珍しく川辺には
市民にもっとも愛されている憩いの場。それも祝日の昼間だというのに、そこにいるのはただ二人。
とんでもなく目立つ、怪しい組み合わせがあった。
「……いない、か」
いないとわかっていながらも、キョロキョロと当たりを警戒してしまう。
本来なら犬猿の仲である、マスターがいなければ真っ先に殺し合いを始めてしまうだろう二人が仲良くだべりながらアイスクリームを食べている事は、オレにとっては見慣れた光景だ。
だからこそ警戒する。
この場に居合わせ、この光景をレアだと称するのは、あの男しかいないのだから。
「あ、こんにちはお姉さん。お姉さんもお一ついかがですか?」
「貰います!」
屋台のアイスクリーム屋さんにトタタッと走り寄って、アイスクリーム屋さんのお姉さんとニコニコ会話したあとに、購入したソレをまた小走りで持ってきてくれる金髪くん。
天使かな?
「はっはっは、やはりアイスはベリーベリーストロングーが一番だねぇ!」
「あぁ、アイルランドの夏の風物詩ですもんね、苺って」
「良く知ってんなぁ嬢ちゃん。一口どうだ?」
「貰います貰います」
オレは商人だが、好意で貰えるモンなら大体貰うぜ!
衛宮みたいなのは別だけど。
「あんぱん味でよかったですよね?」
「うん、というか良く知ってたね、オレが食わず嫌いな中で唯一食べるアイスの味」
というかよくあったね、あそこのアイスクリーム屋さんに。
青髪ワイルド系イケメンからイチゴのジェラートをあーんされて、金髪天使系ショタからあんぱん味のアイスを奢ってもらう。
プチハーレム状態だな、絵だけ見れば。御免だが。
「しかし……」
「?」
ものすごく強い苺の味で染まりかけた舌をぴちゃぴちゃと餡子の味で染めていたオレに対し、ランサーさんは怪訝そうな顔を声色を向ける。
なんだろう。
「嬢ちゃんは驚かねえんだな。俺とコイツが一緒にいるの見ても」
「え? おかしいですか? ボクが君と一緒にいるのって?」
「いや、マジメな話おかしいだろ。むしろ普通に受け入れてる嬢ちゃんが謎だ」
そんなことを言われましても……。
「ぴちゃ……だって、あれでしょ、ぺろ、履いてないんぐ、ぺちゃ、さん繋がりれろれろ」
「せめて一息ついてから話してくれていいぜ、こっちもそこまで急いでるわけじゃねえし」
「むしろ暇だからこうしてアイスクリームを食べていたわけだからね」
その言葉に従って、とりあえず垂れ落ちないくらいまでアイスを舐め取る。
しばし無言の空間。
ニコニコとオレを見つめる金髪君と、そんな金髪君を異様な物を見るかのような目で見るランサーさん。
んぐ。
「それで、なんだっけ。金髪君がかわいいって話だっけ?」
「一言も喋ってねえよ、そんな事。そもそもな、コイツに可愛げがあるってのがおかしいんだ。別人じゃねえのかホント。成長過程に謎があり過ぎンだよ。猿から人以上の空白だな」
「でも、こういっちゃなんだけど金髪君って誰かの尻を叩いて働かせる、ってタイプじゃないから、多忙に多忙を極めたあの国ではアレでよかったんじゃないっすかね」
まぁ、「やってくれるよね?(威圧)」ってタイプではあるかもしれないが。
檄を飛ばすには向かない性格だと思う。
「暴君でいいと言われたのは久しぶりだなぁ。まさか子供の時に将来を褒められるなんて思っていませんでしたけど。お姉さんは今のボクと将来のボク、どっちが好きですか?」
「え、そりゃ勿論今の金髪君だよ。でも三枝は渡さん」
「あぁ、やっぱり。でも、あはは、最終的に選ぶのは三枝さんですから」
一瞬火花が散る。
ふ、しかし三枝にとって金髪君は弟も同然。同い年であるオレの方が、恋愛対象としては一歩リードしている!
「……嬢ちゃん、前にも言ったが男のシュミが悪いぜ。コイツの将来は一度根本からブッ壊して直さねえと改心しないような、俺から見ても”ない”奴だからな」
「そうなんですよねー……なんであんなオトナになっちゃったんでしょうねー。でも将来は変えられないんですよねー。ああ、未来がわかってるのってこんなに鬱なんですねー」
がっくりを肩を落とす金髪君。
「あ、でもオレ将来の金髪君や将来の衛宮の声は凄く好きよ。かっこいいよね。憧れる」
「そうですか? なら、声色だけ将来のボクにしてみますか?」
「そんなことできるのか……でもやめてください……金髪君は金髪君の声でいいのです……」
「だな。流石に”そう”なったら、俺も苛立ちが抑えられる気がしねえ」
「そうですか……流石は
「あぁ、ライダーにキャスターに……確かに一端の女ばっかだな。セイバー辺りは趣味じゃねえのか?」
「セイバーさんは衛宮の嫁だからなぁ。流石にNTR属性は無いんすよオレ」
「なんでだよ。他人のモンでも奪っちまえばいいだろ?」
「欲しいと思ったら攻めるべきですよ」
まぁ、あなたたちはそうでしょうね。
ワイルドワイルド。
「でも、残念ですね。お姉さんの好みに一番マッチしそうなイリヤさんは、お姉さんの事見てくれませんし」
「わかってくれるか金髪君よ。まぁ見えてた所でバーサーカーさんという圧倒的な壁があるから手は出せないんだけど、認識してもらえないってのは辛いよなぁ」
「あぁ、アレの守りを突破すんのは至難の業だな」
笑いあう。
あそこまで頑丈なセキュリティガードは早々いまい。
「で、こんな所で何してるんだ……って聞くのは野暮か。履いてないさん、そんなに嫌ですかい?」
「……ああ、あの陰湿さはどうもいけねぇ。もっとハッキリしてた方が好みだぜ。今日の嬢ちゃんみたいによ」
「そうですか? ハッキリっていう点で言えば、あの人はハッキリしてますよランサーさん。方針に迷いがありませんからね」
「まぁ、召使いとして正しい用法をしている、と見れば……」
「召使いねぇ……確かにアイツをマスターとして仰ぎ見てる間はそうなんだが……」
履いてないさんも「普通の人間」との接し方がわからないから、わかりやすい「使い魔」への対応を再現しているのだと思う。オレと衛宮にお茶を出そうとしたように、知らないからやってみたいのだ。
つまり、マスターとは使い魔をこき使うものだと、多分根っこの部分に教えられたのではないだろうか。
「ほぉー……なんだ、嬢ちゃんは案外暴君の肩を持つな。コイツといい、アイツといい」
「必要悪って話だよ。そういう意味じゃ衛宮だって暴君だし、同じようにアーチャーさんだって暴君でしょうさ。そこにいる者として当然の振る舞いをしている、って点は、あの二人、とてつもなく全うできていると思うし」
「その理論で行くとお姉さんも暴君になってしまいますから、破綻していますね」
「してないよー、オレはオレらしい振る舞いなんてしてねーもんさー」
本来のオレの性格は、もう少し文句をタラタラ垂らす、どちらかというと厭世家だ。
こんな(骨董品限定とはいえ)慈愛に満ちた性格じゃあない。
「ム」
「あ」
二人が同時に顔を上げる。
ランサーさんは露骨に嫌そうに、金髪君はニコニコと、しかし遠慮がちな笑みに。
「じゃあな、嬢ちゃん! もしここに誰か来て金色と青色を探してるとか言われたら、青い方は見なかったけど金色の方は公園や橋にいたって言ってくれよ!」
「また会いましょう、お姉さん。もしここに誰か来て、金色と青色の行方を聞かれた場合は、金色の方は知らないけど青色は港にいたって答えてくださいね」
物凄い滑舌の良い早口と笑顔でオレにそう言ったランサーさんと金髪君。
彼らは言うが早いかものすごいスピードで立ち去って行った。ランサーさんに至ってはジェット噴射でもしたんじゃないかという程の速度だ。落ち葉が対流でオレの顔に当たった。
「……嫌な予感は――」
「おや。こんなところで、奇遇ですね」
「――的中するもの、ってな」
オレの後ろから話しかけてきた、その死体の埋まっていそうな、紫陽花のような声に振り返る。ところで紫陽花って隠語だよね。今から紫陽花。
「こんにちは」
「あぁはい、こんにちは。青色は公園で子供達と遊んでましたし、金色は港方面で釣りをしていましたよ」
「そうですか。それは良い事を訊きました」
ちゃんとオーダー通り、ランサーさんの居場所も金髪君の居場所も誤魔化しておいたぜ!
「そいで、何用ですかい。あぁ、いや。奇遇なんだったっけね」
「はい。奇遇です。ただ、衛宮士郎に言われた通り聖骸布でパシューッと捕まえようとしたのですが、貴女は反応しなかったので、普通に話しかけてしまいました」
「あぁ、オレアイツ程頑丈じゃないから効かなくてもやめてくれ。多分普通にすり傷だらけになる」
「では、衛宮士郎には行いますね」
それは構わないけど。
履いてないさんは胸の前で手を組む、いわゆる祈りのポーズのままオレと会話を続ける。
「改めて自己紹介が必要なようですね」
「そんなことはないぜ、履いてないさん。今は履いてるようだけど、あんたの名前はアンタが名乗る前から知ってるからな」
「では何故、そのような見当違いな名で呼ぶのですか?」
「あぁいや、普通に呼んでほしいなら直すよ。単純に微かなる抵抗としてからかってるだけだし」
「では、普通にお願いします。私も傷だらけの雨傘ではなく、野場飛鳥と、そう呼びますので」
「あいあい、オルテンシアさん」
少し驚く履いてないさん。
? 今驚く要素あった?
「……カレン、でいいです」
「そんなワケにゃあいかない。オレは基本的に全員苗字呼びなんだ。ブロッサムさんとか両親とかは例外だけど、アンタだけ特別扱いは出来ないよ」
「何かこだわりがあるのですか?」
「勿論。名前で呼ぶのは、身内だけだ」
今のところ名前で呼んでいるのは、セラさん、リーゼリット、イリヤスフィール嬢、辰巳に縁ににゃんこさんと零観さん、そしてブロッサムさんだけ。
内にゃんこさんと零観さんは除く。にゃんこさんは渾名だし、零観さんは弟の方と紛らわしいからそう呼んでいるだけだから。
「……間桐桜やイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが身内扱いなのですか?」
「同じ穴の貉だからな。金髪君や衛宮に倣って言うなら、ブロッサムさんは未来の可能性、イリヤスフィール嬢は表面だ。セラさんとリーゼリットは骨董品と同じだしな。両親は言わずもがな。
だから、残念ながら名前呼びはしないぜ、オルテンシア。これでいいだろ?」
「はい」
そういう意味で言えば、クロエ嬢や
「……そろそろ、行きます。青色と金色の有益な情報ありがとうございました」
「いやいや、これくらいならいつでも。衛宮関連以外だったら普通に協力するぜ」
「はい。では、その時に」
ごめんな、その情報嘘なんだ。
本当は双方が双方とも真逆の場所にいるんだが……ランサーさんと金髪君に頼まれちゃっちゃー仕方ないと思ってくれ!
ふふ、と慇懃に笑いながらあるいていく履いてないさん。
あの二人に幸多からんことを。
そうして、最後の夜が終わる。
オレの知っている聖杯戦争は終わった。
オレの知っている戦いは勝者を生むことなく、
オレの知っている異常は解決されることなく、
オレの知っている楽園は、今もこうして廻り始めている。
紫陽花が隠語というのは、音読みした時の話。