【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、火はいいものだ。


第十五話 とつぜん

 2015年▲月▲日

 

 唐突だが学園祭を開催することになった。発案者は例によって由紀君である。僕も学園生活部の皆も特に反対意見はなかったのでこれから準備することにする。美紀君は少し渋っていたが恐らくただの照れ隠しだと思われるので問題ないだろう。現に彼女が一番張り切っている。その事実を指摘したらさぞ顔を赤くすることだろう。

 

 出し物についてはまだ何も決まっていないが、僕と由紀君がピアノを披露するであろうことは容易に想像できる。由紀君も張り切っていたので僕としても彼女の意向は反映してあげたい。

 

 

 

 

 

2015年▲月▲日

 

 今日は非番だったので、由紀君と付きっ切りでピアノの練習をした。まだまだ粗削りとはいえ既に人に聞かせても問題ないレベルにまでは上達している。初めは、戯れのつもりで教えたというのにいつしか僕は本気になって彼女に指導していた。僕自身人に教えられる程の腕前ではないのだが、彼女のあの澄み切った目で頼まれるとどうしても頷いてしまうのだ。

 

 何を披露するかはまだ決めていないが、彼女のレパートリーはあまり多いとは言えないため自ずと曲は限られていくであろう。このことを彼女に伝えたところ何故か由紀君とデュエットすることになった。前後のつながりがなさすぎて困惑してしまった僕は悪くないだろう。音楽室にあった譜面にはすでに目を通したが無難なものばかりであまり面白くない。楽器店から譜面でも持って来ようか。

 

 話は変わるが、彼女の現在の症状についても記しておこうと思う。結論から言えば由紀君の幻覚及び退行症状はもうかなりのところまで回復している。彼女の中では学校に大変なことが起き自分達だけで生活しているとの認識はしているが、ゾンビがうようよしていることまでは認識できていないようだ。とは言えそれも時間の問題だろう。この事実を佐倉先生に報告したところ泣いて喜んでいたのが印象に残っている。しかし、完全に覚醒した場合、由紀君は現実を受け入れられるのか心配だ。アフターケアのこともきちんと考慮しておかないと取り返しのつかないことになるだろう。

 

 

 

 

 

2015年▲月▲日

 

 遠征から帰ってきた。例によってホームセンターが大活躍した。畑用と偽って爆薬の材料も大量に仕入れることができたのは大きい。しかも、火炎放射器に使えそうな動力噴霧器も手に入れることができた。ついでに楽器店からポップスの楽譜を大量に手に入れた。由紀君もずっとクラシックばかりでは飽きてしまうことだろう。彼女に見せたところとても喜んでくれた。その際佐倉先生が異常にニコニコしていたのが気になる。

 

 そういえば、最近るーちゃんが僕にあまり引っ付かなくなった。きっと心が回復している証拠なのだろうが、少し寂しいと思ってしまう。今ではよく悠里君と一緒に畑仕事をしている姿を見かける。もし、小学校で気を失っていたあの子を見捨てていたらと考えると本当にゾッとする。きっとあれが僕の分岐点だったのだろう。そういう意味ではあの子は僕のことを救ってくれたと言えなくもない。相変わらず僕のことはおじさん呼ばわりだが、それすら最早心地よい。

 

 

 

 

 

2015年▲月▲日

 

 動噴を改造して火炎放射器を作成してみた。使う際には別途燃料が必要でエンジン音もうるさいが射程が以前の3倍以上も伸びたのは大きい。早速使いたくなったので屋上の貯水槽付近で試してみた。その威力たるや、文章如きでは到底書き表すことなどできないであろう。その後、悠里君に見つかりしこたま説教されたのは至極どうでもいいことである。

 

 

 

 

 

2015年▲月▲日

 

 いよいよ明日は学園祭の開催日である。8人しかいないのに文化祭なんておかしいがこれが僕たちの文化祭なのだ。職員室を漁っていたらビデオカメラを見つけたので記録は、ばっちり残せる。ポラロイドカメラもあるので卒業アルバムはちゃんと作ることができそうだ。尤も、卒業したところで僕たちが学校を去るわけではないが、一応こういうところはけじめをつけておくべきである。由紀君とは猛練習をした。明日は楽しい一日になることを願う。

 

 

 

 

 

 こうして僕たちの学園祭が始まった。

 

 

 

「じゃあ、いくわよ。3、2、1……」

 

『はい! こんにちはー!』 

 

 スピーカーから由紀君の元気な声が聞こえてくる。今日は文化祭。今は見えないが外では胡桃君が由紀君をビデオカメラで撮影していることだろう。

 

「それにしても、ラジオ放送しようなんてよく考え付いたな」

 

 僕は椅子に座って放送機器の操作をしている悠里君に話しかける。文化祭をするにあたって僕たちはラジオでその様子を伝えることにしたのだ。

 

「ただ、学園祭をやるだけじゃつまらないでしょ?」

 

 真面目な悠里君らしかぬ発言であった。長いこと一緒に暮らしているのに僕はまだまだ知らないことが多いみたいだ。

 

「確かにね。こうした余興があった方が盛り上がるに決まっている」

 

 由紀君に任せれば楽しくなるに違いない。でも、誰か聞いているのだろうか。もう誰もラジオなんて聞こうとは思わないだろうに。そんな気持ちを察してか悠里君が僕を見上げた。どことなく優しい瞳だ。

 

「誰も聞いていないのかもしれない。でも、もし、誰かが聞いていたのなら私はその人に言ってあげたいの。貴方は一人じゃないって」

 

 こうして他者を気遣えるのは、余裕がある証拠なのだろうか、それとも彼女の生来のものなのだろうか。僕としては後者であってほしい。

 

「秀樹君は、他の生き残りの人たちに会ったことがあるのよね?」

 

 そうだ、すっかり忘れていた。ここでの暮らしが長引いたせいで完全に頭から抜け落ちていた。でも、正直言ってロクな記憶がない。

 

「ああ、何度かね。でも、正直ロクな記憶がないよ」

 

「どうして?」

 

 記憶を遡る。あれは僕がまだ、ゾンビ殺しを日課にして間もない頃だ。あの時の僕は、はっきりいてまともではなかった。たまたま僕が狩場にしたマンションに4人家族の生存者がいた。僕は彼らを守るという口実でマンションにいた全ての奴らを血祭りにあげた。今思えば怯えられても仕方がないと思うが、当時の僕は酷く傷ついた。

 

「何度か生存者と出会って彼等を助けるために、いや、助けるのを口実にして奴らを殺していたんだ。そんなことをしていたら当然、怯えられる。それで追い出されたり殺されそうになったり、そんなのばかりで嫌になってしまったよ」

 

 そう、本当にロクな思い出がない。僕にも非はあったのかもしれないが、あの仕打ちはいくら何でもどうかと思う。

 

「それでも、秀樹君は助けることを止めなかったのでしょう?」

 

 悠里君は僕の話を聞いていたのだろうか。僕は、ただ奴らが憎い一心で殺戮を行っていたに過ぎない。そしてその憎しみはやがて快楽に代わり一人の狂人が誕生した。

 

「君は僕の話を聞いていたのかい? 僕はただ殺しを楽しんでいただけの狂人だよ」

 

 僕の否定の言葉に彼女は、そうではない。と言いたげに首を振った。

 

「そうなのかもしれない。でも、秀樹君は私とるーちゃんを助けてくれた。いえ、学園生活部のみんなを助けてくれた。きっと、貴方が気が付いていないだけで秀樹君は今までにいろんな人を助けているのよ」

 

 それは過大評価というものだ。僕はそんな大層な男じゃない。ただ、復讐に取りつかれていた負け犬だ。狂うことしかできなかった弱い弱い人間だ。

 

「それに、理由が何であれやった行いはきちんと評価されるべきよ。少なくとも私はそう思うわ」

 

 これは、もう何を言っても聞かないのだろう。この顔はそういう顔だ。

 

「わかった、降参だよ。僕が何を言っても聞きそうにないからね」

 

「うふふふ、そうね。何を言っても聞かないと思うわ」

 

 僕たちはそう言って笑いあった。それだけで十分であった。僕達が話している間に由紀君の学園生活部の紹介はどんどん進んでいる。今は、職員室の紹介か。

 

『ここは、職員室です。ここでは学校の先生の皆さんが日々、学生のために汗水流して働いています』

 

 スピーカーから足音が聞こえる。二人ではなく三人か。るーちゃんもいるのか。

 

『それでは、紹介しましょう! 我らが学園生活部、顧問の佐倉慈先生です!』

 

『もう、佐倉先生じゃなくてめぐねえ……って、佐倉先生!?』

 

 定番ともいえるボケをかます佐倉先生。恐らく素でやっているのだろう。本当に可愛らしい先生だ。隣を見れば悠里君がクスクスと笑っている。

 

『では、佐倉先生。リスナーの皆さんに言いたいことはありますか?』

 

 普段とは違う、少し真面目な由紀君。今、インタビューを受けている佐倉先生や隣にいるであろう胡桃君はどんな顔をして聞いているのだろうか。

 

『そうですね。これを聞いている皆さん、もしこの放送が聞こえているのなら伝えたいことがあります。貴方は一人ではありません。状況は一向に良くなりませんが、決して希望を捨てないでください、最後まで諦めないでください。私たちは、まだ生きているのですから』

 

 佐倉先生らしい言葉だ。7人の子供の命を背負っているとは思えない力強い言葉だ。その責任はきっと岩のように重いはずなのに。あの人はなんてことないように背負っていく。本当にすごい人だ。

 

『貴重なお言葉、ありがとうございました。じゃあ、最後に先生の夢はなんですか?』

 

 夢、か。こんな世界で夢なんて、いや、こんな世界だからこそ夢を持つべきなのだろう。人はパンのみに生きるにあらず。聖書の言葉だったか。

 

『私の夢は、学園生活部のみんなをずっと見守っていくことです。あの子たちが一人でも歩いていけるその日まで。それが、私の夢です』

 

「めぐねえ……」

 

 本当に、良い先生だ。本当に出会ったのがこの人でよかった。僕はあの人にもう返しきれない程の恩を受けている。

 

「本当に、いい先生だよな……。僕たちは本当に恵まれている」

 

「その通りね。本当にいい先生よ……」

 

 悠里君の目にはうっすらと涙が滲んでいた。かくいう僕も泣きそうになっているのは秘密である。ああ、僕はこの人に出会えてよかった。本当に死なせたくない人だ。

 

『めぐねえ! だいすき!』

 

 由紀君が抱き着いたのだろうか。佐倉先生の驚く声が聞こえる。やっぱり真面目モードは長続きしなかったか。

 

『おーい、由紀。放送中だぞー』

 

『ゆきおねえちゃん、ちゃんとやって』

 

『う、ごめんなさい……。じゃあ、めぐねえまたねー!』

 

 佐倉先生の怒る声がどんどん遠ざかっていき、足音が近づいてくる。どうやら出番のようだ。準備が必要かと言えば別にそうでもないが、一応、映像に残るわけである。襟元を正し、身構える。おい、悠里君笑うんじゃない。

 

「ここは、放送室です! 今日は放送部の皆さんが残してくれた機材を借りて放送しています」

 

 予想通り扉が開かれた。クルー一向のお出ましだ。胡桃君がカメラを構え、由紀君が元気のいいレポーターを務める。るーちゃんが手を振った。手を振り返す。うん、少し背が伸びたか?

 

「部長のりーさんと、副部長のひーくんです。こんにちはー!」

 

「どうも」

 

「こんにちは」

 

 胡桃君はさっきから一言も発しない。カメラマンになりきっているようだ。胡桃君はノリがよくて見ていて気分がいい。胡桃君も手を振ってくる。相も変わらず笑顔が似合う子だ。

 

「電波の調子はどうですかー?」

 

「順調かな?」

 

「よかったです。じゃあまたー」

 

 要は済んだと言わんばかりに僕たちに別れを告げて出て行ってしまった。あれ、何かインタビューとかはしないのか。少し残念だ。

 

「な、なんだい?」

 

「いえ、もしかして何も聞かれずに行っちゃったのが気になっているのかなって……」

 

 何故ばれている。これでは僕がバカみたいではないか。仕方がない、誤魔化すとしよう。ミーハーめいた男だとは思われたくない。

 

「そ、そんなことあるわけないだろうに。君、変なことを言うのはやめたま「たまえ禁止!」やめてくれない?」

 

 照れ隠しのために昔の口調に戻してみようとしても悠里君にすぐさま駄目だしされてしまう。今でも口調が戻る時があるがその度にこうして悠里君に駄目だしされてしまうのだ。結構、気に入っているのだがな。

 

「ふふふ、ごめんね? じゃあね、秀樹君。貴方の夢はなんですか?」

 

 確信していなければこんな質問は飛ばせないだろう。顔が赤くなるのを感じる。でも、今は恥ずかしいのも我慢しておこう。

 

「僕の、夢は「まって!」どうした!」

 

 機器のダイヤルを弄りながら血相を変えて悠里君は叫ぶ。もしかして、通信が入ったのか?

 

『応答せよ、応答せよ。こちら──』

 

 ノイズ交じりで今一つはっきりと聞き取れないが確実に通信が入っている! でも、誰が?

 

「悠里! 君は全員を放送室に呼んでくれ! 僕が替わる!」

 

「ええ、わかったわ。由紀ちゃん? 聞こえる──」

 

 悠里君が通信で由紀君達に呼びかければ程なくして放送室に三人が飛び込んできた。悠里君は放送室を飛び出し先生と美紀君と圭を呼びに行った。ヘッドセットを装着する。

 

「どうしたんだ!」

 

「いきなり呼び出してなにがあったの?」

 

「おじさん?」

 

 口々に僕に質問をぶつけるが今はそんなことよりも重要なことがある。ヘッドセットから聞こえる通信に集中する。

 

「こちらは私立巡ヶ丘学院高校三年の本田秀樹だ。そちらの通信を傍受した。聞こえているなら応答せよ! どうぞ!」

 

『──! ──ッ!』

 

 駄目だ。ノイズが酷くて何も聞き取れない。僕が通信機と格闘している間に残りの全員がやって来た。皆、酷く慌てている。

 

「ど、どうだ?」

 

 気になって仕方がないのだろう。胡桃君が横から訊ねる。

 

「繰り返す。こちらは巡ヶ丘高校の本田秀樹だ! もう一度聞く、貴方は誰だ!」

 

 何度呼びかけてもノイズばかりで交信することは不可能だ。ヘッドセットを投げ捨て後ろを向く。全員が僕を不安げに見ていた。

 

「どう? 通信は出来たの?」

 

「いや、無理でした。ノイズが酷くてなにも聞こえやしない」

 

 皆、黙り込んでしまった。もしかしたら助けがきたのかもしれないと思っているのだろうか。だとしたらとんだ勘違いだ。

 

「み、みんな! 窓見て!」

 

 由紀君が窓に張り付き声を荒げる。皆が窓に向かった。僕も気になる。窓から見える風景は相変わらずいい天気で雲一つ……いや、ヘリが一機こちらに向かっている。これは一体。

 

「あ、あたし屋上いってくる!」

 

「わ、私も行きます!」

 

 遂に助けがきたと思っているのか。二人は今にも飛び出していきそうだ。それはまずい。

 

「まて! まだ行くな!」

 

「どうしてだよ! 今行かなくていつ行くんだよ!」

 

「そ、そうですよ!」

 

 まだ気が付いていないのか。緊急避難マニュアルに載っていたことを覚えていないのか?

 

「二人とも思い出せ! 緊急避難マニュアル載っていたことと地下のことを」

 

「あっ……」

 

 やっと気が付いたようだ。緊急避難マニュアルには確保と隔離と書かれていた。つまりはそういうことなのだ。

 

「先生、貴方は皆を連れて地下に行ってください。胡桃!」

 

「君は僕と一緒に昇降口で待機だ。武装は忘れるなよ!」

 

 ようやく事態が飲み込めた胡桃に僕は指示を下す。最悪ヘリの乗組員との戦闘も考慮しなくてはならないだろう。

 

「じゃあ、先生。みんなを。美紀と圭は武器を持って皆を守っててくれ!」

 

 佐倉先生と二人は力強く頷いた。言葉は必要なかった。そのまま、皆を引き連れ地下へと向かって行く。

 

「二人とも、必ず無事に帰ってくるのよ」

 

「ひーくん、くるみちゃん。気を付けてね」

 

「おじさん……怪我しちゃだめだよ」

 

 僕たちは無言でサムズアップをする。悠里君と由紀君は満足したようでるーちゃんをつれて去っていった。後に残ったのは僕と胡桃君。

 

「秀樹! 早く資料室から武器取ってこねーと!」

 

 放送室を飛び出し二階へと直行する。武器庫は放送室とは真逆の位置にあるため自ずと走ることになる。全力で廊下を駆ける僕達。

 

「やっぱ、ランダルだと思うか?」

 

 ランダル・コーポレーション。この巡ヶ丘学院高校のバックについていたと思われる製薬会社だ。黒幕が大企業だというのは映画では既に使い古されたネタだが実際にそうだとなると本当に呆れてしまう。

 

「救助にしては遅すぎるし、恐らくそうだろうな。大方サンプルでも捕まえにきたんだろ?」

 

 廊下の窓から見ればヘリは着々と学校に近づいくる。ようやく機種が判明した。あれは、自衛隊か?

 

「ざけんな! どこまでもあたしたちを馬鹿にしやがって!」

 

「とはいえ、本当にそうだと決まったわけではない。とりあえずは完全武装で様子見といったところか」

 

 武器庫に入り胡桃君は矢筒と弓を僕は56式半自動歩槍を手に取る。ボルトハンドルを引き薬室を開放し弾を一発づつ込めていく。装弾クリップは戦闘時にとっておきたい。弾は50発持っていけばいいか。

 

「なあ、それの弾ってあとどれくらい残ってるんだ?」

 

 確かに気になるところだろう。僕は今までこの7.62x39mm弾を湯水のように消費してきた。でも、胡桃君の心配は無用だ。

 

「なに、ここの全校生徒の頭に一発ずつ叩き込んだとしてもまだ余るから心配は無用だ」

 

「うげ、聞くんじゃなかった」

 

 流石に例えが悪かったようだ。でも、今は雑談に花咲かせるときではない。拳銃を選ぶ。今回はコンバットマスターにしよう。45口径は撃ったことがないがまあ大丈夫なはずだ。ククリナイフも持っていこう。学園祭だったから皆に武装を禁じられていたのが仇になったな。コンバットマスターのマガジンを4つポケットに入れたら準備完了だ。忘れてた、これもだ。

 

「よし、行こう!」

 

「遅いぞって、持ちすぎだろ!」

 

 自分の装備を確認してみる。両手にはライフル、腰には拳銃、ククリナイフ。背中にはショットガン。うん、テロリストかな?

 

「何か来るかわからないんだ。万全を期したほうがいい。早く行こう」

 

「ああ! ──ッ!」

 

 突如、爆発音がした。廊下に出て窓から見てみればヘリが墜落しているではないか。なんでそうなる。

 

「お、墜ちたぞ……」

 

「ああ、そうみたいだな」

 

 僕が思っていたよりも胡桃君は冷静であった。一体、何が胡桃君を変えたのだろうか。

 

「意外と冷静なんだな」

 

 減るものでもないので聞いておこう。

 

「いや、最初は焦ったけど、あたしの隣にもっとヤバイ奴がいるから……。慣れた」

 

 ヤバイ奴、いったい誰なんだ……。そんな冗談を話している場合じゃない。早く昇降口に行かなくては。僕は呆れる胡桃君に行くように促す。

 

「あ、これを」

 

「なにこれ? 耳栓?」

 

「ああそうだ。銃声で耳がやられてもいいのならつけなくてもいいよ」

 

 今まではイヤホンをしていたりサプレッサーで抑制されていたから耐えられた。でも、今は違う。裸耳でライフルなんぞ撃とうものなら難聴待ったなしだ。僕の言葉に胡桃君は顔を青くしすぐさま耳栓を装着した。今付けなくてもいいのに。まあ、いいや。僕もつけよう。

 

「耳栓付けたから大きな声で話してくれ!」

 

「わかった!」

 

 胡桃君と昇降口に向かい、外に出る。ヘリは駐車場の車を巻き込む形で墜ちていた。よかった、僕たちの車に墜ちなくて。ヘリは炎上しているが車の燃料はもう抜いてあるので爆発することはないだろう。

 

「どうする! いくか!?」

 

「いや、今行って爆発されでもしたら危ない! 少し様子を見よう!」

 

 しばらく、観察する。ヘリの墜ちた音で奴らがわんさか集まってきた。僕たちのことは気にも留めず奴らはヘリに向かってのろのろと歩いていく。とはいえ、ヘリは炎上しているのでゾンビ共は次々と火だるまになっていく。良い景色だ。

 

「やっぱ火はいいなあ! 昔を思い出す!」

 

「なんか昔にやったのか!」

 

 また何かやらかしたのかと言わんばかり胡桃君は呆れ顔で僕に問いかける。そう、あれは僕が学園生活部に入る前のことだ。

 

「ここに来る前に、住宅街を丸々一つ焼け野原にした!」

 

 ゾンビを殺すために家を燃やしたら思いの他火の勢いが良くて次々に引火、結果として住宅街が消滅した。あれがやりすぎだったと今でも思う。

 

「なんで…………奴……に…………だろ……」

 

 何か呟いていたが耳栓のせいで聞き取れない。しかし、今はそんなことよりヘリの様子が知りたい。双眼鏡を取り出し観察する。

 

「ゾンビ、ゾンビ、ヘリ、ゾンビ、いた! おい胡桃みろ!」

 

「人見つけたのか! あれか!」

 

 僕の指さす方向にはヘリの残骸、そして近くにはうつ伏せになったパイロットらしい人間。そしてそれに近づくゾンビども。

 

「3、2、1で行くぞ!」

 

「おう!」

 

 56式の安全装置を解除、ボルトハンドルを少し弾き薬室を確認、弾は装填済みだ。

 

「3、2、1 突撃!」

 

 走りはしない、だが、迅速に距離を詰めていく。前方に二体。56式のタンジェントサイトの照星と照門を頭に合わせて引金を引く。肩に衝撃が伝わり前方の一体の頭が弾ける。続けて二体目に向け発砲、グラウンドに血と脳漿の花が咲いた。

 

「あたしの分も残しておけよ!」

 

 シャベルを振るえばゾンビの頭が胴体と生き別れになる。精々あの世でいい整形外科医を見つけることだ。僕も負けてられないな。近寄るゾンビ共に7.62mm弾の洗礼をお見舞いしていく。瞬く間に空になる弾倉。僕は56式を構えたまま右手でコンバットマスターを引き抜き安全装置を解除、照準を合わせ撃つ。トランジションと呼ばれるテクニックだ。

 

 3.5インチしかない銃身から放たれる.45ACP弾の反動は強烈そのもので、まるで暴力という概念をこの銃に凝縮したかのようだ。胡桃君がシャベルを振るい、僕が撃つ、死が量産される。まるで舞踏のように僕たちは奴らを血祭りにあげ、悠々とヘリを目指した。

 

「胡桃! 前より強くなってないか!」

 

 ここまで息のあった戦闘は今までなかった。僕が銃を再装填すればその隙を埋めるかのように胡桃君がシャベルを振るう。そして胡桃君が押されれば僕がすかさず援護する。正に完璧な布陣といえた。

 

「あたしだって! 鍛えてんだよ!」

 

 そういってまたゾンビの首なし死体を量産する。昔はもっと、おどおどしながら戦っていたのに、あの頃の健気な胡桃君はいったいどこにいってしまったのだろうか。

 

「いたぞ!」

 

 並み居るゾンビを薙ぎ倒しながら僕たちは遂にヘリの下までたどり着いた。パイロットもすぐ目の前だ。

 

「おい! 生きてるか!」

 

 うつ伏せに倒れているパイロットをひっくり返す。どうやら下に箱を抱えていたようだ。返事がない。仕方がないので襟つかんで引きずることにする。

 

「おい、この箱持っててくれ今からずらかるぞ!」

 

「おう、任せろ!」

 

 このまま待っても仕方がないのでパイロットを引きずりながら後退する。右手で拳銃を構え後方を警戒する。僕に近づくゾンビが一体。片手で狙いを付け発砲。強烈な反動が僕を襲う。だが、このままではジリ貧だな。そう考えていると後ろから聞きなれた二人の声が聞こえた。

 

「先輩!」

 

「な、なんでお前らここに来た!」

 

 振り向けば武器を持った圭と美紀君が立っていた。槍には血が付いている。倒しながらここに来たのか。でもなぜ?

 

「佐倉先生にここは私に任せて二人の助けに向かってって言われたんです! だから私たちも」

 

「戦います!」

 

 力強く宣言する圭と美紀君。まあ、仕方がないか。胡桃君も同じ考えの様で不敵な笑みを浮かべている。

 

「よし! じゃあ行くぞ!」

 

 僕がパイロットを引きずり胡桃君が殿、圭と美紀が側面を。完璧な布陣だ。仮に襲ってきても、

 

「美紀! 抑えたよ!」

 

「ありがとう! えいっ!」

 

 圭のさすまたに阻まれその隙に美紀君の槍で息の根を止められる。鍛えた甲斐があったというものだ。負けるはずがない。油断ではなく本気でそう思った。僕が一人で戦っている時はこんなこと考えたこともなかったのにな。戦友ってのはいいものだ。

 

 

 

 

 

 

「よし、ついたぞ! そいつまだ生きてるか!?」

 

 やっとのことで昇降口に辿り着いた。美紀君たちは耳栓なしで銃声を聞いたため少し耳が痛そうだ。難聴にならなければいいのだが。

 

「おい! 返事しろ!」

 

 パイロットのマスクに覆われた顔を叩く、反応がない。胸に耳を当てる。鼓動が聞こえない。

 

「ああくそ! あんたには聞きたいことが山ほどあるんだよ!」

 

 心臓マッサージを施すも効果はなし。しかし、止めるわけにもいかないので胸を圧迫し続ける。

 

「秀樹離れろ!」

 

 胡桃君に無理やり引き離された。見れば男が唸り声と共に立ち上がっているではないか。こいつ感染してたのか!

 

「こなくそ! 死ね!」

 

 コンバットマスターの引金を引き45口径の弾丸をその顔の見えないバイザーに叩きこむ。それっきり奴は誰にも迷惑をかけなくなった。でも、これで真相を知っている者は死んだ。

 

「ひ、秀先輩……あれ、見てください」

 

 美紀君が恐る恐る指を差した。

 

「う、うそ! なんで!?」

 

「マジかよ……」

 

 外から音に釣られて大量の奴らが入り込んでいた。全てヘリに向かっているのが何よりもの救いか。だが、これではたまったものではない。

 

「あたしたちが! 何したってんだあああ!」

 

 

 

 

 胡桃君の叫びが虚しく空に吸い込まれていった。

 

 

 

 




 いかがでしたか? ヘリが燃えているの様を喜ぶサイコパスの鑑。この小説もあと少しで終わりに向かいます。皆様最後までどうかお付き合いお願いします。どうでもいいですけど秀樹の誰得恋愛話とかって需要あるんですかね?

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