【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、死ぬかと思った。


閑話 チョコレート

 明るい太陽が照らす教室の中で大小二つのシャープペンシルの音が響く。小さい音は僕のペンの音で大きい音は胡桃の出すペンの音である。視界の先には四百字詰めの原稿用紙が僕がペンを動かすのを今か今かと待っている。視界を胡桃に合わせる。

 

「うがああああああ!」

 

 あ、壊れた。頭を両手で押さえまるでこの世の終わりのように唸る。アニメならきっと頭から煙が立ち上っていることだろう。

 

「全っ然、思いつかねえ!」

 

 僕たちは今、反省文を書かされている。大学から帰還した僕たち。最初は佐倉先生を筆頭に久しぶりの再会に心を躍らせた。しかし、そんな楽しい時間は一瞬で過ぎ去った。

 

 美紀に今まで行ってきた数々の無茶を余すことなく報告された。その後に待っていたのは勿論、悠里と佐倉先生による説教である。僕と胡桃は二人して正座させられみっちりとそれはもう延々と説教を聞かされた。それだけならばまだ救いはある。本当の地獄はそれからであった。僕にとってはもう慣れたものであるが、当たり前のように反省文用の原稿用紙を手渡された。それはもう大量に。

 

 そして僕たちは今、その反省文を書いている真っ最中なのである。実はもう書き始めて三日経過している。一応、僕たちも仕事があるので一日中書いている訳ではないが、悠里にスケジュールを管理され一日に必ず反省文タイムを与えられることになった。

 

「うー……。秀樹ぃ……。全然思いつかねえよぉ……」

 

 胡桃は反省文を書いた経験は一度もない。故に苦戦することは当然、想定内だ。しかし、これでも胡桃の反省文は僕よりも遥かに少ないのだ。

 

「秀樹はどのくらい書いたんだ?」

 

「僕かい? もう半分は書いたよ。あと二、三日で書き終わるんじゃないか?」

 

「なんでそんな早いんだよぉ……。めぐねえ、鬼すぎる……」

 

 恐らく僕を基準に反省文のノルマを提示していまったのだろう。あの人は僕が既に反省文を書くコツを身に着けたことを察知しているのだ。あの手この手で水増しする僕に対し胡桃は至って真面目に書いているのが伺える。苦戦するのも無理はない。

 

「もう、反省してるから、勘弁してくれよぉ」

 

「それだけ僕たちを心配してくれているってことだろう? いいじゃないか、誰にも何も言われなくなった時が一番悲しいんだよ」

 

 とは言え流石にこれは多すぎる。僕は腕時計を顔の前に持っていき時間を確認する。もうすぐ今日の反省タイムは終わりだな。扉がノックされる。

 

「入るわよ」

 

 引き戸が開かれ廊下から悠里が中に入ってくる。手にはお盆を持ちその上には恐らくココアと思われるマグカップが二つ。由紀が書きこんだ僕たちの似顔絵が書かれているので間違いない。あの子の絵は決して上手いわけではないがよく特徴を捉えていてひと目で誰だがわかる。風船に括り付けられた手紙の絵も彼女が書いたものだという。だからこそるーちゃんは悠里だと分かったのだろう。

 

「りーさん……。もう無理ぃ……」

 

「自業自得よ、胡桃。あれほど行く前に無茶はするなって言ったのにあんな死ぬかもしれないことして。美紀さんから話を聞いた時心臓が飛び出るかと思ったわ」

 

「う、そうだけどさ……」

 

「だけどもなにもありません! 秀樹君もよ。仕方なかったのは分かるけど限度ってものがあるでしょう。反省文はきちんと目標まで書くこと。いいわね?」

 

「う……はい」

 

 そう言われてしまうと反論のしようがない。でも、胡桃はもう限界に近い。これ以上書き続けてもそれは惰性でしかない。悠里もそれは分かっているのだろう。盆に載せたココアを僕たちの机の上に置いて手を叩く。

 

「でも、今日は終わりでいいわよ。めぐねえの補習も残っていることだしね。私は美紀さんと圭さんと物資のリストの整理をするからこれで行くわ」

 

「りーさんナイス! やっと、休憩だああ!」

 

 あからさまに喜び過ぎである。悠里から暗黒オーラが出ているのを幻視する。胡桃もすぐに気が付いたようで慌てて姿勢を正す。やはり学園生活部最恐は悠里だと思う。悠里は再び廊下に出ようとして扉の前で立ち止まる。

 

「あ、そう言えば胡桃。もうあれって渡したのかしら?」

 

「あっ!?」

 

 あれとはいったいなんだろうか。僕があれについて考察を巡らせているうちに悠里はいなくなってしまった。後に残ったのはモジモジしている胡桃と僕だけである。向かい合わせの胡桃は徐に机の中からラッピングされた袋を取り出す。

 

「あ、あの、これ……」

 

 よく見ればハートのシールが張られ、なんとも可愛らしい袋でる。中には何か入っている。大きさからして食べ物だろうか。

 

「これは?」

 

「今日、あの日だろ?」

 

「あの日?」

 

 今日は確か2月14日だ。ハートマークをあしらったラッピングに食べ物……。あ、そうだ。

 

「ば、バレンタインデーだろが!」

 

 僕が口にするより先に胡桃から正解を言われてしまった。確かに今日はバレンタインデーだ。僕はその手のことに全く興味がなかったから今の今まで忘れていた。思い返せば何故か一昨日辺りから胡桃が悠里と共に家庭科室に籠っている時があった。

 

「ぼ、僕にくれるのかい?」

 

「他に誰がいるんだよ!」

 

 バレンタインデーにチョコを貰ったのなんて小学生の時に母さんから貰った時以来だ。まさか、この僕が貰えるなんて思いもしなかった。なんだか変な気分だ。僕にはこういうふわふわしたイベントは似合わない。というかチョコレートなんてまだあったのか。

 

「く、くれないのか?」

 

 てっきりこのまま手渡されるのかと思ったのだが、胡桃は袋を持ったままそわそわしている。そして何を思ったのか自分で袋の封を切った。どういうことだ? 僕の疑問は直ぐに解決した。顔を赤らめながら中に入っているチョコレートを指で掴み僕に差し出す。

 

「そ、そのまま渡すのも何かあれだし。あたしが食べさせてやるよ」

 

「お、おう」

 

 机は向かい合わせでくっつけてあるが僕のほうが背が高いので自然と胡桃が身体を乗り出すことになる。どんどんチョコレートが近づいてくる。これは、猛烈に恥ずかしい。恥ずかしすぎて仰け反りそうになる顔を無理やり固定する。

 

「あ、あーん」

 

 そして食べる。口の中にチョコレートとイチゴの味が広がる。これは前に作ったドライフルーツか。はっきり言って猛烈に美味い。ただのチョコレートにドライフルーツを混ぜただけのはずなのに、僕にはとても美味しく感じた。

 

「ど、どう?」

 

「猛烈に美味い」

 

「そ、そうか、よかったぁ……。一昨日からりーさんに頼んで教えてもらったんだ」

 

 だから家庭科室に籠っていたのか。僕が気になって見に行こうととすると圭や由紀にあからさまに引き止められていたからなんだと思っていたがこれで全ての疑問が解決した。バレンタインデーにチョコレートを渡すなんて製菓会社のプロパガンダだと思って内心馬鹿にしていたが、いざ好きな子に貰うとなるとこれは、

 

「いいな、これ」

 

「え?」

 

「いや、何でもないよ。ていうかチョコレートなんて何処にあったんだ?」

 

「前に外に出かけた時にこっそり持って帰ってきたんだよ」

 

 思い返せば妙にそわそわしている時があったな。きっとあの時に回収していたのだろう。でもそうだとするとかなり前から計画していたことになる。何て健気なんだ。僕のためにここまでしてくれるなんて。

 

僕がそんな感慨に耽っていると胡桃は袋からもう一つチョコを取り出した。また、やるのか。もうお腹いっぱいだというのに。しかし、僕の予想とは裏腹に胡桃はチョコを自分の口に咥えた。あれ? 君も食べるのか。

 

「こっひ、ひて」

 

 と、思ったがどうやら違うらしい。胡桃は今度は顔を真っ赤にしながらどんどん僕に顔を近付けていく。これは所謂口移しというものなのだろうか。そんな恥ずかしいならしなければいいのに。あと、30cm、25cm、ええい、ままよ! 意を決して僕も顔を近づける。

 

 あと、20cm、15cm、10cm、5cm、もうこのままキスしてしまおうか。そんなことを考えていると突然、右の耳がカシャリという音を感知した。この音には聞き覚えがある。これは、そう由紀にあげた一眼レフカメラの……。待てよ、由紀だと。

 

 非常に嫌な予感がする。胡桃は目を瞑っていてまだ気が付いていない。目だけ動かして横を見る。案の定、顔を真っ赤にしてカメラを構える由紀とるーちゃんが立っていた。

 

「は、はやふしろよ……」

 

「胡桃、今すぐチョコを食べて目を開けて右を見ろ。いいか、決して取り乱すなよ」

 

「へ?」

 

 僕の言葉に従いチョコを食べて横を見る胡桃。時間停止なんて空想の世界だけの産物だと思っていたが実際にあるんだな。比喩でもなんでもなく胡桃は由紀とるーちゃんを見たまま1ミリも動かない。

 

「ふ、二人とも、ら、ラブラブだね」

 

「おじさん、何してるの……」

 

 胡桃はまだ動かない、生きているのだろうか。まさか、人に見られるとは、猛烈に恥ずかしい光景を見られてしまった。恐らく僕の顔はきっと溶鉱炉の鉄のように真っ赤になっていることだろう。

 

「こ、これは、卒業アルバムに残さなきゃダメだね!」

 

 胡桃が動く気配がない。さっきからずっと呆けたように固まっている。ちょっと可愛いかもしれない。写真に残したいな。僕が由紀に頼むために口を開こうとすると、胡桃の口がパクパクと動いているのが見て取れた。

 

「なあ、由紀」

 

「なあに、ひーくん」

 

 由紀の顔は未だに赤い。るーちゃんだけは状況が分かっていないようなのできょろきょろしているだけだ。

 

「さっきの写真あとで一枚くれないか?」

 

「い、いいけど」

 

 よし、部屋にでも飾ろうか。どこかに写真立てでもあればいいのだが。職員室辺りを探してみよう。胡桃をもう一度見る。顔が茹蛸のように真っ赤になている。時間差というやつだろうか。相変わらず何かを言おうとして必死に声を出そうとしている。そんな感じだ。

 

「う、うう」

 

「え? なに、くるみちゃん?」

 

「うわあああああああああああああああああ!!」

 

 戦いで鍛えた瞬発力を活かし胡桃は僕の目にも追えないほどの速さ教室から逃げ出した。その後、恥ずかしい場面を激写された胡桃はショックのあまり半日ほど寝込んだとさ。勿論写真は1枚現像してもらった。やったぜ。

 

 




 いかがでしたか? 書いていて本当に血反吐を吐く思いでした。書く度にダイレクトにダメージを受けます。もう二度と書きたくありません。

 次で本当に最終回です。

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