【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月9日(92)

「ありゃ、明らかに不審なのがトカゲみたいによじ登ってくるかと思えば、衛宮さん家の士郎クンに、野場さん家の飛鳥チャンじゃない。

 どうしたの、器用にも両側から登って来て。ここ車道だから危ないわよ? それとも飛び込み?」

 

「いや、どちらかというと覗きだろ。なぁ衛宮。どうせばっちり見ていたんだろ? だから、危ないって注意しに来た。違うか?」

 

「へ? 何の話だ、野、場――」

 

「そんなにガッツリ見てたのねコンチクショーッ!!」

 

 告げ口をするコト0.2秒。は? と首を傾げたその方向から、遠坂のワンパンチが炸裂する。ワンパンチというか、右フックというか。

 ぽーん、と蹴り玉(サッカーボール)のように水平に飛んで行く衛宮。その身体は歩道のフェンスを越え、そのまま冬木大橋から落ちた。

 

 落ちた。

 

「……殺人現場だな。とりあえず通報せな」

 

「大きく吹き飛ばしはしたけど、威力はそんなに出てないから問題ないわ。それで?

 わざわざヘンな嘘をついて衛宮くんを排除させたのは、どんな理由がおありなのかしら?」

 

「容疑者はこのように供述しており……」

 

「野場さん?」

 

 すみません。

 じゃあ、本題を話そう。

 

「多分さ、明日か明後日くらいに、衛宮がオレの店に行くって言い出すと思うんだ」

 

「……ふむ。続けて?」

 

「うん。

 それで、その時にセイバーさんや遠坂と一緒に行こうとしたら……止めて欲しい。セイバーさんを連れて行くなら、セイバーさんを引きとめて。遠坂を連れて行こうとしたら、何か適当に用事を思い出してくれ」

 

「用事を思い出せって、無茶言うわねぇ。セイバーを引き留めろ、っていうのも中々の無理難題……というか、それは衛宮くんを一人にして、ナニカする、という風に聞こえるのだけど?」

 

「半分正解。一人にさせるのは合ってるけど、何かをするのはオレじゃなくて衛宮の方。オレは何かをされる側だよ」

 

 なんだろうね、婦女暴行かね。

 ウチの店でそんなことをすれば、沢山の呪いが降りかかる……とは、誰の言葉だったか。

 

「そ。

 ……もう隠さないのね」

 

「隠してるよ。大いに隠してる。そうじゃなきゃ、こんな大立ち回りできるわけがない。

 でも、ホラ。アイツも決めたみたいだからさ。ここは……オレも、少しくらいは頑張らないと」

 

 休ませる事はあっても、休んではいけない。

 休み方を失っているからこそ、オレは歩いていられるのだから。

 

「はいはい、言う事は聞いてあげるから、俯かないの。

 野場さんとはお友達だから、貴方の願いも聞いてあげるわ。野場さんの家に行くとき、士郎を一人にする。確かに承ったわ」

 

「ん、さんきゅー。

 そいじゃ、衛宮を助けてやるといいぞ。十月の川は冷える」

 

「ああ!」

 

 ポン、と手を打つ遠坂。

 全く、その辺りに考えが及んでいなかったらしい。

 ありがとう衛宮。尊い犠牲は無駄にしないぞ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たのね」

 

「はい」

 

 柳洞寺。

 境内にて、キャスターさんと話す。

 

「……あの坊やと違って……貴方は、どちらかと言えば私達と同じ。だから、その行動も仕方のない事だと思って見逃していたけれど。いつのまにか、あの坊やと意気投合しているなんてね」

 

「ええ、オレも先週気付きました」

 

「そう。

 ……もう、話す事は無いわよ」

 

「はい。葛木先生に美味しい料理を食べさせられたなら、良かったです」

 

「はいはい。まぁ、礼は言っておくわ。もう会う事もないでしょうし」

ノイズを抱き留める。

 キャスターさんは最後まで、オレに興味を持たなかった。

 当たり前だ。元凶でも切っ掛けでもない、ただの厄介者。異分子。

 彼女にはオレをどうすることもできない。オレも、彼女に何をする事も出来ない。

 だってどちらも、それをすれば、終わってしまうと知っているから。

 

「それでも――まぁ、なんでしょうね。末永く。それだけ言っておきますよ」

 

「ええ、言われるまでも無いわ。宗一郎様は居間にいるから、挨拶をするならしていきなさい」

 

「最後まで人の好い事で。それじゃ、さようなら」

 

 キャスターさんとの関わりはこれが最後。

 彼女はそこを動くことなく、オレはもう彼女の元を訪れない。

 たとえもし、何かの間違いがあって、オレがあっちに行けたとしても――彼女に会う事は、出来ない。

 真に今生の別れ。

 文字通りの死別。

 

 裏切りの魔女、メディア。

 ハ――いつもいつの時代も、割を食う人間は決まっているのだ――。

 

 

 

 

 

 

 

「葛木先生」

 

「野場か。待っていろ、今茶を出す」

 

 断らない。

 断っては、断れてしまう。

 この人を相手にするときは、好意……いや、行為を無下にしてはならない。

 

 ずい、と出されたお盆とお茶を頂く。

 あぁ。

 

「変わりませんね」

 

「そうか」

 

 一朝一夕に変わるものではない。

 それは彼自身が知っている事であり、彼をよく知る者なら、誰でも知っている事だ。

 

 だが、変わろうとしているのかもしれない、という事は伝わる。

 何も残らないこの幻の舞台で、変わろうとしている。

 たとえ変わる事が出来たとしても――全て、無駄になるのに。

 

 それはなんと、素晴らしく、甘美な響きだろうか。

 

「葛木先生」

 

「妻が世話になった」

 

 ……先に言われてしまった。

 まったく、何が道具だ。人間の先を取る道具など、あるものか。

 

「では、オレは貴方へ。お世話になりました、葛木宗一郎先生。クラスは違えど――随分と、助けてもらった」

 

「……ああ」

 

 オレはこの人の苦悩を知っている。

 知っているけど、この人はすべて自分で終わらせたから。答えも、自らの探求で得たから。

 オレが出来る事は、本当の意味で無。

 

「末永く、お幸せに」

 

「――ああ」

 

 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 山門を出る。

 交わす言葉など無い。

 彼とは初めから出会わず。

 彼の事は初めから、知らないはずなのだから。

 

 柳が揺れる。

 あるはずのない柳が――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、リーゼリット。セラさんも」

 

 家に帰ってきて、すぐの事。

 アインツベルンが二大メイドが訪ねてきた。

 

「お二人さんは、そりゃそうか、イリヤスフィール嬢が知ってるんだから……貴女方も知っているよな」

 

「ええ、イリヤ様とは別口ですが」

 

「私達は、自然だから」

 

「なーるへそ」

 

 客人を立ったままにはさせられない。

 椅子を取り出して、着席を促す。

 上品に座るセラさんと、ちょこんと座るリーゼリット。

 

「さて……ここに二人が来たってことは、まだアイツはそっちに行っていないんだな」

 

「はい。恐らく、明日かと」

 

「ま、そうだよなぁ。ってことはウチがトリか。はは、やめて欲しいね。ラスボスはイリヤスフィール嬢の方がお似合いだろうて」

 

 バーサーカーさん的にも。

 はぁ……ま、それもアリさな。

 

「アスカ」

 

「なんだ、リーゼリット」

 

「ちょっと、目を瞑って」

 

「?」

 

 言われた通り、目を瞑る。

 なんだ。キスか。

 期待しちゃうぞっ。

 

「ん、大丈夫」

 

「?」

 

 しかし何事も無く。

 先程までと変わらない――強いて言えば、微かにパキン、という音がしたような。

 

「みんな、アスカの事が好き」

 

「あー、それ、前にも言ってくれたな」

 

「うん。だから――消させないために、呪いをかけようとしていたみたい」

 

「うぇ」

 

「全く……リーゼリットに言われて、何を馬鹿なと探ってみれば、まさかここまでの物が編まれていようとは。城に来た時も思いましたが、貴女は自覚が無さ過ぎる」

 

 の、呪いとは。

 何も見えないんだが……?

 えーっ、というか、呪いをかけられるほど……あぁ、最近一緒にいる時間が減っていたから!?

 

「違う。話、聞いて」

 

「ア、はい」

 

「消させないために、行動阻害……眠らせようとしてたみたい」

 

「あなたは魔術耐性、精神耐性が皆無ですから。意思の伴わない、神秘が籠っただけの先達達の怨念でも、簡単に眠ってしまうでしょうね」

 

「はへぇ……。

 そっか、心配させてたか……。でも大丈夫だぞ、みんな。オレが消えても、野場飛鳥が消えるわけじゃないしな」

 

「ム」

 

「はぁ……」

 

 リーゼリットが顔を顰め、セラさんが溜息を吐く。

――馬鹿にするなよ。

 幻聴が聞こえた気がしないでもないのだが、気のせいである。

 

「アスカ。もう一度言う。みんなは、アスカが好き」

 

「うん? ああ、ありがとう。わかったよ」

 

「わかってない……」

 

 わかってるよ。

 オレが愛されてるって、知ってる。

 でも、どうしようもないから、知らないフリをしないと。

 これは嘘じゃない。知らないフリだもんな。

 

「さて、そろそろ行きますよ、リーゼリット」

 

「……うん。わかった」

 

「いやー、これからも、野場骨董品店をよろしくお願いしますわ」

 

 わかっていて、言う。

 喧嘩別れのような形になってしまったのは申し訳ない。

 

「……イリヤ様に、何か託けはありますか?」

 

「あー……うん。”パーティを終わらせてしまって、すまない。貴女には迷惑をかけることしかできなかったから、せめて。最後の最後までどうか、幸せに”」

 

「はい。確かに託りました。

 それでは、失礼します」

 

「ばいばい、アスカ」

 

 二人が店を出て行く。

 どんどん、どんどん。潮が引いていく。

 さぁーっと。群青色の潮が引いていく。

 

「……みんなも、ありがとうな」

 

 あと一日とちょっとか――頑張ろうな。

 

 

馬鹿になんかしていないさ。


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