【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月8日(92)

「それにしても野場氏の交友関係は不思議でござるなぁ」

 

「……そうだなぁ」

 

 昼休み。

 何の脈絡も無しにそう話しかけてきたのは同じクラスの後藤劾以(がい)

 基本的にノリで生きていて、誰とでも仲のいい、あだ名は後藤くんな男である。

 

「衛宮(なにがし)に加え、彼奴を取り巻く魔女や生徒会長、果ては後輩の者や校外の外国人まで果てなく交流を持つ。どのようにすればそういった人脈を持ち得るので?」

 

「どうだろうなぁ。案外誰とも、友達じゃないのかもしれないぜ。知っているだけで」

 

「別に交流がある事がそのまま友に繋がるわけでもなかろう。知っているだけで、交流と呼べるのではござらんか?」

 

「……知っているだけじゃ、ダメだなぁ。知り合わなきゃ」

 

「ほう、シリあう」

 

「そう、あそこでオレ達の会話に聞き耳を立てている妖精とワカメと生徒会長のように」

 

 ……ん?

 ツッコミがない。

 

「間桐君、衛宮君、柳洞君なら貴女達のクラスにいるんじゃない?」

 

「うむ。他の教室にズケズケと上がり込み、由紀香の目の前に弁当を降ろし、昼食を食べ始めた野場。それに誘われるようにフラフラと入ってきた後藤殿。ここは汝らのクラスではないぞ」

 

「あはは……そろそろその、ほっぺをつつくのをやめてもらえると……」

 

 声の主。指の先。

 そこにはたしかに、三枝がいた。

 

 ……まさか無意識のうちに三枝に引きずり込まれようとは。

 恐るべし。

 

「すまんすまん、完全にいつものノリだったからさ。で、オレ達に何の用?」

 

「あ、やめないんだー……」

 

「何の用も何も、そこは私と蒔寺の席だ。もうすぐ昼休みも終わる。お引き取り願おうか?」

 

 時計を見れば、確かに昼休みの終わり。

 なんなら弁当はもう中身が無く、さらに言えば後藤君は光の速さで支度を終え、帰ってしまったようだ。まぁ、氷室に対してはめっぽう弱いからな、アイツは。

 うーん、しかし。

 

 癒される頬っぺただな……。

――風切り音!

「おっと」

 

「チッ……外したか」

 

 側頭部を撃ち抜く勢いで放たれた掌底を前傾姿勢で躱し、弁当を持ち上げながら立つ。

 バックステップ&ターン気味に振り返れば、コォォォ……とか言いながら構えを取っている黒豹が一匹。蒔寺である。

 

「オイオイ危ないだろ? 人に掌底を向けちゃいけませんって、動物園で母豹に習わなかったか?」

 

「うっせー、豹に掌底は無え!」

 

「ツッコミはそこか、蒔の字」

 

 ここで蒔寺とバトルを繰り広げるのも吝かではないが――このクラスの担任は何を隠そう、葛木先生である。割と普通に暴力を(見えない速さで)奮うので、なんなら虎よりタチが悪い。分も悪い。

 ということで、退散!

 

「それじゃ!」

 

「オイ、逃げる気か!」

 

「……少し行動予測が出来るようになってきた自分が恨めしい……」

 

「うぅ……私の頬っぺたそんなにぶよぶよかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂群原学園裏の林に、見覚えのある長身を見つけてその後を尾行(つけ)た。

 ここに入るのは、この四日間が始まってからは初めてだ。

 ……なら、初めて入るのかもな。

 

「ん……鳴き声。猫だろうが……お、いたいた」

 

 かすかに聞こえたソレ。

 上にいるのはわかっていたので、ぐるりと見渡すと、なるほど、結構高い場所にその猫はいた。樹の表面に小さな爪痕。登るだけ登って降りられなくなった、猫あるあるの失敗談だな。

 さて、林に先に入ったはずのあの人がこの声を聞き逃すはずがないのだが……様子見かね。

 

 樹皮はザラザラしていて、鋭い爪でもあれば確かに登る事もできようが、人間の手に対してはツルツルである。とっかかりもひっかかりもないので登る事は容易ではないだろう。

 オレの身長ではジャンプしても届かない。無理して登ろうものなら、落ちるか、もしくは木が折れかねん。猫も落ちかねんな。

 

「……じゃ、無難にネットと……まぁ水は水筒でいいか。ちょっと待っていてくれ」

 

 赤色のタオルを樹皮に巻いて、目印をつけておく。

 そして足早に体育館へ。体育館倉庫からバレーボール用のネットを三本ぬす……取り出し、持っていく。

 先の目印がオレに子猫の居場所を伝え、辿り着いた件の木にネットを巻き付け、他の木に紐を結んで簡易救助幕の完成。

 

 水筒を取り出し、コップにお茶を淹れて――中身を、猫に向かってぶっかける!

 

「お、素直だな」

 

 何回か試行が必要と思っていたのだが、一回で良かったようだ。

 水を嫌った猫は、すぐに立ち上がる。こちらを見つめ、オレがもう一度コップを振りかぶると、濁音混じりの鳴き声を発しながら、枝から飛び降りた。

 狙い通り、ネットへ落ちる子猫。これがもう少し小さい猫なら卓球のネットにしなければならなかったが、目測通りの大きさで良かった。本当は毛布だとかシーツだとか、目の無い奴が一番いいんだけどな。

 

「よっこいしょ……ほれ、もう登るなよー」

 

 ネットからその身体を持ち上げて、そのまま放す。

 小動物を世話出来る設備も持っていないし、何より毛のある生物は骨董品店にゃご法度だ。狭い場所が好きな生物なら、尚更な。

 

「さて、後片付け後片付け……と」

 

「見事な手腕だった。些か確実性と安全性には欠けるがね」

 

「あ、どうも」

 

 ネットを外そう、そう思って瞬きをしたその直後には、幹から外され、綺麗に纏められたバレーボール用ネットを持つ長身の人が目の前に立っていた。

 アーチャーさんである。

 

「何故、猫を助けようと思ったのか、聞いても良いかね?」

 

「アーチャーさんが助けなかったからですよ。オレはこう見えて動物に対してはチリーでしてね。近くに最も的確な手段を持つ人がいるのに、わざわざ義憤に燃えるような青臭さは無いんですわ。その人が静観してるから、仕方なく、ですよ」

 

「ほう?」

 

 アーチャーさんは”面白い事を聞いた”とでもいうかのように、ニヒルに口元を歪める。

 

「ならばなぜ、君は奔走しているんだ。近くに最も的確な手段を持つ()がいるのに、わざわざ君が走り回る事もないだろう」

 

「そーですねー。アイツに任せておけば、すべて上手く行くんでしょうけど……生憎、オレはアイツを信用していないんで。変わらない日々にも飽きましたし、アイツ一人に任せるにゃオレが異分子過ぎましたね。オレのせいで起こった事柄に関しては、オレ一人で片を付けますよ」

 

「……なるほど、凛の言う通りか。嘘吐きだな、君は」

ノイズが走った。

「自分じゃわからんせんねー。ま、大丈夫ですよ。遠坂達に被害は行かないでしょうし」

 

 そういう事ではない事くらい、わかっている。

 でも、いいのだ。オレはオレに出来る事をする。

 

「一つだけ、君に言っておく事がある」

 

「はい」

 

「……()()は君を、知らない。それでは、失礼する」

 

「……はい」

 

 一つ、またピースが埋まった。

 しかし……なんで、この人がつらそうな顔をしているんだか。

 正義の味方、救う対象が広すぎやしませんかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 時刻は夕刻であるが――言峰教会なう。古いなぁ。

 

 アイツはいないのだろうが、彼女はいるだろう。

 古臭い扉を開く。

 埃のにおいと共に、聞こえるはずの無いオルガンの音が聞こえてきた。

 

「――今朝は、どうして来なかったのですか?」

 

「オレが必要なかったからだよ。アイツの思い出話に、オレはいらないだろ?」

 

「……そうですね」

 

 ありゃ、肯定されてしまった。

 普通の奴なら、そんなことはありませんよ、くらいは言うのだろうが。

 

「とりあえず上がっていい?」

 

「はい。神の家は、いつでも子羊を歓迎いたしますので」

 

 そりゃ助かるメェ。

 

 

 

 

 

「……貴女は、前任の者と交流を深めていたと聞きました」

 

「ん? あぁ、そうだな。物知りで、優しい人だったよ。よく助けてもらっていた」

 

「……ならば、聞きたい事があるのですが」

 

「はいほい」

 

 彼女はちょっと言い辛そうにしながら、というか何かモジモジしながら、口を開いては閉じを二、三回繰り返す。なんだ、珍しい反応だな。可愛らしい。うん。

 

「その……私は、前任者と比べて厚顔、でしょうか?」

 

「ああ。でも、厚顔ってのは悪い意味じゃないんだろうと思うぜ? アイツの言う厚顔ってのは、な」

 

「厚顔に、良い意味があると……?」

 

「恥知らずは誇り高いんだよ。恥は自責。自責は誇りを貶しめる。己を貫くなら、根っこのところで恥を知ってはいけないんだ。自分だけは、自分を讃えていなきゃ」

 

 だから彼女は強い。

 譲れないモノを持っていて、それを表に出す事なく、それを絶対に傷つけさせない。

 言峰さんも同じ。

 自身が切開者でありながらも、その心は真球。傷も出っ張りも無い、干渉しようがない球であるからこそ、彼は傷つかない。自身の行い、言葉によって、傷を負うと言う事が無い。

 

「……なるほど」

 

「とりわけアンタは特別製だ。幼少のころから”そう”であったアンタは、青年期に”そう”なったあの人に比べて強度も滑らかさも上。アイツの言いたい事はそういう事だと思うぜ」

 

「……」

 

 可愛らしい思案顔になった彼女を観察する。

 腕の包帯に血染み。法衣の腹の辺りに黒ずみ。

 肩は奇妙に下がり、指も不自然な位置で止まっている。

 

「……多少なら、治療の心得があるぞ。傷は包帯で巻くしかないだろうが……脱臼と捻挫は早めに対処しないとずっと痛いぞ。動かなくなるしな。あぁ、すまんが、骨折はどうしようもない」

 

「では、肩だけ。お願いします」

 

「あいよ」

 

 まるで大男に掴まれ、握りしめられて外されたかのような痣を首筋から見据えつつ、それに触れないように、且つ肩周辺の血管や神経を傷付けないように整復する。本当は病院に行った方が良いのだが、こいつがそんな所に行くわけがないし、病院なんて場所に近づけば尚更傷も増えるだろう。

 そもそもコイツ自身の傷がコイツの消滅につながるわけではない事を知っているから、意味のある行為ではないのだが……まぁ、この教会においては、オレの部分が強く出る。普通に、目の前の年下の少女を救いたいと、そう思って動くのはなんらおかしいことではないはずだ。

 

「はい、オッケー」

 

「ありがとうございます」

 

 捻挫のテーピング、傷の包帯も、なんだか古臭いというか……外の医療機関と情報の共有をしていない、閉じこもった空間で行われる伝統医療、みたいな巻き方をされていたので、オレの知識にある限りの最も適切な巻き方で巻きなおしておいた。

 その際見えた白いお腹は役得です。傷が無ければ、ね。

 

「……もうすぐ、終わりですね」

 

「そうだなぁ。ま、あっちで野場飛鳥を見かけたら、仲良くしてやってくれ」

 

「彼にもした愚問ですが。貴()は、それでいいのですか」

ノイズを捻じ伏せる。

「良くないさ。良くないに決まってる。自分から消えたいなんて、思うはずがない。でも、それが最善で――それが最良だ。オレにとっても、ね」

 

 良くないけど、最良。

 それが多分、答え。

 

「それが貴方の意志ですか。貴女の意志ではなく」

 

「ああ。散々好きに使わせてもらったからな。アンタの宗派とは思想が違うだろうが……いや、だからこそ。ようやく決心もついた。いや、嘘だ。付いてない。怖い。だから、決心するのは直前まで取っておくよ」

 

 ここで嘘を吐くのはもうやめた。

 正直に行こう。オレはまだ何も決めていないし、何も納得できていない。

 けど、それでも。

 

「オルテンシア。アイツは無に戻るし、オレは居なくなる」

 

 元のカタチに戻るだけ。

 それはとても怖くて、とても恐ろしい。

 

「オレはあの女魔術師の事は知らないし、会った事も無いからさ」

 

「オレを覚えていてくれるのは、貴女だけなんだ」

 

 失われていく日常(かがやき)

 出会うはずの無かった邂逅のみが、最後の寄す処。

 それは全ての傷を受け止める彼女だけが知り得た、天上の傷の在り処。

 

 私を知る者は沢山残るだろうけど、オレを知る者はもう彼女以外いない。

 言峰さんは死んだ。サーヴァントは消える。両親も死んだ。

 だから多分、オレがここに来る理由は、そういう活力を得るためだったのかもしれない。

 

 存在意義を確かめる、なんて――青臭いな、本当に。

 

 


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