【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、飴と鞭かな?


第二十六話 おつかれ

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「ふぅ、やっと終わったか」

 

 あれから何時間戦ったのだろうか。死体の山の中で僕たちは背中合わせに座り込む。気が付けば眩い朝日が僕たちを照らしている。銃弾はかなり前に撃ち尽くし胡桃に至っては早々に矢を射尽した。それから先はひたすら肉弾戦だ。全く、文明性の欠片もありはしない。

 

「なあ秀樹、まだ生きてるか?」

 

「死んでるかも」

 

 口ではそういうものの僕たちの損害と言えば精々、体力を消耗したくらいだ。構内のゾンビは僕が思っていた以上に多く、全て倒すのには酷く時間がかかった。とは言え前に校庭で大立ち回りした時の疲労に比べればこの程度微々たるものである。

 

「そっちは?」

 

「服が血塗れなの以外は特に問題なし」

 

「制服じゃなくてよかったな」

 

 今更だが、僕たちは大学に来てから一度も制服に袖を通していない。男子用の制服ならともかくうちの高校の女子用の制服は酷く目立つ。なんせネットでも有名になっていた。あそこの経営陣は何を考えてあのコスプレめいた制服を採用したのだろうか。けしからん。だが、ナイスだ。

 

 話がそれた。それゆえ制服を見れば一発でどこの高校かばれてしまう。身分を隠すためにも僕たちは私服で来たのだ。意図したこととは違うが役に立ったと言えるだろう。しかし、汚れ具合から鑑みて洗うより捨てた方がよさそうだ。

 

「何体倒したか覚えてるか?」

 

「覚えているわけないだろうに」

 

「だよな」

 

 僕は多分火炎放射器を合わせたら恐らく200近くは倒していると思う。胡桃は多分60から70くらいだ。こんなに暴れたのは久しぶりだ。胡桃とは何度も一緒に戦ったがこの規模の戦闘は初めてと言っていい。彼女にはいい経験になっただろう。

 

「こりゃ、帰ったらりーさんとめぐねえに大目玉喰らうだろうなあ」

 

「自業自得だな。悪いが僕と一緒に反省文地獄に付き合ってもらうぞ」

 

「うげぇ……」

 

 しばらく黙り込み、そして二人して笑う。周囲はスプラッタな光景が広がっているがまあそんなことはもう慣れっこである。ゆっくりと立ち上がる。そう言えば昨日から一睡もしていない。酷く眠いな。思わず欠伸をする。

 

「眠いのか?」

 

「そりゃ、そうだろ。昨日から一睡もしてないんだぞ」

 

「あの戦いの後でよく欠伸できるな。あたしはまだ興奮が収まらないってのによ」

 

「場数が違うんだよ。場数が」

 

 僕はこのレベルの戦闘など昔はそれこそ毎日のようにしていた。校舎を出る前に桐子さんに言ったピンチのうちにも入らないとは別に見栄を張ったわけではなく本当にその通りなのだ。僕にピンチと言わせたければまずこれの二倍はいないと話にならない。

 

 たまらずもう一度欠伸をする。それを見た胡桃は何故か顔を赤らめながら正座して何かをアピールするかのように膝を叩いた。地面にそれだと痛くないのだろうか。

 

「そ、そんなに眠いならあたしの膝使うか?」

 

「お前は何を言っているんだ。早く戻るぞ」

 

「そ、そうだな。戻るか……」

 

 あまりにも場違いな台詞に思わず言葉が荒くなる。胡桃も立ち上がり僕に並ぶ。そして歩き出す。目指すは皆のところだ。横にいる胡桃を見れば表情こそ疲れているものの足取りは確かだ。校舎を目指し歩けば僕たちがこさえた大量の死体が嫌でも目につく。

 

「これ、あたしたちがやったんだよな?」

 

「他に誰がいるんだ」

 

「いや、まあ、うん。随分と遠くに来ちゃったなあって」

 

 恐らく今の胡桃なら一人でも僕たちの学校にいたゾンビ共を殲滅できるだろう。短い期間で成長しすぎである。正に鬼の様な強さだ。まあ、僕にはまだまだ及ばないがな。

 

「なあ、反省文のコツってあるか?」

 

「うーん、心を無にすることかな?」

 

「ぷ、なんだよそれ」

 

二人で下らない冗談を言いながら朝焼けに染まる構内を歩き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰還しましたっと」

 

 一階の窓から校舎に入る。以前、出たところと同じ場所だ。誰もいないようだ。二人で一階の正面ホールまで赴く。遠くから複数の足音が近づいてくる。やがて足音の主が僕の視界に現れる。美紀と桐子さん達だ。

 

「おはようございます」

 

「戻ってきたぜ!」

 

 血塗れの僕たちを信じられないと言いたげな表情で見つめる。美紀だけは、納得と言った顔であるがよく見れば僅かながら顔を引きつらせている。

 

「も、もしかして、本当に全部倒したっていうのかい?」

 

「ええ、残っているのは死体だけです」

 

 今の桐子さん達を一言で言い表すのなら正に絶句の二文字が相応しいであろう。もう、この反応にも慣れてきたところだ。そうだ、あの大量の死体はどうすればいいのだろうか。折角比較的綺麗だった大学であるが、今や校門は焼死体で埋め尽くされ構内中に首なし死体が散乱している。はっきり言ってトラウマものである。

 

「何時間も銃声が響いてたけどまさか本当に全部倒してしまうなんて……。ボクは夢でも見ているのだろうか……」

 

 そう言って桐子さんは自分の頬を抓る。だけど痛かったのだろう、すぐさま指を離した。他の面々も未だに半放心状態と言った様子で話しができそうにない。

 

「桐子さん、秀先輩はこういう人なんです。理屈とかそういうのは置いておいてそういうものだと思ってください。これからも付き合っていくのなら早めに慣れておくことを強くお勧めします」

 

 美紀がもう諦めたと言わんばかりに桐子さんに言う。全く失礼な奴だ。人を何だと思っているのだ。少し癪に障るので反論させてもらおう。

 

「美紀、それはいくらなんでもないんじゃないか? それじゃあ僕が歩く非常識と言っているようなものじゃないか」

 

「え、違うのか?」

 

 おい、何故そこで胡桃が横やりを入れてくる。君だって散々暴れたじゃないか。僕は胡桃が学園生活部中で二番目にぶっ飛んでると思っているよ。一番目は誰かって? 聞くまでもないだろう。

 

「と、とにかくあんたらが味方で本当に、本当によかったわ」

 

「う、うん、そうだね。そればかりは私も本当にそう思うよ」

 

 そう言ってアキさんとリセさんは乾いた笑いを浮かべる。そもそも味方じゃなければとっとと自分達の脱出路だけ確保して帰還していたと思うので、その考えは間違ってはいないが、なにか悔しい。

 

「二人とも凄い血がついてるけど怪我は大丈夫なの?」

 

 こんな時でもヒカさんは優しくてほっこりするなあ。美紀も昔は心配してくれたのに。もうすっかり僕たちの蛮行に慣れ切ってしまった節がある。

 

「ああ、これ全部返り血なんで大丈夫ですよ」

 

 胡桃が笑いながら言うが、返り血のせいで安っぽいホラー映画のワンシーンにしか見えない。僕も人のこと言えないけど。

 

「そ、そう……。でも、二人がいなくなって凄い心配したんだよ。もう、こんな無茶はしないで」

 

「ヒカの言う通りよ! あたしたちすっごい心配したんだからね!」

 

 ヒカさんの言葉を皮切りに次々と復活していく。これは不味いな。嫌な予感がする。どうみても顔が怒っている。美紀に助けを求めるべく顔を向ける。しかし、両手を上げてやれやれと言いたげなポーズを取るだけで何もしてくれない。彼女は言外にこういっているのだ。諦めろと。

 

「助けてもらったのは感謝しているよ。でも、今回のことは流石に度が過ぎている。美紀君に君たちの過去は大体聞いたけどそれでもこれは無茶しすぎ。引き止めなかったボクたちにも非はあるけど、できればもう少し──」

 

 気が付けば僕と胡桃は正座させられ桐子さん達に説教されていた。悠里の説教に比べれば短い時間であったがそれでも僕たちを心から心配しているのが言葉の端々から伝わりとてつもない罪悪感に襲われた。でも、怖がられるよりも何倍も嬉しいものだ。

 

 

 

 

 

「じゃ、これで本当に一件落着ね。あんたたち、あれだけ無茶したんだから今日は休んでいきなさい。いいわね?」

 

「は、はい」

 

 短いが濃密な説教が終わり、僕たちはアキさんに泊まることを提案された。いくらフレンドリーでも年上特有のオーラに押され僕はアキさんの提案を受け入れざるを得なかった。でも、まだ全てが終わったわけではない。まだ一人だけ残っている。

 

「あ、あの、アヤカさんは……」

 

「あ、そうだった。あいつのせいであたしたちこんな目にあってたんだ」

 

 僕たちが戦わざるを得ない原因を作った張本人。神持朱夏がまだ残っているのだ。放送内容から察するにまだ構内に残っている可能性が非常に高い。きっと何処かで僕のことを見ていたに違いない。

 

「皆さん。僕は彼女と話してきます。一人で行きたいのでどうか邪魔しないでくれますか?」

 

 こればかりは皆で行くわけにはいかない。あいつとは一対一で話さなくてはならない。そんな気がしてならないのだ。僕の有無を言わさぬ言葉に皆が黙る。

 

「分かった。でも、あんまりにも長かったらこっちから探しにいくからね」

 

「まあ、ないだろうけど勝手にそのアヤカとかいうやつについていったら怒るからな!」

 

 桐子さんと胡桃が優しく送り出してくれる。もう行こう。きっと、あいつは屋上にいるはずだ。根拠なんてないが僕はそう確信していた。彼女に会わなくては、会ってあいつの夢を終わらせてやらなくてはならない。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 皆に見送られ僕は一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、ここにいたんだな」

 

 僕が頭護と決着を付けた場所。屋上に彼女はいた。視界の横にシートが被せてある。大きさからして頭護の死体だろう。煙草を吸いながら朝日を眺めている。この光景に彼女は何を思っているのだろうか。

 

「よく、わかったわね」

 

「そりゃな、あんなことを言ったんだ。きっと見晴らしのいい場所で僕たちが戦っている様を見てたんだろ? もう夜も明けた。あんたの夢も終わりだよ。なあ、神持さんよ、何であんなことしたんだ?」

 

 煙草を一口吸ったあと靴で揉み消す。そして彼女は笑った。それは楽しそうに笑った。

 

「何でって、貴方の目を覚まさせてあげるために決まっているじゃない。見てたわよ、とっても楽しそうで少し羨ましくなったわ。思う存分暴れて楽しかったかしら?」

 

「まあ、楽しくなかったと言ったら嘘になる」

 

 久しぶりに火炎放射器を使うことができた。ククリを振るえば死体が量産され身体が昂揚感に包まれる。何だかんだ言っても僕は戦いが好きなのだ。

 

「そうよね、貴方ならそう言うに決まっている。あれでわかったでしょう? 所詮、どこまで言っても私たちは死をまき散らすだけの存在。仲良しごっこなんて貴方には似合わない。貴方を理解できるのは私だけ」

 

 仲良しごっこ、か。そう思われても仕方のないことなのかもしれない。僕や胡桃たちがそう思わなくても周りから見れば寒い茶番劇にしか見えないのだろうか。

 

「この終わってしまった世界でたった二人の選ばれた存在。それが私たちよ。最後にもう一度聞くわ。私の手を取って一緒にこの世界を楽しみましょう? それとも一生あのつまらない連中の顔色を伺って生きるのかしら?」

 

 こいつは仲間が欲しいだけなのだろう。行った行動こそ常軌を逸しているがその根底にある心理は酷く純粋な気持ち。こいつはただ、寂しいのだ。根拠なんてない。でも、逆光に隠れた彼女の顔を見れば手に取るようにわかる。

 

「返事を聞かせて。秀樹君いいえ、秀樹」

 

 そんな彼女に憐れみを覚える。酷く哀れで孤独な女だ。誰にも理解されず共感されず一人血塗られた道を歩く女王。それが神持朱夏という女なのだろう。

 

「僕は、お前の手を取ってもよかった」

 

 これから言うの言葉はきっと彼女を酷く傷つけるだろう。でも、言わなくてはならない。絶対に言わなくてはならない。

 

「お前と一緒に生きてもよかった。あいつらに会う前の僕なら、ただの化物の僕なら。きっと、お前と一緒にこの世界を面白おかしく生きることができたに違いない」

 

 どこまでも近い世界を見ている僕たちならきっと二人で死をまき散らしながらこの終わってしまった世界をどこまでも笑いながら生きていくことができたのだろう。そこには愛だって生まれたかもしれない。

 

「な、なら! 今からでも遅くないわ! 私と「だがもう遅い!」え?」

 

 神持の言葉を遮り叫ぶ。頭に血が上っているのがわかる。きっと僕は怒っているのだろう。だけど思考が渦を巻き自分の気持ちを正確に把握できない。

 

「もう、遅いんだよ。あいつらと、学園生活部と出会ってしまったんだ。僕は、もはやただの人間でお前のような選ばれた人間でも特別な人間でもない。ただの、普通のちっぽけな人間なんだよ!」

 

 徐々に声が大きくなっていく。感情が制御できない。一度溢れてしまえばあとは濁流となって解き放たれる。

 

「お前は僕の家族をつまらないと言ったな。ふざけるなよ、何がつまらないだ。つまらないのはお前だ! そんなに自分が特別でないのが怖いかよ。お前はただ普通でいることに耐え切れなかったんだろ? お前は怖いんだ、自分がただの人間だと認めることが。いいか! お前の正体を教えてやる」

 

 ゆっくりと神持に近づく。僕ほうが身長が高いため自然と見上げる形になる。しかし、その顔は何の感情も映してはいなかった。そんな彼女をよそに僕は宣告する。

 

「お前の正体! それはな、たまたま今まで生き残っただけで自分が選ばれたと思い込んでいる世間知らずで愚かで弱くて矮小な何処にでもいるただのつまらん普通の勘違い女だ! 分かったか!!」

 

 深呼吸をし心を落ち着ける。まだ感情が収まりきらないが何とか制御する。僕は何故ここまで彼女に固執するのだろうか。少し考えてある結論に辿り着いた。こいつは、あの人たちと出会わなかった僕なのだ。一つでも間違えればきっと僕もこいつと同じようになっていたことだろう。だからこそここまで感情が揺さぶられるのだ。

 

「ち、違う……」

 

 声が小さくて何を言っているのか聞きとれない。だが、拳を握りしめ溢れ出る何かを必死に押し込めている。そんな様子だ。

 

「わ、私は違う。私は選ばれたのよ……。そうよ! 選ばれたのよ!」

 

 でも、押し殺したものなど長続きはしない。当然、溢れかえる。感情が濁流となって流れでる。この期に及んでまだそんな戯言を言っているのか。

 

「私は、違う! 私は無敵! 私は特別なのよ! 私は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかげんにしろっ!!」

 

 気が付けば僕は右手で神持の頬を思い切り打っていた。

 

「…………え?」

 

 自分が何をされたのか信じられないと言いたげな顔だ。いや、きっと信じたくないのだ。認めてしまえば自分が自分でなくなってしまうと思っているのだろう。だが、知ったことか。

 

「痛いか? 痛いだろう。それが普通の人間だ。お前は無敵でも特別でもなんでもない。だたの人間なんだよ」

 

 痛みを自覚したのだろう。左手で頬を押えている。しかし、その目はまだ今されたことを信じたくないと拒絶しているかのようだ。全身の血液が沸騰するかの如く怒りに包まれる。そしてその感情に任せて彼女の胸倉を掴みあげる。顔が近づく。

 

「いいかよく聞け神持朱夏、お前は独りだ! 既に武闘派は壊滅した。もうお前の帰るべき場所はこの世のどこにもない。お前を出迎える仲間は一人もいない。そう、ただの一人もだ! 全部お前が自分で切り捨てたんだ! もうお前には何も残っていない。何もだ! 哀れな女め」

 

 こいつは仲間を裏切った。ただの、自分の楽しみのためにこいつは自分の欲望を満たすために分かってたはずなのに僕に差し向けた。右原もきっとこいつには愛想が尽きていることだろう。武闘派はもはや存在しない。こいつは独りなのだ。

 

「お前にはもはや何も残っていない! お前の横には誰もいない! 誰もお前を愛さない! 一生死ぬまで独りで選ばれ続けてろ!」

 

 掴んでいた胸倉を離す。放心しているのだろう。神持はそのまま膝をついた。気が抜けたかのように俯く。手の甲に一滴の水が落ちる。雨か? いや、違う。これは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、どうしてそんなこと言うの…………」

 

 そう、それは涙だった。俯いて顔こそ見えないが嗚咽が僕の鼓膜を刺激する。彼女は今、確かに泣いているのだ。

 

「私は、ぐす、選ばれたのよ……違う……私は、ひぐ、そんなんじゃない……私だって頑張ってきたのに…………なんで? なんでそんな酷いこというの?」

 

 僕はただ、黙って跪く神持を見下ろす。僕の目には彼女が酷く小さく見えた。月夜や踊り場で出会った時とは違う。酷く、ちっぽけなただの人間がそこにはいた。

 

「いいや、違わない。お前はただの人間だ。その証拠にお前は今、泣いている」

 

「…………ッ!?」

 

 彼女は自分の頬を手で触る。皮手袋は涙で濡れていた。僕はしゃがみ彼女に視線を合わせる。神持は顔を上げて僕を見る。あの強気な彼女はどこに行ったのだろうか。

 

「なあ、無敵の女がたかが打たれた程度で痛がるか? そんなめそめそ泣くか? 違うだろ。お前は何処にでもいる普通の人間なんだよ」

 

 頭はゆっくりと撫でる。彼女の顔は涙でボロボロだ。でも、前の気取った顔なんかよりよっぽどいい顔をしている。

 

「頬を殴って悪かったな。僕は力が強いからな。さぞ痛かっただろ? 朱夏が今まで何に我慢してきたのか知らないけどさ。もうそうやって強がるのやめにしないか?」

 

 全ては僕の勘違いだった。こいつは僕の同類なんかではない。似てるようで違うというべきか。こいつはきっとあの日まで我慢し続けてきたのだろう。そして事件が起きてタガが外れた。我慢していた分を取り戻すかのように暴れたのだ。僕なんかとはまるで違う。酷く純粋で幼稚な動機。

 

「つよ……がる?」

 

「ああ、今のでわかったよ。あんたはただ、一緒に居てくれる人が欲しかっただけなんだろ? だから僕みたいなヤクザな男に手を差し伸べたんだ」

 

 初めて接触してきたのも脱走の手引きをしたのもサイレンを鳴らしたこともこれで全て納得がいく。今まで誰も隣に居てこいつを理解してやれる人がいなかったんだ。独りぼっち。だから初めて出会った理解者にはしゃいだのだ。構ってほしかったのだ。月夜の日に見た子供のような無邪気な笑み。それこそが彼女の素顔なのだ。

 

「僕は朱夏の理解者にも仲間にも家族にもなれない」

 

「え?」

 

 頭を撫でるのを止め立ち上がり手を握る。冬の風にさらされてすっかり冷え切っている。僕たちは結局同類などではなかった。でも、だけど。いや、だからこそだ。

 

「だけど、友達にならなれる気がするんだ。朱夏、だから僕と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──友達にならないか?──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私なんかでいいの?」

 

 泣きすぎて幼児退行しているらしい。とても僕より少なくとも2歳は年上だとは思えない。

 

「なんかじゃない。あんたと友達になりたいんだ」

 

 僕の言葉を噛みしめるように黙り込む。朝日が僕たちを祝福している。そんな気がした。

 

「そ、そう……。なら、これからよろしくね」

 

 泣きながら彼女は笑った。子供のような酷く純粋で綺麗な、それは綺麗な笑みだった。僕たちは手を握り合ったまま顔を見つめる。その時であった。屋上の扉の向こうから足音が聞こえる。

 

 

 

 

 

「秀樹!」

 

 胡桃だった。彼女に続いて続々と皆が屋上にやってくる。なんだこれは。そうだ、思い出した。行く前に桐子さんにあんまり遅いと探しに向こうから探しに行くと言っていた。

 

「え? これどういう状況なの?」

 

「おやおや?」

 

「アヤカ、さん?」

 

 今、思い出した僕は彼女の手を握ったままなのだ。慌てて手を離す。何故か少し残念そうな顔だが知ったことではない。これは、なんて説明すればいいのだろうか。

 

「なんでアヤカが泣いてるのよ。それになんかいい感じになっているし」

 

「おい、秀樹……」

 

「先輩……」

 

 不味い、胡桃が怒っている。何か弁明をしなくては。これでは浮気野郎の烙印を押されてしまう。急いで胡桃の下に向かおうとするが何者かに袖を引っ張られ阻止される。神持だった。

 

「あの、腰が抜けちゃって……。引っ張ってくれないかしら」

 

 おい、ここでそれを言うな。余計拗れるだろうが。でも、本当にそうらしいので仕方なく引っ張る。僕に引っ張られた神持はあろうことか僕の腕に抱き着いてきた。

 

「な、なな……」

 

「ま、まて胡桃! 誤解だ! 決して神持には変なことはしてないぞ」

 

「あら、さっきは朱夏って呼んでくれたのに」

 

「だから、お前「朱夏って呼んで」話を拗らせるな! てか復活早いな!」

 

 先ほどまでの様子とは打って変わり前の様な勝気な笑みを浮かべて僕を見る。しかし、そこにはもう影は見当たらない。って、そうじゃない!

 

「なんかあんた、キャラ変わってない?」

 

「あら、私はいつも通りよ。変なこと言わないでちょうだい」

 

「ほ、本当にアヤカさんですよね?」

 

 アキさんと右原さんも彼女の変化に戸惑いを隠せないようだ。気が付けば彼女は僕の腕から離れ一人ですたすたと右原の前まで歩いていった。おい、腰が抜けてるんじゃないのかよ。

 

「私が別人にでも見えるのかしら? 別に何も変わっていないわよ。ただ、新しい友達ができただけ。ね、秀樹君?」

 

「お、おう」

 

 本当に別人のようだ。もしかしたらこれが本当の彼女なのかもしれない。いや、本物も偽物もない。ただ、隠していたものが露わになっただけなのだろう。

 

「と、友達?」

 

一人を除いて全員の目が点になっているのがわかる。僕も分かりません。まったく、どうしてこうなったのやら。まったく訳が分からない。そして時は過ぎ次の日……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヤカ、本当に行っちゃうの?」

 

 全ての準備を終えて僕たちは裏門の前まで集合していた。あれからは大変だった。まずは構内の死体の掃除。勿論全てとはいかないが通行の邪魔になる死体は退かさなくてはならない。そして桐子さん達や旧武闘派は慣れているとは言っても僕たち程ではない。何名かが吐いたとだけ言っておけばいいだろう。

 

 昨日、美紀に衝撃の事実を教えられた。僕だけに秘密で教えられたことだがこの大学にはまだ一人生き残りがいるらしい。名は知らないが封鎖されているはずの理学棟で奴らの研究をしているそうだ。

 

 僕が直接会うことは叶わなかったが生物学系の知識に明るいそうだ。美紀に頼んでヘリのパイロットが持っていた注射器を渡してもらった。何の役にも立たないかもしれないがもしかしたらゾンビ化克服の糸口になるかもしれない。

 

「ええ、自分のやったことくらいわかるわよ」

 

「そ、そうだけど。あたし、今のあんたなら仲良くできそうだし……」

 

 ふと、我に返る。目の前では朱夏が別れの挨拶の真っ最中であった。あれから、彼女はサイレンを鳴らしたことを謝罪した。今までの彼女なら絶対に言わないであろう言葉に桐子さん達が面食らったのは言うまでも。

 

「そう言ってくれてうれしいわ。でもね、外の世界を見て見たくなったのよ」

 

「別に、ボクたちは君を追い出したりしないよ」

 

 だが、彼女は大学の外に出ることを決意した。車は武闘派で使っていたものがあるのでそれを使うそうだ。一応、長いことメンテナンスしてなかったそうなのでヒカさんに見てもらったところ案の定不調が見つかった。

 

「気持ちは嬉しいわ。でもいいの」

 

 しかし、ヒカさんの迅速な修理によって車は復活した。あれなら走っている途中にエンストして立ち往生なんてことにはならなそうだ。食料も積んで既に準備は万端だそうだ。

 

「篠生?」

 

「は、はい」

 

 右原さんは武闘派が完全に壊滅したのとアキさんにみっちり説教されたことにより桐子さん達に迎合することにした。腹の子供のこともあるのでもう戦うことはないという。僕もそれでいいと思う。

 

「裏切ってごめんなさい。何とでも恨むがいいわ」

 

「べ、別に恨んではいませんよ……。今までありがとうございました」

 

「そう……」

 

 心なしか嬉しそうだ。何だかんだ言って一年近く付き合ってきた人間なのだ。情の一つや二つ芽生えてもおかしくない。

 

「あの、これを」

 

「これって……」

 

 右原さんは高上の持っていたピストルクロスボウを彼女に差し出した。いいのだろうか。あれは彼女の恋人の形見のはずだ。

 

「使ってください。私が持っているよりもきっと役に立ちますから」

 

「本当にいいの? これは高上君の形見なのよ」

 

「いいんです。レン君もきっとそう思っていると思います」

 

「そう、ならありがたく受け取っておくわ」

 

 クロスボウを受け取り別れを済ませると朱夏は僕たちの前へとやってきた。なんというか今の彼女はまるで憑き物が落ちたみたいに清々しい活力に満ちていた。人は変わるというがこれは変わりすぎだ。

 

「随分といい顔するようになったな」

 

「ええ、本当に。貴方のおかげよ」

 

 こうもストレートに礼を言われると些か恥ずかしい。昨日の一件から彼女はずっとこうだ。元々、物事をはっきりと言う性格なのは知っていたがダイレクトに好意を向けられるのには慣れていない。ましてやまだ知り合って一週間しか経っていない相手だ。

 

「これからどうするんだ?」

 

「さっきも言ったけど少し旅にでるわ」

 

 決意は固いようだ。僕が何を言っても聞くことはないだろう。なら、精々信じて送り出すまでだ。

 

「そうか。なら精々、世界を楽しんでこい。この世界は殺しと破壊だけが醍醐味じゃないんだ。今までやったことのないことに手を出すことをお勧めするよ。意外なことにまるかもしれないぞ。何をしても自由なんだ。殺しと破壊だけで満足するなんて視野が狭すぎる。どうせ誰も見てないんだから思う存分はっちゃければいい」

 

 彼女にこの先何が待ち受けているかはわからない。この世界は僕たちにちっとも優しくない。明日には死んでいるのかもしれない。でも、だからこそ僕たちは全力でこの世界を生きていく必要があるのだ。決して後ろ向きではなく。あくまで前向きに。どうせなら泣きながらではなく笑って死にたい。そうだ。いいことを思いついた。ベルトに装着したククリナイフを鞘ごと外し、ポケットに入れたシャープナーと一緒に彼女に手渡す。

 

「これ、持っていけよ。クロスボウだけじゃ心許ないだろ」

 

「そんな、受け取れないわよ」

 

 渋る彼女の手を取って強引に手渡す。胡桃の視線の温度が下がった気がするが僕は知らない。

 

「いいんだよ。友人からの餞別だと思ってくれ。それに似たような武器なんていくらでも持ってるんでね」

 

「そこまで言うのなら……。こうかしら」

 

 鞘をベルトに通し彼女は僕にそれを見せた。ふむ、中々似合っている。正直かっこいい。

 

「研ぎ方はわかるか?」

 

「ええ、ナイフを何度か研いだから知っているわ。ありがとうね」

 

「死ぬなよ。折角友達になったのに死んだら許さないからな」

 

「ふふ、何言ってるのよ。私は無敵なのよ?」

 

 僕に打たれて子供みたいに泣いていた奴が何を言っても信用ないけどな。しかし、目を見ればただの冗談なのがわかる。まあ、こいつならなんとかなるんじゃないだろうか。ただの希望的観測にすぎないがそれでも僕はこいつがこの世界で自由に生きていけると信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、一つだけ言いたいことがあるわ。秀樹は私のことを友達といったけれど。私はそうは思わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 その瞬間。僕は朱夏の手に強引に顔を引き寄せられた。彼女の顔が一気に近づく。唇には柔らかい感触が。時間にしてほんの数秒の短いものであったが、僕は今確かに朱夏にキスされたのか。

 

「な、なな……」

 

「せ、先輩……」

 

 胡桃と美紀がわかりやすいくらいに動揺している。僕も何が何だかまったくわからない。顔に血が上るのがわかる。我に返り仰け反る。朱夏を見れば悪戯が成功した子供のようにくすくすと笑っている。

 

「ねえ、そこのツインテールの子。そう、貴方よ」

 

 唐突に胡桃のほうを向き小憎たらしい笑みを浮かべる。

 

「あ、あたし?」

 

「貴方、秀樹の彼女なんでしょ? あんまりもたもたしていると私が取っちゃうわよ?」

 

「なっ!?」

 

「じゃあ、また会いましょ?」

 

 そう言って朱夏は小走りで車へと向かっていった。その後ろ姿を見て僕は気が付いた。彼女の耳が真っ赤になっていることを。恥ずかしいならしなければいいのに。車に乗った朱夏はエンジンを掛ける。これで本当にお別れのようだ。僕たちに手を振りながら彼女は走り去っていった。後に残るは唖然とする桐子さんたちと同じく硬直している僕たち。なんだこれ。

 

「な、な、なんじゃそりゃあああああああああ!」

 

 胡桃の叫びが朝の空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、僕たちもこれで帰ります」

 

 暴走した胡桃を落ち着かせた後、僕たちも別れの時間がやってきた。たった一週間の出来事だったのに、本当に濃い時間であった。車の前で桐子さんたちに別れを告げる。

 

「胡桃君! またゲームしようね!」

 

「おう! 今度は負けねえ」

 

 どうやらゲームでは勝てなかったらしい。上には上がいるということか。

 

「今度、よかったら本田君の反省文集持ってきてくれないかな?」

 

「はい! 是非」

 

 美紀とリセさんは勝手に僕の反省文を製本する気なのだろうか。まあ、別にいいけど。五人を改めて見る。次に会うのはいつになるのだろうか。今度は学園生活部のみんなを連れて行きたい。それには色々課題が山積みだろうけど。

 

「君たちはまるで台風のようだね。とつぜん現れて暴れて唐突に去っていく」

 

 桐子さんが僕に言う。それは褒めているのだろうか。それとも貶しているのだろうか。顔を見る限り前者なのだろう。

 

「君たちが来てから本当に色々あったけどボクたちは君たちに会えて本当によかったと思っているよ。また遊びにきてよ。今度は他の人たちも連れてさ」

 

「ええ、必ず」

 

「秀先輩! 行きますよ!」

 

 振り向けばもう美紀が運転席で待機している。そう言えば帰りの運転は自分がするといって憚らなかった。僕も胡桃も昨日大暴れしたしその方が嬉しいけどぶつけたりしないだろうか。

 

「あんたも気を付けてね。胡桃泣かせたら承知しないわよ」

 

「本田君、またね」

 

 アキさんもヒカさんも笑顔で見送ってくれる。右原さんだけは僕が目を合わせると身体を震わせ目を逸らした。どうやら怖がられているらしい。まあ自業自得だけども。気が付けば車のエンジンが掛けられている。僕も行こう。バックドアから乗り込む。中には既に胡桃が乗り込んでいた。隣に座る。

 

「じゃあ、出しますね」

 

「おう、頼む」

 

 ゆっくりと発進する。バックドアの窓から外を見れば五人が手を振ってくれていた。胡桃が手を振り返す。車の後部には座席なんてものはない。マットとクッションが敷かれているだけだ。当然胡桃と隣どうしになる。

 

「ほんと、色々あったな」

 

「ああ、ありすぎだよ。まさか大学に来てまで戦うことになるとは思わなかったよ」

 

 武闘派との接触、桐子さん達との出会い、戦い、そして別れ。時間にしてたった一週間と少しなのにまるで何カ月ここにいたように錯覚する。でも、もう帰る。皆が待っている。そう言えば由紀のお土産はどうしようか。まあ、後で考えればいいか。

 

「疲れたか?」

 

「まあね」

 

 僕がそう言うと胡桃は立膝を正座に直し自分の膝を叩いた。これは、そういうことだろうか。

 

「じゃあ、あたしの膝使えよ。昨日出来なかったし……」

 

 もう断る理由もないか。

 

「そう、じゃあお言葉に甘えて」

 

 恥ずかしいのを我慢し彼女の膝に頭を乗せる。今の胡桃の服装はショートパンツのため必然的に腿の感触がダイレクトに伝わる。これは、なんか安心するな。そう感じるとどんどん眠気が強くなってきた。いくら昨日休んだとはいえ疲労はまだ残っている。気が付けば僕は胡桃に頭を撫でられていた。

 

「なあ、秀樹」

 

「なんだい?」

 

 駄目だ。もう眠くてしかたない。このまま寝てしまおうか。丁度車の振動が心地よく眠気を誘う。美紀はきっと気まずいだろうが今回ばかりは我慢してほしい。

 

「おつかれさま!」

 

「ああ」

 

 その言葉を最後に僕の意識は夢の向こうへ沈んでいった。帰ろう。僕たちの学校へ。

 




 いかがでしたか? 全部返り血なんで大丈夫ですよ(マジキチスマイル)。 とうとう、胡桃ちゃんも主人公君に汚染されてしまったようです。そしてどうしてこうなったアヤカさん。最初は車で逃げ出そうとしたところを遠隔操作の爆弾で吹き飛ばす予定だったのに。

 さて、いよいよ次回で最終回です。この一月半の間本当にありがとうございました。では、また次回に。

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