「それにしても野場氏の交友関係は不思議ですなぁ」
「最近オレもそう思うよ」
昼休み。
何の脈絡も無しにそう話しかけてきたのは同じクラスの後藤
基本的にノリで生きていて、誰とでも仲のいいあだ名は後藤くんである。
「衛宮
「そりゃ難しい質問だなぁ後藤くん。
まー、そうだなー。強いて言うなら……オレの徳望の高さ?」
「もし本当にそうなら世の中に戦争など起きんと思われますがなぁ」
「世界中のみんなが友達だから、ってか?」
オレが購買で買って来たハンバーグ弁当を後藤くんに押し付け、後藤くんがコンビニで買って来たチーズとハムのパニーノをオレが貰って食べている。特別仲が良いわけではないと思っていたが、それなりに仲はいい方なのだろう。多分。
この太眉男はギブ&テイクが基本なので、友達付き合いをする上でも良縁の部類に入るのだ。
「話は変わりますが野場氏。拙僧先程極上の美人を見かけたのだが、拙僧としたことが顔を思い出そうにも上手く思い出せない。スタイルがよく、印象は紫。それくらいしか覚えていないのですなぁ」
「あぁそれ多分知り合いだわ。まぁあの人既にイイヒトいるから狙っても無駄だぞ」
「む……まぁ、拙僧はそれほど興味はないのだが」
「後藤くんは氷室以外アウトオブ眼中だもんなー」
「貴ッ様ァァアアアア!!」
彼らの中でどうなのかはしらないが、もう7か月以上の時が再現され続けているというのに一切の発展が無い後藤くんと氷室の関係。
氷室側にその気が一切ないので当たり前と言えば当たり前だが、それはいわゆる脈無しと取っても何も問題はないとは思うのだが、しかし諦めろと言うのはオレが言う言葉じゃあない。
頑張れ!
「よっこいせ」
「む、どこかへ行くのか、野場氏」
「知り合いで困ってるとアレだしなぁ、ってな。衛宮辺りが対応してそうだが、保険だよ保険」
「取らぬ狸の?」
「カチカチ山」
「想像の中でも燃やされるのか……」
そんな適当な掛け合いをしつつ、教室を出る。
他の物には一切目もくれず、一階の職員室に直行した。
と、廊下に目立つ二人組を発見。
「……野場か。職員室に用があるのか」
「いえいえ、オレが用あるのは奥さんの方ですよ。ちょいと言っておくことがありまして」
二人組――葛木先生とキャスターさん。
声をかける前にオレに気が付いた葛木先生と、そんな先生の問いかけに答えたオレの言葉に鬱陶しそうにオレを睨みつけるキャスターさん。
葛木先生は「そうか」と短く呟いて、一歩後ろに下がった。
「……何かしら。今、宗一郎様とお話をしていた所なのだけど?」
「いやぁ、前に忠告を受けた身ですから。一応断っておこうと思いまして」
「……?」
怪訝な顔をするキャスターさん。
でも、これは言っておかなければいけないのだ。
だってこれは、この二人にとっては、もっとも重要な宣告になるのだから。
「オレ、終わらせるために動きますわ。正直オレもこの時間がずっと続けばいいとは思ってるんですけどね。それも本心から。けど、残念ながらそうもいかないんですよ。色々と。だから、心から謝ります。こんななし崩しな気持ちで、貴女たちの幸せを奪います」
「――……」
タイムリミットがあるから。要はその一言に尽きる。
そしてそのタイムリミットを迎える事は、彼にとっても、彼にとっても望むべく所ではないのだろう。
そして、オレも。
こんな場所で燻っているのは、あの二人に申し訳ない。
だから、申し訳ないのだが、本当はこの時間を続けていたいのだが、上記の理由及び一身上の都合により、仁に背き、道のままに、己を貫かせてもらおう。
「……別に、私がそれを止める事は無いわよ。あなたが何なのか、誰なのかは知らないけれど……でも、私に取って宗一郎様との時間に『充分』は無いわ。それはわかっているのでしょう?」
「ええ、多分、貴女や葛木先生よりもわかっています」
だって昔のオレが一番好きだったのは貴女達だったのだから。
ま、それはどうでもいい事だけど。
「話はそれで終わりかしら。なら、貴女のせいで
「あい、お邪魔しました」
廊下を戻る。
コイントスはするまでもなく、裏だろうなぁ。
「お、遠坂。どうした、月モノか」
「違うわよ。……けど、まぁ似たようなモノね。っ……」
階段の踊り場。
手すり側にもたれかかって、荒い息を吐いていたのは遠坂だ。
腕で押さえているのが腹に見えたので生理かと思ったのだが、よくよくみれば手は反対の腕を掴んでいる。
魔術刻印、という奴か。
「持病みたいなモンか。保健室とオレの秘密の部屋、どっちがいい?」
「……後者で」
「マジか。りょーかい」
流石に樽抱きは問題があるだろうから、適当に足を払って横に倒し、姫抱きにする。
マジカル八極拳の使い手の足を払うなど、金輪際できる事ではないだろう。
「きゃっ! ……ちょっと、それが病人に対してやることなの?」
「いいじゃん、どうせ衛宮によくやられてんだろ? 極力揺らさないようにはするが、衛宮よりは安定感ないだろうからそこは勘弁してくれ」
「……別によくってほどじゃ……」
「惚気かよ」
慎重に、しかし迅速に階段を下りていく。
放課後という事もあって幸い生徒はほぼ居らず、スムーズに目的地まで辿り着く事が出来た。
「……暗室?」
「おう。穂群原学園写真部の部室兼暗室だ。一応、元部長として顧問のセンセに鍵は預かったままなんでね」
「野場さん、写真部だったの?」
「名前貸しただけだけどなー。一年の時に幽霊部員として入って、二年で部員がオレだけになったんで自動的に部長に、三年の今じゃ部活自体が新聞部に吸収されたっぽい。顧問のセンセもそっちにいるしな。
オレに鍵預けたのは忘れてるっぽいんで、こうして偶に使わせてもらってるのさ」
「……それ、良いの?」
「多分悪い」
一度遠坂を降ろし、鍵を開ける。
重い扉を開けると、冷たい空気が肌を浚った。すぐに換気扇と暖房を入れる。暗室と言っても既に銀塩は使われなくなって久しいので、普通に暖房があるのだ。
置いてあるものはパソコンとプリンターのみという寂しい部屋。
まぁココに置いてあるカメラとかは整備したらまだ使えそうなんだけどな。学園の備品だから持って行ったりはしないが。
「誰も来ないから、十二分に休んでくれ。ついでになんか聞きたい事あるんだろ?」
「ム……良く分かったわね」
「保健室じゃなくてこっちを選んだ時点でなぁ。なんか人に聞かれたくない事で話したい事があるって……丸わかりだろ?」
なんてったって、保健室は目と鼻の先だったワケで。
回転丸椅子をクルリと回して、遠坂に向き直る。
遠坂はゆっくりともう一つの丸椅子に座り、ふぅと息を吐いた。
「さっきから」
「うん?」
「……さっきから、わたしの腕を心配そうにみているけど……わかるのね。お腹じゃなくて、腕が痛い、って」
「そりゃあそんだけ強く握りしめてりゃあなぁ。八極拳のやり過ぎで腕折ったんじゃないかと思ったが、持病だっつーんで疑問だったんだよ」
「そう……なら、いいけど」
おや、怒らない。
相当弱ってますねぇこれは。
「ねぇ、野場さん」
「なんだ、遠坂」
「貴女と最初に出会った時、わたしがなんて言ったか……覚えてるかしら」
「勿論」
忘れるものか。
オレが、友達との出会いを忘れたりするものか。
「『骨董品店だかなんだか知らないけど、わたしが冬木のセカンドオーナーなんだから!』……だろ?」
「そう。そして、貴女の答えが『そりゃ言峰さんから聞いたよ。それでお嬢ちゃん、野場骨董品店にどんなご入り用で?』だったわ」
「わぁおキザったらしい。今聞いても黒歴史だわ。覚えてるけど」
「わたしにとってもそうよ……」
あの時は、言峰さんに紹介される立場、という事もあって、出来るだけ格式高い感じを目指したんだよなぁ。辿々しい喋りで言峰さんの顔を汚すわけにもいかないし、幼少の遠坂=友達思いだけど高飛車みたいなイメージがあったから、舐められないようにって。
結果キザったらしい喋りが勘違いを加速させたらしく、初めの頃は本気で敵視……とまではいかずとも、怪訝な目で見られていたように思う。主に言峰さんの同類だと思われて。
「あれから十年も経ったわけだ」
「そうね……十年。結局、貴女の骨董の入荷先は教えてくれなかったわね」
「そりゃ流石に教えらんねーなぁ。遠坂だってオレに隠してることいっぱいあるだろ?」
「ええ……たくさんあるわ」
力ない笑みで、にっこり笑う遠坂。
衛宮が見る事の出来るものではない、友達に対する笑顔。レアもんですぜ。
「だから、聞いておきたいのよ。野場さん」
「オレが、何を知っているのか、か?」
「貴女が、何を抱えているのか」
おや、参ったな。
遠坂が入口側にいる。
逃走は無理そうだ。
暗室にかけられた時計の針が示す数字は「6」。つまり、十八時半。
放課後も放課後、そろそろ帰らなければいけない時間だ。
オレとしても夜道を出歩きたくはないのでこの辺りで帰りたいのだが。
「チョーシ、悪いんだろ? 早く帰って温かくして寝た方が良いぜ」
「今更逃げる気? 自分で振っておいて?」
「ハッハー、遠坂と違ってオレはか弱い美少女なんだ。夜遅くなると門限がやばい」
「一人暮らしじゃない」
「おっと冷静なツッコミありがとう」
ピィンとコインを弾いてはキャッチする、を繰り返す。
天井の低い暗室で、音が反響するこの部屋で、爪とコインの音が時間を刻む。
「……おかしな話よね。今、この町に於いて、おかしいと思った事はおかしくなくなってしまう……。だというのに、あなたに関する事だけは明確に『おかしい』と思える。どうしてかしらね」
「うーん、よくわからんが、おかしいと思った事がおかしくなくなるのが正常なら、おかしいと思えた部分は正常なんじゃないか? だって、おかしくないと思った事はおかしいと感じるはずだろ?」
「そう、それが『おかしい』のよ、野場さん。
……あなた、なんでこんな眉唾話を、そんな風に意図も簡単に飲み込めるの?」
遠坂は衛宮に、衛宮の身に起こっている事はSTGでいう自機の連続性と同じだ、というような話をしたはずだ。
その例えで行くなら、衛宮が自機、遠坂や冬木市のみんなはステージ、”彼と彼女”がプレイヤー、という事になる。
そしてオレは、液晶に付いた汚れや傷、だろうか。
「小説が好きなだけさ。骨董には古紙もあってね。様々な時代の、色々な小説が楽しめる。中には魔術や魔法といった要素を組んだ小説も数多く存在する。オレにとって骨董は我が子の様なものだから、子供が嘘を吐くなんて考えないのさ」
「それは理由になっていないでしょう? わたしが聞きたいのは、何故この町が今こうあることを素直に受け入れられているのか、という事よ。この、みんな揃っている町を」
「まるでオレがそう望んだみたいに、か?」
嘯くと、キッとオレを睨みつける遠坂。
なるほど、確かに。
みんな揃っている事に驚かないのは、みんな揃っている事が当たり前の奴だけだろう。
他のみんなは、見えないか、考えないようにしているか、知らないフリをしっかりしているのに。
「んー……まぁ、なんて言うかなぁ。なんで受け入れられるか、って言われたら……聞いていたから、としか」
「誰に」
「言峰さん」
一瞬、空気が凍った。
「深く聴いたワケじゃあないぞ。ただ、『この世には科学では説明できない事象が数多く存在する。認識できない事柄もたくさんある。君の持つ骨董の中にもその類が存在する。ふ……だが安心したまえ。君の様な”そのもの”には彼らも優しいはずだ。無論、私もな』って、前に言われてたんだ。
だから、そうなのか、って思える。そんだけ」
嘘は言っていない。元から知っていた事は言っていないだけ。
死人に
真赤な嘘だという事を除けば、100%真実だ。
「無駄に声真似が似ているのがムカつくわね」
「良い声だったよなー言峰さん」
「はぁ……これ以上叩いても出るのは埃だけだろうし、もういいわ。校門が閉まる前に、帰りましょ」
ピィンとコインを弾いて、手の甲に止める。
「Head or tail ?」
「tail」
「ちぇ、正解」
さてはて、これで嘘だとバレちゃったかね。
山門は静まり返っている。
石畳の階段は夜空にまで続いているように見える。
……長い階段には、何故か地の果てまで落ちていくイメージがある。
幸いなことに自身の後頭部に月明かりを感じるので、階段は
山門から中を覗く。
境内に異常はない。
もっと調べたければ中に入るしかない。
「――このような寂れた山寺に何用かな」
「貴方に会いに来ました」
だが、入る必要はない。
何故ならば、オレの目的地はここ、もっといえばこの存在なのだから。
「ほう。私に、か。なれば、如何なる用向きか聞こうか?」
「貴方に会う事そのものが目的だったもので……その目的は、貴方が姿を現してくれた事で達成されましたよ、アサシンさん」
「――ほう」
彼の目つきが少しだけ細くなる。
彼だけは、半年前に出会わなかった。出会う機会が無かった。
故に、オレと彼が出会う事は何よりもの異常。
もしオレが台本に組み込まれているのなら、彼と出会う事は絶対にできなかったはずだ。
だが、こうして会えてしまった。
これによって、遠坂の感じていたオレが「おかしい」という感覚が実証されたワケだ。
「――あれ、野場?」
オレの思い違いを防ぐためにこうして危険を冒して夜の柳洞寺なんかに赴いたわけだが、目的の達成直後に今一番会いたくない奴が現れた。
なんで今日に限ってここに来るんだ。
「アンタまで……って、野場、見えるのか?」
「見えるって、何が? この長髪オサムラーイか?」
衛宮が「あ、今は実体化してるだけか」とボソりと呟くが、聞かなかった事にした。
彼が虚空から現れる所をしっかり目にしているオレだが、知らぬふりをすれば問題はない。
「おまえの連れか、この娘は」
「え? いや、連れってワケじゃないが……知り合いだな」
「そうか。ならば連れていくといい。このような場所に’その’娘は似合わん」
生ぬるい風が頬を撫でる。
オレは、何も見ていない。
「あれ? アンタこないだ花を連れてこいとか言ってなかったっけ?」
「いくら私とて絵画の華を愛でるのは難がある、ということだ」
「
上塗りじゃあダメですかい。
一応、飛鳥ちゃん自体は可愛いと思うんですけどねぇ。
そんなことない、って? ありがとう山門。
……都合、幻聴である。
「ほう……? 女狐と同じ類いかと思えば……これは意外にも」
「さて、帰ろうぜ衛宮。途中まで送ってってくれよ。夜道に女子一人は怖いからさ」
「え、あ、おう。……今なんかしたか? 野場」
「なーんにも?」
これで、あと一日だ。
あと一日で――ようやく、進める。
帰り道で輝く月は――真っ黒だった。