【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、私もこんな青春がしたかったです(半ギレ


閑話 ファンレター下

 恵飛須沢胡桃にとって本田秀樹とは大切な仲間であった。第一印象が変人なのは言うまでもない。何処からともなく大量の武器を取り出し彼女が倒すのに苦労していた奴らをいとも簡単に排除していく。

 

 友人の妹を命がけで助けたというフィルターを掛けても尚本田秀樹という男はどうしようもなく変人であったが、同時に今までにない頼もしさを感じていた。たった一人で学園生活部の皆を守るというのは彼女自身が思っている以上に負担になっていたのだ。

 

 そして彼は次々と自分たちの問題を解消していく、友人の無理を止めさせる切欠となった。心を病んでしまった同級生の面倒を顔色一つ変えずに見てくれた。学校をほぼ完全な安全地帯にし、不安材料を片っ端から排除していったくれた。彼女にとって本田秀樹とは突然現れなんの報酬も求めず去っていくヒーローのような尊敬できる男であったのだ。

 

 だが、その認識が間違いだったと気が付いたのは彼が学園生活部を去っていった後のことだった。手紙で告げられた彼の心境を知った彼女は彼もまた自分達と同じ人間なのだと悟った。やがて恵飛須沢胡桃は彼の孤独を知り彼を独りにしてはいけないと誓った。そして彼女は彼と共に戦い、共に歩き、共に笑った。いつしか信用は信頼となり信頼はやがて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、誰かいるの?』

 

 ハッチに入り内部に侵入した僕達を待っていたのはあの女性の声であった。音の出所を探ってみればなるほど天井にスピーカーが取り付けられている。僕は胡桃君と顔を見合わせた。会いにきたはいいもののいざ対面するとなると、どう話しかければいいのやら。とは言え、このまま黙っていても埒が明かないので意を決して口を開く。

 

「えと、貴方のラジオを聞いてやってきました。できれば直接会って話をしたいのですが」

 

 スピーカーから何やら激しく動く音がした。

 

『本当!? ちょ、ちょっと待っててね今、開けるから!』

 

 かなり慌てている様子だ。目の前の扉の奥から足音が近づいてくる。かなり急いでいるのがわかる。

 

「き、来たぞ……」

 

 胡桃君がシャベルを構えようとしているのを無言で制止する。流石に用心することに越したことはないが最初から警戒していては友好関係も減ったくれもない。扉のハンドルがくるくると回り遂に扉が開かれた。

 

 中からショートカットの女性が出てくる。年齢は佐倉先生と同じくらいか。またはそれよりも若い。耳に大量のピアスを付けている。そういう趣味の人なのだろうか。彼女は僕たちをのことを見た途端、目を見開いた。

 

「本当に来てくれたんだ! しかも、二人も! ようこそ! 私の家へ、こんなところに立ってないでさ、早く上がってよ! お茶とかお菓子あるからさ! ねえねえ早く!」

 

「ちょ、あ、あの」

 

 彼女は僕たちの腕を引っ張ると強引に中に引きずり込んだ。後に残るは開きっぱなしのハッチから差し込む太陽光だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、紅茶。熱いから気を付けてね。それとクッキー」

 

「ど、どうも……」

 

「ありがとうございます……」

 

 あれからほぼ無理やり中に連れ込まれた僕たちは一階のリビングルームで彼女のもてなしを受けていた。まるで焦るかのように矢継ぎ早に用意をする彼女に僕たちは話しかけることが出来ずここまで来たわけである。

 

「じゃあさ、自己紹介しよっか! 私、一之瀬はじめって言うのよろしくね! 君たちの名前は?」

 

「え、恵飛須胡桃です。私立巡ヶ丘学院高校の三年生です」

 

「同じく、3年生の本田秀樹と申します。本日は自宅にお招きいただきありがとうございます。今更ですが貴方の家に勝手に入り込んでしまいすみませんでした」

 

 いくら入口がわからなかったとはいえ無断で人の家に入り込むのはいくら何でも非常識だ。こうしたことは初めに謝っておかないと後々響くのだ。とは言え一之瀬さんはそこまで気にしていない様子である。

 

「胡桃ちゃんと秀樹君だね! よろしく! 別に気にしてないから大丈夫だよ。あと、そんな畏まらなくてもいいよ。私のこともはじめって呼んでくれていいからさ」

 

 流石にそれはフレンドリーすぎではないだろうか。比較的テンションの激しい胡桃君でさせ彼女に圧倒されしどろもどろになっている。放送通りと言えばその通りであるが僕は先ほどから彼女の態度に違和感を覚えていた。どこか無理をしているような感じがしてならないのである。

 

「ねえねえ二人はどこから来たの? 今までどうやって生き残ってきたのかな? ここまで何できたのかな? 二人は付き合ってるのかな? お姉さんに教えてほしいな!」

 

 マシンガントークとは正にこのことを言うのだろう。いま、なんと言った。二人は付き合っているのか、だと……。

 

「ひ、秀樹と、つ、付き合うとか!」

 

 一之瀬さんの爆弾発言に胡桃君は大層動揺しているようだ。そんなに僕と付き合っていると思われるのが嫌なのか。少し、へこむな。

 

「い、一之瀬さん。そ、それは違いますが胡桃は僕の大切な仲間です。それに僕みたいなむさ苦しい男じゃ彼女に釣り合わないでしょう」

 

「えー、そうなんだ。というか別に敬語使わなくていいよ。一之瀬さんだなんて他人行儀な呼び方じゃなくて気軽にはじめちゃんって呼んで」

 

 はじめちゃんは流石に無理があると思うのだが。助けを求めるべく横を見れば未だに胡桃君がフリーズしていた。仕方ないので顔の前で指を鳴らす。

 

「秀樹と付き合う……っは!」

 

 やっと気が付いたようだ。周りを見渡し我に返る胡桃君。これで話ができる。再び一之瀬さんを見れば何故か妙にニヤニヤしていた。その顔はなんだ。

 

「ほほぉ……。これはこれは、なるほどねー」

 

 何か一人で納得しているようだ。もう、訳がわからない。これでは切がない。強引に話を変えることを決定した。

 

「あの、もうそろそろ本題に入ってもいですか? 一之瀬「はじめって呼んでくれなきゃ返事しないよー」は、はじめさん。えっと、僕たちがここにきたのはですね────

 

 

 

 

 

 

 そして僕たちは今までの事情を説明した。学園生活部のこと、偶然放送を受信したこと、それに元気を貰い会いにきたこと。はじめさんは、僕たちの話をそれはそれは楽しそうに聞いてくれた。

 

「よかった。本当に聞いてくてれてる人がいたんだ……」

 

 そういうはじめさんの目尻には涙が滲んでいた。そしてお返しに今度は彼女のことを話してくれた。はじめさんは都会でバンド活動を営む女性でこの家は実家なのだという。あの日彼女は父に家に呼び出されこの要塞のような家に帰ってきた。

 

「事件が起きてから最初はお父さんと一緒に暮らしてたんだ。でも、お父さんだんだんおかしくなっちゃって最後には意味わかんない放送し始めてそれで、いなくなっちゃったんだ……」

 

 聞くところによればはじめさんの父はランダルコーポレーションに勤めていたそうだ。これでこのシェルターにも説明がつく。そして気がふれて出て行ってしまった。はじめさんは事件が起きてから一度も外の世界を見たことがないらしい。屋上に足跡が一つしかなかったのもそういう理由からなのだろう。

 

「お父さんがいなくなってから、ずっと一人で寂しくってさ、それでたまたまラジオを付けてみたのそしたら多分高校生の子達がさ学園祭の様子を放送してたんだよ。とっても楽しそうで途中で終わっちゃったんだけど私それにすっごい元気を貰ってね、自分も真似しようと思ってワンワンワン放送局を立ち上げたの。ちなみに放送局の名前の由来は私の名前から来てるんだよ」

 

 ワンワンだと犬っぽいからワンワンワンなんだよ。と彼女は笑った。学園祭の放送……。それは僕たちの放送ではないか。

 

「その学園際の放送って丈槍由紀って子とか佐倉慈って人が出てませんでしたか?」

 

 胡桃君も気が付いたようだ。はじめさんは胡桃君の口から出た言葉が信じられないとでも言いたげに口を押えた。

 

「も、もしかして貴方達だったの!? 思い出した……。巡ヶ丘学院高校ってはじめに言ってたもんね! 胡桃ちゃんの声も聞いた覚えがる……。じゃあ、ひーくんってもしかして秀樹君のことなの!?」

 

「えっと、由紀ってやつはこいつのこといつもひーくんって呼んでますよ。ぶっちゃけひーくんって感じじゃないですけどね。ぷぷ」

 

 おい、笑うな。僕だってひーくん呼ばわりは少し恥ずかしいのだ。あれから何度か由紀君にあの呼び方を訂正しようと試みたが一向に改善する気配はなかった。るーちゃんの時を思い出すな。あの時も僕がいくらおじさん呼ばわりをやめさせようとしても聞かなかった。

 

「そうか、君達だったんだね。私ね……君たちにとっても勇気を貰ったんだよ。世界がこんなになっちゃて、お父さんもクラウドとか意味わからないこといっていなくなって私、死のうかなって思ってさ……。その時にね、佐倉先生の言葉を聞いて、まだ生きようって思えたの。だから、私がまだここにいるのは君たちのお蔭なんだよ……。だから、ありがとう!」

 

「はじめさん……」

 

 何というか不思議なものだ。励ましてもらったと思っていた相手から励ましてくれてありがとうと言ってもらいそしてまた元気を貰う。こんな酷い世界だけどまだまだ捨てたものじゃないんだ。

 

「ごめんね。こんな辛気臭い話しちゃって。それで、君たちはこれからどうするのかな?」

 

 考えていなかった。はじめさんに会うことばかり考えていて実際に会った後のことを全く考えていなかったのだ。

 

「どうしようか、胡桃」

 

「え、あたしに聞かれても……。あたしは秀樹についてきただけだし」

 

 そのまま二人して黙り込んでしまう。このままじゃあ帰りましょうではあまりにも寂しすぎる。それに、何か忘れている気がしてならない。

 

「あ、あの……よかったらさ。今日は泊まっていかない?」

 

 はじめさんが少し気恥ずかし気に宿泊の提案をしてきた。確かに、このまま帰りよりはよっぽどいい。しかし、

 

「あの、迷惑じゃありませんか?」

 

 胡桃君が僕の気持ちを代弁してくれた。そうなのである。昔ならともかく今の世界は食料は貴重品である。おいそれと人に譲れるものではない。

 

「別に、全然迷惑じゃないよ!」

 

「でも、食料だって無限にあるわけじゃないですし……」

 

「それなら大丈夫だよ。多分、私一人じゃ一生かかっても食べきれないほどあるし。見せてあげるから付いて来て」

 

 そう言ってはじめさんは僕たちを地下のある部屋まで案内した。そこには非常に見覚えのある風景が広がっていた。学校の地下で見た備蓄倉庫と瓜二つだったのだ。

 

「なあ、秀樹、これって……」

 

「お父さんがランダルに勤めていたって言ってたしわかってたんだろうな」

 

 できればここである程度の情報を手に入れたかったのだが、真相をしていそうな男は既に行方不明。母親は何年も前に離婚してしまったらしい。ちなみに僕の父親も5歳の時に事故で亡くなってしまっている。ある意味幸運だったのかもしれない。皆の両親はどうしているのだろうか。あまり期待しないほうがいいのだろう。こういうのはもう割り切るしかないのだ。

 

 一通り案内を終えたはじめさんは僕たちに振り向いた。その顔はしてやったりとでも言いたげな勝気な顔であった。

 

「ね、だから言ったでしょ? 大丈夫だって」

 

 こうもまざまざと余裕を見せつけられては何も言えまい。まあ、本人もいいと言っているのだし今日はお言葉に甘えるとしますか。

 

「わかりました。今日はよろしくお願いします」

 

「あたしもよろしくお願いします」

 

 僕たちの言葉を聞きはじめさんはニッコリと笑った。

 

「了解! お姉さんにまかせなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間が数時間が経過し僕たちははじめさんに夕飯を奢ってもらっていた。いつも悠里君の作る夕食に慣れていたので少し新鮮な気分であった。僕たちは色々なことを話した。学園生活部のこと、今までのこと、途中からはじめさんはお酒を持ってきて更に話は弾んだ。僕も一杯もらおうとしたのだが、胡桃君の熱い視線に負けて断念することになってしまった。

 

「こ、校庭に爆弾しかけるって! お、面白すぎる! アッハハハ!」

 

 そして、何故か僕の校庭大爆破の話がえらくツボに入ったらしい。今一つこの人のことがよくわらない。

 

「逃げるでもなく、追い払うでもなく、ふ、吹き飛ばすとか、斜め上すぎ! ひ、秀樹君面白すぎるよー!」

 

「は、はじめさん? キャラ変わってませんか?」

 

 流石の胡桃君もこれには苦笑い。ドン引きするならわかるのだがまさかの大笑いである。かくいう僕も困惑している。

 

「ふー、ふー、別に、私っていつもこんなだよー! てか、敬語なんていらないよー! 普通にはじめでいいって」

 

「そ、そうか、じゃあはじめさんって呼ばせてもらうわ」

 

 そうだ、さっきから胡桃君の敬語に違和感を覚えていたんだ。と言っても、いつもと違う胡桃君が見られて僕としては大満足だ。僕たちがそんな楽しいひと時を過ごしているとまたしてもはじめさんが爆弾発言を投下した。

 

「ねえ、二人ってホントに付き合ってないのー?」

 

「だ、だから秀樹とは、そ、そんなんじゃないって! はじめさん!」

 

 こうも大声で否定されると僕としては些かショックだったりするが、実際付き合ってもいないので胡桃君の主張はご尤もである。

 

「えぇー? 嘘でしょー? だってすごいお似合いだと思うよー」

 

 どうやら既にかなり酔っているようだ。そうでなくては僕と胡桃君がお似合いだと思うわけがないのだ。

 

「さっきも言いましたけど僕と胡桃はそういう関係ではないですよ」

 

 トロンとした目で僕を見つめるはじめさん。正直目の毒だ。どうして僕の出会う女性は皆美人ばかりなのだ。というかいい加減まともな男に会いたい。割と切実に。男女比ヤバイ。

 

「へえー、じゃあ今秀樹君ってフリーなんだぁ。だったらさぁ」

 

「は?」

 

「へ?」

 

 はじめさんが僕の横まで歩いて来て突然腕に抱き着いてきた。腕にやわらかい感触が伝わる。何がとは言わない。てか、酒臭!

 

「お姉さんと付き合ってみる?」

 

 は? え? い、今この人なんて言った?突きあう? いや、付き合う? 頭にスラッグ弾を撃ち込まれた鹿のように身体が動かなくなる。

 

「わぁ、秀樹君すごい筋肉だねぇ。見るのと触るのじゃ大違いだ」

 

 そういってはじめさんは僕の二の腕をさすり始める。上着は脱いでシャツ一枚なのではじめさんの柔らかい手の感触がダイレクトに伝わる。違う、何実況しているんだ。

 

「な、なな」

 

 胡桃君に至ってはあまりの衝撃によってまたもやフリーズしているではないか。顔を真っ赤にするおまけつきでだ。うん、やっぱり可愛いな。そうやって現実逃避に走っても目の前のはじめさんのある部分がいやでも目についてしまう。い、意外とあるな……。

 

「あ、秀樹君すごい顔赤いよぉ。可愛いなぁ。じゃあお姉さんといいこと「だ、だめだ!」くるみちゃん?」

 

 胡桃君が突然立ち上がり叫んだ。かなり大きな声で叫んだせいか肩で息をしている。いつもの胡桃君らしくない。

 

「そ、そういうのは、よ、よくないんじゃないか。そ、そんないきなり抱き着いて……」

 

 そのままブツブツと喋るが段々声が小さくなり何を言っているのか判断できない。でお、胡桃君のお蔭で我に返った。僕は腕に抱き着くはじめさんを優しく引き離す。

 

「はじめさん。貴方、どうにも様子がおかしいですよ。はじめさんがそういう人じゃないのは短い付き合いの僕でもわかります。酔っているだけにしても今のはじめさんは無理をしているのがわかる」

 

「秀樹の言う通りだよ。今のはじめさんなんか変だよ」

 

 そう、はじめさんはどうにも無理をしているようにしか見えないのだ。空元気とでもいうのだろうか。僕の制止でようやく彼女も我に返ったらしい。気を取り直すかのように咳ばらいを一つ。その顔には愁いを帯びていた。

 

「ごめんね。やっぱわかっちゃうか……。私さ、今まで本当に独りぼっちでさ。それで舞い上がっちゃったんだ。何かこうやって誰かとご飯食べてお酒飲むのって本当に久しぶりでね……」

 

 その目には涙が流れていた。平気なわけがないのだ。外にいた僕でさえああなってしまったのだ。ただ一人閉ざされた世界で生きていた彼女にとって孤独とはもはや猛毒に等しいものだったのだ。確かに、人は一人でも生きていくことはできる。だが、それは本当に意味での孤独の前ではなんの慰めにもならない。それは容赦なく心を蝕みやがて絶望へと向かわせる。きっとあの放送は彼女が心を壊さないための拠り所だったのだ。でも、今は違う。

 

「はじめさん。少し待っててください」

 

「え?」

 

「秀樹?」

 

「やっと思い出したんだ。僕がここに来た目的を」

 

 荷物と一緒に畳んでいる上着から渡しそびれていたものを手に取り、はじめさんの前へとやってくる。胡桃君は何を渡すのか察してニコリと笑った。

 

「はじめさん。今まで渡しそびれていました。はい、どうぞ」

 

 八通の手紙を彼女に手渡す。まだ状況が読み込めていないようだ。

 

「秀樹君? これはなに?」

 

「貴方へのファンレターです。お恥ずかしいことに今まで忘れてしまっていましてやっと思い出したんですよ。ちょっと読んでくれませんか?」

 

「うん……」

 

 そういってはじめさんはソファーに座るとゆっくりと手紙を読み始めた。酷く緩慢な動作だった。一通、一通、真剣に読んでいるのだろう。やがて手紙を持つ手が震えだした。三人だけの部屋に嗚咽が静かに木霊した。

 

 

 

 

 

 しばらくしてはじめさんは手紙を全て読み終えた。その顔はすでに涙で酷いことになっていたが僕にはその顔がなによりも尊いものに思えた。そしてまだ放心しているのだろうか、黙り込んでしまっている。でも、僕には伝えたいことがあるのだ。一歩前にでようとしたところを一筋の影が通り抜けた。胡桃君だ。

 

「はじめさんはさ、今まで誰も聞いてない放送を続けてたのかもしれない。けどさ」

 

 握りしめた右手を優しく握りながら胡桃君が。

 

「今は少なくとも八人のリスナーがいます。だからもう貴方は一人じゃない」

 

 左手を僕が握りながら言う。そうだ。僕が伝えたかったのはこれだ。やっと言うことができた。これで悔いはない。

 

「き、君達本当に高校生なの? こんなの、かっこよすぎるよ…………ずるいよ……でも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ありがとね!──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はじめさんは何とか元気を取り戻した。既にかなりの量の酒を飲んでいたため酔い醒ましのために水を一杯組んできた。異変はその時に起こったのだ。

 

「ゲホォッ! ゴホォ、ゴホォ!」

 

「は、はじめさん!?」

 

 明らかに尋常じゃない咳だ。そのままはじめさんはソファーに倒れ込んでしまう。一体何がどうしたんだ!

 

「胡桃! ベッド探してきてくれ! すぐに運ぶ」

 

「わ、わかった!」

 

 さっきまであんなに元気だったのに今のはじめさんはもう今にも死にそうだった。風邪にしては症状が酷すぎる。むしろこの症状は、まさか……。

 

 僕はこの症状に見覚えがあった。あるコミュニティに一時的に身を寄せていた時のことだ。その時も元気だった人が突然咳を伴う体調不良に見舞われ倒れた。そしてその数時間後、その人は奴らになった。そう、空気感染だ。

 

「は、はじめさん。貴方もしかして……」

 

 そんな、嘘であってくれ。頼むよ。まだ出会ったばかりじゃないか。僕のそんな願いははじめさんの次の言葉で打ち砕かれた。

 

「ご、ごめんね……。だ、だますつもりじゃなかったんだけどさ。私、もう駄目みたい……」

 

「秀樹! 寝室見つかったぞ!」

 

「ああ!」

 

 そのままはじめさんを担ぎベッドに寝かせる。酷い咳と熱だ。胡桃君が僕に様子を尋ねる。黙っていても仕方がないので感染の事実を伝えた。

 

「空気感染って……そんなのありかよ!」

 

 僕たちが今まで感染してこなかったのは恐らく免疫があったからなのだろう。生き残りは意外といるので免疫自体はそこまで珍しいものではないのだろう。でも、はじめさんは持っていなかったのだ。今日ほど神を呪ったことはない。そうだ、ここがランダルの作った場所ならワクチンがあるはずだ。

 

「はじめさん! この家にワクチンがあるはずです! 今から探しますので場所を知っていたら教えてください!」

 

 僕の言葉に彼女は力なく首を振った。なんでだよ!

 

「お、お父さんがいなくなる前に注射器全部お父さんが捨てちゃってね。もうないんだ……」

 

「なんでだよ! せっかく会えたのに!」

 

 胡桃君の悲痛な叫びが木霊す。僕だって叫びたくてたまらない。何かないのか。また僕は見殺しにしてしまうのか。

 

「ほ、放送室に車の鍵があるんだけど……でっかいキャンピングカー。それもういらないからあげるよ……。最後の最後で二人に会えて本当によかった。だから、あいつらになる前に私を殺して……」

 

「嫌です! まだ僕のリクエスト流してないでしょ! 自慢じゃないけど大量に書いてやったんだぞ! 全部流すまで許さないからな!」

 

 もう自分が何を言っているのかわからない。やっと会えたのに、まだこれからなのに。まだ、みんなにも会わせていないのに。どうして!

 

「ごめん、ね……」

 

 何でだよ。何でどうして! そうだ、胡桃君は。周りを見渡す。いないだと。どこにいたんだ。僕がそう思っていると胡桃君が大慌てで部屋に飛び込んできた。手には注射器。注射器だと!

 

「どこからそれを!」

 

「めぐねえに頼んでもしものために持ってきたんだ! 遠慮なく使えだってよ!」

 

 よし! 佐倉先生本当にありがとう!

 

「よくやった! 愛してるぞ胡桃!」

 

「なっ!?」

 

 本当に君ってやつは最高だ。僕の惚れた子だけある。勢いで何かとんでもないことを口走ってしまった気がするが今はそんなことより早く薬を打たなくは。何故かフリーズする胡桃君から注射器を奪い、はじめさんの腕に注射する。

 

「そ、それは……?」

 

「薬です。大丈夫、貴方は元気になります。だからまだワンワンワン放送局は終わらせませんよ!」

 

 はじめさんの目からは涙が零れていた。きっと助かるはずだ。僕たちはその願いを注射器に込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一之瀬はじめ! 完全復活!」

 

 次の日、そこには笑顔でブイサインをするはじめさんの姿があった。薬は効いたのだ。神様本当にありがとう。僕は胡桃君と顔を見合わせた。その顔は笑顔であった。

 

 念のため、この日ははじめさんを見守ることにした。はじめさんはもう大丈夫だといっていたが何が起こるかわからない。これは胡桃との満場一致で決まったことであった。予定より長くなってしまうため学園生活部の皆には心配をかけるかと思ったがはじめさんの発案によりワンワンワン放送局に出演することで何とか伝えることができたと思う。

 

 そんなこんなで無事に乗り切ることができたと思うのだが、一つだけ気になることがあった。胡桃君の様子が以前にも増しておかしいのだ。前はモジモジするだけであったが今日の胡桃君は僕の顔を見るだけで何故か顔を赤くする。話しかけても上の空と言った様子であった。まあ、いつものことなので別段気にすることでもない。

 

そしてまた次の日が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にここに残るんですか?」

 

「うん、私決めたよ。ここに残ってワンワンワン放送局を続ける」

 

 いよいよ出発の時がやって来た。今更一人くらい増えたところで大した負担にはならない。悠里君には悪いが家計簿の見直しをしてもらおうと思ったのだがこうして断られてしまった。

 

「はじめさん。学校にも放送室はあるんだぞ。そのキャンピングカーで行けばすぐに行けるのにか?」

 

 胡桃君の言葉にも首を振る。目を見ればわかる彼女の目は既に決めたものの目だ。

 

「わかりました。でも、理由だけでも聞かせてください」

 

「最初は、ただ孤独を紛らわすための余興だったんだ。でもね、今は違う。だって少なくとも八人のリスナーが私の放送を待ってくれているんでしょ? だったら私はその人達に希望と音楽を届けたい。確かに、学校でやっても同じかもしれないよ? でも、やっぱラジオって遠くから届けなくちゃね」

 

 その決意は石のように硬いようだ。まあ、仕方がないか。だったら少しくらいお節介を焼いてもいいだろう。

 

「はじめさん……。はぁ、わかりました。でも、何かあったらすぐにラジオで知らせて下さいね。あと、もし、他の生存者に出会ったらワンワンワン放送局のことを教えておきますよ」

 

「本当に!? ありがとう! 秀樹君、大好きだよ!」

 

 胡桃君を横目で見るが何故か僕のことを睨みつけていた。僕が何をしたんだ。本当に。誰か教えてくれ。

 

「ですが、前みたいに住所を言いふらすのは止めて下さい。強盗が押し入る可能性も無きにしも非ずです」

 

 僕の忠告にはじめさんは頬に指を当てていかにもなやんでいるといった風に考える。そして思い切り指でバッテンを作った。

 

「それは駄目! 君たちが私に希望をくれたように私も誰かに希望を届けたいの。それはきっと電波だけじゃ届かないと思うんだ。だからそれだけはごめんね」

 

 きっとはじめさんならこういうと思った。思わず笑みが零れる。胡桃君を見れば同じように微笑んでいた。でも、流石に心配だ。なので僕は鞄からシグザウアーP228を取り出し念のため弾倉を取り外しホールドオープンさせる。そしてはじめさんに差し出した。

 

「ひ、秀樹?」

 

「こ、これって」

 

「9mm口径の自動拳銃です。ただの鈍器や刃物よりかは効くでしょう。使い方は貴方にお任せします。では、ご武運を」

 

 僕から手渡された予想外の品物にはじめさんは度肝を抜かしたようだがすぐに笑ってデスクに置いてくれた。心なしか笑顔が引き攣っている気がするがきっと気のせいだと思いたい。

 

「じゃあ、行こうか。胡桃。では、また会いに来ますね」

 

 僕、この家に入ってきた梯子をよじぼった。久しぶりの外だ。風が気持ちい。

 

「いつでも待ってるよー! あ、胡桃ちゃんはちょっとまって」

 

 はじめさんは胡桃を呼び止めると何やら耳打ちをした。上から覗いているので頭しか見えないが胡桃君が酷く動揺しているのがわかる。しばらくしてから胡桃君は梯子を上ってきた。その顔は心なしか赤い。

 

「じゃあ、本当に帰るとするか」

 

「あ? あ、ああそうだな……」

 

 やはりよそよそしい。そんなこんなで僕たちは再びバイクに乗り走り出した。そして、その後、毎日のようにみんなのリクエストがラジオから流れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、胡桃。少し話したいことがあるんだ」

 

 バイクを走らせながら後ろの胡桃君に話しかける。例によって大通りは走らない。渋滞と奴らでまともに走れないからだ。

 

「き、奇遇だな。あ、あたしも秀樹と話したいことがあったんだ……」

 

 胡桃君もか。人生何が起こるかわからないものだ。時計を見る。まだ間に合うな。僕は胡桃君を乗せ目的の場所まで走らせる。幸い、今いる場所からそこまで離れていないため15分程で到着することができた。

 

「ここだ。降りてくれ」

 

「なあ、秀樹。ここって……」

 

 胡桃君とやって来たのは巡ヶ丘が一望できる住宅街に作られた高台だ。しかも、嬉しいことに夕陽のオプション付きでだ。周りを見渡してもあいつらは見当たらない。言うなら今しかない。僕は胡桃君を見つめる。心なしか距離が近い。長い睫毛にくっきりとした瞳。綺麗な唇。僕の心拍数は上がりっぱなしだ。 

 

「胡桃! よく聞いて「な、なあ、あたしから話してもいいか?」……どうぞ」

 

 僕が了承すると胡桃君は急にモジモジし始めた、なんだかすごい可愛いぞ。このまま抱きしめたいくらいだ。僕がそんな下らない衝動と戦っていると胡桃君が意を決したように口を開いた。

 

「あ、あたしが薬持ってきたときさ……。秀樹、あ、あたしのこと、あ、ああ愛してるっていってたけどさ。あれってどういう意味なんだ?」

 

 胡桃君の一言で僕はようやく一昨日いった言葉を思い出した。そうだ。僕は確かに胡桃君に向けて愛しているといってしまったのだ。仕方ない! 予定変更だ。このまま突っ走ってやる。まどろっこしいのはなしだ!

 

「胡桃! よく聞いてくれよ!」

 

 胡桃が息を呑むのがわかる。僕は彼女を二人だけの世界に突入した。夕陽が、空が、雲が、全てが灰色になる。ただ一つ胡桃だけに色がついている。そうだ。それでいい。

 

「僕は君が好きだ!」

 

「なっ!?」

 

 僕の突然の告白に胡桃君が目に見えて動揺する。でも知ったことかここで言わなきゃ男が廃る。日本男児の意地を見せてやる。

 

「君が先輩のことを好きなのは知っている! でも、僕は君のことが大好きだ! 付き合ってくれなんて言わない! 好きになってくれなんて言わない! 僕と、ただ僕と一緒に歩いてくれ!」

 

 そのまま頭を下げる。沈黙が支配する。周囲は未だ灰色のままだ。胡桃は何も言わない。やはり駄目だったか……。僕が諦めて顔をあげようとしたところ胡桃の足元に一滴の水が落ちるのを見た。

 

 ゆっくりと顔をあげる。そこには両目から涙を流す胡桃の姿があった。もしかして泣くほど嫌だったのか。

 

「すまん! 泣くほど嫌だった「違う! そんなんじゃねぇよ!」

 

 胡桃は両目から涙を流しながら僕に向く。次の瞬間、胡桃からとんでもない一言が放たれた。

 

「ほ、本当にあたしでいいのか?」

 

 何を言っているのかわからない。頭が理解するのを放棄している。今、この子はなんていった? あたしでいいのか?

 

「あたし、りーさんみたいに女の子っぽくないし、美紀みたいに頭もよくない。由紀みたいに明るくないし、圭みたいに元気でもないぜ! それでもいい「いいに決まってるだろうが!」ひ、秀樹!?」

 

 何を言っているんだこの怪人シャベル娘は。だが、こうなってしまったら止まらない。このまま思っていることをぶちまけてやる。

 

「僕がそんな単純なことで好きになると思ったら大間違いだからな! 確かにみんな大好きさ! みんな僕のことを救ってくれた。感謝してもしきれない。でもな、胡桃だけなんだよ! 一緒に歩いてくれたのは。君はいつも僕を土壇場で引き戻してくれた。僕は胡桃に迷惑かけてばかりだ。でも、だからこそ僕は君と一緒に歩きたいんだよ! 好きなんだよ! 笑ってほしいんだよ! 何か文句あるか! てか君先輩が好きじゃないのかよ!」

 

 もはや意味不明だ。自分でも何が言いたいのかわからない。

 

「先輩のことは好きだったんだけどそうじゃねえんだよ。ああ、もう説明できねえ。先輩はなんていうか憧れとかそういうのとかで、なんか秀樹のとは違うんだよ! 秀樹はほっとけないんだよ! そうだよ! あたしだって秀樹と一緒に歩きたいんだよ! 好きなんだよ! 文句あるか!」

 

 二人して逆ギレしたため肩で息をする。世界が色づくのを感じる。気が付けば胡桃が僕に抱き着いていた。

 

「なあ、もう一回好きって言って……」

 

 さっきは勢い任せで言ってしまったため、もう一度言えるかどうか。でも、言葉にしなくちゃ伝わらない。伝えられない。意を決して胡桃を抱き返す。小さな身体だ。僕みたいな大男にはまったく似合わない。

 

「何度でも言ってやる。僕は胡桃のことが好きだ。愛してる」

 

 抱きしめる力が強くなるのを感じる。ふと周りを見れば世界は再び色鮮やかに彩られていた。夕陽が僕たちを照らす。

 

「あ、あたしも、秀樹のことが好き……」

 

 二人して見つめあう。胡桃が目を閉じて顔を近づける。一々言葉にしなくても何をしたいのかくらい僕にも察しが付く。徐々に近づく唇。でも、その前に───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホルスターからコンバットマスターを引き抜き真横の邪魔者に向けて引金を引く。45口径の弾丸がゾンビに突き刺さった。

 

 周りを見渡せばゾンビが7体、か。どうせ僕たちの声に反応して近づいたんだろう。野次馬根性も甚だしい。黙って見守ることすらできんのか。最近のゾンビは。

 

「なあ、秀樹」

 

 胡桃がシャベルを構え僕に聞く。何を聞きたいのかなんてもう決まっている。僕は左手でナイフを引き抜きコンバットマスターと同時に構える。僕が4匹で胡桃が3匹かな。

 

「ああ、わかってるとも。じゃあどっちが早く倒せるか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──勝負だ!──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、初めてのキスはミントの味でした。

                             

 




 いかがでしたか? これが最終話と第十六話の間に起きた出来事でございます。前回、DJお姉さんは感染していないと述べましたがすいません。嘘です。そして秀樹の性格の変わりようが激しすぎて草。 誰だコイツ状態ですね。

 では、また次回に。

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