アグニカ・カイエル バエルゼロズ   作:ヨフカシACBZ

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(いのち) さえも (もてあそ)ぶのか

実現するはずもない(壊れかけた)

世界平和なんて幻想のために(お伽噺の国で)


12話 捕まった・前編

清らかさと高貴さを感じる、青を基調とした空間

風通しの良さをイメージしたのか、広く、凪いだ海が見える大部屋。それでいてきっちりと秩序立った間取り。

それぞれの家紋が掲げられた椅子に腰掛け、大理石の机に手を重ねて話しあう者達。

 

出自も人種も思想も宗教も言語も何もかも違う七人の人間。

彼らに共通するのは、

アグニカ・カイエルと星屑の儀式を交わし、共に死ぬ事を誓ったことだ。

 

彼らは後にセブンスターズと呼ばれる英雄達である。

 

その七人は、数週間前の大規模な戦乱、

『ガブリエル討伐戦』の事後処理について報告会を開いていた。

 

「小惑星の墜落という最悪の事態は回避されたが………やはり採掘コロニーの生存者はゼロだった」

 

四大天使の一角、モビルアーマーガブリエルによる小惑星の地球接近。

危うく地球への阻止限界点を越える宙域まで近づいたが、ぎりぎりの所で回避された。

しかし小惑星を採掘プラントとしていたコロニー群は、モビルアーマー達によって移動要塞に改造され、住人達は全滅。

さらに一基が地球に落下し、オーストラリアのシドニーに直撃してしまう。

 

「我々の失態だ………」

 

未曾有の死者が出た事に、褐色肌で髪を束状に編み合わせた男が胸を押さえる。

死んでいった者達、彼らを助けられなかった事を悔やんでいるのだ。

 

彼の名はアビド・クジャン

 

アビドのガブリエル討伐戦での最大戦果は『要塞化小惑星の武装の完全破壊』

 

現時点での、モビルアーマーを倒した勇者にのみ送られる『七星勲章』の受賞数は『9』

アビドは9体の天使を抹殺した戦歴がある。

 

「仕方がないよ。ウリエルを討伐した直後だった……僕らも疲弊してた」

 

短い茶髪に、どこか子供っぽさが抜けない男。

この七人の中では唯一の未成年でもある。

 

イシュタル・ファリド

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『プルーマ3700体の撃破』

 

七星勲章数 『11』

 

「仕方がないだと!?民間人に大勢死者が出たのだぞ!?なんとも思わないのか!?」

 

「やめろアビド」

 

激昂するアビドを諌める声。アビドの隣に座る、淡い金髪とギサギザの眉毛の大男が口を開く。

 

「完璧な成功なんてあり得ない。皆を救うなんて無理だ。それぐらい分かってるだろ」

 

この世に完璧などない。だからこそ汚ない手や不幸を認めなければならない。それを理解した濁った瞳だ。

 

ヴェノム・エリオン

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『智天使軍(ケルビム)とガブリエルの分断、その足止め』

 

七星勲章数 『11』

 

「だが!!」

 

「かっ!どーーでもいーんだよそんなこたぁ」

 

「なんだと!?」

 

サバサバした声が竹槍のように会話を打ち切った。

青い髪を紐でまとめた端整な顔つきの青年が、頭の後ろで手を組み、伸びをするように身体を伸ばす。

 

「死ぬ奴は死ぬ。生き残る奴は生き残る。そんだけだろーが」

 

「馬鹿な!そんな悠長な時代ではないのだ!!」

 

「たわけも糞ガキもヘタレも分かってねえよ」

 

「「「なんだと!?」」」

 

様式美たわけ(アビド・クジャン)

絶倫糞ガキ(イシュタル・ファリド)

バーベキューヘタレ(ヴェノム・エリオン)が激昂する。

 

「私はたわけではない訂正しろ不届きもの!」

 

「僕は糞ガキじゃない訂正しろ青瓢箪」

 

「俺はヘタレじゃねえ訂正しろ突撃厨!!」

 

三馬鹿による集中砲火をさらりとかわす青髪の男。

 

「心臓は一つ。人生も一回こっきり。なら好きなように生きりゃいい。んで死ぬ時は死ねばいい」

 

ロジャー・ボードウィン

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『ガブリエルの六重ビームシールドの突破、シールド発生装置の破壊』

 

七星勲章数 『13』

 

「俺は死にたい。それも出来るだけ派手に、敵の心臓に槍を突き込んで死にたい。男は一発大技決めりゃあ死んでいいんだよ」

 

「そんな刹那的な生き方では!人の上には立てんぞ!!」

 

「お前の突撃願望おかしいよ!前から思ってたけど人間やめてるよ!」

 

「命を捨てるのが度胸って訳じゃねえ。そういう意味で俺をヘタレって言うのはやめろ。ホントやめろ」

 

「まあ一番おかしいのは俺の戦法にOK出すアグニカだろ」

 

「「「それな」」」

 

歳の近い四人が盛り上がっている所に、壮年の男の低い声が響く。

 

「ロジャーの話も一理ある」

 

白い細長い髭を撫でる、戦国時代の武将を思わせる顔つきの男。

 

ジョンドゥ・バクラザン

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『ガブリエル修復基地と補給機の破壊』

 

現時点での七星勲章数 『16』

 

「彼らは彼らの生活がある。それを俺たちが守ってやってるなんてのは思い上がりかもしれん」

 

「しかし!我々がモビルアーマーを狩るのも、人々を守るためだろう!」

 

「信条として語るのはいい。だがそれを押し付けるのは驕りとなる。人の上に立つ自覚があるのなら、分別せねばならんぞ」

 

「ぐむ……っ」

 

「お前はどうだ?モーゼス」

 

ジョンドゥは目の前に座る男、モーゼスに話しかけた。

モビルアーマーを狩った数では、アグニカ、ナギサに次ぐ三番目の戦果を持つ実力者。

七人の中では最も高齢である。

 

モーゼス・ファルク

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『地球圏へのビーム砲撃の全弾防御』

 

七星勲章数 『19』

 

 

「草」

 

 

「そうか。分かった」

 

ジョンドゥは上座に座る女性に視線を移した。

これまで口を開かず、静かに会話を見守っていた。

ボリュームのある銀髪と麿眉が特徴的な女性。

 

ナギサ・イシュー

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『『神の雷光(バラキエル)』『神の美(ヨフィエル)』『神の友人(ラグエル)』の討伐』

 

七星勲章数 『29』

 

「死は悲しいものです」

 

静かな、確固足る意思が込められた声に、他の六人の男が顔を向ける。

 

「ロジャーの言う通り、人生は一度きり。人生はその者の力で切り開くもの。

ですが、人は一人で生きるものではありません。人生を共に過ごし、肯定してくれる存在が必要なのです」

 

噛み締めるように言う。

 

「私達がアグニカに誓ったように」

 

この世で最も強いアグニカという存在に、自分達の人生を覚えていてもらう。笑ってもらう。肯定してもらう。

それが、彼らの心の拠り所となる。

 

「ならば私達も、彼らの生活を肯定しましょう。守り、支え、共に生きようではありませんか」

 

彼女の思想の高潔さに、六人は眩しそうに目をくらませる。

いや、実際に眩しい。輝いているのだ。ナギサは。

純白の後光に照らされ、会議室が浄化されるような錯覚に陥る。

 

「うおっまぶしっ!」

 

「いつもながら何なのだこの光は!?」

 

ロジャーが手で目を隠し、アビドが混乱したように叫ぶ。

ナギサの尊さが有り余って光り輝く現象は、集団催眠や錯覚という範疇を越えている。

だがイシュタルだけはこの光に心当たりがあるようだ。

 

「これは………まさか!」

 

「「「「知っているのかイシュタル!?」」」」

 

「草」

 

イシュタルはポツリポツリと語り出した。

 

「ナギサさんは試験管ベビー。人造人間なんだ」

 

「ファッ!?」

 

「何その設定!?」

 

「聞いてないぞ!?」

 

「初耳なんですけどぉ!?」

 

唐突な新設定。イシュー家は日本という狂人だらけの島国が作り出した人造人間だった。

 

「肉体は二十代後半だけど、その精神はまだ半分にも満たない」

 

「は!?じゃあ精神年齢十代前半ってこと!?それであのカリスマはねーだろ!」

 

「精神的に未熟なはずなのに圧倒的包容力と度量の深さを持つ人がいる。持ってる愛の量が違うんだ」

 

急に早口で語り出したイシュタル。

そして皆が、「あ、そういえばコイツ母性に飢えてたな」と納得する。

イシュタルの強さの理由は失った家族の復讐で、その寂しさを他の女性に求める事とその性欲の強さから絶倫糞ガキと悪名高い。

彼が女性に求めるのは「この人は、僕の母親になってくれるのだろうか……」という点のみで、他は二の次だという。

他者が知れば下ネタスキャンダルに取り上げられてファリド家御破算待った無しだが、まあ今の所問題はおこしていない。

 

「そういう年下の女性に母性を感じる事。その現象を………『バブみ』と言う!」

 

「「「「バブみ!?」」」」

 

「草」

 

「そ、そりゃあれか?アグニ会(ヤベーやつら)が言ってる『アグみを感じてバエる』とかいうのと同じなのか?」

 

「似て非なるものだよ」

 

「待てイシュタル!まるで意味が分からんぞ!?」

 

「草」

 

視界を覆うバブみ光、母性に敏感な糞ガキ、草を生え散らかすモーゼス、困惑する面々。

会議場は混沌と化していた。

 

なんとか騒ぎが収まり、語るべき議題も片付いた。

ナギサが司会進行を務める。

 

「さて、他に議題がないようなら閉会としますが………何かありますか?」

 

「草」

 

「「「「「………」」」」」

 

沈黙が流れる。

皆、何か言いたげだが、身体をむず痒そうにするだけで声に出さなかった。

ナギサも眉に皺を寄せ、苦渋の選択の末に会議を終わらせる。

 

「………ではこれにて…」

 

「あっ………」

 

そこでイシュタル・ファリドが短い声をあげる。

 

「ん?」

 

それに即座に反応するナギサ・イシュー。

他のメンバーもイシュタルの顔をジッと見ている。

 

「イシュタル、なにかありましたか?」

 

「あ、いえ、その………」

 

気まずそうに目線を逸らし、口をもごもごと動かす。

 

「すみません、なんでもないです………」

 

「いやいやいやいや」

 

ロジャーが割り込む。流石はセブンスターズの一番槍である。

 

「言おうぜ!?気になるじゃん!そんな途中でやめたらさあ!!」

 

「え、でも………」

 

「デモもストもねえよ!言ってみろよ!俺が聞いてやんよ!!」

 

「けど………俺の勘違いかもしれないし」

 

「大丈夫だって安心しろよ!」

 

ロジャーが必死に食い付く。

そこにヴェノムの助太刀。

 

「俺たちはいつも助け合って生きてきた。たとえどれだけ意見が食い違おうともな。お前の言いたい事がなんであれ、俺たちは真面目に聞くつもりだ」

 

「ほらヘタレもそう言ってんぞ!」

 

「ヘタレじゃねえ!!」

 

策略家気取りで大物ぶってはいるが、生来のヘタレっぷりが隠せていないヴェノム。

しかしその仲間想いな姿勢は、他の者達にも伝播していった。

 

「他でもない七星の同志の言葉だぞ!心して聞くとも!安心してこのアビドの胸に飛び込んでこい!!

私たちは仲間だろうッ!!!!」

 

アビドが机をバーンと叩く。

 

「おかしくて当然だ。アグニカと一緒に戦ってる時点で、なにかしら壊れてるんだよ」

 

ジョンドゥが諭すように説く。

 

「草」

 

モーゼスが草を生やす。

 

「イシュタル、あなたが抱えているものがあるなら、それを私にも背負わせて欲しい」

 

ナギサが圧倒的母性を発しながら言う。

それに感じいったのか、イシュタルは決意したような表情になる。

 

「みんな……ありがとう」

 

そして、モーゼス・ファルクの方を見る。

 

 

「これ、なに?」

 

 

「草」

 

 

重い沈黙が流れる。

皆、気持ちの整理がついていなかったのだ。

だから目を逸らしていた。

だが、そろそろ向き合う時が来た。

ナギサが直接声をかける。

 

「モーゼス、貴方………どうしました?」

 

「草」

 

「草ってなんだよ」(哲学)

 

「草」

 

モーゼス・ファルクがおかしくなってる。

今まで共に激戦を駆け抜けた戦友であり、アグニカについていくために励ましあい、高めあった仲間だ。

特にモーゼスは神経質だが細かい所にまで気を配る事ができ、的確な指示が出せる指揮官としても優秀だった。

そして単騎での戦闘力もピカイチ。

ナギサに次ぐ猛者として、皆から頼りにされていた勇者だというのに………

その変わり果てた姿(笑)に、皆が言葉を失うのも無理はない。

 

具体的には、「草」しか言わなくなっていた。

 

「ふざけてる様子はないよな」

 

「ああ。こいつは冗談とか通じないタイプだったはずだ」

 

ヴェノムとロジャーも困惑している。

 

「前に会った時は普通に話せていたぞ」

 

アビドはガブリエル討伐戦前に直接会っていたが、こんな兆候はなかったという。

 

「では……やはりガブリエル討伐戦でこうなったと見るのが妥当か」

 

ジョンドゥの推察に皆が頷いた。

 

「考えられるのは、阿頼耶識による脳へのダメージだな」

 

ガンダム・フレームのリミッター解除によって、人智を越えた力を出せる反面、なにかしら人体への影響がある。主に神経計の破損により、手足が麻痺したり感覚が無くなったり。

 

「確かに、今回こいつ頑張ったからなー」

 

モーゼスのガブリエル討伐戦での働きは大きい。

地球に雨霰と撃ち込まれるビームを、ビーム反射シールドで全て防ぎきった。

まさに地球の盾となった。

セブンスターズの中で唯一、『盾』という防御的な装備で戦い、ナギサに次ぐ成果を出した男だ。

その反動で脳への深刻なダメージを負ったのかもしれない。

 

「じゃあ、リミッター解除で脳がやられてこうなったって事?」

 

「恐らくは、会話を司る部位がやられて………言語障害に近い症状なのでしょう」

 

「言語障害ってレベルじゃねーぞ!」

 

「医者は!!ファルク家の医者は何をしている!!こんな状態の者を外に出すな!!」

 

アビドが割とまともな事を言った。

この状態の当主を、ファルク家の者や医者は止めなかったのか?

ナギサが神妙な面持ちで推測を立てる。

 

「いや……これはファルク家の者達からのメッセージでしょう」

 

「メッセージ?」

 

「『この人をどうするかは、貴方達にお任せします』、と」

 

「「「「「あぁ………」」」」」

 

「草」

 

草しか使える言語がないのであれば、もはや当主として働く事は不可能だろう。

だがガンダムと阿頼耶識によって繋がれば、まだ言語機能は復活する可能性はある。

つまり戦士としては死んでいない。

 

「こいつをまだ前線に出すか、それとも隠居してもらうか。戦友である俺達に決めてもらうって事か」

 

ヴェノムの言葉は的を得ていた。

ナギサの推察通り、ファルク家の者達は当主の扱いに困り、悩んだ末にこの議会に送り込んだ。

もしかすると、モビルアーマーを倒すという奇跡の開進を続ける者達に、再び奇跡を起こしてほしかったのかもしれない。

モーゼスの言語障害の治療を。

 

「なんか再生治療とかねーの?人工声帯とか」

 

「あるいは口を塞ぐか」

 

「筆談は?喉がダメってだけで、意思を伝える方法はいくらでも………」

 

草とびっしり書かれた液晶タブレットを見た六人の落胆は大きかった。

沈痛と呼ぶにふさわしい静けさが広がる。

 

「もうガンダムに押し込んどけよ」

 

「ガンダムは精神病院ではないぞ」

 

「病院が来い」

 

閉鎖病棟ガンダム・フレーム

 

「ホラーかよ」

 

「最近みんなガンダムの使い方おかしくない?」

 

「ダインスレイブになったり一騎当千したりとか?」

 

「いや戦略上の斬新な使い方はいいんだけど、もはや兵器として使われてないよね」

 

「コクピットを精神病院にしたりラブホ代わりにしたり」

 

「装甲を光らせてバエルを照らし続けたり」

 

「アグニ会はヤベー奴」(戒め)

 

「いやあれはソロモンが飛び抜けて頭おかしいから」

 

「農業してる奴いたぞ」

 

「全裸でガンダムに乗るなとあれほど!」

 

「バエルは象徴としての意味合いが強いけど、アガレスがガンダム方位磁針やりだしてからおかしくなったよな」

 

「もう二機目からおかしい」

 

「ガンダムといえばさ」

 

「うん?」

 

「アグニカっていつ寝てるの?」

 

「うーん……」

 

モーゼスの議題を一旦保留にし、皆が考え込む。

記憶を辿っても、アグニカが眠っている所を見た事がなかった。

 

「あの人は……寝ないんじゃないか?」

 

ジョンドゥの言葉が、皆のぼんやりとしたイメージを代弁した。

 

「いやいくら化け物とはいえ睡眠は必要だろ」

 

ヴェノムがポロッと言っちゃったが、アグニカ=化け物というのはセブンスターズですら共通認識だった。

 

「誰も見てない時間に寝てるのかな」

 

「けどあの人いつも何かしてるし、三時間くらいしか寝てなさそう」

 

皆がうんうんと頷く。

睡眠一日2~3時間。これがアグニカっぽい数字だ。

 

「そこで思ったんだけど、バエルとかガンダムの動力炉って永久機関じゃん?」

 

「ああ」

 

「んでアグニカってバエルと完全な一体化を果たしたって話じゃん?」

 

「ああ」

 

「それってバエルのエネルギーがアグニカにも流れてるって事じゃん!?」

 

「ああ……!」

 

確かに!という顔になる6人。

 

「じゃあアグニカも無限のエネルギーを得てるから寝る必要がないんだよ!!」

 

「おお!」

 

なるほど!という顔になる6人。

 

「つまりアグニカは人間じゃなかったんだよ!!」

 

「「「「「な、なんだってーーー!?」」」」」(納得)

 

皆が声をあげる。

完璧だ。完璧すぎる答えだ。

パーフェクトアンサー。

無限のエネルギーによってアグニカ人間じゃなくなった説。証明終了。

沸き上がる会議場に、氷が割れるような音がした。

 

 

 

「おいコラ」

 

 

 

「「「「「「ひっ……!?」」」」」」

 

 

闇から漏れ出したような殺気に満ちた声。

禍々しい雰囲気に全員が硬直する。

冷や汗をだらだら垂らしたヴェノムが、ゆっくりと振り返る。

 

「あ、あああ、ああああ……」

 

黒いウェーブのかかった髪

青い、どこまでも深い瞳

整った顔

髭を蓄えた貫禄のある顔

にっこりと意味深な笑みを浮かべる表情

 

「アグ……ニカ」

 

「おう」

 

アグニカ・カイエルがそこにいた。

 

 

「な、なんで、ここに………いつから」

 

モーゼスをクイッと親指で指差す。

 

「こいつが草とか言い出した所」

 

「どこだよ!?こいつ最初から草しか言ってねーぞ!?」

 

モーゼスは本当に草としか言っていない。

 

「今日は皆さんが静かになるのに、10分以上かかりました」

 

「校長先生みたいなこと言ってる!?」

 

実際、アグニカが背後に立っている事に全く気がつかなかった。

気配の消し方が尋常ではない。

人間の技術じゃないぞ。

 

「で、おもしろそうな話してたなぁ?俺が人間じゃないとかどうとか」

 

「い、いや、それはーそのー……」

 

ヴェノムが視線を泳がせまくっている。

他の面子は火の粉が飛んでこないよう祈るのみだ。

 

「俺がいかに人間らしいか、お前らに見せてやろうか?」

 

「え?」

 

言うか早いか、 アグニカはヴェノムの足の内側に足を引っ掛け、ヴェノムの背後に回り込み、ヴェノムの背後から首の後ろに手を回し、首を抱え込むように手を繋ぎ合わせる。

ヴェノムは堪らず身体を横に折り、脇腹が悲鳴をあげる。

 

「いぎぎぎぎぎぃ!?」

 

「こ……これは……!?」

 

ロジャーがその技名を叫ぶより早く、アグニカが胸を張り、ヴェノムの関節を捻りあげる。

 

「コ、コブラツイストだぁーーーッ!!」

 

コブラツイスト。

別名「アバラ折り」

身体をつるのように巻き付かせる。

美しいまでの極め技。

関節を破壊し呼吸も許さない無慈悲な技である。

 

「ぎゃああああああああああああ!!!

い゛だい゛ い゛だい゛ い゛だい゛ い゛だい゛!!!!」

 

極められたヴェノムは堪ったものではない。

 

「ギブギブギブギブギブギブ!!!」

 

早々とギブアップを宣言するも、この世界に試合終了は無い。

アグニカがパッと手を離したかと思うと、ヴェノムの腹に両手を回し、がっちりとホールドする。

そのまま持ち上げるように後ろにブリッジし、ヴェノムを頭から後方に叩き落とす。

 

ゴッ!と大理石の床と頭蓋骨がぶつかる嫌な音が響く。

 

「ジャーマンスープレックスだああああああああああ!!!??」

 

ジャーマンスープレックス。

またの名を原爆投げ。

 

「ヤベー音したぞ!!」

 

「医者を早くううううう!!!」

 

「あかんこれじゃヴェノムは死ぬぅ!ヴェノムは死ぬねんこのままじゃあ!」

 

白目を剥いて気絶したヴェノムを放り捨て、アグニカは椅子の上によじ登る。

 

「よいしょっと」

 

「ま……まさか」

 

そこから反動をつけて飛び上がる。

身体を270度後方に回転するように大ジャンプ。

そのまま寝そべるヴェノムの上に身体を叩き付ける。

 

「ムーンサルトプレスだああああああああ!!!!!」

 

「うぼべぇえ!!!!!」

 

人間離れした回転からの攻撃。

ヴェノムが衝撃により覚醒し、腹部を強打した事によりゲボを吐いた。

 

「うおぼっ!!ぼろろろろろろろろ!!!」

 

「もうやめて!ヴェノムのライフはゼロよ!!」

 

「おいコラ起きろ」

 

アグニカは非情にも、ビクンビクンと痙攣するヴェノムの頭を掴み、片手で持ち上げる。

アイアンクロー、またの名を脳天絞め。

相手の頭蓋を掴むというシンプルな技。

しかし大の男を片手で空中にぶら下げるという規格外の腕力、握力。

ラスボスが脇役キャラを蹂躙するワンシーンのような絶望感に、皆が戦慄する。

 

「どうだった?俺のプロレス技は」

 

「……じぬがどおぼいばじだぁ」

 

「人間である事の証明……それは矛盾の証明だ」

 

アグニカは語る。矛盾こそ人間の本性。相反する二面性こそ人間の証明足り得ると。

 

「俺の慈悲と暴力、その二つを受けたお前は、俺の人間性を理解できたはずだ」

 

「いや暴力しかなかっただろ」

 

イシュタルの的確なツッコミ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

ヴェノムが痛みと理不尽さに耐えられずついに泣き出した。

歴戦の勇者のガチ泣きである。

もはや威厳も何もあったものではない。

 

「なんで俺だけ殴られるのおおおおおおおおおおお!!??皆も笑ってたのにいいいいいいいいいいい!!!」

 

滝のように涙を流し、ジタバタと床で暴れるヴェノム。

他の者達が「あーあ泣かした」という目をしている。

アグニカは清々したような表情で言った。

 

「あーあ泣かした」

 

「いやアンタだろ」

 

「草」

 

「おいでヴェノム」

 

ナギサに抱き止められ、彼女の胸に顔を埋める。

圧倒的母性に包まれるヴェノム。

なんとか泣き止んだが、他の者が見ればエリオン家が壊滅しかねない醜態である。

だがそれもアグニカの理不尽さとナギサの母性で、誰だってこうなると納得できるものであるため、他の者も付け入ったりはしない。

というかアグニカに矛先を向けられなかった事に心から安堵していた。

 

「ところでアグニカ、こいつを見てくれ」

 

ロジャーがモーゼスを前に出す。

 

「こいつをどう思う」

 

「草」

 

アグニカがニヤリと笑う。

 

「草」

 

「スルーかよ!!」

 

「オラァ!!」

 

突如、パァンとモーゼスの頬を叩く。

 

「!!!??」

 

困惑する一同。

 

「ちょ、ちょっとアグニカさん!?こいつ一応病人なんですけどぉ!?」

 

「頭に問題があるんだぞ!乱暴に扱かったら駄目だろう!!」

 

これ以上モーゼスがおかしくなるのを恐れてか、皆が彼を擁護する。

一方モーゼスはというと

 

「今日も一日、強い陽射しが降り注ぐでしょう。猛暑が続きそうです。熱中症対策には充分注意してください。さて台風情報ですが……」

 

「天気予報!!?」

 

「無線を受信しただと!?」

 

エイハブ・リアクター影響下では使用不可能なはずのラジオ放送の電波を受信しているらしい。

物理法則すら超越したモーゼスの狂いっぷりに、皆が言葉を失う。

アグニカは満足げな笑顔で言う。

 

「この手に限る」

 

「この手しか知らないでしょアンタ!!」

 

 

アグニカ・カイエル

 

ガブリエル討伐戦での最大戦果

『四大天使ガブリエルの討伐』

 

七星勲章数 『78』

 

「ルシファーの潜伏先が見つかった」

 

ピンと静まり返る会議場。

 

「ガブリエルを倒した事で、四大天使とその軍勢は全て破壊した。残るは『天使王・ルシファー』だけ」

 

皆が歴戦の勇者の顔になる。

皆が皆、悪魔と契約して天使を狩る者達なのだ。

人としてではなく、悪魔としての彼らの顔は、冷徹な狩人のそれだった。

魔王アグニカ・カイエルが歌うように、次の戦場を選定する。

 

「火星だ。ルシファーの最後の切り札、巨大ビーム砲撃の発射を阻止する。そしてルシファーとその軍勢を包囲して殲滅。これが成功すれば、最後の天使狩りになるだろう」

 

長かったこの厄祭戦も、終わる。

 

「最終決戦だ」

 

アグニカの熱の篭った言葉。

その表情は血のたぎった笑顔。

 

「皆に伝えろ。そして備えろ。戦える者は全部出す。

これが最後の戦いだ」

 

「「「「「「「はっ!!」」」」」」」

 

 

七星の勇者達は胸に手を当て、忠誠を誓う。

アグニカは黒いコートを翻す。

 

アグニカとルシファーが相討ちとなり宇宙に散る、ほんの二ヶ月前の出来事だった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

宇宙空間で巻き起こされたその戦場は、数秒間の長い沈黙が続いていた。

地球に向けて進みだしたドルトコロニー。

追撃したきたアリアンロッド第三艦隊。

モビルスーツ大隊、グレイズ40機余り。

砲台のようなデモン・グレイズ。

天使の羽、プルーマ。

セブンスターズのガンダム、キマリス。

ボードウィン家の血を引く青年、ガエリオ。

彼を守る部隊、ジークフリートとシグルス。

 

皆が皆、目の前の光景を凝視していた。

ドルトコロニーの外壁にめり込んだグレイズ・アインの残骸。

そこに突き立てられた黄金の剣。

そして、純白のような銀色と藍色の魔王。

 

ガンダム・バエル

 

アグニカ・カイエルとバエルゼロズの姿を目に焼き付けていた。

 

バエルゼロズが黄金の剣を引き抜く音が、戦場に響いた。そんな幻聴すら聞こえるほどに。

そして固唾を飲んで見守る。

 

バエルの、次なる行動はなんだーーーー?

 

あの機体の目的は、なんなのか?

 

 

奇しくも、アグニカの目的はたった今変わったところだった。

腐敗したギャラルホルンの改革から、モビルアーマーの討伐へ。

己のやり残した仕事を。過去の清算を。

世界を裏から腐らせていた、マステマという寄生虫の駆除へと。

 

「俺が全部  ぶっ殺してやる!!!」

 

アグニカは操縦桿を押し出し、スラスターウィングを最大で加速。

赤い瞳の残像と青い羽の輝きを残し、バエルゼロズの姿が消える。

 

その瞬間、戦場が動き出した。

デモン・グレイズの対艦、対空砲の一斉射撃。

プルーマの群れが濁流のように流れを変える。

それら全てがバエルゼロズに向けられていた。

 

襲いくる弾丸の雨。

バエルゼロズは圧倒的な機動力で目まぐるしく飛び回り、デモン・グレイズの隊列に直進する。

アグニカの目的は、敵の最も強い火力部隊の排除だ。

プルーマの群れが割り込むように立ち塞がる。

 

そこにマクギリスの乗るガンダム・アスモデウス・ベンジェンスが飛び込む。

赤い竜のような機体は、八本腕に持った黄金剣でプルーマの群れを破砕していく。

 

「アグニカ!!!ここは『俺』にお任せを!!!」

 

「マクギリス!」

 

通信モニターには目をキラッキラ輝かせたマクギリスが映っていた。

 

「俺が道を作ります!!」

 

「よし!!」

 

アスモデウスベンジェンスがプルーマの川を断ち、弾丸の雨粒を弾き、突破口を開く。

膨大な鉄の残骸が渦となる。

そこを飛び抜けていくバエルゼロズ。

 

接近されたデモン・グレイズに為す術はない。

火薬庫に深々と突き刺さった黄金の剣。

一瞬目が合うバエルゼロズの赤い瞳と、デモン・グレイズの赤い単眼。

次いで大爆発。引火した内蔵弾薬が引火し、炸裂手榴弾のように弾丸が飛び散る。

爆煙を切り裂き、純白の悪魔が次なる獲物に斬りかかる。

 

宇宙に青い線が引かれたかと思うと、デモン・グレイズ9体が次々と切り裂かれ爆散する。

大きな爆発がコロニーやアリアンロッド艦隊、そしてキマリスを照らす。

 

右腕を破損したキマリス。大槍も砕かれてしまった。

それをシグルスのグラニ・グレイズやシュヴァルベ・グレイズ三機、射撃戦装備のグレイズ六機が守る陣形で囲んでいる。

 

キマリスのコクピットの中で呆然としていたガエリオは、戦いの渦中にいるマクギリスを視界に捉える。

 

マクギリスに置いていかれた。

絶望にも近い無力感と、叫びたくなるような焦燥感。

機体の体勢を変え、出撃しようとするキマリスの肩を、グラニ・グレイズが急いで止める。

 

「坊っちゃん!何を……」

 

「俺も行く!!」

 

「無茶をおっしゃいますな!片腕の機体で!」

 

「黙れ!!俺はまだやれる!!」

 

自分が勝てなかったグレイズ・アインを打ち破った、あのバエルに似た機体。

あれがマクギリスの求める理想の果てだというのなら、自分もそれを見極めなくてはならない。

それが、それこそが

 

「マクギリスを理解するためなんだ!!」

 

擬似バエルの圧倒的な強さ。

己の全てを使って強敵を打ち破る戦い方を見て、ガエリオの中の闘志に再び火がついた。

 

「しかしこの混乱した戦況では……」

 

マクギリスが仮面を被っている?

心の底をさらけ出してくれない?

本当に分かり合う事がなかった?

 

「それが何だ!!!」

 

だったら理解すればいいだろう!

マクギリスの目指す場所を!!

心の底にあるものを!

本当に求めるものと本性を!!

 

「俺はあいつの横に立たなきゃいけないんだ!!」

 

同じ目線に立ってこそ、始めてそれが出来る!!

 

「今行かなければ……出来ない事なんだ!!」

 

その気迫に見たシグルスは、一瞬の沈黙の後

 

「分かりました。ならば止めますまい」

 

キマリスから手を離す。

 

「しかし坊っちゃんを守るのが我々の使命。護衛は引き続きさせてもらいますぞ」

 

「……ああ、すまない。頼む!」

 

「この老骨でも、キマリスの右腕一本分の仕事は務まりましょう」

 

加速したキマリスに続き、ボードウィン家のグレイズ達が次々と飛び立つ。

全てはコロニーを止めるため。

ギャラルホルンの正義を示すためだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

アリアンロッド第三艦隊艦長、サイファは椅子から立ち上がり、バエルゼロズを凝視していた。

 

「まさか……本当に……」

 

アグニカ・カイエルなのだろうか。

この腐敗と不条理に満ちた世界で、悪事と暴力に慣れきった自分が、あの『本物』を信じていいのだろうか。

夢を見てもいいのだろうか。

 

「か、艦長……!」

 

「む、ぐ……」

 

皆が視線で問い掛けてくる。

どうすれば……?と。

 

「先ずはコロニーを止める!」

 

デモン・グレイズの砲撃が止まった今、ミサイル攻撃を当てるチャンスだ。

だが射線上には巨大デブリがあるため、一度艦隊を移動させる必要がある。

 

「デブリにも仕掛けがあるかもしれない!大きく迂回する!その後ミサイルでバーニアを破壊!モビルスーツ隊は残存するプルーマを排除しつつ後退!補給に戻れ!」

 

デモン・グレイズやグレイズ・アインを倒したとはいえ、『敵』は戦力を好きなだけ瞬時に導入できるのだ。

距離を詰める事はしない。

自分達の任務は蟲のテクノロジーの回収。

プルーマ、デモン・グレイズの残骸、コロニーに突き刺さったグレイズ・アイン。

ドルトコロニーの内部、労働者達、彼らに武器を流した存在。

革命の乙女、クーデリア。

そしてガンダム・バエル。

 

調べたい事は山ほどあるが、今はコロニーを止めねばならない。

 

コロニーほどの質量と大きさを持った建造物は、地球の重力に捕まったら進路変更できない。破壊するしか方法がなくなる。

『阻止限界点』まであと四時間。

絶対に止める。

 

艦隊は固まってデブリの右側を迂回。

ハーフビーク級宇宙戦艦、『キリシマ』、『ハープーン』が先行しプルーマを排除。

安全とミサイルの射線を確保した所に、ミサイル艦隊の一斉射撃が行われた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

アグニカはデモン・グレイズに飛び蹴りをかまし、コロニーの巨大バーニアに横から叩き付けた。堪らず爆発四散し、ドルト1のバーニアを破壊。

その直後、アリアンロッド艦隊からのミサイル攻撃が、ドルト2以外の全てのバーニアを破壊した。

爆発の光がバエルゼロズを照らす。

 

「よし、あとは……」

 

あとはクーデリア達が居るドルト2のバーニアを破壊すれば、地球へ墜落という最悪の事態は防げる。

 

ドルト2へ向かおうとした瞬間、ドルト1から6が停止している事に気がついた。

 

「あ……?」

 

バーニアを破壊したからといって、その場で停止するはずもない。宇宙空間では遮るものがない限り進み続ける。

つまり、何かがコロニーを停止させたのだ。

 

ゆっくりと、しかし確実にコロニーが動き出す。

地球に向かってではなく、こっちに向かって移動を始めた。

逆方向に進路を変更したのだ。

 

突っ込んでくる5つのコロニーを避ける。

肝心のドルト2は止まっていない。一基だけで地球へ進み続けている。

 

「チッ……」

 

ドルト1から6の前面には、巨大バーニアとは違う外付けバーニアが急遽取り付けられていた。

おそらく後方の巨大バーニアが破壊された瞬間、そこに転送されたのだろう。

エイハブ・リアクターのエネルギーを利用した転送装置。やはり使い方次第で戦場を滅茶苦茶にできる。

 

だが瞬間移動ができるのは『蟲』側だけではない。

アグニカは目を閉じ、意識をピンと集中させる。

 

転送装置の理論には幾つか種類があるが、この世界での技術は『一度宇宙の外に飛び出し、好きな場所から入る事で距離をショーカットする』というものだ。

つまり、マステマの語った言葉を使うなら、『魂の世界』に移動し、そこからこの世界、『可能性の世界』に帰ってくる事で、一瞬で長距離を移動する事ができる。

 

アグニカは大きく息を吸う。

 

「聞け!!ギャラルホルンの兵士達よ!!」

 

この宙域にいる者達全員が、脳を揺さぶられるような衝撃を受けた。

アグニカによる魂への語りかけ。

対話と呼ぶには強烈な、雷のような言葉が頭に響く。

 

「瞬間移動にはエイハブ・リアクターが使われてる!!リアクターに蟲みてぇな機械が取り付けられるはずだ!コロニーの内部に入ってそれを破壊しろ!!じゃねえと無限に敵が湧いてくるぞ!!」

 

そう言うや否や、アグニカとバエルゼロズの姿が消える。まるで空間に溶け込むように。

 

それを見たサイファ艦長は言葉を失った。

 

「な、な、な……なぁ!?」

 

バエルも瞬間移動した。

そして、通信機能でもない、あの頭に響き渡る『声』。

あれは、本物のアグニカ・カイエルなのではないか……

 

呆然としていたアリアンロッド艦隊だったが、新たな驚愕に塗り潰される。

5つのドルトコロニーが進路を変更し、こちらに突っ込んでくる。

まさかのコロニーによる艦隊への体当たり。

 

「回避だあ!!」

 

サイファ艦長が叫ぶ。

デブリを回避した事で艦隊の進路が固定されていた。そこにコロニーを突撃させ隊列を崩す目的か。

コロニーを質量兵器にしてしまう常識外れな攻撃。

やはり転送装置とは危険だ。

戦場の常識を変えてしまう。

 

ドルトコロニーの巨体が艦隊の近くを通り過ぎる。

ギリギリでコロニーの直撃を回避。

 

「コロニー内部を制圧しろ!!」

 

サイファはコロニー内への調査を命じる。それは蟲のテクノロジーを調べる上でも必要な事。

さらに先程のアグニカ・カイエルの声もある。

コロニーのエイハブ・リアクターを調べる価値はある。

 

六基あったコロニーのうち、ドルト2のみを逃してしまった。

これは地球外縁軌道統制統合艦隊に任せるしかない。

 

「アグニカ・カイエル……」

 

ギャラルホルンの兵士なら誰でも知っている、伝説の英雄。

 

地球が火の海になっていないのも、人類が滅亡していないのも、

もっと言えば、自分が生まれる事ができたのだって、アグニカ・カイエルが居たからだ。

彼が居なければ人類は滅び、正義も悪もない無の世界が広がるだけだった。

 

「ラスタル様……」

 

自分達は、どうすればいいのでしょうか。

 

自分達は、アグニカ・カイエルを受け入れるべきなのか。

あるいは拒絶するべきなのか。

 

コロニーを鎮圧するグレイズ部隊を眺めながら、サイファはどこか遠くを見つめていた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

ドルト2の後方に瞬間移動したアグニカ。

バエルゼロズが飛翔し、巨大バーニアを狙う。

黄金の剣で切り裂こうとしたその瞬間、空間が歪み、巨大な灰色の腕がバエルソードを止め、火花が散る。

 

「ああ……?」

 

その腕のマニピュレーターから閃光が放たれる。

死のビーム兵器と同じ光。

直線的に放たれるビームではない。球体状に圧縮されたビームが、散弾銃のように襲い掛かる。

バエルゼロズは瞬時に距離を取る。

 

新手だ。

やはりドルト2がコロニー落としの本命。

そしてこれを守護するのは、この作戦で最も強大な戦力だろう。

 

現れたのは濃い緑色のマントを被ったモビルスーツ。

頭からすっぽりと被っているため、全身が隠されている。

確認できるのはその大きさ。通常のモビルスーツとほぼ変わらないという点と、先程の散弾ビーム砲を打った手のひらのみ。

 

「ボロ布ぉ!!」

 

バエルゼロズが高速で接近。

マントのモビルスーツも両腕を突きだし、散弾ビーム球を乱射。

死の熱球を回避し、剣の間合いに入った瞬間、アグニカの背中にチリチリとした感覚が走る。

 

マントが開け放たれたかと思うと、そのモビルスーツの胸から業火が放たれる。

水色の炎の塊はモビルスーツの大きさを遥かに越え、呑み込んでしまうほどだ。

事前情報でも無ければ回避は間に合わない。

 

死の気配と隠し玉の存在を察知していたアグニカは、急速に方向転換し、マントのモビルスーツの背後に回り込んでいた。

 

バエルソードを横薙ぎに叩き込む。

瞬間、ビームの閃光と反発音。

空間に形成されたビームシールドが、バエルソードとぶつかり合い火花を散らす。

 

バエルゼロズは力の限り剣を押し込み、バチバチと閃光が爆ぜる。

ビームシールドは謎のモビルスーツを守る結界。紫色のオーラを纏うように、全ての攻撃を弾き返す。

かつて『天使王』ルシファーや『神の人』ガブリエルが装備していたもの。

アグニカはギリリと歯を噛み締め、射殺すように睨み付ける。

 

「てめぇらはぁ……」

 

ビームシールドを突破できるのは、特殊合金で鍛えられた黄金剣だけ。

リミッターを解除したバエルゼロズ、そのフレームが赤く輝き、尋常ではない出力を叩き出す。

バエルソードがビームシールドの膜をねじ曲げていく。

 

「どこに残ってやがったああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」

 

ビームシールドを突き破り、敵モビルスーツを斬り付ける。

敵も腕でガードしたが、装甲に大きな傷がついた。

濃緑のマントを剥ぎ取ってやろうと腕を伸ばす。

しかしそこでバエルゼロズは後方に飛んだ。

バエルゼロズが居た場所に、数百発もの弾丸が滝のように落ちてきた。

宇宙空間に唸るような銃声が響く。

アグニカが頭上を見上げると、同じく濃緑のマントを被ったモビルスーツがもう一体。

その機体は巨大なガトリング砲を携帯しており、バックパックに弾薬庫を背負っているのかマントが膨れている。

遠距離からナノラミネートアーマーにダメージを与えられる大口径の弾丸。

6本の銃身を束ね、回転させながら火を噴くように放たれる。

ガトリング砲は通常の銃火器と違い、弾丸の装填、発射、排莢を外部動力を利用して行う。

そのため高出力で性能のいい外部動力を使えば、一秒間の弾丸発射速度は跳ね上がる。

この機体は、外部動力にエイハブ・リアクターを使っているのだろう。

ガトリング砲と自機のリアクターを接続し、尋常ではない火力を実現した。

 

その容赦ない弾丸の雨がアグニカを襲う。

バエルゼロズは高機動力を以て流れ星のように飛翔し、これらを回避する。

 

「気持ち悪りぃ糞天使ども!!」

 

アグニカは吐き捨てるように叫ぶ。

 

「てめえらも!マステマも!エイハブも!ユミルとかいうのも!!全部ひっくるめてムカつくんだよ!!」

 

この世界の歪みが憎い。

その元凶であるマステマが憎い。

マステマを作り出したエイハブが憎い。

エイハブの最終目的であるユミルが憎い。

 

「俺がぶち殺してやんよ!!!」

 

バエルゼロズの黄金の剣が輝く。

ガトリング持ちの機体は、両肩に取り付けられた大型のスラスター、フレキシブル・スラスター・バインダーで加速する。

ロケット噴射のように豪快な音を立て、重量のある装備からは考えられない速度で移動する。

 

バエルゼロズを挟み撃ちにするように、猛烈な射撃を繰り出す二機。

ガトリング弾の雨とビーム散弾の霧。

それらを紙一重ですり抜けるバエルゼロズ。

ガトリング持ちの機体に狙いを定め、一気に距離をつめる。

 

そこに蛇がうねるような伸縮する斬撃が飛び込んできた。

 

(斬撃!?)

 

一瞬視界に捉えたのは、ぐにゃぐにゃ動く日本刀のようなもの。

バエルソードで防御するも、湾曲した刃は軟体動物のように向きを変え、バエルゼロズの装甲の隙間を狙う。

もう片方のバエルソードで叩き落とし、ビーム散弾を回避。

 

三体目の敵もまた、濃緑のマントを被っていた。ここまで来ると不気味である。

 

マントの隙間から蛇のようにしなる刃を引っ込める。伸縮自在で曲がりくねる日本刀。

 

頭蓋骨に閃光が走る。

アグニカは死の気配を感じ取り、後方に大きく下がる。

バエルゼロズの頭上から、強力な光が照らされたかと思うと、轟音と共に『雷』が落とされた。

暴れ狂う電撃の奔流。

その衝撃と轟音にモニターが白く照らされ、アグニカは目を細める。

 

「『サンダーボルト』……!?まさか、『ミュルニル』だと!?」

 

対モビルアーマー兵器の研究案において、最も強力な武器の一つとされていた兵器。

特殊加工したエイハブ粒子を散布し、雷の通り道を作り出し、目標まで瞬時に電撃を打ち込むというもの。

ナノラミネートアーマーは雷の直撃にも耐えられるが、内部の精密機器がオシャカになる。

動作制御AIがある部位を狙えば、防御力を無視して内部を破壊できる。

そんな夢のような兵器だったが、結局は技術力が追い付かず製造までは至らなかった。

 

だが、それも300年前の話。

転送装置が開発されている今、『ミュルニル』が実用段階にまで発展していてもおかしくはない。

 

濃緑のコートから、短いハンマーのような武装が見える。

四体目の新手は、雷撃の使い手。

 

光の中から飛来する攻撃。

一発の射撃だ。

バエルゼロズは横に回転するように回避するが、スラスターウィングに取り付けられた刃を掠める。

その瞬間、ウィングソードが腐食し、ドロドロに溶け落ちた。

 

(溶けた!?これは……『フレームイーター』か!?)

 

『フレームイーター』

かつてガンダム・レラジェが使っていた特殊兵器。

刃先に特殊な細菌を塗布しており、敵に命中すると細菌が植え付けられる。

この細菌は宇宙空間や高重力下、エイハブ粒子高濃度環境など、特殊な環境でのみ生存可能な『極限環境微生物』と呼ばれるものである。

その中でも金属を代謝し分解してしまう能力を持った『フレームイーター』は、モビルスーツのフレームに使われるレアアロイを分解してしまうという驚異的能力がある。

 

だが、バエルソードと同じ特殊合金のウィングソードを分解する能力など、300年前にはなかった。これもマステマによる新兵器か。

 

五体目の新手は、壊死の弓矢。

 

バエルゼロズに高速で接近する機体があった。

ボロ布を纏った機体の中では初めて、アグニカに接近戦を挑んできた。

その濃緑のローブの下、足元には見覚えのある装備があった。

スキーボードのように縦長の板状の装備。

これが宇宙を滑るような挙動と速度を可能にする。

『オッレルスボーン』と呼ばれるモビルスーツ用加速装置。

大きな槍のようなものを構えて突撃してくる。

 

受けて立つ、と防御の構えを取ったのも束の間、濃厚な死の気配に総毛立ち、即座に回避行動。

眼前を飛び抜けて行ったのは、

 

「『ブリューナク』ッ……!!」

 

四大天使ウリエルの主兵装

 

巨大槍型ファンネル・ブリューナク。

 

ガンダムを5体も完全破壊したバケモノ兵器。

 

氷のような冷たい輝きを放つ、宝石のような刃。

穂先が5つに分かれた槍で、その先端からは強力なビームが放たれる。

巨大ファンネルの機動力でモビルスーツに叩き付け、装甲を刃で傷つけた所に零距離ビーム射撃。

 

単純な攻撃力に加え、モビルスーツを装甲の内側から熱殺するという殺意の高さ。

モビルアーマーが好んで選びそうな兵装だ。

 

それを手持ちの槍として改造し、『オッレルスの骨』で加速して突撃してきた。

 

六体目の新手は即死のランス特攻。

 

 

空間が歪み、巨大な顎が眼前に迫る。

堪らず瞬間移動で回避。

見れば、狼の顎を模した巨大な腕が伸びていた。

モビルスーツサイズなら軽々と呑み込める大きさ。

それが濃緑のローブの中から顔を出している。

 

『群狼の腕(かいな)』

モビルアーマーの装甲に噛み付き、引きちぎる事を目的とした装備。

ヒットアンドアウェイの戦法が定石。

ガンダム・マルコシアスの武装だ。

 

七体目の新手は、腹を空かせた狼の牙。

 

 

ドルトコロニーは進んでいく。

ローブを被ったモビルスーツ達が並ぶ。

全部で7体。揃いも揃って忌まわしき過去の遺物を持っている。

 

アグニカはこれらから感じる不気味さの正体に気付いた。

 

「見えねえ……」

 

魂が、見えない。

 

パイロットの魂だけじゃない。

モビルスーツには必ず取り付けられている、エイハブ・リアクター内の魂が感知できない。

これほどまでに不意打ちを許したのもそれが理由だ。

 

「なんだ……?お前ら、なんなんだ?」

 

一体のモビルスーツが、自らのローブを掴み、一気に脱ぎ捨てた。

隠されていたものが露になる。

出てきたのは黒と黄色の装甲のモビルスーツ。

赤い二つの目。傷で潰された家紋。

二つの心臓。

 

「    」

 

その姿を見て、アグニカは言葉を失う。

吹き荒れる疑問の嵐。

何故?どういう事だ?そんな事が、可能なのか……!?

 

 

眼前にあるのは、ガンダム・フレーム。

 

ASW-G-40『ガンダム・ラウム』

 

何故だ?

アグニカは自問する。

火星にて、この宇宙に存在するガンダム・フレーム、つまりツインリアクターシステムの存在を探したはずだ。

あの時、ラウムの魂は感知できなかった。

てっきり、リアクターが別々に離されたのだとばかり思っていたが…………

 

「魂の存在を……隠し通せるのか……!!」

 

エイハブ・ウェーブだけではなく、リアクター内の魂すら覆い隠せるテクノロジーが、この時代にはあるというのか。

 

(魂も結局は「意思を持ったエネルギー」でしかない……法則性さえ分かれば隠滅は可能……)

 

だとすれば、アグニカの魂感知というアドバンテージも絶対のものではなくなる。

マステマの保有する戦力は全くの未知数だ。

 

ガンダム・ラウムの両の手のひらに装備された、ビーム散弾砲。そしてビームシールド。

 

モビルアーマーの武装を奪い取ったガンダムが、一体どれだけ強くなるのか。

間近で見てきたアグニカは良く知っている。

ガンダムに携わった者なら誰でも知っている。

アグニカの直感が告げている。

 

ーーーーーこれは、ヤバい。

 

他の六体も一斉にローブを脱ぎ捨てる。

 

ガトリング砲とブーメランファンネル、鳥の眷属を持つ、重厚な装甲の機体

ASW-G-69 『ガンダム・デカラビア』

 

オレンジの鮮やかな装甲。

背負い込んだ弾薬パック。

両肩に止まる二羽の鳥。

巨大な推進器。

 

強力な弾幕とジャミング機器。

後方支援機の装備だ。

 

 

三体目は銀色のすらりとした外見。

ASW-G-51 『ガンダム・バラム』

 

武装は伸縮自在の日本刀『膝丸』

不可視の透明刃『零閃』

これら二本の刃が腕に巻き付く形で収納されており、射出して長距離まで伸ばす事が可能。

遠距離からの斬撃を可能とした機体。

 

 

四体目は白いシンプルな機体。

背中から導雷針が樹木のように伸びており、まるで歪な羽のようにも見える。

ASW-G-34 『ガンダム・フュルフュール』

 

武装は雷撃を打ち込むハンマー『ミュルニル』

その暴発を防ぐ安全装置『ヤールングレイプル』

エイハブ・リアクターのエネルギーを電力に変換する腰帯『メギンギョルズ』

 

元々電撃を操るコンセプトの機体だったが、新装備でさらにパワーアップされているようだ。

 

 

五体目は鮮やかな緑色の機体。

腕が巨大な弩(いしゆみ)になっている。

デカラビアがガトリングなら、こちらはクロスボウだ。

 

ASW-G-14 『ガンダム・レラジェ』

ガンダム・バルバトスのデータを下地に作られた万能型ガンダム。

武装は一度に10本の矢を放てる『オティヌスの弩』

矢先に特殊細菌を塗布した矢『フレームイーター』

そして背中に見慣れない射撃武器を背負っ

ている。

 

 

六体目は藍色の曲線的なフォルム

ASW-G-58 『ガンダム・アミー』

 

両の足が変形型で、スキーボードのような加速装置になって独特な移動ができる。

『オッレルスボーン』

武装はウリエルの主兵装『ブリューナク』

太陽神ルーが持っていたとされる最強の破壊槍だ。

俊足の即殺攻撃でアグニカの心臓を狙う。

 

 

七体目は茶色の粗野な装甲

狼達の飢餓感が濃縮されたような、禍々しい顎が4つ。

両手両足が狼を模した顎であり、背中のサブアームまでギザギザの刃だ。

たとえどんな体勢からでも噛みつける。

噛み付いて喰い千切る。食(は)んで飲み込む。

 

ASW-G-35 『ガンダム・マルコシアス』

 

武装は『群狼の腕』

 

 

七体のガンダムが姿を現した。

ガンダム・フレームが何故『幻の機体』と呼ばれるのか?

貴重性で言うなら製造数が十機にも満たないヴァルキュリア・フレームの方が、幻と呼ぶに相応しいはずだ。

 

それは勿論、ガンダムというモビルスーツ達が、歴史の転換点に突如として現れ、そして幻のように消えてゆくからだ。

革命であったり、虐殺であったり、正義のためであったり。

ガンダムを『幻』と呼ばれるように運用しているのが、マステマの『転送装置』の存在だ。

 

瞬時に現れては、瞬時に消えていく。

 

なんて事はない。

ガンダムフレームが幻などという迷信は、歴史の黒幕(マステマ)が面白半分で作り上げた幻想なのだ。

 

 

「どけ」

 

アグニカの殺意のこもった声。

バエルゼロズの眼光が輝く。

 

「俺の行く手を阻むのなら……」

 

バエルソードを両手に持ち、大きく腕を伸ばす。

確殺の意思。禍々しい空気が宇宙に漂う。

 

「ガンダムだろうと殺してやる!!」

 

障害はなんであろうとぶち壊す。

スラスターウィングを解放し、バエルゼロズは宇宙を駆け抜けた。

 

ーーーーーーーーーー

 

何を見ている。

この世界には、何を見ているのかさっぱり分からない、何を目指しているのか理解できない者達ばかりだ。

 

あの衝撃反射の悪魔(ガンダム・アモン)に自分は勝てなかった。

ラスタル様から与えられた任務を遂行できなかった。

それだけで自分の存在意義が揺らぐ。

 

私はラスタル様の剣。

だから強くあらねばならない。

 

あの少年は、少女の首を抱えて戦っていた。

死体だらけの廃墟で暮らしていた。

虚構と狂気の中で生きていた。

そんな者が、どうしてあんなに強いのか?

たった一人で、艦隊規模を相手に戦い抜いていた。

その強さの極致に、自分も憧れ、心牽かれたというのに。

実際は現実が見えていない狂人の暴走だった。

強さとはなんなのか?

掲げるべき大義とは?

生きるとはなんなのか?

 

自分はラスタル様の剣。

 

たとえ酷い責め苦を受ける事になっても。

無為無惨に死ぬとしても。

最期まで誇り高くあるべきだ。

 

 

 

ジュリエッタ・ジュリスは四肢を拘束されていた。

冷たい台の上に手足を伸ばした状態で固定されている。

衣服はつけていない。肌を隠すものは無く、あられもない姿だ。

彼女に人としての尊厳は認められていないらしく、捕虜としての扱いは格段に悪い。

 

ラスタルの私兵という立場から、ジュリエッタの持つ情報は重要度が高い。

拷問も苛烈を極めた。

 

「おかしいですよこいつ。声ひとつあげねえんです」

 

薄暗い部屋に、下卑た男の声が染み込んだ。ジュリエッタのここ数日の話し相手だ。喋っていたのは男の方だけだが。自分はクズと語り合う言葉など持ち合わせていない。

 

「一通り試したんですが、全く吐きゃしねえ」

 

苛立ちの混じった男とは別に、呆れたように溜め息を吐く老人がいた。

この老人は初めて見る。

白い豊かな髭を蓄えた老人は、煩わしそうにシッシッと手を振るう。

それだけで下卑た男は退室した。

広さすら分からないこの薄暗い空間には、ジュリエッタと老人しかいなくなった。

ゴホンと咳払いを一つ。

 

「今日から君の担当官になった、モーガン・アクティズムという者だ」

 

しゃがれた低い声でそう言った。

 

「部下がすまなかったね。扱いがなってなかっただろう。これほどいい素材を傷付けるような愚行を。浪費というのは罪だ。だが彼らは若い」

 

危害を加える役と、それを慰める理解者の役。

人の心につけこむ典型例だ。

見え透いた配役に鼻白むジュリエッタは、その老人の言葉にも反応を示さない。

 

「若さとは無知さだ。見たものが少ないから物を知らない。だからかな、短い時間の中で手に入れた情報を絶対視する。特に酷使される少年兵、親の愛も知らない孤児などが顕著だ」

 

孤児、という言葉に瞳を動かすジュリエッタ。

 

「一度正しいと思った事に捕らわれる。常識が固定化してしまうのだな。周囲とどんな違いがあろうとも、それだけしか信じない。ただ愚直に進み続ける」

 

自分はそんな愚かで不幸な者達とは違う。

尊敬できる大人達に拾ってもらった。育ててもらった。

真っ当な道を、歩いてきた。

 

「人は無限の可能性を持っているのだよ。だがひとたび生を受けると、何かしらの制約を受けて可能性が固定化する。いいかい?人は生まれた瞬間に世界に捕まってしまうのだよ」

 

急に話の内容が分からなくなった。

話題が飛んだというよりは、思いもよらない所に流れ着いたといった印象だ。

 

「自由に浮かんでいられる星が、巨大な重力に捕まるように。

人は誰しも常識に捕まった囚人。

可能性を細く絞られた奴隷なのだ」

 

何を言ってる?

 

「ならば解放したいと思うのは当然じゃないかね?」

 

こいつは何を言ってるんだ?

 

強烈な光が照らされ、ジュリエッタは固く目を閉じた。

暴力的なまでの白い光が、瞼越しにも視界を塗り潰す。

拷問が始まったのだろうか。

 

ふと右腕の付け根に違和感を感じ、首を動かして薄目を開ける。

強烈な光は天井から発せられている。

少しずつ目が慣れてきて、徐々に輪郭も確かになる。

無機質な灰色の『腕』に、鋭いメスが握られていた。

目の前をメスが横切り、銀色の刃が光る。

刃先がジュリエッタの白い肌をなぞったかと思うと、プクリと赤い滴が溢れた。

機械のアームが複数、人間味を感じさせない動きで淡々と作業している。

 

まるで他人事のように興味をなくし、視線を進ませる。

腕の先、視線の先には大きな窓が見える。

空気の流れからも、声の届き方からも、ここに窓があるなんて気がつかなかった。

自分の感覚が曖昧になっている事に気付く。

透明で大きな窓の向こうに、老人、モーガンの顔が見える。

また自分の右腕の付け根に視線を移すと、アーム達は血管を切断したり返り血を吸い取ったりしていた。

 

「なにを……しているのですか?」

 

ぼんやりとした意識で、ここに来て始めての言葉を発した。

 

うん?、と反応したモーガンと視線が合う。

 

「四肢を切り落とすんだが?」

 

あっさりと言い放たれた言葉。

水滴が染み込むように、長い時間をかけてジュリエッタの脳に溶けていく。

じわじわと毒が効いてくるように、彼女の意識を、心を、尊厳を傷つけていく。

 

「なぜ…………ですか?」

 

違う。そうじゃない。自分が考えるべきなのはそういう事じゃない。

なのに処理しきれないショッキングな現実から、目をそらしたいと心のどこかで。

 

「必要ないからだよ」

 

「な……ぜ」

 

自分の骨を見て、いよいよ現実味を帯びてきた。

心拍数があがる。汗が噴き出す。吐き気がするし頭がガンガンする。

ジュリエッタは首や腰をバタバタと動かす。

 

「な、な、な、え   まって」

 

必要ない?私の手足が?

でも、私にとって手足は必要で。

それがないと戦えないから、どうしても必要で、代えが効かなくて

何もできなきゃ、生きてる理由がなくって……

 

「え、 まさか ほんとに?」

 

半円状の破断カッターが降りてくるのを見て、完全に意識が覚醒した。

 

「いやあ!!いや!!まって!!まってください!!いやああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああああっっっ!!!」

 

手首と足首が拘束されているため、胴体を突き出すような動きしかできない。

右腕はさらに厳重に拘束されているため、わずかな妨害すらできない。

ジタバタと身体を揺らし、なんとか解放されようと足掻く。

 

「剣っ!!わたしっ  剣なんです!!剣になりたいんです!! それ、それがないと!! うでがないとできないんです!!わたし、わっ、わたしっ……」

 

破断カッターが高速回転する凶音に鼓膜が震える。

 

「ひぃぃいいいいぃいいいいぃいいいっっ!!!??ひぃ!!いあああぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」

 

ゆっくりと、ゆっくりと、己の生きる理由を奪う悪魔が降りてくる。

ジュリエッタを内側から燃やすように。

彼女は火がついたように泣き出した。

もはや恥も外聞もない。

 

生きたい。

彼女の生への執着はつまり、ラスタルへの忠誠心。認められたい、必要とされたい、役に立ちたいという健気な心。

純真な少女のような反応を、モーガンは微笑ましく見つめ

 

機器を操作した。

 

ジュリエッタの耳に、聞いた事もない異音が流れ込んできた。

自分の骨が鉄の刃に削り切られる音。

衝撃と不快感が、文字通り骨に乗って脳を揺らす。

その禍々しい音というのが、自分の口から放たれる咆哮と知る事はなかった。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

今更、本当に、今更

 

「いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいいいいいいいいいいぎいぃぃぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃいぃぃぃぃい!!!!!じゅぎいぃぃいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃいぃぃぃぃい!!!!!」

 

置き去りにした痛覚が戻ってきた。

 

ーーーーーーーーーー

 

時は少し遡り、イサリビの船内。

ブルワーズの襲撃から五日ほど経ち、ようやく片付けも終わった。

時刻は夜。皆が寝静まった頃、ナノマシンベッドに寄り掛かって眠っていたアトラは、ゆっくりと身体を起こした。

 

「三日月……?」

 

最初に気付いたのはアトラだ。

病室に三日月が居ない。

ナノマシンベッドは開いており、あの身体でどこかに行ってしまったらしい。

自分を置いて。

アトラは焦りと不安で軽いパニックになった。

 

直ぐ様ブリッジに通信。

夜間も一人で通信機器の修復を行っていたビスケットが出た。

 

「あっ、ビスケット、あのね、三日月が居ないの!」

 

「ええ!?ちょ、ちょっと待っててアトラ」

 

ビスケットは艦内の監視カメラの映像を確認する。

確かに少し前に、三日月が病室を抜け出している。

 

「三日月!あの身体でどこへ……」

 

カメラもケーブルが破損していたりと、全てが復旧された訳ではない。

方向からして食堂に向かっているのだろうか。

それを伝えると、アトラは一目散に駆け出していった。

 

「あ、アトラ!」

 

妙な胸騒ぎがしたビスケットは、オルガの私室にも通信。

暗い部屋に着信音が鳴り響く。

簡素なベッドから、もそりと起き上がるオルガ。

浅い眠りと覚醒を繰り返していたせいか、すぐに意識の切り替えができた。

ビスケットの説明も即座に理解した。

 

「分かった。俺も探しにいく」

 

「うん……頼むよ」

 

ビスケットはなんとも言えない顔になる。

ただでさえ休息を取らないオルガの睡眠を妨げるのは気が引けたが、ブルワーズの傷痕が完全に癒えていない状況では、用心に越した事はない。

オルガは短く的確に指示を出す。

 

「寝てる奴は起こさないようにしてやってくれ。動ける奴だけで探す。アグニカとクランクさんにも連絡頼む」

 

「分かった!」

 

カメラの映像を巻き戻して確認しつつ、モビルスーツデッキに居るユージンとおやっさんにも連絡を入れた。

アグニカとクランクは何故か連絡がつかない。

部屋に戻っていないようだ。

 

10分ほど経っただろうか。

食堂の端末から連絡が入った。

オルガとアトラの顔が映っている。

 

「ビスケット!食堂にはいねえぞ!」

 

「ごはん食べた様子もないし……」

 

食堂ではない。ならば三日月はどこに行った?

おやっさんの話から、バルバトスの方にいる訳でもないらしい。

オルガはがらんとした食堂を見ながら呟く。

 

「あいつ……あんな身体で出歩いて……」

 

どこかで気を失っているんじゃないか。

オルガは口には出さなかったものの、不安な妄想を取り払えずにいた。

 

続いて三日月の寝室を見に行ったユージンからの連絡。

 

「いねえな。ついでにトレーニングルームも見たけど居ねえ。あのバカどこ行きやがった……」

 

ユージンが頭を掻きながらぼやく。

食堂でもバルバトスでもトレーニングでも寝室でもない。

あとは三日月が行きそうな場所といえば……

 

「あっ、もしかして、クーデリアさんの所かも……」

 

アトラの女の直感だろうか。

特定の個人と長話をしている、という可能性はある。

イサリビ内の人間で考えられるのは、クーデリア、クランク、そしてアグニカだろう。

 

「私、ちょっとクーデリアさんに聞いてきます!」

 

居ても立ってもいられないのだろう。アトラは食堂を駆け出していった。

 

「ビスケット、アグニカと連絡取れたか?」

 

「いや、それが全然見つからないんだ。船のエイハブ・リアクターの方に行ってるのは確認したんだけど……」

 

「クランクさんは?」

 

「クランクさんとも連絡が取れない」

 

深い溜め息を吐くオルガ。

もう少し人手が要りそうだ。

 

「しょうがねえ、手透きのもんに連絡して、しらみ潰しにしていくっきゃねえ」

 

「分かった。俺も……」

 

と、そこでアトラから連絡が入る。

どうもクーデリアの部屋にインターホンを押しても出てこないそうだ。

 

「いないのかな……」

 

「アトラ、悪いけど部屋の中も確認してみてくれる?」

 

鉄華団でも数名しか知らないパスコードを入力して、セキュリティを操作してクーデリアの部屋のロックを解除する。

あまり使いたくない権限だが、これぐらい念を押して確認した方がいい。

アトラはクーデリアと仲もいいし、女同士なら大した問題にもならないだろう。

 

 

結論として、クーデリアは居なかった。

 

おかしい。

焦燥感が皆の胸に膨らむ。

 

特にアトラはパニックをおこす寸前で、ビスケットが懸命になだめていた。

オルガは必ず三日月を探し出すと言って元気付ける。

 

「兄貴のとこに行った訳じゃねえんだよな?」

 

「夜になってからは出てない。それに三日月やクーデリアさんが出るなら分かるよ」

 

「なら船の中にはいるはずだが……」

 

オルガは頭を抱える。

もう30分ほど探し回っているが、三日月とクーデリアが見つからない。

三日月が起きるとは予想外だったため、監視が甘かったというのはあるが、最重要人物でもあるクーデリアが行方不明というのは不味い。

彼女の身に何かあれば、鉄華団の今後に関わってくる。

クーデリアの動向については、鉄華団の通信オペレーターでもあるフミタンが把握しているため、そこまで心配されていなかったのだが……

 

「駄目だ……フミタンさんとも連絡が取れない」

 

予定を逐一報告していた几帳面なフミタンが、就寝するとの連絡もなしに音沙汰が無い。

これはいよいよおかしい。

 

「三日月やクーデリアさんならともかく、フミタンさんが一言も無しなんて……」

 

「何かがあった、って考えねえ方がおかしいか」

 

「うん……」

 

イサリビはそこまで大きい船ではない。

主要な場所を洗いざらい探した今、それでも見つからないとなれば……

 

「どこかに隠れてる?」

 

「あるいは隠されてるって事だ」

 

そんな事をする意味。何の得があるというのか。

 

「まさか、ブルワーズの残党が船内に……」

 

「考えたくもねえが、可能性としてはある」

 

イサリビ船内にブルワーズが侵入したのは五日前。それから今まで、船内のどこかに身を潜めていて、油断した所を再び襲撃。鉄華団の重要人物がフリーになるのを待っていた……?

その可能性に行き着いてしまった以上、下手に一斉放送で探す事もできない。

だが人がバタバタ動いている状況を既に気取られているかもしれない。

どうすればいい。

 

「兄貴の所にも連絡してくれ。同じ事が起こってるかもしれねえ」

 

「分かった!でも、アグニカの話では船内に侵入した敵はもういないって……あ」

 

「……」

 

居るのだ。ブルワーズの残党が。

ヒューマンデブリの少年兵達。

彼らはブルワーズに居た時に洗脳されたのか、鉄華団を異様に恐れている。

自分達は助けられたのではなく、捕まえられたのだと。酷い目にあわされるのだと。

そう勘繰って警戒心を解かない子達ばかりだ。

特に精神的に不安定な者は、童子組の船、鬼武者の方に移された。

だがまだ半数はイサリビに残っている。

 

「そんな……でも」

 

「警戒はしといてくれ。つーか、アグニカとはまだ連絡取れねえのかよ?」

 

「うん。アグニカもどこにも居ない。クランクさんも……」

 

三日月、クーデリア、フミタン、クランク、そしてアグニカ。

分かっているだけで五人が行方不明。

 

アトラが目覚めてから一時間が経過。

流石にオルガの表情にも焦りが現れる。

 

さらに時間が流れ、タービンズ、童子組でも船内の人員の確認が行われた。

イサリビのブリッジにはオルガ、ビスケット、ユージン、チャド、ダンテ、メリビットがいる。

昭弘、シノは寝ている所を起こして捜索に加わってもらっている。

ダンジやタカキ、ライドは年少組を起こさないように部屋に居てもらっている。

おやっさんやヤマギはモビルスーツの整備を中断して捜索している。

 

「うちの船で居なくなった女はいねえ」

 

「鬼武者の中も全員居たよ」

 

イサリビのモニターには、名瀬と星熊の顔が映っている。

どうやら人が消えたのはイサリビだけらしい。

 

「くそっ、どこに行っちまったってんだ……」

 

オルガは焦りからか口調が荒くなる。

 

「五人が一斉にいなくなるなんて、普通では考えられない事ですよね」

 

「んな事ぁ分かってんだ!」

 

ついメリビットに当たり散らしてしまうオルガ。

星熊が口を挟む。

 

「あのさ、さっき名瀬さんとも話してたんだけど……」

 

「ドルトコロニーにあるテイワズの事務所に連絡入れたんだが、繋がらねえんだ」

 

「ええ?」

 

通信機器のトラブルだろうか?

 

「童子組の支部とも繋がらないんだよ。ドルトコロニー自体に何かあったみたい」

 

ドルトコロニーには、三日月の脳神経の手術のために立ち寄るつもりだったのだが、繋がらないとはどういう事だろうか。

 

「何かって、事故とか?」

 

ユージンがぽつりと呟く。

 

「分かんねえ。だが地球圏のコロニーで通信妨害されるような揉め事なんて、早々起こるもんじゃねえ。あるとすればギャラルホルンの……お?」

 

タービンズのオペレーターが通信をキャッチしたらしい。

 

「ドルトコロニーから一斉放送があるらしい。やっぱ何かあったんだな」

 

「ビスケット、つけてくれ」

 

その放送をイサリビ、童子組も見る。

 

『我々は正義と自由の名の元に、歪んだ世界を正すべく立ち上がった者である!!』

 

作業服を着た初老の男が、握りこぶしを振り上げ、唾を飛ばして宣言する。

 

『我々の目的は単純明快!!邪悪な簒奪者達を引きずり下ろし!!腐敗した世界の改変!!そして!全ての労働者達の解放を望んでいます!!』

 

オルガ達は言葉を失い、その映像に見入っていた。

労働者の宣言にではない。

その背後に映る人物にだ。

血走った目の若い男女に肩を引かれ、無理矢理画面上に立たされているのは。

 

クーデリア・藍那・バーンスタインだったからだ。

 

「クーデリアさん!?」

 

ブリッジに入ってきたアトラが叫び、皆がハッと意識を取り戻す。

 

「な、なんでクーデリアさんがあそこにいるの?」

 

「アトラ!落ち着いて!」

 

ビスケットが機敏な動作で立ち上がり、よろめくアトラを支える。

 

「兄貴、これはドルトコロニーの映像なんですよね?」

 

「あ、ああ。そのはずだ」

 

「じゃあクーデリアがあそこにいるのはおかしいでしょ。つい数時間前までここに居たんだ」

 

「だが、この映像はリアルタイムだ」

 

イサリビ達の現在座標から、数時間でドルトコロニーに辿り着くのは不可能だ。

どれだけ飛ばしても間に合わない。

 

「じゃあ偽者?合成とか、そっくりさんとか?」

 

チャドが困惑しながら言う。

 

画面が変わり、ドルトコロニーを外部から撮影した映像になる。

コロニーの外壁に取り付けられた巨大にバーニア。

 

『全ドルトコロニーを!!地球に向けて発進させます!!』 

 

それが点火され、あの巨大なコロニーが動き出した。

 

『地球にお住まいの皆さん!!今から我々は!『コロニー落とし』を実行いたします!!』

 

コロニー落とし。

聞き慣れない単語にブリッジは静まり返る。

だが、その言葉の持つ禍々しさを本能で感じ取っていた。

 

「正気か……こいつら!?」

 

名瀬が冷や汗をかくほどの異常性。

 

「まっ、待ってよ……」

 

星熊の消えいりそうな声が聞こえる。

 

「そこには私の家族が!!」

 

童子組の結束は強い。ドルトコロニーにある童子組の支部にも、少なくない「鬼」達が生活しているのだ。

 

見ているだけで心がざわめく、この『赤い雨革命』とやらの犯行声明。

画面上の惨状をバックに延々と意味不明な口上を唱える労働者。

その背後で、クーデリアが弱々しく嘔吐していた。

 

ここでオルガ達が考えるべきは、クーデリアの事。

画面上の彼女は本物か?

もし本物だとして、何故そんな所にいる!?

 

「じゃあなにか!?お嬢さんや三日月達はドルトコロニーに瞬間移動したってのか!?」

 

ユージンがヒステリックに叫ぶ。

あり得ない!と。

 

「瞬間移動……?」

 

オルガはブルワーズとの戦闘を思い起こす。

あの時、何もない空間からブルワーズの船が飛び出してきた。

結局あれが何だったのか、アグニカに聞きそびれていたのだが……

 

「ブルワーズが瞬間移動でクーデリア達をさらっていった……?」

 

口に出してみて、その荒唐無稽さに頭が痛くなる。

 

「ありえねぇだろ!んなこと!」

 

ユージンが椅子を叩く。

皆も困惑している。

自身の理解を超えた現象に、何が正しいか分からなくなっているのだ。

 

その時、モビルスーツデッキにいるおやっさんから通信が入った。

 

「うおおおおおおああああああっ!!!オルガ!!オルガ!!!」

 

「どうした!?おやっさん!!」

 

おやっさんの取り乱した声。

これにはオルガも慌てる。

 

「そ、そ、それがよぉ……バ、バ、バエルが……」

 

「バエルが?」

 

「き…………消えちまったんだよお!!」

 

「はぁ!?」

 

バエルゼロズが消えた。

アグニカ・カイエルの乗機であり、アグニカ無しでも動くという謎の機体。

そのバエルゼロズが消えた。音もなく、一瞬で。

 

オルガの疑念は確信に変わる。

瞬間移動。

何か、自分達には想像もできない摩訶不思議な事が起こっている……!

 

「ここで大事なのは、俺たちがどう行動するかだ」

 

「兄貴……」

 

名瀬の言う通り、情報の取捨選択、行動の選択が必要だ。

 

「オルガ、お前が決めろ」

 

ドルトコロニーのクーデリアを、本物とするのかしないのか。

このままドルトコロニーに向かうのか、止まるのか、引き返すか。

皆がオルガの言葉を待つ。何が正しいか分からない時、いつだってオルガの言葉を信じてきた。

たとえオルガの選択が間違っていたとしても、彼の選択なら納得できる。彼の命令ならどこまでもついて行く。

鉄華団とはそういう集団だ。

沈黙の末、オルガは答える。

 

「止まらねえ」

 

つい先日、決めたばっかりだ。

死んでいった仲間のためにも。生きている家族のためにも。

それしか手掛かりがないのならば

 

「ドルトコロニーに向かう」

 

鉄華団は、クーデリアを助けに行く。

そして三日月やアグニカ達も探す。

 

この混乱した状況では、オルガの言葉は暗雲に射し込む光に思えた。

それほど、強い個人の言葉とは、組織にとって必要な事なのだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

暴走するドルト2。

その内部には地震のような揺れが続き、人々の心を落ち着かせない。

ただでさえ地獄のようなテロ事件の真っ最中なのだ。コロニーの住人はパニックを起こし、そこらじゅうで悲鳴や怒声が響いていた。

 

死体や燃える車両、瓦礫にまみれた大通り。

そこに倒れ伏す一人の男に、天使のような少年が近づいた。

この混乱と薄汚れたコロニーには似つかない、白い清潔な服装の少年。

彼はにこやかに地獄の大通りを歩くと、血塗れで倒れている男の首を掴み、そのまま持ち上げた。

 

ぐらぐらと支えを失った首。

頭を撃ち抜かれ、大量の血を流している。

 

労働者の女性に射殺された、クランク・ゼントだ。

 

それを見て、憎悪の天使、マステマはニッコリと笑う。

 

「いいものひーろった」

 

マステマとクランクの姿が、煙のように消えてなくなる。

そして二人の存在など初めから無かったかのように、混乱と黒煙が広がる大通りがあるだけだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

暗闇の中で、泥のように濁った意識が目覚めた。

身体の震えが止まらない。

服を着ていないのだから、寒いのは当たり前だ。

脳に負荷が掛かりすぎて体温調節が上手くできないのだろうか。

それとも血の巡りが悪くなったからだろうか。

ジュリエッタはゆっくりと起き上がる。

両手の拘束はもう無い。

背骨に力を入れて、身体を起こすだけでいいのだ。だがそれが本当に難しい。

身体の芯に力が入らない。もう、自分の身体じゃないみたいだ。

 

ぐらつきながら、なんとか上半身を起こす事に成功した。

視線の先には、青白い足が二本、台の上に拘束されている。

涙、汗、吐瀉物、糞尿でドロドロだった拘束台も、スプリンクラーからの噴き出す洪水のような洗浄液が洗い流した。

ジュリエッタの身体は綺麗なものだった。

 

両の腕が、肩口から無くなっている事を除いて。

 

「あ…………あ、ああ……あああ…………」

 

四肢を切り落とす。そう宣言したモーガンは情け容赦無くジュリエッタの腕を奪った。

足が残されているのは恩赦などではなく、ジュリエッタの体力が限界だったからだ。

今はただの小休止。

また、あの悪魔のような機械の腕が降りてくる。

 

「た……たすけ、て……ラス……さま……おじさ……ま……たす……くださ…………う、ううう」

 

細い身体を小刻みに震わせて、涙をポロポロと溢す。

強くありたいと望むジュリエッタ。彼女からモビルスーツ操縦に欠かせない腕を奪う事は、存在意義を失う事と同じだ。

魂の一部を喰い千切られたかのような喪失感。

「力」が全てであった彼女は、力を失えば脆かった。

 

味方から隔絶されるとは、敵に捕まるとはこういう事だ。

存在の全否定と完膚無きまでの破壊。

あとは敵の戦意喪失を狙った晒し者にされるか、玩具になるか。

 

「いや……いや……もういや…………ラスタル様、たすけてラスタル様……おじ様……見ないで……」

 

ラスタルの求める理想の実現。

そのための力になるために、真っ直ぐ走ってきたはずなのに。

ガタガタ震えるジュリエッタは、いつの間にかラスタルの目指す先とは逆方向に進んでしまっていた。

 

「こんなの、やだ………こんなの、私じゃない………見ないで……見ないでください!!」

 

次は足だ。長時間拘束されてジンジン痛む両脚も、もうすぐ切り裂かれ、破断される……

ジュリエッタはそれが嫌で、嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやでいやで……

 

嫌で仕方がなかった。心臓がバクバク鳴っている。思考を掻き乱す。

ああ、どうしてこうも生理反応というのは、精神と相性が悪いのだろう。

鼓動は精神の静かな水面に波紋を生むし、血の流れは組み立てた知性を濁流のように押し流す。

 

怖い。これ以上、自分が自分じゃなくなるのが怖い。

ここには尊厳なんてない。ただ効率性と狂気だけがタクトを振るう残酷な舞台。

自分は壇上で躍り、歌い、舞うのだ。

 

さあ、すぐにでも幕が上がる。

あの強烈な光が照しこみ、後半戦が始まる。

機械の腕達が陽気に揺れる。

神様の手に操られるように。

主役はジュリエッタ。監督はモーガン。

観客なんて一人もいない。

ジュリエッタは生まれる前からこの劇に出る事が決まっていて、魂ができた時からこの芝居の下稽古をこなしていたのだ。

 

そうじゃない未来もあったかもしれない。

でもそうなってしまった。そうなる運命に捕まってしまったのだ。

 

「やだ」

 

さあ!始まるぞ!!地獄の苦痛と再現無き陵辱と尊厳の欠損が!!

 

「やじゃ……やじゃやじゃやじゃ……やあああ……やぁぁぁああああぁああああ……」

 

すぐ!!すぐ始まる!!ほらあと三秒で!!手が鳴るほどで!!まばたきした頃に!!さあ!!

 

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」

 

来る!!来るよ!ほら来る!!

ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ……

 

バツン!!

 

強い光が照らされる。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 

『おはよお』

 

「ひやぁあああぁぁあああぁあああぁぁぁぁぁぁあっ!!!ひいいいいいいぃぃぃいいいいいいぃいいういいぃぃぃぢいいいいいいい!!!!」

 

『昨日は良く眠れたかな?』

 

「やべでええええええええええええええええええ!!!やだ!!やなんでず!!もおおおおおおおおやああああああああああ!!!!」

 

ついに来た。来てしまった。

両腕をいとおしそうに切り落とした狂人は、何の躊躇いもなく足を切り落とすだろう。

ジュリエッタは死ぬ。

もうおそらくジュリエッタ・ジュリスという人間には戻れない。

そんな壊され方をする。

心の拠り所であったラスタルとガランから、見向きもされなくなるのだ。

 

「あ、アリアンロッドの情報を教えます!ラスタル様の手駒も……!エリオン家の秘密も全部!ぜぇんぶ吐きますからあ!!」

 

今まで「~したい」という気持ちがジュリエッタの行動源だったのに対し、今は「~したくない」という気持ちが行動源だ。

剣になりたい、という願望が叶わなくなる。

だから、せめて脚だけは失いたくない。

まるで光を嫌い、光から逃げる蟲のように。

端麗で凛々しかったジュリエッタの顔は、それほどまでに薄汚れ、堕ちていた。

 

「なんでも!!なんでもしますから……!!も、もうやめてくださいいいいいいい!!!」

 

首に巻き付いたワイヤーが、彼女を台の上に引き倒す。

ぐべぇ、と嗚咽を漏らす彼女の口に、鉄の機器が押し込まれる。

 

『君ねえ、あんまりにもゲロが多いから、窒息死しそうだったろう』

 

「んんんん!!んぐぐぐぐぐぅぅぅぅううう!?」

 

顎を限界まで開いた状態で固定される。

 

『そこでゲロの通り道を作ってあげたよ。これなら気管が詰まる事はないだろう』

 

「んあ……あ、ああああああ…………」

 

ジュリエッタは分かっている。

これからどんなに恐ろしくて、痛くて、残酷な事が起こるのか。

そして、それからは絶対に逃げられないという事を。

 

『それでは両脚の切断を始めようか』

 

首を固定されて、もう下を見る事さえできない。

いつ、どんな風に、どんな刃物が、どんな力で、どんな角度で、どの箇所を、どんな早さで、どんな具合に切り裂くのか、全く分からないのだ。

だから、覚悟を決めるなんて、できなくて。

意識を手放すなんて、できなくて。

痛みに備えるなんて、できるはずない。

 

ただ怯える事しかできない。

 

右足の付け根にチクリとした痛みが刺さって、彼女は海老反りになって、怪獣のような悲鳴をあげた。

 

ーーーーーーーーーー

 

太平洋沿岸にて、サイ・イシューの遺体が発見された。

民間の漁師に引き上げられた所を、とある傭兵が強引に回収した。

そして裏のルートを通じて運び出された。

情報はまだどこにも漏れていないはずだ。

 

イシュー家の当主が暗殺されたことなど。

ましてその遺体が、何日も海上を漂っていた事など。

ギャラルホルンの体制に影を落とすだろう。

回収できたのが自分で良かった。

 

ラスタル・エリオンは拳を強く握り締め、そのあまりの力に皮が抉れ、血がポタリと床に落ちる。

 

溶解した熱鉄のように、ドロリとした怒り、殺意が沸き起こる。

ラスタルの表情は、かつてないほど荒んだものとなっていた。

 

「サイ先生……」

 

イジュール・クジャン

サイ・イシュー

 

ラスタルが尊敬する偉人達であり、数多くの助言をくれた恩師でもある。

その二人が、マステマによって殺された。

 

この世界がこんなにも腐っているのは、魂が輝く人物を軒並み殺す存在がいるからだ。

ラスタルはマステマを絶対に許さない。

 

サイは海中で溺れながらも、メッセージを記した竹筒を握り締めてくれていた。

希望を繋ぐために。

それを確かに受け取った。

 

もうマステマに対しての情報はある。

サイのまじないで予知した未来。

アグニカ・カイエルは本物の可能性が高いという事。しかしギャラルホルンや地球に、良くも悪くも多大な影響を及ぼす存在である。

 

そしてこの世界を蝕む存在は、マステマという厄祭の天使だという事。

こいつの本拠地が日本である可能性が高い。

突然消えた物資の行方も、おそらくは日本だ。

 

近いうち、地球に隕石墜落のような災害が訪れる。

アーブラウ領内に堕ちるとの事だが、

 

(無視する)

 

地球圏の安全は度外視する。

人民や経済圏が受けるダメージより、マステマの手掛かりを手に入れる事を優先する。

 

(ここで少数の命を救っても、マステマという病巣を取り除かねば根本的な解決には至らない)

 

そもそも人民の命など、ラスタルの支配下にあるアリアンロッドやギャラルホルンという組織の存続に比べれば、二の次三の次なのだ。

それは当然のこと。この時代なら誰だってそうだ。

ただ世間体というものは馬鹿にできないので、できる限り取り繕うが。

 

(それに何より)

 

今の自分は。

 

(マステマへの復讐以外に優先するものなどない)

 

この腐敗しきった組織、時代の中で、数少ない崇高な精神を持っていた。

サイを殺したのが、この世を腐敗と堕落に貶める元凶だったと知れば、それを討ちたいと考えるのは当然。

 

ラスタルはサイの予知した情報を完全に信用する。

サイの予知は百発百中なのだ。

 

(さしあたり、アリアンロッド艦隊の職域(私の力の及ぶ範囲)で対策可能な事案が二つ)

 

アグニカとバエルを名乗る者が所属する組織

鉄華団が地球に向かってきている。

正規ルートを外れているため断言は出来ないが、おそらくアフリカンユニオンの「ドルトコロニー」か、アーブラウの「アルマースコロニー」の近くを通るはず。

この二つのコロニーで重点的に網を張っていれば接触できるはずだ。

アグニカが本物かどうかを確かめる。これが一つ目。

 

二つ目はマステマの引き起こす隕石落とし(あるいはコロニー落とし)の対応。

だがコロニーが落ちる事も許容範囲ならば、マステマの持つ「未知のテクノロジー」を奪う事を最優先にできる。

 

そのための方法はやはり、武力だ。

力で破壊して、その残骸を回収する。

あとは研究開発班に任せればいい。

 

マステマの本拠地と目される日本への調査だが、今の所目処が立っていない。

中途半端な調査員など送り込んでも成果は見込めないし、かと言って大掛かりな調査や武力介入は大義名分がない。

まだ踏み込むべき時ではない、ということだろう。

 

ならばアリアンロッド艦隊の使い方は、各地に防衛線を敷く構えでいい。

問題視すべきなのは、マステマの未知のテクノロジーによってコロニー落としが実行され、我々がそれを阻止できなかった場合。

ギャラルホルン最大戦力であるアリアンロッド艦隊が、地球圏の最も甚大な被害を防げなかったとなれば、ギャラルホルンの権威は地に落ちる。

そして責任を取る者が求められる。

 

(生け贄が必要なのだ……)

 

コロニー落としを阻止できなかった無能は誰なのか。

槍玉にあげられ、泥を被り、全ての罪を背負って消える者。

アリアンロッドはそれを回避する。

当然だ。そんな責任など取るものか。

では誰が責任を取るかと言えば、やはり地球の最終防衛ライン、

『地球外縁軌道統制統合艦隊』だろう。

 

サイ・イシューの一人娘、カルタ・イシューが頭領の座に居る。

彼女に全ての責任を負ってもらうしかない。

『アリアンロッド艦隊は頑張ってコロニー落としを止めようとしたけど、ギャラルホルン内のスパイが邪魔して思うように動けなかった。さらにカルタ・イシューがでしゃばって独断専行した挙げ句、(アリアンロッドなら)止められたコロニー落としを許してしまう』というのがボンヤリとした筋書きだ。

 

悪い順で言えば

1位、カルタ・イシュー

2位、地球外縁軌道統制統合艦隊

3位、スパイ

4位、アリアンロッド艦隊

 

という図式。

これならどうとでも言い逃れできる。

この上、他のセブンスターズ当主へ応援要請をしておけば、さらにラスタルの負うべき責任は分散化される。

リスク回避は万全。

後は戦利品探しに精を出すのみ。

 

アグニカと、マステマ。

この二つの作戦が成功しようと失敗しようと、地球やギャラルホルンは大混乱に陥る。

ギャラルホルンの権威失墜。

責任転嫁と疑心暗鬼で内部不和が起こる。

情報の意図的な改竄。利権の独占。

ギャラルホルンは軍閥化が進むだろう。

多種多様な勢力が混ざりあったり分裂したり。

経済圏でも独立欲求が噴出する。

ギャラルホルンに頼らない独自の武力は夢だったろうから。

武力と技術の奪い合い。

武装蜂起とテロが頻発する世界。

今まで仮初めの平和が隠していた、この世界の暗部が吹き出る。

行き着く先は『経済圏同士の戦争』だろう。

下手をすればアーブラウ、SAU、アフリカンユニオン、オセアニアン連邦の四つ巴の世界戦争もあり得る。

ここまで来ればもう平和と秩序どころではない。

 

ラスタルはじわりと汗ばんでいる事を自覚する。

誰かが傷つかねばならない。

何の犠牲も無しに成果を得るなど不可能。

自分は、持ちうる力でその犠牲を「他者」が肩代わりするようにねじ曲げているだけ。

自分が身を焦がしてまで人類を救うなど、英雄譚の中でしかあり得ない。

 

世界がどうなろうと、アリアンロッドの利益を優先しつつ、人類の敵であるマステマを討つ。

 

これは正義であり、大義だ。

自分のような人間にしか務まらない!

 

(ジュリエッタ……お前がまだ生きているのなら、その瞳には……どう映るのだろうな)

 

ガンダム・アモン鹵獲作戦でMIA(作戦行動中行方不明)になった、ラスタルの懐刀、ジュリエッタ・ジュリス。

彼女の乗機である『グレイズ・ファーデン』は回収されたが、肝心のジュリエッタは帰ってこなかった。

 

今頃酷い目にあっている。

陰惨な現実から目を背ける事はしない。

ラスタルの全ての力を使って、あらゆるルートを探したが、ジュリエッタは見つけられなかった。

おそらく、マステマの手に落ちたのだろう。

 

「ジュリエッタ……」

 

情報なら、いくらでも吐いてしまえ。

それぐらい簡単に巻き返せる。

俺の悪口を言え。卑しく媚びて、嘘でもいいから笑え。

生き延びてくれ。

 

「そんな事、絶対ねぇだろう」

 

ガラン・モッサが呟くのが聞こえる。

その通りだ。ジュリエッタはそんな事はしない。耐えるだろう。

その結果、さらに苛烈な拷問を呼び込む。

 

「俺はもう、後戻りなどできんのだ」

 

色んなものを失いすぎた。

もう、取り返しがつかないのだ。

だから進み続けるしかない。

それが途中で取り零したものへの償い。

 

(俺はなんだってやるぞ……)

 

その目には狂気すら宿った決意があった。

 

ーーーーーーーーーー

 

あれから万全の準備をして作戦に挑んだ。

 

ドルトコロニーの外壁に巨大バーニアが取り付けられるのを確認し、艦隊の配置を少し変更。

アグニカの到来に備えるため、ドルトコロニーより火星側に第六から第九艦隊を配置。

第五艦隊はアリアドネラインの護衛。

第一艦隊と第三、第四艦隊でコロニー落としに備える。

 

他セブンスターズからも戦力が貸し出されている。

 

ファリド家からハーフビーク級戦艦『フェンリル』

ファリド家所有ガンダム・フレーム『ガンダム・アスモデウス』

そのパイロットにマクギリス・ファリド

 

ボードウィン家からハーフビーク級戦艦『スレイプニル』

ボードウィン家所有ガンダム、『ガンダム・キマリス』

パイロットはガエリオ・ボードウィン

その護衛部隊『ジークフリート』

 

彼らはカルタ・イシュー率いる地球外縁軌道統制統合艦隊の指揮下に入ってもらった。

こちらの指揮下で妙な動きをされては、責任の分散どころか増加してしまう。

 

 

さらにバクラザン家からシャーク級駆逐艦二隻

雪原用グレイズを急遽宇宙戦用に改良した『スノー・グレイズ』隊(雪原迷彩はそのまま)と、雑多なモビルスーツ群の混成部隊。

 

ファルク家から

輸送船と補給用モビルワーカー

アフリカンユニオンの傭兵部隊のモビルスーツ部隊

 

やる気が感じられない。

この二家は所有するハーフビーク級戦艦もガンダムフレームも出してこないし(バクラザン家は所有していないが)、余った戦力を回しただけだ。

彼らの所有する地上戦力は温存したいのだろう。本土防衛任務という建前で。

ファルク家に至ってはモビルスーツ戦力を民間に外注して送ってきた。

戦力温存というより、責任問題を考えての事だろう。

 

セブンスターズ会議では団結したような顔をしておきながら、いざという時に立ち上がらない。

まあ彼らからすれば、マステマの存在もコロニー落としの件も眉唾ものの話なのだろうが……

 

セブンスターズ四家の戦力が参入し、一気に膨れ上がった地球外縁軌道統制統合艦隊。

カルタの張り切った顔が目に浮かぶ。

 

まあ、どうせ失敗するだろうけど

 

(イシュー家の名に恥じぬよう、頑張ってくれ)

 

ラスタルは正面のモニターを見据える。

アリアンロッド第一艦隊は月のアバランチコロニーの近くに待機している。

ドルトコロニーからやや遠いが、望遠カメラで戦況は把握できている。

 

問題は、射角だ。

第一艦隊の周りには、腕がニードルガンのような武装に換装されたグレイズが50機ほど整列していた。

超遠距離から放たれる鉄の矢、ダインスレイヴ。

これに勝る兵器はない。

コロニー落としだろうがバエルだろうが、超高速の物量攻撃で有無を言わさず潰してしまえばいいのだ。

 

これは強者の持つ当然の権利。余裕。

だからドルトコロニーで労働者達の演説が始まっても、ラスタルは眉一つ動かさなかった。

ただクーデリア・藍那・バーンスタインが映像に映った事は驚いた。

鉄華団はアリアンロッドの包囲網を飛び越えて、ドルトコロニー内に潜り込んだのか。

この時点で計画の破綻が確定。だがそれでいい。

どれだけ戦況が滅茶苦茶になろうとも、マステマのテクノロジーを得られれば勝ちなのだから。

 

ドルトコロニーが地球に向けて発進。

サイの予知通り、コロニー落としが始まった。

 

先ずは第三艦隊が対応。

そして遂にカードが切られる。

『瞬間移動』『転送装置』

 

これだ。ラスタルが欲しかったのはこれなのだ。

マステマの未知のテクノロジー。

まさかワープ装置とは!!

 

「戦争の形式が変わるぞ」

 

距離と座標を押さえて天下を取ったギャラルホルンも、この物理法則無視の技術の前では、丸腰といっていい状態。

 

これでギャラルホルン支部から次々と物資が消えた現象に説明がつく。ついてしまう。

 

そして沸き出すデモン・グレイズとプルーマの群れ。

 

「本当に……モビルアーマーなのだな」

 

現代に生き残った厄祭。その殲滅は、ギャラルホルンの使命といえるものだ。

 

第三艦隊とプルーマ軍、戦闘の火蓋が切って落とされる。

第一艦隊はまだ動かない。

キマリスとグレイズ・アインの戦闘

ガンダム・アスモデウスの無双

グレイズ部隊の苦戦

進むドルトコロニー

 

まだだ。まだ動かない。

まだ何かあるはずだ。

 

傍観を続けるラスタル。

 

そして、遂に来た。それが来た。

 

「バエル……ッ!!」

 

ドルトコロニーから出てきた純白の魔王

 

ガンダム・バエル

 

「アグニカ……カイエル…………」

 

呆然とした表情のラスタルは、その場に立ち尽くす。ただただ目を見開いてその機体を見つめる。

戦場の兵士達も同じ心境なのだろう。

動くのは、バエルとグレイズ・アインのみ。

繰り広げられる激闘。

そして、決着。

バエルの怒りの拳は禍々しいグレイズ・アインを殴り飛ばし、これを撃滅。

 

「本物……か」

 

その圧倒的強さを見て、ラスタルの中の戦士の血が騒ぐ。

正義の心が叫ぶのだ。

あれはアグニカ・カイエルだ!!

 

「この私ですら心が踊る……本物だと信じてみたくなる」

 

ドルトコロニーが反転。

ドルト2のみが地球へ向けて再加速。

バエルも瞬間移動しこれを追う。

 

「確かに貴方は英雄だ。

……だがなアグニカ・カイエル」

 

バエルと謎のモビルスーツ七体が激闘を繰り広げる。

 

「我らギャラルホルンは、貴方が居ない時を生きてきた組織だ。

最早別の常識、別の時代を生きている」

 

ラスタルが右手を前に突き出す。

号令に反応するように、ダインスレイヴ隊50機のグレイズが照準を定める。

 

「一つの世界に、別の世界が混ざる事はできんのだ」

 

それは世界に拒絶されて、絶対に上手くいかない

この時代の王者と、あの時代の王者

二人は絶対に交わらない。分かり合えない。

どちらかがどちらかを滅ぼすか、屈服させるか、無視し続けるか。

 

「私はこの時代を生き、その先頭を走る者だ……

貴方とは、決別せねばならない」

 

自分はもう、後戻りなどできないのだ。

過去の伝説などに夢を見るのは許されない。

全ての過ちをゼロに戻すまではーーー

 

ラスタルは命じる。

 

「アリアンロッド艦隊総司令、ラスタル・エリオンの名において命じる!!

ダインスレイヴ隊ーーーーッ!!」

 

右手を、横に振った。

 

ーーーーーーーーーー

 

目覚めてからしばらくは、パニックになって泣き叫ぶ事しかしなかった。

 

「ない!!??ないっ!!ないよぉ!!??手がぁ!!足がないよおおおおおおおおおおおおおおお!!!?どうなってるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!??」

 

右手も左手も右足も左足も

 

「やだああああああああああああああああああ!!!戦いたい!!強くなりたい!!私はぁ!!ラスタル様のためにい!!強くなりたかったのにいいいいいい!!!なんでえ!?手が、なくなってるうううううううううううううううう!!??

どごに゛い゛っ゛ぢゃ゛っ゛だの゛お゛お゛おお゛お゛おお゛おおお゛お゛おおお゛お゛おお゛おお゛おお゛お゛お゛お!!!

がえじでえ!?ねえがえじでええええええええええ!!?」

 

ない。ないのだ。

彼女にはもう何もない

 

「う、うでぇ!!うでがばいどお!ばだじぃ!だだがえだいんでずぅぅううううううううう!!!あ、あ、ああああじ!あじがばいどぅおおおおおおお!!!ら゛ず゛だ゛る゛ざ゛ば゛の゛ど゛ご゛ろ゛に゛あ゛る゛い゛で゛い゛げ゛な゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!」

 

腕と脚の切断面が痛む。

傷口は塞がれているが、内側から滲むような痛み、疼きが止まらない。

彼女の脳はまだ、失った手足を覚えているのだ。

あるべきものがない。

喪失感と違和感に軋む精神。

彼女の脳は、失った我が子を嘆くように涙を流している。

それが痛みーーー彼女が今まで味わったどんな苦痛とも違うーーーとなって彼女を苛む。

 

全身全霊をもって暴れたつもりだったが、現実は台の上でいごいごと蠢く何かがあるだけ。

次第に台の端に移動し、滑り落ちる。

 

「おじざーーーぎゃぶん!?」

 

顔から落ちて、鼻血が滝のように出る。

これ以上の出血は危険だ。

慣れた鉄の味が、彼女の精神を辛うじて繋ぎ留めた。

 

「ごろじで………ごろじでぐだざい………」

 

あれほど逃れたいと思った台の上から滑り落ちた。

自由だ。彼女は自由。

その芋虫のような身体で床を這いずり回る。

本当に蟲のようだ。

 

『剣ーーーに、なりたいんだって?』

 

モーガンが腰を屈めて見下ろしていた。

影になっていて表情は見えないが、笑っているように思う。

 

「なりたい……なりたいんでじゅ……」

 

けどそれは、彼女に力があったから見えた夢で。

 

「でぼ……ぼうなれないんでじゅ……こんなんじゃ、なれないんでじゅぅぅぅぅ…………うえっ、うぇぇぇえぇ……」

 

『なれるよ』

 

「…………えっ?」

 

見え透いた嘘でも、今のジュリエッタには希望の光だ。

蜘蛛の糸より細い希望でも、全力でしがみつきに行くだろう。

まあ彼女にはその手足もないのだが。

 

モーガンは携帯端末を彼女に見せた。

 

『まあテレビでも見ようか』

 

是非君に見て欲しいんだ。

そう言ったモーガンは、少年が昆虫を見るような目をしていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

『おのれ!!呪われたガンダムフレーム!!卑しき悪魔の王!!バエル!!バエル!!バエルゥ!!!』

 

無機質な白い病室は、およそ人間の体温を感じさせない冷たい空間で、まるで遺体安置室のような印象を与える。

ただ光源があればいいといった風に、電灯は白く強い光を照らし、視界にいいとは言えない。

 

『一度ならず二度までも!!くそお!!クソッ!!くそおおおおおおおおおおっ!!!』

 

そんな空間に、培養液の詰まった水槽から、くぐもった呪怨のつぶやきが聞こえる。

この空間には三人の登場人物がいるが、そのどれもが「人間」とは言い辛い存在ばかりだった。

 

一人はアイン・ダルトン。

灰色の脳みそが生命維持装置「ゆりかご」の培養液中に浮かんでおり、それが彼の魂の入れ物となっている。

彼は生き延びたのだ。あのアグニカ・カイエルとバエルゼロズと本気の殺し合いを演じ、二度も生き残った。

あの時、コロニーの外壁に突き刺さり行動不能、バエルソードがコクピットを突き刺すのを見るだけだったアインを、転送装置が間一髪で救いあげた。

とはいえ肉体はほぼ全壊、意識もなくなり、魂も旅立つはずだった。

だが、彼のバエルへの憎悪が、あまりにおぞましい奇跡を引き起こした。

肉体、精神、魂。三つをギリギリのラインで現世に踏み留まらせた。

 

アインの脳みそにプラグを打ち込み、電流を感知して外部に働きかける機能が「ゆりかご」に搭載されている。

アインの言いたい事を外部スピーカーを通して、人工声帯のように音を放つ。

ざらざらしたノイズ混じりの機械声は、まさに魔道に堕ちた青年の、身を焼き尽くすような声だった。

 

実際、アインはパーツとしてもボロボロで、最新の再生医療と生命維持装置を以てしても、彼の寿命は300日を切っている。

 

『ああ、ぁあぁあああ……こんな、こんな無惨な姿に……ああ………クランク二尉ッ!!』

 

脳みそが狂おしそうに眺める先には、一台の手術台。

その上に寝かせられた一人の大男

 

二人目はクランク・ゼント。

ドルトコロニーにて労働者の女性に頭を撃たれ、死亡した。

だが彼の魂はまだ、肉体に宿り続けている。

 

『脳死状態、ってやつだ』

 

この強烈な電灯の光よりも、白い、真っ白な衣と髪の少年がいた。

瞳は血のように赤い。

無邪気な天使のような笑顔で、クランクの「寝顔」を見つめている。

 

『銃弾は頭に直撃したが、頭蓋骨の中で回転して、勢い余って外部に飛び出した。

彼にも生命維持処置は施しているが、二度と目覚める事はないだろう。ただ腐らないようにしてるだけ。それでも魂が器と認めて居座り続ける限りは、『彼は生きている』と言えるんだろうねぇ』

 

この魂も肉体派というか、脳筋なのかもね、と笑う少年。

 

三人目、憎悪の天使、マステマ。

人体インターフェイスにより受肉した機械の天使の頭脳AIで、世界を蝕む蟲でもある。

今は亡きエイハブ・バーラエナの悲願達成のために、ひたすら足掻き続ける黒幕。

 

『ともあれ、『器の試練』合格おめでとう、アイン・ダルトンくん』

 

肉体と精神の両方を破壊されても、魂がこの世に留まり続ける事。

それがアインに課された試練の内容だった。

アグニカとの戦闘によって試され、転送装置という技術に頼りながらも、こうして生き残った。

彼はマステマの眼鏡にかなったのだ。

 

『さてアイン・ダルトンくん!君は『運命』というものを信じるかな!?』

 

『運命だと!?私がこうなるもの!クランク二尉がこうなるもの運命だというのか!?ぶさけるな!!そんなものは認められない!!』

 

マステマが両手を広げる。

 

『ここに二つの運命がある!

一つは、肉体を失い脳みそだけになってしまった青年!

そしてもう一つは!脳を損傷し、肉体を操る事ができなくなった男!』

 

『    』

 

あれほどやかましかったのが嘘のように、言葉を失うアイン。

彼の脳は、ある結論に辿りついていた。

 

『この二つの運命が絡まり合った時、導き出される一つの答え、とは?』

 

『あ、あ、あ、あああああああ』

 

アインの震えるような歓喜の上擦り。

 

 

『『合体!!!!』』

 

 

機械のアームが天井から降りてきて、アインを入れたゆりかごを掴む。

そのままウィーンとおもちゃのような音をたてて、クランクが寝かされた手術台へと進む。

彼が眠る手術台の脇からも、多数の手術用アームが生えてきた。まるでひっくり返った蟲だ。

 

『あああああああ!!!クランクニィ!!クランクニィ!!クランクニィ!!クランクニィ!!

私は!!私と貴方が一つに!!

貴方の高潔な精神と!!強靭な肉体がッ!!私の意思と繋がる!!混ざり合う!!溶け合う!!完全に分かり合う!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!うれしい!!うれしい!!うれしい!!うれしい!!うれしい!!こんなにうれしいことはありません!!くらんくにいいいぃぃぃいぃいいいぃいぃぃいぃいいぃぃいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!』

 

その狂気染みた光景を、憎悪の天使はにこやかに見守っていた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

その光景をジュリエッタは見ていた。

モニターに映る「しゃべる脳みそ」と大男の死体が融合する過程を、まざまざと見せつけられた。

禍々しい手術、人間を細胞レベルで部品としか見ていない冒涜的な錬金術。

死者と死者を繋ぎ合わせて、ツギハギの半生者を作り出す。

まるでリビングデッド。

それを受け入れ、歓喜の歌を歌う脳みそと、為す術なく改造される大男。

福音を奏でる機械腕。微笑の白天使。

 

「いや……」

 

聡明なジュリエッタ・ジュリスには、この映像を見せられた意味が分かってしまった。

首をふるふると横に動かす。歯がカチカチと鳴る。

 

「いや」

 

モーガンがにっこりと笑う。

 

「君もこうなる」

 

「いやあッ!!」

 

次の瞬間、手術台の上に叩き落とされた。

 

「いやああああああああ!!!いやあああああああアアアアあアああああっ!!!」

 

ジュリエッタの背中をなぞるようにナイフが走る。

背骨にそって縦に切り裂かれ、鮮血が弾ける。

機械のアームに固定された彼女は、逃げることもできない。

彼女の悲鳴が鳴り響く中、うっとりとしたモーガンの独白がこぼれる。

 

「美しい背骨をしている。君の脊椎に巻き付けるように外部端末を取り付けていこうねぇ」

 

彼女の皮と肉を左右に分け、そこから異物を埋め込んでいく。

圏外圏で行われる阿頼耶識手術とは狂気の度合いが違う。

一応は人として活動する事を念頭にした「強化」手術ではなく、端から生体パーツとして利用する「改造」手術なのだ。

 

ジュリエッタは叫んだ。

嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!

 

身体に異物を埋め込んで、人ですらなくなって、おぞましい手術を受けて、機械仕掛けの化け物にされて、精神さえ壊れて、誇りも忠義も忘れ、ただただ気持ち悪い理解不能の狂信者達の玩具にされる!

ラスタルへの背信どころか、ギャラルホルン兵士として最も忌避すべき存在にされる。

これに比べれば四肢を切断されるなど、涼風のように心地よいものだ。

やめて!とにかくやめて!!

 

「安心したまえぇ。代々『セフィロト』の意思を継ぐ者達の頭領は、阿頼耶識手術がいかに上手いかによって選ばれるのだからなぁ」

 

ドリルのような器具を使って、彼女の背骨に外部端末を打ち込んだ。

麻酔を一切使わない過酷な手術に、部屋全体を揺らすような悲鳴をあげる。

絹を裂くような甲高い声も、モーガンは恍惚とした表情で聞き入る。

 

「ああ、麻酔がないから、君も退屈だろう。ジャズでも聞くかね?」

 

他者の痛みへの共感性の欠如。

モーガンは麻酔をしない事によるデメリットを、痛苦や凌辱ではなく、手持ちぶさたによる欠伸だと判断したらしい。

 

「それとも私の研究成果でよければ、モニターで流そう。なあに、喋りながらでも手元は狂わんさ。今後のスケジュールの説明も兼ねている。神経の接続が終わったら、次は内臓と眼球の刷新、皮膚を剥いで捨てよう。呼吸や食事なんて難儀なだけだろう。さっぱりすると思う。体内が安定したら、いよいよ義手と義足の取り付けに入る。昔の手足よりずっと聞き分けのいい子だぞ。希望があれば間接や神経を増やしたり、腕の数を増やしたっていい」

 

ラスタル様。

 

「最近の成功例だと……彼だ。カイト・アヤワスカ。腕を四本、眼球を十二個に増やして、情報処理能力を……」

 

おじさま。

 

「君がここに来る理由にもなった男だね。なかなか因果なものだ。お互い完全に強化した後、また雌雄を決するもの悪くないと思うぞ?」

 

ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様ラスタル様

 

 

ラララ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

バエルソードとビームシールドが激しくぶつかり合う。

 

「おおおおおおおおおおっ!!!」

 

怒号を上げ、攻めの手を緩めないアグニカ。

ビームシールドをぶち破り、ガンダム・ラウムの腕に斬激を叩き込む。

装甲にめり込み、フレームにも傷が入った。右腕はもう使い物になるまい。

 

『ア………………カ………』

 

「………?」

 

バエルゼロズのコクピットに、相手の機体からの音声が伝わってきた。

接触通信か。そう思った時、言い様の無い不吉さを感じ取る。

血の気が引く、とはこの事だ。

なにか、何か分からないが、とても恐ろしい事が、目の前で起きている。

この感じはーーーー憎悪だ。

憎悪と狂気だ。

 

『グニ………カァ………………』

 

「なんだ………?」

 

魂の存在を隠し通せる技術があるのなら、それはモビルスーツの隠蔽だけに使われるのではない。

例えば、最小限の魂の単位である、人間、などにも使えるのだ。

 

これを使えば、このモビルスーツに誰が乗っているかを隠す事ができる。

 

『ソウルハイド』という特殊な機器、テクノロジーを使えば。

 

『ァァァァ………………』

 

「これは………まさか」

 

ソウルハイドの効果が、ローブを脱ぐようにゆっくりと、ゆっくりと消えていく。

そして、中に隠されていたものが露になる。

 

そこにあったのは。

 

『ア グ ニ ガァァァァ………』

 

「       」

 

脳みそだ。

液体に浸けられた、半分腐ったようなドロドロブヨブヨした脳髄があった。

だが、内に宿る意思は、魂は………

 

見覚えがある。

 

「お    おま え」

 

アグニカは限界まで目を見開いている。

見間違えるはずがない。だってこいつは………

 

「ヴェ ノ ム………」

 

300年前の信頼できる部下

セブンスターズの英雄

エリオン家の始祖

たとえ星屑と消えようと共にあると誓い合った、仲間。

 

ヴェノム・エリオンが、そこにいた。

 

「ヴェノム………お前………」

 

アグニカの瞳が限界まで開かれる。

何の救いもない現実。

 

「捕まったのか」

 

吐瀉物

アグニカが連想したのはそれだ。

その強靭な意思と力で抵抗したのだろう。捕まった後も、なんとか脱出する方策を探したのだろう。

だが度重なる拷問と、無限に続くかのような時間は、その魂の輝きを搾り尽くし、渇かし、濁らせた。

肉体は見当たらない。培養液に浸けられた脳髄はブヨブヨにふやけ、膨張している。

煙のように押し寄せる魂の波長から、この300年という長い時間、いかにもがき苦しみ、少しずつ身体を抉られ、皮の一枚一枚を剥ぐように丹念に丁寧に苦しめられた事が伝わってくる。

 

それが元々人間だったなど、誰にも分かるものか。名残も痕跡もありはしない。

アグニカで無ければ、誰がこんな気持ち悪いゲル状の物体を、『世界を救った英雄』だと認識できる?

 

何より驚くのは、ヴェノムがまだ生きているという事。

それが何より残酷で、無慈悲で、狂っていて、気持ち悪くて

 

アグニカの心を苛む。かき混ぜる。

 

ヴェノムの肉体に魂はある。

だが知性があるとは思えない。

あるのは単純な幾つかの感情だけ。

 

苦痛への反応と、救いへの渇望を、焦点があっていないのか全包囲へ撒き散らしていたヴェノムだったが、

アグニカがヴェノムに気付いたように、ヴェノムもアグニカに気付いたのだろう。

 

言語にする事も叶わない呻き声と共に、その魂を、アグニカに、伸ばす。

 

アグニカは極限まで高められた感受性で、その憎念と苦痛に触れた。

剥き出しの神経に、劇薬を垂らすように。

ピタリと、触れる。

 

『あ、あああぁぁぁぁぁぁあああああアアアアアアアアアアアアアアググググググニガガガガガガガガガガガガガガガガああああああああああああたすけてたすけて痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいくるじぃぎゅるじぃぐぎゅるじじじじぃぃぃぃぃぃぃいいいぃぃぃいいああああああっあああっあっあああいやだいやだいやだいやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだもうやだこんなどごやだだじでだじでだじでだずげではやくあぐにかはやくだずげでどうしてたすけてはやくだずげできてくれないのたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてあああああああああああああああああああじねじねじねじねごろじてもういいごろじてはやくらくにじであぐにかはやくぎでごろじてあぐにかじねあぐにかどうじでじんじゃっだのあぐにかがががががががいやだいやだいやだいやだごんなのもうやだどげるもえるちぎれるもうやだごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいさがらっでごめんなざいいぎででごめんなざいじにまずっもうじにまずがらごろじでぐだざいおねがいじばずあぐにかはやぐぎであぐにかだすげっであぐにかごめんなざいてんししゃんごごごごごっじでごごごごごごおおおおおおおっおおおおおおおおでんじっ!じねっ!がみじゃまっ!じねっ!にんげんじねっ!じねじねみんなじねじねじねじねじねじねじねじねじねあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっああああああああああああ殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してアグ………』

 

 

直に送られてくる、凄まじい怨念。

300年。300年だ。

それだけの間、捕まえられて、ずっと、ずっとずっとずっとずっと………

 

苦 し め ら れ て い た ん だ。

 

余りにも濃い憎念と感情の靄が、アグニカに浴びせかけられる。

今まで感じた事もない、魂の死臭。

苦痛と絶望に染まった魂の波長。そのエネルギー!!

 

「うっ     ぶっ!!」

 

アグニカは込み上げる吐き気に口を押さえた。

 

吐くな!!!!

 

自分が吠える。

 

(吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな)

 

許さない。今吐いたら許さない。

 

それは、ヴェノムの味わった苦しみを、ほんの一部分だけを感じて、心が折れてしまったという事。

敗北したという事だ。

そんな事は絶対に許さない。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

口を押さえたまま、血走った目で前を見る。

他の6体のガンダムも、ゆっくりと焦らすように、その魂のベールを脱ぎ捨てる。

まさか。まさかまさかまさかまさか。

 

 

ガトリング砲のガンダム・デカラビアには

 

「アビド……」

 

アビド・クジャンがドロドロになって。

 

 

伸縮自在の日本刀、ガンダム・バラムには

 

「ナギサ……」

 

ナギサ・イシューがグチャグチャになって。

 

 

雷を操るガンダム・フュルフュールには

 

「モーゼス………」

 

モーゼス・ファルクがベチョベチョになって。

 

 

腐敗の弓矢、ガンダム・レラジェには

 

「ジョンドゥ………」

 

ジョンドゥ・バクラザンがネバネバになって。

 

 

加速装置と太陽槍のガンダム・アミーには

 

「ロジャー………」

 

ロジャー・ボードウィンがブヨブヨになって。

 

 

狼の顎を持つガンダム・マルコシアスには

 

「イシュタル……」

 

イシュタル・ファリドがビチャビチャになって。

 

セブンスターズの始祖達が、変わり果てた姿で現れた。

皆が皆、ドロドロの、グチャグチャになった腐りかけの脳ミソの姿にされ、今も尚苦しめられている。

培養液の中で精神を保ち、魂を繋ぎ止められている。

どす黒い紫煙を漂わせ、苦痛と絶望を腐臭のように撒き散らす。

 

アグニカの視界がグニャリと歪む。

 

300年前、アグニカがこの世界から消えた後、セブンスターズ達は、

あのマステマとかいう気持ち悪い天使に捕まったのだ。

それからずっと、エイハブ・リアクターにされるために拷問されていた。

肉体など脳ミソ以外無くなって、魂の入れ物だけが残り、苦痛のシグナルだけが弾ける水槽の中に入れられて。

 

あの輝かしい黄金の魂を持っていた彼らを、吐瀉物のようになるまで苦しめ、辱しめ、貶めていた。

 

アグニカの内側から、途方もない怒りが沸き出す。

義憤ではない。憎しみ、後悔、慚愧。

目の前の光景を拒絶したい気持ち。

どうしようもない現実への破壊衝動。

 

何もしてやれなかった自分への、無力感。

 

禍々しい感情が黒い渦のように巻き起こる。

 

「ああ……あ……あああああ………」

 

身体を曲げ、頭を抱える。

青い瞳から光は完全に消え、ウェーブのかかった黒髪はざわざわと逆立つ。

身体からほとばしる負のオーラは、常人には直視できないほど禍々しい。

 

何よりアグニカの心を切り裂くのは、彼らが、アグニカを見て希望を抱いた事だ。

 

ーーー死ねる。やっと死ねる。

 

ーーーアグニカに殺してもらえる!!

 

彼らが生き長らえてきたのはこの日のため。

アグニカに殺してもらう事だけを支え(希望)に、耐え抜いてきたのだ。

 

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

 

喉から漏れるのは枯れ果てた心。

思い出と現実が擦れ合って、不快な異音を鳴らす。

殺してやりたい。

自分を。

こんなにも無力で無責任な自分を。

 

□□□□□□□□

 

アグニカはぼんやりと通路を歩いていた。

 

(葬式……)

 

あの膨大な死者を出した厄祭戦。

そりゃあ葬式なんて幾度となく経験した。

そして、死者には墓が作られる。

 

「墓参り……か」

 

戦いで死んだ仲間達も、時の流れで死んだ部下達も。

 

ここがアグニカの居た世界の延長線上ならば、彼らの墓があるはずなのだ。

 

そこで、彼らの魂を弔う事が出来るだろうか。

 

死んでも死にきらなかった自分が。

 

あの七人の部下達と再び会える日を、心のどこかで待ちわびるのだった。

 

□□□□□□□□

 

(馬 鹿 が ッ!!!!)

 

なに  を  甘っっっちょろい事を考えている!!!!!

 

一度死んだくらいで死にやがって!!!

300年も後に生まれ変わりやがって!!

こんな、何もかも終わって腐りきったような時におめおめと顔を出しやがって!!!

天使が一度死んだくらいで死ぬはずがないだろう!!

再び動き出す前に!!見つけ出して殺すのが!!俺の!!俺の唯一の存在意義だったはずだろう!!

なのになんで!!なんで俺は!!!

なんて!!中途半端で!!間抜けな!!!

 

俺が死んだせいで

 

生きる理由を果たせなかったせいで、あいつらはあんな姿にされてしまった………

 

「が………あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………………」

 

アグニカと直結しているバエルゼロズには変化が顕著だった。

処理しきれない激情に苦しむように、フレームはメキメキと軋み、ボディは震える。

内側から爆発する寸前のように、不気味な動きをしている。

赤いカメラアイから稲妻のような光が溢れ出す。

リミッター解除時の赤い閃光ではない。

黒い、真っ黒な光が滝のように流れる。

まるで血のような、鉄の混ざりきった赤。

鉄血の涙を流す蒼銀の魔王。

 

アグニカの表情はもう

 

人間のそれではなかった。

 

 

 

 

 

ラスタルは命じた。

 

「放て」

 

 

 

 

予備動作なく、魔王が飛んだ。

 

「ア゛アア゛アア゛アアアアア゛アアア゛ア゛アア゛アアア゛アア゛アア゛アアアア゛ア゛アアア゛アア゛アアアア゛アア゛アア゛アア゛アアア゛アアア゛アア゛アアアアアア゛アアア゛アアア゛ア゛アアアアアア゛アア゛アアアアア゛アア゛アアア゛アアア゛アアア゛アアアアアア゛アアアアアアア゛゛アアアアア゛アアア゛アアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアア゛アアアア゛アア゛アアア゛アアアアアア゛アアア゛アアア゛アアア゛アア゛アア゛アアア゛アアアア゛アアアアア゛アアアアア゛アアア゛!!!!!!!!!!!」

 

この世の終わりのような断末魔と共に、

アグニカ・カイエルとバエルゼロズは

 

剣を振り上げた。

 




やあみんな!元気だったかな!?(好青年風)
今日も今日とて丹念に作り上げた地獄の鉄血絶望愉悦劇場、楽しんでもらえたかな!?(太陽のような笑顔)

今回もくっっそ長いので前後編に分割。

唐突ですが、私の中の『憎悪』のイメージは『蟲』です。
他者の抱く感情など、完全に理解する事は不可能。
それも、誰かを傷つけたりするのは特に自覚がないもの。
にも関わらず、憎悪というのは知らぬ所で育っていく。
悪口を言った方は覚えていないけど、言われた方は覚えている、というやつですね。

自分は全く知らない間に、他者の心に『憎悪』は生まれ、育まれ、増加していく。

まるで路地裏で生まれ、育ち、増えていく『蟲』のようではありませんか?

生理的に拒否してしまいそうですが、それはまぎれもなく、自分達の習性を突き詰めたもの。

自分は何もしていないのに状況だけが悪くなっている。
最早手遅れまで進んだ存在が顔に飛び付いてくる嫌悪感。

今回は第二章(憎悪)を代表するストーリーに仕上がったと満足しております。
アグニカを絶望のドン底に突き落として絶叫させるという新しい試みが、この章の原点回帰に繋がったっていうのホント好き。

私がこう言うのもナンですが、アグニカ別に悪くないんですよ。
ラスボスであるルシファーと相討ちまで持っていったんだから、主人公としてはある意味最高の終わり方だと言えます。
だが悲しいかな、この物語は厄祭戦のアグニカではなく、厄祭戦後のアグニカを描く物語。
バエルゼロズの物語なのです。

なら救いがなくて当然だよね!!
むしろドンドン苦しんでのたうち回ってくれたまえアグニカ!!

という訳で今回のまとめ行ってみよう!!



厄祭戦時代の初代セブンスターズ会議!
会議場はオルフェンズ本編でお馴染みの空間。
この時代は腐敗とか政治抗争とかはないので、仲間内の和やかさが垣間見える雰囲気でいい感じ。
席順は本編で語られた通り七星勲章の数で決められているようです。

セブンスターズ各当主のルーツを勝手に想像すると、

エリオン家 アメリカ
肉おじ→肉→アメリカ?という安直な連想。
あとはあのガタイの良さと強気っぷり。
エリオンの本家がアメリカにあるとすれば、SAUに根強い影響力を持つとか面白そうです。
本編二期のアーブラウとSAUの戦争も、SAU政府への手回しは万全だったのかもしれません。
そしてアーブラウ側にはガランを送り込む。
これなら戦局を自由に操る事も可能。
おお!策士っぽい!

ファリド家 アラビア
全く根拠のない個人的な予想なのですが、イズナリオ様の顔が、なんかアラビア人の白いふわっとした服装とスカーフが凄く似合うように見えまして、イズナリオ様=アラビアの石油王という謎のイメージが定着してしまいました。
なのでファリド家は石油王で金を湯水のように使う一族ということでオナシャス!

ボードウィン家 オランダ
ボードウィンで検索したらオランダの人が出てきたので採用してしまう。
ガエリオはヨーロッパ系だと思っていたのでオランダでいいかと適当な理由。

ファルク家 ドイツ
バエルをゲットしたマクギリスが「地上戦力を全部よこせオラ」と言った時の「いーーーッ!?」みたいな顔が、なんか神経質な感じがしまして、神経質といえばドイツかな?という偏見で決定。
ドイツって言ったらドイツの科学は世界一ィィィーーーッ!!とかカリスマのあるデブくらいしか知りませんが、まあ大丈夫でしょう。

バクラザン家 中国
白い細長い髭というのが中国の仙人とか武将を連想させたのでチャイニーズに。


クジャン家 アフリカ?
肌の黒さや髪型がアフリカっぽい。
なんか紙幣よりダイヤモンドとかを通貨にしてそうな国出身っぽい。
けどイオク反省部屋は和風だったよな……どういうことなの……

イシュー家 日本
麿眉で一世を風靡したカルタ様。これはもう日本で決まりでしょう。
薩摩島津人とか日本の頭おかしい奴等を纏めあげた真の女傑。
貴方こそラスト・サムライ。
鉄血世界に和風が散見されるのは、セブンスターズで最も戦果をあげたイシュー家にあやかって(というか生き残ったのがイシュー家に属する者達だっから)広まったと考えると中々面白いですよね。


アグニカとセブンスターズの関係ですが、本作では割りと良好、というイメージです。
普段はアグニカの鬼畜っぷりに戦々恐々としながらも、いざ戦場に立てば共に戦う仲間。
前半での和気あいあいとした雰囲気が、後の悲劇との落差になって一度で二度美味しい効果を期待して書きました。
バエルゼロズ第二話でチラッと書いたシーンを膨らませた形です。
この時は皆お互いの事を名字で呼んでますが、まだ作者が名前を考えてない時期だったからね!仕方ないね!

各当主の名前ですが、

イシュタル・ファリド
イズナリオ様→ホモ→性欲が強い→ファリド家絶倫家系→性に奔放な神様の名前(なるべく汚くないやつ)→イシュタル

ロジャー・ボードウィン
「ロジャー」はゲルマン語で「槍の名手」を意味するそうで、こいつにピッタリかなーと思って採用しました。
この世の全てをそこに置いてきた!ではない。
でも年齢を重ねれば声は似た感じになりそう。

ナギサ・イシュー
僕はカヲル。渚カヲル。ではない
日本人の名前でかっこ良さと清涼感と語呂の良さを探った結果採用。

ヴェノム・エリオン
家紋のヨルムンガンドから、蛇に関係する名前にしようと考え、「蛇の毒」を意味するヴェノムと名付けました。
かっこいい名前とは裏腹に隠れヘタレ。

アビド・クジャン
アフリカの言葉でアビドは「サーヴァント」を意味するらしく、気にいったので採用しちゃいました。
アビドがやられたようだな……
奴はセブンスターズの中で最弱の存在……
プルーマにやられるなどセブンスターズの恥さらしよ!!

ジョンドゥ・バクラザン
原作のネモ・バクラザンのネモとは、海底二万里に登場する潜水艦ノーチラス号の船長の名で、ラテン語で「誰でもない」を意味するそうな。
なので初代バクラザン当主も「名前の無い死体」を意味すジョン・ドゥから取りました。
バクラザン家はセブンスターズの中で私有艦が一番多い家紋という事にしましょう。

モーゼス・ファルク
ドイツ人男性の名前から。特に捻りはない。草バエルwww


そして時間は現代へ。
グレイズ・アインをワンパンKOしたアグニカ、次なる怒りの矛先はデモン・グレイズ。
対艦戦闘に特化した重火器仕様のデモン・グレイズが、高機動飛翔型バエルゼロズを捉えられるはずもなく(というかモビルアーマーは文明滅ぼす用の武装がメインなので、モビルスーツ相手だと的が小さいのかも)次々と撃破。

そして颯爽と現れる現世のアグニ会の伝導者、マクギリス・ファリド。
もうマクギリス・ファリドってフルネームが既に面白い。
火星の畑、火星軌道上、歳星、そしてドルトコロニーで四度目の邂逅。
特に今回はアグニカと肩を並べて戦うという夢のようなシチュエーションに、脳内麻薬がドバドバ出ています。
目がギラギラしてて怖い。
そのうち阿頼耶識手術もしてないのに鼻血出しそう。

アリアンロッド第三艦隊、サイファ艦長もポカンとしていましたが、この光景はかなり心を揺さぶった模様。
アグニカとバエルが本物か否か、アリアンロッド内でも意見が割れそう。
これがラスタルの求心力を揺るがす結果に繋がらなければいいけど……

ドルト1、3、4、5、6は反転して第三艦隊に突っ込んでくる。
この回避のためにワタワタしてドルト2を逃してしまう。
さらに加速するドルト2に、単身で瞬間移動して追撃するアグニカ。

今思い付いた全く意味の無い妄想
(本編とは辻褄が合わない描写があります)

ドルト1「くそっ!前に出すぎた!この身体(コロニー)、宇宙戦のデータが少なすぎて(当たり前だよなぁ)、セッティングが……ぐぅ!!」(グレイズによる銃撃で武器を破壊される)

ドルト1「だからって…………引けっかよぉ!!」(近接武器を展開)

アリアンロッド艦隊に突っ込むドルト1。
グレイズ一体を倒すも、もう一体のグレイズの接近を許し、相討ちとなり致命傷を喰らう。

ドルト1「うっ……ぶぼぉ!」(吐血)

ドルト2「ドルト1?……ドルト1!?」(異変に気付くドルト2)

ドルト1(まだ……まだ、だ……俺は、決めたんだ…………(手を振るナボナさん達の幻影)
ナボナさんの代わりになるって…………ドルト2に追い付くって……なのに、こんなところで…………)

歯茎剥き出しのドルト1

ドルト1「終゛わ゛れ゛ね゛ぇ゛!!!」

迫り来るミサイル攻撃。
絶望の表情のドルト1。
しかしそこにドルト2が割り込み、ミサイル攻撃を全弾受けきる。
そしてアリアンロッド艦隊を叩き潰す。

ドルト2「ドルト1!?」

ドルト1(ハハ、くそっ……やっぱかっけぇなぁ……)

フッと笑い脱力するドルト1

ドルト1「ドルト2さん……」(かすれたような声)

ドルト2「!」(その声で致命傷だと察する)

ドルト1「いって、ください……ここは、俺の持ち場です。いつか……ぜってぇ追い付くんで……止まん、ないで…………先に行って……」

ドルト2「……分かった。ここはお前に任す」

ドルト1「!」

ドルト2「頼んだぞ。ドルト1」(前を向きなおす)

ドルト1「    」(救われたような笑み)

ドルト2「俺はもう、止まらないから」(キュピーン)



ドルト6「ちっくしょう!ナボナのやつ!こんな面倒な仕事押し付けやがって!
昔っからそうだ!いつもリーダー面しやがって!!
……ぜってぇ見返してやるって、思ってたのによぉ……」(どうやってだよ)

ドルト6「仕方ねえから最後の命令!きっちり果たして!あの世であいつに、文句の一つでも言ってやろうぜ!!」

ドルト3、4、5「「「おう!!」」」


ドルト2「ぜっったいに辿り着く。ナボナの目指した……場所へ」


歳星、アーレス「「ドルト2……」」


いまはーしんじーたみーちをーただすーすめー♪

そしてドルト2のバーニアを破壊しようとしたバエルゼロズの前に、立ち塞がる黒い影!悪の刺客!

その正体はなんとガンダム!!

ボロ布を被ったガンダムとかエクシア・リペアかよと思うかもしれませんが、この時代は基本的に過去の遺物を修復して使っているので、共通点は多々ありますね。

さてここでドバッと出てきたガンダム・フレーム。作者すらこんがらがりそうなので簡単に纏めを。

ASW-G-40『ガンダム・ラウム』
ボロ布を纏った姿で登場。転送装置で突如としてバエルゼロズの前に現れ、バエルソードを腕で止めるという鮮烈なデビューを果たす。

ソロモン72柱の悪魔ラウムは鴉の姿で現れるとされているので、ボディのカラーは鴉の羽を思わせる黒。そして黄色。

ボロ布、身体を覆うビームシールド、ビーム弾グミ撃ちなど、モデルはロックマンエグゼシリーズの「フォルテ」だったりしますね。
そしてビームシールドは「ロゥゥゥゥ、アイアス!」のイメージ。

バエルゼロズ「解せねえな。ビームを使うガンダムなんて」

ラウム「作品によってはあるでしょう(というか使わない僕らの方が異色作なのでして……)」

この世界の「ビームは直線にドバーッと飛んでいく」という定説を打ち破った武装であり、よりモビルスーツの武装や関節部を狙うために改良された兵器。


そしてまさかの二体目!

ASW-G-69『ガンダム・デカラビア』

デカラビアは五芒星の姿で現れるヒトデみたいな悪魔。
ヒトデならオレンジかな?と思い機体のカラーもオレンジに。

武装はツインリアクターの電力を速射能力に回した超高火力ガトリング砲。
ガトリング砲の問題といえばその重量による持ち運び辛さと取り回し難さですが、デカラビアは両肩にフレキシブル・スラスター・バインダーを装備しているので、強引に高機動を会得。
重装備高機動というガンダムの理想系と化した存在。

速射性が高いと弾薬の消費量がハンパない事になりますが、マステマの開発したテクノロジー、転送装置によって、弾薬を次から次へと瞬時に補充できるというチートっぷり。
さらに過熱により駄目になる銃身も即座に取り換える事ができるので、最早整備要らずのチートオブチート砲台。
こいつが後方支援してくれるだけで、グレイズ一体だけで夜明けの地平線団と戦う事になっても怖くない安心感ある。

流石のバエルゼロズも近づかなくては苦しい。

一気に勝負を決めにきたバエルゼロズに、三体目の刺客!


ASW-G-51 『ガンダム・バラム』

日本刀ガンダムを出したかったので、機体の色は銀色。

武器は鞭のようにしなる日本刀『膝丸』。
ハシュマルのテールブレードは先端に刃がついてましたが、この武装はペラペラに薄い日本刀という感じ。
なので切れ味と予測不能の動きが強みではありますが、扱いがとんでもなく難しい上に刀身の当て方を間違えれば即折れるというピーキーな武器。
モデルは職業・殺し屋。の蜘蛛の糸。

シールドなどの障害物の前で進路変更し、装甲の隙間を突き刺す「ピンポイント攻撃」にぴったり。

ぶっちゃけバルバトスのような鈍器系の武装だと相性が悪いので、手首を切り落とされて戦闘不能にされそう。
バエルソードならなんとか弾き落とせるレベル。

バラムも『膝丸』を使っている時は強いですが、射出する瞬間と刀を納める瞬間に隙ができるので、それを釣りに透明の刀『零閃』で攻撃する裏戦法も。


そして宇宙空間に稲妻!サンダーボルト!

四体目の刺客は電撃使い!
このジャズが聞こえた時が、お前の最後だ!!

ASW-G-34『ガンダム・フュルフュール』

モンハンやってる人なら一発で分かるフルフル。
機体もフルフルカラーでブヨブヨした白色。

さらにバックパックに導雷針をバサーッと広げた歪な姿。
これ折れたりしないかな?体当たりに弱そう。

武装は北欧神話の雷の神、『トール』が使っていた伝説のハンマー『ミュルニル』

トールが着けていた鉄の手袋『ヤールングレイプル』
巻いたものの力を二倍にするという腰帯『メギンギョルズ』

フュルフュールはエイハブ・リアクターから電気を生み出す特殊な装置が内蔵されており、その電気を利用したレールガン、電撃を纏ってモビルアーマーにぶつかる「ゼロスパーク」(ボルテッカーとか言わない)、回路を焼き切る高圧電流など、機械の天使の天敵ともいえる存在だった。
鉄血版ピカチュウ。

メタな話、ナノラミネートアーマーって電撃も防げるの?と考えた結果、フレームに直接触れられなければセーフ、という設定にしました。
モビルアーマーといえどもフレームが剥き出しの部分はあるので、そこに手が届けば一撃で倒す事も可能。

特殊武装でメモリが埋まっているので、通常兵器やスラスターなどの装備が手薄というのが弱点。フュルフュール単体で戦場に出すのはちと不安。
レールガンやら最新の武装満載なのでコストが高い上に融通が効かない。
(もしモビルアーマーに捕まって武装が盗まれたらどうすんのと当時の人達は怯えていた)

宇宙空間に雷とか鉄血本編ではなくサンダーボルトの世界ですが、まあ設定に近いものがあるし多少被っててもいいよね!

ちなみにこいつも近寄ってはこないけど近づいて倒すには面倒くさいという、敵側からすればウザイにも程があるやつ。
ラウム、デカラビア、バラムとウザイ系ガンダムが集結。


そこに五体目の刺客!

槍とか剣はあるのに弓は登場しなかった鉄血!そこに斬り込む!

腕自体がクロスボウになっているロマン機体

ASW-G-14 『ガンダム・レラジェ』

ソロモン72柱のレラジェはバルバトスを師に持つとされる。
この設定から、バルバトスの汎用性の高さを取り入れつつ、遠距離、近距離もバランス良く戦えるオールラウンダーな機体に仕上げられる。

というのもシングルナンバーのガンダム(バエルからパイモンまで)が頭おかしい性能と武装とコンセプトばっかりだったので、ナンバー10代からはもうちょっと落ち着いた機体を作ろうぜ、と製作陣が考えたからである。

武装は超特殊な細菌兵器を塗りつけた矢、『フレームイーター』
それを一度に最大10本撃てる『オティヌスの弩』

デンマーク王家の祖、グラームの子「ハディング」は、オティヌス(オーディン)に深く愛され、何度も命を救われる。
ハディングが他国と戦争となればオティヌスが加勢し、一度に十本の矢が撃てる弩で援護した。
見た目は貧弱そうなクロスボウであったが、その見た目からは想像もできない強大な威力で敵を葬ったとされる。

『弓兵』という事で機体カラーは赤にしようかと思いましたが、赤と相性がいい緑にしました。
別に全て倒してしまっても構わんのだろう?とか死亡フラグを張ったり、格好いいのか格好よくないのか分からない決めポーズを取ったりする予定。
ならロー・アイアスはレラジェに使わせろよという突っ込みは無しでオナシャス

万能型ですが武装的には遠距離スナイパーに当たる。
やはりレールガンとかスナイパーは敵のギリギリまで近づいて

「この距離なら……外さない!!」

みたいなシチュエーションは一度やりたい。
でもこいつら喋らないし多分無理でしょう。お蔵入り決定。

こいつもバエルゼロズには近付かない。
どんだけアグニカに近付きたくねーんだよwww

しかしそこで初めて、アグニカに近接戦闘を挑む猛者が!

ASW-G-58『ガンダム・アミー』

藍色のキマリスっぽい曲線美な機体。

両足フレームがスキーボードと合体したような特殊設計で、宇宙戦は勿論、雪上戦、海上戦などにも特化した、加速装置とホバー装置を合わせたような素敵装備。
鉄血本編ではあんまり変形機構なかったですよね。
プラモデル化する時に再現が難しいからでしょうか。

『オッレルスの骨』は呪文が刻まれた骨でできたスケート。オッレルスが使ったとされる。

武装は四大天使『ウリエル』の主兵装『ブリューナク』
ぶっとい槍の先端にビーム砲が内蔵されており、モビルスーツを串刺しにした上に零距離で高エネルギーであるビームを放射するという鬼畜仕様。
槍の物理的破壊力も尋常ではなく、なにかしらダメージを受ける上に、
そこまで近距離で打ち込まれたらビームの熱でパイロットやフレームが駄目になるというモビルスーツ殺しの代名詞。

『ブリューナク』はケルト神話の『太陽神ルー』が所持していた伝説の宝具(宝具って言っちゃったよ)であり最強の破壊槍。
この槍は矛先が五つに分かれ、そこから凄まじい破壊力を持つ光線(ゴジラかな?)が発射される。
その事から「長い手のルー」と呼ばれた。
鉄血世界は海に関係した設定が多くあるので、海洋神に育てられたルーちゃんの武器があってもいいよね!と思ったので投入しちゃいました。
まあガンダム・フレーム5体破壊した化け物武装だけどね!

この超機動と超破壊力で特攻してくるアミー。キマリスを彷彿とさせます。
アミーはモビルスーツの脚パーツをもっと有効活用できないかと考えた結果、「モビルスーツの重点をコクピットではなく脚にする」という逆転の発想から作られたコンセプトで、見た目かなりバランスが悪い。
人の形をしていたキマリスとは違い、かなり飛行機っぽい。
「『オッレルスボーン』に対応できる凄い性能のいいフレームないの!?」という意見にガンダム・フレームが加わったという経緯。

アミーは槍と生首を持った男性の姿で現れるそうで、キマリスとも共通点はありますね。

七体目の刺客は狼がコンセプト。

ASW-G-35 『ガンダム・マルコシアス』

武装は『群狼の腕』という伸びるギザギザ歯のついた延長フレーム。
まあ要するにガンダム・ヴァサーゴのようなゲテモノガンダム。
指の握力だけで装甲を引きちぎるという花山薫のようなガンダム。

モビルアーマーの装甲を千切っては回収し千切っては回収し、母艦の戦利品コーナーのスペースを圧迫した駄犬ガンダム。
しかし修復不可能な千切られ方をするのでモビルアーマーとしては装甲ごと換装せねばならず、それすら不可能なら上から追加装甲を無理矢理被せるか、そのまま出撃するしかないので機体バランスや防御力に不安が残る。
敵からすれば本当にうざいガンダム。
一期の00世界なら歓迎されたかもしれない

何故こんなガンダムを考えたかと言えばバルバトスがハシュマルの装甲をひっぺがしてたシーンが最高にかっこよかったから。

コイツはただ敵の装甲を引きちぎるだけの人生だった。
七星勲章受賞数ゼロ。

ユーゴーとかを配下に従えてアームをガチャガチャ言わせていたのかもしれない。

意外と手先が器用で腕も長いので、ビッグガンのような巨大兵装を操る場合は活躍できるかも。
あとはもうサテライトランチャーでも持ってこないと七星勲章は無理だぞお前

さてさて登場した敵は
ラウム、デカラビア、バラム、フュルーフュール、レラジェ、アミー、マルコシアス。
存在しないはずのガンダムが立ち塞がります。

『ソウルハイド』

魂の存在を隠匿する装置。

魂がエネルギー体である事は、300年前のマステマやセフィロトしか知らない事実のため、鉄血本編では言及無し。
エイハブ・ウェーブを一時的に隠す技術はありますが、これは稼働中のエイハブ・リアクターや人間の魂すら隠してしまう技術。
この存在を知らなかったとはいえ、アグニカの魂感知能力からもガンダムや人間を隠し通せたので、とんでもないテクノロジーと言えます。

火星でアグニカが他のガンダムを感知できなかったもの『ソウルハイド』のせい。

たとえガンダムであろうと、立ち塞がる者は容赦しないと殺意をみなぎらせるアグニカ。
そこでコクピット内のソウルハイドが解除され、パイロットの姿が明らかに。

それは300年前の部下、セブンスターズの始祖達であった。

アグニカの死後、マステマに捕まった七人は拷問を受け、300年経った今も解放されず、変わり果てた姿になっています。

今回の『捕まった』というタイトル回収ポイント。

他の作者様の作品でも、セブンスターズの始祖達は傑物、伝説の英雄であったと描かれる事が多い七人。
私は思ったのです。
ならばそこを穢そう、と。

アグニカとセブンスターズの始祖達の、最悪の形の再会を描こうと!!

その腐敗した魂の死臭に触れ、吐き気を催すアグニカの苦悶の表情!!
口を押さえるアグニカ!
吐く事を許さない理性との戦い!
情報過多にパニックを起こす脳内!
自責の念!

どれもこれも最高の愉悦ッ!!!

流石に吐くまではいかなかったものの、作中最高の愉悦シーンである事は間違いありません。
特にヴェノムの魂の断末魔と、それを一身に浴びたアグニカの苦悩!絶望!発狂!!
このシーンを書けただけで本話は満足です(ほっこり笑顔)

前回でマステマやユミルを倒すべき敵と認識したアグニカでしたが、その操り人形として改造されたかつての仲間も殺さなければならない事に、この宇宙に響き渡るような怒号をあげます。

いやーホント、愉悦ッッッッ!!!!

はたして七星の英雄とガンダム相手に、七対一で勝てるのか!?
アグニカは彼らを殺す事ができるのか!?

さあ盛り上がってまいりましたコロニー落とし!!

ガンダムとパイロットをまとめておくと、

ビームシールド 『ラウム』
『ヴェノム・エリオン』

ガトリング砲 『デカラビア』
『アビド・クジャン』

伸縮自在の日本刀 『バラム』
『ナギサ・イシュー』

雷を操る 『フュルフュール』
『モーゼス・ファルク』

腐敗の弓矢 『レラジェ』
『ジョンドゥ・バクラザン』

スキーボードと太陽槍 『アミー』
『ロジャー・ボードウィン』

狼の顎 『マルコシアス』
『イシュタル・ファリド』


そうそうたる面々ですね。
やっぱり四天王とか七本槍とかは、全員が黒い影で登場して一言ずつだけ喋るシーンも格好いいです。
大抵の場合一人ずつ来るのですが、このヨフカシの作品にそういったセオリーは通用しなかった模様。
というか一体出すなら全部いっちゃおう!という流しそうめんのような気前の良さでアグニカにゲボを吐かす(支離滅裂な発言、思想)

後編の血深泥の愛憎混じった殺し合いが今から楽しみです。
アグニカがどんどん人間やめてく感じがとてもグッドテイスト。

そして場面は移り、イサリビ船内へ。
三日月失踪という原作ではありそうでなかった展開に、アトラの精神バランスが崩壊、パニックをおこしかけます。
……愉悦ッ!!

女性陣の部屋のロックを外せる参謀権限の乱用ビスケット、
二期の過労っぷりが既に表れ始めた不眠症オルガなど、いい具合にバエルゼロズの世界観に馴染み出した鉄華団よいぞよいぞー。

三日月、クーデリア、フミタン、クランク、アグニカの順に連絡が取れない事が判明。混乱するオルガ達。
この騒ぎの中で不安に押し潰されそうになるアトラの、その小さな背中が余計小さく見えるのホント好き。
腕輪をすがるように握り締めるのホント大好き。
お腹に赤ちゃんいたら流産の危険すらあるレベルのストレスホント愛してる魂が求める愉悦!!

転送装置の存在など知らぬ鉄華団のメンバー。
彼らがドルトコロニーの映像を見た時の困惑はいかほどか。

そこでオルガが下した結論は

『ドルトコロニーに向かう』

かなり思いきった選択ですね。
まあオルガの性格なら直接行って確かめるという手段かなーと予想してみたり。

という訳でイサリビは原作通りドルトコロニーに向かいます。
まあドルトコロニーが残ってる補償はないんですが(笑)

多分コロニー落とし騒動には間に合わないので関わり無し。
これ三日月達とオルガ達の合流はいつになるのやら……


そして『捕まった』のはセブンスターズ始祖達だけではない。

ジュリエッタ・ジュリスが全裸で拘束されているという薄い本のような展開。
夕方5時ではちょっと厳しいシーン。
だがそんなものは本話の序章のようなもの。

退魔忍アサギと東京喰種の拷問を交互に受けても声一つあげなかったジュリエッタまじ高潔。

そこに『セフィロト』の意思を継ぐ老人
モーガン・アクティズムさん登場。

原作でいうグレイズ・アインを作った人であり、ギャラルホルンの最暗部で阿頼耶識など非人道的な実験を繰り返してきた生体パーツ専門の研究家であり、その道の権威。
バエルゼロズ作中でもアインを改造、外伝のカイト・アヤワスカを改造した張本人であり、マステマとは気が合う。マクギリスとも顔馴染み(原作でマクギリスの阿頼耶識手術を受け持ったのもモーガンという設定)という悪にどっぷり浸かったラスボスの側近的な立ち位置。
倒すべき世界の歪み筆頭。

彼による淡々としたジュリエッタへの拷問(モーガンは拷問とは思っていない節がある)は『四肢の切断』

モビルスーツ操縦技術を買われたジュリエッタにとって、手足は自身の存在理由のようなもの。
文字通り泣き叫んで懇願しますが、全く聞き入れて貰えず、作者自身もドン引きするような拷問オペシーンが始まる。

四肢切断や麻酔無し手術は原作にもあった要素というのが驚き。
これを書いていて思ったのですが、『鉄血のオルフェンズ』は『オルフェンズ』の話なのであって、「この世界の歪み」の話ではないんですね。

この世界はこんなに歪んでるけど、そこに逞しく生きる少年兵達の物語……
今更になって理解しました。

というか麻酔無しに脊髄に異物埋め込むとかヤバすぎるでしょ(ドン引き)
それがまかり通る圏外圏どんだけ荒れてんの……


原作の可愛らしさや女戦士の誇りを欠片も感じさせない陰惨な拷問シーン。
身体を失うごとに精神に変調をきたし、徐々に壊れていくジュリエッタは書いてて本当に楽しかったです。

恥もへったくれもなく許しを乞うシーン、ラスタルの情報を吐くとまで言ったシーン、口に器具を突っ込まれてゲボ吐き放題になったシーン。
どれも原作からは考えられない状況ですが、これこそ二次創作の無限の可能性が為し遂げた奇跡!!
作者がやりたい事をやったらこうなった。
だが私は謝らない(ウソダドンドコドーン)


達磨になった彼女が見せられたのは、原作通り脳みそだけになったアインと、原作通り撃たれて死亡(脳死状態)になったクランクの合体♂シーン。

二期では台詞無しでしたが本作では脳みそ状態になっても発言可能(会話可能とは言っていない)
内田雄馬さんの熱演が引き続き聞ける。

ヴィダール仮面がそうだったように、脳死状態のクランクの脳機能を代用するパーツとして、彼の身体に「寄生」する形での合体となった。
狂ったようなアインの叫び声は、子供が聞いたら一生もののトラウマになって性格が歪むレベル。

これを見て即座に「自分もこうなる」と理解したジュリエッタの心情は如何なものだったのか……(恍惚の笑み)

最終的にラスタルの名前を呼び続けるだけになってしまったジュリエッタ。
四肢切断が幼虫なら、この状態はサナギのようなもの。
成虫として羽ばたく時が楽しみですね!!!


さてさて視点はそのラスタルへ。
なんとガラン・モッサの手によってサイ・イシューの遺体を回収しており、彼の残した予言を知る事に成功。

・アグニカは本物っぽい
・敵はマステマ
・近々コロニー落としがおこる
・マステマの本拠地は日本

これらの情報を元に、自身の手で『蟲』の掃討を決意する。
そのためには敵のテクノロジー(転送装置など)を奪わねば話にならない。

サイやイジュールといった尊敬できる人物を殺された事から、原作以上に「目的のためならどんな手段も厭わない」「正義のためならどれだけ犠牲を出しても構わない」という傾向が強くなった。
修羅ラスタルとでも呼びましょうか。

そのためアリアンロッドの運用方法を「コロニー落としは阻止できなくてもいいから、敵のテクノロジーを奪う」ことに主眼を置くことに。

ガンダムシリーズでコロニー落としを軽視する組織とかもうガンダムじゃねえよ消えろと思われるかもしれませんが、この世界観の乱世っぷりと、そこまで非情にならないと勝てない相手と覚悟を決めるラスタル、という構図なのです。

そもそもマステマ主催のコロニー落としという、ギャラルホルンの総力をあげて対処すべき問題も、マステマの存在を知らない者達やサイの予言を信じない者達を味方にするには無理があり、各当主家からの戦力借り上げも微妙。

マクギリスがノリノリのファリド家、真面目で正義感の強いボードウィン家は結構な戦力を融通してくれましたが、バクラザン家、ファルク家は所有戦力全体からすれば本当に雀の涙ぐらいしか送ってこない。
この辺は原作通りといった感じ。

なのでラスタルが半分諦めモードに入るのも無理はないというもの。

将来的にギャラルホルンの権威が失墜し、世界が大混乱になる事が分かっていながら、それでもマステマが野放しになるよりはいいという英断を下す。

そして自身が生き残るための手段としてアリアンロッドの軍閥化を考えており、今後権力闘争にさらに力を入れていきそうです。
その第一歩として、今回のコロニー落としの失敗(失敗する事前提)をカルタ・イシューに押し付ける算段を立てる。

イシュー家とは対立するしカルタを擁護するイズナリオ様と敵対するしファリド家と最近仲がいいボードウィン家とも気まずくなるけど、エリオン家とアリアンロッドが力を失うよりはマシと考えた様子。

まあガルスさんとは密約交わしてるので敵対までは行かないと踏んだのかな?
しかし正義感が強いガルスに、民間人の犠牲ガン無視作戦がバレたら関係破綻しそう。
かなーり綱渡りですが、ラスタル様の胆力で乗り切って欲しい。

今後はラスタル様の心労が半端ではなくなるので、二期のオルガのような、一人で抱え込むラスタル様が見られると思います。
それがアリアンロッドサイドの愉悦ポイントになりそう。

そして本物のバエルゼロズを目の当たりにし、心を揺さぶられるラスタル。
しかしアグニカを本物と認めたからこそ、そのアグニカと決別しなければ前に進めないという覚悟を見せる。
誰だこの主人公は……

というかセブンスターズの面々はアグニカやマステマに関わると主人公度が爆上がりする現象あるけどなんなの?

まあやっぱり英雄の血を引いてるから、極限状態に追い詰められると覚醒するという事なのかな?

この調子ならカルタ様覚醒も近い。
これはかなり楽しみ。

そして対マステマ用に準備していた、肉おじ御用達ダインスレイヴ部隊。

絶叫を上げながら飛翔するアグニカと始祖セブンスターズ達に一斉射撃。

次回はダインスレイヴが雨のように飛び交う中、地獄のような戦いを繰り広げるアグニカが見えるよ!やったね皆!


まとめ終了!
いやー今回も長くなってしまいましたが、どのシーンも書いてて楽しかったので悔いはないです。
話も大分進んだ気がする。

二章の中でも特に陰惨な描写が多々ありましたが、これもバエルゼロズの持ち味!
コトコト煮込んで味が染みてきた程よい塩梅!
後編もフルスロットルで駆け抜ける所存ですので、どうかお付き合いいただければと思います。

それではまた次回お会いしましょう!
おさらばです!

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