私はグルメである。   作:ちゃちゃ2580

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女、激昂。

 

 地図に無い町、バルバレ。

 キャラバンを率いて移動する砂上船は、此処最近場所を移していない。

 大砂漠と遺跡平原の境界で、随分と長い間、居を構えているらしい。

 

 カラッとした炎天下の中、市場は騒がしい。

 移動式の集会所がある以上、ハンターが多いと聞く。喧騒の大半は、彼等へ宛てた商売人の謳い文句だろう。

 ふとすれば陽炎さえもが見える中、絶え間なく声を上げて、よく倒れないものだと思う。

 私は暑いのが苦手なので、彼等には素直に尊敬の念を覚える程だ。

 

 市場を横切り、バルバレが誇る移動式集会所へ。

 中へ入れば、陽射しが遮られる。それだけで随分と温度が下がったような印象を受けた。

 とはいえ、それでも暑い。

 外の喧騒とはまた違う喧騒が、熱気を孕んでいた。主にそれが原因だ。

 

 ふうと息をついて、手近なテーブルに向かって、腰を降ろす。

 椅子に座るや否や、私の腰を突くような感触を覚える。

 ふと認めれば、この集会所で酒場を営んでいるらしいアイルーが、銀のお盆を頭に乗せて、佇んでいた。

 

「お食事ニャ?」

 

 何処の集会所でも良く見られる光景だ。

 バルバレ程大きな集会所でも、変わらないという所に、ふと安堵感を覚える。

 

 私は薄く微笑んで、首を横に振って返した。

 

「……ううん。ありがとう。今は良いよ。お水だけ貰える?」

「あニャ……珍しいニャ。お食事を忘れたままクエストに行かないよう気を付けるニャ」

 

 少しばかり残念そうなアイルー。

 私はお礼を告げて、お水を取りに戻っていった彼を見送る。

 その姿は小さいながらも素早く、そこいらに居るハンター達の間を縫うようにして、移動する。すぐに帰って来た。

 

 私が座る横長の椅子の端を踏んで、身軽に跳ねるアイルー。

 少しばかり乱暴にお水を置くと、彼は椅子の端に着地して、小首を傾げてきた。

 

「見ない顔ニャ。ハンターさん、何処から来たニャ?」

 

 物珍しそうに、私を眺めるアイルー。

 その仕草は可愛い。私は思わず頬を緩ませて、彼の頭を軽く撫でた。

 

「色々……かなぁ。旅のハンターって感じ」

「そうニャのか……バルバレには今日来たのかニャ?」

「うん。ついさっき」

「じゃあ、ギルドマスターに挨拶すると良いニャ。カウンターの端っこに座ってるニャ」

 

 そう言って、アイルーは前足を指す。

 促されて見てみれば、一目見てクエストカウンターだと分かる装いの部分、その端っこに、テンガロンハットを被った小さな老人を見つけた。その身体の大きさからして、おそらくは竜人族だろうか……。

 今は無骨そうなハンターと何かを話している様子だった。

 

「……うん。ありがとう」

 

 一頻り確認を終えて、私はアイルーにお礼を言う。

 手持ちの路銀から、少しばかり握って渡しておいた。

 それで満足したのか、アイルーはにこにこ笑顔で去っていく。

 

 冷たいお水を一口飲んで、ふうと一息。

 不意に辺りを見渡せば、誰一人として特別私を注視している様子も無い。

 バルバレの名が有名だからか、はたまたキャラバンの特色なのか、新参者は珍しくないようだ。

 

 まあ、期待通りというところ。

 ゆっくりと狩りが出来そうで何よりだ。

 

『貴女が行ってくれなきゃ、全ては終わりだ』

 みたいな事は言われないと思う。

 いや、言われても困る……。

 

 もう疲れたんだ。私は……。

 

 一〇〇人のハンターが居て、その中でも私は毎回『一握りの人材』に選ばれてしまう。

 それは決して不名誉な話ではないし、力を認めて貰えることは嬉しい限り。ただ、その分、私の意思は聞かれなくなっていく。『助けてくれ』との言葉が、私をがんじがらめにしていく……。

 酷い時は古龍の相手を休む暇無くやらされた事だってある。

 

 それも、一人で……だ。

 

 もうごめんだ……。

 命あっての物種。いくら大金を稼げても、死んでしまったら意味が無い。

 ついに私はギルドに除籍願いを出して、新天地を求める事にした。

 そして、此処に来たのだ。

 

 此処の話は随分と前から聞いていた。

 前の前……同じ理由で除籍してもらったギルドで、懇意にしていたやる気の無いハンターから、特に聞かされていた。今回の件も、そのハンターから紹介して貰ったと言える。

 彼曰く、何でも――珍しく――ギルドマスターがまともな人なのだとか。

 

 そう教えてくれた人物こそは、このギルドには居ない筈だが……まあ、割と感謝している。

 G級クエストでも戦えるくせに、上位クエストばかり行っていて、腕は立つのに功績を求めていないタイプの人。ただ、人情は篤くて、一度首を突っ込めば、最後までやり遂げる。その分、面倒ごとは、巻き込まれない限り目を逸らす人だけれど……。

 

――ありがとう。ボブ。

 私、此処で頑張らないように頑張るよ。

 

 そう思って、席を立った。

 認める先は、先のハンターを激励し終えた様子のギルドマスター。

 

 此処から、私のやる気が無い物語が始まるんだ。

 

 そんな思いで、私は挨拶に行った。

 

 

――なのに!

 

 何故私は早速、イビルジョーの討伐クエストなんてものに向かっているんだ!!

 それも一人で!!

 何で! どうしてこうなった!

 

『来て貰って早速なんだけどね……イノリさん。貴女個人への救援依頼が来ているんだ。ボブという名前のハンターのオトモアイルーからなんだけど……向かってくれるかい?』

 

 おいいい!!

 ボブぅぅううう!?

 

 イビルジョーに拉致されたって、どういう事よぉ!

 私の安寧を返せ。返すんだ。

 ボブぅぅううう!!

 

 事はテロス密林で起こっているらしい。

 バルバレの管轄からは外れるとの事で、とりあえずジャンボ村に向かう事に。

 その飛行船の中、与えられた自室で、ボブの代わりに枕をひたすら殴っておいた。

 

 

「イノリさん。お久しぶりニャ」

 

 ジャンボ村に着けば、早速と言わんばかりに懐かしい顔にお出迎えをされた。

 リオレウスの素材を使った赤と黒が基調の装備を纏っているボブのオトモアイルー『ぎゅうどん』だ。

 雇うその瞬間にボブが食べたかった食べ物の名前をつけられたという、とても可哀想なアイルーだ。

 毛の色も焦げ茶が基調で、残念ながら名前がぴったり似合っている事が悲しいかな。

 

 はあ……。

 もう来ちゃったものは仕方無いとして、恨み言はさっぱり忘れておく。

 私は小さく肩を落としながら、唇を開いた。

 

「久しぶり。……で、ボブは?」

「多分死んだニャ」

「そう」

 

 あっさりと述べるぎゅうどんに、私は特に突っ込みもしなかった。

 まあ、イビルジョーに拉致されたのだ。普通は喰われている。

 

 惜しい人物ではあるが、身を委ねているのは狩人の世界。

 昨日まで生きていた人間が、明日には死んでいる。それが普通の世界だ。

 尤も、相手がボブでなければ、もう少し私も表情を曇らせるところではあるけれど……。

 

「……で、もしも生きてたら助けないと後が煩いから助けてきて。って事よね?」

 

 まあ、要するに()()()()()

 ボブはやる気こそ無いけれど、腕はかなり立つ部類のハンターだ。

 もしかすると生きている可能性はある。

 それに、仮にボブが死んでいたとするなら、G級の実力を持つハンターを殺す程のイビルジョーを放置するのも、これまた考え物だろう。

 

 砕けた口調で確認すれば、ぎゅうどんは石畳の上でとても綺麗な敬礼をした。

 

「ですニャ。ぶっちゃけ旦那さんはどうでも良いから、イビルジョーは討伐して欲しいニャ。蹴られたのニャ。痛かったニャ。全治三ヶ月ニャ」

 

 イビルジョーに蹴られたぐらいで全治三ヶ月は大袈裟だ。

 ついでに本当にどうでも良いのなら態々呼ばないで欲しい。

 

「大体三〇を越えたおっさんハンターを拉致するなんて、あのイビルジョーも可笑しいニャ。最近じゃビールばかり飲んでるから、きっと喰ったら酔うニャ。酔っ払いは断じて看過出来ないニャ」

 

 冗談が過ぎるぎゅうどんに、私は溜め息混じりで「はいはい」と生返事。

 まあ、ボブと行動を共にしていたのは私が一五、六の頃だから、今から五年以上前ではあるのだけど……あの頃もぎゅうどんは主に対して割りと辛辣で、やけに冗長なきらいがあった。

 そのまま放置しておけば、どんどん話が脱線するだろう……私は拍手を打って、彼の視線を促す。

 

「……で? 結局それって何日前の話よ?」

「一週間以上前ニャ」

「えぇー……」

 

 いや、まあ、旧大陸から未知の大陸まで伝書を飛ばして、そこから私がこっちに来て……そりゃあ相応に時間は経っているけど……。

 

 私は溜め息をついて、ぎゅうどんにげんなりとした表情を向けた。

 

「生きてないでしょ……もう完璧イビルジョーを討伐してこいってだけじゃない」

「それで良いニャ。ボクも旦那さんの事は綺麗さっぱり忘れるニャ。ネコは三ヶ月あったら主人を忘れるニャ」

「私を五年も覚えていて、態々呼び出しておいて……」

「それはそれ。これはこれニャ」

「あっそ……」

 

 いや、まあ……流石に死んでいたら少し寂しいんだけど。

 ()()()()()が死んで、私の狩りに同行出来るって言ったら、ボブしかいなかったし……着いて来た例が無いけど。

 

 まあ、もしも死んでるのなら、お墓ぐらいは立ててやりたい。

 それもとびっきり立派なお墓を。

 とするなら、見かけだけ立派でも仕方無い。

 中にはちゃんと骨を入れておいてあげないと。

 

 食べられてなければ……だけどね。

 

 

 その後、私はジャンボ村で情報を集めてから、村を後にした。

 

 とはいえ、最近までテロス密林にイビルジョーが居るなんて、知られてなかったらしい。

 まだ生態系に影響が出る前で、此処最近も生態系そのものは安定しているんだとか。

 別のクエストで乱入されたとの報告も――ボブの一件以外――挙がってないそうだ。

 

 となると、イビルジョーの生態的に考えて……飢餓状態ではない様子。

 狂竜化も、獰猛化もしていないのなら、私の実力ならば一人で何とかなるだろう。

 無論、油断は出来ない相手だけど……私はパーティが苦手だし、仕方無い。

 

 ただ――面倒ごとは更に追加された。

 

『ハンターさん……凄腕だと聞きます』

 

 俯く老女。

 痩せ細った身体つきは、もう見るからに老い先短いことを知らしめるよう。

 その枯れ枝のような手で、力強く、私の鎧にしがみ付いて来た。

 

『ボブさんと同じ日、うちの孫娘が……密林に。今尚、帰ってきません……お願いです。見掛けたら……見掛けたら、何卒……』

 

 切羽詰った表情。

 聞けばその子はハンターじゃないらしい。

 病気で老い先短いその老女の為に、好物のキノコを採集しに行ったそうだ。

 それも……老女には黙って。

 

 知っていたら絶対に行かせなかった。

 ケルビにすら勝てない程、か弱い娘なのだ。

 

 老女はそう訴えた。

 その表情には藁にも縋るような気迫を感じて、助けて貰えるかもしれないという希望を前にしているようにも見えた。

 

 彼女は知らないんだろう。

 私達ハンターが、一日で何人死ぬかを……。

 

 だけど、私は頷いた。

 

『生きていれば、必ず……』

 

 

 因みにぎゅうどんは着いて来なかった。

 いよいよ名前を変えられそうだから、次のハンターには自分から名前を提示しようとして、その案を考えておくそうだ。……まあ、ぎゅうどんだから、仕方無い。

 

 ともあれ、イビルジョーの討伐だ。

 生きていたらボブもぶん殴っておきましょう。

 

 気を引き締めて、行くとしよう。




備考
・イノリ
 G級ハンター。
 以前まで居たギルドは……MHFとかで。
 確かギルドマスターがとんでもないクエ提示してくる筈。
 武器とかはまたの機会。

・ぎゅうどん
 牛丼とか付けられたら、そら怒るわな。
 私のネコの名前もぎゅうどんです。よくサボります。
 回復ネコなのに乙ってから笛吹くような奴です。

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