【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、本当に遠くに来たなあ……


第十六話 けつだん

 僕たちの学園祭、由紀君と猛練習したピアノ、ラジオ放送、たった一機のヘリコプターのために滅茶苦茶にされた。ゾンビの大量流入という全くありがたくない土産つきでだ。しかも、真相を知っているパイロットは感染済み、僕は殺すしかなかった。

 

 

 

 

 

「これがヘリのパイロットが持っていたケースに入っていたものだ」

 

ヘリが墜落するという予想外というかある意味お約束ともいうべき事態が発生してから一日が経過した。幸いにも駐車場の車のガソリンを抜いていたおがけで火災は最小限に止まり一階の事務室が少し焦げただけで済んだ。もし、ガソリンを抜いていなかったらタンク内で気化したガソリンが大爆発をおこし最悪学校を放棄せざるを得ない状況に陥っていたかもしれない。

 

「地図と、ワクチンらしきものが三本、それに拳銃だ」

 

 僕が机に置くものに皆視線が釘付けになる。生徒会室が沈黙に包まれた。地図にはランダルコーポレーションと聖イシドロス大学の位置に印が付けられている。注射器は中身がわからない以上使うわけにはいかない。

 

「じ、自衛隊ですかね……」

 

「いや、それは有り得ない」

 

 美紀君の考えをばっさりと否定する。それは有り得ないことだからだ。

 

「本田君、どうしてそう思ったの?」

 

 皆が佐倉先生の言葉に頷く。やっぱりこういうのは知らないとわからないものなのだろう。

 

「あのパイロットはフライトプラン、飛ぶための計画書なんだがそれを持っていなかった。自衛隊なら絶対にそんな雑なことはしない」

 

「でも、あいつ軍服着てたぜ」

 

 確かに、あのパイロットは迷彩服を着てヘルメットまでしていた。でも、あれは自衛隊のパイロットの装備はしていなかった。それに、

 

「胡桃、よく考えてみろ。あのヘリに乗っていたのはあいつただ一人だ。民間機ならともかく普通なら副操縦士が乗っているものだ。自衛隊という公務員ならなおさらね」

 

「あ、そう言えばそうだな」

 

 そう、例えどんなに余裕がなかったとしてもまともな自衛隊が単独でやってくるわけがない。必ず複数人で乗り付けてくるはずなのだ。それに、否定材料はこれだけではない。机に置いた拳銃を手に取る。

 

「この拳銃はシグザウアーP228といい9x19mm弾を使う自動拳銃だ。こいつは日本ではどこも採用していないし事件が起こる前に採用したなんて話も聞いていない」

 

「ということは、そのランダルとかいう企業の回し者ってことですか?」

 

 非常に不安げな視線を僕に向ける圭。気持ちは痛いほど理解できる。何せ自分達を捕まえにきたかもしれないのだから。

 

「それか、ランダルと癒着した自衛隊の回し者ってところか、どちらにせよホイホイついっていったらロクな目に合わないだろう」

 

 良くて、サンプル。悪くて口封じと言ったところか。

 

「もう一度やってくるということはないのかしら?」

 

 それは、誰もが、考えていることだろう。まあ、僕が散々脅してしまったからなんだがな。だが、このような事態では希望的観測は慎むべきだ。

 

「その可能性は低いんじゃないかな。こいつは、一人で感染しながらやって来た。裏を返せばそれだけ余裕がないということだ。しかも今回の件で貴重なヘリを一機駄目にしてしまった。もう一度ヘリを飛ばしてまで僕たちを回収するメリットは薄い」

 

 仮に、サンプルを回収しに来たとしてもわざわざ僕達である必要はない。僕たちのところにきたのはたまたま学校というわかりやすい場所に住んでいたからだ。反吐の出る話だがサンプルなんてそれこそ大量にいることだろう。

 

 皆、沈痛な面持ちで黙り込んでしまった。窓の外を見れば大量の奴らがたむろしている。どうやらここを新たな溜まり場にしてしまったようだ。恐らく百や二百では足りないだろう。近隣の全てのゾンビが集まっている可能性すらある。

 

「なあ、みんなどうするべきだと思う? あたしは、もし秀樹の言うことが本当でも出ていくべきなんじゃないかと思ってる。だってもうあんなに……」

 

 胡桃君はそっと窓の外を眺め顔を歪ませた。夜でこそ数は減っていたが今日また戻ってきたのだ。本当にはた迷惑なことをしてくれた。

 

「私も胡桃先輩の考えに賛成です。もう、どうしようもないですよ……あんなの……」

 

 圭まで脱出案に賛成してしまった。確かに、この状況で満足に生活を維持するのは到底不可能だ。昼間はゾンビ共がたむろし外出できるのは夜だけ、以前の数なら爆竹でも投げながらいけば昼でも悠々と作業ができた。でも、今はもう無理だ。

 

「二人の意見も尤もだと思うのだけれどどこに行くというのよ」

 

 悠里君の意見も尤もだった。そうなのだ、仮に脱出したとして、僕たちはいったいどこを目指して進めばいいのだろうか。隣の街か、それとも県か、それとも国か。ゴールの見えない逃避行ほど辛い物はない。

 

「そりゃ、りーさん。大学とかに行けばたぶん人だっているし」

 

「でも、あの数の中をどうやっていくのよ! ここならきっとあいつらも入ってこれないはずよ!」

 

 徐々にヒートアップしていく二人。ヘリが墜ちたというだけでもショックが大きいというのにそれに追い打ちをかけるかの如く急増したゾンビ共。既に夜にしか外出が出来ないほどまで増えてしまっている。

 

「でも、外にも満足にでれないんですよ! いずれ食べ物も──」

 

「それなら──」

 

「だったら──」

 

 遂に言い合いが始まってしまった。どうしてこうなってしまったのか、僕たちがいったい何をしたというのか。佐倉先生はどう入りこめばいいのか考えあぐねている。由紀君はるーちゃんを抱き締めソファーに座っているだけだ。きっと由紀ちゃんも歯がゆいのだろう。でも、何も言うことが出来ないのだ。

 

 僕たちは選択を迫られていた。皆が作り上げてきた学校を捨ててあるかもわからない安住の地を目指すかここに残り飢えるのを待つか。

 

「学園祭! 続きやりましょう!」

 

 誰かが叫んだ。さっきからずっと黙ったままの美紀君だった。その顔は今にも泣きそうだ。誰がこんな顔をさせた?

 

「今は、落ち着く時間が必要です。圭も胡桃先輩も悠里先輩も短絡的すぎます!」

 

「そ、そうね。ごめんなさい、二人とも……」

 

「あ、あたしも少し言い過ぎた。ごめん」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 水を掛けられたかのように三人は落ち着いた。普段冷静な美紀君だからこそたった一言で皆を落ち着かせることができたのだろう。でも、学園祭とは。

 

「学園祭、続きやりましょう? みんなで頑張ったじゃないですか。あいつらだってそんな簡単に入って来ませんよ。だから、続き、やりましょ?」

 

 第三の選択、それは僕たちの学園祭を続行することだった。確かに、何もかも中途半端で終わってしまった。まだ、序盤もいいところだったのに。あれだけ頑張ったのにヘリ如きのせいでやめなければならないなんて不愉快だ。

 

「みーくん! ナイスアイデアだよ! やっぱみーくんはすごいなぁ」

 

「ゆ、由紀先輩抱き着かないで下さい!」

 

 場の空気が一気に弛緩したのを感じた。いつもの学園生活部に戻っていくのがわかる。そうだ、これでいいんだよ。気が付けば佐倉先生が僕の隣に立っていた。

 

「秀樹君は、どうするべきだと思う?」

 

 僕は、どうしたいのだろうか。出ていくべきという意見も尤もだし、ここに残るべきだという意見も尤もなのだ。どれも、間違いではないのだろう。だけど今は……。

 

「僕は、まだわかりません。でも、今は学園際を続けたいです!」

 

「ええ! わかったわ!」

 

 先生はにっこりと笑った。自分だって心配で仕方がないはずだというのに、先生はいつも通りなんてことない様子で笑う。ふと気が付けば皆が笑っていた。これなら、大丈夫かな。

 

「じゃあ、学園祭! がんばろー!」

 

『おー!』

 

 僕たちの学園祭、二日目が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えばその場しのぎの現実逃避だったのかもしれない。外には今までの比じゃない数の屍人どもが跋扈し外に出ようものなら一瞬で食われることだろう。

 

 でもここは違った。僕たちの学校には夢があった。希望は見えてこないけど明日があった。楽しいことがあった。

 

 八人しかいないのに出店を出した。喫茶店を出した。歌を歌った。ダンスを踊った。学校なんてただの大学の通過点にすぎないと馬鹿にしていたのに僕は楽しかった。馬鹿みたいなことで悩んで馬鹿みたいなことで笑いあった。全てが輝いていた。でも、それも、これで最後。

 

 

 

 

 

 音楽室、皆が今か今かと始まりを待ちわびていた。学園祭もいよいよ大詰め、最後のイベントは由紀君と僕たちのピアノ演奏だ。

 

「では、3-Cの丈槍由紀さん! お願いします!」

 

「はい!」

 

 司会の悠里君が呼びかける。音楽室の扉が開き由紀君が姿を現す。いつもの制服姿ではなく赤いドレスに身を包んでいる。佐倉先生が選んできたものだ。いつもは可愛らしいという印象しか抱かないのに今夜の由紀君ははっきり言って美しかった。

 

「ゆきおねえちゃん、、きれい……」

 

「な、なああれ本当に由紀か? 違う人じゃね?」

 

 もしかして他の生き残りの人かな?

 

「にゃ、にゃにおー!」

 

 どうやら本人だったようだ。というか思っても口に出すもんじゃないぞ、胡桃君。いくら着飾ろうとも中身は変わらないようだ。

 

「って違った。えと、それでは聞いて下さい、シューベルト作曲で、アヴェ・マリアです」

 

 椅子に座り深呼吸する。人前で演奏するのは初めてなのだろう。僕も初めはきっとあんな様子だったに違いない。

 

「由紀ちゃん頑張って」

 

 静まり帰る音楽室。そして静かに鍵盤を叩き始めた。ピアノというのは弾く人の個性が強く反映される楽器だ。鍵盤の叩き方、ペダルの踏み方一つ一つに個性が生まれる。最も性格が現れる楽器だと僕は思っている。

 

 由紀君の演奏は繊細で力強さに満ちたものであった。全てを包み込むかのような、慈愛に溢れた音色、それでいて進むべき道を率先して示すかのような力強さ、由紀君の演奏はそんな人間の素晴らしさを現した音だ。

 

「由紀ちゃん……」

 

 佐倉先生の瞳から涙が零れていた。皆が真剣に彼女の演奏に集中していた。そして曲は山場に入る。以前、失敗してしまった場所だ。でも、問題ない。だって、あれだけ練習したのだから。

 

 さて僕も待機するかな。こっそりと音楽室から退室し、用意していた服に着替える。これはできれば着たくなかったな。

 

『ありがとうございました!』

 

 曲が終わり、音楽室が拍手に包まれる。そろそろ出番かな。ネクタイを締めなおす。おっとこれも忘れてはいけない。サングラスを掛け、意を決して音楽室に入場する。

 

「ぷ、なんだよその恰好!」

 

「ほ、本田君!?」

 

「あらあら」

 

「おじさん……怖い……」

 

「く、胡桃先輩笑っちゃ、だ、駄目ですよ」

 

 そういう美紀君も笑いを堪えるので精一杯ではないか。でも、仕方がない。だって音楽室に黒服のヤクザが現れたのだから、僕のことだよ。皆、僕の恰好を見て笑いそうになっている。

 

「ひーくん、あれだね。鬼ごっこのテレビみたいだね」

 

 あれよりももっとガタイがいいけどな! 自分で言うのも何だがこの格好で歌舞伎町にでも繰り出したら要注意人物として警察その他諸々にマークされそうだ。え、今更だって? でも、こうして由紀君と並ぶと僕が由紀君のボディーガードみたいだな。意外と向いているかもしれない。

 

「じゃあ、聞いて下さい。藤本貴則作曲で『ふ・れ・ん・ど・し・た・い』です!」

 

 軽快なイントロ、連弾だから一度に出せる音の数も段違いだ。これは楽しくなりそうだな。皆も手拍子で盛り上げてくれるではないか。僕は由紀君と顔を見合わせる。その顔は笑顔であった。世界は終わってしまったかもしれないが僕たちはまだ笑いあうことができていた。

 

 

 

 

 

 こうして、僕たちの学園祭が終わり、僕はある決断をした。

 

 

 

 

 

「みな、聞いてくれ!」

 

 楽しい行事が終わり、僕たちは再び目の前の問題に対処しなくてはならなくなった。皆が注目する。ここで説得できなければ僕は諦めざるを得ない。

 

「やっぱ学校に残ろう!」

 

 僕の下した決断。それはこの学校に残ることだった。皆が黙って僕の次の言葉を待っている。

 

「ここを出ていくのはきっと悪い選択ではないのだろう。車に荷物を積めるだけ詰めていけばきっと3カ月は走り続けられる」

 

「じゃあ、それの方がいいんじゃないか?」

 

「でも、それだけだ。逃げた先に安住の地がある保証はどこにもない」

 

 そう、仮にあのヘリが自衛隊のものだったとしてそこのパイロットが感染している。つまりはそういうことなのだ。きっとここ以上に安全な場所はない。

 

「逃げるのもいいだろうよ。だけど、いくら走ってもあるのはきっと死だけだ。だけど、ここは違う。ここには食料がある。水がある。電気がある」

 

 こんな恵まれた環境はもう他にはないだろう。断言してもいい。仮にあったとしても既に誰かがいるに決まっているんだ。そしてそこに入れてもらえる可能性があるのか。

 

「で、でも、あんなに集まってきてるんですよ! ここにずっと籠っていることなんて……」

 

「だったら、倒してしまえばいい! 君たちは悔しくないのか? 今までずっと我慢してきただろう! 何故僕たちが怯えて過ごさねばならないのかと。今こそ立ち上がって戦うべきなんじゃないのか! それに……」

 

 これを言ってしまってもいいのだろうか。僕には今一つわからない。でも、言うべきことだ。言わなくてはならないことだ。

 

「それに、仮に逃げたとしてもきっと一人、また一人といなくなって最後には、独りぼっちになるんだ。僕はもう嫌なんだ! もう誰も見殺しになんてしたくないんだよ!」

 

 一人でいるのは決して悪ではない。何の責任も負わなくていいし、余計なしがらみに囚われることもなければ面倒なルールに従う必要もない。でも、それだけだ。誰も助けてくれないし、全て自分で切り開いていかなくてはならない。死して屍拾うものなし。ひどく虚しい世界だ。

 

「きっと、いつかは卒業しなきゃいけないだろうよ。でも、今じゃないと思うんだ。僕はこんな形でここを去りたくないんだ。ここは僕たちの家なんだから」

 

 誰も何も言わなかった。ただ、黙って僕を見てくれた。それが今は無性に嬉しかった。だから、つい口を滑らせてしまったのだろう。

 

「君たちがどう思っているかは知らないけど、僕は君たちのことを、か、家族みたいなものだと思っている。だから、もし、逃げるというのなら僕は最後まで一緒にいることを約束する。だから、返事を聞かせてくれないか」

 

 沈黙が生徒会室を支配する。やはり、駄目か……。少し、恥ずかしいことを言ってしまったため、背を向ける。相変わらず外はゾンビ日和だな。こんな冗談を、飛ばしている場合ではないのだが、笑ってしまうような数がいる。

 

「か、家族がどうかは知らないけど、悔しいってのは同意だ。いいぜ、やってやろうじゃねえか!」

 

 思わず振り向けば胡桃君が勝気な笑顔で腕を組んでいた。見渡せば皆笑っていた。苦笑いが半分といったところだが。

 

「そうね、ずっとやられっぱなしってのもどうかと思うわ」

 

 悠里君がるーちゃんの頭を撫でながら。

 

「はあ、どうせ秀先輩のことだからとんでもない策があるんですよね? たしかに、私も少し怒ってます」

 

 いつもより血の気の多い発言をする美紀君が。

 

「そうですね! まだ卒業式まで遠いですからね。卒業アルバムだって完成してないし」

 

 圭が来るべき卒業式に思いを馳せながら。

 

「ほ、本田君。やるのはいいけど学校は壊さないでね? 本当にね?」

 

 佐倉先生が苦笑いしながら。

 

「ひーくんが全部たおしてくれるんだよね? それに、まだクリスマスが残ってるもんね!」

 

 由紀君が笑いながら涙を流した。思い出したのか?

 

「由紀ちゃん……」

 

 佐倉先生が信じられないといった様子で彼女を見た。それは皆同じ思いであった。

 

「ごめんね、今までみんなに任せっきりで。でも、もう大丈夫だよ!」

 

 力強く宣言した。それで、十分だった。君はなんて人だ。本当によかった。佐倉先生なんて泣いているじゃないか。あとは、るーちゃんだけか。僕は彼女に近づき視線を合わせた。

 

「おじさん、帰ってくるよね?」

 

 もう、二度と嘘はつかない。この子の涙をみるのはもう沢山だ。今度はこの子に笑ってもらう番だ。

 

「そうだね。もう嘘はつかないよ。僕は必ず君の下に帰ってくる」

 

 頭を撫でる。少しだが、確実に背が伸びている。将来は姉に似て美人になることだろう。実に楽しみだ。立ち上がり皆を見る。

 

「なあ」

 

「なんだい胡桃」

 

「倒すのはいいんだけどさ。あの数をどうするんだ?」

 

 その疑問は尤もだ。校庭には三百近いゾンビがうようよしている。一階にも入り込んでいることだろう。近接攻撃でちまちま殺していては限がない。でも、胡桃君は僕を勘違いしている。

 

「なに、簡単なことだよ、君。纏めて吹き飛ばせばいいだけさ」

 

 僕は不敵に笑う。皆は引き攣って笑う。これで覚悟は決まった。もう一人で戦える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、今まで散々話してきたことだがもう一度おさらいしよう」

 

 あの決断から早一週間。僕たちは今日のために沢山の準備をしてきた。作戦の開始まであと二時間と言ったところか。

 

「作戦は簡単だ。ゾンビを纏めて爆薬で吹き飛ばす。それだけだ」

 

 校庭のスピーカーからは大音量のスラッシュメタルが垂れ流されている。窓を見れば依然の倍近いゾンビが跋扈している。まるで映画のシーンみたいだ。そして校庭に集まった奴らは校庭に止めてある三台の車から垂れ流されるこれまた大爆音のスラッシュメタルに群がっている。

 

「あの、本当にあれで爆発するんですか?」

 

 あれとはきっと皆で屋上で作った肥料爆弾のことだろう。兎に角大量に作ったのだ。その時の皆の青ざめた顔は当分忘れられそうもない。

 

「ああ、僕の計算が正しければだがな。でも、多分大丈夫だろう。というか大丈夫じゃないと困る」

 

「…………」

 

 本当に困る。ここまで派手に集めて今更無理でしたとかどうしようもない。

 

「ま、まあ兎に角あと、二時間で校庭がとんでもないことになるから計画通り地下に避難しよう。僕は武器庫から装備を取ってくるからみんな待っててくれ」

 

「あ、誤魔化しやがった!」

 

 僕は知らない。そのまま皆を無視して二階の武器庫へと向かう。扉を開ければ見慣れた武器が大量に鎮座している。

 

「さて、これを着るのは本当に久しぶりだな」

 

 まず、いつものようにジャケットを二枚重ねる。そしてその上から首まで覆う防刃ベストを装着、腕と脚に全体を覆うプロテクターを付け、髑髏の模様が入ったフルフェイスヘルメットを被れば準備完了だ。武器は火炎放射器以外もう外に置いてある。

 

 

 

 

 

「みんな、戻ったぞ」

 

「遅いぞひで、き?」

 

 皆が僕の姿を見た。時が止まるのを実感した。そう言えば僕は今完全武装なのか。

 

「みんなしてどうしたんだ? 鳩が対戦車ライフルを喰らったみたいな顔して」

 

「ひ、秀先輩、その恰好は……」

 

 そんなに変な恰好かな?

 

「ああ、何がおこるかわからないからねこれが僕の最強の装備なんだよ」

 

「はぁ、先輩はいったい何と戦っているんですか?」

 

「えと、世界かな?」

 

 皆が頭を抱えていた。うーん、僕の常識はやっぱり人とずれているらしい。でも、これを装備しているのには別の理由がある。

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか」

 

 佐倉先生が場の空気を強引に場の空気を変えた。これ以上奴らを集める必要はないので校庭のスピーカーは止めておく。僕は火炎放射器を背負い皆を先導する。目指すは地下だ。地下に籠って後は爆発するのを待つ。そういう計画だった。でも、僕は一つだけ皆に嘘をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この防火扉を抜ければすぐそこだな。開けてくれ」

 

 一階の防火扉前、僕たちは地下に行くために全員でやって来た。恐らく廊下にはそれなりの数のゾンビが入り込んでいるだろう。胡桃君が子扉に手を掛け、僕は火炎放射器のガスバーナーに火を点けた。エンジンは既に火を入れている。後はコックを捻るだけだ。

 

「じゃあ、開けるぞ」

 

 ゆっくりと開かれる扉。僕は外に飛び出した。左にゾンビが3体、右に4体。既にエンジン音で集まって来ている。バーベキューの時間だ。右の四体に向けコックを捻る。ノズルから可燃性の液体が高圧で放出されガスバーナーの炎に引火、轟音と共に死が撒き散らされる。火だるまになったゾンビを確認するまでもなく左のゾンビにも灼熱の炎をお見舞いする。あっという間にゾンビのヴェルダンの完成だ。

 

「美紀! 圭! 消火頼む!」

 

「は、はい!」

 

 すぐさま消火器をもった二人が追随しあたりの残った火を消していく。焦げる匂いが充満する。一応、周囲を警戒するがゾンビはそれだけだったようだ。皆校庭の爆音ライブに釘づけになっている。

 

「オーケー、じゃあ行こうか」

 

 防火扉から皆が出てくる。その顔は不安げだ。なんせ、外には千匹以上の奴らが群がっているんだから。僕だってじつは怖かったりするのだ。

 

「ねえ、本当に大丈夫なのよね?」

 

 悠里君は非常に不安げだ。きっと皆が同じことを思っているのだろう。あんな適当に作った爆薬で本当に奴らを一網打尽にできるのかと。

 

「多分、大丈夫だろうけど、正直祈ってくれと言うしかない。シャッター開けるぞ」

 

 片手で地下入り口のシャッターを開きその間に皆が中に入り込む。佐倉先生、悠里君、るーちゃん、由紀君、圭、美紀君、そして胡桃君。全員が入った、これで大丈夫だ。

 

「お、おい、秀樹も早く入れよ。あと少しで爆発するんだろ?」

 

 でも、僕は入らない。シャッターを腕で支えたまま皆を見る。みんな不安げな顔だ。きっとこれから言うことは皆をもっと不安にさせるのだろう。

 

「ごめん、みんなに一つだけ嘘をついていたんだ」

 

「ひ、秀先輩……?」

 

 ああ、言いたくないな。でも、仕方がない。これは僕のけじめなのだ。心を鬼にして口を開く。

 

「皆には爆弾はあとちょっとで起爆するっていったよな」

 

「そ、そうだよ。もしかして違うのか?」

 

「ああ、本当は誰かが手動で起爆させないといけないんだ」

 

「なっ!?」

 

 僕の嘘。それは、爆薬の起爆方法だ。校庭に置いた爆薬には時限発火装置なんて利口な機能はついていない。付けたとしても起爆しないだろう。だから雷管につけたコードを直接繋げる必要があるのだ。そしてそれをやるのは僕だ。

 

「秀樹君、それってもしかして……」

 

「そうです佐倉先生。僕が行って起爆させます」

 

 全員が悲痛な面持ちになる。突然告げられた残酷な事実。こんな顔をするのはわかっていたがわかっていても辛いものは辛い。

 

「なんだよ……それ! 全然意味わかんねえよ!」

 

 胡桃君は僕の肩をつかみ叫ぶ。嘘であってくれ、その目はそう語っている。

 

「なあ、嘘なんだろ? そうだと言ってくれよ秀樹!」

 

 今にも泣きそうな顔だ。僕はこの子を何回泣かせれば気が済むのだ。でも僕は自殺しにいくわけじゃないんだよ。

 

「悪いが、本当のことだ。そしてもう後戻りもできない。今タイミングを逃せば一生ここから出られなくなる。今しかないんだよ」

 

 これは殆ど僕の意地みたいなものだ。しかし、僕は行かねばならぬのだ。

 

「秀樹君……。何か理由があるのよね?」

 

 佐倉先生は僕の覚悟をわかっているのだろうか。悲痛な表情には変わりないが少しだけ皆とは違う表情だ。

 

「確かに、もう後戻りできないのも理由の一つですよ。でも、本当の理由は違う。これはいわば僕のケジメなんですよ」

 

「ケジメってなんだよ! また意地張ってんのかよ! もう約束しただろうが!」

 

「胡桃、今回だけは意地を張らせてくれ。ここで戦わなければ僕はきっと胸を張ってみんなと一緒に生きていくことは出来ないんだ。僕は今まで自分のためだけに戦ってきた。でも、それだけじゃないって証明したいんだ!」

 

 胡桃君の手が肩から離れる。話だけは聞いてくれるのだろう。皆が黙って僕のことを見てくれた。

 

「僕はどうしようもない狂った人間だ。それはもうどう頑張っても否定できないんだ。でも、そんな僕にも誰かを守れるって証明したいんだ。だから、お願いだから行かせてくれ」

 

「秀樹君」

 

 悠里君が僕を見た。でも、その表情は先ほどよりも穏やかだった。

 

「貴方の顔を見ればわかる。もう何を言っても聞かないのよね。だから絶対に、絶対にここに戻ってくるって約束して。みんなを泣かしたら許さないわよ」

 

「おじさん、ぜったいに戻って来てね」

 

 二人が僕を見守る。

 

「佐倉先生」

 

「なに、秀樹君」

 

「反省文なら後でいくらでも書きます。だから、だから行かせてください」

 

 頭を下げる。自分でも意地を張っているのは理解している。でも、これは僕がやらなくてならないことなのだ。ずっと思っていた。ここに居ていいのかと。皆はいてもいいと言ってくれる。でも、僕自身がそれを許さなかった。許せなかった。親殺しの狂人がこんなところにいる資格はないと思い続けていた。でも、この戦いを終えれば僕は本当にここにいてもいいのだと思える気がするのだ。

 

「……わかりました。本田君には反省文をたっぷり提出してもらいます」

 

 たっぷりか、流石に勘弁してほしいな。とはいえそれを口にするわけにはいかない。

 

「だから、絶対にここに戻ってくるのよ」

 

 力強い言葉だ。そうだな、戻らないと反省文書けないもんな。由紀君を見る。静かに頷いてくれた。美紀君を見る。呆れたといわんばかりだが、頷いてくれた。圭を見る。泣きそうになりながらも頷いてくれた。最後は……

 

「胡桃、じゃあ、行くよ」

 

 俯いたままの胡桃君に別れを告げる。何も反応がない、怒っているのだろうか。

 

「いやだ!」

 

 反応出来なかった。気が付けば僕は胡桃君に縋りつかれていた。その目には涙が溢れていた。またやってしまったなあ。

 

「いやだいやだいやだ!」

 

 がっちりとしがみついて離してくれそうにない。本当にいい子だ。こんな僕のためにここまでなってくれるなんて。僕は幸せ者だ。

 

「胡桃、行かせてくれないか「いやだ!」…………」

 

 まるで駄々を捏ねる子供みたいに拒否の一点張りだ。でも、胡桃君には悪いが僕は行かなくてはならない。もう、時間もあまりない。

 

「なに、心配することはないよ、すぐに戻ってくるさ。胡桃は呑気に馬鹿な男の悪口でもいいながら「なら、あたしもいく!」……それは、駄目だ」

 

 それだけは、駄目なのだ。意地を張っているだけなのは百も承知だ。でも、男は意地張り続けないと生きていけないのだ。意地も張れぬ人生などこちらから願い下げだ。

 

「なんでだよ! あたしだって手伝えることくらいあるだろ! いつもいつもそうやって、なんでわかってくれないんだよぉ……」

 

 胡桃君はいつもこうやって僕を連れ戻してくれる。こっちの事情なんかお構いなしにやってきて強引に絆を結ぶ。本当にいい女だよ。この子には笑っていてほしいのに泣かしてばかりだ。もしかしたら僕はこの子が好きなのかもしれない。

 

 僕は空いた手で胡桃君を抱きしめる。小さな身体だ。健気にいつも頑張ってきたのだろう。

 

「ひ、秀樹!?」

 

 そのまま頭を撫でる。いつも手入れを欠かしていないのだろう。綺麗な髪だ。

 

「胡桃、僕は絶対に戻ってくる。これは希望でも予想でもなんでもない、事実だ。だから大丈夫」

 

「…………わかった……戻ってこなかったら許さないからな……本当に許さないからな!」

 

 どうやらわかってくれたようだ。胡桃君を抱き締めていた手を離す。

 

「あっ…………」

 

 何故か少し残念そうな胡桃君だったが僕から離れ皆のもとに向かってくれた。これで、覚悟は決まった。僕は戻ってくる。生きて必ず。

 

「じゃあ、みんな。戻ってくるぜ!」

 

 ゆっくりとシャッターを降ろす。鉄のぶつかる音が響き僕一人が取り残された。

 

「口ではああ言っちゃたけどやっぱ怖いな……」

 

 手を見れば僅かだが震えていた。僕は今更になって死ぬのが怖くなってしまったのだ。今まで怖いと思ったことなど一度もなかったのに、きっと失うものなど何もなかったからだ。でも、今は多くの願いを背負っている。僕が死ねばみんなが泣く。だから僕は怖いのだ。僕はやっぱり人間だったのだ。

 

「でも、今日だけは、今日だけは化物に戻ろう」

 

 イヤホンを装着し曲を再生する。勿論、音量は最大だ。全てを焼き尽くすかのような旋律を聞けば不思議を戦意が漲ってくるヘルメットを被る。準備は整った。

 

「ゾンビ共、腰を抜かすなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昇降口を出て柱に隠れる。地面には既に目当てのものがその出番を今か今かと待っている。僕が今まで使ってきた武器たちが待っていた。そして爆薬に結びついたコードだ二本。これをつなげば仕掛けられた爆薬が同時に起爆する。

 

「さ、さあて僕もここまでの爆薬を起爆するのは初めてだ。上手くいってくれよ」

 

 コードを両手に持ち校庭の様子を伺う。何度見てもとんでもない数だな。ちょっと集めすぎたか? ゾンビ共は怖い。それは事実だ。数だけは馬鹿みたいに多いし、何も食べなくても生き続け頭を潰すか火あぶりする以外はまるで効果がない。その上力は強くこちらは一撃でも喰らえばそれで終わり、はっきり言って反則ものだ。

 

 

 

 

 

 でも、それだけだ。

 

 

 

 

 

「あまり、人間を舐めるなよ? 糞ゾンビ共」

 

 僕たちがいったい何年殺し合いを続けてきたと思っている。お前らみたいな新参者がでかい顔できると思ったら大間違いだ。

 

「じゃ、じゃあやるぞ。3、2、1、発破!!」

 

 コードのクリップどうしを繋げる。バッテリーに繋がったコードは数十メートル先の三台の車の起爆装置に繋がり電流が流れる。そして、

 

 

 

 

 

 世界が揺れた。

 

 

 

 

 

 270キログラムのanfo爆薬と150リットルのガソリンの同時爆破だ。三つの火柱が同時に上がり、千匹以上のゾンビが爆炎に包まれる。頭の悪い奴らに避けられるわけがない。

 

「最っ高だぜっ!」

 

 とんでもない量に爆薬を同時に起爆させた。その威力は推して知るべし。柱の後ろに隠れた僕ですら熱風を感じる。外は寒いはずなのに暑くてたまらない。そうやって暑さを我慢していると突然、何かが降ってきた。

 

「なんだこれ?」

 

 よく見たら腕だった。いや、腕だけじゃない。足や指、頭、おびただしい量の肉と血の雨だ。そりゃそうだよな。纏めて吹き飛ばしたんだ。そうなって当然だ。

 

「こりゃ、絶景だな」

 

 柱から顔を出し、爆心地を覗く。黒煙があがり何も見えない。でも、先ほどまでいた大量のゾンビは影も形もない。偶然被害を免れたゾンビも火達磨になっている。

 

「みんなとの約束だ。僕は生きて戻るぞ」

 

 火炎放射器のガスバーナーを点火させる。いくら一度に千匹近く倒したとはいえまだまだゾンビはいる。敵は多数、こちらは一人、だが、負けるはずがない。

 

 校庭に向かって歩き出す。生き残ったゾンビがわらわらと近づいてくる。

 

「なあ、何で僕がゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったと思う?」

 

 問い掛ける。当然、答えなど返ってこない。手の震えは止まっていた。僕が化物になるのはこれで最後だろう。これからは人間、本田秀樹として皆と真面目に暮らすのだ。日々、足りない物資に頭を悩ませ、地味な畑仕事で泥まみれになろう。みんなと下らない雑談に花を咲かせピアノを演奏しよう。勉強して他のことにも手を出すのもいい。やりたいことは沢山ある。やらなくてならないことは山ほどある。

 

 

 

 

 

 

「それはな、みんなと生きるためだよ!」

 

 

 

 

 

 世界は終わってしまいました。それでも、僕は、いや、僕たちは戦っています。

 




 いかがでしたか? 遂にやらかした主人公。そして校庭大爆発。次の話で最終話ですが、まだ書きたいことはあるので、しばらく更新は終わらないでしょう。

 では、また次回に。

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