【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか 作:クリス
これは、僕が校庭を吹き飛ばして再び校庭を車で走れるようになったばかりのことだ。僕は、やっとのことで校庭を車が通れるようにしたため、ようやく例の作業に取り掛かることができた。
「えっと、この度は私の起こしてしまった不祥事によって皆様に多大なご迷惑を……」
そう、反省文である。あれから、僕はほぼ毎日反省文を書き続けているのだ。もういい加減に慣れてしまったため瞬く間に原稿用紙は反省の文章で埋まっていく。僕としてはこんな特技は習得したくはなかったが本当に気が付いたら習得してしまっていたのだ。悔しいったらありはしない。でも、
「多すぎだろうに!」
今回の反省文はレベルが違った。まず量からしておかしい。佐倉先生は何故こんなにも反省文が好きなのだろうか。僕にはまったくわからない。
「あぁ、もう疲れた!」
アームチェアに思い切り身体を埋める。無駄にいい座り心地だ。腕時計を見る。もうすぐあれの時間か。机の上に置いてあるラジオを手に取り電源を入れ周波数を合わせる。聞こえるのはノイズばかり。
「さて、もう始まるかな……」
時間になった。ノイズしか発しないはずのスピーカーからはノイズが消え誰かの息遣いが聞こえる。しっかりと理性を持った息遣いだ。
『誰か聞いてるかな? こちらは巡ヶ丘ワンワンワン放送局! この世の終わりを生きているみんな、元気かーい?』
はっきりと人間とわかる声。録音放送ではないのだろう。時折息継ぎをしている。若い女性の声だ。
『じゃあ、今日もゴキゲンなナンバーいってみよう!』
そして曲が流れ始める。少し前に流行った洋楽だな。僕がこの放送に気が付いたのは佐倉先生の反省文を書き始めてからすぐのことであった。あまりに多い反省文に嫌気がさした僕は無駄だと理解しつつもラジオを付けてみたのだ。そしてこの放送の存在に気が付いた。
「この人に会いたいな……」
僕はこの人の放送に大層元気付けられたのだ。こんな世界でも健気にラジオ放送をするその志に。今まで出会う生存者はたいてい死んだような目で拠点に引きこもっているか血走った目で僕の物資を奪おうとしてきた。でも、この人はこんな世界でも文化を維持し続けている。それがどんなにすごいことか。僕は一瞬でこの人のファンになってしまった。
「これ、渡したいな……」
手には一封の封筒。この中には僕のしたためたファンレターが入っている。反省文を書き続けた際のテンションで書いてしまったのだ。とは言え、このまま捨てるのも勿体ないため僕はどうにかしてこのファンレターを彼女に届けたかったのだ。でも、一つ問題があった。僕は彼女の拠点の住所を知らないのだ。
「ひ、秀樹、入っていいか?」
扉がノックされ外から僕を呼ぶ声がする。胡桃君の声だ。見られて困るものもないため入室を許可する。扉が開かれ胡桃君がやって来た。そして入ってくるなりそわそわしだすのだ。僕が校庭で大立ち回りを演じてからというものの胡桃君はずっとそわそわしているのだ。
「よ、よう秀樹。って、相変わらずごちゃごちゃしてんなー。また美紀に怒られるぞ」
「それは困るな。少し片づけするかっといきたいところだけどまだ無理だな」
反省文を胡桃君に見せる。
「うげー、めぐねえ、えぐい量だすな。でも、自業自得だろ?」
男の意地を張り通したとはいえいくら何でもあれは無茶すぎたと思う。もっとスマートにいけなかったのだろうか。しかし、過ぎたことは仕方がない。
「正直僕も反省しているよ。あれはやりすぎだったし無茶しすぎだった。で、何しに来たの?」
そういうと胡桃君はまたモジモジし始めた。最近の胡桃君は本当に様子がおかしい。僕以外と話しているときはまったくそんな様子はないのに。
「え、えと、普通に秀樹と話したかっただけだけど、駄目、かな?」
胡桃君に上目遣いで頼まれて断れる男がこの世にいるのだろうか。いや、いない。
「もちろん、いいとも」
「本当か! それはそれとして、さっきから音楽が流れてるけどそれなんだ?」
ようやく、ラジオの存在に気が付いたらしい。曲ももう終わろうとしている。しばらく二人でスピーカーから流れるメロディーに耳を澄ませる。
「な、なあ、それラジオだよな?」
僕たちの会話に横入りするかのように曲が終わり女性が話し始めた。
『ご清聴ありがとう! 誰か聞いてるかな? こちら巡ヶ丘ワンワンワン放送局。どんなに辛い日々でも希望と音楽をお届けするよ! じゃ、また明日!』
放送が終わり再びラジオからはノイズが流れる。沈黙が支配した。そう言えば僕はまだこのことを誰にも言っていなかったんだ。
「い、今のって人、だよな?」
「ああ、その通りだよ胡桃」
段々と胡桃君の顔が笑顔になっていく。自分たち以外にも生きている人がいる。その事実は彼女にとってはとても喜ばしいものなのだろう。
「てことは……」
「この人は生きているってことだ」
まるで大切な宝物を見つけたかのような胡桃君の顔に僕は自分の顔が熱くなるのを感じていた。これは脳内でアドレナリンが分泌されることにより身体が警戒態勢に入ったからだ。いや、誤魔化すのはよそう。僕は胡桃君のことが好きになってしまったのだ。
「み、みんなに知らせてくる!」
行ってしまった。後に残るのは顔の赤い僕とノイズを発するラジオのだけだ。ラジオのことも大いに気になるが僕には胡桃君のほうがよっぽど気になる事柄であった。いったいいつから好きになってしまったのだろうか。
僕と一番長くいたのは胡桃君だ。そして僕を土壇場でいつも引き戻してくれたのも胡桃君だ。今まではゾンビを殺すことだけに集中していたからそんなこと気にも留めなかった。でも、今思えば僕はいつもあの子を泣かせてしまったことを後悔していた。それは裏を返せば笑っていてほしいとうことに他ならない。そして何故、笑ってほしいのかと聞かれればそれは好きだからだ。
胡桃君のことをはっきりと好きだと自覚したのは、校庭での戦いが終わって気を失い目が覚めた時だ。僕は生徒会室のソファーに寝かされていてその僕にもたれるように胡桃君が寝ていた。あとで聞いた話によればずっと僕のことを見守ってくれていたようだ。僕は小さな寝息を立てる胡桃君を見て自分の気持ちを自覚した。
でも、このことを胡桃君に伝える気はない。このまま墓までもっていくつもりだ。
「と、言うわけで先生、僕に外出の許可をくれませんか?」
あれから3日経過した。僕はいつものように職員室で佐倉先生に事情を説明していた。既にワンワンワン放送局のことは知れ渡り、皆の間でちょっとした楽しみになっていた。そしてようやく放送中に彼女が住所を話していたので、皆の手紙を書いて会いに行くことにしたのだ。
「そうね、私もその人には是非会いたいのだけれど何も本田君一人で行くことはないんじゃないのかしら?」
流石に単独行動は渋られてしまった。でも、僕は早くあの人に会いたいのだ。
「先生、僕はなるべく早くこの人に会いに行きたいんですよ。この人放送では元気そうにしているけどきっと一人でとても心細いと思うんです。バイクなら早くて一日、遅くても二日で辿り着けます。だから、勘弁して下さい!」
頭を下げる。僕は一刻も早くあの人に僕たちの手紙を渡してあげたかった。貴方は独りではないと言ってあげたかった。学園生活部が僕にそう言ってくれたように僕もあの人に言ってあげたかったのだ。
「うーん、わかりました。いいでしょう、許可します。でも、絶対に無茶しないのよ。じゃあ、少し待ってて、私もその人に手紙を書くから」
「あ、ありがとうございます! じゃあ、早速荷物を纏めて出発しますね! ん?」
突如後ろで物音がした。振り向いてみても誰もいなかったが、足音だけは聞こえていた。誰か聞いていたのだろうか。まあ、いいか。早く準備しなくては。
「秀先輩、無茶しないでくださいねー!」
「ひーくん、あの人によろしくね!」
「おじさん、またね」
ここは、昇降口前。僕はみなと別れの挨拶をしていた。別れと言っても4日か5日で帰ってくるので出張のようなものだ。圭と由紀とるーちゃんの三人以外は各々仕事があるので先ほど挨拶を済ませてきた。胡桃君だけは何故か見つからなかったので泣く泣く諦めた。もう行こう。僕はバイクのキックスターターを思い切り踏み込んだ。空冷4ストロークの単気筒エンジンが軽快に音を鳴らし僕がスロットルを開放するのを今か今かと待っている。一応手紙を確認しておこう。よし、ちゃんと全員分あるな。
「じゃあ、行ってくるよ。なに、すぐに戻ってくるさ。じゃ「秀樹!」ん?」
昇降口から胡桃君が全力疾走でやって来た。背中にはリュックを背負っている。まさか、いや、そんなはずはない。
「あたしも行く! 由紀、圭、瑠璃! 後でみんなに言っといてくれ!」
「ほほぉー、胡桃先輩ったら大胆……」
「くるみちゃんも行くの? じゃあ、気を付けてね!」
胡桃君はそれだけ言うと僕の後ろに無理やり乗ってきた。既に荷物を積んでさらに胡桃君自身もリュックを背負っているため身体を密着せざるを得ない。
「い、いきなり何、言い出すんだよ! 一緒に行くってどういうことさ?」
本当に突然だ。寝耳に水とはこういうことだろう。頭を後ろに向ければ顔を真っ赤にした胡桃君が僕にしがみついていた。何かが当たっている気がするがきっと気のせいだ。
「だ、駄目か?」
「い、いいよ」
だから、その上目遣いは反則だろうに。僕はすっかりヘタレになってしまった。ゾンビの大軍にたった一人で立ち向かった怒れる男はどこに行った?
「そ、そうか。じゃあ行こうぜ」
このままでは埒が明かない。仕方ないのでバイクを発進させる。校庭は相変わらずスプラッタめいた光景が広がっているがこれでも大分片付いた方なのだ。本格的な撤去には重機が必要になることだろう。要は無理ということだ。
サイドミラーを見れば三人が手を振って見送ってくれた。胡桃君も手を振っているようだ。こうして僕たちの奇妙な二人旅が始まった。
「なあ、スカートで寒くないのかい?」
秋は既に通り過ぎ季節は冬に差し掛かっていた。胡桃君は上着こそ羽織っていたが下半身は相変わらず制服のスカートのままだ。そこまで速度は出していないとはいえきっと寒いことだろう。
「ああ、こんなんで寒くなるほど柔な鍛え方はしてないぜ」
景色がどんどん過ぎ去っていく。バイクというのはやはり乗っていて気分がいい。
「そういえば陸上部だったもんな。というか、何でついてきたのさ」
本当に疑問だ。胡桃君には直接伝えなかったけど悠里や美紀から聞いているはずだ。
「だってあたしに何も言ってくれなかったし……」
そう言えば胡桃君には何も言わずに来てしまった。見つからなかったとはいえ少し悪いことをしたかもしれない。
「う、それは悪かった。でも見つからなくてさ」
「そりゃ、見つからねーよ。だってあたし秀樹とめぐねえの話聞いてからすぐに準備してたし」
「え!?」
衝撃の事実、最初から知っていたのだ。だとしたら尚更謎は深まる。
「この前だってすぐに戻るって言ったのにずっと帰ってこなくてみんなで見に行ったら玄関で倒れてるし。死んだかと思ったんだぞ! 本当に心配したんだからな!」
信じて送り出した男が昇降口で真っ白に燃え尽きていたらそりゃショックだろう。今でも行動そのものは間違っていないと思っているがもう少し準備しておくべきだったと思う。
「だから、めぐねえが許可してもあたしは秀樹のこと見張ってなきゃな!」
この子は僕のことを野良猫か何かだと思っているのだろうか。もう、昔みたいな恥ずかしい真似はしないと誓ったがそれはあくまで僕の基準内のことであって彼女の基準には満たないのだろう。ちょっと、話が重くなってしまった。話題を変えるとしよう。
「まあ、ついてくるのはいいんだけどさ」
「うん」
「それって僕と一緒に寝泊まりすることになるんだけどいいの?」
僕の腰を掴む手がビクリと震えた。明らかに動揺しているのがわかる。もしかして今まで気が付かなかったのか。流石に付き合ってもいない女性と寝床を共にするのは不味い。まだ、間に合うし戻るか。
「そりゃ、流石に不味いよな。わかった、今から戻「大丈夫だ!」ほ、本当に?」
「別に秀樹がそ、そういうことする奴じゃないって知ってるし。あたしたち、その、か、家族みたいなもんなんだろ? だから大丈夫だ。うんうん、大丈夫」
ここまでの信頼を向けてくれることが嬉しい半面、少し不用心なんじゃないかとも思ってしまう。少し脅しておくか。
「胡桃が僕のことを信頼してくれるのは嬉しいけどさ。流石に不用心すぎるぞ。人を信じるのはいいことだけど根拠もなしに信じるな」
突き放すように告げる。これだけ言っておけば気持ちも変わるだろう。そんな僕の希望的観測は次の一言で打ち破られた。
「なあ、そうやって自分を悪者にするのって楽しいか? あたし、秀樹のそういうところ嫌いだな。だって、秀樹っていつもなんだかんだ言って人のために動いてるじゃん」
「それは、胡桃の勘違いだ。僕はいつも「いいや、勘違いじゃねえ」……何で言いきれる」
僕の腰を掴む力が少し強くなった。ただでさえ好きな子が密着しているという緊急事態なのにこれ以上密着されたら僕はどうなってしまうのだろうか。
「初めに会った時だって瑠璃のためにりーさんに会わせてくれたし、その後だってあたしたちのために学校のあいつらを倒してくれた。学園生活部を出ていくときも一階のあいつらを全部一人で倒してくれた。あれってあたしたちが地下に安全にいけるようにするためだろ?」
「それは……」
違うと声高に言いたかったが胡桃君の断言するかのような話しぶりに僕は言い淀んでしまった。確かに、そんな思惑もあったが、それはあくまで僕のためであり誰かのためだなんて考えていなかった。
「美紀と圭だって秀樹が助けてもなんの得にもならなかったぜ? ていうか死にかけてたし。秀樹はさ、いつも自分のため、僕のためっていってるけど結局みんなのためになってんじゃん。もしかして秀樹ってツンデレってやつなのか?」
きっと後ろで子憎たらしい笑みを浮かべているのだろう。しかし、ツンデレ扱いは勘弁してほしいものだ。僕はそんな天邪鬼な男ではない、たぶん。
「まあ、君が思うんならそうなんだろ。君の中ではね」
「んだとー!」
口では憎まれ口を叩いても僕の心はいいようない温かいもので溢れていた。自然と口角が上がってしまう。やっぱり僕は胡桃のことが好きなんだな。
夕陽の道路に僕たちの影が流れて行った。
「いいか、胡桃。ここをキャンプ地とする!」
「イエッサー!」
あれからしばらく走り続けた僕たちは道沿いのコンビニに一泊することにした。そして胡桃君は妙にノリがいい。とは言え、まずは、
「掃除だな……」
外からコンビニを見てみれば店内を一匹のゾンビが徘徊している。服装から察するにここの元店員なのだろう。死して尚店番をするとはなんと素晴らしい奉仕精神だ。
「ああ、どうする? あたしがやっちまおうか?」
「いや、胡桃は店の外まで誘き寄せてくれ。出てきたところを僕が仕留める」
胡桃君は無言で頷き開いたままの自動ドアの前に陣取った。僕も扉の横に静かに移動する。胡桃君がシャベルを扉に打ちつければ音が響きゾンビがのろのろとこちらにやってくる。
「おい、来たぞ!」
扉からゾンビが姿を現した。まず横から左膝関節を足で思い切り踏みつける。人間の関節というのは意外と脆い。それが腐った死体ならなおさらだ。当然、間接は折れ曲がりゾンビは自重を支えきれず膝をつく。
「うげえ……」
胡桃君が露骨に痛そうな顔をしているが無視だ。そして丁度いい位置に下がった頭の下顎と後頭部を掴み斜めに捻じる。頸椎の砕ける感触と共にゾンビは二度と誰にも迷惑をかけることはなくなった。
「まあ、ざっとこんなもんかね。じゃあ、中のほうも見ておこう。行くぞ」
「あ、ああ」
店内を二人で探索する。懐中電灯を灯しくまなく見て回る。トイレ、裏口、倉庫。血の跡がついていたが他には何もいなかった。
「なあ、秀樹。さっきのあれってどうやって覚えたんだ?」
店内を一通り見て回ったので僕たちは宿泊の準備を始めていた。寝床のガラス片などを片づけマットと寝袋を敷く。念のため入り口からは距離を置き、その入り口もバイクで塞ぐ。パンや弁当などは事件が起きたのが夕方だったため殆ど売り切れていいたのであまり臭くはなかった。
「あの首折りかい。何度も試行錯誤を繰り返してコツを掴んだだけだよ。よかったらレクチャーしようか? 意外と簡単だよ」
「いや、遠慮しとくわ。触りたくないし」
そりゃそうか。誰も好き好んであんな腐った身体に触りたくない。僕はもう慣れ切ってしまったが女性には些か厳しいものがあるのだろう。
「でも、さっきの秀樹の動き昔、あたしが遊んでたゲームみたいでかっこよかったぜ」
「そりゃどうも。というか胡桃ってそういうのもやるんだな。ゲームとか好きなのか?」
適当に窓際のラックから雑誌を手に取りページを捲る。日付はあの事件が起きた時のままだ。まるで時間が停止してしまったかように錯覚する。
「ああ、レースゲームとかアクションものとかは一通りやってたぜ」
男勝りな性格だからそういうのも知っていると思ったが案の定であった。胡桃君が画面に向かってあーでもないこーでもないといいながら遊ぶ姿が目に浮かぶ。
「あ、そうだ。今度さ電気屋からゲーム機持ってこようぜ! そんなに長く遊ばなければりーさんだって怒らないだろ」
「悪くないな。いいかげんボードゲームにも飽きてきたところだ。次の遠征あたりで佐倉先生に言ってみよう」
「秀樹、いっつもビリだもんな」
「言っておくがあれは僕が弱いわけじゃない。みんなが強すぎるだけだからな!」
そう、決して僕が弱いのではない。みなが強すぎるだけなのだ。ただ、ちょっと僕の選択が不味いだけなのである。
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
駄目だこりゃ、まるで聞いちゃいねえ。やがて日は沈み夜がやって来た。
「なあ、今思ったんだけどさ」
「うん」
すっかり夜も更け、僕たちは寝る準備に取り掛かった夕食はコンビニあったレトルト食品で済まし後は寝るだけとなった。でも、一つだけ問題があったのだ。
「胡桃の寝袋はどこにあるの?」
「あっ……」
もしかして忘れたというのだろうか。いや、そんな初歩的なミスを百戦錬磨の胡桃君が犯すはずがない。
「ごめん、忘れてた……」
どうやら本当に忘れていたようである。いくらここが室内で風が来ないとはいえ今は冬に入りかけている。僕みたいな男ならいざ知らず胡桃君のような女性には厳しい寒さだ。ふむ、仕方がないか。
「ないものは仕方ない。僕の寝袋を使いなさい」
「えっ、そんないいよ。その辺で寝るから」
「いや、よくない。僕みたいな大男ならいざ知らず君は女の子だよ。自分の身体は大事にしなさい」
「お、女の子って……。お前ほんと、気障だよなー。でも、わかったよ、使わせてもらうわ」
そう言って胡桃君は僕の寝袋に入ろうといて僕に向き直った。
「あたしが秀樹の寝袋使っちまったら秀樹は何で眠るんだ?」
「別に、店の段ボールでも被って寝るさ。何、野宿は慣れている」
とはいえこんな寒い中での経験は初めてだったりする。要は強がっているだけである。
「じゃ、じゃあさ……」
「なんだい?」
次の瞬間、胡桃君はとんでもない爆弾発言を投下した。
「い、いっしょに寝たらいいんじゃねーの?」
「お前は何を言っているんだ」
本当に、何をトチ狂ったことを言い出すのだ。このシャベル娘は。僕と一緒に寝れるわけがないだろうが。
「そ、そうだよな……。何言ってんだあたし……」
僕たちは微妙な空気に包まれてしまい、そのまま二人して黙り込んでしまった。そして時間は夜から深夜へとさしかかろうとしていたした。
端的に言って僕は眠れなかった。今、僕は店の壁にもたれながら眠ろうとしていた。しかし、僕が首をちょっと動かせば胡桃君の頭が見えるのである。時折寝返りえを打つ音や息遣いを聞いてしまえば緊張して眠るどころではないのだ。
気を引き締めるために段ボールを被りなおす。紙の匂いが鼻を刺激する。なるほど確かに温かいな。
「なあ、まだ起きてるか?」
突然、胡桃君に声をかけられた。あまりに唐突であったため少し驚いた。
「ああ、まだ起きてるけど」
「ちょっと、聞きたいことがあってさ」
「うん」
「こんなこと聞くのすげー今更だと思うけどさ、怖くないのか?」
昔、悠里君にも似たような質問をされたことがあるな。あの時はなんと答えたか。
「あたしは、結構慣れたけどさ。まだ、本当は少し怖いんだ。今でも倒した奴の顔が夢にでることがある」
普段ならこんな弱みは絶対に言いだしたりはしないだろう。でも、今日の胡桃君は少し様子が違った。それだけ僕のことを信頼してくれているのだろうか。
「秀樹はよくあんな大軍相手に立ち向かえるよな。あたしには無理だよ」
それは勘違いだ。僕はただ、恐怖が裏返って快楽になってしまっただけだ。あの戦いのあとからはかなりマシになったが、僕の本質的なものは何一つ変わってはいない。
「胡桃も僕と同じことをすればすぐにできるようになるさ。兎に角、戦い続けるんだよ。何度も死にそうになる。それでも戦い続けるんだ。そうするといつしか気が付くんだ。自分がそれを楽しんでいることに」
「秀樹……」
最初はただの破れかぶれだった。何も考えずに自棄になって無謀な殺戮を繰り返した。その破れかぶれを何度も続けた結果が僕だ。
「胡桃は今のままでいいんだよ。僕の真似をしようとするな。僕を見つめるな。怪物になっても知らないぞ」
怪物と戦う者は、自身も怪物になることのないように気を付けなければならない。昔の僕はそれに失敗してしまった。
「ありがと……。でも、秀樹のことはずっと見てるぜ。でないとまたどこか行きそうになった時に引き戻せないからな。べ、別に変な意味じゃねーからな!」
引き戻せない、か。今までこんなことを言ってくれた人がいただろうか。心が温かくなるのを感じる。そうだな、僕も考えを変えるとしよう。当たって砕けろだ。
「胡桃、僕、ようやく決心がついたよ」
「いきなりどうしたんだよ……。てか、あたしもう眠いんだけど……」
その声はもう今にも眠ってしまいそうなほど弱々しかった。まあ長い時間走っていたので無理もない。胡桃君は僕の返事も聞かずそのまま眠りこけてしまった。可愛らしい寝息が聞こえる。
結局、僕が眠ったのはそれから2時間たってからであった。そして次の日になり……。
「ここがあの人のいる場所か……」
目の前にはコンクリート製の箱のような家らしきものがあった。入口らしきものは見当たらずどこから入っていいのかまるで見当もつかない。
「多分、これだろな……」
予想していたのと随分違ったため僕の警戒心は否が応にも高まっていく。まるでわかってて作られたような家だからだ。こんなシェルターみたいな家、趣味で建てるわけがない。取りあえずラジオの電源を入れてみる。
『ワンワンワン放送局はリスナーのリクエストをいつでも募集してるよ! メール、郵便、モールス信号、狼煙、何でもいいよ!』
狼煙ってなんだ、狼煙って。とは言えこれで彼女がまだ健在だと判明した。後は、どうやって入るかだな。
「秀樹! ここから屋根に上れるみたいだぜ!」
胡桃君が指さす先には梯子がある。屋根からなら入れるのだろうか。
「じゃあ、僕から上るよ」
「ああ、頼む」
胡桃君がすんなり先に行かせてくれて助かった。そうでないと見えてしまうからだ。何がとは言わない。
「おい、足跡があるぞ!」
「ここを開けばご対面というわけか……」
屋上のハッチを開き意を決して中に入る。学校の地下に非常に似た作りだ。念のため拳銃をいつでも撃てるようにする。
「なあ、学校の地下と似てないか?」
「ああ、そっくりだ。偶然にしては出来過ぎている」
恐らく、ここの住人は何か知っている可能性が非常に高いだろう。ファンレターも渡したいが、それよりも重要なことができた。
『ねえ、誰かいるの?』
スピーカーから声がした。さあ、ご対面の時間だ。
いかがでしたか? 胡桃ちゃんのキャラ崩壊が激しいです。遂にDJお姉さんと対面することになった放火魔。どうなることでしょう。それとDJお姉さんについてですが原作では感染済みだったようですが話の流れ的にそれをするのは不味いのでこのSSでは感染していないことにします。予めご了承下さい。
ではまた次回に。