きし、という木の板がきしむような音が聞こえ、私はまどろみの世界から意識を釣り出す。ぼやける視界に映る光景は、私の知らないもの。
「……知らない天井だ」
ふと、どこからか電波を受信してそうつぶやいた後、漸く意識がはっきりとして今の状況をはっきりと認識できた。
まず、背中に当たる感触が柔らかいことから地面ではなく布団に寝かされていたのだろう。その証拠に視線を下げてみれば、柔らかい毛布が体に掛けられていた。
次に、体を起こして周囲を探ってみる。襖と障子に四方を囲まれていて、障子からは朝日らしき光が漏れている。内装はないといって良いくらい少なく、申し訳程度に箪笥がおいてあるだけ。
体を起こしてみて気がついたのだが、昨日感じていた痛みやら疲労やらは完全に消え去っている。適切な処置が施されたのか、それとも気がつかない間に何日も眠り続けていて、その間に解消されたのか。
そういえば、よくよく見ると服も違う。記憶にあった真っ赤な服ではなく、見慣れない白と赤で構成されたやたらと肩口がスースーする服。
と言うか、昨日(と思われる日)の女性が着ていた服とほとんど同じデザインだ。そんなすぐに仕立てられはしないだろうし、お下がりなのかな。とそこまで思考が至ったところで、ここが何処なのか当たりをつけた。
「うーん、昨日の女の人の家、だろうなぁ。倒れた後お世話になっちゃったってことか」
「あら、子供がそんなことを気にしなくてもいいのよ?」
「うひゃい!?」
突然耳元で囁かれ、驚いた私は奇声を発しながら体を跳ね上がらせる。その際、ごちんと音がして肩に鈍い痛みが走ったけど、そんなことを気にする余裕もなく勢い良く振り返った。
「ちょ、いきなり声をかけないでくださいびっくりしたぁ! というか、いたならもう少し早く声を……って、どうしたんですか?」
「ふ、ふふふ……大丈夫よ、あなたの肩が私の顎にクリーンヒットしたなんて事実は全く無いわ。これは、そう……ちょっとダンゴムシの気分を味わってみたくなって。それで蹲ってるのよ……」
「それは精神状態としては大丈夫の部類に入らないのでは……? えっと、なんかごめんなさい」
若干自業自得な気もするけど、それを口にだすのは忍びなかったから素直に謝罪の言葉をかける。大丈夫よ、大丈夫だからもう少しこのままで居させて、と涙目でこっちを見てくる女性に頷くと、回復するまで対面で座って待った。
少ししてから回復したのか、目の端から雫を滴らせながら安心させるように笑いかけてくる。どう見ても無理して笑ってるようにしか見えないけど。
「えっと、相当痛かったんですね……本当、ごめんなさい」
「う、ううん。私もあそこまで驚くとは思ってなかったから、まともに入っちゃったの。もう大丈夫だから」
「そうですか……あ、えっと。昨日、でいいんですよね。その節は助けていただいてありがとうございました。こんな、服まで貸してもらってしまって……」
「ええ、昨日は災難だったわね。あまり見かけなくなってきているとはいっても、まだまだ居なくなったわけじゃないもの。一人で出歩くには、いささか危険だったわね」
「ええと……ああいうのって、このあたりだとよく出るんですか?」
「え? そうね、一週間に一体くらいは見かける程度だけど……あなた、見たことなかったのかしら?」
「はい……あんな化物、初めてみました」
「そう……だったら余計に、災難だったわね。あれは妖怪って言って、人の畏れを源に存在しているものよ。例えば、あなたは真っ暗闇って怖いと思うでしょう?」
「そうですね……何がいるかわからないですし、何かが居てもきがつけないですし」
「その『何かがいるかもしれない』って畏れが生み出した存在、それが妖怪よ。いわば、私達の子供って感じかしら」
「あんな子供は遠慮したいですね……」
「ふふ、そうねー。私としては、あなたみたいな可愛い子が子供だと嬉しいかしら」
「え、いや、あの……」
「んー、でもちょっと肌がしろすぎるかしら? これはこれで綺麗だけど、少し不健康にも見えちゃうわね……」
「えっと、見えてますかー? というか、聞こえてますかー?」
「決めた、今日からあなたには栄養のあるものを食べてもらうわね!」
「ダメだ聞こえてないやこれ……子供って話からどんどんずれて、って何処に行くんですか? あの、ちょっと?」
呼びかける声が届いていないのか、何やら気合を入れた様子の女性は足早に部屋を立ち去ってしまった。
その光景に呆然とするしかなかった私が再起動するまでに、数分の時間を要してしまったのは仕方がないことだったと思う。
っていうか、なんだかんだずっと厄介になるなる未来が見えるような……?
うん、気にするのはやめよう。取り敢えず、後を追いかけてみようかな……