【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか 作:クリス
書いていて思うこと、ボクっ子っていいですよね。
「アンタも随分無茶したねえ。これあと少しずれてたらヤバかったよ」
こめかみの裂傷に消毒液を染み込ませた綿が当てられる。綿が傷に当たるたびに鋭い痛みが走るのは仕方のないことなのだろうが、痛いものは痛い。思わず顔を動かしそうになる。
「まだ、終わってないから動かないの! あんなとんでもないことできるんだから消毒くらい我慢しなさい」
「は、はい……」
有無を言わせぬ力強い言葉だ。消毒を終え、ガーゼを取り出し僕の患部に当てその上からテープで固定する。これで手当ては完了だろう。しかし、目の前の女性は、まだ僕に何かしようとしているようだ。救急箱から錠剤を僕に手渡す。
「はい、これ抗生物質。一応飲んでおいて」
「いや、そんな貴重なものを貰うわけには」
この世界において医薬品は金やダイヤよりも価値がある。当然、僕は断ろうとしたが手で制止される。
「いいから、まったく、人の親切くらい素直に受け取りなさいよ。」
これは受け取らないと永遠に話が進まなそうだ。仕方がないので錠剤を受け取る。
「あの、秀樹は大丈夫ですか?」
胡桃が横から心配そうに尋ねる。後ろの美紀も口には出していないが似たような表情をしている。少し調子に乗りすぎたようだ。反省せねばならない。
「見た目よりは浅かったから大丈夫だと思うよ。後は、抗生物質を飲んで様子見かな? でも、傷跡は残っちゃうだろうね。でか敬語とかいらないよ。面倒だし」
こうフレンドリーなのはありがたいが僕が先ほどやらかしたことを見てもこう言えるのは何か裏があるのだろうか。警戒はした方がいいだろう。あの、襲ってきた連中の仲間じゃないとは言いきれない。
「そう、ですか……」
胡桃と美紀が顔を歪める。そんな気に病むことでもないと思うんだがな。
「そんな、悲しそうな顔をするなって。たかが傷跡だろ? 顔の傷は男の勲章っていうし、箔がついていいじゃないか」
そういうと胡桃と美紀はまた悲しそうな顔をするのだ。僕はまた言葉選びを間違えてしまったのだろうか。本当に箔がついてかっこいいと思うんだけどな。と、馬鹿なことを考えていると頭に軽い衝撃が走る。振り向けば手当てをしてくれた女性が僕に手刀を振り下ろしていた。
「えっと、秀樹だっけ? 女の子の前でかっこつけたい気持ちは分かるけどさ。死んじゃったらそうやってかっこつけることもできないんだよ……。だからあまりそういうことは言わないでほしいな……」
重みのある言葉だった。きっと彼女も大事な人を亡くしてきたのだろう。いや、彼女だけではない。この世界に生きている全ての者は大なり小なり脛に傷を持っている。僕も胡桃も、美紀も学園生活部の皆も、目の前の三人も、そして襲ってきた彼らも。横を見れば残りの二人も頷いている。これは、素直に謝っておこう。
「すいませんでした。そうですね。二人とも、心配させてごめんな。次からは気を付けるよ」
「次からじゃなくて今から気を付けて下さい!」
「秀樹の無茶は今に始まったことじゃないけど、流石に今回は無理だわ」
「う、面目ありません……」
こうして何とか僕は二人に許しを貰うことができたのである。とは言えきっと帰ってきたらまた佐倉先生と悠里の説教が待っていることだろう。そう思うと憂鬱ではあるが、同時に僕のために怒ってくれる人が沢山いる事実がたまらなく嬉しい。
「じゃ、シリアス展開はここまでにして自己紹介といこうじゃないか! ボクは出口桐子、サークル代表だよ。よろしくね!」
手を叩きメガネの女性が宣言する。あの反撃から僕たちは一度もお互いの名前をおしえていない。本当なら裏門に飛び込めばそのまま自己紹介だったのだろうが、僕という最大級のイレギュラーのせいでここまで話が拗れてしまったのだ。
「恵飛須沢胡桃です。よろしくお願いします」
「えと、私は直樹美紀です。あの、私たちのこと怖くないんですか? だって、さっきあんなことをしてしまいましたし」
僕もあれはやりすぎだったと思う。威嚇なら宙に向けて一発撃てばよかっただけなのに。どうにも僕は学園生活部に危害が加わりそうになるとタガが外れてしまう。尤も行為そのものは全く持って正しかったと思っている。精々、三、四発にすればよかった。火炎瓶でもよかったかもしれない。
「うーん、まあボクも最初はヤバイ奴を中に入れちゃったと思ったけど、君たちに二人に怒られるこの人を見たらなんか気が抜けちゃってさ、それにボクたち君たちのこと初めから見てたんだけどさ、あれは正直怒ってもいいと思うよ。ちょっとやりすぎだと思うけど」
「あれは、ちょっとじゃないと思うけどなあ……」
おい、胡桃。折角人が納得してくれているのに話を拗らせるな。美紀を見ればその通りだと言わんばかりにしきりに頷いている。おかしいこれでは僕が間違っているようではないか。
「んでアタシが光里晶。アキでいいよ。それでこっちが喜来比嘉子。工作とか修理が得意なの。みんなはヒカってよんでる」
僕を手当てしてくれた女性は自分のことをアキと呼んだ。隣の黒髪はヒカ、か。修理が得意。これはいいことを聞いた。後で日記に書き記しておこう。そう考えていると喜来さんと目が合った。彼女は会釈だけすると僕から隠れるように少し移動した。どうやら怖がられているらしい。
「ヒカ、気持ちは分かるけど流石に露骨すぎるよ。ごめんね。で、アンタの名前は? まだちゃんと聞いてなかったよね」
来たか。皆が僕を見る。いよいよもって男女比が不味いことになってきた。何で男の生存者はどいつもこいつも碌でもない奴ばかりなんだ。もう少し真面目に生きろよ。
「ゴホン。皆さん、初めまして僕は本田秀樹。私立巡ヶ丘学院高校の三年生です。あの、本当に僕たちを上がらせていいんでしょうか? 自分で言うのもなんですが僕、超危険人物ですよ」
美紀と胡桃が自覚があったのかと言いたげな目で僕を見るが僕は断じてそのような理不尽な行為には屈しない。多数の銃火器と爆薬、火炎放射器で武装した男が危険人じゃなかったらこの世は聖人だらけだ。
「えっ! 年下だったの……。じゃなかった。んー、アタシもトーコと同じかな。胡桃と美紀に怒られてるの見てたら大丈夫かなって。それにあいつら別に殺してないんでしょ?」
「はい、一応威嚇のつもりで発砲しました。多少、怪我はしても死ぬことはないでしょう。車はもう御釈迦になっているかもしれませんが」
「あ、あれで威嚇のつもりだったのかよ……」
聞こえているぞ、胡桃。あと、美紀も溜息をつくな。とは言え、一応威嚇射撃ではあるがあれで死んだらそれはそれで全く持て構わない。死は全てを解決するのだ。人がいなければそもそも問題は起こらない。
「まあ、あいつらにはいい勉強になったんじゃない? ヒカはどう思う?」
この口ぶりから察するに襲ってきた連中とは別のグループのようだ。いい勉強と言っている辺り恐らくいつもあのような荒っぽいやり方なのだろう。まだ何人いるかわからない以上警戒するに越したことはないが僕が思う程脅威ではないのかもしれない。
「私はまだ怖いけど、悪い人じゃないのは分かる。だから大丈夫」
やはりここまで生き残っているだけはあって度胸のある人ばかりだ。これで大方自己紹介は済んだ。あとはお互いの情報を交換したい。
「自己紹介も済んだところだし、場所変えない?」
それもそうか。今僕たちがいるのは建物入口のロビーだ。確かにここで腰を据えて話をするのは些か厳しいものがある。出口さんの提案を断る理由もない。僕たちは彼女の案内に続いた。
「へぇ、学園生活部かあ。面白いこと考えるね」
あれから僕たちは胡桃と美紀を主導でここまでの経緯を説明した。ちなみに僕が説明しないのは話を拗らせない為である。彼女達の情報も手に入れることができた。彼女達三人は自らをサークルと呼称し、この腐った世界を面白おかしく生きることを第一に考えているのだという。
この大学は僕たちの想像通りライフラインが生きていた。彼女達がここまでおおらかなのはそれだけ余裕がある証拠なのだろう。証拠としてこの部屋に入る前に案内された部屋には多数のテレビゲームが遊べる状態で置かれていた。遊びで使えるほどの電力が供給されているのだ。
「てか、逞しすぎるでしょ。扉溶接したり教室に畑作るなんて」
薪ストーブも絶賛稼働中でございます。でもあれは薪作りが地味に面倒だ。刈払機を本来の用途で使うことになるとは思わなかった。
「そうだねえ。ボクたちなんて、ただ遊んでただけだもんね」
流石に校庭大爆破のことは話していない。ただでさえ何の躊躇もなく銃を乱射できる人間だと思われている(その認識は全く間違っていない)のに通算ゾンビ殺害数が二千(あるいはもっと)を越えそうな人間が目の前にいますなんて言ってしまった暁にはいよいよ持って協力関係を結ぶことが出来なくなる。この事実は然るべき時まで隠しておくべきだろう。
「それで、このマニュアルに載っている場所なら生きている人がいると思ってたここまで来たんです」
美紀がマニュアルのコピーを出口さんに手渡した。証拠もなしに黒幕を言ってもただの戯言として流される可能性がある。このマニュアルも正直傍から見れば眉唾ものだが実際に恩恵を受けている以上、否応なしに信じざるを得ない。
「うわ、どうりで設備が良すぎると思ったのよ」
「まるでゲームの設定みたいだな……」
「地下で鉄砲も見つけたましたしヘリコプターがうちの学校に墜落したんですけど乗ってた奴ももピストルを持ってました」
「ヘ、ヘリが落ちたの!? ますますゲームみたいだ。ということは秀樹君の銃はそこで手に入れたのかい?」
本当に、ベタなゾンビ映画のテンプレートみたいな展開だ。ここまでベタだと変異したクリーチャーとかが出てきても僕は一向に驚かない。
「いや、あの銃は暴力団の事務所から無期限で拝借しただけです。他にもライフルとショットガンもありますよ」
「ぼ、暴力団って行動力ありすぎでしょ君。でも、やっぱ本物なんだね。よかったら後で見せてくれない?」
意外な一言だ。もしかしたら銃に興味があるのかもしれない。
「ええ、構いませんよ。よければ撃ってみますか? 弾なら沢山ありますので」
「いいの!? あ、でも、やっぱいいや。怖いし」
なんだ、折角語れると思ったのに。少し残念だ。だが、銃を怖いものと思えるのはいいことだ。銃弾の重量は僅か数十グラムしかない。それを薬室に装填したった数キロの力を引金に掛ければそれだけで銃口を向けた相手の今まで積み上げてきた全てを奪う。奪ってしまう。銃とは人間の闘争の歴史の終着点なのかもしれない。
「もう、先輩、変なこと吹き込まないでください!」
「そうだぞー。まためぐねえにチクちっちまうぞー」
それだけはご勘弁を。だが、これで学園生活部の話は終わった。後のことはまた後にすればいい。ここからは僕の番だ。僕の変化に気が付いたのだろう。出口さんが僕を見つめた。
「何か聞きたいって顔だね」
「どうやら理解していただけたようで。出口さん、僕が聞きたいのはただ一つ。僕らを襲ってきた連中の正体です。今までの口ぶりから察するに貴方達とは少なからず因縁があるようだ」
三人の雰囲気が少し暗くなるのを感じ取った。どうやら彼等のことを良くは思っていないらしい。これから彼女達の口から説明される内容がどうであっても彼等は要警戒対象に変わりはない。
「因縁、か。確かにそうだね。あいつらは自分達のことを武闘派と呼んでいる。」
そこから説明されることは、こんなことを言うのはあれだがありきたりなものであった。大学内に次々と増える奴ら。次第に減っていく生存者。そのままいけば全滅だったのだろう。だから彼らは規律第一で仕切り始めた。戦える者を集め厳格なルールを課し逆らう者や使えない者は容赦なく切り捨てる。
だが、今や武闘派の数も減り僅か五人だという。話を聞く限り初めはもっといたのだが反発して出て行ったり死んだりして一人また一人といなくなり遂には五人まで落ちぶれたのだという。正直言って組織構造に致命的な欠陥があるとしか思えない。何十人もいたグループが一年にも満たない期間で一桁になるとは武闘派とは新選組の生まれ変わりなのだろうか。士道不覚悟不可避。
「で、ボクたちはそういうのが嫌だったから抜け出したんだ。最初は明日のご飯もヤバいって感じだったんだけど。今はヒカのお蔭でこうして悠々自適に自堕落生活を送れているってわけなんだ」
「そう、なんですか……」
美紀と胡桃は思うところがあるようだ。折角の生き残りが自分達でその数を減らしていくという残酷な事実にショックを隠し切れないようだ。
「そして今はみんなで仲良く冷戦ごっこってわけですかい? 随分とまあ気楽なことで」
「せ、先輩! そんな言い方……」
僕の皮肉に美紀が苦言を呈す。でも、事実だ。今は人数が減って言い方は悪いが余裕がある。にもかかわらずこうしてこの二つのグループはお互いにいがみ合ったまま。これでは進歩も何もない。
「その通りだね。恥ずかしいことにね」
「でも、話を聞く限りその武闘派とは気が合いそうですね。もしかしたら同類かもしれない。僕だって好戦的だ」
少しばかりの同意を示す。言葉に自嘲の意味が込められているのは言うまでもない。胡桃と美紀が悲しそうな顔で僕を見る。そんな顔するなよ。事実だろうに。いくら言い繕っても僕の本質は変わりはしない。普通に生きることが出来なかった弱者だ。でも、僕はそれでも皆と生きたいのだ。
「多分、君が行っても合わないと思うよ。君は確かに、ぶっ飛んでるとは思うけど冷徹じゃあない。でも、あいつらは違う。もっとギスギスしてるっていうか、自分達のことしか考えていないっていうか。別に悪い奴らじゃないんだけどね」
だが、そんな僕の思いを知ってか知らずか出口さんは一刀両断に否定する。一瞬、呆けてしまう。ふと気が付くと僕の左手が誰かに握られていた。胡桃だ。
「トーコさんの言う通りだよ。秀樹はあんな奴らとは絶対に違う」
出会ったばかりの夕暮れの廊下で向けてくれた笑顔と同じ笑顔だ、もしかしたら僕はあの時からこの子に惚れていたのかもしれない。
「そうですね。私も先輩はあんな連中とは絶対に違うと思います」
顔を見ればわかる。二人は本気で話しているのだ。暴力に傾きかけた心が戻るのがわかる。いつもこうして僕を引き戻してくれるんだ。僕は学園生活部と出会えて本当によかった。
「胡桃、美紀、ありがとうな」
この思いを伝えるために笑顔でもって礼を述べる。礼はすぐに言うべきだ。明日の命もわからないこの世界。思ったことは直ぐに言うべきだ。
「べ、別に秀樹のためなら……」
「別に、構いませんよ。先輩には色々借りがありますから」
本当に、感謝してもしきれない。既に一生かけても返せない程の貸しを作っている。でも、この貸しを返し続けると思うと楽しみでたまらない。いや、違う。貸しとか借りとかじゃあないんだ。ただ、仲間だから家族だから助ける。それだけなのだ。
「ねえねえ、さっきから思ってたんだけどさ。秀樹と胡桃って付き合ってんの?」
「へ?」
「え?」
唐突に燃料が追加された。声の出所を探れば光里さんがニヤニヤしながら僕たちを見ている。というかよくみれば三人ともニヤニヤしていた。
「ど、どうしてそう思ったんですか?」
胡桃、それでは肯定しているようなものではないか。一応学園生活部の皆にも内緒にしているんだぞ。トラブルになりそうなことは隠す必要がある。
「いや、だってね。さっきからあんなにリア充オーラを垂れ流しにして隠しきれると思ったのかい? ボクを甘く見ない方がいいよ」
「私もちょっと気になるかも」
「早く言いなさいよー!」
僕は胡桃を顔を見合わせる。本当にどうしようか。一応、秘密のつもりなのだがどうにも学園生活部の皆にはばれている気がしてならない。ていうか絶対ばれてる。でなきゃ男の部屋に寝泊まりなんて許可するはずがない。彼女達はそこまで呑気ではない。先に動いたのは胡桃だった。
「え、えっと秀樹とは、い、一応、つ、付き合ってます……」
恥ずかしいのだろう。顔が真っ赤だ。思わず写真に撮りたくなるような可愛さだ。本当に僕には勿体ない子だ。
「ほら、やっぱりボクの言った通りじゃないか! あんな遠くからでも計測できるリア充オーラの持ち主が付き合ってないわけないんだよ!」
「ねえ、馴れ初めは? いつから付き合ってんの?」
「え、いや、ちょ」
胡桃は二人の熱い追及に押されてタジタジになっているようだ。悪いが今のうちに逃げよう。ゆっくりと離れて美紀の近くまで行く。呆れ顔で僕を見る。
「なあ、美紀。いつから気が付いてた」
ばれているのは前提だ。聞きたいのはいつから知っていたかだ。僕の質問に美紀はあきれ顔をさらに呆れさせ溜息のオプションまで付けた。
「あの、隠しているつもりだったんですか?」
「…………」
それで十分だった。後に残されたのは未だ質問攻めに合っている胡桃と頭を押さえる美紀、そして固まった僕だけであった。なんだこれ
2016年◎月◎日
ようやく、聖イシドロス大学の生存者達と交流することができた。途中、武闘派なる連中に追いかけられるアクシデントが発生したがそれ以外は概ね順調である。以下、僕の人物評をここに書き記す。
出口桐子、聖イシドロス大学情報科学部所属。背の低いメガネをかけた女性で、自らを僕と呼称する。所謂、ゲームマニアという人種なのだろう。自室と思わしき部屋には多種多様なゲーム機が置いてあった。胡桃は異様に目を輝かせていたが残念ながら僕たちは明日、帰還する。サークルという名のグループを立ち上げこの大学で悠々自適な生活を送っている。グループの名前は自堕落同好会とくっちゃね友の会で意見が別れたらしいのだが、僕としては名は体を表すともいうし自堕落同好会を推したい。
光里晶、経済学部所属。茶髪(恐らく染色)の髪の女性。特にこれと言って特徴はない普通の女性だ。ただし、後述する武闘派のことを話す際に引っかかるものを感じた。もしかしたら過去に何か因縁があるのかもしれない。
喜来比嘉子、工学部所属。非常に露出の激しい服装をした黒髪の女性。今時はああいうのが流行っているのだろうか。僕としては防御力が皆無な上に体温を闇雲に低下させる可能性のある服装はあまり好きではない。というか寒くないのだろうか。彼女はこの世界において非常に貴重な機械関連の知識を豊富に持っている。今僕たちがいるこの建物の電気は彼女が使えるようにしたという。武闘派のことを差し置いても彼女とは絶対に協力関係を結びたい。学校の設備は当分持つだろうが、永遠には持たない。だが、彼女がいれば寿命が延びる可能性が大幅に高まる。
忘れてはならないのが武闘派だ。今判明している人員は五名。高上レンヤ、右原シノウ、頭護タカヒト、城下タカシゲ、神持アヤカ、の以上五名だ。リーダーは頭護だという。恐らく、僕たちを追い回した二人のうちの一人だろう。そしてクロスボウを撃ったのは恐らく高上だ。まだこめかみが痛い。いつか殴ってやる。
彼らは昼過ぎの出来事からも見て取れるように非常に暴力的だ。何が彼らをそこまで駆り立てるのかは知らないがもう少し視野を広げるべきだろう。だが、彼らのお蔭で大学の安全が確保されているのも事実だ。幸い、彼等と彼女達は定期的に交流を行っているらしい。出口さんに頼み弁明をしてもらうのもありだろう。僕としてはこんな危険集団は即刻排除したいが、彼女達と協力関係を結ぶ以上、なるべく武力行使は慎みたい。
これらのことを新たに搭載した秘密兵器、長距離無線で学校に報告した。一応、三人にも会話を交えてもらい、今後の協力体制について簡単な議論をした。途中、無線の調子が悪くなってしまったが、喜来さんの的確な修理のお蔭で無事に回復した。やはり彼女とは協力関係を結ぶべきだろう。
これで、僕たちの目標は達成した。まだ、武闘派のこともあるが、とっとと帰ってしまったほうが問題も起こらないだろう。というか、もう帰りたい。
「もう、帰っちゃうのかい?」
そして次の日。僕たちは車の前で別れを済ませていた。彼女達は少し寂しそうだが僕としてはトラブルが起きる可能性がある以上早めに退散したい。
「ええ、こうして貴方達とも出会えましたしね。武闘派のことはくれぐれもよろしくお願いします。まあ別れと言っても無線でいつでも連絡取り合えるから大丈夫ですよ」
胡桃と美紀はまだ車外にいる。早く乗ってほしいんだがな。
「じゃ、胡桃、彼氏のことちゃんと見張ってんのよ!」
「は、はい!」
「あの、二人ともなんの話してるんですか?」
ようやく、こっちにやって来た。さていよいよもってお別れだな。エンジンを掛けるとするか。キーを差し込み捻る。何故か、一向にエンジンが掛からない。おかしいな。もい一度点火させる。駄目だ。掛からない。
「秀樹、どうしたんだ?」
「いや、なんかエンジンが掛からないんだけど」
「えっ? ほ、本当ですか!?」
何度エンジンを掛けようと試みてもエンジンが始動する様子はない。そんな僕たちの異変を感じ取ったのか出口さんたちが近づいてきた。
「どうしたの? 何かあったのかい?」
「えっと、エンジンが掛からないそうです」
バッテリーが上がったか。いや、それはないはず。ちゃんと確認した。じゃあ、エンジンが逝ってしまったのか。いや、昨日までピンピンしてたじゃないか。仕方がないので車を降りボンネットを開く。駄目だわからん。
「ちょっとヤバいんじゃない? ヒカ見てあげたら?」
光里さんの提案に頷き喜来さんが僕に近づく。いつの間にか胡桃も美紀も車を降りていた。
「ちょっと、見せてくれるかな?」
「お、お願いします」
喜来さんに場所を譲る。彼女はしばらくエンジンを眺め何やら部品を弄った後に僕たちに振り向いた。その顔は何とも言えないものであった。
「ど、どうでしたか? ヒカさん」
「駄目、色々壊れちゃってるみたい」
無慈悲に告げられる事実。今まで無茶させていたつけが回ってきたのだ。たまらず頭を抱える。どうしようか、無線で連絡して迎えに来てもらうか。いや、それは、無理だ。はじめさんに頼むのは。いや、彼女に危険を冒させるわけにはいかない。
「ねえ、ヒカ。直せる?」
「もっとよく調べないとわからないけど多分大丈夫だと思うよ」
思わず顔を上げる。出口さんの頼もしい笑顔が目に入った。
「だってさ。だから大丈夫だと思うよ」
でも、この人たちにそこまでしてもらうわけには。他に手段はないのか。そうだ、その辺の車でも拾えばいい。いや、でも、バッテリーが生きているかどうかわからない。参ったな。と、僕が悩んでいると胡桃が一歩前に踏みだした。
「じゃあ、お願いします!」
陸上部らしいハキハキとした言葉だ。気が付けば美紀も同じように頭を下げていた。こりゃ、仕方がないか。
「僕からもお願いします。しばらくここに居させてもらえますか?」
僕の言葉に出口さんと光里さんはハイタッチを交わす。そんなに嬉しいのか。そして僕に手を差し出す。握手だ。
「もちろん! これから少しの間よろしくね!」
握り返す。それだけで十分だった。こうして僕たちは聖イシドロス大学にしばらくの間、滞在することになってしまった。武闘派のこともあるのに、先が思いやられる。でも、まあいいか。
いかがでしたか? 主人公一行は車の故障により滞在することが決まってしまいました。そうしないと話終わっちゃうものね。仕方ないね。さて、主人公は一応、穏便にいくことを決めましたが果たしてどうなることやら。
では、まあ次回に。