【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか 作:クリス
2015年5月26日 るーちゃんの一人称を変更
コイントスの末、狩場は鞣河小学校に決まった。現在の拠点から車で2、3分のところだ。アンデッドによるパンデミックというありきたりな終末が発生してからしばらく経過し、僕がゾンビ狩りを日課としてからというものの特定の拠点は持たないようにしていた。
それもそうだ。安全地帯で引き籠っていたらその分奴らを野放しにすることになってしまう。そして奴らはどこかの誰かの大切なものを壊していくのだ。
拠点を確保したら周囲を探索し物資を集めつつ奴らを殲滅する。そして一通り殺したことを確認したら別の場所に赴きまた同じことを繰り返す。
それが僕の基本的な行動パターンだ。自分でも随分と遠くまで来てしまったと呆れる。好戦的な生存者には出会ったことがあるが僕ほどぶっ飛んだ奴にはお目にかかったことがない。
今の僕をクラスメイトが見たらきっと同一人物だとは思わないんじゃないだろうか。なんせ馬鹿みたいに鍛えたせいで体格は二回りほど肥大化し筋肉の塊となっている。それに目にかかるほどの髪もバリカンで短く剃り落とした。もう親はいないがきっと彼らも僕のことを同じ人間だとは思わないと思う。
歩みを止めることは許されない。時間をかければかけるほど奴らは僕たちを侵食していく。最後に待っているのは奴らの支配する世界だ。
誰かがやらねばならぬのだ。できるできないじゃないやるのだ。成さねばならぬのだ。
そうこうしているうちに目的地に到着した。僕は校門の5mほど前にバンを止めると双眼鏡を取り出し辺りを観察した。
僕が乗っているのは古いアメ車のバンだ。たしか昔のアメリカのドラマで主人公一行が乗っていた車と同じ車種なはずだ。日本では大きすぎて不便だが居住性はかなりのもので僕はこれを移動拠点として使っている。
奴らの行動には一定の規則性がある。僕がそれを発見したのは観察によるものだった。奴らは生前の生活リズムに則って行動している。これは確実とみていい。
サラリーマンは会社に学生は学校に。そんな感じで生前の活動を模している。流石に曜日の概念までは存在していないようで土日だろうがお構いなしに行動しているのには笑った。
そして現在の時刻は朝の5時半。生徒はもちろんのこと教師もまだ出勤してきていない。
今日の目的は来るべき仕事のための下調べと物資の回収だ。僕はイカれたゾンビ殺しだが、闇雲に奴らを殺しているわけじゃあない。
奴らを多く殺すのに必要なのは如何に冷静に狂うことができるか、そして油断しないこと。これが僕が今までこの生活を続けてこれた秘訣である。理性を失った狂人ではここまでできなかっただろう。捨てるべきは理性ではなく倫理である。
僕は校門に奴らがいないことを確認したのでバンの居住スペースに保管している防具に着替えた。防具と言っても隠密性を重視して厚手と薄手の二枚のジャケットを重ね着しているだけある。
かなり窮屈に見えるかもしれないが下に来ているジャケットは関節部を切り取っているので見た目よりは幾分動きやすい。防御力も実証済みなので安心だ。
防具は整えた。お次は武器だ僕は武器がしまってあるケースの蓋を開けた。中には僕の慣れ親しんだ武器たちが鎮座している。
僕はその中のライフルに手を伸ばしかけて手を止めた。
僕が手に取ろうとしたのはシモノフSKSを中国のノリンコがコピーした56式半自動歩槍だ。7.62x39mm弾を使用するガス圧作動方式のカービン銃で、すぐ後に登場したAK47に隠れがちだがこれも名銃だ。
明らかに銃刀法に違反した代物を僕が持っているのは、別に難しい話ではない。たまたまヤのつく自由業の方々の事務所で見つけたのだ。どこかの修羅の国ではロケットランチャーやアサルトライフルで武装しているヤクザもいるそうだ。自動小銃くらいかわいいものだろう。
今回はただの下調べだ。長物を持っていく必要はないだろう。僕はSKSの代わりに回転式拳銃を手に取った。この銃の名前はスミス&ウェッソンM37エアウェイト。警視庁で正式採用されている軽量かつ小型の拳銃だ。これも警察官からベルトごと拝借してきたものだ。僕はホルスターのついたベルトをジャケットの上から装着しナイフも差し込む。仕上げに右腕にタオルを何重にも巻き付け紐で縛り付けギブスのようにし完了だ。
準備を整えた僕はバンのバックドアから学校へと向かった。
学校の中は案の定酷いことになっていた。割れたガラスに至る所にこびりついた血痕。もう酸化して黒ずんでいるがここでどんな惨状があったかは想像に難くない。
見る人が見たら卒倒するような光景であるが僕にとってはありふれた光景だ。僕は保健室に向かい医薬品を片っ端から鞄に詰めていった。このご時世医薬品は札束より貴重なのだ。絆創膏一枚すら残さず詰め込んでいく。
この時点で目的の9割は達成していたのでこのまま退散するべきだったのだが、僕は気まぐれで二階への階段を上った。
階段を上ったすぐ先の教室の扉を一匹の奴らが叩いていた。小学校1年生くらいだろうか、女の子だ。右腕は肘から先が食い千切られ腹からは腸がはみ出している。
僕の大切なものを奪った奴らだ。僕は頭に血が上るのを感じた。すぐにでも飛びかかりたいが音を出して他の奴らを呼びよせるのは余り面白くない。
幸い、奴は僕に気づいていない。扉を叩くことに夢中だ。距離は約5m、いける。僕は確信した。
奴の斜め後ろからゆっくりと近づく。奴はこの期に及んでまだ気が付いていない。距離が1mを切った時、僕は一気に奴の真後ろまで接近。右手で下顎を左手で後頭部をホールド。そのまま斜めに捻じるようにその細い首をへし折った。奴はもう誰にも迷惑をかけることはなくなった。
こうして何の問題もなく一匹始末した僕だったが、一つだけ予定外のことがあった。何ということか!力を掛け過ぎて首を本当に捻じ切ってしまったのだ。その証拠に僕の両手には奴の頭がある。
「ちょっとやりすぎたかな?」
僕は苦笑した。このまま両手に持つのも重いので頭は奴の胴体の横においた。
「さて、こいつはなんで扉を叩いてたんだろうねぇ?」
僕の呟きが血塗れの廊下に吸い込まれていった。
「さぁて、お邪魔しまーすっと」
扉を開け中に入る。教室も廊下と大差ない惨状であった。血塗れの机や椅子、黒板。まあいつもの風景である。
教室には案の定なにもなかった。文房具は机の中にしまってあったが武器になりそうな鋏は安全に配慮した先が丸まっているタイプしかなく使い物にならなかった。筆記用具も事足りているので必要なし。
「ここには何もなさそうだな……?」
何もないと判断し教室から出ようとしたが一瞬なにか息遣いのような音が聞こえた。気のせいか?
もう一度、今度は注意深く耳を研ぎ澄ます。確かに聞こえる。僕以外の吐息の音だ。一体どこからだ?
すぐに音の出所は見つかった。教室の隅の掃除用具いれからだ。試しにロッカーに耳を当ててみると先ほどよりもはっきりと息遣いが聞こえた。
「おい!誰かいるのか?開けるぞ」
僕は何が出てきてもいいようにベルトのナイフに手を掛けながらロッカーの扉を開いた。
中にいたのは女の子だった。どうやら気を失っているようで僕が扉を開けたのにもかかわらず全く気が付いていない。
かわいそうに、長くここにいたのだろう。酷く衰弱している様子だ。このままでは死んでしまうだろう。仮に生きていたとしても奴らに食われて終わってしまう。
「参ったなぁ……。まさか生き残りがいるなんて」
どうしよう。このまま放っておくか?僕は一瞬通り過ぎた考えを振り払うように首を振った。
「何を考えているんだ僕は。それじゃあ奴らと一緒じゃないか」
そうだ。僕は確かに狂っているが人並みの良識は持ち合わせているはずだ。確かにここで見捨てる方が合理的な判断だ。しかし、それをしてしまったら僕はどんな顔をして奴らを殺せばいいのだ。僕には奴らを皆殺しにする権利があるがこの子の命を奪う権利はないのだ。目的は復讐だが決して正義を見失ってはならない。
結局、悩んだ末この子を拠点まで連れて帰ることにした。持ってきた水を口から流し込んだところ少しだけ顔色が良くなった。見た目ほど衰弱してはいないようだ。もしかしたらロッカーに閉じこもってからそんなに時間は経っていないのかもしれない。
これは推測だが、この子はこの学校の生存者のグループに所属していたのかもしれない。そしてそのグループは恐らく壊滅。偶然逃げ込んだロッカーで九死に一生を得たというところだろうか。
とにかく今はこの子を担いでここから出よう。予定は変更だ。そうと決め女の子を担ぎ上げようとした際。廊下から呻き声聞こえてきた。それも複数。
そう、奴らだ。
僕は女の子を申し訳ないがもう一度ロッカーに匿うと廊下にでた。
数は三体、距離は約7m。先ほどと違いもう此方の位置はばれている。僕は冷静に右腕のギブス擬きを盾のように構えながら腰のナイフを鞘から引き抜き逆手に持った。
ゆっくりとだが確実に距離が詰まっていく。
3m……
2m……
1m……ッ!
一番、先頭にいた奴が僕に噛みつこうと飛びかかってきた。僕は右腕を奴に突き出した!奴は僕の右腕に喰らいつく。相変わらずの馬鹿力だ。
だが、それだけだ。
僕は左手に持ったナイフを奴の脳天目掛けて突き立てた!肉と骨を突き破る感触と共に噛みついてきた奴がバタリと倒れ込む。
その際倒れる勢いに巻き込まれないようにするのがポイントだ。すぐさま体勢を整えると次の奴にも右腕に噛みつかせる。そしてナイフを一突き。あと、一匹。
最後の奴はちょっとかっこいい技で葬ってやろう。僕は三体目の前に飛び込むと膝を横から折ってやった。腐った身体には堪えたようで奴は思わず膝を付いた。
僕は少しだけ距離を空け、ちょうどいい位置にある奴の頭めがけ後ろ回し蹴りを叩きこむ。
「──オラッ!!!」
何ということか!硬いブーツの底と約80kgの僕の体重が合わさった一撃は凶器そのものであり、もろに喰らった奴はそのまま首の骨を折られて二度と誰にも迷惑をかけることはなくなった。
「ゾンビ殺すべし、慈悲はない。なんてね」
僕は少し前にネットで流行った小説の台詞を真似て決め台詞のように言った。少し恥ずかしかった。
そんなこんなで無事に女の子を救出した僕は拠点としている空き家に戻った。既にこの家の半径50m圏内は掃除済みなので特にバリケードは作っていない。前に別の拠点にいた時は二階から入っていたが一度それで死にかけたのでそれ以来普通に玄関から入るようにしているのだ。
家に入った僕は二階の寝室として使っている部屋のベッドに女の子を寝かせた。ずっと汚れた服のままはかわいそうなので服を着替えさせることにする。ついでに身体も拭いてあげよう。正直言って臭い。
まあ、臭さでいったら僕も人のことは言えないけどね。水は基本的に貴重なので風呂なんて贅沢はできない。なので僕が身体を洗う時は水で濡らしたタオルで身体を擦るだけである。
でも、これでも僕は清潔なほうなのだ。殆どの生存者のコミュニティには水が自由に使えない。洗濯もできない風呂にも入れない着替えもないの三重苦なのでとてつもない悪臭を放っているパターンが多い。
だから僕が生存者と交易をするさいは服や下着を持っていくようにしている。食料はあまり喜ばれないのだ。パンデミックが発生してもうそれなりに日数が経過している。ここまで生き残っているということは食料と水を確保できているということなのだ。他にも酒やタバコの嗜好品も喜ばれる。
話がそれた。僕は部屋にしまってあるカセットガスコンロに鍋を置きお湯を作った。しばらくしたら適温になったのでタオルを濡らして体を拭いた。
身体を拭く際、当たり前だが服を脱がさないといけない。子供とは言え女の子だ。後で謝っておこう。
身体を拭いて替えの服を着せる。服はこの家の箪笥にあった小学校の体操着を着せて置いた。髪は最近ドライシャンプーを見つけたのを思い出したのでそれで洗っておく。ついでに自分の頭も洗った。なるほど確かにすっきりするな。
一通りのやるべきことを終え腕時計を確認する。もうすでに朝の8時になっていた。時間を確認したら腹が減ってきた。朝飯にするか。
こんな世界になってからガス水道電気は完全に止まってしまっている。温かい飯は実は結構な贅沢なのだ。
でもまあ、物資が有り余っている僕には関係のない話なのでお構いなしにお粥を作り始める。
「……ここ、どこ?」
どうやら目が覚めたようだ。僕はなるべく怯えさせないように優しく話しかけた。
「よかった。目が覚めたみたいだね。どこか気持ち悪かったり痛かったりする?」
女の子はまだ自分の状況が読み込めていないようで僕と部屋をきょろきょろと見まわしている。
「……おばけがやってきて、それから……それから……ひっぐっ」
女の子は自分に何がったのか思い出したのだろう。目から大粒の涙を流し泣き始めた。困った。僕は子供の扱いなんて知らないぞ。
困ったことに全然泣き止む気配がない。当然だ。ロッカーに独りで閉じこもってたんだ。怖いなんてものじゃないのだろう。
確か、こういう時は抱きしめればいいと聞いた。僕は意を決して女の子をゆっくりと抱きしめた。
「大丈夫だよ。ここにはおばけはいないからね。だから大丈夫、大丈夫だから」
僕の言葉にため込んだものが爆発したのだろうかより大きな声でワンワンと泣き始めた。結局泣き止んだのはそれから30分後のことであった。だが泣くことはいいことだ。泣くことで精神のリセットが図れる。泣くことすらできなくなったらそれはもう末期だ。
僕はあれから一度も泣いたことがない。
女の子はひとしきり泣いたあと一緒に飯を食べながら軽い自己紹介をした。まだ元気はなかったが空腹には勝てなかったようで猛烈な勢いでお粥を掻き込んでいた。ここまで食べられるなら問題はなさそうだ。
女の子は自分の事をるーちゃんと呼んだ。名前を聞いてみたがるーちゃんとしか答えなかったのでまだ自分の名前をはっきりと言えないのか精神的ショックで記憶が曖昧なのかもしれない。
流石に何があったのかを聞くほど僕は鬼畜ではないので女の子改めるーちゃんが自分から言うまで待とうと思う。
そんなこんなで僕たちの奇妙な共同生活が始まった。
2015年■月■日
あれから3日が経った。食料はこの家にあったものを含めあと3週間は余裕で暮らしていける程の量があるので何も問題はなかった。
が、一つ面倒なことがおきた。るーちゃんが僕を離してくれないのである。
どこに行くのも何をするのもくっ付いて離れようとしないのだ。気持ちはわかるのだが寝るときはもちろん着替えやトイレにまでくっ付いてくるのはどうにかしてほしい。
かと言って引き離そうとするとこの世の終わりみたいな顔をしてやだやだと言ってくる。
どう見ても僕に依存してしまっている。僕だって仕方ないのはわかるのだ。彼女にとって僕はたった一人の頼れる大人であり唯一の生命線である。
でもこれはあまりよくない傾向だ。どう見ても健全な関係ではない。でもあんな顔をされて
「ひでおじさんも、みんなみたいにわたしをおいていっちゃうの……?やだよぉ……おいてかないでよぉ……もう独りはいやだよぉ」
なんて言われて断れるほど僕の心は強くなかった。イカれたゾンビ殺しが聞いてあきれる。
本田秀樹。それが僕の名前だった。僕の名前を呼ぶ人間なんてもう誰もいないと思っていたが名前を呼ばれるのは存外に嬉しいものだった。おじさんと言われなければな!
僕はまだ18歳だ!決しておじさんと呼ばれるような年齢ではない。確かに髭も全く剃ってないし髪型もおっさんみたいなので仕方ないかもしれない。でもおじさんはやめてほしかった。だけどなんどお兄さんと呼んでくれと頼んでも駄目なのだ。
結局、僕が根負けしておじさん呼ばわりを承諾した。解せぬ。身だしなみはきちんとしておこう僕は心にちかった。おじさん呼ばわりはごめんだ。
彼女との存在は僕の心に容赦なく染み込んでいった。あまりよくない傾向だった。僕も彼女に依存しかけていたのだ。それもそうだ。まともに人間と話したのなんて本当に久しぶりだったのだ。名前を呼びあいなんてことない話をすることがこんなにも楽しいことだったと忘れていた。言ってしまえば僕は会話に飢えていたのだ。
彼女が思いの外聞き上手だったこともそれに拍車を掛けていた。
僕は僕が昔の弱い自分に戻っていくことを感じていた。本当ならこんなことをしている場合ではない。僕がここで油を売っている間に奴らはどんどん数を増やしていく。
生き残りはこの事実に全く気が付いていない。誰も戦おうとしない。自分の足がドブに浸かっていることに気が付かないのだ。
一体誰が戦うというのだ。ヒーローなんてものは現れない。代わりなんていない。僕が!僕だけがこの事実に気付いている!なんという悲劇だ!
どいつもこいつも来るかもわからない助けを待って閉じこもっている。ふざけるなよ!なぜ?なぜだ!?なんで誰も戦わないんだ?
家族が!友達が!殺されたんたぞ!お前らそれで恥ずかしくないのか?誇りはないのか!
結局、僕しかいないんだ!できるできないじゃない。やるんだよ!
ふと、袖を引っ張られた。振り向くとるーちゃんが泣きそうな顔で僕のことを見ていた。
「ひでおじさん、すごいこわい顔してるよ……」
なんてことだ。こんな子の前で狂気を顕わにするなんて。僕は保護者失格だ。
「ごめんね、るーちゃん。怖かったよね」
「……うん」
そう言って僕は彼女の頭を優しくなでる。彼女は嬉しそうに眼を細めた。僕は戦わなければならない。でも、この子の保護先が見つかるまでは少しだけ昔の僕に戻ろう。僕はそう思った。
それから更に4日経過した。るーちゃんも少しは落ち着いたようで僕が外出するのも許してくれるようになった。その代わり帰ってくるなり僕の鳩尾にタックルするようになったのはご愛敬ってやつだ。
「ねぇ!ベランダに風船がひかかってるよ!」
るーちゃんが指さすほうに目を向けると確かに風船がベランダに落ちていた。僕はベランダから出るとその風船を手に取った。
確かに風船だった。中にヘリウムガスを詰めているのだろう僕が手を離しても浮かんだままだった。
「ん?なんか紐に括り付けてあるな」
よく見ると風船の紐の先に手紙らしきものが括り付けられている。ご丁寧にビニールで包まれている。雨対策だろうか。
「おじさん、それなに?」
「んー?手紙なんだろうけども。待ってね今読むから」
手紙だと思ったものは実は絵葉書で僕の母校である巡ヶ丘学院高校の制服らしきものをきた3人と1人の女性が描かれている。文章らしきものはなく『わたしたちはここにいます』とだけ書かれており裏には住所と座標が記されていた。救援メッセージのつもりだろうか?
無人島に漂着して砂浜にSOSと書いたりメッセージボトルを流すのはよくあることだが風船に括り付けるのははじめて見た。
だが、救援メッセージというにはあまりにも悲壮感がなさすぎる。今一つこの手紙の意図が読めない。何かのチャリティーイベントで作ったものと言われたほうがしっくりくる。
とはいえこれがこの手紙が悪戯でないとするならば彼女の保護先にうってつけと言える。一見するとふざけた手紙に思えるが、裏を返せばこんな凝った手紙を送ることができるだけの設備と物理的精神的余裕があるということなのだ。
「ねえ、わたしにも見せて」
僕が手紙を独り占めしていることが気に入らないようだ。彼女はその小さい頬を膨らませていた。可愛い。
「あぁ、悪い悪い。はい」
僕が絵葉書を渡した。しばらくすると彼女は僕に詰め寄ってきた。
「ん?なにか気になるのかい?」
「これぜったいにりーねーだよ!」
彼女はそう言って絵葉書に書いてある長髪の人物を指さしていた。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
『りーねー』僕が彼女との会話で知った人物だ。少なくとも女性で高校生なことは確かだ。彼女の語彙力が足りないせいでそれしかわからなかったが既に死んでいると思っていた。だが、この絵に描かれている人物がその『りーねー』だとするとこの手紙を飛ばした時点では生存している可能性が極めて高い。
まさに渡りに船というやつだった。
「この人が君のお姉さんなのかい?」
「そう!ぜったいりーねーだよ!!」
正直こんなデフォルメされた絵でなにがわかるんだと思わなくもないがそれをこの子に言うのは流石にあれなので黙っておくことにする。しかし、あまり喋らないこの子がここまで言うのだもしかしたらもしかするかもしれない。
「じゃあ、会いに行こうか」
僕は彼女に切り出した。姉に会えるかもしれないとわかった彼女の喜びようはそれはそれは凄まじいものであった。なんとか落ち着かせた僕は明日出発することを彼女に伝え明日の計画を考えるのであった。
僕はそこでこの子を置いていくつもりだった。我ながらひどい奴だ。
たとえ二次創作でも小説を書くのって楽しいですよね。