【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。ここまで長かった。

 2017年6月3日 胡桃ちゃんの苗字を修正。何で今まで気が付かなかったんだあああああ!


第十話 さいかい

「あ、そうだ。これを渡し忘れていた」

 

 モール入り口のもう割れて機能を果たすことのない自動ドアの前で僕は忘れていたことを思い出した。ホルスターに差し込んでいるそれをホルスターごと圭に手渡す。

 

「えっ、これって……」

 

 僕が手渡したもの。それは拳銃である。彼女は手渡された物の予想以上の重みに少し手をふらつかせていた。

 

「警察が正式採用しているS&W M37エアウェイトだ。引金を引くだけで撃てるが弾は五発しか入らないからよく考えて使うんだぞ」

 

 手にしたわかりやすい暴力の象徴に圭は首を振った。使えないということか。

 

「む、無理ですよ……。こんな危ない物、それに撃ったこともないし」

 

 彼女の言わんとしていることは尤もだった。突然、銃を手渡されて揚々として使おうとする人間などごく少数だ。とどのつまり僕の様な人種のことだ。

 

「無理じゃない、できる。なに、難しいことはないさ。撃つときは両手でしっかり構えてなるべく引き付けて撃てばだいたい当たる。それと銃口を人に向けないのと撃つとき以外は引金に指をかけないことを意識してればいい」

 

 僕の説得も圭には今一つ響いていないようだ。拳銃を見つめたまま黙り込む。

 

「君の気持は尤もだよ。でも、圭は友達を助けることを誓ったんだろ? だったら腹を括ってくれたまえ。今から行くのは地獄だ」

 

「とも、だち……。そう……ですね、わかりました」

 

友達という単語に思うところがあったようだ。圭は自分のベルトにホルスターを装着した。どうやら腹を括ったようである。

 

「じゃあ、行くぞ、圭。直樹君はきっと泣くことすらできないでいる」

 

「はい! 待っててね、美紀。絶対迎えに行くからね。でも、先輩?」

 

 まだ何かあるのか。いったいなんなんだ。

 

「なんだ、早くいくぞ」

 

「秀先輩……。行くのはいいんですけどその手にもった物はなんですか? 洗浄機?」

 

 彼女の視線は僕の手にした火炎放射器に注がれていた。なんだ、そのことか。

 

「元高圧洗浄機、現火炎放射器だ。もういいから早く行こう」

 

 唖然とする圭を横目に歩き出す。自動ドアを越えればそこは地獄だ。

 

「か、火炎放射器ってなんですか!!って、待って下さいーい!」

 

 僕たちの救出作戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思っていたよりかは少ないんだね。一階は通り抜けできるからかな」

 

 意を決してモールの中に入った僕たちであったが、僕が予想していた奴らの大軍はどこにも見当たらず、閑散としていた。

 

「そう、ですね……」

 

 そうは言ったものの圭の表情は険しかった。それもそのはず、いくら閑散としているとはいえ奴らがいないわけではない。現に僕の視界の先には数匹の奴らがたむろしていた。

 

「まあ、いないならいないでいい。早く五階に行こうか」

 

 僕たちは急ぎ足で階段を目指す。進行方向の先にいる奴らは倒さず。小銭を投げて気を取られているあいだに通り抜けた。僕としては進路上の障害物は全て粉砕していくのが好みなのだが、自分から隠密行動と言った手前それをするわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

「ストップ。階段の前に一匹いる」

 

 視界の先には一階から各階に続く階段がある。目当てはすぐそこなのにそれを邪魔するかのようにゾンビがうろうろしていた。僕は静かに腰のナイフを引き抜く。

 

「あの、私にやらせてもらってもいいですか?」

 

 僕を制止するように圭は肩を掴んできた。どうやら自分でやってみたいらしい。まあ、このくらいならいいだろう。

 

「構わない。でも、無茶はするんじゃないよ」

 

「はい」

 

 大きな声を出せば気づかれるため小さな声で返事をする。彼女はモップを構えると階段の前にいる奴に恐る恐る近づいていった。奴は地下の食品売り場に続く階段を呆けっと見たまま彼女に気が付かない。

 

「……えい!」

 

 モップを突き出す。僕の教えた通りの腰の入った良い突きだ。効果は抜群。奴は大きく弾き飛ばされ階段を転げ落ちて行った。頭から落ちて行ったので恐らくもう死んでいることだろう。危なくなったら手を貸そうと思ったが杞憂だったようだ。僕は腰のナイフから手を放した。

 

「ハァ、ハァ、ハァ。や、やりましたよ。先輩!」

 

 かなり緊張していたのだろう。彼女は肩で息をしながら僕に近づいてきた。その顔は自慢げであった。

 

「あぁ、見てたよ。上出来だ。じゃあ、行こうか」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 それで十分だった。僕たちは階段を上り始める。一階から二階へと。二階から三階へと。徐々に目的の場所が近づく。僕は三階と四階の踊り場で一度止まった。

 

「どうして止まったんですか?ていうかさっきからずっと思ってたんですが、なんでずっとガム噛んでるの?」

 

 圭は首を傾げた。その疑問は尤もだ。僕はモールの入り口からここまで間、ずっと同じガムを噛み続けていた。味なんてとっくになくなっている。

 

「それは、まあ、置いておいてだな。一つ確認しておきたいことがあったんだ。大事な話だからよく聞いてくれ」

 

 圭が息を呑む。聞く姿勢は整った。

 

「今から五階に行くが、五階には君たちの知り合いだったものがたくさんいる。それはわかっているよね?」

 

「はい、わかってます……」

 

 圭の顔が歪む。昔を思い出しているのだろうか。

 

「僕たちは五階へ向かいそこからまた脱出しなくてはならない。道中では君の知り合いを撃つことや燃やすこともあるだろう。だから、事前に確認を取っておきたかったんだ」

 

「そう、ですよね……。わかってはいたんですけど……。あの、先輩?」

 

「何だい?」

 

「一度あいつらになってしまったら、もう二度と元にはもどれないんですよね?」

 

 そう、ワクチンなんてものもあったが基本的に噛まれてしまえば後は自我がなくなるのまでに自決でもしないかぎり例外なく奴らに成り果てる。

 

「そうだ。どんなに親しい人や好きだった人の姿をしていても奴らは、ただの亡者だ。君に話しかけることもないし笑いかけることもない。酷だと思うかもしれないがそれは紛れもない事実なんだよ」

 

 そう、どんなに人でもなってしまえばただの化物。例えそれが母親だったとしても。奴らはもう、僕に何も与えてはくれない。

 

「やっぱり、そうなんですよね。先輩、もしモールのみんなに会ったらその武器で全部燃やしてくれませんか?」

 

 それは遺されたものの願いか。それともただ投げやりになっているだけなのか。一つ言えるのは圭の顔は悲痛な覚悟に満ちたものであるということ。

 

「いいのかい? 変わり果てたとはいえ一度は同じ屋根の下で過ごした者達だろう」

 

「いいんです。きっとあの人たちもあんな姿になって永遠に彷徨い続けるのなんて嫌だと思うんです。だから、だから全部燃やして下さい!」

 

 圭は、どこまでも本気だった。本当に心の底からそう思ってるのだ。そこまで言われたら断る理由もない。

 

「いいだろう。盛大に弔ってやるさ。でも、それは直樹君を助けてからだよ。そうしないとその子蒸し焼きになってしまうだろうし」

 

「はい! お願いします」

 

 惨劇の舞台に力強い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直樹美紀は諦めない。朝、目が覚めたらまず顔を洗う。有意義な一日になるかは朝にかかっているからだ。

 

 直樹美紀は諦めない。毎朝、朝食を必ず食べる。どんな粗食でも我慢せず食べる。怠れば必ず代償を払うことになる。

 

 直樹美紀は諦めない。勉学には全力で取り組む。輝かしい将来のためには地道な努力が必要不可欠だからだ。

 

 直樹美紀は諦めない。昼も必ず食事を取る。バランスのいい生活はバランスのいい食生活からもたらされるのだ。

 

 直樹美紀は諦めない。教養を深めることも欠かさない。友人の遺したCDプレーヤーを使い音楽鑑賞に励む。

 

 直樹美紀は諦めない。それはいつまで続くのだろうか。明日か、それとも明後日か、はたまた一週間後か、一か月後か、一年後か、十年後か。

 

 それとも一生か。

 

「もう、いやだ!!」

 

 直樹美紀は諦めない。

 

「嫌だよ、こんなの。ねえ、どうして?」

 

 直樹美紀は諦めない。否、諦めることを許されない。

 

 

 

 

 

 ふと、扉の外で音がした。直樹美紀がそれに気づいたのは全くの偶然であった。

 

「誰か、いるの?」

 

 訊ねる。返事はない。ただ彼女の言葉が部屋に吸い込まれていった。

 

「そう、だよね……いるわけ、ないよね……」

 

 ここに籠っていったい何日が経過したのであろうか。共にいた友人は助けを求めて出て行ってしまった。扉の外には歩く死人どもが今か今かと待ち受けている。直樹は友人と共に出ることを良しとしなかった。それは臆病からくるものか合理的な判断からくるものか。今となってはわからない。

 

「いつまで……ここにいるんだろ?」

 

 生きていれば、それでいいの? 友人は別れ際にそう言った。彼女は例え無理だと分かっていても停滞することを拒んだ。ただ生きるのではなく人間として生きることを選んだ。

 

「負けない……。私も行こう」

 

 直樹美紀は諦めない。早速、必要な荷物を纏める。水と食糧を持てるだけ持つ。そして扉の前に立つ。もう邪魔なものは全て退かした。後はこの扉を開くだけ。

 

「圭、私も行くよ……。諦めないよ……」

 

 扉を開く。ゆっくりと外に出る。恐らく死は避けられないだろう。だが、彼女は諦めない。友人の後に続くのだ。勇気を示すのだ。己はただの生きる物ではないと示すのだ。直樹美紀は最後まで諦めない。だから、だろうか。

 

 

 

 

 

「……!…………!!」

 

 遠くで声がする。何処か懐かしい声。有り得ない。でも声はどんどん大きくなっていく。そんなはずがない! これは幻聴に違いない。

 

「…………紀! 美紀!!」

 

 徐々に近ずく足音。もう目と鼻の先だ!

 

「美紀ー! 美紀ー!」

 

 懐かしい声。もう、二度と聞くことは叶わないはずの声。

 

「そんな……? どうして?」

 

 そして姿は見えた。一直線に自分に近づく人。彼女は知っている。その声を。その髪を。その顔を。知らないわけがない、忘れるはずがない。

 

「美紀! 美紀!」

 

 直樹は自分に何かが抱き着くのに気が付いた。彼女はこの感触を知っている。忘れようもない。もう二度と会えるはずのない掛け替えのない彼女の宝物。もう失ってしまったはずのもの。

 

「け、圭……? 圭、なの?」

 

 力が強まる。たしかにこの感覚は現実のものだ。一度実感してしまえば、もう疑うことは出来ない。

 

「圭! 圭!」

 

「ごめんね、美紀。独りぼっちにしてごめんね! 本当にごめんね!」

 

 二人はお互いが存在することを確かめあうかのように強く抱き合う。気が付けば瞳からは涙があふれ出ていた。頬が涙で濡れる。今の直樹にはそれすらも心地よいものであった。これは紛れもない現実なのだ。夢などではないのだ。

 

 

 直樹美紀は最後まで諦めなかった。だから、これはきっと必然なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ほどはお恥ずかしいところを見せてしまい、すみませんでした。えと、私立巡ヶ丘学院高校二年の直樹美紀と言います。今日は本当にありがとうございました」

 

 そう言って僕に頭を下げるのは圭が言っていた直樹美紀だ。ここは二人が立て籠もっていた部屋。あの後、奇跡の再会を果たした二人は感極まって泣き出してしまい、仕方なく直樹君が出てきた部屋に舞い戻ったのだ。ちなみに二人の泣き声を聞きつけてやって来たゾンビは僕のナイフによって二度と誰にも迷惑をかけることはなくなった。

 

「美紀! この人、先輩だよ。本田先輩だよ! 知らない人じゃないよー」

 

 そう、圭の言うところによれば僕たちは、どうやら知り合いなのだという。記憶をたどってみればなにか引っかかるものがある。

 

「えっ!? 本田先輩って、この人が?」

 

 僕はカーペットに座り込んだ直樹君を見る。そうだ、思い出した。このガーターベルト、確かに覚えている。そうなのだ。直樹君は何故か制服の下にガーターベルトを履いているのだ。見れば見る程すごい趣味だ。

 

「この人がとは失礼だね、君。そうだとも、僕が巡ヶ丘学院高校三年C組の本田秀樹その人だとも」

 

「あっ、この妙に古臭い喋り方、本田先輩だ……」

 

 僕の認識はそれでいいのか。なにか悔しい。本人確認が顔ではなく言葉遣いだとは、それほどまでに浮いているのだろうか。まあ、どうでもいいか。僕たちは、今までの経緯とこれからの計画を事細かに説明した。

 

「よかった……。まだ生きてる人がいたんだ」

 

 圭と同じ反応。まあ、自分が人類最後の人間かもと思っていたんだ。そう思うのも仕方ないのだろう。この説明は圭に話したのと殆ど同じだ。ある部分を除いては。

 

「秀先輩! どういうことですか! 私たちを学校の近くに置いていくって!」

 

 そう、昨日圭に散々説得された僕であったがやはり学園生活部に戻るのは気が引けた。昨日は帰ってもいいかもと思ってしまったがよくよく考えてみたらやっぱり無理との結論に至ったのである。

 

「どうもこうもないよ。今更どんな顔してあの子達に会えばいい。それに僕は人殺しだ。やっぱり駄目だよ」

 

いきなりの言い合いに事情を知らない直樹君は困惑している。傍からみれば痴話喧嘩に見えないこともないがそれにしては内容が物騒だ。

 

「まだ、下らない意地張ってるんですか! そんなのは先輩が勝手に決めることじゃないでしょ!」

 

「け、圭? せ、先輩に失礼だって!」

 

「美紀も何とか言ってよ。この人ぜんぜんわかってないよ!」

 

「え? え?」

 

 これでは収拾がつかない。

 

「はいはい! この話は後で幾らでもするから! 今は脱出することが優先だろうに」

 

 僕のこの一言でやっと当初の目的を思い出したようである。おいおいそれでいいのか二年生。

 

 

 

 

「じゃあ、本当にいいんだね?」

 

 僕は圭と直樹君に確認を取る。直樹君は少し思うところがあったようだが圭の説得により最終的に僕の行動を許可してくれた。

 

「「はい……」」

 

 二人が同時に頷く。オーケー、行こうか。まず手始めにタンクの残量、空気圧を確認。次にノズルの先に取り付けられたガスバーナーを点火させる。肩紐を付けたお蔭でかなり動きやすくなった。

 

 近くのゾンビにノズルを向ける。これを使うのは本当に久しぶりだ。彼女達には悪いが少し、いやかなり楽しみだ。

 

「じゃあ、みなさん。これにてさようなら!」

 

 レバーを握る。各種燃料を混ぜ合わせて作った危険極まりない液体がガスバーナーの炎に引火。轟音と共に数千度の炎が撒き散らされる。五階には予めタンクの燃料を撒いた。瞬く間に炎に包まれるフロア。彼女達の作りあげてきた場所が燃える。全てが燃える。

 

 二人はその光景を黙って見ていた。この炎に彼女達は一体なにを思うのだろうか。僕にはとてもわからない。

 

「もう、危ないから脱出するぞ!」

 

 僕は彼女達に脱出を促した。ここで彼女達がどんな思い出を作ったのかはわからない。でも、一つだけ確かなことはもう、それは終わってしまったのだということだけだ。

 

 

 

 

 

「さっきはこんなにいなかったろうに!」

 

 僕たちは現在、二階の階段にいた。本当ならこのままとっととモールを脱出するべきなのだろう。でも、それを阻むものがいた。そう、奴らだ。

 

「さっきから床にサイリウムがたくさん落ちてましたしもしかして誰かきたんじゃないんですか?」

 

 直樹君の発言に僕は記憶を掘り起こす。確かにところどころ床にケミカルライトが落ちていた。きっとあれで奴らの気を逸らしたのだろう。彼ら彼女らにとってはゾンビを引き離せて万々歳だろうがとばっちりを受ける僕たちの身にもなってほしいものだ。

 

 とにかく今は情報が欲しい。僕は腰のナイフとカバーのない本体のみの手鏡を取り出す。そしてここに来てから噛み続けていたガムを口から取り出しナイフと鏡を接着。これで壁の向こうがわかるのだ。

 

「うわぁ……」

 

「先輩、ドン引きです……」

 

 後ろの視線が絶対零度に下がったと思うが僕は絶対に挫けない。本田秀樹は最後まで諦めないのだ。僕は過角の向こう側を鏡で観測する。案の定ゾンビだらけだった。この様子じゃあ一階も同じようなものだろう。仕方ないか。

 

「一度しか言わないからよく聞いてくれ。僕が二階のエスカレーターに向かって奴らを引き付けるからその間に君たちは階段を使って一階から僕の車へ向かってくれ。いいね?」

 

 要は僕が囮になるのだ。

 

「そ、そんな! あんな数相手に無茶ですよ!」

 

「そうだよ! 秀先輩。死んじゃうよ!」

 

 僕の無謀とも言える策に二人は必死になって制止しようとする。でも、もう決めたことだ。背中に背負った56式の安全装置を解除。ボルトハンドルを少しだけ引き薬室を確認。弾は装填済みだ。よし、いける。

 

「先輩!」

 

 二人の声を無視し僕は駆ける。走りながらイヤホンを装着し音楽をスタート。手始めに近くにいる4体のゾンビに一発ずつ7.62mm弾を叩きこむ。できるだけ引き付けるために僕はいつものように啖呵を切る。

 

「パーティーへようこそ!この糞ゾンビ共め!」

 

 歩きながら弾を叩きこむ。瞬く間に弾倉が空になる。撃ち漏らしたゾンビがゆっくりと僕を殺すために近づく。だが、遅い。僕は56式に元から付いている折り畳み式の銃剣を展開し頭に突き刺す!

 

「くたばれ!」

 

 倒れたゾンビから銃剣を引き抜きポケットから装弾クリップを使い再装填。そして狙いを付け撃つ、撃つ、撃つ! あと何発残ってる! 僕はポケットの上から残弾を確認。

 

「くそ、二十発しかない! なんで持ってこなかったんだ!」

 

 そう愚痴りつつもエスカレーターへ向かいながら近ずくゾンビ共を排除して回る。弾を撃ち尽くし薬室が解放される。だが、装填する暇はない。仕方なしに肩から下げた火炎放射器のガスバーナーを点火、すぐさまレバーを握る。

 

「こんにちは! 死ね!」

 

 エスカレーター前のゾンビ共が炎に包まれる。こいつらは火に猛烈に弱い。すぐに倒れ動かなくなる。一階を覗いてみれば大量のゾンビが僕目掛けて集まっていた。最高じゃないか。曲も山場に入った。気分は最高潮だ! 死ぬにはいい日というがまったくその通りだ! 僕は健気にも不慣れな止まったエスカレーターを上っているゾンビ共にノズルを向けレバーを握る。

 

「汚物は消毒だッ!」

 

 僕の人生で七番目に言いたい言葉を言ってしまった。炎が撒き散らされ射線上にいたゾンビ共は纏めて火達磨になりドミノ倒しのように転がり落ちる。見世物としては三流だがこいつは愉快だ。

 

「ふん、下に仰山いるようだな。本田秀樹の戦いを見せつけてやる!」

 

 56式を再装填する。火炎放射器の燃料は残り僅か。敵は多数、こちらは一人。敗色は濃厚。だが問題なし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩が! 圭、先輩が! 戻らないと!」

 

 直樹美紀は祠堂圭に引っ張らながら囮役を買って出た本田秀樹の身を案じた。その目には涙が滲んでいた。

 

「無理だよ! 美紀! 私だって行きたいけど。行きたいけど。あの数じゃあ!」

 

 視界の先には大量のゾンビがエスカレーターへと集まっていた。エスカレーターの頂点には本田秀樹がゾンビの頭に弾丸を叩きこんでいた。だが幾らゾンビを撃ち殺そうともその数は一向に減らない。

 

「先輩なら! 先輩ならきっと後で平気な顔して帰ってくるよ! だから今は出口をめざそう!」

 

 口ではそういっても祠堂圭は気が気ではなかった。また失うのか。もう誰にも死んでほしくはないのに。幾らそう思っても足が止まることはなかった。ここで戻ってしまえばなんのために彼は自らを犠牲にしたというのか。

 

 

 明かりが見える。出口だ。美紀はあれほど望んだ外だというのに一向に嬉しくはなかった。奇跡のような再会。それは喜ばしい。だが、その友人を助けた恩人はあそこで死のうとしている。助かったはずなのに気分は一向に晴れなかった。

 

「誰か、誰でもいいからあの人を助けてよぉ……」

 

 祠堂の願いは誰にも届くはずはなかった。だが、運命は彼女を見捨てなかった。

 

 

 

 

 

「いいぜ! 助けてやる。いくぞ、めぐねえ!」

 

 

 

 

 

 そこには希望があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、もう駄目かもしれないな……」

 

 グランドピアノの上で一人呟く。普段ならこんな罰当たりな行為は絶対にしないが、今回限りは仕方がない。なんせ僕の目の前には大量のゾンビ共がいるからだ。こいつらの知能は虫以下だ。こんな段差すら登れないほどに退化してしている。これが世界の覇者たる人類の成れの果てとはとんだ皮肉だ。

 

「本当にどうすっかなー」

 

 グランドピアノの上に座り込み煙草を咥えポケットからライターを取り出し火を点ける。濃厚なニコチンの味が僕の乾いた心に染みわたる。火炎放射器はとっくの昔に燃料切れになりゾンビ共に投げつけてしまった。56式の残弾も言わずもがなである。格闘戦を挑もうにもこうも四方を囲まれてしまえば嬲り殺されるだけだ。あと、残っているのはとっておきのブツと拳銃だけ。いや、拳銃はもう圭に渡していたな。

 

「どうして、こんなことしちゃったんだろうかな」

 

 本当にそう思う。本当なら少し引き付けたら自分も階段から降りていくはずだったのに。そもそも囮などしなくても適当に音がでるものを投げつければそれだけで問題なかったはずだ。だというのにこの有様。

 

「あぁ、そうか。僕は自棄になっていたんだ」

 

 僕の目の前で圭と直樹君はいとも容易く自分たちの仲を修復した。友情に致命的な罅が入っていてもおかしくはないというのに。彼女達はそんなこと知らないとばかりにお互いの身の無事を知り涙した。

 

 僕は、もう自分が何をしたいのかわからなかった。あそこに戻りたいのか。ただ、ゾンビを殺したいのか。全てがごちゃ混ぜになり僕は疲れ果ててしまった。そして終わらせようとしたのだ。自分の人生を。

 

「なんか、疲れちゃったな。もう、全部どうでもいいや」

 

 煙草を吸う。口に含みしばらく煙を転がした後また吐き出す。紫煙が宙にまった。もう、ここらでおしまいにするか。僕はとっておきを取り出す。

 

「まさか、これを使うことになるとはな。はははは」

 

 楕円形の本体にレバーと安全ピン。RGD-5。ロシア製の破片手榴弾だ。一つしかなくて飛ばすのは破片なので奴らに殆ど効果はないから、お守りとして持っていたのだ。レバーを握り安全ピンを引き抜くために指を掛ける。

 

「それでは、みなさん。さようなら」

 

 僕はピンを抜こうとして止まってしまった。るーちゃんの泣き顔が目に浮かんだからだ。僕が死んだらみんな泣いてくれるのだろうか。まあ、どうでもいいか。

 

 

 

 

 

 ふと、気が付くと目の前のゾンビが二体床に倒れていた。頭には矢がはえている。この矢は見覚えがある。そんなはずはない。きっと見間違いだ。

 

 でも、僕の否定に関係なく僕の前にいるゾンビに次々と矢が突き刺さる。いつしか僕の前は人が十分に通れる空間ができていた。

 

 何かのベルがモールに鳴り響く。反響しやすいモールで鳴らされたそれは途轍もない音量となり僕の耳を襲う。いつしか、僕を喰らおうとしていたゾンビ共はその大音量に身体を硬直させていた。

 

 目の前に誰かがいた。僕はこの子を知っている。綺麗な長いツインテールに八重歯。手にはいつものシャベル。背中には僕のあげた弓が。そんなはずがない。何故君がここにいるんだ。唖然とする僕の手を彼女は強引に掴みピアノから引きずり降ろす。

 

「本田秀樹! 16時36分! 身柄確保ー!」

 

「かくほー!」

 

 気が付けば僕は胡桃君と由紀君に両脇をがっちり固められ引きずられていた。いったい、いったい何がおきたんだ! 誰か説明してくれ。引きずられる中、横を見れば佐倉先生がクロスボウを構え辺りを警戒している。猛烈に似合っていなかったが。

 

 

 

 

 

 僕はモールの入り口まで引きずられるとそこで放り出された。身体が仰向けになる。身体を起こし、引きずられた足をさする。

 

「本田君?」

 

 後ろで声がする。ゆっくりと振り向く。そこには皆がいた。佐倉先生が、胡桃君が、悠里君が、由紀君が、るーちゃんが、圭と直樹君も立っていた。皆が安心した顔で僕を見た。ゆっくりと立ち上がる。ピアノから引きずり落とされたせいで身体中が痛い。皆何も言わずに僕を見ていた。何か言った方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

「え、えっと……。久しぶり?」

 

 僕の目の前に胡桃君が立っていた。あまりの速さに僕は気が付かなかったのだ。胡桃君は俯いていて表情がわからない。

 

「…………だ……」

 

 よく聞こえない。

 

「何が、久しぶりだぁッ!」

 

「ぐふぉ!」

 

 思い切り腹を殴られた。思わず膝を付く。今度は顔を殴られた。そのまま反対の頬を殴られた。突然の暴力に何も反応出来ずただされるがままになる。胸倉をつかまれ強引に持ち上げあげられる。

 

「みんな! 心配してたんだぞ!」

 

 顎にアッパーを打ちこまれた。思わず仰け反る。駄目だ。頭がクラクラして反応出来ない。

 

 ようやく、上体を起こすと既に胡桃君はストレートパンチの体勢に入っていた。それは、まずい!

 

「この、バカ秀樹がぁ!」

 

 そして放たれるストレートパンチ。元陸上部の身体能力とゾンビとの戦闘で培われたセンスにより放たれるそれは凄まじい威力だ。僕は数m吹き飛ばされるとそのまま意識を失った。

 

 気が付いた僕は縄で縛られ胡桃君の運転する僕の車の中にいた。横には圭と直樹君が心配そうにだが安堵の目で僕を見ていたとさ。一連の出来事はあまりにも劇的すぎて僕がそれを理解するのには少し時間を要した。だけど一つだけ確実にわかったことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は学園生活部に戻ってきたのだ。

 

 

 




 いかがでしたか?特に理由のある暴力が主人公を襲う! なお、主人公が囮役をしなくても入り口でスタンばっていた胡桃ちゃんに殴られる模様。

 そしてやっと出すことができた火炎放射器君はたった一話でリストラという体たらく。でも、ご安心下さい奴は火炎放射器四天王の中でも最弱なのです。ナイフと鏡をガムでくっつけるのはプライベートライアンの序盤の上陸戦から引用しました。あれって実際にくっ付くんですかね?

 では、また次回に。

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