【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 やっと学園生活部と接触させられました。

 
 2017年5月25日校舎の構造をアニメ版に変更

 2017年5月29日学園生活部の寝室を変更

 2017年5月30日原作との相違点を修正


第三話 であい

 

 

 

 

 

 

 高校までの道のりは決して近くはなかった。あっちこっちで事故や建物が倒壊していてその度に迂回せざるを得ないのだ。本当なら1時間もかからないような距離なのにもう日が暮れようとしている。信じられるか?出発したの朝の10時なんだぜ。

 

 

 

 そんなこんなで道を走っていると前方にコンビニが見えてきた。周囲にゾンビもいないしな。丁度いい今日はここで一泊しよう。駐車場に車を止め僕は後ろの彼女へと身体を向ける。二つの瞳に僕が映る。僕は彼女からどう見えているのだろうか?少しだけ気になった。

 

「じゃあ、るーちゃん少しコンビニいってくるね」

 

「……るーちゃんもいく」

 

「なに、すぐ戻ってくるからじっとしてるんだよ。お菓子持ってきてあげるから」

 

「……わかった。きをつけてね。おじさん」

 

 それはすぐに終わるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!今すぐあの車おいてけ!!」

 

 まったく、どうしてこうなったのやら。コンビニで物色を終え車に戻ると後ろから声をかけられた。どうやら隠れていたらしい。やれやれ、僕もまだまだだな。

 

 こんなご時世になってしまってからというものの外で人に会うことはめっきり減った。生存者はだいたい安全地帯に引きこもっているので仕方がない。たまに出会うことがあるがそういう時はたいてい物資を求めている。そして時には暴力で足りないものを補おうとするのだ。 

 

「さっさと車の鍵をよこせよ!!」

 

 そういって錆びついた包丁を向けるのは20代後半の男。くたびれたジャージに痛んだ金髪。典型的な不良のファッションだった。目の焦点があっていない。明らかにいってしまった奴だ。車内には彼女がいる。なるべく穏便にすましたい。

 

「その包丁をむけるをやめてもらいませんか?穏便にいきましょうよ」

 

 なるべく言葉を選んで話しかけたつもりだったが相手には効果がなかったようだ。

 

「うるせぇ!ガタガタいうな!!こいつはなアイツらを刺しまくった包丁だぜ。ちょっとでもかすったら仲間入りだ。わかったか!!わかったらさっさと鍵をよこせってんだよ!!!」

 

 もう支離滅裂で意味不明だ。仕方がないか……。僕は包丁に最大限注意しつつ車内にいるるーちゃんに聞こえるように話した。

 

「るーちゃん!僕がいいっていうまで耳をふさいでいるんだよ!」

 

 なかからごそごそと動く音がした。準備は整った。僕は最後にもう一度説得することにした。ついでに腰の()()に手をかける。

 

「もう一度だけ言いますよ。穏便に「うるせえ!!!ガキ降ろしてさっさと車よこせってんだよ!!!!!!」あぁ、そうかよ」

 

 交渉決裂。腰のホルスターに差し込んだM37を引き抜き男の腹に向けた。男の顔が引きつり身構える。

 

「これは最後通告だ!今から10数えるからその間に僕の前から消えろ!」

 

 男は一瞬だけ怯んだが直ぐに此方を小馬鹿にするような表情を浮かべた。どうせ玩具だとでも思っているんだろう。銃と言うのはわかりやすい暴力の象徴、銃の前では女も男も平等だ。だけどもここ日本においてはあまり効果がない、馴染みがなさすぎるのだ。

 

「おいおい!どうせモデルガンかなんかだろ。そんなんで脅せるとでも思ったかガキが!!」

 

 ほらな。相手の戦力も評価できない。奪うことしか考えてないからそんな馬鹿になるんだ。でも心なしか声が震えている。

 

「貴方がどう思おうが勝手にしてください。でもこいつは38スペシャルと言って形は小さいがあなたの頭なら簡単に吹き飛ばせる。楽にあの世に行けますよ。運が良ければね。どうです。試してみますか?」

 

 気分はハリーキャラハンだ。僕はわざとらしく撃鉄を起こした。男の額に汗が一粒。口ではやっぱりなんだ言ってもビビっているらしい。

 

「これが最後だ。立ち去れ!さもなくばこの引き金を引く!!10、9、8」

 

 いよいよ、まずいと感じたらしい表情に明確な焦りが見えた。

 

「ちょ、ちょっとまてまってくれ」

 

 散々脅しておいてそれか?お前に誇りはないのか?

 

「7、6、5、4」

 

 もうこいつの戯言に耳を貸す気はない。僕はいよいよ引き金を引く心構えをした。

 

「3、2「わかった!!わかったから撃たないでくれ!!」だったらとっとと立ち去れ!!」

 

 男はたまらず僕に背を向けると何回も転びながら走り去っていった。僕は男が視界から消えるまで銃を構え続けた。

 

「おじさん、こわい人どうしたの?」

 

「もう大丈夫だよ。怖い人ならもういない」

 

 そう、もう()()()。僕は車のエンジンをかけ学校に向かった。予定変更だ。もうこのまま学校まで走ってやる。もしかしたら近くにコミュニティがあるのかもしれない。できれば遭遇したくはないな。

 

 こんな世界になってからというものの出会うのはどいつもこいつも人でなしばかりだ。僕も人のことは言えないけどね。あのまま男が立ち去らないのなら僕はあの銃をなんの躊躇もなく撃つつもりだった。人を殺すのはもう()()()()だ。それに僕が殺すのは人ではない。人の皮を被った害獣だ。害獣を駆除するのにいったい何の呵責があるというのだろうか。

 

「狂っているのは世界かそれとも僕か……」

 

 夕闇のアスファルトに僕の呟きが溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に到着したのは結局夜になってからだった。るーちゃんはもう眠ってしまった。僕は校門の前に車を止め双眼鏡で校内を観察した。

 

 三階の一室から微かにではあるが、確実に灯りが見えた。

 

 いた!暗くてよくわからないが人影も確認した。とうやら本当に生存者がいるらしい。

 

「生存者を発見と。問題はどう接触するかだな」

 

 生存者には無用な警戒心は与えたくない。が、かといって軽装では襲われ時にまずいだろう。

 

 あれこれ考え結局いつもの偵察用の装備にすることにした。流石に銃は見えない位置にしまっておく。

 

 これで僕の準備は整った。お次はどうやって入り込むかだな。見たところ正面玄関はバリケードで出入りできないようになっている。校庭にも数匹奴らがいる。どうするかな……。

 

「ええい!もう面倒だ!轢き殺そう」

 

 僕は端的に言ってしまえば疲れていた。迂回に次ぐ迂回。イカれた生存者。腐った死体。もううんざりだ。

 

 僕は車のシフトレバーをドライブに入れ奴らにターゲットを定めアクセルを踏もうとした。が、異変を感じ結局踏みとどまった。向こうの窓からライトが点滅しているのだ。

 

 双眼鏡で確認すると二階の教室の窓から絵に描かれていた生存者に似た人物が二人こちらに向かって手を振っていた。どうやら僕たちに気づいたようだ。よく考えたら、というかよく考えなくてもこの静寂が支配する闇のなかでエンジン音がどれだけ目立つかなんて馬鹿にでもわかることだった。やはり疲れているのだろう。

 

「しょうがない。第三種遭遇といきますか」

 

 僕は手を振っている生存者の下まで車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!めぐねえこっちきたぞ」

 

 暗闇が支配する教室で恵飛須沢胡桃は隣の女性。佐倉慈に言った。

 

「本当にあの手紙が届いたのかしら?友好的な人ならいいんだけど」

 

「もしへんな奴だったらあたしがぶっ飛ばしてあげるから心配すんなってめぐねえ」

 

 そういって彼女は自慢げにシャベルを肩に担いだ。

 

「もう、めぐねえじゃなくて佐倉先生です!でもあまり無茶しないでね?」

 

 彼女達はこの高校の数少ない生存者であり。現在は校舎の一部にバリケードを築いて比較的平和に暮らしている面々であった。ここの国語教師である佐倉慈と若狭悠里の発案により自分達を学園生活部と称しこの地獄の釜の底で少しでもストレスを減らそうと日々努力していた。本田一行の拠点に落ちた風船も彼女らが飛ばしたものだ。これは生存者の一人である若狭悠里の発案によるものだった。

 

 彼女らがこの地獄の中で正気を保っていられたのは偏に学園生活部のおかげである。見る人が見たらただの現実逃避ではないかと思われるだろう。だが、人は異常環境下では容易く潰れてしまう。少しでも快適に暮らせるように努力することを一体誰が責めることができようというのだろうか。

 

 そんな彼女たちが校門前の車を見つけたのは完全に偶然であった。丈槍由紀が車のエンジン音を聞き取ったのだ。慌てて校門を凝視してみると確かに先ほどまではなかった車が一台校門の前に止まっていた。

 

 慌てて梯子を準備降ろそうとしたが、自動車の運転手が害意を持っている可能性を踏まえ二階の教室で梯子を準備し。かの車にサインを送ることになったのである。

 

「ほんとにこっち来たぞ!おーいここだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいここだ!!」

 

 僕が車を止めると二階から呼ぶ声が聞こえた。僕は運転席の屋根についたサンルーフから身を乗り出し声の主と目を合わせた。が、ライトが眩しくて今一つ人相がわからん。

「すみませーん!ライトが眩しいので僕に当てるのをやめてもらえません?」

 

 僕がそう言ったことでライトの主ははじめて自分が何をしていたかを自覚したようだ。慌てたようにライトを消した。いや、それじゃあ同じだろうに。

 

 と、思ったがライトを消したのは持ってきたランタンに持ち替えるためだったらしい。ランタンの灯りを灯すとやっと顔をまともに判別することができるようになった。

 

「すまん!今、降ろすから合図したらすぐにこっちにこい!」

 

 どうやら警戒されているようだ。まあ、当然だろう。そう考えていると梯子が降りてきた。上れということだろう。

 

「梯子おろしたぞ!」

 

 

 オーケー。まずは僕一人でいこう。ありえないだろうが罠かもしれないしな。僕は降ろされた梯子を上った。

 

 

 

 

 

 梯子を上り窓枠から教室の中に入る。僕の前にはさっき僕に話しかけてきた女子生徒と私服の女性の二人組だった。私服の女性は僕も知っている人物だった。たしか国語担当の佐久間?先生だったか。

 

 僕は怪しまれない程度に二人を観察する。なるほど彼女達が手紙に書かれていた4人のうちの二人なのだろう。おそらくまだ二人いるはずだ。女子生徒の手にはシャベルが握られている。恐らく彼女の武器なのだろう。渋い選択だな。

 

「大丈夫みたいだな。噛まれてたりしないよな?」

 

 シャベルの生徒が不安そうに尋ねる。僕は無言で首を振って彼女の問を否定する。まあ、それぐらいのことはしてくれないと困る。本当なら問答無用で拘束されてもなんらおかしくないのだが、彼女達はかなり甘いほうだ。うん、罠ではなさそうだな。

 

「あたしは恵飛須沢胡桃ここの3年生だ。で、となりにいるのがめぐねえだ」

 

「もう、めぐねえじゃなくて佐倉先生です!えっと、私は、佐倉慈。ここの国語教師をやらせてもらっているわ。色々、聞きたいことはあるんだけどとりあえず三階の生徒会室にいきましょう?いいわよね?恵飛須沢さん」

 

「まあ、めぐねえが言うんならいいよ。えっと名前なんだ?」

 

 こういう時は第一印象が大事だ。なるべく警戒心を与えないように

 

「僕の名前は本田秀樹。ここの3-Cに所属していた。部屋に招いてくれるのは嬉しいが、少し待ってほしい。実は車にまだ子供が一人いるんだ。だから先にその子を連れてくる」

 

「えっ?同い年!?ていうかそれ本当かよ!お前置き去りにしてきたのか!!」

 

 シャベル君改め恵飛須沢君が怒りをあらわにする。どうやら人並みの良心はあるようだ。僕と彼女達の間に緊張感が生まれるのが手に取るようにわかる。

 

「そう、怒らないでくれたまえよ。君の気持は十二分にわかるさ。でもね、罠かもしれない場所にいきなり子供を連れて行くのはそれはそれでどうかと僕は思うよ」

 

「あたしたちがそんな奴に見えるかよ?」

 

「見える見えないの問題じゃないよ。とまあ、それは置いておいて、えっと佐久間先「佐久間じゃなくて佐倉です」おっと、失礼。佐倉先生。車にいる子供を連れてきたいので一旦外にでます。玄関が板で塞がれているようですが出入りできますか?」

 

 このままだと無用な言い争いになりそうだ。僕は強引に話題を変える。

 

「えっと、玄関のバリケードには隙間があるからしゃがめば十分に通れるはずよ。西階段のバリケードを崩して通れるようにするからそこから入って来てちょうだい」

 

「了解。じゃあ、僕は降りま「おい、一人でいくのか?」ん?そうだけど、それがなにか」

 

 めんどくさいなぁ……早くいかせてくれよ。まったく

 

「さすがに危ないわ。恵飛須沢さん?本田君について行ってくれないかしら。私はその間に西階段のバリケードを通れるようにするわ」

 

「確かに。じゃあ、私が先に降りるぞ」

 

 そう言って彼女は梯子を降りて行った。彼女が梯子を降り終えるのを確認してから僕も梯子に足をかけようとした。

 

「本田君ってあの本田君よね?」

 

 きっとあの日より前の僕のことだろう。

 

「どの本田か知りませんがたぶんその本田であってますよ」

 

「そうよね、ごめんなさい。でも前に覚えていた姿とあまりにも違ったから一瞬わからなくて。じゃあ、後でね」

 

 そう言って先生は教室を去っていった。笑顔がやけに印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年■月■日

 

 僕は現在、校舎3階の職員用更衣室でこの日記を記している。今日は怒涛の一日だったといえよう。子供を連れての登校に強盗擬きの撃退。そして「学園生活部」との接触。

 

 学園生活部。ここ、巡ヶ丘学院高校の生存者達のコミュニティの名前だ。国語教師の佐倉慈、3年生の若狭悠里、恵飛須沢胡桃、丈槍由紀の四名。彼女達は偶然あの時、屋上にいたことで難を逃れたようだ。そして三階と二階の一部にバリケードを築き生き残ってきたという。ある大雨の日にバリケードを越えられたそうだが佐倉先生がある生徒の話していた雑談からヒントを得て何とか退けたという。というか雑談の主は僕だったらしい、全く記憶にない。

 

 この高校には決して少なくない人間がいたはずだ。それなのに4人。たったの4人しか生き残りがいないとは。死んでいった者達は屍人となって今も校舎を彷徨っているという。

 

 悲劇はこれだけではない。生存者の一人丈槍由紀。桜色の髪と中学生と見まごうばかりの小さな体躯が特徴の3年生。僕と同じクラスの子だったはずだ。周りから浮いていた子だったというのは覚えている。

 

 単刀直入に言ってしまえば彼女の世界ではこの事件はなかったことになっていた。別に珍しいことではない。前にも似たような症状の生存者には会ったことがある。彼女達には丈槍由紀の話に合わせてくれと頼まれた。僕としても断る理由もないので彼女達の指示に従うことにした。彼女が明るくて楽しそうなのが余計に悲しくなってくる。本当に世界はこんなはずじゃなかったことばかりだ。でも見えないのならそれはそれで幸せな気がするのは僕の気のせいであろうか。

 

 僕は彼女たちに外の状況を伝えた。なるべくオブラートに包んで伝えたつもりだったのだが、僕の口から語られる惨状に彼女達は予想はしていたがショックを隠し切れない様子であった。

 

 それでも、救いがなかったわけではなかった。るーちゃんが自分の姉と再会できたのだ。るーちゃん改め若狭瑠璃の言った通り『りーねー』はこの学校にいたのだ。再開した姉妹はまるで今までかけていたものを埋めあうかのようにお互いを抱きしめ泣き続けた。他の三人もつられてないていたのが印象に残った。

 

 その後は夕飯を全員で食べた。ありきたりなレトルトのカレーだったがそれでも少しだけ日常に戻った気分だった。でもいつもの癖で薬を盛られることを警戒して僕以外の全員が口を付けるまでまっていたのはまずかった。その場では誤魔化せたがいらぬ警戒心を持たれてしまったかもしれない。

 

 持ってきた物資は大変喜ばれた。お菓子や飲み物などの嗜好品ばかりであったが自分たちの備蓄にはないものばかりだったのだろう。目を輝かせていた。持ってきた物資の中で一番喜ばれたのがトイレットペーパーだったのがやけに印象に残っている。口には出していなかったがあれは絶対に安堵している喜んでいる顔だった。実は心許ない状況だったらしい。

 

 その後は僕は臭いと言われシャワー室に半ば強制的にぶち込まれた。服も洗濯できないジャケットを除いて全て奪われ洗濯機の中だ。おかげで拳銃を隠すのに骨が折れた。そして今は、男子更衣室にあった体操着を着させられている。名札に書かれた吉田が異彩を放つ。誰だよ吉田って。

 

 でもこれで、身軽になった。明日、適当な理由を言って校内の駆除を始めよう。室内でしかも生存者がいるので火炎放射器は使えない。あまり多くは狩れないだろう。だが関係ない。僕は奴らを殺す。それだけだ。るーちゃんを保護してもらう以上、それなりに安全でないと困る。現状ではまだ安全とは言えない。

 

 三階に移動する際にバリケードを見たが机を積み重ねてワイヤーで縛っているだけだった。あれでは2、3匹は大丈夫でも数で来られたらひとたまりもない。現に以前突破されている。早急に対処する必要があるだろう。できれば二階まで完全に封鎖してしまいたい。明日にでも佐倉先生に提案してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り書いたところで筆を置く。前にいた拠点のベッドと比べると学園生活部から借り受けた布団はいささか小さく思える。寝床を貸してくれるのはありがたいがこのすぐ近くに彼女達が眠っていると考えるとやはり落ち着かない。

 

 いくらなんでも無防備ではないだろうか。普通なら自分達よりはるかに体格の大きい完全武装の男なんて怖くて一緒にいようなんて思わないだろうに。今まで受けてきた扱いと違い過ぎてなんだか変な感じだ。

 

 なにか誤解されている気がしてならない。僕がヒーローにでも見えているのだろうか。だとしたらとんでもない勘違いだ。僕があの子を助けたのはただ見捨てたら気分よくゾンビ殺しができないからであって決して正義感からくるものではなかった。

 

 まあ、どうせその認識は僕としばらくいれば容易く崩れることだろう。所詮僕は復讐に取りつかれた負け犬。称える声や喝采なんて必要ないのさ。

 

 ふと、腕時計に目をやる。時刻は現在22時30分。彼女達はもう寝てしまっているだろう。()()()()を取り出してもいいかもしれない。

 

「さぁて、るーちゃんの手前、飲むことができなかったからな。少しくらい飲んだっていいだろう」

 

 リュックの中に手を突っ込み()()()()を手に取る。分厚いガラス瓶の中には琥珀色の液体。そう、ウィスキーだ。

 

 ボトルのキャップを開き一口呷る。しばらく口の中で転がす。ピートの香りと複雑な旨味が口いっぱいに広がる。そして一気に飲み込む。アルコールが喉を焼き胃がふつふつするのがわかる。そう、これが飲みたかったんだよ。

 

 僕はたまらずもう一口呷る。グラスが手元にないのが残念でならない。僕は音を立てないように部屋を後にした。廊下を歩きながら一口、また一口と呷る。頭が熱い。気分は非行少年だ。生憎と夜の校舎の窓はもう割れているので壊して回ることはできないけどね。

 

 何となく目の前にあった音楽室に入った。月明かりが血塗れの床を照らす。もう誰も弾くことのないピアノが目に留まった。僕はゆっくりと前に立ち酒瓶は屋根の上に置く。鍵盤の蓋を開ける。そうだ何か弾こう。僕は静かに鍵盤を叩く。鍵盤につながったハンマーがピアノ線を叩き音を奏でる。曲はモーツァルトのレクイエムだ。この終わってしまった学校にはお似合いだろう。血塗れ音楽室に鎮魂の音色が響く。

 

「……本田君?」

 

 振り向けばランタンを手にした佐倉先生が扉の前に立っていた。まずい!慌てて酒瓶を背中に隠す。

 

「今、何を隠したの?先生に見せなさい」

 

 口調こそ穏やかだったが目が笑っていない。ちょっと怖いかも。子供っぽいとか散々言われているがやはり先生は大人なのだ。

 

 どう、言い訳しようか。というかそもそも言い訳する必要はあるのだろうか。そんなことを考えていたせいか、はたまた酔いのせいか僕はいともたやすく背中のブツを取られてしまった。

 

「本田君?これは一体なに?」

 

 口は笑っているのに目が全く笑っていない。血塗れの校舎と月光が相まってさながらホラー映画のワンシーンだ。ちょうど影で目元が隠れているのがそれっぽい。

 

「もう一度、聞きます。本田君、これはなに?」

 

「……ウ、ウィスキーです……」

 

 先生は僕のウィスキーのラベルに目を落とす。しばらくしてから僕に向き直った。その顔は怒っているというよりもなにかを心配する者の表情だった。

 

「本田君に伝えたいことがあって探してたのだけど……。はぁー、もう駄目じゃないの。未成年の飲酒は法律で禁止されているって知っているでしょう?しかも、こんな強いお酒を。身体になにかあってからじゃ遅いのよ?」

 

 怒られるかとおもって身構えた僕であったが、返って来たのは僕を気遣う言葉であった。

 

「なにがあったのか私にはわからないわ。でもね、だからといって自分を蔑ろにするのは駄目よ。先生でよければ相談にのるから。自分を傷つけるのはやめなさい」

 

 勘違いされている。先生は僕がストレスによってアルコールに走っていると思っているようだ。

 

「……別に何かあったわけじゃないですよ。ただ、少し酔いたい気分だっただけ。若気の至りってやつですよ。」

 

 僕はかっこつけて皮肉気に笑う。気分はハードボイルドだ。

 

「まったくもう……。とにかくこれは没収します。そして罰として本田君は明日反省文を書いて私に提出すること。わかりましたか?」

 

 まさかの発言だった。このゾンビだらけの世界で反省文なんて言葉を再び聞くことになろうとは。しかも、没収とは。

 

「せ、先生。後生ですからそれだけはご勘弁を」

 

「駄目よ。これは没収です!」

 

 結局、僕は粘りに粘ったが教師佐倉慈の心は動くことはなくウィスキーが僕の手元に帰ってくることはなかった。ついでに説教もされた。解せぬ。

 

 

 

 

 

「お酒のことですっかり話がずれちゃったわ。本当は本田君にどうしても伝えたいことがあって探していたの」

 

 そういうと先生はいきなり僕の手を握った。一体なんだ?

 

「今日は来てくれて本当にありがとう。いきなりこんなことを言われても困るかもしれない。でも、本田君と瑠璃ちゃんが来た時ね、とっても嬉しかったの。丈槍さんも恵飛須沢さんも若狭さんも、そして私もね」

 

 それは意外にも感謝の言葉であった。るーちゃんのことくらいしか心当たりがない。

 

「礼を言うのは僕のほうなのではないでしょうか?夕飯を奢ってくれて寝床の手配までしてくれるなんて普通しませんよ」

 

「いいえ、そうじゃないの。私ね時より生き残っているのは私たちだけで本当はとっくの昔に世界は終わってしまったんじゃないかと思うことがあったの。みんなも言葉には出さなくても不安に思っているに違いなかった。若狭さんの発案でメッセージを飛ばしても心の底では届かないと思っていた。でも、あなたたちは来てくれた。それがどれだけ勇気づけられたかわかる?」

 

 違う。ここに来たのはそんな善意からくるものじゃない。ただあの子を押し付ければよかっただけだ。

 

「ただの偶然ですよ。瑠璃ちゃんを保護してもらうのにちょうどいい場所を探していた時にたまたま風船が落ちてきただけのこと。それだけのことです。先生が礼を言う必要なんかまったくない」

 

「そうね、本田君の言う通り偶然だったのかもしれない。でも、私たちはその偶然に救われた。あなたがいなければ若狭さんと瑠璃ちゃんは一生再会することは出来なかったわ。若狭さんも元気そうに見えても本当は凄い無理をしていたと思うの。だからこうしてお礼を言いに来たの……。本当に、ありがとう」

 

 僕は黙って先生の言葉に耳を傾けることしかできなかった。しばらくすると先生は僕の手を開放してくれた。先生の柔らかい手の感触がまだ残る。

 

「じゃあ、私は戻ります。本田君も夜更かししちゃだめよ。それじゃあ、おやすみなさい。それと反省文はきちんと書くように」

 

 そういって先生はとびっきりの笑顔で去っていった。音楽室が静寂に包まれる。思えばこうして感謝されたのは初めてのことかもしれない。別に感謝されたく生きているわけじゃないが、向けられた厚意は決して悪いものではなかった。

 

「もう、寝るか……。そういえば反省文どうするかな……」

 

 

 

 

 

 月だけが僕を見つめていた。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?めぐねえは主人公が友人に話していた「社畜のゾンビに退社命令だしたら帰るんじゃねwww」という馬鹿話を思い出して校内放送でゾンビに下校を呼びかけ死を逃れました。うん、無理がありますね。

 遂に学園生活部と接触した主人公。でもどうやら勘違いされているみたいで?彼の狂気が顕わになるのはまだ先の話の様です。ではまた次回。

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