「ありゃ、明らかに不審なのがトカゲみたいによじ登ってくるかと思えば、衛宮さん家の士郎クンに、野場さん家の飛鳥チャンじゃない。
どうしたの、器用にも両側から登って来て。ここ車道だから危ないわよ? それとも飛び込み?」
「いや、どちらかというと覗きだろ。なぁ衛宮。どうせばっちり見ていたんだろ? だから、危ないって注意しに来た。違うか?」
「へ? 何の話だ、野、場――」
「そんなにガッツリ見てたのねコンチクショーッ!!」
告げ口をするコト0.2秒。は? と首を傾げたその方向から、遠坂のワンパンチが炸裂する。ワンパンチというか、右フックというか。
ぽーん、と
落ちた。
「……殺人現場だな。とりあえず通報せな」
「大きく吹き飛ばしはしたけど、威力はそんなに出てないから問題ないわ。それで?
わざわざヘンな嘘をついて衛宮くんを排除させたのは、どんな理由がおありなのかしら?」
「容疑者はこのように供述しており……」
「野場さん?」
すみません。
じゃあ、本題を話そう。
「多分さ、明日か明後日くらいに、衛宮がオレの店に行くって言い出すと思うんだ」
「……ふむ。続けて?」
「うん。
それで、その時にセイバーさんや遠坂と一緒に行こうとしたら……止めて欲しい。セイバーさんを連れて行くなら、セイバーさんを引きとめて。遠坂を連れて行こうとしたら、何か適当に用事を思い出してくれ」
「用事を思い出せって、無茶言うわねぇ。セイバーを引き留めろ、っていうのも中々の無理難題……というか、それは衛宮くんを一人にして、ナニカする、という風に聞こえるのだけど?」
「半分正解。一人にさせるのは合ってるけど、何かをするのはオレじゃなくて衛宮の方。オレは何かをされる側だよ」
なんだろうね、婦女暴行かね。
ウチの店でそんなことをすれば、沢山の呪いが降りかかる……とは、誰の言葉だったか。
「そ。
……もう隠さないのね」
「隠してるよ。大いに隠してる。そうじゃなきゃ、こんな大立ち回りできるわけがない。
でも、ホラ。アイツも決めたみたいだからさ。ここは……オレも、少しくらいは頑張らないと」
休ませる事はあっても、休んではいけない。
休み方を失っているからこそ、オレは歩いていられるのだから。
「はいはい、言う事は聞いてあげるから、俯かないの。
野場さんとはお友達だから、貴方の願いも聞いてあげるわ。野場さんの家に行くとき、士郎を一人にする。確かに承ったわ」
「ん、さんきゅー。
そいじゃ、衛宮を助けてやるといいぞ。十月の川は冷える」
「ああ!」
ポン、と手を打つ遠坂。
全く、その辺りに考えが及んでいなかったらしい。
ありがとう衛宮。尊い犠牲は無駄にしないぞ……!
「来たのね」
「はい」
柳洞寺。
境内にて、キャスターさんと話す。
「……あの坊やと違って……貴方は、どちらかと言えば私達と同じ。だから、その行動も仕方のない事だと思って見逃していたけれど。いつのまにか、あの坊やと意気投合しているなんてね」
「ええ、オレも先週気付きました」
「そう。
……もう、話す事は無いわよ」
「はい。葛木先生に美味しい料理を食べさせられたなら、良かったです」
「はいはい。まぁ、礼は言っておくわ。もう会う事もないでしょうし」
キャスターさんは最後まで、オレに興味を持たなかった。
当たり前だ。元凶でも切っ掛けでもない、ただの厄介者。異分子。
彼女にはオレをどうすることもできない。オレも、彼女に何をする事も出来ない。
だってどちらも、それをすれば、終わってしまうと知っているから。
「それでも――まぁ、なんでしょうね。末永く。それだけ言っておきますよ」
「ええ、言われるまでも無いわ。宗一郎様は居間にいるから、挨拶をするならしていきなさい」
「最後まで人の好い事で。それじゃ、さようなら」
キャスターさんとの関わりはこれが最後。
彼女はそこを動くことなく、オレはもう彼女の元を訪れない。
たとえもし、何かの間違いがあって、オレがあっちに行けたとしても――彼女に会う事は、出来ない。
真に今生の別れ。
文字通りの死別。
裏切りの魔女、メディア。
ハ――いつもいつの時代も、割を食う人間は決まっているのだ――。
「葛木先生」
「野場か。待っていろ、今茶を出す」
断らない。
断っては、断れてしまう。
この人を相手にするときは、好意……いや、行為を無下にしてはならない。
ずい、と出されたお盆とお茶を頂く。
あぁ。
「変わりませんね」
「そうか」
一朝一夕に変わるものではない。
それは彼自身が知っている事であり、彼をよく知る者なら、誰でも知っている事だ。
だが、変わろうとしているのかもしれない、という事は伝わる。
何も残らないこの幻の舞台で、変わろうとしている。
たとえ変わる事が出来たとしても――全て、無駄になるのに。
それはなんと、素晴らしく、甘美な響きだろうか。
「葛木先生」
「妻が世話になった」
……先に言われてしまった。
まったく、何が道具だ。人間の先を取る道具など、あるものか。
「では、オレは貴方へ。お世話になりました、葛木宗一郎先生。クラスは違えど――随分と、助けてもらった」
「……ああ」
オレはこの人の苦悩を知っている。
知っているけど、この人はすべて自分で終わらせたから。答えも、自らの探求で得たから。
オレが出来る事は、本当の意味で無。
「末永く、お幸せに」
「――ああ」
ありがとうございました。
山門を出る。
交わす言葉など無い。
彼とは初めから出会わず。
彼の事は初めから、知らないはずなのだから。
柳が揺れる。
あるはずのない柳が――。
「よ、リーゼリット。セラさんも」
家に帰ってきて、すぐの事。
アインツベルンが二大メイドが訪ねてきた。
「お二人さんは、そりゃそうか、イリヤスフィール嬢が知ってるんだから……貴女方も知っているよな」
「ええ、イリヤ様とは別口ですが」
「私達は、自然だから」
「なーるへそ」
客人を立ったままにはさせられない。
椅子を取り出して、着席を促す。
上品に座るセラさんと、ちょこんと座るリーゼリット。
「さて……ここに二人が来たってことは、まだアイツはそっちに行っていないんだな」
「はい。恐らく、明日かと」
「ま、そうだよなぁ。ってことはウチがトリか。はは、やめて欲しいね。ラスボスはイリヤスフィール嬢の方がお似合いだろうて」
バーサーカーさん的にも。
はぁ……ま、それもアリさな。
「アスカ」
「なんだ、リーゼリット」
「ちょっと、目を瞑って」
「?」
言われた通り、目を瞑る。
なんだ。キスか。
期待しちゃうぞっ。
「ん、大丈夫」
「?」
しかし何事も無く。
先程までと変わらない――強いて言えば、微かにパキン、という音がしたような。
「みんな、アスカの事が好き」
「あー、それ、前にも言ってくれたな」
「うん。だから――消させないために、呪いをかけようとしていたみたい」
「うぇ」
「全く……リーゼリットに言われて、何を馬鹿なと探ってみれば、まさかここまでの物が編まれていようとは。城に来た時も思いましたが、貴女は自覚が無さ過ぎる」
の、呪いとは。
何も見えないんだが……?
えーっ、というか、呪いをかけられるほど……あぁ、最近一緒にいる時間が減っていたから!?
「違う。話、聞いて」
「ア、はい」
「消させないために、行動阻害……眠らせようとしてたみたい」
「あなたは魔術耐性、精神耐性が皆無ですから。意思の伴わない、神秘が籠っただけの先達達の怨念でも、簡単に眠ってしまうでしょうね」
「はへぇ……。
そっか、心配させてたか……。でも大丈夫だぞ、みんな。オレが消えても、野場飛鳥が消えるわけじゃないしな」
「ム」
「はぁ……」
リーゼリットが顔を顰め、セラさんが溜息を吐く。
幻聴が聞こえた気がしないでもないのだが、気のせいである。
「アスカ。もう一度言う。みんなは、アスカが好き」
「うん? ああ、ありがとう。わかったよ」
「わかってない……」
わかってるよ。
オレが愛されてるって、知ってる。
でも、どうしようもないから、知らないフリをしないと。
これは嘘じゃない。知らないフリだもんな。
「さて、そろそろ行きますよ、リーゼリット」
「……うん。わかった」
「いやー、これからも、野場骨董品店をよろしくお願いしますわ」
わかっていて、言う。
喧嘩別れのような形になってしまったのは申し訳ない。
「……イリヤ様に、何か託けはありますか?」
「あー……うん。”パーティを終わらせてしまって、すまない。貴女には迷惑をかけることしかできなかったから、せめて。最後の最後までどうか、幸せに”」
「はい。確かに託りました。
それでは、失礼します」
「ばいばい、アスカ」
二人が店を出て行く。
どんどん、どんどん。潮が引いていく。
さぁーっと。群青色の潮が引いていく。
「……みんなも、ありがとうな」
あと一日とちょっとか――頑張ろうな。