【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、まあ、そうなるわな。


第二十四話 せんめつ

 走る。走る。空を見れば星々が、雲が、月が、僕を冷たく見下ろす。きっと、彼等から見れば僕たちの諍いなんて塵芥よりもなお小さく見えることであろう。いや、きっとあまりに小さくて気づくことすらないに違いない。

 

 胡桃と別れ、彼女は図書館へ、僕は武闘派がいるであろう建物へと向かっていた。武闘派の残存兵力、残り3名。しかし、その一名はどちらの敵か味方か今一つ判別できない。その一名とは神持朱夏。だけど彼女がいなければ僕は胡桃を助け出すことは叶わなかったであろう。

 

「いったい、あんたは何がしたいんだ……」

 

 走りながら僕はあの会議室で起きたことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、クソ……何がどうなっているんだ……」

 

 意識が回復する。僕は確か、武闘派の連中に薬を盛られて眠ってしまったはずだ。そうだ。あれから何時間たった。慌てて腕時計を見ればまだあれから30分も経っていないではないか。

 

「おかしいぞ、僕は確実に眠らされたはずなのに」

 

 縛られているかと思ったが、身体のどこにも縄はない。椅子から転げ落ちたはずなのに椅子に座っている。まるで意味が分からない。だが、重大な危機が迫っているのは理解できる。早く行かなければ、皆が危ない。

 

 皆の下に急ぐため椅子から立ち上がる。そして出て行こうとした矢先、僕は机の上に一枚の書置きが置かれているのは見つけた。

 

「なんだこれは……」

 

 それは手紙だった。何か重要なことが書かれているかもしれない。手に取り読んでみる。手紙の差出人は僕の見知った人間からのものであった。

 

 

 

 

 

『本田秀樹君へ

 

 簡単に言う。私たちの仲間の高上が感染して死んだわ。貴人は貴方が犯人だと決めつけて貴方を眠らせた後に貴方の仲間と穏健派を人質に取るつもりよ。相変わらずやることがつまらなくて嫌になってくるわ。

 

 本当なら貴方には一時間程眠ってもらう予定なのだけれどそれじゃあ面白くないでしょう? 私が薬の量を減らしといてあげたから鍛えているあなたなら三十分もしないうちに目が覚めると思うわ。ついでに床に寝かせておくのも可愛そうだし座らせておきました。貴方重過ぎよ。いったい何キロあるの?

 

 一応、扉の鍵は閉めていくけどそれ以上のことはしない。それに秀樹君ならこんな薄い扉すぐに壊せるはずよ。この手紙を読んだ貴方がどう動くのか楽しみにしているわね。

 

神持朱夏より』

 

 

 

 

 

 手紙を読み終えしばらく考える。こいつの言うことを信じれば胡桃たちが危ない。神持が何を考えて裏切りにも等しい行為を行ったのかは知らないが今はそれに感謝しよう。これも罠かもしれないが今は信じる他ない。

 

 もう、ここに用はない。会議室から出るために扉の取っ手に手を掛ける。案の定鍵が掛かっている。だが、この程度のにわか鍵。僕にはどうということはない。

 

「フンッ!」

 

 足に思い切り力を込め扉を蹴りつける。轟音と共に外から閉められていた鍵は壊れ扉が勢いよく開く。これで自由になった。廊下に出て今するべきことを確認する。

 

 最重要は、胡桃たちの身の安全の確保だ。恐らく既に武闘派どもはみんなを捕まえるべく行動しているだろう。今すぐ行かなくては。

 

「まってろよ!」

 

 誰もいない廊下を一人駆け抜ける。目指すはみんなの所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神持が何のために僕を逃がしたのかは知らないが今だけは感謝しておこう。しばらく走ってようやく武闘派の連中がいる校舎付近までたどり着いた。このまま中に入ってあいつを殺すものいいが、それでは面白くない。敵は僕が目的であり、みんなを捕まえるのは僕に言うことを聞かせるためだ。尋問くらいはしているだろうが、命までは取らないだろう。

 

「さあて、ここにこんな形で戻ってくるとは思わなかったな」

 

 目の前には、以前僕が美紀を探す時に見つけた墓がある。コンテナに四方を塞がれ中を見ることは叶わないがその中には何十匹ものゾンビが死にきれず彷徨い続けている。本当ならもう少しちゃんとした形で眠らせてやりたかったが致し方あるまい。彼等には武闘派への素敵なサプライズとして爆散してもらおう。

 

 バッグから手製の爆弾を取り出す。焼夷効果のあるパイプ爆弾を七本束ね誘因用の防犯ブザーを取り付けた特製爆弾だ。これを作るのには酷く苦労した。悠里や佐倉先生にでも見つかれば即、説教&没収&反省文だ。使うのは惜しいが今使わずにいつ使うというのだろうか。

 

 防犯ブザーの栓を抜く。耳をつんざく音が僕の鼓膜を刺激しする。そしてそのまま導火線に火を点けコンテナの中へ投げ込む。

 

「ほら、プレゼントだ!」

 

 この爆弾につけた導火線は長い。ざっと三十秒ほどは燃焼する。その間に誘き寄せるためだ。もうここに用はない。僕は墓を背にして校舎の入り口を目指す。背後ではまだ防犯ブザーがけたたましく鳴り響いている。あと、十秒。

 

「もうすぐだな。3、2、1、」

 

 直後、背後で爆音。僕の計算通り背後で大爆発が起きた。見てはいないがきっと後ろでは火柱が立ち上っていることだろう。それなりに大きい爆弾だ、きっとあの中にいた全てのゾンビを巻き込んで燃え盛っているに違いない。この目で見れないのが残念だが今はとっとと校舎内に突入するべきだ。590の安全装置を解除しいつでも発砲可能状態に移行する。

 

「誰を敵に回したのかじっくりとその身体に教えてやる」

 

 思わず、笑みが零れる。さて、どう料理してやろうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人、捕まえました」

 

「ああ、これで隆茂が戻れば全員捕まえたことになるな」

 

「ええ、そうね。戻ればの話だけれども……」

 

 別行動の彼が恵飛須沢胡桃を連れて戻ってくればこれば穏健派、本田一行は全員捕獲することができたことになる。だが、実際には城下隆茂は本田秀樹によって再起不能なほどに痛めつけられ、恵飛須沢胡桃は図書館に稜河原リセの捜索に当たっている。しかし、彼がそれを知るのはもう少し後のことであろう。裏切りの主犯である神持は知らん顔でしかし真相に近い発言をするも、焦っている彼の耳には届かない。

 

「おい、聞きたいことがある」

 

「な、なんですか?」

 

 右原篠生に首元にアイスピックを突き付けられ動けずにいる直樹美紀に彼は問いかける。質問は当然、高上聯夜の死のことについてだ。

 

「高上が死んだ。奴らになってだ。お前らがやったんだろ?」

 

「そ、そんな! 私たちじゃありません!」

 

 しかし、彼女は何も知らない。当然だ。誰も彼を殺したのでないのだから。だが、今の彼にはそれがただの言い訳にしか聞こえない。頭に血が上り直樹の胸倉を掴む。

 

「嘘をつけ! お前らじゃなかったら誰がやったんだ!」

 

「だから、なんの話なんですか! わ、私たちは何も知らないし何もやってません!」

 

「この期に及んでまだ言い訳するのか! お前たち──ッ!?」

 

 突如、大きな爆発音が響き渡る。あまりに突然の事態に頭護と右原は対応できずにいた。しかし、すぐさま冷静さを取り戻し自らが出すべき指示を考える。

 

「篠生! 何が起きたか様子を見てこい。俺達はこいつを閉じ込めておく」

 

「は、はい!」

 

 右原は自分に出された指示を全うするべく走り去る。後に残るのは冷や汗をかく頭護と呆れ顔の直樹、そして見るからに楽しそうな笑顔の神持。

 

「はぁ、まったく、あの人はいつもいつも……」

 

「何か知っているのか!?」

 

 この場で唯一彼の異常性を直に見てきた直樹美紀だけはこの爆発を起こした張本人を確信した。こんな爆発を起こすのは彼しかいない。炎と爆発をこよなく愛する男。そう、本田秀樹である。きっと、前のように爆薬を起爆させたのだろう。彼ならやりそうなことだ。

 

「あれだけ勝手に作らないって言ったのに……。帰ったら先生に報告しないと」

 

 口ではそう言ってもその顔は穏やかな笑顔に変わっていた。彼は例え千匹の屍人の群れが襲い掛かって来ても仲間のためならば顔色一つ変えずに立ち向かい強引かつ斜め上の方法で捻じ伏せる。そう、彼は絶対に助けに来る。

 

「まさか、あいつがやったのか!? 答えろ!」

 

 もう一度、彼女の胸倉を掴み上げ問いかける。しかし、今度の直樹は怯えることも恐怖に顔を歪めることもない。ただ、毅然と答える。

 

「ええ、そうですよ。あのどうしようもなく変人で、だけどとっても強くて優しい先輩が助けにきてくれたんですよ」

 

「アイツは眠っているはずだ! 何をわけのわからないことを! もういい、こっちにこい!」

 

 本田秀樹がやってくる。有り得ないはずなのに彼にはその光景がありありと目に浮かんだ。初めて会った時のように、あの会議室の時のように彼はきっと笑顔でこちらを蹂躙するはずに違いない。そう思うと頭護は自分の足元が酷く不安定に感じた。

 

 その幻想を振り払うように彼は直樹を強引に引き連れていく。後ろからそれを見ていた神持は楽しくて仕方がないといった様子だ。何せ本田秀樹の脱走を手引きしたのは彼女である。彼は絶対に助けにくると踏んでいたがまさかここまで派手にやるとは彼女は思いもしなかったのだ。

 

「ほんと、秀樹君ったら。貴方、本当に最高よ」

 

 前の彼に聞こえないように静かに呟く。もう少しだけ目の前の男の慌てふためく姿を楽しもう。神持はそう決めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美紀と桐子さんたちはどこだ?」

 

 墓を爆破した後、僕はいよいよ校舎の内部に突入した。僕たちの高校と違ってこの大学は大きいうえに出入り口が多い。慎重に死角を潰していく。とは言え向こうは三人あるいは二人、既に僕が向かっていることは知っているだろう。

 

 暗い構内に僕一人の足音が木霊す。なんなら盛大に火炎瓶でも投げつけながら部屋を潰していてもいいがまだみんなの居場所がわからない以上、それはできない。

 

 そう言えば胡桃はどうしているだろうか。多分、リセさんも捕まってしまっていることだろう。図書館は誰もいないはずだ。急いでいたためトランシーバーを持ってくるのを忘れてしまった。あれさえあればいつでも連絡が取れるのに。これでは持ってきた意味がない。

 

 一階の教室を一つずつ確認していく。構内は暗く灯りがないとまるで見えないが、590にはフォアエンドにフラッシュライトが取り付けられている。フォアエンドにつけられたスイッチを押せばたちどころに強烈な光が僕の視界を明るく染める。

 

 廊下を照らしながら皆を探す。あの金髪にあったらあのいけ好かない顔に12ゲージのバックショットを叩きこんでやる。でも、桐子さんや美紀がいたら流石に自重しよう。トラウマになってしまったら事だ。

 

「このままやっても埒が明かないな」

 

 この大学は広い。どうせ人がいるなら灯りくらい点いているいるはずだ。もう、一階は切り上げて二階に行こう。

 

 僕がそう考え、階段の場所へと向かおうとした矢先、背後に気配を感じた。すぐさまその場から飛び去る。僕がいた場所を一筋の光が走る。これは、アイスピックか。

 

「──ッ!?」

 

 590のフラッシュライトを照らせば既に下手人は僕から距離を置いていた。だが、光に照らされシルエットが見える。あれは恐らく右原さんだ。きっと僕を見つけて機を窺っていたのだ。

 

「見つけた」

 

 シルエット目掛けて590の引金を引けば56式とは比べ物にならない強烈な反動が僕の身体を襲う。18.5mmの極太の銃口から解き放たれた九つのペレットは右原に当たることなく廊下の壁を破壊するのみに終わった。

 

「くそ!」

 

 走りながらフォアエンドを操作し次弾を装填。すぐさま彼女目掛けて発砲。しかし、これも外れ。これで残弾数六発。足音はどんどん遠ざかっていく。仕方ない追いかけよう。追いかけて追い詰めてそこで殺す。

 

「楽しい鬼ごっこの時間だ!」

 

 僕も彼女の跡を追うべく駆ける。命を賭けた鬼ごっこが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 右原篠生は走る。自分の命を長引かせるために、後ろから追ってくる悪鬼から逃れるために。後ろから耳をつんざくような銃声が響き彼女の横の壁が削れる。

 

「──ッ!?」

 

 こんなはずではなかった。爆発音の出所を確かめるために一階に行った右原篠生。彼女はそこで銃を構えながら構内に侵入する本田秀樹の後姿を発見した。そして隙を見せるまで隠れ、絶好の機会に手にしたアイスピックを突き立てるはずだったのだ。

 

 しかし、それは彼にいとも容易く躱され、今や、立場は逆転した。追う者は追われるものとなったのだ。彼女の頭は死の恐怖で一杯であった。死にそうになったことは今までに何度もある。だが、ここまで明確に殺意を向けられる経験は彼女にはない。

 

「はっはっは。どこに行こうというんだ?」

 

 いったい誰が笑いながら銃を乱射する男を歓迎することができるのだろうか。右原には彼が自分達とは全く別の人間の姿をした化物のようにしか思えなかった。

 

「レン君、助けてよ……」

 

 腹に手を当てながら既にいない思い人の名前を呟く。だが、それがいけなかったのだろう。一瞬の油断が彼女の運命を決めた。背後から聞こえる銃声、そして放たれたペレットのうち一発が彼女の右肩を掠ったのだ。

 

「あぁッ!」

 

 痛みに耐えきれず倒れ込む。男の足音が近づいてくる。もうあと2、3メートルだろう。彼女は自分の死を悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、ようやく当たったか。やはり慣れない武器は使うものではないな」

 

 倒れ伏す右原に僕はゆっくりと近づく。四発も消費してしまった。本当なら初めの一発で頭を吹き飛ばす予定だったのに。フラッシュライトで照らしてみれば右肩に掠っただけのようだ。いくらゾンビ相手で慣らしたとはいえ走る人間だと流石に勝手が違うか。

 

「くぅ……」

 

 当てたのは右肩のみこれでは致命傷には及ばない。彼女は僕から少しでも距離を取りたいのだろう、必死に立ち上がろうとする。だが、そうはさせるか。僕はやっとのことで立ち上がった右原の膝裏に蹴りを叩きこむ。

 

「なに、逃げようとしているんだ?」

 

 銃弾をその身に受け気力を使い果たしたらしいそれだけで彼女は仰向けに転んだ。僕は彼女に向けて銃口を突きつける。威嚇と次弾を装填するためにフォアエンドを操作すれば右原の顔は恐怖で歪んだ。

 

「悪いが楽しい鬼ごっこもこれでしまいだ」

 

 目には涙を浮かべている。死の恐怖に怯えているのだ。しかし、最初に手を出したのは向こうからである。これはなるべくしてなったことであった。でも、殺す前にネタバラシをしてもいいだろう。

 

「なあ、右原さん。あんたもしかして僕が高上を殺したと思っているのか?」

 

 何も言わずに彼女は僕を睨みつける。これは肯定をみていいだろう。僕は全くの無罪だというのに、勘違いとはかくも恐ろしいものなのだろうか。

 

「もし、そうだとするのならそれはとんだ勘違いだ。僕はそいつを殺してなんかない。感染したらしいが、そんなことしなくてもお前達なんて瞬きする間に皆殺しにできる。恐らく空気感染だ」

 

 一度でも話し合えばこうはならなかったはずなのだ。少なくともあの男は僕に半殺しの目にあわず、右原さんも銃弾を喰らうことはなかったはずなのだ。だが、もう遅い。既に賽は投げられてしまった。

 

「そ、そんなっ!?」

 

 やっと、口を開いた。どうやら、本気で僕が殺したと思っていたらしい。少し考えればわかるはずなのにな。彼女はしばらく驚きで表情を歪めた後、諦めるかのような顔つきになった。

 

「そう、だよね……。君が殺すわけないか……」

 

「そうだ。だが、もう遅い。お前らは僕の敵になった。なってしまった。後はどちらかがくたばるまで延々と殺し合いが続くぞ。恨むなら自分を恨め」

 

 顔を撃とうと思ったが、女性の顔を撃つのは気が引ける。別の場所にしよう。僕は銃口を右原の胴体に向けた。するとどうだろうか彼女の顔が目に見えて怯えているではないか。先ほどの怯え方とは段違いの怯え方だ。

 

「だ、駄目!」

 

 腹を両手で押さえながら必死に僕から距離を取ろうともがく。まるで腹の何かを守るかのような押えかただな。これはまさか……。いや、そんなわけは、でも、一応聞いておこう。

 

「なあ、もしかして右原さんよ、あんた妊娠しているのか?」

 

 無言で頷く。両目からは大粒の涙が溢れている。それだけで十分であった。僕はもうこの人を撃てない。ゆっくりと銃口を逸らす。

 

「あんたたちは僕の仲間を襲った以上、僕はお前たちを殺す権利がある。だが、腹の子供の命を奪う権利までは持っていない。安心しろ、殺しはしない」

 

 あからさまに安堵している様子だ。だけど僕が殺さないと言っただけだ。子持ちなのに戦うな。胸糞悪い。彼女は僕が遊歩道で出会った時も腹に子供を宿していたのか。なんという無責任な行動。例え理由があっても妊婦を戦わせる理由などに正当性があるものか。ああ、本当にむかつく連中だ。心底軽蔑する。

 

 

 

 

 

「確かに、僕は殺さないと言った」

 

「う、うん…………がはっ!?」

 

 590の銃床で思い切り右原さんの額を殴りつける。いくら底にゴム板が張られていたとしても硬い樹脂製の銃床で殴られて無事な道理はない。

 

「だが、殴らないとは言っていない」

 

僕に思い切り殴られて彼女は気絶した。まあ、そこまで力を込めてはいない。死にはしないだろう。これで残り二人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右原を気絶させその辺の教室に転がしておいた。僕も随分と甘くなったと言わざるを得ない。昔ならなんの躊躇もなくあの男も右原も殺していたことだろう。随分と学園生活部に染まってしまったようだ。でも決してこれは悪いことではない。

 

 だが、あの男だけは殺す。必ず殺す。あれだけは僕たちのために殺さなくてはならない。殺したいと思った人間は多くいるが殺さなくてはならないと思ったのは生まれて初めてだ。

 

 階段を昇り二階に向かう。あと二人だ、一々クリアリングをする必要すらない。ただ、真っすぐ連中がいるであろう場所を目指す。

 

「はぁ、なんでこんな目にあわなくちゃならんのだ」

 

 本当なら、大学の生存者達と交流会でも開いて連絡先を交換しあい生存者トークにでも花を咲かせながらその次の日には悠々と帰宅しているはずだったのに。それがなんだ。クロスボウで撃たれ、車で追い回され、車は故障、朱夏とかいう変な女に目を付けられ、薬を盛られ、挙句の果てには仲間が襲われた。

 

 ふざけるな。僕たちがいったい何をしたというのだ。思えば全て向こうから仕掛けてきたことではないか。僕から手を出したのことは今まで一度もない。全て正当防衛の範疇に収まる行為だと自負している。それで、納得できるかと言われればそうでもないが、それでも歩み寄る姿勢くらいは見せるべきだった。だが、もう遅い。

 

「美紀、無事でいてくれよ」

 

 二階へと到着、廊下を小走りで駆け抜ける。右原が仕掛けてきた場所からそう離れてはいないはずだ。こんな静かな場所だ。耳を研ぎ澄ませば声の一つでも聞こえてもおかしくはないのだが、生憎と今の僕は銃声による耳鳴りが酷い。当然だ。室内で耳栓もつけずにまともに銃声を聞いたのだ。難聴にならないといけどな。

 

 しばらく、廊下を歩くとある一室の扉の窓から明かりが漏れている。見つけた。すぐさま駆け寄りこっそりと中を覗く。

 

『美紀君、大丈夫かな?』

 

『殺す気ならこうやって閉じ込めたりはしないと思うよ』

 

 桐子さんとリセさんが話している。よく見ればアキさんもヒカさんも椅子に縛り付けられ拘束されている。だが、美紀はいない。恐らく別室に移されているんだ。幸い、彼女達以外には誰もいない。

 

 扉を開けるために取っ手に手を掛ける。当たり前だが鍵が掛かっているようだ。けど、それで彼女達は扉の前に誰かがいることに気が付いたようだ。

 

『だ、誰かいるのかい?』

 

「僕です! 本田秀樹です。助けに来ました。今から鍵を銃で壊すので音に注意して下さい!」

 

『あ、あんたなにするのよ!』

 

 すぐさま、扉から少し離れ590の銃口を鍵に突き付ける。本来なら専用の弾薬を使わないと跳弾が怖いが今はそんなもの手元にない。なのでなるべく彼女達に射線を向けないように注意する。

 

「3、2、1で撃ちます! 3、2、1」

 

 引金を引く。強烈な反動と共に九つのペレットがシリンダー錠をずたずたに引き裂く。これでこの扉は扉として機能することなくなった。僕は開くようになった扉を蹴破り中に突入する。

 

「大丈夫ですか!」

 

 全員を一瞥する。特に怪我らしきものは見当たらない。だけど、突然の銃声に顔を歪めているようだ。まあ、かくいう僕も耳鳴りが酷い。皆に銃口を向けないように注意しながら部屋を見渡す。本当に誰もいないようだ。

 

 縛っている縄を切るために腰からククリを引き抜く。全員が身体をびくりと震わせた。どうやら随分と怖がれてしまったようである。でも、そんなことに気を取られている場合ではない。すぐさま桐子さんの縄をククリで切る。

 

「あ、ありがとう……」

 

 やっと、我に返ったようだ。他の三人も同じように縄を切る。各自、立ち上がり縛られていた腕をさする。

 

「細かい話は後です。美紀を見かけませんでしたか?」

 

「ごめん、ボクたちは直ぐにここに閉じ込められたから外のことはわからないんだ。美紀君は見かけたけど別の場所に連れていかれてしまった」

 

 それもそうか。仕方ない。他の場所を探そう。どうせ、ここからそう離れてはいないはずだ。背を向け、他の部屋を目指す。

 

「ちょっとまって。さっき、凄い爆発と多分、銃声がしたんだけど、もしかしなくても君だよね?」

 

早く行かせてほしいな。盛大に墓を爆破してから散弾銃で右原を追い回した。あれではどっちが悪役かわからないだろうに。

 

「もしかして、殺しちゃったの?」

 

 ヒカさんが怯えながら訊ねる。まあ、殺してはいない。一人は半殺しにしたけど右原さんは肩に一発掠らせて殴って気絶させただけだ。

 

「いえ、殺してはいませんよ。右原さんは仕方なく気絶させましたが死ぬほどではない」

 

 もう一人は半殺しで放っておけば死ぬような傷を負わせているが一応殺してはいない。一応は。

 

「よ、よかった……」

 

 皆が安堵する。もう、ここに用はない。今度こそ教室を後にする。だが、それを阻むものがいた。

 

「あの、できれば殺さないで欲しいな……」

 

 振り向けば桐子さんが悲しそうに僕に言いだした。殺さないで、確かにそうしたほうがいい時もあるのだろう。だが、彼は越えてはならない一線を飛び越えてしまった。もう後戻りなどできない。滅ぼすか滅ぼされるかだ。

 

「ボクだって都合のいい話だと思っているよ。襲ってきたのはあいつらだ。でも、できれば話し合いでなんとかならないかな?」

 

 590の弾薬を追加装填しながら話を聞く。チューブ式の弾倉はいつでも弾薬を補充できるのがいい。話し合いね。確かに話し合いで解決できるのならそれに越したことはない。だが、話し合いの段階などとうに過ぎ去った。

 

「確かに、話し合いで済むのならそれに越したことはない。だが、話し合いの段階などとうに過ぎ去ったのですよ」

 

 フォアエンドを操作を操作し薬室に弾を装填する。薬室に一発、弾倉に八発で計九発撃てるようになった。僕は再三に渡って彼らに言った。穏便にいきましょう、不用意な争いはさけましょう。だが、あいつらは僕の手を振り払いあろうことか石を投げつけてきた。

 

「桐子さん、貴方はいい人だ。だが、戦いの本質というものを分かっていない。あちらが手を出した、だからこちらが滅ぼす。それだけの至極単純な話なんですよ。僕はもう行きます。皆さんはどこか適当な場所に隠れていてください」

 

 誰も何も言わない。いや、言えないのだ。こればかりは争いとは無縁の生活を送ってきた人にはわからないだろう。それに僕の仲間の命が掛かっているのだ。これ以上外野にとやかく言われる筋合いはない。

 

 廊下にでる。取りあえず二階をくまなく捜索しよう。いくら広いとはいえ所詮は建物の中だ。行ける範囲にも限りがある。僕が一歩を踏み出そうとした瞬間、足音が一つ、こちらに近づく。

 

 

 

 

 

「おーい! 秀樹!」

 

 胡桃の声だ。足音はますます近づき、やがて彼女は僕の視界に入ってきた。

 

「あ、いた!」

 

 すぐさま僕に駆け寄り近づいてくる。どうやら走ってきたようだ。少し息が荒い。これで、後は美紀だけか。

 

「ごめん、図書館には誰もいなかった」

 

「いや、大丈夫、桐子さんたちは目の前にいるから」

 

 そういって扉を指さす。指の先には桐子さんたちが僕たちを覗き込んでいる。胡桃もようやく気が付いたようだ。僕をよそに彼女達に近づく。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「うん、あたしたちは大丈夫だけど……」

 

「美紀君がいないんだ……」

 

「そんな……」

 

『おい! 本田! 聞こえているか!』

 

 突如、校内放送から頭護の声が校舎中に響き渡った。ということは今奴は放送室にしるのか。これは好機だ。行かなくては。

 

『お前が毒を盛ったのは分かっている! ゲホォ、ゴホォ。お、お前の仲間を一人捕まえている。死なせたくなかったらすぐに解毒剤を持って屋上に来い!』

 

 解毒剤、なんのことだ。それに咳き込んでいるようだ。あの尋常じゃない咳はもしや、あいつも感染しているのか。だとしたら美紀が危ない。こんなことをしている場合じゃない。今すぐ行かなくては。

 

「胡桃、この人たちを頼む。僕は屋上に向かう!」

 

「あ、ああ! 気を付けろよ!」

 

 皆を背にして僕は駆けだす。全てを終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上目掛けて階段を走る。あいつはさっき解毒剤と言った。ということはあいつ自身も既に感染しているのだろう。僕たちをあそこまで用意周到に襲ったのは解毒剤を確保するためだったのだろうか。

 

 確かに、僕はヘリのパイロットが持っていた薬をお守り替わりに持っている。だが、効く保証はないしもしかしたら危ない薬物かもしれないので本当にこれしか手段のない時以外は使わないと心に決めている。

 

 でも、僕はこれを奴に渡す気はない。美紀を助けるために渡すかもしれないが、その後はきっちり回収させてもらう。そして美紀の安全を確保したのち、じっくりと自分が何をしたのか教えてやるのだ。半殺しや、気絶などでは済まさない。

 

 

 

 

 

「あら、やっと来たのね」

 

 屋上に続く扉の前に人影が見える。僕はこの声を知っている。こいつの名前は神持朱夏。僕を助けた張本人だ。暗くて表情は読めないが、きっと笑っていることだろう。

 

「貴人は屋上にいるわ。貴方の仲間を連れてね。多分、感染しているわよ」

 

「それは知っている。だからそこをどけ」

 

 今はこいつの戯言に付き合っている時間はないのだ。だが、僕の言葉に耳を貸す気はないようだ。依然として彼女は扉の前を動こうとはしない。

 

「せっかちな男は嫌われるわよ。そうね、一つ、私の質問に答えたらここを退いてあげる」

 

 もう、強引にどいてもらおうか。僕はゆっくりと590の安全装置を解除する。銃口を向け引金を引けばすぐさま彼女はあの世にいくことになる。そして銃口を突きつける。だけど、そんなことは知らないと言わんばかりに神持は笑う。

 

「ねえ、何であんな奴らを助けようとするの? 秀樹君だって理解しているはずよ。貴方は誰にも理解されない。受け入れられることなんてない。私と同じようにね。この世界で笑っていられるのは私と貴方だけなのよ?」

 

 きっと、こいつは根本的に孤独なのだ。今まで誰にも受け入れられたことも理解されたこともない。ただ一人この終わった世界を楽しむ外れ者。誰もこいつの隣にはいない。たった一人で歩かなくてはならないのだ。

 

 僕だって自分の本質が他者から理解されないものだって分かっている。でも、そんなの当たり前のことだ。誰も他人の考えいていることなど理解できない。理解した気になることはできるがな。

 

「貴方だってわかるはずよ。私たちが誰にも理解されないことを。今までいろんな奴が私を見て私の前から去っていったわ。貴方だって似たようなことがあるはず」

 

 生存者を助けた時のことを思い出す。皆口々に僕を化物と呼んだ。悪魔といわれたこともある。学園生活部を出ていく時だって怯えられた。僕たちの本質は確かに他者には受け入れられないものだ。

 

「断言してもいい、貴方を本当の意味で理解できるのは私だけ。私たちは今まで一人だった。でも、違う。もう一人じゃない、二人でならこの世界をもっと楽しく生きることができる。そこにはきっと愛だって生まれるはず」

 

 そしてもう一度僕に手を差し伸べる。以前見た時のような得体のしれないものではない。僕の目にはこいつがただの親からはぐれ泣きじゃくる子供のように見えた。彼女はただ、仲間を探していただけなのかもしれない。

 

「返事を聞くわ。私と、一緒に行きましょう?」

 

 僕は彼女にゆっくりと近づき、そのまま通り過ぎた。顔は見えないがきっと唖然としていることだろう。

 

「僕はお前の手を取らない。この扉の先には僕の助けを待っている仲間がいる。お前の手を取るわけにはいかない」

 

 どんなに共感できようともこの扉の前には美紀が助けを求めて待っている。こんなところで時間を浪費している場合ではない。僕は誓ったのだ。みんなを守ると、守り抜くと。こんな女の戯言に耳を貸す暇はない。

 

「そう、そうなの……。それは残念だわ。とても、とても残念だわ。じゃあ、私は行くわ。さようなら……」

 

 ゆっくりと足音が遠ざかっていく。僕には何故かその足音が泣いているかのように思えてならなかった。少しだけ、罪悪感を感じる。だけど、これでやっと邪魔者はいなくなった。僕は意を決して扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな。待ってたぞ」

 

「せ、先輩!」

 

 屋上には僕の予想通り頭護が美紀の頭にクロスボウを突きつけている。こちらも590の照準を頭に合わせる。いくら月が明るいとはいえ今は深夜。はっきり言って狙いづらい。

 

「はぁ、はぁ、早く、解毒剤を、渡せ!」

 

 どうやら重症のようだ。顔には血管が浮き出て今にも死にそうだ。感染しているとは思っていたが本当にそうだとはな。あれではもう助からないだろう。

 

「お前の負けだ。諦めて美紀を離せ」

 

「ふざけるな! まだ手札はこちらに残っている。朱夏が裏切ったりしなければもっとうまくいったんだがな。お前が毒を盛ったのは分かっているんだ。早く解毒剤を出せ!」

 

「貴人さん! もうやめて下さい!」

 

 裏切ったことは知っているようだ。まあ、本当なら僕は今頃目が覚めるはずだったと手紙には書かれている。だが、結果はどうだ。墓は爆破され何発もの銃声が鳴り響く。どうみても健在だ。

 

「こいつの命が惜しかったら解毒剤を渡せ! それとも切り捨てるのかな?」

 

 この距離でこの暗さでは狙頭護だけを狙うことはできない。そして今僕が構えているのは散弾銃。美紀に当ててしまったら最悪だ。くそ、どうする。

 

「早く銃を捨てろ! こいつがどうなってもいいのか」!」

 

「……わかった」

 

 このままでは本当に撃ちかねない。仕方なしに590と5906を地面に置く。後に残ったのはククリととっておきだけだ。そして懐からパイロットが持っていた注射器を取り出し見せつける。

 

「そ、それを早くよこせ!」

 

「いいや、美紀と交換だ。でなければ叩き割る」

 

 わざとらしく手にした注射器を振り上げる。頭護がわかりやすく動揺した。

 

「ま、まて! わかった。交換だな」

 

 僕が頷き、ゆっくりと近ずく。残り3m、2m、左手でばれないようにとっておきを手に持つ。かなり焦っているのだろう美紀に向けていたクロスボウは空に向けられている。

 

「そうだ、こっちにこい」

 

 残り1m。僕は左手にもったとっておきを投げつける。月明かりに銀色の閃光が走り何かが高速で飛んでいく、目指すは奴の腕だ。

 

「ガッ!?」

 

 一秒もしないうちに突き刺さる。僕が投げたもの、それはナイフだ。これが僕の秘策。痛みに悶えている隙に美紀がこちらに飛び込んでくる。

 

「先輩!」

 

「よし、もう大丈夫だ!」

 

 縄を解き解放する。僕の勝ちだ。視界の先には未だに悶える頭護が。どうやら刺された経験はないらしい。

 

「畜生! 俺をこんなナイフで刺しやがって!」

 

 既にクロスボウは痛みで落としてしまたらしい。あとは左手にもった釘バットだけだ。僕は美紀に胡桃たちのもとに行くように指示する。

 

「美紀、二階に胡桃たちがいるはずだ。そこに行け」

 

「わ、わかりました。でも、先輩は?」

 

「俺はこいつとけりをつけてくる」

 

 有無を言わさぬように語尾を強める。美紀は頷くと扉を開き中に消えて行った。残るは鬼の様な形相で睨む頭護と僕のただ二人。

 

 

 

 

 

「どうした? まだ腕にナイフが刺さっただけだろう? かかってこい」

 

「本田ああああああ!」

 

 ナイフを引き抜くと左手に持った釘バットを僕に向けて振り下ろす。火事場の馬鹿力というものだろうか。かなり早いな。寸でのところでそれを躱し、距離を取りながら腰のククリナイフを引き抜く。第二ラウンドの開始だ。

 

「死ね!」

 

 鋭い横一文字。これは躱せない。ククリナイフで応戦する。木と鉄がぶつかる音が響く映画とは違い音が軽くて少し間抜けだな。

 

 今度はこちらの番だ。バットを弾き斜め下からククリを振り抜く。奴も中々早いが僕のほうがもっと早い。奴はよけきれずに服に斜めの切れ込みを作る。よく見れば血も出ている。

 

「グッ!」

 

「悪いが弁償はしないぞ」

 

 僕と頭護はしばらくにらみ合う。先に動いたのは奴だ。両手でバットを握りしめ思い切り振り下ろす。かなりお怒りのようだ。ゾンビ化の兆候なのか速度もかなり早い。

 

「お前のせいで!」

 

「どうせ言っても信じないだろうがな、僕は毒なんて盛ってないぞ!」

 

「そんなこと、信じられるか!」

 

 がむしゃらに振り回されるバットを回避しながら真実を告げる。だが聞く耳を持たないようだ。再び僕にバットを振りかぶる。今だ。

 

「しまっ!」

 

 バットを振りかぶる瞬間に懐に飛び込む。そしてバットの柄頭目掛けて思い切りククリを振り上げる。耐えきれず頭護は仰け反る。更に追い打ちをかけるべく踏み込む。

 

 右腕目掛けてククリナイフを振り抜く。定期的に研いだ髭も剃れる切れ味と僕の腕力から放たれるそれはとんでもない威力と化す。

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 奴は自分に何が来たのかまだ理解していないようだ。だけどすぐに気が付くであろう。彼の右腕の肘から先がなくなっていることを。僕にバットを向けようとして右腕を向ける。しかし、腕はない。

 

「あ、あ、あああああああ!」

 

 今気が付いたようだ。右腕からは血が噴出し彼の顔を血に染める。地面にはバットを握りしめたままの右腕が転がっている。勝負がついたのだ。

 

「お、俺の腕がああああああ! 俺のみ、右手が!」

 

「お前の負けだ。この屑が」

 

 跪き自分の腕を必死に抑える頭護にククリナイフを突きつける。もうこいつを助ける術はない。腕を切り落とされた。すぐにでも止血して病院に搬送しなければ一時間もしないうちに大量失血で命を落とすだろう。そして病院はもうこの世に存在しない。

 

「悪いがもう助からない。何か言い残すことはあるか?」

 

 このまま、死ぬのを眺めるのもいいが少しくらい慈悲の心を見せてやってもいいだろう。こいつは僕の家族を襲ったどうしようもない屑だが、一応、人間だ。人間なら遺言くらい遺すだろう。しばらく、黙り込んだ後、僕に顔を向ける。

 

 

 

 

 

「お、お前に何がわかる!」

 

「は?」

 

 いきなり態度が豹変した。先ほどまでの痛みに我を忘れるものではない。はっきりと自我をもっている。

 

「お前だって散々殺してきたんだろ! 誰が、この大学を安全にした! 誰が、導いてきた!」

 

 どうやら痛みで狂ってしまったらしい。意味のわからないことを喚き散らし始めた。殺しておけばよかったか。だけど、もう少しだけ聞いてやろう。

 

「何もかも有限だ! 誰かがやらねばならないんだ! 選択が必要なんだ! お前らだって切り捨ててきたんだろうが! 俺は選ばれたんだ! 俺が生き残るんだ! この俺が選ばれたんだ! そのために異物を排除しようとしただけ! それの、それの何が悪い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部だ」

 

 手にしたククリを首めがけて振り抜く。鮮血が飛び散り頭護の首が宙に舞う。そして落ちる。何が起きたかわからない。そんな死に顔だ。どんな辞世の句を詠むかと思ったら最後の最後まで自己弁護とは、下らないにもほどがある。

 

「精々、あの世で永遠に選ばれてろ」

 

 首のない死体の服にククリを擦りつけ血を拭く。もうククリには血がべったりだ。これは帰ったらきちんと洗わなければな。粗方拭いたのでククリを鞘に仕舞い、落とした銃を手に取る。まだ夜は明けない。

 

「これで一段落ついたか。はぁ、手間を掛けさせやがて」

 

 この時の僕は全て終わったたと思っていた。だけど、それが全くの勘違いだと気が付くのはしばらくしてからのことである。

 

 

 

 

 僕の戦いはまだ終わらない。

 




 いかがでしたか? 大学編もいよいよラストスパート。我らがリソースさんは主人公君に首の分のリソースを減らされてしまいました。誰も止める人がいなければこうなるますよね。

 では、また次回に。

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