【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月9日(91)

 氷室家の皆さんに礼を言って、蝉菜マンションを出た。

 このまま美綴の部屋に転がり込むのも吝かではなかったのだが、骨董達も待っているし、二日分の着替えは持ってきていないので、大人しく帰宅である。

 

 一年以上同じ骨董の世話をしていれば、やることがなくなる……という事は無い。

 骨董の世話をする事に苦労は無いし、ウチの蔵はそれなりに広く、始めに整備した骨董品が、最後に整備する骨董品より埃を被っている、なんてことは割とよくある事なのである。

 特に先週は箱に食われていたからな。

 念入りにやらないと。

 

「失礼するぞ」

 

「いらっしゃ……え、アーチャーさん?」

 

 そんな昼下がり。

 意外な人物が、店に来訪したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 静かな時間が続く。

 オレは骨董を磨き、アーチャーさんは時折頷いては骨董を見て回る。

 

 あの人骨董とかに興味あったんだな、という想いがある半面で、贋作かぁ……という、金髪君に寄った考え方をしてしまう自分もいる。

 刀剣類の類いで無ければ、ランクは下がれども造り得る、だったか。

 

 物に込められた歴史に敬意を払う者としては、やはり思う所がある。

 

「……キミの」

 

「はい?」

 

「君の想う事は、尤もだ。私も奴も贋作家。コレクターとホルダーの違いはあれど、フェイカーを嫌う心情は理解できる。だが、私も長い年月を生きつづけた品に払う敬意は持っている。そこだけは、勘違いしないでくれ」

 

「んー……まぁ、はい。

 そうでなきゃ、理解なんてできませんもんね」

 

 アーチャーさんは少しだけ笑う。

 そして湯呑を一つ手に取り、カウンターに置いた。

 

「店主。これを買おう」

 

「はい、はい。まいどありです。一応ルールとして説明させていただきますと、そいつは古くは宋の時代、北宋で造られた湯呑ですね」

 

 恐らく投影ではない(と信じたい)代金をアーチャーさんが長財布から出している間に湯呑を梱包し、支払いが完了すると、アーチャーさんはまた笑った。

 

「安心したまえ。硬貨の偽造・模造は犯罪だからな。

 私のこれは、正当な労働を経て得た賃金だよ」

 

「ちなみに前科は?」

 

「ない」

 

 素晴らしい。

 まぁ、正義の味方がそんなことをするはずないものな。

 

「またのお越しをー」

 

 アーチャーさんを送り出す。

 穏やかだったな。何か、進展したのかもしれない。

 

 いや、そもそもアイツが絡んでさえいなければ、アーチャーさんはもう苛烈になる必要がないのか……。

 

 コインを弾く。

 

 文句なしの、表面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前は何をしているのだ」

 

「おぉ、可哀想に柳洞。メガネをかけているにも拘らず老眼か?」

 

「まだ老眼になる歳ではない上に、老眼で見えなくなるのは近くだ!」

 

「細かいな柳洞。で、何をしているかって、見ての通り雑巾がけだよ」

 

 柳洞寺。

 この柳洞寺も、オレからしてみればある種骨董品である。

 であるならば、この寺を磨く事はオレの仕事の範疇と言っても過言ではないだろう。ウチの商品ではないが。

 

「何故お前がこの寺の雑巾がけをしているのか、と問うているのだ!」

 

「オレと零観さんが友達なのは知ってるだろ? そういうことだよ」

 

「全く分からんぞ」

 

「はぁ~~、これだから現代の若者は……。一から説明しないと理解も出来ないのかぁ~」

 

「……いや、良い。もう良い。

 是非ともお寺の雑巾がけに勤しんでくれ」

 

「まぁまぁ、そこに座って座禅でもしていろよ。もう終わるからさ」

 

「……」

 

 渋々と柱の背を預ける柳洞。

 もう終わるのは事実。広い寺だが、オレの無限のスタミナをもってすれば瞬時に終わる。何処が汚いのか、とか見極めるのも得意だしな。

 

「失礼する。零観から野場に差し入れだが……一成。お前は外部の者に掃除をさせて、見ているだけか」

 

「こ、これは、いえ、そういうつもりでは……いえ、確かに野場相手とはいえ、女子に掃除をさせて見ているだけというのは、余りに至りませんでした……」

 

「葛木先生、零観さんは?」

 

「檀家の方が来られたのでそちらの相手に回っている。野場、手を洗ってから一成と共に食べるといい」

 

「ありがとうございます。あ、でも神仏の前で食べるのは色々と不味いような。汚しちゃってもいけませんし」

 

「……ふむ。では、私の部屋に来るといい。生憎、来客用の部屋は使用中だ」

 

 

 

 

 

「ずずっ……うーむ、手前はありや、味が狭いな……」

 

「の、野場! 宗一郎兄に失礼な……」

 

「良い。どれほど上手く茶を淹れようとも、趣を込めるというのは未だわからない点が多い。それは私も理解している事だ」

 

「来客を持て成す、なんて考えだからじゃあないっすかね。キャスターさんの事を考えながら淹れてみるとか?」

 

 この人に趣を求めるのなら、それくらいでなければならないだろう。

 それが唯一なのだから。

 

「ほら、柳洞も食べろよ。さっきのはオレが手伝わなくていいって言ったんだ。負い目を感じてるんなら、女子一人に菓子を食わせるこの状況に負い目を感じてくれ」

 

「ム……そうか」

 

 和菓子って結構カロリーあるんだぞ。

 オレはあんまり太らないとはいえ、だが。

 

「……時に葛木先生」

 

「なんだ」

 

「そこのボトルシップ……誰の趣味です? 一升瓶でボトルシップとか、まぁ最近は珍しくも無いですけど……」

 

「妻のものだ」

 

「ですよね。それ、アルゴー船だし」

 

 純和室にある一升瓶。その中にある洋船の違和感よ。

 しかし器用な……あ、いや、ソウイウ手段を使った……とか?

 

「組み立てたのは私だ」

 

「なんと」

 

 それは意外。

 あ、じゃあプレゼントとして贈ったって事か。へぇー、そりゃあ……良い趣味だな。

 

「宗一郎様、お食事の準備ができました――あら?」

 

 静かに襖が開く。

 そこには、お盆を持ったキャスターさん。何気に盆を片手だけで持っているのだが、流石というかなんというか、ピクリとも震えていない。あ、持ち直した。

 

「一成君はわかるけど――どうして貴女がいるのかしら?」

 

「簡単に言えば、零観さんから仕入れた茶器が売れたんで、その報告ついでにお寺の整備をしに来たんですよ。骨董品屋の観点から見ると、掃除されるべき場所がされてなかったりしますからね」

 

「へぇ」

 

 隣で柳洞が、「何故その程度の文量の説明を先程しない……」と震えているが、ちゃんと説明しただろう。「オレが零観さんと友達だから(その繋がりで仕入れた茶器が売れたので前契約として交わした茶器を譲る代わりにたまに寺の整備をしてほしいという約束を果たしに来たんだ)」って。

 

 行間を読み取れなければ人の上には立てないぞ柳洞。

 

「それよか、盆の上にあるそれ……キャスターさんが作ったんですか?」

 

「ええ、そうよ。何か文句でもあるのかしら」

 

「いやいや、ちゃんと出来てるなって。オレの得意料理に、アイツの得意料理に……加えてギリシャ料理かな? 詰め込み過ぎになり過ぎなこの三つを、上手く混ぜてる。正直驚いてますよ」

 

「……フ、フン! それはそうよ、調合は私の得意分野なのだから。

 まぁ、そうね、1ナノほど……貴女に世話になった部分がある事は、認めるケド……」

 

「そんだけありゃあ十分ですわ。っと、んじゃあ昼時って事で、オレはお暇しますね。

 柳洞、コレ残り貰ってっていいか?」

 

「あぁ、構わん。なんなら残りも手土産に持たすが……」

 

「ああ、いいよいいよ。そんなに厚かましいつもりもない。

 そんじゃ、お幸せに~。零観さんによろしくお願いします~」

 

 よっこらしょういち、と腰を上げる。

 

 ちょっと食べてみたい、という親心のようなものもあったが、まぁ基礎の基礎さえ出来れば、キャスターさんが料理上手になる事くらいはわかっていた。だって英霊ですし。しかもそういう薬品だとかを扱うキャスターさんだ。

 知識さえしっかりすれば、オレなんかよりも遥かに上手くなるのは当たり前である。

 

 未だに檀家さんの相手をしているという零観さんに別れを告げられないのは残念だったが、それも仕方なしと寺を出る。

 柳洞の見送りにヒラヒラと手を振りながら、山門まで来た。

 

「――宗一郎に茶のほどきをするとは、中々剛毅よな」

 

「そんな事言って、気付いてましたよね? 言わなかったのは……まぁ、そちらの方が趣があるから、という所だと思いますけど」

 

「フ、さて、どうだか」

 

 振り返る。

 

 誰もいない。

 

 帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる。

 今日も一つ、アイツの行動範囲を潰せた。

 着実に、確実に、アイツの日常(たいくつ)を削いで行けているのだと思う。

 

 同時に、身体の何かが空虚になる感覚を覚える。

 それは気のせいだ。

 

「……こうして、一日が終わる、か」

 

 43度のお湯が身体を打つ。熱い。下げる。42度。死にそうな温度だな。

 疲労が癒えていくこの感覚は、あまり好きじゃない。

 

 オレは好きじゃないが、私は好きらしい。

 小さな齟齬。果たしてオレは、あちらにいるのだろうか。

 

「怖いな」

 

 口に出して、言葉(カタチ)にする。

 オルテンシアの言う通りだ。こうすれば、深く染み込んでこないから。

 吐き出してしまえば、考えなくていいから。

 

 シャワーが肌を打つ。

 風呂は溜めていない。ただただ、無駄に、無意味に水を浪費する。消費する。

 

 怪我一つ、古傷一つ無い肌を水が滑って行く。滑落していく。

 形容しようのないモノは、言葉にできない。

 

「……天にありしは、逆さ月……か」

 

 呟いたのは、誰の為だったのか。

 少なくともオレのためではないのだろう。

 

 ならば――。

 

 


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