【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。怖いよ。


第二十話 けいこく

 5906のスライドを少し引き、そのまま手で固定。スライドストップを指で少し押し出す。これでスライドストップが外せる。スライドストップを外した後、スライドをフレームから引き抜き内部の銃身とリコイルスプリングを取り外す。これでフィールドストリップは完了だ。

 

「───、───」

 

 思わず鼻歌を歌ってしまう。即興で考えているため滅茶苦茶だがどうでもいい。今は気分がいいのだ。テーブルの上に置いたケースからワイヤーブラシを取り出し銃身を掃除。ライフリングに溜まったカーボンを取り除く。

 

「秀樹、入るぞ。って、何やってんの?」

 

「ああ? 見てのとおり銃のメンテナンスさ」

 

「ふーん」

 

 そして当然のように僕の隣に座る。もはやごく当たり前となった流れだ。胡桃は何をするでもなく僕の作業を眺めている。ブラシを使ってスライド内部を掃除する。ふむ、まだ掃除するのは早すぎたかな。全然汚れてない。

 

 今日、車が故障してしまい僕たちは立ち往生するかと思われたが喜来さんの助けもあり何とかなりそうだ。とは言え、まだ朝になったばかりだ。今朝、話した限りでは直すのには時間が掛かるそうである。とは言え、彼女に付きっ切りで作業してもらうわけにはいはいかない。既に無線で遅れる旨は伝えてあるのでゆっくり直してもらえばいいだろう。

 

「そう言えばりーさんが遅れるなら荷物に参考書入れといたから勉強しとけよだってさ」

 

「へー」

 

 オイルを充填したスプレーを手に取りスライドとフレームが接触する部位と引金関連の部品に注油し、しばらく馴染ませる。オイルの何とも言えない香りが僕の鼻を刺激する。

 

「秀樹、本当に聞いてるのか?」

 

「へー」

 

 弾倉を六つ取り出す。内、三つは既に弾薬が装填されている。僕は装填済みの弾倉から弾薬を全て抜き取り、空の弾倉に詰めなおす。こうすることで弾倉のバネの劣化を防ぐのだ。マガジンローダーなんていう便利アイテムはないので当然、手動で弾を込める。

 

 残り、30発。慣れたとはいえこの作業は手が疲れる。56式の装弾クリップなら弾を溝にはめるだけだから楽なんだがな。ただひたすら9mmパラベラム弾を弾倉に込める。突如身体が揺らされた。

 

「ひーでーきー! 話聞けよ!」

 

 胡桃が僕の腕を掴んで左右に揺らしていた。可愛い。でも、少し悪いことをしてしまったようだ。

 

「あ、悪いね。つい夢中になってしまって」

 

「まあ、すげえ楽しそうだったもんな。それって、なんて言うピストルなんだ?」

 

「お、気になるかい? これはねスミス&ウェッソンが開発したモデル5906といってね1954年に開発されたモデル39の後継機なんだけど──」

 

 僕は胡桃に自分の知識を披露する。ただ何なく聞いたことなのかもしれないが自分の好きなものを好きな子に知ってもらえるのは嬉しい。だからだろう、つい夢中になって話し過ぎてしまった。

 

「────でも、もうM&Pが登場してからはカタログ落ちしちゃってね。採用している国も段々減っているんだ。まあ、もう時代遅れの銃だし仕方がないけどね」

 

 随分と長いこと話してしまった気がする。胡桃は話の半分も理解していないことだろう。好きなことになると我を忘れるのは悪い癖だな。

 

「ごめんね。全然わからなかったよね」

 

 胡桃は苦笑している。当然の反応であった。話しながら弾倉は全て込め終えた。後は分解された5906を先ほどとは逆の手順で組み立てていくあっという間に元通りだ。

 

「確かに、秀樹の言ってること全然わからなかったけどあたしは秀樹の好きなものが知れてよかったぜ?」

 

 そう言って胡桃は笑う。僕は彼女の頭なでようとして自分の手が油で汚れていることに気づいた。手を引っ込める。胡桃は少し残念そうだ。

 

「な、撫でてくれないのか?」

 

 今回ばかりは上目遣いで頼まれても頷くわけにはいかない。仕方がないので事情を伝える。

 

「そっか。じゃあしょうがないな。だったら代わりに……」

 

 僕の頭に何かが乗っかる。胡桃の手が僕の頭の上に置かれていた。僕は今撫でられているのだ。これは、恥ずかしい。だが、悪くないな。

 

「いつも、秀樹が撫でてばっかだから、たまには、あたしにも撫でさせろよ」

 

 そうして僕と胡桃は僕たちを呼びに来た美紀に見つかるまでひたすら撫でられ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホン! これが今朝、悠里先輩に言われてた参考書です」

 

 別室、長机を設置しまるで塾のような雰囲気の中で美紀は机の上に参考書とノートを置いた。地味に多いな。

 

「おお、サンキュー。美紀」

 

「いえ、ついでですから」

 

 目の前の参考書を見る。センター試験用のか。僕としては推薦狙いだったから全くと言っていいほど勉強してなかったな。もう、勉強する意味もないのかもしれないが。英語の参考書を流し読みする。この程度なら問題ないな。

 

「秀樹って英語できるのか?」

 

「まあ、自分で読むくらいなら問題なくできるよ。そうじゃないと海外の銃火器のウェブサイト見れないしね」

 

「ふーん、そういうもんか……」

 

 こうして、僕たちはしばらくの間勉強をするのであった。英語はまだ何とか覚えていたが数学、国語、その他諸々は殆ど忘れてしまっていた。酷く退屈なのは認めざるを得ないが、闘争に身を投じていたら決してできない贅沢な行為なのだ。とは言えこんな受験用の知識よりも農業や医療の知識の方がよっぽど学ぶ価値がありそうな気がするのは気のせいだろうか。

 

「あー! 全然わかんねー!」

 

 胡桃が遂にダウンした。かくいう僕も何とか堪えているがもう限界に近い。いくら頭では理解していても身についた習慣まではそうそう変えることは出来ない。

 

「なあ、この勉強って意味あんのかな? だって、もう勉強したってさ……」

 

「先輩……」

 

 もう、勉強したところでそれを披露する場所がない。テストなんてものはもう誰も出してくれないし、受験なんて言葉はこの世界には不必要だ。

 

「でも、私は必要だと思います。先輩、知識は武器です。それは使い方によっては単純な暴力なんかよりもずっと強力な矛になります。それに知らなくて困ることがあっても知ってて困ることはありませんから」

 

 その通りだ。暴力ってのは所詮、何処までいっても壊すことしかできない。スクラップ&ビルドなんて言葉もあるが、それは知識があって初めて意味を成す。そんな美紀の言葉に胡桃は思うところがあったようだ。再び参考書を手に取った。だが、先ほどまでの惰性とは違い明確な意思の基にペンを取っている。

 

「美紀の言うとおりだな。よし! 勉強するか!」

 

「知識は武器、か。全く持ってその通りだ。忘れていたよ。でも、こういう勉強も大切だけど今の僕たちには他にも必要な知識もあるだろう。確か、図書館があったはずだが」

 

 特に農業と医療の知識はもっと知っておくべきである。既にある程度の知識は持っているとはいえ十全とはいいがたい。

 

「確かに、一理ありますね。図書館、使えるのかな?」

 

 これは好機だ。僕は自らの切り札を切る。

 

「じゃあ、僕がトイレがてら聞いてくるよ。またね」

 

 席を立ち、部屋を後にする。計画通り。実は今までのやり取りは僕が逃走するための布石だったのだ。ただ、逃げ出すのはかっこ悪いので、こうして尤もらしい理由が必要だった。そして計画は達成され、僕は晴れて自由の身になった。

 

「あれ、秀樹逃げてね?」

 

 やべ、ばれた。僕はたまらず駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、車の調子はどんな感じでしょうか?」

 

 勉強の魔の手から命からがら逃げだした僕は一応、図書館の内情を聞くため出口さんたちを探していたのだが一向に見つからなかった。仕方がないので外まで出たのだが、そこで僕たちの車を修理してくれている喜来さんに遭遇したのだ。

 

「今、見てるんだけど多分電装系の部品が摩耗してるのが原因だと思う。これは交換が必要かも」

 

 思っていた以上に深刻だった。とは言え車は門外漢だ。僕が手伝えることは精々、パーツを取ってくることくらいだろう。

 

「もしよければ交換が必要なパーツを教えてくれませんか? 外で取ってくるので」

 

「あ、危ないよ! そんなことしなくても駐車場の使ってない車から取ってくればそれで大丈夫だから」

 

 武闘派と冷戦状態にある以上、なるべく不審な行動は慎みたい。少しの危険を冒すだけでそれ以上のリスクを回避できるのだったらそうするべきだ。

 

「別に大丈夫ですよ。見てのとおり僕は戦い慣れていますから」

 

 対ゾンビ、対人、どちらも経験豊富だ。

 

「そうなんだ。君は、強いんだね……。ちょっと聞いてくれるかな……」

 

 そこから語られたのは喜来さんの過去だった。彼女は以前、武闘派に所属していたそうだ。だが、武闘派が求めるのは戦うことのできる人間。残念なことに彼女にはそれが出来なかった。故に放逐された。

 

「で、今はこうしてみんなが受け入れてくれた。でも、武闘派は違った。私は、いらない人間だったから……」

 

 昔を思い出させてしまったようだ。だが、この話で武闘派の馬鹿さ加減がより明確になった。超貴重な技術職を戦えないからというだけで追放するなんてひょっとしてギャグで言っているのだろうか。本当に馬鹿だ。いや、馬鹿に失礼だな。

 

「喜来さん。貴方は一つ勘違いをしている」

 

「どういう……こと?」

 

 喜来さんが僕を見つめる。昨日よりかは大分ましになったとはいえ僕を見る目には未だに恐怖の色が伺える。まあ、僕のような武装した男なんてそんなものだろう。

 

「僕は武器を手にして奴らと戦えます。でもそれは勇敢だからじゃない、臆病だからだ。普通でいることに耐えきれなかったんだ。臆病だから眼前の敵を討ち果たさないと居ても立っても居られない。喜来さん、人間性を捨てるのは簡単です。でも、貴方は最後までそれを拒否したんでしょう。貴方は誇り高い人間だ。どうか、その心を忘れないでください。それに、直す方が壊すよりも何兆倍も尊い。だから自信を持って下さい」

 

 人が武器を取るのは突き詰めていけば怖いからだ。向こうはこっちとは違う。それが理解できないから、許せないから、だから目の前の存在を滅ぼす。確かに、どうしても戦わなければいけない時はある。だが、それはあくまで最終手段であって本来は隠すべきものなのだ。平然と振り回していいものではない。武闘派が何故暴力に走ったのかは知らない。でも、きっと彼等も僕の同類。普通でいることに耐えきれなかった弱い人間なのだ。

 

「ヒカでいいよ」

 

「はい?」

 

 先ほどの暗い表情とは違い今の彼女は笑顔だった。その目にはもう恐怖の影は見えなかった。

 

「喜来さんじゃ言いにくいでしょ? ありがとう、本田君。そうだよね、無駄じゃないよね……。でも、君は大丈夫だよ。きっと普通に生きられるよ。だから諦めないで」

 

 諦めないで、か。その通りだ。僕は普通には生きられない。でも、だからといって普通に生きることを放棄していい理由にはならない。決してなれないかもしれないがそうなるように努力するべきだ。身体に活力が湧いてくる。

 

「ヒカさん、ありがとうございます。何か僕にできることがあったらいつでも力になります」

 

「わかった。でも、今は大丈夫。そう言えば本田君、何か探してたみたいだけど?」

 

「そうだ、思い出した。あの、出口さんと光里さんを見ませんでしたか? 少し聞きたいことがあってですね」

 

「二人なら、今は武闘派と会議室にいるよ。さっき呼び出されたんだ。でも、今は行かない方がいいと思うよ」

 

 そりゃそうだ。だが、いいことを聞いた。僕はヒカさんに礼を告げこの場を後にした。そして追及してくる美紀と胡桃をあしらい例の物を手に取った。目指すは会議室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、いきなり呼び出して何のようだい?」

 

 ここは武闘派と穏健派の縄張りが接する緩衝地帯。彼らと彼女達はここの会議室でこうして度々情報のやり取りを行っていた。

 

「いきなり呼び出して悪いな。だが、緊急事態だ。お前たちの所に男一人と女二人が入ってきただろう」

 

 金髪の男が顔を歪ませながら二人に言った。彼の名前は頭護貴人。その顔には無数のガーゼと絆創膏が張られ見るからに痛々しい。理由は簡単。昨日、撃たれた際に割れたフロントガラスが突き刺さったからだ。ここにはいないがその場に居合わせた城下隆茂も似たようなことになっている。

 

「私は見てないけどいきなり撃ってきたそうじゃない」

 

「そうだ。お蔭で貴重な車を一台駄目にされた。俺達だって死にかけた。どう落とし前を付けるつもりだ」

 

 その顔は怒りの感情で支配されていた。だが、見るものが見ればわかることだろう。僅かながらに怯えていることが。何も難しいことはない。言ってしまえば彼は暴力を振るうことには慣れていても振るわれることには全くと言っていいほど経験がなかった。そんな彼に生まれて初めて明確に向けられた殺意。怯えるなというほうが無理がある。

 

「知らないよ。自業自得じゃない」

 

 光里晶は頭護の発言をバッサリと切り捨てた。出口桐子も同意するかのように頷いている。

 

「あの子、頭から血、流してたよ」

 

「あれは威嚇のはずだった」

 

 本来なら、威嚇したのちに身柄を確保する予定だった。しかし、彼らは自分の常識で当てはめて行動してしまった。殆どの人間はあれで抵抗することはないだろう。だが、世の中には常識が通用しない人間も確かに存在するのだ。

 

「そんなの、あの子達がわかるわけないじゃん。しかも、あんなに追い回してさ。正直、やられても仕方がないね」

 

 思わぬ正論に流石の彼も黙り込む。しばらくした後、彼は再び口を開いた。その横では神持朱夏が退屈そうな顔で頬杖をついている。傍らには右原篠生が全員の緑茶を用意していた。彼女は武闘派随一の戦闘要員であり、その穏やかな風貌に似合わぬ力で奴らと戦っている。

 

「だが、こちらは死にかけた。そんな危険人物は即刻追い出すべきだ。情報や物資は惜しいがあいつは危険だ」

 

「危険、ね。自分達から藪をつついて蛇がでたから一緒に追い出そうってことかい? それは虫が良すぎるんじゃないの? だから悪いけど君たちの提案は断らせてもうらうよ。あの子たちは君たちが思っているような危険人物じゃない」

 

 本田秀樹という人間は自分や仲間に危害を加えようとしない限り暴力は振るわない人間だ。武闘派は彼を危険人物扱いし即刻追放するべきだと唱えるが、出口桐子には彼がそのような悪人だとはどうしても思えなかった。だからこそ、彼女は拒否するのだ。

 

「そんなこと信じられるか! お前達だって見ただろう! あいつが何をしたのか!」

 

 突如、扉がノックされた。本来なら有り得ないはずの第三者。頭護貴人はもしやと思った。そしてその予感は的中した。扉が開かれる。彼、本田秀樹が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ、みなさん。ごきげんよう」

 

 扉を開き、中に入る。全員が信じられないと言いたげな顔で僕を凝視する。僕はあれから会議室に向かい、出るタイミングを計っていたのだ。そして議論が白熱仕掛けた瞬間、本人が登場する。

 

「お、お前は!」

 

 金髪の男が思わず立ち上がる。恐らく彼が武闘派の頭目、頭護貴人なのだろう。よく見れば顔中にガーゼや絆創膏が張られていて、何とも間抜けな顔になっている。僕は笑いそうになるのを何とか堪える。

 

「き、君、何でここに!?」

 

 信じられないと言いたげな顔だ。まあ、あんなことをしておいてよくもまあ、平然と出てこれると僕も思う。

 

「すいません、貴方達がここに居ることを聞きましてね。今日は是非とも武闘派の皆さんに自己紹介をと思いまして。初めまして、本田秀樹と申します。こうして生で顔を見合わせるのは初めてでしょう」

 

 あくまで友好的に接する。営業スマイルのサービス付きでだ。よく見たらお茶が用意されているではないか。少し喉が渇いた。

 

「失礼、一杯貰ってもよろしいですか?」

 

「え!? う、うん」

 

 僕の手に湯呑が差し出される。一口飲む。うん、美味いな。

 

「な、何しに来たんだ!」

 

 頭護さんが僕に訊ねる。よく見れば冷や汗を掻いているのがわかる。そんなに怯えなくてもいいのにな。

 

「まあまあ、そう目くじらを立てずに。穏便にいきましょうよ。今日は貴方達と争いに来たんじゃありません。ほら武器だって持ってないでしょう?」

 

 身体を一回転させ丸腰をアピールする。勿論嘘である。笑顔を張り付かせたまま僕は唖然とする皆を差し置いて話を続ける。

 

「今日は、貴方達に謝罪をしに来たんですよ。ほら、以前、貴方達の仲間の方のクロスボウを仕方がなかったとはいえ奪ってしまった」

 

 ショルダーバッグからピストルクロスボウを取り出し頭護さんの前に置く。勿論笑顔のおまけ付きでだ。

 

「はい、これは貴方達に返却します。余計なお世話かもしれませんが簡単な掃除と注油をしておきました。前よりも滑らかに動くはずですよ」

 

 誰も何も言わない。沈黙が会議室を支配する。原因はもしかしなくても僕だろう。しばらくして動き出したのは頭護さんであった。

 

「何が謝罪だ! 信じられるか!」

 

 手を振りながら怒り心頭といった様子だ。あまり騒ぐな程度が知れるぞ。何とか笑顔を維持する。大丈夫だろうか。ちゃんと笑顔になっているだろうか。

 

「貴様が俺達に何をしたのか思い出せ! こっちは殺されかけたんだぞ! 何十発も打ちやがって! 車だってもう動かなくなった!」

 

 笑顔だ。笑顔を維持するんだ本田秀樹。今日は争いに来たのではない。人間は対話できる生き物なのだ。

 

「それをなんだ! 争いに来たわけじゃない? 穏便にいきましょう? 信じられる「それがどうした!」───ッ!?」

 

 手にした湯呑が握力に負けて砕け散る。熱い緑茶が床に零れる。だが、そんなことはどうでもいい。もう、うんざりだ。

 

「ひっ!」

 

 出口さんが僕の豹変に怯えている。でも、僕はもう我慢の限界なんだよ。笑顔のサービスは終了だ。

 

「こちらが下手にでてりゃ調子に乗りやがる。いいか、お前らが死のうが怪我しようが僕の知ったことか! 何か勘違いしてやがるから言ってやる! 先に手を出したのはどっちだ!」

 

「そ、それは「どっちなんだ! 答えろ!」お、俺達だ……」

 

 苦虫を噛み潰したように心底嫌そうに金髪が言った。それだけで十分だ。こいつは認めた。自分達のミスを。

 

「認めたな! 今、認めたんだな! ああ、そうだ。その通りだ。先に手を出したのは貴様らだ!」

 

「そ、それは悪かった……。だが、あれは威嚇のつもりだったんだ……」

 

 この期に及んでまだ勘違いしてやがるのか。ああ、腹が立つ。無性に腹が立つ。僕と胡桃と美紀はこんな奴らのために危険な目に合わされたのか。

 

「威嚇だと、そんなの僕の知ったことか。いいか、お前ら勘違いしているようだから言ってやる。殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけだ! お前らは賭けたんだろ? あのちっぽけなクロスボウに。だったら殺されても文句は言えない。否、言ってはならない。これは戦いの掟だ! お前らの手札が僕の手札を下回った。それだけのことだ!」

 

 誰も何も言わない。唯一、武闘派の黒髪の女だけが僕を凝視していた。だが、今は関係ない。袖口に隠したバタフライナイフを展開し机に突き刺す。皆が驚きに顔を歪める。

 

「いいか、今度僕の仲間に手を出してみろ。いっそ死んだ方がまだマシな目に合わせてやる。警察も法律もない。もう誰も僕を止める奴はいないんだぜ?」

 

 威嚇するように笑みを浮かべる。きっと今の僕はかなり凶悪な顔になっていることだろう。これだけ言えば流石に手は出してこないだろう。ナイフを引き抜こうとするが深く差し過ぎて抜けない。どうやら机を貫通してしまったようだ。やっとのことでナイフを引き抜きポケットにしまう。まだ、誰も何も言わない。

 

「出口さん、光里さん。もう、行きましょう。ここに用はない」

 

「え? あ、ああ、そうだね。い、行こうか」

 

「え、ええ、そうね。行こうか」

 

 そのまま会議室を退室する。まだ、武闘派は固まったままだ。だが、僕の耳は聞き逃さなかった。退室する瞬間、後ろから「見つけた」という呟きがあったのを。だが、知ったことではない。何が来ようとも粉砕するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議室を出てしばらく何も言わずに歩き続ける。だが、もう我慢できない。

 

「あっつ! メッチャ熱ッ! あっつ!」

 

 実は湯呑を砕いてしまった時からずっと我慢してたのだ。流石の僕でも熱湯を手に被って平然としてられるほど人間を辞めていない。

 

「へ?」

 

 二人が唖然としている。だが、知ったことではない。猛烈に痛い。よく見れば湯呑の破片で切り傷までできているではないか。

 

「って、アンタ怪我してるじゃない! 早く手当てしないと」

 

「そ、そうだね。早く行こうか」

 

 そう言って僕は二人に強引に引っ張られるのであった。

 

 

 

 

 

「さっきはすみません。驚かせるつもりはなかったのですが」

 

 光里さんに手当てを受けながら先ほどのことを謝る。昨日の焼き増しのような光景だ。

 

「うん、はっきり言って滅茶苦茶怖かったわ。秀樹って本気で怒るとあんなになるのね」

 

 一応、予定では穏便にことを運ぶ予定だったのだが武闘派のあんまりな態度に我慢の限界だったのだ。

 

「確かに、凄い怖かったけどボクは少しスッキリしたかな。あいつらのあんな顔初めてみたよ」

 

「そうね、あれは面白かったわ」

 

 どうやら随分と鬱憤が溜まっていたようである。彼女達は僕に対する恐怖よりも彼らの唖然とする顔の方が重要らしい。

 

「君は本当にあの子達のことが大事なんだね」

 

 唐突に投げかけられる質問。でも、その通りだ。僕は胡桃、学園生活部のことが大好きなのだから。

 

「ええ、本当に、僕の最高の仲間たちですよ」

 

「大事にしてあげなよ」

 

「はい」

 

 そうやって僕が手当てを受けていると胡桃を美紀がやって来た。僕を探していたのだ。その後は、まあ、いつも通り無茶をしたことをばらされ後のことは言うまでもない。ちなみに図書館は安全だそうだ。これで思う存分調べ物ができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よかったわ、車は直りそうなのね』

 

 夜、僕は車に搭載されいている無線機で佐倉先生を連絡を取っていた。バッテリーが心配だがヒカさんの粋な図らいによりここの建物の電源を使うことができるようになったため問題はない。

 

「武闘派って連中にも釘をさしておいたので大丈夫でしょう。オーバー」

 

 あれほど脅しておいてまだ歯向かうとすればそいつはただの馬鹿だ。いや、歴史的馬鹿者だな。

 

『そう、でも、本田君、無茶はしないでね。放っておくと本田君は直ぐに無茶してしまうから、もう、わかっているだろうからあまり言わないけど貴方が傷つけばみんな悲しいのよ。だから、自分のことは大切にして』

 

 どうにも僕には人を心配させる能力があるようだ。無茶はしないつもりなのに気が付いたら無茶をして心配を掛けさせてしまう。駄目だと分かってもどうしてもやってしまうのだ。

 

「まったく返す言葉もありません。ところでそっちの様子はどうですか? 何か問題はありますか? オーバー」

 

『特に問題はないわ。ただ、みんな三人がいなくて寂しそうにしている。私も本田君達に会えなくて寂しいわ。だからなるべく早く帰ってくるのよ。あ、今、丈槍さんが隣にいるから替わるね』

 

 そしてしばらく沈黙が続き聞きなれた声が聞こえる。

 

『もしもし? ひーくん久しぶり! えっと、どうするんだっけ?』

 

 向こうから佐倉先生が無線の操作を教える声が聞こえる。しばらくするとようやく僕の番がやってきた。

 

「ああ、こっちは元気だよ。新しい人にも会えたしね。ゲーム機も沢山あって楽しい。オーバー」

 

『え!? ゲームあるの? ひーくんずるいよ! これはお土産に期待するしかないね! オーバー?』

 

 そうやってハードルを上げるのは勘弁してほしいが、まあ、寂しい思いをさせてしまっているのだから仕方がないか。何を持って帰ろうか。

 

「ああ、存分に期待して待っててくれよ。そろそろいいかい? オーバー」

 

『じゃあ、くるみちゃんとみーくんにもよろしくね! またねー』

 

 交信を終え車外に出る。月が綺麗だな。人工の灯りが一切ないため空を見上げれば満点の星空が僕を歓迎してくれる。これで酒でもあれば完璧なんだがな。さて、帰るか。

 

「月が綺麗ね……」

 

 背後から声をかけられた。慌てて振り向く。会議室にいた女が僕を見ていた。月明かりの下、僕は彼女と対面する。

 

「お前は……」

 

「こんばんは、本田君。今日は話したいことがあってきたのよ」

 

 そう言って彼女、神持アヤカはまるで子供のように無邪気に笑った。僕には、その笑みの意味がわからなかった。でも、一つだけ確信していることがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は僕の同類だということを。

 




 
 いかがでしたか? 穏便(ナイフ突き立てながら)正直言ってしまえば武闘派の主張も尤もなのですがヤンデレならぬ学デレの主人公には通用しません。さて、アヤカが声をかけてきたようですが、どうなることでしょう。

 では、また次回に。

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