【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。こいつ拗らせすぎなんだよ。


第九話 すくい

 

 祠堂圭にとって本田秀樹はよくわからない人間であった。初めてであったのは友人の直樹美紀と学校の図書室で他愛もない雑談に耽っている時。偶然、隣の席に座り偶然、直樹美紀の好むホラー小説を読んでいたことから気まぐれで声をかけたのが交流の切欠であった。

 

 本田秀樹は端的に言って変人であった。話す言葉は妙に古臭く興味のないことにはまるで関心をしめさない。文学少年といった面立ちなのに耳にはめたイヤホンからは激しいロックの旋律が漏れ出していた。ホラー小説を読みながらヘッドバンキングをする彼の姿はさぞシュールだったという。

 

 彼は、そんなよくわからない人間であったが祠堂圭は一つだけ確信していた。彼はどうしようもなく変人であるが決して悪人ではないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうです、先輩。似合ってますか?」

 

 そういって祠堂君は見せつけるようにゆっくりと身体を回転させる。その装いは以前の高校指定の制服とは違いミリタリー系の丈夫そうな服を身に纏っていた。

 

「ふむ、ちゃんと僕の言う通りの服装にしてくれたようだね。ブーツのサイズは合っているかね?」

 

「はい、大丈夫だと思います。でも、ちょっと暑いです」

 

 彼女の指摘は尤もであった。既に外は半袖一枚でも問題ないほどの暑さになっているというのに彼女の服は長袖のジャケットに厚手のブーツと完全に季節を間違えた装いだからだ。

 

「ジャケットもブーツも必要なのだよ。ブーツは足首を掴まれた際に身代わりになってくれるしジャケットも腕を丸出しにするよりは何十倍もマシだ」

 

 僕たちは大通りから外れたアパレルショップにいた。店内はここに来た時に掃除したのでいきなり襲われることはない。目的は祠堂君の服を調達するためだ。昨日僕に救助された祠堂君は僕に親友である直樹美紀の救助を依頼し、僕はそれを承諾した。とはいえ祠堂君は駅まで歩き続けたことによる疲労によりあまり長くは動けない。

 

いくら僕が奴らを相手することに手慣れていても満足に走れない女性を守りながら奴らの跋扈するモールを駆け抜けるのは無理というものだ。なので、彼女が休んでいる間に僕が適当な着替えを調達してこようと提案したのだが、彼女の頼みにより僕に従うとの条件付きでついてくることを承諾したのである。

 

「そうですよね……。先輩は暑くないんですか? すごい厚着してますけど」

 

 彼女は僕をジロジロと眺めると至極尤もな質問をしてきた。たしかに今の僕はレザージャケットを二枚重ね着し首元までファスナーを閉じている。下半身も丈夫なワークパンツと頑丈なブーツだ。冬ならこれでもまあお、かしくはないが今は夜でさえ半袖でも問題ないくらいの暑さである。はっきりいって僕の恰好は場違いもいいところであった。

 

「まあ、はっきり言って暑いよ。でも、こうでもしないと奴らと真正面から戦えないんでね」

 

「た、戦うんですか? あいつらと?」

 

 どことなく怯えた顔、これが正常な反応なのだろう。安全を確保するために退けたり無力化することはあっても自分から積極的に倒そうとする者はそうはいない。ましてや火炎放射器と銃火器で武装してまでする奴などは尚更だ。

 

 ここらで僕の本性を告げた方がいいかもしれない。このままいい人のふりをしてもいいが、それは僕の好むところではない。

 

「ああ、戦うとも正々堂々と真正面からね。駅で大量の焼死体を見ただろう? あれは僕がこさえたものだよ」

 

 これを聞けば僕をただの異常者だと思うことだろう。あとは適当に直樹君とやらを救助して学校の校門付近に置いていけば完璧である。

 

「せ、先輩? ほ、本当なんですか……」

 

「嘘なんてついてなんになる? 本当だよ」

 

 そうだ、もっと怖がれ。予想通りの表情に僕は自分の計画が上手くいくことを確信した。だが、それは祠堂君の次の発言で覆される。

 

「そう、ですか…………。でも、先輩が駅であいつらを倒してくれたおかげで私は無事に助けを呼ぶことができたんですよね? やっぱりありがとうございます」

 

 は? この子は今なんて言った? ありがとうございますと言ったのか。

 

「祠堂君、僕の言ったことちゃんと聞いていたのかい?」

 

「はい、ちゃんと聞いてましたよ! ちょっと怖かったですけど」

 

 怖いと言った彼女の顔。それは苦笑であった。

 

「ですけど?」

 

「なんか、ぶっちゃけ先輩ならやりそうかなぁって、あはははは」

 

 僕は、そんなぶっ飛んだ奴に見えていたのか。隣で苦笑する祠堂君を横目に僕は自身の評価について頭を悩ませていた。でも、まいったな。これで祠堂君が僕に程よく距離をとってくれると思ったんだが。

 

「というか先輩、私が似合ってるか聞いてるのに答えてくれてませんよね?」

 

 僕の発言をというか扱いか。祠堂君も中々にぶっ飛んでいるな。まあ、こんな地獄の中に一人助けを求めて飛び出すくらいだ。意外と度胸はあるのかもしれない。

 

「うん、似合ってる似合ってる。すごいよ、君」

 

「ひっどーい! すっごい棒読みなんですけど!」

 

 久しぶりの会話らしい会話。自分から切り捨てたはずなのに僕という男は、性懲りなくそれに喜びを見出してしまった。

 

「まあ、それは置いておいておくとして、制服はどうするかい? ここに捨てるか」

 

 祠堂君は長い間この制服を着続けていたのだという。匂いこそ嗅いでいないが絶対に臭うはずだ。

 

「えっと、とりあえず持って帰ってもいいですか? もったいないし」

 

 何やら思うところがあるようだ。別に無理な相談ではないので彼女の意向を反映することにした。

 

 その後、何をトチ狂ったか僕のコーディネートを始めようとした祠堂君を無理やり車に詰め込み僕たちは拠点に戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、これを持ってみなさい」

 

 ここは拠点の居間。僕は祠堂君に昔ながらの雑巾を挟むタイプのモップを手渡した。

 

「モ、モップですか?」

 

「見てのとおりモップだよ。なに、君にここの掃除をやらせようってわけじゃないから安心したまえ。ただの護身用だよ」

 

 護身用という言葉に祠堂君は思うところがあったようだ。少し身構えた。

 

「モールでは基本的に僕が奴らの相手をするけどそれでも撃ち漏らしというのがあるかもしれない。そんなとき丸腰じゃあなにもできないからね。最低限自分の身は守れるようにしないと」

 

「そ、そうですけど……。私、戦ったことなんてないし……」

 

 不安そうにモップを眺めている。何か勘違いしているようだ。僕が教えるのは倒し方じゃないのに。

 

「なにか勘違いしているようだから言っておくが僕が君に求めていることは奴らを倒すことじゃない。奴らを退けることだ」

 

「退ける。ですか」

 

「そう、そのモップは奴らを無力化するには力不足だが一時的に退けるだけなら十二分に役に立つ。ようは使い方次第だよ」

 

 その言葉にやっと僕が言いたいことを理解したようだ。祠堂君はモップを構えた。素直でよろしいことだ。

 

「そういうことですね! えっと、こんな感じですか?」

 

 祠堂君の構えは、はっきりって素人そのものであった。腋はがら空きでへっぴり腰だ。これではこけおどしにしかならない。

 

「惜しいな。うむ、ちょっと借してごらん」

 

「は、はい。どうぞ」

 

 手渡されたモップを手に取り構える。腰を落とし足を前後に開き腋は閉める。構えは中段ではなく下から突き上げるように。

 

「腹を突くのは得策ではない。人間相手ならそれでも十分に効果はあるのだが、生憎、奴らには痛覚などない。それに力も尋常じゃないから生半可な突きでは掴まれる危険があるんだよ」

 

 僕の助言を聞く祠堂君の顔は真剣そのものだ。ちゃんと聞いてくれている証拠だろう。そうでなくてはな。

 

「だから、こうして足の力を合わせ斜めから首元を狙い突くッ!」

 

 床に僕の踏み込みの音が響く。祠堂君は突然の行動に驚いたのか身体を震わせた。

 

「こうすれば上手くいけば転ばすことができる。奴らは足腰が弱いから一度転んでしまえばそう簡単には起き上がれない。もし仮に転ばせられなくても数mは突き飛ばせる。じゃあ、やってごらん」

 

 僕はさすまたの要領でモップの使い方を伝授する。最低限身を守れるようになってくれなくては僕が困るからだ。

 

「えっと、こうかな? えいっ!」

 

 小さいが力強い声が僕の鼓膜を刺激した。先ほどのとは違う腰の入った見事な突き、中々にセンスがあるようだ。

 

「うむ、上出来だ。後は、得物を突きだしたら手ごたえの有無に関係なくすぐに引っ込めることを意識してくれ。他にはモップの先端を膝裏に引っかけて強引に転ばす方法もあるがそれは女性の君には少し厳しいだろう」

 

 僕の厳しいという発言に祠堂君は眉をひそめた。何か気に障ったのだろうか?

 

「え~、折角なんですからそれも教えてくれませんか? 後、祠堂君なんかじゃなくて圭でいいですよ」

 

「はいはい、わかったよ。圭君」

 

「別に、君もいらないんだけどなぁ。というか秀先輩ってなんで私のこと君付けなんですか? 私、女の子ですよ!」

 

 考えたこともなかった。そう言えば何で君付けなんだ? 別にさんでもちゃんでも何でもいいだろうに。いや、ちゃんはないな。

 

「そう言えば何でだろうね? てか秀先輩ってまさか僕のことかい?」

 

「えっ、私に質問されても……。えと、秀樹先輩じゃちょっと言いにくくて。嫌でしたか?」

 

 上目遣いで見るな。かわいいだろうが。 

 

「いや、別に君が僕を何と呼ぼうとも僕は一向に構わない」

 

「よかったぁ。嫌がられたらどうしようかと思ってた。じゃあ、ついでに私のことも圭って呼び捨てにしてくださいよ!」

 

 じゃあってなんだじゃあって。前後になんの脈略もないではないか。その後、結局僕たちは呼び捨てにするしないでもめることにになり最後は圭君の涙目上目遣いのダブルコンボで陥落したとさ。嘘泣きだったけどな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、明日の作戦の説明をしようか」

 

 おふざけはあれで終わり。ここからは真剣な時間だ。圭君、いや、圭の親友である直樹君の救出案を練る。

 

「これが、君たちの生活していたモールに間違いないね?」

 

 僕はテーブルにモールのパンフレットを広げる。横に置いたランタンに僕の右手が影を作る。

 

「はい、間違いないです。美紀と一緒に五階の奥の倉庫みたいな部屋に立て籠もってました。でも、なんで秀先輩が地図を持ってるんですか?」

 

 至極真っ当な疑問。普通ならこんなパンフレット持ち運んだりはしない。ざっと見て捨てるだけだ。

 

「服屋でいったろう? 僕はゾンビ殺しを日課にしていたんだ。だから奴らの多そうな場所はだいたい目を付けていたんだ。まあ、このパンフレットはたまたま捨てるのを忘れただけだけどね」

 

「やっぱり本当だったんだ。すごいですね秀先輩……」

 

 僕は、そんな大層なやつじゃない。学園生活部の方がよっぽどすごい。この異常の中で、普通に生きることがどんなに難しいことか。

 

「それは置いておいてだな。圭君「呼び捨てにするって約束したじゃないですかー」失礼、け、圭。まずは作戦名から発表しよう」

 

 僕は一呼吸置く。彼女が息をのんだ。

 

「作戦名は、『作戦なし』作戦だ」

 

「はい…………。えっ?」

 

「え、じゃない。作戦なし作戦だよ。作戦なんてものは一切ない!」

 

 彼女の目線の温度が数度下がったきがしたが気のせいだと思いたい。圭は大きな溜息をついた。

 

「はぁー。えと、作戦がないならなんで説明するなんて言ったんですか?」

 

「作戦がないのは偏に情報不足にある。敵の数は未知数。恐らく百や二百は下らないだろう。作戦を考えようにもせいぜい音を立てずに行きましょうとかそんなだ」

 

 僕は基本的に作戦は立てない。上手くいったためしがないからだ。そんなことを考えるより火力に物を言わせたゴリ押しの方が上手くいく。量は質に勝るというやつだ。

 

「一応予定としては直樹君のいる部屋に辿り着くまでは隠密行動に徹して彼女を救出後は迅速に撤収する。しかし、状況によっては強硬突破することも覚悟しておいてほしい」

 

 僕は見せつけるようにSKSこと56式半自動歩槍を掲げてみせた。圭の表情は真剣そのもの、覚悟を決めた者の目だ。

 

「わかりました。美紀に会ったらその後はどうするんですか?」

 

 そう言えばまだ学園生活部のことを言ってなかったな。僕は圭に学校のこと、学園生活部のことを事細かに話した。僕以外の人間が生き残っていることに彼女は安堵の感情を抑えきれないようであった。

 

 

 

 

 

「よかった……。まだ生きている人がいたんだ」

 

 そう喜ぶ彼女の眼尻にはうっすらと涙が滲んでいた。

 

「ああ、そうだ。あそこには水も電気も食料も安全もある。おまけにみんなお人よしだからきっと受け入れてくれるはずだ」

 

「本当によかったよぉ……。あれ? でも学園生活部があるなら何で秀先輩はここにいるんですか?」

 

 気づいてしまったか。学校前で置いていくことも話さなければならないだろう。気が滅入るなあ。

 

「この話は少し長くなるんだ。ちょっと待っていてくれたまえ」

 

「は、はい……」

 

 席を立ち台所にあるウィスキーの瓶とこの家にあったカットグラスを持って椅子に戻る。

 

「先輩、それって……」

 

 僕はグラスにウィスキーを注ぎ一気に飲み干した。きついアルコールが喉を焼く。やっぱたまらんな、これは。

 

「なにって、見てのとおり酒だよ。まあ、それは置いておいてだな。僕が何故安全地帯を手放してこんなところで一人で暮らしていたか、だよね」

 

 彼女は僕の言葉に無言で頷いた。もう一杯注ぎ口に運ぶ。今度は少しづつだ。

 

「何も難しいことはないよ。僕は、あそこにいる資格がなかった。それだけのことだ」

 

「資格がないってどういうことなんですか? なにか悪いことをしちゃったんですか?」

 

 ちびちびとウィスキーを飲みつつ圭の言葉に耳を傾ける。うん、煙草が吸いたいな。でも、彼女の前で吸うのはマナー違反だ。未成年がマナー云々など片腹痛いが僕は人に迷惑をかけるのが嫌いなんだ。

 

「悪いこと、か。あながち間違ってもいないかもね。話は変わるけどね。ところで圭、この世で一番難しいことって何だと思う?」

 

「せ、世界で一番難しいこと、ですか?」

 

 僕に突然質問されたことで圭は困惑している様子だ。まあ、無理もないか。突然先輩が酒を飲みだしたと思ったら唐突に自分語りをはじめたんだから。でも、必要なことだ。酒を一口、うん。だんだん酔いが回ってきた。

 

「僕はね、世界で一番難しいことは、当たり前に生きることだと思っている」

 

「当たり前に生きる。ですか」

 

「さっき君は僕を凄い奴だと言ったな? 勇敢な男だと思ったな? 僕が武器を持って奴らを相手に戦えるからそう思っているのなら、それはとんだ間違いだ」

 

「ひ、秀先輩?」

 

 徐々に大きくなっていく声量に圭は驚きを隠せないようだ。僕は、それに構わず話を続ける。もう、ここまで言ったら全部ぶちまけてやる。どうせ、明日には別れるんだ。別に構わないだろう。

 

「いいか、よく聞けよ。本当に勇敢な奴ってのはな。当たり前の日常を当たり前のように生きる奴のことを言うんだ! 辛いことがあっても理不尽な目にあっても我慢して懸命に生きる奴のことを言うんだ! それは本当に勇気のいることなんだよ」

 

 もう止まらない。あふれだした感情が濁流となって流れ出す。

 

「僕は弱いから、臆病だから戦ったんだ。戦うことしかできないほど臆病だったんだ! 普通に生きることのどれほど難しことか。圭、壊れるのは簡単なんだよ。あの人たちはこんな地獄の中でも普通に今を生きていた。佐倉先生は凄い人だ。あの人は学園生活部の皆の責任を背負っている。背負う理由なんてないのに。そしてきっと死ぬまで走り続けるんだ。僕には、そんな勇気は持てない」

 

 僕の告白に圭は困ったようなよくわからない表情で僕を見ていた。そうだよな。意味わかんないよな。でも、僕は自分の口を止めることができなかった。

 

「僕は普通に生きる勇気なんて持てなかった。でも、あいつらは学園生活部は、こんな地獄の中でも笑って生きることができると証明し続けている」

 

 理由を説明するはずなのに僕はいつの間にか自分の胸の内を打ち明けてしまった。それは酒のせいか、はたまた誰かに聞いてほしかったのか。

 

「壊れることしかできなかった弱い僕と、懸命に今を生きている強いあの子達。そんなのが釣り合う筈もないだろう? まあ、それで、耐えきれなくなってね。自分から出て行ったんだ……。そんなところだよ。本当、それだけ……」

 

 僕は座っていたソファーに寝転がった。もう、今日は何もする気になれなかった。準備はもう整っているしこのまま寝てもいいかもしれない。圭は、まだ黙ったままだ。イカれた男だとでも思っているのだろうか?

 

「明日、直樹君を救助したら校門まで送っていく。僕が車のクラクションで校庭の奴らを引き付けるからその間に玄関から中に入って階段を目指してくれ。防火扉が閉まっていると思うが子扉は開くようになっているはずだ。そこからは自分達でなんとかしてくれ。僕はもう寝る。君も、もう寝たほうがいい。明日は忙しいぞ」

 

 彼女は何も言わない。僕は圭に背を向けて寝転がっているので今、彼女がどんな表情なのかわからない。

 

 後ろで席を立つ音がした。きっと僕を見限ったのだろう。情けない男だと思ったのだろう。それだ、それでいいんだよ。

 

「先輩……。こっち、向いてくれませんか?」

 

 こっちを向け? いったい何の話だ。僕は言われたとおりに身体を起こし圭の方を向いた。突如、頬に鋭い痛みが走った。

 

「……えっ?」

 

 視界の先には圭が手を振り抜いていた。そうか、僕は打たれたのか。でも、なんで?

 

「…………ないでよ……」

 

 圭の口から洩れた言葉は小さすぎて僕には聞き取れなかった。

 

「ふざけないでよ!!」

 

 彼女が叫んだ。それは何の脈絡もなく起こった。ふざけないでよ?

 

「何が、何が耐えきれないよ! 何が勇気がないよ! 意味わかんないよ! そんなの意地張って出てっただけじゃない!」

 

 今度は彼女の番だった。唖然とする僕をよそに圭は言葉を続ける。

 

「何で、そんな簡単に捨てちゃうの? 私はモールのみんなが、何もかも燃えちゃって凄い悲しいのに……。美紀を置いてきたことを凄い後悔してるのに……。何で、自分から捨てちゃうの? 全然、わかんないよ!」

 

 僕は圭の頬に涙が流れるのを見た。どうやら、泣かせてしまったようだ。

 

「意地張って出てって、それでかっこつけたつもりなの? 馬鹿じゃないの!? 置いていかれた人の気持ちも考えないで、一人で勝手に納得して! うっ、うぅ」

 

 それだけ言うと彼女は膝を付いて泣き出してしまった。僕は本当に駄目な男だなぁ。女の子を泣かせてばっかりだ。

 

「ごめんな、圭。本当にごめんな。泣かせるつもりはなかったんだよ。本当に僕は度し難い男だ。君の言う通りだ。僕は意地張ってかっこつけているだけなのかもしれない」

 

 泣き続ける圭の肩に手をやり慰める。僕は泣いている女の子の対処方法なんてわからないからただ、こうすることしかできなかった。

 

「秀先輩……。みんなに謝りましょ? まだ、やり直せますよ。また、一緒に暮らせますよ」

 

 気づいたら圭が僕の手を握っていた。その顔は涙で目が腫れていたが笑顔であった。この笑顔は見たことがある。そうだ、佐倉先生と同じ笑顔なんだ。

 

「駄目だよ……。僕は、僕なんかじゃ……」

 

 声が震える。そうだ、僕なんかがいたら彼女達を不幸にしてしまう。

 

「まだ、そんな意地張ってるんですか? 先輩ってやっぱり馬鹿なんですか?」

 

 突然の罵倒。しかも先ほどの感情に任せたものではなくしっかりと理性のある罵倒であった。僕は面食らった。

 

「誰も……誰も、先輩のこと嫌ってなんていませんよ。だって、だって先輩、学園生活部のこと話す時すごい楽しそうだったじゃないですか。そんな楽しかった場所が場違いなわけないじゃないですか……」

 

 楽しかった、か。そうだ、楽しかったんだ。僕は、あそこでみんなと暮らすのがたまらなく楽しかったんだ。

 

 胡桃君と下らない雑談をするのが楽しかった。悠里君と畑仕事をするのが楽しかった。由紀君にピアノを教えるのが楽しかった。佐倉先生をからかうのが楽しかった。るーちゃんを可愛がるのが楽しかった。

 

 楽しかった……。何もかもが楽しかった。あそこには未来は見えなくても希望があった。夢があった。

 

「僕、戻れるのかな? 僕なんかがいてもいいのかな?」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと謝って仲直りしたら元通りですから。みんな生きているんですから」

 

 頭を撫でられていた。どこまでも優しい手だった。僕は戻っていいのかもしれない。

 

「殴ってしまってごめんなさい。痛かったですよね?」

 

 そう言って僕の頬を撫でる。顔が近い。緊張する。

 

「いや、大丈夫。ゾンビに噛まれる方がもっと痛いからね」

 

 緊張しているのを誤魔化すためか僕は下らない冗談を飛ばしていた。ゾンビに噛まれるほうが痛いってなんだよ。

 

「クスクス、何ですかぁ?それ」

 

 そう言って僕たちは笑いあった。

 

 久しぶりに本当の意味で笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行こうか。準備はいいかい?」

 

 時は昼過ぎ。ここはモールの入り口。直樹美紀がまだ見ぬ助けを求めてまっている。僕は隣の圭に振り向いた。

 

「はい! 行きましょう。秀先輩!」

 

 僕たちは地獄へと突入した。 

 





 いかがでしたか? 前回モール編が始まると書いてしまって申し訳ございません。予想以上に圭との会話が伸びてしまい分割することにしました。

 作中にあった普通に生きること云々はジョン・スタージェス監督の「荒野の七人」から引用させていただきました。男気溢れるとても面白い映画ですので是非視聴することをお勧めします。

 では、また次回に。

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