【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。この主人公ほんとうに頭おかしいの?


第五話 へいおん

 

 あの時、僕の出した提案は意外とあっさり受け入れられた。てっきり反対されるものだと思っていたがそうでもなかったので拍子抜けした。彼女達も今のままでは駄目だと考えていたのだろうか。もしかしたらるーちゃんの安全を強調したのがよかったのかもしれない。

 

 戦う際は恵飛須沢君と一緒にという条件であったが、彼女達の了承を得られたのは大きい成果だ。これで堂々とゾンビを殺す大義名分が得られた。仮に了承が得られなかったとして殺すつもりでいたが、その場合いつ後ろからシャベルで殴られるかわかったものじゃない。世論の支持を得るのはいつの時代の戦争においても非常に重要な意味を持つのだ。

 

 そのような経緯があり僕と恵飛須沢君は二階にいた。あの日からすでに3日が経過していた。

 

「秀樹、来たぞ!三体だ。あたしにやらせてくれ!」

 

 そう言って彼女はリカーブボウを構え腰の矢筒から矢を抜き取り番え、弓を引き絞る。そして十分に狙いを定めた後矢を放った。

 

 風切り音と共にアルミ製の矢が放たれる。一瞬の隙に矢はゾンビの額に吸い込まれるように突き刺さった。矢に射抜かれたゾンビは糸の切れた人形のように床に倒れる。

 

「ナイスショット!」

 

「茶化さないでくれ!」

 

 恵飛須沢君は既に二射目の矢を番えていた。構え、狙い、放つ。一連の動作はとても素人とは思えない程に洗練されていた。射抜かれたゾンビがもう一匹増える。

 

「よし!最後だ。当たってくれ!」

 

 三射目を放つ。放たれた矢はゾンビに命中した。だがしかし、射抜いたのはゾンビの下顎であった。これでは奴らは殺せない。

 

「しまった!?すまん、カバーしてくれ!」

 

「あいよ。まったく人使いのあらいお嬢さんだこと」

 

 僕はバールを構えゾンビに近づく。少し歩くとバールの射程圏内に入った。僕はゾンビの膝裏にバールを引っかけ思い切り引っ張る。足腰の弱いゾンビはそれだけで仰向けに倒れてしまう。

 

「どっこいしょっと!」

 

 そして倒れたゾンビの頭めがけバールを振り下ろす。

 

「フンッ!」

 

バールを伝い骨と肉が砕ける感触が手に伝わる。奴はこれで二度と迷惑をかけることはなくなった。

 

「よし、これで今日のところはこんなもんか。さっきはごめんな外しちまってさ」

 

 どうやら自分から任せろと言ったのに外したのが気になっているようだ。

 

「なに、気にすることはないよ君。素人であれだけできるなんてはっきり言って才能があると思うよ僕は。ていうか僕より巧いんじゃないの?」

 

 矢を引き抜き手に取る。放った三本中最後の一本は顎の骨に当たって折れ曲がってしまったようだ。フムン、これはもう使えんな。

 

「そ、そうか?巡ヶ丘のウィリアム・テルと呼ばれるのも時間の問題かもな。でもこれ本当に貰っていいのか?苦労して集めたんだろ?」

 

「君、それを言うならロビン・フッドじゃないのかね?ウィリアム・テルはクロスボウの名手だよ。それについては君にあげるよ。僕が使うよりも巧いしな。ああ、本当に巧いとも」

 

 そう、彼女には弓の才能があった。僕がやっとのことで25mで当てられるようになったのに彼女は僅か3日で30mもの距離を当てるようになったのだ。僕が必死に練習した時間はいったいなんだったのだろうか。

 

「どうした?あっ、もしかして妬いてんのか~」

 

 そうやって子憎たらしい笑みを浮かべる。絵になっているのが非常に複雑な気分だ。

 

「ゾンビは焼くが君には妬いていないよ。まあ、それとしてこの調子でいけばもうあと2、3日で二階の制圧は終わるんじゃないかね」

 

「今、露骨に話そらしたなおい。でも、そうだな。そうなるとまたバリケードつくらなきゃな、あれ疲れるんだよな~」

 

 昔のことを思い出したのか表情を歪めている。たしかに、あの高さまで机を積み上げるのは女性にとっては、さぞ重労働だったのだろう。でも、必要なことだ。

 

「だが、ここでの安全を確保する以上必要なことだよ。子供もいることだしね。でも、僕にもっといい案がある。一階の階段にある防火扉を使えばいんだよ」

 

 僕は彼女に秘策を打ち明けた。

 

「ああ、あのでかい扉のことか。たしかに鉄製でみるからに頑丈そうだが、でもどうやって塞ぐんだ?」

 

「その点については心配しないでくれたまえ恵比寿沢君。鉄で作られているからね溶接してしまえばいいのだよ」

 

「溶接!?お前、溶接なんてできるのか!?」

 

 溶接と言う凡そ高校生には縁のない言葉に恵飛須沢君は驚いた。僕もあんな事件が起きる前は溶接なんて一生することもないと考えていた。人生どうなるかわからないものである。

 

「ああ、以前何度かやったよ。機材はホームセンターか鉄工所に行けば置いてあるから問題ない。ただ電源はこの学校の設備じゃ少し厳しいからどこかの車のバッテリーを抜き取ってやれば問題ないだろう」

 

「秀樹、お前すげーな、なんかすっげー逞しいっていうか。てか胡桃でいいよ。あたしだって名前で呼んでるだろ」

 

 他愛のない雑談を交えながら僕たちは制圧の完了した地点にワイヤー付きの防犯ベルを仕掛ける。こうすることでどこまでやったのか目安になるし万が一奴らがやってきてもすぐにわかるのだ。

 

「君、同い年の女性を名前で呼ぶことのハードルがどれだけ高いのか理解しているのかい?それは無理と言うものだよ」

 

「変なやつ。由紀のことは名前で呼んでるのに」

 

「まあ、あれは正直いって同い年にはとてもじゃないが思えないからね。このご時世であんなに純粋な子がいるなんて驚きだよ」

 

「クス、確かに、でも由紀が聞いたらきっと怒りそうだな。あたしのことも普通に呼べばいいのに。あ、そうだ言い忘れてた」

 

 そう言って彼女は僕に向き直った。今までのおちゃらけたのとは違い真剣な顔つきであった。彼女は静かに口を開いた。

 

「色々、ありがとな。それとごめん。あたし今まであんたのこと誤解してた」

 

 誤解?どういうことだろうか。

 

「ありがとうってのはここに来てくれたってことと、りーさんのこと。りーさんってさあんな感じで元気そうに見えても意外とため込んでたみたいでさ。でも、あんたが瑠璃を助けて再会させてくれたことで憑き物が落ちたみたいになってな。まあ、その分うっかりが増えたみたいだけど」

 

 なにか見覚えのあるシチュエーションだ。そうだ、初めて学園生活部と接触した夜のことだ。

 

「僕は、前にもいったけどね。それはただの偶然だよ。僕が善意でやったと思っているのならそれは勘違いだよ「なら、勘違いさせてくれよ」なんだって?」

 

 そう言って彼女は僕の胸を小突く。いきなりなんだ。

 

「まったく、人の礼くらい素直にうけとれよな。お前ほんと、捻くれてるな」

 

 どうやら僕の屁理屈は彼女には通用しなかったらしい。夕陽が僕たちを優しく照らす。

 

「ふむん。わかったその件に関してはどういたしましてと言おう。それは置いておいて誤解とは何だね。僕がイカれたシリアルキラーにでも見えていたのかい?」

 

 シリアルをゾンビに替えればあら不思議。自己紹介文の完成だ。これで面接もばっちりだな!

 

「あー、なんだ。一人で外行ったと思ったらあんな大量の武器を持ってきたりあいつらの倒し方がやけにうまいからさ。なんかヤバイ奴だと思ってたんだよ。でもあたしの勘違いだった。だからごめんってこと」

 

 ヤバイ奴。何一つ間違っちゃいないのが悔しい。

 

「由紀や瑠璃にすごい優しいだろ?瑠璃に聞いたけどあたしたちに会うまであの子の面倒みてくれたんだってな。瑠璃すげーうれしそうだったぜ。由紀のことだって文句ひとつ言わずに話合わせてくれるしさ。あんなの普通戸惑うだろ」

 

 僕への勘違いがとんでもない方向に向かっているようだ。冗談抜きで僕が正義の味方に見えているのかもしれない。流石にそれはないと思いたいが。僕の目の前にいる恵比寿沢君はどこか恥ずかしそうに頬を掻くと僕に手を差し出してきた。

 

「だから、ごめんってこととこれからよろしくってことで握手だ」

 

 まったく、学園生活部の連中はお人よししかいないのか。まあ、少しの間かもしれないが彼女達と交流を深めるのも悪くないのかもな。

 

「ああ、これからよろしく頼むよ。胡桃君」

 

「──?ああ!よろしくな」

 

 僕たちはそう言って握手を交わした。僕は酷い奴だ。ここまで信頼を向けてくれた彼女達を裏切ろうとしているなんて。

 

 でも、僕は立ち止まるわけにはいかない。たとえ石を投げつけられようともこの歩みを止めるわけにはいかないのだ。それが、それだけが僕に残された唯一の道なのだから。 

 

 

 

 

そんなやり取りとした後、僕と恵比寿沢君改め胡桃君は二階制圧計画の進捗状況を報告するために職員室に来ていた。

 

「めぐねえ、今帰ったぞー」

 

「もう、めぐねえじゃなくて佐倉先生でしょ?それでどのくらい進んだの?」

 

 もはや口癖となったそれをいいつつ佐倉先生は僕たちに報告を仰いだ。

 

「二階の制圧にかんしてですが、ようやっと半分終わったと言ったところでしょうね。恐らくこの調子で進めばあと2、3日で制圧は完了するでしょう。ですがそれからバリケードを設置するとなるともっと必要かと思われます」

 

「そう、わかりました。でも、二人とも決して無茶はしないでね?危ないと思ったらすぐに逃げるのよ」

 

「わかってるよ、めぐねえ。じゃあ、あたしシャワー浴びてくる。あとの報告はよろしくな!」

 

 わざとらしい敬礼をした後彼女は職員室から去っていった。職員室に僕たちが取り残される。

 

「もう!めぐねえじゃなくて……ってもう行ってしまったわ。たしかまだ報告があるのよね」

 

 僕は一階防火扉の溶接計画を伝えた。先生は初めこそ驚いたものの次第にその安全性を理解していった。

 

「そうね……。本田君の言うことが本当にできるのなら。今までより格段に安全になるわね。わかりました。許可します。でも、車はどうするの?」

 

「一応僕が乗ってきたバンがありますが、個人的には先生の車を取ってきたいですね。理由としては貴重な移動手段ですので早いうちに手元に置いておきたいんです。でもまあ、先のことですのでおいおい考えましょう」

 

 僕の言葉に先生は納得した様子でうなずいた。でも、これは嘘だ。貴重な移動手段ってのは間違っちゃいないが本当の目的は僕がいなくなったあとのためだ。僕が出て行ってしまえば彼女達は車を取りに危険を冒さねばならない。だからなるべく早く車を手に入れる必要があるのだ。

 

「そうよね、今は目の前の目標に集中しましょう。でも、なにかあったらすぐに相談するのよ」

 

「わかってますよ先生。ではまた」

 

 僕は職員室を後にし廊下を何も考えずに徘徊する。さて暇だ。屋上にでも行こうかな。僕がそんな下らないことを考えていると音楽室からピアノの音が聞こえてくる。

 

 音が外れまくってテンポも滅茶苦茶だがかろうじて曲は判別することができた。これはバッハのG線上のアリアか。でもいったい誰が?僕の疑問は直ぐに解決した。

 

「あぁ~、もう、全然ひけないよ~」

 

 この声は由紀君だ。僕は音楽室をこっそり覗き込んだ。相変わらず血塗れの音楽室。ポツンとおかれたグランドピアノに彼女が座っていた。惨劇のことなど知らないとでも言わんばかりに彼女はどこまでも普通だった。

 

「えっと……ここがこうでこうしてー。はぁ~、やっぱりだめだよ。わたし才能ないのかな?」

 

 そんな異常な空間でもピアノだけは綺麗な輝きを放っている。なんの難しい話でもない僕が掃除したのだ。

 

「何をしているんだい。由紀君」

 

「うわっ!ひーくん?もしかして今の見てた?」

 

 彼女は心底驚いたと言わんばかりに飛び上がった。

 

「人を見るなりうわとは失礼な人だね君。たしかに僕は君が慣れないピアノに悪戦苦闘している一部始終を見たとも。でも、なんでまたピアノなんか弾こうと?君は別に吹奏部に入っていたわけでもないだろうに」

 

「え、えへへ、めぐねえからひーくんがピアノ弾けるってきいたから真似してみたくなっちゃって。でも全然だめだめだったよ」

 

 心なしか残念そうだ。

 

「ふむ、でも僕がきいた限りじゃあ、そこまで筋は悪くないと思うけどね。そうだ。ここはひとつ君にレクチャーしてあげよう」

 

 彼女のすぐ後ろに立つ。

 

「ほんとー!?教えてくれるの?」

 

彼女は嬉しそうにはにかんだ。この異常の中でここまで純粋な笑みを見たのはこれが初めてかもしれない。きっとこの笑顔に彼女達は救われてきたのだろう。

 

「見たところ鍵盤のどこでどの音が出るのかは知っているようだからね。まずは失敗してもいいから通しで弾いてみなさい。僕がリズムを取ってあげるからそれに合わせて」

 

「ら、らじゃー!」

 

 由紀君はおそるおそる弾き始めた。一般的に知られているG線上のアリアはドイツのバッハが作曲した管弦組曲第三番ニ長調の第二曲、アリアをバイオリニストのウィルヘルミがピアノ伴奏つきのバイオリン独奏のために編曲したものだ。

 

 曲名であるG線上というのはバイオリンの4本あるうちの最低音の弦であるG線のみで演奏できることに由来する。初心者にも弾きやすい曲と言えるであろう。

 

 彼女はところどころ音を外しながらも最後まで弾くことができたのであった。

 

「むー、やっぱりだめだなー」

 

「誰しも初めはそんなものだよ。でも、僕は君が思うほどひどいとは思わないけどね。ふむ、僕がコードを演奏するからもう一度弾いてみようか。じゃあちょっと横失礼」

 

「わわ!ひ、ひーくん近いよ」

 

 僕が弾くためには必然的に近づかなくてはならない。少し強引だったか?まあ、どうでもいい。

 

「さあ、僕に合わせて弾きたまえ。3、2、1」

 

「ちょ、ちょっとまってー」

 

 口ではそういっても彼女は僕に合わせてちゃんと弾いてくれた。彼女の演奏ははっきり言って上手くはないがそれでも楽しかった。

 

 終わってしまった世界に優しい音色が響く。やがて曲は終わり僕は彼女から距離を取った。

 

「なんだ。口で言うわりには普通に弾けるじゃないか」

 

「そう?でもひーくんってほんとにピアノうまいんだね!」

 

「なに、昔、少し憧れてね。幸い家にはピアノがあったから一人で教本を買って練習したもんさ。結局、ある程度までしか上達しなくてやめてしまったけどね。我ながら時間の無駄だったよ思うよ」

 

 そう、あれは昔、僕がまだ小学生だったころだ。たまたま、買い物に行ったモールでピアノのコンサートがあって僕はその演奏に聞き惚れた。そして自分もあんな風に演奏したいと少ない小遣いをやりくりして教本を買って練習した。でも結局、ぜんぜん上達せずにそのうち飽きてやめてしまったのだ。本当に時間の無駄だったと我ながら思う。

 

「無駄なんかじゃないよ!」

 

 突然、大声を上げた彼女に僕は少し驚いてしまった。無駄なんかじゃない?

 

「無駄なんかじゃないよ。ひーくんと一緒にピアノ弾いたの楽しかったよ。だから、きっと無駄じゃないと思うの」

 

 彼女の目はどこまでも本気だった。本心からそう言ってるのだろう。無駄じゃない、か。そんなことを言われたのは初めてだ。親にだって時間の無駄だと言われたのにな。

 

「そうか……。無駄じゃない、か。ふむ、たしかに無駄じゃあ、なかったのかもな。そうかそうか、無駄じゃないか。由紀君」

 

「えっ?」

 

 僕は彼女の頭をゆっくりと撫でる。本当に同い年には見えないな。中学生と言われたほうがまだ信用できる。

 

「わ、ひーくんいきなり撫でないでよぉ」

 

 撫でたせいで帽子がずれてしまったのか。少し悪いことをしたようだ。きっと彼女はこうして無自覚にいろんな人を救ってきたのだろう。きっと学園生活部が異常の中で正常でいられるのも彼女のお蔭なのだ。

 

「あ、そうだ。これ渡し忘れてた。はい!」

 

 由紀君は背負ったリュックから一枚の用紙を僕に手渡す。なんだこれは。入部届?

 

「由紀君、これはいったい?」

 

 由紀君はいいことを思いついたと言わんばかりの勝ち誇った顔で僕に言う。

 

「学園生活部の入部届だよ!さっきめぐねえに貰って来たの。だから、ひーくんも一緒に部活しようよ!」

 

 彼女の申し出は100%純粋混じり気のない善意からくるものなのであろう。だからこそ、僕は彼女の申し出を受けるわけにはいかなかった。

 

「ちなみにるーちゃんはもう入部したよ。るーちゃんは小学生だからほんとは入れないけどめぐねえが特別に許可してくれたの。すごいでしょ?だからひーくんも一緒に思い出作ろうよ!」

 

 由紀君は僕に手を差し伸べる。彼女の誘いは僕にとってとても甘美なものに思えた。きっとこの手を取れば明るく楽しい毎日がまっているのだろう。この地獄の中でも笑うことができるのだろう。

 

 でも、だからこそ、だからこそ僕は彼女の差し伸べた手を取るわけにはいかない。彼女達はこの地獄の中ですっかり薄汚れてしまった僕には眩しすぎる。復讐に取りつかれた負け犬と希望の見えぬ世界で夢を見続ける彼女達とではいる世界が違う。

 

 きっと汚れた僕は彼女達を汚してしまう。どこまでも狂ってしまった僕はどこまでも狂っていくしかないのだ。

 

「その、申し出は受けるわけにはいかない。気持ちはとても嬉しいんだけどね」

 

 だから僕は断る。

 

「えぇーそんなー絶対楽しいのに」

 

「もう部活には入っているんだ。それが結構いそがしくてね、だからすまんね」

 

「じゃあ……しょーがないか。ちなみにひーくんはなんの部活に入っているの?」

 

 しまった。部活の名前を何も考えていなかった。そうだ、これにしよう。

 

「僕が入っている部活かい?そうだね、ゾンビ対策研究部に入っている」

 

 我ながら適当すぎる名前だな。どうせならゾンビ大虐殺部のほうがいいんじゃなかったか?

 

「なに、その部活!?聞いたことないんだけど!」

 

「そりゃ、そうだろ。何せ今名付けたからな。よくわかったな、君。えらいぞ」

 

「えへへーどうもどうも「君、褒めてないぞ」にゃ、にゃにおー!謝罪をよーきゅーするよ!」

 

 そうだ。それでいい。君はそうやって笑っていればいいんだ。こんな地獄の中で笑っていられるのは本当に貴重なのだから。

 

「でも、残念だなー。絶対楽しいのに。いつでも学園生活部に入りたくなったらいうんだよ。学園生活部は常に新入部員を募集してるんだから」

 

「おーい、シャワー空いたぞー」

 

 胡桃君が音楽室に入ってきた。どうやら風呂上りらしい。髪が濡れている。

 

「って、由紀と一緒にいたのか。珍しい組み合わせだな」

 

「くるみちゃん!きいて、きいて!わたしひーくんにさっきピアノ教えてもらったんだよ。ねえ、凄いでしょ!」

 

 ピアノという単語を聞いた胡桃君はしばらく面食らったあといきなり噴き出した。そしてしばらく腹を抑えて笑ったのち僕に向き直った。

 

「お、お前がピ、ピアノってないわー。に、似合わねー、似合わなすぎるだろ。お、面白すぎる!」

 

 彼女は僕がピアノを弾く姿を想像するのが心底ツボに入った様だ。まったく失礼な娘だなおい。

 

「似合わないとは失礼だな。この怪人シャベル娘め」

 

「誰が怪人シャベル娘だ―!」

 

「く、くるみちゃんが怒ったー。りーさん!」

 

 音楽室が急に騒がしくなる。何というカオスであろうか。やがて騒ぎを聞きつけたのか若狭姉妹と佐倉先生も音楽室に集まってきた。

 

「あらあら、いったいどうしたのかしら」

 

「あわわ、え、恵比寿沢さん?」

 

「おじさん……。なにしてるの」

 

 もう何が何やら、結局怒り心頭の胡桃君を落ち着かせるのにかなりの時間がかかってしまった。決め手となったのは若狭君の暗黒微笑だったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ピアノを教えてもらったのね」

 

「そうだよ、りーさん。ひーくんって凄いんだよ!ひーくんに教えてもらうまでぜんぜん弾けなかったのにひーくんが来てからすぐに弾けたんだ」

 

 夕食を食べ終えた僕たちは各自飲み物を飲みながら一家団欒ならぬ一部団欒の時を過ごしていた。由紀君は身振り手振りで若狭君に僕の凄さを伝えようとしていた。僕そんなに教えていないんだがな。

 

「うふふ、よかったわね。由紀ちゃん。あっ、そうだ。いいこと思いついたわ」

 

 そういって若狭君はいきなり僕のほうを向いた。なんだびっくりするじゃないか。

 

「む、なんだね若狭君」

 

「秀樹君ってピアノが上手なのよね?だったら今から演奏会を開かない?」

 

 突然の提案だった。寝耳に水である。

 

「りーさん、ナイスアイデア!」

 

「あたしもさんせー!」

 

「るーちゃんもおじさんのピアノ聞きたい」

 

「私も本田君の演奏ちゃんときいてみたいかも」

 

 もはや断る空気ではない。僕は皆に連れられ仕方なく音楽室に向かった。ここに来てから尻にしかれてばかりな気がするがきっと気のせいだと思いたい。

 

「初めに断っておくが僕は決して上手ではないからね。そこはちゃんと留意しておくんだよ」

 

 音楽室には椅子とテーブルが設置されその上には飲み物とお菓子が置いてある。本当に演奏会のつもりらしい。

 

 さて、何を弾くかな。僕は弾くべき曲を考えながら何とはなしに窓を見てみた。そうか、今日満月か。ならこれにしよう。

 

 僕の様子の変化を察知した皆が静まり返る。やはり恥ずかしいな。人前で演奏するなんて初めてじゃないか?

 

 軽く深呼吸する。オーケーこれで準備万端だ。僕はゆっくりと鍵盤を叩く。曲はベートーベン作曲のピアノソナタ第十四番「月光」だ。

 

「すげえ……」

 

 誰かの呟きが聞こえた。僕はそれに構うことなく鍵盤を叩き続ける。見られているという羞恥心を紛らわすため自分の世界に没頭する。

 

 

 

 

 

 小さい頃の僕の夢。それは今、この瞬間に叶った。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?今回の話は書いていて一番面白かったです。ではまた次の話まで

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