【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。こいつやっぱ頭おかしいわ。


第十二話 しょか

「すまないね、手伝ってくれて」

 

「いえ、私から名乗り出たことなので、お礼を言う必要はありませんよ」

 

 美紀が謙遜する。だが、その表情は少し険しい。まるで、なんでこんなものがここにあるのだ、とでも言いたげな表情だ。

 

「どうやら、少し戸惑っているようだね。まあ、無理もないよ。こんなものを見せられて戸惑わないはずがない」

 

 それも、そのはず。ここは二階資料室。この小さな資料を置くだけにあったはずの部屋は今や僕の集めた武器の保管庫と化していたからだ。僕は今日、この散らかった武器庫の整理をしようとしたのだ。そこへ偶然、美紀君が手伝いを申し出て今に至るのだ。

 

「これ、全部、秀先輩が集めたんですか? というかこれなんですか? バット?」

 

 彼女の手には木製の野球バットだったものが握られていた。だったというのはバットの先端に丸鋸の刃が挟みこまれているからだ。これでバッティングをしようものならボールは刃に突き刺さることだろう。

 

「ああ、とにかく思いついたアイデアは片っ端から試してみたんだ。それは、失敗作かな。使えないわけじゃなかったんだけど」

 

「どういうことですか?」

 

「使ってみて思ったんだ。これ普通のバットでよくないか?ってね」

 

「…………」

 

 実はこのバットは数ある試作品のうちの一つに過ぎない。これを作ったのは割と初めの方だ。釘バットから始まり数々のバットを犠牲にした。挙句の果てには油と塗りたくった燃えるバットなどの本当に何がしたいのか全く理解できないものも沢山作ったのだ。

 

「でも、こんなものまで持ってくることはないじゃないか」

 

「え? これって秀先輩が持ってきたものじゃないんですか?」

 

「作ったのは僕だけどね、言ってなかったっけ。僕は色んな場所に拠点を作っていてね、そこに食料や武器を備蓄していたんだ。でも、こうしてみんなに回収されてしまったんだ」

 

「おかげで僕は、以前のように各地を転々とすることが出来なくなってしまったよ」

 

「それだけ、本気だったってことじゃないですか? こう、真綿で締め付けるみたいな」

 

「嫌に的確な例えだな、君」

 

 彼女の言う通りであった。僕がモールに行かなくてもいずれは見つかっていたことだろう。現に何度も見つかりそうになっている。

 

「秀先輩」

 

「なんだい?」

 

 どことなく不安げな顔で美紀君は僕の名前を呼んだ。

 

「この現象ってどこまで続いていると思いますか?」

 

 この現象、パンデミックのことだろう。確かに、気になるものではある。電気水道などのインフラが機能しなくなってもう久しい。水はともかく電気が使えないということは街の変電施設はもう壊滅しているということだ。

 

「僕も昔気になってね。車で行けるところまで行ってみたよ」

 

「どう、でしたか」

 

 何かを期待するかのような眼差し。街の外は無事であってほしいそう思ってやまない顔だ。でも、彼女には申し訳ないが現実は違う。

 

「とりあえず巡ヶ丘を出てみたんだ。そして隣の街に行った。そこもここと何も変わらなかったよ。その次の街も、また次の街もね。で、流石に嫌気がさして戻ってきたよ」

 

「そう、ですか……」

 

 美紀君は大きな溜息をつく。でも、そこには絶望といった感情は見えず、淡々と事実を受け入れている様子であった。僕たちはそこで黙り込んでしまい黙々と整理を続けた。本当にどこまで広まっているのだろうか。

 

「私たち、どうなるんでしょうね……」

 

 これはきっと僕達、いや、この世界で生きている者達全員が思っていることだろう。救助がこないのはまだわからなくもない。だが、ヘリや偵察機の一機のも見かけないのはあまりに不自然だ。何か出動できない事情があるのか、それとも、既に飛ばす人もいないのか。ラジオも全く聞こえない。自衛隊の駐屯地が生きているのなら放送くらいする筈なのだ。でも、気配すらない。恐らく、関東圏は既に壊滅しているのだろう。最悪、日本全土に広がっている可能性も考えなければならない。

 

「なるようにしか、ならないさ」

 

 曖昧な根拠に基づく希望は害悪だ。初めはそれでもいいように思える。だが、状況が悪化するにつれそれは段々と己を蝕んでいく。希望は絶望へと替わり、そして最後に待っているのは狂気だけだ。

 

「…………」

 

 暗くなった気分を紛らわすためか美紀は黙々と作業を続ける。ライオットシールド、スリングショット、槍、さすまた、改造エアガン、クロスボウなどの雑多な武器が次々と綺麗に整頓されていく。

 

「みんな死んじゃうんでしょうか……」

 

 絶望に押しつぶされそうなか細い声。ちょっときつく言い過ぎてしまったようだ。でも、美紀君は一つ勘違いをいている。

 

「死は避けられない」

 

「え?」

 

 僕の突然の断言に美紀君は呆気に取られているようだ。

 

「君も死ぬし、僕だって死ぬ、皆いつか死ぬ……」

 

 一呼吸置く、美紀君は黙って僕を見ている。

 

「だが、今日じゃない……。僕たちはこうして生きている。生きているなら前に進める。だから今必要なことを全力でやるだけだろ?」

 

 ニヤリと笑い彼女を見る。呆気に取られているようで、まだ硬直している。

 

「ぷっ、秀先輩。それ映画の台詞まんまじゃないですか」

 

「あれ、知っているの?」

 

 くすくすと笑いながら美紀君は僕を見る。その目にはもう絶望の影は見えなかった。

 

「昔、圭と一緒に見たんですよ」

 

 彼女の意外な趣味を知ってしまった。そういうのを見るタイプには見えないんだがな。

 

「もう全然、似合っていませんよ。でも、先輩」

 

「なんだい?」

 

 美紀君が微笑む。どうやら元気になったようだ。

 

「ありがとうございます」

 

「そ、そうだな」

 

 僕は何となく気恥ずかしくなり武器の整理に集中するために目の前の箱を持ち上げた。だが、おかしい。妙に重い。何となく気になったため机の上に箱を置く。

 

「何ですか。それ?」

 

「多分、僕が集めた武器なんだろうけど。今一つ思い出せないな」

 

 眺めていても仕方がないので蓋を開ける。これは……。

 

「せ、先輩、これって……」

 

 箱の中には二挺の拳銃と複数の弾倉、そして弾薬が詰まっていた。僕はそれの一つを手に取る。

 

「こ、これは、1911の短縮モデル? いや、この切り落とされたスライドはデトニクス社製のコンバットマスターか! この攻撃的なフォルム、まさか実物にお目にかかれるとは!」

 

「せ、先輩?」

 

 突然、取りつかれたかのように銃を手に取り語りだす僕に美紀君は後ずさる。だが、止められない、止まらない。

 

「そして、これは……。S&Wのモデル59、いやステンレスだからモデル5906だ! しかも、三点ドット入りのノバックサイト、これは狙いやすいな! セーフティはアンビか、左右の持ち替えがしやすくていい」

 

「せんぱーい!」

 

 何か聞こえるがそんなことはどうでもいい。何故、これを忘れていたんだ! スライドを引き薬室を確認。うん、煤一つない、新品か? そのまま空撃ちをする。問題なくハンマーが落ちる。

 

「マガジンセーフティは省略されている。プロ仕様だな。しかも、サプレッサー用に銃身が延長されて螺子まで切られているのか、素晴らしい。おっ、これだな」

 

 箱の中にあったサプレッサーを銃身にはめ込む。うむ、問題なし。

 

「せんぱーい! おーい!」

 

「弾倉は十五発、スプリングも問題なし。なんで今まで忘れていたんだ! これがあればもうマカ、痛ツ!」

 

 突如、頭に痛みが走る。横を見れば美紀君がさすまたを手にしていた。まさか、それで叩いたのか?

 

「先輩! いい加減にしてください! 何ですか、いきなりブツブツ語り始めて。怖いですよ!」

 

 美紀君は怒り心頭といったご様子だ。そういえば今まで放ったらかしにいていたな。いや、でもこれは仕方がないだろう。

 

「いや、すまない。あまりにも興奮してしまって君の存在を忘れていたんだ。でも、見てくれよ。凄いだろ」

 

 僕は箱の中の拳銃を美紀君に見せびらかそうとして美紀君に手で拒否されてしまった。

 

「私、先輩の言っていることがまったく理解できないんですけど、それって本物ですよね? 前から思っていたんですが一体、何処で手に入れたんですか?」

 

 僕は以前、ヤクザの事務所でこれらを見つけたことを大雑把に説明した。見つけたのは本当に偶然だったが、本当に僕は幸運だったと言える。

 

「はぁー、秀先輩って妙なところでアグレッシブですよね。普通、怖くて使おうなんて思いませんよ」

 

 美紀君は心底呆れたと言わんばかりの溜息をついた。怯えるでもなく、呆れる。でも、まあこれが普通の反応なのだろう。

 

「アグレッシブじゃなかったらゾンビの群れの中に火炎放射器で突っ込もうとなんてしないだろうに」

 

「それも、そうですね。やっぱ先輩って変な人です」

 

 そういって僕たちは笑いあった。そんな初夏の日の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちは終わりそうか?」

 

 駐車場でシャベルを構えながら胡桃君は後ろにいる僕に話しかける。僕たちは今、学校の駐車場に止めてある車から燃料を抜き取っている最中であった。

 

「すまない! もう少しかかる!」

 

 自動車の燃料タンクの容量というのは平均的に30から50リットルのガソリンを入れられるように設計されている。それだけの量を手動で移すというのは猛烈な重労働なのだ。僕がいくら力があるからと言っても同じ動作を何十回も行うというのは疲れる。

 

「よし! 全部入った」

 

「引き上げようぜっと言いたいところだけどこれじゃ、無理そうだな」

 

 僕たちを取り囲むように4匹の奴らが近づく。これでも、爆竹で遠ざけたはずなんだがな。仕方ないか。手にした携行缶を地面に置きイヤホンを装着、すぐさま爆音と共にメロディーが流れる。スイッチが切り替わる。

 

「いくぞ! 糞ゾンビども!」

 

「──ッ!」

 

 隣で胡桃君が話しかけるが音楽のせいで聞き取れない。仕方ないのでジェスチャーで戦うように合図をする。ゆっくりと近づきながらバールを構える。距離が縮まる。

 

「─ッ!」

 

 目の前のゾンビが吹き飛ばされた。僕ではない、胡桃君だ。瞬く間に倒される4体。獲物がいなくなってしまった。

 

「──ッ!」

 

 胡桃君が何かを言ってくるが音楽のせいで聞こえない。そう思っていたらイヤホンを無理やり外された。痛いじゃないか。

 

「なに、考えてんだよ! イヤホンなんかして危ないだろが!」

 

 あ、ヤバイ。これは本気で怒っている顔だ。つい、いつものノリで音楽を聞こうとしてしまった。暑くて思考が弛んでいる証拠だろう。

 

「いや、すまん。つい、いつもの癖でね、というかもう行こうよ。話はそこでしよう」

 

「……わかった。後でりーさんに報告するからな!」

 

 それは止めてほしい、割と切実に。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 僕は鞄から爆竹を野球ボールに巻き付けたものを手に取り火をつけ投げる。遠くで炸裂音が響き奴らはそれにつられてゾロゾロと歩き出す。相変わらず間抜けなことだ。

 

「ふう、ここまでくれば安心だな」

 

「そうだな……」

 

 ガソリンを保管庫代わりにしている技術準備室に置き一息つく僕たち、このまま、なあなあになってくれれば──

 

「じゃあ、さっきの話の続きをしようか」

 

 振り向けば額に青筋を浮かべた胡桃君が僕を笑いながら睨んでいた。笑うのに睨むとはこれ如何に。

 

「ああ、胡桃たちには教えていなかったし、見せてもいなかったけどね。僕は基本的に戦闘するときは音楽を聞くようにしているんだ」

 

「へー」

 

 目が笑っていない。うん、これは本気で怒っていますね。

 

「君たちに出会うずっと前からこのスタイルで戦ってきている。だから問題ないよ」

 

「おー、わかったぜ。じゃあ、二度とすんなよ」

 

 どうやら理解してもらえたようだ。他の生存者達もこのくらい聞きわけがよかったら……ん?

 

「なあ、今なんて「二度とすんなよ」うん?」

 

「二度とって「二度とすんなよ」

 

「あ、あの「二度とすんなよ」

 

「わ「二度とすんなよ」は、はい」

 

 まるで壊れたラジカセのように同じ言葉を繰り返す胡桃君。さっきから様子が変だ。しばらくお互い黙り込む。ガソリンの匂いだ僕の鼻を刺激する。先に口を開いたのは胡桃君だった。

 

「なあ、秀樹、そんなこと繰り返していたら本当にいつか死んじまうぞ」

 

 今までの笑みとは違い今にも泣きそうな顔だ。この顔は見たくはなかった。でも、僕の責任だ。

 

「あたしさ、モールの広間でピアノ上に座り込んだ秀樹の疲れ切った顔がまだ忘れられないんだ」

 

 あれは、僕が全てに疲れ果て自分を終わらせようとした時だ。あの時、あと一瞬だけ矢が届くのが遅かったら僕は、もうこの世にいなかっただろう。

 

「お前、あの時手に何か持ってただろ」

 

 見られていたのか、どさくさに紛れてなくしてしまったが今思えば勿体ないことをしてしまったかもしれない。

 

「ああ」

 

「なにしようとしてたんだ?」

 

 言いたくない、言ってしまえば彼女がどんな顔をするかは容易に想像できるからだ。でも、心に反して口は勝手に秘密を漏らしてしまう。

 

「手榴弾で、自殺しようとしていた……」

 

 胡桃君は何も言わない。沈黙が支配する。

 

「なんで、いつもいつも、そうやって…………」

 

 何かため込んだものを吐き出すかのように胡桃君は叫ぶ。僕は、またやらかしてしまったようだ。

 

「もっと自分を大事にしろよ! なんで、そうやって納得しちゃうんだよぉ……」

 

 何も言えない。頭をハンマーで殴られたみたいに身体が動かない。それでもなんとか口を動かし弁明をする。

 

「そ、それは昔の僕だろ? 今は「わかってねえ! 全然わかってねえよ!」はい」

 

 ああ、本当に僕は駄目な男だな。ここに来ていったい何回女の子を泣かせたんだ?

 

「もう、誰にも死んでほしくないんだよぉ……。なんでわかってくれないんだよぉ……」

 

 そういって今にも泣き崩れそうになってしまう。僕は今、初めて理解した。自分の仕出かしたことの大きさを。僕は彼女にトラウマを植え付けてしまったのだ。

 

「ごめん、本当にごめん」

 

 もう、平謝りするしかない。その後はなんとか宥めることに成功したが、胡桃君との距離が以前よりも色々な意味で縮まったような気がする。これがいいことか悪いことかは僕にはまだわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年△月△日

 

 もう、すっかり夏になった。いつもの防具では暑くて暑くてかなわない。仕方がないのでジャケットを一枚にすることにした。皆はよく平気だなと言ってくるが実際には全く平気ではない。正直言って暑くて仕方がない。

 

 あの一件のあと、胡桃君は僕に何かと理由をつけてついてくるようになった。彼女は口では尤もらしいことを言っているが、原因はどうみても僕にあるだろう。殴られたことで水に流したと思っていたが、僕が思っていた以上に爪痕を残していたらしい。

 

 僕が引き離そうとすると泣きそうな顔で嫌なのかと聞いてくる。本当に痛ましい。このことはなるべく早いうちに誰かに相談したほうがいいだろう。さもないと取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけなんだ。悠里はどうすればいいと思う?」

 

 僕は昼下がりの生徒会室で家計簿をつけていた悠里君に事のあらましを伝えた。悠里君と胡桃君はあの事件が起こる以前から交流があったらしく、彼女に聞くのが一番手っ取り早いと判断した。

 

「うーん、そうね……」

 

 彼女は僕の馬鹿な相談にも真面目に対応してくれた。手にしたペンを頬に当てて考える姿は本当に様になっている。

 

「はっきり言って自業自得よね」

 

 思いのほか直球できた。こういう女子の飾らない一言は本当にダメージを受ける。

 

「そ、そうかもしれないけど。何とかした方がいいと思うんだが」

 

 そう、下手したら依存させてしまっているのかもしれない。いつまでここで暮らすのかわからない以上、不健全な関係はなるべく避けるべきだ。

 

「貴方だって知っているでしょう? 胡桃はあの事件の日、陸上部の先輩を手にかけているのよ」

 

 そう、彼女は思い人だと思われる人物を手にかけている。だからこそ、誰かが死ぬことを異常に気にしてしまうのだろう。

 

「でも、秀樹君が思っているほど事態は深刻じゃないと思うけどね」

 

 これが深刻でないなら一体なにが深刻というのだろうか。僕にはわからない。

 

「それに、秀樹君っていつもフラフラしているからいい加減、首輪を付けた方がいいと思うわ」

 

 今、この人、自分の親友のこと首輪呼ばわりしたぞ。悠里君は僕が思っている以上に腹黒なのかもしれない。

 

「あっ! ここにいたのか、探したんだぞ。見回り行こうぜ! じゃ、りーさん秀樹借りてくな!」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 そう言って胡桃君は僕の腕を掴むと廊下に引っ張り出す。悠里君はああいっていたが僕としては、早急になんとかしたいと思っている。でも、まあ。

 

「どうしたんだー? おいてくぞー!」

 

 彼女が楽しそうだから、もう少し様子を見る方向でいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リロード!」

 

 僕が合図すると後ろから風切り音と主に矢が飛んでいく。目の前にゾンビの頭に矢が生える。これで奴は誰にも迷惑をかけることはなくなった。

 

 僕はその隙にポケットから予備弾倉を取り出し空の弾倉と交換。スライドストップを解除し再装填を完了する。5m先のゾンビに向けて引金を引けばマカロフよりも遥かに小さい音と共に9x19mmのサブソニック弾が放たれる。

 

 ここは僕たちが以前来たモールの地下食品売場だ。肉や野菜などが腐り凄まじい悪臭を放っているが缶詰や保存できる食料などはまだまだ大量に残っている。今日はそれを確保しにきたのだ。

 

「詰め終わったか!?」

 

 

 後ろにいる胡桃君に訊ねる。振り向けば返事の代わりに親指を立てた胡桃君がいて床には食料がたんまり詰め込まれたボストンバッグが三つ置いてある。

 

「オーケー、じゃあ行こうか。僕が殿を務めるから君は後方の警戒を頼む。あと、これ」

 

「お、サンキューな」

 

 ゾンビの頭に突き刺さった矢を引き抜き胡桃君に手渡す。曲がってもいないのでまだ使えるだろう。左手の腕時計を確認、あと30分しかないじゃないか!

 

「やばい! 早く行くぞ!」

 

「お、おいいきなりどうしたんだよって、置いてくなー!」

 

 そんなことを言いつつも自分の役目はきちんと果たしてくれる。彼女はそういう人間なのだ。進路の邪魔になるゾンビにだけ鉛弾を叩きこみ撤退する。待つのは佐倉先生の運転する僕のバンだ。もう、僕のっていうより共有財産と化しているのは気にしてはいけない。

 

 階段を上り以前きた広間にやってくる。以前いた大勢のゾンビは車の止めてある反対方向の出口に固まっている。ラジカセで引き付けているのだ。僕たちは、そんな奴らを尻目に悠々を車を目指す。

 

「あ、見つけた!」

 

 僕の視界の先には以前、なくしたと思った破片手榴弾が転がっていた。よかったまだ残っていたのか。しめしめ。

 

「それって前に言ってた爆弾か? ちょっと見せてくれよ」

 

 別に減るものでもないので胡桃君に手渡す。本物の爆弾だというのに彼女は全く怖気つかない。大した肝っ玉だ。

 

「なあ、これってどうやって使うんだ?」

 

「ん? レバーを握ったままピンを引き抜けば「えい!」ちょっ!?」

 

 何を血迷ったのか胡桃君は手榴弾の安全ピンを引き抜いてしまった。何を考えているんだ!

 

「ば、馬鹿! すぐ投げろ! そうだ、あのゾンビの群れがいい!」

 

 胡桃君は何も言わずに手榴弾をゾンビの群れの中へ投げ込んでしまった。あっ、思い出した。

 

「やばい! 今すぐ走れ! 走れ走れ!」

 

「ちょ、何すんだよ秀樹!」

 

 今は彼女の言葉を聞いている暇はない。全力で腕を引っ張り走り出す。直後、背中で大爆発が起こった。

 

「なっ……」

 

 群れの中で起爆した手榴弾はスピーカーの隣に置いていた時限式のナパーム爆弾に引火。粘性の高いナパームはゾンビを巻き込み凄まじい勢いで燃え出す。ナパームは一度火を点けてしまえば水では消せない。あと4、5時間は燃え続けることだろう。

 

「胡桃ちゃん! 秀樹君! どうしたの! な、何が起きたの……」

 

 先生がクロスボウを担ぎながら走ってきた。やはり似合っていない。先生は僕たちの後ろで燃え盛るゾンビの群れを見て唖然としているようだ。

 

「おい」

 

 胡桃君が俯きながら僕を呼ぶ。どう、説明しようか。

 

「な、なにかな?」

 

 彼女は静かに燃え盛るゾンビの群れを指さす。火に誘われ一匹、また一匹と燃えていく。正に飛んで火にいる夏のゾンビだな。

 

「ここに来るときラジカセ以外になにか置いてあると思ったけどさ。あれ、何を置いたんだ?」

 

「え、えっと……時限爆弾です」

 

 後から殺気を感じた。ゆっくりと振り向く。佐倉先生がその綺麗な顔に青筋を浮かべて立っていた。

 

「本田君? なに、してるのかしら?」

 

 何も答えられない。身体が緊張して動かない。これでは伝わらない、伝えられない。

 

「って、殺す気かあああああああああ!」

 

 血塗れのモールに胡桃君の叫びがこだました。ちなみ、その後僕は反省文を30枚提出することになった。解せぬ。

 




 いかがでしたか? どうやら主人公が思っていた以上にまわりは傷ついていたようです。本当に馬鹿ですね。そして浄化されたと思ったのに懲りずに爆弾を作るサイコパスの鑑。

 では、また次回に。

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