【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、群像劇は難しい。


第二十一話 なかま

「本田秀樹、あいつは何者だ?」

 

 ここは武闘派のアジト、既に、会議室での本田秀樹との接触から一日が経過していた。リーダー頭護貴人は先日のことを思い出しながら呟いた。

 

「ヤクザ? いや、それにしちゃ、若すぎだよな。多分俺らとタメだろ」

 

 城下隆茂は彼にやられた傷の痛みに顔を歪めながら煙草を一本口に咥えようとして失敗した。本当は彼等よりも年下だが、筋骨隆々の肉体と滲み出る凄味のせいで年齢を間違われている。

 

「あの子、高校生らしいわよ」

 

「はっ!? あれで高坊とかねえわ。スタローンみたいな身体しやがるくせに」

 

 事実、彼の肉体はプロの軍人や格闘家に劣らない代物である。この肉体を僅か一年にも満たない短い期間で手に入れるのは並大抵の努力ではない。文字通り命を削って手に入れたものなのだ。

 

「隆茂さん、大丈夫?」

 

 何度も煙草を咥えようとしてその度に傷の痛みで上手くいかない城下に思わず右原篠生は彼の状態を気遣う。

 

「いや、まだいてえ。ともかくアイツが外から来たとか、何を見たとかどうでもいい。アイツはマジでやべえよ。アイツ、俺達を撃つときさ、笑ってたんだぜ」

 

 人を殺すって時にあんな笑ってる奴はじめてみたわ。城下は初接触時を思い出し身体を震えさせた。彼の脳裏には未だに本田秀樹の凶相が焼き付いていた。

 

「あの銃はどこで手に入れたんだ? まあ、なんにせよアイツには下手に手を出さないほうがいい。恐らくアイツは殺すと言ったら本当に殺す奴だ。こちらの武器は一番強力なもので精々、ボウガン。アイツはピストルだ。真面に戦えば全滅は免れない」

 

「そう言えば、ボウガンの調子はどうなの? 高上君」

 

 彼は高上のピストルクロスボウを返却する際に機関部の掃除と注油を行っていた。彼がクロスボウを見た際にその杜撰な管理に思わず整備をしてしまったのだ。

 

「えっと、前よりもすごい滑らかに動くようなって驚いたよ」

 

「けっ、俺達のこと舐めやがって」

 

 こちらを馬鹿にしているとしか思えない行動に城下は吐き捨てた。本田秀樹自身にはそのような意図など微塵もないのだが、あの言動からそれを察するのは無理というものである。

 

「本田君、こっちに来てくれませんかね……」

 

「はっ!? 篠生お前マジで言ってんの? いや、でも、確かに……」

 

「確かに、アイツが武闘派に入れば俺達は安泰だろうな」

 

 平然と人を撃てる胆力、敵地に正面から上がりこみ更には脅す大胆さ。どれも並みの人間にはできない行為だ。武闘派は、その名が示す通り戦うことを是としている。現にここにいる面々はここまで生き残ってきた猛者ばかりだ。そこに彼を加えれば武闘派は向かうところ敵なしだろう。

 

「それは無理よ」

 

「なんで、言いきれるんだよ。てか、お前さっきからずっと写真眺めてるけど誰のだよ」

 

「え? 本田君の写真だけど」

 

「おまっ、昨日夜出て行ったと思ったらアイツのとこ行ってたのかよ! 何考えてんだ!」

 

 別に敵対しているわけではないんだからいいでしょ? 神持朱夏は楽しそうに笑った。彼女は滅多に笑わない。笑ったとしても僅かに微笑むだけ。だが、今の彼女はどうだろうか。まるで遊園地から帰った子供のように心底楽しそうに笑っているではないか。

 

「なんだ、お前、ああいうのがタイプなの?」

 

「タイプ、あながち間違ってもいないかもね」

 

「うげ、お前男の趣味悪いわ……」

 

「朱夏、なんのつもりだ」

 

 頭護貴人が怒りを滲ませながら問う。当然だ。昨日、あれだけのことを言ってのけた要注意人物に接触していたなど、到底許されるものではない。武闘派は規律を重んじる。それは例え女だったとしてもだ。

 

「別に、私が会いたかったからでは、駄目かしら?」

 

「ふざけてるのか。アイツが俺達に何を言ったのか忘れたわけではないだろう」

 

「てか、さっき言った無理ってどういう意味だよ」

 

 彼はそういう男じゃないのよ。神持朱夏はまるで、初めてできた友達を自慢するかのようにそれはそれは楽しそうに言うのであった。そんな彼女の唐突な変化に武闘派が驚愕するなか、彼女は昨夜の邂逅を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は……」

 

 会議室に居た女だ。自ずと警戒心が高まる。あれだけのことを言ってのけたのにまだやってくるのか。いったい、何が目的だ。

 

「こんばんは、本田君。今日は話したいことがあってきたのよ」

 

「話したい、だと……。あんたは、いや、貴方はいったい」

 

「そう言えば、まだ自己紹介してなかったわね。私の名前は神持朱夏。よろしくね、本田秀樹君」

 

 こいつが何をしたいのか全く理解できない。でも、一つだけ確かなことがある。こいつは僕の同類だ。でなければこんな楽しそうに笑うことなどできない。僕は彼女のことなど何一つ知らないのに、僕は彼女のことが手に取るように理解できた。そんな僕をよそに彼女はポケットから煙草の箱を取り出し、一本咥えた。

 

 よかったら貴方も吸う? 箱を差し出しながら言った。断る理由もないか。僕は彼女の煙草を一本受け取る。メンソールか。あまり好みではないな。一応、薬が塗っていないとも限らない。僕は煙草を口に咥えず手で持て遊んだ。

 

「ふぅー、あら、吸わないの? それとも火がないのかしら」

 

「いや、火は持っています。神持さん「朱夏でいいわよ。それと敬語もいらない」そうか、神持さん、あんたは何を話しに来た。デートの誘いにしちゃ、遅すぎやしないか」

 

「つれないわね。でも、まあいいわ。デートね、あながち間違いじゃないかもね。本田君、単刀直入に聞くわ。貴方はこの世界をどう思っているの?」

 

 これで確信した。こいつは僕の同類だ。普通に生きることのできなかった弱者。社会不適合者、異端児、そして、狂人。僕以外にもいたのか、終わってしまった人間は。

 

「どういえばいいんだ? 建前を言えばいいのか、それとも本音か」

 

「ふふ、判っているくせに。本音に決まっているじゃない」

 

 まるで、今から僕が言うことが知りたくてたまらないと言いたげな顔だ。会議室で見た時のつまらなそうな顔とは大違いだ。これが彼女の本性なのだろうか。

 

「はぁ、この世界をどう思っているのか……。まあ、正直に言ってしまえば僕はこの世界が楽しい。腹が減ればそこらの家にでも押し入ればいい。車に乗りたければ鍵を持ってそうな奴を殺して奪えばいい。銃を撃とうが人を殺そうが、何をしようが誰も咎めない。好き奪って好きに殺せる。最高の世界だ」

 

 これは僕の偽りのない、本音だ。その通り、僕はこの世界が楽しい。狂気が剥がれて復讐心を失って、最後に残ったのはこの世界に対する愉悦だった。

 

「そうよね、そうよね! 貴方の言う通りだわ! やっぱり私の目に狂いはなかったのね」

 

 心底、楽しそうに彼女は笑う。何が彼女をこうしてしまったのだろうか。どうしたらここまで壊れてしまうのだろうか。いや、壊れてなどいないのだ。ただ、隠れていたものが露わになっただけ。終わった世界で、隠す必要がなくなっただけなのだ。

 

「前の窮屈で退屈な世界じゃない。好きに奪って好きに殺せる。何をしてもいい。真の自由の世界。なんて素晴らしいのかしら! なのに、あいつらはちっとも笑わない。どいつもこいつも不景気面でうんざりしてた。でも、今は違う。貴方が現れた!」

 

 まるで溜め込んでいたものを吐き出しているようだ。余程、窮屈な思いをしていたのだろう。少しだけ哀れにも感じる。きっと彼女はもっと自由に生きたいのだ。この終わってしまった世界で無限に殺戮と簒奪を繰り広げたいのだ。

 

「貴方は私の初めての理解者、初めての仲間、初めての友達、初めての家族。貴方は前に殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけと言ったわね。私はそうは思わない。覚悟なんていらない。私たちは好きに殴っていのよ! そうよ、私は、いえ、私たちは選ばれたのよ! この世界は私と貴方のためだけにあるのよ。だから、だから本田君、

 

 

 

 

 

──私と一緒に来ない?──

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は僕に手を差し出した。きっと、彼女は孤独なのだろう。僕はこの終わってしまった世界で初めて出会えた同類なのだ。彼女の差し出した手。僕にはそれが酷く甘美なものに思えた。きっと、この手を取れば僕は楽しく生きられるだろう。きっと、二人でこの終わった世界で面白おかしく生きていくことができるだろう。

 

「でも、わからないわ。貴方のような素敵な人が何であんな糞つまらない場所で燻っているのかしら。貴方にはそんな場所は似合わない。もう、普通でいる意味なんてない、普通でいる必要なんてない。貴方は武闘派、いえ、もうあんなつまらない連中のことなんてどうでもいいわ。本田君、貴方にはもっと相応しい舞台が待っているのよ。だからこの手をとって私と一緒に楽しみましょう?」

 

 しばし、黙り込む。何も言わずに手に持ったままの煙草を口に咥え、ライターで火を点ける。オイルの匂いが僕の心を落ち着かせる。そして吸う。メンソールの爽やかな香りが広がった。軽くて吸いやすい煙草だ。

 

「軽い、煙草だな……」

 

「え?」

 

 もう一口吸う。駄目だ、口に合わないな。これ以上吸う気にならない、煙草を投げ捨てる。炎が軌道を描き闇に消えて行った。

 

「本当に、軽い煙草だ……。まるでお前の人生のようだ」

 

「どういう意味、かしら……」

 

 突然の侮辱とも取れる発言に神持は眉をひそめた。月が雲に隠れ、辺りは途端に暗くなった。それはまるで彼女の心境を代弁しているかのようだ。

 

「お前は与えられた舞台に満足してその先を行こうとしない。ただ、殺す、奪う。そりゃ、楽しいだろうさ。僕だって楽しいと思っている。でも、それだけだ。それだけなんだよ。お前は知らないんだろうな。汗水働いた後の飯の美味さを、仲間と下らない話で盛り上がる時の時間が経つ速さを、一仕事終えて布団に入る時の心地よさを。お前は何も知らない。ただ、与えられた世界で満足してしまっている。だから、軽いのさ」

 

「…………」

 

 彼女は、ただ、耐えきれなかったのだ。自分が普通であることに。だから、選ばれた。選ばれて特別になった。酷く弱くて哀れで悲しい女だ。雲が風に流され月が彼女を照らす。僕には彼女が何を考えているのかわからなかった。

 

「……そう、残念だわ。でも、今日は返事を聞きたくて来たわけじゃないの。ただ、貴方とお話しがしたかった。だから、返事はまた今度聞くことにするわ。あ、そうだ。写真撮っていいかしら」

 

 そう言って、彼女は有無を言わさず隣に立つと手にしたスマートフォンで写真を撮った。シャッター音が酷く間抜けで気が抜けた。

 

「ありがとう。私は行くわ。おやすみなさい。でも、一つだけ言っておく、貴方は必ず私の所にやってくる……。だって、貴方は私の仲間なんだから。またね、秀樹君」

 

 神持朱夏は去り、僕だけが取り残された。だが、僕には彼女の言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。僕はまた戻るのだろうか、化物に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい朱夏! 聞いているのか!」

 

「えっ? ごめんなさい」

 

「こりゃ、重症だな……」

 

 上の空だった神持朱夏はやっとのことで我に返った。気が付けば皆が彼女を見ていた。気を取り直すかのように彼女は咳払いをする。

 

「まさか、あの鉄仮面の朱夏に春が来るなんてゴフゥ!」

 

 何てことはない、神持が城下に肘鉄を喰らわせたのだ。城下が神持を睨むが彼女は知らん顔だ。

 

「朱夏、アイツとはあまり関わるな。兎に角だ。他の二人はどうでもいい。本田秀樹、あいつには細心の注意を払う必要がある。あいつの情報は喉から手が出るほど欲しいがこれ以上犠牲は払いたくない」

 

「普通に、謝ればいんじゃないかな……」

 

 高上が至極当然の発言をした。時が止まるのを誰もが感じた。そう、これは誰もが思っていたことである。先に手を出したのはこちらである以上、謝まって許される問題かと言えばそうでもないが、それでも無理に情報を聞き出すよりは何十倍もマシな考えなのは言うまでもない。

 

「殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけ、か……。俺達は少し勘違いをしてたのかもしれない……」

 

 頭護の呟きが部屋に木霊した。そんな彼を神持は酷くつまらなそうに眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。付いて来てもらって」

 

「別に、僕も行きたかったから構わないよ」

 

 僕たちは図書館を目指しながら歩く。今日は前々から行きたかった図書館を目指すことにしたのだ。

 

「そう言えば胡桃先輩は今どこに?」

 

「胡桃なら、多分桐子さんとゲーム三昧だろうな」

 

「…………」

 

 とはいえ、やるべきことはちゃんとやっているだろう。あの子はそういう子だ。

 

「ヌシってなんでしょうね?」

 

「さあ、大方僕たちをからかうために言っただけのデマだろう」

 

 ヌシとは図書館の内情を聞いた僕たちに晶さんが言った言葉である。図書館に行く際はヌシに気を付けろ。彼女は確かにそう言ったのだ。

 

「そうですかね?」

 

「まあ、何でもいいさ。それに敵なら倒せばいいだけだ」

 

 僕は背中のモスバーグ590を指さす。12ゲージのバックショットを喰らって平気な生物はこの世に存在しない。そういうと美紀はいつものように頭を押さえながら溜息をついた。

 

「あの、図書館は安全だって言ってたじゃないですか。こういう時くらいは武器を置いていったらどうですか?」

 

 もう、図書館は目と鼻の先だ。そろそろ590を構えたほうがいいかもしれない。でも、その前に美紀の問いに答えなければ。

 

「悪いがそれは無理だ。僕から武器を取ったら何も残らないじゃないか」

 

 精々、筋肉くらいかな。そうやって下らないことを考えていると横にいたはずの美紀がいなくなっていた。慌てて振り返る。何故か美紀が立ち止まっていた。これは、怒っているのか。

 

「先輩、今の言葉は訂正してください。私は、いえ、みんなそんなちっぽけな理由で先輩と一緒にいるわけじゃありません。だから何も残らないなんて言わないでください」

 

 どうやらまた言葉選びを間違えてしまったらしい。よく見れば怒っていると思った顔はどことなく悲しみを帯びたものであった。

 

「悪かった。今の発言は撤回する」

 

「はい、そうしてください」

 

 そんなこんなで僕たちは聖イシドロス大学、大学図書館に到着した。例によって荒れ果てているが中身は無事なのだという。扉から中に入りいつものように武器を構えようとすると美紀に声をかけられた。

 

「先輩、今くらいは銃を置いていきませんか?」

 

「それは……」

 

 それは危険だと言おうとしたが、先ほどの美紀の言葉を思い出し思いとどまってしまった。

 

「私たちは、ただの高校生です。普通の高校生は銃なんて持ちませんよ。だから今くらいは普通の学生に戻りましょう?」

 

「…………」

 

 僕の脳裏には昨日、神持さんに言われた言葉が焼き付いていた。貴方は私の仲間。そんな僕が今更普通の学生になることなど許されるのだろうか。

 

「先輩、もしかして何かあったんですか?」

 

「え?」

 

 何故、わかったのだろうか。僕は昨夜のことを誰にも言っていない。余計な不安は与えたくなかったからだ。だから、これは隠しておくべきだろう。

 

「別に、何でもないよ。ただの気のせいさ」

 

「そう、ですか……。何かあったらいつでも相談に乗りますからね」

 

「ああ、頼りにしているよ」

 

 美紀は引っかかるものがあったようだが、これ以上追及してくることはなかった。図書館内部に入る。外と同じ様に荒れてはいるが、本は無事なようだ。

 

「これは、カウンターに置いておくか」

 

 590と5906。そしてナイフをカウンターに置く。これで僕は丸腰になった。少し、心許ないがこれが普通なのだ。振り向けば笑顔の美紀が僕を見ていた。

 

「じゃあ、行きましょうか。ここで別れますか?」

 

「いや、流石にそれは止めた方がいいだろう。学園生活部心得にもそう書いてある」

 

「ふふ、そうでしたね」

 

 ポケットに入れた懐中電灯を灯し、僕たちは誰もいない図書館を探索する。やはり学校の図書室とは質、量ともに比べ物にならない、正に人類の宝だ。何千、何万の銃弾を積み上げようともここにある一冊の本の価値にはかなわない。

 

「えっと、先輩は、何を探しているんでしたっけ?」

 

「農業と、医療、あと機械系の技術書を読みたいかな。できれば何冊か持って帰りたい」

 

 学校の図書室にある技術書はあまりに初歩的すぎてもはや僕たちには不要だ。だが、ここならもっと突っ込んだ本が手に入ることであろう。

 

 

 

 

 

「それは、止めてほしいかな」

 

 突然背後から声を掛けられた。振り返れば見知らぬ女性が立っている。いったい、誰だ?

 

「借りるのは大歓迎だよ。でも、ちゃんと戻してね」

 

「あ、貴方は……」

 

「あ、ごめんね。私は稜河原リセ。初めまして」

 

 そう言って彼女は笑った。これが僕たちの初めての出会いであった。

 

 

 

 

 

「それは大変だったね」

 

「はい、まさか車が故障するなんて思いませんでした」

 

 あれから僕たちはお互いの情報交換を行った。今、美紀と話しているのは稜河原リセさん。聖イシドロス大学文化人類学部に所属している女性だ。桐子さんたちとは友好関係を築いているが普段はここで寝泊まりして本を読みふけっているらしい。物凄い読書家だ。本好きの美紀も流石に少し引いていた。

 

「そう言えば、君」

 

「はい?」

 

 突然、声を掛けられた。その表情はよく見れば少し怒ってるようにも見える。

 

「さっき受付に銃が置いてあるのを見たのだけれどあれは君のかい?」

 

「え、ええ。まあ」

 

「駄目じゃないか! 図書館は火気厳禁だよ。今日は仕方ないけど次からはちゃんとルールを守ってね」

 

「は、はあ……」

 

 指摘するところが間違っている気がしてならない。でも、彼女の目を見れば本気で言っているのがわかる。隣の美紀も困惑している様子だ。

 

「そ、そこなんですか? 稜河原先輩」

 

「リセでいいよ。そうだね、こんな世界になっちゃったんだし銃くらい持ってても不思議ではないと思うんだ」

 

 でも、ルールは守ってね。そう言ってリセさんは笑った。激しく間違っている気がしてならない。でも、まあこんな人がいてもいいかもしれない。彼女と話していくうちに段々とリセさんの人となりを知ることができた。端的に言ってしまえば、彼女は変人だった。この世の全ての本を読みたい。だが、読めども読めどもすぐさま新しい本が出てしまう。だから今の世界は好きだ。

 

「だってもう新しく本が増えることはないだろう?」

 

 本好きにはいい時代になった。そう、彼女は豪語した。これを笑い話と受け取るべきか悲劇と受け取るべきか僕には判らない。だが、彼女の言葉はあまりにも悲観的過ぎる。だからだろうか。

 

「君たちの探している本はここだよ。じゃ、何かあったら呼んでね」

 

 僕たちの探している本のコーナーに案内したリセさんは背を向けどこかに行こうとした。だが、それを止める者がいた。

 

「あの、リセ先輩!」

「なにかな?」

 

 美紀は何かを訴えたいようだ。だが、言葉にでないのだろう。少しの間、沈黙が走る。

 

「私、新しい本も読みたいです。今、私たち卒業アルバムを作ってます。秀先輩の反省文も、あと少しで本が一冊作れるくらいになってます。だから、読むだけ読んでそれで終わりなんて、そんな悲しいこと言わないでください」

 

 え、反省文ってそんなに量あるの。思い返せば確かにとんでもない量の反省文を書いているきがする。どうせ学校に帰ったらまた書かされることだろうし。これからも増え続けていであろう。本田秀樹の反省文集か。題名は「また僕は如何にして無茶をして反省文を書くようになったか」あたりかな。

 

「なんだい、反省文って。でも、そうだね。それはちょっと読んでみたいかな。でも、新しい本を作るとなると大変だよ。やらなければならないことは山ほどある」

 

「本ってそのためにあるんじゃないですか?」

 

 僕も思うところがあるので口を挟ませてもらおう。本というのは本来、自分達の知識を未来の誰かに届けるためにある。本に書かれていることを学び、また新たに発見を重ね、そしてまた未来の誰かに本を残す。人間が発展してこれたのはこうして脈々と受け継がれてきた膨大な知識があるからだ。

 

「そのための、本か。そうだね、全く持って君たちの言う通りだよ。少し勘違いしていたようだ。今日はありがとうね」

 

 そう言ってリセさんは今度こそ僕たちの前から姿を消した。

 

「あの、先輩。今の台詞私が言おうとしたんですけど」

 

「それは悪いことをした。すまんね、君」

 

 どうやら美紀の言おうとしたことを先に言ってしまったらしい。少し悪いことをしたかな。

 

「新しい本。読めるといいですね」

 

「何、きっと読めるさ」

 

 そんな未来のことに夢を馳せる僕達なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡桃、こんな屋上に呼び出して何があったんだ?」

 

 美紀と図書館に行った日の夜。僕は胡桃に連れられて僕たちの寝泊まりしている建物の屋上に連れて行かれた。空を見上げれば月が冷たく僕達を覗き込んでいた。

 

「まあ、座って話そうぜ」

 

「それもそうだな。でも、寒くないか?」

 

「大丈夫だって、ちゃんと飲み物も持ってきたから」

 

 そう言って胡桃は魔法瓶に入った液体をカップに注いだ。これは紅茶か。屋上のフェンスに寄りかかるように座り二人して紅茶を飲んだ。

 

「美味いな……」

 

「そ、そうか。あたしが淹れたんだ」

 

 意外だな。いや、胡桃だって飲み物くらい淹れるに決まっているか。お互い何も言わず紅茶を飲む。先に口を開いたのは胡桃だった。

 

「なあ、何かあったろ」

 

「どうして、そう思ったんだい?」

 

 隠していたつもりだったのだがな。やはり、ばれてしまったか。

 

「美紀に言われたんだ。それにあたしもすぐに気づいた。今の秀樹って前に学園生活部を出ていく時の秀樹にそっくりなんだよ。だから居ても立っても居られなくなってさ」

 

「はぁ、やっぱわかっちゃうか……」

 

「当たり前だろ。あたしは秀樹の彼女だぜ」

 

「…………」

 

 唐突に恥ずかしいことを言われお互い赤面し黙り込む。いつまでたっても慣れないな。いい加減慣れてきてもいい頃合いだろうに。

 

「秀樹は、どこにも行かないよな?」

 

「大丈夫さ。どこにも行くつもりはない」

 

「つもりじゃ駄目だ!」

 

 突然、胡桃が声を荒げた。これは、僕が悪いだろう。また、心配させてしまったのだ。僕は本当に駄目な男が。いくら筋肉と武器で武装しようとも僕という人間はどこまで行っても間違え続けるのだろう。

 

「行くなよ。前みたいに勝手にいなくなったら許さないからな」

 

「ごめん、約束する。僕はどこにも行かない」

 

 彼女になら言ってもいいかもしれない。僕は昨日のことを話す決意を決めた。

 

「昨日の夜さ。武闘派の女に会ったんだ」

 

「マジかよ!? 何もしなかったよな?」

 

 心配するのは向こうのほうなんだな。胡桃が僕をどう思っているのかよくわかった。でも、まあその認識は間違っていない。

 

「君が僕のことをどう思っているのよくわかったよ。って、そうじゃない。そいつに言われたんだ。お前は私の仲間だって」

 

「それって、どういう意味だ」

 

 これを言ってしまってもいいのだろうか。言ってしまったら僕は拒絶されてしまうのではないだろうか。そう思うとたまらなく怖い。そう思っていると手を握られた。温かい手の温もりだ。

 

「大丈夫だよ。肥料から爆弾作るような奴に今更何言われたって怖くねえよ。だから大丈夫」

 

「そうか……。そうだね。それでね、彼女は言ったんだ。この世界は楽しい、好きなように殺して好きなように奪える。真の自由の世界だとね」

 

 神持さんはそれはそれは楽しそうに笑っていた。それに惹かれなかったと言えば嘘になる。口ではいくら否定しても心までは騙せない。

 

「な、なんだよそれ……。おかしいだろ……」

 

「そう、それが普通の反応だよ。それでいいんだよ。でも、僕は違った。僕は彼女の言葉を否定しきれなかった」

 

「秀樹……」

 

 ああ、やっぱり言うんじゃなかった。こんなこと言ったって困るだけだろうに。

 

「僕は今まで好き勝手にやってきた。武器を手にしてあいつらを殺して殺して殺しまくった。人だって殺したことがある。今まで言ってなかったけどね。僕はね、はっきり言ってこの世界が好きなんだ。だから同類なんだよ」

 

 胡桃は何も言わない。言えないのか、それとも言う気力がなくなるほどに呆れたのか。まあ、どっちでもいい。ただ、彼女に嫌われると考えると胸が張り裂けるような気持になる。

 

「へぇ、で、続きは?」

 

「は?」

 

 この子は今なんて言った? 続きはと言ったのか。

 

「だから、続きは?」

 

「いや、これで終わりだけど……」

 

 僕の一大告白に、胡桃は欠伸を一つするだけで、それ以上の反応はない。まるで、それで終わりとでも言いたげな顔だ。

 

「なんだよ。もっと凄いこと言うんじゃないかと思って心配したんだぜ?」

 

「いや、君「胡桃って呼んで」胡桃、僕の言うこと聞いてたのか」

 

「聞いてるに決まってんじゃん」

 

 ちゃんと聞いていてその反応はおかしいと言わざるを得ない。そんなの、異常だ。

 

「じゃあ、何で怖がらないんだ。おかしいじゃないか!」

 

「いや、なんか。すげえ今更だなって……」

 

 そう言えばその通りだ。学校中の奴らを大虐殺して今更、異常者でしたなんて、そんなの知ってて当然だ。そんなこと頭の螺子がダース単位で外れている奴にしかできない。

 

「それは、その通りだ。でも、僕はあの女と同「秀樹は絶対にそんな女なんかとは違う!」く、胡桃……」

 

「ほんと、秀樹は馬鹿だな」

 

 頭を小突かれる。痛くも痒くもないはずなのに僕にはそれがまるでハンマーにでも殴られたかのような衝撃に感じた。

 

「前にも言ったけどさ。秀樹は自分の事悪く思い過ぎ。そりゃ、人を殺したってのはちょっとショックだけどさ。秀樹のことだから絶対に何か理由があったんだろ? 秀樹が何の理由もなしにそんなことする奴じゃないのは分かってる。だから大丈夫だよ」

 

 確かに、理由もなく人殺しをしたことなど一度もない。楽しんだこともない。ただ、必要だったから自分の身を守るため、みんなを守るため。でも、到底許されることではない。

 

「その女がどんな奴かは知らねえけど。これだけは言える。秀樹は絶対にそいつとは違う!」

 

 また、胡桃に助けられた。僕を引き戻すと言ったのは本当のことだったんだな。唐突にヒカさんに言われたことを思い出した。普通に生きることを諦めないで。そうだその通りだ。何で忘れていた。

 

僕は異常者だ。だからなんだ。狂っているから普通に生きてはいけないなんて誰が決めた。僕はこの子と最後まで生きると決めたのだ。あんなぽっと出の女如きに動揺させられるなんて情けないにもほどがある。それにこの世界は真の自由の世界なんだ。普通に生きる狂人がいたって誰も文句は言わないだろう。

 

「君は、君ってやつはなんて最高なんだ! 僕は胡桃を好きになって本当によかった。愛しているぞ」

 

「い、いきなりなんだよ。あ、愛してるって……」

 

 また、モジモジし始めた。可愛い。そんなこんなで僕は赤くなった胡桃を彼女が怒るまで可愛がり続けたのであった。月が温かく僕達を覗き込んでいた。

 

 




 いかがでしたか? アヤカが原作以上のサイコになってしまった感がありますが、このssのアヤカはずっとこんな調子です。大学編もようやく、物語が動き出しそうです。

 では、また次回に。

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