【完結】また僕は如何にしてゾンビを怖がるのを止めて火炎放射器を愛するようになったか   作:クリス

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 書いていて思うこと。こいつエンジョイしてやがる。

2017年6月3日 圭の潜伏場所を修正。


第八話 ふたたび

 

 2015年○月○日

 

 学園生活部を去った。後悔がないと言えば嘘になる。でも、僕の選択が間違いだったとは思えない。少し長めの休暇だったと思えばいい。だけど、あの別れ方は自分でもどうかと思う。夜中にこっそり去っていくという選択肢はなかったのだろうか? しかも、あんな手紙を残してみみっちいたらありゃしない。

 

 彼女達の怯える顔が頭から離れない。覚悟して行ったはずなのに今すぐにでも謝りに行きたい衝動にかられる。思っていた以上に学園生活部は大切なものになっていたのだろう。今日は何もする気にならない。酒を手に入れたので一日中飲んでいようと思う。

 

 

 

 

 

 

 2015年○月○日

 

 二日酔いが酷い。何もする気になれない。

 

 

 

 

 

 

 2015年○月○日

 

 久し振りに物資の捜索に出かける。ゾンビは相変わらずのろまでまるで相手にならなかったがどうにも殺す気になれなかった。まだ引きずっているというのだろうか。我ながら情け無い男だ。

 

 クロスボウも弓もあそこに置いてきてしまった。元から殆ど使っていなかったので別になくても構わないが遠距離攻撃手段が銃だけなのは心許ない。ライフルと拳銃の残弾はまだまだあるがこれは大量駆除用に取っておきたい。弓を作るのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年○月○日

 

 拠点にあったポリ塩化ビニルのパイプで弓を作った。我ながらよくできたと思う。ただ、威力は、別として命中率はリカーブボウには遠く及ばない。胡桃君ならこんな弓でも当てるのだろうか。夕飯を自炊してみたが、火加減を間違えて失敗してしまった。作ってもらうことに慣れきってしまったからだと思われる。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 ずっと、拠点で燻っていても仕方がないのでゾンビ狩に出かけた。昨日作った弓も試してみたがやはり当たらない。15mが限界だ。しかも矢を作るのに酷く手間がかかる。これは完全に隠密用だな。ゾンビを殺せば気分が晴れると思ったがそんなことはなく42匹殺したところでどうしようもなく白けてしまい、そのまま拠点に帰った。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 今日もゾンビ狩りに出かけた。いつも車というのも味気ないので拠点にあった自転車に乗ってみた。広い道路を何にも邪魔されず自転車で走るというのは中々に気分がよく、正直いってゾンビ狩りよりも楽しめたかもしれない。だが、サイクリングに夢中になってしまいゾンビは21匹しか殺すことができなかった。これはよくない。

 

 本当ならマニュアルの連絡先に載っていたランダルコーポレーションか聖イシドロス大学に行くべきなのかもしれない。でも、今の僕には以前あった煮えたぎるような憎悪がない。いわゆる燃え尽き症候群というものだろうか。

 

 ふと、思う。僕は今まで何をしていたのか。何故そこまで奴らを憎む。母を見殺しにした罪悪感を奴らへの憎悪にすり替えていただけではないのか。彼等だって被害者だろうに。

 

 ただ、独り奴らを殺して殺して殺して殺して、それでなんだ。何になる。ただの自己満足ではないか。確かに奴らと戦うのは楽しい。アドレナリンが溢れ身体が昂揚感に包まれるのはたまらない。試行錯誤を重ねた武器が奴らを薙ぎ倒す光景など最高だ。でも、だから何だ。

 

 この答えが見つかるまで僕はゾンビ狩りを休業しようと思う。きっと僕は殺し過ぎてマンネリになっているだけなのだろう。だからしばらく別のことをして過ごそう。そうだ、それがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 昨日のこともあり僕は気分転換に川で水浴びと猟に興じてきた。川の水はあまりきれいではなかったがそれでも冷たくて大変気分がよくなった。猟と言ってもゾンビではなく鴨だ。慣れない弓というのもあって結局一羽しか捕まえることしかできず、拠点に持ち帰って食べようとしたが処理に失敗してしまいあまりおいしくはなかった。とはいえ久方ぶりの新鮮な肉の味に僕は夢中になってしまった。明日も行ってみようと思う。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 今日も川に鴨猟に行ってきた。慣れたおかげか今日は一気に三羽も仕留めることができた。感謝感謝。犠牲となった大量の矢のことを僕は忘れない。

 

 帰りがけにかなり状態のいいオフロードバイクを見つけた。近くにヘルメットを被ったゾンビがいたのできっと彼の持ち物だったのだろう。試しに走らせてみたところ問題なく走ったので、自転車の代わりに持って帰ってきた。途中、何度かエンストさせてしまったかコツを掴んだのでもう問題ない。

 

 仕留めた鴨は昨日の失敗を踏まえより丁寧に処理をして食べてみたところ非常においしく丸ごと一羽を食べきってしまった。とは言えまだ二羽残っているので明日も食べることができるだろう。悠里君に頼めばもっと美味しい料理をつくってくれるのだろうか?

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 昨日の鴨を食べて腹を下した。何も書けない。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 以前から気になっていた煙草を吸ってみることにした。結論から言うと僕は煙草にはまってしまった。濃い目の煙草を吹かすのが一番気に入った吸い方だ。佐倉先生に見つかったらまた反省文を書かされることだろう。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 食料が心許ないので別の拠点に移ろうと思い、商店街に作った拠点に移動しようとした。したというのはアクシデントが発生したからだ。商店街に佐倉先生の車が止まっていた。僕がたまたま下見のためにバイクで来てたまたま建物の中に入らなければばれていただろう。たしかに、僕は手紙に拠点の地図を同封したけれども、まさか本当に使おうとするなんて思いもしなかった。しかも、何故か胡桃君と一緒にいた佐倉先生の手にはクロスボウが握られていて不慣れな様子ではあったが確実にゾンビの頭に矢を叩きこんでいた。

 

 二人は何かを探しているようであったがやがて諦めたのか拠点の物資を車に詰め込んで去っていった。もしかして僕を探していたのだろうか。いや、そんなはずはない。あんなことをされたのにまだ追ってくるなんてただの馬鹿だ。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 あれから何度か学園生活部の皆と何度かすれ違った。佐倉先生はいつもいたが悠里君や由紀君が同行している時もあればまさかの全員で行動している場合もあった。全てに共通していることは僕の拠点にいるということと皆何かを探しているということだ。

 

 かくいう今日も見つかりそうになった。今日は本当にギリギリだった。あと少し隣の家の窓に飛び込むのが遅かったら僕は胡桃君に見つかっていただろう。割れた窓に無理やり飛び込んだから体中が痛い。

 

 もう、勘違いでもなんでもない。彼女達は僕を探しているのだ。いったい何故だ。考えてもわからない。でも、学園生活部が僕を探しているという事実を喜んでしまう僕がいることは紛れもない事実だ。自分から出て行って探していると知ったら喜ぶなんてどうかしていると思うが事実なので仕方がない。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 僕が以前追い払った男を見かけた。まさか生きているとは思っていなかったが、念のために尾行してみたところ、貸しビルの二階を根城にした生存者のグループを発見した。あのイカれた男の所属しているグループなので、どうせロクな集団ではないと踏んだが本当にその通りであった。

 

 酒でも飲んでいるのか薬でもキメているのかゲラゲラ笑いながら学園生活部のことを話していた。正確には学園生活部の襲撃の話を。きっと僕を探しているのを見られたんだ。あまりにも下劣な会話ゆえにこの日記にそれを記すことはないが、その場で飛び込まなかった僕はとても偉いと思う。

 

 数少ない生存者、本当なら助け合うべきなのかもしれない。でも、彼らは人ではない。人の皮を被った獣だ。僕の敵だ。必ず報いを受けさせてやる。学園生活部を傷つけようとした代償は大きいぞ。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 奴らが夜寝静まったころを見計らい襲撃した。出口を塞ぎ窓から火炎瓶をありったけ投げ込んでやった。炎と共に悲鳴が聞こえた。当然の報いだ。死んでしまえ。

 

 これで、はっきりした。僕はやっぱり戻れない。どこまでも壊れてしまった僕が学園生活部に所属する資格はない。別れたのは間違いではなかったのだ。だからこれでいい、これでいいのだ。

 

 彼女達には悪いが諦めてもらうほかあるまい。きっとしばらくすれば諦めるだろう。それまで待てばいい。

 

 

 

 

 

 2015年〇月〇日

 

 気まぐれでラジオの電源を入れてみたところ女性の声が聞こえてきた。内容は『シドー・ケイ』と名乗る女性が駅の北口の駅長室で助けを求めていることとその近くのモールの五階に仲間が一人いるので出来れば彼女を助けてほしいとのことであった。

 

 どうせ暇だ。幸いここからそう離れてはいない。この日記を書いたらすぐに出発する予定だ。助けることができたなら適当に学校の近くにでも放り出せばあとは学園生活部がなんとかしてくれるだろう。いわゆる丸投げというやつだが無駄に怯えさせるわけにもいかない。適材適所というやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは久しぶりだな」

 

 僕は駅前のバス停に車を止めて呟く。そう、ここは僕が以前、るーちゃんと出会う前、大規模な駆除を実行した駅だった。あの時はちょうど通勤ラッシュの時間帯で元会社員達が大勢押し寄せてきていた。

 

 僕は作ったばかりの火炎放射器で暴れまわり置き土産にスピーカー付きのナパーム爆弾を設置していったのだ。あれからどうなっているのだろうか?少し楽しみだったりもする。いくら休業中とは言えもなんだかんだいって血は争えないのである。

 

 

 

 

「よし、これに決めた」

 

 僕の手には自動式の拳銃が握られている。名をマカロフPMという。ソ連が開発した9x18mm弾を使用する中型拳銃でSKSを手に入れたのと同じ場所で発見した。恐らく樺太あたりから流れてきたのだろう。ご丁寧に銃身に螺子が刻まれ上からサプレッサーを装着することができる豪華仕様に見える。あくまでそう見える、だ。

 

「でも、これかぁ~。どうしよっかな」

 

 一見、今回の救出作戦にはベストな選択かと思われるこの銃であるが一つ重大な欠点があった。猛烈に動作不良を起こすのだ。原因は元の持ち主の管理不足だ。マガジンに弾を込めっぱなしですっと放置していたのだろう。弾を押し上げるバネがかなり緩んでいた。そのせいで何度も装填不良を引き起こすのだ。精度も下手したら警察のM37のほうが上かもしれない。だが、なまじ弾だけは大量にあるので扱いに困っているのだ。

 

「まあ、いいか」

 

 僕は結局、マカロフと弓を持っていくことにした。マカロフはサプレッサーが付いていてホルスターも持っていないのでベルトの間に挟む。流石に暴発されたらたまったもんじゃないので薬室には弾を込めずに携行する。これで準備万端だ。

 

「オーケー行くとしますか……」

 

 辺りはすっかり日が暮れている。車のバックドアから外にでる。生暖かい風だけが僕を祝福していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここは相変わらずそのままか……」

 

 僕は駅の改札口前にやって来た。以前、僕が焼き殺した大量のゾンビの死体は当然、放置されたままであった。

 

 置き土産の爆弾も上手く作動していたようで僕が最後に見た時よりもさらに多くの死体で埋め尽くされていた。これはひどい。

 

「さーて奴さんのお出ましだ」

 

 とはいえ全てのゾンビを殲滅できたわけではない。確かに、ここに来る習慣があったゾンビはほぼ全て殺したのだろう。それでも、奴らというのは酷く気まぐれだ。僕の視界の先にはゾンビが三体。酷く暗いため全くこちらに気づいていない。

 

 ゆっくりとマカロフのスライドを引き弾を薬室に装填、一番左の奴の頭に狙いを付け引金を引く。くぐもった銃声ともに9mmのラウンドノーズ弾が奴らの頭を砕く。まず一体。だが、銃声によって奴らが僕に気づいた。でも、これは想定内だ。

 

 サプレッサーまたの名をサイレンサーと呼ばれるものは日本では銃声を消すものだと思われている。しかし、本来サプレッサーというものは専用の弾薬を使った専用の銃を使わない限り精々電話のベル程にしか音は抑制できないのだ。

 

 僕はそのまま隣の二体に連続で発砲する。流れるような三連射。我ながら惚れ惚れする腕前だ。

 

「イピカイエーざまぁみって、あれ?」

 

 僕はわざとらしく銃口の煙を息で消した。ところで空薬莢が排莢口に挟まっているのを視認した。また排莢不良かよ。仕方ないので弾倉を入れ直しスライドをもう一度引く。これでよし。

 

「駅長室に向かおう」

 

 

 

 

 

 それから僕はチラホラといるゾンビ共をマカロフで始末しながら駅長室のある北口を目指した。途中マカロフが二回動作不良を起こしたことはどうでもいいことである。

 

「さて、ここかな」

 

 だが、そんな甲斐もあってか僕は駅長室と思われる部屋のドアの前に来ていた。周囲は暗くて普通なら灯りがないと見えないだろう。でも僕は自慢じゃないが夜目が効く。この程度の暗さならまるで問題にならないのだ。

 

 線路に電車は止まっていなかった。偶然他の駅に止まっていたようだ。正直ここに停車していたらとんでもない数の奴らがこの駅を占拠していただろう。その時は車を突っ込ませることぐらいしなくてはならなかったかもしれない。

 

 僕は駅長室のドアをノックする。わかりやすいようにリズムを付けてだ。

 

「おい、誰かいないのかね? いるならここを開けてくれ! 無理ならこじ開ける」

 

 中でごそごそ音がした。もしかしてもう遅かったか? 僕はマカロフをいつでも撃てるよう準備した。でも、それは杞憂だったようだ。

 

「い、いま開けますから……待ってください……」

 

 扉が開いた。でも暗くてよくわからない。ポケットからペンライトを取り出し中を照らす。放送器具、椅子、机 ロッカー。そして疲れ切った顔の女の子。しかも、僕の高校じゃないか。

 

「君がシドー・ケイだね? 放送を聞いてやってきた」

 

 彼女が小さく頷いた。どうやら彼女がシドーであることは間違いないらしい。罠も考慮したがこの様子じゃそうでもなさそうだ。

 

「よ、よかった……。ほ、ほんとに来てくれた……。助けに、来てくれたんだ……」

 

 彼女は今にも泣きだしそうな顔で呟く。この暗い部屋で独り、薄い扉の先には奴らが血肉を求め彷徨っている。相当な心細さだったのだろう。だから僕は座り込む彼女に目線を合わす。不安と安堵が入り混じった瞳が僕を見る。彼女の世界から見て僕は一体どう見えているのだろうか。

 

「君、今までよく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

 

「あ、あ、うああああああ!」

 

 それが限界だったのだろう。彼女は目から瞳から涙をあふれさせ僕にしがみつくとそのまま泣き出してしまった。これは前にも見た。違うのは年齢くらいかな。僕は彼女が泣き止むまで介抱することにした。顔から出る分泌液でジャケットがグシャグシャになったは致し方ない犠牲である。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……突然泣き出しちゃって……」

 

 落ち着きを取り戻した彼女は僕の手渡したミネラルウォーターを飲みながら申し訳なさそうに謝るのであった。

 

「それは気にしていないから構わない。それよりも怪我はしていないかい? 噛まれたりは? 正直に話してほしい。何もしないと約束しよう」

 

「噛まれてはいません。それだけは確かです」

 

 よし、噛まれていないなら問題ないな。僕は彼女に手を差し伸べる。ここから出るためだ。

 

「じゃあ、ここでずっと話すのもアレなんだし、とっとと行こうか。立てるかい?」

 

 僕の手を取る。小さい手だ。モールからここまでそこまで距離はないとはいえたった一人でやってきたのか。なんとも逞しいお嬢さんだこと。

 

 でも、彼女は立ち上がることができなかった。何度か足に力を込めたようだが、やがて諦めたようで僕を恥ずかしそうに見上げた。

 

「すいません……。こ、腰が抜けちゃったみたいで。ご、ごめんなさい」

 

 本当に申し訳なさそうに彼女は僕に謝った。恐らく極度の緊張状態から解放されたことにより気が抜けてしまったのだろう。よくあることだ。

 

「まあ、よくあることだよ。どれ、手を貸してごらん」

 

 差し出した手を握り僕は彼女の腋の下から首を差し込む。そして勢いよく肩に担ぎ上げた。僕の突然の奇行に彼女は慌てふためく。

 

「ちょ、ちょっといきなりなにするんですか!?」

 

「何って、君が動けないといったから運ぼうとしてるんじゃないか。僕なにか変なことしているかい?」

 

「そ、それは、そうですけど……」

 

 僕の至極真っ当な反論に彼女は言い淀む。あれか、もしかして恥ずかしいのか?

 

「お姫様抱っこやおぶるとでも思ったかい? 残念、ファイヤーマンズキャリーだよ」

 

「ファ、ファイヤーマンズキャリー? あ、あのもう少しこう……」

 

 どうにもこの担ぎ方がお気に召さないようだ。まあ、年頃の娘が物みたいに担がれていい気分はしないだろう。でも、これが一番僕に負担のない運び方なのだ。

 

「他の運び方にしてほしいだって? そりゃ無理だ。申し訳ないけど」

 

 そう、今の僕は背中にリュックを背負っている。まず、この時点でおぶるのは無理。次点のお姫様だっこは両手が不自由になるうえに腰に負担がかかる。消去法としてファイヤーマンズキャリーが選ばれたのだ。それにこれなら片手が空く。

 

「じゃあ、君、行くぞ。精々暴れないでくれたまえ」

 

「う、う~恥ずかしい……」

 

 顔は見えないがきっと真っ赤になっているのだろう。だが知ったことではない。僕は空いた方の手でマカロフを構える。これで準備完了だ。

 

「なに、月しか見ていないさ」

 

 

 

 

 

「う~、もうお嫁にいけない……」

 

 何とか車に戻った僕は車内で一休みすることになった。あの運び方はどうにも恥ずかしくてたまらなかったようで、彼女は未だに両手で顔を覆っていた。広い車内とはいえ二人もいると少し狭く感じる。

 

「あの時はあの運び方しか選択肢がなくてね。すまんね、君」

 

「もう、気にしてないから大丈夫です。あっ、そうじゃなかった!」

 

 彼女は僕に向き直ると勢いよく頭を下げた。勢いが良すぎて後ろで纏められた髪が床に垂れる。

 

「あの私、巡ヶ丘学院高校2年の祠堂圭って言います。さっきは本当にありがとうございました!」

 

 こうも気持ちよく礼を言ってもらえたのは学園生活部以来か。本当に未練たらたらだな、おい。

 

「まあ、どういたしましてと言っておこう。僕は君と同じ巡ヶ丘高校3年の本田秀樹だ。細かい話は拠点に行く間にしよう」

 

「はい、わかりました。あれっ…………? 本田秀樹って本田先輩ですか!?」

 

 祠堂君は僕の名前に大層驚いたようである。もしかして知り合いか? でもまったく記憶にないな。

 

「あ、よくみたら本田先輩だ。私ですよ、覚えていませんか? よく図書室で美紀って子と話してたと思うんですけど、先輩とも何度か話しましたよね?」

 

 本当に知り合いだったとは。皆目見当がつかない。図書室に入り浸っていたのは覚えているが誰と話したなんて一々記憶しているわけがないのだ。ましてやこんなご時世だ。すっかり忘れてしまっていても何らおかしくない。それだけ強烈な日々だったのだ。

 

「悪いが、皆目見当がつかない。恐らく君の言うことに間違いはないのだろうけど生憎と僕は人を覚えるのが苦手でね。すまんね、君」

 

「その、妙に古臭い喋り方、やっぱり先輩だ。でも……」

 

 僕の身体をジロジロと見まわす祠堂君。

 

「先輩って、そんなに大きかったかなぁ? もっとこう「痩せてた、かい?」そ、そうです」

 

 昔の僕はそんなに頼りない見た目だったのだろうか。もう、ぜんぜん思い出せない。

 

「歩く死体なんてものが跋扈している世の中だ。このくらい鍛えないとやっていけなかったんだよ」

 

 祠堂君はありえないと言いたげな顔で僕をみた。まあ、中肉中背だった知り合いに久しぶりに再会したらレスラーのような体躯に変貌していたら誰でも面食らうであろう。

 

「まあ、ともかく出発するよ。そこにいるのも構わないが置いてあるものには絶対に手を触れないでくれ。爆発してもしらないからな」

 

「ば、爆発!? ま、待って下さい。今、助手席に移りますから!」

 

 僕の爆弾発言に面食らったようで祠堂君は慌てて助手席に座った。僕は車を発進させた。暗闇にテールランプの怪しい光が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、熱いから気を付けて」

 

「ありがとうございます……。あっ、美味しい……」

 

 僕が差し出したココアを少しづつ飲みながら祠堂君は安堵の溜息をついた。ここは一軒家の居間。僕の拠点だ。当然、電気はつかないのでランタンを灯しているが、LED式なので風情もへったくれもないのが少し残念だ。

 

「ふむ、だいたい事情はわかったよ。大変だったね」

 

 あの事件の日、彼女祠堂圭とその友人の直樹美紀は駅前のショッピングモールで遊んでいる最中、奴らに襲われたが隠れることで奇跡的に難を逃れた。その後、モールの生存者達と共にバリケードはを築き生活していたが、ある日、バリケード内で感染者が出現。コミュニティは崩壊し祠堂君と直樹君は五階の一室に立て籠もり今まで生きながらえてきたのだという。

 

 コミュニティ内に感染者、か。ありきたりなパターンだな。おおかた誰かが噛まれたのを黙っていたのだろう。馬鹿なことをしたものだ。

 

「でも、なぜそこを出てきた? 食料も水もあったんだろう?」

 

 食糧も水もある安全な部屋で生きる。だが、祠堂はそれを良しとしなかった。彼女は助けを呼ぶために直樹美紀を一人置いて来た。その後は知っての通りだ。彼女は駅で立ち往生。僕に助けられ今に至る。

 

「あの時は、それが名案だと思ったんです……。というか先輩、それって」

 

 彼女の視線は分解されたマカロフに注がれていた。もしかして、東側兵器に興味があるのかもしれない。

 

「ああ、これかい? これはマカロフPMといってソ連で開発さ「あの、そういうのじゃなくて、なんで先輩が銃なんてもっているんですか?」ふむ」

 

 なんだ。銃に興味があるわけじゃないのか。少し残念だ。でも、彼女の疑問は尤もだ。平和だった日本社会において銃なんて言うものは基本的にスクリーンの向こう側の存在だ。しかも、明らかに軍用の拳銃。怪しまれないわけがない。

 

「簡単な話だよ祠堂君。銃を見つけたのは偶然で、使えるのは元からそういうのに目がなかっただけ。なまじ弾と的だけはたくさんあったからね数を撃って覚えたのさ」

 

「そ、そうですか……」

 

 彼女の顔は心なしか引き攣っていた。まあ、そんなものか。本物の銃を見て興奮するなんて人間はごく少数なのだ。

 

「って、そうじゃなかった! 先輩、折り入ってお願いがあります! どうか、どうか美紀を助けて下さい!」

 

 彼女は自分の目的を思い出したのか、立ち上がり僕に叫んだ。それは祠堂君の魂の叫びだった。放送で聞いてはいたが面と向かって頼まれるのは始めてだ。

 

「君はわかっているのかい? その頼みは僕に命を賭けろといっていることを」

 

 そう、外には大量の奴らが生者の血肉を今か今かと待ち望んでいる。モールとなればその数は推して知るべし。彼女の頼みは言うなれば行って死んでくれませんかと言っているようなものだ。

 

「わかってます! 無理な頼みだってわかってるんです! でも、でも私は美紀にどうしても会いたいんです! 会って謝りたいんです! あんなのがお別れなんて嫌なんです!」

 

 どれほどの覚悟があれば言葉にすることができるのだろうか。祠堂君の言葉は本当にその者を思っていなければ発することのできない思いに満ちていた。

 

「どんなことでも、何でもします! だから、先輩! お願いします!」

 

 僕に祠堂君の頼みを受ける理由はない。いうなればこれは彼女のわがままだからだ。常識から考えてこんな頼みを受ける必要はない。

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、いいだろう。美紀君とやらを助けてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断る理由もない。

 

 

 

 




 いかがでしたか? 主人公はスランプに陥ってしまったようです。そしてやっと登場した圭ちゃんをまさかの消防士搬送というオリ主にあるまじき運び方をする始末。そこはお姫様抱っこだろーが! ちなみに塩ビパイプの弓は作者の実話です。意外と飛びますよ。次回はいよいよモール編です。

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