♪Last Piece
「……気のせいだよなぁ」
うん。
林の中に、2.5mくらいの身長がある大男がいて、それと目が合ったなんて気のせいに決まってる。
どうせ木の目とかと見間違えたのだろう。
今もなお合っているなんて、そんなことがあるはずがないのだ。
冬木市の郊外にある森。
広大な森の中には、アインツベルン城という城が建っているのだけど、それを知る者は少ない。
じゃあなんで私が知っているのかと言えば、そこの給仕……というかメイドさんが、ウチに買い物にくるからである。
曰く、「ぱっと見、地味な店ですが……ふむ、なるほど。質もよく、……秘も程よく……何より、愛されています。これならお嬢様の使う食器に値するでしょう」とのこと。
お嬢様がいるらしい。会ったことはないけれど、ふわっふわなんだろうか。ドリルなんだろうか。紺碧のドレスとか着てオーッホッホとか言ってるのだろうか。
え、それは別のお嬢様?
――は何でも知ってるね。
「ええと……そ、それでは自分はこのあたりで……」
待ち合わせの場所だけど、これ以上ここにいられる気がしないというか!
「いえ、お待ちください。一分ほど遅れてしまい、申し訳ありません。現在は警戒態勢中につき城内にはご案内できませんが、こちらへどうぞ」
「あ、セラさん。おはようございます」
「おはようございます。
――ところで、森の中に何かを見ましたか?」
「あ、はい。でっかい木が。なんか人間の顔に見えて、年甲斐もなく怖かったです」
「……そうですか。まぁ、貴女ほどの年齢であれば、怖がっても問題はないのではないでしょうか?」
いや、もう高校二年生なんだけど……。
背がちっちゃいって言いたいのかー!
「……それでは、改めて……いくつかの検分をお願いいたします」
「あ、はい」
なんでも、いらないモノを売りたいのだとか。
お任せあれ、と飛鳥ちゃんは駆り出されてきたわけです。朝の。寒い。痛い朝っぱらに。
……あの木の洞、こっち見てる気がするのは気のせいだよね? 木だけに。
まぁ、ともかくとして……見させて、もらいましょうかね。
恐ろしい二者面談? が終わって。
セラさんと、見送りに来たリーゼリットの両名から、「呼んでおいてはなんですが、今日以降、これ以上この近辺には近づかないほうがいいでしょう」「飛鳥は、家で大人しくしててね」なんて忠告を受けた、帰り道。
――もそうだけど、一体全体なんなんだろう。
十年前には連続殺人鬼が出たってハナシだけど……それ?
違うけど、似たようなもの?
へぇ。
「でもなぁ。出歩くな、と言われても、生活というものがあるわけで」
少し遅くなってしまったけど、朝食の買い物をしなきゃいけない。明日は学校。
朝食を食べなければ一日の活力が出ません!
「……ん?」
「あれ、野場か? どうしたんだ、こんな時間に一人で」
……まーたひっかけやがったのかコイツ。
素直に思った。
「こんな時間って、まだ十八時だろー? 冬とはいえ、飛鳥ちゃんは元気いっぱいなのです。どこかに買い物を手伝ってくれるような三枝が転がっていればもう少し早めに終わらせられるのになぁ」
「いや、三枝は転がってないだろ……」
「それで? そちらはどちらさん? レインコートの……女の子」
衛宮士郎。
夕方の深山町で、そんなヤツに出会った。
然程仲がいいわけではないが、穂群原学園において衛宮士郎という妖精はクラス学年問わず有名であり、ついでに女っ誑しであることもまた有名なのである。
まぁ私が女の子好きでなかったらその魅力を感じ取れた可能性は無きにしも非ずだが、いやぁ残念残念。小動物系女子が好きな私に貴様の
「……」
「おろ? あ、もしや外人さん? 金髪みえてっけど」
「あ、あぁ、そうなんだ。そうだ、野場。夜も遅いし、送ってくぞ?」
「今何を聞いていたのだキサーマ。私は今から買い物なの。アンダスタァン?」
「買い物って言ったって、商店街で買えばいいだろ? 野場の家は商店街の端にあるんだから」
「……まぁ確かに?」
「一般人と行動を共にするのは彼女が危険です、シロウ」
「あ、そうか……すまん、野場。一緒に行けなくなった」
「ん、イーヨイーヨ。別に頼んじゃいないし。あ、お嬢さん。私の名前は野場飛鳥。お嬢さんの名前は?」
「……セイバーと。ノヴァスカですね」
「野場・飛鳥です。まぁ発音しづらいならいいんだけど。っとと、そろそろ本当に暗いから、衛宮たちもランデブーしてないでとっとと帰れよー。なんか最近物騒になったって聞くからさー」
「ギクッ、あ、お、おう!」
「ノバ・アスカ……気のせいなら、よいのだが」
そそくさと逃げるように離れていく。
――が警鐘を鳴らしているから、というのもあるけれど、セイバーさんの近づくなオーラがすごかったから、と言うのが最も大きな理由である。
まぁ馬には蹴られたくないからね。
しかし、衛宮の手の甲にあったの……入れ墨だよなぁ、絶対。
サボりがちとはいえ不良じゃあなかった衛宮もとうとうそっちの道に……確か藤村先生が極道の人なんだっけ? よく覚えてないけど。
オソロシオソロシ。
――という夢を、見た。
「……ここは」
冬空――別に雪なりなんなりが降っているわけではないが、澄み切った空が冬らしい光の通りを教えてくれる、そんな天気。
その空の下でオレは、胡坐をかいて――瞑想をしていたようだった。
「……今回はオレなんだな。眺めている、ってだけじゃ……ないのか」
それともここが、大聖杯に近いからか。
「柳洞寺……でも、誰もいない、か」
よっこいしょういち、と立ち上がる。
ギシギシと鳴る廊下の歴史に耳を傾けながら、向かった場所は――大広間。
合宿で使ったあそこ。
「……ま、誰もいないわな」
誰もいなかった。
次いで、厨房――。
「……作りかけの、鍋? ……なんか得体の知れないモン入ってるけど」
人の気配はあった。
作りかけの鍋。ついさっきまで人がいた、という証拠。
でも、どこか――違和感があるなぁ。
外に出てみようかね。
「あれ、なんだ。普通にいるじゃん、人」
さっきの場所からは死角になっていたが、境内の端の方に人がいた。
零観さんだ。
「おぅい、零観さー……ん?」
だが、そこにいた零観さんは……こちらを振り向くことなく。
境内にたまった落ち葉を箒で集めて、集めたままの格好で止まっていた。
風に吹かれ、飛び去ろうとする落ち葉の一つ一つまでもが。
「……九割がヤラセとは聞いていたけど……まさか本当に一割あったとは」
知らなかったぜ……!
と、ふざけていてもいいモノなのか。
明らかな異常事態――とはいえ、この体をオレが動かせている時点で異常も異常。
異常に異常を重ねていい状態……って。
「あ、待てよ?
出会いを見ているなら……」
柳洞寺の裏を見る。
あそこにある、墓地。だろうなぁ。
そういえば、結局……あの一回しか、墓参りいけなかったな。
手持ちは何もないけど、いこうかね。
そこに、二人はいた。
墓地手前――山道で、睨みあう二人。
片方は睨んでいるつもりもなく、片方は憎むように睨んでいるのだから面白い。
「……余所からみると面白いな。前は……中から、見ていたんだっけ」
そこにいるのは。
キャスターさんと――オレ。
否、野場飛鳥だった。
「なんだろうなぁ。なんでここで止められてるのか。
あ、これ触れられないんだ。なんだぁ」
え? ガッカリしてないぞ?
うん。いやオレの好きなタイプは三枝だから。うん。
「……おーい。動けよー」
無反応。
まぁ、多分これは記憶――回想のような、走馬灯のようなもの。
反応するとか、しないとか、ないんだろうなぁ。
「そうですね。動かすことはできますが、道筋は変えられません。まったく、僕だって予想外ですよ。
背後から声。
振り向かなくとも、
そうでなくとも彼は、輝く黄金の気配の持ち主なのだから。
「やぁ、金髪君。オレのお見送りかね?」
「半分はそうです。僕も大人の僕も、君の事はしっかりと認識できていたんですよ? 物を大切にする――物の傷を引き受ける。物に好かれ、物を休め、歴史の休憩所になる。
この特性は飛鳥さんのものではなく、君のものだ。君が離れる事で、飛鳥さんは普通の少女になっていく。だから僕は、君を――聖杯の傷としての君を、見送りに来ました。曲がりなりにも僕の国の品々を現代まで守っていてくれた事への礼がありますからね」
「……それは、オレがすごいんじゃなくて、君の国がすごいんだろ?」
「僕の国がすごいのはもちろんです。ですけど、僕でさえ死を迎えたように――すべての物は、必ず死にます。それが物であれば、明日にでも紛失してしまう可能性だってある。贋作は唾棄するものですけど、本物を守り、伝え、直し、渡るべき人の元へ渡らせる。それは誰にでもできる事じゃないんです。
星の方へ引っ張られるような感覚。
落ちていく。周って、砕けて。
天の逆月は砕け――冬木の聖杯の元へ、落ちていく。
オレはそこにいたんだ。
そこで、聖杯についた傷として、共に砕け散っていた。
ざわ、と木々が揺れる。
柳洞寺の裏――円蔵山に、オレは。
「ん、半分?
もう半分は?」
「居残り組は、僕も同じという事です。よいしょ、と」
どこぞの誰かさんの墓地に腰を掛けるという不道徳極まりない金髪君。
ま、宗教観念も違うだろうし。カッカすることはないさ。
「それじゃ、オレの両親……ああ、オレの友人の墓参り、一緒にしないか?
辰巳と縁っていうんだけどさ。良いヤツだったよ。十年前、死んじまったけどな」
「十年前、ですか」
「あぁ、冬木大災害が原因じゃないよ。辰巳と縁が死んだのは、そっちじゃなくて――第四次聖杯戦争が始まった事。そのものが、原因だからさ。二週間くらい前なんだ」
睨みあう二人をすり抜けて、墓地の方へ歩いていく。
人間は動いていないが、自然は動き始めた。もう、近いのだろう。
「あぁ――聖杯戦争が始まったことで、彼が起きたんですね」
「うん。アイツが起きたことで、オレの影が強まった。野場飛鳥の中だけでも十分だったのに――オレは、外に出る事になった。オレは霊障みたいなモンでさ――オレの存在を成り立たせるには、二人分、”位置”が必要だった。
本来は生きていない筈の野場飛鳥とオレ。本来は子供を手に入れられないはずの辰巳と縁。二人は選んだよ。自分たちが生きる道と、野場飛鳥とオレが生き残る道」
だから悲しくなかった。
二人の覚悟は聞かせてもらった。オレはしっかり、飛鳥を託された。
“君に……お願いが、あるんだ”。
“あなたに、最後の……お願いが、あるの”。
そしてついた二人の墓前。
花が一輪、添えられていた。
「……誰が?」
「これは、紫陽花みたいですね。ううん、そうだな。僕も何か……これでいいや。お供え、させてもらいますね」
「紫陽花。オルテンシア、か。……はは。
って、金髪君ちょっと待とうぜその花はなんかすごくヤバい感じ出てる!」
金髪君が二人の墓前に置いた花。
薔薇。薔薇。墓前に薔薇ァ!
「えー? あぁ、まぁコレは僕に永遠の命を授け損ねたものですからね。うんうん、確かに墓前に添える花じゃないかもしれません。うーん、じゃあ~」
「いいよ、無理して供えなくても。宗教も違うんだし。
……そうだなぁ。まぁ、これからは飛鳥が何度も来るだろうから、オレの言葉なんていらないだろうけど……」
それでも。
せめて、最期くらいは――、一緒にいよう。
「え? 何眠るつもりでいるんですか?」
「うん?」
「あと十年くらいは消えられませんよ、僕らは。大聖杯がある限りね」
「マジけ?」
「大マジです。外に出る事も出来ず、ただ、昔を追体験するしか時間を進める方法がありません」
「地獄じゃん」
足先から、崩れていく。
傷の破片が地に着いた――崩れていく。割れていく。落ち切った。
「どうでした? ずっと嘘を吐き続けていたお姉さん。僕の嘘は、何点満点でした?」
「100点だよ。十億点満点でな」
「はは、子供みたいな点数設定ですね」
暗闇の畔。
金髪君は、その身を黒い泥に落としていく。
オレは、シャラシャラと音を立てて崩れていく。
「――なぁ、金髪君」
互いに顔も見えない世界で、問いかける。
「なんですか?」
「オレさー、結構頑張ったほうだと思うんだよね。薄っぺらい魂の分際で、割と約束、守れたと思うんだよね」
「あはは、そうですね。お姉さんは頑張っていたと思いますよ」
「そっかぁ。
最古の英雄王に、そういってもらえるなら……心置きなく、休めるなぁ」
「……ええ、おやすみなさい」
ようやく、体の感覚がなくなった。
目を開いているかどうかも怪しい。
遠くの方で、野場飛鳥とキャスターさんが言い合いをしているのが見えた。
なんだっけなぁ。確か、もっとも愛らしいモデルは小動物タイプかキリっとした騎士様かで小一時間程口論したんだっけ?
「生きたいと、思わないんですか?」
「思わない。オレはもう十分に生きたさ。前の人生も、今回の人生も。
嘘だよ。生きたくて仕方がない。何も満足していない。
それも嘘だ。心細いけど、同時に温かい。ようやく約束を果たせた事実が、オレを包んでいる」
「やっぱり嘘つきだなぁ。
まったく、たまには素直になってみたらどうですか?」
「素直になったら、金髪君がどうにかしてくれんの?」
「僕はホラ、こんな感じですから」
第五次において――言峰綺礼が生き残る事はない。
それは定められた運命だった。
そして、同時に。
彼も、また。
「良い夢だったよ。たくさんの骨董に囲まれて、沢山の人に出会って。
良い人生だった。ヒトであったかは、怪しいけどな」
「また嘘を吐くー。ほら、素直になると良いことがあるかもしれませんよ?」
……だって。
「素直に一番の気持ちを吐いて、それが叶わなかったときがつらいから、ですか?」
「そーだよー。オレの身体はもうバラバラで、飛鳥はもうオレの事なんか忘れていて……それでもさ、願う事はあるんだ。あったんだ。でも、言葉にはできないよ。そんな怖い事は出来ない」
「あー、じれったいなぁ。大人の僕なら一瞬でキレてますよ? というか僕も結構イライラしてます。今更人間のフリなんてしなくていいですから、傷らしく痛みを訴えてください」
ひでー。
人間のフリなんてしてないのになぁ。
「ほら、もうすぐ、どうしようもなくなっちゃいますから」
「……優しいなぁ、ホント。金髪君もだけど……みんながさぁ」
「はい話逸らすの禁止。
いいですかお姉さん。僕の財宝たちまでもが貴女に懐いたりしなければ、こんな気まぐれは起こさなかったんです。お姉さんの葛藤とか、どうでもいいですから、それに縋ってください」
本当。
つくづく――運がいい。
なぁ、後藤くん。オレ、やっぱ運良いみたいだわ。
――そんな夢を、見たんだ。
忘れない。
私達は、我々は、絶対に、忘れてはならない。
それを、生きたくないと、嘯くのか。