【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと、こいつ開き直りやがった。


第十三話 なつ

「すげえ暗いな」

 

「ああ、あったあった」

 

 僕は以前来た時の記憶を掘り起こし壁のスイッチを入れる。蛍光灯内の水銀ガスに電子がぶつかり光を発す。

 

「電気、来てるんですね」

 

「あたし全然気が付かなかった……」

 

 ここは地下避難区画、入り口。僕らは今からここの捜索を開始するのだ。目の前の階段を降れば備蓄倉庫が待っている。

 

「じゃあ、僕が先に行って安全を確保して来るよ」

 

 以前は、誰もいなかったとはいえもしかしたら奴らが紛れ込んでいるかもしれない。5906をホルスターから引き抜き安全装置を解除、チャンバーインジケーターを確認し薬室に装填されていることを視認。そしてローレディポジションで構え階段を降ろうとする。

 

「まてーい!」

 

 いきなり後ろからチョップを喰らった。地味に痛い。振り向けば胡桃君がやれやれとでも言いたげな顔で僕を見ている。後ろの美紀君も言わずもがなである。

 

「もう、そういうのやめるって約束しただろ?」

 

「胡桃先輩の言う通りですよ。そうやって何でも一人でしようとするところ先輩の悪い癖だと思います」

 

 うーん、別にそこまでのことではないと思うんだがな。どうにも、僕と彼女達の間で意識の差があるようだ。とはいえまあ、ここでごねる理由もないので素直に従う。

 

「じゃあ、胡桃がポイントマンで美紀がセカンドアタッカー、僕がテールガンをやる、いいね」

 

 四の五の言っても始まらないので陣形を組むために役割を言い渡す。だが、僕が役割を決めても二人は首を傾げるだけで動かない。

 

「なあ、秀樹」

 

 胡桃君の顔は正に「こいつ何言ってんの?」だ。

 

「なんだい?」

 

 美紀君は大きくため息をついている。

 

「あの、私たちのわかる言葉で話してくれませんか?」

 

「………………じゃあ、行こうか」

 

 やはり僕の常識は人とずれているらしい。僕たちは、微妙な空気と共に地下の探索を開始した。何故こうなったのか、視点は昨夜に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「めぐねえ、こんな夜にみんな集めていったいどうしたんだ? しかも、秀樹も一緒にいるし」

 

「由紀ちゃんとるーちゃんを外したってことは何か重要なことなのかしら」

 

 ここでの生活も既に安定期に入った。物資の調達はローテーションを組むことで特に問題なく回っている。人が増えたことによる配分の再調整も美紀君の協力もあり何とかなった。畑も由紀君、圭、悠里君、るーちゃんの主導によりつつがなく管理されている。

 

 避難マニュアルのことを打ち明かすのは安定期に入った今しかないだろう。僕は佐倉先生に進言した。奇しくも佐倉先生も同じことを考えており今夜、二人を除いた全員を集めることを決めたのだ。

 

「みんな、集まってくれてありがとう」

 

 佐倉先生は全員を一瞥し、口を開いた。その声はどことなく緊張を帯びたものであった。本当ならもっと前に打ち明けるつもりだったのだという。しかし、内容が内容である。人数が増えたことによる混乱などもあり今の今まで引っ張ってしまったのだ。

 

「佐倉先生、それに秀先輩もどうしたんですか? こんな時間にわざわざ呼ぶってことは何か重要な話なんですよね。もしかして秀先輩の持った封筒に関係してるんですか?」

 

 美紀君は冷静に僕たちに事情を聞こうとするが、僕たちの様子に困惑しているようであった。

 

「なあ、君達。今まで疑問に思ったことはないか? この学校は整い過ぎていると」

 

「そう、いえば……」

 

 屋上には大規模な発電設備と雨水貯水槽にかなりの人数の食糧を生産することができる畑。まるで何が起きるか知ってたとでも言いたげな設備だ。

 

「前から不思議には思っていたのだけれど……」

 

「考えてみれば不自然だな……」

 

 皆黙り込み考え込んでしまう。無理はない、これが正常な反応だ。

 

「その答えがこの封筒の中に入っている。今から「本田君、私に任せてもらえないかしら」せ、先生……」

 

 僕の言葉を遮った佐倉先生は僕から封筒を受け取り皆の前に出た。

 

「みなさん、よく聞いてね──」

 

 それから佐倉先生はマニュアルの内容を皆に読んで聞かせてみせた。やがて、先生が読み終わると部屋は沈黙で包まれた。一番初めに口を開いたのは僕だ。

 

「みな、今の話を聞いて色々なことを思っただろう。どう思おうと君たちの自由だ。だが、一つだけ言いたいのは佐倉先生がこの事実を知ったのは事件が起きた後のことだ。そして今まで隠していたのは僕の考えによるものだ。だから責めるなら僕「秀樹君!」なんですか、先生」

 

 佐倉先生は僕の言葉を強引に遮った。その顔には怒りの感情が浮かんでいる。

 

「本田君、それ以上言ったら本気で怒るわよ。あれは私と貴方の二人で決めたこと、自分一人で責任を負うつもりなら許さないわ」

 

「いや、でも先生「でももなにもありません!」そうですか……」

 

 再び沈黙が支配する。誰もが黙り込んでしまっている。やはりまずかったか……。ショックを受けるに決まっている。これが事実だとするのなら今まで死んでいった人間は殺されたようなものなのだ。言うべきではなかった。僕は自分の失敗を悟った。

 

「あーもう!」

 

 沈黙を破ったのは胡桃君だった。彼女は頭を掻きながらこの空気を振り払うかのように言葉を続けた。

 

「生物兵器とかよくわかんねー! けど、めぐねえと秀樹は何も悪くないってことだろ?」

 

「は?」

 

「えっ?」

 

 予想の斜め上の発言、てっきり激昂されて胸倉でも掴まれるのかと思っていたんだがな。佐倉先生も胡桃君の発言に唖然としてしまっている。そんな僕たちのことはお構いなしに胡桃君は言葉を続ける。

 

「たしかに、聞いた時はふざけんなって思ったよ。先輩は殺されたのかって思った。でも、あたしたちがもっと怒ってるのは」

 

「二人が隠していたことよ」

 

 胡桃君の言葉に続くように悠里君が引き継ぐ。確かに二人の目には怒りの感情が見て取れる。だが、それは憎悪に支配されたものではない。

 

「ねえ、めぐねえ」

 

「なに……かしら、悠里さん」

 

 優しく、しかし諭すように先生に話しかける悠里君。これはもしかしたら大丈夫なのかもしれない。

 

「私たちって、そんなに頼りなく見えてしまうのかしら……」

 

「そんなことないわ!」

 

「きっとめぐねえのことだから言おうしてタイミングミスっちまっただけだろ? ならいつものことじゃん。な、りーさん」

 

「ええ、そうね」

 

予想外の展開だな。もっと修羅場みたいになってしまうのかと思っていたが、これなら大丈夫かもしれない。僕は三人で話し始めたのを確認し2年生組の反応を窺う。

 

「二人はどうだい。突然こんな話をされて困るだろう。でも、今しかないと思ったんだ。恨んでもらって構わない」

 

 二人の表情は険しい、当然だ。こんなB級映画の設定みたいな事実を聞かされて困らないわけがない。

 

「正直ショックを受けてます」

 

 美紀君が呟く。当然の反応、寧ろ此方の方が自然な反応ではないだろうか。

 

「でも、話してくれてありがとうございます。隠されたままモヤモヤするよりずっと気が楽ですから……」

 

 確かに、もし隠し続けてバレでもしたら本当にコミュニティの崩壊の危機になりかねない。閉鎖状態で共に暮らしていく以上、疑心暗鬼の原因は可能な限り取り除く必要がある。

 

「圭、君はどうだい?」

 

 すっと黙っている圭にも訊ねる。表情からは何を考えているのか伺えない。

 

「正直言って、私にはよくわからないです。だっていきなりB級映画の設定みたいな話を聞かされてはいそうですかなんて言えませんよ」

 

 思いのほか現実的な意見であった。まあ、僕もあのマニュアルだけ読んだら何の映画の設定資料かと疑うことだろう。

 

「でも私は、秀先輩にあの日拳銃を渡された時からもう覚悟はできてますから! だから大丈夫です!」

 

 モールでの出来事は彼女にとって何か重要な意味を持っているのだろう。銃という暴力の象徴を受け入れるということは即ち暴力を受け入れることになるのだ。

 

 よかった。これなら大丈夫だろう。最悪、学園生活部が崩壊する可能性もあっただけに安堵の気持ちは大きい。もう、ここに長居する必要もないだろう。お邪魔虫は退場するとしますかね。

 

「あ、どさくさに紛れて帰ろうとするんじゃねーよ!」

 

 が、あっさり見つかってしまったようだ。

 

「それはよくないわ。秀樹君にも言いたいことがあることだしね」

 

 その後、僕と佐倉先生はお説教を喰らうことになったという。まあ、いつものことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至るというわけだ。僕たちは地下二階の備蓄倉庫に足を踏み入れた。僕は二回目だが彼女達は初めてなのだろう、驚きを隠せないでいる。

 

「な、なんだよこれ……」

 

「こ、これだけの設備があったなんて……」

 

「とりあえず、ここの安全の確認をしてから備蓄のリストを作ろう」

 

 呆気にとられる彼女達に行動を促す。恐らく有り得ないとはいえ中に入り込んでいるやもしれないのだ。僕が先頭に立ち死角を虱潰しに確認していく。今まで一人で散々やってきた一連の動作は我ながら洗練されたものだと思う。そう思ったのは僕だけではないようだ。

 

「な、なんか妙にキレがいいなおい」

 

 胡桃君が口元を引きつらせて僕に言う。拠点を確保する際に否が応でも死角を潰していかなくてはならない。胡桃君にはそういう経験はあまりなさそうだ。

 

「昔取った杵柄ってやつさ。この扉で最後だな胡桃、君が扉を開けてくれ。僕が飛び込む」

 

 無言で扉の取っ手に手を掛ける。僕が位置についたのを確認すると胡桃君は扉を勢いよく開け、僕が5906を構え突っ込む。部屋には首つり死体が一つ、敵影なし。

 

「クリア! と言いたいところだが死体があるから違うかもな」

 

「し、死んでる……」

 

「マジかよ……」

 

 部屋に入ってくるなり正面の首つり死体に度肝を抜かす二人。二人は何を驚いているのだろうか。

 

「おいおい、そこまで驚くことでもないだろう。死体なんて今まで散々見てきたじゃないか」

 

「そ、そうかもしれませんけど……これは、酷すぎます……」

 

「むしろなんで秀樹は平気な顔してるんだ?」

 

 この部屋は外から隔離されているからか一般的な首つり死体と比較すれば綺麗な方であるがそれでも女子高生が見るにはショッキングな光景だったようだ。僕としてはゾンビの顔をチップソーを装備した刈払機で滅茶苦茶にした時のほうがよっぽどアレだったので別段なんとも思わない。

 

 とはいえ、そのまま放置しても僕的にはよかったのだが二人はそうではなかったようで何とか死体を降ろし上から毛布をかぶせて見えないようにすることで落ち着いた。その際遺書の類がないか身体を探ってみたが結局見当たらず僕の手に死体の嫌な感触が残っただけであった。

 

「じゃあ、安全が確認されたことだからさっさと備蓄のリストを作るとしますか」

 

 こうして各自備蓄を確認し、それをメモに残していく作業が始まった。15人もの人間が1ヶ月は食べていけるだけのことはあって大量の食料品を見つけることができた。件のワクチンも無事に確保できたのは大きい。だが、流石に三人はきつかった。どうせなら後一人呼んで来ればよかったかもしれない。

 

「せ、先輩! こっち来てください!」

 

 美紀君が僕たちを呼んでいる。なにやら焦っているようだ。胡桃君と彼女の下に駆け寄る。

 

「どうしたんだ! 美紀!」

 

「こ、これ見てください」

 

 そう言って美紀君は長いジュラルミンケースを指さした。箱には鎮圧用とだけ書かれている。この時点で僕には大体予測がついた。

 

「ケースを開けてくれないか?」

 

 無言でケースを開ける。中には非常に見覚えのある物体が鎮座していた。僕は横から手を伸ばしその物体を手に取る。

 

「これは……、モスバーグの500いや、590か。フラッシュライト付きのフォアエンドにシェルホルダーまでついている。サイトはゴーストリングか……悪くない」

 

 僕はここで視線を感じたので銃から目を離してみた。案の定二人が何だコイツはとでも言いたげな顔でこちらを見ていた。またやってしまったようだ。

 

「それって本物か?」

 

 胡桃君が不安げに訊ねる。銃は見慣れているはずなんだが……。いや、彼女は何故実銃が学校にあるのか気になっているのだ。

 

「ああ、本物だ。装弾数は8発、日本では完全に違法だ。マニュアルには武力衝突も視野にとは書いてあったがまさかショットガンが配備されているなんてな」

 

 銃口を確認する。チョークがない、平筒か。弾は、少ないな、バックショットが30発。まあ、普通はこんなものか。

 

「こんなものまで用意されていたなんて、これじゃあ……」

 

「完全に黒だな」

 

「マジでふざけやがって……あたしたちのこと何だと思ってんだよ……」

 

 これはきっと生徒に向けるための銃だったのだろう。真相を知っていそうな男は既にあの世にいるため僕たちがこれの用途を知ることは永遠に叶わない。

 

「こいつらの目的がなんだったにせよ、この銃はもう僕たちの物だ。それにゾンビといったらショットガンだ。これはいい拾い物をした」

 

「お前、ほんとブレねーな……」

 

「はぁ……男の人って本当にそういうの好きですよね」

 

 何とも微妙そうな顔で僕を見てくる二人、やはりこれの良さは女子供には理解できないということか。偶然とはいえ最近、銃を手に入れる機会が多い気がする。あるところにはあるというが本当にその通りだと僕は思う。

 

 

 

 

 

「後はこの冷蔵室だけか……」

 

 粗方確認し、リストも作成したので僕たちは最後に残った冷蔵室の前に来た。そういえばここはまだ見ていなかったな。

 

「じゃあ、開けますね」

 

 ゆっくりと開かれる扉、冷気が僕たちの身体に伝わっていく。そして露わになる中身。二人の目が輝く。それもそのはず、中には大量の生鮮食品が冷蔵されているからだ。肉に野菜に米に見てわかるだけでもこれだ。正に宝の山と言っていい。

 

「ほぉ……」

 

「す、すげー! 肉だぞ! 見たか美紀!」

 

「はい! 早速報告に行きましょう!」

 

 普段は冷静沈着な筈の美紀君ですらこの有様だ。確かに、長いこと保存食と屋上で採れる野菜だけで生活してきた。日本の贅沢な食生活に慣れ切っていた彼女達にはいささか辛い物があったのだろう。僕だけは鴨を狩って食べたりしているのでそこまで驚きはしない。ただ……。

 

『いたたぎまーす!』

 

 僕の目の前には音を立てるステーキが鎮座している。周りを見れば既に我慢できないとでも言うかのように一心不乱にステーキを頬張っている。

 

「う、うめー!」

 

 胡桃君に至っては久しぶりの肉の味に涙まで流している始末だ。そこまで喜ぶほどのものか? じゃあ、僕も一口…………。

 

「う、美味い……」

 

 うん、美味いな、ステーキ美味し! でも、この肉を食べていたらまた鴨肉が食べたくなってきたな、今度また狩りにいくか。

 

「まさか、お肉が食べられる日がまた来るなんて思わなかったわ……」

 

 佐倉先生もこれには大満足のようだ。でも先生、太ったりしないのだろうか。

 

「肉食べるなんていつぶりだ? なあ、秀樹」

 

 胡桃君が僕に笑顔で聞いてきた。これは、素直に答えた方がいいのだろうか。まあ、それくらいで何か問題があるわけがないか。

 

「いや、僕は君たちと離れている時に鴨を狩って食べたよ……」

 

「原始人かよ! てか秀樹だけずりーぞ! あたしにも食わせろよ!」

 

 いや、無理だから。でも、また狩りに行くのも悪くないかもしれない。そんなこんなで僕たちの久々の豪華な晩餐は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、みーくんってすごいかわいいんだよー」

 

「まあ、あまり構い過ぎると僕みたいに拗ねてどこかに行ってしまうから程々にしなさい」

 

「はーい」

 

 夕食も終わり各自が自分の時間を思い思いに過ごし始める。だが、僕と由紀君は音楽室でピアノの練習をしていた。あれから彼女の腕はかなり上達し既に一番初めに教えたG線上のアリアは難なく弾けるようにまでなっていた。

 

 既に音楽室は窓が割れているのを除けば事件前を変わらぬ姿を取り戻していた。音楽室にピアノと僕たちの息使いだけが響く。

 

「ねえ、ひーくん」

 

 由紀君の声はどこか元気がない。

 

「なんだい、由紀」

 

「最近、みんな笑うようになったよね……初めは、めぐねえとりーさんとくるみちゃんだけだったけど、ひーくんとるーちゃんが来てあとからけーちゃんとみーくんも来て学園生活部はすごい賑やかになったよね」

 

 喋りながらもピアノを弾き続ける。この曲はシューベルトのアヴェ・マリアか。聖母マリアを称えるこの曲をこの終わってしまった世界で奏でるというのは皮肉といえるのだろうか。僕が弾いたらきっと厭味ったらしい皮肉にしか聞こえないだろう。でも、由紀君が弾いたのならそれは、きっと祝福の唄になると僕は思う。

 

「そうだな……。僕もまさかここまでの大所帯になるとは思わなかったよ」

 

 人数が多いコミュニティというのはだいたい上手くいかないものだ。男女の問題もあるし人がいればそれだけ価値観の衝突が起きやすくなる。その点、ここは不和らしいものは微塵も確認できていない。これは奇跡と言ってもいい。

 

「昔はさ、みんな、よく疲れた顔してたんだ。でも、わたし頭悪いからなんにも力になれなくてさ。だから、だからわたしはみんなの分だけ元気に笑っていようと思ったんだけどね……」

 

 曲が山場に入る。が、由紀君にはそこは難しかったようで曲はそこで止まってしまった。

 

「はぁー、まだこの部分難しいよぉ~」

 

 由紀君はそういうが、素人がたった数ヶ月でここまでピアノを弾けるようになるなんてはっきり言って異常だ。僕でさえ満足に弾けるようになるまで何年もかかったというのに。

 

「でも、最近はみんな笑うようになってね、学校も大変なことになってるけどひーくんたちのお蔭でどんどん良くなってる。だからわたしもうすることないかなって…………」

 

 自分の役目は道化しかないのだと暗に言っているようなものだった。今の学園生活部には以前僕が来た時にあった張りつめた空気がなくなっていた。いくら口では元気そうにしていても僕の目は誤魔化せない。だが、ここ最近の学園生活部には本当の意味での余裕というものが存在した。

 

「意外だな、由紀もそうやって悩むことがあるんだな。そりゃそうだよな、生きているんだものな」

 

「そうだよーわたしだって悩むことくらいあるんだよ!」

 

 口では元気そうに言ってもその顔は今の彼女の気持ちを如実に物語っている。まったくらしくないな、見てられん。

 

「由紀、君は実に馬鹿だなぁ」

 

 僕は由紀君の小さな頭を撫でる。傍からみれば事案ものだが、この際それは置いておこう。

 

「ひ、ひーくん、いきなり撫でないでよぉ、って、そんな直球に言わなくても!」

 

「すまんね、でも今の君は見てられなくてね。自分の価値を決めるのは自分だ。由紀が自分の価値がそれしかないと思うのならそうなのだろう。でも、僕はそうは思わないけどね」

 

 一呼吸置く。由紀君の瞳が僕の姿を映し出す。

 

「自分に何ができるんかなんてやってみないと案外わからないものさ。君は何をしたいんだ?」

 

「わ、わたしはもっとみんなと一緒にいたい!」

 

「そうか。なら、由紀は自分にできると思うことを一つずつ叶えていけばいい。もし、それがわからなくても皆が助けてくれる。だって君はもう独りじゃないのだから」

 

 独り夢の世界に閉じこもったままの彼女なら何もできなかったのかもしれない。でも、今の由紀君は違う。もう、仲間外れではない。だからきっとこれは彼女がまた大人になった証拠なのだろう。

 

「そうだよね、そうだよね! ひーくん!」

 

 そう言って彼女はあの優しい笑みを浮かべた。どうやら、もう大丈夫のようだな。

 

「ありがとね!」

 

 僕は由紀君に救われた。狂っているだけだった僕を人間に戻してくれた。僕が狂っていることは否定しない。相変わらずゾンビを殺すのは大好きだし奴らの焼ける匂いは最高だ。だからどうした。僕はゾンビ殺しも楽しむし学園生活も楽しむと決めたのだ。しかし、程々にしないとまた皆に心配されてしまうから自重はするつもりである。ゾンビ殺しは、明るく楽しく元気よくが重要なのだ。

 

「由紀ー! シャワー空いたぞ!」

 

「はーい! じゃあねー、ひーくん」

 

 彼女は駆けだしていった。残るは妙に不満げな胡桃君と僕だけだ。あれ? これは前に見た記憶があるぞ。

 

「なあ、あたしさあ。実はさっきから全部聞いてたんだ」

 

 衝撃の事実、全て聞かれていました。

 

「秀樹って意外と気障だよな」

 

 騎座? いや、気障か。僕が気障な台詞をいつ言ったというのだろうか。まったく身に覚えがない。

 

「僕のどこが気障なんだよ、僕はどちらかというと硬派なほうだぞ」

 

「硬派ってお前自覚ねーのかよ……はぁ」

 

 何故そこで溜息をつく。失礼な奴だな。

 

「りーさんや美紀とかめぐねえにもそんなこと言ってるんだろ? あたし聞いたぜ」

 

 女子の情報網って怖い。男勝りな胡桃君もやはりそこは女性なんだろう。ん? 女性? あっ、僕はそこで理解した、理解してしまった。

 

「そう言えば、よく考えたら男って僕だけじゃん!」

 

 衝撃の事実その二、男は僕だけでした。

 

「気づくのおっせーよ!」

 

 胡桃君の軽快なツッコミが炸裂する。やべえ、どうしようか。気づいてしまうと猛烈に気まずい。でも、まあいいか考えても仕方がない。

 

「しかしといってはなんだが、僕たちはもう一蓮托生の家族みたいなものだろ。今更男女がどうたらとかは気にしないでおこう。胡桃もそう思うだろ」

 

 僕の言葉の何かが琴線に触れたのか胡桃君は硬直してしまう。何やらブツブツ言っているが小さすぎて聞こえない。

 

「家族、家族……」

 

 駄目だ。こいつ聞いてねえ。仕方ないので顔の近くで指を鳴らす。僕の手に反応してようやく気が付いたようだ。いったい何があったんだ?

 

「い、いいいきなりへへ変なこと言ってんじゃねーよバカ秀樹! バーカバーカ!」

 

 そのまま彼女は走り去ってしまった。後に残るは僕一人。こうして僕たちの夏は過ぎていく。もう高校生活も残すところあとわずかだ。そう言えば彼女達、卒業しても制服を着続けるのだろうか。ふと気になってしまった。

 




 いかがでしたか? 原作での由紀ちゃんは皆を守るために夢から覚めました。でも、今作では守る必要がないほど余裕があります。なので彼女がああした悩みを持ってしまっても不思議ではないでしょう。とはいえ夢から覚めたと言ってもまだまだなのでマニュアルのことは隠しておくことに学園生活部は決めました。

 では、また次回に。

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