あまり長くする予定はありませんが、少しだけMH4の世界観を活かした話を書いてみようかなと。
諸注意として
三人称なのでジョーさんのひゃっほいシーンがあるかは分かりません。
こまけえこたぁ良いんだよ。で、書きます。
感動(?)をぶち壊されたくない人はブラウザバック。
至高なる存在が絶えた。
闇を照らし、ねじ伏せる光は消えた。
長く、漸くの旅路であった。
我、渾沌なりて。
今、過渡を迎える。
※
移動式集会所、バルバレ。
キャラバンは今、遺跡平原の調査の為、これと大砂漠の中間地点に居を定めていた。
行商ルートが安定しない過酷な土地にも拘らず、在籍するハンターが優秀な為か、資材は潤っているようだ。この日も、きつい陽射しが照り付ける下、快活な声がキャラバンの中を飛んでいた。
「安いよー。安いよぉー!」
果たして何が安いのか。
目玉の逸品を見る為に、籠を提げた者らが足を止める。
恰幅の良い女性店主は、テントの影で汗を散らしながらも、気持ちの良い笑顔で様々な物を勧めた。食料に限らず、クエストへ向かうハンターの携行品に至るまで、店の品揃えは中々のものだ。そして、『安い』との謳い文句もあながち間違ってはいない。安いものは普段の値の三割引きといったところ。
この女性店主は、中々気前が良い事で評判だったが、普段は精々一割引き。それ以上となると、此処がキャラバンである以上、よっぽどの事だ。
不意に、通りがかかったうら若い女性ハンターが足を止める。
ちらりと店を窺う素振りを見せたが、その足は明後日の方向を向いたまま止まっていた。
としたところで、店主は彼女に気付き、「あら」と一言。どうやら顔見知りのようで、三人の客が日用品の品定めをしている姿をそっちのけにして、店主は彼女を手招きした。
「寄ってきな。今日は安いよ!」
店主の謳い文句が利いたのか、それとも別な理由か。
女性ハンターはこくりと頷くと、店頭へと歩み寄ってくる。
その気配を感じたのか、店頭に並ぶ客の一人がちらりと振り返って、その目を丸くした。
黒く長い髪の下、映る顔付きこそ若くみずみずしいのに、切れ長の目に宿る凛とした黒のなんと凛々しい事か。
着ている防具もその表情に見合って、実に高価なもの。
頭部には未知の樹海にて極稀に発見される花を模した飾り。手には機能美に重きを置いた手甲。胴体上下、足回りこそは軽装のようだが、これまた見た目にも神秘的な霊獣の毛があしらわれていた。
シルエットこそ軟弱に映るが、少しでもハンター業に携わる者が見たら、その眼を三度こすって刮目するだろう。貴族の式典に使われるような古龍の装備を、日常的に使えるハンターはそういない。
故に、この移動式キャラバンにおいて、数多いるハンターの中でも、その少女の名はあまりに有名。以前このバルバレに一時滞在していた筆頭ハンターさえもが「ソロで無ければ我々をも軽く凌ぐ」と言ったとか、なんとか。
それは世辞混じりの話かもしれなかったが、彼女の経歴はそれを裏打ちするかのように華やかなものだった。
特に最近はパーティを持つようになり、その活躍が更に目覚ましい。
「い、イノリさん!?」
客の一人が慌てた様子で店頭を譲った。
その声に他の二人も気が付いたようで、ゆっくりと後ろを振り返り、先の客と似たような反応を見せて、場所を譲る。
どうにも委縮させてしまったその様子に、イノリと呼ばれたハンターは顔をしかめた。
どうやら店に立ち寄るか迷った様子を見せたのは、これを危惧しての事だったようだ。
小さな溜め息をひとつ溢して、イノリは首を横に。
「気にしないで。携行品を買ったら、すぐ行くから」
委縮させてしまった者に、どう言っても仕方ない。
折角店主が呼んでくれたのだから、せめて何か買って行こう。
イノリはそんな心持ちで店頭に並ぶ数々の品物に目をやる事にした。
所狭しと並ぶ雑貨の数々。
物資が貴重なバルバレでは珍しい光景で、安いとの謳い文句も納得の値段。
しかし、一律して三割引きの値段ではない。ハンター御用達の携行品に関しては、最も安くなっているものでも一割引きに届いていなかった。安価なのは主に食用の肉や、ケルビ、ガーグァの毛皮ばかりだ。
にしても、その数はあまりに多い。
軽く見積もっても、一〇や二〇の数ではない。少なくとも三〇頭近くの素材が並んでいた。
生態系を崩しかねない程の過剰な狩りはギルドから禁止されている。
数が減ってくるとクエスト自体が無くなる上、今の時期は数が飽和するような季節でもなかった。
怪訝に思って、イノリは店主を窺う。
すると、彼女の聞きたい事を察したのか、店主は眉をハの字に曲げて、ふうと息を吐いた。
「ギルドからの回しもんでね。何でも、遺跡の至る所で小型モンスターが死んでるんだってさ」
何やらきな臭い話に、イノリは小首を傾げて、暗に『その先は?』と問いかける。
気が利くのか、店主は呆れたような笑みを浮かべながら、今一度口を開いた。
「密漁の類ではないってさ。いずれも大型モンスターに殺されたような跡があったって……ああ、でも、肉は加熱処理して食べるようにって言われたね。ほら、そこに書いてあんだろう?」
親指で促されて、イノリは視線を落とす。
大量に並んだ肉片の中心に、一本の立て看板があり、値段の横に『加熱処理をする事』と注意書きがあった。
それを見たイノリの視線はすっと細まり、小さく二度頷いた。
唇から零れた言葉は、「成る程」の一言。
それで納得したのか、イノリは一転して見た目に華やかな笑みを浮かべてみせた。
「分かりました。とりあえず、貫通弾全種と、通常弾二種を、一〇〇〇個ずつお願いします」
「はいよ!」
流れるかのような大人買い。
ぎょっとするのは他の客ばかりで、イノリは当然のような顔をしたまま、自宅への配送を依頼して行ってしまった。
ウェスタンルックな酒場は、この日も繁盛していた。
大きな円卓にはビールや肉が所狭しと並び、老若男女問わず、話の肴問わずで盛り上がる。あっという間に皿が空いて、グラスが空いて、追加注文の声が上がった。
盆を細い前足に乗っけて、人の隙間を縫うように走るアイルー達も、てんてこ舞いのご様子だった。
賑わう酒場は、良い集会所である証。
時にいきり立った若者が、老齢の騎士に噛みついて、拳骨ひとつで制裁されていても、それは『彼』にとって微笑ましい光景として映った。
酒場の一角を、カウンターの端っこで見詰める老齢の竜人。
頭より大きな金色のテンガロンハットの下で柔和な笑みを浮かべて、パイプをひと吹き。「ほっほほ」と笑う。
この老人こそが、バルバレの長であり、ギルドマスターだった。
こつり、こつり。
規律良いリズムで打ち鳴らされる足音が、ゆっくりと老人の方へ向かってきた。
老人がちらりと目をやれば、眼下に映る下半身はこちらを向いている。自分が腰掛けているカウンターの中に居る受付嬢ではなく、こちらに用があるようだった。
何千というハンターが行き交うこのバルバレ。
しかし、目に留めた下半身の装具だけで誰だか分かる程、その人物の印象は濃い。『ちょっと装備を整えてきます』でドンドルマに行って、帰ってこれる者はそういない。少なくとも大老殿の大長老が覚えている彼女の名を、自分が忘れる筈はなかった。
テンガロンハットを傾け、顔を拝む。
ギルドマスターはにっこりと笑って、彼女を歓迎した。
「私に用かね? イノリさん」
「ええ。少しお聞きしたい事がありまして」
一切の緊張なく、微笑を浮かべて答えるイノリ。
少女と言うには年を取り、女性と言うには垢抜けしていない。
しかし、此処に籍を置いて三年。
ちらと見渡せば、彼女の背を畏怖や尊敬の念を籠めて見やる者が居る程に、彼女は優秀だった。受注したクエストを失敗したのはたったの一度で、以降大きな怪我もなく、このバルバレが誇る一、二を争う腕利きになった。
経歴を聞けば当然の事のようにも思えるが、一部では彼女の可愛らしい容姿を蔑ろにして、『顔面抉り』なんて呼ばれもあるとか。勿論、イノリの顔が抉れている訳ではない。彼女が狩ったモンスターの多くが、顔面の原型を留めない程に、彼女の持つライトボウガンで射抜かれているからだ。
『顔面抉り』に『イビルジョーに食べられて生き延びた女』、『茹蛸親父』。
思えば、彼女が所属するパーティには、碌なあだ名を付けられている者が居ない。
パーティへの呼称だって、『肉焼き部隊』と、嫌味なのか、何なのか分からないものが付いている。ふと耳にしただけでは、とてもじゃないがバルバレの腕試しクエストを三連覇した者が在籍しているとは思えない。
ギルドマスターはパイプを咥える。
紫煙を明後日の方向へ吐き出して、イノリへ向き直った。
それで空気を汲んだのか、彼女は小さな会釈をして、本題に入った。
「遺跡平原にゴア・マガラが出現した……違いますか?」
淡々と述べたイノリ。
その顔付きは極々真面目で、何処か確信めいているように見えた。
ギルドマスターはパイプを指で遊びながら、何故そう思うのかと問い返す。
すると彼女は、市場に流通している小型モンスターの肉が飽和状態にある事を挙げた。
「遺跡近郊で虐殺行為を行うのはラージャンぐらいです。しかし、要加熱処理となれば、何らかのウイルスが入っているのではないかと思いまして……『狂竜症』を発症したモンスターも、虐殺行為を行いますから」
成る程。
それはとても正しい推理だ。
ギルドマスターは優秀な弁を述べた彼女を、素直に称賛した。
事実、その弁は自分が受け取った報告と合致している。
しかし解せない。
ギルドマスターの覚えでは、このイノリというハンターは、ギルドの創意こそ汲んでくれるものの、自らの意思でギルドに利を運ぶ性質ではない。狩りをするのは『自分の為』か、『誰かに頼まれた』から。
そしてその行動理念は、兄の死をもって培われたものだとも聞く。
正義感を振りかざして、勝てない相手に立ち向かった兄を、尊敬はしているが、同じくらい軽蔑している……と、随分前に酒の席で仲間に打ち明けていた。救けを求める手は、求められてはじめて応えるのがハンターであり、自分本位で救けに行くのは物語の勇者だ。とも。
それは少なくとも、気まぐれで変わる信条ではないだろう。
つまるところ、聞けば答えてくれるのが、このイノリというハンターだ。
ギルドマスターは素直に問い返した。
「どうしてそれを態々確かめに来たんだい?」
ゴア・マガラの出現は、確かに一大事だ。
居場所が特定され次第、討伐部隊の招集が行われるだろう。
それを先手を打って確かめに来ると言うのは、まるで自分が討伐部隊に志願しているようにしか見えない。言い方は悪いが、『見て見ぬふり』をする彼女の信条から、大きく逸脱した行為だ。
イノリは明後日の方向を見やる。
促されたような気がして、視線の行方を追えば、そこには数々の紙が雑に貼りつけられたリクエストボード。細かい焦点は分かりかねたが、そこにある一枚に、彼女らのパーティが依頼して貼り付けてあるものがあった。
『土地神様に奉納を』
天空山にて、こんがり肉を三個納品しろという依頼だ。
一見すると簡単な依頼だが、こんがり肉は必ずキャンプで焼く事と、肉の納品場所が少々特殊である事、そしてそのクエストにはイビルジョーの乱入があり、それは重大な生態調査の為に討伐してはいけない対象である事等、色々と異色な条件を出しているクエストだ。
報酬が良く、基本的に安全なクエストである為、今まで数人のハンターが受注しているが……ギルドマスターの記憶が正しければ、何度でも受けて良い羽振りの良いクエストであるにも拘らず、誰も二度目を受注していない。聞けば、『イビルジョーの踊りが夢に出てくる』や、『失念して応戦したら、あっという間にキャンプへ送り返されていた』とか。
ふむ。
成る程。
ギルドマスターは得心いったが、イノリは態々補足を入れた。
「この地域でシャガルマガラが出没したのは、天空山ですから」
それはイノリ達『肉焼き部隊』――不名誉ではあるだろうが、これ以外に呼び名が無い――がバルバレに来るより前の話。
当時もギルドマスターは同じ立場で、このギルドを治めていた。
あの時は、筆頭ハンター達と、『我らの団』に所属していた優秀なハンターが、これに対処した。
一時は筆頭ハンター達で行方不明者が出る程に追い詰められ、それでも『我らの団』のハンターが活路を見出し、解決してくれたのだ。あの一件があったからこそ、シャガルマガラやゴア・マガラに対する研究が進み、今やそれは全世界で役立つものとなった。
その研究成果から言えば、イノリが危惧する事はよく分かる。
当時、ゴア・マガラがシャガルマガラへ昇華したのは、天空山に封印されし扉の奥。それは偶然そうなった訳ではなく、天空山近隣に存在するシナト村にも、過去に似たような厄災が起きたという伝承があるのだ。
そして、その昔話によると、天空山に生きとし生けるもの全てが絶滅したとも。
初めて耳にした時は、出鱈目な御伽噺にしか聞こえなかったが、ゴア・マガラが振りまく『狂竜症』の存在と、その被害を目の当たりにして、いよいよそれが御伽噺ではない事は確かだった。
イノリが危惧しているのはそれ。
彼女や、その仲間達によると、非常にグルメ且つ、人々に友好的なイビルジョーが、かの黒蝕竜に侵されてしまわないかと案じているのだ。もしもそうなりかねないなら、天空山に辿り着くまでに、ゴア・マガラを討伐しようとも思っているだろう。
打算的な人柄だと思っていたが、中々どうして、それはハンター然としている。
人を守る為だけでなく、大自然の為、また言葉を交わせぬ友の為、己の窮地を恐れないのは、やはり勇者と呼ぶより、ハンターと呼ぶ方が正しいだろう。
ギルドマスターはパイプをひと吹きして、にやりと笑ってみせた。
「良いだろう。情報が入り次第、キミの耳に届くよう、配慮しておくよ。天空山の観測隊も、今より厚くしておこう」
対するイノリは、此処に来て初めて恭しく頭を垂れた。
「ありがとうございます」
その下げられた頭を見て、不意に思い起こす。
彼女が自分に頭を下げたのは、これで二度目だと。
一度目は、確か此処に来て間が無い頃。
『イビルジョーの討伐クエスト』を失敗して帰って来た時に、こうして頭を下げたのだ。
どうか討伐しないで欲しい。有用性は研究成果として上がってくるだろう。と、嘆願してきたのだったか。
特級危険種を見過ごすなんて、とんでもない話ではあったが、その熱意と正確な情報、何よりメゼポルタでの彼女の活躍を買って、渋々了解したものだが……。
それが此処に来て、彼女の戦う理由になるとは、何とも稀有な話。
実に可笑しく思えて、ギルドマスターは「ほっほほ」と声を上げて笑った。
所変わって、天空山。
いくつもの岩山が寄り添うようにして出来ているこの地は、狩場として推奨されている場所ですら地形が複雑で、未知の領域へ一歩出てしまえば、いつ足を踏み外しても可笑しくないような過酷な地形が広がっている。いや、『広がっている』と表現する事こそ可笑しく感じられるだろう。何せ、足を踏み外せば滑落するのだから、広がっているのは大地ではなく、空の青である。
そんな環境だからこそ、人の目につかぬ場所は多く存在し、様々なモンスターの隠れ家が至る所にあった。
そのひとつ、岩山の中腹に出来たがらんどうの洞窟に、奇特なイビルジョーが住んでいた。
事情を知らぬ者からすれば、G級個体の金冠サイズの恐暴竜。少しばかり知っている者からすれば、こんがり肉で小躍りを始める変なイビルジョー。詳しく知っている者からすれば、とてもグルメな優しいジョーさん。
最も身近で彼を呼ぶ声は、彼を『ジョー』と呼ぶ。
それはイビルジョーの種の名からとられたものだが、極々自然に呼ばれた『ジョーさん』という名は、一人、また一人と呼ぶ者を増やし、何時の間にか彼の呼び名として浸透していた。一部の観測所では、彼を『グルメジョー』と呼称しており、グルメという言葉が彼の性質を表しているのならば、やはり名前は『ジョー』で通っているのだろう。
さて、そんなジョーであるが、見かけは正しくイビルジョーである。
イビルジョーであるのだから当然なのだが、あくまでも普通のイビルジョーであるという事だ。
顎を突き抜ける程に発達した無数の牙にしろ、全身を覆うはち切れんばかりの爆弾筋肉にしろ、腹を空かせれば強酸性の唾液を垂らしてしまうし、不機嫌になると口からどす黒い竜属性のエネルギーを漏らすところまで、完全に至って普通のイビルジョーである。
個体的な特徴とすれば、中々に長寿である故か、身体の大きさは並みのそれではなく、これまで発見されてきたイビルジョーの中でも最大級のサイズに匹敵する事。そして、歴戦を潜り抜けてきた証としてか、背には大きな一本傷がついている事。
あくまでも見た目に拘れば、少しばかりレアなイビルジョーに過ぎなかった。
ジョーを語る上で、一番最初に挙げられる特色は、彼の内面にあった。
先ず第一に、『暴食をしない』。次に、『主食はこんがり肉』。そしておまけで、『人に不要な危害を加えない』。『理知的である』。と、挙げられる。
まるで御伽噺だ。
イビルジョーは本来、生命活動の為に凄まじいエネルギーを常時消費する。故に暴食を繰り返し、生態系を破壊してしまう。しかし、このジョーに限っては違った。
己の生態を理解しているのか、普段は身体を冷やして代謝の活性化を抑え、その上で必要な時に必要な量だけ力を揮っている。加えて、自ら飢餓に陥らないよう気を付けている節もあり、高度な知性も認められた。しかし何より、その知性が最も発揮されるのが食に対する拘りであり、『肉に火を入れて食う』と言う、人間染みたような行為を大層気に入っているらしい。舌に合った時は、小躍りまで披露するというのだから驚きだ。
とはいえ、イビルジョーの持つ竜ブレスでは肉を好みの焼き加減に出来ないらしく、彼の好みはもっぱら人が焼いたものに限る。それ故か、はたまた別な理由か、彼は紆余曲折の末、数人の信頼を勝ち取った。それが彼をジョーたらしめた起因であり、グルメジョーという呼ばれを得るに至った経緯だ。
そんなジョーは今、感動に浸っていた。
住処である洞窟の奥で、小さな焚火に照らされた凶悪な面構えを、『ふにゃあ』という表現が似合う程にだらしなく崩し、目付きと口角に半円を描いている。その顔付きたるや、恐暴性の欠片もない。世のイビルジョー研究者が、今、この個体を見たら、自身が記述してきた生態記録書をびりびりに破いて驚愕するだろう。
しかし、これは彼がイビルジョーだからではなく、ジョーであり、グルメであるが故の表情であった。
「美味しい? ジョーさん」
焚火をジョーの対面で囲う少女が一人。
愛らしい笑顔が似合う、何処かあどけなさを残した女の子。
白い防寒着のような防具に身を包んでいるが、その顔付きにはハンターらしさの欠片も無い程、威厳が無い。逆説的に言えば、柔和で、とても優し気な顔をしていた。歴戦を潜り抜けたハンターであれば、イビルジョーと向かい合って警戒心がゼロのような顔はしないだろう。しかし、その少女は、ジョーが安全である事を確信したように、彼に微笑みかけている。
いいや、彼女はジョーが安全である事を知っているのだ。
何せ、ジョーを此処まで『イビルジョー』という種から逸脱させたのは、彼女――シャンヌに他ならないのだから。
ハンター歴は三年。
階級は上位。HRは七。
見た目にそぐわぬ怪力と、どんな傷を負ってもあっという間に治ってしまうのが売りの少女。
脇に転がるスラッシュアックスを拾い上げれば、片手でそれをぶん回すわ、叩き付けるわで、所属するバルバレでも腕相撲大会で上位に食い込むとか。かと思えば、グラビモスの熱線を受けて「あっつい!」で済んだり、ティガレックスの突進を喰らって「あいでっ!!」で済ませたり……本当、見た目にそぐわぬタフなハンターだった。
そんなシャンヌの特技は肉焼きである。
彼女に『特技は?』と問えば、常軌を逸した怪力やタフさを差し置いて、即答するだろう。他の誰かに聞いたとしても、そう答えるかもしれない。
彼女が焼く『こんがり肉G』は、バルバレ一美味いと評判だった。
「はい。次焼けたよ」
「ぐぁぅ」
シャンヌが差し出したこんがり肉Gを咥え取り、イビルジョーらしくなく破顔するジョー。
彼の奇怪な表情の原因は、シャンヌが焼いた肉だった。
あまりの美味さに、ジョーは感動に打たれ、身悶えする。
ただ美味いこんがり肉を喰った時は小躍りするジョーだが、シャンヌが焼いたこんがり肉Gに限っては、もう表現しようがない喜びを感じているようだった。
そんな彼を見守るシャンヌは、やはり優し気な表情である。
長い睫毛の下、栗色の大きな瞳は慈愛に満ちており、すっと通った鼻筋から下、唇はやはり柔和な笑みを描く。普段は快活に笑う少女だったが、ジョーの前では淑やかな聖母のように微笑むばかり。
揺れる茶髪が焚火の明かりで煌めいて、それはそれは神々しくも見えるものだ。
少なくとも、ジョーにとって、シャンヌは友であり、理解者であり、女神のようでもあるのだろう。
こんがり肉Gをいくつも平らげると、ジョーは恭しくシャンヌへ向けて頭を垂れていた。その動作がイビルジョーという種族において、どういう意味を持つかは知られておらず、どんな生態研究書にも載っていない。
しかし、シャンヌは慣れた様子で彼の頭を小さな手で撫でるのだった。
焚火を囲んで、一人の少女と、一頭のイビルジョー。
傍から見れば危なっかしい筈の光景は、しかし姫と異形の怪物の恋物語を綴った御伽噺のようにも映る。
まさかシャンヌがジョーに発情している訳でもないだろうし、ジョーもシャンヌを相手に生殖行為を求める筈もなかったが、ただひたすら純朴に、信頼を重ねていった恋人のような関係が、そこにはあった。
やがて、満腹になったジョーは眠りにつく。
彼の前足にもたれかかる形で寄り添うシャンヌは、不意に視界の端に留まった彼の後ろ足をみやる。
左足に着けられた黒鉄の輪っか。
それは生態研究所が彼を無害と認め、彼を要保護対象と認可した証だった。
だけど、そんな証が無いと、彼は有害であり、誰かに駆除される存在である証明でもあった。
以前、ジョーを何処か大きな施設で保護してやりたいと、仲間に相談したが、結果はこの通り。彼を保護出来る環境は何処にも無かった。
理由は簡単。
この天空山こそが、彼にとって最も住みやすく、身体に害のない土地だからである。
気温が低く、それでいて極限下までは冷え込まない。
故に彼の代謝が安定し、食への欲求を低下させる。
これ以上低くとも、高くとも、いけないのだ。
だが、この天空山は彼の身体に優しくとも、彼の命にも優しいとは言えない。
不安定な足場は彼の自重に耐え切れない場所も多く、不意に滑落する可能性もあった。と言うか、実際に何度か滑落して、傷まみれにさせてしまった事もある。
何より、この天空山にはイビルジョーにとって天敵……とまではいかないが、あまり相性の良くないジンオウガの生息が確認されている。加えて、数年前に蔓延した『狂竜症』が最も濃い地であって、此処にはそれ所縁の場所もある。
本音を言えば、街で自分と一緒に暮らして欲しい。
ガーグァのように、人と共に暮らす道があって欲しい。
だが、仲間内でお馬鹿だと言われがちなシャンヌにも、分かる。
これは『エゴ』なのだと分かっている。
ジョーは既に大自然から逸脱した趣向をしているが、その生涯まで逸脱させてしまうのは、ハンターの生業である『人と自然の調和』を大きく破ってしまう行為だろう。少なくとも此処が彼にとって最適な環境である以上、それ以上の安全を求めるのは、過保護に他ならない。
あくまでもジョーは自然の生き物であって、人に飼いならされるべき生き物ではないだろう。
「ままならないなぁ……」
シャンヌはぼやいて、ぼうっと天井を眺める。
何ら変わり映えするものはなく、ただの岩壁が視界を埋め尽くすばかりだったが、『何も無い』という事が、自分とジョーの行く末を見ているようにも思えた。
つづく
検索欄には載せたいけど、完結してるから現役作品のランキングの加点を邪魔したくないんだけども、そういう設定は無いのかな。まあ、完結後もお気に入りいれてくれている人へのサービス的な感じなので、検索欄に載らなくても良いっちゃ良いんですが。
解説はしないけども、遺跡平原で虐殺行為をするのがラーだけってのは、正直疑問。ゲネルとかストレス発散で何かヤってそうですし……。
あと、ちょい風邪引いてて見直し甘いかもしれません。
後日文章調整するかも。だけど早く出したかったんです。
ご理解下さい。