私はグルメである。   作:ちゃちゃ2580

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男、拉致。

 赤い仮面を着けた男だった。

 同じ色合いの丸みを帯びた甲羅を身体中に身に着け、背には一本の太い剣を持っている。

 それを一息に抜き放ちながら、彼は草の影から飛び出してきた。

 

「ちくしょう……何でこんな厄介な奴を見付けちまったんだ!」

 

 その男は一人。

 誰の援護も与えられずに、私へ向けて剣を構える。

 相変わらず彼等の言葉はさっぱりだが、どうにも切羽詰ったような声色に聞こえる。

 

――はて。

 

 所作こそ私が良く知るような人間だが、かつて出会ってきた猛者達は、私という強敵を前にしても、威風堂々とした出で立ちだった覚えがある。

 ふとすれば油断とさえとれそうな程、挑戦的な雰囲気を感じたりもした。

 無論、それは戦いの最中で、等しく消え去っていったが……序の序から怯えたような声を漏らす猛者は、初めて見た。

 

 ついでに……どうした事か。

 もう既に私は襲来に気付き、大剣の男も先陣を切ったというのに、何時まで経っても仲間らしき気配が窺えない。

 一体、何故……。

 

 そう思うものの、相対した男が動く。

 私の咆哮に及ぶべくも無い雄叫びを上げ、彼は私へ向けて一歩進んできた。

 その進んだ一歩をぐっと踏みしめ、剣の柄を強く握った。

 

 その姿を、私は知っている。

 あれは私が前へ距離を詰めれば、即座に解き放たれる()()だ。

 

 不用意に突っ込んだが最後、馬鹿みたいな力を籠めた一撃を脳天に食らうだろう。

 

 なら、話は簡単だ。

 その力が暴発するまで待てばいい。

 

「……ちっ!」

 

 男が溜めた力のやり場を無くし、剣を抜き放つ。

 縦にぶんと振られたそれは、鈍い音と共に大地を抉る。

 

 ふん。

 人間の知能の高さは理解している。

 だが、私の知能までは理解していないようだな。

 

 それは驕り。

 貴様等人間が、ヒエラルキーの頂点を自負するが如く、我が物顔で大自然を闊歩してしまうが故の、驕りだ!

 私は頂点である自覚が無いからこそ、貴様等に対して油断をする事は無い!

 

 私の激情と共に、轟と発熱する体内器官。

 胸を競り上がってくる強大なエネルギー。

 

 私は二歩後退すると、前方を薙ぎ払うように、それを口腔から解き放つ。

 

「くそ! やべえ!!」

 

 ブレスは男を今に呑もうとしていた。

 彼は何事かを叫びながら、それへ向けて身体を傾けている。

 

 私の十八番(おはこ)だ!

 当たればただでは済まんぞ。人間!!

 

 内心でにやりと笑うような感覚を抱く。

 それがブレスに影響せぬよう、自身を静めながら、私は前方を払いきった。

 

 が、しかし――頭を振った最後の余韻で、私はしかと認める。

 何の技術か、人間は私のブレスを横切るように、転身していた。

 その身体が漆黒のエネルギーに焼かれた様子は……無い!

 

 不意に思い起こす。

 

 そうだ。

 人間は私達に無い技術を持っている。

 

 確実に捉えたと思えど、彼等はそれを何事も無かったかのようにやり過ごす事がある。

 その際は決まって身体を転がしていたり、全てを投げ出すようにダイブしているのだが……何せそれでやり過ごされると、彼等にダメージは入っていない。

 それどころか、今正に、私は頭を振って隙だらけの姿を、晒してしまっている。

 

 そこへ男が活を入れるような声を出し、再度私へ向けて前転をしてくる。

 その最中、私の後ろ足へ剣の横っ腹を当ててきた。

 それ自体は大した威力も無いが……私は横目に、彼が剣を深く腰溜めにする姿を認めた。

 

 あれは……不味い!

 

 思わず私は尾を振るう。

 身体を真横に半回転させ、男の身体を吹っ飛ばした。

 

「ぬわっ!!」

 

 どうにも力を溜めていたり、決まった剣技を披露している最中は無防備らしい。

 私にとってはあの少女と大差ない大きさの男は、見るも無残に吹き飛んでいった。

 

「ぐぁ……いってぇなぁ。ちくしょうが」

 

 もう半回転して、男を見据える。

 うつ伏せになって、苦悶の声を漏らしていた。

 

 此処に至って、まだ援護が来ない……。

 この男自身、中々の腕はあるようだが……それでも一人で私を相手どるには、些か安全性に欠けているように見える。彼よりずっと強い猛者が、仲間を率いていたのだ。私を相手どるとすれば、仲間を連れていないのは腑に落ちない……。

 

 もしかすると、この男は偶々此処に居ただけで、私を屠りに来た訳ではないのではないか?

 不意にそう疑問を抱くと、目の前の男がゆっくりと起き上がった。

 

「くそ……一撃でこんなおもてえのかよ……。やっぱこいつの相手は、()()()にでも任せるべきだな……」

 

 男は何かをごちる。

 私が思案し、戦況が膠着しているのを察してか、こちらへの警戒は怠らぬ様子で、腰元のバッグを開いていた。

 

「こやし玉もねえし……無理だな」

 

 そして、何事かを再度呟きながら、バッグから小瓶を取り出した。

 それを仮面の内側に持ってきて……ごくり。

 

 拳を握り、両腕を肩の高さに掲げて、天を仰ぐ。

 一体それに何の意味があるのか……。

 正に、奇妙なポージングだった。

 

――って……そ、それは!!

 

 ハッとして思い起こす目覚めた時の思案。

 住処に放置してきた瀕死の少女。

 

 そうだ。

 私はあの何やら可笑しなポージングをとってしまうへんてこな液体を求めていたのではないか!?

 今、正に、彼はそれを飲んだのではないか!?

 

 驚愕する私は、ここぞという時に妙案を思いつく。

 

 良し。

 連れて帰ろう。

 飲ませる器用さを兼ね備えた人間も手に入るのだから、一石二鳥ではないか。

 

「良し。逃げるか」

 

 しかし、途端に踵を返す男。

 そして唐突に、猛スピードで走り始めた。

 

 その足の速い事。

 あっという間に背中が遠くなっていく。

 思わず私は呆気に取られた。

 

――は?

 え? ちょっと待て。まさか、あやつ、逃げようとしているのか……?

 

 私はハッとしてすぐに足を動かす。

 今に見えなくなってしまいそうな彼を追いかけた。

 

「ちょ! 追ってくんな!! こやし玉ねえんだよ!」

 

 その足は速い。

 少女がよろよろと逃げようとした時とは、比べ物にならない程の俊敏さだった。

 

 が、それでも、木々をかわしつつ、後ろを確認しつつで、私より随分と狭い歩幅の彼が、逃げ(おお)せる訳が無い。

 私も私で、凄まじい勢いで空腹になっていく感覚を覚えたが、此処で奴を逃がせば、あの至高の肉が遠のいてしまうような気がした。そう思えば、足は自然と前へ前へ出てくれた。

 

「ちょ、ちょぉぉぉ!!」

 

――待て!

 至高の肉!!

 

 最早、私の目には、彼の背中が、肉にしか見えなかった。

 彼こそが肉にしか見えなかった。

 

 故に思わず――がぶりといった。

 

「ぎゃああああ!!」

「だ、旦那さん!?」

 

 男を咥え上げて、断末魔のような叫びを聞く。

 それと同時に、私の目には肉として映りさえしないような、小さな生き物の声を聞く。

 

「ぎゅ、ぎゅうどん! 良い所に! 助けてくれ。こやし玉がねえん――いってえええ!!」

 

 男が何事かを、その生き物へ叫ぶ。

 するとハッとした様子で、その生き物は得物を構えた。

 

「旦那さんを離すニャ!」

 

 が、その生き物に興味は無い。

 私はこの()さえ連れて帰れば良いのだ。

 

「ニャァァアッ!?」

 

 故に、歩くついでに蹴り飛ばしておいた。

 

「ぎゅうどぉぉぉん!!」

 

 男の叫びが、密林にこだましていた。

 私は彼を咥えたまま、住処へと帰ることにした。

 その間、彼はずっと何やら叫び続けていた。

 

 

 移動する内、幾つかの牙が男に刺さってしまったらしい。

 最近の寝床にしている洞穴へ辿り着いた時には、彼は既に虫の息だった。

 

 やはり人間は脆い。

 しかし、件の少女と違って、彼は失神こそしていなかったようだ。

 

 住処に着いて、少女を認め、そこで『待て、私。この人間を喰らってどうする』と思い至った私。

 男を乱暴に吐き捨てれば、彼は苦悶の声を上げながら呻いていた。

 

 少女の容態は悪そうだ。

 起き抜けに認めた時より、更に血色を無くしている。

 うわ言を呟いていた唇も、もう動いてはいなかった。

 

 どうやら早いところ、男に治療させないといけないようだ……。

 

 少女に気付かないまま、息も絶え絶えな様子でバッグを漁る男。

 そこから緑色の液体が入った瓶を取り出して、寝転がったまま、彼はそれを仮面の下に……ごくり。

 流石にこの状況であの奇妙なポージングは披露されなかったが……大きく息をつくような仕草をして、彼はうつ伏せのまま、四肢を投げ出した。

 

 その彼を……少女の方へ、蹴っ飛ばす。

 

 早く気付け。間抜けめ。

 

 無防備だった男は、そのまま大地を跳ねて、少女の傍らに転がった。

 何事かを叫びながら、彼は身を起こして……そこで漸く、少女の姿に気が付いた様子。

 

「……うん? この子……今朝、船に乗っていた……」

 

 思わずといった様子でこちらを一瞥し、私が危害を加えるつもりが無い事を確認して、男は再度少女を認める。

 仮面を顎から引っ張り上げて、頭上へずらせば、その下には褐色の肌色が現れた。

 精悍な顔立ちをした男は、今一度こちらを振り向く。

 私と視線を交わし、再度少女へ視線を落とす。

 

 どうやら困惑しているようだ。

 私の意図が読めず、私という捕食者を前に、無防備な姿を晒す事を警戒しているようにも見える。

 

 まあ、人間は知能に優れてはいるが、身体的にはとても脆弱な生き物だ。

 知能が優れているからこそ、それを弁えているのだろう。

 

 私は已む無く、後ろ足を崩す。

 尾を大地に着け、とぐろを巻く――程、尾は長くないが――ような体勢で、彼を見守る事にした。

 

 すると、男は物珍しげに目を瞬かせる。

 

「……何だこいつ。まさか……助けろって言ってんのか?」

 

 男はぼやいて、少女を見下ろす。

 またもや私を一瞥してきて、そこで漸くバッグを漁り始めた。

 とはいえ、視線こそは私から逸らしはしない。

 

 ふむ。

 どうやらその男、中々の手練(てだれ)である事は間違いが無さそうだ。加えて、何よりも自分の命を優先していそうな所を見るに、私の背に傷をつけた猛者と同じ匂いがする。

 色んな猛者を蹴散らしてきたが、生への執着が強い者や、引けぬ立場の者程、手強いものだ。

 無論、それは人間に限らず。

 

 まあ、今現在においては、この男を喰らうつもりは無い。

 私は首を下ろして、更に隙を晒す。

 よくよく見れば、男は丸腰。得物を何処かへ落としてきてしまったようだし、距離も離れている。さしもの人間とはいえ、危険性は低いだろう。

 加えて、私には争うつもりが無いと知れた方が、より献身的に少女を介抱してやれる筈だ。

 

「おい……嬢ちゃん。聞こえるか?」

 

 私の意思が通じたのか、そうでないのか。

 男は私から目を逸らし、少女に件の液体を飲ませようとしていた。

 

 暫くすれば、少女が呻き声を上げて、男が彼女を抱き起こすような様子も見てとれた。

 

 良し……。

 これで一先ずは及第点といった所か。

 あとは至高の肉を頂戴するだけだ。

 

 

 して……どうやって伝えれば良いんだ?




備考
・ボブ
 大剣使い。原作なら有り得ないが、武器を何処かに落としてきた。
 ジョーさんが察する通り、自分の命が大事。

・ぎゅうどん
 オトモ。
 旦那さん察知能力(謎)は無いって事で。
 あったら色々困る。

・今朝の船
 移動用の船。密林に行く場合は使ってるし。
 ボブは夜、シャンヌは昼の採集でもやってたんじゃないかな。
 シャンヌはハンターではないけど……まあ、何か理由があるんでしょうねー(おい

※追記
 前ページでジョーさん視点『翌日』と言ってました。
 でももう完結から時間経ってるので修正しないでおきます。
 ジョーさんの腹時計が勘違いしてるって事でオネシャス。

 次回はジョーさん視点外れます。
 相変わらず一人称で書きますけど。

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