条件よ!!」

 

「ありがとう、カルタ」

 

晴れやかな笑顔のマクギリス。

プイッと横を向くカルタ。

 

アグニカがオルガとビスケットに問い掛ける。

 

「それでいいか?」

 

「……」

 

オルガは少し沈黙する。

鉄華団がクーデリアを地球まで運ぶことは達成した。

蒔苗と会わせる所までも、紛いなりにも達成したのだ。

そして、そこから先も彼女を護衛する立場にある。

 

ギャラルホルンが味方になってくれるのなら心強いが、上から指図されるのは受け入れ難い。

 

(だが………)

 

タービンズとの出会いで、他の大人達との付き合い方と、それが鉄華団を守ることに繋がると学んだ。

 

「ああ」

 

短く返事をすると、オルガは前に出た。

ビスケットもそれに続く。

クーデリアもハッとしたように近づく。

 

カルタ、ガエリオ、マクギリスの前に、オルガとビスケット、クーデリアが並ぶ。

 

オルガが背筋を伸ばし、真っ直ぐ相手を見た。

 

「鉄華団団長、オルガ・イツカです。

しばらくの間、世話になります」

 

ドスの効いた低い声だが、それが地声だから仕方がない。

むしろ威厳があっていい。

敬語もしっかりしている。

 

オルガはきっちりと頭を下げた。

今までギャラルホルンとの戦闘で、相手側にも死者が出ている。

そんな相手といきなり和解はできない。

 

だから割り切るしかない。

お互いの利益のために、利用し合う関係だと。

 

マクギリスが前に出る。

 

「マクギリス・ファリド特務三佐だ。

鉄華団のアグニカ・カイエルとは、『星屑の儀式』を交わしている。

つまり、彼に忠誠を誓っている」

 

オルガ達は驚く。

ギャラルホルンの、それもセブンスターズの関係者が、身内である鉄華団のメンバーに忠誠を誓っているとは。

力関係があべこべになってきた。

 

『星屑の儀式』を交わしたという情報は、ガエリオやカルタも初耳だ。

 

目をカッと見開いて彼を見ている。

 

改めてマクギリスの正気を疑った。

 

それは、初代セブンスターズ当主達が、英雄アグニカ・カイエルと交わした主従の契約だ。

軽々と結べるものではない。

 

やはりマクギリスは、この黒髪の少年を、本物のアグニカ・カイエルとして見ているのだ。

 

「あの、ビスケット・グリフォンと言います。

マクギリス・ファリド特務三佐さん、カルタ・イシューさん、ガエリオ・ボードウィンさん、どうかよろしくお願いします」

 

これまでの会話の中から、それぞれ名前を記憶していたビスケット。

一人一人に確認しながら、目を見て挨拶して回る。

 

最低限のマナーは示した。

これで返事をしなければ、カルタ達の方が大人げないことになる。

 

続いてクーデリアも名乗る。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインです。私は、私の責任を果たしたいのです。

どうか力を貸してください」

 

深々と頭を下げるクーデリア。

流石に政治に関わっているだけあって、作法の熟練度合いが違った。

 

クーデリアがギャラルホルンと和解できていれば、鉄華団を戦闘に巻き込むことは無かったかもしれない。

今までの物語は存在しなかっただろう。

 

だが世界情勢が変わり、事情が変われば、人間関係も変わる。

革命の乙女と鉄華団。

セブンスターズの若き勇者達。

 

彼らを繋ぎ合わせたのは、アグニカ・カイエルだ。

反則技ばかりを使ったが、それでも、世界の変化に合わせて、人間同士の繋がりも変えてしまった。

切ることと繋ぐことを、同時にやってのけたのだ。

 

クーデリアの決意は硬い。

世界や組織が変わろうと、人々が信じる正しき道は、変わらないと思う。

ならば、その道を進み続けるのみ。

 

カルタはその表情を見て、ただならぬ意思を感じた。

ただの少年少女達ではないと悟る。

 

カルタが意を決して名乗りを上げる。

 

「私は!地球外縁軌道統制統合艦隊司令!!」

 

ちきゅうがいえんきどう、という所まで音声を追っていたが、名前ではなく肩書きだと分かり、思考を中断するオルガ。

 

「カルタ・イシューである!!

もう貴様らは余計なことをしなくていい!

私たちの指示に従いなさい!!」

 

バッを腕を前に突き出す。

気圧されるように半身を引くオルガ達。

 

コロニー落としが実現してしまった今、ギャラルホルンが革命の乙女と関係を持つことは、非常に危険なことである。

クーデリアが地球圏と圏外圏、両方から「自分達の味方だ」と思われる特性を持つ。

ギャラルホルンがクーデリアを引き込めば、地球圏からの安心と称賛は大きいだろう。

しかし、コロニー落とし自体がギャラルホルンの自作自演と考える者達にとって、コロニー落としの「主犯」格の重要人物とされるクーデリアと接触していたと知れば、それはコロニー落としとの関わりを宣言するも同然だ。

 

常識的に考えて、ドルトコロニー内で演説し、行方不明となったクーデリアが、ギャラルホルンのイシュー家の元に保護されているとなれば、どうしても関与を疑われる。

そもそも、ラスタル・エリオンの策略によって、カルタ・イシューに「コロニー落とし阻止失敗」の責任が押し付けられているのだ。

それが「意図的な失敗」と捉えられれば、もう言い逃れの機会など無い。

 

ギャラルホルン、そしてカルタ・イシューにとって、クーデリアとは扱いを間違えれば自身をも殺す、火のようであり、爆弾のような存在なのである。

 

ただし、カルタ自身はそこまで裏の策謀を見ていない。

あくまで重要参考人の保護、ひいては世界の混乱の抑制のための判断である。

マクギリスに背中を押されたことが、この判断に踏み切った理由でもあるが。

 

ガエリオも渋々といった風に名乗る。

 

「ガエリオ・ボードウィンだ。

そっちのガキと、帽子のお前、火星で会ったな……あの時はよくも」

 

鉄華団であることを隠し、あろうことか暴行を加えてきた集団だ。

まだ怨み言は尽きない。

愛機であるシュヴァルベ・グレイズの返却だってまだなのだ。

 

そこに明るい声が割り込む。

 

「はい!はい!!

私エウロパ!よろしくね!」

 

少し離れた場所に居た、野良犬のような少女がピョンピョンと跳ねていた。

スーツ姿の男も、メガネの位置を直しながら歩いてくる。

 

「『アスカロン傭兵団』のチクタクです。ギャラルホルンの皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 

腕時計を雁字絡めにした男、チクタクが会釈する。

マクギリスとは仮面をつけた状態で知り合っているのだが、まだ本人であるという確証が持てず、チクタクは黙っていた。

 

「チョコの人とはねー!歳星で会ったの!!」

 

チクタク痛恨のミス。

駄犬エウロパの口を押さえることを忘れる。

 

「やあ、また会ったね」

 

マクギリスが紳士の笑顔でニコリと笑う。

 

「歳星………?」

 

ガエリオは小首を傾げる。

マクギリスが歳星に行った時など無かったはずだ。

常に自分と一緒にいたのだから。

 

「その話は後にしよう」

 

マクギリスがサラリと追求をかわす。

 

人間関係が交差してわちゃわちゃしてきた所で、アグニカがパンと手を叩く。

 

「よし、マクギリスとアスカロンの二人は俺について来てくれ。あとはカルタの所に飛ばすぞ」

 

細かい話や確認は、転送した先ですればいい。

アグニカは大まかな方針を打ち立てるだけで、細部は各自に任せることが多い。

そしてその細部のクオリティを上げるための支援は欠かさない。

 

「おい!俺も連れていけ!!」

 

ガエリオが吠える。

マクギリスに阿頼耶識手術を施すことを、まだ認めていないのだ。

 

「いいよ」

 

アグニカもあっさり承諾。

 

「んじゃ、細かい話は各自でしてくれ。俺らはあっちこっち回ってくる」

 

アグニカが右手を上げる。

これが転送装置発動の動作だ。

 

マクギリスがカルタに声をかけた。

 

「カルタ、ガンダムの記録を見るんだ」

 

「は………?」

 

やたらとガンダムフレームを推してくるマクギリス。

その声を最後に、この場に居る全員が煙のように姿を消した。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り59時間10分

 

アグニカは、コロニー外壁が墜落した場所と、周囲の町にいる人間、全てを『力の世界』に転送した。

 

外壁墜落の死者は救えなかったが、二次災害による死傷者は減らせるはずだ。

 

アグニカはここに来て、転送装置の素晴らしき使い方に気づく。

 

『戦場から、無関係の人間全てを避難させる』

 

それが転送装置なら可能なのだ。

誤解を招くかもしれないが、アグニカは嬉しそうに語るだろう。

 

「地球を戦場に出来る」と。

 

巻き込まれる無関係の市民を、完全に無くし、自らの意思で戦場に立つ、誇りある戦士達だけの世界を作り上げる!

 

厄祭戦時代にすら出来なかった、「市民の安全を気にせずに戦う」ということが出来るのだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り58時間50分

 

アフリカンユニオン領内

元フランス国が存在していた地域。

旧世代の遺産であるエッフェル塔は、度重なる改築、補強工事を施して、当時のままの姿で存在している。

エッフェル塔が見下ろす大きなセーヌ川を挟んで、セーヴルと呼ばれる場所に、等間隔の規則的なデザインの建物があった。

 

『地球度量衡機関』(ちきゅうどりょうこうきかん)

 

ギャラルホルンが管理する「標準化組織」であり、様々な分野の「標準」を定める組織である。

この組織が定めた標準を元に、世界のあらゆるものが計量され、数値化される。

 

「時間」を定めるデータも、ここから発信されている。

世界中の国、地域の時間の基礎となる「標準時間」である。

 

秩序と法、安定と管理を象徴する機関として、ギャラルホルンはこの組織を「誇り」の一つとして認識している。

 

 

そこに、魔王が舞い降りた。

 

「まだ『西暦』の時代は、『原子時計』ってのが標準時間の元だったんだ」

 

アグニカ・カイエルの瞬間移動能力の前には、厳重な警備も、頑丈な防護壁もまるで無意味。

いとも容易く最深部へと姿を現したアグニカ、マクギリス、ガエリオ、そしてアスカロンの二人。

 

「けどエイハブウェーブの影響で原子時計がブッ壊れて、世界は大混乱」

 

この施設の心臓部へと繋がる大きな扉。

その前にある、聖杯を模した認証機器、『ジャッジメントグレイル』に、アグニカは手をかざす。

 

ピピッと認証の電子音が響き、アグニカが触れた場所が紅く変色する。

次いでシステムが高速で起動する音が聞こえる。

 

『生体データ認証:アグニカ・カイエル』

 

重い音を立てて、灰色の壁が左右に割れて開いていく。

数百年間、誰も開くことのなかった扉が、開かれたのだ。

世界の時間を定める重要機関。

そのあまりに重要な機械ゆえに、塵一つの紛れも許されないというイメージが定着し、トラブルを恐れて誰も開けようとしなかったことも理由の一つ。

エイハブリアクターが永久機関だからこそ、何の故障もなく今まで機能してきた。

 

「そこでエイハブ粒子を利用した新たな時間計測装置、『エイハブタイム』が開発され、『セフィロト』の統治下で迅速に普及していった」

 

マクギリスは目を輝かせる。

 

(ギャラルホルン最高機密のセキュリティを、片手で……やはりアグニカは最高指導者!!)

 

マクギリスは唇がつり上がった。

英雄アグニカ・カイエルの帰還。

地球のギャラルホルンに降り立ったアグニカが、先ず最初にどの施設に向かったか?

 

バエルの祭壇がある、ウィーンゴールヴか?

セブンスターズの出身地か?

それとも戦場に最も近い基地か?

 

答えは誰も予想できなかった、

 

「時報を知らせる施設」である。

 

「ふっ………ふふふ、ふははははは………

ははははははははははは!!!!」

 

マクギリスは豪快に大笑いした。

ガエリオすら困惑している。

 

「何笑ってんだお前?」

 

「いや……いや、ふふふふふっ……やはりアグニカは予想できない、と思っただけだ」

 

アグニカはずんずんと進んでいく。

扉の先には、無数の機器に繋がれた、一つのエイハブリアクターがあった。

 

この世の全てのエイハブリアクターの中で、最も安定し、規則的な粒子放出パターンを誇る、世界の中心とも言えるリアクター『ゼロ』

 

そこに手を触れるアグニカ。

 

その瞳が紅く輝き、リアクター『ゼロ』も同調し、起動音がうなる。

 

『ゼロ』の生み出す規則的なエイハブ粒子を観測し、標準時間は設定される。

この部屋一面を覆う装置は、少しのズレもなくエイハブ粒子を観測するためのものである。

アグニカが『ゼロ』に干渉し、放出するエイハブ粒子のパターンを変えてしまえば、各地へ送信される「標準時間」は変化する。

例えば携帯端末の端に表示される時間や、壁やテレビに常に映っている時間表示。

それらが一斉に変わる。

 

チクタクは世界の時間の基準、『ゼロ』を目にすることができ、感涙を流していた。

チクタクにとって、時間こそが『神』だ。

その時間を定めるリアクター『ゼロ』は、神の教義に等しい。

その『ゼロ』を操るアグニカは、まさに『魔王降臨』という題名で額縁に飾りたいほど、神々しいものに見えた。

 

「美しい………」

 

ポンとチクタクの肩を叩くマクギリス。

 

「歓迎する」

 

アグニカを慕い、崇拝する者は、誰であろうと同志であり、仲間であるという思想。

マクギリスとチクタクは友好度が上がった。

ガエリオとエウロパはただ見ていることしかできない。

 

アグニカは淡々と作業を続ける。

 

「心臓である『ゼロ』と、血を送る血管である『観測機器』を操るだけで、好きな場所、好きな組織に、好きな『時間』を提供できるって訳だ」

 

まだギャラルホルンは、「転送装置」の存在を受け入れられていない。

そんな彼らを無理矢理「転送」すれば、必ず「混乱」が引き起こされる。

そんな状態で『ルキフグス討伐』や『防衛線』構築ができるはずがない。

 

だが防衛線を間に合わせるには転送装置を使うしかない。

 

そこで『防衛線』を担当するギャラルホルンの兵士達に、『数ヵ月後』という体感時間と記憶を植え込む。

その上で、彼らの部隊にだけ、体感時間と照らし合わせた『標準時間』を送信する。

するとデジタル時計はアグニカの都合のいい『時間』を表示してくれる。

 

「『西暦』から暦号が変わった理由は色々あるけど、やっぱ一般人は『時間』が変わったのが印象的だったんじゃないかな」

 

常識の変換。

それは変化があったことすら気づかせない。

 

「ともあれ、これで「転送装置による混乱」は制御できる訳だ」

 

『禁忌』の技を使えば、必ず反発する者が現れる。

それを未然に抑制できるのは大きい。

転送装置という禁忌を誤魔化すために、さらに転送装置と洗脳の力を多用するという、麻薬の禁断症状を抑えるために薬物を過剰摂取するような狂行だが、そうでもしないと人類が滅びるのだから仕方がない。

 

「『外面』は取り繕った。あとは『中身』だな」

 

『地球度量衡機関』を裏から乗っ取るという、人類の歴史から見ても最上級の犯罪をやっておきながら、それは謂わば、机の上にテーブルクロスをかける行為であり、まだ前菜すら運ばれてきていないと豪語したのだ。

 

「モビルスーツ戦力ですね」

 

マクギリスがタブレットを手渡す。

イズナリオ・ファリド特務大将が、配下の四家を配置した戦力図。

 

ルキフグスの根城を中心にして

 

『北』にパーフィケーション家

『東』にネメシス家

『南』にタリスマン家

『西』にマルタ家が配置される。

 

「一番ヤバいのが『東』だな。ただでさえSAUに被害が集中してんのに、首都まで襲われたら崩壊するぞ」

 

人間は転送装置で救出できるが、都市部が破壊され、占拠されたらお仕舞いだ。

マクギリスは即座に補足説明を入れる。

 

「真っ先に着手すべきは『東』の『SAU首都防衛線』ですね。

担当者は『カーラ・ネメシス』。

敵に出血を強要する『消耗戦』が得意で、エリオン家の配下を奴隷にするとまで宣言しています」

 

「なるほどなぁ」

 

アグニカはニヤリと笑う。

 

「前線は奴隷に任せるやり方か。まあ当然だわな」

 

被弾し、衝突し、泥まみれになる最前線に、自軍の戦力は投入したくない。

何故なら兵力とは手間隙をかけ、多額の資金を投じた最新兵器達なのだ。

汚したくはないし、負傷もさせたくない。破壊されたり略奪されるなど論外。

 

戦争とは金のかかるものであり、国王や当主達は、いかに出費を抑えるか、頭を抱えて考えていたものだ。

 

「金を出す側」、つまり出費に頭を抱えるのはスポンサーの四大経済圏であって、ギャラルホルンではない。

彼らは戦うことだけを考える。

生産の対極に位置する、戦争と破壊に特化した機関。

 

だからこそギャラルホルンはモビルスーツを最前線に惜しみ無く投入するし、損害を恐れず果敢に戦う。

今まではギャラルホルンに損害を与えるほど強大な敵がいなかったことも理由の一つだが。

ともかく、ギャラルホルンは必要となれば、出費をそこまで気にしない。

 

そんな中、カーラ・ネメシスは逆の思想、つまり出費を押さえる考え方をする。

あるいは出費を他者に強要し、代行させるやり方を好む。

 

「逆に言えば、前線にどんどん奴隷という人員を送り込んでくれる訳だ。こっちとしてはありがたい」

 

カーラ・ネメシスのやり方に合わせた上で、防衛線構築を裏からサポートする。

決して表に出ず、裏方としての役割を全うするアグニカ。

 

「んでもってエリオン家配下は大変だな。親玉はとっくに月へと脱出。地球は見限って戦力温存。ホームグラウンドなのに孤立無援とは」

 

「ラスタル・エリオンの残した手札を回収し、配下に加えられると?」

 

「その通り」

 

奴隷にされかけているエリオン家配下を助け、自軍に吸収する狙い。

目的もなく放置されている戦力を、アグニカが有効活用しようというわけだ。

 

「ここの機関長を洗脳してから、カーラ・ネメシスの所に行くか」

 

SAU防衛線の骨組みとなるのは、カーラ・ネメシスの方針と軍事力になる。

そこにアグニカが肉づけし、強化していく形。

 

アグニカが右手を上げる。

そこで、『ゼロ』の観測室に一人の男が入ってきた。

 

「なにをしているっ!?」

 

紫色の艶やかな髪の男。

アイロンがけされた良質の隊服を着た、『地球度量衡機関』機関長。

 

『ユオン・ド・ボルドー』である。

 

「おお、丁度いい」

 

アグニカはニコリと笑う。

 

「どうやってここに入った!?」

 

ユオンは狂乱しながら叫ぶ。

この部屋には機関長である彼ですら入れなかったのだ。

 

それを聞いて、マクギリスがさらりと答える。

 

「アグニカ・カイエルですから」

 

「は?????」

 

厄祭戦を終結に導いた、伝説の英雄。

 

ユオンはコロニー落としで話題騒然の『幻の二体目のガンダム・バエル』

 

つまり『バエルゼロズ』の存在を思い出した。

 

「悪い冗談を……」

 

混乱しながらも、黒いコートを着た、ボロボロで血まみれの少年を見る。

 

アグニカは右手を前に、ゆっくりと持ち上げていく。

 

「喜べ機関長」

 

その声は彼の五感全てに作用し、魂さえも震わせる。

 

「魂の対話……

ニュータイプ能力による『記憶操作』

 

貴様が最初の被験者だ」

 

アグニカは右手を突き出した。

その広げられた手のひらは、熱した鉄のように圧力を放ち、赫赫と輝いて見えた。

 

とんでもないエネルギーの塊。

 

烙印を押す、熱した金具。

ユオンはそう錯覚した。

 

熱いと感じる。全身の細胞が飛び起き、暴れ、汗をかく。

真っ赤な炎が頭の中を駈けていく。

馬のように。風のように。流星のように。

 

『業火』がユオンの脳内を焼いていく。

 

木々が生い茂り、独創的な建造物が並んだユオンの精神世界を、業火が吹き抜けていく。

それは木々を焼き、建物の表面を焦がすが、しかし、全てを破壊する訳ではない。

 

例えるならば『野焼き』だ。

余計な草木を焼き、灰にして養分にする。

すると土地そのものが力を温存し、強くなる。

 

アグニカは右手を力ませたまま、指をゆっくりと折り曲げる。

 

「広範囲の大勢に干渉する方が……楽だなこりゃ……

一人に集中して干渉するのは神経を使う……」

 

ドルトコロニーの全員の魂に作用する時は、大声で叫ぶだけで良かった。

細かな力のコントロールは不要だったのだ。

 

しかし今回は、ユオン一人の魂に、深く、強く干渉している。

力を入れすぎると、ユオンの魂を潰してしまう。

卵の殻のようなものだ。

 

「だが、その分強力に、綿密に記憶を操作できる」

 

時間と労力はかかるが、長期的に駒として操るなら、個人個人に丁寧な干渉を行った方がいい。

 

ユオンは宇宙の彼方を眺めるように、視点が定まっておらず、口は限界まで開かれている。

 

アグニカとて初めての試みだ。

慎重に、予想と照らし合わせながら手探りで、感覚を掴もうとしている。

 

やがて右手を下に降ろした。

 

「……」

 

アグニカ、マクギリス、ユオン。

三者共に無言だ。

後ろで見ているガエリオ達も、固唾を飲んで見守っている。

 

 

ユオンはニコリと歯を見せて笑う。

 

「これはこれは!カイエル技術局長殿!!」

 

「技術局長殿?」

 

マクギリスがアグニカを見る。

どういう記憶改竄をしたのかが分からない。

 

「俺は天才科学者の息子で、ギャラルホルン技術局長に就任した挨拶に来た……って設定」

 

「どうしてまたそのような」

 

素で困惑するマクギリス。

 

「凝った設定でも受け入れられるか実験だよ」

 

人間関係や知識にまで作用してみたが、反応を見る限り、問題はなさそうだった。

 

「じゃあユオン機関長、俺が指示を出したら、「標準時間」の変更と送信、頼んだぞ」

 

「お任せください!これも粒子時計を使った量子力学の進歩のため!」

 

アグニカは地球度量衡機関の職員達にも、遠隔で「記憶操作」を施していく。

ユオン機関長ほど強力にしなくてもいい。

ユオンの指示に違和感を抱かない程度の常識変換の範囲。

 

マクギリスはユオン機関長の肩をポンと叩く。

 

「アグニカ・カイエル『元帥』殿と呼びたまえよ」

 

「いらねーよ『元帥』なんて」

 

アグニカは『元帥』という称号に興味はない。

マクギリスはアグニカの仮の役職が『技術局長』なのが気に入らないのか、『元帥』と呼ぶように強要。

しかし魂の対話能力のないマクギリスには記憶操作など出来ない。

 

「『標準時間』を改編する以外はいつも通りでいい。

必要以上に洗脳も記憶操作もしたくねーんだよ。

それじゃ傀儡と同じだ。

機械の天使どもには勝てない」

 

人を操り人形として戦うやり方では、無人機の究極形であるモビルアーマー、そしてマステマには敵わない。

 

人は人として、当たり前の感情を持っているからこそ強い。

 

アグニカは『人間』が大好きなのだ。

「人形」を操って悦に浸る趣味はない。

 

「記憶操作は、マステマやルキフグスを倒すためだ。

世界を支配したい訳じゃない」

 

アグニカはニュータイプ能力を『世界征服』には使用しない。

あくまで『第二次厄祭戦』終結のための手段として使う。

 

それこそが、『人間』の足掻き、命の輝きを見るために必要なことだからだ。

 

「よし、次はカーラ・ネメシスの所へ行こう」

 

敬礼するユオン機関長に見送られ、アグニカ達は煙のように姿を消した。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り57時間38分

 

「コロニー落としが『ギャラルホルンの自作自演』という意見も根強い」

 

ファリド家配下、ネメシス家当主、

『カーラ・ネメシス』は決して外せない仮面の下で、チロチロと蛇のような舌を出した。

 

「あれほどの軍勢が、戦闘訓練も詰んでいない労働者の集まりに負けるなど、常識では考えられませんからねぇ……」

 

ネメシスは『転送装置』の存在について、否定的とは言わないまでも、信じる決め手を得られずにいた。

 

ドルトコロニーが緑色の光とともに消えた現象も目の当たりにした。

しかし、あれとて映像技術と大がかりな準備をすれば可能なトリックだ。

 

とはいえ、転送装置が実在した場合も考慮している。

距離を無視して移動できる技術が開発されたのなら、確かに労働者の暴動ですらコロニー落としレベルの被害を及ぼせる。

 

偉大なる新技術。

いつだって、世界をひっくり返せるほどの大発明はあった。

自分がその瞬間に立ち会うとは、普段誰も予想していない。

 

新技術を開発、あるいは手にした者が居たとして、その運用方法は様々だろう。

「隠蔽」するのか「発表」するかも、その人間によって異なる。

 

この新技術を最大限「売り込む」には、全人類の脳内に、生存本能の深さまで響く、巨大で印象的な『宣伝』が必要になる。

 

そう、今回のコロニー落とし事件である。

 

ドルトコロニーの一連の騒動は、「転送装置」の実在と脅威を世に知らしめるためのデモンストレーションだったのかもしれない。

 

「『エリオン家』が今回の騒動を裏で操っていた……それを暗黙の常識にしてしまえば……」

 

常識の変換。

嘘か真かなど二の次。

エリオン家を世界から孤立させ、その資産をむしり取るためにはどうすればいいか。

 

「『罪』をなすりつける。

イズナリオ様の威光の元、奴等の根城に『一斉検挙』が出来れば……」

 

ギャラルホルンのお家芸、『一斉検挙』

有無を言わさぬ強引な捜査、証拠品没収、拘束、事情聴取。

この混乱した情勢ならば、いくらでも『押収品』の偽造ができる。

裁判になれば各家の発言力と暗躍力の競い合いになるが、地球をホームグラウンドにしているファリド家が圧倒的に有利なはず。

対してラスタル・エリオンは月に居る。

 

ラスタルがいくら策略家だろうと、画面越しに弁解する者の声は、生身で同じ部屋で話をする声には敵わないだろう。

 

強行手段にだって出られる。

ファリド家はその瞬間にでも手を下せるのだ。

銃口を突きつけ、引き金を引くまで数秒。

しかしラスタルはどうか?

月面基地から地球までどれくらいかかる?

今すぐに影響を及ぼせるか?

 

それとも大量に持ち出した禁止兵器、ダインスレイヴでも撃ってくるか?

 

「ククク……あり得ませんねぇ」

 

ラスタルによる地球への影響力は微細。

その前提は間違いない。

ラスタルが転送装置を持っていない限り、地球圏への干渉は軽微。

ならば、地球に残った残存兵力であり影響力である配下の家達も、身の振り方を考えているはず。

 

その揺らぎかけている天秤を、力技で倒す。

 

カーラの担当であるSAU内において、こちらのグレイズ部隊で各家の『倉』を回る。

 

『強制召集』

 

口頭で召集をかけるなど下策。そんなものにエリオン家配下が耳を貸すはずがない。

 

そこでモビルスーツという人類最強の兵器を利用し、強硬手段を取る。

 

モビルスーツをモビルスーツで迎えに行くという発想。

このモビルスーツ兵力の名目は『護衛』

混乱した状況故に、兵力の分散を避けるために護衛部隊を充実させた……という説明で通す。

それにカーラ・ネメシスには切り札がある。

 

ネメシス家が保有するモビルスーツ

 

希少な『ヴァルキュリア・フレーム』の一機

 

「狂乱乙女」(バーサーカー)の二つ名を持つ機体

 

『カーラ・ミスト』

 

元々は『グリムゲルデ』の次に開発された『スヴァーヴァ』(殺戮乙女)という機体だったが、大破。

大幅な改造を施し、『シグルーン』(勝利の乙女)として奮闘。

その時にネメシス家初代当主が脳に深刻なダメージを受け、狂戦士化。

その戦い方に合わせたチューニングと改造をしたのが『カーラ』なのだ。

 

煤けた灰色の装甲と、流れていく霧のような装飾が特徴的な機体。

 

ネメシス家が主君とする『ファリド』家のモビルスーツが

 

『ガンダム・アスモデウス・ベンジェンス』

 

その戦い方が『大乱闘』のド真ん中に突っ込んでいくものであったため、ファリド家配下の四家はそのサポートに特化した武器、戦い方を極めていく。

 

『カーラ』も敵が雪崩のように押し寄せる中、敵に一歩も触れられずに斬り刻む柔軟で素早い戦い方を極めている。

軽量化を突き詰めたヴァルキュリア・フレームのコンセプトと合致した、合理的な戦法。

 

まるで『霞』(かすみ)のように捉え所がないことから、

 

『カーラ・ミスト』と畏敬を込めて呼称される。

 

『カーラ・ミスト』を隊長機として、『グレイズ・フレーム』を二機を加え、三機で一個小隊を構成。

さらに辺境基地からかき集めたグレイズ九機。

合計12機で一個中隊を編成。

『ミスト中隊』と呼称する。

 

さらにヴァルキュリア・フレームのデータを使用し、グレイズ・フレームへと繋がる最初のフレーム、『ヴァッフ・フレーム』を引っ張り出してきた。

『グレイズ・フレーム』の進化過程の始祖と言える。

 

ヴァッフとは『武器』を意味する。

 

倉庫にぎゅうぎゅう詰めにされていたミュル・ヴァッフ(ゴミ武器)達を、儀礼用の装飾で綺麗に取り繕った。

 

その数、13機。

これらをそのまま一個中隊とする。

『ヴァッフ中隊』と呼称する。

 

厄祭戦時代に開発された『ムスペル・フレーム』を4機。

 

そして『チャーコウル』と呼ばれ、廃材置き場で忘れ去られていた、撃墜されたモビルスーツ達。

発見された時に装甲やコクピットが焦げ落ちており、『炭』のように見えたことからこの名がついた、いわばモビルスーツ界の『ジョン・ドゥ』(名無しの死体)である。

 

それが10機。

なんとか動くように整備して、装甲を飾り付けた。

合計14機。

これを一個中隊として特別に編成する。

『チャーコイル中隊』と呼称する。

 

 

『ミスト中隊』

『ヴァッフ中隊』

『チャーコイル中隊』

 

ネメシス軍団はモビルスーツ中隊を三つ用意。

紛いなりにも三個中隊を用意した。

つまり『一個大隊』を保有しているのだ。

 

数十機のモビルスーツが、一つの家の周りを取り囲む。

当主達は震え上がるに違いない。

進んで自家の戦力を明け渡すだろう。

まさか出し渋ったり、反抗することはあるまい。

 

「カーラ・ミスト」とグレイズ・フレーム以外は実戦でのデータが少なく、あまり戦力として期待できないが、三百年間溜め込んだ『装飾品』の数々がこれらを飾り付け、一人前の主力モビルスーツに見える。

 

見映えさえ良ければそれでいい。

その任務は『威圧』なのだから。

最悪立っているだけでいい。

 

その事細かな戦力と作戦が映されたモニターを、満足そうに眺めるカーラ。

 

魔王は唇をつり上がらせた。

 

「いいね」

 

子供の声が聞こえた気がして、カーラは後ろを振り返った。

そこに居たのは、金髪の優男、マクギリス・ファリドである。

 

「マクギリス!?……殿?」

 

カーラ・ネメシスはマクギリス・ファリドのことを快く思っていない。

イズナリオが子宝に恵まれず、養子を取った。

ここまではいい。

だが、その養子が血筋も家柄も教養もない、貧民街から拾われてきた粗大ゴミだった。

 

聞けば、男娼館からイズナリオが見初めて連れてきたというのだ。

 

(奴隷を使うのは有意義です。

ですが、奴隷を養子にして、ファリド家の名を貸すなど度が過ぎる……!

奴隷は奴隷、貴族は貴族でいなければ。

世界のバランスが崩れる!)

 

奴隷の血が流れているくせに、貴族の仲間入りを果たしたことが気に入らないのだ。

名門の名を汚す存在だと、見下している。

 

「おひさしぶりです。カーラ・ネメシス少将」

 

そんなカーラの胸中を知ってか知らずか、礼儀正しく、いかにも貴族然とした作法を取るマクギリス。

カーラは仮面の中で舌打ちした。

 

「……マクギリス殿が何故ここに?地球防衛ラインに参加していたはずでは?」

 

主君イズナリオ・ファリドのことは尊敬しているが、マクギリスのことは認めていない。

ファリド家配下や使用人達の間に根付く、差別的な価値観だった。

 

「貴方に是非、会いたいという方をお連れしました」

 

「……あ?」

 

マクギリスはカーラの問いかけを無視し、話を進めた。

カーラには「それ」が誰なのか分からない。

 

アグニカ・カイエルはカーラの背後に回り、後ろから手を伸ばした。

 

魂の対話。

 

ユオン機関長、地球度量衡機関の職員に次ぐ、第三の被験者。

カーラの仮面の後頭部に、アグニカの手が迫る。

アグニカの業火が彼の魂に干渉した。

 

「がっ」

 

カーラはピンと背筋を伸ばし、天を仰いだ体勢で固まる。

まるで背骨に針金でも差し込まれたように。

 

「お?」

 

アグニカはカーラの魂に触れた。

その感触は弾力があり、アグニカの力に、少しではあるが「対抗」してきた。

 

「ユオンとは違う感覚……

ニュータイプの素質がある奴は、俺の記憶操作に抗ってくるのか」

 

新しい発見だった。

ニュータイプと呼ばれる、魂の力の総量が大きい者は、アグニカからの干渉に抗うこともできるのだ。

 

反発する感触を楽しむように、アグニカはニヤリと笑った。そして、一歩、二歩とカーラに近づく。

彼の後頭部に直接触れ、グッと押し込むように力を入れた。

 

「あ……がっ!ぎぃいいいいぃぃいいぃぃいぃいいいぃいイいいぃいいいぃイッ!!!!!」

 

カーラが仮面の中で、くぐもった悲鳴を上げる。

全身はバネ人形のように不規則に跳ねた。

アグニカは慌てて手を引っ込める。

カーラは膝から崩れ落ち、ゴトリと硬い音を響かせて、床に仮面の頭をぶつけ、気を失ってしまった。

 

「しまった。力を入れすぎると死ぬな、これは……

反抗するから調子に乗っちまった」

 

魂に圧力をかけ過ぎれば、その者は死亡してしまうだろう。

よくても廃人状態になる。

 

アグニカは力の調整の大切さを実感した。

 

アグニカとマクギリスが、倒れたカーラを見下ろす。

 

「死にましたか?」

 

「いや、生きてる。記憶操作も大体できた」

 

カーラは気絶してしまったが、彼の計画は把握している。

 

エウロパは「あららー」と口を押さえている。

ガエリオは流石に見逃せなかったのか、アグニカの肩を掴む。

 

「おい!」

 

アグニカがガエリオの方を向く。

その赤い瞳は、じっとガエリオを覗きこんできた。

 

「なんだ?」

 

振り払うでもなく、無視するでもなく、意見を聞いてくるアグニカ。

セブンスターズの末裔であるガエリオの意見だ。積極的に取り入れようとの考えだろう。

だが、ガエリオは次の言葉が出てこない。

 

あまりに非現実的すぎて、どう怒ればいいのか分からないのだ。

新しい犯罪を処罰する法律が無い時に似ている。

 

「ガエリオ」

 

マクギリスがガエリオの肩に手を置く。

 

「確かに、アグニカの行動は悪だ。混沌だ。常識の埒外だ。

だがそれは、正義の大目的のために行使される。

カーラとて悪だ。それを呑み込むのは……」

 

「より大きな巨悪だけだ」

 

ガエリオは吐き捨てるように呟き、アグニカから手を離す。

ガエリオとアグニカは向き合う。

 

「アグニカ・カイエル……お前と過去の英雄が、同一人物だとは認めない。

だが、人類の役に立つうちは見逃してやる。

その悪魔の力を使うことを、許してやる」

 

ガエリオは『正義』の番人だ。

『悪』の特性を持つアグニカとは、相容れることができない。

 

「だが一瞬でも、人々に害を為すと判断すれば、俺はお前を討つ。

たとえ一生かかってでも、お前を倒す」

 

ガエリオ・ボードウィンの出した答え。

アグニカ・カイエルとの付き合い方。

 

彼の公正さを見定め、狂いがあれば即座に彼を罰する。

 

「それでいい」

 

アグニカは嬉しそうに笑った。

 

「セブンスターズが『正義』担当

俺が『悪』担当。

それで組織が回ってたんだからな」

 

アグニカが集めた寄せ集めの軍隊は、その役割分担で上手く機能していた。

 

(そのどちらにも属さない『馬鹿』は、バカを取りまとめる大いなる馬鹿が指揮してくれたんだったか………)

 

アグニカは、自分を慕い、ストーカー行為を続けていた人物を思い出していた。

その人物と、マクギリスは似ている気がする。

 

ガエリオは身を引く。

彼との絶妙な距離感は、アグニカを懐かしい感覚で包み、楽しませた。

 

アグニカは思考を切り替える。

 

「ネメシス軍団のやろうとしたことを、俺が裏からサポートする」

 

カーラの作戦を乗っ取る計画を、淡々と説明する。

「ネメシス軍団」の全戦力で各家を回る方法。

威圧的な戦力の召集は、確かな効果が見込めるだろう。

欠点があるとすれば、それは移動に時間がかかるということ。

そして、無理矢理連れていくため、士気が低いということだ。

 

だがアグニカにとっては問題無い。

転送装置と洗脳の力を組み合わせれば、欠点を補える。

時間と士気の問題を解決できる。

この融合は、劇的な効果を産み出すだろう。

 

「エリオン家配下にも話を通す。ラスタルとの交渉材料にできるだろう」

 

配下の家を全て、無傷で運用し、手柄を立てられるように運用してやると言えば、ラスタル側も反応を示すはず。

 

それが「クジャン家」を引き込むための第一歩にもなる。

 

エリオン家の配下と言えば、彼らを支えたモビルスーツ運搬車両「キャリアカー」が有名。

エリオン家の戦い方は、戦地への高速展開と兵站が強みだったのだから。

 

キャリアカーの生産、販売会社を受け持つのが

『マズダー社』

 

数あるモビルスーツ運搬車両メーカーの中で、大手として生き残ったのはマツダー社だけであり、ゾロアスター教の最高神『アフラ・マズダー』の名を借りたことによる恩恵であるという信仰が根強い。

 

長距離や悪路をモビルスーツで移動する場合、スラスターや脚部関節の消耗が激しく、いざ戦闘が始まった時に万全の態勢でいられない時が多い。

特に重力化である地球で運用、運搬するためには、特注の運搬車両が必要不可欠。

 

エリオン家の『ガンダム・ハルファス』を運搬していた『フレアドラゴン』が最も有名だろう。

 

これを、広い戦域をカバーしなければならないアーブラウ防衛線に回せば、大きな効果を期待できる。

 

エリオン家配下『アンダーソン家』

 

ウィリアム・アンダーソンはゲリラ戦術のプロであり教官だった。

彼が提案して製造されたのが

 

『ブッシュ・フレーム』

 

伏せて獲物を待つアンブッシュ専門に開発された隠密行動モビルスーツ

 

ゲリラ兵団『ブッシュワーカー』として知られる。

 

世界で唯一、匍匐前進ができるモビルスーツでもある。

 

身を低くするため、背中にスラスターは担いでいない。

モモンガの羽のように、脇の下や腰の横に装備されている。

宇宙空間でもデブリに張り付いたり、船の甲板にくっついたまま戦っていた。

 

数を揃えていたのは『アーチャー・フレーム』。

 

『弓兵』の名を持つモビルスーツ。

 

エイハブリアクターからの電力を流し、弦の強度が増す特殊な繊維を使用した『剛弓』を装備。

あるいはフレーム自体に『剛弓』が接続された機体である。

 

矢を引き絞る力にエネルギーを回しているため、腕力以外の出力は低いが、軽量化とスラスターの改良によって、弓兵の名に恥じぬ性能を有している。

 

何より素晴らしいのが、弾丸を消費しないという点だ。

爆薬は要らず、弦さえ無傷ならリアクターの電力のみで射出できるため、コストが安く済む。

 

その腕力と軽量化した俊敏な動きから、双剣や拳銃に武器を切り替えることも多く、中には一度も弓を射たず、他の武器で戦い続けたアーチャー・フレームも存在する。

 

鉄球と斧を繋いだ長い鎖を投擲する、「月の女神」の異名を持つ

『アルテミス』や、

 

斬撃と飛び道具を掛け合わせて最強の力を得たと豪語した「チャクラム使い」

『アシュラ』

 

布やワイヤーネットに岩盤を包んで投擲、あるいは振りかぶって叩きつける「投石器」で戦う『ダビデ』など、飛び道具なら何でもありというスタイルで、派生系も多い。

 

銃弾が有限である以上、『矢』を使うアーチャー・フレーム達も戦列に加わってもらう。

 

 

マクギリスが注目したのは、戦力を集める方法ではなく、集める戦力の決め方、判断基準と、その効果についてだ。

エリオン家配下の戦力を集めることが、ラスタル・エリオンと接触する「とっかかり」になるとアグニカは考えている。

ラスタルを完全に洗脳するのではなく、利益と損害軽減を交渉材料にして、ラスタル本人に判断してもらうつもりだ。

洗脳は出来るだけ最小限に留める。

 

「この防衛線、どこからどのような戦力を集めますか?」

 

地球、宇宙と問わず、全戦力を集められるに越したことはない。

だが時間は有限であり、たとえアグニカであっても、効率的に戦力を集めなければ時間切れになってしまう。

さらに戦場のスペースも有限であり、戦い方がマッチしていなければ、お互いの足を引っ張るだけだ。

考えなしに全て持ってくる訳にはいかない。

 

アグニカの思い描く、有効な「戦力」とは。

 

「デカイ所が優先だ。

地球のセブンスターズを順繰りに仲間にして回る」

 

この世界で最も戦力と権力を逢わせ持つ存在。

かつての重要な部下であるセブンスターズの末裔達を引き込む。

エリオン家を引き込む算段も、この方針に乗っ取ったもの。

 

セブンスターズを仲間に出来れば、その配下の家も自然と仲間になる。

 

「『射撃戦』がメインとの事なので、『クジャン家』から引き込みますか?」

 

「そうだな。セブンスターズならクジャン家と、あとは……」

 

セブンスターズ始祖の七人のパイロット達は、それぞれ戦い方が違う。

 

クジャン家始祖

『アビド・クジャン』は射撃戦に特化した戦法を得意としていた。

それを援護する配下の家々。

遠距離戦で彼らに勝る者は居なかった。

セブンスターズの射撃戦の要とまで言われた部隊。

 

今回の防衛戦は頭を出さない塹壕戦であり、後退しながら射撃武器で戦う戦場。

 

そこでアグニカが欲しがる兵種は。

 

モビルアーマーの進行を物理的に止める

『盾』兵

 

モビルアーマーを射撃する

『射撃』兵

 

モビルアーマーの群れの真ん中で戦う

『近接突撃』兵

 

この三種類を集めたい。

 

「『盾持ち』が居てくれるだけで安定感が段違いだ。

『ファルク家』とその配下も欲しいな」

 

アグニカが思い出すのは『ファルク家』。

 

ドイツ出身、ファルク家始祖

『モーゼス・ファルク』が搭乗していた

 

『ガンダム・ゼパル・シールダー』

 

その機体のコンセプトは『守護』

 

巨大シールドによる、あらゆる攻撃を防御し、受け流し、受け止めることを目的とした戦い方。

剣を振るい、銃を撃つだけが戦いではないのだと言う。

守りたいという意思こそが、人の強さなのだと語っていた。

 

その実績と思想に感化され、彼の配下となった者は多い。

そのファルク家の配下で有力な家は二つ。

 

『エスクド家』

『ニコラウス家』

 

盾の家紋『エスクド家』と

袋の家紋『ニコラウス家』。

 

『エスクド家』が愛用していたのが、

『盾の戦列』を構築していたモビルスーツ

 

『スパルター・フレーム』である。

 

盾を持つこと、あるいはフレームに盾が接続されることを前提に作られた、『重装歩兵』専用のフレーム構造。

地面に踏ん張るため、がっしりとしたフレーム構造で、特に足裏の分厚さ、腕の太さは随一だ。

 

対衝撃用に特殊加工した金属、その頑丈な盾に、ナノラミネートコートを蒸着させることで、破格の防御力を手に入れた。

モビルアーマーによるビーム攻撃や射撃、プルーマによる体当たりも容易く跳ね返す。

彼らが先陣に立ち、戦列を整えてくれることの安心感は素晴らしい。

 

謂わば、軍隊の『防御』担当。

 

味方は伸び伸びと戦列内で行動できる。

なにせ敵の攻撃を避ける必要がないのだ。

武器の装備や後退もスムーズに行える。

 

これがファルク家のガンダム・ゼパルの戦果を拡大し、サポートしたことは間違いない。

 

そしてスパルター・フレームの上位機であり、象徴ともされるのが『レオニダス』である。

頭部に鶏のとさかのような、赤い斧のようなアンテナと、兜のようなフェイス部の奥に、ガンダムフレームを思わせるツインアイが光る機体。

赤と銀色の落ち着いたカラーリング。

 

『盾』に加え、武装として『さすまた』を持っている。

槍では相手に突き刺さり、刃が抜けなくなることがある。

密集してぶつかり合う戦いにおいて、鋭い槍ではなく、硬い先端の刺股が有効。

「突き刺す」のではなく「突き飛ばす」ことを目的としている。

 

ファルク家を支えたもう一つの家

『ニコラウス家』

 

その異名が『ドイツのサンタクロース』

 

先ず下地となったのは宇宙の清掃用、あるいは物資回収用に、巨大なネットに物を入れて回る非戦闘用フレーム。

膨大な物資を運ぶ能力を買われ、兵站展開のための補助機として、安価かつ短時間で製造できるフレームとして開発された。

 

ニコラウス家当主は、非戦闘用モビルスーツであるにも関わらず、爆弾を手で投げるという戦い方で戦果をあげ、そこに目をつけたのが他でもないアグニカ・カイエル。

 

「素手による爆弾投擲」の有用性は、過去の戦場でこれでもかと証明されており、アグニカもモビルスーツ戦闘に取り入れたいと考えていた。

そんなアグニカによる技術提供を元に開発されたのが、

 

『ブギーマン・フレーム』

 

とにかく大量の武器、弾薬を持ち運ぶことで、戦場での継続戦闘能力を上げるという発想。

味方に様々な種類の武器を、即座に持ち変えさせることによって、多種多様な戦況に対応できるというもの。

 

これは後にエリオン家『ガンダン・ハルファス』の『ストライカーパックシステム』として受け継がれていく。

 

さらに一時的にエイハブウェーブを隠蔽する機器を装備し、まるでフードを被ったような頭部パーツと、赤く光る球体状のカメラアイ、死神のように不吉な装いが特徴的だった。

 

丁度その頃、持ち手の長い槍や斧、長物と呼ばれる武器の有用性が見直された。

『斬撃』と『振りかぶり攻撃』を組み合わせた結果、『鎌』という形に辿り着く。

 

『デスサイズ』として初期から既に完成されており、その洗練っぷりは未だに称賛されている。

 

このデスサイズを主武器として装備し、麻袋を思わせるズタ袋に銃器と爆弾を隠し持ったのが、ブギーマン・フレームの上位機

 

『赤のサンタクロース』

『黒のサンタクロース』

 

この二機である。

 

飛行能力を持った八機の『トナカイ』が、サンタクロースを上空から運ぶ。

 

トナカイといっても動物的なフォルムではなく、長方形の箱のような見た目であり、ただ水平に飛行する『爆撃機』である。

 

『モビルスーツ高高度飛行運搬用推進機』に爆弾投下能力を付与した、スラスターガスを大量消費する大飯喰らい。

それを『トナカイだ』と言い張るニコラウス家当主に、整備士達は恐怖を抱いたという。

 

この爆撃機の上に乗ったサンタクロース達が爆弾という『プレゼント』を、『盾の戦列』で喰い止められ、立ち往生しているプルーマやモビルアーマー達の頭上から配布するのである。

 

敵を集めて、まとめて爆破。

実に効率的な戦い方である。

 

「今回の「防衛戦」にも絶対に有効だ」

 

ファルク家の戦法を取り入れたい。

重量が凄まじく、コストも高い性質上、戦域間の移動が困難だったファルク家戦力も、転送装置の力があれば軽々と移動できる。

 

『盾』のファルク家

『銃』のクジャン家

『乱戦』のファリド家の力を合わせれば、魔王城から押し寄せる天使の大軍も跳ね返せるはずである。

 

「ファリド家の戦力は、上手いことSAUに集まるようになってるから、あとは二家をどうするか」

 

イズナリオ・ファリドが『ヘイムダル召喚』によって、「ルキフグス討伐」のために全権を手にした。

 

そこでファリド家配下の戦力を、配置を決めた上でSAUに向かわせた。

 

その四家を掌握することで、「ファリド家」を引き込むノルマは達成する。

 

四家のうち、カーラ・ネメシスの洗脳はほぼ完成したから、残りは三家。

 

「「ファルク家」といえば、妻である「リナリー・ファルク」が実権を握っているとの噂もあります」

 

「そこから突き崩せるか」

 

当主のエレク・ファルクではなく、妻のリナリー・ファルクが決定権を持っている。

家庭内のパワーバランスが原因だろう。

 

「「クジャン家」はラスタル・エリオンと繋がっています。現当主は若い「イオク・クジャン」」

 

「先にラスタルを引き込まないと無理かぁ?」

 

事前情報から、イオク・クジャンは、上からの命令しか聞かなさそうな、融通の効かないイメージがある。

洗脳するには、脳内の全てを書き換える必要がありそうだ。

 

初代クジャン家当主『アビド・クジャン』

 

クジャン家所有『ガンダム・ソラス・グラーブ』

 

カラスの濡羽色を思わせる、淡い紫の光沢を持つ美しい黒の装甲が印象的な機体。

 

『アビド・クジャン』の強さはやはり、アグニカもお気に入りの

 

『二丁拳銃』近接戦闘である。

 

近距離戦と遠距離戦の融合。

銃器を至近距離から撃ち、最小限の動きで最大限の効果を産み出す戦い方を極めたもので、攻撃、回避、移動を同時に行う流麗な技。

 

『銃ノ型』(ガン=カタ)と呼ばれる闘技にまで発展させたのはアビド・クジャンである。

それはあらゆる状況や敵を想定し、30以上の『型』として完成されており、それらを応用、流用することで無限に近い戦い方を編み出した。

 

勿論、機関銃での制圧射撃や、ダインスレイヴによる狙撃の腕も一番だった。

 

今回アグニカが欲しいのは面制圧射撃の技術だ。

 

ちなみに現代の『銃ノ型』(ガン=カタ)継承者はクジャン家配下『ベイル家』の

 

『クリス・ベイル』

 

搭乗機は『ヴァルキュリア・フレーム』の『フレスト』

 

「轟かせる者」、「援軍」を意味する言葉の通り、その射撃音による豪快な戦法と、味方へのサポート能力は実に優秀。

 

高起動近接戦闘をコンセプトとした『ヴァルキュリア・フレーム』と『銃ノ型』(ガン=カタ)の相性は抜群で、クリス自身は何故他のヴァルキュリア・フレームもガン=カタを採用しないのか小首を傾げていた。

 

さて、クジャン家が管理する、モビルスーツ用の武器、兵器開発企業の中で、アグニカが欲しがっているのは、

 

『ゾディアック社』

『リジー・ボーデン社』である。

 

『ゾディアック社』は『弾丸』『砲弾』を生産する宇宙一の工場を持つ。

生産力二位の会社と比べると、その倍率は500対1になるほどである。

 

他の会社が一日に100発の弾を作る間に、ゾディアック社は50000発を生産し、出荷することができるのだ。

 

中小のモビルスーツ用実弾製造工場は、工業用モビルスーツやアームによる手作業での製作、「ハンドロード式」を採用し、大量生産よりも質と細部へのこだわりを重視している。

 

クジャン家のガンダム・ソラス・グラーブの使うマシンピストルは特注品の弾丸を使うので、むしろハンドロード式のワンオフ品を愛用していたのだが、今回は割愛する。

 

湯水のように『弾』を消費する戦闘になる以上、弾丸製造工場と仲良くなるに越したことはない。

銃器があっても、発射する弾丸が無ければ話にならないからだ。

 

社長はユーリ・ウォルロフ。

 

(あ……ノブリスと繋がりあるんだっけ。べったりと。そっちからもアプローチかけるか)

 

武器商人ノブリス・ゴルドンも、『ゾディアック社』との繋がりは太い。

ノブリスの秘書の連絡先を知っているので、あとで接触することにする。

 

「急いでユーリ・ウォルロフを仲間にしないとな。あと60時間くらいで弾を作れるだけ作ってもらわねーと」

 

現存する弾丸もありったけ集めるが、それでも足りるかは分からない。

やはり新規で生産した方が安心できる。

 

マクギリスが冗談めいた笑みで問い掛ける。

 

「十億発ほど発注しますか?」

 

「もっとだ」

 

「は……」

 

至極真面目に、アグニカは答える。

 

「転送装置で設備と材料、爆薬精製を用意してやれば出来るはずだ。なんなら弾頭部の精錬も俺がやる」

 

弾丸の数が命綱となる以上、アグニカもここに全力を注いでサポートする。

実弾兵器はナノラミネートアーマーには効果が薄いため、とにかく数が必要なのだ。

鉄の塊だろうと、転送装置を応用すれば、「純度の高い鉄だけを転送」、「弾頭の形に出現させる」なども可能で、製作工程を大幅に短縮できる。

 

そこで注目するのが『リジー・ボーデン社』

 

ここは一言で表すなら『鉄』資源を世界一溜め込んでいる会社である。

その主力商品は『斧』。

グレイズ用のバトルアックスなどを生産している。

 

リジー・ボーデンとはアメリカのマサチューセッツ州に実在した女性で、自らの父親と母親の頭を斧で数十回と叩き割って殺害するも無罪となった。

 

『斧の悪魔』としての悪名を気に入られ、社名として受け継がれたのだ。

 

そのリジー・ボーデン社からゾディアック社へ、鉄鋼資源を販売して貰う。

 

取引は洗脳、運搬は転送、生産は強行、期限は三日、実用は天使軍撲滅。

 

政府の許可など欠片もない。

 

とんだブラック商談である。

地獄のような契約だ。

 

「この流れを主軸にして、軍備を整えるしかねぇ」

 

アグニカの思い描く、時間と資源の許す範囲での強硬手段。

禁じ手やモラルになど構っていられない。

 

「ファルク家は地球圏の医療分野に強い影響力を持っています。

リナリー・ファルクは強欲の化身。

医療を独占、操作して、利益を得ようとしていると思われます」

 

「あぁー、復興ビジネスは儲かるからなぁ」

 

アグニカは腕を組み、うんうんと頷く。

 

「なら、SAU代表とくっつけるか。復興の計画を操れれば、無駄も無くなるし」

 

軍の通り道となる場所に、難民や怪我人達のキャンプが作られ、軍から撤去を求められるという事例は、今までも存在した。

先の見えない中、今を生きることで精一杯の人々を退去させなければならない無情。

 

そういった「非効率的」なトラブルを無くすには、将来を見据えた計画が必要となる。

 

将来が分からなくとも、各組織の代表達が情報共有し、話し合うだけでも、このようなトラブルは回避できる。

 

コロニー落としの被害者であるSAUと、医療分野のファルク家。

彼らが手を組めば、SAU復興は素晴らしい速さと安全性を実現できる。

ファルク家も巨額の収益を得られるだろう。

 

「なら、ファルク家を仲間にするには、SAU代表を仲間するのが一番だな」

 

「SAU代表は「ドナルド・ポーカー」。

ラスタルとの裏の繋がりも強い。

エリオン家総本山に、姪である「カタリーナ」が避難していましたが、ルキフグス墜落によって蒸発。

ドナルド代表とラスタル・エリオンの関係は、かなり悪化していると見ていいでしょう」

 

マクギリスによる分かりやすい補足説明。

ドナルド代表がラスタルを信用できなくなっているとすれば、他のセブンスターズを仲間にするか、あるいは自前の防衛軍を設立しようと画策するだろう。

 

「ドナルド・ポーカーの思考パターンは、SAUの名誉回復と、勧善懲悪の勝利のストーリー。

アフリカンユニオンへの賠償金の要求と、ギャラルホルンへは本土防衛と救出部隊を要請しています。彼は……」

 

「世界の混乱を助長する」

 

「その通りです」

 

アグニカは額に手を当てて考える。

経済圏同士の戦争が起こるとすれば、その始まりは間違いなくSAUからだ。

戦争の火種どころか、存在自体が業火。

周囲に火をばら蒔く。

 

「こいつは念入りに洗脳しとかないと………厄介なことになるな」

 

ドナルド・ポーカーの言動には、世界中の為政者達が注目している。

彼がパニックを起こせば、過敏に反応した他経済圏らも暴発するかもしれない。

 

逆にドナルド・ポーカーの言動を操作できれば、世界情勢をかなり鎮静化できる。

 

「『コロニー落とし被害調査室』には、部下である『石動』を送っています。

アグニカからの情報も、スムーズに伝達してくれるでしょう」

 

「いいね。その「被害調査」をこっちで改竄して、ファルク家と復興計画を作らせて、自国民からの支持率をアップさせよう。みんな幸せになれるぞ」

 

ドナルドとて政治家なのだから、支持率が上がれば精神的な落ち着きを取り戻すだろう。

まさかコロニー落としされた経済圏の代表が、支持率が急上昇するなど誰も考えないはず。

そもそも支持率を保つために、無理難題である賠償金の要求や、ギャラルホルンへの支援要求、防衛軍の設立を叫んでいるのだ。

復興計画こそ、ドナルドを落ち着かせる薬になるだろう。

 

「よし……その線で攻めるか。

次はドナルド・ポーカーの所へ行こう」

 

カーラ・ネメシスを自動で動けるようにしてから、アグニカ達はまたしても姿を消した。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り55時間41分

 

カチャリ、と受話器を置く音が響いた。

アーブラウ政権の暫定代表、アンリ・フリュウは、寿命を使い果たしてしまったかのように、力なく溜め息を吐いた。

 

「どうして………」

 

たった今、裏で協定を結んでいる、イズナリオ・ファリドとの通話を終えた。

イズナリオから、アーブラウは政権の体制を変え、「戦時内閣」に移行すること、その代表に、蒔苗東護ノ介を置くことで、責任追求の身代わりにすること、そして、蒔苗の人脈を活用し、この困難を乗り切るのだと指示された。

 

そして、アンリと蒔苗の直接対談を要請されたのだ。

 

「どうして、政治家でもない男に、そこまで詳しく指図されなくちゃいけないの………?」

 

アンリ・フリュウですら答えが出せなかったことを、瞬時に解決策を提示してみせたイズナリオ。

ゼロから解決策を手探りで作り出すことと、その解決策を聞いてから改善点を考えること。

この二つは似て非なるものだ。

 

ゼロから形を紡ぎ出すことは、積み重ねた失敗と勉強、経験が必要だ。

それを、政治に直接関わることを許されない、セブンスターズのイズナリオから言われたことで、困惑と悔しさが滲み出る。

 

実際には、厄祭戦という狂気に満ちた世界で数十年間失敗を経験し、屍を積み上げていったアグニカと、人類の希望となる黄金の精神を持ったクーデリアが綿密に話し合い、その結論をマクギリスを通してイズナリオに伝え、イズナリオが噛み砕いてアンリに説明したのだから、かなり完成された状態の情報だったのだ。

 

だがそんなこと、アンリが知る由も無い。

分かるはずがない。

 

初めてカレーライスを作ろうとして、台所が滅茶苦茶になっている横から、完成されたカレーライスを見せられ、その湯気に当てられたかのような、やる気を失ってしまう感覚に襲われた。

 

相手とのレベルの違い。

到達している場所、見ているものの違いに、大人げなく嫉妬してしまう。

歳を取ると、嫉妬や怒りは制御を失い、暴走しているように感じる。

 

(そもそも、その蒔苗だって行方不明ではないですかっ!思い付きで適当なことを言って!)

 

ギリリと歯を食い縛るアンリ。

 

その制御できない嫉妬は、「焦り」だ。

アンリ自身、自覚している。

自分はもう、若くない。

 

クーデリアの姿を見て、次世代の「若い芽」の存在を、鮮明に見せつけられた。

あの真っ直ぐな瞳と言葉、カリスマ性、人々に希望を抱かせる力強さ。

 

この混乱の状況でも、柔軟に対処していくのだろう。

だが自分には無理だ。

 

年寄りが簡単に方針を変えるのは、今まで積み上げてきたものを全否定することになる。

そんな固定観念がアンリを縛り付けていた。

この歳になって新しいことに手を出せば、人生が無駄だったことになる。

それは死を意味する。

 

「じゅ……十年後を見据える、ですってぇ………?」

 

コロニー落としの混乱が完全に治まるのは十年後だとの見方を示していた。

その時に、ゆっくりと政権を掌握すればいいと。

 

「冗談じゃないわ!!」

 

十年後、自分がどれだけ老け込んでいるか、自分にも分からない!!

何か病気を患っているかもしれない!医療用ナノマシンは肌身離せない!

権力を失っているかもしれない!

やる気を失っているかもしれない!

アーブラウが変わっているかもしれない!

 

やっと、自分が代表になれると思った時に!!

あと十年待てと言われるなど!!

 

「信じられないわよお!!」

 

アンリは乱暴に、通信端末を手で払い飛ばした。

床に叩きつけられる音。

手がジンジンと痛む。

 

爪を噛みながら、別の映像端末を開く。

そこには、イズナリオが四人の「仮面の男」達を前に、遠征軍と会議している映像が流れていた。

 

『タリスマン剣の友修道騎士会

総勢52036名 参陣!!!!』

 

ザンッッッッ!!!!

 

『パーフィケーション護衛団

総勢23566名 参陣!!!!』

 

ザンッッッッ!!!!

 

『テスキョ騎士団ネメシス軍団

総勢15304名 参陣!!!!』

 

ザンッッッッ!!!! 

 

『マルタ警備隊

 

総勢53092名 参陣!!!!』

 

ザンッッッッ!!!!

 

 

「なに、これは………」

 

まるで十字軍の遠征だ。

異様な雰囲気とテンションのファリド家配下の者達が、イズナリオと会話している。

 

本格的に戦争へと進んでいくギャラルホルン。

その勢いについていけなかった。

 

アンリ・フリュウはまたしても爪を噛んだ。

 

(どうして……私の代なのよっ!)

 

よりにもよって、自分がアーブラウの代表にあと一歩でなれるという時に、この大事件は発生した。

混乱を納めることに力を使い、時間も労力も消費していく。

評価や利益も下がる一方。

こんなドブざらいのような仕事ではなく、もっと伸び伸びと、有意義で効率的、意味のある仕事がしたい。

そして評価も利益も労せず得たいのだ。

 

なのに何故、こんな不幸が舞い降りるのか。

アンリはこの時代に生まれたことを後悔し始めた。

 

その時、ドアがノックされる音が聞こえた。

携帯端末を叩き落とした音で、秘書が何かあったのかと気を回したのだろう。

 

「なんでもないわ」

 

アンリは事も無さげに声を上げた。

これで秘書は下がるだろう。

そう思った矢先に、先程と同じ感覚で、ドアをノックする音。

 

「チッ………」

 

同じことを何度も言う「無駄」な行為に腹が立ち、舌打ちするアンリ。

そんなにアンリに伝えたいことがあるなら、ドア越しにでも伝えればいいではないか。

 

「なんなのっ!?入りなさい!!」

 

アンリは苛立ち混じりに、入室を許可した。

 

ドアノブが回され、ガチャリと音が響いた。

 

「フォッフォッフォッ」

 

アンリの神経がピンと飛び跳ねた。

たとえ僅かな色や、匂いや、音であっても、記憶を鮮明に思い起こさせるものがある。

心から好きなもの、長く親しんだもの、あるいは、天敵と言えるほどに、苦手なもの。

アンリの頬に汗が流れる。

この癪に触る笑い声は。

 

「まさか………」

 

ドアが開き、薄い紫色の着物姿の、体格の大きな老人。

その半身を見ただけで、その人だと分かる特徴的な見た目。

ドアの隙間から滑りこむように、ぬらりと姿を見せた。

 

「邪魔するぞい」

 

白いボリュームある髭を擦る老人。

蒔苗東護ノ介が、そこに居た。

 

「あっ……………なっ、あ………」

 

口を半開きにするアンリ。

喉を鳴らすように、クックッと笑う蒔苗。

 

「なんじゃ?狐に摘ままれたような顔をして」

 

「な………なん、どうして……」

 

動揺を隠せないアンリ。

自分が収賄疑惑をふっかけ、亡命にまで追い込んだ政治家が、目の前に居たのだ。

弾かれるように叫んだ。

 

「警備!!」

 

「ほっ!まあ待て待て」

 

蒔苗はゆったりとした仕草でアンリを宥める。

まだ慌てるような時間ではない、とでも言うように。

 

アンリはヒステリックに叫び続ける。

 

「警備!!!警備を呼んでェーー!!!」

 

近くに居るはずの秘書や、警備が駆け付けるように、大声で叫んだ。

 

蒔苗はゆっくりとドアを閉めた。

 

「警備ならこんよ?」

 

バタン、と扉が閉まる音と、蒔苗の言葉は重なった。

 

「ワシと入れ代わりで転送してもらったからのう。今ごろハワイで休暇中じゃろうて」

 

蒔苗の言っている意味は分からなかったが、警備員が何らかの理由で、ここに来れないということは理解した。

 

「すっ、すす全て、貴方の仕業ですかっ」

 

アンリは身体が震えるのを何とか押さえる。

腕で自分の肩を抱くようにして、手のひらは机の角に添え、身体のバランスを支える。

そうでもしないと倒れてしまいそうだ。

 

「うんむ。お前さんと話がしたくてのお」

 

草履でペタペタと歩く音が聞こえる。

アンリは突如として現れた蒔苗を、睨み付けることしかできない。

 

蒔苗は来客用のソファに腰掛ける。

バネが深く軋む音。

 

「……このソファじゃが、あまり座り心地が良くないのぉ。年寄りに優しくないわい」

 

実家でくつろぐように、ゆったりとした態度を崩さない蒔苗。

その得体の知れない余裕と、この場に現れた不可解さが混ざり合い、アンリは思考が固まった。

 

「わ、たしを………追放しに、き、来たのですか………?」

 

蒔苗の細い瞼が開かれ、片方の目でアンリを見ている。

まるで珍しいものでも見るように。

 

「フォッフォッフォッフォッ!」

 

膝を叩いて大笑いし始めた。

アンリはカッと血が上る。

顔面に血液と体温が集中したような錯覚。

 

「何を言っておる?ワシはお主と話がしたいだけじゃよ。

あとは茶でも飲んだら帰るわい」

 

ホホ、と渇いた笑い。

 

「アーブラウが抱える問題、その解決策についてのお」

 

蒔苗は一瞬、「政治家」の顔を見せた。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り55時間08分

 

SAU政府の中核であり、代表が住む官邸、そして重要な条約調停、他経済圏代表との会談に使用される建物、ホワイトハウス。

 

その中央にあるメインハウス、外交官応接室において、魔王アグニカ・カイエルは君臨していた。

 

護衛である警備員達は、武装したアサルトライフルを担ぐようにして、片方の膝をつき、頭を下げている。

十人以上いる警備員達は、アグニカ達を円で囲むように跪いている。

まるで儀式のように。

 

ドナルド・ポーカー代表は白目を剥き、身体を海老反りにしていた。

アグニカによる入念な記憶操作と洗脳。

 

魂の対話という、アグニカの業火を吹きこむ行為。

 

ドナルド・ポーカーの薄い金髪が乱れ、カツラが床に落ちている。

彼がカツラをしていることはトップシークレットだったのだが、誰も気に留める者は居ない。

 

警備員は気絶させようかとも思ったが、アグニカは彼らに軽く記憶操作を施すことで、混乱を抑制しつつホワイトハウスを無血で制圧した。

 

アグニカはドナルドの魂に直接問い掛ける。

 

『今回のコロニー落とし、確かに大事件だ。だがお前は、この事件をどう捉えている?』

 

「この『コロニー落とし』という事件は、厄祭戦以来、約数百年ぶりとなる、『地球本土への直接攻撃』なのだ」

 

アグニカはニヤリと笑う。

 

『その通りだ』

 

ここ数百年間、大規模な戦争は起こっていない。

それはギャラルホルンによる統制の優秀さを意味するが、同時に、戦乱を全く知らない世界であることを意味する。

地球上の4つの経済圏同士ですら、戦争は全く起こしていないのである。

 

ましてや、地球に隷属するスペースノイド達による反乱が起き、その標的として地球本土が狙われ、攻撃が成功し、多数の地球人が犠牲になるなど、誰も想像していなかっただろう。

 

それほどまでにギャラルホルンという『正義の守護者』であり『暴力装置』でもある存在は優秀だったし、鉄壁の守りだった。

 

母なる地球の美しい大地を、戦争の業火で焼いたことはなかったのだ。

 

だが、コロニーの外壁は落下し、数多くの人や町を吹き飛ばし、焼き、クレーターを形成した。

 

「地球が戦場になるかもしれない」という危機は、厄祭戦時代や西暦の時代の人々からすれば「当たり前」のことで、逆に「その他のどこでやるんだ」とすら思っていた常識なのだが、この世界では全く異なる価値観だった。

 

「これは数百年ぶりに発生した大規模な「テロリズム」であり、平穏の世界を変えてしまった」

 

『そうだ。これは『新時代の戦争』だ』

 

第二次厄祭戦。

 

この新時代の戦争では、いつどこに戦火が浴びせられるかが分からない。

地球は常に標的にされているし、どんな攻撃が来るかの予測がつかない。

従来の戦争のように、兵器の移動や、資金物資の流れを察知すれば、どこでどれほどの戦闘が起こるかは予測できた。しかし、距離を飛び越えて特定の場所に出現する「転送装置」があれば、全世界が戦場になる。

 

『業火』はどこから沸き上がるか分からない。

 

「転送装置」を駆使した攻撃の一番の利点は、その速効性と、相手の意表を突くという点。

そのため、当然だが「宣戦布告」など一切行わないし、犯人の手がかりも特定が難しい。

さらに攻撃から脱出までが非常にスムーズ。

 

テロリズムの作戦とがっちり噛み合う。

相性がとてもいい。

 

そして、最初の一撃が決まれば、ほぼ勝敗が決してしまうことも有り得るのだ。

今回のコロニー落としのように。

あるいは指導者の暗殺、重要施設の破壊。

 

SAUは西暦の時代、アメリカ合衆国と呼ばれた時代から、テロとの見えない戦いを強いられてきた。

だからこそ、ドナルド・ポーカーも、この新しい戦争の恐ろしさが身に染みて理解できる。

 

ギャラルホルンは大義名聞を得るため、「先ず相手に攻撃させてから、自分達が反撃する」というやり方をするが、それでは手遅れになる。

 

「討たねばならないのだ!!

 

討たれる前に!!!!」

 

ドナルドの魂は叫ぶ。

 

この新時代の戦争から自国を守るには、先制攻撃、敵性勢力の徹底した排除が必要不可欠。

 

国際法など守っていられない。

そもそも、国際法自体、「転送装置」が存在しない時代に作られたものである。

そんなものを愚直に守っていては、自分達が滅ぼされてしまう。

むしろ意欲的に「改訂」を進言するべきだろう。

 

ドナルドは政治家として、SAUを守りたいという精神だけは本物だった。

そのために他経済圏を犠牲にしてもいいという考え方であったが。

 

 

コロニー落としの前と後で、世界が変わる。

変わりつつある。

その変化に乗り遅れれば、『死』か、『死を待つだけ』の屍となる。

安全が確保されるはずもない。

 

転送装置を受け入れられた「新しい価値観」と、受け入れられない「従来の価値観」は、必ず衝突し、敵対する。

 

お互いが自分達を守るためと信じて疑わず、行動や考えを改めず、話し合いも行われない。

 

その融和には時間がかかるだろう。

 

どちからが劣っているという訳ではない。

 

どちらも必要なのだ。

転送装置があるとはいえ、今までの物資の製造法や使用法を基準にして使われる。

 

相互理解と融和こそが命題。

 

 

だからこそ、この世界の万物も、見方を変えなければならない。

 

すなわち、「融和できている者」と「融和できていない者」である。

 

「ギャラルホルン」という組織の中でも、「融和している派閥」とそうではない派閥ができる。

今までのセブンスターズという区切りでは分けられない。

 

再編成が始まる。

 

であれば、「融和できている」派閥につくのが懸命と言える。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り54時間30分

 

「新時代の………戦争?」

 

アンリは蒔苗から語られた、今後の世界の展望を聞き、困惑した。

 

今までのギャラルホルンの戦法は、圧倒的な戦力で反乱分子を粛清していくやり方だった。

兵器、設備、物資、資金が世界最大最強なのだから、その大きさを見せつけるだけで、海賊達は退散していった。

戦わずして勝つ。

その征服感は麻薬のようで、自らの威光を信じて止まない精神的下地が出来上がった。

 

しかし新時代の戦争では、そのやり方だけでは通用しなくなる。

 

これからは、その大量の戦力に転送装置の技術を組み合わせ、効率的で適応力の高い部隊を作る必要がある。

 

それこそが新時代の戦争だ。

 

「ワシら経済圏とて同じ。適応できている者に着く」

 

アンリは未だに、「転送装置」なる新技術を信じられていない。

だが、経済圏やギャラルホルンが、この状況に対応しなければならないことは理解できる。

 

「とはいえ、相手の候補は限られておるじゃろう?

ギャラルホルンの名家、セブンスターズだとしても、七つだけじゃ。

さて、どこにすり寄ろう?

月に居るというエリオン家かの?

それとも地球の防衛に失敗したイシュー家かのお?」

 

「何が言いたいのですか………」

 

アンリに対して、ピンポイントでセブンスターズのことについて聞いてくるとなれば、それはイズナリオ・ファリドとの癒着を遠回しに言っているとしか考えられない。

 

「ファリド家こそ、戦後、最も被害の少ない陣営じゃと予想しておるのじゃよ」

 

『ヘイムダル召喚』が発動し、全権力と全武力を手にしたイズナリオ・ファリド。

一時的とはいえ、彼こそがこの世界の覇王だ。

 

「戦後……?」

 

「うむ。結局、割りを喰うのは「適応できなかった者」じゃ。その点、イズナリオ・ファリドは適応できるとワシは見ている」

 

銃が戦争の形式を変えた時、その変化に適応できなかった軍隊は、夥しい死者を出し、敗北した。

敗北したのだから、その後の立場だって劣悪なものだ。

 

「この混乱を最小限の被害で乗り切る。ワシらが「適応する」のではなく、「適応できている者」に着く。

それでこそ、混乱が収まった時、無傷で立っていられる。

他の者が倒れておるのじゃから、立っているワシらが「世界の覇王」じゃわい」

 

考えるべきは「戦後」、着地点だ。

 

今の混乱と新技術に対応することは、そのまま治安回復と復興に繋がるのだ。

まるで月面のように、デコボコになってしまった経済圏と圏外圏の再統治。

 

「人心を掴むアイドルなら、おるよ」

 

クーデリア・藍那・バーンスタイン。

『革命の乙女』と持て囃され、人類に「誇れる選択を」と語りかけてきた。

 

彼女が特別視される理由として、この世界が、そもそも革命に慣れていないのだ。

体制が凝り固まり、変化が小さい時代が続いた。

革命の乙女であるクーデリアに、皆が珍しいものを見るような目を向けるが、本当に珍しい存在なのだ。

 

「あの娘は………」

 

ドルトコロニーの内部に居た。

だから行方不明のはずでしょう、と言いかけて、蒔苗が遮る。

 

「乙女はワシの手元にある」

 

「なっ………」

 

クーデリアが既に、蒔苗と合流している……!?

アンリは予想外の進展の早さに戦慄した。

 

それはアグニカ・カイエルの転送装置に力によって手引きされたものなのだが、そんなこと、アンリに分かるはずがない。

 

「革命の乙女の言うことなら、圏外圏の者は何でも素直に聞くじゃろうて。

上手く口利きしてもらって、アーブラウだけは攻撃しないように融通してもらうこともできよう」

 

蒔苗の方針と考え方が見えてきた。

とにかく、自分達は被害を受けないように立ち回る。

 

地球と圏外圏が一触即発の状況で、アーブラウだけが敵対せず、戦争から身を引くつもりでいるのだ。

 

「火星人だから敵、という訳ではないはずじゃ。

一部の過激な意見が、火星全体の意思と見るのは早計よ」

 

「それは………確かに………」

 

この世界は歪んでいる、と言う。

だが、その歪んだ社会、歪んだ環境、歪んだ教育の中で育った、大半の人間は、犯罪を犯してなどいない。

今を正常と言うことが異常で、異常になることが正常だと言うなら、正常である大多数の人間こそが異常ということになってしまう。

 

「かといってアーブラウに喜んで味方するとも限らん。

彼らは地球に搾取されてきた過去、恨みを抱いておる」

 

地球はそれをすっかり忘れている。

殴った方は覚えていないが、殴られた方はずっと覚えている図式だ。

 

この戦争の終結は、火星の独立。

これを認めることから始まる。

だが、その存在を容認することは難しいはず。

なにせ潜在的な敵対国家。

敵対勢力排除こそ安全への近道と思い込んだ他の経済圏とは真っ向から対立する。

 

それでも、長年搾取され続けた屈辱、憎悪は、紙切れ一枚にササッと署名したぐらいで消えるほど、薄っぺらいものではない。

この上、地球が火星を敵対勢力と公言すれば、星間戦争に火星人全員が参加することになる。

 

経済圏の総意で火星との和解を模索したとしても、彼らが応じてくれるとは思えない。

 

つまり、なるべく火星を刺激せず、静かに支配権を放棄、そして友好的な関係を保つことが、最も被害と恨みを買わずに済む道筋なのだ。

 

アグニカと綿密に話し合ったことでもある。

 

地球の事情として、今までは火星に豊富な資源があったために、その植民地を手放すことなどできなかった。

そんなことをすれば、全世界の人々、さらに後世の人々からも「無能」と罵られることになる。

 

「その汚名、ワシが受け持とう」

 

どれだけ枯渇した領土であろうと、自分達の領土を手放すことは、政治家としての「死」を意味する。

 

その汚れ役、繊細で失敗の許されない作業を、蒔苗が代行しようというのだ。

これはアンリとて願ってもない申し出。

 

火星は地球に突き付けられた「銃」なのだ。

銃弾は装填されている。

あとは引き金を引くだけで、地球は撃ち殺される。

 

蒔苗は、その銃から引き金を抜き取ろうとしているのだ。

 

敵から「大義名聞」を奪う。

さらに実践的な優位性も奪う。

 

どれだけ銃と銃弾が危険でも、引き金が無ければ撃たれることはない。

 

「本当に勝つのはワシらじゃ」

 

蒔苗は底知れない黒い表情を浮かべた。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り54時間09分

 

ドナルド・ポーカーへの念入りな記憶操作は完了した。

ついでにSAU官僚達や、コロニー落とし被害調査室の者達も、軽く洗脳していく。

 

その間も、アグニカはドナルド・ポーカーの魂に語りかけ続けた。

 

 

そもそも今回のテロを引き起こした者達は何者なのか?

 

過酷な労働環境で搾取され続けたスペースノイド。

憎悪に燃える復讐者。

裏で手を引く武器商人。

 

そんな見方では正確に世界が区別できていない。

 

彼らは「融和できた者」達なのだ。

それが操られていたとはいえ。

 

コロニー落としという従来の方法と、転送装置の力を混ぜ合わせた。

 

だから攻撃が成功した。

 

逆にギャラルホルンは、艦隊防御陣という従来の方法だけを使用。

転送装置のことは何も知らなかった。

存在を察知していた者も、口をつぐんでいた。

「融和できていない者」だったのだ。

 

だから負けた。

 

この世界の戦争、パワーバランスを分かりやすく説明する事件だった。

 

ガンダムが存在する世界で、コロニー落としといえば、とてつもない大作戦であり、人類の歴史の中で、一つの終わりとして語られる出来事だ。

 

だが「転送装置」があれば、コロニー落としすら簡単に引き起こされてしまう。

 

それが『第二次厄祭戦』という新戦争形態。

 

 

これほどの被害と大混乱。

ギャラルホルンは何をしていたのか?という疑問が湧くのは当然だろう。

そこでギャラルホルンのマッチポンプ、つまり自作自演だという「陰謀論」が生えてくる訳だが、そのギャラルホルンすら被害を受け、存続の危機に晒されているのだから、かなり無理がある説である。

 

それよりも「転送装置」の実在を説く噂が広まるだろう。

 

すぐには信じられない新技術であるため、大々的に公表はしない。

むしろ、その技術を独占し、素早く実用化し、優位性を得ようとするのが正常だ。

 

情報は各組織、各個人で止まり、集約されることがない。

 

SAUとアーブラウですら、相互に情報共有は最小限にするはず。

 

だがアグニカ・カイエルは違う。

情報を集約し、味方達に広げていき、実戦に応用する。

「融和できている者」だからだ。

 

そして一番の特徴は、

 

融和を「強要」しないという点だ。

 

無理に理解させようとしない。

今はあまりにも時間がない。

融和までの間に発生する混乱を防ぐため、あえて「情報を伝えない」という手段を取る。

 

公表する情報の取捨選択。

これは国家の運命を左右するものであり、指導者に求められる資質の一つ。

 

しかし人間とは不安定なもので、情報とはさらに不確定なものだ。

隠蔽したまま軍隊という大人数の組織をコントロールすることは難しい。

 

そこでアグニカは『洗脳』という強行手段に打って出る。

 

細い鉄骨の上を、目隠しをして走るような危険な行為だが、そのおかげで走る速度を上げたのだ。

 

正しい見方を持ってこそ、本当の『情報戦』が行える。

 

結局、戦争とは「人」が起こすもの。

 

機械が起こす戦乱は「儀式」でしかない。

 

各勢力がどう動くか、それはその指導者の頭の中を予測するしかない。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り53時間54分

 

SAU代表『ドナルド・ポーカー』

 

彼の脳内は「白か黒か」「味方か敵か」「正義か悪か」「得か損か」

 

二つに一つ。

自らの信じる正義を貫き通す。

 

異論を唱える者は「足を引っ張る者」であり、それらを採用することは稀だ。

 

自らの圏内にコロニー外壁を落としたアフリカンユニオンは完全に「悪」であり、倒すべき「敵」になってしまった。

 

ドナルド・ポーカーが代表にいる限り、SAUはアフリカンユニオンを敵視するし、莫大な賠償金を請求し続けるだろう。

 

つまりこの二つの経済圏の関係は冷えこむ。

 

そうなった場合、最も影響を受けるのはどこか?

 

蒔苗はニヤリと笑った。

 

「他でもない、ワシらじゃ」

 

地理的な問題が大きい。

色分けされた経済圏の領土マップを見れば分かる。

 

SAUとアフリカンユニオンと地続きで接しているのはアーブラウのみ。

つまり、この二つの経済圏から最も圧力を受けることになる。

 

片や「被害者」SAU、片や「加害者」アフリカンユニオン。

その両方から腕を引っ張られている。

 

彼らの問題を仲介し、煽るも納めるもアーブラウの手腕に左右される。

責任があまりにも大きい。

 

実際、アフリカンユニオンが主導でコロニー落としを手引きしたかどうかなど、最早どうでもいいのかもしれない。

 

落ちてきたのがアフリカンユニオンの所有コロニーであり、アフリカンユニオンの資金で作られたものである以上、それは「アフリカンユニオンの金で作った兵器」なのだ。

運用の仕方が常軌を逸していたというだけで。

つまりアフリカンユニオンが金を出し、手助けしたのと同じだ。

 

SAUにとって、大義名分はそれだけで十分。

戦争を起こす準備はできている。

 

「もはやSAUは、誰とも仲直りなどできん。

コロニー落としで破壊された関係を元に戻すなど、誰にもできんよ。

『時間』以外にはの。

アフリカンユニオンは勿論、ワシらアーブラウともじゃ。

国境の再編成?美しき共存?人道的支援?

………ありえぬよ」

 

これほどの大混乱だ。

関係修復や、事無かれ主義では乗り切れない。

 

「SAUはアーブラウとの同盟など、これっぽっちも望んでおらん。

それよりも考えるべきは、アーブラウの悲願、アフリカンユニオンを傘下に加えることじゃ。

アフリカンユニオンが弱っている今、つけいるチャンスなんじゃよ」

 

アーブラウが欲しいのはヨーロッパ。

アフリカンユニオンの経済の流れを吸い、養分を吸い尽くしたい。

 

「いくらなんでも……強欲すぎますよ!」

 

アンリは怖じ気づいたような抗議した。

 

「誰も公には言えんじゃろうから、ワシが代わりに言ってやるとするかのお」

 

蒔苗は、SAU以外の全ての人間が思っていることを代弁した。

 

「コロニー外壁が落ちたのが、SAUで良かった、と」

 

自分の土地に落ちてこなくて、本当に良かった。

 

アーブラウ領内に落ちた場合に比べれば、隣接するSAUの国民が二人死のうが二十人死のうが二億万人死のうが知ったことではない。

被害は安いものだ。

 

「そ、そんな………」

 

建て前上、はっきりと言うことはできないが、アンリとて多少は思ったことだ。

だから言葉に詰まる。

 

「とはいえ、「無力な隣人」が悶え苦しみながら死んでいくのを見るのは………目覚めが悪いのお」

 

蒔苗はゴホンと咳払いをした。

 

「助けたいと思うか?ワシもじゃ。それは正常なことよ。

じゃが、先ずは自分達じゃ。

溺れている者を救おうにも、自分の船が転覆したのでは意味がない。共倒れじゃ」

 

いち早くアーブラウの立場を磐石にすることが、他圏を救うことに繋がる。

 

「それに今回は、他圏の足を引っ張らずとも、自分達だけで利益を産み出すことができる」

 

転送装置の技術を上手く使えば、無から財宝を産み出すことだって可能だ。

 

「この御時世に生き延びた者は、運が良い」

 

つい先程、この時代に生まれたことを後悔したアンリは、全く意外な言葉に、目を丸くした。

 

 

 

 

アフリカンユニオンからの要請で、一番ありえそうなのが、「義援金の前借り」である。

 

アフリカンユニオンからSAUに資金や物資を送ることになったとする。

だが距離的にはアーブラウの方が近く、交通の便もいいこともあり、アフリカンユニオンがアーブラウに「前借り」し、一時的に払って貰うというもの。

 

一刻も早くSAUに資金や物資を届ける必要がある以上、人道的にも合理的な提案といえる。

 

しかし実際は、アフリカンユニオンはSAUに一銭も金を払いたくないだけであり、その「前借り」すら踏み倒す気でいるに違いない。

アーブラウに負担を肩代わりさせ、そのツケを払わない腹積もり。

 

あるいはアーブラウからの物資が粗悪品であるなどと責任転嫁し、前借りの価値がないと開き直る可能性もある。

 

切羽詰まればどんな卑怯なこともする。

それが人間であるし、人間の集合体である国家も例外ではない。

それこそが国際社会のあり方だ。

 

アーブラウだけが金を浪費する結果になってしまう。

 

「そこでこちらから持ちかけるのじゃ」

 

「何をです?」

 

各経済圏の足並みを揃えるという提案。

 

「経済圏から金が出ていかない「からくり」をの」

 

戦争で経済が疲弊することを、なんとしても回避したい。

それはどの経済圏とて同じ思いのはず。

 

「ギャラルホルンにも、圏外圏にも金を渡さない第三の方法は、自前の防衛軍の設立じゃ」

 

「え………しかしそれは」

 

軍隊の整備には金がかかる。

それに、イズナリオ・ファリドに着くと言った直後に、彼に頼らない軍隊を作ったとなれば、イズナリオから見捨てられる可能性もある。

 

「じゃが、経済圏の意思で動く軍隊などが居れば、当然、戦争になる。

それぞれのエゴが混沌を産むじゃろう」

 

各経済圏同士が戦争をしないために、ギャラルホルンは作られたのだ。

だから独自の戦力を持つことは、簡単には許さないだろう。

 

「だからこそ、自前の防衛軍を『持たない』ように持ちかけるのじゃ」

 

今まで防衛軍を持つことを話しておいて、他経済圏には防衛軍を作らせない?

アンリは蒔苗の舌の回りっぷりに閉口した。

 

つまり「抜け駆け」を許さない体制作りだ。

早い者勝ちになれば、間違いなく戦争になる。

それを防ごうというのが表向きの理由。

 

真実は、アーブラウ以外の行動を押さえつける枷。

 

「この騒動の責任はギャラルホルンにあり、その鎮圧に経済圏の金を使うのは道理に合わない。

ギャラルホルンに負担させる。

それが終結した後、ギャラルホルンを解体、あるいは縮小し、より民主的な軍隊になってもらう」

 

ギャラルホルンの存在を許すかどうかは、四つの経済圏の総意によって決定される。

つまり、四大経済圏が結束し、ギャラルホルンを解体するといえば、角笛は従わざるを得ない。

 

もちろん、そうなる前にギャラルホルンも手を打つだろうし、そう易々と解体に応じるとも思えないが。

 

「だからこそ、セブンスターズの腐敗っぷりを利用するんじゃよ」

 

ギャラルホルンの新代表として、イズナリオ・ファリドを据え置く。

 

「ファリド家がギャラルホルンを総括し、地球経済はアーブラウが担う。

そのトップ二名の美しき団結……フォフォッ」

 

アンリ・フリュウの立場は磐石。

経済圏を統治することも可能。

 

「この夢物語、実現できるのはワシだけじゃ」

 

流れが変わった、とアンリは感じた。

話は終わり、結論を強要し始めたのだ。

 

「お前さんと、ファリド家が栄華の限りを味わうがいい。

ワシはひっそりと、今、手を回したいだけなんじゃよ」

 

「信じられるものですかっ!」

 

アーブラウが世界のトップに立ったとして、そこで大人しく蒔苗が身を引くとは、とても思えない。

法律の改造でも何でもして、権力の座に居座り続けるに違いない。

 

「ホホ、ではどうする?」

 

アンリの拒絶に、飄々とした態度を崩さない蒔苗。

 

「情報提供は感謝します。ですが、それはこちらが検討することで……」

 

「ぬるいッ!!」

 

「ヒッ!」

 

突然声を荒げた蒔苗、ビクリと肩を震わせるアンリ。

 

「検討じゃと?そんなもん誰も望んでおらん。

お主がするべきなのは「決断」じゃよ」

 

刻一刻と状況は変化している。

成すべき判断を早急に下すことこそ、指導者に求められる行動だ。

 

「ぬるい貴様らの代わりに、ワシが解決策を持ってきてやったんじゃッ!!

黙ってそれを従えば良かろうが!!ええ!?」

 

机をダンッと叩きつける蒔苗。

先程までの余裕のある雰囲気はどこにもない。

相手を脅迫するような威圧感があった。

 

「ぶ……ぶっ、」

 

唇がブルブルと震えるアンリは、まともな声が出せない。

 

「ここで動かずにいつ動くんじゃ!!

どうやって乗り切るというんじゃァ!!

おお!?言うてみい!!」

 

畳み掛ける蒔苗の怒号。

アンリは目に涙を浮かばせながらも、それを突き返した。

 

「私とファリド公だけで乗り越えられるッ!!貴方の居場所なんてここにはないわ!!

出ていって!!!」

 

蒔苗の話を受け入れられなかった。

アンリの中で、その利益よりも、蒔苗への抵抗感が勝ったのだ。

 

「なにを馬鹿な………」

 

「出ていってッ!!!!」

 

アンリは散乱したように、映像端末を投げつけた。

蒔苗には当たらず、見当違いの方向に飛んでいく。

端末の角から床に落ちたのか、ゴトリと重い音が響いた。

 

「お」

 

「出ていけェ!!!」

 

アンリは鬼女のような表情で吠えた。

 

お互いに無言の時間が続く。

沈黙と、アンリの荒い呼吸音。

 

蒔苗は俯いていて、表情が読めない。

アンリは多少落ち着きを取り戻し、気まずさが沸き上がってきた。

 

「う」

 

蒔苗が声を搾り出した。

 

「ううゥうううウううぅぅうう………」

 

情けない声色に、またふざけているのかと怪しんだアンリ。

顔を上げた蒔苗の顔は、涙と鼻水でずぶ濡れになっていた。

 

「ふオぉおおおぉおおおぉ………」

 

「なっ………」

 

号泣している。

恥も外聞もなく、蒔苗東護ノ介が泣き顔を晒している。

アンリの常識を覆す光景だった。

 

「嫌じゃあ………ここを出て、ワシの居場所なんて無いんじゃあ………」

 

蒔苗はソファから立ち上がり、机の横にカニ歩きで移動する。

そしてそのまま、ゆっくりと、膝をついた。

 

「なっ」

 

アンリは何が起こっているのか分からなかった。

一瞬、靴紐を結び直すのかと思ったが、全く違う。

 

「頼むぅぅぅ………この通りじゃぁぁぁぁ………」

 

蒔苗が土下座した。

 

「やっ…やめなさい!!」

 

政界の重鎮である蒔苗の、変わり果てた姿。

頭を垂れ、床にこすりつけ、年下のアンリに懇願するという醜態。

それは、心のどこかで蒔苗への尊敬の念を持っていたアンリにとって、見たくないものであった。

 

「外は嵐じゃあ……放り出されたら、この老骨では身が持たん……しん、死んでしまうぅぅぅぅぅぅう………

死んでしまうよぉぉぉぉぉぉおおぉ」

 

「やめなさいよ!!!!」

 

アンリは限界に達した。

世界が引っくり返ること光景のせいで、足がフワフワと震えている。

 

先程投げ落とした携帯端末を拾いに行く。

これで外部に連絡を取れば、追加の警備員はやってくるはずだ。

 

腰を曲げて携帯を拾う。

チラリと蒔苗の方を見て、ゾワリと寒気が走った。

 

いない………

 

ついさっきまで蒔苗が居た場所は空白。

 

アンリは目を泳がせる。

 

(どこに………まさか、逃げ)

 

その瞬間、アンリの足元に衝撃が走った。

 

蒔苗が這いつくばったまま、アンリの脚にしがみついてきたのだ。

 

「ヒィィイイイィイイ!!!!!!」

 

アンリは心の底から絶叫した。

純粋な恐怖。

 

「やっとなんじゃあぁあぁあぁ!!!」

 

蜘蛛の糸にすがりつく地獄の亡者のように。

蒔苗は人間を辞めたような動き、力、声でアンリを揺さぶる。

 

「やっと、ワシの番が回ってきたんじゃあああああああ!!!

ここを逃せば、ワシは寿命で死ぬうううううううう!!!!

なにも、まだ何も出来てないんじゃあああああああああああ!!!

ワシは死ぬ前に、この世を支配したいだけなんじゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

アンリは立つこともできず、ズルズルとその場に倒れこんだ。

後ろの窓に背中をぶつける。

紫色の長髪がずれ落ち、水色の地髪が露になる。

 

恐怖のあまり失禁し、手は虫を払うように振り回されている。

 

恐慌状態だ。

 

「ヴ………ぅっ」

 

アンリの恐怖は限界に達し、

 

「ウォボェェェエェエェ………」

 

ベチャベチャと嘔吐した。

アンリ・フリュウが嘔吐した。

 

ここが潮時と判断したのか、蒔苗はすくりと立ち上がる。

 

「では、また日を改めて来るとしようかのぉ」

 

先程までの狂乱が嘘だったかのように、飄々とした態度に戻っている。

そしてそのまま、蒔苗はドアを開け、部屋から出ていった。

 

「………」

 

それと入れ替わるように、秘書と警備員が部屋の中に入ってきた。

 

「アンリさん!?アンリさん大丈夫ですか!?」

 

アンリの状況は酷いものであった。

懸命に手当てする秘書と警備員。

 

「ま………蒔苗は、どこに行きました……?」

 

「は?蒔苗氏ですか?あの方は今、亡命しておりますよ?」

 

アンリは化け物を見たかのような顔をする。

 

今見ていた蒔苗は、幻だったのか?

あるいは、蒔苗は既に死んでおり、その亡霊が私の所に来た………?

 

「う、ううううう………」

 

アンリは頭を抱える。

 

その狼狽した様子を見て、秘書と警備員達は顔を見合わせた。

 

(この人……大丈夫なんだろうか………?)

 

 

ーーーーーーーーーー

 

残り53時間04分

 

蒔苗は転送された先で、髭を擦りながら笑った。

 

(役者としても大成したかもしれんのぉ)

 

アンリに見せた喜怒哀楽は全て、彼女を追い込むための、演技だった。

 

(なまじ政治家としての野心と才能があったもんじゃから、役者にはならんかったが)

 

アンリを代表の座から引き摺り下ろすために、アンリ自身の了承を得る必要などない。

周りの人間達が、アンリを座から下ろしてくれればいい。

敵意からではなく、善意から。

 

あの狼狽したアンリの様子は、すぐにでもアーブラウ政府全員に伝えられるだろう。

蒔苗の幻覚を見た。悪霊に憑かれた。責任の重圧に心が壊れた。薬物に手を染めた。

噂の種は尽きない。

 

蒔苗は、転送装置の使い方は、人を化かすことに特化していると考える。

今回のように、幽霊のふりをして、アンリの精神を揺さぶることにも利用できた。

 

(アンリ………貴様は最後の最後で、人を斬れない)

 

蒔苗を脅威として考えていたのなら、もっと直接的に行動不能にすれば良かったのだ。

爆弾テロなどがいい例だ。

 

(その甘さ、つけ込ませてもらうぞい)

 

フォッフォッフォッ、と渇いた笑いが、暗闇に溶けていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り52時間59分

 

モビルスーツ銃器の弾丸製造会社『ゾディアック社』本社の事務室にて、ゾディアック社社長『ユーリ・ウォルフ』と、鉄鋼資源を蓄えた戦斧製造会社『リジー・ボーデン社』社長、『マックス・ボーデン』が向かい合い、携帯端末に署名している所だった。

 

二人とも白目を剥いている。

 

アグニカは両手を広げ、二人の頭を撫でている。

 

「いい子だ」

 

大量の鉄資源、弾薬の契約は成立した。

これで、銃撃戦への蓄えは軌道に乗るはずだ。

 

「しかし弾丸の在庫が2億発か……思ったより少ないな」

 

「充分すぎるだろ………」

 

ガエリオは規模の大きさに引いていた。

 

「ま、今から製造を始めてくれ。金はギャラルホルンが出すし」

 

つまり四大経済圏が支払う。

彼らへの収益も、転送装置を利用して確保してやらねば、近いうちに破産してしまうだろう。

 

さて、弾丸の目処が立ったなら、次は銃を撃つモビルスーツの用意だ。

 

エリオン家配下『デューク家』が多く保有していた、

拠点防衛用のモビルスーツ

 

『タンク・フレーム』

 

戦車とモビルスーツを合体させたような見た目で、下半身がキャタピラと呼ばれる走行装置となっており、全体を支えて移動する。

 

脚部が破損したモビルスーツを応急処置で固定砲台にしたことが始まりとされ、それが意外な戦果をあげ、専用のフレーム構造が開発されることとなった。

 

移動能力をほぼ無視したことにより、大重量で大量の武器を使用することが出来るようになった。

両肩から伸びた砲身は、フレームと融合している造りであり、基本装備である。

 

今回の『防衛線』においての相性も抜群。

アグニカからの期待も大きい。

 

『タンク・フレーム』の代表機といえばなんといっても大型『ガトリング砲』四門を装備した

 

『ビーハイブ・メーカー』

 

「蜂の巣製造機」という物騒な名を冠する機体は、文字通りモビルアーマーを穴ぼこのスクラップにすることを至上命題としており、タンク・フレームのコンセプトと生きざまを世界に見せつけた。

 

わざわざオレンジ寄りの黄色と黒の模様の装甲であり、戦場では目立つことこの上ない。

 

ビーハイブ・メーカーは『デューク家』が代々管理している。

 

弾をバラ撒く戦法上、その消費弾薬の数は半端ではなく、すぐに『補給』の問題に直面する。

補給基地を守るか、母船の甲板上か、あるいは遊軍の近くに居なければ長生きはできない。

 

厄祭戦で防戦一方だった初期、中期は活躍したが、攻めに転じてからはお留守番が増え、弾薬も攻撃作戦のモビルスーツに回されて空になるなど、最後は巨像と化してしまった『タンク・フレーム』達。

 

「よろこべ大飯喰らいども」

 

魔王アグニカ・カイエルは、彼らに祝音をもたらした。

 

『転送装置』で弾薬を即座に補給。

 

これさえあれば補給ルートの整備も不要!

基地から離れてもどんどんリロードが可能!!

 

弾薬を転送し、装填。

単純明快で効果的。

 

後に『ワープ・リロード』と呼ばれるようになる戦法の始まりである。

 

「俺がたっぷり飯を喰わせてやるぞ」

 

たった一人で補給線の問題を解決しようとするアグニカ。

まさに怪物であった。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り51時間31分

 

いよいよセブンスターズの当主を洗脳する。

手始めに、盾の『ファルク家』当主

エレク・ファルク。

 

アフリカンユニオン、旧ドイツにあるファルク家邸宅にて、アグニカは姿を現した瞬間、エレクの顔面を掴んだ。

 

「むごぉ!!??」

 

「はい、おはよう」

 

記憶操作を繰り返し、コツを掴んできたためか、手順を省略するようになってきた。

いきなり顔を手を当て、深く魂に語りかけていく。

 

エレクは弛んだ顔の皮を震わせ、白目を剥いた。

アグニカは確かに、エレクにファルク家の血が流れていることを感じた。

 

「全然使ってないみてぇだけどな」

 

自身の才能を自覚せず、戦闘には役立てなかったのだろう。

エレク本人の戦闘能力は低い。

だが、その魂のエネルギーは、今まで洗脳した誰よりも大きかった。

 

「ご………ぐ、ぎ、ぎぎぎぎ」

 

 

記憶を覗き込むと、リナリー・ファルクの姿も見えた。

なるほど、かなり尻に敷かれた夫婦関係らしい。

他の記憶も改竄し始めた所で、エレクの目が元に戻った。

 

「やめてくれッ!!」

 

アグニカの手が弾き飛ばされる。

 

「!」

 

アグニカは少し驚いた顔になる。

マクギリスに至っては大口を開けている。

 

アグニカの洗脳に抗うだけでなく、弾き返した!

今までの人間の中で初めてのことだ。

 

アグニカは両手でエレクの頭を掴んだ。

そのまま全力でエレクに洗脳をかける!

 

「ぎぃいいいぃいいぃいいいイ!!!????」

 

エレクは魚のように痙攣するが、アグニカは笑顔を深める。

 

「そうだ、そうじゃなくっちゃなァ!!

簡単に洗脳されてちゃ駄目だ!

もっと自分の意思を見せろ!!抗え!!俺を拒絶しろ!!力を出しきれ!!俺を越えろ!!!」

 

アグニカの洗脳を弾き返したことが嬉しいのだ。

セブンスターズの末裔が、予想以上の根性を見せてくれた!

これほど嬉しいことはない!

 

エレクはまだ抵抗を続けたが、アグニカも大人げなく全力で洗脳を続行。

 

結果、エレクも記憶を改竄された。

 

「ふぅ………」

 

アグニカはブラリと手を下ろす。

 

「『ゼパル』、あるよな」

 

アグニカは耳元で囁く。

エレクは旧友と話すように、コクコクと頷いた。

 

「盾の隊列と……

ゼパル、レオニダス、赤サンタ、黒サンタが並んでるとこ、もう一度見たいんだよね」

 

ファルク家陣営の総戦力大集合。

あの頼もしい勇姿は、アグニカの心をも踊らせた。

 

「用意して?」

 

「わ、分かったよ」

 

エレク・ファルクを押さえた。

これでファルク家の戦力はアグニカの物。

 

そこでアグニカは顔を上げた。

 

アグニカがあちこち行って軍備を整えているのだが、それでも手が足りない。

特に、細かい指示が必要な場所や、鉄華団との情報共有に、端末が欲しいところだった。

 

そこでアグニカが思い出したのは。

 

「ハロは?」

 

球状の小型サポートロボット。

自立AI搭載の機械は忌避されたため、ほとんど処分されたのだろうか。

 

「あー!ハロ!うちにあるよ!」

 

エウロパが元気に手を上げる。

 

「いいね、あるだけ貸してくれないか?」

 

ハロにアグニカの知識を上書きし、各組織に指示を出す端末として利用する。

アグニカの声と知識を、世界に広げるために。

 

ここで食いついたのがマクギリスだ。

 

「アグニカ小型端末………アグニカハロ………プチアグニカ………ハロカイエル………いや、

 

『ハロアグニカ』と呼ぶべきかっ!」

 

マクギリス命名、ハロアグニカ。

 

エウロパ達を一旦アスカロンに帰そうとして、アグニカは四人を見た。

 

「てかお前ら、休まなくて大丈夫か?」

 

ここまで九時間ほど、あちこち転送されて洗脳して回るのを見ていたマクギリス、ガエリオ、エウロパ、チクタク。

 

「疲れたー眠いー!」

 

エウロパは疲労と睡魔に襲われていた。

 

「うん、なら丁度いいな。アスカロン組はハロを持ってきたら休んでくれ」

 

「やったー!お仕事終わりー!」

 

ピョンピョンと跳び跳ねるエウロパ。

それを微笑ましく見守るマクギリス。

 

「じゃあ取ってくるねー!」

 

「ああ、よろしく」

 

アグニカがエウロパとチクタクをアスカロンの船がある座標へと転送。

 

精神的な疲労からか、目に隈ができたガエリオ。

 

ここまでの快進撃を見て、高速に準備されていく防衛線を目の当たりにしたガエリオだったが、それでも、胸の不安は消えないでいた。

 

「勝てるのか……?これで」

 

「ん?」

 

アグニカが振り返る。

 

「確かに兵力は集まってきている……奴らから武器を奪う作戦も、お前ならやり遂げるだろう。

だが、それで『奴ら』を倒せるのか?」

 

グレイズ・アインの禍々しさを知っているガエリオは、このまま正攻法で勝てるのか、自身が持てないでいる。

 

「戦争のやり方を知ってるか?」

 

「は?」

 

ガエリオは疑問符を浮かべる。

 

「戦争ってのはな………

正々堂々と始めて、

ズルしまくって 勝つ!!!」

 

正攻法で敵の動きを押さえた所で、奇策を以て敵を崩す。

 

「その『ズル』の部分も考えてある。まあまだ全然準備できてないけどな。

だから心配すんな。ヤケクソにはなってないから」

 

アグニカなりに、勝つ算段があるらしい。

ガエリオは不安を押し込む。

勝たねばならないのだ。

あの怪物達に。グレイズ・アインに。

ガンダム・ルキフグスに。

 

エレク・ファルクを洗脳したことで、少し余裕が出てきた。

 

「次はファリド家の工房に行こう」

 

「いよいよバエルゼロズの修理ですね」

 

「そうだ」

 

この戦争の要。

『バエルゼロズ』の力こそ、戦局を左右する鍵だ。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り50時間42分

 

カルタ・イシューは残存兵力回収の仕事をこなしつつ、イシュー家が残している、厄祭戦時代のデータを調べていた。

 

イシュー家初代当主『ナギサ・イシュー』

愛機は『ガンダム・モロクス・ナルカミ』

 

アグニカ・カイエルに次ぐ天使討伐数を叩き出し、単純な剣術だけならアグニカ以上と言われた傑物。

最も戦果をあげ、負傷も少なかった機体。

安定性はセブンスターズ随一。

 

その特異性はフレーム構造の異様さから来るのだろう。

 

「オクトパス・フレーム」

 

球体関節を採用した特殊な骨格。

軟体動物をイメージして、関節数を大幅に増加した魔改造を施したフレーム。

骨格の各所に大小の球体関節を配置し、まるでタコのように柔軟な動き、姿勢が可能となった。

 

この「球体関節」とガンダム・フレームを融合させたのがガンダム・モロクスの始まりだ。

 

例えば右腕だけを見ても、手首から肘にかけて15個、肘から肩にかけて20個の球体関節があり、鞭のように流れるような手の動きが可能となる。

 

多関節によるしなやかな動きは、人体の構造からは考えられない。

 

ナギサ・イシューはこれを剣術のために昇華させる。

彼女は剣術を極めれば極めるほど、人体の限界、不可稼働領域の多さに諦めを抱いていたが、オクトパス・フレームとの結合により、より自由自在な剣術を会得した。

 

この球体関節、踏ん張りも効くため、腕を背中にぐにゃりと回した状態で力を入れて鍔競り合いが出来るなど、攻防共に隙がない。

 

その動きはアグニカをして「ぬらりくらりとして捉え所がない」と言わしめる。

 

この柔軟な骨格を全身に施したガンダム・モロクスによる大太刀の斬撃で、モビルアーマーどもを次々と斬り倒していく。

 

良いことづくめに見えるオクトパス・フレームとガンダム・フレームの融合だが、当然『リスク』もある。

 

阿頼耶識での情報負荷が尋常ではない。

 

なにせ人体からは想像もできない関節を我が物として扱わなければ真価を発揮できないため、処理する情報量が多大かつ苦痛に溢れたものになる。

 

全情報量の1パーセント、つまり最初に処理する情報は、マニピュレーターの球体関節、つまり指先の感覚だ。

 

それが握り締める感覚だけでなく、手の甲の方にも折り曲げられるのだ。

その感触の情報が、異物として脳内に流れ込む。

人指し指が裏返っていき、まな板の上の魚のようにビチビチと跳ねるイメージ。

どんな拷問よりも苦痛と嫌悪感に溢れている。

ほとんどの被験者はここでリタイアした。

 

ナギサ・イシューは毎回ガンダム・モロクスに乗って阿頼耶識を起動した瞬間、全身の骨が裏返る感覚からスタートする。

笛のおもちゃ、「吹き戻し」のようになるのだ。

 

その苦痛を味わって、笑顔で部下を讃えていたのだ。

 

その胆力は底知れない。

 

 

武装は大太刀『鳴神』。

ナギサ自身が居合いの達人だったこともあり、ガンダム・モロクスの球体関節が可能とした、全方位居合い斬りが彼女の必殺技だった。

 

(偏った日本文化好きのセブンスターズの面々からは「イアイギリ」と親しまれていた)

 

特殊兵装は刀ではなく、『鞘』。

 

聖剣エクスカリバーの鞘が特別であるように、モロクスの『鳴神』の鞘も特別だった。

 

『火雷』と呼ばれる鞘。

 

その鞘はモロクスのツインリアクターのコードで接続されており、内部に電流が流れ、刀身を滑らせて高速で打ち出す仕組みになっている。

原理は磁力の反発を利用したレールガン。

『ダインスレイヴ』と同じだ。

 

つまり『斬撃ダインスレイヴ』。

 

大太刀『鳴神』を超高速強力に打ち出す代物。

この射出タイミングと完璧に合わせたナギサの居合い斬りは、まさに雷のごとき轟きと速さで天使を瞬殺していった。

 

短所としては精密かつ大胆な動きが要求されるため奇跡としか言いようがない技量が必要なことと、ガンダム・モロクスでもない限り再現は不可能なので後継者、後継機の存在が絶望的なこと。

また刀身への負担がとんでもない上、少しでも軌道が逸れれば刀は折れる上に威力が消滅。モビルアーマーに簡単に狩られてしまうという危険がある。

この技を多用していたナギサ・イシューは怪物だったのかもしれない。

 

カルタは改めて、ガンダム・フレームとセブンスターズの力量の凄まじさを痛感した。

 

ーーーーーーーーーー

 

残り50時間10分

 

 

ファリド家工房にて、あらかたファリド家の人間を洗脳したアグニカは、工房内の一番広い空間に、バエルゼロズを出現させた。

相変わらずボロボロの状態である。

 

そのアグニカの背中に、マクギリスは声をかけた。

 

「アグニカ、お話があります」

 

その声色は低く、真面目な話なのだろうと予期させる。

ガエリオはマクギリスの横顔を見ていた。

 

アグニカが振り返る。

彼の「覚悟」のようなものを察知したのだろう。

 

「なんだ?」

 

阿頼耶識手術のことだろうか?と脳裏をよぎる。

だが、マクギリスの口から漏れた言葉は、アグニカの予想を上回るものだった。

 

 

 

 

「俺は『マステマ』と繋がっています」

 

 

 

 

マクギリスの首が、見えない手によって絞め上げられた。

 

「グッ……ご!!」

 

ガエリオが狼狽して叫ぶ。

 

「マクギリス!?」

 

マクギリスは宙に浮いていた。

苦しそうに首を押さえ、爪先を震わせている。

 

アグニカは青い目を月のように怪しく輝かせながら、右手を前に突き出していた。

 

アグニカの力によって、マクギリスは首を絞められているのだ。

 

「おい!!やめ………ぐご!!」

 

ガエリオは見えない手によって、地面に叩きつけられる。

 

アグニカがゆっくりと歩み寄ってくる。

コツ、コツ、と靴を踏みしめる音。

 

「面白い冗談だな………死ぬか???」

 

アグニカは本気でマクギリスを殺す気でいる。

 

アグニカのニュータイプ能力を使えば、人間の首を折るくらいは造作もない。

マクギリスは顔のあらゆる穴から血を流している。

それでも、マクギリスは笑顔だった。

 

さらに一歩、二歩と近づいてくるアグニカ。

 

「いや、死ぬのは俺か……また、脳天気に、こんなスパイを紛れ込ませてたって訳だ」

 

アグニカは己の甘さを悔やんだ。

マステマの存在を知る前に知り合ったマクギリスを、マステマの息のかかった人間だと認識していなかった。

 

仲間だと、思っていた。

 

「ここまでの動きは、全部マステマに流してたって言いたいんだな?

情報筒抜けの中、無駄な努力を御苦労さんってか?」

 

アグニカは額に青筋を浮かばせる。

 

「ふ ざ け ん じゃ ね え」

 

「ぐぼア!!ボッ……ごぉぉぉぉ………!!」

 

マクギリスは空中に吊られた状態で、口から大量の血を吐いた。

ドス黒い血が、ギャラルホルンの隊服を染め上げていく。

 

「マ………マクギリスーーーーー!!!!」

 

ガエリオは叫ぶことしか出来ない。

最も恐れていたことが起こってしまった。

このアグニカと名乗る『怪物』が本性を現し、マクギリスに牙を剥いたのだ。

 

「くそっ………!!動け、動け動け動け動け!!!!」

 

ガエリオは見えない手の拘束から逃れようともがく。

洗脳に抗った者もいたのだ。この拘束から逃れる術もあるはずだ!!

 

誓ったんだ!!マクギリスと共に生きると!!

奴の罪も、重荷も背負うと約束したんだ!!!

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

マクギリスの四肢があらぬ方向に曲がり始め、ガエリオの絶叫が工房に響き渡る。

 

「おれはッ!!」

 

アグニカの力に抗ったのは、ガエリオではなく、マクギリスだった。

悲鳴も上げられないほど絞め上げられた首から、言葉を吐き出す。

 

「あなたにッ あえてッ しあわッ せッ」

 

アグニカ・カイエルに出逢うことこそが、マクギリスの悲願だった。

火星でアグニカと会えた時点で、マクギリスの人生は絶頂を迎えていた。

だから、ここで死んでも悔いはない。

 

(こいつ………頭 おかしいのか?)

 

悔いはないのだが。

 

「ますてまのじょうほうを………

 

ささげますッ」

 

グチャグチャの肉片に分解される直前、マクギリスは叫んだ。

その言葉で、アグニカは殺意を抑え込んだ。

 

(待て………殺すな………殺すな!!)

 

アグニカは自分で自分の殺意が抑えられない。

 

天使に手を貸した人間が許せない。

その激情を抑えなければ、自分は、本物の『怪物』になってしまう………!!

 

マクギリスを憎むな!

己の不覚さ、思慮の浅はかさ、無力さを呪え!!!

 

アグニカは左手で右腕を押さえ、下に下ろした。

その瞬間、マクギリスの身体が地面に落とされる。

 

「ぐはっ!!………ハァ、ハァ、ハァ……」

 

「ま、マクギリス!!」

 

荒い息を吐くマクギリスと、その肩を持つガエリオ。

アグニカは両手で顔を覆っている。

 

「こんな奴でも………『星屑の儀式』を交わした相手だ………

ただ殺すことは許されねえ」

 

相手の生きざまを最後まで見届ける。

それが星屑の儀式の『契約』なのだから。

 

「マクギリス………」

 

アグニカは指の間から、闇のように深い瞳を向けてきた。

 

「お前を殺す」

 

今すぐには殺さない。

 

「『第二次厄祭戦』が終わり次第、お前は俺が殺す………」

 

「ふざけるな!!!」

 

ガエリオが涙を流しながら吠えた。

 

「その前に俺が殺してやる!!お前を殺してやる!!!死ねバケモノ!!!!!!」

 

「ガエリオ……ありがとう」

 

マクギリスはガエリオの肩を掴み、ゆっくりと立ち上がった。

目の下には隈ができ、髪は乱れている。

血を流しすぎたためか、皮膚は青白い。

 

「マステマのやろうとしていることを、教えます。

貴方なら、有効な対策が取れるでしょう」

 

アグニカは無言でマクギリスを睨み付けている。

 

「マステマは………『ナノマシン』を脳内に入れて、人々を操る技術を産み出しています」

 

「は?」

 

ナノマシンが脳内の電気信号を操り、感情を操作したり、思考停止させるのだと言う。

 

マクギリスもその発動コードを持っている。

アルミリアとの婚約パーティで他の人間の動きを止めたのも、この技術を使ったトリックだった。

 

アグニカは苦い表情をしている。

 

「そのナノマシンってのは、地球の………」

 

主要な人物には全員埋め込まれているのだろうか。

それならば、政府機関を簡単に乗っ取ることすら可能だろう。

 

「地球のほぼ全人類に投与されています」

 

アグニカは天を仰ぎ、腰を曲げて叫んだ。

 

「糞がッッッ!!!!」

 

マステマが百年以上の時間をかけて、ゆっくりと世界を蝕んできた秘密が、脳内ナノマシン。

これによってマステマの姿や動きが認識できなくなっていたのだ。

ナノマシンによる情報制御。

かつて『セフィロト』の機械信望者達が広めようとしていたシステム。

 

これが『蟲』の正体。

『エンジェル・ボイス』の正体。

 

人の脳に寄生する、極小サイズの蟲だったのだ。

 

「お前の脳にも?」

 

「あります」

 

マクギリスが応えた瞬間、その顔面を掴んだ。

アグニカによる魂の対話。

 

「があぁあぁあアああぁああぁあ!!!」

 

いや、これは人体の『蟲』を焼き殺す、

 

蟲殺しの『業火』だ。

 

マクギリスは白眼を剥いて絶叫する。

普段の底知れない余裕も、その顔には無かった。

 

ここでマクギリスが死ぬ可能性もあった。

なにせ、脳内ナノマシンだけを焼き殺すなど、アグニカとて始めてのことなのだから。

 

アグニカは己の間抜けさを悔いた。

 

マクギリスの過去、脳内のナノマシンの存在。

そのどちらも見抜けなかった。

 

(めくらだな………俺は)

 

脳内ナノマシンを全人類から取り除かねば、マステマの支配からは逃れられない。

 

自然に体内から排出されるのを待つ時間はない。

アグニカが体内から焼き出してやらねば。

 

マクギリスから手を離す。

 

「なんで最初に言わねえんだよ」

 

アグニカはギリリと歯噛みする。

裏切りのことではなく、脳内ナノマシンのこと。

 

最初にナノマシンの存在を知っていれば、記憶操作のついでに、蟲を焼き殺すこともできた。

既に洗脳した相手には、また蟲を殺しに行かなければならない。

 

「二度手間じゃねぇかよテメェよお!!時間がねぇクッッッソ忙しい時期によお!!」

 

アグニカがやることが増えた。

戦力増強以外にも、蟲の殺処分のために地球全土を回らなければならない。

 

これが、スタート時点が違う、マステマとアグニカの差であり、そこに追い付き、追い越そうとするアグニカの忙しさであった。

 

マクギリスの胸ぐらを掴む。

 

「おい!!生きてるか!?記憶は!?」

 

乱暴にマクギリスを揺さぶる。

グロッキーになりながらも、マクギリスは微笑んだ。

 

「アグニカ………バエル………」

 

パッと手を離すアグニカ、地面に大の字に倒れるマクギリス。

 

「大丈夫そうだな」

 

いつもの狂ったマクギリスだった。

 

「俺に殺されるなら本望か?」

 

「はい。最高の終わり方だと………思います」

 

脳内ナノマシン焼却で死んでいても、

あるいは先程殺されていても、

アグニカにころされるのなら悔いはないと言うのだ。

 

「あなたと………二人きりになった時に………伝えたかった」

 

今まで黙っていたのは、アグニカ以外の部外者が居なくなるのを待っていたらしい。

アグニカからすれば迷惑な話だ。

 

ガエリオは最早なにがなにやら分からず、マクギリスを見つめることしかできない。

 

「はぁ~~~~~」

 

アグニカは大きな大きな溜め息を吐いた。

 

「お前ほどの馬鹿は、一人しか知らない。いや、そいつ以外に居て堪るかって話なんだが」

 

アグニカが嫌々ながらも思い出すのは、アグニカについて回ったストーカー集団。その頭目。

 

彼の名前を口に出そうとした瞬間、工房に大きな声が響いた。

 

『アグにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!』

 

 

「うるっさ………」

 

アグニカはイヤホンを最大音声で聞いてしまった時のように、耳を押さえて首を振った。

 

「この声は……?」

 

マクギリス、ガエリオは困惑する。

 

工房のモニターをつければ、そこには、

 

『黄金のガンダム』が飛行し、こちらに向かってきているのが見えた。

 

そのコクピットの中に、長い金髪を後ろに流し、赤い目をギラリと輝かせる男がいた。

 

「どれだけ呼んでもおおお………

迎えに来てくれないからぁぁぁぁぁ………」

 

アグニカは「その声」を無意識にシャットアウトしていたので、通話が合ったことに気がついていなかった。

 

そのガンダムは黄金の光を放つ。

そして、コクピットの中の男もまた、黄金に輝いていた。

 

 

「余 が 来 た」

 

 

謎の発光ガンダムの襲撃。

 

アグニカは憎しみの表情を浮かべた。

 

「そうか………お前まで、『操られてた』ってことかよ!!!」

 

初代セブンスターズの当主達は、マステマに捕まり、その魂がドロドロに溶けるまで拷問されていた。

 

アグニカは走り出す。

 

「どけオラ!!」

 

マクギリスとガエリオを突き飛ばし、マクギリスの乗機、『ガンダム・アスモデウス・ベンジェンス』に飛び乗る。

マクギリスの機転で、既に阿頼耶識対応のコクピットに改造されている。

 

バエルゼロズでは戦えないため、この機体で出撃する。

ハッチを開き、地上へと発進するアスモデウス。

 

突き抜けるような青空の下、アスモデウスは黄金剣を握りしめた。

 

アグニカの魂に直接、叫び声が響いてくる。

 

『アグにゃああああああああああああああああああああんんんんん!!!!』

 

 

「ソロモン!!!!!」

 

 

アグニカが牙を見せて叫ぶ。

 

「ソロモン・カルネシエル!!!!」

 

大いなるアグニカストーカー集団

 

『アグニ会』の初代会長

 

ソロモン・カルネシエルがやって来たのだ!!

 

『会いたかったああああああああ!!!!!!

余はずっとおおおおおおおお!!!

ずっとずっと待ってたんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

「そうか………そうかよ、だったら」

 

ソロモンまで、マステマに拷問されていたのだ。

そして、アグニカにとどめを刺されることを望んでいた。

 

そうでも無ければ、ソロモンがここに現れるはずがない。

 

『ジィィィィィィィク!!!!

アグニカアアアアアアアアア!!!!!』

 

「じゃあぶっ殺してやるよ!!!!!」

 

 

『アグニカ・カイエル』

『ガンダム・アスモデウス・ベンジェンス』

 

VS

 

『ソロモン・カルネシエル』

『ガンダム・オセ・ライトニングヒーロー・ジーク・アグニカ』

 

開戦。

 

地獄の門

開門まで残り49時間

 




私、アーチャーが好きっ!(最終決戦前夜に告白するヒロインのような笑顔)

という訳で本格的にFateシリーズからアイデアをパク………導入することに決めたヨフカシ。

セブンスターズの戦闘スタイルも聖杯戦争のサーヴァント7クラスから貰い受けようね!


★『セイバー』剣士の星
『イシュー家』
搭乗機『ガンダム・モロクス・ナルカミ』
主武器「大太刀・鳴神」
渾名「斬撃ダインスレイヴ」『イアイギリ』

配下
『シマズ家』
搭乗機『グイシーマンズ』(オーガ・フレーム改造機)


★『アーチャー』弓兵の星
『クジャン家』
搭乗機『ガンダム・ソラス・グラーブ』
主武器「二丁拳銃」
渾名「ガン=カタ(銃ノ型)」『流麗』

配下
『ベイル家』
搭乗機『フレスト』(ヴァルキュリア・フレーム)
主武器「二丁拳銃」
渾名「ガン=カタ(銃ノ型)」

『ゾディアック社』
モビルスーツ用弾丸製造会社(業界断トツ一位)

『リジー・ボーデン社』
鉄鋼製造工場。グレイズ・アックスが主商品


★『ランサー』槍兵の星
『ボードウィン家』
搭乗機『ガンダム・キマリス』
主武器「大槍グングニル」
渾名「モビルスーツ型ダインスレイヴ」(一人でダインスレイヴ)『天使瞬殺の槍』

配下
『シグルズ』(ジークフリート隊長)
搭乗機『グラニ・グレイズ』
主武器「強化推進機グラーネ」
渾名「ハイウェイスター」

特殊部隊「ジークフリート」
搭乗機『シュヴァルベ・グレイズ』


★『ライダー』騎兵の星
『エリオン家』
搭乗機『ガンダム・ハルファス』
主武器「百変化ドラグーン」
渾名「早着替え」『艦隊戦最強』

配下
『デューク家』
搭乗機『ビーハイブ・メーカー』(タンク・フレーム)
主武器「四門ガトリング砲」
渾名「蜂の巣製造機」

『スコーピオン家』
搭乗機『ソグン』(ヴァルキュリア・フレーム)
主武器「ケイローン(対天使ライフル)」
渾名「突撃スナイパー」

『オリオン家』
搭乗機『アルテミス』(衛星兵器『アルテミス』のコア)(アーチャー・フレーム)
主武器「モーニングスター・アックス」
渾名「地球がァ!!地球そのものがぁぁぁぁぁ!!!」

『阿修羅家』
搭乗機『アシュラ』(アーチャー・フレーム)
主武器「チャクラム」
渾名「月輪刀」

『クロウリー家』
搭乗機『ダビデ』
主武器「投石器」
渾名「攻城兵器」

『アンダーソン家』
搭乗機『ハンター』(ブッシュ・フレーム)
主武器「粘着爆弾」
渾名「モモンガ可愛い」「ブッシュワーカー」


★『シールダー』盾兵の星
『ファルク家』
搭乗機『ガンダム・ゼパル・シールダー』
主武器「アーク・シールド」
渾名「草」『青き星の守護者』

配下
『エスクド家』
搭乗機『レオニダス』(スパルター・フレーム)
主武器「炎門の盾」
渾名『動く城壁』「300大好き」「モビルスーツで筋トレ」

『ニコラウス家』
搭乗機
『赤のサンタクロース』(ブギーマン・フレーム)
『黒のサンタクロース』(ブギーマン・フレーム)
主武器「プレゼント・ダイナマイト」「トナカイ」
渾名「いい子ちゃん」「悪い子ちゃん」『黒煙』


★『アサシン』暗殺者の星
『バクラザン家』
搭乗機『ガンダム・ウェパル・シーベッド』
主武器「マーメイドソード」
渾名『シアー・ハート・アタック』


★『バーサーカー』狂戦士の星
『ファリド家』
搭乗機『ガンダム・アスモデウス・ベンジェンス』
主武器「合体剣シャミール」
渾名『大乱闘』『一騎当千』

配下
『ネメシス家』
搭乗機『カーラ・ミスト』(ヴァルキュリア・フレーム)
主武器「霧斬」
渾名『朧』『狂乱乙女』

『ネメシス軍団』所有モビルスーツ
『ミスト中隊』
『グレイズ・フレーム』11機

『ヴァッフ中隊』
『ヴァッフ・フレーム』13機

『チャーコイル中隊』
『ムスペル・フレーム』4機
『チャーコイル』10機

『パーフィケーション家』
搭乗機???

『タリスマン家』
搭乗機???

『マルタ家』
搭乗機???


今回は魔王アグニカによる洗脳巡りの旅。
しかも洗脳されてる方は結構苦しそうなのがまた憐憫を誘いますねwwwwww
ニュータイプの素質がある者は、アグニカの洗脳に抗ったり弾き返したりする。
まあアグニカは理論上魂の力使い放題なので、総量、出力共に人間に勝てる相手ではない。
もうワクチンの注射みたいなもんだと思って、はーいちょっとチクッとするけど我慢してねーみたいな気持ちで耐えた方がいいと思う。

記憶を焼き払うアグニカのニュータイプ脳内、このイメージ映像こそ、今回の『業火』タイトル回収ポイント。
原作ガンダムのようなキラキラキラ~とした綺麗なエフェクトは一切無し。えげつない。流石アグニカ。

マクギリスがマステマと繋がっている、という爆弾設定を、今!!ここで!!開放する!!!

すると何がおこるか?

見えない手で首閉め攻撃
ダース・ベイダーかな?

吐血するマクギリスはエクソシストみたいで、怖すぎて逆に笑っちゃうタイプのホラー映画。
ガエリオが主人公してますね。好き。無力さを噛み締める主人公と暴虐の限りを尽くす魔王の対比大好き。

マステマの『蟲』としての正体が、脳内ナノマシンによる全人類操作であることが判明。
こんなのどうすりゃいいんだよ………

アグニカが脳内のナノマシンだけを焼いて回り、マステマからの呪縛を解いていく。
おお、いいんじゃない?
出来るならやっといてよ。けどまあ時間見ながらやってね。本命の二大首都防衛線が疎かになったら意味ないどころか人類全滅だからね。

作者のメタ思考的に、アグニカがキャラクター達を洗脳して回るのは「原作レイプ」になるのかな?と悩んだ結果、やはり『悪いのは全てマステマ』という答えに辿り着きまして、

マステマが脳内ナノマシンで寄生してるから、全人類にニュータイプ能力をかけないと!という状況にしてしまえば、読者様もストレスなく読めるのでは?と考え、このようなストーリーの流れにしました。

その分アグニカの仕事量と作者の描写量が増えるけど、仕方ないね。
見たけりゃ見せてやるよぉ(震え)

蒔苗によるアンリさん説得シーン。
前回アグニカとの話し合いで、アンリの落とし方はまとまっていたので、かなり有利に話が進む。
実際、アンリさんの心の底では蒔苗に代表を譲るしかないと思ってはいるのですが、プライドと嫌悪感が表に出てしまい、話を突っぱねる。

ここでまさかの、お年寄りのガチ泣きと土下座といういたたまれないコンボ技。
怒りの頂点から泣きの土下座という急降下。テンションの上げ下げが激しすぎる。
蒔苗さんの狡猾さを現すために、喜怒哀楽をコンセプトにして説得シーンを書いてみました。
最初の登場シーンは「楽」。ぬらりくらりと捉え所がない。
アグニカの得意技、利益というハンマーで相手をボコ殴りシーンは「喜」。実際ウッキウキで語ってくれそう。
アンリが口答えした瞬間に「怒」。
原作でも「じゃあ帰りますわ」と言ったオルガ達にキレてヤクザみたいになったシーンがありましたね。あれです。
ここでアンリさんをパニックに陥らせてからの、それを上回る狂気で心を折るという鬼畜戦法。
つまり「哀」。人を思って流す涙は恥じゃないさ………ただ演技で簡単に涙を流せる奴は不気味だな………

ちなみに最後の泣き落としと土下座は蒔苗さんによる即席のアドリブ。
役者魂が光る瞬間です。

バエルゼロズ名物、嘔吐。
さーて、今週の被害者さんは?

アンリさんwwwwww
こんなババアの失禁シーンと嘔吐シーンとか誰が特をするんですかwwwwww

そして姿を現すだけで面白い、我らがアグニ会初代会長
ソロモン・カルネシエルさん強襲。
じっとしてられないのかこの人は………

そしてソロモンも操られているのだと勘違いしたアグニカと、まさかのバトル展開。
戦闘シーンをしばらく書けていなかった反動が、こんな形で現れたんですね。
やはり欲望は抑圧するのではなく、何かしらの形で発散した方がいい。
ヨフカシにとってそれが、アグニカVSソロモンだったのですよ!(愉悦スマイル)

今回は本文五万文字。うん、普通だな。
早くバリバリ射撃戦の地獄のような戦闘書きたいのじゃー

まあ今はオルフェンズ世界における「基本」、爆弾を溜め込む期間ですからね。
これがあるから、本番の大爆発が盛り上がる。

書くことは多いけどヘルシング名言とアーチャー・フレームのおかげで頑張れそう。
地獄の門開門まであと二日。

次回もどうぞお楽しみに!

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