【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。やっぱ悲しいことのあとには楽しいことがなくちゃね


第十一話 ゆるし

2015年〇月〇日

 

 学園生活部に戻ってきてしまった。今は僕は音楽室でこの日記を書いている。学校に戻った僕は本気で怒った悠里君と笑顔だが目が全く笑っていない佐倉先生にみっちり説教された。まず初めに怯えてしまったことを謝られた時は、このままなあななに終わるのかと思ったがそんなことはなかった。

 

 僕の反論を片っ端から正論で論破していく悠里君に笑顔ではあるが言葉の端に隠し切れない怒気が見え隠れする佐倉先生。美人は怒ると怖いというが、本当にその通りだと思わざるを得ない。しかも、説教の最中にポケットに入っていた煙草を見られてしまい案の定、反省文を提出することになった。それも15枚。解せぬ。

 

 胡桃君にも怒られるかと思ったが、意外とあっさりしていて逆に拍子抜けしてしまった。なんでも、もう殴ったからそれでチャラにする。だそうだ。男前な台詞である。彼女にとっては不本意であろうが、こういう時の胡桃君は本当にかっこいいと思う。ただ、右手に巻かれた包帯を見るたびに僕の心は罪悪感で一杯になってしまう。

 

 るーちゃんには涙目で抱き着かれ胸をぽかぽかと殴られた。全く痛くなかったが今でも猛烈な罪悪感を感じる。由紀君は相変わらずといったところだが、何か以前とは違う雰囲気を感じられた。それが何かはわからないが決して悪いことではないだろう。

 

 直樹君と圭は要塞と化した学校に戸惑いつつも久しぶりに大勢の生存者に顔を綻ばせていた。僕と一緒にいた圭と違いずっと部屋に閉じこもって粗食に耐えてきた直樹君にとって悠里君の料理は心底うれしかったようで目にはうっすらと涙が滲んでいた。。しかし、学園生活部に入るかどうかはまだ決めかねているようで仮入部という形で今日は収まった。

 

 学校と言えば僕がここを出てから戻ってくるまでに結構な変化が起きていた。具体的に述べるのなら、三階の教室にはプランターが設置され日当たりが悪くても育つ野菜が育てられていた。まだ、収穫には時間がかかるそうだが上手くいけば食料自給率は大幅に上がる見込みらしい。

 

 二階には侵入防止用のネットと防犯ブザーを使った警報装置が設置され以前、僕がその脆弱性を指摘したバリケードもより大きく頑丈に形を変えビクともしない頑丈なものとなった。三年生の教室はある程度掃除され食料などの倉庫と化していた。もうすでに10人が半年近く暮らしてくことができるだけの物資があるらしい。ちなみにその物資の供給元は僕の拠点からである。しかも大変残念なことに半分近く回収してしまったようで僕が近場の拠点に戻ってももう何もないそうだ。その事実を笑顔の悠里君に告げられた僕は気絶した。

 

 僕は学園生活部大きな借りができてしまった。命を救われたというのはこの世の中においては最上級の借りである。もう、前のように勝手に出ていくことは許されないだろう。尤も、出ていこうにも僕の車の鍵は佐倉先生が自身の車の鍵と一括で管理しているため逃げ出そうにも徒歩で行くことになる。それは流石の僕でも少し難しい。できないわけではないが労力に見合わなさすぎる。

 

 とはいえ、僕の心はもう罪悪感で一杯だ。これ以上、彼女たちに悲痛な顔をされてみろ、僕は頭に銃を突き付けて自殺してしまうことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ひーくん、どうしたの?」

 

 後ろを振り向けば由紀君が目を擦りながら音楽室の扉の前に立っていた。もう、夜中だ。いつもなら眠っている時間だろうに。

 

「ただ、日記を書いていただけだよ。そういう由紀君はなんでここに? もう、遅いんだから寝なさい」

 

 なるべく優しく、傷付けないように話しかける。血塗れの僕を見た見た時の怯える顔が目に浮かぶ。もう、あんな顔はさせたくない。見たくない。

 

「えっとね、ひーくんにあやまりに来たんだ。この前ひーくんのことこわがっちゃったでしょ? だから、ごめんね」

 

「あれは、僕に責任がある。だから君が謝る必要なんてない」

 

 僕の反論に由紀君はゆっくりと首を振り否定する。

 

「ううん、違うよ。わたし、あの時、ひーくんがすごい寂しそうな顔をしていたのに。気づいていたのに追いかけられなかったんだ。だから、ごめんなさいって。しようと思ったの」

 

 寂しそう? 僕はそんな顔をしていたのか。確かに、あながち間違いでもないかもしれない。

 

「君がそんなことを気に掛ける必要なんてないよ。あれは僕が全面的に悪いんだから。君はそんなこと考えないで笑っていればいい「笑えないよ!」…………」

 

 声を荒げる由紀君に思わず黙り込んでしまった。もしかして怒らせてしまったのだろうか。

 

「わたし、ひーくんのこと好き、だよ」

 

 今、この子はなんていった。好き? 僕を、いや違う。何かの勘違いだ。

 

「ひーくんも、りーさんも、るーちゃんも、くるみちゃんも、めぐねえも、あと、新しくきてくれたみーくんとけーちゃんも、みんなみんな好きだよ! だから、ひーくんが寂しそうにしてたら笑えないよ……」

 

 月に照らされた彼女はどこまでも、真剣であった。何故、彼女はここまで他者を慈しむことができるのだろうか。

 

「それに、ひーくんはとっても怖がりさんだから学園生活部のみんなで守ってあげないとね!」

 

 得意げな笑顔。まるで、出来の悪い弟を見守るかのような、そんな笑顔だ。普段ならこんなことを言われていい気分にはならない。でも、今日は少し素直になろう。

 

「怖がり、か。確かに僕は怖かったんだ。僕はとても臆病な人間だから差し伸べられた手を掴むことすらできないでいたんだ。長いこと独りでいたからかな。人との距離ってやつがどうにもわからない」

 

 由紀君は黙って僕の話を聞いてくれた。その優しさが僕には眩しい。

 

「傷つけない為に離れたつもりなのに、もっと傷つけてしまう。護るはずなのに奪ってしまう。僕はどうすればよかったんだ?」

 

 最善と思った選択は悉く裏目にでてしまう。僕がいくら自分の事を定義しても周りは否定する。君はそんな奴じゃない。君は良い人だ。そんなことばかりもう頭の中はごちゃごちゃだ。

 

 突然彼女が片手を振り上げた。まるで運動会の宣誓のようだ。

 

「学園生活部心得第四条! 部員はいつ如何なる時もお互いに助け合い支えあい楽しい学園生活を送るべし!」

 

 これは、確か僕がここに初めて来た頃に教えられた学園生活部の心得だったか。もう、殆ど記憶に残っていないがこんな内容だったのか。

 

「ひーくんはもう独りぼっちなんかじゃないよ」

 

 いつの間にか頭を撫でられていた。座って俯いた僕には反応することができず、由紀君にされるがままになる。手を払いのけようにも身体が思うように動かない。

 

「ひーくんは、ほんとにおバカさんだなー。そんなのみんなに助けてもらえばいいだけだよ」

 

 その何気ない一言は僕にとって計り知れない衝撃をもたらした。動揺して口が思うように動かない。何を言えばいいのかわからない。頭が真っ白になる。

 

「そ、そうか……」

 

「え? ひーくん何か言った?」

 

 何とか頭を巡らせ言葉を紡ぎだす。由紀君に伝えなくては。でも、身体は言うことを聞かない。

 

「そんな、簡単なこと、だったんだ……」

 

 辛うじて話せたのはその一言だけだった。駄目だ。これでは伝わらない。伝えられない。

 

「そう、だよな……。僕は今まで何をしていたんだろうか。一人で拗らせて勝手に納得して、馬鹿みたいだ。そうだよ、簡単なことじゃないか。ただ一言助けてくれって言えばいいだけだったのに。そんなことにも気が付かないほど僕は馬鹿だったのか」

 

 目の前に答えがあったのに意地を張って一人で探し続けていた。手は既に差し伸べられていたのに必死に気が付かないふりをした。僕は圭の言った言葉の意味をはじめて理解した。僕は一人で格好つけているだけの馬鹿だった。

 

「由紀君、ありがとう。やっとわかったよ。確かに君の言う通り僕は本当に大馬鹿者だ。だから、えっと……」

 

「どーしたの、ひーくん?」

 

 由紀君はまだ気が付いていないようだ。これは思いのほか恥ずかしい。

 

「その、なんだ。もう、手をどけてくれないか?」

 

 由紀君の手は未だに僕の頭の上にあった。ずっと撫でていたのだ。いつもは幼い印象しかない彼女なのに今日の彼女はやけに大人っぽかった。意識してしまうと恥ずかしくてしかたがない。

 

「わわ! ご、ごみん」

 

 やっと気づいたようだ。ようやく手を引っ込めてくれた。でも、その顔は心なしか赤い。そりゃ、男の頭撫でたりしたら恥ずかしいにきまっているだろう。

 

「あ、そーだ! わたし、ピアノ弾けるようになったんだよ! 音楽室もみんなで綺麗にしていつでも気持ちよく歌えるようになったんだ」

 

 今、なんて言った? 綺麗にした、だと。おかしい、由紀君の中では事件は起きていないはずだ。彼女は見えているのか?

 

「君は、覚えているのか?」

 

「え、どういうこと? って、もう寝るねー!」

 

 由紀君は踵を返して戻ろうとした。だが、僕たちは気が付いてしまった。開いた扉から何かがこちらを覗いているのを。いや、何かではない。僕はそれを知っている。

 

「あ、ばれた!」

 

 佐倉先生が顔を少しだけだしてこちらを見ていた。目が合ってしまった。

 

「めぐねえ!? み、みてたの!?」

 

 先生は何も言わなかった。だが、逸らした目が事実を物語っていたのは言うまでもない。ニコニコしているのが子憎たらしい。

 

「ちなみに、どこから?」

 

 僕はゆっくりと聞いた。

 

「え、えっと、由紀ちゃんが秀樹君の頭を撫でたところからかしら」

 

 殆どはじめからではないか! あんな醜態を見られてしまったのか。そう思うと顔に血が上るのがありありと感じて取れた。だが、それは隣の由紀君も同じだったようだ。

 

「わわわ! わ、わたしもう寝るね! めぐねえ、ひーくん、おやすみー!」

 

 駆け足で音楽室を出て行ってしまった。おい、僕を置いて逃げるな。恥ずかしいだろうが。そんな僕の願いはよそに彼女の足音はどんどん遠ざかていってしまった。

 

「…………」

 

 後に残るは二ニコニコした先生と僕一人。

 

「な、なんですか……」

 

「いえ? 別に……。なにか意外だなって思って」

 

 心底驚いたと言わんばかりに先生が僕に話しかける。たしかに、大男が小さい少女に頭を撫でられる光景なんぞシュール極まりない。

 

「そうですね、こんな大男が由紀君みたいな「違うわ、そうじゃないの」じゃあ、なんですか?」

 

 ポリポリと頬を掻きながら先生は僕の予想を否定する。そうでないならいったいなんなんだろうか。

 

「本田君がああして自分の思っていることを話しているのって初めてみたの。丈槍さんはやっぱりすごいわ」

 

 あの子はいつもああやって何気ない一言でみなを救ってきたのだ。気が付いたらふと懐の中に飛び込んでその心を見透かしてくる。僕が悩んでもわからなかった答えをいとも簡単に提示してみせた。あれが本当の正解なのかは、たぶん一生考え続けていかないとならないだろうけど。

 

「聞いていたんですね…………。先生、なら少しだけ僕の話に付き合ってもらえませんか?」

 

「ええ、もちろんよ! 私は先生ですもの」

 

 先生は近くの椅子を持ってくると僕の隣に座った。シャンプーの良い香りが鼻を刺激する。

 

「話を聞いていたなら知っていると思います。要は僕は孤独を拗らせすぎて思考がおかしくなってしまったんですよ。誰も指摘してくれる人もいなかったから匙加減がきかないんだ」

 

「そんなこと……。それは仕方のないことよ。私たちはあの日からずっと4人で生きてきた。でも、本田君はずっと一人だったのでしょ? 私なら、とても耐えられないわ」

 

 先生の手が震えていた。自分がもしそうだったらと思い恐怖しているのだろうか。確かに、学園生活部があの日死を免れたのは全くの偶然だったのだろう。でも、重要なのはそこじゃない。

 

「ちょっと昔話をしましょうか。あの事件の直後僕は途中何度も死にそうになりながら走り続けてなんとか家までたどり着きました。家中の鍵を閉めて蹲って何も知らないふりをしました」

 

「大変……だったのね……」

 

 ここから話すのは僕の罪。奴らを殺す者となった契機。受け入れてもらえるかはわからない。でも、僕はもうこの人たちに隠し事をしたくなかった。

 

「しばらく、部屋で蹲っていました。外からは爆発音や悲鳴がわんさか聞こえてそれはもう怖くて怖くて仕方がありませんでした。そしてしばらくしたら僕の知っている声が聞こえてきました。僕の母さんの声でした。悲鳴をあげていました。母さんは家のドアを開けようとして何度も何度もドアを叩きました。でも、開くわけがない。僕が鍵を閉めてしまったんだから」

 

「…………」

 

 先生は何も言わない。今はそれが何よりも嬉しかった。

 

「やがて奴らの呻き声が外で聞こえて、母さんの悲鳴が聞こえました。慌てて玄関から覗き穴から外を見たら母さんが奴らに食い殺されていました。その後は、まあ、知ってのとおりですよ」

 

 全て話してしまった。正直に言って僕はどうしようもない人間の屑だった。親を見殺しにした最低の男。それがこの本田秀樹の正体だ。狂気の復讐鬼などそれを覆い隠すためのものにすぎない。一皮めくればどこまでも弱くて愚かな男が見えてくる。

 

「どうです? 幻滅しましたよね? これが僕の正体ですよ。口では何と言おうとその本性は、どうしようもない臆病で愚かな人間だ!」

 

「…………」

 

 先生は相変わらず何も言わない。きっと僕の屑さ加減に呆れて物が言えないのだろう。恐る恐る横にいる先生を見る。膝に置いた手は固く握りしめられて手の甲には涙が……涙?

 

「せ、先生?」

 

「ひぐ、つらかったよわよね? かなしかったわよね?」

 

 いきなり先生が僕を抱きしめてきた。最近の僕、鈍っていないか? 昔ならこんなの余裕で反応できただろうに。抱きしめれているせいで顔はわからないがきっと前に泣き出したみたいにグシャグシャになっているのだろう。でも、何故?

 

「ぐす、ごめんね? 今まで、気づいて、ひぐ、あげられなくて、本当にごめんね」

 

「な、なんで先生が泣くんですか……。せ、先生はさっきの話ちゃんときいてたんですか?」

 

 なんで貴方が泣くんだ。貴方は僕を罵倒していればいいんだ。親殺しの屑と罵ってくれればいいのに。僕のそんな思いに反して抱きしめる力はより強まる。

 

「本当に泣きたいのはあなたなのにね。ぐす、私は教師失格だわ」

 

 先生の優しい言葉が心に染みこんでいく。でも、僕にそんな資格はない。

 

「ぼ、僕に泣く資格なんて、あるわけないじゃないですか……。僕は母さんを見殺しにしたんですよ。そ、そんな「貴方は泣いていいのよ!」え?」

 

 僕の言葉を遮り先生が叫ぶ。どこまでも力強い言葉だ。

 

「誰にも貴方を責める資格はないわ! 秀樹君が自分をどう思おうとも貴方は、泣いていいのよ! 我慢しなくていいのよ!」

 

 やめてくれ、これ以上、これ以上何か言われたら僕はもう、耐えられない。でも、そんなことは許されない。僕に、僕に泣く資格なんてない。

 

 しばらく僕を抱きしめた先生はやっと離れてくれた。でも、その顔はもう涙で赤くなりなんとも痛ましい姿だった。先生は僕から一歩下がるとわざとらしく咳ばらいをした。

 

「でも、秀樹君はとっても頑固だから私がなんと言ってもきかないのよね? だから私はこういいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─私は、貴方を赦します─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、卑怯だ。そんなのずるいよ。もう、我慢などできなかった。涙が溢れる。声をあげて泣く。今まで我慢し続けたものが抵抗を失いあふれ出る。一度、崩れてしまえばもう制御などできない。

 

 母さんが死んだ。あの優しかった母さんが死んだ。もう二度と僕に笑いかけることも話しかけてくることもない。

 

 僕が殺してしまった。奴らに食われるのをただ見ていた。もう、二度と取り戻せない大切なもの。

 

 僕は、はじめて母さんが死んだことを本当の意味で理解した。

 

 

 

 

 

 まあ、その後は大変だった。例によって僕のみっともない泣き声で目が覚めた胡桃君と悠里君が駆けつけると、そこには佐倉先生にしがみついて大声で泣く大男がいたのでそれはそれはシュールな光景だったという。

 

でも、これでよくわかった。僕は、結局人間にしかなれないということを。化物は涙なんて流さない。流してしまったらそいつはもう、化物ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったのね」

 

 次の日の朝、僕は、珍しく寝坊してしまった。とは言えまだ朝の6時過ぎなので十分早起きの範疇に入るのだろう。何故、寝坊したのかは言わずもがなである。

 

 僕は今、悠里君と共に朝食の準備をしている。なんせ人数が一気に倍近くに増えたのだ。机などを運び込んだり手伝えることは数多くある。

 

「まあ、結局僕は人間だったということだよ。口ではなんとかっこつけようとも心は騙せないってことかな」

 

 悠里君にはもう、僕の情けない姿をばっちり見られてしまった。今更言い繕う気にもなれないので昨日の事情を大まかに説明したのだ。

 

「そうね。でも、私は秀樹君の気持ち、わかる気がするわ」

 

「どういうことかな」

 

 そう言って悠里君は少し遠い目をしながら語った。まるで昔を思い出しているようだ。

 

「私ね、昔るーちゃんのこと忘れていたのよ。きっと心がどうにかなってしまうから。秀樹君もきっと同じことだと思うの」

 

 それは、初めて聞いた。でも、確かに僕と似ているのかもしれない。妹の存在を忘れ去ることで精神の安寧を図った悠里君と母が死んだことをただの記録にすることで誤魔化した僕。似てないと言えば嘘になる。

 

「そう、だね。君にあんなかっこつけて説教したのにこれじゃあ言える資格ないじゃないか」

 

 そうだ。僕は散々色々な人に説教をしてきた。今となってはブーメラン発言ばかりしていた気がする。気がするじゃない、していた。

 

「でも、私は今の秀樹君のほうが好きよ」

 

 突然の告白。でも、これは違う意味だ。流石の僕でもそこまで勘違いはしない。

 

「前の秀樹君ってどことなく距離を置いていたじゃない? 喋り方とか呼び方とか」

 

「話し方? 呼び方ならわかるけど」

 

 まったく見当がつかない。でも、悠里君は、まだ気が付かないのかとでもいいたげな顔で僕を見ている。

 

「だって今の秀樹君、普通に話してるじゃない」

 

「あ、そういえばそうだ」

 

 言われてみて初めて気が付いた。僕は今、自分の心の中で話している口調と同じ話し方をしていた。気を付けないと。

 

「ああ、そうだね。忘れてたよ。ありがと「これからは普通に話してみたらどうかしら」

そ、それは」

 

 まさかの提案。でも、僕はこの口調が気に入っているのだ。

 

「前から言おうと思っていたのだけど、秀樹君の話し方って、その……あまり似合っていないわよ」

 

 その飾らない言葉は僕の精神に甚大なる被害を与える。顔を見れば本気で言っているのがわかるのだ。それが猛烈に辛い。

 

「そういうことを言うのはやめてくれたま「たまえ禁止!」やめてくれない?」

 

 本当にやめてくれ! 僕の心はボロボロだ。

 

「ふふふ、ごめんなさい。そこまで言うつもりはなかったのだけれど、胡桃もめぐねえも口にはしていなかったけど同じことを思っていたはずだわ。由紀ちゃんは違うと思うけど……」

 

 それ以上は、もう必要なかった。僕の顔はもう恥ずかしさのあまり真っ赤なになっていることだろう。同い年の女子からのオブラートに包んでもなお威力過剰な発言は僕の心を粉々に砕いた。身体がふらつく。

 

「って、そうだ! 君に聞きたいことがあったんだ。由紀君のことなんだけども、あの子どうにも現実が見えているんじゃないのか?」

 

 そう、昨日の発言は現実を認識していなければ思いつくことのない言葉であった。雰囲気が変わったのは知っていたがまさか治ったとでもいうのだろうか。

 

「由紀ちゃんね、秀樹君が出て行った日から少しづつではあるのだけれど現実を見るようになったの。でも、まだ時より誰もいないところで話していたりはするのだけれど、それでも前よりはずっと少なくなったのよ」

 

 まさか、本当に治りかけているとは、自力では無理だと踏んでいたが世の中どう転ぶかわからないものだ。

 

「切欠が血塗れの僕だというのが素直に喜べないけどね。でも、それで本当にいいのだろうか。僕としては夢を見させ続けてあげたかったんだけど」

 

「由紀ちゃんはきっと秀樹君を探すために夢を見ることを辞めたのよ。あの子、口では元気そうにしていたけど時より泣きそうになっていたのよ。だから」

 

 そう言って悠里君は僕の左手を握った。温かい手だった。

 

「だから、もう二度と自分から出て行ったりしないで。由紀ちゃんだけじゃない。みんなそう思っているわ」

 

 やっぱり僕は一人で意地を張っていただけのだろう。もうとっくに受け入れられていたのに、それに気が付かないふりをしていただけなのだ。

 

「ああ、約束しよう。もう、二度と勝手に君たちの前から出ていったりはしないさ」

 

 僕は、もう間違えたくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いただきまーす!』

 

 最初は広く感じられたこの部屋も8人もいたら流石に手狭に感じてしまう。でも、僕にはそれがとても心地よかった。

 

「食料の方はどうなっている?」

 

 隣の悠里君に話しかける。こんなに一気に増えたら家計を管理している彼女の負担も増してしまうというものだろう。

 

「そうね、流石に今までのようにはいかないわね。でも、人も増えたからできることももっと増えたわ。だからきっと大丈夫よ」

 

「あっ、それなら私も手伝います!」

 

 反対側に座っていた直樹君が進言した。きっと彼女なりに何か力になりたいのだろう。確かに直樹君は見るからに頭が良さそうだ。脳筋の僕や胡桃君では考え付かないことも彼女の力があれば思いつくかもしれない。

 

「私も手伝います!」

 

「圭、君の気持は嬉しいが、今日は休んだ方がいい。昨日散々大立ち回りしただろ?」

 

「それは、先輩のことじゃないですか?」

 

 そうだけども、盛大に自爆しようとしたけどもね!

 

「じゃあ、二人とも後で手伝ってほしいことがあるから──」

 

 悠里君が二年生組に仕事の手伝いの相談などを持ちかける。僕は、話すことがなくなったので食事に集中する。これは僕が汗水たらして集めた缶詰シリーズ、だと。

 

「なあ、秀樹?」

 

 胡桃君が話しかけてきた。どこか不満そうな顔だ。

 

「なんだ、胡桃君」

 

「いや、後輩のことは呼び捨てなのにあたしたちはは君付けなんだな。ふーん」

 

 妙に不服そうな顔だ。いったい何が不満なんだ。まったくわからない。

 

「なんだ、君付けなのがそんなに不満なのかい?」

 

「まあ、簡単に言っちまえばそうだな。てかなんで君付け?」

 

 本当は恥ずかしいから当たり障りのない君付けしてましたとか言えるわけないだろ。君付けならそこまで恥ずかしくないのだ。我ながら意味が分からない。

 

「由紀から聞いたぞー。もう意地はるのやめたんだろ?」

 

 どうあっても僕に呼び捨てさせたいらしい。ええい、ままよ!

 

「じゃ、じゃあ、く、く、胡桃」

 

「どもりすぎだろ! 普通に呼び捨てにするだけだろーが。変な秀樹」

 

 懐かしいやり取りだ。本当にここに戻ってきたんだな。思わず涙が零れそうになる。

 

「って! 泣くほど辛いのかよ!」

 

 どうやら違う方向に勘違いしてしまったらしい。そして相変わらず胡桃君のツッコミのセンスは一級品だ。打てば響くとは正にこのことだろう。

 

 

 

 

 

「そーだ! 体育祭、しよう!」

 

 突然、由紀君が立ちあがり宣言した。なんでまた体育祭なんだ。とはいえ今日は特にすることもないので僕たちは由紀君の提案を受け体育際の準備を始めることとなった。相変わらず佐倉先生は空気だったがそれは致し方ない犠牲というものである。

 

 

 

 

 

 学園生活部は今日も平和であった。

 




 いかがでしたか? 主人公は口ではなんといっても所詮は人間でした。人間は化物にはなれないのです。衝撃の事実。主人公の話し方は学園生活部からみても鼻につくものだったようです。女子に真顔で指摘されたらきっと私は恥ずかしくて死んでしまうでしょう。そして、さらっと胡桃ちゃんを脳筋扱いする主人公の鑑。

 では、また次回に。

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