【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月9日 (90)

「お邪魔しまリスー」

 

「野場さんは紅茶、何が好き?」

 

「なんという華麗なスルー。じゃあオレはアー……いや、ピュアダージリンで」

 

「へぇ? 意外な好みね」

 

 まぁ、貴女に教えてもらった好みですからね。

 

 さて、オレは今冬木の(怖い)洋館こと遠坂邸に来ている。

 前のような商談ではなく、昨日アポを取った件での用事だ。

  

 美しい内装の部屋で、遠坂が紅茶を入れるのを待つ。

 目線はシャンデリア、大きなのっぽの古時計、絵画にカーテンへと動き、元の扉へと戻ってくる。

 

「そんなにこの部屋が珍しい? あぁ……()()()野場さんを家に呼ぶなんて事ないものね」

 

「それもあるんだけど、職業柄ね……。もうちょっと掃除の時に優しくしてやってくれ」

 

「へ? そんなこともわかるの、アナタ」

 

 ……いや、なんだろう。

 なんか、聞こえた気がしたんだよな。そういう旨を訴えてくれって。

 ……うわ今のオレめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。

 

「いや、なんでもないってことにしてくれていい。特に傷もついてないようだし……忘れてくれ」

 

「ふぅん? ま、いいわ。

 それで、何の用? 商談でも無く私の家に来たいって、どういう風の吹き回し?」

 

 遠坂はテーブルの対面に座り、肘をついて蠱惑的な目でオレを見る。

 蠱惑的? いや、挑戦的と見るべきか。

 コインを弾きたい衝動に駆られるが、ここはアウェー。ホームでもないのにそういうのは慎んだ方がいい。

 

「早々に潰しておきたい不安事項っていうか懸念事項があってさ」

 

「それって、衛宮君には聞かれたくないコト?」

 

「う……まぁ、そうだよ。衛宮に聞かれたくないし、悟られたくもない」

 

 遠坂はなおも挑戦的な目でオレを見ながら紅茶を飲む。

 目を離さない、何をする隙も与えないと言う風に。

 

「それだけ聞くとサプライズを用意しているように聞こえるのだけど……どうも違うみたいね」

 

「本来の意味でなら合ってるかもしれないな……不意打ち、そう、アイツの知らない所で、アイツの知り得る事を潰そうっていう魂胆なんだ」

 

「イマイチ要領を得ないんだけど……つまり、野場さんのやりたい事は衛宮君に知られたくなくて、且つ衛宮君に関係していて、私が協力できる事、っていう認識でオーケーかしら?」

 

「あぁ、バッチグーだ。ただまぁ、遠坂だけにしかできないワケじゃない……いや、これは言葉が正確じゃないな……。あー、そう、遠坂以外……というか衛宮以外の全員に協力してもらう事、って感じかな」

 

「衛宮君以外の全員で衛宮君の不意を打つ、と聞かされて、私が協力すると思う?」

 

「衛宮のためだと言ったら?」

 

 ……まぁ、そうだな。

 不意を打つという言葉で、尚且つ日本でのサプライズ……喜ばせるためのものではないとはっきり言っているんだ。

 衛宮と親しい遠坂や、あとブロッサムさんやセイバーさんは協力してくれない事は想定していた。

 ただ、中でも一番可能性のある遠坂を選んで来たつもりだったが……さて。

 

「……いいわ、話だけ聞いてあげる。だからそんな泣きそうな顔しないでくれる? 私が泣かせてるみたいじゃない」

 

「おお、遠坂には泣き落としが効くのか。意外だな」

 

「……」

 

「冗談だよ冗談。睨まんといて~」

 

 大事な時に余計な事言う癖は直した方がいいと思います。

 

「はぁ。それで? 何をしてほしいの?」

 

「遠坂の部屋を見せて欲しい」

 

「……部屋? 今、部屋を見せてって言った……わよね。それだけ?」

 

「それだけじゃないけど、それが大前提」

 

「んー……と、まぁ、特に問題は無い……わね。一応ちょっと片付けてくるから、待っててくれる?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 じゃ、と言って部屋を出て行く遠坂を見送る。

 第一段階はクリア。

 吊り橋渡り……いや、平均台渡りか。少しの横風で足を踏み外しそうだが、とりあえず一歩目は出せた。

 後は二歩目三歩目をスムーズに出せるか、だな。

 

「……美味い」

 

 すっきりとした香りが、オレを勇気づけてくれた。

 遠坂がいなくなったのでコインを弾く。

 

 表。

 満面の笑みの悪魔がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわ……初めて入ったけど……すげー」

 

「そう? フツーだと思うケド」

 

「いやいやお嬢さん。天蓋付きのベッドもさることながら、燭台や絵画、カーテン、窓枠や家具に至るまで全てが至高の品じゃあありませんか」

 

「その口調はよくわからないけれど、野場さんが言うならそうなのかもね」

 

 遠坂の部屋は、一言で表すと美しかった。

 金を基調とした部屋。外壁はブラウンで、絨毯は赤。どこぞの冥界の女神の色合いと合致するその部屋は、シックで大人びていて……なんというか、遠坂本人よりは遠坂家そのものを象徴するソレと言えるのだろう。

 うっかりさえなければ、優雅な家系なのだから。

 

「それで、用事って何?」

 

「……宝箱。その宝箱……中を見せて欲しい」

 

 スッと遠坂の目が細くなる。

 それは当たり前の反応だ。だってアレは、遠坂の魔術関連の品が収められた宝箱。

 何故片付けておかなかったのかわからないくらい、オレとは関わりの無い箱なのだから。

 

 それを名指しで、ピンポイントに見せて欲しいなんて、警戒しないワケがない。

 

「誰から聞いたのかしら」

 

「価値があり過ぎて一年以上買い手のつかない骨董を引き取ってくれる人だ。仕入れ先とは別人な」

 

「……どうしてそんな人が……いえ、まさかね……」

 

 何かに勘付いたように手のひらを口に当て熟考モードに入る遠坂。

 そろーり。

 

「ガチャコーン!」

 

「あ!」

 

 開ける。

 中にはピンクの柄の星のついたステッキ。あとなんかイギリス国旗かフランス国旗かよくわからないヤツ! その他多数!

 

「……野場さん、一歩でも動いたら……()()()()

 

「撃つ、って……何を? チャカ?」

 

 振り返らずに問う。

 一歩動かなきゃいいんだろ。

 

「そうね、拳銃よりも殺傷力は低い……かもしれなくもないけど、それよりももっと怖いものかしら」

 

「おいおい、そんなものを撃たれたら、か弱い飛鳥ちゃんの身体は爆発四散しちゃうんじゃあないかい?」

 

「そんな事にはならない……と言いたいトコだけど、野場さん次第かしらね。その箱は私にとってとーっても大切な箱なの。ゆっくり、中身を見る事無く、閉じてくれる?」

 

 優しい声で、冷たい感情を乗せて言う遠坂。

 しかし退けない。ここで退けば、もっと世界が長引いてしまう。

 今までは積極的に動いてこなかった。だから遅々として進まなかった。

 最近は積極的に、しかし無作為に動き過ぎた。だから凄まじく長い間進まなくなった。

 

 だから、これからは、奴の言う日常(たいくつ)の芽を――片っ端から潰すために動く。

 そのための第一歩がこれなんだ。この世界の形成に関わらない、恐らく起こしてしまえば忌避感からしまうだろうこれを!

 

「しかしドーン!!」

 

「あ、ちょ、待ちなさい!」

 

 一歩は進んでない。

 宝箱を掴む両の腕で、自分の身体を引きこんだだけだから!

 中は真赤――と思いきや、どんどん暗くなっていく。

 

「間に合わな、きゃあ!?」

 

 ずるっという音。

 そして顔面から、遠坂が宝箱の中へ入ってきた。

 

 ……バナナの皮でもあったのかな。

 バタン。

 宝箱は、まるでミミックのように――オレと遠坂を、飲み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、説明するぞ遠坂。

 分かりづらいだろうが、オレ達は閉じ込められてしまったようだ」

 

「一発殴っても、良い?」

 

「OK遠坂、暗闇だが笑顔なのはわかる。そしてOKじゃない。勘弁してくれ」

 

 オレは宝箱の中に入る時、自身の身体を引き込むようにしたので、宝箱の右側を頭に寝転がっている。

 遠坂はオレを追いかけるようにして入ってきたので、オレのお腹の辺りに覆い被さるように倒れていたのだが、すぐに三角座りになった。

 見た目と容積の違う宝箱。知識としては知っていたが、実際に入ってみると不思議極まりない。どうなってんだコレ。

 

「……ふぅ。そうね、勘弁してあげる。――ここではね」

 

 死刑宣告に等しい言葉が至近距離で囁かれる。

 この一周はそれも仕方がない。この四日間を犠牲にヤツの行動目的を一つ潰せたのなら僥倖だろう。

 

「あー……と、それでだな、遠坂。とりあえずここから出る方法だけ確立しておきたいんだが……」

 

「ないわ」

 

「What?」

 

「だから、ないのよ。

 ……この宝箱は、まぁ、詳しい事は言えないけれど……内側からは開かないの。運よく外から誰かが開けてくれるのを願うしか、方法は無いわ」

 

「さっきのチャカ的なものは?」

 

「無理ね。そんなチャチな威力で壊れる箱じゃないし」

 

 ……想定通りだ。

 恐らく説明してくることはないだろうけど、この箱の中の一時間は外の一日に相当する。

 オシーンの伝説状態と言えばわかりやすいだろうか。

 

「見た目木だったと思うんだけど」

 

「ダイヤモンドよりも硬い物質で出来ていると思ってくれればいいわ」

 

「マジカー」

 

 寝転がった状態でピーンとコインを弾いてみる。

 ……表か裏かは見えないが、手触りで表だとわかる。

 

「はぁ。ま、気を揉んでいても仕方ないわ。どうしようもないんだし。

 ……それより、野場さん」

 

「なんだいマドモアゼル」

 

「どうして、この宝箱に入ろうなんて……考えたのかしら?

 この箱に私達が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()含めて、聞きたいのだけれど?」

 

 まぁ、そうだ。

 そりゃあそうだ。

 

「しっかり理由はある」

 

「へえ?」

 

「まず、疑念の一切を抱いていない事についてだけど、それは入りきれているからだ。実は宝箱の下は抜けていて、見た目より深かったとか壁の奥まで続いていて見た目より広かったとか、いくらでも考えようがあるし、実際に入りきれているのにそれを疑う気にはなれん。

 まぁ、今の遠坂の問いかけで、ここが()()()()仕掛けじゃあないってわかったけどな」

 

 口元に手を当てる遠坂。

 失言だと思ったのだろう。

 

「で、箱に入ろうと思った理由だけど……一つは”呼ばれたから”だ」

 

「……呼ばれた、ですって?」

 

「そう。

 オレは()()()()()()()()()、遠坂の部屋から呼び声を聞いていた。……正確に言うと、聞いていた気がした。幻聴だとは思う。だけど、オレが骨董を好きになったきっかけも幻聴だから……確かめたいと思った」

 

 コレは本当だ。

 今も聞こえる幻聴。使われたい。使って欲しい。もうここに囚われるのは嫌だ。

 そんな聞こえるはずの無い声にならない声が、脳裏に犇めきあって仕方がない。

 オレの店では聞いた事の無い悲鳴。いや、聞こえないんだけどさ。

 

「……それで、もう一つは?」

 

「もう一つは、遠坂。遠坂と話がしたかったんだ」

 

「私と? ……なんでココに入る必要があるのか、説明してくれる?」

 

 ヤツの日常(たいくつ)を潰す事。

 聞こえない悲鳴を解消してやる事。

 そして最後の理由は、オレの我儘。やらなくても良い事。

 

「ここじゃないと話せない」

 

「……そうね、そろそろ潮時だとは思っていたのよね、私も」

 

 寝転がって遠坂を見上げたまま、真顔を創るオレ。

 膝を抱えて座りながら、諦めたような表情を造る遠坂。

 く、暗くなければイロイロ見えていた位置だな……。

 

 

 

「単刀直入に聞くわ。

 ――野場さん、貴女魔術について、知っているでしょう?」

 

「――あ、そっち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……知っていると言えば、そうだな、うん。知っている……に、なるんだろう。そういうものがあるっていうのは……一応、知っていた」

 

「どこで知ったのかしら? 貴女の家は魔術師の家系ではないと思っていたのだけれど?」

 

「1人はオレの骨董を引き取ってくれる人。もう1人は言峰さんだよ。2人がオレに、そういうものがあるかもしれないって教えてくれた」

 

「あのエセ神父が? ……にわかには信じ難いわね。そういう所はきっちりしていると思っていたんだけど」

 

 まぁ、そうだな。

 言峰さんは、オレがそういうものを知っていると理解した上で話していたから、神秘の漏洩には当たらないのだろう。

 

「その引き取ってくれる人っていうのは?」

 

「すまん、そこは教えられない。というか、名前は知らないんだ。両親の遺したメアドでのみ交流があるんでね」

 

 両親のよしみ――親交のあった2人の関係値を引き継いでいるだけで、オレ個人と友好関係にあるというワケではない。まぁ、オレがいたから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も無きにしも非ずだが。

 その人だけが、魔術師であると知っている唯一の知り合いと言えるだろう。

 ……言峰さんは、もういないのだから。

 

「……そう。それで、今までしらばっくれていた理由は?」

 

「魔術がある事は知っていても、魔術ってのが実際にどんなものか知ってるワケじゃない。遠坂が魔術師だってのもさっき知ったんだ。しらばっくれていたワケじゃないさ」

 

「さっき?」

 

「チャカに似た威力のものを撃つ、って言った時だよ。普通に考えて拳銃に似た威力の物ってのがなんだかわからん。何より機械オンチの遠坂がそんなもの扱えるわけないし、これでも耳は良いんだ。金属音を一切発しないで拳銃クラスの威力を叩き出す遠距離武器なんてオレは知らないね」

 

 オレが知らないだけという可能性もある。

 例えばそう……改良に改良を重ね、拳銃クラスの威力が出るようになった割りばし輪ゴム鉄砲みたいなのがあれば、話は別だ。

 

「……」

 

 暗闇で見えないが、恐らく遠坂は品定めをするような目線でオレを見ているに違いない。

 残念だが今言った事は10割嘘だ。真っ赤な嘘だ。一つたりとも本当の事は言っていない。

 堂々と、嘘を吐いたと言い切れる。後ろめたい事なんて一つも無い。

 

「……ま、信じてあげる。

 それで、さっき言った『そっち』っていうのはどういう意味? 他に聞かれて困る事でもあった?」

 

「あれぇ、忘れてくれたと思ったのに。

 OK遠坂、話すからジリジリと腹に足先を押し付けるのはやめろ。この密室空間でリバースは不味いだろう?」

 

 足が離れて行く。

 さて、今から言う事は本当だ。

 腹をくくれよ、野場飛鳥。

 

「……衛宮の事だよ。

 遠坂はオレが衛宮に対してナニカしている……何か含みがある事についてききたいんじゃないかと思ってさ」

 

「ああ、それ」

 

「いやに軽いな。大切な衛宮の事なのに、そんな反応でいいのか?」

 

「別に?

 衛宮君なら大体は自分で解決するだろうし、本当に困っているなら、()()しっかりと助けを求められるもの」

 

 それは全幅の信頼だった。

 もう、か。

 

「それを聞いたところで教えてくれるのかしら?」

 

「……いや、やめておくよ。いやさ、衛宮が心配でオレを敵視するようなら、と思って理由を話そうと思っていたんだけど、そういうことなら話は別だ。オレ程度の障害、衛宮なら無事乗り越えられるだろうからさ」

 

「障害の自覚はあるのね……。はぁ、変に緊張して疲れた」

 

「マッサージでもしようか? オレ、これでも昔はリラクゼーションセラピスト3級とか持ってたんだぜ」

 

「へぇ。じゃ、お願いしようかしら」

 

 今昔は、とか失言したけどスルーしてくれて助かった。

 昔……つまり、前の時の話だ。まぁ、どうでも良い話でもある。

 

「そろそろ一時間、ね……」

 

「まぁ五時間くらいしたら流石に誰か来るだろ」

 

「……ま、五時間で来たら儲けものかしらね」

 

 怖い事いうなー。

 

 

 


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